« 2012年12月 | トップページ | 2013年2月 »

2013年1月31日 (木)

バタヴィア・エアー、倒産!

今日の報道によれば、昨年の国内航空輸送客数4位、約10%のシェアを占める国内大手航空会社Batavia Airが破産、全便の運行を停止したとの記事があった。

同社は2002年に設立、西カリマンタン州ポンティアナックの実業家が所有するこの航空会社は、B737A320による国内に広い路線網を持ち、ジッダ(サウジアラビア)への巡礼客向けにA330型機による長距離路線も運行してきたが、機体のリース料未払いによりリース会社から債務得不履行で訴えられ、裁判所から破産宣告を受けるに至ったとのこと。
このバタヴィア・エアー、前回在勤時からそれなりに利用する機会はあったのだが、最近は遅延が酷く、3時間以上の遅延の場合には30万ルピアを乗客に支払わなければならないという罰則規定が出来て以降急激に定時性の高まったLion Airに比べても改善する気配が見られなかったので、避けられるものなら他社便を選んでいたというのが正直なところ。
他の国内各社と同様、この会社のフライトもいつ乗っても混雑していたが、ジャカルタ~スラバヤ間程度の距離なら30万ルピア返金すると航空会社には幾らも残らない場合もある筈で、この支払いが経営に対する圧迫要因の一つになっていたのかもしれない。

 同社は昨年、エア・アジアとの合併が模索されてきたが、企業文化が違いすぎる等の理由でご破算になっていたが、今回同社の所有機や従業員、路線権(なんてのがあるのかな?)がどうなるかは明らかにされていない。ジャカルタのスカルノ=ハッタ空港の片隅には同社のハンガーがあり、多数の旧型機や、そこそこ新しい筈なのにエンジンを外されて飛べなくなっている機体が留置されているのをいつも眺めていたが、とうとうホントに飛べなくなってしまう日が来たか。
・・・と思ったら、夕方のテレビでは、Sriwijaya,Mandala,Express Airの各社が引き継ぐなんてニュースも流れてました。機体は借金のカタに抑えられてしまうんだろうけれど、路線や従業員が引き継がれるのであれば、なにより。

ところで、

国営親方メラプティのガルーダはともかく、大量の新型機導入と早朝から深夜まで多数のフライトを飛ばすライオン・エアの一人勝ちの感がある国内航空市場、昨年一年間の輸送量統計(速報値)によれば、Garuda, Merpati, Citilink組が国内シェア約28.6%、Lion, Wings組が42.3%とこの2グループだけでシェア7割以上を占め、特に幹線では寡占状態になりつつあり、他には業界3位(13.2%)、地場資本のSriwijaya Airが新型Embraer機の導入など一人気を吐く以外は、事実上外資のAir Asia位、後は地方の小規模会社ばかり。それでも一度倒産したもののタイガー・エアウェイズ(星)の資本が入って運行を再開したマンダラ航空のような例もあり、相変わらず移り変わりは激しいようです。

利用者としては、安くて、定時に安全に飛んでくれれば、それだけでいいんですけどね。

もう暫く飛行機乗ってないな、どこか行ってこようかな。
Y6_img02080
突然見おさめになってしまったBatavia Airの最新塗装機。これはB737-400かな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年1月30日 (水)

スラバヤにもモノレールだって!!

先日はパレンバンのモノレールの話を書いたんだけれど、今日の報道によれば、なんとこの我がスラバヤにもモノレールが、という記事が!

しかも、モノレールだけではなく、トラム(路面電車)も合わせて計画されているという。
スラバヤ市当局担当者が記者に述べたところによると、スラバヤ市内を東西に結ぶ26kmのモノレールと、南北18kmを結ぶトラムにかかる予備調査が既に行われており、今後FS(フィージビリティ・スタディ)へと進むのだそうだ。

既にかつてこのBlogでも書いたとおり、当地スラバヤにはかつて東西南北に路面電車が走り、加えてスティーム・トラムまで走っていた。モータリゼーションの進展に伴い早々に廃止されてしまったが、お陰で300万都市にもかかわらず鉄道系市内交通機関のないスラバヤ市内は朝晩大渋滞なのはご存知のとおり。以前既存の国鉄路線の電化・高架化と空港新線建設に係るFSが実施されたこともあるが、これは市内中心部内の交通機関ではなく、近郊と市内とを結ぶ現在の路線の改善と空港連絡線だけだった。

さてこのモノレールとトラムとが実現可能性があるか、なのだが、確かに以前路面電車が走っていた区間のうち、道路中央部で緑地帯となっていたり、道路脇に不法占拠住宅が立ち並んでいる、国鉄PT.KAI用地が相当あり、これらを活用すれば土地収用問題は相当程度軽減されるかもしれない。あとは市内を南北に流れるカリマス川を活用するか。でもモノレールは東西路線かぁ。

他方でトラムですか。仏・ストラスブールのような所謂LRTが念頭に置かれているのだろうけれど、専用レーンを作って今の幹線道路の車線数を減らしちゃいますか。このトラムの建設により自動車交通量が減るから何とかなるということかな。
他方で、いつも交差点の真ん中にクルマが止まってしまって、交差側車線の交通が通れなくなっていたり、我先にと突っ込んでくるクルマやバイクが鍵の字になってニッチもサッチもいかなくなってるのを良く見ます。これではトラムの円滑な運行が出来るのか正直心配なところですが…

しかも、全て民間資本導入で、モノレール11兆ルピア、トラム3兆ルピアの合計14兆ルピア(約1,400億円)にのぼる建設経費を賄い、出資を募るという。
そーんなの、出てくる訳なーいじゃん。ジャカルタのモノレールの前例を見れば一目瞭然。打ち出したはいいけど、途中で資金が続かなくて作りかけのまま放置されてお終いになってるじゃないですか。
こういうのは、土地収用、建設まで政府機関がやって、運営だけ任せる、とかにしないと出来るわけがないんですよ。だって運賃だって政府が貧困者対策とかいって制限かけて自由に上げたりできないんだから、それだけの資金をどうやって償還できるというんでしょう。

と言っていては夢がないですね。有望な出資者が出て来て、実現するといいですね。楽しみにしてます・・・。

Monorailkaimage1_2
雑誌「Majalah KA」1月号に掲載された、国産モノレールの実験車両。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013年1月29日 (火)

"大変素敵な""血が疼く超絶"ブログだって! 誉められちった♪

ジャカルタ在住の元同僚T畠さんからのメールで、このBlogを気に入ってくれた方が書いているブログ(長いな)がある、と教えて貰ったんで、早速見に行ってみました。

どうやら昨年末にジャカルタに転勤になった、当方とそれほど歳の違わないと思しき方が、着任してしばらく、追って帯同予定の御家族が到着前の不在の期間中の楽しみ探しにネットサーフィン(この言葉最近使わないね)してるうちにこのブログに辿り着いたらしい。
どうやらお気に召していただいたのは、御本人の趣味のナローゲージ系のお話らしい。ということで、スマトラの森林軌道のお話や、東ジャワ・オルレアンの製糖工場の蒸機の話、そしてCepuの蒸機チャーターの話(ここはナローじゃなくて1,067mmだけれど)が例に挙げられてます。

そっかぁ、居るんだなあ、こういうの好きな人。勿論まったくゼロじゃないと思ってるから、自己満足98%であっても、少しくらい関心のある方のお役にたてたらいいなあ、と思って書き綴っていたのが、こうやって実際にストレートに書いていただけると、若干面映ゆいけど、正直嬉しいなあ。落花生。の事を「鉄な方」とかいう誤解はあるみたいですけどね。
是非この方にも、インドネシア滞在期間中にあちこち回っていただき、面白いものを見つけて、当方にも教えて貰えるともっと嬉しいなあ。

あ、その方のブログは こちら でした。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013年1月28日 (月)

メダン空港鉄道開通間近!

