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2012年3月31日 (土)

強風運転抑止ー!!

休暇もそろそろ終わり。今日は四半世紀来の友人で今やライターとなったK原君が 国鉄・JR前線を完乗するというので立ち会い、なんて十何年ぶりだろう、常陸太田まで出掛けることにした。

週末の茨城県は、「ときわ路パス」なる割引きっぷがあるので、取手で一度下りて買いなおして行くのが安上がりなんだけれど、 このところ毎晩飲んでてチョイと寝過ごし、どうも時間どおりにいけなさそうになってしまったので、仕方ないので上野駅から 朝9時発の「新型」スーパーひたち11号に飛び乗った、のが結果的に大正解。 この列車、友部の手前あたりで若干徐行したものの、無事に数分の遅れで水戸着。 ところがこの列車、この先の勝田駅との間の中川を渡る鉄橋がこの日関東地方を襲った強風のために運転抑止となり、 その影響で後続の常磐線下り、上りの列車、水戸線の列車も全て各駅で抑止となり、 K原君の完乗列車に繋がる水郡線825Dの水戸発11:14までに友人達が皆辿り着けない羽目になってしまった。
仕方がないのでK原君は完乗列車を一時間後の931Dに変更し上菅谷で友人等を待つことにしたが、 それでも追加参加出来たのは、水戸市内赤塚駅から水戸まで市内バスで移動した2名のみ、更に数名の友人等は 相変わらず各駅で足止めされてしまっているため、もう諦めて931Dで常陸太田に向かうことに。 ところがこれからがまた一難。額田駅を出た列車は 突然大きな音を立てて急停止。何かと思えば、強風の影響で線路上を塞いだ 倒木を巻き込んでしまったようで、その場で運転停止。保線区から鋸を持った運転職員が来るまでの間、およそ50分間足止め されてしまう羽目に。お陰で、この後郡山経由で十和田観光電鉄の最終に向かおうとしていた同行者の方など、実際辿り着けたのかどうか。 普段より雨男として名高いK原君の面目躍如といったところか。

 その後水戸に戻り、遅れてきた数名と落ち合った後、予定のあった落花生。は常磐道高速バスで、他の大勢は青春18きっぷなど で帰京の途についたのだが、これがまた土浦や牛久あたりで飛んできたビニールが架線に引っ掛かったとかで運転抑止だとか、 もう皆さんくたくたになっておられたようで、何故か殆ど影響を受けず、楽しめた当方といっては罰が当たるか。 時ならぬ春の嵐に巻き込まれた年度末の一日でした。。。
Toubokup1170462
倒木を巻き込んじゃって、あぁ困ったなぁ…


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2012年3月11日 (日)

東京寒いねー。

成田着、3℃。もう春、桜の開花宣言始まる頃かと思いきや、今年の春の訪れはずいぶん遅いようですね。
今日はあの3月11日からちょうど丸一年。総武快速=中央線と乗り継いで実家に帰ってみると、TVは当然のことながら追悼番組ばかり。ジャカルタでは一周年のレセプションを終えて今回一時帰国な訳ですが、当然被災地ではまだ何も終わってないわけで、復興も何もまだまだこれからな訳です。
原発の再稼働や瓦礫の処理などで世論は分かれているいるようで、また趣味的には、被災地域のローカル線鉄道の再開にあたり、バス化の話もあるようで、こちらも(並べて書くような話じゃないですが)落ち着きません。
今の立場では、なにか直接貢献できるような立場にはありませんが、先ずは体調管理に努め、与えられた仕事にきちんと取り組んでいくことでしょうか。
そんな3月11日でした。
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NH938便、成田到着前の朝食。最近は和食ばっかりだな。。。

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2012年3月10日 (土)

さあ一時帰国です。

そんな訳で、今日から一時帰国です。昨日は業務最終日ということもあってバタバタでしたが、まあ取り敢えず切り上げ、帰りに市内のスーパーでお土産など買い込み、帰って来てから荷造り。といっても日本に戻るだけなので、着替えとお土産を詰め込むだけですが。
これまでの一時帰国は、日数も短く毎日飲んでばっかりだったのですが、今回は3週間ということで、多少の余裕あり。持病の検査加えて、もう色々ガタが来ている体の精密検査、父親と九州の実家近くのお寺に行ったりもしないといけないかもしれないので、まあそれなりに忙しいかもしれませんが。

