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2010年10月27日 (水)

体調崩してる場合じゃないです。

どうも昨日あたりから喉が痛い。週末遊び過ぎたわけじゃないんだろうな、まさか。
出張中に体調崩して他の人に仕事を変わって貰うなんて、給料泥棒じゃないんだから、絶対に今は倒れられないぞ。
今日は一日、会議場を視察してロジ室や会議・会合や食事会などを行う各部屋、動線等の確認、他国からの代表団との調整など、やることは一杯ある。取り敢えず昼間は薬を貰いながら頑張って、夜はバタンキュー。とてもブログに書いたりする余裕もないので、この辺りの記事は事後に日程遡りながら書いてます。失礼。
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今回の舞台は、NCCこと、この立派な国家会議場。

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2010年10月23日 (土)

出張中ではありますが。

 出張中ではあるのですが、週末、ベトナム政府や関連機関も動かないので、この時点ではやる仕事なし、というご指示を戴いた結果、半日のお休みをいただいてしまった。
 さてどうするかな。せっかくなので、市内ロンビエン駅から去るGWにも乗った09:35発の快速列車で東のハイフォンまで行き、街をうろついて、ちょっとしたビーチでお昼ご飯に海鮮を食べて帰ってきた。海鮮ヌードルを頼んだのだが、ベトナム語と英語のメニューがちょっとずれていて、別のボロネーズ風の餡のかかった麺が出てきてしまったので「僕は海鮮を食べたいんだ、ここはそれが売りの店だろ?」って文句を言ったら、「わかった」といって一旦その麺を下げてしまった。「作り直してくれるのかな?」と思ったら、出て来たのは同じような見た目。「?」 店員は具を指して、「これとこれとこれ、海鮮」! 同じソースに、そのまま海鮮の具を入れて炒め直したのか!(笑) 食材を無駄にせず、客の要望に応えようとするその努力に敬意を表して、ここは良しとする。

 帰路はちょうどいい時間帯に列車がなかったので、バスでハノイに戻り、タイ湖畔の元上司A星さんのマンションで他の出張者と一緒に晩御飯をご馳走になる。が、そのあと、韓国在勤の長いこの方、最近アジア進出の著しい韓国アイドルグループ、少女時代だのWondergirlsだののVCDを次々ご披露いただくことと相成りました。気づくと部屋にはポスターなど貼られてたりして、かなりハマっておられるご様子。「部下は薄々感づいてるみたい」との事ですが、東京のご家族はご存知なのかな?
 ホテルの部屋に戻っても「Nobody nobody but you♪」のメロディーが頭から離れなくなってしまいました。。。
 ともあれ、まあ、今日は代休いただくわけにはいかないな。

 

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2010年10月21日 (木)

出張なんです。

せっかくクルマが来て、ようやくあちこち自由に行って回れるぞ♪と思った瞬間、出張に出ることになった。行き先はベトナムのハノイ。大規模な行事が続くということで、所謂応援出張という奴。来年は同じ会議がインドネシアでやるらしいので、下見も兼ねて行ってらっしゃい、と上司から言われ、今日は朝4時アパート発。乗るのは朝06:15発のSQ951便。シンガポールではおよそ1時間ほどの待ち合わせでSQ176便に乗り継ぎ、朝が早かったのでうとうとする間にあっという間にハノイ着。ついこの間GWに来たばっかりだったのにねえ。

午後は仕事の準備という感じで終わり、夜は事務所近くのベトナム料理店で夕食。さあこれから10日ほど、忙しくなるぞぉ。

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2010年10月17日 (日)

今度は大火事だそうです。

つい先日大きな列車衝突事故が1日に2件も発生したインドネシア鉄道PT.Kereta Api、今度は大火事のニュースです。去る11日(月)未明、ジャカルタとスマトラへの玄関口となるメラクとを結ぶ路線にある西ジャワ州ランカスビトゥン(Rangkasbitung)駅構内に設置された車庫で火災が発生、同線で運用されているおよそ20両の客車が全半焼するという事件が発生。その後の報道を見ていると、スリ犯が指名手配されているようで(報道はイニシャル)、どうやら放火の線が濃厚な模様。これによってただでさえ混雑の激しいこの路線の状態が更に悪化するのではないかと懸念されます。

