« 2007年8月 | トップページ | 2007年10月 »

2007年9月30日 (日)

初めての乗り物

長湯温泉「大丸旅館」は食事も美味しく、また同じ経営のラムネ温泉と称する炭酸泉のお洒落な外湯も無料、と大満足だったのだけれど、何故か疲れが溜まっていて夜22時半頃には飲み会からリタイヤ、その分早起きして川沿いの露天風呂にもう一回。

チェックアウト後は、南阿蘇鉄道のトロッコ列車目的とする人達の車に乗せて貰い豊肥線の立野駅へ向かい、そこからキハ58系気動車の観光列車「あそ1962号」に試乗。キハ58なんて田舎に行けばどこでも幾らでも食傷気味になるほど走っていた筈だけれど、もうわざわざ選んで乗らないといけないくらい少なくなってるんだね。1962年製ということはおよそ45年前か。クルマだったら立派なヒストリックカーな訳だし、今まで(今でも)よく頑張ってると言うべきなのでしょうかね。

Aso1962

およそ1時間ほどの乗車の後、終点宮地の駅前からは3列シートの快適な都市間特急バスで大分へ。東京への帰路は大分空港からのANA最終便なんだけれど、大分空港へのアクセスは宇高航路急行便の廃止以降全国でもここだけとなったホーバークラフト。駅前から連絡バスで向かったホーバー乗り場から空港までは2,950円と高い(バスなら1,500円)と高いけど、2枚セットを買って2人で使うと1枚あたり2,500円と大幅値引き。駅前の金券屋の2,650円よりも安い。

このホーバークラフトという奴、出発時に膨らんでフワッと浮き上がるのもオヤオヤっと言う感じで面白いのだけれど、航海中は結構な揺れでモノを読むのは少々辛い。で、極めつけは空港到着時、陸地に上がってからターミナルまでの間、「S」の時の走行路をドリフト状態で真横になりながら駆け抜けるところ。敷地の関係でこんな変な、成田の第2滑走路の誘導路みたいになってるんだろうけど、ここを淡々と右向いたり左向いたりしながら駆け抜けるホーバークラフトの姿を是非眺めてみたくなって、次の便の到着を見に行ってしまいました(苦笑)。で、大分からANA198便で帰京。

Hover

おー!っと横向きになりながら快走するホーバー。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年9月29日 (土)

お昼寝。

土曜朝の小倉駅の発着案内にはお目当ての列車が表示されていない。駅員に尋ねると、30分ほどの遅れだという。なので1駅、お隣の門司まで戻ってお出迎え。

今日のお目当てはもう熊本行きの「はやぶさ」とともに最後の九州ブルトレとなってしまった、東京発大分行きの寝台特急「富士」号。落花生。世代は小さい頃から憧れだったブルートレインも新幹線の延伸や航空料金の値下げ等の影響もあってか衰退の一途を辿るばかり、落花生。自身も夜行寝台などまず乗る機会がなく、就職1年目の「出雲」から昨年の割引切符を使っての「北陸」ソロまで十年以上もの間ご無沙汰だった。あ、海外では乗ったこと有ったけど。

Fuji

というわけで、今日の夜、サークル恒例の温泉一泊会が大分であるのに併せて、もう風前の灯火、いつなくなってもおかしくないこの寝台特急に乗ってみようというサークル有志が東京からこの列車に乗ってくるので、一部なりともジョインしてみようとした次第。寝台特急といっても、夜が明けてから終点までの一部区間は「立席特急券」という普通の特急券とは料金は同じだけど別の種類の切符を買うと、乗せて貰える、寝台特急に昼間乗ることから付いた名前が通称「ヒルネ」。切符の名称のとおり、寝台が開いていなければ立っているか窓際の補助椅子にでも腰掛けてなければならないのだけれど、まぁ最近のブルトレでそんな状況も滅多にないでしょう。この日も何組かの旅行者や鉄っちゃんグループが乗っていたけれど、上段は殆どガラガラな状態。差し入れのスナック菓子を食べながら談笑するうちにあっという間に大分着。

今日のお泊まりは大分県南西部、竹田市の長湯温泉。日本一のラムネ温泉こと炭酸泉なのだそう。ちょっとお洒落に改装された今日のお泊まりは「大丸旅館」。宿の前には素敵なホーローびきの看板がかかっていました。