フライトは今晩のNH938便。往路はいいのですが、全日空は帰りが朝9時過ぎと早いのがちょっと難点。運行開始した時は、成田の枠が取れ次第、もっといい時間の出発になるという話だったんですがね。。。

それでは行って参ります~ (^-^)/

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2012年3月 5日 (月)

キャンパスにて。

最近広報文化の仕事も兼務するようになってから大学を訪問する機会が増えました。今日は南のDepokにあるインドネシア大学(UI)で、一緒に行く同僚M村さんは自宅が市内南西方で遠く、事務所のクルマで二人を迎えに来て貰うと片方は随分早起きしなきゃならない。ので、電車で先回りしてUIの駅前でピックアップして貰うことに。
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今日の電車はバティック柄デザインの東葉高速1000系。@Universitas Indonesia駅にて。

アパートを出てチキニ駅へ向かったのは8時頃。こんな平日の朝の電車に乗るの初めてかなあ。切符を買ってホームへ上がると、ちょうどBogor行きのCommuter(ACつき)が入線して来たので飛び乗る。対向の上りは皆混んでて、特にAC無しのEkonomiは屋根上にも結構な乗りだが、下りのこの列車は1両に10人くらいの乗り。今日の電車は元東西線の東葉高速1000系で、東京では通勤に使ってたヤツだ。途中で上りのDC快速列車(Sukabumiからの直通だな)とすれ違い、検札を受けるとまもなく緑の中のUniversitas Indonesia駅到着。Cikiniから25分くらいか。
黄色のスクールバス(ホントにBis Keningと呼ばれているらしい。)を何台か見送りつつ30分ほど待つうち、漸くM村さんを乗せた事務所のイノーバ到着。結構渋滞してたらしい。やっぱり混雑時は電車だね(笑)
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インドネシア大学のスクールバス「Bis Kuning」。立派なエアコン付きで、元留学生はびっくり。

ともあれ、恥ずかしながらインドネシア大学のキャンパスに入るのは初めて。人文学部長室での会議の後、日本研究センターに移動して図書館と講堂、ゲストハウスを見せて貰うが、ゴルフ場のような緑豊かなキャンパスにはびっくり。広い池まである。この大学に今日本人は約50人ほど留学しているが、韓国人や中国人は更に多い由。勢いの違いを感じるなあ。日本に関心を持っている学生はまだまだ多いものの、この日本研究センターも。あまり予算も潤沢ではないようで、他方で大使館や国際交流基金 などからの支援も容易には得られない様子。学生達の関心も、今後韓中に流れていってしまうのかなあ。日本留学組で日本語を流暢に話す先生方と話しながら、あらためて我が国の文化外交の先細り感を感じました。
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緑豊かなインドネシア大学のキャンパス。いいなぁ、大学生活。

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2012年3月 3日 (土)

情報が足りないんです。

最近同僚や在留邦人の友人とコタで中華の夕食を食べることが多いのだが、ある週末も夕食の後、友人と別れコタ発最終22:35(この日は車両故障・修理の為25分ほど遅れたのだが)のボゴール行きコミューター(AC付普通列車)に乗り、自宅最寄りのCikini駅に帰って来た。
今日は西欧人の若者連れも乗っており、都市交通らしい雰囲気の東急電車、最近更新された前面方向幕には、先般なくなった筈の「Ekspres」表示が中途半端に出されていたが、新たに急行表示を作ったってことは、また急行運転が再開される可能性があるのかな?
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今日の最終電車の車内。コタ駅出発時はちょうど座席が埋まる程度の乗りでした。

