« 2012年9月 | トップページ | 2012年11月 »

2012年10月28日 (日)

楢葉町で社会勉強。

日曜の朝、地元勤めの友人Y中君のクルマで被災地域の楢葉町を一回りして貰う。
この街は、福島第一原発に近く、最近まで立ち入りが禁止されていたが、漸く昼間だけ立ち入りが認められるようになったエリアである。
先ずは高速を北上、広野を経て今回の被災で全国的に有名になったJビレッジ近くの海岸縁で津波の被害で壊滅的被害を受けた浄水場へ。一帯の住居は全て流され、道はマンホールが浮き上がるほど激しく損壊。既に被災から1年半を経て、放棄された田畑にはセイタカアワダチソウが生い茂り、遠目では菜の花畑のように黄色く見える。
Narahap1190125
津波被害にあった海岸地域。遠くに見えるのは広野火力発電所。

その後、列車が来なくなって草に覆われた常磐線竜田、木戸の両駅に立ち寄る。駅前には3月11日当日から放置されたままの通学制の自転車、3月18日から開催予定だった近くのスパリゾートハワイアンズのイベント立て看板がそのまま残され、平和な普通の暮らしが突然止まった状況がそのまま残っている。街には人影がなく、言葉は悪いが、ゴーストタウン化してしまっている。
途中の木戸川では今年も変わらず多くの鮭の遡上が見られるが、これらは捕獲して食べられることもない。ここで産卵され、産まれた稚魚が太平洋に出て行き、大きくなって帰って来ても、まだ鮭漁は再開されていないのだろうことを思うと、胸が締め付けられる思いだ。
Tatsutap1190098
列車が来なくなり、閉鎖された姿が痛々しい竜田駅。

最後は富岡町の手前、規制地域のギリギリの地点まで北上して今回の視察を終了。常磐線の一部運転区間の終点、広野駅から電車に乗り、いわきから特急で帰京。夕方には別のサークルの会合に出席、夜はインドネシア関係の飲み会と慌ただしいながらも有意義な一日でした。

Narahap1190108
ここから先は立ち入り禁止。多くの元住民が帰宅できない状況は続く。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年10月27日 (土)

今だからこそ、いわき(の温泉)へ。

福岡から戻って来て早々、今日は四半世紀来の友人らと恒例の温泉一泊会。今回は福島県いわき在住の旧友Y中君が幹事となり、福島県浜通りにお金を落として行きましょうという事で選んだのが、こんなところに「秘湯を守る会」会員の宿があるとは思わなかった、いわき市湯本白鳥山温泉の喜楽苑
昼間は千駄ヶ谷でちょっと他用があったため、16時発の「スーパーひたち」に、これもまた別の友人から教えて貰った「えきねっとトクだ値」で乗り込む。いわき湯本まで2時間というスピードにもびっくりだし、普通に買えば6千円以上するのが僅か3,830円と40%も割引。一本早い列車に、とか、乗り遅れた場合!とかの振り替えが全く効かないという不便さはあるのだけれど、前日でも携帯で買えるし、結構使えるかも。

駅からは送迎バスがなくタクシーで2千円ほどかけて到着した肝心の温泉、料理も、驚くほど、ではなかったけれど十分合格点。温泉は無色透明であんまり秘湯っぽくはなかったけれど、まあ今回は目的が目的だけに、良しとしましょう。夕食後は部屋に場所を移動し、久々の同期の友人らと夜遅くまで飲み、語り、隣の奴の鼾で眠れず(自称キハネフ14)。。。
Img2012102802112
「喜楽苑」。震災直後は大変だった由ですが、土曜の今日は満室盛況でなにより。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年10月26日 (金)

LCC成田便安いー。

今日は折角福岡まで来たので、母方の親戚のところにも顔を出してくることにし、博多駅前から西鉄バス、奇しくも新宿駅・中野駅から自宅近くの西武新宿線方面へ向かうのと同じ行き先「野方」行きに乗って六本松へ。地下鉄もあるんだけれど、天神での七隈線乗換が面倒なので、一本で行けるバスを使っちゃいますね。まだまだ福岡はバス王国です。

お昼ご飯の後、空港に向かい、父親と落ち合って今日の帰京は日本国内では初体験となるLCC、JetstarのGK124便成田行き。全日空の株主優待券で帰るつもりだったんだけれど、これを使うと株優+約18,000円。ところがこのJetstarやAir Asiaだと株優をチケット屋に売却した値段で乗れてしまうお値段(この日は6,490円)。

成田からは最近走り出した平和交通の1,000円バスで東京駅に運ばれ、多少の事故渋滞はあったものの1時間半ほどで無事到着。これだけの料金差があると、如何に☆G持ってても、こちらに流されちまいますなぁ。。。
Jetstarfuk2
アジアでは見慣れたLCCも日本では新鮮。福岡空港ではちゃんと蛇腹搭乗でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年10月25日 (木)

