今更ですが。

今更ですが、2007年1月から、ブログ始めてみることにしました。
開始から数年がたち、まだ試行錯誤は続いていますが、お手柔らかにお願いします。

これまでの 地球公務員 落花生。のサイトは、http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Desert/1917/index.html だったのですが、どうやらGeocitiesに消されてしまったようです(一部復活させました)。ナイジェリア・東ティモール在勤時代のアーカイブをどうするか、そのうち考えますね。

なお本ブログは、筆者が備忘録的に書いているもので、インドネシア鉄道やミャンマー鉄道に関する情報発信を主目的としておりません(何らかの形でお役に立てれば、それはそれで幸いです。)。掲載情報の間違い等に起因する損害等について責任を負うことはできませんので、ご理解ください。
また、記載内容は筆者の個人的見解であり、筆者の所属する組織機関等の公式見解とは一切関係ありません点についてもご了承ください。

また、いただいたコメントには原則としてお返事させていただいていますが、その後会話のやりとりが続かない方(当方からの質問コメントを無視される方)、上から目線で揚げ足取りや間違い探しだけに執心される方などはご遠慮いただきたく、同じような事が続くようであればかかるコメントにつきましては当方も無視させていただき、折を見て当該コメントは削除いたします。また、記事とは関係のない話をされる方は御自身のブログやSNSでやっていただければと思います。

※この記事がいつも先頭に来るような設定にしてあります。もっとスマートな方法はあるんでしょうけど、そのうち勉強しますんで、暫くご容赦下さい。

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2017年3月25日 (土)

新型機は、良い。

ハノイからの成田便は、最新のB787-9型機で、Cはフルフラットシート。豪華か、良く寝れたかと言われると、そんなでもないし、実乗5時間ほどの中距離夜行便のため、食事は簡単な朝食のみで、それほど美味しい!というものでもありませんでした。が、まあ金額分くらいの差はあったでしょうか。
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スペース自体は狭いわけではないのですが、フルフラット・ベッドはやはり魅力的。

成田からは最近お気に入り?の1,000円バスで東京駅経由で中野へ帰宅。
比較的良く寝れたとはいえ、やっぱり取り敢えず昼寝ですかね。

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東京駅八重洲口にほぼ定刻に到着。中央線利用者としては、丸の内側についてくれると嬉しいのですが。若しくは新宿行きを設定してくれるとさらに嬉しいな。

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2017年3月24日 (金)

一時帰国します。

今日は夕方まで市内東部の体育館での空手道ジャパンカップ会場に出向いていたりしたのですが、予想以上に長引いて、会場から直接空港へ。今日から一時帰国です。日本に帰るのは昨年5月の伊勢志摩サミットの時以来なのでほぼ11か月ぶりですね。

途中昨秋に転勤したりしてたんで、転勤して早々長期休暇でもないので(まあ普通の日本の職場ではそうですよね)、また年明けはなんだかんだで忙しく、結局こんな感じで間が空いてしまいました。幾ら任地が気にいっているとかなんだかんだ言っても、やっぱり久し振りに日本に帰るのはイイですよね。
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鼻が白いVNのA321。なんだろう。別の機体のものに付け替えた?
今日のフライトは、ベトナム航空のハノイ乗り換え便。ヤンゴンには全日空の直行便も毎日就航しているのですが、今回はちょっと奮発して(全日空のエコノミーより3割ほど高い)VNのビジネスクラスで帰ってみることにしました。RGN-HANは小型機A321なのでまあ日本国内線のスーパーシートかそれ以下のレベルですが、今日はCもYもほぼ満員の盛況。前回の出張の時と同じ便ですが、やはり日本や韓国への乗継客も結構な数いるようです。
 
てなわけで、今日の夕食はこんな感じでした。

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2017年3月15日 (水)

4月中旬にミャンマーで撮り鉄する方へ。

本15日付の当地英字紙「Global New Light of Myanmar」のある記事は「MRはティンジャン期間中、RBEの運行を停止」との衝撃的な見出し。それは極端な不安を煽る感があるのでよく読んでみますが、曰く、ミャンマー国鉄MRは来るティンジャン(水祭り)の期間中、ヤンゴン環状線・近郊線の運転本数を半減させる由。
この期間中、旅客数の大幅な減少が見込まれることに加え、祭りの影響で車両にダメージが及ぶことを避けるためとMR輸送部関係者は述べているとのこと。そうね、祭りでハイになった住民が車両に水やらなんやらをぶっかけたりするかも知れないからね・・・って、窓やドアを閉めて走りましょうね。