そういえば、先週の報道で、北スマトラのメダン新空港鉄道の運賃が決まったという話がありました。
メダンのポロニア現空港は、狭隘なばかりか市内に極めて近く、それは便利でいいんだけれど、騒音や過去に市街地への墜落事故も経験していることもあり、市内東方のクアラナムに新空港が建設されることとなり、本年3月に開港の予定となっています。
で、この空港には(ジョグジャ空港前のマグウォ駅はともかくとして)発の空港連絡鉄道となる新線鉄道が建設されており、既に試運転も始まっており、一時は1月中旬、あるいは1月末に新線鉄道の開通式典が行われるという話があったものの、工事自体の遅れや、この新空港鉄道を運行するために国鉄PT.KAIと空港運営会社アンカサ・プラ2が出資して新たに設立されたPT.Railink社の幹部が急逝したりといった事情もあり、現在まで延び延びになっている模様。

他方、この空港鉄道で当面使用される予定の車輛は遅ればせながら順次製造・現地への輸送が進められている模様。一時は、JR久留里線のキハ38系が欲しいとか、JR北海道のキハ141系が欲しいから繋いでくれないか、なんて打診が落花生。にもあったりしたのだけれど、結局いずれもミャンマーに持って行かれてしまうなどして実現せず。
当面、というのは、既に入札を経て発注されている、韓国ウジン(Woojin:宇進)社製のディーゼルカーの製造が遅れており、やむなく中古車を輸入するか、取り敢えず手持ちの車両を投入する事で急場を凌ごうという事で、結局ジャワ島の中距離列車として投入されたACつきKRDE社と、古い日本車輛製DC(MCW302系列)を大改造してリニューアルしたものの2形式が投入される模様。後者はネット上の写真を見るに、深々とした転換リクライニングシートが並び、薄っぺらい固定クロスのKRDE車とは随分居住性に差があるようだが、これで同じ運賃になるのだろうか。
列車は、メダンの中央駅とクアラナム空港駅との間約28kmを所要約30分、早朝4時半から夜の20時半までの間に一日26本が設定されることとなる由。
そうそう、その運賃ですが、片道8万ルピアとなるそうです。現在ジャカルタの空港バスが2万ルピア(ガンビル駅・ブロックM路線など)だから、結構強気の設定ですね。バンコクのスアンナプーム空港のエクスプレス列車と比べても随分高い気がする。きっと安いバスも設定されるだろうし、大丈夫か??
Arsdmu_medan
ARS(Airport Railink Seivice)の文字も凛々しい日本製DC更新車。Thanks to Rさん 
こちらは通勤電車改造KRDE。これらが同じ料金でよいのか?
Krdekelud1


| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013年1月26日 (土)

社員旅行@動物園! タマンサファリ2

今日は事務所のスタッフとローカルスタッフ家族が揃っての遠足の日。前々から新人職員がチームを作ってゲームを考えたり、景品を買い出ししたりと楽しみにしてるのが伝わってくる。

中型バス2台を連ねて朝8時に出発する筈が、バスが現れたのが7時58分という焦った瞬間もあったけれど、何とか到着、天気も良く、道も空いていて快適。およそ2時間弱で目的地、スラバヤの南のプリゲンにあるタマンサファリ2という動物園。2と着いていることから解るとおり当然1もあって、これはジャカルタの南のボゴールの方にあります。
Ts2image1
サファリパークの園内をクルマでゆっくり回ります♪

先ずはバスで放し飼いになっている動物のエリアを40分ほどかけて一周。アフリカ象やらライオンやら居るのだけれど、ノンビリお昼寝モードで、富士や群馬のみたいにあまりクルマに近寄ってこないのはちょっと物足りないか。お腹減ってるのかと思いきやそうでもないのかなあ。スラバヤ市内の動物園では、動物用のエサの肉を職員が持って帰って自分たちで食べてしまうので、肉食動物が栄養失調で倒れているとかいうまことしやかな話も聞くんだけれど。
でもシマウマなんかが前を走る乗用車に寄って行って人参なんかを貰っているのも見えたので、こちらの大型バスは窓が開かないし、エサ貰えないと判ってるから近づいて行って愛想振り撒いたりしないのであれば、凄い頭がいい動物たちかもしれない。

その後は折角の家族の集まりでもあり、子供たちも参加できるゲームを幾つか(似顔絵書きゲームで評判がよく商品貰ってしまった(^^;; 。。。)やって楽しみ、お昼御飯のあとは自由行動。

この動物園、残り半分は遊園地的なアトラクションがいくつか、後は普通の動物園のように動物を見て回れるようになっているのだけれど、ほぼ1時間おきに園内のどこかで「イルカとアシカショー」「象のエサやり」「タイガーショー」といったアトラクションがあり、それを見て回ってると結構飽きないのが意外。
中には(ちょっと動物たちにとってストレスなんじゃないかと気の毒になる)動物の子供との写真撮影(たったRp.10,000!)があってこちらが大人気…なのはトラの子とかで、大蛇を首に巻いて、ってのは流石に人気がなかったな。

そんなこんなであっという間に帰りの時間になってしまいました。なかなか楽しかったな。来年もまた考えないと。職員の福利厚生も大事な仕事ですが、こういうしごとだったらまたやってもいいな。

Ts2tigerp1190762
FBで評判良かったトラの子写真。ネコ科動物の子供ってどうしてこんなに可愛いんだろう♪


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年1月25日 (金)

宇高連絡船「讃岐丸」まだ元気みたいです♪

先週日曜日の来客P氏の案内中、マドゥーラ島路線のフェリーが日本の中古船であることを確認できず若干忸怩たる思いだったので、ふと思い出して久々に“もう一隻の”宇高連絡船「讃岐丸」の消息を確認しに行ってみることにしました。
タンジュン・ペラク港から大通りに出て歩くこと数分、Dharma Lautan Utama社の事務所を訪問してみると、前回に比べて随分洗練された雰囲気。って前来たのはいつだ?と考えてみたら、2004年まで遡るんだった。
そりゃあ変わってても不思議じゃあないな。
当時は壁にスラバヤ・ベースの運行船の写真が掲示されていたんだけれど、今は室内に置かれた会社案内の機械(空港とか、ショッピングモールとかにあるフロア案内の機械みたいな奴)で検索する事ができ、見てみると、ちゃんとありました。「Dharma Kencana」号。あれ?前は「Dharma Kencana 1」って番号がついてた気がするが、ビミョーに名前変わってる? 
Dharmakencanadluoffice
Dharma Kencana 号こと讃岐丸は今も元気に活躍中みたいです。

窓口で時刻表を貰って見てみると、現在の運行区間はここスラバヤ港と、カリマンタンのバンジャルマシン港の間を往復しているようだ。スラバヤ港発は、この1月後半の場合、17日15時、19日21時、22日12時、24日18時、27日1時、29日12時、31日18時と、2日と数時間おきに出発している。バンジャルマシンまでの所要時間を尋ねると「約24時間」と大雑把な回答だが、着いて掃除して折り返してるとすれば、まぁそんな感じだろうか。なお、機械で見る限りでは優等寝室等もついているように案内されたが、窓口で聞いてみると、この船は3等の桟敷(簡易ベッド)と座席のみの構成で、料金はいずれも24万ルピアとのこと。

この内航船で、外洋を丸一日かぁ…(しかも3等のみで) 
やっぱりちょっと厳しいものがありますが、折角なので一回くらいは乗ってみなきゃなりませんね。
まあ、昔ヌサトゥンガラの島の港で一回船内見てるから、まぁそれでお茶濁しときますかね、暫くは。