それはさておき、そう言えば今度朝から仕事でインドネシア大学に行く用事があり、事務所のクルマで乗り付けてくる同僚にUniversitas Indonesia駅でピックアップして貰うことにして、ちょうどいい電車を調べようと思って、改札口脇の時刻表の前に立った。
最終で降りた客が改札に向かわないので、不審に思ったか駅員が近付いてきて、「何処に行くのですか、今日はもう電車はないですよ」と問うので、「いや、来週U.I.に08:45迄に着きたいのだけれど、何時発のに乗ったらいいかと思って見ているのですよ」と答えると、「この時刻表はもう時間が変わっていますよ」との答え。なんだとー。こないだ12月頭にダイヤ改正して、もう変わってるの?? いや、だったら、新しい時刻表を掲示しないと意味ないじゃないの。新しいの作るのにお金がかかるってんけど、だったら少なくとも「この時刻表は古いです。最新の時刻は駅員にお尋ねください」位はせめて書いておかないといけないんじゃないですか?
「いやBapakの仰るとおりです。上に伝えておきます」と逆切れもせず丁寧に答える駅員の態度はいいのですが、当地は一事が万事こんな感じです。

ともかく旅客に対する情報がまったく十分でない。外国人も多数利用する、「Busway」こと「Trans Jakarta」、日本式にいえば基幹バス、所謂BRT、既に10路線ほどに拡大し、フィーダーバスも3路線走っているのだけれど、最近は例えば1号線Blok MからKotaに向かう奴が途中で5号線Ancolに行ってみたり、6号線を北上して来たバスが1号線に入ってHarmoniに向かう、なんて変則運転が多々ある。そういう情報が各駅に貼ってある路線図やその他案内等により、一切乗客に伝えられていないのが問題なのです。
先日も、Manga Duaモールの前から南に向かう5号線に乗ったら、乗換駅のPasar Senenを通過されてしまい、仕方ないので次の駅で降りて逆向きに乗ったら、今度は再度Pasar Senenを通過するばかりかその後突然左折してJuandaを経由してHarmoniまで行ってしまった。文句を言うと、「Harmoniで乗り換えて行けばよい」との返事。いやそうじゃなくて、何十分無駄にしたと思ってるんだ。 そういう運行ルートのクルマだということをバスの前面や乗降口(駅は新交通システムのようにガラス張りの壁で覆われており、バスが着いてホームドアが開くまで、前面に掲示された看板などよく見えない)に示してほしいし、出来れば各駅には「今度のバスは○○行き」位の表示が欲しい。そんな機械すぐ壊れちゃうよ、というのなら(ここではよくある話)、せめて各駅には、そのような運行路線があるということは路線図に書き込んで欲しい。最初のバスで通過したことに文句を言ったら、「前面に「PGC」って書いてある」と答えるのだが、「PGC」行き、だから何?PGC行きはPasar Senenに停車しないという情報はどこで乗客に伝えられているの? 普段毎日乗ってる人は知ってのかもしれないけれど、案内情報ってのは、普段乗らない人に対してこそ必要なんじゃないの?
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Trans Jakarta2号線(右)と4号線(左)のバス。前部に案内板を出しても、密閉式のホームからは読めない。

別の日には、目的の駅が(乗降客が少ないため)夜22時で閉鎖となっているらしく、突然通過されて困った。車掌に文句を言ったが、「折り返しで戻れ」などといい加減なことをのたまうので(だって、駅が閉鎖されてるのに?)ちょっと喧嘩する羽目になった。その路線の駅には、「○○駅は22時まで停車」位の情報は掲示しておくのが当然じゃないかね。

一般のバス路線に至っては、系統番号が車体に表示されていても、そのバスがどういうルートを走っているものなのかという情報が、バス停にも車内にも一切ない。前面には番号と行先(一部経由地も)が書いてある車両もあるけど、ゆっくり見て確認しようとする間もなく走りさってしまう。きっとこのジャカルタでどういうバスルートが存在しているのか、網羅的に把握している人って、いないんだろうね。自分の目的地に、どうやってどこで乗り換えれば行けるのか、どうやって調べれば良いのか。

こういう類の文句はどこに行ってやればいいのでしょう。運輸通信省か、国鉄PT.KAIかジャカルタ特別州政府か。

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ようやく最近、フィーダー・バスウェイのポスターを貼りだしたみたいだ。

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