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2012年6月29日 (金)

送別ご飯の一つにて。

今日は、旧知の国鉄PT.KAI職員のRさんが当方の離任前にご飯を食べましょう、ということで、ガンビル駅で待ち合わせ、チキニのジャカルタ最古の日本料理屋「菊川」で晩御飯。

初めて会った当時、Bogorの電車区に勤めており、以前JICA研修で多度津工場にて研修を受けたことがあり、自分の子供にも「のぞみ」「ひかり」と名付けてしまったという親日派の彼は、落花生。的には、以前夜学に通いながら論文を書いているとき、ManggalaiのBalai Yasa(鉄道工場)に入る許可を取得して貰い、アンケート調査を行う手伝いをして貰ったという経験がある。
その後ソロの気動車運行に携わったのち、現在は空港鉄道を運行するRaiLink社に出向し、メダン空港鉄道のプロジェクトに取り組んでいるという。ダンのクアラ・ナム空港と言えば、取り付け道路に係る用地問題から開港が遅れに遅れていたというが、空港鉄道が出来るとは知らなかった。なんでも、メダンから南東ティビンティンギ方向にすこし走った、アラスカボ駅から、5.8kmの新線を建設し、11月の開業当初はメダンからは当初1時間、その後は45分間隔で朝の4時から夜の23時半まで接続列車を走らせる計画だそうで、車両は日本からの中古と、一部はPT.KAIからの借り入れの気動車で運行するのだとか。
インドネシアは多数の電車を中古で買い入れているが、気動車というのは例がない筈。今回実現するには、ミャンマーやフィリピンといった、中古車市場での競争相手と競い合わなければならないが、さてどうなるかな。

あと、空港鉄道と言えば、ジャカルタのスカルノ=ハッタ空港鉄道。ちょっと前にタンゲラン線の複線化の話を書きましたが、現在最も現実的な案として挙がっているのは、やはりこの複線化タンゲラン線を最大限活用し、Batu Ceper駅から分岐し、Tanah Tinggi、タンゲラン市街地北方から北上し、西側から空港に入っていくコースだとか。ここだと軍用地を多く通れるので、用地取得上の困難が比較的少ない由。中央政府が打ち上げている、PluitからPantai Kapuk(現在の空港高速道路沿い)に完全な新線を引くのはやはり費用面で現実的ではなく、他方でPorisから北上するのも用地取得が問題になっているんだとか。
そんな話を色々と聞かせて戴きました。

まあ、落花生。もまだこれからも暫くインドネシア国内にはいるので、色々お互いにお世話になったりすることもあるでしょう。もし時間があったら自宅にもおいで、と招待されてしまいました。時間取れるといいな。

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久々のRさんと情報交換しながら晩御飯。これからも宜しくね。

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2012年6月26日 (火)

大人の社会科見学@Depok電車区

今日は朝から半日休をとって、同僚とプロジェクト関係者の方と、Depokの電車庫へ。
え、プロジェクト?総務担当のくせに??

そうなんです。もう経協案件なんて6年近くご無沙汰な訳なんですが、以前円借款・JBIC関係の仕事をしていた身としては、以前完成前に一度訪問したことのある、円借款案件DepokのDepoの完成後についてはとーっても気になっていたわけで、これまで2度ほどアポなし突撃して敢え無く撃沈していたのが、今回ようやく正式にお願いして、他の同僚の視察と併せて実現したのでした。
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検収棟の中で点検を待つ東急8500系KCJ車「JALITA」と、少し色合いの変わった東葉1000系。

で、このデポック車両基地のプロジェクト、案内して戴いた商社の方に戴いた説明資料等によれば、総面積は約26ha、1998年の円借款案件として2002年に入札が始まってから6年越しの2008年に完成、供用が開始されている、JABOTABEK電鉄圏で最大の車両基地。288両の車両を収容可能で、通常のルーティーンの車両検査や小改造工事もやってのける。
先ずは管理事務所建物の屋上から車庫全体を俯瞰した後、簡単なブリーフィングと質疑応答。その後車庫建屋内に移り、清掃車線から点検エリア、整備・改造エリアのある車輛検収棟内を見学。中では東急8500系列や、東葉高速1000系列の車輛が改造や修理の真っ最中。先方からは、投石による車体の傷や窓の破損に対する諦めの声が聞かれる一方、日本語で車体に書かれている過去の研修記録の意味を尋ねられたり。
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隣のエリアでは東急8500系PT.KAI車がお色直しの真っ最中。

