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2010年7月26日 (月)

転勤になります。

クールビズの昨今ですが、今日は久々にスーツの上下とネクタイを締めて、若干気を引き締めて出勤。けじめの日だしね。
朝10時に人事課に顔を出し、恭しく大げさな転勤の辞令を受け取る。

そうなんです。ここ数回、若干におわせていましたとおり、落花生。、久々に転勤になりました。東京に戻って来て6年、まあそろそろ話があってもおかしくない頃でした。転勤先では、いきなり1週間の夏休みなんてとりづらいんで、7月中旬にとらせて戴きました。

あ、行き先は******です。以前から慣れ親しんだ街なんで、気楽と言えばそうかも。

そんなわけで、8月19日には出発することになりました。これから毎日歓送飲み会が続くようで、体調維持が大変です。太るし。
お近くにお立ちよりの際は是非一声おかけくださいな。

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2010年7月17日 (土)

シルクロードのんびり便。

アルマティ発ウルムチ行きのCZ6012便、国内線と変わらない4桁のフライトナンバーのつけられたB737-700はやっぱり出稼ぎ中国人とカザフ人が半々くらいの印象。もう動き出しているというのに、中国人はいつまでも機内を歩き回ったり、携帯電話を弄ったり、何回も客室乗務員に注意されても聞く耳持たずで、ロシア系らしい隣の乗客も眉をひそめて呆れた感じ。まあ、いつものことだ。

ウルムチにはほぼ定刻の午前1時半着。まだ空港バス(10元)が動いていたので、市内に出て取り敢えず休閑浴場の看板があったので下車。シャワー浴びて(サウナもあり)、足マッサージして貰い、休憩室で「6時に起こしてね」と言って仮眠。これで1,000円かそこらだから、中途半端な時間の時は、変なホテルに泊るより効率的。
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ウルムチ→北京の中国南方航空B757。北京・東京並みの長距離便。

 朝6時過ぎ、北京と同じ時間なのでまだ暗い市内を再度空港に向かい、08:10発の北京行きCZ6911便にチェックイン。今度はB757だ。仮眠しただけだから、離陸して食事をしたら、もうあっという間に北京着。空港ターミナル間循環バスで延々遠い第3ターミナルへ移動し、東京行きにチェックイン。今日は成田スカイアクセスの開業日だから、是非とも成田に飛びたいところだが、手元の予約は羽田行き。成田便もあるので変更を試みるが、残念ながらエコノミーは満席でウェイティングとなってしまう模様。
 他方、手元の羽田便は、オーバーブッキングでC席をご用意しております、とのこと。ええ、往復ともビジネスですか。UAのマイレージのタダ券だというのに。なんだか最近多くて嬉しいです。というわけで、成田スカイアクセスの方は、これから幾らでも乗る機会もあるでしょう、ということであっさり断念。メニュー選択時に寝てしまい、希望する料理を選べなかったのは自業自得だけど、快適に羽田に帰って参りました。
 東京から中央アジアへの直行便は週2便のウズベキスタン航空のみ、あとはソウル経由のアシアナやソウル・北京に乗り入れているエア・アスタナなんてありますが、東京=北京=ウルムチ=アルマティは毎日、ビシュケクにも週3便。意外と使える…というには若干無理があるでしょうかね。
さあ、あとは引越の準備だ。
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北京→羽田 NH1286便Cクラスの機内食。
帰国するビジネスマンだらけのこの便でサフランライスでもないでしょう。。。

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2010年7月16日 (金)

アルマティの休日。

そんな訳で、結局タムガル(タンバル・タス)の遺跡には行けず、1日どうしようか。ツアーだったらこんなことはないんだろうな。
もしタルゴに乗れるんだったら、短区間乗ってどこかまで往復して来てもいいのだけれど、アルマティ2駅で聞いてみると、今日のアルマティ発のタルゴは夜20時前頃発の1本だけらしく、断念。
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市内のバザールでキムチを売る朝鮮系の方々。