で、週末の今日、部屋の片づけにも疲れたので、暫く前にスルポン(Serpong)からパルンパンジャン(ParungPanjang)まで電化区間が延びたのに未乗だったのと合わせ、ちょっと覗いてくることにしました。

市内西部のタナ・アバン駅から乗り込んだ、13:12発1日1本のパルンパンジャン行きEkonomi-AC、今日は「快速三鷹」行きのメトロ5000系での運用(Rp5,000)。スルポンまでで皆降りると思いきや、半分以上の客が約1時間の終点パルンパンジャンまで乗り通し。複線化工事も進捗中で、完成の折にはここまで本数増が達成されるのでしょう。
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かつて毎日お世話になっていた東西線5000系(パルンパンジャンにて)

この駅では、電車の写真を撮っている鉄っちゃん少年たちが数名、この「外国人」に思い切って声をかけてきた少年としばし交流(笑)の後、30分後のMerak行き全車Ekonomiの快速Banten Ekspres(Rp4,000)に乗り継いでほぼ1時間、15:43にランカスビトゥン到着。
駅の隣に広がる車庫には、激しく焼けただれた客車が十数台、一部は青いビニールがかけられ、警察のテープで統制されていたが、結構携帯カメラで写真をとっている物見高い人々も筆者を含め数名。若干不謹慎ですな、お互い。
犯人が早く捕まることを祈りますが、ともかく、人的被害がなかったのはヤレヤレでした。Rbbakarp1140245
駅構内には焼けただれた客車がそのまま。

ランカスビトゥンからは、上りの普通列車が荷物車まで大混雑していたのに嫌気がさし、オジェックで連れて行って貰った国道沿いからPrimajasaのEkonomi ACバス(Rp18,000)でしたが、高速に乗る前の一般道が舗装工事だらけでノロノロ運転、西ジャカルタのクボン・ジュルック迄3時間もかかってしまいました。これなら廉価な列車が競争力を持ってるわけですね。

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車内も御覧のとおり。。。

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2010年10月16日 (土)

夜の通勤電車。

このところコタで軽く飲んだり食べたりして、電車で帰宅するというパターンが2,3回あったのだけれど、この間のボゴール行き終電1本前、コタ21:30発の438列車(この日は都営6000系)は立客も結構おり、つり革に気だるそうに掴まって携帯プレーヤーで音楽を聴く若いサラリーマンなど殆ど日本と同じような風景が広がっている。

この列車、東京の通勤電車と少し違うのは、始発のコタ駅だけではなく途中のサワブサールやジュアンダ、ゴンダンディアといった各駅でもそれなりの人が次々乗って来ること、そして(この線は途中駅が対向式ホームの駅が多く殆ど右側のドアだけが開くため)左側のドアの前に一人のサラリーマンが読んでいた新聞を敷いて座り込んでしまった。そして自然ともう一枚の新聞を連れでもない別の男性に勧め、二人で座り込んで残りの新聞を一緒に読みだし、話が弾んでいるようだ。関西あたりの一杯飲み屋ではあるのかもしれないが(偏見)東京の通勤電車ではまず考えられない風景だな。

ところでこの時間帯の列車、コタ発は20:45のボゴール行きEkonomiのあとは21:00AC急行、21;14Ekonomi-AC、21:30Ekonomi-AC、22:00中央線周りベカシ行きEkonomi-AC、22:35最終ボゴール行きEkonomi-ACとなっており、殆どがエアコン付きの、Kereta Rakyat即ち“民衆列車”であるNon-ACに比べて料金の高い列車となってます。例えば我が家最寄りのチキニ~コタ間でEkonomiだとRp1,000なのに対しEkonomi-ACだとRp5,500もします。が、ジャカルタのベッドタウン的存在のパサールミング、デポック、ボジョングデといったあたりまでタクシーで帰るととんでもない料金になるんだろうし、ボゴールまで普通列車で1時間半なところをバスで行ったら何時間かかるか判らず、料金もこの電車の料金よりは高くなってしまうだろう。だからホントはEkonomiに乗りたいお客さんもこの時間帯は仕方なくEkonomi-ACに乗ってるのかもね。そうか、この時間帯のAC列車、日本で言うところの「深夜バス」的存在なのかもしれない。そうしてACの列車の時間帯をどんどん増やして行って、自然にNon-ACのEkonomi列車を淘汰して、いつの間にか完全冷房化と料金の値上げを達成する訳か。なるほどx2。

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2010年10月15日 (金)

クルマ買いました!

