2012年1月13日 (金)

今更ですが。

今更ですが、2007年の年初にあたり、ブログ始めてみることにしました。

暫くは試行錯誤ですが、お手柔らかにお願いします。

これまでの 地球公務員 落花生。のサイトは、http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Desert/1917/index.html にあります。今後どう使い分けていくか、そのうち考えますね。鉄関係・旅関係は http://www.geocities.jp/chikyu_ko/frame-cont.htm です。最近の更新としては、2007年10月21日、中国河南省の旅行記を、2008年4月19日、インドネシア・ジャワ島旅行記を、9月6日、台湾旅行記を、10月10日、イラン旅行記を、2009年2月11日、東ジャワ旅行記を、5月9日、冬の中国東北地方旅行記をアップしました。良かったら立ち寄ってやって下さい。

※この記事がいつも先頭に来るような設定にしてあります。もっとスマートな方法はあるんでしょうけど、そのうち勉強しますんで、暫くご容赦下さい。

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2010年2月 6日 (土)

初日なんて久々。

 つい先日、エアアジアの就航可能性について書いた茨城空港、今日の報道によれば、ようやく最初の国内定期便、スカイマークの神戸便の就航が決まったとのこと。ヤレヤレですね。

 で、早速スカイマークのサイトを覗いてみると、トップページには何も書いてない。
 おかしいな?と茨城空港のサイトを見ると、こちらにはキチンと、4月16日からスカイマーク神戸便就航!の案内が。それに加えて、3月11日の開港初日には茨城~神戸間に1往復半、そして最後に茨城発羽田行きという、おそらくは今後は設定されることのないであろう“記念フライト”の案内があり、なんとあっさりと「残り5席」の表示があった片道6,000円の神戸便の切符をゲットしてしまった。おやおや。

 あとでスカイマークのサイトを覗いてみると、「プレスリリース」のページにはちゃんと茨城・神戸便就航の案内は出ているし、記念フライトも即日完売したところ、残席調整(旅行会社割り当て分を回したのかな?)して再度販売に回したのを運よく入手できたらしい。

 せっかくなので、1日有給とって行って来ることにしようかな。金曜だったら、週末くっつけて3連休で小旅行になるんだけど、日帰りではちょっと勿体ないけど、せっかくなんで。
 帰りは関空発最終羽田行きの前方C席開放を株主優待でおさえてみた。とすると、午後半日出掛けるとしたら、高野山の「天空」か、和歌山の「たま電車」か。

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2010年2月 4日 (木)

横綱 朝青竜の引退にあたって。

 横綱朝青龍関が引退を発表した。
 以前から随分と叩かれてきた訳ですが、先般の場所中の暴力沙汰を受けてとうとう引導を渡されたといったところでしょうか。

 この事件単体では、まあ暴行という刑事事件なわけで、ある程度の処分は仕方ないという感じは受けますが、これまでの朝青竜叩きの報道には若干疑問に感じる部分もなくはないんです。水に落ちた犬を叩くというか、ちょっと大衆世論を煽り過ぎだった数年間ではなかったでしょうか。

 おそらく、モンゴルの田舎のちょっと腕自慢の少年を、「日本に行けば稼げるよ」とか言って(誑かせて)連れてきたんでしょう。恐らくはその時点では、日本のこの世界では「やっていいこと」「やってはいけないこと」なんて何にも説明せずに。
 そして、両親に楽させてあげたいと、故郷に錦を飾ろうと頑張ってみたら、順当に昇進していったらいつの間にかグランドチャンピオン(横綱)の地位にまで昇り詰めていったら、いつの間にか「品格」だとかで叩かれ出し、勝負師・スポーツ選手が勝利を手にした瞬間世界中どこでも至極自然にみられるガッツポーズだとかまで「怪しからん」なんて言われて、本人にしてみれば「そんなこと、聞いてないよ」ってとこじゃないのかな。
 しかも、もしそれが本当にケシカランのならば、横審はなんでそんな力士を横綱にすることを認めたのでしょうか?