Dluofficep1060066_2
ダルマ・ラウタン・ウタマ社のタンジュン・ペラク港事務所はこちらです。



| | コメント (0) | トラックバック (0)

いろんな乗り物に乗った一日でした。

マドゥーラ島からスラバヤ側に戻り、港のターミナルからバスで市内へ。
パクアン急行さんお泊りのグブン駅西口前のホテル・サヒッドで小休止の後、あらためて本日2度目のシドトポ駅へ。
12時半のコミューターでシドトポ~グブンまでの未乗区間を片付けた上で、シドアルジョの泥池へ…というつもりだったのだけれど、シドトポ駅舎に着いてみると、どうも話が違う。そのコミューター列車は、車庫から回送で出てきた後、一旦コタ駅へ向かい、それからポロン行きになるという。それって、今朝乗ったとこと同じ区間じゃん!(汗) イカンこれでは私のインドネシア語理解力を問われるところだが、もう手遅れか…。そもそも04:10発の奴だって、時刻表上はグブン発ポロン行きだが、これも実はグブンに直接向かうのではないんじゃないのか。
もしホントにそうならば、シドトポ=グブン間は営業列車はない訳で、であれば乗らなくてもよい(笑)、んならスッキリするのだが…
Krdep1060074_2
シドトポ駅で折り返しを待つKRDE車の正面、FRPが割れてる奥に元のお顔が覗いてます。
左奥に、おもちゃのように積み上げられた古い貨車も気になります…

12時過ぎ頃になって、南側から5両編成のKRDE、元HYUNDAI-ABB改造のArek Surokerto編成が現れた。
ここでまた疑問が一つ。現れた編成は、南側の先頭車が左下の前照灯の下部のFRP部分が踏切事故の影響かで大きく割れており、下に元々のHYUNDAI車のステンレスの前面が顔を覗かせている。この車両、昨晩空港でP氏を出迎えてからクルマでワル駅に向かい、コタ駅までお試し乗車した際には、反対側の北側に連結されていた車輛であるらしい(もう一編成は故障中)。なんで編成ごと向きが変わってるんだ? 
ん… やはりシドトポ→グベン(→ポロン)→コタ→シドトポとデルタ線を使った三角運行の結果向きが変わった可能性がある。ってことは、やっぱりシドトポ=グベン間の運行もあるのか?? 謎は残る。運転担当の駅員すらきちんと説明してくれない。確認するには、またもう一回朝4時に来るしかないのか…?

結局12時10分(これも朝の駅員氏の話では12時半という話だった)に発車した列車は、一旦コタ駅に入って折り返し。駅中の売店でザラ紙に包まれた駅弁(?)とゆで卵を買い込んでお昼ご飯とし、定刻に出発した座席定員弱ほどの乗りのコミューター列車で終点のポロンへ。
このKRDE電気式気動車列車、既に何度も触れているとおり、かつてジャカルタ近郊のJABOTABEK電鉄区間で使われていた、HYUNDAI-ABB製の電車を改造し、両先頭車の床下にディーゼル発電機を積み込み、これで起こした電気を使って電車時代からのモーターを駆動するという、力技で改造した編成。なので電車時代のモーターは生きており、2両目と4両目の床下からは、力行時にはVVVFのプーン♪という電子音が聞こえてきます。
当初スラバヤ=モジョクルト間の「Arek Surokerto」号の運用に2編成が投入されたが、こちら(モジョクルト方面)よりも需要の高いスラバヤ=シドアルジョ・ポロン間のコミューター用の日本車輛製KRD(MCW302系)気動車が、メダン空港連絡鉄道用に取り上げられたのと、故障とにより車輛不足となり、こちら(シドアルジョ方面)の運用に回されているもの(長い説明でスミマセン)。元々HYUNDAI-ABB車輛は1992~93年に韓国現代精工製の車体部品とABB製の電装品を使ってマディウンのINKAで4両×2本の8両が製造されたVVVF制御電車なのだが、その後故障により運用を離脱、2009年にKRDEに改造されてスラバヤにやって来たもの。
これが改造の結果何故か5両×2編成の計10両に増えて(!)いるのだが、増結された各編成1両の2両は、どうやら日立製の同じくJABOTABEK向け電車を改造して組み込んだらしい(【後日注】これ、要確認です)。コルゲートの本数が違う位で、屋根の形状など以外と違和感なく組み込まれてます。上手いもんだね。
Krdesidop1060173_3
シドアルジョの泥池の脇を行くKRDE。泥池の水面の方が遥かに高く、決壊したら、と考えたらちょっと怖い。

そんなわけで、ポロンからは並行道路を走るミニバスで泥池の脇に移動、オジェックで噴煙が近くに見える中州(今日は雨上がりで足元が相当ぬかるんでました)まで一往復の後、先程の折り返しのKRDE編成を築堤の上から待ち構え、その後はこの泥の噴出で寸断された高速道路の入口で捕まえた高速路線バスでスラバヤ市内へ戻り、ウォノクロモのオランダ時代からの水門で行き来する列車の撮影に暫しおつきあい。
最後はウォノクロモ駅から、やはり(パサールトゥリ口と同様)客車運行となっている「KRD」号Kertosono行きでボハラン(Boharan)という小駅まで行って、国道を走るバスで市内へ戻り、空港へ向かうP氏を見送って漸くお終い。
朝4時から動いて、流石に疲れました。しかしまあ、(タクシー、ディーゼル機関車、ディーゼルカー、船、トラックバス、市内路線バス、KRDE、バイク、高速バス、客車列車、都市間バス、そしてP氏は最後飛行機まで)色んな乗り物に乗った一日でしたわぁ。
Pintuairp1060193_2
ウォノクロモ駅北の水門前を行く、赤釜流線形CC201による石油列車。
ここも水面は高く、少しでも増水したらジャカルタの二の舞になりかねない懸念…

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013年1月24日 (木)

マドゥーラ鉄道の機関庫(デポ)を見に行く。

えっと、今日はムハンマド生誕祭という事で当地はお休みです。
ちょっと先週末の疲れが残っているので、今日はノンビリと自宅で寛いでいるので、こんな時間のエントリーも可能な訳で、月曜の記事の続き、タンジュン・ペラク港からフェリーに乗ってマドゥーラ島のカマル港にやって来ました。今回のお客さんパクアン急行さんがこの区間のフェリーの日本の中古船がお目当てだったのだけれど、往復とも各船、明らかに瀬戸内の島嶼路線辺りで使われてた船っぽいのだけれど、社名・船名を特定できるような材料は見当たらず、残念。そう思うと、あのメラク=バカウニ航路の「阿波丸」は奇跡的だよね。

 今回カマル港では一つ確認したいモノがあったので、同行のパクアン急行さんをつきあわせ、港の前の道を少し歩き、左手の住宅街の中へ分け入って行くと、足元には早速廃線路が現れた。で、100mほど先、突然視界が開け、広場のようなスペースとなり、正面には、
↓これです。

Kamalp1060023
カマル港の北側に残る、マドゥーラ鉄道の機関庫だった建物。

Loko_c2602_dan_c2602_di_depo_ka_kam
現役当時のデポ。建物はそのまんまですね。

これは、マドゥーラ鉄道の機関庫というか、デポの建物・跡地なわけです。
近付いて眺めていると、地元のおばあちゃんが声をかけて来たのでちょっと話をしてみると、1980年代中盤まで蒸気機関車運転の列車が毎日朝夕の2便走っていた事、自分は行商目的でしばしば使っており、列車はいつも混んでおり、マドゥーラ島中部のパメカサン辺りまで片道3時間程だったこと(ここまでは110km以上あるから、そんなに速かったかはちょっと?ですが。)、今は一部が貸間、倉庫、球技施設などとして使われている事、この付近には車輛等は全然残ってないけれど、この建物を見学・調査しに、スラバヤやジャカルタから当局の人が何回か訪れている事、等を聞かせて戴くことが出来ました。

