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2013年3月14日 (木)

日本の面影残る街で。

今朝は一ヶ所アポ先訪問の後、フライトまでの時間を使って中央からの補助金で作られたというやたら綺麗な道路を走り、「日本港」を訪ねてみました。太平洋戦争時代には日本軍が進駐したここ北カリマンタンにも日本の戦跡や慰霊碑などがたくさんありますが、このヌヌカンでは地名に日本の名が残っていました。
Sei Jepun(日本川)にJL.Sei Jepun(日本川通り)、そして日本川港まで。ローカルの渡船やフェリーが発着する小さな港でした。かつてこのエリアには多くの日本人が住んでいたそうですが、残念ながら当時の家屋や戦跡等は残っていないとか。

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ヌヌカンの街からクルマで南東へ30分、Sei Jepun(日本川)港の入口で。

タラカン空港からは同じSusi AirのSI335便、今度はガラガラのセスナ機でタラカンへ戻った。タラカンは人口約20万の中都市だが、北カリマンタン州内では唯一の市(Kotamadia)となり(他に4県Kabupaten)、州内の中心都市となる(州都は南のブルンガン県タンジュン・セロールに置かれる予定だが、ここがまた恐ろしく何もないところらしいです。)。
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タラカン空港到着。顔は変わってるけど日本の香りがするランプバスが迎えに来ると…

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神奈川県から流れて来たバスでした。車内には諸々の日本語表記が残ってます。
調べてみたら、1990年式三菱U-MP218M、神奈中・大和営業所所属車だそうです。

午後は警察の方の案内で市内の日本人墓地とマングローブ保存区を訪問。市内Pamusian地区Imam Bonjol通りから住宅街の中に入ったところの丘の上にある墓地は、遺族会の方々などが時々訪問されているようで、墓守の方とも話が出来たが、地元の観光局から謝金を貰って綺麗に維持している由。

夜は在留邦人の方も交えて市内の海鮮料理店「Cahaya」で夕食となったが、その店には更に2人の日本人の海老買い付け業者さんの方が長期出張で来ておられたのには驚いた。凄いですね、こんなところまで。
今晩は市内タラカン・プラザホテル泊。リノバシ中でエレベータ動かず。
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「日本人共同墓碑」と書かれた、綺麗に整備されてお供え物もおかれた日本人墓地にお参り。

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コメント

こんばんわ。
空港のランプバスまでを気にし出すと、全国あちこち僻地まで出掛けないと気がすまなくなって大変ですよ…
ところで、ライト廻り(リアランプも)の改造というのは、やはり、その後のメンテナンス(交換部品入手の容易性)を考えて、国産品に変えておく、という趣旨なんですかね。

投稿: 落花生。 | 2013年3月21日 (木) 02時06分

これはまた濃いランプバスですね!一見、AGRAや大手のランプバスで見られる魔改造車かと思いきや、改造してあるのはライト回りだけというこのチープさがたまりません;;しかも神奈中表記がそのまま残っているとは。ジャカルタ市内の中古車が風前の灯の今、この手のバスがにわかにアツくなりそうですね。金のかかる趣味になってしまいましが・・・。

投稿: パクアン急行 | 2013年3月19日 (火) 01時11分

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