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2012年8月31日 (金)

ブルートレイン、久々!

そんなわけで短い夏休み突入♪
スラバヤ空港からの出発は、Lion Air JT104便。所謂LCCで、飛行機はほぼ全て最新型のB737-900ERなんだけれど、機内は物凄く詰め込んで座席間隔も狭く(脚の短い私が言うのだから間違いなく)、飲物も有料販売だけなんだけれど、最近定時発着率も高まっているようだし、何しろシンガポールなんて国際線といっても短いもの。ましてやたったの税込Rp.650,000のチケットですから。
しかも今日は(頼んでもいないのに)非常口座席の20Fを割り当てられて中々幸先が良い上、ほぼ定時に離陸、到着も定時より数分早い到着。おっと、やるねぇ。
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雨のシンガポールに定時到着。CGK-SIN-SGNなんて国際線もあってスゴく安いらしい。

今日は予定は夕食だけなので、シンガポール地下鉄に東西線の西の果てや環状線・同支線など新しい路線が最近開業しているので義務的作業に従事した上、時間調整してから当地在勤中の古くからの友人M森くんとオーチャードのトンカツ屋で夕食、その後地下鉄とバスを乗り継いで国境を越えて隣国マレーシアのジョホール・バルへ移動。ちょっと話に夢中になり過ぎて出るタイミングが遅くなった上、金曜の夕方ということで国境付近の道は帰宅なのか遊びに行くのか、ともかく大渋滞。
途中でバスから降りて坂道を駆けあがって2回の出入国管理を終え、乗り継ぎのバスがなかなか来なくて焦ったりしながら、結局新しいJBセントラル駅に到着したのは22:17頃。乗るべき列車は22:30発だったから、もうギリギリってタイミングでした。危ない危ない。
その列車ってのは、↓これですねぇ。。。
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A寝台個室なんて、日本でも乗ったことないんですよぉー。。。(^-^) 
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KTMのロゴがおしゃれですね。ちゃんと洗面台の水も出るし、電源も使用可能♪




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一応夏休みです。

なんだか最近遊んでばっかりいるようですが、明日、いや日が変わったから今日から夏休みなんです。
ウチの職場では、7月~9月迄の間に3日間の休みを取れるんですが、今年は引越とかあって今迄全然そんな余裕なかったし、9月に入っちゃうと7日から上司が3週間休暇を取るということで、こちらは事務所に居なくちゃいけない、ということで、唯一取らせて貰えたタイミングがこの週末を挟んだ3日間。

まあレバランの民族大移動の時期は過ぎたんで航空券は安くなってきており、例えば明日朝のスラバヤ→シンガポール間はLion Airでとったら片道税込でRp650,000(5,500円)、帰りのKL→ジャカルタのエアアジアは荷物の追加を別にすれば230リンギット(6,000円)。なんだかもう、安いねえ、この辺の国際線。往路なんかシンガポール手前のバタム島行きの国内線と比べても半額くらいな気がします。
まあそんなわけで、明日からちょいとお出掛けして来ます♪
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Lion Air(SUB-SIN)、Air Asia(KUL-CGK)、Citilink(CGK-SUB)、皆所謂LCCばっかりですね。

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2012年8月30日 (木)

スラバヤのトラム(市内電車)のお話。 その5.

さて一方の非電化路線・有名なスティームトラムの方ですが、鉄道線区間というべきWonokromo-Sepanjang-Krien間は全く未訪ですので取り敢えずおいといて、市内区間を北に向かってみることにします。

Wonokromo駅を出た列車は大きく左折して、スロとボヨ(スラバヤの名前の由来とも言われる、サメとワニ)の像がある動物園の前を通り、Jl.Raya Diponegoro通りを北西に進みます。駅の出口のところで、いきなり排水溝を跨ぐ所に複線分の線路というか、橋桁が残っていて、期待が高まります。
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Wonokromo駅東方で排水溝を跨いでいた線路跡。

この通りが右折してJl.Pasar Kembang通りへ入る三差路のところに現在フライオーバー(高架橋)が建設中なのですが、この工事に先立ち地面の舗装を剥がしたところ、随分沢山の線路が出てきたそうです。少しでもモニュメント的に残してくれれば良いのに、と思うのですが、残念ながら既に工事現場にはまったくそのような気配はないようです。
他方、工事現場の南側、高架橋の立ち上げ部分手前の中間分離帯のところには、水路を跨ぐ形でレールが見えていました。この先南側の緑地帯の中には、まだ実はレール等の遺構が残っているのかもしれません。
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Jl.Diponegoro通り中央分離帯の排水溝部分に複線のレールが顔を出していました。

さてそのJl.Pasar Kembang通りから線路は再度北西に方向を変え、Jl.Raya Arjunoから東西路線と交差していた地点を過ぎ、Jl.Semarang通りをPasar Turi駅方面へ向かうと、通りの西側には簡易商店が並ぶようになります。そしてこの通りから西側のエリアに入って行く道との数か所の三差路部分をよく見ると、やはり予想どおり複線のレールがアスファルトから顔を出しているのが見えました。この簡易商店街は、線路跡地上に建てられたものでした。厳密に・・・と書くまでもなく、恐らくこの土地は国鉄PT.KAIの用地であって、これら商店街は不法占拠なんでしょうね。
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アスファルト舗装から残された線路が見えてます。。。

Pasar Turi駅は、西のスマランから延びてきたNIS、Nederlands-Indische Spoorweg Maatschappij即ち蘭印鉄道会社の駅として開業しています。もうひとつスラバヤ・コタ駅とグブン駅はSSことStaatsspoorwegen即ち国鉄の駅として開業しており、ターミナル駅が分かれているのはそういった理由に基づくものです。
ですが、この両駅は一応単線の鉄道として結ばれている訳で、3駅がスラバヤの中心街を取り囲んでいるわけですから、近郊列車を直通させればもう少し便利になりそうなもんですがね。貨物列車は通っているそうですから。。。
そうそう、そのパサール・トゥリ駅前には、スティーム・トラムで使用されていた機関車B1239号機が綺麗に整備されて静態保存されています。惜しむらくはこの車両と路線の経緯等にかかる説明が何もないってことですかね。