折角なのでネット情報があまりない、このマドゥーラ鉄道の話を書いてみる事にします。

マドゥーラ島は、面積約4,250平方km、4県の行政単位を有する大きな島で、およそ350万人が暮らしています。マドゥーラ人は一般に血気盛んな民族と言われ、時折島内で宗教・宗派対立による暴力事件が発生したりしていますが、概して農業に不向きな土地柄貧しい地域と言われ、東ジャワ州をはじめとする他の地域に出稼ぎに出て行くケースも多く見られます(シトゥボンドなど、東ジャワのサトウキビ農園では、マドゥーラ出身の労働者をよく見かける)。カラパン・サピと呼ばれる競馬ならぬ競牛競技と独特の絵柄のバティック(ろうけつ染)が全国的に有名で、先般2009年に中国の援助により対岸のスラバヤ市とを結ぶ「スラマドゥ大橋」が開通し、経済の活性化が期待されています。

 そのマドゥーラ島の鉄道は、1898年に蘭印政府の旗振りにより、スラバヤの向かいに位置するここカマル港(Kamal)から島西部の中心地バンカラン(Bangkalan)迄18kmが開通したのを端緒に、1901年までに島東部のスメネップ(Sumenep)にあるカリアンゲット(Kalianget)迄が Madura Stoomtram Maatschappij.(マドゥーラ蒸気軌道会社)により営業を開始しました。
 島内の道路は未整備で、他に公共交通機関もなかった時代、この鉄道は連日満員の乗客と生活物資を運びましたが、中でも重要だったのは、マドゥーラ島の南岸で採取される良質の塩の輸送でした。西端のカマル港からスラバヤへ、東端のカリアンゲット港からはやはり対岸のシトゥボンドへと船が運行し、スメネップを始めこの地域には製塩工場が稼働しており、この地で作られた塩はこのマドゥーラ鉄道と船で島外へと運ばれて行きました。現在、島内の製塩工場は既に操業を停止して久しいですが、南岸のサンパンからスメネップにかけては今も多くの天然塩場があります
 最盛期にはマドゥーラ鉄道は支線も含め総延長224kmの路線を有しましたが、日本統治時代に東側のカリアンゲット=パメカサン間の路線は廃止され、線路は供出されてしまいました。第二次大戦が終結し、独立を果たした後にインドネシア国鉄が引き継いだ路線はパメカサン以西の路線のみで、国鉄PT.KAIの発行する鉄道路線図には未だにこの126kmの区間が記載されているものが多く見られます。

Madura_ka_map
マドゥーラ島に延びていた鉄道路線図。

Rosenzuimage1_2
鉄道駅に貼られた路線図には、マドゥーラ島路線(右上)が未だに掲載されているものも多い。

 その後もマドゥーラ鉄道は島民の貴重な足として活躍を続けましたが、モータリゼーションの進展により乗客数・貨物数は減少し、1987年を最後に運転を廃止されてしまいました。
 現在でもカマル港に降り立つと、港のすぐ北側には「国鉄PT.KAI所有地」との看板が立ち、ここに鉄道が存在したことを示していますが、そこからバンカランへ、そして東のサンパン、パメカサン方面へ向かう主要道路をクルマで走ると、道端のあちこちに廃線となった線路や鉄橋がそのまま残っている姿をあちこちで見かけ、またカマル港の北西側には、今回訪問したとおり、廃止後25年を経過した現在でも当時の機関庫がほぼそのままの形で残されており、往時を偲ぶことが出来ます。
 なお、末期にはC26型、C31型といった蒸機が混合列車を牽引していたのですが、残念ながらこれら機関車は保存されてはいないようですが(もしあるようだったら教えてください)、マドゥーラ鉄道で活躍していた客車の唯一の生き残りである「Kereta Sultan」木造客車が、長くスラバヤの機関庫の片隅に保管されていたが、2012年にアンバラワの鉄道博物館へ運ばれて行きました。然るべき整備の後、一般公開されることが期待されています。
24lokoc3117yanglewatditelangbangkal
マドゥーラ鉄道の列車。1970年頃だそうです。

29b188775_202771179740951_2019614_3
カマル港の埠頭駅で列車を待つ乗客。駅名票には「マドゥーラ蒸気軌道」の文字が見えます。

当時の写真の出典はいずれも: http://madura-area.blogspot.com/2012/03/sejarah-kereta-api-di-madura-beserta.html からです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年1月23日 (水)

パレンバン・モノレール計画具体化だって。

本Blogでも時々触れており、まぁ打ち上げるだけで実現可能性は低いという感じだった地方都市における鉄道系交通機関建設計画のうち、南スマトラ州のパレンバンにおけるモノレールの建設が具体化しているとの報道があった。
以前書いたとおり、南スマトラ州の州都パレンバン(人口約145万人)では、市内の渋滞の深刻化を受け、市内北西部のスルタン・マフムド・バダルディンII 空港から、市内中心部を経由し、市内を流れるムシ川南岸のジャカバリン地区を結ぶ約25kmの路線の建設が計画されている。州政府と地場の投資会社によるPPPで、両者間で覚書に署名、早ければ年内にも着工が見込まれる由。事業総額は5兆ルピアというから、500億円弱といったところか。

インドネシアではジャカルタやその他の地方都市、マカッサルやバンドゥンといった都市でも発の鉄道系市内交通機関としてモノレールの建設が盛んに取りざたされており、しかも100%国産でこれを進めようと国内企業によるモノレール(写真を見たところ、タイヤでレールを両側から挟んで走行するスタイル)の実用試験も行われている。ちょっと見学しに行ってみたいね。アメリカや韓国企業も関心を示しているようだけれど、せっかくなのでここは国産でやってみて欲しい(笑)。
もし順調に工事が進めば、今回の任期中に完成・運転開始されるかもしれない。と思ったら、完成予定は2017年というから、ちょっと難しいかな。間に合うようだったら、パレンバンはスラバヤからはちょっと行きにくいけれど、こういうお出掛けだったらいくら増えても大歓迎ですがね。

一点だけコメントさせていただくと、土地収用問題があるからモノレール、ってのは判るんですが、モノレールって、それほど収容力ないし、あんまりスピードも出せないし、それほど安くないし、機構的に複雑でメンテナンスも大変だから、あまり広がってないんですよ、日本でも千葉も北九州も。
マレーシアのクアラルンプールでも、市内交通として最初はモノレール作ったものの、2号線以降はみんなLRTタイプになってるでしょ。マニラもバンコクも、鉄輪スタイルで路線拡大してるんだし、そっちの方が良いような気がしなくもないんですがね…
Klmp1180470
こちらはKLのモノレール。インドネシア初の国産モノレール、成るかな??

