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2010年5月21日 (金)

パラヒャンガン号

 インドネシア鉄道の歴史ある花形列車の一つ、落花生。を尋ねてきた事のある友人の中には乗ったこともあるだろう、ジャカルタ~バンドン間を結ぶ急行「パラヒャンガン」号が4月27日限りで1971年以来の歴史に終止符をうち、多くの人が名残を惜しんだ、との報道があった。パラヒャンガンっというのは、かってバンドン周辺のあった王国の名前だそうで、いまでも大学名などそこかしこにその名を残しています。名残を惜しむ乗客、とメディアが取り上げるあたり、最近の日本、北陸・能登最終日の盛り上がりみたいなものがあるね(?)。

 ところが、その舌の根も乾かぬうち(?)に、「アルゴ・パラヒャンガン」号が同区間を走り出した(7往復、曜日によって9往復)との情報が、運輸通信省鉄道総局のサイトに。なんだそりゃ。従来同区間をパラヒャンガンと一緒に走っていた「アルゴ・グデ」と統合したのか。
 確かアルゴってのは、他の一般特急に比べてグレードの高い、確か全車一等(Eksektif)が原則のはず。だが、記事を読むと、新しいアルゴも1,2等運行ということで、従来と変わらず。本数や所要時間も殆ど同じみたい。
なんだこれは、かつて急行を廃止して次々L特急なるものに置き換えていったどこぞの国と同じような事をやってるのか?
 誰か詳しい方、教えて下さいな。

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2010年5月19日 (水)

どうなる、バンコク。

ここ数日極度の緊張状態・・・というか銃撃戦がなされているんだからそんな状態じゃないな。都市機能がマヒしていたバンコクで、今朝から治安部隊が街中を占拠していたタクシン派UDDを強制排除に乗り出したという報道。外国人記者を含む犠牲者を出しながらも、これで一応鎮静化の方向には向かうのだろうけれど、強硬派はゲリラ的抗戦をしていく可能性もあるだろうし、観光業も含めてタイ経済は大打撃だろう。

 かくいう落花生。の職場の関係でも、バンコクの事務所がUDD占拠エリアのすぐ傍にあったということもあり、事務所を閉めて駐在員やローカルスタッフを退避させたり、銀行が機能してないから、周辺国の事務所も含めて資金調達に影響が出たりと、このまま長引けば結構影響が大きかったかもしれないな。

 

 政治的に赤・黄色のどっちが正しいかなんて論じるつもりは全くないのだけれど、ひとつ気になったこと。タイでは何かと揉め事になると、いつも穏やかに出てきて仲裁に入っていた王様の存在感が今回は全然見られなかった気がします。噂話では、王族の一人がどちらかのグループに肩入れしていて、迂闊な仲裁にはのりだせなかったんだとか。ホントかね。

 いずれにしても早く通常の状態に戻って、普通に旅行できるようになってくださいね。

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2010年5月11日 (火)

今度は7000ですか。

 4/29日付インドネシア鉄道のサイトによれば、東京メトロ有楽町線で使用されていた7000系車両10両がジャカルタのタンジュンプリオク港に到着、陸揚げされたとのこと。そういう噂はあちこちのサイトで耳にしていたんだけど、そうですか。インドネシア人鉄道関係者、ステンレスの流線形、大好きだからなあ。
 その筋のサイトによれば、今年はこの形式だけで4編成の導入が予定されているとのこと。もう、ジャカルタ近郊の電車線は、萌え萌えパラダイス状態(笑)。東京の近郊電車線で走ってる時には何も感じないというのに、海外に輸出された途端、なんでこういう思いに捉われるんでしょうねえ。今ジャカルタに転勤になったら、きっと仕事にならないに違いない(自爆)。

 ちなみに次に譲渡が予想されているのは、メトロ東西線05の初期車だとか。えぇー。千代田線6000とか、もっと古いのがいくらでもあるでしょうに。あと、1,067mm20m4扉車ということであれば、相鉄とか南海とか、“走るんです”ことJR209とか考えられますが、如何でしょうかね。

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2010年5月 8日 (土)

