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2013年6月30日 (日)

忙しい一日 (よさこいからJKTへ)汗;;

ここスラバヤは他の大都市の例に漏れず幾つかの海外の都市と姉妹都市関係を結んでいるのですが、その一つが我が国の高知市。1997から姉妹都市関係にあり、その縁もあってここスラバヤでは毎年高知の「よさこい」踊り祭りが開催されています。
数年前からは、スラバヤ市の「クロスカルチャーフェスティバル」の一部に組み入れられる形になっていますが、今年で11回目を数えるこの「Festival Yosakoi Surabaya」が今年も今日、スラバヤ市役所前広場Taman Suryaで開催されたので、朝7時開会という速さにもめげず、行ってきました。
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思い思いの衣装に身を包み、鳴子を打ち鳴らして踊る参加者達。

既にすっかりスラバヤの風物詩の一つとして定着してきたのか、今年は参加チームは40チームを数え、地元の大学、高校、小中学校、趣味のサークルや企業のグループなど、日系企業では当地に工場を持つ矢崎総業もチームを送り込んでいました。
よさこいというのは「鳴子」という音を出す杓文字のような打楽器?を鳴らしながら踊るのですが、やはり日本渡来の踊りということで、インドネシアの民族衣装だけではなく和服風の衣装や、どう見てもコスプレだろそれ、というグループまで様々。
話を聞くと、何ヶ月も前から練習して、賞金が出るわけでもないのに自腹で手の込んだ衣装を作り上げ、よさこいのメロディーに合わせて踊りまくる皆さんは生き生きとしてました。
昨年は10周年ということで高知市長も参加していたのですが、今年は残念ながら高知市から出場は無し、ビデオメッセージの披露だけでしたが、スラバヤ市からはリスマ市長も長時間観覧、野村日本総領事と二人で挨拶の舞台に立ち、仲睦まじく?いい雰囲気を醸していました。
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高知の大漁旗を受け取って感極まって喜ぶ、優勝のスラバヤ国立大学チーム。

この日はその後出張者対応で一旦離れて一運動した後、再度表彰式に併せて会場に戻り、16時過ぎからは市内北部ITCのモールで初の全国ツアー中のJKTの初スラバヤ公演、夜は事務所近くの宴会場で開催されたJKTのディナーショー(そんなのやるんだ!)、例によっていずれも開始がダラダラと遅れ、帰りは結局23時を回ってしまい、流石に疲れました。
(こっちは芸能人なんで、写真は色々とうるさいので、“なし”でゴメンなさい >_< )

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2013年6月26日 (水)

Suica導入、か!? Jabodetabek。

職場で何気に新聞を読んでたら、一つの記事…というか広告が目に入った。
このスラバヤ、東ジャワには全く関係のない話なんだけれど、全国紙KOMPASだからいいのか、この7月からJABODETABEKでは、先般の電子チケットCommuter Electronic Ticketing「COMMET」導入に続き、「Kartu Multi Trip」を来る7月1日から導入するとのこと。
この「COMMET」は、窓口でプラスティック製のチケットを購入し、改札機に当てて入出場するという、ぶっちゃけて言ってしまえば紙製チケットと比べて乗客側に何のメリットもない、紙製チケットを再利用可能な電子チケットとすることで、長い目で見れば印刷経費削減と紙資源浪費防止に繋がるだろうか、という程度のものでしかなかったのだけれど、今度のは少し違うかもしれないと期待しつつ読んでみる。

然るに、マルチ・トリップ券の販売価格は33,000ルピア、うち20,000ルピアがカード代で乗車可能分は13,000ルピア、これにトップアップして入金しておけば、何回も乗車できるというのだが、デポジットを払って購入する我が国の誇る“SUICA”“PASMO”といったIC乗車券類と似たシステムにも見える。Multi2013062603098_2
PT.KAIとKCJ連名で、カラーの新聞広告。チカラ入ってますねー。