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013年1月22日 (火)

洪水にも負けない企業広告いろいろ。

ジャカルタの洪水、結局20名ほどの死者と2万人近い避難民を出し、堤防は決壊、道路はあちこちで水に浸かり、JABODETABEK首都圏電鉄もあちこちで路盤が流出するなど大きな被害を出し、未だにあちこちで停電や断水が続き、完全復旧には相当の時間がかかるようですし、感染症なども懸念されています。

また、大統領宮殿や政府施設の中にも冠水した機関が相当あることもあり、以前から話題に上っていた事もある、カリマンタン島のパランカラヤへの遷都案迄もが取り沙汰されているようです。
Gubeng2013012202557
いすゞPANTHERはストレートなメッセージで。

まあ、それが簡単に進む訳ではないのですが、今日の新聞では、逞しい日本企業の、というか、自動車会社の広告が随分目立ちました。
まだ日常生活を取り戻せず苦しんでいる人たちも多く、こんな時に不謹慎だとか、エコノミック・アニマルだとか言われかねない虞はありますが、「洪水!なんでセダンなんか乗ってるの?(車高の高いウチのMPVにしなよ)」というストレートなものから、「ずっとインドネシアの家族の為に」というイメージ広告的なものまで、各企業のスタンスが垣間見られて面白かったんで、ちょっと載せてみることにします。
Cmkeretabanjir_img20130122_2
スズキ(左)とトヨタ(右)は同じようなイメージながら、メッセージは好対照。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年1月21日 (月)

パサールトゥリへ、朝の通勤ディーゼルカー。

長くなったんで昨日の続きです。

コタ駅からは、パサールトゥリ口のKRD列車を目当てに、タクシーで市内西部のタンデス(Tandes)駅へ移動。郊外へ向かう幹線道路、にしては細い道に、これまた小さく出された看板に従ってタンデス駅へ入ると、駅舎の扉は閉ざされ運転関係の駅員しか出勤していない様子で、切符は販売せず、そのまま乗ってくれと言われた。最近では車内で切符は売らなくなった筈だし、これでは無賃乗車になってしまうんじゃないかな。
Tandesp1050978
久し振りの“ホンモノ”気動車列車。これは前面更新車ですね。事故復旧で?

今日は西隣のババット(Babat)から上って来るKRD(本来は、Kereta Rail Diesel:気動車という意味。)という名の客車列車が目当てなのだが、6時20分過ぎになって先ず現れたのは遅れの1,2等(に加えて今日はEkonomi-ACも連結)急行72列車、パサールトゥリ05:48着予定の「Gumarang」、続いて06:25着予定の特急36列車「Sembrani」が数分の遅れで通過。
その後ようやく到着した我々の乗る列車は、客車列車ではなく、3両編成の日本製MCW-302系気動車の3両編成。これは久し振りで、当方的には嬉しい誤算。しかも3両編成のうち真ん中の一両は、クロスシートが並び、シートの造りなど、日本の一昔前の田舎の気動車を彷彿とさせる雰囲気でなかなか素晴らしい(理解してくれる方いるよね。)。日本車輛製という事で、元々は旧国鉄標準のDMH17系エンジンを搭載していたのだが、既にカミンズ製のエンジンに換装されているのが残念と言えば残念か。

10分ほどの短いトリップを楽しんでパサールトゥリに到着後、駅のドーナツ屋でサンドイッチを作って貰うのを待つうちに、程なく続行の客車列車が、スマトラから配置転換されてきた赤釜機に引かれて到着。おっとこちらが「KRD」号のサボを付けているぞ? ということは、今乗って来たのは更に一本前、ラモンガンからのコミューター「SuLam」号だったか。30分以上遅れてたんだな。
Mcwp1050989
国鉄型のセミクロスシートが並ぶ車内。昔はこんな気動車で乗り継ぎの旅とかしてたよね・・・

我々の気動車の方は乗客を降ろした後、さっさと車庫へ引き上げてしまい、恐らく次の運用は夕方16時発で40km先のラモンガンまで一往復してくるだけという、ノンビリとした一日だ。折角複線化工事も進んでいる事でもあり、完成した折にはもう何往復かして近郊輸送を活性化して貰いたいもんですが。
あ、それと、結局車内でも切符は買えず、結果的に無賃乗車になってしまいました。他にもタンデスから乗った客いたし、ちゃんと運賃収受しなくちゃイカンと思います。

さて次は、タクシーでタンジュン・ペラク港へ移動し、マドゥーラ島へのフェリーに乗ってみる事にする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年1月20日 (日)

シドトポ駅、再度。

今日は午前4時活動開始。
目指したのは、以前にも行った事のある市内のシドトポ駅。ここは貨物駅というか、デポのある操車場というのが通常の認識なのだけれど、前回来た時に、朝4時過ぎと5時半の2本、グブン経由シドアルジョ方面行きののコミューター列車と、10時半頃にスラバヤ・コタ駅経由のブリタール行き普通列車がここから出発しており、実質的には回送なのだけれど、正式にはこの3本だけ客扱いをしているというのを確認しており、そうであるならば乗らなくてはならない。のです。理解していただける方、多いと思います。

そんな朝早くから出掛ける気にはならないのだけれど、いつでも乗れるや、と思ってては重い腰は上がらない。この週末は、いつも貴重な情報を頂いているジャカルタのパクアン急行さんが昨晩からスラバヤに遊びに来たので、本人の希望を踏まえつつ、自然と数少ないスラバヤの鉄系スポットをご案内する事になり、まあ連れがいるならば、と思い立ったわけでした。

ところが、タクシーで着いてみた未明のシドトポ駅、宿直の駅員に聞いてみると、今日のグブン行きはもう4時10分に出発済みで、5時半の便は運休だという! 最近、メダン空港用に改造されるために徴用されたのに加え、数両の日本製KRD・・・MCW302系列車が故障で運用を離れており、一部列車はスラバヤとモジョクルトを結ぶ旧Arek Surokertoの運転を取り止めて、そちらで使っていたHyundai製電車改造のKRDEで代走しているのだけれど、これが僅か1日3往復しかない。そんなわけで、運悪く運休にあたってしまった…
Sdtp1050920
夜明け前のシドトポ駅を出発する回送の機関車。

あらためて聞くに、今日は12時半にここシドトポ駅を出るコミューターがあるというので、そちらにあらためて乗りに来る事にして、さあどうしよう…と悩んでいると、駅員氏、間もなく5時に、6時発のバンドゥン行き「Pasundan」用に、コタ駅に回送する機関車があるから、乗ってっていいよ、とのこと。
うーん、そりゃあどうも。前回はシドトポから、コタ駅の横の築堤をパサールトゥリに直行する線路に乗っただけだから、シドトポ~コタ間も厳密にいえば未乗。運転席への便乗が昔より厳しくなってきた昨今、こんな機会もあまりないので、乗せて貰う事にしましょう。

機関車は、重連のCC201型。当地では最も一般的な、米GE製の大型機だ。狭い運転台には運転士と助士の2名が乗車するが、セミエンドキャブ機なので長い鼻の側が前になっていると、前方確認はなかなか容易ではないのが良く判る。室内には、極めてコンサバティブな機器類に加え、一部GPS機能用の機器が追加設置されているのが若干目新しいか。
Sdtkotap1050928
下町の裏通りを抜けて、コタ駅へ向かう機関車のキャビンにて。。。

ちょうど夜明け…Fajarの頃合いのシドトポ駅を出発した重連の機関車は、汽笛を鳴らしながら両側に線路ギリギリまで家の立ち並んだ裏町の線路をゆっくりと走って行く。どこまでが正規の住宅でどこが不法占拠なのかよく判らないけれど、窓からちょっと顔を出すともうそこには庶民の生活があり、線路は実質的に生活道路になっていました。

コタ駅の手前で暫く信号待ちの後、コタ駅に入線し、待っていた客車と連結。ここからバンドゥンのキアラチョンドン駅迄はおよそ16時間の長旅。最近ではこの手の3等Ekonomiの長距離列車にもEkonomi-AC車輛が連結される例が増えて来ました。この列車にも連結されていますが、16時間ってのはちょっと…ね。(^-^;;
Pasundanp1050939
コタ駅に到着、客車と連結し、長途への出発を待つ重連の機関車。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年1月17日 (木)

ジャカルタ大洪水!