親戚が集まる機会と言えば。。。

朝8時、ほぼ定刻に福岡空港着。少し体調が悪かったので空港内のクリニックで診察・薬を頂き(保険証ないと高いね~(汗))、10時の高速バスで大牟田へ向かい、法事。ばあちゃんの七回忌に出席。久々に会う親戚・・・なんだかもう、親族の誰かの葬儀とかこんな機会でもないと顔合わす機会もないからなぁ。

夕方は父親と瀬高のお寺に立ち寄った後、JRの快速列車で福岡へ。当然特急かと思ってたら、新幹線開業で鹿児島本線の特急「有明」は(ホームライナー的一部列車を除いて)ほぼ全廃。鳥栖、久留米、筑後船小屋とこまめに新幹線の駅が設けられているし、こちらを使え、大牟田は新幹線の駅は市内から遠く外れたところで市内から福岡が行き先だとちょっと使いようがないけど、西鉄電車を使えばいい、ってことか。なんか釈然としないが、並行在来線廃止にならなかっただけでもよしとするんだろうかね。
博多駅筑紫口側の安ホテルにチェックイン、折角なので博多ラーメンで晩御飯。Nnromuta1
福岡空港=大牟田・荒尾線は2流路線なのか一般路線車タイプ(前扉車)を使用。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2012年10月24日 (水)

また脱線転覆事故だとか。

今、バンコク行きのTG434の搭乗待ちでジャカルタ・スカルのハッタ空港のラウンジにいるのですが、今朝の報道によれば、昨夕ジョグジャカルタ特別州でまた列車の脱線事故が発生したのだそう。取り敢えずネット記事を読んでみると、ソロからクトアルジョに向かっていたプランバナン・エクスプレス(Prameks)が16:45頃、同州Sleman県Kalasan駅の東方で脱線、先頭車両は180度向きが変わるほどの大きな衝撃で、およそ40人の負傷者が病院に運ばれたが、幸いにも犠牲者は出なかった模様。この事故の影響でこの区間の南本線鉄道は22時頃まで運行を停止、ジャカルタ方面と東部ジャワを結ぶ何本かの列車が運休したり、北本線廻りに経路変更して運行されたとのこと。
事故編成はジョグジャのバライヤサに回送され修理と事故原因究明に向けた検証が行われるが、現時点までの報道では、原因に関する推測等は書かれていないようです。http://regional.kompas.com/read/2012/10/23/21035789/Kepala.KA.Terbalik.Pemindahan.Bakal.Sulit

しかし、つい先々週だったかもジャカルタ南郊ボゴール方面の電鉄区間で旧東西線05系の脱線事故が発生したばかりで、ちょっとPT.KAI、弛んでるのか、宜しくないですねえ。Prameksなんて地方都市近郊輸送の改善のモデルケースみたいなものなのに、これでまた「鉄道は危ない」なんて乗客離れが進んでも困ります。
まさか円借款で複線化工事をがされている区間で、その工事がいい加減だった、なんて言われると我が国にも飛び火してきちゃったりする恐れもありますが、まあ取り敢えずは調査結果を見守りましょう。
Prameksimage

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2012年10月19日 (金)

バタム島鉄道計画だって。

今日の報道によれば、政府によりバタム島に鉄道を敷設しようという計画があるらしく、シンガポールやロシア(なぜ?)あたりの企業からの投資を呼び込もうとしてるんだとか。

 計画では、来年中に基本計画を作成し、建設、2017 年に開通する事になっている由。
空港~バトゥ・アンパル港間、バタムセンター~タンジュン・ウンチャン間が経済性が高いとして先ず第一期計画の俎上に上がっているらしいが、バタム島って、そんな鉄道がなければならないような大きな島だったっけ? バタムの他では現在のところスマトラやカリマンタン島で外資を導入しての鉄道建設計画があるが、いずれも鉱石などの資源搬出用のもので、旅客輸送メインではない。バタム島って、そんな鉱石輸送が見込まれるとも思えないし… 恐らくは州政府あたりがぶち上げた、自己陶酔的な計画をローカル紙が書いたのを、全国紙や外電がキャリーしただけじゃあないかと思いますが、まあ気にして見守ってみる事にしますかね。

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年10月18日 (木)

ジャカルタMRTに黄信号!?

