今更ですが。

今更ですが、2007年1月から、ブログ始めてみることにしました。
開始から数年がたち、まだ試行錯誤は続いていますが、お手柔らかにお願いします。

これまでの 地球公務員 落花生。のサイトは、http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Desert/1917/index.html だったのですが、どうやらGeocitiesに消されてしまったようです(一部復活させました)。Geocitiesのサービス自体が終了となるみたいですし、ナイジェリア・東ティモール在勤時代のアーカイブをどうするか、そのうち考えますね。

なお本ブログは、筆者が備忘録的に書いているもので、インドネシア鉄道やミャンマー鉄道に関する情報発信を主目的としておりません(何らかの形でお役に立てれば、それはそれで幸いです。)。掲載情報の間違い等に起因する損害等について責任を負うことはできませんので、ご理解ください。
また、記載内容は筆者の個人的見解であり、筆者の所属する組織機関等の公式見解とは一切関係ありません点についてもご了承ください。

また、いただいたコメントには原則としてお返事させていただいていますが、その後会話のやりとりが続かない方(当方からの質問コメントを無視される方)、上から目線で揚げ足取りや間違い探しだけに執心される方などはご遠慮いただきたく、同じような事が続くようであればかかるコメントにつきましては当方も無視させていただき、折を見て当該コメントは削除いたします。また、記事とは関係のない話をされる方は御自身のブログやSNSでやっていただければと思います。

※この記事がいつも先頭に来るような設定にしてあります。もっとスマートな方法はあるんでしょうけど、そのうち勉強しますんで、暫くご容赦下さい。

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2018年10月11日 (木)

お仕事終わり。やれやれ。

半月余りの東京勤務も終了、今日のANA便でヤンゴンに戻って来ました。
お仕事の中身はここには書けませんし、滞在中、週末も含めてお仕事だったし、台風の来襲などもあり、自由な時間は殆ど取れませんでしたが、それでもお台場の「Global Festa」や日比谷公園の鉄道フェスティバルも短時間ですが覗いてくる事もでき、ちょっと一休みする時間が取れたのは幸いでした。

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成田のラウンジで、朝カレー。

いつものように、タクシー->新宿->N'EXで成田に向かい、最後のお買い物。
そして今日のANA便はガラガラ。ちょっと変わった「唐揚げと野菜弁当」なるものを選んでみたお食事は、機内食なので衣の揚げたて感はないものの、程よく汁に浸されて却って個人的には好みだったかも。

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カレー食べた後なのに、このフルトレイの機内食を完食できたのだから、そこそこ美味しかったということなのでしょう。

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トイレに置かれていた乗務員さん手書きのメッセージカード。これが日本のおもてなしだとか大上段に構えるつもりはありませんが、ちょっとした心遣いが嬉しいですね。

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さ、ヤンゴンに戻って来ました。流石に疲れました。


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2018年9月24日 (月)

一時帰国(お仕事ですが)。

話は相当にバックデートしますが、ブログ書いてる余裕がなかったので。自分の記録の意味で、書き込んでおきます。
昨9月23日夜のANA便で今朝日本に戻って来ました。一時帰国ではありますが、休暇ではなくてお仕事、用務帰国という奴ですね。これから半月少々、東京でのお仕事です。

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今日はほぼ満席近かったのですが、3人掛け中央の真ん中座席が空いたところを確保できてやれやれでした。

とはいえ今日は祝日で流石にそのまま出勤しろという日程にはご容赦いただいたようなので、いつもどおり成田から宅急便で荷物を実家に送り、1,000円バスで東京駅へ、そして突然にもかかわらずわざわざ出向いてくださった友人2人と神田でお昼ご飯。そして万世橋ホームの(復活した)カフェに立ち寄って来ることも出来ました。

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成田到着。この方向だと撮りづらいなあ。

さ、明日からは毎晩遅くなりそうです。頑張りましょ。

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万世橋のこのお店、復活したんですね。素晴らしい立地ですから。傍をかすめる列車は殆ど同じのばっかりですけど。

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2018年9月23日 (日)

日曜のモッタマにて。

昨日の176DN列車にそのまま乗り続けていれば、6時間の遅れはあれど、今朝のうちにヤンゴンには着けていた筈、なのですが、わざわざ下車して1泊したのは、ちょっと寄り道してみたいところがあったため。ホテルからバイクタクシーでモーラミャインから橋を渡って北側のモッタマ(旧称マルタバン)側へ向かいました。

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今にも列車が入って来そうなモッタマ終点駅(跡)。

このタンルウィン河(とその支流との合流点)を渡るミャンマー随一の長大橋、ネット上にはその延長について幾つかの異なる数字が表れていますが、取り敢えずWikiでは道路橋3,528m、取り付け部に余裕を要する鉄道橋で7,640mと書かれていますが、いずれにしても3km以上の川幅を跨いでおり、軍政下の2005年に独力でこの橋を作り上げたのですから、立派なもんです。

