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2012年2月29日 (水)

護衛艦入ってきました。

今日は夕方早めに仕事を切り上げ・・・ってこれもまた仕事ではあるんですが、市内北東にあるタンジュン・プリオク港へ向かいます。昨日から自衛隊の練習艦隊の3隻の護衛艦が入港しており、今日はインドネシア政府・国軍関係者や、駐在各国外交団の武官等の関係者を招いての艦上レセプションが開催されるというので、現地職員数名と共にお手伝いに行くというわけでして。
そういえば昨日今日と、市内のモールには白い制服を着た海自の皆さんが買い出しや息抜きに励んでる姿を見かけたなぁ。

貨物船ターミナルなんて、もう1年以上前か、青年の船の「ふじ丸」が入港して在留邦人等に対してオープン・シップをやっていた時以来だな。
その筋の方々の中には、日本からの中古電車が船で運ばれて来る時に港まで荷降ろしを見に行った強者達も居るいるようだけれど。

さて今回の船は「はまぎり」「あさゆき」「さわゆき」の3隻で、何れも3千tクラスの、それほど大きな船ではありません。通常練習艦隊というと、「かしま」という、レセプションにも対応し易い構造の船(練習艦という別の艦種になっているそうです)が旗艦になっており、そこで行うのが通常なのですが、今回は通常型の護衛艦ということで、後部のヘリコプター格納庫と離発着甲板を用いての、少し窮屈なスペースでのレセプションでした。

来客は、各国外交団の武官もともかく、国軍関係者の幹部、特に☆マーク付きのクルマで乗り付けてくる将官クラスの到着の際には、海自側もともかく、支援でやってきているインドネシア国軍関係者の対応が全く違って極めてキビキビしているんですね。なんだ出来るんじゃないか、っていったら怒られるかな。ちなみに、「☆」一つで准将、「☆☆」で少将だとか。このクラスだと立派な黒塗りのセダンがあてがわれてました。

なお、今日は水曜日だったので、レセプションのメニューには、残念ながら毎週金曜日恒例の「海軍カレー」はなかったようです... 残念!
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護衛艦「はまぎり」で今日はレセプション。外国では立派な軍艦扱いです。

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2012年2月25日 (土)

震災復興レセプションにて。AKBキター! 

昨年3月11日の東日本大震災から間もなく1年。震災直後から世界の色々な国から大きな支援を戴いたいたということで、これに謝意を表し、復興へ向けて動きつつある日本をアピールするためのイベントが世界各国で開かれています。

ここジャカルタでも昨晩、市内のKempinskiホテルで同様のレセプションが開催され、落花生。も裏方として参加していたのですが、今回は明日から開催される日本ポップカルチャー・フェスティバルの宣伝も兼ねてか、AKB48の海外初の姉妹グループとして昨年誕生した「JKT48」が登場し、応援メッセージを伝えるとともに、2曲披露して行きました。まだAKBのインドネシア語吹き替え曲のCDは販売されてないけど、ポカリスエットのCMに出演するなど、沢山の韓流アイドルが席巻する中、徐々に知名度も増しつつある模様。
これに加えて今回のサプライズ・ゲストとして、本体のAKB48から高橋みなみ、指原莉乃、宮澤佐江の3人が参加し、謝意メッセージを伝えていっていました。被災地を廻って応援コンサートを随分やったりしていたそうなので、あながちレセプションの主旨にそぐわないというわけでもないんでしょう。

そんな中、一つ感心したのは、一つ感心したのは、3人のうちの一人の宮澤佐江が、JKT48のインドネシア人のメンバーたちと積極的にコミュニケーションをとろうとしてたこと。
インドネシア語はおろか、そんなに英語が出来るとも思えないのに(芸能人をバカにしてる??)、また、"私は一流芸能人なのよ"的な見下した感がなく、とても好感が持てました♪ 

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2012年2月22日 (水)

そういえば一時帰国でした。

そうそう、インドネシアに来てからもう1年半。ウチの職場では、先進国では3年、途上国では1年半に一度、費用職場持ちで一時帰国できることになってます。で、上司と同僚と調整した結果、3月の10日から帰ってくることにしました。
今回は実家で色々しなきゃならないことあるし、持病の定期検査もあるし、日本海やきたぐにや十鉄や長電河東線やらあさぎりやら色々行かなきゃならんとこもあるし・・・いやいや日本海やきたぐにはもう絶対に無理だな。ってそういうことぢゃないな。

そんなわけで、今日無事にE-ticketの写しを受け取り、追悼一色であろう11日の朝、全日空の直行便で成田に着く予定です。今回は冬服持ってた方がいいな…あぁ、持ってきてない...どうしよう・・・ (^へ^;;