因みに昨年の例では、この期間中、帰省客向けにヤンゴンからマンダレーまでといった長距離の日本製中古気動車RBEによる長編成の臨時急行列車を増発していた由。環状線で運休させたキハ40系ディーゼルカーをこちらに投入するのですかね。非冷房窓全開の国鉄型気動車での長時間乗車を楽しみたい方、今が旬ですよ。

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センセーショナル(笑)な見出しのGNLM紙。

他方で、今年のティンジャンの期間については、ちょっと揉めています(現在進行形)。今年は昨年末に4月12日(水)~21日(金)までの10日間がティンジャン連休として政府から発表されていたのですが、それが去る日曜日に今年は16日までの5日間に突然短縮するとのアナウンスがあり、ヤンゴン市民(含:ウチの事務所のローカルスタッフ)の間で結構な騒ぎになっていました。1ヶ月前に突然言われたって、もう帰省や旅行の切符を買ってしまっていた人も多いわけで、長期間過ぎる連休が政治経済活動にマイナスの影響を与えるとか理由はあるにせよ、そういうものは「来年から実施する」とかするべきだと、至極真っ当な反応。

その市民世論の猛反発を受け、昨日火曜日には「元に(10日間に)戻す」との発表がなされたという噂も流れており、今のところよくわかりません。ウチの事務所は昨年末に東京と本社との間で事務所の休日は定めてしまっているので、いずれにしても変更はないのだと思うのですが・・・

いずれにしましても、この時期にミャンマーに撮り鉄目的でいらっしゃる方、本数が大分減ったり、別の路線に回ってたりするみたいなので、ご注意下さいの巻でした。

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2017年3月 6日 (月)

プロペラ国際線で帰ります。

1週間の出張のお仕事は無事にお昼で終わり。なのですが、打ち上げもままならないまま、夜のPG705便でヤンゴンに戻ります。

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PGのラウンジはこんな感じ。昔は食べ物は供されてなかったんですよね。

今度こそ、PGのエコノミー・ラウンジ(笑)。機内で夕食が出るのはわかっているのですが、お昼のドンムアン空軍基地で出された昼食(ミリ飯ではない)が少な目だったので、結構お腹空いていたので、思わずサンドイッチなどに手が伸びてしまいました。パサパサで美味しくなかったけど。まあ贅沢言うのが筋違いでしょう。
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プロペラ機、バス搭乗、嫌いではないんですけど。

今晩はバス搭乗、沖留めかぁ~と思ったら、あらら機材はATR72。それはボーディング・ブリッジ搭乗は無理ね。ミャンマー国内線の標準ですが、国際線(短いとはいえ)では珍しいな。とはいえ、去年のラオス出張の帰路も、ヴィエンチャン~パクセー経由~ホーチミン行きのQVのATRだったのを思い出しました。

でもって小型機なので機内はほぼ満員。ATR、嫌いな機材じゃないですが、この個体は古いからかなんとなく薄暗く、往路のA321に比べると、やっぱり狭いですよね。

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2017年3月 2日 (木)

バンコク出張へ。

これまたバックデートになっちゃいますね。
去る2月28日からバンコク出張。所謂ロジロジ君・応援出張ですね。いつもの(自爆)。

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バンコク航空なんて久し振りです。この地域だと、LCCが席巻してるので、あまり積極的に選択することがないんですよね。

今回は見積もり合わせで(LCCを除いて)安かったBangkok Airwaysで飛ぶことになりました。乗るのは夕方のPG708便、機材はエアバスA319型機。短い奴ね。
PGは“ブティック・エアライン”を標榜しており、エコノミーでも1ランク上のサービス提供(ビジネスクラスの設定はありませんが)ということで、ラウンジが使えたりするのでちょっと楽しみにしてたのですが、
どうやらそれはバンコクとかサムイ島のようなタイ国内だけの模様。当地ヤンゴン空港では独自のラウンジは備えておらず(まあ1日3便じゃ仕方ない)、各社共用のラウンジが使えるのはPGでは「プレミアム・エコノミー」の乗客だけの由。これ、エコノミー・フルフェア位の料金で、欧州国内線のCクラスのように3人掛けエコノミーの中央部一席をブロックしてるタイプの奴ですね。
ですので当方は対象外。ラウンジは有料で使えるかな、と試しに覗いてみましたが、Yクラスの旅客は1人20ドルです!ということなので、恐れをなして?退散。まあ参考情報として得ておきましょう。
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RGN-BKKはTGだとスナック(レンチンのパイなど)しか出さない単距離フライトですが、PGは立派な食事を出してくれますね。当方、香菜は苦手なので、他の選択肢があると嬉しいですが…

