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2013年3月30日 (土)

もうすぐ一時帰国します。

金曜から三連休なのだけれど、金曜は出張者があったし、この土日はスラバヤ張り付け。
というのも、また上司が日本に帰国してしまっているので、当方は代理をしなければならないので、お留守番。
まあ東ジャワ州内であれば出掛けてもいいよ、とは言われているんですが、来週末からは恐ろしく忙しくなる予定なので、先週末も遊び倒した事もあり、今週末はおとなしくしてます。

という訳で、ではないのですが、その一連のお仕事が終わったころ合いを見計らい、半年ぶり、7か月ぶりかな、一時帰国する事にします。出発は4月30日、初めてMI(SilkAir)とSQのシンガポール乗り継ぎ、羽田着23時というフライトを利用、帰りは成田からのA380、こちらは今更ですがお初搭乗を選択してみました。
GWが重なっているので、あまり毎日飲み会ということにもならないでしょう。今回は色々と体の不調も出つつあることもあり、脳ドックとか色々入れてみることにしました。
さああと一カ月、頑張りますかね。
Sqhl
シンガポールに朝2時半について、7時半のシルクエアーまでどこで何をして過ごすかが課題です。

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2013年3月29日 (金)

PT.Railink社訪問。

本日最後、5つ目のアポ先はこのジュアンダ駅からすぐ傍のJRCビル(JR東海ではなくて、Jakarta Rail Centerとか言うらしい)に入っている空港鉄道を運営するPT.Railinkの本社に、既に2006年ごろから7年ほどの長い付き合いになる、PT.KAIから出向のR氏を久々の訪問。
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PT.Railink社の事務所にて。こういうロゴには凝るんだよなあ・・・(^-^)

今は同社の車両調達の責任者になっている同氏からは、こちらも、
(1)間もなく3月にも開業する筈だったメダン・クアラナム空港鉄道が、工事の遅れなど様々な事情から、開業は7月にずれ込みそうだとか、
(2)その結果、遅れていた韓国ウジン社製のディーゼルカーの到着が(少なくとも第1編成は)間に合いそうなので、先般改造したばかりのMCW系日本車輛製ディーゼルカーのメダン送付は見送り、既にメダンに送っている赤のKRDE2編成とウジン製DMU1編成で開業し、ウジン製の残りの3編成が到着次第KRDEはメダン近郊輸送用に廻すのだとか、
(3)その、運ばれないこととなったARL(Airport Rail Link)のロゴまで張り付けて準備万端だった改造MCWはジャワ島のジョグジャカルタあたりでの使用に廻す方向だとか、
更にはメダン以外では、
(4)ジャカルタ・スカルノ=ハッタ空港新線について、新車の調達にかかる手続きが進んでいるが、何故か新しい規則で新車については連結器の性能基準が欧州基準にあわせて定められたため、日本企業は事実上応札できなくなった、同規則の制定の裏で欧米企業のロビー活動があって、非関税障壁となっているんじゃないか、日本大使館に動いて貰う必要があるんじゃないか、とか、
(5)その空港新線、タンゲラン線バトゥ・チェペール(Batu Ceper)から北上のルートで固まったが、ドゥリでのスイッチバック解消の為の短絡線建設についてはまだ議論が続いているとか、
(6)現在建設工事施工会社の入札が進んでいる空港新線の工事自体は、約6カ月の工事期間(短っ!)を見込み、来年の大統領選挙前に完成させる(すなわちSBY現政権の手柄にする)、とか、
色々と興味深い話を伺う事が出来ました。
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メダンのクアラナム新空港駅の完成予想図。ちょっとTGV風の列車が顔を覗かせている?

そんな訳で今日もまた相当濃~い1日を過ごし、20:30発のMerpati航空、MZ334便、B737-400でスラバヤ戻り。Rp.290,000+Taxの格安券なのに、非常口座席、しかも隣のB席空席でゆったり広々でした。
機内で出された菓子パンの箱には「Merpati 50th」の文字。へえそんな歴史のある会社だったのだね。
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東ティモール在勤中は、年間50フライト近く飛んだこともありましたなぁ… Merpati

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2013年3月28日 (木)

PT.KCJ本社訪問。

今日既に4つ目の訪問先は、中央線Juanda駅の高架下にある、PT.KCJことJABODETABEK通勤電鉄を運営するPT. KAI Commuter Jabodetabekの本社事務所。まあ訪問と言っても、ここも顔馴染みのP氏の訪問にくっついて行っただけなのですが、それでも会議終了直後のセールス&マーケティング部門の中堅幹部と思しきM氏にお相手して貰い、幾つかの新しい情報を戴くとともに意見交換をさせていただくことができました。
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PT.KCJの本社入口。なかなかお洒落なオフィスビル風の玄関ですね♪

差し支えない範囲で書くと、
(1)4月1日からのダイヤ改正にかかる運輸省の承認がまだ下りないとかで、即ちブカシ線とスルポン線のEkonomi列車全廃にかかる低所得層利用客の反発が激しいこととの関連が高く、当初6月予定にしていたボゴール線のEkonomi列車の廃止も早くても10月まで延びそうだとか、
(2) 前の投稿に書いた10両編成化も、ホーム延長工事は進めているけど10連化の開始は早くても2015年頃の見込みだとか、
(3)ナンボ線の電化工事は終了しているけれど、運転再開にかかる許可が下りないとか、
(4)タンジュン・プリオク線カンプン・バンダン=アンチョール間の運転再開も、工事も不法占拠住民の排除も終了しているのだけれど、この区間に給電して貰えないので運転再開できないだとか、
随分と愚痴に近いような情報を聞くことが出来ました。PT.KCJとPT.KAIと運輸省の関係がどうも相変わらずギクシャクしているのがそこかしこに感じられますねぇ。

こちらからは、ガンビルとパサール・スネンへのコミューター通過は全く現実的ではなく、寧ろジャカルタに到着する長距離列車の車内でコミューターの切符を販売して到着後の乗り換えをスムースにさせる位が本筋だとか、各駅における列車の出発案内や、列車に掲示されるべき行き先等の文字情報が圧倒的に少なく、特に外国人などにとっては非常に不便であり改善を要するのではないか、等といった話をさせていただきましたが、特に前者に関しては、利用客から同様の指摘も多く、将来的には長距離列車の切符を持っている客には乗り継ぐ場合のコミューターについては無料とする等の措置が検討されてる由。へえ、そうなれば自動的にガンビルには停車することになるね。
車内掲示の路線図などちょっとしたお土産を戴いて、KCJの事務所を後に。
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こういう物を貰って喜んじゃうのは性(さが)なんですよね… (^-^)ゞ

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2013年3月27日 (水)