Thai Nguyenの工建型、健在です。

 さあ今日は最終日。上司A星さんは早朝から社内コンペ、同期K谷さんは休日出勤ということで、夕食まではフリー。ということでいそいそと起き出し、近くのカフェで朝食のサンドイッチを仕入れてロンビェン行きの市内バスで出発。途中バスの行き先を間違えて反対側に行ってしまったりしながらも、9時過ぎにBenXe Gialam(ザーラム・バスターミナル)着。09:30に出発したThaiNguyen行きのバスは、最初ノロノロと客引きを続け苛ついたものの、お昼前には無事到着。
 このBlogをよく読み返すと、もう2年半近く前の正月に1回来てることがお分かり頂けると思いますが、今日の目的地ここThaiNguyenには大きな製鉄所があって、恐らくベトナム国内唯一、ひょっとすると東南アジア唯一ではないかと思われる標準軌のタンク式蒸機が現役で働いているところでして、欧米鉄の情報では今年末には終焉を迎える可能性ありということだったので、覗いてみることにした次第です。 

 前回は、市内のホテルに宿泊し、ホテルのレセプションの人に「製鉄所」をベトナム語で書いて貰って、それをタクシーに見せてたどり着いたのだけれど、今回はベトナム語の堪能な同期に同じように書いて貰ってきた。が、それをタクシーの運ちゃんに見せてもピンと来てないようで、なにやら無線で営業所に聞いてるようだ。じゃあこうか。「GangThep」市内の道路標識にこんなのがあった。これで「鋼鉄」の意味になり、これで地元では通じるようだ。
 走ること10分ほどか、市内南方のLuuXa地区にある製鉄所、前回は早朝の通勤時間だということで門は開けっぱなしだったんでそのまま入ってしまったのだが、今回は門は閉まっている。タクシーを止めて守衛所に来意を告げると、英語が通じたのかよくわからないうちに「OK, Welcome, come in」とあっさりと門を開けて通してくれた。鉄道事務所の位置はわかっているのでそのままタクシーで乗り付けると、やあやあ、今日も無事に1台の030型こと工建型SLが煙を上げている。
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推進運転でズリ捨て場へ向かう1045号機。

 事務所に顔を出すと、ちょうどお昼御飯が終って13時から作業再開前のお茶の時間中。勧められるがまま席に座り、お茶を頂き煙草を勧められ(スイマセン筆者は吸いません)ガイドブック末尾の会話集でコミュニケーションを試みるに、栞代わりに挟んでいたビールのラベルが目につき、「そうかおまえは酒が好きなのか」と奥から持ち出されたのは、清涼飲料のボトルに入れられた怪しいお酒。密造酒ではないのだろうけれど、乾杯して口を付けるとこれがまた強いこと。無理やり飲み干すと喝采。流石に運転士は酒は飲まなかったようで、13時過ぎ、作業再開。走りの写真を撮るつもりが、機関車次位の控車と思しき無蓋車というか平車にタクシーの運ちゃん共々乗せられ、製鉄所の中心部で入替作業。こんな国家機能的に重要なところに簡単に入れてしまっていいのかね?お偉いさんに見つかったらきっと叱られるぞ~、と余計な不安を抱きつつも、十数分の楽しい体験は無事終了。
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蒸機に引かれた控車の上で製鉄所内を行ったり来たり♪

 唯一つ宿題が果たせなかったのは、戦時中に日本から送られてきた、131型ことC12型蒸機の在り処を聞き出せなかったこと。言葉が通じなかったのは、ホントにもどかしい…  長いこと拘束した運ちゃんには、メーターに加えてチップを弾み、今度はハノイ・ミディンターミナル行きのバスでハノイに戻る。ノイバイ空港からの大きな橋を渡ったところで下して貰い、夕食は3人で市内中心部のフエ料理店。空港バスの最終が出てしまったということで、エアポート・タクシーを呼んで貰い(23万ドン)、23:30発のJAL752便で帰国。

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2010年5月 7日 (金)

激しく変貌するフエ。

 世界遺産の古都フエの朝は爽やかな目覚め。10年以上ぶりなので、城郭の中を一回りして来たいし、当時泊まった安ホテルの前のノンビリとした通りを今一度ブラブラしてみたい。
 ので、朝からとても暑い街中に出てみるが、先ずはこの10数年の間の(観光地としての)発展ぶりには目を見晴らされる。観光客の数、それを相手にする各種第三次産業の店舗数と客引きの激しさ。あの穏やかだった、落花生。お気に入りの街に上げてもよい雰囲気だった街がこれほどまでに変貌しているとは思わなかった。当たり前といえば当然なのだが、もうすっかり巨大観光地で、それに伴い街もすっかり変わってしまっていたのだ。
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フエの旧宮城の入口の門。まだ朝なのに、既に暑い。。。