その後、留置線の北側にある信号所に移動、16本の電留線のポイント操作を見せて貰い、最後は電留線に入れて頂き、朝ラッシュが終わって次々戻って来る列車や、テロ対策訓練の為に一部破壊された古いHolec車輛(この後KRDE・・・電気式ディーゼル列車に改造予定の由。)を見せて貰ったり、とても楽しい時間を過ごさせていただきました。
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テロ対策訓練で無残に破壊された(車内もボロボロ)Holec車。

しかし出来たばかりのこの電車区をもってしても、急速な車両の増加計画ペースでは既にほぼキャパシティいっぱいになりつつあり、更なる西側への拡張が計画されていること、あとは古い抵抗制御のEkonomi電車(70年代後半~2000年頃までの間に主に円借款で導入)を廃止し、全てAC付き(日本からの中古電車及びその他INKA製の国産車輛)とすること、(但し従来のEkonomi乗客をどうするかという問題については結論が出ていない由)等の説明を受け、本日の見学会は無事終了。

一同大満足で市内に戻りましたとさ。イヤぁ、タモリ倶楽部にも来て貰いたいとこですなぁ~。
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広大な車庫はその殆どを日本からの中古電車が占める。ワクワクする風景です(笑)

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2012年6月24日 (日)

鉄橋と民俗村と温泉と・・・♪

今日は任期末を見据え、ジャカルタ近郊で行ってみたかったところを纏めて訪問してみることにし、ちょっと早起きしてクルマをバンドゥン方面の高速へと走らせた。
いつもはバンドゥンの手前で下りて市内に入っていくので、市街地南方をグルっと回って終点迄は初走り。その後それなりに交通量が多くて混雑している国道を東へ向かい、最初の目的地は中部ジャワ州もほど近い、Tasikmalayaを過ぎてCiamisの手前。何故こんな所で?という三差路を右折し、この辺はまともな地図なんかないんでGoogleMapを頼りに田舎道を下って少しクネクネと走ったところに今日最初の目的地、Cirahong橋はありました。この橋、オランダ時代の1893年に建設された120年の歴史のある産業遺産的存在の鉄道橋。
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上下二段構造のCirahong橋を通過する、遅れの急行Lodaya号。

これまで立ち寄ってきたバンドゥン手前の幾つかの橋とはデザインがまるで異なり、極めて骨太な作り。セメントで固められた足は、1934年の補修なのかな。
この橋がインドネシア唯一を誇るその構造、上を単線の鉄道、下はクルマやバイクなどが通る上下2段の構造になっている点。単線なので下の道路部分もそれほど幅広いわけではなく、勿論片側交互通行。橋の袂には例によって地元のお兄ちゃんがたむろして,交通整理がてら小銭を徴収している。

列車は15時くらいまでないというので、流石にそれまでは待つ気はないが、この橋を眺めるためなのか、丁度いい位置に小綺麗なレストランがあったので、もう13時過ぎといい時間なので鶏肉の定食メニューを頼んで、東屋でのんびりとお昼ご飯・・・を食べていると、突然汽笛一声、列車が現れて橋を渡りだした。
これはソロ発バンドゥン行きの1,2等急行74列車Lodaya号らしい。カメラを持って東屋から飛び出してその姿を一枚。期待してなかっただけに嬉しいサプライズで、間違った情報もまたこれ良いもんだ。
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Cirahong橋の一階部分はこんな感じで対面通行。路面は木製。重量制限も何も書いてないけど大丈夫かな?

