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2007年7月22日 (日)

軍艦島。

日曜日。市街地外れのS木さんの家から市内のショッピングセンター前へ。長崎市内の観光地は以前ひととおり廻ったことでもあり、今日は一日かけて“軍艦島”を訪問する日帰りスタディ・ツアーに参加することにした。

軍艦島、というのは勿論俗称。正式には高島町端島・・・と知ったかぶりをしていたのだが、最近の所謂“平成の大合併”で高島町が長崎市に合併され、長崎市高島町3000番地、というのが正式名称なのだそうだが、いずれにせよ、大正時代から高度成長期にかけ、三菱鉱業が海底を開発し、一時は炭鉱関係者で日本国内最高の人口密度を記録したこともあるという、この島、元からあった小島を切り崩し、労働者用の住宅と生活に付随する施設・・・学校、病院、娯楽施設などを次々作っていった結果、遠くから眺める島全体が軍艦のように見えることからこの俗称がついたそう。1974年に閉山となった結果現在島は無人島となり、当時の炭住や関連施設の残骸がそびえ立っており、老朽化により安全面の問題から立入禁止となっているが、現在この貴重な産業遺産を世界遺産登録しようという動きもあるようなところ。

以前から炭坑街とか産業遺産とかには大変に惹かれがちな落花生。、上陸することは(海上タクシーなど使って無許可で行くという手はあるらしいけれど)困難なので、すぐ近くまで行くことのできる、しかも単に眺めるだけではなく一種のスタディ・ツアー的な要素のある、「高島活性協議会」の実施するこのツアーに参加してみた次第。

まずは長崎港の片隅、五島へのフェリーの脇から11時半過ぎの高島行きの高速船でおよそ30分、先ずは高島へ。案内役は高島育ちの本来は青年会議所の方だそう。軍艦島と同様に以前は炭坑街で、閉山後は過疎に悩んでいるという高島が現在売り出し中なのはトマトと魚介類の養殖だそうで、町営か第3セクターだかの海水温浴施設で養殖のヒラメを使ったお昼ご飯。

食後はすぐ側の“石炭資料館”の正面玄関前、軍艦島の模型を前にしばし講義の時間。その後館内で炭鉱のビデオを見せられるが、多くのメディアにありがちな「炭鉱労働者の苦労・悲惨さ」を強調したビデオに比べ、実際に炭鉱の島で育った案内の方の、「実際のところ、あの時代は結構良かったし楽しかったよ」という発言が印象的でした。お涙頂戴のメディアに流され易い落花生。、報道の裏を常に注視しなければならないことを再認識。

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その後はいよいよメインイベントの軍艦島一周へ。チャーターの漁船(兼観光船)に参加者11名一同が乗り込み、高島港よりおよそ10分ほどの軍艦島へ向かう。おぉー近づいてきた。写真やテレビでは何度も見たけど、凄いなあ。「未来少年コナン」のインダストリアあたりを彷彿とさせるような、それが本の100mほど先にそびえ立ってる。こんな縦500m弱、横200m弱の小さな島に、5,000人以上もの人が住んでいたんだって。こういった炭鉱が日本の戦前・戦後の高度成長を支えてきたんだなあ。ちなみに現在は公式には立入禁止となっているこの軍艦島、来年は上陸が許可される予定だそうで、島を半周する遊歩道の建設計画も進んでいるのだそうです。上陸できるようになったらまた来てみたいなあ。

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 長崎に戻ってきたのは夕方4時。高島までの高速船が\990、その往復と昼ご飯代を考えたら、実に充実した4,600円のツアーでした。少々小腹が空いたので、名物のトルコライスを頂いた後、駅前まで送って貰って空港リムジンバスで長崎空港へ。チェックイン時に頼んでみると、少々検討した後また帰路のANA670便B747-400型機(国際線用機材)は、前方17H、ビジネスクラス仕様の座席を割り当てて貰えました。羽田の混雑で出発で10分、到着は20分ほど遅れたけど、快適な座席で大満足。

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コメント

落花生さん。リンクの件、ありがとうございました。
池島に三池、炭鉱の産業遺産に興味をお持ちなんですね。
ありがとうございます。池島は、僕も注目しています。
研修施設としてまだ、坑道も残っているのですが3年の経過処置になっているので3年後はどうなるのか?不安です。
私自身、池島のさるくは、何度か申し込んだのですがいつもハズレです。池島も30年たてば立派な近代産業遺産残ってほしいです。