さて5回に亘って続けてきたスラバヤのトラムのお話し、タンジュン・ペラク港付近等まだ未訪ですが、取り敢えず今回で一旦終わりにします。今後また時間を見つけて、資料等調べてみて、また何か判りましたらそのうちに。
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パサール・トゥリ駅前のスティームトラム機関車B1239号機。PT.KAIの新ロゴは余計だと思う。

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2012年8月29日 (水)

スラバヤのトラム(市内電車)のお話。 その4.

さて、南北に市街地を貫く路線に加え、東西に結ぶ路線もありました。
実際にどういった運行系統だったかは知りたいところですが、今日のところは取り敢えず線路跡を辿ってみることにします。
トゥンジュンガンから東に向かう路線は、Balai Pemudaの交差点でWonokromoへ向かう線路を南に分け、そのまま東へ進みます。路線図を見ると、グブン駅の南側、現在のハナマサ・レストランとサヒッドホテルのある交差点から、ごく短い路線が北側のグブン駅前に乗り入れる一方、メインの路線はJl.Raya Gebengを南に向かいます。現在は繁華街からも外れ、特段何もないエリアですが、当時は市街地の一角だったのかもしれませんが、南へ1.5km程走った、現在はTaman Selawesiという、周囲を道路に囲まれた小公園になっているエリアで終点です。残念ながら公園には当時の遺構と呼べるものは何も残っておらず、ここが駅であった事を示す案内看板も何もありません。
周囲の道路はそれなりに交通量もある為、子供たちが遊びに集まるという空間でもないようで、都会の片隅の不自然な緑地空間だけがここが数本の側線を持つ終端駅であった事を今に伝えているだけでした。
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Gubeng終点駅(国鉄Gebeng駅の南方約1.5km)跡地に造成された公園に遺構は皆無。

一方、トゥンジュンガンの交差点から北西方向、Jl.Embong Malang通りを進む路線は現在のJW.Marriotホテルを過ぎて暫く行ったJl.Raya Arjuno通りとの交差点で、南のWonokromoからこの通りを北上して来たスティーム・トラム路線と平面交差していました。残念ながらその様子を映した画像は見つけられていませんが、市電を待たせてスティーム・トラムが横切って行く姿を見てみたかったものです。

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Sawahanの終点は倉庫に変貌。「Tanah Milik PT.KAI」と書かれた看板だけがその名残。。。
当時の航空写真がありました。 http://surabayatempodoloe.blogspot.com/2010/06/depo-sawahan-dka.html からです。
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更にJl.Tidar通りを西に向かうと、ドン・ボスコ高校の前を過ぎ、間もなく西の終点Sawahanに到着です。
ここSawahanには本線から南側に数本の線路を擁する車庫があったようなのですが、現在は大型トラックが多く駐車している倉庫エリアとなっており、線路があった痕跡はありません。唯一建物前に建てられている「国鉄PT.KAIの所有地」の立看板だけが、この土地が鉄道と縁のある場所であることを示しているのみ。
実は地図を見ると、その先にも左に弧を描きながら怪しくカーブして行く、線路か?という雰囲気の道が続いています。期待して見に行ってみたんですが、ここはWikimapia上、線路の表記はなく、上記写真のサイトによるとどうやら競馬場のトラックだったみたいですね。3号線の終点とも書いてあります♪ 

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これまでの話だけではちょっと判りにくいかな、イメージ湧きにくいかと思いますんで、路線図載せてみます。出典は http://tdu.to/25976.att からです。

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2012年8月28日 (火)

スラバヤのトラム(市内電車)のお話。 その3.

さて、そのWonokromo駅を出発した市内電車は、北へと向きを変え、JL.Raya Darmo通りを経て市一番の目抜き通りJL.Jend Sudirman通りへと北上します。 そしてその通りが市役所へ向かうJL.Yos sudarsoへと名前を変えるBalai Pemudaの交差点でGubeng方面からの支線と合流する形で 西のSurya通りへと向きを変え、この市内電車の運行の中心であったと察せられる、現在のTunjungan Plazaの前へと至ります。
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出典は http://semboyan35.com/archive/index.php?thread-727-10.html からです。
現在のトゥンジュンガン・プラザ前ですね。
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現在この部分は、南からのJL.Basuki Rachmat通りとGebeng側からのSuryo通り、北西へのJL.Embong Malang通りと北へのJL.Tunjungan通りとが「X」の字型に交差しているのですが、トゥンジュンガン・プラザより南の現在のマクドナルドの位置するあたり迄も短い支線が延びていたようです(上の写真の、右手への線路がそうですね)。

ここから一番の幹線であったと察せられる北のTJ.Perak方面へと向かう路線は、マジャパヒット・ホテルの前を通過し、平行するJL.PahlawanとJL.Kramat Gantung通りを上下線に分かれて通過し(おそらく当時は複線分の用地がない位の道幅だったのでしょう)、Tugu Pahlawanの塔と州知事庁舎の間の道を通って国鉄線をくぐり、当時スラバヤの中心地であったJL.Veteran通りを経てジュンバタン・メラのターミナル、その後はJL.Rajawariを通ってTj.Perak港へと向かっていたことが地図から読みとれます。