読み続けてみると、「一回券とは異なり、このマルチ・トリップ券は、下車時に機械に入れて回収されるのではなく、持って帰ることが出来る。」って、別にお土産じゃないんだから。そんでもって「次回乗車時に引き続いて使用出来る。」まあそうだろうな。
重要なのは「tanpa perlu mengantri terlebih dahulu di loket. (発券窓口で並ぶ必要がない)」って書いてあるところで、
これまでの情報では、このマルチ・トリップ電子チケットは、乗車する前に発券窓口にカードを持って行って、行き先名を窓口で言ってカードを機械に通して運賃額を差し引き、どこまでのチケットを購入したかをチケットにデータとして登録して、それをもってはじめて自動改札口を通って入場することが出来るという、毎回並ばなきゃいけないんだったら、一回券でも一緒じゃん、乗客側に何のメリットがあるんだ?と思ってたのとはちょっと違うのかもしれない。フツーに便利に使えるのかもしれないな。

次回ジャカルタに行って使ってみるのが楽しみになって来た。
なお報道によれば、まだ現時点では、05:00-09:00、16:00-20:00しか販売しないとか、販売する駅が限られているとか、ちょっと理解し難い状況であるようだが、いずれそのうち落ち着いてくるんでしょう。インドネシアだし。
これが上手く行けば、それこそSUICAのようにコンビニで使えたりしないかな?と期待が膨らむところですが、
さてどうなることでしょうね。
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ちなみにこちらが一回券「COMMET」。東京メトロ有楽町線7000系大活躍。

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2013年6月25日 (火)

今度は踏切事故。

今朝の当地紙「Jawa Pos」によれば、昨24日朝東ジャワ州東部バニュワンギの近郊で客車の脱線を伴う踏切事故が発生した由。
記事によれば、朝06:45頃、バニュワンギ県カリプロ郡クラタック村の踏切にて、既に遮断機が下りていた踏切にジャカルタ登録のクレーン車が進入、バニュワンギ発ジョグジャカルタ(キアラチョンドン)行きの「Sritanjung」号と接触、クレーン車は180度回転して停止し、列車は客車2号車が大きく脱線した由。
幸いにも死者は発生せず、運転手も脱出して無事だったとのこと。原因は不明なるも、この状況では明らかにトラックの運転手側に瑕疵があることは間違いなく、鉄道擁護派の当方としては、車両や施設の修理費のみならず、乗客に対する遅れにかかる賠償に加え、「安全な鉄道」の信頼を貶めた損害についても賠償して貰いたいと思うが、まあここの一般の車両(お金持ちのピカピカの個人車はともかく)、業務用車両に適切な保険がかけられているとも思わず、支払い能力無しということでまた国鉄PT.KAIとしては泣き寝入りすることになるんでしょう。

ちょっと不思議だったのは、先頭の機関車ではなく、後ろに続く客車の、2両目が脱線しているという画像(記事写真右)。機関車は重いから脱線せず、軽い客車だけが脱線した? 或いは列車通過中にトラックが2号車に突っ込んでいった?であれば運転手側の過失は明らかだが。居眠りでもしてたんでしょうかね。
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事故を伝える新聞記事。写真があるとやはり目を惹きます。


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2013年6月21日 (金)

燃料価格が値上げされた訳で、

長らく懸案だった燃料価格の値上げがようやく実施されることとなった。
インドネシアは産油国で、以前はOPECにも加盟していたのだけれど2008年に脱退、近年では国内需要の高まり等もあって輸入量が増加していた(2004年から純輸入国)。なのだが、国内的にはこれまで貧困層対策という意味合いから石油製品(一部)には補助金を支出することにより低廉に抑えられており、例えば自動車用燃料であれば、所謂レギュラーにあたる「Premium」やディーゼルについては1リットルあたり4,500ルピア(約45円)とコストを大幅に下回る廉価で市販されて来ていた(逆ザヤが発生していたってことです)。