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モッタマの駅名標。左にまだ駅があるように書かれていますが、セイッカン(港)と書かれているだけです。

先の大戦中、苦心の末にタイ側と繋がれた泰緬鉄道で運ばれてきた人や物資は、モーラミャイン~イェ-間の既存鉄道を経てこのモーラミャインまで運ばれてきたものの、対岸のマルタバンには船で渡り、更に北を目指すことを余儀なくされていました。

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フェリーへ乗り込むための通路だったのでしょうね。赤錆びた施設が残っています。

その状態は2005年にこの橋を通る鉄道が開通するまで続き、当時北側路線の運転の拠点が終点のモッタマにあり、現在もこの地域の主要な機関庫・整備基地となっています。

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日曜日のモッタマ機関庫入口前。左のバイタクで回りました。

橋を渡ったバイタクにまず連れて行って貰ったのは、その北側路線の終点、モッタマ旧駅跡。管理人なのか人が住み着いている駅舎には、モーラミャイン側への鉄道が直通するようになった後も、一時列車の運行が残っていたらしいです。現在は勿論列車の発着はないながらも、綺麗に整備され駅名標もはっきり残り、今にも列車が入って来そうな雰囲気です。

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機関庫の入口。アッシュピットがありますが、先日、Far Rail TourのグループがチャーターしたSLがここまで乗り入れて来たようです。

その駅舎を出ると、目の前には対岸に渡るフェリーの乗り場だったのでしょう、赤錆びた接岸設備が残されていました。

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綺麗な稼働状態のLRBE59号車。チャーターしたいなあ。

続いて訪れたのは、モッタマの機関庫。こちらには、この装甲車があるという風の便りを聞いていて、是非とも確認したいと思った次第。

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この装甲車(Armored Car)。稼働状態で残っているのは、驚きです。乗ってみたいなぁ。動くとこ見てみたいなぁ。

この装甲車両自体は英国時代に持ち込まれたもので、マレー鉄道にも兄弟車がいるようなのですが(KLの博物館にある由。)、ホンの数年前まで、21世紀に入ってからもしばらくの間、実際に救援車両として使われていたようなのですから驚きです。

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14:00発、このVIPバスでヤンゴンへ帰ります。

日曜の今日でしたが、親切な当番の上役の方、こちらが見せたスマホの写真をみるや、あ、これね、そこにあるよ、見てって♪、と至極上機嫌。生憎庫の中にしまわれたこの車両、今動かして外に出すわけにはいかないけど、可動状態にあるよ、とのこと。

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出発前に陶器のカップで“ウェルカム・ドリンク”のコーヒーが手渡されました。自社デザインの飲料水も。流石はVIPバスたる所以か。

そしてもう1台、車庫の外に置かれていた綺麗な状態のLRBE59号車。こちらに至っては、現在でも時折物資輸送で動いたりしてるよ、というには驚かされます。その性格上、いつ動くのかはわからない、上の指示があれば、とのことなのは仕方がないことでしょうか。

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3列シートのゆったりとした車内では、映画も見られます。

こちらは悪い癖で「チャーターは?」と聞いてみたら、「ネーピードーの本社から指示があれば」とのことで、各管理局限りで受けたりは出来ないんですね。この装甲車のチャーター、してみたいんですけどッ!

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2018年9月22日 (土)

脱線事故の影響で。

9月15日早朝、市内のホテルからバイクタクシーでダウェイ駅へ。前日のまだ明るいうちに一度来ているのでわかってはいましたが、初めて来たら心配になるような草むらの中の、乗用車の通行も覚束ないような道を走って到着した駅舎内には、当地ではよくあることですが、前の晩から夜明かしをしたと思しき乗客が数名ゴロゴロと転がっていました。

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立派・・・な廃墟のダウェイ駅(前日夕撮影)。

既に発券窓口は開いているようでしたので、事務室を訪ねて外国人向けの乗車券を作成して貰い、駅前の茶屋で一服の後、ホームへ。

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ショーティ客車を連ねて、さあ出発です。

入線していたのは地方路線でよく見られる“ショーティ客車”を連ねたヤンゴン行き176DN列車です。所謂“代用客車”は無く、Ordinary2両、Upper1両、First1両、Ordinary1両、最後尾に守車を連ね、先頭に立つのはDF1606号機。時刻表上はヤンゴン行きですが、途中のイェーで一般型客車の編成に車両交換となるのはネット情報からわかっていました。この短い車両でヤンゴンまでは入ってきてないですしね。

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敬虔な仏教国の当地では、お坊さんや尼さんは特別扱いで、当然のようにUpper車が割り当てられます。