 政治の世界では、大臣が不祥事で辞任したら、総理は「任命責任」とかいって叩かれます。「任命した時は知らなかった。」じゃあ許されないような雰囲気なわけですけど、朝青竜が横綱として相応しくないのだったら、そんな力士を横綱にすることをOKした横審メンバー、理事会のOBの皆さん、一緒になって朝青竜叩きしてないで、彼らも一緒に非難されて然るべきなんじゃないかと思うんですが。

 それはともかく、モンゴル国内では、日本相撲界、ひいては日本自体に対する批判の世論が高まっていると聞きます。彼らにしてみれば、外国人叩き極まれり、という印象なんでしょうね。我々だって、イチローや松井が彼の地であんな叩かれ方をしてみたら、決して気分のいいもんじゃないですよね。
 これがアジアでは数少ない親日国モンゴルの日本・日本人に対するイメージの悪化に繋がらなければいいんですが。

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2010年1月26日 (火)

エチオピア航空。

 今日の報道によれば、レバノンのベイルートからアディスアベバに向かって離陸した直後のエチオピア航空機が25日未明(現地時間)に墜落し、乗員乗客全員絶望だとのこと。このET409便というフライト、機材はB737-800型というまだ新しい型の機材で、アフリカで導入しているのは南アやマグレブなどごく僅かな国のキャリアに過ぎない筈。

 エチオピア航空といえば、ナイジェリア時代、ラゴス=アディスアベバ=バンコク便がビジネスクラスでも往復2,000ドルというリーズナブルな値段で出ており(欧州周りにすると東京往復で軽く4,000ドル近くした)、何度か利用して一時帰国し、確か7,8回乗って1時間以上遅れたのは1回しかなく定時性も高く、ADDの乗り換えも便利でハブ空港として機能しており、当時主力だったB767は決して新しい機材ではなくシートテレビもなかったけど、結構お気に入りだった。

 最近では、新型B787機のローンチ・カスタマーの一社に名を連ね、ウチの職場の出張者にもお勧めしていただけに、今回の事故は結構驚きだった。これまで(ハイジャックされたケースを除き)大きな事故も起こしていなかったこともあり。

 実は近く落花生。、年度内にもこの地域に出張に行くかもしれない話があり、当然ETにも乗る筈だったのだが、職場からは「ETはやめろ」って言われちゃうかもしれないな。

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2010年1月23日 (土)

早く来い来い、LCC

先日フィリピンのLCC(ローコスト・キャリア:いわゆる格安航空会社)のセブパシフィック航空を使ってみましたが、これまでも遡ればもう10年以上前、イギリス・アイルランド間でRyanairというLCCの走りのようなキャリアに乗って、有料のドリンクに吃驚して以来、有名なエア・アジアやその系列会社、タイのノック・エアーやインドネシアのもの等いくつかのLCCに乗ってきたが、これまで日本は空港発着料の高さなどもあってか、このLCC発展の世界からは取り残されてきた感が強いわけです。ようやく先年関空乗り入れを果たした上述のセブパシフィックにしても、通常は片道2万円以上と、ちょっとLCCにしてはお高めの印象(だって往復5万円近くするのって、格安航空券とあんまり変わんないし)。

そんな中、前々から噂だけはあった、エア・アジア(の比較的遠距離を飛ばしている子会社のエア・アジアX)がいよいよ日本乗り入れを果たすらしいとの報道。乗り入れ候補地としては、3月開港予定の茨城空港が有力らしい。クラーク空港を「マニラ」、杭州を「上海」とカギカッコ付きながら呼んでるこの会社のことだから、茨城空港は恐らく「東京」乗り入れ!と宣伝するのだろう。成田と実際あんまり変わんなかったり?するわけだし、クルマで行けば。

さてマレーシアや東南アジアからの観光客受け入れに貢献する事が出来るかな。何せマレーシア人に対して日本は査証免除をしておらず、査証申請時には往復航空券の提示が必要な筈。チケット予約して、それで査証が下りなかったりすると、キャンセルの殆ど困難なLCCのチケットを買うのはちょっとリスクがあるもんね。
さて、どうなることやら。ソウル線以外の定期便のない茨城空港にとって救いとなるか。。。

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2010年1月14日 (木)

ハイチで大地震。

 昨日朝、出勤の電車の中で携帯でニュースを見ていたら、現地時間の12日夕刻、中米カリブのハイチでマグニチュード7の大型地震が発生したとのニュース。この時は、「なんだ、7か。パダンの時よりは小さいな」などと思っていて、最初の頃は取り立てて何かするということでもなかったのだけれど、現地が一晩明けた頃から断片的ながら相当大規模な被害が出ているらしいということが伝わってきつつあった。
 事実、ウチのハイチの事務所とは電話(地上線)、携帯、備え付けの衛星電話、電報、メール、あらゆる通信手段が通じない。CNN等では現地からの映像も入りだした。そうこうするうちに、現地の所長から電話が入り出すが、すぐ切れる。