その結果、政府の補助金用支出は増加し、今年の予算では支出の十数%を占めるまでに至っており、本来開発支出に充てられるべき予算が適切に支出されていないという批判があった。
補助金つき燃料(BBM Subsidi)は本来貧困層の支出負担が目的であるのにも拘らず、実際に給油をしているのはクルマを購入できる層、バイクを購入できる層なのであって、それは最早貧困層ではないという指摘である。
確かにそれはそのとおり。近年ここスラバヤでも猛烈な勢いでクルマやバイクが増加しており、渋滞が益々深刻になっていく一方、都市交通機関の整備は進まず、本当に低所得の層が利用するACなしのバスや、ベモと呼ばれる小型乗合ミニバンに至っては、運転本数の減少が進んでいると聞く。
公共交通機関の整備やベモの運営形態については言いたいことは幾らもあるが、それはまた別の話として、ここ数日、値上げ反対のデモが学生や労働組合の主導によりジャカルタを始め全国各地で行われて来ており、マカッサルなど一部都市では警察との衝突に至り、地方部のスタンドでは早々に「Premium Habis(売切)」としていた(売り惜しみ?旧価格で仕入れたものを値上げ後に販売しようという主旨か。)所も出て来ているとの報道もあった。
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給油待ちのバイクの長い列が延びる、旧価格最終日のスタンドの光景。

ところが不思議な事に第二の都市であるここスラバヤではデモは行われはしたものの極めて小規模だった。
初日は偶々豪雨だったこともあり参加者が殆ど集まらなかったのかとも思ったが、その後も大規模デモには至らず、ガソリンスタンドを見ても、買い溜めの列が出来ることもなく、極めて平穏だった。激しい感情を表に出さず、争いごとを好まないジャワ人の性格なのだろうか、不思議不思議。

今晩深夜0時から補助金が減額されるため、プレミウムはRp.6,500に、軽油はRp.5,500に値上げされることになったため、というか、正確に言えば値上げではなく「時限つき値下げ期間の終了」であるのかもしれないけれど、ともかく実態としてスタンドでの実売価格は上昇することになるため、流石に旧価格最終日の今晩は、流石にスタンドには長い給油の列が出来ていた。

我々在留外国人の側としては、この貧困層対象の補助金の恩恵にあずかるべき立場になく、今回は補助金なし燃料(Rp.9,500~10,500程度)の販売価格には変更がないことから、直接的な影響は少ないが、今後輸送コストの上昇に伴う物価上昇は徐々に出てくるのだろう。
まあ補助金相当額の予算が適切に貧困層支援(現金給付とかではなく)に充てられ、出来ることならば公共輸送機関の改善も進められるのならば、その程度の物価上昇は甘んじて受けたいと思います。
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Pertaminaのスタンドで給油中の落花生。のFortuner。
4WDのため5~7km/ℓと極めて燃費悪いのはもう仕方ない。

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2013年6月16日 (日)

今年もPG.Oleanは元気でした。

明けて日曜。曇り。
朝の空車のフィールドへの送りこみの時間帯に併せて、昨日の例もあるので早めにホテルを出て出発。
が、雨が降り出した。かなり激しくなったりするのを畑の中の東屋で凌ぎながら待つこと約1時間、やって来たのはまたしても水色のDL(涙)。。。

まさか今日は西の方に蒸機が行ってるのでは、と聞いてみるが、朝は蒸機は出て来なくて、このDLで両方のフィールドに送り込んで、ロコ・ウアプは夕方だけだよ、という話。うーん (-~-#)

もう一回だけ信じて待つことにする。9時半頃一旦ホテルに戻り、休憩・お昼ご飯の後、再度現場へ。
今度は綺麗に晴れた。暑くて汗がだらだら出る。さっきは雨宿りした畑の中の東屋で、今度は暫く日陰をお借りすることに。
暫くの後、工場北門に待機させた運ちゃんから「汽車が出たよ」のSMSが入って来た。
汽笛も聞こえてきた。さあ、来た来た♪
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青空の下、1号機が出発準備中。あれ、この機関車、Ardjunoって名前がついてなかったっけ?