その後、Tasikmalayaの市内を抜けて西方へ向かい、目指したのは「Kampung Naga」という民俗村、とでも呼べばいいだろうか。電気やガスなどの現代文明を拒否して生活している人達が居る部落があるということで、ちょっと聞くにジャワ島西部のバドゥイに近いものがあるけれど、そこのように何時間も山道を歩かなければ行けないようなところではないようだ。
道端の駐車スペースにクルマを停め、地元の若者をガイド(観光地ではないので、ガイドなしでは余所者は入村を許されていない由)につけ、400数十段の階段を下って村に向かう。
現在113の家があり、108世帯300数十人が暮らすというこのカンプン・ナガ村、電気は緊急無線用のバッテリーのみ。家も外からの材料やペンキなどは一切使わず、自給自足に近い形で生活しているという。コメや野菜、肉や魚は自給。現金収入は、このガイドや工芸品の販売により、最低限の油(政府から補助金を貰っている由)などを購入しているとか。
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ちょっと逆光だけど、カンプン・ナガ村。白壁と茅葺き屋根がちょっと白川郷を連想?

ガイドの青年の家に案内して貰い、キッチンというか蒸し竈のある調理場や、伝統楽器を見せていただき、段々夕暮れが近づき幾つかの家の煙突から炊事の煙が上りだしたのを頃合いにおいとまさせて戴く。草木や竹の繊維を組んだものに石灰を使って白壁を作り、屋根は茅葺きという、一瞬奥飛騨の白川郷をも彷彿とさせるようなこの小集落、学校というか集会所でイスラム講話を聞く少年達の後ろの方では携帯を熱心に弄ってる子がいたり、子供達はサッカーボールで走り回るなど、現代文明を完全に拒絶しているとは言い難いけれど、それはまたそれで人間味溢れる。雰囲気はとってものんびりしていて素敵なこの村、ジャカルタから頑張って日帰りで訪れるにはとってもいい感じのところでした。最後にガイド料相当のお気持ちを渡してお別れ。

最後、帰り道の途中、Garutの街ではもうすっかり日も暮れてしまったけれど、1983年に廃線になったCibatu~Cikajang間路線のガルット駅跡に立ち寄った後、チパナス温泉郷のKampung Sumber Alam ホテルで晩ご飯と一浴び。日帰り入浴一人20,000ルピアのお風呂部屋はインドネシア水準では極めて綺麗で、更にホテルのジュニアスイート以上の各室には専用の露天風呂(ジャグジーつき)が完備され、4人で泊まれば週末価格でRp.200万だから一人50万Rp程。日曜だというのに満室だったので、とても人気のホテルの模様。是非どなたかお泊まりをお試し下さい♪
夕食後、夜の高速を飛ばし、12時半頃帰京。あー疲れたけど充実した一日でした。
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往路、前回列車が走っているのを眺められなかったCikubang橋でちょっと待って一枚。

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2012年6月20日 (水)

転勤になります。

そんなこんなでジャカルタに赴任してきて間もなく2年、当初赴任前の人事課の話よりはちょっと早い気がするんですが、転勤の辞令を貰いました。なので、今日はちょっといつもより気を引き締めて、スーツで御出勤。
と、別に焦らして書く必要はないんですが、行き先は同じ国内のスラバヤです。別にインドネシア語の専門家でもないのに、珍しい人事ではあるな。AKB48からHKTに異動になった指原莉乃な気分です(意味不明)。

折角だし、もう、先週も乗った「Argo Bromo Anggrek」とか、列車で転勤しちゃおうかな・・・なんて考えが頭をよぎるも、変な前例が出来て後の人の迷惑になっても困るんで、涙をのんでガルーダで飛んでいくことにしようか。
引越自体は来月、7月の末で、これから一ヶ月間は歓送会ラッシュの模様。まだ体調直りきってないけど、まあ何とかなるでしょう。

この時期の転勤で困ることは、新任地でいきなり夏休みの相談するのは気が引けるって事だな。まあ今年はおとなしくしてるかな・・・(それで済むかな・・・(笑))

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2012年6月17日 (日)