ここ数日、そして今朝未明から降り続いた雨のせいで、ジャカルタ市内中心部で水が出て、大変なことになっているらしい。そういえば今年は5年おきに廻ってくる洪水の当たり年の筈。
朝から執務室のテレビをつけてみると、ホテル・インドネシア前のロータリーからラスナサイドからメンテンから、市内中心部のあちこちが茶色い水に浸かり、ジャカルタ在勤の友人達からは、職場の周りで撮ったと思しき水浸しとなった道路の画像が沢山送られてくる。
TVは冠水した道路や電車の線路、立ち往生するクルマや、大八車の荷台を使った臨時タクシー(?)を映してみたかと思いきや、大統領宮殿(イスタナ)も水に浸かったらしく、膝までズボンをめくり挙げて「どうしたもんじゃろか」と語り合うユドヨノ大統領とマルティ・ナタレガワ外相の姿が映し出されて、思わず吹き出した。

今日はアルゼンチンの大統領、そして明日は安倍総理が日ASEAN40周年行事に出席のためにジャカルタを訪問予定になっている。
2thamrinimg20130117
すっかり川と化したタムリン通りの惨状。 Thanks to 元同僚T中さん。

午後にはジョコ・ウィドド・ジャカルタ特別州知事から「本日は自主休暇にしよう」令が出たという話もあり、そうすると、総理訪問受入れの準備なんかどうするんだろう? 大使館の人たち大変だなぁ、と他人事ながら気の毒になってきます。無事に準備作業できているといいのですが。
ここで安倍総理、「ジャカルタの下水道整備に援助しましょう!」とでも言えば、タイミング的にはばっちりな筈ですが、ちょっとあまりにもショートノーティス過ぎて、援助関係の国内官庁間の調整が間に合わないでしょうね・・・ 
それより、こんな状態の国に国賓格の総理が訪問してよいものだろうか、迷惑かけないか、心配です。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013年1月13日 (日)

日本大好き高校生♪

今日は日曜日だけど、早起きして事務所のイノーバお出掛け。
目指すは南東に一時間半ほど、モジョクルト郊外のゴンダン(Gondang)というところにある、とある高校。
今日はここで東ジャワ州各地の高校で日本語を学んでいる高校生達による、合同日本文化祭なんてのが開催されるというので、ちょっと覗きに来たわけです。
Img2013011302508
「ようこそ」 ゴンダン第一高校の正門はバリ風の割れ門。ここも昔はヒンズー文化圏だった地域。

なんでこんなところで?というのは、まあ各学校が毎年持ち回りで主催校となっていてたまたま今年はここだったというのだけれど、スラバヤあたりと違って交通の便の必ずしも良くないところ、主催者側の先生の一人は朝4時に出てブリタールから来たというし、中には東ジャワ州の南西の端、パチタン県や、東の端のバニュワンギあたりから来た学校もあるようで、皆さんお疲れ様です。

昼の間、校内各地で繰り広げられたイベントは、日本語弁論、朗読、漢書道、字の聞き取り、マンガ描き、果てはカラオケ大会(勿論日本の曲よ)に至るまで盛りだくさん。
これに加えて幾つかの大学や語学専門学校などが展示ブースを出し、お好み焼きやたこ焼きといったおなじみの屋台も幾つか出て、州内各地からの高校生が楽しそうに取り囲んでる。

今日はひょんな事から、朗読のイベントの採点をお手伝いすることとなり、全部で30人ほどの生徒さん達が、半ページほどの短いひらがな文を読む試験?に立ち会ったのだけれど、中には、「これはもう漢字仮名交じり文でもイケるんじゃないの?」と思えるくらい、流暢に読む子もいてびっくり。
第二外国語で日本語を選択して、この今まで見たこともないような、文法もまるで違う言語の、不思議な文字を読めるようになってるって、日本人の高校生でタイ文字やアラビア文字をそれだけ読める子がいるわけもないし、ちょっと驚きました。
そのお仕事が終わってカラオケ(日本語の曲を歌う)とか、他の行事を眺めて歩いていると、何組かのグループから、「一緒に写真撮ってください」とお願いされました。
ボロブドゥールなんか行くとよくある話なんだけれど、別に芸能人でもない僕らと写真撮ってどうするの?と思いつつも、「憧れの日本人!」と思ってくれてたりすると邪険にするわけにも行かないし、ちょっと面映ゆいながら、一緒にカメラに収まってきました。

この首都でもない東ジャワ州で、これだけ沢山の日本に関心を持っている若者がいるってのは、日本にとって、日イ関係の将来にとって、貴重な財産だと思います。それは、これまでインドネシアで様々な活動をしてきた先人達が残してくれたものでもあります。
なんか真面目な締め方になっちゃいましたけど、そんな思いを抱きながら、帰途につきました。
Yuushougondang2013011302514
今年の優勝はブリタール高校のみなさん!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年1月 6日 (日)

ブロモ山登ってきました。

昨日の2杯のビール…がエラい事になりました。たった2杯で、と思って油断して、部屋に戻って立って小便したら、目の前が真っ暗になって気を失って倒れて頭をしこたま打つ破目になりました。空気が薄いから酔いが早く回ったかな。ちょっと大丈夫か…

とはいえ、3時半に起こされてみると、打ち身の痛みはあるけれどまあ大丈夫そうなので、そのまま宿のジープで日の出見に出発! …今は雨季。日頃の行いもそれほど良くない、という訳で、ジープを降りて暫く歩いて上ったプナンジャカン山のビューポイントからの眺めは案の定雲の中、霧雨。数十台のジープで集まったお客さんたちも、なんとなく諦め切れずに何も見えない展望台に佇むが、まあ残念でした。仕方ないな。
Bromop1050795
右がバトゥック山、正面で煙を上げるのがブロモ山。

運転手に慰められながら、外輪山から火口内に入って、(行ったことないけど)ちょっと火星みたいな雰囲気じゃない?という砂地を走ること暫し、ヒンドゥー教のお寺のある近くでクルマを止め、ここからは歩いてブロモ山の小火口に登って行くことになる。

Bromoumaimage1
馬に揺られてブロモ山登り♪

最初15万!って声をかけて来てきた馬引きを「あり得ない、高過ぎる。10万なら乗ってもいいよ」と邪慳にしながら火口目指して暫く歩くうち、言い値が10万まで下がっちゃったんで乗らない訳にはいかなくなり(きっともっと下がるんだな。)、脚の短いばんえい競馬的な茶色の馬の背に揺られ、最後は200数十段の階段を順番待ちしながら登り切ったところが、標高2,392m、ブロモ山の火口を望む山頂でした。直ぐ下には今も盛んに煙を噴き上げる火口、振り向けば綺麗な円錐状のバドゥック山(2,440m)。眼下に広がる火口の砂地と草千里の先には、さっき御来光を眺め(ようとし)たプナンジャカン山。更に晴れた日であれば、富士山にも匹敵する標高3,676mのスメル山が見える筈だが、こちらは今日は絶望的かな。
Bromop1050880
ブロモ山頂から眺める火口の砂地と草千里。左下の階段は渋滞中。

「晴れてる日は眺めがいいんだよー」とはここを訪れた誰もが口にする感想だが、今日は「晴れてたら、眺めがいいんだろうなー」と思うだけ。残念だが、また乾季に出直して来るかな。

というわけで山を下り(きっと明日は筋肉痛。)、ホテルへ戻って一休みの後、スラバヤへと戻って来たのでした。
まあ一度に両側のビューポイントから眺めたしね、また次回のお楽しみという事で。

Bromoimg_3603
あまり意味はないのだけれど、流れでジャンプしてみる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年1月 5日 (土)

ブロモ山の上のホテルに♪

今朝は東京から年始のお休みを利用してインドネシア訪問中の、大学院時代の友人H部さんが御来訪。新婚なのにいきなり最初の正月から奥さん置いて一人海外旅行でいいんかい? 