 最後、ホテル迄ピックアップしに来てくれたベトナム航空のバス(ホテルのクルマだと10ドルだというのが、これだと4万ドン)で空港に向かう頃には、「もう次はないな」という気分になってしまっていた。観光客なんて、勝手なもんです(苦笑)。

 フエ空港からベトナム航空VN244便でハノイに飛び、夜はまた上司A星さん、同期K谷さんと、ベトナム料理の晩御飯。A星さんのセフィーロは故障してしまった由で、今晩の足はK谷さんの三菱アウトランダー。
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ベトナム航空でハノイへ。機内サービスは水のボトル1本のみ。

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世界遺産の洞窟へ:フォンニャ=ケバン。

 6日の朝は、車販のコーヒーの薫りでめざめた。向かいのおっちゃんと二人頼んで飲むが、当地の常で、甘い。
ドンホイには定刻を10分ほど遅れての到着。駅前のバイクとタクシーの客引きに、旅行会社に行きたいと伝えるのだが、どうも上手く伝わらない。今日の目的地、世界遺産のフォンニャ=ケバン(Phong Nha-Kẻ Bàng)洞窟は、ロンプラ見る限り適当な公共交通手段がないようなので、ツアーに参加するのが良いと思ったのだけれど。漸く一人のセオムが乗せてくれて市内に入ったはいいが、結局よく伝わっていなかったらしい。仕方がないので目の前のベトナム航空の代理店の看板の建物には行ってみると、どうやらここは郵便局。片言の英語が通じて、電話でどこぞと話をさせられたのだらちがあかず、結局セオムで近くの高級ホテルへ。確かにホテルには旅行会社が入ってる。
 ここは流石に英語も通じたが、日帰りツアーといったものはなく、提示されたのはクルマ1台のチャーターで100ドル。うーん、それはちょっと高過ぎ。なので、再度旅行会社探し。教えられた住所に向かってみたが、人気がなく呼んでも誰も出て来ない。でも、途中で一軒、カフェ併設の小綺麗な旅行会社を見かけたんで、飛び込みで交渉。こちらもツアーはないものの、チャーターで、クルマで65ドル、バイタクで50ドルとのこと(笑)。暑いし時間もなくなってきたのでこれで決定。
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フォンニャ=ケバン洞窟の中には象形文字も残されている。

 シルバーのGM大宇の小型車に乗り込んだのは、片言の英語のできる運転手の他にそれなりに英語OKの女性のガイドさん。なんでもクルマの他、現地の入場料、ガイド料、お昼ご飯にお水代、記念品の社名入りの帽子(笑)まで全部込みの値段だそうで、それならまあお得感高いか。
 まずは再度の駅に寄って、夕方の指定券を入手、街を出て西へ向かい、日本とそう大差ないような田園地帯を走る。二期作あたりまえの地域で、だんだん暑くなってくる中、農作業真っ最中の農家の皆さんの姿が見える。

 バイクの後ろに乗っていくにはちょっと厳しいくらいの時間が過ぎた後、岩山の上に「世界自然遺産 フォンニャ=ケバン洞窟」と書かれた看板が見えた。「DI SAN THIEN NHIEN」と書かれているのは「遺産・天然」だろう。ベトナム語って結構漢字から来ている言葉が多いらしく、実は勉強してみたら面白いのかも。発音は難しそうだけれど。
 そんな訳で、既にツアーバスが続々と到着しつつある駐車場に到着、先ずはちょっと早めのお昼ご飯の後、小舟に乗り換えて走ること20分ほどで洞窟の入口に到着、そこからエンジンを切って手漕ぎでそのままひんやりとして気持ちのいい洞内に進入。暫くしてから洞内に上陸、青や緑などの派手な色にライトアップされた鍾乳石を眺めながら、結構な広さの洞内をお散歩できるのだけれど、結構皆さん触りまくっていて、大丈夫なのかな、世界遺産なのに。

 街に戻ってきたのは15時半頃。駅で暫く待って、15分ほど遅れてきた、ハノイからの急行SE7列車の出発までガイドのハンさんは見送ってくれ、親御さんが駅構内の売店を経営しているという運転手君は、その売店の店頭からコップ一杯のピーナッツを持たせてくれた。短い間でしたが、お世話になりました。