Jnrsuishou

「国鉄推奨」(^-^) の大丸旅館。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月28日 (金)

黒い飛行機。

今日は金曜、20時少し前に職場を出て東銀座から直通の急行電車で羽田空港へ。この所全日空系ばかり乗っていたので羽田の第1ターミナルに行くのは久々。といってもJALではなく今日のお目当ては初スターフライヤー、しかもANAとの共同運行になった北九州行き。最終は深夜25時北九州着迄あって、金曜夜ということもあってこの時間の便は満席。この時間なら普通に仕事を終えてから旅立てる。しかも北九州空港からは乗合タクシーで3,500円ほどで博多まで行ける。この日も大盛況の乗合タクシー、10人は乗れそうな大型のハイエースが3台組で出発していった。

ところで初搭乗の黒い飛行機、スターフライヤー、評判がいいので楽しみにしていたところ、確かに革張りのシートは前後間隔も心持ち広く、オーディオも高級感溢れ、シートテレビ番組もNational Geographic等、なかなか豊富。隣が空席だったらエコノミーの座席としては言うことないかも。

夜ということで肝心の飛行機の写真はありませんが、替わりに東急インに泊まった翌朝の小倉駅、モノレールがホントに駅ビルの中まで乗り入れており、一旦駅前広場に出て階段上り下りしたり雨に濡れたりすることもなくスムーズな乗換ができるような設計。最近LRT等市電の復興などと騒がれているけど、都市間交通と市内交通の乗換は、こんな風になってなきゃいけないんだと思うよ。

Kokurasta

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月24日 (月)

近いですからねえ。

4人部屋を結局貸切だった軟臥車の朝、窓の外は雨。大連到着1時間ほど前、女性車掌が起こしに来て切符を返してくれた。到着前には既にシーツや枕カバーなどを回収にかかるので、自分の使っていた分は外して手渡してあげると「謝謝」との挨拶。軟臥の客には愛想も違うねぇ。

大連では午前中、市電に乗ってブラブラしようと思っていたのだけれど、雨では仕方がない。毎晩遅く&朝早い日が続いて何となく疲れ気味だし、ということで取り敢えず大連駅北口から北方の経済開発区とを結ぶ郊外型快速電車「快軌」にお試し乗車。結構混んでいたし、終点まで往復するとそれなりに時間がかかりそうだったので、数駅乗って折り返してまた大連駅へ。

Dlckaisoku

大連の快軌。これからは中国でもこういうスタイルの電車が増えるのかな。

軽く食事をしてからタクシーで空港へ向かい、日航機で帰国。さすがに3連休最終日ということで満席。気がつくと目の前に「お休みでしたのでお食事は~」というシールが貼られてしまうほど熟睡しており、食後もまたすぐに寝てしまった結果、成田まではホンの一瞬。今回は大連からの帰国だったけれど、全日空の瀋陽便にすれば、早朝に調兵山(2日前のブログ参照)の蒸機を眺めてから瀋陽に向かって昼の便を捕まえ、夕方には東京の戻って来られるのだから、中国東北部はホントに近い。今年1年間で溜めた全日空のマイルを活かせば、あと2回はただ旅行ができる計算になる。良い良い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月23日 (日)

多分もう・・・?

汪清の街一番の高級ホテル「天府大酒店」で目覚め、早速出掛けた先は「小火車」こと森林鉄道の汪清駅。以前どこかの中国鉄サイトでとあるかたから、ここ汪清の森林鉄道は「ひょっとしたらまだ残っているかもしれない」、との情報を頂戴して以来、ネット上では全く情報が得られなかったので、もう自分で確認しないと気が済まない状態になっていたのだ。

で結論から言うと・・・結論が出ませんでした。今この時点で運転がないのは明らかなのだけれど、駅構内には数十両の運材車が並び、その一部は木材を満載しており、その木材の腐食具合から見てそれほど古いものではない。鍵のかけられた駅舎内のポイント操作台周辺は綺麗に整頓され、別の窓から覗くと「售票口」と紙が貼られた出札窓口らしきものも見える。客レもあり?