列車の出発は午前06:01。06:00ピッタリではないのは、かつてダウェイ・セイッカン駅を05:40発でこの駅まで向かってきていた頃の名残でしょうか。
この生意気にも3列シートのUpper車は、当方の他には警乗の鉄道警察官と尼さんとその連れだけ、Ordinary車も半分弱くらいの乗車率です。

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こんな人跡未踏に見える山の中にも、整然と植林されたプランテーションがそこかしこに。

漸く白み始めた空の下、半分弱ほどの乗り具合で列車は定刻に出発です。ミャンマーの列車、始発駅の出発時刻については極めて正確に守られている印象があります。

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この国の鉄道線路で下草刈りがなされているとは思えませんが、撮影地になりそうなきれいな築堤を進みます。

列車はダウェイからイェ―まで海沿いに走っていくのかと思いきや、ダウェイを出た列車は左右双方の車窓に山並みを望みながら走っていきます。まだ早朝ですので、盆地の雰囲気の山裾は靄を被り、北部山岳地帯のような趣も感じられます。

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売り子さんから3in1のお茶を買っていただきます(200チャット)。

この早朝の時間帯ですが、各駅・停留所では1日1本の列車を乗客が待ち受けていました。1995年の当初部分開業時の終点イェビューを過ぎると、列車は徐々に山間部へ入っていきます。

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器用なもんですねえ―、売り子さん。(カレインアウン)。

途中駅から乗ってきてはす向かいに座ったグループ、どうもミャンマー語ではない言葉を話しているようなので、聞き耳を立ててみると、どうも響きがタイ語…らしい単語が聞き取れなくもない。

話しかけてみると、自分たちはモン族だと。喋っているのもモン語なんだそうで、以前シャン州東部のチャイントン周辺で話されていたシャン語もタイ語に近い印象を受けましたが、この辺りも一山超えるとすぐタイですから、言語・文化的にも色々影響を受けているのでしょうね。

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これも20世紀末製とは思えない、戦車用の簡易橋?みたいな橋を渡ります。

下川氏の書籍では、「ジャンプ激しい、ダニに食われて腫れた、枝に顔を打たれた、寝て過ごした、何でいい歳してこんなことやってるんだろう」といつもの下川節で終わってしまう区間なのですが、確かに車体を激しく打つ木の枝に当方も2、3度叩かれましたし、そういった草木に阻まれて車窓が開けないところも多いのではありましたが、それでも高原風景あり盆地あり澄んだ水の流れる沢を渡り、農村にゴム植林に里山の風景あり、見事にカーブする築堤や(それほど古いわけでもないのに見た目はとても)古めかしい鉄橋を徐行で渡ったりと、なかなか変化に富んだ楽しい車窓風景が続きます。

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保線車両の駐泊する比較的大きなガンゴータウン駅。物売りの姿も多数。

カレインアウンでは駅ホームの売り子さんからカオソエジョー(焼きそば)で小腹を満たし、車内の売り子さんから3in1のお茶を買ってみたり。少し開けて保線車両が止まる側線もあったガンゴータウン駅ではプラ容器に入った弁当も売られていましたが、これを買わなかったのを後で後悔する羽目になりました。

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アップダウンの続く路線。立派な安全側線のある駅も幾つか。

13時少し前頃、時刻表上の定刻は12:10着・12:20発のパイッピンクィンに到着したのですが、なかなか対向列車が現れません。片方の列車が大幅に遅れる場合、運行指令が直ちに交換駅を変更してもう一方の列車を次の交換可能駅まで進ませるのですが、今日はそのような措置も取られる気配がありません。他の乗客も続々と下車して来て、携帯電話の電波も届かないこの山間の小駅は、滅多にない賑わいとなりました。

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宗教関係の募金を募りに行くのかな。老若男女混合団体。

2時間ほどの後、どうやら対向列車が脱線事故を起こしたので、救援列車が走る、この列車は復旧作業が終わるまで走れない、ということが駅員氏との意思疎通からわかって来ました。

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山間の小駅パイッピンクィンで足止めに。

いつ作業が終わるのか、イェーから先の列車は待ってくれるのか、携帯はMPTもTelenorも圏外でGSM通話やSMSも出来ず、小さな駅の物売りの食べ物はあっという間に完売。あと1時間程のイェーで買えるから、と敢えて今までの駅での売り子さんから弁当類を買わなかったのが裏目に出ました。

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トラクター改造の救援車両?が作業道具を積んで走っていきます。

それでも3時間程経った頃、売り子のおばちゃんの娘さん?がバイクで運んできたタイ製トムヤムクン味のインスタント麺をカセットコンロでくべて提供され、他にも餅米を焼いたのとか、スナック菓子など売りに来たのでホッと一息。