そしてほぼ定刻に到着したバンコク・スワンナプーム空港。
時により大混雑の入国審査は今日この時間帯はガラガラで、早速市内へ向かったのはいいのですが、途中高速からラマ9世通りにかけてが大混雑、サトーン通りのホテルに着くまでに1時間半もかかっちゃいました。

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2017年3月 1日 (水)

チャイティーヨに行ってきました。

このところ忙しくて、すっかりバックデートになってしまいました。
ニャウンカシーからの帰りは、あ、間違えた。ニャウンカシーに行ったのは、こちらに行くついで、でしたあくまで。
ニャウンカシーからシッタン河を渡り、モーラミャイン方面への国道を走ること約1時間弱ほど、チャイトーの街で幹線道路から外れて左折、線路を渡って少し内陸側へ入って行きます。よく整備された道路を走ること程なく到着したのはキンプンという街。ここで遅めの昼ご飯の後、市内中心部のターミナルから出発するトラックの荷台に無理やり据え付けられた沢山の椅子。そしてそこに次々と乗り込んでいくミャンマー人・外国人の観光客たち。16996011_1269837979771877_280740258
キンプンからこのトラックで山を駆け上り、チャイティーヨへ。腰に来るわぁ。
その客席というか、荷台が満席になり随時次第出発するトラックに乗って山を登ること30分くらいでしょうか、今日の目的地チャイティーヨに到着します。
ガイドブックでは“ゴールデンロック”の名で有名なこの岩、崖っぷちで落ちそうで落ちないところが奇跡的いうことだからでしょうか、仏陀の遺髪の上に乗せられているからだという言い伝えがあったりして、こちら地元の方々の信仰の対象となっており、毎日多くの観光客が訪れます。

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トラックを降りて歩くこと暫し、ゴールデンロックが見えてきました。

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2017年2月28日 (火)

ニャウンカシー・補遺。

ニャウンカシーからは先回りして貰ったクルマで更に東へ。

まず数分で国道端に出ると、ヤンゴン・バゴーとチャイトー・モーラミャイン方面とを結ぶ幹線バスの停留所があります。駅からここまではバイクタクシーで数分というところでしょうか。ここから東へも西へも行けるので、ニャウンカシー支線を単純に往復しなくてもよいということになりますね→乗り潰し派の方へ。

ともあれ当方はクルマがあるので、バス便を待たずにここから東へ向かいます。すぐに現れた大きな川はシッタン河。
先の大戦中、インパール攻略に失敗して以降、連合軍に追われ南へと撤退する日本軍の将兵が、落橋したこの河を渡河しようとして、食糧不足と疾病から体力を失った、そのかなりの数が渡りきれずに濁流にのまれて犠牲となった河でもあります。

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河を渡る橋脚がはっきりと確認できますね。

先の記事にも書いたとおり、当時このアビャ~ニャウンカシー支線のルートは、この先シッタン河を渡ってモーラミャインへと結んでいたメインルートであり、Google Earth等の航空写真でもはっきりと見えるとおり、当時の鉄道橋の橋脚が残っています。それが下の写真。
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新しい道路橋の横に鉄道橋の橋脚が並んでいます。

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2017年2月27日 (月)

ニャウンカシー支線に乗ってみる。

Wawを出発した列車は、当方にとって初乗りとなるモーラミャイン方面へのそれなりに整備された本線を快走、途中小さな停留所に停車しつつ東へ。車窓に広がる光景は、先日のマグウェイ地域・マンダレー地域の荒れ果てた土地と比べると、随分と緑の多い豊かな土地に見えます。
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アビャ駅で本線と分岐してニャウンカシーへ。

数名の乗降客があった最初の停車“駅”アビャで本線から分岐します。駅を出てから暫くは両線が併走するので一見複線区間のように見えますが、その両線の差は歴然。100mほどのロングレール化がなされ、バラストの量も多いモーラミャイン方面への本線に比べ、こちらの走るニャウンカシー方面への支線はバラストも薄く枕木もまばらで、明らかに乗り心地もスピードも落ちています。

