2013年10月13日 (日)

今更ですが。

今更ですが、2007年の年初にあたり、ブログ始めてみることにしました。

暫くは試行錯誤ですが、お手柔らかにお願いします。

これまでの 地球公務員 落花生。のサイトは、http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Desert/1917/index.html にあります。今後どう使い分けていくか、そのうち考えますね。鉄関係・旅関係は http://www.geocities.jp/chikyu_ko/frame-cont.htm です。最近の更新としては、2007年10月21日、中国河南省の旅行記を、2008年4月19日、インドネシア・ジャワ島旅行記を、9月6日、台湾旅行記を、10月10日、イラン旅行記を、2009年2月11日、東ジャワ旅行記を、5月9日、冬の中国東北地方旅行記、10年5月31日、2009年3月の遼寧省弾丸旅行記をアップしました。良かったら立ち寄ってやって下さい。

※この記事がいつも先頭に来るような設定にしてあります。もっとスマートな方法はあるんでしょうけど、そのうち勉強しますんで、暫くご容赦下さい。

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2012年1月23日 (月)

中国正月@コタ

今日は旧正月でお休み。インドネシア語ではイムレックと呼ばれてるんだけど、これは「陰暦」から来てる言葉なんだろうね。昨日の晩は、あちこちで花火や爆竹が鳴らされ、大変賑やかでした。
さてその今日ですが、週末緊急当番ということで市内からは出られないんだけど、せっかくなんで、中華街?を覗いてみることにしました。

チキニから電車に乗ってコタに向かい、駅前からアンコでグロドックへ。ここから西側の一帯に入ると、突然赤い飾りつけが目につくようになり、中華街感が盛り上が…らないぞ、あれ?  この一帯、確かに元は華人街だったのだけれど、1998年の暴動で大勢華僑は逃げ出してしまい、暴動鎮静火後も別のエリアに住むようになってしまったようだ。お陰で、中華料理屋も中国正月用品を売る店もホンの僅かしか見かけず。
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大勢の華僑系の方々が新年のお参りに来ていた金徳院。

それでも「金徳院」という中華寺院まで行ってみると、大勢の華僑がお線香買って境内の中に入ってお祈りというか、初詣?してたりします。それとは別途、このお寺の庭のロープでくくられた一帯には貧しい身なりの人々百数十人が座り込み、警察か自警団の人かがハンドマイクで何か呼び掛けている。暫く見守ると、その当局的な人々が2,000ルピアの札束を握りしめ、座った人たちに一枚ずつ配り始めた。貰った側は大喜びで、おでこに張り付けたり、カメラに向かって見せびらかしたり。どうやらパトロンは華僑の金持ちらしく、札束を袋から出して次々配らせており、これも一種の「喜捨」なんだろうな。

でも貰う側はほぼ100%インドネシア人、あげる側は全て華僑というのが、この国の社会構造の一端を垣間見せてくれます。。。
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ピン札の札束を喜捨する赤服の華僑(右)と、受け取る貧しいインドネシア人(左)。

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2012年1月21日 (土)

秘策!?

報道によれば、~所謂暇ネタ的な記事なんですが、ジャカルタの鉄道で、ラッシュアワーの屋根上乗車防止のため、線路上、列車の屋根のすぐ上25cmくらいの高さのところに「ゴールボール」と名付けた鉄球を十数個ぶら下げる(屋根に乗っていると、この球の直撃を受ける)ことにより、強制的に屋根上乗車を排除しようとするものが設置され、効果を上げているのだそう。
記事では、この試みが始まってから屋根上乗車は皆無となり、他の区間への拡大設置も検討中とのことだが、ホントにそうか?? ここ数日見てても、我が家の真下のチキニ駅を通る電車、特にekonomiの屋根は、相変わらず人で溢れているが。そもそもこんな屋根上すぐを鎖にぶら下がった鉄球が通過してパンタグラフと絡まないのか??