今日あたりの報道によれば、先般決選投票を経て当選が確定し就任したばかりのジョコ・ウィドド・ジャカルタ特別州知事が、現在円借款で建設計画が進められているジャカルタの都市高速鉄道(MRT)建設計画が、工費が高すぎるため、ジャカルタ州の負担が大きすぎるとして、計画にストップをかける方向とセンセーショナルに報道されている。替わりにトランスジャカルタのようなBRTの拡大やモノレールの建設をより進めるのだとか。

既にいつも書いているようにジャカルタ市内の交通渋滞は深刻というか最早末期的症状を呈しており、ホーチミン等でも地下鉄の建設計画が進む中、キチンとした都市鉄道が整っていない大都市・首都はもはやここジャカルタ位になって来たんじゃないだろうか。この渋滞による経済的損失ははかり知れないものがあり、だからこそ20世紀のうちからずっと地下鉄の建設が構想され、これが遅々として進んでいなかったのが、私が東京で円借款関係の部署にいた2007年だったかにようやく円借款による建設が確定し、その後も紆余曲折ありながらやっと入札までこぎつけたこの計画。
国家間で合意したものが簡単にひっくり返るものなのか判らないけれど、余計なお世話かもしれませんが、ジャカルタにおいて都市鉄道の建設は喫緊の課題であり、BRTなんかじゃあ全く代替不可能です。ここまで作業を進めて来た関係者、JICA/JBICやコンサルタント・建設会社等も相当困惑している事と思われます。
まあ、政権交代時には全体を鑑みずに大衆受けのよい発言や政策を行うのはどこでもある話ですから、そのうち冷静な判断がなされるであろうことを期待したいですね。
Kebayoran_baru2012011500918
モールや展示会では毎回のように展示されていたMRTのモックアップ。。。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年10月14日 (日)

鉄道遺産めぐり@スマラン。

さてスマランにやって来たのは、以前から行ってみたいと思ってた古い建物巡りが目的。
といってもまあ全部鉄道関連な訳ですが。

ここスマランは、1867年8月、インドネシアに最初の鉄道が開通した土地であり、考えてみたらこれは我が国の新橋~横浜間よりも早い訳で、ちょっと驚きですね。その鉄道は、スマラン…北部のケミジェンというエリアにあったタンバクサリというところらしいのですが、そこから南のタングン(Tanggung)という所まで、約25kmのものでNIS(Nederlandsch-Indische Spoorweg Maatschappij : 蘭印鉄道会社)の手によって開通、この路線はその後南のソロへと延伸されて行きます。そのNISが1907年に建設した本社ビルが、現在スマラン市内中心部に残っており、国鉄PT.KAIの手によって一連の鉄道文化遺産保存プロジェクトの象徴として、2009年からリハビリ作業が進められてきました。
Lawangsewup1040917_2
旧蘭印鉄道本社ビル「Lawang Sewu」。左には保存SLも見えますね。

2011年7月にアニ・ユドヨノ大統領夫人によって正式に開館、現在もリハビリ工事は進行中ですが、既に作業を終えた一部の建物内には写真等が展示され、観光客に開放されています。この存在を教えて貰ったのは、ジャカルタで「Heritage」と称するグループに所属し、国立博物館のガイド資格をとったり様々な文化遺産を訪問したり、在留外国人に紹介する活動をしておられた大使館のM本参事官の奥様からでした。恥ずかしながら、この建物の存在、それまで全然知りませんでした。
Lawangsewup1040901
L字型のメインの建物を裏側から見るとこんな感じ。こちらはまだリノバシ中の模様。

さて今日は他にも行ってみたいところがあります。
昨夕乗って来た、ソロからの路線沿いの駅なのですが、昨日書いたとおり、この路線は普通列車が「乗客がいない」という理由で全廃されており、走っているのは夜行列車のみ。仕方がないので、時間もあまりないのでタクシーを駆使して回ってみることに。

先ずは、スマラン市街地中心部から東、ペンガロン・バスターミナルの先の北本線とソロ方面の路線とが分岐する、ブルンブン(Brumbung)駅。この駅は1867年に最初の鉄道が開通した時からの駅で150年近い歴史を誇る。勿論現在の建物はその時の物ではないのだろうけれど、上下線に挟まれた駅舎の両側にプラットホームを持つスタイルはこの時代の駅の構造に共通するもの。夜中に2本の列車が停まるだけで暇を持て余している駅員氏と話をしているうちに、間もなく貨物が通過するというので、折角なのでちょっと待って高速で通過するコンテナ列車を一枚撮ってから次へ移動。
Brumbungp1040937
上下線に挟まれた、ブルンブン駅を通過する北本線のコンテナ貨物列車。