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インスタント・ラーメンにありつき、ほっと一息。あと何時間かかるかわからないしね。
バケツにくまれた水、これどんな水を使ってるかわからず不安だったので、左のペットボトル水も一緒に購入し、こちらで茹でて貰いました。外国人はこれだから… 的な失笑を買いながら。

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退屈だねぇ、まだ動かないねぇ、いつ動くのかなぁ。。。

結局、5時間程の後、復旧作業が済んだらしく遅れの対向列車が現れ、漸くこちらも再出発。程なく現場らしく最徐行そして一旦停止して作業員を乗せて走り出しました。

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ようやく対向列車が現れました。乗客皆、安堵の表情。

どうやら、崖崩れの土砂が線路に覆い被さったところに、低速で登って来た列車の機関車が少し乗り上げた、という事のよう。

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ここが事故現場らしいですね。最徐行・一時停止して作業員を回収します。

バックして、取り敢えず線路に被さった土砂を取り除いて、そのまま上下列車を通してしまったので、“脱線”にしては、早く“復旧”出来たのでしょう。
日本だったらこう簡単にはいかないでしょうが。

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この短尺編成の終点、イェ―に6時間遅れで到着。接続列車(右)に乗り換えですが、島式ホームにしてくれればいいのにね。

そんなわけで、定刻14:23到着のイェーにたどり着いたのはもう陽もトップリと暮れた20時過ぎ。接続列車となる同じ列車番号のヤンゴン行きはきちんと待っていてくれましたが、目的地モーラミャインに着くのは、日付変わって午前2時を回りそうです。
真っ暗な車窓になってしまったこの区間、余裕があったら乗り直しに来たいところ。

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通常の“長尺”車両のUpper車。4列シートですが、安心感を感じられるのは(笑)。

あゝ、ミャンマーで汽車旅するのは、かくも容易なき事なるかな。

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本日の目的地モーラミャイン着は深夜の2時半。ああ疲れた。
そしてこんな入替機(?)DD900の牽引だったのね。

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2018年9月21日 (金)

ダウェイ・ポート駅訪問。

こうして今日は無事に目的地ダウェイに到着することが出来ましたが、小雨交じりの天候ではありますが、幸い日没まではまだ1時間ほどあるようです。折角なので、ちょっと行ってみたい場所があったので、ここまで乗せてくれた四駆タクシーの運ちゃんと交渉して、行ってみることにしました。

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ダウェイ市街地の南にあるダウェイ・セイッカン休止?駅。

ここダウェイには、戦前に英国の手により建設されていた、モン州南部のイェ―まで伸びていた鉄道が、1995~98年の軍事政権下に延伸され、到達して来ています。MR公式によると、

30th May 1995 Dawei-Yebyu Line opened.
24th Sept 1996 Ye (Chaungtaung) - Kaloggyi Line opened.
26th Mar 1998 Yebyu – Paukpinkwin - Kaloggyi Line opened.
と書かれていますので、北から南へ順次延伸されてきたのではなく、ダウェイ側からも工事が進められ、中間で結ばれたようですね。

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ダウェイから南へタイェッチャウンまで、5駅分の線路が描かれています。

それに加えて、

4th June 2011 Dawei - Thayetchaung Line opened.

という記載があります。MR公式の路線図を見ると、確かにダウェイから南へ向かいタイェッチャウンまで19.31マイルの路線が描かれています。

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ダウェイ駅に貼られた時刻表にも、「ダウェイ・セイッカン」駅までの列車の時刻が。

実際にこの区間に旅客列車が運行されたことがあるのか、貨物列車だけでも走ったのか確認できていませんが、ネット情報や書籍等を見る限り、少なくとも3.56マイル先のダウェイ港(ダウェイ・セイッカン)駅まではほんの数年前まで列車の運行があったようです。

ダウェイ駅に貼られた時刻表にも、ダウェイ・セイッカンまでの列車の時刻が書かれているのが読み取れます。

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ダウェイ~セイッカン間の休止中の線路。

最近の当地鉄道を取り巻く情勢から、この1駅区間が復活したり、あるいはタイェッチャウンまでの旅客列車の運行が開始される見込みは、まあないのだとは思いますが、折角なのでこのダウェイ港(ネットでは、ダウェイポート駅と書かれていることが多いようです)を訪ねてみることにしました。

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ダウェイ・セイッカン駅からさらに南(左)側の駅名が残ります。

タイ国境側ではなくダウェイ市内で暮らし、バスターミナル近くで奥さんが店をやっているというこの四駆タクシーの運転手さん、「ダウェイ・セイッカン」駅の存在をよく知っており、あっという間に住宅街の中の細い道をすり抜けて駅まで連れて行ってくれました。