鉄道雑誌「Majalah KA」編集部訪問。

 今日3カ所目の訪問先は、同じデポック市内にある、雑誌「Majalah KA(Kereta Api)」の本社兼編集部。
このインドネシア唯一の鉄道雑誌、2007年の創刊で既に80号を数えている、長寿とは言わないまでも、長期に亘って欠号もなくなかなか頑張って毎月発行を続けている雑誌だ。
 古来鉄道趣味というのはある程度所得が向上し趣味が多様化している先進国、具体的には欧米と日本、それに台湾位しかないと一般的に言われており、途上国で鉄道車両や施設の写真を撮っていると、不審者扱いされて当局に職務質問されたり拘束されたりとして難儀したことのある方もいると思う。
 かつて筆者が2年間ほど住んでいたことのある韓国でも当時は鉄道趣味というものが理解されず、鉄道趣味雑誌が登場したのはごく最近になってからのこと。それを考えると、ここインドネシアでこのように鉄道趣味が根付いているのは寧ろ驚くべきことかもしれない。2majalahkap1070619
「マジャラ・カー」誌編集部社屋の1階は、ちょっとした「鉄道カフェ」♪

 そのマジャラ・カー誌を発行している出版社「PT. Ilalang Sakti Komunikasi」は、デポックの電車区前からアンコッで北上し、市内中心部のターミナル前で下車してそのまま北へ徒歩数分、電車であればデポック・バル駅から北東方向へ歩いて数分、三差路の傍のルコの中に事務所を持っている。実はここを訪れるのは2回目。最初は「土曜日は開いている」と聞いてやって来たが、いざ着いてみたら休業日で入れなかったので、訪問としては初めて。
 事務所の一階部分はちょっとした喫茶店になっており、入口から中に入ると、線路をモチーフとした2本のレール風デザインの床の上に数脚のテーブル、上には通勤電車のつり革も飾られ、また入口傍の一角には、同社発行雑誌のバックナンバーや関連書籍・グッズ等を売るカウンターが目を惹く。
 先ずは三階の事務所に上がると、事前にアポイントを取っていた編集部記者のS氏は、出張が延びたというか、帰路のフライトを間違えていて昨日中に帰れなくなったとの説明には思わず吹き出してしまった。仮にも交通機関に関する仕事をしているプロなのに。
 それでも編集部リーダーのAS氏を始めとする8人ほどの編集部の方々と暫く歓談、せっかくなので勧められるがまま、新たに発刊したばかりの大判の写真集や、まだ持っていなかった何冊かの書籍、更にはPT.KAIのディーゼル機関車の模型を一つお土産に購入、最後に一緒に記念写真を撮って一時間程の滞在を終えました。

 土日休日はお休みなので、在留邦人の方にとってはなかなか訪問しづらいですが、日本の鉄道好きの方の訪問も歓迎しますとのこと、良かったらお立ち寄り、グッズの一つでもお土産に買ってってください。同社のサイトはこちらです。
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編集部の皆さんと、筆者。女性の方も2名ほど、関係資料と格闘してました。鉄子かな!?

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2013年3月26日 (火)

電車区2つをはしご。

25日(月)は有給休暇を貰って引き続きジャカルタ滞在。
先ずはマンガライでいつものパクアン急行氏(以下「P氏」)と待ち合わせると、到着したブカシ行き05系コミューターから顔馴染みの運転士S氏が声を掛けて来たので暫く先頭車の前でお喋り。
出発しないの?出発信号赤になったままだけど??と思ったら、まさにこの時ブカシ駅でエコノミ列車の廃止に反対するデモ隊が駅構内に乱入・占拠して、列車の運行が出来なくなっているらしい。
ブカシ線はJABODETABEK首都圏電鉄だけではなく、ジャワ島各地へ向かう中長距離列車が全部走る区間で、ここがストップすると国鉄PT.KAIの路線は殆ど麻痺したと言ってもよいところ。そういえば駅構内には一等の特急編成が停車したままで動く気配がない。
それでも20分ほどの後、東線からの上り列車が到着、動き出したか…と思ったら、ブカシには入れないので途中のチャクンで止むなく折り返して来た電車だという。そこまでは走れるということで、程なくS氏の05系も漸くチャクンまでという条件で出発と相成ったようだ。
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今日のブキット・ドゥリに並ぶ日立製(右)とINKA製のVVVF電車。

バジャイで向かった今日最初の目的地は、久々の訪問となるブキット・ドゥリの電車区。
何か面白い編成でもないかな?と期待したのだが、今日の区内は3本ほどの列車、都営6000、KRL-I、日立製VVVFがお昼寝中、庫内にはなんでも暫く前に床下機器の一部が発火して修理中だという103系高運車の4連。その脇では出発準備中のドクターイエローこと救援車「Djoko Tingkir」がまあ少し目新しい位で、正直あまり面白みがないのが残念なところだった。最後に事務所で暫くお話を伺い、1時間半ほどでおいとま。
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インドネシアのドクターイエローこと「Djoko Tingkir」。元は勿論、日本製MCW系列気動車。

マンガライ駅に戻り、相変わらずダイヤが混乱している中、ボゴール線は遅れは激しいながらなんとか一定の本数が確保されていたので、エコノミ列車に乗り込んで向かったのは南のデポック。
駅前で、P氏を通じて顔見知りとなった地元の鉄道ファン・インドネシア大学生のF君と合流し、駅前通りの食堂でミーアヤムの昼食の後、アンコッでデポック車庫へと向かった。
ここは去年も来たばかりなのであまり大きな変化は期待していなかったのだけれど、今日は電車区内の電留線には、実に沢山の編成が、まだ使用に供されないまま停め置かれているのを見て驚かされた。
中でも去年10月にジャカルタに来た時にまさに水揚げされたばかりの状態でタンジュン・プリオク駅に留置されていた編成を含む、6編成48両もの真新しいメトロ6000系を始め、10両→8両化に際してそれら編成から抜き出された中間車電動ユニット、何故か使用されていないメトロ7000系、運用から離脱して放置されている(将来的にはKRDE化改造が想定されていると思われる)Holec4編成や普通鋼製のレオスタット、低運転台の方の103系に、まだ修理の終わっていないJalita色の東急8500、「上野」行きの表示を掲げた203系など、これだけで150両程はあるだろうか、ここのキャパシティが288両とされているので、ほぼ半分を留置車両が占めてしまっている。

報道によれば、PT.KCJは今後5年間に800両の中古車両を導入する予定で、既に今年はJR205系の調達手続きが進んでいる中、留置場所・整備施設の不足が深刻になりつつあるようだ。
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Depok車庫に並ぶ大量の日本製電車。もうお腹一杯感。贅沢になったもんだ。