ジャカルタに引っ越してきてもう既に2カ月、着任して最初の週末から中古車探しを始めていたのだけれど、どうも高いのとタマ数が少なくて苦労し続けてきた。落花生。としての希望は「四駆」「3列シート」「ガソリン車」と、これだけ。日本だったら幾らでも選択肢があるし、数年落ちであれば結構値段だってこなれている筈。
なのにここジャカルタで相当苦労したのは、税制の関係か、四輪駆動車自体が非常に少ないということ。街中には四輪駆動車スタイルのRVがたくさん走っているのだけれど、実はその殆どが二輪駆動なんです。例えば、日本では四駆が当たり前の日産テラノ、スズキエスクードあたりも当地では二駆のみ。日本では四駆モデルも販売されている日産エクストレイル、ホンダCR-V、トヨタ・ラッシュ、フォード・エスケープなども当地では二駆モデルしかない。四駆に拘ってみると、フォード・エベレストとシボレー・キャプティバ(韓国GM大宇製)なんだけど、こちらはディーゼルしかない。
で、値段も相当高く、トヨタ・プラドや三菱パジェロの新車など、一種の並行輸入的扱いなこともあり、日本円で800万円ほどといった、とても個人では手が出ないお値段になってしまってます。で、仕方ないので、中古車を探してたわけなのですが、それでも相当苦労し、当初予算を40万円近くオーバーする羽目になってしまいました。4年落ち23,000kmの中古車でこれなんだから、ホントに困ります。

そんな訳で、今日お金を銀行振り込みで支払い、クルマ自体はやってきました。今は登録諸手続き待ち。御覧のとおりナンバーはチルボン登録の「E」で(ジャカルタは「B」)、登録しなおさなきゃならないのですが、暫く時間がかかるようで、また今週後半から月末まで海外出張の予定があることもあり、実際に乗り出せるのは11月になってからかな。今は蛇の生殺し状態で、我慢ガマン。因みにこのクルマ、旧ナンバーが「E 1 DE」と、所謂“Nomor Cantik”です。結構大金払って“買っている”番号ですね。どんな人が乗ってたんだか。
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で、買ったのはこのクルマ。なんだかわかりますか? 正解者の中から1名様に素敵なプレゼントを(笑)

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2010年10月 9日 (土)

中古車探し、続く。

今日は最後に一つ残った問題の、クルマを探しに朝から市内を歩き回ってきました。

着いてすぐの週末にも回った、市内北東部クラパ・ガディンの中古車屋が集まっている辺りと、以前も訪問したトヨタ・アストラ系列の中古車販売チャネル「mobil88」の本店事務所、そしてクマヨラン飛行場跡地のこちらも中古車屋とアフターパーツ屋の集まっている一角でネットで見つけた1台をチェック。それから、今度はコタ駅からトランスジャカルタに乗ってブロックM迄ジャカルタを縦断し、更にタクシーに乗り継いで南のシマトゥパンという所、外環高速沿いのmobil88のチランダック支店に、本店のコンピュータで「昨日1台入荷した」という1台の中古車を見に。

こちらのお店、着いてびっくりまるで日本のバイパス沿いの中古車屋さんのような綺麗な内外装と広い屋外の在庫展示場。中古車屋さんなんて市内北部の個人営業のような小さな在庫も10台もないようなお店ばっかり見て来て、これがインドネシア標準かと思い込んでいたので、若干のカルチャーショック。こうやって徐々に近代化していくんですねえ。
こちらはネットで調べた“相場”より若干高めで、調べて貰ったクルマも落花生。が狙っていたよりも年式が若干新しいこともあって更に予算オーバーで、しかも話を聞いてみると、販売したクルマに保証は付けないというけれど、トヨタ合弁のアストラの子会社ということで買取り後・転売前のメンテナンスには信用できそう。初めて異国で中古車を買う訳でもあり、これにしてみるかなあ。ちょっと考えてみます。
それでも当地でクルマを買う時の書類等の説明をして貰い、取り敢えず数日内に返事をするということにして来ました。