そう思って当地紙報道も合わせて見てみると、設置されたのはどうやら電化区間の終点ベカシ駅の東方数百mというから、非電化区間だ。ならパンタグラフを気にする必要はないな。その非電化区間から、ベカシを越えてジャカルタ近郊に乗り入れてくる客車やDCの普通列車なんか、しかも通勤時間帯のものなんか僅か数本ってとこだ。しかもこれらはジャティネガラからパサールスネン経由の東線に入っていくんだから、チキニで見られなくても不思議じゃない。
というわけで、今回の鉄球作戦も、惜しいことにジャカルタ近郊jabotabek電鉄区間の屋根上乗車撃退の特効薬にはなり得ないのでした…。

本邦紙のWeb上には、外電を引用しただけのいい加減な記事が随分見受けられましたね。
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ここまで堂々とやられると、一度乗ってみたい気が、しないわけでもない。。。(^-^;; 

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2012年1月18日 (水)

千葉県人会inジャカルタ

在外である程度の日本人コミュニティがある街では、「県人会」や「○○大学の会」ってのがよくあるもんで、ここジャカルタも12,000人の在留邦人がいるというわけで、いろんな会があります。なのですが、落花生。の千葉県と、出身大学の会は今まで存在しておらず、なんとなく寂しい思いをしていたんですが、暫く前の邦字紙「じゃかるた新聞」に「第一回千葉県人会」のお知らせが流れていたので、早速申し込み。そして今日市内のタイ料理店(なぜ?)で開催された集まりに、喜び勇んで参加してきました。

集まったのは20人強、知った顔もチラホラ。あー、あなた千葉県人だったんですか...という驚きもあれば、普通に仕事してたのでは絶対に交わらないような方々まで。新たな人間関係も広めることが出来、大変楽しいひと時を過ごすことが出来ました。今後第二回目はコタ方面で、というのもあっさり決まり、大いに楽しみなところです。なにせ12,000人を47都道府県で割れば、少なくとも250人の千葉県人がこのジャカルタには居る訳ですから。
なお落花生。、外房の茂原という街の出身なのですが、やはり千葉県人といっても千葉市より都心側の方々が圧倒的に多く、房総半島側の方はやっぱり多くないんですね。。。

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2012年1月14日 (土)

見慣れぬ黄色い列車。

週末の今日、ノンビリ起きてみると、窓の下を見慣れぬ黄色いと青に塗り分けた列車が走っていく。
これはK3、即ちEkonomi用の客車で、近郊電車の他、長距離客車列車は1等あるいは1,2等の優等列車(白ベースに青や灰色に塗装)しか入線して来ないGambir・Kotaへの中央線に、普段はコタあるいはPasar Senenから発着して東線経由でベカシ以遠チカンペック更にはジャワ島各地へと向かっている3等列車が、何故かこのガンビル口に入って来ている。貸切列車?と思いきや、その後も3本ほどのK3列車が通過していった。なんだ、ダイヤ改正か??

と思って、KRL(電車)マニアのインドネシア人の友人にBBMで聞いてみると、打てば響くような回答。今日、コタ=カンプン・バンダン間の線路沿いで結構な規模の火災があり、この区間の列車が運行出来なくなっているらしい。Pasar Senenで折り返せば良いんじゃないかと思うのだけれど、コタ始発の、コタ駅東側の操車場に留置していた車両がこの区間に閉じ込められてしまい、この中央線経由でJatinegara、そして東線方面へと流していた、というのが真相。走っていく列車は長距離用の通常型K3客車のみならず、近郊輸送用の3扉ロングシート客車(スルポン線~Merak方面だけではなく、東線~ジャワ北本線系にも走ってたのね)なんて、珍しいものも見られました...
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普段この区間に入らない近郊輸送用のK3(3等)客車がチキニ駅を通過。

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2012年1月 9日 (月)

遅れたお詫びだそうです。

今日の報道によれば、今月から施行された、「国内航空便が4時間以上遅延した場合に一人当たり30万ルピアを支払うこと」との運輸大臣令に基づき、その適用第一号として、今月2日にスラバヤ=パランカラヤ線で4時間以上の遅延となったバタヴィア航空Y6-374便につき、同便の乗客140人に現金と交換できる金券を配布したとのこと。
先月そんな省令が出来たのは報道で知っていて、まあLionかBataviaかなー?と思ってたら、案の定でしたね。