投稿: 高島活性協議会(野崎) | 2007年11月22日 (木) 00時39分

高島活性協議会(野崎)さま、
レスありがとうございます。また、ブログリンク、了解です。お陰で協議会様のサイトからこちらに足を伸ばしてこられる方が結構居られるようです。
北渓井坑跡の件、やっぱり作戦だったのですね(笑)。落花生。も炭鉱などの文化遺産(といっては現役の方には失礼ですが)には大いに興味があるところで、三池や池島など行ってみたいところは沢山あります。
そのうち作戦にまんまと嵌ってしまっても良いですね・・・(^-^)/

投稿: 落花生。 | 2007年11月10日 (土) 18時11分

軍艦島高島巡遊ではお世話になりました。
今、高島活性協議会HPのスッタフ日記コーナー、皆様の声コーナーで軍艦島観光にきていただいたお客様のブログリンクをしています。
参加されたされたお客様の感想が高島経由軍艦島観光のPRになると思います。御協力お願いします。
それと・・・北渓井坑跡を訪問しなかったのは軍艦島をメインにツアーを企画したこと、軍艦島にスポットを当てたのが「軍艦島・高島巡遊」コースで、お客様の要望、オーダーさるくで高島内を一周するコースもやってます(人気薄、参加者のほとんどは軍艦島観光に来られたお客様)それと・・・
「明治維新」の人物にスポットをあて、軍艦島と石炭をからめたツアーなどやってます。(ほとんどマニアックな方)
一番、あたったのが「軍艦島・高島巡遊」でした。
と言うわけで赤いバスで一周しなかったのは、高島に再度来てもらうための作戦が大いに含まれてるってことで当たりです。(笑)よかったらまた来てください。
最近、僕が興味あるのは、軍艦島、石炭産業、日本の近代化の背景にどんな人間ドラマがあったのか・・・です。
フリーメーソンって言葉がすごくひっかかってます。

投稿: 高島活性協議会(野崎) | 2007年11月 1日 (木) 23時58分

軍艦島ガイド様、
遅くなりましたが、お越し頂き&コメントありがとうございます。その節はお世話になりました。すっかり楽しませて頂きました。
せっかくなので、追加コメント(&残念だったこと)を一つ。ツアー中にご説明いただいていた中で、世界遺産登録を目指す中、欧米の専門家の方は寧ろこちらに関心があるなどと仰っていた北渓井坑跡、期待だけ高めておきながら訪問する時間がなかったのは残念でした。
せっかく真っ赤なカワいいバスもあるんだし、あれに乗ってちょっと見に行ければ良かったのに・・・。ホントに登録されたら、また来なくちゃならないぢゃないですかぁ(ひょっとして作戦??)。

投稿: 落花生。 | 2007年9月15日 (土) 23時28分

長崎さるく「軍艦島・高島巡遊」に参加していただきありがとうございました。また、高島活性協議会の宣伝もしていただきありがとうございました。来年、軍艦島に上陸できるようになりましたらぜひ、一緒に上陸したいですね!来年の軍艦島上陸に向けて新たなタイムスケジュールの作成、新しいネタ(島民の裏話・・・など)準備に9月から入ります。また、お会いできる日楽しみにしています。

投稿: 軍艦島ガイド | 2007年8月 6日 (月) 22時37分

kurashikiさん、
こんばんわ。こちらでは初めまして、ですね。書き込みありがとうございます。
軍艦島上陸したんですか。凄い!羨ましいです。なんでも、一時期までは研究目的の上陸は許可していたのだけれど、釣り目的の無断上陸者がボヤ騒ぎを起こしたことがあって当時の高島町長が激怒し、数年前から殆ど許可が下りなくなったのだとか。
ところが“平成の大合併”で高島町が長崎市に吸収され、先日亡くなられた市長の後任の長崎市の田上新市長は軍艦島の観光資源化に積極的な由。
ただ、kurashikiさん書いておられる「開放」は正確ではなく、あくまで「上陸」が認められるだけで、上の地図(市役所の資料みたいですね)に描かれているように、新たに建設される海岸縁の遊歩道を歩けるというだけで、崩落の危険がある廃ビル街の中を歩いて廻れるわけではなさそうですよ。

投稿: 落花生。 | 2007年7月30日 (月) 00時09分

軍艦島、上陸経験者です。
芸大で建築関係の勉強していた友人が行くというので、
ここぞとばかりについて行きました。もう7年前のことです。
感想はスゴイのひと言。こんな街があったなんて。。

来年開放するということは、瓦礫を撤去したりするのでしょうね。
倒壊の危険性とかは??
いたるところバリケードの公開なら意味ない気もしますが…。

投稿: kurashiki | 2007年7月28日 (土) 00時02分

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