仕方ないので、先ずは市内のキョーク・バザール(市場)へ。アルマティはリンゴの街なんだそうで、市場の中で売っていた小ぶりなリンゴを齧り、歴史的背景(スターリン時代にサハリンから強制連行されてきた)朝鮮系住民が多いこの国らしく、キムチを売っているのを眺めたり。以前アフリカ在勤時代の上司M井さんが、当時アルマティ事務所の開設初代所長として赴任して来た時、この市場の食堂であたって大変だった話を思い出したり。
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トラムが走る街っていいですね。ただここアルマティでももう2路線しか残ってないみたいです。

その後は市電に乗って博物館に行ってみたり、郵便局へ行ってみると、コンピュータ画面を弄って自分の用向きを選んで自動発給される順番カードをとるという日本の携帯電話屋並みの先進設備に吃驚したりと、街の中をのんびりとブラブラ。最後は市内最大のツム百貨店とスーパーでお土産物を購入。
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アルマティは旧首都。これは元の議事堂らしいです。

お金もなくなってきたので、最後は市内バス(50テンゲ)で空港に向かい、ウルムチ行き中国南方航空CZ6012便にチェックイン。
ちょっと消化不良気味だったり、慌ただしい部分はあったけれど、最後の夏休みはこれで無事に終了。暫くはこの辺の文化圏に行く機会もないんだろうな、と思うと若干名残惜しいな。

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2010年7月15日 (木)

アルマティ

アルマティ市内のアルマティ2駅に着いたのはおよそ1時間遅れの12時頃。朝車窓を眺めていたら運転停車していた小駅で猛スピードでやたら背の低い後続の旅客列車に抜かれていった。これはひょっとして、カザフスタン国鉄の誇るタルゴじゃないか。
タルゴってのは、スペイン製の、あのクネクネ曲がる高速列車なのだが、カザフスタンにこれが導入されているというのは、旅行計画を立てるときに国鉄のホームページを見て初めて知った情報。だが、運転区間はアルマティと首都のアスタナ間(北西方向)ということで、シムケント(西南西方向)とは無縁だと思ってた。が、こっち方面にも走ってるんだったら、これに乗っておきたかったな。アルマティ2駅に着いたときには、もう回送になってどこかへ行ってしまったようで、写真も撮れなかった。悔しいので、カザフみたいな平原の中をまっすぐ走れる国で、曲線高速走行用のタルゴなんて意味あるのかい!と文句を言っておこう。
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アルマティ2駅に到着。

まずはホテル(これも旧ソ連型の品質。がカザフはホテル代が高く、こんなんでも12,000テンゲもする)に荷を下ろし、今日のお仕事は明日の計画。ここから200kmほど離れたところにある世界遺産、平原に昔の岩絵なんかがあるという  「タムガル」に行きたいのだが、ここが公共交通機関がなくとっても行きづらいところなようだ。なので、旅行会社の日帰りツアーに参加してしまうか、どうしようもなければハイヤーをチャーターしてでも行きたい。
なので、ホテル内の旅行会社を皮切りに、業界誌に広告出している街中の主要な旅行会社や、中には親切に「○○社さんが扱ってたはず」と電話で聞いて場所を教えてくれたりしたところを廻ってみたが、結論は×。扱っているところも、観光ツアーは週末のみ、平日は個人アレンジになります→クルマとガイドで400ドルね、なんてのしかなかった。いくらなんでも日帰りツアーに400ドルは出せない。

そんな訳で結論から言ってこのタムガル行きは断念せざるを得ず、夕方、市内南東部にあるコクトベ山に登るロープウェイの中から傷心のまま市内を眺めることとなったのでした。
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ロープウェイから眺めるアルマティ市内。昔エレバンでもこんな感じだったな。

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2010年7月14日 (水)