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紅白煙突の工場へ向けて走るシュガートレイン。今年も元気で良かったです。

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Duwet村から西に向かう路線が現役だった事が判明したので、一部修正。PG.Olean製糖工場周辺図。

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2013年6月15日 (土)

ジャワ島に、今年も甘い季節♪

さて6月に入り、いつもであれば、そろそろ…というタイミング。なのですが、今年はいつまで経っても雨季が明けず、東ジャワ州内でもサトウキビやたばこの生育に問題があり、州内経済成長率に影響が出るのでは、などという報道もなされて心配してました。
それでも中旬になったこの週末を前に、数年来のつきあいのSLガイド(チェプーの貸切でもお世話になった)S氏とやりとりをしていたら、どうやらPTPN11(第11国営農園会社)管内の製糖工場(PG)ではそろそろ稼働開始している筈、との情報が伝わって来ちゃいました。
それならば。今月後半から来月前半にかけては、色々と来客だ出張者だ選挙だ試験だと忙しい週末が続きそうだったので、思い立ってこの週末、様子を見に行って来ることにしました(ちゃんと上司の許可はとった)。
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協三工業製の小型DL1号機に乗せて貰ってサトウキビ畑へ向かう♪

今住んでいるスラバヤから出掛け易いところ、せっかくだからフィールド路線が生きているところ、と考えると、もうSitubondoのOleanしかない訳で、スラバヤからクルマを走らせること4時間半、シトゥボンドの市街地に着くや否や、そのまま工場の北門に直行。警備員と、途中の線路端の作業員に様子を聞くと、西のドゥウェット村から更に西に向かう路線に汽車が出ているという。おっと、あっちの路線が生きていたか。これまでずっと廃線だと思い込んでた。
取り敢えずクルマを走らせ、線路沿いを歩きだして程なく、工場の方から水色に塗られた小型DLが現れた。
なんだこっちか。(いや、日本でこんなナローの小型DLが現役で走ってたら、もうそれだけで萌え萌えなんだけれど、ここではどうしてもSLが主目的になっちゃうんで… 贅沢でスミマセン。)

それでもローリーを取りに行くディーゼル・ロコに乗せて貰って西の刈り取り作業現場に向かい、模型のような取り外し可能式の線路が畑の中に延びて行く、ローリーを引く水牛達が休息している辺り迄行って話を聞くと、なんと蒸機(Loko Uap)は別の、工場近くから分岐して北上するカランマラン村方面に出ているという。
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毎日汽車と戯れて過ごして、立派な大人になるんだよ。

なんでそんな大事な情報を教えてくれない… と恨み節をぼやきながら慌ててクルマに戻り、そちらに向かうが、ちょっと出遅れた。
こちらの汽車は既にローリーを纏めて出発し… そのまま工場へ向かう途中の住宅街の裏手の林の中のカーブで機関車が脱線して復旧作業中だった。暫く作業を眺めさせて貰ったのはそれはそれでよかったのだけれど、ちょっと絵にはならないな。明日もこの方面に出るという事を確認し、今日の作業は終了。

まだ3時半と時間があるので、廃線跡にそって南のボンドウォソに向かい、Gerbong Maut(死の貨車)という、対オランダ独立戦争時に、このボンドウォソから貨車に詰め込まれてスラバヤに向けて送られた捕虜が、劣悪な環境下で多数犠牲になった事件のモニュメントを見に行ってみた。

今夜はいつものホテル・ロサリ泊まり。この街にはまともな宿はここしかないからね。
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Gerbong Mautのモニュメント。マランの博物館にある奴が本物、なのかな。

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2013年6月12日 (水)

アチェへの道遥か。

さて今日は随分前に情報を貰っていながら書きそびれていた話を一つ。

 スマトラ北部のアチェ、現在はナングロ・アチェ・ダルサラーム州といいますが、かつてこのアチェと北スマトラの中心地メダンとの間には鉄道が延びていました。
 インドネシア鉄道の草創期1876年に一部が開通し、その後メダンへと延伸されてきた総延長約450km、軌間750mmのアチェ鉄道がそれで、モータリゼーションの進展に伴い1982年頃までに全線の運行が停止(事実上の廃止)されてしまったのですが、地図上にはまだしばしばその線路があたかも現役線の如く書かれているのを見ることがあります。