次はソロ方向へ1駅進んだタングン(Tanggung)駅。先に述べたとおり、インドネシアで最初の鉄道が開通した時の終点だ。東のプルウォダディ方面への幹線道路から南へ折れ、舗装がところどころ怪しい田舎道を、Google Mapを頼りに走ること暫し、Tanggung Harjoの小さな集落は簡単に見つかりました。
しかし小さな集落で、なんでここを最初の終点にしたのかよく判らない。水運との連携点というわけでもなさそうだし、農産物の集荷地だったんだろうか。まあ翌1868年には更に南へ延伸されたようだから、本当に一時的な終端駅だったんだろうな。
駅舎はやはり開業当時のものではなく、1910年に一旦取り壊されて建てなおされたものだという。それでも100年か。広場とも呼べない小さな駅前にはちょっとしたモニュメントが建てられ、駅舎は流石に綺麗に整備されている印象。裏に回ってみると、キチンと「1992年法律第5号に基づき、文化財に指定する」なんて看板が建てられてる。こちらは本当に停車する列車は一日一本もないためか、駅員の仕事は通過監視位しかなく、それでもこういった来客が時折あるからか、丁寧に対応してくれました。Tanggungp1040965
インドネシア鉄道開通の地、タングン駅で、筆者。

ここから更に東、そして少し大きなバス道に出て南に向かって走ったところがクドゥン・ジャティの街。ここまでタクシーでおよそRp.12万程。ここまではスマランから直行の路線バスもあるから、こちらは訪問し易いか。
クドゥン・ジャティ駅は、スマラン~ソロを結ぶ当時の幹線と、アンバラワ方面とを結ぶ支線との分岐点で、駅舎の北側に3線、南側はがっしりとした鋼鉄製の支柱に支えられた屋根がかかった下にも3線ほどの側線が広がる結構大きな駅だ。1976年の同支線の廃止までは乗換駅として賑わったのだろう。
駅の造りは、保存されているアンバラワとよく似た印象。線路に挟まれた駅中央部には白壁に煉瓦積みの瀟洒なデザインの駅舎と、プラットホームが設けられている。現在は廃線になっている駅舎南側の線路とホーム上には食べ物や飲み物の屋台が幾つか設けられているが、発着する列車も殆どない現在、多くの店は戸を閉じてしまっている。
Kedungjatip1040973
アンバラワ鉄道博物館駅舎とよく似た印象のクドゥンジャティ駅。列車に乗れない駅。。。

ここも現在は停車する列車も昨夕のブランタスなど数本のみで、しかもこの駅にはオンライン発券システムが入っていないため、何とこの駅では乗車券の発券が出来ず、この駅からの乗車は出来ないのだという。
下車は出来ても乗車できない駅が在るとは。この国鉄PT.KAI各線には、無人駅だってあるだろう。無札で乗って車掌から切符を買えばいいのに、と思ったら、ローカル列車はそれが可能だが、(この駅に停車する)中長距離列車は全てオンライン発券になり、無札での乗車、車補の発券は出来ないとのこと。ちょっとそれはどうかしてないか?
どこか別の駅でこの駅発の切符を買っておけばこの駅から乗ることが出来ない訳ではないだろうが、ここの住民は実際そんなことはしないだろう、なんだそりゃ、という感じですわ。

スマランに戻り、最後に市内北部、地盤沈下で水に浸かりつつあるエリアの一角、開業当時のスマラン駅のあったタンバクサリを訪問してみるが、駅が在ったと思われる場所には普通の住宅やヤヤサン(団体)の事務所等の建物が立ち並び、場所を特定する事の出来る材料は何も残っていませんでした。唯一、少し東の方に歩いて行ったあたりに、元の機関庫だったと思われる建物が残っていた位…
Tambaksarip1050013
NIS開業当時の機関庫だったと思われる、タンバクサリ地区に残る建物。

今日の戻りは、15時27分発のスラバヤ行き2列車、特急「アルゴ・ブロモ・アングレック」。なんだかんだ言ってこの(初代レッドアローみたいな)下膨れの新型客車に乗車するのは初めてだな。
車内では以前6月に、Nusantara号を貸し切った時にサービス担当だったというプトリさんという係員に声をかけられ、思わずお土産を余計に買い込んじゃったりしつつ、7分ほどの遅れでスラバヤ・パサールトゥリ駅に帰着。
スマランからの北本線、複線化工事が相当なスピードで進行中でした。
Aba2p1050057
 スマラン・タワン駅に到着するアルゴ・ブロモ・アングレック2列車スラバヤ行き。
↓ 抜群の記憶力で驚かせてくれた車販嬢のお二人。つい買っちゃったじゃないか。逆ナン!?
Shahanp1050072

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年10月13日 (土)

最近融通効かない感じ。

久し振りに土日とも連休となった今日、色々と行ってみたいところがあったソロ…に行こうと思ったら、日曜夜の帰りの指定券が取れない。Argo MuliaもSancakaも満席だというので、急遽予定を変更してスマランへ。
先週も来た南本線のクルトソノ(Kertosono)から今日は、東ジャワ日本人会の機関紙の名前にもなっている「ブランタス(Brantas)」に乗り込む。所謂3等列車なのだが、最近の流行りというか、サービス向上の一環で1両だけEkonomi ACが連結されるようになった。のだが、今日はこのEkonomi ACが満席でとれないというので、止むなく取り敢えず普通のEkonomiの切符を買って車内で上級変更する事にする。
Brantasacp1040845
「EKONOMI AC」の表記が誇らしげなブランタス号。もっと増やしてイイんじゃない?