トルキスタンへ。

未明のシムケント着。ここからが最悪 (-_-#) 。 ホームに降りて写真を撮ろうとしたら、公安が「No Photo!」と制止するので撮影しなかったのだが、そのまま駅舎に連行された。上司ともども英語は通じないまま、デジカメの写真を弄繰り回され、駅で列車の写真を撮った、ケシカラン、と言っているらしい。こっちとしては、「撮るな」と言われたから指示に従って撮らなかったのに、なんで連行なのだ。もう夜中の1時、早く寝たいのだ。いつまでも話は通じないし、「地球の歩き方」巻末の「大使館に連絡してください」というロシア語フレーズを見せてるウチに、なぜか突然解放。
駅前のぼったくりタクシー(500テンゲ。一方通行が多いから高いんだ、などとのたまいやがる。)でガイドブックに出ていたホテルに直行、取り敢えずエアコン付きの部屋(3,500テンゲ)をあてがって貰い、ビール1本飲んで即寝。

明けて水曜日朝。取り敢えずキャッシュを入手、駅でアルマティ行きの切符を確保し、昼前にバスターミナルへ移動。駅からホテルまでのタクシーは200テンゲで、昨晩は夜中の1時過ぎということもあって、随分ボラレたもんだ。
ここから3時間ほどの主要都市トルキスタン行きなんか頻発かと思ったら、いつまでたってもクルマは現れず、ようやく1時間半ほどまって1台のミニバスが現れた(400テンゲ)。助手席に座を占め、出発してみたら、市内をぐるっと回って別の新しい活気のあるターミナルに乗り入れ、ここで満席になった。最初っからこっちに来てればすぐに出発できたのか。手元のガイドブック2冊とも、情報古い。。。
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コジャ・アフメド・ヤサウィ廟に記念写真を撮りに来ていた新婚カップル。

トルキスタンと言えば、普通の人が思いつくのは中国の新疆ウイグル自治区独立運動の文脈で出てくる「東トルキスタン」な訳ですが、「東」じゃないトルキスタンってのはこの辺りのワケね。
トルキスタンの市街地の入口には、世界遺産にも指定されている「コジャ・アフメド・ヤサウィ廟」があり、大勢の巡礼客が訪れている。流石に外国人観光客は少ないようだが、結婚写真を撮りに訪れている新婚カップルも居た。一枚撮らせて貰ってから拍手して祝意を示すと、すれ違いざま「サンキュウ」と一言返ってきた。頑張れよ、新郎。

帰りは市内のバスターミナルから大型の路線バス(350テンゲ)。少し安いが、2席占拠できて、寧ろ楽々。ターミナルで色々食べ物を買いこんで、3時半発の車内で遅いお昼。
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トルキスタンからシムケントへの帰路は大型バスで。

今晩の宿は20時発のアルマティ2行き列車。今度はクペ(一等車)にしてみました(3,400テンゲ)。残念ながら今度も食堂車なしということなので、ホームの売店で鶏と卵、パン、果物、飲物などを確保。相客は英語は片言ながら、愛想のよい親父さんと上段には少年。夕食時にはクムスという名の馬乳発酵酒を勧められ、一口飲むもこれはちょっと無理。チベットのバター茶並みにキツイ。少年、君はこんなものをガブガブ飲めるのだね。凄い。
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アルマティ行き列車の前で。撮影者は車掌さん。ほら、写真撮って何が問題なんだ!?

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2010年7月13日 (火)

キルギスからカザフスタンへの汽車旅。

朝は7時半の早起き。何せ今日は11:55発の汽車に乗らなきゃいけないので、観光は午前中半日のみ。昨日の事務所の同僚の皆様によれば、西のイシク・クル湖に行くのが良いらしいのだけれど、片道3時間くらいかかるらしいので、行って帰ってくるとどうしても夕方、夜行バスになってしまう。
落花生。としては、やっぱりキルギスの汽車にも乗っておきたい。