夜は市内の日本料理店を貸し切って行われた、在留邦人の集まりに顔を出して名刺配り。+食べ残しを箱詰めして貰い、明日の朝ご飯。。。 (^・^)

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2010年10月 8日 (金)

ちょっとは考えましょう。

ジャカルタに引っ越してきて一ヵ月半、生活の立ち上げはほぼ完了したかな。

今日は、東京でインドネシア語を勉強していた学校で一緒のクラスにいた、社団法人勤めの方がジャカルタ出張ということで、夜仕事が終わった後ちょっと軽く飲むことにし、21時前頃に日航ホテルで落ち合い、トランスジャカルタのバスでコタのバタビア・カフェへ移動。話しているうちに、22:35発がここから我が家への終電で…なんて話に反応され、そのままコタ駅からボゴール行きの最終、ekonomiAC即ち日本の中古電車なんですが、今日は東急8000系、東横線時代の行先表示も残った列車で帰宅しました。ひとつ気になったのは、列車の窓が悉く銀色のフィルムが張られ、これは投石された時の飛散防止と、冷房効率の向上の二つの意味合いがあるんでしょうが、外が全く見えず、他方で車内アナウンスもないので、いつ自宅近くの駅に着くかがよくわからないというのがちょっと問題だな。

そうそう、今日は不動産屋さんから借りた本棚が昼間届いたのだけれど、出勤して不在のうちに部屋に届けられていたのが一つ問題で、夜家に帰ってみたら、居間の部屋の電気のスイッチの前にデーンと置かれており、部屋の電気がつけられない状態...ちょっと考えれば判りそうなものだけど・・・(-_-#)
申し訳ないんだけれど、おたくの会社のスタッフ、間抜けって言わせてくれる?とSMSを送って、仕方ないのでそのまま寝てしまうことにする。なんだかアフリカ時代の七転八倒日記に近いものがあるなぁ。

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2010年10月 3日 (日)

日本のお祭り。

今日は第2回「JAK-JAPAN祭り」と称する、所謂在外でよくあるジャパン・ウィークの最終日クロージング・イベントとして、市内中心部のモナス(Monument Nasional)広場でのお祭りの日。会場には市内の日本料理店や日本企業、その他多くのお店が屋台料理やで店を出し、中央部の舞台ではよさこいソーラン等各種の踊りやジャカルタの伝統芸能、太鼓の演奏、御神輿、偶々来訪中の海上自衛隊練習艦隊の演奏、最後は盆踊りや花火まで用意されるという、なかなかなイベント。ホンの1カ月ほど前に当地に着任したばかりの落花生。も、前任がやっていた仕事を引き継ぐ形で実行委員のメンバーに入り(基本的に皆本職あってのボランティア)、今日は事務所の同僚や現地スタッフにもボランティアで参加して貰い、お手伝い。

それはそれで学園祭みたいでとても楽しいんだけれど、今日はお天気が全く良くなかった。朝から雲が多く、風も強い。昨日の夕方には準備した一部テントが飛ばされる騒ぎもあったらしい。案の定開会あいさつは降り出した強い雨のおかげで1時間半ほど遅れ、それでも一部の行事はどんどん進み、市民の観客も大勢入場してくる。よさこいソーランの日イ混成グループなど、強い雨で泥だらけ・・・というか、最早池になった会場で泥まみれになって踊り騒ぎ、それなりに楽しんでいたのだが、夕方からは更に強くなった雨のおかげで、盆踊りのやぐらの廻りの電気が漏電して危険、ということで、暗くなってきた18時過ぎ、とうとうイベントは打ち切りになってしまった。それでも最後20時半頃まで屋台の食べ物屋さんは大いに賑わい、花火も打ち上がって、一応恰好はついたって言えるのかな。

笑っちゃうのは、雨乞いならぬ晴れを祈って祈祷師を頼んだらしい。特にインドネシア人スタッフからの強い要望だったそうだ。家を建てるときの地鎮祭みたいなものかな。結構なお金を払うらしいのだが、なんでも出来高払いだそうで、今日のように大雨になっちゃった以上は、絶対に支払わなくていいんだろうな。