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駅構内。ホームは立派ですね。

そのダウェイポート駅、駅員や管理人などはいないものの、駅名標の表示にはクリアに更に1駅南の「シンモッティ(でいいのかしら)」の名が示されていました。雨もちょうど止んだようなので、クルマを降り、地元の少年たちがたむろし、白い牛がのんびりと歩く駅構内に立ってみると、周囲に何もなく、草生して埋もれそうな細道を数百m走って辿り着かなければならないダウェイ「本駅」に比べて、周囲が開けて住宅も多いダウェイポート駅まで列車が来ていたというのは何となくわかる気もしました。

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牛がのんびりと改札口に向かって歩いていきました。

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2018年9月20日 (木)

国境の東、国境の西。

明けて9月14日。朝の開館を待ちわびて2度目となる「Death Railway Museum」を訪問し、館長?氏に挨拶し所蔵の資料を拝見させていただく。
その後、バスターミナルへ移動し、10時半過ぎの国境の村、プーナムロン行きのマイクロバスで出発です。

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このマイクロバスで国境へ。ガラス窓にはミャンマー語の文字も見えます。

カンチャナブリの街を抜けたバスは、泰緬鉄道のタイ側残存区間でもあるナムトク線の線路の北側を北上し、バーンカオ駅付近で線路を渡り、そこからメインの国道323号線から外れて西方向へ、道路番号も4桁に下がり、3229号から3512号線と、日本でいうところの3桁酷道か県道かというレベルの道になりますが、ここは流石はタイ、きちんと舗装され路側帯も十分に取られた快適な道です。

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AH123号線の標識も凛々しい、完全舗装の快適な道路を一路国境へ。

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終点のプーナムロン村まではおよそ1時間半弱ほど。多くの人がミャンマー側に越境していくのかと思いきや、殆どの乗客が途中で降車してしまい、終点の停留所から国境事務所の方へ足を向けたのは、当方の他には2人ほどでしかありませんでした。

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プーナムロンのタイ側国境事務所。

出国手続き自体は待つこともなくあっさり終わったのですが、問題はここから。
入管の職員氏曰く、「ダウェイまで行くの? ここからミャンマー側(国境事務所)まで4㎞くらいあるけど、バスとか何もないよ」とのこと。
事前にそういうネット情報を目にしてはいました。でも本当にないですか。

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バイクタクシーで国境越え。入管事務所から先、タイ側半分は引き続き良好な道路状態でしたが、

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中間地点を越えると、突然道が未舗装になりました。

「ちょっと待ってね」と窓口を閉めて、近くの屋台が並ぶ側に歩いて行ったかと思うと「バイクタクシーで行きな、今呼んであげたから」との親切なご発言。
その間、ミャンマー側の“カジノへ行く”由の日帰りツアーのハイエースが停まってくれたりしましたが、折角わざわざ呼んでくれたので、そのバイクタクシーを待ち、後ろに乗って走り出しました(B100)。
暫くは、~タイ側部分は~そのまま綺麗な道が続くのですが、両軍の兵士が銃を持って立ち「写真はやめな」とドライバーにアドバイスされた中間地点を越えた途端に、道は突然未舗装になりました。いきなり両国間の格差を感じます。

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ミャンマー側のティーキー村。右上の旗が立っている建物が入管事務所。

そして到着したのがミャンマー側の国境の村、ティーキー村。その気になればそのまま通り過ぎてしまいそうですが、バイタクの運ちゃんはキチンと国境事務所まで送り届けてくれました。
日本人旅行者は珍しいらしく、諸々話しかけてきて、自分のスマホで一緒に記念写真を撮ってしまうような緩い所長さん?と話している間に、部下の方によりパスポートとビザのページなどのコピーを取ったりと手続きが進み、10分ほどで無事に入国。「気を付けてねー」、と送り出され、無事にミャンマーに帰国です。

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ティーキー村。並んでいる四輪駆動車は殆どが乗合車。ダウェイに明るいうちに着くには、昼過ぎ頃までには出発した方がよさそう。

ここからは、乗合のバンでもあればと思ってきましたが、どうやら借り上げタクシーしかなさそうです。タイ側では「700バーツ(約2,500円)くらいかな」と言われており、ネット情報でもそのくらいだったのですが、2軒ほどで話してみると、相客1名と相乗りで20,000チャット(約14ドル)というのがあったのでこちらに決定。
ハイラックスVIGO・4WDの、ダブルキャブではなく、後ろの席は“非常用”的に狭い、Extra Cabタイプでしたが、幸い当方は助手席に座らせていただけたので快適です。

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走り出してすぐはこんな感じで、まあこれなら問題ないレベルかな、と思いましたが。