 フエに到着したのはもう20時過ぎ、ガイドブックで目を付けたホテルに直行し、近くの小奇麗なオープンのレストランで夕食。
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ドンホイ駅に到着する急行列車。この便には観光車両は連結されていなかった。

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2010年5月 5日 (水)

ハロン・ローカル

 さて今日はこの世界遺産のハロン湾クルーズでも、と考えていたのだけれど、アドバイスによれば「バイチャイ(ハロン市)から眺めるだけで十分だよ」。そうなのか・・・(-_-#) じゃあ、カットバ島からハロン市までの船で行けば十分かなぁ。ということで、朝8時、昨日のうちに手配しておいたオープン・ツアーバス(ハロン市まで3時間半で12万ドンの由)で出発。

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クルーズ船のデッキから世界遺産のハロン湾観光♪

 島内を縦断し、観光客が続々上陸してくる島北側の港から先ずは小舟に乗り込み、このままバイチャイまで行くのかな?と思いきや、途中松島のような内海でベトナム風デザインのクルーズ船に乗り換え。2階のレストランを経て3階のデッキに出てみれば、こちらにはデッキチェア等が据え付けられ、こりゃあなかなかいいクルージングだ。本来は結構なお金を払って1泊2日のクルーズとかに使われるような船に便乗しちゃった訳だ。ここに寝っ転がりながら、ノンビリときれいな島々を眺めるというのは悪くないね。バイチャイまでの2時間ほどの船旅、世界遺産のエリアの片隅を掠めただけだけれど、結構楽しく過ごせました。

 バイチャイ到着後、提携のレストランに連れ込まれてしまいそうになったので、時間ももったいないのでここで離脱。ツアーガイドは苦虫噛み潰したような顔してたので、ここで高いご飯を食べさせて回収するつもりだったのかな。
 こちらは、やはり諦めきれてないハロン・トレインの終着駅だった国鉄ハロン駅へタクシーで移動。途中未舗装のガタガタ道を少し走り、こりゃあ観光地の玄関口じゃないようなぁ・・・と思ううち、ちゃんと「GA HALONG」と大書された駅に到着。駅舎の案内表示によれば、確かに15時発の観光列車「Halong Train」と記載されているものの、店開きしていた売店のおばちゃん、駅員さんともに、この列車はもう「No Train」で、列車は13:20発のイェンビェン(ハノイ近郊)行きの158列車1本のみだという。所要7時間、イェンビェンまでの運賃は32,000ドンで、昨日のハノイ→ハイフォンが3時間弱で40,000ドンだったから、こりゃあ完全ローカルの2等車だね。
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香菜の匂いが充満した行商列車がハロン駅に到着。

 切符を買って駅構内のお世辞にもきれいとはいえない食堂で昼ご飯食べつつ待つこと1時間ほど、10分ほどの遅れで折り返しが到着するやいなや、ホームは突然市場に大変身した。到着した列車は客車5両+貨物1両の6両編成なのだが、前の4両はロングシート化され、車内はキツイ香りの野菜を大量に抱えた行商人の方々ばっかりで実質貨車化。この降りてきた人たちがホームで店開きしているのでした。さっき駅員のおじちゃんが「この列車はマーケット・トレインだ」と言っていたのはこういうことか。
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ホームはあっという間に市場と化して激しい売り買いがなされる

 13:20発の列車は、かわりに魚でも積むのかな?と思いきや、うって変わってガラガラ。行商人の人たちはどうやって戻るのだろうね。
 列車はほぼ定刻に出発。バイクよりは早く、バスやトラックよりは遅いスピードでそれなりにしっかりと走り、途中日本人観光客のツアーバスに抜かれ、酒を飲んで酔っ払ってるらしい乗務員に絡まれたりしながらも、それなりに楽しい7時間ほどの汽車旅は陽もとっぷりと暮れた8時半過ぎのイェンビェンで終着。景色自体は大したことないので、ここで観光列車というのも若干無理があると思われる。ラオカイのように、周辺の観光地へのバスとセットにした夜行列車・・・にしても、あっちは並行道路がキツイ山道で鉄道に利があるのに対し、こちらはなあ。。。 ともあれ、市内バスでロンビェン、タクシーでハノイ駅近くのストリートチルドレンの職業訓練を兼ねているというベトナム料理店で夕食後、今晩の宿は23:00時発のサイゴン行きSE3列車。同室になったのは、オーストリア人カップルとロシア留学組のベトナム人のおっちゃんでした。