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2013年3月25日 (月)

ブカシ線近況。

さて日曜日。同行の二人は夕方の公演(とその前のチケット入手)に備えて体力温存というので、こちらはホテル最寄りの中央線ジャヤカルタ駅から東葉高速1000系のコミューターに乗り込み、東線のブカシへ。

今回始めて気づいて驚いたのは、このスラバヤへ向かうPT.KAI一の大幹線であるジャワ北幹線の、しかもジャカルタの入口で、なんと単線並列扱いをやってたこと。
ジャティネガラの手前で東線パサールスネン方面からやって来たプルワカルタ行きの中距離客車列車と並走し、こちらがジャティネガラに停まっている間に向うが先発していったのだが、出発後間もなく、ふと左側の車窓に目をやると、上り線の筈の(インドネシアの鉄道は、複線区間では右側通行となるので、左側に走るのは対向の線路。)線路上にさっきの中距離列車が同じ方向に並走している! 
一瞬複々線化工事が完成したかと驚きかねない状況だが、次のチピナン信号所の手前でこちらが再度停車し、向うが先行し、右側線に転線して走り去っていった。どうやらこのジャティネガラ=チピナン信号所間の一区間のみこのような扱いをしているようだ。毎日100往復もの緩急様々な列車が行き交うこの路線でこんな綱渡り的な運用をしているとは思わなかった。そこまでする必要あるのか?そんな危険を冒すほどメリットあるのか?については不明。
追ってこちらがチピナンを出発すると、直ぐに左側線を対向の上り電車が通過していったが、結構厳しいダイヤが組まれているのかさっきの列車が遅れていたからなのか。
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ブカシに到着、折り返しを待つ東葉1000系コミューター。Rp.8,500出しても、始発から満席。

このブカシ線、4月1日からは、運賃がRp.2,000程度と廉価なエコノミー列車が全廃され、Rp.8,500以上するエアコンつきのコミューター列車のみの運転になると発表されている。既に今年に入ってから、タンゲラン線からは既にエコノミーの運転は全廃されており、同じ4月1日からは南西方向のスルポン線も同様にエコノミーが全廃される予定。
これに対して工場労働者や商人(エコノミーでのみ許可されている車内商人も含めて)といった低所得層の利用者(等)は激しく反発しており、今日25日は朝から、これに反対する多数のデモ隊がベカシ駅の構内に座り込み、ほぼ半日の間ベカシ線列車及びその先バンドゥン、スマラン、ジョグジャ等ジャワ島各地とを結ぶ中長距離列車が多数運休や大幅遅延を余儀なくされていた。
ボゴール線も早ければ夏、遅くとも10月までにはエコノミー列車を全廃するというのがPT.KCJの方針だそうだが、ボゴール線は路線も長く、特にジャカルタから一定程度離れたパサールミングやデポックといった地域には低所得層が住みエコノミー列車で通勤しているケースも多く、相当の反発が予想される。
ベカシのデモ隊は政治的介入もあり午後には解散したようだが、果たして今後どうなることやら。
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ジャテネガラ駅の手前で、本線の北側には機関庫が見えてきます。

ベカシからはジャティネガラで環状東線に乗り換え、パサールスネン経由で下車して一旦ホテルへ戻った。
午後から夕方にかけてはJKT48・TeamJの公演とその前のチケット入手の大混雑との戦い。終了後、東京から遠征組の2人は22時発のフライトで帰国するのでタクシーに乗せ込んで、最近は中国製の連接車ばかりとなったTrans Jakartaコリドー1のバスでホテルへ戻った。

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2013年3月24日 (日)

ボゴール線近況。

ライオン・エアーでジャカルタに20分ほどの遅れで到着。

シンガポール経由で本邦から到着のもう一人の友人K本君の出迎えを受け、そのまま空港リムジンバスでボゴールへ。これが珍しい3列シートの豪華バスで、「Royal Class」と称する。料金も7万ルピアと一般バスの倍の値段なんだけれど、Wifiもついてこれは快適だ。是非スマトラとか、列車のない地区に導入して貰いたいもんだ。ジャカルタの元の同僚だったローカルスタッフ曰く、ランプン行きで乗ったことあるというから、空港リムジン以外でも走ってるらしい。
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ボゴールからは元有楽町線の電車でジャカルタへ向かいます。

軽いお昼ご飯の後、ボゴールから乗り込んだ上り列車は環状線直通のメトロ7000系。
転勤以来久し振りに乗るが、大きく変わったのは先ずはボゴール駅前。狭い道に沢山の屋台が出て、そこにアンコッが渋滞して歩きづらかったのが、綺麗に一掃されて遊歩道のようになっていた。
一掃されたと言えば、話には聞いていたが、各駅のホーム上に沢山設けられていた私設の売店がこれも殆どの駅から撤去されてしまっていた。別に不法占拠でもなく、ちゃんと一定の家賃を払って商売していたというのだから、ちょっと一方的というか、そこまでする必要があったかは若干疑問。日本だって最近は「駅ナカ」ブームで、駅構内の店舗を寧ろ売り物にしようという動きさえあるのに。
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チレブット=ボジョングデ間の路盤流出現場。今は徐行もなく軽やかに通過する。

さてボゴールから山を駆け下りてジャカルタに向かう電車の車窓で目新しかったのは、先ずはCilebut-BojonGede間の路盤流出現場。 去年の11月下旬に大雨で路盤が流出し、暫く運転休止となっていた区間で、結構なスピードで復旧がなされて驚いていたところ。流石にもう4か月がたち、粗雑な工事で再度路盤崩落、なんてことにはならなかったのはヤレヤレ。ただ、今も新しい土が剥き出しの法面を見るに、相当に大きく抉られてたのであろうことが察せられた。
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電化開業の準備も整った雰囲気のナンボ支線が合流。

続いてCitayam駅に進入直前には右後方からNambo方面からの路線が合流してくる。
こちら、10年前頃までは朝晩ディーゼルカーが入線し、ジャカルタ市内のマンガライまで直通で通勤客を運んでいたのだけれど、その後程なく運転は休止されていた。なのだが、最近になってこの路線をなんと電化して再活性化しようという計画があるらしく、現時点で電化工事はほぼ完成、いつでも入線出来るような状況に見えた。ただ、別途PT.KCJの本社を訪問して話を聞いた限りでは、運輸省との関係で認可が下りておらず、旅客営業開始の目途は立っていないとのこと。
まあ、大量の中古電車を輸入して、Depokの車庫ももうすぐ一杯になりつつあり、タンゲランやあちこちの駅に留置する必要が出て来ているという話でもあるし、ここナンボ線も電留線として使われる可能性があったりしてね。
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10年前、ナンボ支線から直通してきた気動車。マンガライ駅にて。