ほどなく出発したクルマは左手に“カジノ”を見つつ、未舗装路を一路西へ。道幅は広くないものの、それほど悪い状態でもない感じ。そのうち舗装がかけられて、バンコク~ダウェイを結ぶ、ダウェイ経済特区計画へのアクセス道路になることも期待されるような旅路の始まりでした。

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それがしばらく走っているうちに、いつの間にかドンドン状態の悪い箇所が増えだし、スタックしたままのトラックも見かけるようになってきました。
そしてとうとう、この四駆車でも前後のタイヤが空転し、二進も三進も行かなくなる状態に陥り、一旦バックして勢いをつけて再突入して越えていくような場所も二度ほど。これは普通車では全く通れません。
今は雨季もそろそろ終わりに差し掛かりつつある時期なのですが、これでは雨季の最盛期にはどうしようもないでしょうね。現状、物流ルートには全くなり得ないのがよくわかりました。

そして途中で、「KNUのキャンプがあるから、ここでは写真撮らないで。」と言われた場所で停まること2回。途中の店で買い込んだペットボトルの飲み物を付け届けなのか、頼まれものなのか、引き渡していくなど、政治・治安面でもまだ問題がある地域であるようです。 

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ようやく舗装道路に出て、道端の茶屋で一休み。苦闘の跡が感じられますね。

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全行程5時間少々のうち、最後ミッター(Myitta)からダウェイまでの1時間ほどだけが舗装区間でした。

 

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2018年9月19日 (水)

いろんな乗り物な一日。

HYUNDAIのワゴン車のタクシーで連れて行って貰った国境から、早々にタイ側に戻ります。
今日先ほどの、同じ日付の入国印がある出国審査ですが、そんな旅行者も多いのか、何の質問もなくさらっと出国。待つことしばし、タイ側のハイデッカーのシャトルバスが現れ、国境の橋を越えてタイ側に戻ります。

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ラオス側国境に到着。この橋はオーストラリアの援助で作られたので、大きな記念碑が。

この国境シャトル、出国後の緩衝地帯とでも言いましょうか、両国国境事務所の間の橋を越える区間をタイ・ラオス双方のバスが交互に運行しており、ラオス側の車両は元京都市バスなんでそちらを待ってみてもいいんですが、空席があったのでそのまま足を進めてしまいます。いざ乗ってみたら、格好の良い見かけとは裏腹に車内は随分草臥れて掃除も行き届いていません。大荷物の人の多いシャトルバスにハイデッカー車というのも気が利かないですし。

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ラオス側の車両はこちらの京都の市内路線車。

タイ側国境も何の質問もなく事務的に入国手続きを終えると、その少し先にはウドンタニ空港行きのハイエースが待ち受けており、昼間は1~2時間間隔で出発している模様(B150)。ノーンカイ市内の事務所によってから空港に行くので、多少時間はかかるようですが、荷物がある時は便利ですよね。

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タイに入国したところにこのハイエース乗り場。Nok Airの看板がありますが,勿論誰でも乗れます。映ってるのは運ちゃん。

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タイは、この手の“ヤン車風”?のモディファイが好きですよね。

このまま空港行っても少し早過ぎるので、ウドンタニの市内へ一旦入ることにします。というのも、目の前にビエンチャンからウドンタニ行きの国際バスがタイミング良く現れたからで、これがまた京都市のマークを付けた爽やかな色合いのいすゞ・ガーラだったりしたからで。京都市内観光バス?と思ったら、車内には運賃の表記があり、路線車だった模様。調べてみたら、水族館シャトルに使用されていた車両のようですね。

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ウドンタニ市内のモールには、こんな市内観光用の「トラム」なるものが。
勿論レールの上を走るものではありませんし、かつてこの街に市内電車が走っていたわけでもありません。

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そういえば、タイではここから少し南に下ったコンケーンにトラムとLRTの建設計画があり、前者に関しては広島電鉄から中古車両の贈与がなされるという話になっているそうで。
ヤンゴンのトラムを想起させずにはいられない話ですが、果たしてどうなるでしょう? 楽しみにしておきましょう。

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ウドンタニ空港からは、なんとかの一つ覚えですが、Thai Air AsiaのFD3355便でドンムアンへ。せっかくThai LionやらNok Airとか他のLCCもあるのだから、別のにすればいいのにね。ポイント貯めてるわけでもないのだし。たまたま時間帯がよかっただけです。

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ドンムアン空港からは大荷物を抱えた乗客で満員…ではないものの、大量のスーツケースなどの荷物のお陰で足の踏み場がない状態の空港バスA1ルートでモーチットのバスターミナルへ移動。
以前は道端の外国人にはわかりづらい停留所から発着していた“ロットゥー”と呼ばれる乗合ハイエース車、これがちゃんとしたターミナルからの発着に纏められてわかりやすくなっていました。