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2012年2月19日 (日)

温泉三昧、いや六味でした。

今朝は少し早起き、職場の同僚T中さんと、シンガポールから来訪のI関さんを空港でピックアップし、豪雨のJagorawi高速をボゴールへ向けて走る。「僕は晴男だから」などという戯言を聞き流しながらボゴールが近づき、サラック山が見えてくる頃になっても雨は全くやむ気配がなかったのだが、高速を降り、一般道を西へ向けて走るうちに段々雨が弱まりだした。あれ、ホントに晴れ男??
今日の目的地は、マレーシアの温泉をあちこち回っているI関さんの希望で、ジャカルタのタウン誌(?)「南極星」のバックナンバーを手にこのボゴール近郊の温泉巡り。
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チガメア温泉郷。浴衣と下駄で歩ける温泉旅館街が欲しい雰囲気だなぁ。

まず最初は、このサラック山麓のグヌン・サラック国立公園の中にあるチガメア(Cigamea)。クルマはアンコッがすれ違えるくらいの道幅の道を次第に標高を上げ、国立公園の入口で入園料を支払い、案内看板に従って右折、数kmで最初の目的地チガメア温泉(?)に到着。Villa Michaelなるリゾートホテルとの位置関係、この「南極星」の地図、ちょっと間違ってるね。
ここから暫く谷へ歩いて降りて行くと、川沿いに「温泉郷」とでも呼びたくなるような小さな集落が現れた。何人か声をかけてくる客引きは、休憩部屋を提供するもので、近所の屋台から食事をとって、一日ノンビリ過ごすところらしい。
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メインは温水プール的。背中側には小さな個室湯、下の方には打たせ湯と足湯。

温泉といっても、ここインドネシアでは温泉旅館・大浴場がある訳ではなく、温水プールとその脇にある小さな個室浴場がメイン。料金を払ってその両方を試してみる。ちょっとぬるいけど、いい湯です。
これまで世界10カ国、日本も含めて850湯を試したI関さんによれば、味わってみたところ、炭酸泉だとの由。その後打たせ湯と、最後に足湯(ここが一番温度は良かったかな)に浸かり、次へ向けて移動。

二湯目は、国立公園内を抜け、東側に出て道路標識もなく判りにくい道を30分ほど走ったところにあるタリ・コロット村の温泉。西から向かうと全く見過ごしてしまうのだけれど、東から来ると小さな「air panas」の看板が道端に立っている。雨上がりの泥だらけの田んぼの中のあぜ道を下り、そこからまた徒歩で坂を下りて行くと、20人ほどの地元のお兄ちゃん・オバちゃんたちが楽しむ野湯がありました。
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田んぼの中の野湯、Tari Kolotにて同僚T中さんと。ちょっと行きづらい場所にあります。

田んぼの中のコンクリートで造られた湯船は、一見濁っているように見えるが、入ってみると中々よい感じ。底から湯が湧いているので飲んでみることは出来ないけれど、さっきのチガメアとはこんなに近いのに泉質が全く違うように感じる。
入口のところの売店からはインスタント麺や飲み物を湯船まで運んで来てくれるので、ここも食べたり飲んだりしながら、ノンビリする事が出来ます。なにより、野趣溢れる感がいいですねえ。
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カワ・メラの源泉。周囲は真っ赤、相当熱いです。

さて、今度は一旦大渋滞のボゴール市内を抜け、高速に乗って北へ少し、Sentul Selatan (City)インターで降り、以前も来た事のあるグヌン・パンチャールのギリ・ティルタ温泉へ移動。ここには、この外国人向けリゾートの他にも幾つかあるというので、落花生。的にはこっちが楽しみ。
取り敢えずはギリ・ティルタの貸切露天風呂の東屋で3湯目と遅いお昼ご飯の後、今度はその少し山の上にあるカワ・メラ(赤湯)。急坂を登り、市内から来る際に「左ギリ・ティルタ」と書いてある道をそのまま真っ直ぐ行ったところに1台分の駐車スペースがあります。
こちらは道端の池に相当熱い源泉が湧いており、池の周囲の岩や土は赤く変色している。竹製の囲いで囲われた、既に数人の先客でかなり一杯の湯船(勿論水着混浴です)に混ぜて貰うと、今日の4湯の中では泉質が最もマイルドで肌に合う感じ。ちょっと狭いのが残念だなあ。折角崖に面しているんだから、広い眺望の開けた露天にすればもっと楽しめるんだけどなあ。
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カワ・メラの共同浴場は大混雑。湯は一番肌に合う感じでした。