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現在Tugu Pahlawanの塔と州知事庁舎の前で国鉄PT.KAI線をくぐっているこの道路も、
こんな風に市電が通過していました。出典は http://maskomuter.wordpress.com/2011/05/24/jejak-transportasi-indonesia-part-ii/ です。
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ちなみに、この特徴ある形態の架線柱ですが、北のJL.Rajawaliに2本だけ残されていました。
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ちょっと行き過ぎてしまいましたが、金融街JL.Veteranの通りはこんな感じだったようです(1925頃)。この辺も一方通行だったみたいですね。出典は http://forum.detik.com/share-pic-soerabaja-tempo-doeloe-t111253p20.html からです。
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現在はこんな感じですが、この辺りの建物は歴史的建造物として、建て替えが禁じられているそうです。
左の3階建ての石造りの建物は、電報局だったみたいです。
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今日の最後はジュンバタン・メラのターミナル付近。現在はベモのターミナルになっています。元の駅跡ってのは、バスターミナルや運送会社になっていることが多いですよね。
出典は、 http://2.bp.blogspot.com/-bFwijO3Fx-A/TcZe6Zj0h9I/AAAAAAAAAG0/UyZbgK3VDlw/s1600/850vmae.jpg です。1937年って書いてありますね。
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まったく同じ画角ではないですが、現在この付近はこんな感じです。
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2012年8月27日 (月)

スラバヤのトラム(市内電車)のお話。 その2.

という訳で昨日日曜日、土曜日の遠出で運転手ヘルマンさんが疲れ果ててしまったので、今日はタクシーと徒歩で市内巡り。ところが偶々乗ったPusakaタクシーのおじいちゃん運転手のスギハルトさんが、小さい頃から市電はよく使ってて知っていると話が盛り上がり、色々と連れて回って貰う事が出来ました。
先ずはその運転手さんのクルマを拾った、旧ウォノクロモ(市電)駅。
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今はバスターミナルの一部。現役当時(1925年)の写真は↓こちら。
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出典は http://digilib.petra.ac.id/jiunkpe/mmedia/pust/1925/jiunkpe-ns-mmedia-1925-unknowncreator-7558-tram-resource1.jpg さんです。

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内部はこんな感じで、バイクの駐輪場(近所に動物園)と、不法占拠の方々の住居。

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すぐ西側の裏手にはDepo。1913 ANNOって書いてあるけど、なんだろう。
こちらは更に西側にあるBenkel(整備工場)。今はトラックの溜まり場になってる。
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2012年8月26日 (日)

スラバヤのトラム(市内電車)のお話。その1.

さて、この3百万都市のスラバヤ、普通この位の都市なら地下鉄の2本や3本あったってイイとは思うのですが、所謂都市高速鉄道的な交通機関は全くありません。ジャカルタにも地下鉄はないけど、今円借款で1本作っており、昔一度頓挫したモノレールを作ろうという話がまた動いてるし、そもそもオランダ時代からの(そして円借款で改良した)近郊電鉄が4方に延びてるし。
なのですが、ここスラバヤはローカル鉄道が西、南西、南にあり、一日数本~十数本の普通列車がテレテレ走っているだけ。ジャカルタの他スマラン・ジョグジャなど他の都市にあるBRTバスもなく、普通の路線バス(一部はAC付きだが)やベモと呼ばれる、ジャカルタで云うところのアンコットのような小型バスが走り回っているだけ。
なのですが、その昔スラバヤには市内電車が走っていました。スラバヤのトラムといえば、「スチーム・トラム」が有名なのですが、この当時はSoerabajaと綴っていた市街地の路面を走っていた鉄道は、1889年、蘭領インドネシアに設立されたOost-Java Stoomtram (OJS)(東ジャワスティーム・トラム)社によってOedjoeng(現在の綴りでUjung、Tj.Perak港東側地区)からWonokromo Kota(現在のJoyoboyoバスターミナル付近)迄の間が開通し、その後1898年に南西方のSepanjangを経由してKrian迄17kmが延長されています(この区間は普通の鉄道で、)。
その後1910年、Wonokromo以北の市内区間は同社によって電化され、市内電車路線として運行され、1940年の時点で電車運転区間はタンジュン・ペラク港=トゥンジュンガン=ウォノクロモの市内を南北縦断する路線に加え、Tunjunganから西のSawahan、東はGebeng駅を経て南のGebeng、現在の日本総領事館近くに至る路線を運行していました(運行経路はまだ把握してません。。。)。
他方、WonokromoからJL.Diponegoro通り、Pasar Toerie(現在のPasar Turi駅前)を経てカリ・マス川西岸をタンジュン・ペラク港東側のウジュンに至る、1979年の廃線までスラバヤのスティームトラムとして有名にした市内路線は、1916年に開通したものでした。

この辺りの歴史的経緯は、取り敢えずネットで調べただけですので、間違いがあるかもしれません。そのうち本気で調べてみますので既に間違いにお気づきの方がいらっしゃいましたら、ご指摘いただければ幸いです。何か判る資料を教えて頂けるともっと嬉しいです。

そういった目で見てみると、例えばWikimapia等でスラバヤの航空写真+地図を見てみると、市内のあちこちに線路の表記があるのが目につきます。
一瞬「引き込み線かな?」と思ったりするのですが、明らかに大通り沿いというか大通りの真ん中をあり得ない形で走っており、しかもその通りには現在そんな引き込み線なんかない訳で、これが当時の市電の線路の位置なんですね。中にはポリゴンにカーソルを当ててみると「トラムの車庫」なんて書いてあったりして、好奇心をそそられるというか、もう萌え萌えなんです(笑)

というわけで、あとは明日以降に続きます。
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例えば、ウォノクロモ(ジョヨボヨ)周辺だけでもこんな感じで♪

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2012年8月25日 (土)