 それでも現地スタッフも含めて、事務所の職員は命に別条がないことが判り、当方一同胸をなでおろす。だが、事務所の入っているビルは倒壊の虞があるとのことで立ち入れず、職員の自宅がつぶれたりしているようで、電気も水も止まっているようだ。ただでさえ治安の悪いハイチ。政府庁舎や国連事務所も潰れ、行政機能も麻痺してしまっている中、同僚の身の安全が心配される。
 取り敢えず隣国のドミニカ(共)の事務所から、非常用の食料や水、医薬品、現金、燃料などをクルマで送り届けるオペレーションが必要だ。さあ相当忙しくなる。

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2010年1月 3日 (日)

期待どおりUG。

広州からの帰り道。従来JAL、ANAとも1日2便あったはずなのだけれど、全日空は東京便を朝の1本だけにしてしまったようなので、仕方なく早起き。タクシーで市内中心環城路の休業中のホテルにある空港バス発着所に向かい、寝ている間に一瞬で広州白雲新空港着。
早過ぎるので地下のコンビニでお土産を仕入れ、チェックイン。実は特典航空券のこの帰りの区間は、「既に事前指定できる座席が埋まっている」とのことで、座席指定せずにここまで来たのだけれど、まあそういうわけで正月3日の成田行き、とっても混んでるわけです。
でチェックインしてみると、実はもう半分くらい期待していたとおり、「満席になっておりますので・・・」ということで、渡されたのは前方ビジネスクラス(CLUB ANAって呼称、やめたのね)の05G。いやいや、SFC様サマですね。機体はそらぱんだ・・・じゃなくて「FLY!パンダ」塗装のB767。でも、機内食にはパンダのお菓子も出てこないし、この機体のグッズが機内販売されているわけではないよう。もう少し商売っ気出してはいかがか。セブパシフィック航空を見習って。
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CAN→NRT NH934便の機内食。広東風すき焼きの由。

というわけでのんびり帰国。成田には14:08着(ドアオープン)。入管はスムーズ、Priorityのタグの着けられた荷物も真っ先に出てきて、そのまま空港駅に急ぐと、ちょうど14:15初のN'EXを寸前で逃す。まあ乗るつもりなかったけどね。結局京成特急=本八幡から都営新宿線=新宿から関東バスで帰宅。荷物があるときは東西線ではなく、この新宿からのバスが便利なんだけれど、京成八幡=本八幡の乗り換えが、もう少しバリアフリー化してくれると、ゴロゴロ荷物を抱えてる旅行客には優しくなれるんじゃないかな。

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2010年1月 2日 (土)

正月は来るもんじゃないね。

 マニラからの帰路は早朝07:55発のセブ・パシフィック航空5J110便。当然のことながら往路と同じA320なのだけれど、今度は雰囲気が違った。安定飛行に移った後、飲み物と免税品の“販売”(そう、この手のLCCと呼ばれるキャリアは、飲み物も有料なんだよね)が終わった後、男性CAが何やら英語とタガログ語でアナウンスしたかと思うと、いきなりマイクをとって歌いだした。どこぞの映画の主題歌になっていたそれなりに有名な曲で、手を挙げた乗客が正解すると、セブパシフィック航空のバッグなどの記念品をプレゼント!という、即席イントロ大会が始まってしまった。
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セブ・パシフィック航空は機内でイントロ・ドン!

 そういえば数年前、ネグロス島のバコロドからマニラにこの航空会社(当時はまだDC-9だったな)で飛んだときは、機内ビンゴ大会で、リーチが3つかかったのにギリギリ揃わず、賞品貰い損ねて悔しい思いしたっけな。往路では深夜便ということで何もなかっただけで、こっちがこの会社の本来の姿な訳か。まさか関空便でも同じことやってる??

 香港からは、入国せずにそのまま高速船でマカオに直行。荷物も積みかえてくれるので接続には2時間以上の余裕が必要だということだが、なかなか便利なシステムだ。が、問題はついてからのマカオの入国にあった。正月2日ということでか、双方からの人の移動もおそらくMAXな状況。香港空港からの船は20人ほどの乗りで経営状態が心配になるほどだったが、入国審査は長蛇の列。というか、ろくに列になってやしない。そんなこんなで入国までに1時間20分もかかってしまった。
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預けられた荷物はこの箱に入れられて運ばれる。落とすなョ。

 もうあまり時間がないので、あわてて市内バスで中心部に出て、世界遺産の歴史地区、セナド広場から聖ポール天主堂跡まで幾つかの古い建物を駆け足で眺める。人だらけだし、まあまた来ることもあるでしょう。ともかく今日は終バス迄に中国側に渡り、広州まで辿り着かなければならないんだ。
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マカオは街中世界遺産だらけ。これはセナド広場かな?