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コスプレも現れるなど大賑わいの、雨が降り出す直前の会場。

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2010年10月 2日 (土)

列車衝突事故発生だそうです。

 今朝未明、中部ジャワ州Pemalang市内Petarukan駅で列車の追突事故が発生した模様。
 各紙報道を取り纏めれば、今朝3時頃、ジャカルタ・Pasar senen発Semarang Tawang行2等急行Senja Utama Semarang号124列車が、通過退避中に、後続のジャカルタ・Gambir発Surabaya・PasarTuri行1等特急Argo Bromo Anggrek号4列車に追突され、現在まで死者34名が確認され、更に大勢が破損した車内に閉じ込められている由。
 事故の原因は調査中の由なるも、駅の100m程前に停車していたSenja Utamaに本線上で追突したとの情報もあり、信号関係(見落としも含め)であることは間違いないのだろうが、ネット記事をみると、潰れたSenja Utama側の車輛のみならず、大きく傾いて脱線したArgo Bromo側の下膨れの車輛も映し出されており、相当なスピードで追突したことがうかがわれる。・・・と一瞬思ったが、待てよ、アルゴアングレックは最近下膨れの新型客車の調子が悪く、一般のアルゴ客車での運行の筈だ。昔の事故の写真を使った記事だな、これは。よく見ないと。
 TV報道では、確かに最近の波型デザインの灰色2トーン色に塗られた一等AC客車列車が別の列車に追突しており、こちらではアルゴ側の客車は無事なようで、Senja Utama側の後部車両4両が脱線、ウチ2両が破壊されている、などと言っている。
 ともかく、そのSenja Utama Semarangだが、Pemalang発は、定刻だと00:46なので、相当ダイヤが乱れていたのかもしれない。

 インドネシアはその発達具合に比して鉄道事故の発生は極めて多く、昨年8月の電鉄線ボゴール駅近くで近郊電車が追突した事故では、旧都営6000系も大きく破損したので、日本の鉄道ファンに知られることとなりましたが、これに限らず毎年数件の大きな事故が発生しています。実際、同じ頃、ソロ市内Purwosari駅でも別の列車衝突事故が発生し1名が死亡したとの報道もあり。
 日本政府は円借款で複線化などの事業を支援しているが、ジャカルタ近郊Jabotabekの電鉄線ですらATSといった安全装置が不備というから、この面での安全対策強化が不可欠なところです。
 なお、この事故の影響で本日はジャワ島北本線は不通となっている模様で、朝からアパートの窓下を通る優等列車のダイヤは滅茶苦茶になってしまっています。

 また、邦人の乗客の有無についてはジャカルタ総領事館で確認中の由ですが、Argo Bromo Anggrekはジャカルタ=スラバヤ間を結ぶ花形列車なので、乗っていても不思議じゃないですね。

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2010年10月 1日 (金)

引越荷物到着。

今日ようやく東京から送った船便の荷物が届くというので、午後休をとってアパートに戻る。今日から契約を開始したお手伝いさんも一緒だ。

日本からインドネシアまでの船便自体はほんの数日で着くのだけれど、問題は通関で、これが待たされたりハラスメントにあったりとなかなか評判が悪いようだ。今回も8月中旬に日本から発送し、9月頭には到着していたのだけれど、ラマダン期間→レバラン連休ということで、1カ月半もかかってしまったわけなのだけれど、以前の日記にも書いたとおり、アパートの方の入居前の改修工事が遅れに遅れてこれも先週末ようやく入居できたばかりで、あまり早く荷物の通関が終わってしまっていたら、今度は保管料を払って荷物を保管しておいて貰わなければならないところだったので、これはぎりぎりセーフというところ。インドネシアに引っ越してくるのであれば、この時期は避けるのが望ましいわけですね、可能ならば。

で、着いた荷物ですが、壊されたりしなかったのはいいのだけれど、レンタル家具の本棚がまだ届いていないので、本なんかは結局出せないまま。それでも服や靴、食器なんかは取り出して、ようやく少しこの街の住人らしい生活が出来るようになったかな。
さああとはクルマだ。

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