近くにある、喜び。 PG.Olean。

朝7時、予定どおりホテルをチェックアウトして、向かうのはご存知、市内北方約3kmのところにある製糖工場、PG.Olean。
ここはもうジャワ島内でも2カ所だけになったと言われている、蒸機がフィールドに普通に出て働いているPG。他のところは、殆どがトラック、一部フィールドに線路が延びていてもディーゼル機関車牽引だったり、あるいはお金を払ってチャーターした場合だけ蒸機がフィールドに出ていったりというような状況で、ジャワ島のシュガートレインもいよいよ終焉かという状況。残された日々を、このスラバヤという街に住んでいる機会を精一杯活用したいところです。勿論、そのために転勤してきたわけじゃないですよー。人事なんてそんな甘いもんじゃないですよー(苦笑)。
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運搬用ローリーが水牛に引かれてフィールドへ。簡易軌道の極致ですな。

さておき、PG北口の守衛は「許可はとったか、金払ったか、タバコよこせ」等々ウルサいので適当にあしらい、取り敢えず勝手知ったるフィールドに出て行ってみる。今日はどうやら東側線のKarang Malangのあたりと、西線経由で北上して西の海岸近くのGellungの2カ所で刈り取りがある模様。コンビニでタバコと飴を仕入れ、Karang Malangあたりの刈り取り要員の人に聞いた情報を基に西線のPatak集落の方に向かって待つこと2時間程、ようやく現れたのは残念ながら水色のディーゼル機。ショーック! (TヘT) 
取り敢えずこれにくっついてGellungに向かい、途中でクルマが入れなくなったところからはローリーに乗せて貰って、今日の刈り場の側線で、2馬力ならぬ2牛力、いや正確には2水牛力だな。ローリーの運びこみを眺めて、午後の戻りは工場発2時半という情報を貰って午前の作業はお終い。市内に戻る途中に東線のKarang Malangに立ち寄ってみると、数台のローリーが運び込まれていたんで、こちらも何かが動いている模様。
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残念ながら不本意な場所で撮る事になってしまった。。。 

さて市内で昼食と休憩後、2時過ぎに先ずは工場発の単機を撮ろうかと西線のDesa Duwetの手前の併用軌道区間で待つが、いつまでたっても現れない。休憩にちょいと場所をお借りしたパンク修理屋のおばあちゃん曰く、3時か、4時頃のこともあるよ・・・と1時間以上待つうちに、突然西から水色のディーゼルに引かれた10両ほどのローリー列車通過。あれれ、もう機関車はフィールド側に行ってたのかぁ。
時刻表がある訳でもなく、誰に聞いても正確な情報を得られないんで困るのだが、取り急ぎクルマをDuwet村を経由してGellung方面に走らせるが、Ouch! Patakの辺りで既に対向から蒸機牽引の列車が現れてしまった。狙っていたポイントとは違うんだけれど、やむを得ない、取り敢えずここで撮るしかないか。今日はミスったなぁ、また今シーズン中に出直しだなぁ。。。
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夕陽を浴びて工場へ。。。 1912年O&K製の1号機「Ardjuno」。

そんなわけで、この列車を工場北門まで追っかけて本日も終了。
帰りはそれなりの交通量はあったけど、途中コンビニと高速のSA停車のみで突っ走り、4時間半ほどで無事にスラバヤの我が家着。前任から引き継いだ、新運転手のヘルマンさんお疲れ様でした。なんだ今度の人は!?と思ってるだろうなあ…(笑)

あ、それからおまけ情報ですが、スラバヤ/マラン~シテュボンド間には一般の路線バスに加えてTravel(乗り合い路線タクシーみたいなもの)の運行もあるそうです。スラバヤ/マラン、シテュボンド共05:00・15:00の1日2本、所要5時間、運賃はRp115,000。Situbondoからはデンパサール行きもあって、夜19:00発だそうです。運行はCipaGanti社さん。スラバヤの乗り場はJL.Raya Arjunoというから、結構市内中心部、TPからタクシーでRp10,000位で行けるとこですな。
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そして踏切を渡って工場へ。今日のお仕事、おしまいです。

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2012年8月24日 (金)

仕事帰りに…

今日は「もし仕事が早く終わったら、」ということで、着替えを用意して出勤。
定時16:45を30分ほど過ぎた頃に事務所を飛び出すと、案の定携帯に仕事の電話が追っかけて来たけれど、なんとか電話とメールで片づけることが出来たので、そのままWaruインターから高速に乗り、到着は深夜になるだろうから、ホテルに電話して部屋を抑え、目指すは東ジャワのSitubondo。
まだ連休気分が抜けていないのか、下り線は案外順調で、途中ProbolinggoのKFCでちょっと一休みして、結局5時間程で10時過ぎごろ無事に今日の目的地Situbondo着。いつもと同じランクの部屋を電話で頼んでいたら、この宿4回目だけど、この同じ部屋泊るの3回目~になりました。
華僑系と思しき客で結構埋まってる週末前日でしたが、空いててラッキー、なのかな。ちなみに今晩は外国人の来客は他にはなし。明日の晩からオランダ人のグループが来るそうです。シーズンだからねえ。
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Situbondoで一番まともなホテル、RosaliはAC、ホットシャワー付でRp.300,000~。

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2012年8月21日 (火)

朝風呂して帰りましょ。

昨日はこれで終わらなかった。陸に上がって宿に戻ってみると、移る筈だった隣の部屋には別の客が入っており、こちらは裏の2階の部屋に移れという。話が違うとやり取りするうちに、(海辺の部屋と裏の部屋の)差額の80ドルを返すから、ということでまあ仕方ないかと部屋に入ると、今度はエアコンが効かない、お湯が出ない。話が違うぞと再度交渉し、途中でエアコン修理の人が来たりしたが結局直らず、最終的にはオーナーのオバちゃんがマナドから船で戻って来たのを待ち構えて再再交渉、結論として、お金を全額返すので、もうキャンセルしてマナドへ帰る!ということに。大変気分が悪いが、宿側は「予約が入っていないのはAgodaの責任、だってウチはもうアゴダとの契約は終了してるんだから。」等とのたまうので、もうこれ以上やっても仕方がない。
幸い携帯が入ったんで、マナドのホテルを予約して、送迎船でマナドに戻る羽目になったのでした。疲れた一日だったねえ。午後はゆっくり昼寝したかったのに。
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トンダノ湖畔の「SUMARU ENDO」リゾート。温泉付きの宿泊施設もあるそうです。