Wqneki

レールバスの廃車体が入口前に放置された車庫には、駅舎と同様にしっかりと鍵がかけられ、風雨や雪が入らないように厳重に目張りがされているところを見ると、中には稼働状態にある機関車などが保管されているのか。

レールは光ってはいないし踏切部は土に埋まってはいるものの、路盤が流出したりしているわけでもなく、それほどの大修理なく普通に走れそうな雰囲気。

Wqnzaimoku

日曜ということで、車庫の隣にあった森鉄事務所の人からは話を伺うことはできなかったけれど(どうせ中国語できないし)、近所の人曰く「もう永遠に走らないよ」、タクシーの運ちゃん曰く「冬場に木材を運ぶのに走るよ」と意見も分かれ、結論は?? 無期限の(法的には)休止ということなのかしら。なんとなく今なら多少のお金を積めば運材列車をチャーター&フォトランも可能なように思えるのですが・・・

Wqnshako 

というわけで、その後は北朝鮮国境の街・図們を経てロシアも含めた3国国境開発区域の琿春に移動、建設型SLを目当てに発電所に向かったが、こちらもとうの昔にDL化されていて無駄足。図們に戻って北朝鮮国境の橋に行ってみたり、ブラブラ過ごした後に夕暮れの快速列車(非冷房緑皮車)で延吉へ。図們の駅では北朝鮮側のディーゼル機関車「内燃401」号が入換に勤しんでいるのが遠くに見えて萌え萌え。

Neyon401 

北朝鮮側所属のディーゼル機関車「内燃401」号。

最後は夜23時半延吉発のCZで瀋陽へ戻ることに。到着は0時半予定、こんな時間に空港バス有るのかいな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月22日 (土)

こちらもそろそろなのでしょうか。

早朝4時に瀋陽のホテルをチェックアウト、始発のバスまでは時間があるのでタクシーをチャーター(!)しておよそ1時間半、調平山市(鉄法)へ向かい、始発列車を捕まえることに。それほど詳しいわけではない筆者が色々書くまではないので検索して欲しいのですが、ここ鉄法は今や中国蒸機の聖地の一つにもなっているといっても過言ではないだろう。筈だった。一昨年の全日空の機内誌にも四川省芭石のナローSLと併せて紹介されたので、目にした方も多いだろう。

立派なホテル「国際飯店」が駅前に建っていて驚いた未明の調兵山駅には確かに蒸機はいた。うっすらと煙を上げて発車準備中と思しき上游型(SY)1771号機が1台。隣で動く石炭積替用のクレーン車(これも蒸機駆動らしい)と併せて撮影に勤しむうち、現れた西の東関屯行は東方紅型DLの牽引。南の王千行SY1771牽引の客レの後入ってきた北の大明行きも同様にDL牽引だった。ちょっと前までは朝・昼・晩と3本の蒸機牽引列車が並ぶ撮影名所だったここ調兵山の鉄法煤業集団は、この蒸機を観光資源にして毎年SLフェスティバルと称するイベントを開催して、古いKD6型蒸機を走らせてみたりと蒸機機関車の動態保存には積極的なはず(本物の蒸機の体験運転もできる!)だったのだけれど、実際の運行列車は相当にDL化が進められてしまっているようだ。

Tpsirekae

仕方がないので隣の三家子まで大明行で追いかけ、交換待ちで停車中の王千行に追いついて乗り換え、せっかくなので王千まで一往復。帰路は三家子で下車、国道まででて今度は東の大青の鉄道博物館へ(入場料50元)。せっかくなので裏の機関区の中も見せて貰ったけれど、KD6他20両ほどの蒸機が休む「陳列館」は先方の都合で見せて貰えませんでした。

というわけでかなり消化不良気味の初鉄法、若干不機嫌なY中君と2人、調兵山駅前で餃子の昼食後、鉄嶺まで出て非冷房緑皮車(硬座)の臨客で瀋陽へ。上海へ戻る彼を見送り、夜20時半のCZで延辺朝鮮族自治州の延吉へ飛び、タクシーと交渉して北の汪清という小さな街に着いたのは夜23時半近くなっていた。あぁとっても疲れた一日でした。

Tpssykyakure

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月21日 (金)

夏休み・その2?