そのアチェ鉄道ですが、驚くべき事に現在この路線の再起計画が進められているそうです。
 1998年以降、トランス・スマトラ鉄道構想の一環としてアチェ鉄道の再開が計画され、2004年までにナングロ・アチェ・ダルサラーム州内バンダ・アチェ近郊で数kmの路線が再建、その後スマトラ沖大地震の影響で工事は凍結されたが、2007年から08年にかけて同州内ロクスマウェ(Lhokseumawe)近辺でクルン・マネ(Krueng Mane)駅~ブンカイー(Bungkaih駅~クルン・グクエ(Krueng Geukueh)駅間の路線が1,435mm軌間(なぜ!?)で再建され、2009年には新造された標準軌仕様の二両のKRDI気動車が現地に持ち込まれ、試運転も行われたそうです(動画をYoutubeで見ることが出来ます)。
残念ながらその後運転再開の目処はたっておらず、現在同車両はブンカイー駅構内に設けられた車庫内に保管されているのですが。

 その再開予定?路線を今年のGWに見に行ってくれた職場の後輩から写真を送って貰いました。曰く、
>>
昨日アチェ鉄道を見てきました。
 車両、線路とも、使われていないにもかかわらず、傷んでいる印象を持ちました。
 むしろ使われていないからかもしれませんが、線路は錆びておりました。
周辺住民はこの鉄道は運行されないと認識しているようで、線路上で洗濯物を乾かしたり、魚を干物にしていたり、土も盛って簡単な踏切(鉄道が通行できないような盛り方)をいくつもしていたりと、いう状況でした。車両が保管されているBungkaih駅はロクスマウェ空港からすぐ近くでした。Krueng Mane駅、Bungkaih駅、Krueng Geukueh駅がありましたが、それぞれが同じデザインで設計されており、Bungakaihには職員用宿舎まで同じデザインで建設されておりましたが、職員は誰も常駐しておりませんでした。
<<
とのこと。

本当にこの区間だけ運転再開するつもりだったのか、採算は度外視されていたのか、この政策判断は我々の理解を超えたところにあるようです。

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ロクシマウェ市内ブンカイー(Bungkaih)駅(上)と、
同駅構内に設けられた車庫内に留置されている、国内唯一の標準軌仕様のKRDI(下))。
(後輩Y山くん、ありがとう。)

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2013年6月 9日 (日)

バドゥイ、帰り道。

バドゥイの村の朝は早い。
もう3時前から鶏が鳴き出し、日が昇るともう壁一枚隔てた外では大勢の話し声。勿論、朝陽が昇ってから相当経ってから起きて、日が暮れてから長い間起きてる我々現代人の方が自然の摂理に反しているというのは正論なんだけれど、慣れてないんだから仕方がない。それでも折角なんで早起きし、まだ朝靄に煙る村をちょいとお散歩。
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朝から青い機織りに余念のないおばあちゃん。

朝ご飯を美味しく頂戴した後、お世話になったご家族にお礼を言って村を後にし、また2時間かけてチボレゲール村に戻る。途中から電波が入るようになり、携帯電話のメッセージが次々と入ってくるようになった。中には昨晩から「連絡が取れない!」という悲鳴のような仕事のメールが入って来ている同行者もいたようで、お気の毒様。当方は何も深刻な事態は起きていなかったようでヤレヤレです。

村に無事到着、ポーター役をやってくれたバドゥイの一家にお礼を渡し、アルファマートで一休みしてから村を後にした。名残惜しいけど、1泊がいいところかな。ここで暮らしていくのはちょっと厳しいかもしれません。外で既にこれなのだから、内バドゥイの村なんか行ったら、更に厳しいのかもしれません。
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名残惜しいけれど、また来ます。ところでここの子供たち、来訪者には愛想ないです。。。

ここからクルマで1時間半ほど、途中のランカスビトゥンという街でクルマを下ろして貰い、ジャカルタに直行してスパだ!と息巻く女性陣と別れ、ランカスビトゥン駅から上りの普通列車に乗り込む。
このジャカルタ・タナアバンとスマトラの向かいのメラクを結ぶ路線、これまでパルンパンジャン(タナアバンから34km地点)だった電化区間が、去る4月1日に56km地点のマジャまで延伸されてきてから未乗だったのでやって来た次第。マジャまで入ってくる電車はまだ1日5本しかなく、次の便まで暫く時間があるので、一旦パルンパンジャンまで乗り、お昼ご飯の後に都営6000系電車の午後初便でマジャへ移動。折り返しでジャカルタに戻る。この付近、(さっきランカスビトゥンから乗ったような)エコノミの一般列車(日中ほぼ1時間間隔)ならば1,500ルピアで済むところ、コミューターと称するAC付きの電車だと8,000ルピアと5倍もするのだけれど、発車して2駅目のティガラクサで既に座席はさらりと埋まり、パルンパンジャンに着く頃には立ち客も出てきた。その後も日曜午後の上りだというのにドンドン乗り込み、本数が倍増するスルポンを過ぎる頃には通勤時間帯並みの混雑となってきた。
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4月に電化開業なったばかりのマジャ駅に寄り道。短い、低いホームがあるだけの小駅。何故ここが終点?