みんなでSLチャーター

さあ今朝一はもう一つのメインイベント。6時半過ぎにホテルを出発、4台のクルマに便乗して市街地外れのPerum Perhutaniの車庫へ。
大きな木から木漏れ陽の漏れる、トトロ的雰囲気の車庫では早速本日チャーターする「B」ことBahagia号蒸気機関車が、我々の乗る客車を機関庫から引っ張り出してる真っ最中。
そして入線して来るや、一行一斉に黒光りする機関車を取り囲み、クールな機関士さんを囲んで記念撮影大会。
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トトロの森で、トーマス列車の入線を待ちます。。。

先ずは後ろ向きで走り出し、住宅街から畑の中に抜け出したところで機関車の付け替え・・・なのだが、一旦離れていった機関車がいつまで経っても戻ってこない事件発生。
なんでも1ヶ月以上チャーターランをしていなかったため、ポイントが固まってしまい、切り替わらなくなった模様。土を掘り草を除け、固まっているポイントをハンマーで叩いて漸くポイントを転換。20分は軽くロスしたか。それでも入替運転の最中、先週のTasikmaduに続き、機関車の加減弁やホイッスルを弄らせて貰い、ちょっとした機関士気分を味わわせて戴く。

で、機関車を付け替えてスイッチバックの後、今度はスムーズにポイントも切り替わり、貯木場を抜け、3両の客車を連ねた列車は順調に走り出した。途中何回か停車する度に、一行は機関室に乗せて貰ったり、直ぐ後ろの燃料(木片)・貯水車に乗って風を切って走ったり。こういうのは日本や先進国ではあり得ない融通の利き方なんだよなぁ。。。
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草むした線路を掻き分け、SL列車は走る♪

途中、元の給水塔があったあたりで一回フォトランパスの真似事をしてみたりしてたとこまでは調子が良かったんだけど、その後が徐々に調子が悪くなってきた。
どうやら、随分長い間走らせてなかったことから、路盤上に雑草が生い茂り、それを車輪が巻き込んで空転してしまい、さっぱり前に進まないのだ。頑張って走ろうとするのだけれど、ホントに歩くスピードも出せないような状況。一行はこれ幸いと列車から飛び降りて機関車の前に回って走行(?)写真を撮ってたりするのだけれど、そのうち蒸気圧が切れてしまい釜焚きのために一休み・・・を3回ほど繰り返し、一度は停まった場所が小学校の前だったので、一行は生徒達との触れ合いモードに転換。低学年の子供達は、まだ学校で習っていないためインドネシア語を殆ど話せず、現地語オンリーのようだったけど、それもちょっと驚きだね。
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小学校で、地元の子供たちと。そこの君、その指サインはやめようね。

そんなこんなで随分苦労してだましだまし進んでは来たものの、国道とクロスする数百m前の地点で、とうとう水がなくなり、これ以上進めなくなってしまった。仕方ない。終点の駅前に廻していたクルマを国道まで呼び寄せ、本日のチャーターランはここでおしまい。この先に鉄橋など幾つかの撮影ポイントがあり、撮り鉄の皆さんだったらキレるところだけれど、今日は落花生。を含めて皆一般人なので、まあ4時間近くも乗ったし、まあ十分満足かな、という雰囲気になってヤレヤレです。
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チェプー林鉄の路線図を作ってみました。追加掲載しておきますね。

そして後ろ髪を引かれつつ、4台のクルマでチェプー森林鉄道を後にし出発、美しい棚田を眺めながらソロ東方、ラウ山麓のチャンディ・スクーへ移動。以前ジョグジャの旅行会社のアレンジで製糖工場を回った際についてくれた運転手アグス君に偶然再開するというサプライズがあったりしつつ、一行は普通は個人ではちょっと行きにくい、マヤ文明的なこのお寺の夕暮れ時を楽しみ、最後カランガンヤールのPG.Tasikmaduにちょっとだけ立ち寄り(SLは今日は故障とのことで、小型のDLだけが動いていました)、ソロ空港から先週と同じく、40分ほど遅れたGA227で帰京。今日も満席で、一行の中でも一人だけ、遅れて申し込んだために切符が取れなかったT橋君は仕方なくBatavia Airで帰京。こちらは2時間半遅れだったとか。
ああ楽しかった。ジャカルタでの最後の徒花でしたが、皆さんとっても楽しんでくれて何よりでした。
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ちょっとマヤ・アステカ文明的なチャンディ・スクー。男女混淆のレリーフで有名ですね。

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2012年6月16日 (土)

貸切列車で行こう!