さてこのボゴール線、現在では殆どの列車が8両編成で運転されているが、PT.KCJ側では輸送力不足から10両化を長く模索しており、ここ数年新規に調達した東京メトロの中古車等も当初運輸省に10両での運行許可を求めたが、結局許可が下りず、中間の1ユニット2両を抜き出して8両で運行せざるを得なくなっている のが現状。それでも現在各駅ではホーム延長工事が進められており、上述のPT.KCJの方の説明によれば、今回4月の改正では無理だが、2015~16年頃を目途に10両運転を開始したいとのことだった。

さてこの日は、「トレインビュー」ホテルを探せ!シリーズ(1)(2)として、地図で目をつけた、環状東線ラジャワリ駅近くのネットで予約したホテルに向かったが、実はチェーン店のホテルの別の店を予約していたことが判明!という大間抜けで、タクシーでスゴスゴともう一件の方に向かったのでした。

夜は市内のモールfxでJKT48の公演を鑑賞。今回の2人の来訪目的は、私に会う事でも電車に乗ることでもなく、こっちなのでした。私はと言えば、四半世紀前の前科もあり、こーいう物に絶対ハマってはいけないのである。

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2013年3月23日 (土)

5度目の正直@シドトポにて。

週末、昨金曜晩に東京から四半世紀来の友人K原君が3度目のインドネシア来訪。目的はジャカルタなのだが、折角わざわざスラバヤくんだりまで来て戴いたので、折角なのでちょっとだけ汽車に御案内することにした。
朝3時に起きて向かったのは、とこれだけで想像がついてしまう方も稀にいると思われるが、市内北部にあるシドトポ(Sidotopo)駅。既に5回目、いや古い運水車を見に行ったのも含めれば、6回目か、のシドトポ駅だが、目的はシドトポ=スラバヤ・グブン間3kmの路線が、ダイヤ上は毎朝2本、4時過ぎと5時過ぎに列車が走っている“営業路線”であるため(5時過ぎ発の方は、最近は車輛不足により運休中。))、乗っておかないと気持ちが悪くて仕方がない(笑)。
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何回ここに来ただろう。未明のシドトポ駅にて。

以前も書いたように、このシドトポ駅からは上述の朝2本のグブン方面と、昼12時台のスラバヤ・コタ方面行き(2km)の営業列車が走るが、逆にシドトポ行きの列車はないため、グブン駅・コタ駅の時刻表には現れて来ないし、シドトポ駅には時刻表なんか掲示されていない。ネットの国鉄PT.KAIサイトや携帯アプリの時刻表にも出てこないし、まさに“時刻表にない列車”なのでありました。

その5度目の正直のシドトポ駅に到着し、駅舎内を覗いてみると、担当の助役さん曰く、04:10発のポロン行きは今日もキチンと走るとのことで一安心。
そのまま雑談しながら暫く待つうち、4時近くなって、車庫から出てきたのか、南側から5両編成のKRDE,元HYUNDAI-ABB電車改造の「Arek Surokerto」編成が現れ、ほぼ定刻に南に向けて出発。
広い貨物駅というか、操車場の構内を抜けると、右手に先ずはコタ駅方面への線路、続いてパサール・トゥリ方面への線路の築堤を分け、こちらは真っ直ぐ南へ走る。住宅街の裏道の単線を暫く走ると、右手後方からはコタ駅方面からの本線が合流、そのまま一見複線の線路を南へ進み、グブン駅の手前で左手にBalai Yasaへの引き込み線を分け、グブン駅に到着。これでようやくスッキリしました。
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問題のスラバヤ近郊の路線図。シドトポ=コタ、シドトポ=グブン間が、実は隠れた旅客営業線。

ここから数名の乗客が乗り込み、ここからはコミューター列車としての運行かと思いきや、一駅目のNgagel停留所は通過し、ウォノクロモ駅に停車したが、その後はスピードを上げて快走、停留所扱いの小駅のみならず、正規の駅の筈のGedangar駅も通過し、そのまま南のシドアルジョ駅までノンストップだった。

ところで、シドトポ駅は乗車券類の発売はなし。じゃあどうするかと思って尋ねると、駅員氏曰く、グブン駅で一旦降りて切符を買い直して来て下さい、とのこと。なのだが、停車時間は短く、置いていかれても困る(実はグブン駅の時点でもう目的は達しているのだけれど、それで帰ってしまうと単なるタダ乗りになってしまう。)。なので、シドトポ出発後に車内で車掌に聞いてみると、「車内で売れるよ。」との意外な反応。最近は列車内での切符の販売は止めたんじゃなかったっけ?
それでは、ということで2人分の切符を頼んでみると、「駅で買うのの2倍だけどいいね?」と、実際のところ、車内での切符購入は、罰則扱いになっているのかもしれない。2倍とられたってRp.4,000なんだけどね。しかし受け取った切符をよく見ると、区間はスラバヤ・コタ=シドアルジョ間という事で、ここにもシドトポの文字は現れない。なんかシドトポ隠し(?)、徹底してるなぁ。

そんな訳で、途中の駅で降りてタクシーで空港に向かうか?と思っていた企みは霧散、それでもシドアルジョ駅からちょっと歩いた通りに停まっていたメーター・タクシーでジュアンダ空港に向かい、定員215人乗りと、どんだけ詰め込んでいるんだ?的なLion AirのB737-900、JT691便でジャカルタに向かったのでした。
さあ今日は眠いぞ…
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最近では珍しい車内売りの補充券。というか、常備券か。

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2013年3月15日 (金)

バリクパパンにも残る日本の足跡。

最終日。朝からアポ一つ、そこに別の役所の方も来ていただいたので一か所で二つの用事を上手く済ませて出張業務は一応終了。帰りのフライトは昼12:50発のGA669便、一昨日と同じCRJ機でバリクパパンへ戻り、ここで結構長時間の乗り継ぎ待ち。
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市内北西部の丘の上に残る旧日本軍の高射砲。欲を言えばちょっとした説明板が欲しい。

荷物はスラバヤまでスルーで預けて身軽になり、タクシーで市内へ出て、お昼ご飯→市内北西部の旧日本軍の砲台跡→水上集落見学→空港の東、Lamaru地区にある日本人慰霊碑まで訪問する余裕があった。タラカンのものもそうだったけれど、地元の地方政府の方でこういった慰霊碑・墓地(他にオランダ人とオーストラリア人のものがある由。)を外国人観光客誘致のための存在と考えてか、自治体がお金を出して整備・維持してくれているのはありがたい限りです。
バリクパパンからはGA353便でスラバヤ戻り。
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タラカンのものにも増して立派な慰霊碑が建てられていました。