たいした乗り具合で、ジャカルタ首都圏が南西方向にドンドン拡大していること、エコノミ電車の廃止反対の大規模デモが発生している一方で、80円のAC車の運賃を平気で出せる層がこれだけ増えてきているというのに驚かされる。
ジャカルタに戻り、ジャティヌガラとパサールスネン駅でちょっと調べ物をした後、今日のジャカルタ戻りは、行きと同じCitilinkのQG809便。こちらも搭乗券記載の時刻の10分前にはもうボーディングが始まる速さで、一人ギリギリに遅れて乗り込んできたお客のお陰で結局ほぼ定刻での出発となりましたが、在留邦人の間ではあまり定時性が高くないというCitilink、個人的には最近全然問題ないです。

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2013年6月 8日 (土)

バドゥイへ、トレッキング。

早朝、5人が集合し、運転手とガイドさんとも7人が1台のダイハツ・セニアに詰め込まれて出発。
メラクへの高速を快適に飛ばし西のバンテン州へ。出口のI.C.を行き過ぎたりしつつも、ランカスビトゥンを過ぎてからは舗装も次第に悪くなってきた山道を走り、それでも4時間ほどで無事にバドゥイの入口になるCiboleger村に到着。村の中心部、道路のどん詰まりのロータリーには、既に白や黒の服を着たバドゥイの人々の姿も見られ、いきなり期待高まる。

ここで一旦お昼ご飯の後、先ずはオジェック(バイクタクシー)に分乗して走ること約30分、そこから山道を歩き始める。さあいよいよトレッキングだ。普段歩き慣れてないから辛いぞ-、を1時間ほど。結構な登り下りがあり、思った以上に疲弊。こちらで目指したのは、木と蔦で出来ている橋。「Jembatan Akar(根っこ)」という名前で、木と蔦で作ったのではなくて、川岸に生えている木とその木に寄生している蔦を、川の方に伸びるように誘導して、反対側の木と蔦と繋げてしまっている、自然の力を活用して作られているということ。勿論踏み板とか結合部分とか、オリジナルの両岸の木以外のパーツも使われているんだけれど、トトロもびっくり、かずら橋もびっくりだ。凄い。
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自然の力を活用して作られた橋をこわごわと渡る一行。

そこからまた暑い中汗ダラダラ流しながら1時間歩いてヘタヘタになり、急坂を上り下りするので変な具合に力がかかって尾てい骨の廻りの皮が剥けたらしくお尻が痛くなりながら、チボレゲールのターミナルに戻ると、目の前には神々しいアルファマート。冷房の効いた店内と冷たい飲物が有り難い。軟弱者。

さてここからが本番。ガイドさんによれば、先ほどから事務所の辺りを彷徨いている白服と黒服のバドゥイの家族が今回我々のポーターとして働いてくれるのだという。それは有り難い。今日は寝袋とか水とか、荷物が結構な量になっており、これを担いでこれから2時間山道を歩くのは少々辛いなと思っていたところだった。