そんなわけで朝8時半、昨晩のウチにお願いしておいた借上タクシーで出発。最近時間ないことを言い訳にだんだんこのパターン増えてきたな。歳とってきた、っということで。
クルマは20年落ちくらいのベンツEクラス(W124)のディーゼル車。これならゆったりだね。タクシーの行燈乗せてなければ結構VIPチックで。

市内を抜け出したクルマは東のトクマクに向けて国道を海草。それなりの交通量。ウツラウツラするうちに1時間弱、トクマクから幹線道路を外れ南に向かい、最初の目的地ブラナの塔へ。11世紀に造られたイスラムチックなレンガ積みの模様が美しい。ちょっと上半部が崩れてしまっている。
開館時間にはちょっと早いけれど、敷地内に入ってみると、管理人を兼ねているおばちゃんが現れ、横に造られた博物館と称する建物の中を英語で説明してくれた。質問し返してみると、突然英語がたどたどしくなったんで、決まり文句を流暢に喋れるということか。
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ブラナの塔と草原と雪をかぶった山々。まんま絵葉書になりそう。

続いての目的地は、十数キロ離れたところにあるアク・ベシム遺跡。運ちゃんはあまり行きなれていないところらしく、地元住民に案内を乞いながらの移動。こちらは6~12世紀の仏教文化の砦の遺跡らしいが、こちらは草原の中に殆ど崩れかかった建物の残骸が残ってるだけで、あまりわざわざ行くほどもなかったかな、というのが感想。まあ、せっかく来たんだしね。

ちょっと時間をとってしまい、ビシュケク市内に戻ってきたのは11時半過ぎ。ちょっと焦り出したが、それでも11:45頃無事にビシュケク駅に到着。料金の2,000スム(約4,000円)を払い、出発間近の列車に駆け込んだ。
ほぼ定刻に出発したこの列車、延々3日ほどかけてモスクワまで向かう長距離列車。なのに車掌のおばちゃんによれば、食堂車がない由。おっと、機内食のパンの残りしかないぞ。どこかで買いこまないと。あ、しまった。キルギス・スムも残り200円ほどしかないし、カザフ・テンゲもないぞ。困ったな。
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立派なビシュケク鉄道駅。ただし発着する列車は1日1~2本程度。

2等車に相当するプラッツカルティニの車内は開放式寝台。2段寝台+上段は荷物置場。ロシア規格の広軌なので、車体幅は広く、通路側脇の窓脇にも上下二段の寝台。1等に相当するクペでは、2段寝台の個室だけになっている。
出発した列車はビシュケク近郊の市街地を抜けると、時折放牧の家畜が見える草原の中をカタンカタンと軽快に、長距離列車ではあるものの、小さな停留所も1つ1つ丁寧に停まりながら走り、キルギス側国境のカインジでパスポートチェック。外国人である落花生。は呼ばれて列車を降り、駅舎内の入管事務所で別途の取り扱いになったが、地元のおばちゃんが許可証の扱いで大声で喧嘩してたものの、こちらは特段問題なくハンコ押されて無事に車内に戻る。問題だったのは、このあとの税関吏。いろんな奴らが何回も荷物開けさせたうえで、最後の中国語を話せる奴がタチが悪く、空港到着時は所持金チェックなんかなかったのに、「陸路国境越えの場合は1,000ドル以上のお金を持っていてはいけない、没収なのだ」等と言いながら賄賂の要求というか、ユスリ。ビシュケクの日本大使館で昨日貰った「何かあったら内務省に連絡するぞ」紙を見せたりするうちに最後は引き下がったが、気分は良くない。っていうか、日本大使館がキルギス内務省と協議して、こういうハラスメント当局者対策のペーパーを作って旅行者に渡してるの、素晴らしい。是非他の(ハラスメント受けそうな)国にある日本大使館でもやって欲しいもんです。