日本では、国鉄時代から、特急列車が2時間以上遅れると特急料金払い戻しとなるわけですが、航空会社では聞いたことなかったなあ。空港レストランの食券を配布したり、あまり酷いとホテルに連れて行ってくれたり、なんてのは経験したことがあったけど。

このBatavia航空、所謂LCCではないけれど、実質的にはLion Airと争う低価格で、区間と購入時期によっては30万Rp程度で乗れてしまうフライトもある筈。それより安い販貨のチケットでも、同じ金額貰えるのかな。
これを狙って、わざと遅れそうな会社を選んで乗るつもりは全くありませんが。
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Batavia AirのB737。最近-200は退役し、機種的にも面白味がなくなっちゃいました。

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2012年1月 5日 (木)

大鉄橋を越えて。

マンダレーからの出発は朝の4時。昨晩駅に切符を買いに行ったら、この列車はUpper Classはなく、その下のFirstとOrdinaryしかない、というので、長時間の乗車ということあり、Firstを選択。リクライニングシートのUpperとは異なり、4人掛けBox Seatなるも、Ordinaryの座席が木ではなくてクッションつきなのがちょっと違う。この他にも寝台とは別に、Second Classというのもあるようで、上下関係・違いが今一つ分からないな。

さておき、4時ちょうどに出発したラーショー行き131UP列車は、マンダレー市内を出て東へ向きを変え、山を登りだす。1時間ほど走るうちにいきなりスイッチバックを始め、これがまた次々と続き、記憶にある限り6回行ったり来たりを繰り返した。壮大な眺め・・・と思いきや、まだ夜が明けるどころか白んでも来ていないため、全く展望が開けないのがちょっと勿体ない。この区間、上りの列車の通過時間はもう夜になってしまうので、こちらからのこの区間の車窓を拝むことはできない。ちょっとした観光資源だと思うのだけれど。。。

ようやく明るくなってきた頃には列車は既にちょっとした高原地帯に。08:05ピンウーリン着。
英国統治時代の避暑地で、当時からの古い建物を利用した所謂「コロニアル・ホテル」が幾つかあるようで、泊ってみたいとは思うのだけれど、先日のバガンでよく判ったとおりの外国人観光客の多さで、当日行って泊れるわけがないので、仕方ない。これは次回のお楽しみか...
停車時間中にホームの売店?食堂?から朝御飯の定食を調達し、08:48ピンウーリン発。一等車には外国人2人連れが2組乗車、片方の夫妻はガイド付だ。

ゴッティ橋全景。左側の橋脚のあたりが特に深くなっている。
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目的はこちらと同じ、ゴッティ(Gokteik)鉄橋。このマンダレー~ラーショー間の路線のハイライト、鉄道橋としては世界第2位の高さを誇る(実は世界一がどこなのか、ネットではよくわからない・・・)この区間の体験乗車が目的だ。この橋、英国統治時代の1903年に建設された、最高地点の高さが335フィートという話なので、約110mという(九州の高千穂橋梁(約105m)とあまり変わらなくない気がしますが、、、感覚的には大分高いのですが・・・)の峡谷を跨ぐ壮大なトレッスル橋。
11:30頃に右前方遠くに白い橋が見えだし、そのまま左右にカーブを繰り返しつつゴッティ駅に到着。鉄道橋は軍事施設ということ撮影禁止という建前な筈だが、車掌さんがホームに降りて撮影するよう促され、欧米人グループと共に暫し撮影を楽しむ。そして10分ほどの後ゆっくりと走りだした列車は、徐行しながらゆっくりと橋を渡りだした。高い!深い! なんとなく揺れているような気もする。なにせ全然保線なんかされていないここミャンマーの鉄道、この橋のメンテナンスも全然されてるとは思えない。スピードはゆっくりだけれど、フジヤマ((C)富士急ハイランド)なんかよりもずっとずっとスリリングだ。下の方には、この橋を造る際の資材輸送用に作られた物だろうか、別の鉄道線路跡も見える。
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↑ 橋を渡り始める列車。軋む音が緊張感を高める。
↓ 最高部分を過ぎて。一枚の画面にそこから上までが収まりきらない。。。
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渡り終えるまでの数分間、素晴らしい眺めとスリルを楽しませていただきました。。。次の駅で西欧人とガイドのグループ一組が下車、駅前には借上車を待たせておりピンウーリンかマンダレーまで戻るのだろう。時間を節約するには、こういう楽しみ方もあるんだねえ。