このEkonomi ACだが、先週のマリオボロ・エクスプレス(Malioboro Ekspres)やその他ボゴウォント(Bogowonto)あたりに連結されている新造車とことなり、旧来からの一般Ekonomi客車を冷房改造したもので、一度パダン近郊列車で体験したタイプの奴だ。そのため座席配置は一般のEkonomiと同じ4人掛けと6人掛けのボックス席が並んでおり、4人掛けのみの新造車よりは窮屈な配置だ。で、しかもこの改造というのが、車内に家庭用のエアコンを設置している簡易改造タイプで、片側の乗降用デッキを潰してここには室外機を設置しているという、結構荒業的な改造っぷり。
それはいいのだけれど、問題は切符。車内はまだ半分以上空席なのにもかかわらず、車掌はEkonomiの切符でAC車への変更は出来ないという。差額を払うと言ってるのに。一旦(次に暫く停車する)マディウンで降りて買い直せとのたまう。そんなこと言ったって、ホンの数分の停車で、あの切符売り場の行列を考えてみろよ。指定券持った客が乗ってきたら空いてるところに移るから、イイじゃないか、その分儲かるやないか云々と言ってみるのだが、切符は全部オンライン化されて、新しい規則では車内での補充券による発券は出来なくなったんだそうで。
以前だったら、OKOKと差額受け取って座らせてくれて、切符発行せず、なんて融通(?)が効いてたもんだが、最近ではそんなこともなくなって、まあある意味ちゃんとして来たってことか。車掌一人だけじゃなくて他にも国鉄の職員が何人かいたからかな。
Kertosono2012101302040
家庭用エアコンが設置された車内。涼しければ別にこれでいいのだ。

仕方ないのでマディウン到着後に駅務室で再度交渉してみるが、こちらでも結局ダメ、途中の(直ぐ先の)スラゲン迄なら空いているが、それでも終点ジャカルタ(タナ・アバン)迄と同じ115,000ルピアだという。差額徴収じゃダメなんかい。普通に買うのより高くつくし。
結局諦めてEkonomiに移ることにしたが、ちょっと驚いたのは、こっちが客車に乗ろうとするのを見計らって発車合図を出したこと。ちょっとまて、俺一人の為に発車を待たせてたんかい。。。 いやそれは申し訳ないことを
してしまいました。他方、まあこんなことで発車待ちしてたら、そりゃあすぐ遅れる筈だあなあ。

今回この列車に乗ろうと思ったもう一つの理由が、ソロ~スマラン間の短絡線、というには長いな。3時間くらいかかるし。ここは以前走っていた普通列車「パンダンワンギ」号が廃止されてしまい、普通列車と昼間の列車がなくなってしまった区間である。今この区間を走るのは、夜行の長距離列車だけで、これでは全然車窓も楽しめない。唯一夕方、日暮れ前の時間帯に走るのがこの上り「ブランタス」なのだが、今日は遅れの影響(いや、私だけのせいじゃないよ(^-^;;)で、こちらも鉄道遺産の1884年築、ソロ・ジュブレス駅を発車の時点で30分以上遅れており、既に陽が暮れつつあった。
先ずは西に向かい、優等列車用のソロ・バラパン駅の手前で右へ急カーブ、、ソロ市内の裏道をゆっくりと車輪をきしませながら、三角線を通って北へ向きを変えた。以前、ジャワ原人の骨で有名な世界文化遺産のサンギラン遺跡に行った帰りに立ち寄ったカリオソ(Kalioso)駅を通過する頃には日もトップリ暮れて来てしまった。これじゃあ夜行とあんまり変わらんがな。

ここから先の区間では、携帯電話が殆ど入らなくなってきた。そんなに人跡稀な地域なんだろうか。インドネシアで殆ど一番最初に鉄道が開通した区間なのだが。昼間まであればさぞかし雄大な景色が拝めるんだろうな、と思いめぐらしつつ、途中、北本線のガンブリンガンへの短絡線を分けるグンディ(Gundih)で暫く停車、今日の目的地スマランのエコノミ列車が停車するポンチョール(Semarang Poncol)駅には定刻19時18分から30分以上遅れての到着。ああ疲れた。Ekonomiだと周りの人たちから話しかけられっぱなしだし、今日はやたら馴れ馴れしい食堂車の販売員のおっちゃんに随分長い間捕まって、携帯教えろだの女の子紹介するだの、ウチの食堂車のスタッフの31歳の女性と付き合ってみる気はないかだの、いつもの3倍くらい疲れた気がするね。
今晩の宿はさっきBBネットでとった市内中心部シンパン・リマのホテルIbis。泊るだけなら何の問題もなく、清潔だが、WifiではなくLANケーブルなので、BBでは使いようがないな。
Dcponcolp1040857
スマラン・ポンチョール駅ではDC列車がお出迎え。日本人的に好ましいスタイルだね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年10月 9日 (火)