そんな訳で今日はスラバヤに昼過ぎのフライトで帰るんだけれど、お陰でマナドで時間が出来たんで、近く(と言っても片道36kmあるそうですが)のトンダノ湖畔の温泉を目指してみました。宿のクルマだとRp.96万と凄いことを言うんで、昨晩夕食時に乗ったタクシーと運転手と意気投合し、朝ホテルに出迎えて貰い、そのままこのクルマでトンダノ湖まで行くことにしたのでした。
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お湯の溜まりが遅く、入浴シーンは何かと問題がある写真になったので、お風呂部屋の写真だけです。

地元のオバちゃんに道を尋ねながら、マナドから1時間少々でたどり着いたのは養殖の淡水魚料理のレストランが並ぶ湖畔のSUMARU ENDOというちょっとしたリゾート施設。温泉水の温水プールはあるけど、こちらの希望は熱いお風呂。それなりに綺麗にしてあった入浴施設は1人Rp.15,000の個室で、客が入れ替わる度にお湯も換えるので、入浴までは結構時間がかかるのはまあご愛敬。ノンビリしているうちに結構時間が過ぎてしまい、山道をトロトロ走るトラックに頭を押さえられ、帰りは1時間40分もかかり、空港に着いたのは帰りのフライト12:25発のJT749便のチェックインギリギリの11:45になっていた。ああ危なかった。でもお陰で「調製用」と思しきエコノミー最前列の4Cを割り当てて貰えたというオチも付きましたが。
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JT749MDC-SUBの機内食・・・は出ないので、空港レストランのナシゴレンをブンクスして持ち込みマイ機内食(笑)

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2012年8月20日 (月)

8年ぶりのダイビング@ブナケン島~♪

2日目は酔っ払いのドミニカ人ダイブマスターの口車に騙され半日棒に振るなど色々トラブルがあったものの、まあ予定どおり、午後は8年ぶりのダイブ準備のトレーニング・・・ペーパードライバー講習ならぬペーパーダイバー講習を受講。
そして今朝は晴れて朝から船で出発だぁ! ブナケン島だぁ!!っと思いきや、イタリア人ダイバーだらけのボートが最初に向かったのはスラウェシ本島側の沖合。なんでも30~40m程の深さのところに沈没船があるそうで、上の資格を持ってる皆さんはそちらへ、まだOPENしか持ってない人たち(勿論当方を含む)は寂しく(?)珊瑚礁でお茶を濁した1ダイブ目。
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水中カメラ持ってないんで海中写真じゃなくてスミマセン。ブナケン島。

それでも約1時間弱の久しぶりの潜水を終え、イルカが飛び跳ねるのを見たり♪しながらブナケン島東海岸沖に移動しての2ダイブ目、これは見事な大絶壁ドロップオフを上級者の人は深くまで、初級者の我々はそれなりの深さで~といっても、気が付いたらOPENで潜ってよい18mを遥かに超えて24mまで潜ってしまっていました。我を忘れて楽しんじゃう位の魚、サンゴ礁、ウミガメ~♪ 唯一つだけ難を言うとすれば、このダイブ船1隻に11人のダイバーと5人のインストラクターが一斉に潜っていったんで、ともかく人大杉。珍しいものが見られるところでは、順番待ちの渋滞状態。もうちょっと何とかならんもんか(笑)
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何故かイタリア人だらけのダイブ船で。実は船酔いに耐えていたりする落花生。



 

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2012年8月18日 (土)

島へ! 

今日は早起きしてタクシーで空港へ。昨日からレバラン(断食明け大祭)絡みの連休ということで大混雑のスラバヤ・ジュアンダ空港から、今日のフライトは08:10発のLion Air、JT748便マナド行き。盆と正月が一斉に来たような大連休なんだけれど、ホンの10日ほど前にあっさりとれたこのチケット、往復2万5千円ほどとそれなりのお値段なんだけれど、この時期は仕方がない。とれただけで御の字。
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こんな海の上でも電波が通じてGoogleEarthで現在位置が判るんだねえ。。。

さて、満席のフライトはほぼ定刻に飛び、時差1時間を加えて12時過ぎ、昨年3月にロジで来て以来のマナドと着。今日は出迎えのクルマで港へ直行し、目指すは沖合いのシラデン島。マナドと云えば有名なのはダイブスポットブナケン島なんだけれど、連休のせいかブナケン島のホテルは満室、やむなく隣のシラデン島に泊ることにしたのだが、この宿「タンタムーン」」があまり宜しくなかった。Agodaを通じて予約されている筈の部屋がなく、色々議論の末、3泊目からは部屋を移って貰うということで、取り敢えず海岸縁のコテージに入った。値段相応とは言い難いけれど、立地を考えればこんなもんかな、というか、まあぶっちゃけ「海の家」だこれわ。

ホテル代に込みの夕食は、地元であがったと思しきチャカラン(小型のマグロ)など。
夜になって潮位が上がり、結構怖いくらい近くまで打ちつけてくる波の音を聞きながらのリゾート(?)の夜になりました。
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海辺のビーチリゾート…民宿。値段相応かと言われると、ちょっと。。。



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2012年8月17日 (金)