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左がモーラミャイン方面への本線。右がこちらの進む支線。線路状態の格差。

歴史を遡ると1907年、英国植民地政府の統治下にあった時代にBurma Railway Companyによってペグー(バゴー)~マルタバン(モッタマ:モールメイン市街地の川向かい)間が開通した際のルートは、このアビャからニャウンカシー経由のルートでした。
このニャウンカシーからシッタン川を渡り、対岸のモッパリンから現在線のルートに戻り、南のモールメインを目指していたのですが、太平洋戦争中の1942年、ビルマに破竹の勢いで進駐してきた日本軍に追われる形で撤退した英国軍が、この鉄橋を破壊していったのだそうです。

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農村地帯ののんびりした車窓を望みながら、ゆっくりと走って行きます。LRBEで来たかったな。

その後、戦争中は日本軍の手によってこの橋梁は復旧されず(少し上流に簡易架橋を行った由)、戦後になって再度このルートの鉄道が復旧した際には、8kmほど上流のTanawGyunを経由する形で線路が敷かれ、結果的にアビャ~ニャウンカシー間のみが盲腸線として残ってしまったということで、その経緯はともかく、なんだか東北本線の岩切~利府間に似てますね。

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終点ニャウンカシーに到着。終戦70年以上がたっても、スタイルは途中駅なのですね。

終点のニャウンカシーの集落は、メインの通りも舗装されていない小さな集落ですが、1日2往復の列車が発着する時間帯は活気に溢れていました。単なる途中駅だったため… 終点駅となってからの時代の方が最早長いのかも知れませんが、簡素な作りの駅舎のある場所から暫く前方に進むと、本線上に転車台。そしてその前方には車止めが。
昨年5月?まではこの路線はLRBEによる運行で、それを目当てに多くの日本人“鉄”の方々が訪れていたのですが、既にこのキハ48系RBEに置き換えられてしまい、残念ながら当方(のヤンゴン赴任)は、それに間に合いませんでした。

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ああ、これがLRBEだったらもっと絵になったのになぁ…

アジアの鉄道全般、そうなのかも知れませんが、その中でも特に動きの激しいミャンマー鉄道MR。全てが一期一会ですし、行ける時に行っておかないと後で後悔するのは間違いありません。

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1日2本の列車の時刻は、長く変わっていないのでしょうね。

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2017年2月26日 (日)

ちょっと手遅れながら、今更ニャウンカシーへ。

今日の日曜日、これから暫く当地で時間が取れなくなることが明らかだったので、ちょっと日帰りでお出掛けしてみることにしました。

クルマを走らせたのは、高速道路で走ること暫く、バゴーの北側にあるパヤージーというインターチェンジで降りて、バゴー~ネピドーを結ぶした道とクロスして東のモーラミャイン方面へ向かう国道で最初の、Wawという街。

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15年ぶりにやって来たWaw駅。工事の関係で列車交換が出来なくなってますね。

前にも書いたことあったかな。2002年頃、バゴーから当時まだ走っていた蒸機牽引列車の、機関車のキャブに乗せて貰ってやって来たのがこの駅で、この駅に着いた途端、当時の駅の雰囲気がオーバーラップしてきました。
今は、この駅はロングレール化作業の拠点となっているようで、関係の施設が設けられてあまり見た目は美しくないのは残念でしたが。

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現れたのは「学園都市線」のシールがついたままのJR北海道キハ48系の2連。

で、何故にそんなところにやって来たかというと、まあ汽車に乗る訳で、
程なくやってきた列車はダイヤに余裕があるのか予定より10分ほど早く表れた元JR北海道の札沼線で使われていたキハ48系、ニャウンカシー行き。

ごく最近、昨年の夏頃まではLRBEの運行だったこの列車も、当方がヤンゴンに転勤になる直前にRBE化されてしまいました。涙

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「学園都市線」もとい、「農村地帯線」を走る列車に乗り込む皆さん。

2両編成の座席がサラリと埋まった車内の一角に座ると、隣のボックスは制服を着た警察官の皆さん。スマホから音楽を鳴らしているのですが、どっかで聞いたメロディだなぁー、と思ったら、徳永英明の「最後の言い訳」。これ、ミャンマー語でカバーされてるの?
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国鉄型! 寒冷地仕様二重窓の車内、暑そうに見えますかね。

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«ミャンマー国鉄MRの路線図を作ってみる。