さあ今日はこの2年間のジャカルタ生活の集大成(笑)。去年の春にも某政府系援助機関Jの専門家のUさんと一緒に計画だけ立てておきながら、突然のクライストチャーチ出張が入ってしまったお陰で参加出来なかった、貸切車両「Kereta Wisata Nusantara」の旅の日です。
知り合いの在留邦人の友達に声をかけたら、あっという間に19人の枠が埋まってしまい、嬉しい悲鳴。皆さん「鉄道には別に興味はない」といいつつも、結構こういうイベントがあると鉄分が身体を駆け巡ったりするのかな。
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Gambir駅で出発を待つ、Kereta Wisata Nusantara号客車。最後尾の荷物車(左)が無粋だ・・・

今日の列車は、Gambir駅朝09:30発の特急「Argo Bromo Anggrek」号スラバヤ・パサールトゥリ行き。目的地は例のCepuで、この列車は本来通過する駅。なんだけれど、2ヶ月くらい前にこの特別車両を運営している「PT. Kereta Pariwisata」の事務所を訪ねて話をしてみると、PT.KAI本社と協議を経て、特別に停車してくれる!なんて融通の効き方。
他方で全く融通が利かなかったのが、車両の連結位置。この特別車両は、300KVA以上の発電機を積んだ編成であればどの列車にでも連結してくれるんだけれど、他の2種類の特別車両「Bali」「Toraja」と異なり、展望室がついている。ので、当然最後尾に連結して欲しいわけだ。なのだけれど、2010年10月のプタルカン、昨年2月のバンジャールにおける列車追突事故以降、優等旅客列車の最後尾車両には客を乗せてはならないという内規が出来て、これがまだ有効で、数次に亘り交渉を重ねたんだけれど、結局不許可とのこと。こっちは自己責任で保険かけてるんだから構わないだろう、ってやりあったんだけれど、変なところは固いなあ。

その料金、通常通過駅なんで設定はないんだけれど、スマラン(16.5Juta)よりは高く、とスラバヤと同額の21Jutaルピア(約20万円)。19人で割れば、まあそんなもんかな。食事とコーヒーなどのソフトドリンク、おやつがついてきます。
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早速車内で盛り上がる一行。クラシックな内装の車内、サービスも良く、快適です。

一行はGambir駅に集合、特別待合室に入ったあたりから皆さんアドレナリン出まくり。ホームから車両に乗り込んだ時点でもうちょっと振り切っちゃった状態。期待を遙かに上回るとの賞賛で、誉め殺され状態でこんなに喜んでくれたらアレンジした甲斐があるってもんだ。
この特別車両「Nusantara」号、元は1967ドイツ製、内装はインドネシア製の(先方説明ママ)、大統領巡察車としても使われていたとのこと。車番は以前の「I-67501」からいつの間にか新番号規則に則って「S10-6701」に変更になってるみたい。車内はゆったりとしたソファーと、バーカウンター展望室は残念ながら後ろに無粋な荷物車が連結されて展望は開けず、代わりに昼食のブッフェがセットされて、
更にはシャワーつきのトイレと、ダブルベッドの寝室が1室。かつては大統領も身体を休めたであろうこの寝台で、一行は代わる代わる寝心地を楽しみ、途中停車のチレボン、ペカロンガン,スマランでは暫く車外に出る気分転換もあり、また最前部の電源車の中を見せて貰ったりと、約8時間の車中(少し遅延して8時間半ほどかかったけれど)はあっという間でした。(鉄分の薄い人も含めて)一行大満足。

Cepu駅には以前から煙鉄の現場で会っている現地ガイドのSisworo氏アレンジのホテルのクルマでGrand Mega Resort & Spaなるホテルにチェックイン。こんな観光地でもない街に、ちょっと綺麗なリゾート風のホテルがあって、一行またまた嬉しい驚き。
さあ、明日はもう一つのイベントがあるんだよー。
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6時間走り、夕暮れのスマラン・タワン駅へ。チェンドラワシ(極楽鳥)とバティック柄のデザインが素敵♪