12:58、対向の上り列車と交換。こちらはUpper Classが連結されていたが、窓が上半分が下降して開くだけの造りだったので、窓から顔を出して写真をとるには、こちらのFirstの方で良かったな。
そしてマンダレーから約13時間、夕方日暮れ間近のシーポー駅に到着、市内のチャールズ・ゲストハウス泊。夜は外国人・ミャンマー人双方の客でここだけ賑わっていた中華料理屋でドラフトビールと共に♪
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シーポー駅に到着した列車。終点ラーショーまではあと一息です。

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2012年1月 4日 (水)

大事な部品。

誕生日の今日は夕方のフライトでマンダレーに飛ぶのだけれど、それまで時間があるので、インレー湖の西岸にある温泉に行ってみることにし、ホテルをチェックアウトして自転車をレンタル。これが相当にガタがきてブレーキもあまり効かないボロボロのママチャリだったんだけど、これが更なる問題を引き起こすことに。

ニャウンシュエの街を出て先ずは湖畔の北側のクルマの全く走っていない道を西へ向かい、西岸を走る自動車道に出たところで南下、しめて1時間程走ったところにその「インレー・スパ」はありました。外国人価格は8ドルと5ドルの2種類、8ドルは外国人だけで空いたプールに、5ドルの方は現地の人たちだらけ(現地人価格は、せいぜい2ドルくらい)で、お湯としてはこちらで問題なかったんだけれど、男女別のプールっぽい雰囲気のそちらは、小中学生がビーチボールで遊んで嬌声を上げており、水は茶色というか灰色、とてもくつろげる状態じゃあなかったので、ここは外国人向けを選択。仏人の老夫婦が入っていただけで殆ど貸し切り状態の、お湯の温度が3段階に分けられた、3つの浴槽で1時間程のんびり寛がせていただきました。
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インレー・スパで寛ぐ筆者。もうちょっと野湯っぽいのかと思ってました。

で、問題は、さっきこの温泉の着く直前に自転車の右のペダルが突然取れたってことだ。つけなおそうにも、もうネジ山がバカになっていてスカスカ。幾ら回して締めても漕ぎ出すと数メートルも走らないうちにまた取れてしまう。間に小枝や道端の紙、金属片などを差し込んで締めてみても同じ。おいおい、この1時間の道のりを、片足だけで漕いで帰るのか (v_v#)。。。

途中道端のバイク修理屋で見て貰っても結局どうにもならず、それでも大汗と半ベソをかきながら必死で漕いでようやく帰りついてみると、ホテルのレンタル受付を担当する女性は、「これまで全く問題なかった、あなたの乗り方が悪い」等と抜かすものだから、「そんならあなたこの状態で1時間走ってみろ、と(若干のポーズの意味も含めて)久々に声を荒げる羽目に。結局半額で折り合ったが、こっちが金貰いたい位だ。明日は変な筋肉痛になるんじゃないだろうか。

カナダ人らとシェアタクシーでヘーホー空港へ向かい、サイドのAir Bagan、W9-120便のATR72でマンダレーに向かい、駅前のホテル・パシフィック泊。ここまで来ると中国人の進出が激しいらしく、受付嬢は英語はダメで中国語での対応。翌朝早い列車の切符を買って、夜は折角の誕生日ということもあり、洋食レストランを奮発。まあまあでした。こんなことしてる間に、40歳になっちゃいましたよ。あーぁ。。。