JABOTABEK、広がります。

報道によれば、ジャカルタ首都圏のJABOTABEK電鉄区間の延伸等、首都圏の鉄道網の改善計画が漸く少し進みつつある模様。
既に色々な機会に書いてますとおり、JABOTABEKの電鉄区間は、中央線の高架事業や70~80年代の抵抗制御電車の大量導入、デポックの車庫や、電鉄区間外でもジャワ島北本線・南本線の複線化などには長期間・多額の円借款が投入されています。
今回は、もう10年ほど前に交換公文(EN)署名された円借款事業の、マンガライ~ブカシ間の複々線化と(この区間は、ジャワ島各地からの長距離列車の遅れが、電鉄区間の定時運転の妨げとなっていた)、ブカシの先チカラン迄17kmの電化区間の延伸、信号の置き換え、変電所の建設等が対象で、近く日系企業のJVが運輸通信省と工事契約を締結する見込みとのこと。そうすると、JABOTABEK、今はJABODETABEKという言い方をすることもあるようですが、今後はJABODETABEKCIKとか、JABODETACIKとか呼ばれることになるのかな?
これが出来れば、ひょっとしたら前々から噂されている、ジャカルタの長距離列車のターミナルがガンビルからマンガライに移転される可能性もあるかもしれません。

ところで、このベカシ~チカラン電化区間の延伸が、なんとなくソウルの首都圏電鉄区間の水原~天安延伸と重なって見えるのは、落花生。の過去を知っている人たちでしょうか。。。
05bekasip1170318
現在の電鉄区間の東の終点Bekasi駅で、05系。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年10月 7日 (日)

Ekonomi ACざんまい。

日曜日。昨晩お酒飲んで早寝したからか、なんとなく早起きしてしまった。ので、折角なんで、ちょっとお出掛けしてみることにし、タクシーで最寄りのWonokromo駅へ。
今日のお目当ては、先般のレバラン輸送の時期に併せてデビューした一連の新列車、というか、今日はEkonomi ACに乗ってみようと思う。乗ったらもう用はなくなるので、直ぐに帰ってこようと思ふ。・・・って内田百閒の阿房列車な訳です。
Keludp1190047
Kelud EkspresのKRDE車両。Kertosono駅に到着しここでスイッチバック。

先ず乗り込んだのは、9時40分発、クディリ廻りのブリタール行き「Kelud Ekspres」。以前ジャカルタ近郊電鉄区間で使われていたHolec製電車を電気式ディーゼル固定編成列車に改造したKRDEと呼ばれる一連のシリーズで、これは先頭の半車が機械室になっている、初代KRDE/プランバナン・エクスプレスと同じタイプの奴だけれど、キクハ側先頭車が貫通型になっており、車内がクロスシートになっている。マディウン=スラバヤ間のArjuna Ekspresと、このブリタール=スラバヤ間Kelud Ekspresで同時デビューしてます。最近ではMaguwo=Purwokerto間「Maguwo Ekspres」ってのも運転開始した模様。誰だったか、「赤べこ」って呼んでたけど、磐越西線の、これね
そのKelud Ekspres、当初マラン経由という事でデビュー初日、1M(D)4TのKRDEでは、マランへ上る坂道を登り切れずに運転打ち切り、翌日から勾配の緩いクディリ廻りに変更になったという若干お間抜けな話が伝わってきてます。
さておき、ほぼ定刻に出発したクロスシートの車内は、ガラガラ。職員を除くと、4両半の客室内には、各車両2組くらいの乗り。Kertosonoまではホンの15分前にPerwokerto行きの長距離快速Logawaが走り、こっちだとACなしだけれど、運賃は2/3だから。Kertosonoまで先行して逃げ切るし、集客考えれば、もう少しダイヤを考慮してもいいんじゃないかなぁ?