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2010年5月 4日 (火)

ハロン湾へ。

 朝、終着ハノイ・ロンビェン駅に0715着の予定が、少し遅れて一駅手前のザーラム駅に着いたのが既に08:15。ここは次の予定のハイフォン方面行きの路線の分岐駅なのでここで下車。一つの目的は、この駅始発でハロン湾迄の観光列車「ハロン・トレイン」なるものが走っており、これがソウル地下鉄2号線の車輌を使っているらしく、これを確認したかったという事。但し残念ながら、この列車は時刻表には載っているものの、既に運行はない由。車輌がどうなったかも確認出来ず(英語あまり通じず)。
 もう一つ、明晩のハノイから南へ下る寝台券が欲しかったのだが、こちらは停電でコンピュータが動いてないという事で、やはり×。仕方ないのでバス通りに出てハノイ駅に移動、今度は英語それなりにOKのオバちゃん駅員から無事にチケット入手。続いてセオム(バイクタクシー)でロンビェン駅へ移動し、09:20発のこの駅始発のハイフォン行きのACソフトシート券を買って折り返しの列車に乗り込んだのは出発5分前。シート逆向きの集団見合い型だけど、まあ快適。車販から買った餅に挟んだ魚肉ソーセージ?で朝ご飯。
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ハイフォン駅に到着した快速列車。

 ハイフォン到着後、目指すは世界遺産のハロン湾に浮かぶカットバ島。なんとなく活気のない街を抜けて港にたどり着いたのは12:28頃。12:30発の船があるからと慌ててチケットを買って乗り込んでみると、島まで50分の高速船ではなく、2時間半はかかるスローボート。しかもギリギリで飛び乗ってきた他の客は8万ドン(400円)を払っているのに、こちらが払わされたのは20万ドンと倍以上。外国人価格かエージェント手数料かボッタクリ、恐らくその全部なんだろうな。あぁ腹立たしい。

 途中のカットハイ島からは外洋に出て途端に揺れ出し、そういえば船に弱かったっけ・・・と我慢しつつ、無事にカットバ島に到着、宿を決めて荷物を置いてから、セオムで市内近郊のハロン湾の島々が眺められる丘の上や、ベトナム戦争の際のトーチカ、中国人墓地、マングローブの林や中国寺等を回り、夜は「さっき港で私を無視したでしょ」とのたまう客引きのオバちゃんに引かれて海鮮レストランで夕食♪
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ホテルの窓から眺めるカットバ港。水上生活の船がたくさん見えます。

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2010年5月 3日 (月)

高原の街、サパ。

 今日はこの辺では屈指の観光地、高原の街サパへ。

 ラオカイからサパへのバスは、朝夜行列車からの接続を受けて多数が一斉に発車した後は駅前は閑散とし、バス停があるわけでもなく、正直よくわからない。朝食を食べてたら、朝の一団のバスには乗り損ね、それでも駅前で10分ほど待つうちに「SAPA」の看板を掲げたミニバスが現れ、無事出発。途中フランス人カップルが客引きの言っていた料金と違うといって揉めたりするうちに、霧の中で工事中一方通行の道で、対向のトラックが、急ブレーキ、ああ、とまらない…、、、ガシャン。
 幸い速度は出ていなかったんで誰も怪我はないようだが。道はそんな状況であっという間に前後は大渋滞。そのうち工事通行止めとなっていた側の泥地を縫ってクルマが行き交うようになりだしたので、下からやって来た別のミニバスを掴まえて交渉してサパへ向かうことにした。
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あーぁ。やっちゃいましたね。まだ新車っぽいのに。

 サパでは市場の山岳民族を眺めながら昼御飯…有名な孵化寸前のアヒルの卵(チュンビロン)を食べてみたり、ツーリスト向けのレストランで日本人バックパッカーと昼からビール飲んでみたり。まあすっかり観光地化されてしまってるわけで、サパの街自体に何かがあるわけではないことが判明。
 午後は近くのCatcatという村へプチ・トレッキング、というか殆ど散歩。夕方のバスでラオカイに戻り夕食後、今夜の宿は22:15発の(どうやら臨時らしい)ハノイ行きSP10列車。の今度は国鉄車の寝台。それでも内装はそれなりに小奇麗に改装されており全然OK。相客が3人ともベトナム人というのが観光車輛との大きな違いか。
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こんな山奥に来てまでSegafredo Cafeと山岳民族・・・。