この停車はおよそ1時間。ようやく動き出した列車は国境を越え、カザフ側の国境駅メルケに向かい、今度は2時間の停車。ビシュケクから追っかけてきたエカテリンブルグ方面行きの後続列車が追いついて来ちゃった。短区間利用者も居るんだから、もう少し列車間隔考えればいいのに。
さておき、国境だ。英語を話せる若い入管職員との話は極めてフレンドリーに終わったが、やっぱりケシカランのは税関吏だった。いつまでも席に居座り、紙に「$100」なんて露骨な請求。いい加減うんざりしていたので、隣のボックスの英語の話せるお姉ちゃんに来て貰い、通訳を依頼。地元民の前で外国人にハラスメントを出来ないと悟ったか、「何かプレゼントをくれると嬉しいのだが」等といきなりトーンダウン。「お菓子くらいならあげるけど、お金を意味してるんだったら、それは賄賂・汚職だから、写真撮ってアルマティに報告するよ」と返すと、ようやくスゴスゴ去って行った。まったく、もう。

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ビシュケク→シムケント、二等車の車内で、キルギスのアイドル歌手と(笑)

そんな訳で仲良くなった隣の席のお姉ちゃん、時々話してるうちに、突然読みかけの新聞を持って現れ、「これ、見覚えない?」とカラー写真入りの芸能記事を見せられた。5人組のアイドル歌手兼ダンサーの様だが、おや、目の前の君じゃないか。キルギス人のアイドル歌手・ダンスグループのメンバーで、今日は夏休みでモスクワに親戚を訪ねて旅行中とのこと。飛行機だと片道400ドルかかるけど、列車なら200ドルだからねー、って仰るけど、列車だと3日かかるからなあ。当方が食糧難に陥っていることを見かね、菓子パンとトマトなどを差し入れて頂いちゃいました。せっかくなので彼女らのCDでもどこかで手に入れられないかな。

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駅のホームには大勢の立ち売り。もうカザフだけどキルギス・スムもOK。ただ、肉じゃが、殆ど肉なし。

暫く走り段々夕方っぽくなってきたころ、アルマティ=シムケントを結ぶ電化複線の本線と合流してルゴボイ着。ホームには立ち売りも出て、乗客もホームに降りて買物しているところをみると、暫く停車か。駅員に闇両替のおばちゃんを紹介してもらい、取り敢えずのカザフ・テンゲも入手。夕食も肉じゃが、卵、果物、飲物と無事に入手。
今日の目的地シムケント着は夜中の1時近くの筈。さあ、あと少し。

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2010年7月12日 (月)

初キルギスへ。

北京からのCZ6906便、B757は遅れに遅れ、ウルムチに着いたのは深夜というより最早未明の4時半過ぎ。今から市内に出たところで、次のフライトは8時発だから6時過ぎにはチェックイン開始だ。泊るのもアホらしい。
というわけで、出発ロビーの片隅のベンチで1時間少々の仮眠。うーん(-_-#) 駅寝並みだ。こんなことしてる歳でもないのだが。

というわけで、乗り継いだのは朝08:05発のCZ6005便ビシュケク行きのB737-700。ほぼ満席で、中国人とキルギス人なのかな、半々くらいの乗りだが、中国人側は出稼ぎなのかあまり飛行機に乗りなれてないと思しき客が多いようで、些かお行儀が宜しくない。

上記の事情もあって食事をとったら一瞬で寝てしまい、あっという間にビシュケク・マナス空港着。アフガン作成に従事していると思しき米軍の大型機が多数駐機しており、写真撮影が若干憚られる。
が、入国は全くもって簡単そのもの。この地域では珍しくキルギスはビザが不要なのだが、それどころか入国書類も記入不要、税関申告書もなし。パスポートを出すだけであっさりと入国印が押され、あっという間に入国してしまった。
 取り敢えずのお金を換金して建物の前に出ると、例にもれずタクシーの客引きが大勢いて、市内までの値段は350スム(700円)ほどの由。こちらは乗合バスというか、路線タクシー(30スム)で市内のオシュ・バザールへ。市内への道は舗装も風景も素朴な印象。空は青く澄み、窓からの風は爽快だ。遠くに見える雪を被った山々など、日本人の心に触れるものがあるのかな。
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市内中心部の広場の前。数か月前、デモの群衆で溢れた由。