今日は有休を頂くことにして、明日からの3連休と併せて4連休、ということで、夏休み第2弾!というほど大げさなモノではないのですが、来月で有効期限の切れてしまうJALの特典航空券で中国に行って来ることにしました。ちょうど四国の友人Y中も訪中中とのことで、滅多にないことなので、大連で待ち合わせることに。

成田からの大連行きJL797便は相当クタびれたB767-300。Cクラスも2-2-2の旧仕様ながら、連休前ということもあってかほぼ満席。ここ成田=大連線に限らず日系の中国線はライバルが(ほぼ)中国系会社だけという東南アジア線とは状況が異なるため、料金面でもとっても強気、正規割引も高いし、格安券の値段も全然下がらないので、国内線(15,000マイル)の2~3割増(今回のはキャンペーンで18,000マイルで入手)でアワード券が入手できるので、コストパフォーマンス高いと思います。

Dlcsiden_2

大連の市電。大連駅から西方面への路線は運休中なのかな?

さて、大連では駅前のホテルで無事落ち合い、多少余裕を持って14時半発の長春行特快531次まで若干の時間があったので、市内電車にちょっと乗ってみて、旧満鉄本社ビルを見に行くことに。旧満鉄総裁室が一般公開される予定との新聞情報には接していたものの、現地ではそのような気配は一切なし。偶々訪問中だった日本人観光客のグループも中に入ることなく外から見学しただけで立ち去ってしまったので、まだ公開は開始されていないのかな。それでも建物前の広場には旧満鉄の社紋入りのマンホールがあったりと、なかなか楽しめました。

Mantetsujimon_3

旧満鉄本社前にて見つけた満鉄の社紋入りのマンホール。

特快は軟臥を奢ったため、2人とも半分昼寝状態で快適な旅路(但しこの列車、なんと食堂車なし。仕方ないので車販のインスタント麺で昼食)。瀋陽まで約400kmを4時間余りで駆け抜ける俊足。到着後は翌朝の目的地調兵山に行くバスがもう無いのを確認してから、瀋陽泊。夜は2人なので北京ダックと洒落込む。他の料理も合わせてお腹一杯食べて100元と少し。日本で食べるのとは質が違うのだろうけど、この値段差だと中華街行くのがアホらしくなってくるね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月17日 (月)

年に一度の。

昨晩は年に一回くらい廻ってくる宿直日。三連休のど真ん中だってのに。まあ、去年と一昨年はGWのど真ん中だったんだから、それに比べたらまあマシだと思って諦める。

で、18時半、出勤。「平穏無事で、暇でしたよ~」と日直の担当から引継を受けて1時間。共同通信の速報で「タイのプーケットで飛行機が墜ちた」との一報。Orz・・・ (-_-#)

 それから数時間、邦人乗客の有無確認のプレスや安否確認の電話が1分おきくらいに入ってきて、主管課が出勤してくるまでの間、対応に追われる。まぁ結果的には邦人の搭乗客はなかったとのことでヤレヤレですが、連休絡みのプーケット線で邦人ゼロというのも奇跡的な話。タイ航空だったらこれじゃ済まなかっただろうな。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年9月16日 (日)

街角で見つけた、

可愛らしいモノ。山手線でも走っていた、205系かな。別にJRの駅にあった訳じゃないんだけど、自動販売機って、オーナーというか土地提供者の意向で、こんなデザインしてくれるもんだとは知らなかったな。もっと色々応用の余地があると思うんだけど。

Jihanki022

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月15日 (土)

国際的。

落花生。の通勤経路ではないのだけれど、近所の某電鉄の案内表示は最近日英に加え中国語と韓国語での表記がなされています。

で、列車種別がどう書かれているかというと、韓国語の方は快速急行・急行・準急行と極フツー。他方中国語の方は、「急行」が「快車」、快速急行が「直快車」。なるほど。現地だとその上に「特快」があるけど、これは特急ロマンスカーになるのだな、恐らく(未確認)。で、「準急」の「稍快車」って、何?

Odakyu001

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月 9日 (日)

禁断の一歩

『鉄子の旅』が話題になって以来、最近鉄道趣味復権と言われて久しい(?)。一年間買い続けると、ちょっとしたレイアウトを作ることができるという週刊誌「昭和の鉄道模型を作る」や、C62型蒸気機関車を作ることのできるデアゴスティーニ製品など。鉄道模型なんて中学生くらいの頃までは随分とのめり込んでいた時期もあったのだが、それ以降は「老後また」と全く関心を持たずにいたのだけれど、実は関心自体が無くなっていたわけではないようだ。きっと一度手を出すとハマッてしまって人生間違った方向に進んでいくに違いないことを確信していたからだ。