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2012年1月 3日 (火)

インレー湖へ。

今日もまた早起き。空港に向かおうと(ひょっとしたらバスでもあるんじゃないかと)Air Baganのオフィスに向けて歩いていると、通りがかった観光バスに声をかけられ、幸運にもタダで乗せて貰えることに。通りすがりの朝からなんて親切なんだろう。綺麗な「福井鉄道観光バス」の運転手さんに感謝です。

で、今日乗るのはAir Bagan W9-191便でインレー湖近くのHehoへ、およそ45分のフライト。
なのだが、この時間帯、どうやら各社、しかもヤンゴンやマンダレーなど各地への便の出発が集中する時間帯らしく、セキュリティ・チェックのエリアが大行列、っていうか、列になっておらず押し合いへし合い。出発時間になってる便もあるらしく、もう軒並みベタ遅れだ。今日乗るフライトは当地標準のATR72-500型。エプロンにはAir Baganの他、Air Mandalay、Air KBZ、Asian Wings、Yangon Airwaysと各社の機体が並ぶが、その殆どがATR系列。やっぱり保守の容易性を考えると、こうなんだろうな。
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各社のATR機が並ぶバガン空港からヘーホーへ飛ぶ。

で、到着したHeho空港は、旧日本軍も使っていた古くからの飛行場らしい。観光地インレー湖畔のニャウンシュエからは約30kmと遠く、公共交通機関なんかないから、交渉してのタクシーかピックアップしかない。
シェアタクシーは1台24,000チャット、ピックアップは1人4,000チャットということで、偶々居合わせた台湾人の老夫婦とミャンマー人の若者と、ピックアップの荷台で約1時間ゆられ、ニャウンシュエに到着。
こちらでは無事2軒目でなんとか普通の中級ホテルの部屋を見つけてヤレヤレ。

午後はボートでインレー湖に出て、水上集落巡り。葦の繊維を使った織物を売る店、葉巻を作って売る店、猫に芸を仕込んでいる僧院、等々を回り、最後は夕陽を・・・ と思ったけど、残念ながら曇りに小雨も降り出し、今日は断念。
夜はこの地域シャン州の料理を出すお店で、今日はギンギンに冷えたマンダレービール♪
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片足で船を漕ぐ人たちで有名なインレー湖をボートトリップ。

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2012年1月 2日 (月)

バガンにて。観光客大杉。。。

朝7時には着くよ、と言われていたのですが、結局終点バガン駅に着いたのはもう11時近く。
驚いたことにこんな田舎の駅にも日本からの中古のディーゼルカーが停車している。このRBE2516は手元の資料によれば旧のと鉄道のNT121、と、RBE2502は名鉄のキハ22だな。
今回の寝台での同室者は、こういった日本からの中古車両を追いかけるのを趣味としている日本人のH山さん。ジャカルタの電車も何回か尋ねてきたことがあるそうで、どうやら共通の知人もいる模様。
じゃあ今度はジャカルタでお会いしましょう。
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バガン駅で出発を待つ日本からの中古ディーゼルカー2連。

バガン駅からは乗合ピックアップで市内に向かい、宿を探すが、これが困った!ことに、全然見つからない。
季候の良い旅行シーズンで有ることに加え、ミャンマー政府の民主化に伴い欧米からのツアー客が激増しているようで、バガン地域のめぼしいホテルはことごとく満室。
少しクラスを上げてみても全然駄目。結局数件回った挙げ句、ホントにシャビィな、ゲストハウスにようやく一室の空き部屋を見つけてヤレヤレ。

午後は馬車をチャーターして、オールドバガン地域の遺跡を幾つか回り、仏様には初詣かな、タイミング的には。最後は遺跡の上から夕陽を眺め、ミャンマー料理のレストランで漸く冷たいビールにありつけたのでした。。。
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バガンの遺跡から夕陽を眺める。あー旅に出たなぁ、っと思う瞬間。

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«元旦、ミャンマーにて。