 市内の終点で降ろされ、取り敢えずは今後の予定を検討するためにバスターミナルに移動。カザフスタン方面のバスの時間の確認。市内バスでたまたま前に座ったおっちゃんが親切な人で、英語は全然通じないながら、自分もターミナルに用があると言いながら、乗場まで連れて行ってくれ、窓口のおばちゃんに取り次いでくれました。親切だね。

 続いて市内東外れの(元)高級ホテルにチェックイン、これがまた古臭くて参ったものだが、ようやく旧ソ連圏に入ってきた実感。何せ就職1年目のウズベキスタン以来、中央アジアに来るのは15年ぶりだ。
 その後は市内のウチの職場の事務所を訪ね、仕事で何度か話をした同僚を訪ね、現地事情をブリーフして貰った上に、所長からは晩御飯を一緒にと誘われてしまった。そんな迷惑をかけるつもりはなかったのだけれどね。
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旧ソ連圏といえばトロリーバス。だが路線タクシー(右の白いミニバス)が最早主力。

 午後は市内をブラブラ。途中でバスの方向を乗り間違えてしまい、待ち合わせに遅刻してしまうという失態を犯してしまいましたが、夜は所長と同僚の方、政府系機関Jの女性職員の方々も交え、シャシリクやプロフその他地元の料理にビール等を美味しく頂いて参りました。
 皆さんこんな厳しい任地で力を合わせて頑張っておられるようでなによりです。
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同僚のS田さんと、様々な地元料理など。輸入品以外の物価は比較的安めの模様。

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2010年7月11日 (日)

北京の休日。

そんな訳で、ネットで買えたのは最短接続時間となる、北京22:00発のCZ6906便な為、今日は一日空いてしまった。ので、実は乗換ばかりで北京って殆ど知らない落花生。、今日は実質初北京ということでゆっくり回ってみることにする。
といっても先ずは目指すは前からちょっと行ってみたかった「中国鉄道博物館」。ホテルのフロントでWifiが使えたので、手持ちのX05HTで場所を検索して出発。市内(中心部)からだとタクシーで50元以上かかる距離らしいが、市内でも結構北東方向の今日のホテルからはその半額くらいの距離。「あまり著名ではなくタクシーはほとんど通じない」とのネット情報だったが、朝陽区の酒仙橋北路と通りの名前と博物館名を言ってみると、偶々乗った運ちゃんには一発で通じ、20分ほどで国鉄の実験線傍にある博物館まで運ばれた。
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沢山の蒸機の並ぶ博物館内。

20元を払って館内に入ると、有名な解放型「毛沢東号」や「朱徳号」、満鉄テンイネ型展望車など数十両の蒸機、電機、ディーゼル機関車、客車、地下鉄の試作車両などが並べられている。子供が結構多く騒がしいのを除けばそれなりに見応えのある博物館で、もう少し各車両の説明があるといいかな。バスだと403路の終点から歩くと20分ほどあるので、帰りはちょっと苦労するかも。
因みに近くの実験線には怪しい試作車両も見えました。大白(ジョーズ)という愛称らしい。
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怪しい試作編成が遠くに見えました。。。

市内に折り返して地下鉄で向かったのは西直門駅近くの国鉄北京北駅。
ここから万里の長城近くの八達嶺に気動車タイプの(「和諧号」は本来は、新幹線を含む一連の高速列車につけられる愛称)「和諧長城号」が運行しているので、これに乗ってみるのが目的。
地下の切符売場で13:20発の一等軟座の切符を入手し、近くのショッピングセンターのファーストフード店で昼食後、出発。暫くは都市部を地下鉄と並走するが、途中から突然の山岳路線となり、最後は驚きのスイッチバックまであって1時間ほどで霧雨の八達嶺着。歩きだすとドンドン雨が強くなるので万里の長城歩きは諦め、1時間後の折り返しで北京へ戻る。夕方の上りなので席はなく無座状態。食堂車になだれ込み、一席確保して、義務的に飲物を買い、1時間の座席を確保出来た。
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霧の八達嶺駅に到着したDC和諧長城号。