国道からの入口にもちゃんと市観光局の建てた案内板。でも200mじゃあないな。1km近くありました。
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2013年3月14日 (木)

日本の面影残る街で。

今朝は一ヶ所アポ先訪問の後、フライトまでの時間を使って中央からの補助金で作られたというやたら綺麗な道路を走り、「日本港」を訪ねてみました。太平洋戦争時代には日本軍が進駐したここ北カリマンタンにも日本の戦跡や慰霊碑などがたくさんありますが、このヌヌカンでは地名に日本の名が残っていました。
Sei Jepun(日本川)にJL.Sei Jepun(日本川通り)、そして日本川港まで。ローカルの渡船やフェリーが発着する小さな港でした。かつてこのエリアには多くの日本人が住んでいたそうですが、残念ながら当時の家屋や戦跡等は残っていないとか。

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ヌヌカンの街からクルマで南東へ30分、Sei Jepun(日本川)港の入口で。

タラカン空港からは同じSusi AirのSI335便、今度はガラガラのセスナ機でタラカンへ戻った。タラカンは人口約20万の中都市だが、北カリマンタン州内では唯一の市(Kotamadia)となり(他に4県Kabupaten)、州内の中心都市となる(州都は南のブルンガン県タンジュン・セロールに置かれる予定だが、ここがまた恐ろしく何もないところらしいです。)。
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タラカン空港到着。顔は変わってるけど日本の香りがするランプバスが迎えに来ると…

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神奈川県から流れて来たバスでした。車内には諸々の日本語表記が残ってます。
調べてみたら、1990年式三菱U-MP218M、神奈中・大和営業所所属車だそうです。

午後は警察の方の案内で市内の日本人墓地とマングローブ保存区を訪問。市内Pamusian地区Imam Bonjol通りから住宅街の中に入ったところの丘の上にある墓地は、遺族会の方々などが時々訪問されているようで、墓守の方とも話が出来たが、地元の観光局から謝金を貰って綺麗に維持している由。

夜は在留邦人の方も交えて市内の海鮮料理店「Cahaya」で夕食となったが、その店には更に2人の日本人の海老買い付け業者さんの方が長期出張で来ておられたのには驚いた。凄いですね、こんなところまで。
今晩は市内タラカン・プラザホテル泊。リノバシ中でエレベータ動かず。
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「日本人共同墓碑」と書かれた、綺麗に整備されてお供え物もおかれた日本人墓地にお参り。

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2013年3月13日 (水)

北カリマンタンへ出張。

今日からまた出張。今回の行き先は、昨年末に関係法が出来て今年の夏に東カリマンタン州から分離して北カリマンタン州となることが決まっているエリア。マレーシアのサバ州と国境を接し、そのサバ州側では最近スールー王国復興・独立を目指す、フィリピンから入り込んできたムスリムのグループが活動を活発化させ、マレーシア国軍と戦闘行為になっていたりする少々ホットな地域でもある。
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GA350便、SUB→BPNの機内食。1時間強のフライトの割に立派だが、朝食にしては重い…

今日もまた早起きして、スラバヤからGA350便、B737-800機で東カリマンタンのバリクパパンに飛んだ。ジャカルタースラバヤとほぼ同じ1時間20分のフライトなのだが、朝から結構重めの食事が出た。乗継は同じくガルーダのGA668便、タラカン行きだが、機種は小さな4列の小型ジェットになった。昨年秋に導入されたばかりのボンバルディアCRJ1000型という新型機で勿論お初。機体は随分細長く、手刀で折れてしまいそうな印象で、同行しているウチのスタッフは「Tikus(ネズミ)みたい」との感想。この手のビジネスジェットから発展したような飛行機は、急上昇が体感できるのを期待したのだけれど、どうして、普通のB737あたりと変わらない離陸ぶりだった。エンジンが尾部にあるため少々静かだが、やはりキャビンは狭く、30人ほどの警察関係者が乗り込んでいて若干緊張した空気の機内では、乗降機時にはあちこちで乗客が頭をぶつけているのが見受けられた。MRJがこの辺を改善していれば、居住性の面で勝機はあると思われます。
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BPN→TRKのGA668便は最新型のBombardier CRJ1000型機。

マレーシアへの国際便も発着するタラカン“国際空港”からの乗継は、以前中部ジャワ南海岸のパガンダランからジャカルタのハリムに飛んだときに使ったSusi Air SI334 便。機材はその時と同じ12人乗りのセスナ208B。満席の盛況で今日の目的地ヌヌカンまで40分ほど、地上をずっと眺められる遊覧フライトだったが、ヌヌカン空港に着いたら、タラカンではこちらが離陸する時にはまだ出発準備中だったKalstar AviationのATR42機が先に到着して既に乗客を下ろしつつあった。気がつかない間に追い抜かれていたとは。同じプロペラ機でもこんなにスピードに違いがあるんだね。向こうの機内では、「右手に見えますのは、5分前に出発したSusi Air機を現在追い抜いております」なんて機内アナウンスがあってたりして。
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Susi Airのセスナ機でマレーシア国境の街ヌヌカンへ。

ヌヌカン空港からは、頼んでおいたクルマでアポ先一か所、そこで紹介されたもう一ヶ所を訪問。港ではマレーシアのタワウへ向かうスピードボートや国内航路の大型船、海軍の船などを眺めることが出来た。
この街は、もう狭い海峡を挟んだ向こう側の島の西北側半分はマレーシアという国境の街。向かいの島には両国国境を示すオベリスクが建っているのが見えるし、日々沢山の商人や労働者がマレーシア側との間を往来している。両国の国境近辺地域在住者はパスポートなしで、往来許可証だけで国境を超える事が出来、このトゥノン・タカ港以外にも陸路4カ所の国境パス所持者向けの簡易国境が設置されているという(パスポート所持者は越境不可)。ただ残念なのは、ここヌヌカン国境のインドネシア側の港では、VOA(アライバル・ビザ)を発給していないため、日本人バックパッカーは事前にどこかのインドネシア領事館で査証を取得しておかない限り、この国境からインドネシアに入国は出来ないということ(最寄りの領事館はタワウ。)。
税金や補助金の関係で物価の安いマレーシア側からは日々大量の荷物が流入しているらしいが、街の中には何軒かのマレー料理屋はあるものの、それほどマレーシアの香りが強いという印象はないかな。まあ両国の雰囲気は大差ない事もあり。
今日は市内のラウラ・ホテル泊。夜はホテル近くの屋台に近い食堂で焼き魚料理にしました(お醤油持参にて)。
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ヌヌカンのTunon Taka国際港で。前方のフリゲート艦は、この地域に展開する国境防衛艦隊の旗艦、KRI355「Abdul halim Perdanakusuma」、後方の大型船はスラウェシ島パレパレとを結ぶKM.Thalia号。