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モーチットのバスターミナルの向かいにある、ロットゥー・ターミナル。

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CNG車なんですね。給油、ではなくて給気中。

しかも、ネットで予約できて支払いまで済ませられるようになっていたのは驚き。このロットゥーという乗合車、もともとは闇バスみたいなものだったと思うのですが、運輸当局としてキチンと交通体系の一環として組み込んだということなのでしょうね。

こちらで今日の目的地カンチャナブリまではおよそ3時間半ほど。ルート上であれば、予約客を道端で拾っていくのですが、その客が指定場所・時間にいなかったりすると、これを待ってみたり電話で呼び出したりということで5分10分と浪費するのは少々いただけませんが。

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2018年9月18日 (火)

ラオス鉄道の旅。

明けて9/13(木)朝は寝台車での目覚め。隣の食堂車で、やはり何となく物寂しい朝食を食べ、寝台に戻ると片付け作業の人がやって来ました。プルマン式寝台を折り畳んで座席にする作業も、久しぶりに眺める気がします。

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朝ごはんもこんな感じ。まあ、こんなもんですよね。

途中のウドンタニで大勢の下車があり、終点のノーンカイ迄乗り通したのは、この車両ではその殆どが外国人などの観光客のようです。駅前に集まるソンテウやトゥクトゥクなどで思い思いに出発していきますが、駅に残った10人ほどは、このまま一緒にラオスに向かう人たちですね。

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終点ノーンカイ駅のホームには、ラオス行きの接続列車の案内と、入管のカウンターが。

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ヴィエンチャン、そしてバンヴィエンまでの連絡運輸? ラオス側の鉄道駅タナレーンまでは70バーツです。

ここで接続する列車に乗り換え、タイ・ラオス友好橋を1日1本の列車で越え、ラオス側の終点タナレーン駅に向かいます。切符は70バーツ、発券窓口の案内によると、ヴィエンチャンそして観光地バンヴィエンまでの乗継チケットも買えるみたいです。どういう接続になっているのか、聞いてみればよかったな。

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接続列車はこの2両編成の気動車。僕らの好きな奴。

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サボは「ノーンカイ~タナレーン~ノーンカイ」。

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車内は、国鉄臭がプンプンしますねー。

ホーム上に設けられた、かなり緩い(横を幾らでもすり抜けられる)出国審査でスタンプを貰い、そのほぼ全員がバックパッカー風の乗客が案内されたのは、70年代日本製の気動車2両編成。紫色に塗りなおされて綺麗な状態ですが、古さは否めないというか、懐かしい香りのする車両ですね、我々的には。

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タイとラオスを結ぶ友好橋(併用橋)の真ん中、タイとラオス双方の国旗が見えますね。

先ほどの特急列車が既に1時間ほどの遅れで到着したのですが、こちらの接続列車は当然これを待ち受けての発車です。この列車単体の利用客はゼロ、なわけですし。

全員が乗車したのを見計らって出発した列車は、程なく右手に旧ノーンカイ駅への線路跡を分け... と書きたいところですが、草が激しく生い茂り、車窓からは確認できませんでした。旧駅は残っているようです。

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ラオス側の車止め遮断器。この国境では、クルマも走行車線が変わります(タイ:左側通行、ラオス:右側通行)。

橋に差し掛かると、左手に遮断器でクルマの流れを止め、列車は優先走行で橋へと進入していきます。ミャンマーでもよくある“簡易な方”の併用橋ですが、クルマの往来は結構あるとはいえ、列車の方が1日1往復ですから、まあこれでよいのでしょう。将来列車の本数が増えたら、はまあその時にまた考えるとして。

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ラオス鉄道の車窓から♪

途中橋の中央付近で両国の管轄区域を越えたのか、橋の欄干に飾られた国旗がタイからラオスに変わり、そしてラオスの大地へ列車は乗り入れて来ました。立派な国際列車です。前回この橋を渡った時にはまだ列車の運行は開始されておらず、その後のビエンチャン訪問は2回とも出張で、仕事を抜け出して汽車乗りに来るわけにもいかず、忸怩たる思いをしていたところ、ようやく乗れました。

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終点タナレーン駅に到着。タブレットですね。

そんな憧れ?のラオス鉄道の車窓ですが、橋の近くの雑然とした道と、その先の田園風景がホンの数分、あっという間に終点タナレーン駅に到着してしまいました。
これでラオス鉄道、完乗です。「ラオス鉄道の旅」書籍を書こうにも、背表紙に題名書けないね、とSNS上で茶化してくれた友人がいましたが、全く仰るとおりです。

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欧米人パッカーはアライバル・ビザ申請、日本人の我々はノービザで先行入国出来てちょっと気分良いね。