一旦我が家で一休みして戴いたのち、目的地へ向けて出発する、今回の行き先は、東ジャワ州屈指の観光地、ブロモ山。スラバヤから南南東約100km程のところにある活火山(標高2,382m)で、太古の昔からの火山活動で、正式には複式火山と呼ばれる、広大な火山の火口の中に更に小さな火山が出来ているもので、元々は相当に大きくて高い火山だったんだろうな、と想像されます。
外輪山に囲まれた火口の直径は10km近いだろうか、中は阿蘇のような草千里と、月面のような?砂地となっている。
外輪山に上って火口を望みつつ日の出を眺め、その後ジープで火口を突っ走って、その後馬に乗って階段を上って中心部の小火口すなわちブロモ山の火口へ、というのが定番の観光コース。こちらもスラバヤに来てから「どうせ行く機会あるだろぅ」とこれまで行ったことがなかったので、ちょうどいい機会だ。
Bromocottagep1050901
山の上、標高1,700mのところにあるこのホテルに隠された秘密とは!?

折角なので定番コースを一回やってみることにして、今回予約したのはネットで選んだ Bromo Cottage というところ。もっと安いところは幾らでもあるし、同行者はバックパッカー上がりだから別にどんなところでもいいとはいうものの、もうこちとらいい歳な訳で、寒い山の上、お湯シャワーが出るところで、夜はビール飲みたい、ということで、同僚のアドバイスも得ながら選んでみました。

で、この宿が「地球の歩き方」に載っているメインの登山コースじゃないところにある為、事前にウチの運ちゃんに住所とネットの写しを渡して、「行き方調べといて」って言っといたのに、案の定道を間違え、大変な時間とガソリンのロスをしつつ、何とか日暮れ直前に宿に到着。ヤレヤレ。
Bromocottagep1050907
斜面のコテージの中を結ぶケーブルカーのレールと停留所♪

驚いたのはこの宿、なんと「ケーブルカーのある宿」!!だったのでした。
なんでも昨年2012年のリニューアルの時に作られたとの事の、レセプションの前から斜面に沿って作られたコテージを結ぶ、およそ高低差50mほどだろうか、全部で7つほどの停留所が設けられたケーブルカーに乗ってコテージに向かうのです。
日本では箱根の対星館とか、徳島の祖谷渓とか、バリ島の高級ホテルにも幾つかそんなのがあったっけな。正式には斜行エレベーターと呼ばれるんだろうけれど、屋外にあればそれはもうケーブルカー、鉄道の仲間だぁ。それが予想だにしていなかった中、思わぬ形で現れたので、いきなりポイント高いわー。取り敢えず全線乗ろっと。(笑)

で、夜は、今日は土曜日なのに、宿泊客は我々2人だけという中、夜はちょっと高めのホテルのレストランで、生ビールを2杯ほど、久し振りの再会を祝して乾杯したのでした。

Bromocottagep1050912_2
“車両”はこんな感じの両側扉仕様。銘板はなかったけれど、どこ製だろう?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年1月 4日 (金)

泥水に膝まで浸かって…

昨日の続きなんですが、Bojonegoroなんてガイドブックに書かれたこともないような田舎町にやって来た目的。今日はごくごく一部のニッチというか特殊な層を対象に書いてますんで、一般の方(いるのか?)は飛ばしてください。
Rustonp1190695
1950年頃の英国Ruston製のディーゼル機関車。好きな人は好きなんでしょうが…

ジャワ島のこのあたり、実は結構森林資源が豊富だったところで、西隣のチェプーの森林鉄道なんて、最盛期には300kmにも及んだ広大な路線網の一部が残り、現在SLチャーターに使われてる訳で、ここスラバヤから約100km西のボジョネゴロにも森林鉄道の拠点がありました…というのは正しくないな。ここにも森林局(Perum Perhutani)の事務所があり、そこから周辺の森林伐採・輸送用の鉄路が伸びていました。
現在は勿論全てトラックに転換されてしまっていますが、1990年代末頃までは、1,067mm軌間の小型のディーゼル機関車が運材列車を引いて走る姿が見られたそうです。

Wikimapiaの衛星写真を見ると、ボジョネゴロ国鉄駅の南側に接する形で森林局の事務所と貯木場が見られます。ついでにいうと右手(東)側には、本線から分離して左(北)へと向きを変えて行くLasem, Rembang方面への廃線跡も見えますね。
Bojonegoroimage1

早速駅の南側の線路に沿って森林局から線路(跡)が敷地から出て行く南東側の門へと向かってみたが、ここもここ数日の豪雨の影響で、一面の水たまりというか、海のような状況になっており、とても近付ける状況にはないようだ。
仕方ないので上述の廃線跡の付近から再度駅西側の踏切を大周りし、森林局の正門側から、事務所へと正面ルートでアタック。受付のオバちゃんこそ「何の用よあんたの来るとこじゃないわよ」的な反応なるも、事務所の中に入ってみると「昔使っていた機関車見せてくれませんか?」という唐突なお願いにも事務担当の職員の方は大変にフレンドリーな反応。暫く雑談の後、敷地内の(元)車庫を(何も残ってないけど)自由に見て行っていいよー。とのこと。

その車庫に行ってみると、目の前の職員住宅のオバちゃんが、「機関車だったら、あっち(東の方)に保管してあるよー」とのことで、指南に従いかなり水が溜まってる敷地内を職員の方のバイクに乗せて貰ったりしながら行ってみると、確かに機関庫があり、一台の古い機関車が販売用にしまってあり、関心がある来客には
見せているというのだが… 目の前、大冠水中。昨日の大雨でこうなったんだよねー、と職員氏。その先には職員住宅があるのか、家族連れが行き来しているのだけれど、皆膝まで水に浸かってる… 
Shakop1190674
大雨で水に浸かった貯木場の片隅の車庫。この時点でもう帰るつもりでしたが…

いや、そこまでしてまで見なくてもいいです…と礼を述べて帰ろうとすると、「いや、もう鍵管理している人呼んだから」って、えぇーここ入るの…!? 自業自得ですがな。

そんなわけで、一両だけ保管してあった、英国Ruston社製の古いディーゼル機関車を膝下まで水に浸かりながら見せて頂きました。状態はあまりよくなく、ちょっと修繕してどうこうという感じではなかったな…ってそういうことではなく、こんな泥水浸かって、破傷風とかならないといいんだけど…

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年1月 3日 (木)

今年の旅初め。

さあ正月休みもあっという間にお終い。
銀行のデビッド・カード無くして再発行の手続きだとか、(新築なのに)雨季の激しい雨が降ると窓枠から雨漏りして居間の床がびしょ濡れになったのを修理依頼してたりしたら、あっというまに最終日になってしまった。このままお休みおしまいで明日出勤してしまうのも何となく嫌なので、ちょっと近所まで“散歩”してこよっかな、とふと思い立った。
といっても、上司が一時帰国中で御留守番の身なので遠出はできず。
なので、普段あまり乗り慣れない…というか、乗った事はあるのだけれど夜到着する列車に乗っただけで実はあまり車窓を眺めたことがない、パサールトゥリ口のローカル列車に乗ってお出掛けする事にしたのでした。
Cepueksp1190556
パサールトゥリ駅で出発を待つ、「Cepu Ekspres」号KRDI-AC車両。

(休日モードとしては)ちょっとだけ早起きし、目指したのは09:10発の373列車、「KRD」ボジョネゴロ(Bojonegoro)行き。だったのだけれど、出発15分前に駅についてみるとこの列車は既に「Habis(売切)」ということで、買えたのは09:50発の「Cepu Ekspres」チェプー行き。INKA製オリジナルの新型ディーゼルカー「KRDI」も、ACつきバージョンはちゃんと乗ったことないから、まぁこれでもいいか。