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2010年5月 2日 (日)

山岳民族の村で:バックハー。

 ベトナム2日目は早朝5時半に中国国境の街ラオカイ着。漢字では老街と書くらしい。今日は一日身軽になって動きたいので、先ずは大量のサパ行きの客引きを振りきり、駅前に並ぶホテルの一軒に「今晩泊まるから」と荷物を預かって貰い、駅近くのバスターミナルから路線バスで2時間半ほどのバックハーへ。日本人バックパッカー2人と乗り合わせたので、朝ご飯食べながら情報交換。こんな時期に朝早くから頑張ってうろついているのは学生や沈没組ではなく、リーマンパッカーばっかりなわけですが。
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様々な会社の車両を連ねた夜行列車がラオカイ着。

 ここバックハー(漢字だと北河)の日曜市には近隣から山岳民族がカラフルな民族衣装を来て現れるので有名なところで、ついついカメラが向いてしまいます。何種類か服装にバラエティーがあるところを見ると、それぞれ違う民族なんだろうね。特に気に入ったのは、調べてみると、花モン族という方々らしいです。

 午後のバスでラオカイに戻り、中国国境を一瞥し、夜は地元の人達が宴会している小さな食堂の片隅で。こんな店に外国人が来ることは少ないからか、地元グループから手招きされて、強~い地酒を飲まされたりして。
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バックハーの日曜市で。民族衣装も少しずつ違うんですね。

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2010年5月 1日 (土)

ベトナム行ってきます♪

 さあ、今日から仕切り直しのGW初日。
 出発は11時半とゆっくりなので、総武緩行線~京成線でケチケチ成田。今日はJALなので、久々に第2ターミナルからの出発。ところが、GW5連休の初日だから大混雑かと思いきや、ターミナル内は意外と閑散。出国審査も3、4人待ちであっさりと通過し、拍子抜け。B767に乗ってみたらやっぱり満席だったので、各便は混んでるってことは、たまたま出発便の少ない時間帯だったんだろうけど、この検査と出国審査の行列具合を時間帯毎に公表して貰えないもんかな→空港会社。
 そのJAL751便ハノイ行き、よく見ずに選択した22Kは窓のない窓側。メニューは楽しみにしていた「たいめいけん」のハヤシライスが品切と言われ腹立てたりしつつ、更には成田の離陸待ちと向かい風、それほど混んでるとも思えないハノイの着陸待ちで50分ほどの遅れでノイバイ空港に無事到着。
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久々のJALでハノイへ。

 今回誘ってくれた元の上司A星さんのセフィーロで市内に向かい、先ずは市内の旅行会社にお願いしていた今晩のチケットを受け取り、今日の夕食は小さなベトナム人客だらけの海鮮料理店「1946」。
 最後はハノイ駅まで見送って貰い、待合室に入ってみると、上には「歓迎 前原日本国土交通大臣」のバナーが。そうか、新幹線の売り込みに来るんだっけ。しかしいきなりハノイ=サイゴン間の長距離に円借款で新幹線ですか。フィージビリティ・スタディとかちゃんとやってるんだろうな?
 
 今晩の宿は21:15発のSP1列車ラオカイ行きのソフトスリーパー。列車24ドルに手数料5ドルと日系なのに良心的な旅行会社さんにアレンジして貰った4人個室は日本人とスイス人の外国人部隊。他の個室も外国人観光客が殆どみたいだ。この、TULICOという会社の運営するものの他、多数の民間会社の運営する客車と国鉄の車両を国鉄の機関車が引っ張っていくという、珍しい形態の上下分離がベトナム国鉄の優等列車の最近のスタンダードみたいです。他にも、Victoria Express, Ratraco, Green Train, Livitrans, Pole Star, Et Pumpkin, Royal, TSC, Friendlyといった随分沢山の会社がそれぞれ趣向を凝らした車両を運営してるようです。
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歓迎 前原誠司日本国国交大臣@ハノイ駅にて

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