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2013年3月12日 (火)

ヲタ系日本好きイベントを覗いてみた。

さて今日火曜日は、釈迦歴新年休日・バリ島ではニュピということで、お休みです。
で、やって来たのは市内東部、East Coast Centerという閑散としたモール。普段だったら全く縁のないエリアなのですが、このモールで「Imoutou Japan Festival 2013」なる日本関連のイベントが開催されており、先週金曜日の当地ローカル紙各紙にも取り上げられていたため、別に広報文化担当でもないのですが、覗いて来ました。
というのも、学生時代の後輩S尾君がここスラバヤのメイドカフェ(笑)を訪問した際に仲良くなったという店長さんがこのイベントを仕切っており、「是非見に行ってください!」と強いリクエストを受けていたこともあって。
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なんかアニメのトークショーやってます。流石に聞き取れません… というか、聞き取れても解らないでしょう。

イベント自体は、今日は最終日という事もありあまり盛り上がってわぁーっという感じではなかったのですが、会場の周囲には日本のアニメのフィギュアや模型を売る屋台が並び、トレーディング・カード・ゲームに興じる少年(一部少女も含む)たちが30人ほど、他にはアニメ画を描くコンテストや、似顔絵屋さん、着物や浴衣を着せて写真をとるお店など、またステージ上では日本のアニメをテーマにしたトークショー等が次々と開催されており、なかなかのものでした。
色んな分野での日本ヲタがいっぱいいるんですなあ… というか、日本人である自分が、その周辺にいる人の中で一番この世界に疎かったかもしれません。

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2013年3月11日 (月)

カリマンタン鉄道計画、始動。

今日は3月11日、東日本大震災から2年の節目の日です。
職場でも、弔意を表して黙祷を行ったりしました。
当地スラバヤでも、日本人会ではまだ義捐金を集めて送ったりといった活動は続けています。
友人らのブログやFBのメッセージ等を見ていても、震災復興や、福島原発事故の話を書いている人が殆どなのですが、後者についてはどうしても政治的な話になりがちなので、本Blogではそういった話は触れない事にしていますので、敢えてスルーして、それで、代わりにこんな事を書いてみます。

週末の当地紙報道によれば、以前から色々動きのあったカリマンタン島における鉄道の着工がいよいよ本決まりになりつつあるとの事。

同島は様々な天然資源を産出しているが、なかでも石炭の産出は世界有数で、現在も既に多くの炭鉱が操業しているが、輸送の効率化と道路インフラの維持経費と鉄道輸送の効率性とを比較考量した結果として、外資を導入しての鉄道建設を進めることとした模様。
建設されるのは、東カリマンタン州東クタイ県ムアラワハウ~ルブックトゥトゥン港間の135kmと、中央カリマンタン州ムアラトゥフップ港~東カリマンタン州バリクパパン間約360kmの2路線で、前者についてはUAE政府投資庁系資本のオイルマネーによる「Trans Ketai」、後者の「Kalimantan Rail」についてはなんとロシア国鉄系資本だというからちょっと驚き。
ちなみに用地取得や許認可手続き等は既に始まっており、早ければ前者は今年半ば、後者についても明年春には着工、2017年の開通を目指すとされている。
都市鉄道と違って山や森を切り開くだけだから、用地買収は比較的容易だろうから、その気になれば案外スケジュールどおりに進むかもしれません、この計画。勿論貴重な熱帯雨林を伐採して線路を引くわけなので、森林破壊とかいう問題点は指摘され得るんですが、国としてのこの地域の石炭生産継続・拡大は止めるわけではないし、であれば、大型トラックが排ガス撒き散らしながら走り回るよりは、鉄道の方が相対的に環境負荷は小さいかなあ。
趣味的には旅客列車も走ってくれれば、カリマンタン初の鉄道(マレーシア側北ボルネオには鉄道ありますが、インドネシア側として)、熱帯雨林ジャングルの旅を楽しめるところですが、ちょっとそれは期待できなさそうです。

ちなみにネットで見つけた画像等も参考に調べてみましたところ、
今回の建設予定区間は、この辺り↓だそうです。
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2013年3月 9日 (土)

お墓参り。@日本人墓地。

今日は半年に一度の恒例、日本人墓地の慰霊のお墓参りという事で、朝から市内のキリスト教墓地の一角に設けられた日本人墓地(Makam Jepang)に上司と同僚と行って来ました。

この日本人墓地、戦前オランダ統治時代から多くの日本人がこのスラバヤ近隣に居住し、駐在しあるいは事業を営み、また終戦後に帰国せずに当地に残りインドネシア独立のために戦った人たちなど、450名ほどの日本人がキリスト教墓地のあちこちに埋葬されていたが、訪れる人もなく荒れ果てていたのを不憫に思った残留日本人の方が私財を投じて建設したもの。中には周辺に散らばっていた日本人のお骨が纏めて埋葬されており、現在は他界された御本人の遺志を受け継ぎ、当地で事業を営む2世の兄弟とその家族が墓地の維持に尽力して下さっています。

総領事と日本人会会長が挨拶で述べていましたが、当時の日本人の方々が当地で(収奪ではないような形で)地元の方々と適切に付き合い、(約束を守るとか、騙したりしないなど)日本人のポジティブなイメージを当地社会に醸成してくれたお陰で、今我々の世代がこの外国で無事に暮らし、商売をしたりすることが出来る訳で、日本に住んでいる頃には考えたこともありませんでしたが、こういった先人達には感謝したいですし、日本人であることを誇りに思いたいところです。

当地の日本人会・東ジャワ・ジャパンクラブでは春と秋にスラバヤ、秋には南のマラン市にある慰霊碑と年に2回墓参を行っており、今日も20数名の在留邦人が集まりました。しかも日本人会の婦人部の方々がボランティアで焼香の準備などの設営をやって下さっており、暑い中、本当に毎回頭が下がります。
出来れば個人的に御礼を申し上げるべく飲みにでもお誘いしたいところですが、何せ婦人部の方々ですんで、人妻の方を御食事に誘って問題になっても困るんで、涙を呑んで自粛することにしています。

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ここスラバヤにも、「日本墓苑」と書かれた立派な日本人墓地が設けられています。

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2013年3月 6日 (水)

スラバヤに新列車。いらっしゃ~い(桂三枝風に)