KRDが出発すると程なく改札が始まり、構内の売店でコーヒーなどを買いこみ、2番ホームで出発を待つ、白地に水色の爽やかな塗装の列車に乗り込んだ。
両開き2扉化しているだけで、内外装の造りはマディウン=ソロ=ジョグジャ間で活躍しているKRDIと同じだね。と思ったら、全車指定席はいいのだけれど、扉の脇に補助席的な折りたたみ椅子が幾つかあり、居心地悪そうに座ってる乗客がいるところを見ると、ここも販売されているようだ。ハズレ席ですな。
Hazuresekip1190572
ハズレ席。子供はこういうの好きだからいいけどさ。

9時50分、定刻に出発。屋根の上からキーンという音が聞こえてくるので何かと思ったら、自動ドアのモーターらしい。車内は9割ほどの乗車率。間もなく西へ進路を変えて速度を上げて行くが、車窓に広がるスラバヤ市内は、線路沿いの低所得層が多く住むエリアとあってか、雨季のせいで結構水に浸かっているのが見える。車内のあちこちからバンジール(Banjir:洪水、水没の意)の声が聞こえる。
10時00分、最初の停車駅タンデス(Tandes)で対向の急行郵便列車と交換。その先のチェルメ(Cerme)でもコンテナ列車と交換する。南本線ほど旅客列車の本数は多くないが、こちらの北本線側も結構な本数の貨物列車が走っており、線路容量は必ずしも余裕があるわけではなさそう。スラバヤ市街地から既にずーっと複線化予定地が用意され、あちこちでレール敷設の工事が進められており、これはボジョネゴロまでずっと続いていた。
先日スマランから特急でスラバヤに帰って来た時も、スマランから、日暮れとなった(その先は見えなくなってしまった)チェプーの先(ボジョネゴロ方)迄ほぼ全区間に亘って複線化工事の最中だったし、スマラン=スラバヤ間の全線の複線化も近いようだ。

スラバヤの都市圏を抜けると、車窓には養殖池が広がり、土手ではヤギが草を食む風景となってきた。このあたり、バスやクルマでで通った事はあるのだけれど、列車で通るとまた違った雰囲気で感じられますね。
Shahanp1190581
左が車販窓口。右のワゴンでもちゃんと車内にも売りに来ます。ここに座ってるお客さんは肩身が狭そう…

ところで、こんな近郊列車にも車販が乗っているのがインドネシアの結構凄いところ。隣の2号車の車端部には売店のような販売窓口が設けられ、更にPT.ResKaの係員がワゴンで車内を売り歩いている。一番人気はPopMieというカップラーメン。食事時間帯でもないのに次から次へと売れてこの1号車だけで15杯以上売れたようで驚き。
隣のBoxでは家族連れの子供が食べ出し、「こぼすなよー」と思っているうちに、案の定股ぐらにひっくり返して大泣きし出して大騒ぎになった。大事なところ火傷したか?? 偶々検察にやって来た車掌の指示で、ResKaの係員が直ぐに掃除道具を持って駆け付けたのは迅速な対応でしたね。
Popmiep1190585
老いも若きもPopMie大人気~♪ テーブルがないのはちょっと不便ですね。

ちょっとした街になって並行道路が渋滞しだすと10時32分ラモンガン(Lamongan)着。既に下車する客が居て驚き。同じボックスの女子大生二人組のうち一人も下車していった。ここまでの運賃Rp.30,000って、安くないよ? 話を聞いてみると、元々は当方と同じく9時10分発のKRDに乗るつもりで来たんだけれど、満席だったのでこちらにした由。そんな、KRDのRp.3,000に比べると10倍の運賃だけど?
と聞くと、確かにバスの方がこのCepu Ekspresよりは安いんだけれど、スラバヤの北西方面行きのオソウィラングン・バスターミナルは遠くて、市内ベモ(ミニバス)でわざわざターミナル行って乗り換えるのは面倒だし、バスは(2-3の席配置で)窮屈だし、ちょこちょこ停まって人の乗り降りがあるのも落ち着かないし…汽車の方が好き、とのこと。
いいねー、汽車派いるじゃないですか。複線化完成の折には、もっとパサールトゥリ口の普通列車の本数増やしましょうよ。

10時51分、プチュク(Pucuk)通過。車端部の壁につけられた液晶表示は、「まもなく○○駅通過」「○○駅を後にしています」とマメな表示を示している。車窓は養殖池から田んぼに変わった。
Bengawanbanjirp1190595
車窓に広がる水浸しの沿線風景。日本でも有名な川「ブンガワンソロ」の治水は地域の課題になってます。

11時2分、ババット(Babat)着。右手にトゥバン(Tuban)方面への廃線跡を分けると、大きな川~ブンガワンソロ~を望むが、キチンとした堤防があるわけではないらしく、雨季でもあり周辺一帯は水浸し。複線化工事部分を含む線路の築堤だけが海の中道のように続いている。侵食されないのかちょっと心配になって来る。
11時25分、スンブレジョ(Sumberejo)着。車内案内の表記はSumberRejoと若干の誤植。10分停車だが交換等はなし。

続いて11時46分、バンジール地帯を徐行しながらカパス(Kapas)着。暫くの後、対向のスラバヤ行き急行54列車「ラジャワリ(Rajawali)」と交換。先日は2等Bisnis車が僅か1両に減車されていたが、今日は2両連結されていたな。

Rajawali1
轟音を立てて通過していくスラバヤ行き「ラジャワリ」号。客車5両に機関車、電源車、食堂車、一番後ろに控車と、なんか効率悪い印象。

そして目的地ボジョネゴロには12時10分に到着。
左手には先行して来た普通列車「KRD」がここで折り返しスラバヤに戻る出発待ちをしているが、KRD:Kereta Rail Diesel即ちディーゼルカーを意味する名称なのにも関わらず、この列車は機関車が客車を引く編成になっている。
スラバヤ地区の日本製気動車MCW302系列が、スマトラ・メダン空港線用車両として改造されるために大量に召し上げられたとの話を聞いていたが、これもその影響か。まあ、車両不足で運休にしたりしないで、ちゃんと代替車両使ってでも走らせてるのは(当たり前だけれど)エラいけどね。ロングシートの気動車3両より、クロスシートの客車4両の方が提供座席数も増えてるし。そういえばさっき、パサールトゥリ駅の隅のデポにはMCW1編成が留置してあったが、あのラモンガン行き「Komuter SuLam」用KRDは生き残ったのだな。

そんなわけでボジョネゴロについて今日の目的は一応半分達成。長くなっちゃったんで、続きはまた別途ということにして、「次の終点Cepuからは「Blora Jaya」と名を変えてスマランまで行きまーす」というアナウンスとともに出発していくCepu Ekspresを見送り、取り敢えず駅を出て街歩きに出ることにした。

Krdp1190634
スラバヤへの戻り出発を待つ「KRD」号客車列車。そのサボはわざわざ作ったのか?

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013年1月 1日 (火)

本年も宜しくお願いいたします。

皆様、新年明けましておめでとうございます。

昨日は雨季の豪雨が部屋の中に漏れて居間の一角が水浸しになり、アパートのメンテナンスに出動して貰うなど大晦日までバタバタしまし、色々あった2012年を象徴するような最後になりましたが、最後は在留邦人の方々と紅白眺め、年越しソバをいただきながら新年を迎える事が出来ました。
毎年年末を迎え一年を振り返ると、本当に多くの皆様に支えて貰いながら生きているというのを実感いたします。お世話になりました皆様、ありがとうございます。

本年2013年、本Blogも7年目を迎えました。私自身は相変わらずですが、今後とも少しでも皆様のお役にたてるよう、日々過ごしていければと思っています。
今年も一年どうぞ宜しくお願いいたします。皆様にとって良い年でありますように。

さぁて、日本だったら初詣、なんだけれど、どうしようっかな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2012年12月 | トップページ | 2013年2月 »