 北京に戻り、せっかくなので天安門広場を一回り、王府井で夕食後、今度は東直門から機場快線列車で空港へ。22:00発のウルムチ行き南方航空は、チェックイン時点で既に1時間遅れ。だが日は変わろうというのにまだ搭乗時間の見込みはたっていない。ウルムチに着くのは一体何時になるのだろう。

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2010年7月10日 (土)

早めの夏休み♪

今日からワケあって早めの夏休み。
先週遅刻しちゃったんで、朝から川崎のクルマ屋さんにクルマを預け、そのあと武蔵小金井でのサークルの会合に冒頭だけ顔を出し、東京駅15:03発のN'EXで成田に直行。17:20発のNH955便はUAのFFPで貰ったタダ券(しかもGWの日程変更のあおりでオープン化していたもの)。なので、本来全日空にとってはあまり好まれざる客の筈だが、搭乗口で止められ、横のカウンターに呼ばれて搭乗券を交換されてビジネスにUG。SFCになってからというもの、何回か上げて貰ったことがあるが、この搭乗口で変えて貰えたのは初めてで、幸先良いぞ。
なちゅ休み~♪なんて鼻歌を歌いながらの出発となりました。
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ビジネスクラスのお食事。短距離ではこんなもんかな。

北京着は20:10。ターミナル間連絡バスで第3ターミナルに移動し、MCT(160分!)の関係で本来乗り継げない筈の22:00発のCZ6906便に悠々乗り継げる時間で、出来れば今日のうちにウルムチまで飛んでしまいたいところだったのだが、チェックインカウンター嬢の回答はNO。落花生。のチケットは、日程変更不可なのだという。ちょっと昔は中国なんか、空いてれば乗せてくれたもんだが、変に硬く、というか、キチンとして来ちゃったな。
仕方ないので空港バスで市内に出て、東直門近くの国内チェーンのビジネスホテル泊。

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2010年7月 7日 (水)

期日前投票。

朝出勤前に、不在者投票・・・じゃないな、今は期日前投票というのか、に区役所に行ってきた。
手続自体は極めてスムーズでホンの数分で終わってしまったのだが、こんな朝早くから、立会人も含めて10人ほどの方がこの部屋で待機しておられ、ご苦労なことです。

ところで選挙と言えば、在外公館における投票が実施されるようになって久しく、落花生。も在外に住んでいた頃に在外公館投票をやってみた事があるのだけれど、担当の人が3人、投票期間中(国内の選挙であれば1日だけだけれど、在外選挙は期日前投票と同様に数日の間)投票会場に張り付いていなければいけないわけだ。この選挙のために総務省から出張者が来てやってくれるわけではなく、その公館の館員が交代で担当しているのだそうだが、おかげで通常業務が滞って仕方がないと某大使館勤務の領事担当の方がぼやいていたのを思い出した。
そうだよなあ、大きな大使館であればともかく、小さな総領事館なんか日本人の本官なんか10人もいない、下手すれば5人くらいの館員しかいないところで、日中ずっと3人とられてたらたまんないだろうな。しかも在外公館投票って、登録などの手続きが面倒なせいか、投票率はわずか2~3%に過ぎないという。投票箱の輸送にかかる経費等の費用対効果を考えればなんかとんでもない話なんだけれど、在外公館投票を主張していた方々に言わせれば、「主権者としての国民の権利、プライスレス」な訳で。なかなか簡単に割り切れるもんじゃないんでしょう。