で、手を出してしまった・・・(鬱だ)。ここ数年密かに流行っているBトレって奴に、今更。

Btore8000izu_3

取り敢えず「伊豆の夏」号じゃなくて伊豆急8000系が手に入ったので、作ってみたのが、これ。PT.KRETA-APIやJABOTABEKのマークや、ステップ増設とか、ディテールの違いについては、どうするのかそのうち考えてみます。103系低運・ATC車や東急8000・8500は塗り替えだけだけど(細いラインが多くてそれなりに難しそう)、最多両数を占める都営三田線6000系や最近の新顔の営団・メトロ東西線5000系はBトレでは製品化されていないところ、さてどうしようか。

Gambir8000izu

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2007年9月 4日 (火)

さあ帰ろう。

3日日曜で楽しかった夏休みも最終日。次はいつ来ることになるかしら。もう在住の友人もだいぶ少なくなったし、また新しい中古電車でも輸出されたら、かな。

というわけで朝また少しゴンダンディア駅で電車眺めてから、市内のホテル・インドネシアの裏に新しくできたショッピングセンター(西武デパートが入った!)やスーパーでお土産の購入など。

Argo8500

市内中心部の高架区間で、東急8500系とスラバヤ行の特急「Argo Bromo Anggrek」の交換。あぁしかし空気悪ぃ。

で、午後のSQでシンガポールへ飛び、最後友人と空港内のパブで一杯やってから全日空の夜行便で東京へ。成田での時間が殆どないので、チェックインの時にお願いして「Priority」のタグをつけて貰った。それほど重くない荷物なので持ち込めば良かったのだけれど、ジャカルタの出発時に油断して、お酒を一本買ってしまったのだった。シンガポールから搭乗する時に、機内持ち込み不可だって没収されちゃうんだよねー。すっかり忘れてた。あー面倒くさい。例のテロ以降のセキュリティ強化のお陰で偉い迷惑です。他の空港の免税店で買って、その便には持ち込めるのに、乗り換えた次の便には持ち込めないなんて。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2007年9月 1日 (土)

電車でGO!

というわけで、今日から9月。今日は、今はジャカルタ赴任中、昔一緒に仕事をしていた某Z務省の人と夕食をとることになっているので、昼間はフリー。というわけで、今回のお目当ては前回(お正月の時)はまだ到着したばっかりで運用には入っていなかった東京メトロ東西線の5000系と東葉高速1000系。で、最初はコタ構内のファーストフード屋「A&W」で朝食をとってから、コタからこれも未乗だった東線の103系準急(Semi Ekspres)で東の近郊電鉄区間の終点ベカシへ。バイク・タクシーでベカシの電車区に向かうと、以前東急8000&8500の入線に先立ち長津田工場で研修を受けた、渋谷のエクセルホテルに泊まった等という職員の方が居て、無事に見学の許可を頂く。今日は東急8500に加えてお目当ての東葉高速1000系。他の電車は結構派手な色に塗り替えられているのだけれど、この編成は東葉高速時代の茶・オレンジ帯がそのまま活かされている。彼らのセンスの許容範囲なのかな。ただ、これよりも東急8000の方が新しくて良いな、のだそうで。なお、今日は週末だけれど、平日だったらスルポンからやってくるメトロ5000も昼間はいるよー、とのこと。

Bekasi85001000

ベカシ駅の屋台で軽く昼食の後、続いて上りの急行(三田線6000先頭化改造車)で中央線ゴンダンディアへ向かい、下りの各停に乗り換えて急行が通過してしまったマンガライへ二駅戻る。駅前からバスでブキット・ドゥリの電車区へ。ここも正月以来だけど、入口の門には前回無かった可愛らしい電車の絵柄が。春先に随分派手な水害にあったらしく、事務所の建物入り口には水に浸かった事務所の写真が掲げられていた。

Bdurimon

ブキット・ドゥリ電車区の入口の門。東急8500とJR103系。雰囲気出てるね。

Bduri50006000

北綾瀬線みたいな緑帯になった東京メトロ5000系(妙典行)と都営6000系の緑化再塗替車。6000はCiujung Ekonomi ACと書かれており、JABOTABEK電鉄線では初のEkonomi用(Ekspresではない各停用の)冷房車。いずれもネット初登場かな??

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2007年8月 | トップページ | 2007年10月 »