「もう行くの?もっとゆっくりしていけばいいのに」という声を後に、今日の5湯目は、先程のギリ・ティルタ温泉の上の、恐らくホテルの敷地内にあるカワ・ヒタム(黒湯)。お湯としてはホテルのものと同じなんだろうけれど、こちらは広い水着混浴の露天風呂。

なんとなく義務感が漂い始めた6湯目は、市内方向に少し戻って再度看板に従って左折した先にある、今日6湯の中では最も賑わっているカワ・ミネラル。沢山の売店や休憩所案内人の呼び掛けを振り切って、また温水プールで最後のひと浴び。片隅にはドクター・フィッシュと称して日本でもよくある足の角質を小魚に食べさせている所があったり、休憩所では沢山の家族連れがわいわいと楽しんでいたり、もっとも普通のインドネシア人の温泉の楽しみ方が垣間見られるところでした。

あー疲れた。ジャカルタ戻ったらSPAでも行くかな(笑)
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ミネラルの湯の共同浴場。この頃には、そろそろ湯あたりした感が・・・

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2012年2月11日 (土)

学園祭行ってみました。

今日は朝ポンドクインダー病院行った後、Darma Persada大学の学園祭に行ってみることに。
この大学は、元日本留学生(の成功者)がファンドして作られたという歴史があるそうで、工学部や経営学部を抱える今も日本文学科の学生が約半数を占めている。昨日金曜日に仕事で出掛けた際にお会いした先生方から「明日は学園祭だから」って誘われたので覗いてみたのでした。

そんな経緯もあり、学生も日本贔屓が多いわけで、入口には赤く塗られた鳥居風の門が建てられ期待は高まるのだが、中は日本料理…というかたこ焼きやお好み焼き、カレーやどら焼きなどの日本風の屋台が並び、他のも漫画、アニメや芸能人のキャラクターグッズを売る店(一部韓流スターも混じっていたのはご愛敬)、仮設ステージではバンドの演奏など。ところが日本の学園祭では通常ある文化系サークルの展示や実演などは余りなく、唯一体育館で日本語スピーチコンテストをやっていたのがそれっぽいくらい。日本以上に「お祭り」感が強く、文化行事的な色合いは薄いか。
会場で出会った大使館の文化担当官に聞いてみると、それでも少し前にはお茶や着物の着付けの実演なんかもやっていた由で、まあそれは見てみたかったかな。そんな訳で、ちょっと久々に学生気分を味わった一時でした。

一つだけ言わせて頂くと、出店の看板なんかが、全部業者作成のコンピュータ印刷のバナーになっていたのは、少しでも自分達で頑張って経費を浮かすべき学生の立場としては如何なものか。テントもそうだ。学生だったら廃材貰ってきて自分で組み立ててペンキ塗って看板作ってナンボだろうに… 
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食べ物屋が並ぶ光景はどこの国も変わりませんねぇ。みんな楽しそうでした。

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2012年2月 4日 (土)

ポンドク・チャベ空港って知ってますか。

随分以前に書いたハリム空港に続き、ジャカルタのマイナー空港の2回目です。
今日は土曜日なんだけど、ジャカルタ市内南西部、ポンドクインダー病院まで行った帰り、まだ10時半ということで直ぐに帰っても仕方がないので、ちょっと足を延ばしてみることにしました。
外環高速を越えて、MRT(都市高速鉄道)1号線の終点となる予定地のレバック・ブルスを過ぎて南下、渋滞の中を暫く行った右手に突然空港の敷地は現れました。一旦滑走路の南側廻って敷地内に入ろうとすると、軍用空港でもあることから当然セキュリティで止められて「何処へ行くんだ」「いや、Pelita Airのオフィスへ・・・モゴモゴ」」等と言っているうちにアッサリ通してくれました。
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エプロンには各社の古い機体が放ったらかし…。いや、整備を待つ現役機か?

ここポンドク・チャベ空港(IATAコードはPCB)、2,000m程の滑走路を持ち、報道によれば一時期、LCC用の首都圏第三空港として整備するという計画もあったそうです(資金不足でその後頓挫したそう)。
早速Pelita Airの事務所・・・出発ターミナルのチェックインカウンター(が存在する!)の脇にある事務所を訪ねてみると、現在残念ながら定期便はおろか、当てにしていた同社の定期チャーター便もこの空港は現在使用しておらず全てハリム発着、この空港は回転翼機(ヘリ)のチャーターの発着のみで、あとは固定翼機はメンテナンスの時に飛んでくるだけなのだそう。そういえば、エプロンには古いB737が何機もストアされているし、ハンガーの中には同社のF100も見えるなぁ。
チャーターが必要なら何時でも来てね、と、どうみても客にならなさそうな突然の外国人の来客の相手をしてくれ、飲み物まで出してくれたPelita Airのパイロットさん、ありがとうございました。それでも、カリマンタン島に飛んでいる一部定期チャーター便は、空席を一般向けにも販売する便がある、と判ったのは収穫でしたか。
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チャーター・ヘリ用だけにしては随分立派な出発ターミナル。