さあ、次回の選挙は在外で投票することになるのかな。

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2010年7月 6日 (火)

パラヒャンガン号の顛末。

 暫く前に、インドネシアのジャカルタ=バンドゥン間を結ぶ「パラヒャンガン号」廃止にかかる話を書きましたところ、ジャカルタ在住の詳しい方・・・というか、以前お会いしたことのある、この業界で仕事をしてらっしゃる在留邦人の方から詳細情報を頂戴しました。転載のご許可を戴いたので、ご紹介させて頂きます。

「今年4月末の有為転変、ご推察の通りです。そもそもパラヒャンガンの乗車率が低いというのことで、4月20日前後にいきなり27日で全列車廃止との報道が流れ、それ以降この国には珍しく、毎日のように主として批判報道がされました。高速道路の開通で苦しいのは皆わかっているのですが、それでも鉄道ロマン論や環境論を持ち出して批判されました。これに反応してか、結果的にはご推察の通り、既存のアルゴグデに2両のビジネス車を増結し、本数も旧グデに加え、旧パラヒャンガンの半数程度を残す形で決着しました。この形に決まったのは、まさに廃止2日前くらいだったと思います。

(中略)

 列車名については、これまでのアルゴクラスの原則に全く反したものですが、PTKAIは意に介していないようです。
 要は、最終決着の形を見ると、単にアルゴグデを廃止し、その代り旧パラヒャンガンの1等料金を値上げした、と言うのが実態です。最初からそのように決めていれば、おそらく批判はほとんど出なかったと思われます。要は2等運賃と言う既得権がなくなることに対する批判が多かった、と言うことでしょう。
細かい話ですが、さすがに1等車はパラヒャンガンに運用されていた青ベースの旧型車ではなく、グデの車両だけが使われています。また、車体に赤のシールで列車名を貼付しています。」

とのこと。この方、インドネシア語が出来るわけではなく、部下のインドネシア人スタッフに、新聞記事を英訳させてるんだそうですが、日本にいては決してわからないような情報にアクセスできるのは、やはり現地在住の強みですね。羨ましいです。
 今後ともどうぞよろしくお願いします。

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2010年7月 4日 (日)

ますます名残り惜しい。。。

明けて日曜。今日は古い街並み好きの落花生。としては外せない、奈良井宿へ。ここは居住者以外の車両は乗り入れ禁止ということで、駅前に停めて歩いての散策。山菜寿司や五平餅などの素朴な郷土料理もおいしく頂き、恐らく最後の長距離ドライブとなる中央道を走って帰京。途中須玉インター付近の事故渋滞といつもの談合坂→小仏間の渋滞に捕まり、約束の時間までにクルマ屋さんに持ち込めず。そうなんです。とうとう訳あってこのクルマを手放すことになっちゃったので、このクルマを譲っていただいたお店に次の嫁入り先を探して貰うことになってるのでした。どなたか、ご関心ありましたらドーゾ。
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美ヶ原高原美術館で。御覧のとおりの霧で何も見えず、写真映えもせず。

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2010年7月 3日 (土)

お名残りドライブその2

先週末に続いてお名残りドライブ第2回。永福から中央道を西に走り、目指すのは松本。クルマ好きの(というか業界勤めの)名古屋からの友人と待ち合わせ、目指したのは美ヶ原高原。最後に落花生。のOctaviaに乗ってみたいというリクエストに応える形で、ちょうど間にあって、走って楽しい道、ということで選んでみたんだけれど、この日はあいにくの霧模様。それでも途中の蕎麦屋で山菜の天ぷら蕎麦を戴き、お約束の美ヶ原高原美術館までドライブ。
夜は(あまり名物がない)松本市内の郷土料理店で、馬刺しづくしの晩御飯。北アルプス方面への入口ということで通過してばかりの街でしたが、来てみればそれなりの発見もあり、また良し。
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馬肉料理づくしの晩御飯。熊本だけじゃないんだね。

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