現在、北に接する中国雲南省からこのビエンチャンを目指して「中老鉄道」の建設工事が進められており、それが完成した折には、標準軌1,435mmの中老鉄道の列車はこのタナレーン駅まで乗り入れてきて、そして荷物はメーターゲージのタイ鉄道に積み替えられてタイへと運ばれていくのだという記述を読んだことがありますが、さてどうなることでしょうね。

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タナレーン駅からタクシーで国境に戻ることにします。

駅舎内のイミグレで入国手続きをして、あまりの乗客の少なさに手持無沙汰なタクシー運転手の一人と交渉して、タイ国境まで送って貰うことにします。旅行客がくれたという各国の紙幣を集めているのを見せてくれたのを一瞥すると、ミャンマーチャットがないようなので、ピン札の小額紙幣を一枚プレゼント。「幾ら?」と聞くので、「んー、3バーツくらい」と応えると大笑い。ミャンマーからのバックパッカー旅行者はまだあまり来てないのかな。

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2018年9月17日 (月)

新型寝台特急で。

プノンペンからバンコク(ドンムアン)へは、17:05発のThai Air Asia FD607便でひとっ飛び。空港でタイのSIMカードを調達し、空港ビルから高速道路を挟んだ反対側… だったのですが、高架鉄道の橋脚が建ち並び、以前の駅舎は取り壊され、すっかり雰囲気の変わった国鉄SRTのドンムアン駅へ。ここから夜行列車に乗るのなんか、もう何年、いや十何年ぶりだろうか、と少し感動。

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エアアジアでドンムアンへ。沖留めでした。

定刻を15分ほど遅れて到着した今夜の宿は、特別急行25列車「イーサーン・マンカー」号ノーンカイ行き。残念ながら旧JRのブルートレインではなく、最近各線に順次導入されて来ている中国製の新型ステンレス車両です。

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雨のドンムアン駅で夜行列車を待ちます。右手の高架線の下にあった駅舎はなくなってしまいましたね。

以前から走っていたこの東北線ノーンカイ行きや北線チェンマイ行きを置き換えた他、新たに新設されたウボーンラチャタニー行き特別急行「イーサーン・ワッタナー」号等に投入されてきており、愛称名をつけるなど、国鉄側も宣伝を進めているようです。

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少々の遅れで到着です。ノーンカイ行き「イーサーン・マンカー」号。

運転開始は2016年10月ということですから、既に2年ほどが経っており目新しいわけではないのですが、当方が以前タイの夜行列車に乗ったのは、当時はまだ日本中古のブルートレインが活躍していたチェンマイ~バンコク路線で、もう5年も前の2013年ですから、久しぶりだし気分は上がります。

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電光表示となった行先表示は英語表記とタイ語表記の切り替え式。

自動ドアが開いて乗り込んだ… のは食堂車。
もう時刻はもう21時を回っており、一旦席についてしまって腰が重くなっても困ります。車掌さんに切符(ネット予約してプリントアウトしたもの)を見せ、メニューを開きますが、あれれ。夕食メニューとして幾つかの定食セットと、飲み物はソフトドリンクだけ。

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食堂車は清潔ではあるのですが…

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メニューにはビールの文字はなく、

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味気ないプラトレイ入りのレンチンご飯…

そう、タイ国鉄は、泥酔した乗務員による痛ましい事件が起き、全線全駅全車内で禁酒となってしまいました。ドンムアンの駅の売店でもビールの販売はありません。車窓を眺めながらビールを傾けるという楽しみはなくなってしまいました。

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綺麗な二等寝台の車内。上段の方が少し狭くて安いんですよね。

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日本だったら、開放式A寝台、と呼ばれていたプルマン式寝台。

そしてかつては車内でちゃんと火を使って調理していた食事も、今は味気ないレンチン食になってしまいました。プラスチックのトレイで供された210バーツの夜定食をボソボソと食べ、何となく残念な気持ちに。

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Wifiの電波が飛んではいるのですが…

とはいえ、この新型車両は極めて快適です。当方に指定されたのは隣の2等寝台下段。ネットで購入した時には残り僅か、下段が取れてラッキー!という画面表示だったのですが、いざ乗ってみると、半分とは言わないまでも、1/3程の寝台は空いているようです。まだこれから乗ってくるのかな? 

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車内に設けられた液晶画面。外気温や次の停車駅などなど。

ともあれ、割り当てられた寝台、リネン、洗面所も極めて明るくて清潔で気持ちよく、通路に設けられたLCD画面には停車駅などの情報と、寝台内には今や当然となった充電プラグが設置。どうやらWifiの電波も飛んでいるようですが、こちらは接続するには至りませんでした。テスト中なのかな。

というわけで、暫くは夜の車窓を眺めていましたが、いつの間にかウツラウツラ…

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