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2012年6月10日 (日)

ソロでお勉強(趣味の話ですが)。

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ホテルの裏口を出ると、直ぐにバティック屋さんが並ぶエリア。中々良い立地♪

今日はソロ最終日。この数日、何をしてるのか説明してなかったな。
今回は、APHTRO・・・Asia Pacific Heritage and Tourist Rail Organization なる、保存・観光鉄道愛好家の方々の年次総会?へのお誘いを受けて、オブザーバーとして参加して来たんでした。一行は金曜日にはアンバラワでSLをチャーターして、昨日は↓こんな感じ。でもこちらはあくまでサイドイベントで、本来は今日がメイン。ホテルの中にスペースを作って貰い、パソコンとプロジェクターを設置。朝から日英台尼ヨルダンからの出席者、に加えて残念ながら欠席なるもフィリピン、NZ、インド等各国・地域の保存鉄道などに関するプレゼンを聞くことが出来ました。なかでも、インドネシア国鉄PT.KAIの駅舎レストアの話もともかく、ヨルダンからのトルコとメッカを結ぶhijaz鉄道跡と残存区間、設備や機関車を世界遺産に登録したいという意気込みある話はとっても面白かったですねー。こういう事を手弁当で海外まで出掛けてやってる人たちが大勢いるんですねえ。
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真剣な眼差しでプレゼンに聞き入る参加者。久々の英語の会議だ(笑)

夜のGA227で帰京。40分以上遅れ、その上沖止めで、20時には着く筈が、やっと来たバスも第1ターミナルをまた回ったりして、空港を出たのは21:20を回ってました…
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満席のGA227で帰京。来週も同じ便に乗るんだよな~。

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2012年6月 9日 (土)

併用軌道のSL! Jaladara Train

ソロ2日目の今日は早起き。7時に一行はホテルを出て、Purwosari駅へ移動。
今日のお目当ては… jaladara trainという名の貸切列車。手元の辞書には載ってないけど、どういう意味なんだろう。2009年から運転を開始した、このC.1218号蒸気機関車と古い客車を使った観光列車、定期運行をしてるって話も見聞きしたんだけれど、いざ行こうとして調べるとガセだったりして、これまで乗る機会がなかった。ソロ市内を走る併用軌道自体は、この支線の終点Wonogiriまでのローカル列車に乗ったことはあるんだけれど、こちらはその後"レールバス"が導入されたという話はあったものの、全線に亘ってその後運転休止になってるらしい。そんな、車両の都合で運転したり休止したりしてたら、旅客は離れていっちゃうでしょうに…。
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途中で小休止したりしながら、併用軌道をノンビリ走ります。。。

それはさておき、古い客車2両を連ね、汽笛一声列車は出発。本線からゆっくりと右へ分離し、暫くの後汽笛を激しく鳴らしながら併用軌道区間へ。道端には随分多くの交通整理人が出て行き交う車を止めている。そのまま暫く行くと、前後に運輸省の制服を着たバイクも走ってる。暫くこの区間を列車が通ってないと云う事情もあるけど、なんだかVIP扱いだぁ。
追い抜いていく車やバイクから写真を撮る人たちもおり、我々も一度道端で列車を止めて写真撮影大会。そうこうするうちに40分ほどで無事にSolo kota駅到着。距離としてはホンの数km、これを往復するだけでチャーター料6jutaってのは高い気もするけど、これだけ沢山の人が働いてることを考えると、仕方ないのかな。帰路はKaumanバティック村の入口で30分ほど散策時間をとって、結局2時間半ほどで戻ってこれました。
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幼稚園児を満載したソロのもう一つの名物、ダブルデッカーとも顔合わせ。