来客第1号様~

今日はインドネシアの独立記念日ということで、午前0時を過ぎたら市内のあちこちで花火が上がってるのが見えました。

で、明けて昼前、ジャカルタから友人来訪ということで空港に迎えに行き、当地アパートへの来客第一号様。連休初日ということで、新運転手ヘルマンさんは田舎(Madiun近くのNganjukだそうだ)に帰省するというので、午後からはタクシーを使っての移動。まだ市内バスは使いこなしてないので。

夜は市内北部ジュンバタン・メラ近くの古いオランダ時代からのタバコ工場を改装してレストランにしている「サンプルナAカフェ」で晩御飯。近代オランダ時代の建築物を利用というだけでかなり萌え萌えなんですが(他にも古い建物一杯あるんだから、もっと観光資源として活用すればいいのにね。)、レストランの窓(元の工場の窓ですね)にはステンドグラス風に「林」と「王」という文字が読めます。林さんという華僑の人が、「タバコ界の王になる!」という意気込みでこの工場を作って事業を行っていたんだとか。その、隣のタバコ博物館は22時まで営業ということで、夕食後でもゆっくり見学できました。
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雰囲気抜群のカフェ内部。今日の晩御飯はコルドンブルーをいただきました。

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2012年8月14日 (火)

お仕事の帰り道。

今日は南東のパスルアンにある工業団地にお出掛け。片道1時間少々だから出張じゃないね。
例のラッピンドの泥流噴出の影響でいつも大渋滞していたのだけれど、今年に入ってようやく高速のシドアルジョ出口の手前から渋滞区間を迂回するバイパスが暫定開通したこともあって、予定より早めに到着する事が出来ました。あとはフライオーバーと、南のGempol市街地の先までバイパスが出来れば、取り敢えずこの工業団地の物流も支障なくなることでしょう。

で、帰りは上司の勧めもあって、というか、帰りも結構渋滞してたんで、ちょっと休憩も兼ねてそのシドアルジョの泥池(例によって観光地化されている)で小休止、地元のチンピラにRp.1万の入場料を払わされて堤防に上がってみると、以前に比べると近場の泥は表面も乾いて落ち着いてるように思えるが、左手遠方では相変わらず白い煙が上がってまだまだ噴出が続いてることが伺われる。
で、帰り道間際、その泥を堰止める堤防のすぐ脇を、列車が通過して行った。この堤防が万一決壊するようなことがあれば、とんでもない大事故になりかねない・・・ね。
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泥流をせき止める堤防(左)の脇を走る列車。階段は勝手に作られた“泥池観光用”。。。


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2012年8月12日 (日)

新築、色々あります・・・

そんな訳で新居に入っての週末。先ずは段ボールの中から生活必需品を取り出し、次は当座の生活に必要なもの・・・洗剤やお掃除道具、今回の家にはついていない炊飯器や物干し台なんかですが、を隣のモール地下のスーパーで買い出し。
で、アパートの方、現在までにいろいろ見つかった不備は、寝室のシャワーの温水器の近辺に電源プラグがないこと(これは入居前に改修済)、造り付けのタンスの引き出しがタンスの扉のロック用の金具と干渉して開かないこと、電子レンジやトースター、炊飯器の置き場が台所にない、書斎(勉強部屋?)の椅子が壊れていて高さ調節が出来ない、衛星放送が映らない、インターネットのパスワードが間違っている、等など。引き出しにしても衛星放送にしても温水シャワーにしても椅子にしても、客に提供する前に一回試してみないのかね。後は、一旦綺麗に作り終えた後に穴をあけて別のモノを作り足してるから、折角綺麗な人造大理石のタイルがボロボロになってるとか、造る順番を考えたり、取付位置を考えて作業すればいいと思うんだけどね。

そして昨晩は22時過ぎになって、突然電気が落ちました。廊下の電気はついているので、どうやらこの部屋だけの模様。ブレーカー上げ下げしても戻らず、というか、そもそもAC1台とTV使ってるだけで、あとは常用する冷蔵庫や給水機の電気が入ってるくらい。それに電気コンロを追加で使ったら電気が落ちる程度の電気容量なんて、少な過ぎで、そんな筈はないだろう。
幸いにもメンテナンスの人がまだ居たので部屋に来て貰い、その後何処か裏手の配電盤を弄ってるうちに20分ほどで回復。ちょっと原因解明をお願いして取り敢えず無事に休めることに。

いやあ、新築って気持ちいいけど、なんか色々ありますなぁ・・・
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メンテナンスの人が来てくれて無事停電回復。ちなみに左上の黒いのは電気料金をプルサ(前払い電子バウチャーとでも言おうか)するための機械です。

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2012年8月11日 (土)

中古車ですから。

先週火曜日に事務所近くのToyota Auto2000で40,000km点検、これがオイル交換だのフィルター交換だのの部品代などあわせて18,000円程と結構なお値段。新車で保証期間内なら、整備点検基本料は無償の筈だけど、こちらはもう6年落ちの中古車だから仕方ないね。
でも流石に全国ネットのトヨタ正規ディーラー、ナンバー(まだジャカルタ時代のナンバーのまま、変更手続き中。)を打ち込むと、過去のジャカルタでの整備履歴がちゃんとコンピューターで見られるのは素晴らしい。

で、その際にディーラーの人から、バッテリーがもうヤバいから変えた方がいいよ(ちなみにウチで替えると約1juta(1万円)だよ)というアドバイスがあったため、今日は市内の個人営業のベンケル(自動車整備工場)が並んでるエリアに赴き、バッテリー交換。因みにインドネシア語では「アキ」っていいます。在留邦人のアキちゃん・アキ子ちゃん、あなたの名前を聞いて当地の人はバッテリーを思い浮かべています。