そのKelud EksはEkspresといっても停車駅は結構多い。Wonokromoを出ると Sepangjang, Krian, そしてMojokertoを過ぎるとJombangまで無停車と、漸く“急行”らしくなってきた。モジョクルトを過ぎると、サトウキビ畑も目立ち出す。まだ随分畑には残っているような気がするが、もうシーズン終わりなんだよ、なぁ。

Kertosonoには7分遅れで到着。ここで直ぐスイッチバックしてクディリ方面への支線に入って行く筈なのだが、いつまでたっても出発する気配がない。どうやら動力車が故障か、先頭車に大勢集まって床下を覗き込んでやいのやいのやっている。信号は青のままだがいつまでたっても発車しない。これがKediliまで着いて対向と交換しないと、上りが来れないんだが? 
Kelud2p1190044
動力に問題有り? 皆で床下を覗き込む。ここまで快走して来たのだけれど。。。

仕方ないので、取り敢えず次の切符を買うべく、駅の外へ出てみる。クルトソノ駅の切符売場は古い駅舎の横に作られた味気ないプラスティッキーな窓口。安っぽいなあ。

再度ホームへ戻ると、陽が指してきてホームの照り返しが強く、サンダルの足の甲が暑い。

乗継の、マラン発ブリタール・クディリ経由でやって来たのはジョグジャカルタ行き「Malioboro Ekspres」。こちらもこの度新しくデビューしたばかりの新列車。1等Eksekutifと3等AC併結の列車で、列車番号は7019-7020列車だから、臨時扱いというか、お試し列車なのか。晴れて定期化されたら19-20列車になるのであれば、特急と呼んでもよいのかな?
Malioborop1190056_2
爽やかな色合いのEkonomi AC車を連ねて、Malioboro Ekspresが到着。

今日はEkonomi-ACがテーマだから、こちらの切符を買うが、マディウン、ソロ、ジョグジャ迄同額で10万ルピアとは結構なお値段。短距離でも割引はない模様。先程のKelud Ekspresが2時間乗って3万、終点ブリタールまで4時間半乗って5万ルピアというのに比べるとこちらはちょっと割高感高いな。だって14万出せば1等Eksekutifが買えるんだから。
座席はEkonomi ACでは先程のKelud EkspresのKRDE車と全く同じ4人掛けボックス席。普通のEkonomi車が、4人掛けと6人掛けのボックス席で新幹線というか、中国の硬座的な配置なのに比べると、若干ゆったり目にしつらえてある。シートピッチも足が届かない位だから結構余裕がある感じ。この列車、上述のとおり1等Eksektifと3等 Eknomi-ACのみで、2等Bisnis車の連結は無し。Ekonomi-ACの料金は2等Bisnisと同じくらいに設定されることが多く、PT.KAIはサービス向上即ち冷房化(最近は地方の都市間バスのAC化が進んでいることもあり)を進めていく中、ひょっとしたら2等Bisnisを廃止していく方針なのかもしれないな。

結局Kelud Ekspresは12時半を過ぎても出発せず、こちらが12時39分の定刻に出発。
この列車、国鉄PT.KAIのサイトでは検索できるのだけれど、駅の時刻表にも案内されておらず、案の定乗客数は多くない。とはいえ、各ボックスに1〜2名だから、客側としてはまあ適度な乗りかな。
Ekonomiac2012100702021
Ekonomi AC車内。まあフツー。大垣行き375Mってとこですか。

食堂車からの出前を取ろうと思ったら、メニューは写真つき。これは我々外国人には有り難いサービスだね。
なんとなく洋食の気分だったのだけれど、ビフテキ3万7千ルピアと高かったので、ミーゴレンとテーボトルで我慢。いつもの皿ではなく、籐で編んだ籠でサーブされたのがちょっとお洒落だな。いいね!
車窓は青々とした稲。雨季前なのに。灌漑が行き届いているんだろうな。あとはサトウキビかと思いきや、トウモロコシ畑。

列車は途中「Air Terjun(滝)」見学の看板が見える山奥の信号所で下りの長距離快速と交換待ちをしたものの、途中無停車で快走し、1343マディウン着。

帰りは、何故か下りのスラバヤ行きが夜行も含めて全て満席!という驚きの状況だったので(何があったんだろう?)、バスターミナルからこちらも「Ekonomi AC」バスでスラバヤへ戻り。こっちは5時間近くかかったけど、運賃はたったの2万ルピアで頻発。窮屈だから、もう少し払っても、ゆったりとした列車の方がいいんだけれど、10数万ルピアまで差がついちゃうとなぁ。うーん、今一つ釈然としないなあ。。。
Malioboromadiunp1190063
マディウンに到着したMalioboro Ekspres、Ekonomi AC車両。長距離でなければこれで十分かな。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年10月 4日 (木)

ちょいと一時帰国します。

今月末に、大牟田の父の実家での法事やその他にあわせて、ちょっと一時帰国してくることにしました。
今回は、職場からは全く補助が出ないので、マイルでも使って安くあげるかな、と思ってUAのサイトで検索してみたんだけれど、スラバヤは☆組が乗り入れておらず、シルクエアーは対象外なのね。