この3月1日から、スラバヤに新しい列車がやって来た。

といっても新列車の登場ではなく、従来バンドゥン=スマラン間を結んでいた1,2等急行「Harina」号がスマラン=スラバヤ・トゥリ間が延長運転になったという話。
もっと言えば、従来このスマラン朝発スラバヤ行き、スラバヤ夕刻発スマラン行きとして、同じく1,2等急行「Rajawali」が走っていたのだが、この列車と統合したという形で、2月末を持ってラジャワリ号の方は廃止となっている。
従前のラジャワリの運転時刻は、下りがスマラン・タワン(SMT)08:30発→12:42スラバヤ・パサールトゥリ(SBI)着、上りはSBI 14:00→18:23 SMTという設定だったのが、新ハリナ号はバンドゥンを前夜20:30に出て、SMT 05:25→09:33 SBI, SBI 15:55→20:03 SMT、バンドゥンには翌朝04:58に到着というスケジュールに変更になっている。
下りの方は、スマラン方面からは早起きしなければならないものの、スラバヤでの行動時間がより長くとれるようになったという意味では歓迎出来る可能性があるのだけれど、上りの方は15:35 SBI発のジャカルタ行き快速「Kertajaya」(これは途中Cepuで追い抜くダイヤ設定)、続いて17:10にはジャカルタ行き急行「Gumarang」が走り、あまり乗車機会にかかる選択肢の拡大には繋がっていないのが若干残念なところ。
パサールトゥリ口の上り優等列車は、08:10発の特急「Argo Bromo Anggrek」のあと、09:30発の「Cepu Ekspres」、そしてこの午後3時半まで空いてしまう。
スマランからのスラバヤ方面も、この朝5時半のハリナの次は、夕方15:27発のABMまで空いてしまうわけで、ちょっと使いにくい設定になってしまっている。
「Harina」自体は夜行列車設定だから、昼間にスラバヤを出るわけにはいかないのだろうけれど、余剰となった「Rajawali」編成を活用し、午前中の適当な時間にスマラン発、昼過ぎ頃にスラバヤを出てスマランに向かう列車はあってもいいと思う。旧ラジャワリ号、それなりに乗ってたし。
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今はなき、になってしまった、「ラジャワリ」の雄姿。「ハリナ」は流石に乗ったことも見たこともなかったから。

もう一つ問題と思われるのは、インドネシア国鉄PT.KAIの運賃、1列車1運賃としてるケースが多く、その場合、長距離列車に短距離区間だけ乗っても、全区間分の運賃を取られるようになっていること。つまりこれまで短距離急行としてのスラバヤ=スマラン間のみの料金だったのが、今後は同じ区間を乗ってもスラバヤ=バンドゥン間の運賃を取られたら、溜まらないぞ?
と思って調べてみたところ、
このハリナ号、来週3月11日の場合、スラバヤ=バンドゥン間は28万ルピアなのに対し、スラバヤ=スマラン間は20万ルピアと、若干の配慮がなされているように見受けられた。なのだけれど、元のラジャワリ号の場合、確か12万ルピア程度だったように記憶しています(曜日、シーズンによって若干の差違あり)。結構な値上げになってるのは変わりないようで。

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パサールトゥリ駅に掲示されていた案内看板(なんて呼ぶんだっけ、こういうバナー)。

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2013年3月 3日 (日)

カリバル :トロッコ列車で楽しむ♪

さてイジェン・リゾートの朝。7時過ぎに宿手配のクルマで出発し、目指したのはここから南西の方向にあるカリバル。この名前に聞き覚えにある方は、このBlogの熱心な読者(いるのか?)に違いないね。昨年末に東京からの友人とで訪問を計画したものの、お目当てのものが急な枕木交換作業のお陰でドタキャンくらった、あれです。

今回は再度1か月前からカリバル駅長のフェブリさんと連絡をとりつつ、万全の態勢で?臨んだ今日。
9時半過ぎにカリバル駅に着くと、ちょうどスラバヤ行きの急行「Mutiara Timur」と、交換するバニュワンギ行きの「ProboWangi」とが交換するタイミング。この急行が出発し、閉塞が空いた後、我々がチャーターする、「Lori Wisata」が走れるようになるのです。
その駅の東外れでは、線路沿いの倉庫からこの一見保線用モーターカーに見える車輛を線路と直角に引っ張り出し、簡易ターンテーブル?を組み立て、その上で車輛を90度人力で回転し、線路上に乗せて準備完了である。
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本線上で、簡易ターンテーブルを置いて、手動で方向転換するローリー。

駅の運行管理室とでもいうのか、ポイントや鉄電なんかがある部屋で製帽被らせて貰って記念写真撮ったりするうちに、どうやら上りの急行が隣の閉塞を出たらしく、出発準備が整ったと駅員氏が伝えに来た。

今回の(落花生。的には)メイン、ここカリバル駅から2駅隣のガラハン(Garahan)駅との間の区間はトンネルや高い鉄橋が続く風光明媚な区間で、この間の営業線の列車間隔が開く時間帯を活用し、保線用モーターカーを改造した車輛を用いて、トロッコ観光列車(Lori Wisata)を走らせているのは以前から国鉄PT.KAIや、同社のHeritage Railway部門のサイトに載っているので知っていた。
で、前回11月にもチャーターを試みたのだけれど、上述のような事情で実現できず、今回ようやくリベンジと相成ったわけでした。

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古いトンネル出口の前で。1901-1902は掘削工事期間だろうが、1910年とは、開通年かな?

さて2枚窓の前面下部にエンジンの通風口が顔を出している、ちょっとばかり九十九里の単端を思わせなくもないローリーに乗り込み、助役さんの合図で出発ー♪

市街地の裏道を抜けたローリーは次第に山道に差し掛かり、景色も開けてきた。この区間、並行道路は結構九十九折りの峠越えなのだが、この鉄道線は蘭印時代の開通当初に掘られた2本のトンネルと、幾つかの深い谷を越えて走りぬけていく。トンネルはいずれもデザインされ、国内の他のトンネルと同様、カラフルに塗られている。ポータルの上部には掘削年だろうか、1901、1910等といった年号が書かれ、時代を感じさせるものだ。鉄道トンネルの少ない当国内では一部は観光地的扱いになっているようで、こちらのローリーが通りかかると、トンネルの入口で記念写真を撮っているグループも見受けられた。
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途中ムラワン駅で小休止。小さな駅ですが、ちゃんと端末が入り、切符も売ってます。

このローリー、希望すれば好きなところで停めてくれ、記念写真撮影を楽しむことが出来る。往路は、後ろから普通列車が追いかけてくるという事で、古いトンネルの出入口と、1駅目のMrawan駅で小休止したのみで、取り敢えず50分ほどで運転区間の終点、ガラハン駅に到着した。

この駅、今回調べてみるまで全く知らなかったのだけれど、駅売りの弁当…バナナの葉に包まれた「Pecel Pincuk」というご飯が有名で、FaceBookのCheck Inの場所も、「Pecel Pincul Stasiun Garahan」となっているのには笑ってしまった。駅前には何店かの食堂というか売店と、そして列車の時間が近づいてくると、どこから現れたのか15名ほどの駅弁?売りのオバちゃん達。皆お盆の上に10食程を乗せているが、そんなに売れるのかね?
と思っていたのだが、11:14発の上りジュンブル行き「PandanWangi」が到着すると、デッキや窓のあちこちから手が伸び、声がかかり、オバちゃん達は右へ左へとお盆を持って駆け回り、出発までの間に150食以上がほぼ完売したのは驚きだった。「峠の釜めし」並みの有名駅弁だったか。
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ガラハン駅で出発待ち。到着した列車めがけて駅弁売りのオバちゃんたちが活動開始!