 案の定、マカオの出国、中国側の入国とも結構な列で、2回の出入国で1時間半近くを浪費し、広東省側の珠海に抜けた頃にはもう真っ暗になって雨も降りだしていた。
 地下街の店で弁当を仕入れ、広州行きの“なんと3列シートの”高速バスに乗り込んだのは20:15発になってしまった。中国の終バスは早いので心配していたが、この区間はさすがに21時過ぎまであるようだったんでヤレヤレ。

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2010年1月 1日 (金)

新年はここで迎えました。

 明けましておめでとうございます。
 新年を迎えたのは、フィリピン・ルソン島北部のビガン。1999年に『ビガン歴史都市』として世界遺産に登録されている、16世紀からのスペイン統治下で商業・貿易の拠点として栄えた時代の古い町並みが残る。正月元旦早々なので、観光客も数えるほど、おそらく普段だったら相当うるさいであろう土産物店も開店したばっかりという雰囲気で、落花生。好みの素敵な街並みをのんびりと散歩できた。
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観光用の馬車も走る、朝のビガン、メナ・クリソロゴ通り。

 朝食後、ホテルをチェックアウトし、トライシクルで国道沿いのバス停まで連れて行って
貰い、今日もエアコンなしのバスでさらに北のラワグを目指す。
 2時間半ほどで降りたのはラワグの少し手前のバタックという街。トライシクルで「マルコス博物館」、そうあのマルコス元大統領の遺骸が保管されている博物館があったので立ち寄り(残念ながら、イメルダ夫人の靴はなかった)、再度トライシクルで隣町のパオアイへ移動。

 ここ南イロコス州パオアイには、やはり世界遺産『バロック様式の教会群』の一つ、サン・オウガスチン教会があるので、今年の初詣(?)はこちらで。去年お願いした神様とは違う?けど(去年の元旦は満州北部のハルビンだったな)、一年間無事に過ごせたことの御礼と、今年もよろしくお願いします、ということで、お賽銭代わりにちょっとだけご寄付をさせていただく。
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こちらも世界遺産、サン・オウガスチン教会に初詣。

 あとはトライシクルとバスを乗り継ぎラワグに向かい、夜19:15発のPR229便でマニラへ向かうだけ。隣の席の、愛人らしきフィリピン人連れのインド人が離陸する段になっても携帯電話のスイッチを消そうとしないので注意したら、ちょっとした喧嘩になってしまい、元旦から若干胸糞悪い。まあこれっきりの厄払いだ。

 いずれにしましても、今年も宜しくお願いします。

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2009年12月31日 (木)

大晦日は世界遺産の街で。

 で、今日は大晦日。
 次の目的地に向かって午前中に出発するバスは、早朝06:45発と07:00発のいずれもバギオ行きであることは確認したので、早起きするしかない。これを逃すとジープニーで下の国道まで3時間かけて降りて行くしかないって云うんで。
 なので今日も早起き、6時にゲストハウスを出て、トライシクルで20分、再度棚田を眺められるポイントを巡って貰い、一応満足。ホントは2時間程山ん中をトレッキングすると、素晴らしい眺めのところがあるらしいけど。
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随分途上国も旅してきたが、こういう故障は初めてだな。

 今日のバスは昨日と同じ道をバギオに帰るオハヤミ社の、韓国の中古らしきバス。一番前の席を割り当てて貰え、ウツラウツラするうちにあっという間にお昼の休憩。7時間ほど走ったロザリオという、西海岸線の幹線道路沿いの道で下車、今日の目的地ビガン行きの(おそらく日本からの中古と思しき)バスを捕まえたのが14時半頃。暫く順調に進むが、ちょうど夕暮れかというタイミングだった。突然後方から大きな鈍い音と衝撃でバスは急停車。降りてみると、右後輪のタイヤハウスのカバーが外れかかるという、あり得ない故障。どうやら後輪も一つパンクしてしまったようで、部品を無理やり外し、既に陽も落ちて真っ暗になってしまった中、タイヤを交換するまでおよそ1時間のタイムロス。結局終点のビガンについたのはもう20時半になってしまった。
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歴史ありそうな建物と石畳の道で今年最後の晩餐。

 それでも、歴史的建築と思しき“アニセト・マンション”というホテルにチェックインし、世界遺産の旧市街地の外れのオープンカフェで今年最後の食事(とビール)にありつき、爆竹や花火が派手に飛び交う中、新年を迎えるのでした。

というわけで、今年もお世話になりました。2010年も、落花生。を宜しくお願いします。

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«遠い遠い。。。世界遺産の棚田へ。