さておき、このクルマも買った時点で4年落ちの中古だったんで、既にバッテリー純正品ではなく乾式の社外品に交換されており純正サイズは不明。それでも、このクルマ(Fortunerのガソリン車)なら今ついてる65サイズでOKということで、湿式だと3カ月ごとのバッテリー液の補充が必要でRp.65万(流石にそんなに頻繁には必要ないだろー)、乾式だとメンテフリーでRp.87万、但し今ついてる中古品を6万で下取りするから81万(作業代込み)ね、ということで、ちょっと悩んで乾式に決定。ディーラーよりは安いけど、結構するのね。
ちなみにメーカーは韓国製「ロケット」とフィリピン製、インドネシア国産の「MS」と3種類あって(GSはないのかな?)、新居にもSamsungのTVやらLGの洗濯機やら韓国製品はいっぱい入っているんで別に韓国製に抵抗はないんだけれど、今日は竹島問題で騒いでいる日なのでなんとなく韓国製は避けて国産品を選択。

作業は20分ほど。エンジンを掛けっ放しで交換作業をするのにはちょっと驚いた。これだと電源入ったままだから、ラジオのチャンネルとか再設定しなくていいんだよ、とのこと。所変われば、なのか、最近はこういうやり方が主流なのかな。
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バッテリーを新品に交換。エンジン動いてる脇での作業です (^-^;; 

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2012年8月10日 (金)

アパート入りました♪

スラバヤに引っ越してきて2週間、最初の頃に見学してあたりをつけてその後内装工事の進捗を見守っていた、アパートの内装工事が予想よりも早く終わったとのことで、晴れて今日入居できることになりました。
場所は市内中心部より南西方向、(高速道路のインターに近い為、近郊の工業団地に勤務する)日本人の多いエリアの方向の、新しくできたモールに併設された高層マンションです。モール併設というのは週末なんかご飯に事欠かないのがいいね。コンビニはないけど、地下にはスーパーも入ってる。

今日は朝からオーナー(分譲マンションを賃貸に出す形)と不動産管理会社との間で契約書(これが不備があって一部造り直したりと直前までバタバタして)にサイン、その後鍵を受け取り、部屋の不備を指摘して改善・追加を依頼し、銀行に行って1年分の家賃を前払い(結構大きな額ですよねぇ)。昼過ぎにはジャカルタから送った36箱の荷物が東ティモール時代からもう9年もお世話になっているクラウンラインさんのスタッフの手で運び込まれ、これでようやく落ち着くことが出来ます。

これまでのジャカルタのアパートやNovotelのように汽笛が聞こえないのが残念と言えば残念なんですが、生憎ここスラバヤにはその方面で適当なアパートはない模様。まあ暫くはこの新築マンションでの暮らしを楽しんでみることにしましょ。
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今度の部屋からの眺め。線路は・・・ :-(

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2012年8月 7日 (火)

ブカプアサでした。

このラマダンの時期、時々「ブカプアサ」なる行事をよく耳にします。
プアサ(断食)がブカ(明ける)ということで、夕方日没になってようやく飲食物を口にして良くなり、最初は胃を驚かせないように甘い紅茶やお菓子などから食べ始めるのですが、政治家などは自宅に友人知人を招待して、レセプションのような行事としてこの「ブカプアサ」を実施し、これに呼んだり呼ばれたり、ということがこの時期頻繁にあったりします。

で、今日はウチの上司が自宅で、当地の大学で日本語を教えていたり、日本留学生OB会のメンバー等を招待してこの「ブカプアサ」をやるというので、お手伝いに行ってみることにしました。
せっかくなので、ブカした時の最初の食事を口にする喜びを共にすべく、今日は朝から何も食べない事にしてみることに。去年も一昨年もこの時期、プチプアサと称して、朝食後日没までは何も食べないというのを1週間ずつやっていたんですが(別にローカルスタッフの機嫌とる為じゃないですが、なんか評判悪くないんです。)、最初の1,2日は結構キツイ。数日経つうちに、なんとなく我慢できてくるようになるから不思議です。

な訳なので、今日はとってもお腹が空いた夕方でした。それでもスラバヤは東にある分ジャカルタよりちょっと早めに日没が訪れるのが救い。
先ずは甘い紅茶と、フルーツポンチのような、胃に優しい食べ物から始まり、その後、お菓子やコロッケなど。
折角なので上司のお手伝いさんの作ってくれた和食で夕御飯。今日のメンバーはそんな具合で結構日本語も出来る方もおられ、中にはあわせて招待したプレスの方で、が日本語を勉強しているお嬢さん(高校生)を連れて来たという珍しいお客もあり、皆さん楽しいひと時を過ごして戴いたようで何よりです。
しかし今日はお腹空いたわぁ。
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待ちに待った夕暮れ。こんなお食事が出されました。。。


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2012年8月 5日 (日)

夏の休日ですから、甘い香りに誘われ♪

スラバヤに来て2回目の週末、アパートへの転居は来週末ということで、今週は基本的に休養日。昨日は上司とゴルフの後夜はモンゴル名誉領事のレセプションに出てきたんだけれど、今日は折角の夏の休日、ということで、船舶関係の部局から出向で来ている同僚N宮さん(どうやら鉄らしい)が関心を示したため、ちょっと日帰りで出掛けて来てみることにしました。
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今日のSancaka号の食堂車は「バティック客車」
「Rail One」。一般人は乗れない車両の一つです。
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出発はちょっと早め、朝7時発の1,2等急行81列車「Sancaka」号ジョグジャ行き。10分ほど前にホームに入ると、珍しい車輛が1台。これはインスペクション・カーと言われているが、巡察車というのかな、「Rail One」という特別車両のディーゼルカー。写真を撮ってみると係員から「乗ってみたいかい?」とのお声掛け。いや勿論喜んでー!なんだけど、一応社交辞令らしく、乗せてはくれませんでした。残念。