仕方ないので、ジャカルタ始発で福岡に入る便・・・で調べたら、バンコク経由のTG、帰路はNRT=CGK直行のNHで無事に取れたのですが、CGK=BKK=FUK=TYOってのはダメなのね。福岡~東京の国内線が出て来ず、ソウル経由のOZなんてのが案として出て来て、結構なマイル数取られる模様。UAのサイトを幾ら眺めてみても、どういう条件(直行の○%増し迄OKとか)なら片道としてきれるのかが書かれていないんだよねー、これ。
まあ、サーチャージもかからず、税金というか空港使用料関係で30ドルだけ(SUB=CGK往復はあるけど)で帰省できるんだから、有り難いと思わなくっちゃ。

あ、帰国日は、25日福岡着、11月4日成田発です。福岡~東京は、最近就航したLCC使ってみようかな。
まぁ、時間があったら、飲みにでも行きましょ。
Tg737pict1716
タイ航空といえば、やっぱりこの塗装の方が好きだったなあ…

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年10月 1日 (月)

ジャカルタの休日 その2。

日曜日。今日はJJMこと、以前少し仕事で関わっていたこともある、ジャカルタ・ジャパン祭りを見学・・・
なのだけれど、その前にちょっと寄り道。このジャカルタのJABOTABEK電鉄の中古電車が大好きで、こちらに転勤してきてしまったという、「JABODETABEK COMMUTER NEWS」の管理人パクアン急行さまとマンガライで久々に落ち合い、バライヤサ脇の留置線で供用開始待ちの、ドイツの支援で当地MadiunのINKA工場で製造されている新型電車KfWを見学の後、カンプンバンダンからアンコに乗ってタンジュン・プリオク駅へ移動。
Manggaraip1180916
マンガライの車庫にて。日立製VVVFだけか・・・と思ったら、右奥にはレストアEL「Bonbon」の姿も。

こちらには先日日本から到着したばかりの東京メトロ6000系ともう1編成のKfWが留置中。欧州のターミナル駅のような素敵な雰囲気をもったこのタンジュン・プリオク駅だが、現在電車の定期運転はなく、入ってくるのは郊外からの客車列車数本のみ。それはそれとしても、この駅舎、文化財として保存対象になっているのだけれど、週末にこの駅を見学しようとすると、警備員が「コタ駅の事務所で見学許可を取れ」といって入れてくれないのである。
じゃあどうやって許可を取るかというと、週末は事務所は休みだからまた明日月曜に申請して、って、馬鹿じゃないの? 確かに国鉄PT.KAIの職員ではない、単なる警備会社から派遣されている警備スタッフに、上から「ダメ」と言われたのを覆して独断で入構を認める権限なんかないわけで、まあ職務に忠実なだけで、ここで「文化財を見たい観光客は週末に来るものだ。それを明日、別の場所で許可を取得(しかも、正確にコタ駅のどこにある何という部署か答えられない)なんて、そこまでしてまたこんな街外れまでわざわざ見に来る人がいると思ってんの?」 と、職業に貴賎意識があるような言い方だけれど、まぁこいつらに言ったところでどうにもならないか。
週末だって定期列車があって運転関係の職員や切符を売ってるPT.KAI職員はいるわけで、そこで入場券の販売でもしてメンテナンス経費を稼ぐとか、そういう考えはないのかな。
Tanjung_priok2012093001971
タンジュンプリオク駅のドームに留置された2編成のメトロ6000。左には国産の新型車KfWも。

勿論列車の出発時刻になれば、切符を買えばホームには入れるのであって、他方で近所の子供が自転車乗ってホームを走ったりしている中で、写真を撮ろうとすると制止されるのである。嫌がらせやってんのかあんたら、と毒づきたくもなる。

そのうち、非番なのか、警備のボスと思しき男性が現れ、金を払えば入れてやる、と。幾らかと試しに聞いてみると、20万ルピアだときた。ほーら馬脚を現したな。結局はそれか。

暫くの後、雑誌社の取材が現れ、こちらも事前許可など取っていない模様。こちらも交えて議論するうち、何故か一人の警備員の態度が突然軟化、「数分だけならいいよ、」ということになり、まあこれまで眺めていたホーム内に入れて貰うことが出来ました。その警備員と話していると、「いやー、うちらもおかしいと思うんだよね、あんたらと同じように時々観光客来るんだよ、週末には・・・。それで許可とらないと入っちゃダメっていうの、彼らも機嫌悪くなるしね・・・、お偉いさんの考えてることは判らないわ。」って。ほらー、やっぱそう思うでしょ?
PT.KAI関係者と、Heritage Railway当局関係者の方針再考を望みます。

午後は中心部モナス南側広場のJJM会場で、元の同僚や友人たちと会ったりしながら過ごし、最後は随分と追っかけなども増えたJKT48のステージをちょっと眺めて来ましたとさ。
Jjmp1180975
JKTの写真は夜で遠くてコンデジじゃあちょっと無理だったんで、夕方の混雑する会場の写真でゴメンなさい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2012年9月 | トップページ | 2012年11月 »