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2012年2月 2日 (木)

Cepu森林鉄道の蒸機チャーター。

今日の目的は、以前にも来たことのあるここCepuの森林局ことPerum Perhutaniの、元の森林鉄道のSLチャーター。昨年夏の東ジャワのサトウキビ畑で再会した、ここCepuを中心に外国人鉄向けのガイド業をやっているSさんが、「今日チャーターあるよ、話しつけてあるから乗せて貰えるよ」という甘い囁きのSMSを送って来たのに飛びついたのでした。幸いにも木曜日だけど有給も頂け、今日この8時過ぎにCepuの森林局にやって来たのでした。
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給水を受け、出発を待つB号機。

5年前と殆ど変らないこの森林局の車庫ですが、今日は既に1台の蒸機・・・1928年Berliner Maschinenbau(ベルリン機械製造会社:)製のE型「B」号機が給水待機中。
運転関係や警備関係の皆さんと話をするうちに賄いの朝御飯(ピーナツソースをかけたご飯と揚げテンペ)をいただくうちに、今日のメインのお客さん、UGMことジョグジャのガジャマダ大学の学生さん御一行が1台の観光バスで現れた。今日はこの人たちのチャーターに便乗させて貰うわけです。
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撮影名所の鉄橋を通過中。ちょっと曇っちゃったのが残念。。。

9時頃に出発する往路はチムニーファーストということなので、SさんのDaihatsu Xeniaで先回りし、総延長30km弱と結構な距離・・・この森林鉄道は最盛期には300km程の路線網を擁していたというので、残っているのはホンの僅かなんですが、片道2時間以上かかるし、保存鉄道としては結構な距離です~4カ所ほどで撮影させて貰い、途中1980年代まで営業していたという国鉄PT.KAI線の廃線跡とクロスする部分も見ることが出来、流石は欧米鉄の撮影旅行のアレンジに手慣れているプロの手腕の恩恵にあずかることが出来ました。
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鬱蒼とした森を抜け、終点「Gubug Payung」到着。

最後終点に到着する列車を待ちうけ、UGMの学生さんたちと一緒に写真撮ったり暫しの交流の後、学生さんたちはバスで次の目的に向かうというので、帰路のテンダーファーストの区間は、たった一人での貸切状態。大変贅沢な2時間ほどの汽車旅を楽しませて貰いました。
ちなみにこの列車、往復5時間程のチャーターはRp13,000,000というから約13万円。客車は3両あるし、貨車も連結可能。途中撮影ポイントでの一時停車も可能だそうです。いつものアンバラワのラックレールみたいな目玉はないけど、こちらも結構イケてます。
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UGMの学生さんたちと。女子大生に囲まれて機嫌よさげだなぁ。。。

帰りはちょうど良い時間に列車がないので、東の隣町、Bojonegoro迄Sさんに送って貰い、バスでスラバヤに出て、最終のLion Airで帰って来ました。この便も、空いていたためか税込32万ルピアと大変お安かったです♪ 夜のLion Airなんて遅延が当たり前だと思ってたけど、例の罰金省令以来改善されたのか、僅か15分の遅れで無事にジャカルタに帰ってこれたし、非常口座席貰えたし。
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現在残る、チャーター可能な森林鉄道の路線図。

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2012年2月 1日 (水)

平日の夜行列車で。

今日はちょっと早めに19時前に仕事を終えて事務所を出て、Gambir駅に直行。
乗るのは19:26発の36列車Sembrani号スラバヤ行き。切符は暫く前に買っておいたのだけれど、「Promo」とやらで、定価Rp31万のところがRp10万と格安。なんでも、車輛の隅っこの出入口近くの居住性のよくない座席を席数限定で安売りしているそうで、一時期電車のボディにも宣伝のステッカーを貼っていたっけ。

そんな訳でギリギリで飛び乗ったんで、晩御飯は車内で売りに来たステーキ定食Rp40,000。始発から既にほぼ満席の列車はおよそ15分程の遅れで発車。前回のでもう判っているので、最初に勧められたカプチーノ(サービスかと思ったら有料だった)はご遠慮申し上げて、料理だけ戴きました。
1日有給を頂いている明日の目的地Cepu到着は早朝4時過ぎ。久々の夜行列車、寝台車が欲しいところだ。さあ寝られるかな。
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Sembrani号の、これは食堂車。最近はこんなサボがつくようになりました。

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