お次は、ミニバンでKaranganyarのPG.Tasikmaduへ移動。今回の御一行の目的は「保存」と「観光」鉄道だそうなので、工場隣接の遊園地側の遊覧列車をお楽しみに。幼稚園児と一緒の工場一周でしたが、ほどよく整備された蒸機牽引のローリー改造客車で、一同ご満足の模様。
で園内の食堂で魚料理の昼食の後、隣のサトウキビ搬入用のヤードに移動したら、今回はとんだおまけが。今日は「キューロク」こと6号機はお休み中だったんだけど、稼働中の5号機、一行のリーダーの日本人が機関士にお捻りを握らせて、この蒸気機関車を運転させて貰うことに成功。構内のヤードから表に出るまでホンの200mほどの往復だったけど、はじめての体験で大興奮スカリ(w ブレーキがついていないので惰性で止めるしかなく、逆に弁を開けるとすぐ加速してしまい、結構難しい…
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おっかなびっくりSL運転中・・・ @PG.Tasikmadu.

大満足の一同、帰路は「インドネシア鉄道遺産候補?」の1884年築、Solo Jebres駅を突然訪問、スルタン用の貴賓室を見せて貰ったり。その後2駅だけローカル列車Madiun Jaya Ekonomiに試乗してからホテルに戻りました。
夕食はNovotel近くの「Soga」なる高級インドネシア料理店(といっても千円強)。ホテルに人に念押しして紹介して貰ったのに、今日もビールなし…  
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オランダ時代に建てられたソロ・ジュブレス駅。PT.KAIは古い駅舎の保存には力を入れている模様。

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2012年6月 8日 (金)

ソロの素敵なホテル.

今日は日本出張の代休で午後半日(休)を貰い、来週の団体ツアーの送金をしてから空港へ。昼御飯(と遅れを見越して)有料ラウンジに入り、定刻15:45発のところ30分ほどの遅れでJT538 便は無事にソロへ向けて離陸。Lion Air、遅れ、なんだか最近少なくなってるかな。良い事だ。

ソロ空港からはBatik Transのバスで市内へ(非接触型カードを導入してる!と思いきや、チケットを売った分だけ、カードを投入するのだ、という車掌嬢の話を聞いて、なんだそりゃ。このバスの写真が入ってたんで、一枚売ってよって言ったら、1枚なくすと3万RPの罰金だからダメ~って)。
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中央の建物を取り囲む形で客室が11室、その間には水場とちょっとした飾りもの♪

で、30分ほどで着いたPurwosari駅からベチャに乗り換えて、今晩の宿はRoemahkoe (今のスペルではRumahku:俺ん家の意) Heritage Hotel。その名のとおり、昔のジャワ様式の邸宅を改造して客室数11室のB&Bにしており、雰囲気もそのまま、調度品にも気を使い、部屋は水回りも含めて清潔。これは素晴らしいです。料金はRp.525,000からスイートでも100万少しと、リーズナブルなお値段。お薦めです。
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Solo Batik Transのバス。市内までRp10,000。各停留所はホームか階段付き。

そしてもう一つおまけに素晴らしいのが、このホテルの裏口が、直ぐにバティック屋さん街に繋がってるんです。ソロはバティックの産地としても有名なところ。まあ観光地価格なんですが、今回同行の一人のヨルダン人のおばちゃまなんか喜んでシルクのものも含めて買いまくってたし、チレボンのそれとはまた違ったデザインのものも多く、せっかくなんで当方も10万ルピアほどの生地を1着分買ってみたりしました(喜)。
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↑ ホテル正面入口。普通の民家みたいですよね。
↓ ホテルの中央部分の周りは回廊になっており、こんな感じになってます。
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2012年6月 3日 (日)