そしてこの列車の出発後、我々のローリーはカリバルに向けて引き返す。
今度は往路は通過して来た鉄橋で停まって貰いながらの帰路。鉄橋…トラス橋ではなく、殆どがガーター橋なので、橋は軌間1,067mm+枕木の幅しかなく、車輛幅はこれを大幅に上回って広いため、足元を見ると場所によっては30m近くあるのではなかろうかという目の眩むような谷底がすぐ真下に見える。こちらのローリーは、その橋の上をわざわざゆっくり走るだけではなく、作業中の保線要員が列車の通過を待つための退避場所で一時停車し、「下りてみていいよ」等とのたまわれる。
折角なので降りない訳にはいかないんじゃないかとの声に押され、こわごわと下りてみるが、いやいや、正直怖いです。日本だったら国交省的に考えられないです、こんなの。
そしてローリーは数十メートル後進で下がり、蒸機のフォトランの如く、再度こちらに走り直してくる。
これだって、営業路線の閉塞内での逆行になるわけで、日本だったら決して許されない筈。この緩さというか、融通効き過ぎさというか、いいですねえ…
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高い橋の上を走るローリー。爽快なのは間違いないです♪

そんなこんなですっかり楽しませていただき、12時過ぎに無事にカリバルに帰還。
駅裏のリゾートホテルで昼食の後、スラバヤまで7時間走って帰宅しました。
いやあ、楽しかったなあ。結果的に「送別」とか言いながら、こちらの趣味につきあわせてしまってゴメンなさい、でした(^-^)。

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2013年3月 2日 (土)

イジェン火口湖に登る。

今週末は、ジャカルタ時代からの友人の一人、日系企業勤めのN名さんが本帰国するというので、それに先立ち友人たち4人で送別小旅行!という企画になり、ジャカルタから早朝便で飛んで来た3人とスラバヤ空港で待ち合わせ、先日のバリ温泉の時と同じWings AirのIW1880便、ATR72型プロペラ機でバニュワンギに飛んだ。
バニュワンギ・ブリンビンサリ空港にはホテルのクルマに出迎えに来て貰い…と表れたのは何とも年代物のランドローバー。アフリカあたりで探検家や植民地会社のヨーロッパ人が乗ってそうなクルマだ。勿論エアコンなんかついてないんだけれど、これから涼しい山の上に登るんだから、ちょっとの間だけの我慢。
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宿の出迎え、年代物のランドローバー。

その山、今回の目的地の一つは(ごく最近「地球の歩き方」にも載るようになって来た、イジェン火口湖。
ジャワ島の最東端、ムラピ山(2,800m)とラウン山(3,332m)との間にあるカルデラ湖。一般的には(ブロモ山と同じく)日の出を見るために登るというのが多いようなのだけれど、今回は日程の都合上、午後からの登山になった。なのだが、運転手は「今の時間帯は(登るのは)無理だ。登るのは明日の朝だ。」なんて、そんなことを今言われても困る。もう何週間も前からこの日程で予約してるんだから、無理ならなんでその時点で言わないのだ。
しかも問い詰めると、夕方は霧が出るとか、他に登る人がいないから寂しくて可哀そうだ、とか。ツアーのアレンジを依頼されたホテルとしての統一見解ではなくて、個人の勝手な思い込みで、断言して惑わすような事を言って貰っては困る。
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70kgもの硫黄を背負って山を下ってくる担ぎ屋の方々…

ともかく明日の朝は時間がないので、山に登るタイミングは今日しかないのだとクルマを山に向かわせると、次第に雨が強くなってきた。前回のブロモもそうだったけど、やはり雨季に山なんか来るもんじゃないか。
それでも標高1,850mにある登山口に着く頃には雨も一応止んだ。念のため売店で雨合羽をしいれ、ラーメンで腹ごしらえをしたのち、山頂目指して登り始める…

が、これがきつかった!
往復3時間、片道1時間半、3km程というのだが、これが相当にキツイ上り坂で、普段の運動不足もたたってか、いや、落花生。だけじゃなくて他の3人も皆相当苦しそうだ。
その山道を、この火口湖付近で採れるという硫黄の黄色い岩を入れた籠を担いで下って来る鉱山労働者の方々。軽々と歩いて行くのだけれど、聞くとその籠、両方合わせると70kgもの重さがあるのだというから驚きだ。そしてこの山の上の火口湖から下の精錬工場まで、1日2~3往復しているんだって!
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深い霧に煙り、全く見えないイジェン火口湖… 登る前からわかってたけど、残念。

こちらは霧の中、小雨降る中を一歩一歩上り続け、途中2km地点にある山小屋で小休止したのを含め、およそ1時間45分ほどで漸く火口湖の廻りの外輪山に到着…した筈。だが、霧が深く、正直よく見えません。
晴れてたら、こんな風に見えるらしいです…(観光局のサイトより)
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担ぎ屋のおっちゃんは、「ここから火口湖まで下れるから、一緒においで」というが、霧が深く、時折ほんの数メートル先も見えなくなったり、また、硫黄分を相当に含んだ、息苦しくなるような風邪が結構な強さで断続的に吹いていることもあり、今回はこれで断念。
下りはおよそ1時間15分ほどで下りることが出来、待たせておいたランドローバーで今日の宿、棚田ビューの美しい、Ijen Resorts and Villasに到着。オフシーズンという事もあって、アップグレードした部屋に80万ルピアほどで泊らせて戴き、夜は筋肉痛に備えて?Spaで足マッサージをして貰い、持ち込みのワインで乾杯!
キツイ上りも忘れさせてくれる素敵なリゾートホテル・ライフを楽しませていただきました♪
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素敵な棚田ビューのリゾートホテル。そんなに高くないのがまた嬉しい。

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