話は戻って今日のサンチャカ号、8割ほどの程良い乗りはいいとして、どうにもこうにも冷房が効きすぎて、寒い。貸し毛布の売上向上の為にわざわざ冷やし過ぎてるんじゃないか、と思う位。
お陰で「中から暖めよう」と隣の食堂車に出掛けてスープヌードルとコーヒーで朝御飯。ラマダン(断食月)なのだけれど、車内販売のとあわせて結構な食事の売れ行きの模様。唯一残念なのは、3両の一等Eksekutif車は、全て薄緑色の内装の更新車で、ハッチ付きの上部荷物棚など飛行機を意識して綺麗にしているんだけれど、この更新車、窓が小さくなって(新幹線0系の後期型みたい?)通路側の席からはろくすっぽ外が見えないってことなんだなぁ。しかも窓汚くてとても写真撮る気になれず。
それでも今日は快適に飛ばしたサンチャカ号、なんと定刻に今日の目的地マディウン着。なかなかやるじゃない。
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PG.Rejosariの6号機「Arjuna」号。1920年Orenstein & Koppel製。

そのマディウン駅前から(二人ということもあって)贅沢にタクシーで目指すは本日最初の製糖工場PG.Rejosari。ここは2年ほど前にレバランの時期に来てみたことがあって、その時は工場はお休みということでスゴスゴと引き返して来たのだけれど、今日はそのリベンジ。
先ずは入口のSatpam(セキュリティ)に愛想よく話しかけてみると、「許可証はあるのか」といきなり厳しい反応。それでも「その許可を貰いに行くからアドミのオフィスに行きたい」というと、「休みなんだよなー」といいつつも、無事通過。そのアドミでは「今日は日曜だから」と言うので、今度は「じゃあ現場の責任者と話すから、場所教えて」と言って通過、更に3つ目の関所では、警備ではなくそれなりの立場のオヤジさんが「申し訳ないがスラバヤの本社の許可書がないとダメなのよ、I'm sorry。数日前なら外国人来てたんだけどね…」ということで断念しかかったところ、たまたま自転車で通りがかった、そのアドミの職員とちょっと話をしたうえで、「料金一人Rp.5万、いい?」と、突然OKに。5万なら普通のPG.と比べても安いほうの部類なので全然OK。喜んで(個人的に)お支払いした上で、「工場には入っちゃだめだよ」とキツく念押しされた上、無事に甘い香りを嗅ぎながら、ローリーの並ぶ700mmゲージの積み替えヤードへご入場。粘っていってみるもんだねぇ。

で、その今日のルジョサリですが、残念ながら動いているのは2台の小型DLとトラクターだけ。蒸機は、稼働状態にあるのは唯一6号機「Arjuna」号のみで、ジャック軸駆動という不思議な方式をとる1916年コッペル製10号機「Salak」は、火を入れれば動く由だが、残念ながら暫く動いた形跡はない模様。なんだかここも、最早チャーターでしか動かなくなっちゃったっぽい雰囲気だなぁ。。。

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引っ張っているように見えるが、後進で押し込んでいるところ。PG.Purwodadiの橋にて。

さて、待たせておいたタクシー(ここは若干交通が不便なため)でマディウンの空軍飛行場の脇を掠め、国道へ出てMaospatiのバスターミナルで右折して北上、次はPurwodadiの橋のたもとで下車。ここは結構な数の蒸機が動いてる筈だぞー、と期待を高め700mmゲージのレールが並ぶヤードを覗いてみると、いたいた、変わらず青く塗られて蒸機を上げている1923年O&K製16号機と1913年同じくO&K製5号機の2台。だが、あまり動いている風でもない。警備の人に話を聞いてみると、なにせ今日は日曜なので、あまり走らないのだよ、とのお返事。があん。。。 この短い稼ぎ時の期間中は、週末も昼夜も問わず盛業中という印象しか持っていなかったPG、ちゃんとお休み取るんだ。。。
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車庫の前に並んで給水作業中の2台の蒸機。

それでも12時頃には5号機が十数両のサトウキビを満載したローリーを引いて(最初、圧力不足とやらで踏切の手前で止まってしまい、仕切り直しの後)テンダーファーストで例の橋を渡って工場内へ。追っ掛けるように16号機が続き、途中からは体当たりしてローリーを押し込んでいった。
ロコは2台とも車庫に入ってしまい、給水と整備に取り掛かっている模様。次の運転は14時だというので、ちょっと暑い中待っていられないので、ローカル路線バスを捕まえて、今日の3つめ、PG.Soedhonoへ移動。

先ずは前回未訪の工場裏の国鉄PT.KAI本線のGeneng駅へ。最近普通列車すら止まらなくなる駅が多くなるなか、こちらは「Madiun Jaya」を中心に、上下合わせて12本の列車が停車するということで、このスドノ製糖工場、今や数少ない「列車で行けるPG」ってことですな。
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Geneng駅を出発するMadiun Jaya号。これはACなしの方ね。

さてそのPG.Soedhonoですが、車庫の前には綺麗に整備された(逆に言えば作業には使ってそうもない)1913年コッペル製の3号機が佇んでいるのですが、職員さんらに「今日は走らないの?」と尋ねてみても、今一つ反応が鈍い。別の再度の職員氏も同様の反応。あまりウロウロして通報されても嫌なので、おとなしく退散。それでも昼休みが終わって14時を過ぎると、600mmの狭いゲージにお似合いの、超小型のものを含む4両のDLとトラクターが再稼働開始、珍しいループ線を使ってのサトウキビの搬入作業が始まりました。
ここも去年は「復活した」蒸機(上記の3号機)を使ってたんだよねー。

帰りは国道からスラバヤ行きの直行バスで4時間(Rp.21,000)。これが恐ろしいほど飛ばすんだ…
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今年は残念ながらDLのみのPG.Soedhono。それに加えておぞましいトラクターが。。。

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