タンゲラン線、久々。

今日は夕方の待ち合わせまでちょっと時間があったので、ジャカルタでの残りの任期もあと僅かとなっていることも踏まえ、久しく行っていない近郊路線の一つ、タンゲラン線を訪問してみる事にした。そう言えば、"Ekspres"がなくなり、"Commuter"と"Ekonomi"になってから、初めてだな。
で、自宅の前のCikini駅で、ふと何の気なしに「タンゲランまで一枚」と言ってダメもとで切符を買おうと思ったら、ハイよ、とばかりにCikini-TangerangRp5,500と書かれた切符があっさりと出てきたのには少々驚いた。
インドネシアの列車は打ち切り計算とばかり思っていたら、去年末にJABOTABEK電鉄の運行経路が大幅に変更になり、BekasiやBogorから来てManggaraiから環状線に入るのと中央線をKota方面に行く列車がManggaraiで相互に乗り換えできるように(北近畿Xネットワークの福知山みたいに)なったのだけれど、当然ながら乗り換えても切符は一枚でいいのだろうな、と思っていたら、今回のように、Cikiniから南に下り、Manggaraiで北西方向の環状線に乗り換え、更にDuriでTangerang行きに乗り換えるなんてのが常備券一枚ですんなり出てくるとは思わなかった。
最近は、無札乗車罰金Rp50,000なんてでっかく表示されてるけど、ちゃんと買う方も対応しつつあるんだね。
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女性専用車を先頭にBogor方面から環状線に入る203系。
方向幕はもう殆ど残ってないし、「モハ」等の表記も消されている。

で、やってきたのは以前通勤で毎日使っていた東西線の05系、ManggaraiからはBogorからの203系環状線直通を上手く捕まえ、Duriへ移動。ところが、接続列車はEkonomiのみ、Commuterはまだ1時間待ちとのこと。上級のCommuterの切符を持っていれば、下級のEkonomiに(損した気分ながら)乗れるのは良いけど、Ekonomi同士で接続して行くつもりが、遅れ等で接続せず、Commuterに乗る事になったら、また不正乗車扱いされたりするんだろうな。違う運賃の電車が走ってるのも、なかなか難しいもんだ。

で、先日来た時と同じRheostat更新車、猫バスことJoko Lelonoで、さあどこまで行こうかな。
30分ほどの遅れで市場を掻き分け出発した列車は、スラム化したエリアを抜けてゆっくりと走りだす。線路沿いには元々は複線だった用地が残っている。不思議な事に、Glogol、Kembanganなどこの路線の都心側の幾つかの駅は休止中だ。京急横浜の西の平沼駅跡ばりに使われていないホームが残るのはちょっと萌える(笑)。再開すれば利用客はありそうだが。
ところが、Pesingからは、新たに使用予定のPC枕木が運び込まれ、途中のPoris駅迄は複線化工事が進みつつある由。Bojong Indah駅では、対向線のホームも姿を見せつつある。
Kalideres6000p1020988
夕陽を浴びて都心へ帰る都営6000系の6連(新ロゴマーク付き)。103系4連では輸送力不足か? 右手側では複線化工事進捗中。

Duriを出てから、沿線は市街化されており殆ど緑は見えなかったが、最近一部を残して開通した外環高速とのクロス地点を過ぎると、突然景色が開けた。
唯一の交換駅はRaja Buaya。この日はダイヤ乱れのせいか交換はなし。
結局、帰りはバスでもいいかな、Trans Jakartaの西のターミナルにほど近い、Kalideresで下車。その西方向への中長距離バスターミナル最寄りのカリデレスは、ここも複線化工事中。駅舎外側は商店街と言うか、市場に溶け込んだ状態で、駅舎の全景写真をとる余地なし。しかし、どこも駅前広場がなく、電車と補助交通機関の連携が図られてないのは、鉄道を有効活用していないなあ。。。 ここもOjeck(バイクタクシー)が待つのみだった。
この先、Poris駅の手前で右に空港新線が分岐していく予定(Porisとは、警察とは関係なし。この国では警察はPolisiになります)。そして列車はタンゲラン方面に去っていき、恐らくこれが終点に到着して、替わりに出発して来たものと思われる、折り返しを待った。が、残念ながら、現れたのは都営6000系。この路線には103系の4連が投入されているという話で、こんど7月にはこれ目当て(特に「海浜幕張行き」の方向幕)の友人が来訪予定なのだけれど、何処行っちゃたんだ??

しかしこの路線、毎時1本じゃあ勿体ないね。複線化すればもっと運転本数も増やせる筈だろうから、今後に期待、かな。空港新線にも。Rail Linkなる空港鉄道運営会社も立ち上がったことでもあるし。
Duri7000p1030016
線路上の市場と買い物客を押しのけ、夕暮れのDuri駅に進入するメトロ7000系。
何故か突然次のAngkeで運転打ち切りに・・・。

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