この白服と黒服、凄くぶっちゃけて言ってしまうと、外部文化の導入を拒否し伝統的な生活をかたくなに守っている内バドゥイ(Baduy Dalam)と、原則としてはそうなのだけれど外部との接触もある外バドゥイ(Baduy Luar)と分けられ、部族内での立場は当然内(白)の方が高貴であり、白で生まれ育っても戒律を守れなかったりすると「内」からは追放され「外(黒)」で生きていかなければならなくなる。「内」は研究者等の立場であっても入っていくことは出来ず、ましてや我々外国人観光客が簡単に立ち入れるようなエリアではないらしい。因みに白・黒とは、彼らが来ている服にも現れており、外バドゥイの人達は男性も女性も常に黒っぽい或いは濃紺の服を身につけ、内バドゥイの人達は白いターバン風の布地を頭に巻いた白装束。但し外のエリアには滅多に出てこないので、出会う機会は極めて少ないという。
な筈なんだけれど、家族の内一人だけ、2番目の弟さんと思しき若者だけは白装束。彼一人だけ内バドゥイということもないのだろうが、尋ねてみても明確な返事はなかった。
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今回ポーター役を担ってくれた一家の、お兄ちゃん(後ろ)と弟。弟だけ白バドゥイ?

さてそのバドゥイの村、今日目指すのは4kmほどのガジェボ(Gajeboh)村という所。山をひたすら登っていくのかと思いきや、思ったよりアップダウンがあった。その山道をバドゥイの家族は我々の荷物を抱えて裸足で軽々と歩いて行くが、我々はもう青息吐息。当方はもう四十代だから仕方がないとしても、他の皆はまだ三十歳そこそこにしちゃあ、ちょっとイカンぞ。
結局次第に日も陰り始めた15時半頃、長い長い坂を下りて川沿いを歩き、ようやくガジェボ村に到着。一軒の民家に泊まらせて貰うこととなり、荷物を置いて一休み。
 電気も水道も何もないから、汗をかいた後の水浴びは川か山から流れてくる小川の水を使う。トイレは村外れに小さな小屋があるだけ。携帯の電波も届かないし、当然この日の日記もバックデートしての記載です。

 それでも驚いたのは、この50軒ほどの小さな村に、週末ということもあって随分沢山の観光客・・・多くは近隣の大学生のグループらしい、が訪問していたこと。全部で50人近いんじゃないだろうか。これら観光客が村の民家に民宿的に分宿させて貰うことになる。床は板張り、布団もないので寝袋持参。それでもどの家も、村の中も比較的小綺麗で、ゴミが投げ捨てられていたり、村外れに生ゴミが積み上がっているようなこともない。不思議な村だ。

 日も暮れかけてきた頃、ランプの明かりの下、晩ご飯。鶏肉、塩漬けの川魚、炒めた豆やテンペ、タフなどどれも美味しく戴いた。夜はポーター役の一家が横笛と琴を披露してくれた夕べ。ちょっと冷たいビールを、と言いたくなるのは無粋だろう。
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2時間の山歩きの後、ガジェボ村に到着。今晩は電気のない生活。

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2013年6月 7日 (金)

バドゥイへ。

文明を拒絶して生きる謎の人達が西ジャワの山奥にいる。
電気照明、テレビ、娯楽道具、学校さえも自らの文化とは相いれない近代的な価値観を植えつけられるものとしてこれを拒否し、薪やろうそくの灯を使い、下界に下りてきた時も、クルマに乗ってもいけない。どこにでも歩いていくなど、伝統的な社会を保持し続け、掟に反したら追放され、周辺部にしか住めなくなる。

そんな人たちが、西ジャワ州南部のバドゥイ。ジャカルタに転勤してきた時から話を聞いて気になっていたのだけれど、たまたま職場でそこを訪れたことのある同僚が全く地理に弱く、グループ旅行で連れていかれただけでその地を地図で示すことも出来ない人だったりしたこともあり、行く機会を逃していた。

そんな中、ジャカルタ時代の後輩や友人、今の同僚など上手く5人集まり、ローカルの旅行社というか、バドゥイの地元のガイドさんにアレンジをお願いすることが出来(日系の1/3の値段!)、今日は仕事が終わってから最近よく使うCitilink便でジャカルタに向かうことに。
と思ったら、一緒の便で飛ぶ筈だった同僚のN宮夫妻が渋滞に巻き込まれてフライトに乗り遅れ、ちょっとばかり多難な旅立ち?かな。ジャカルタ空港で1時間半後の便で飛んでくる彼らの到着を待ち、タクシーで市内ワヒッドハシム通りのIbisホテルにチェックイン。
さあ明日に備えて今晩は早寝とするかな。

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今日のCitilink QG808便は珍しく古いB737-300。GAのお古で室内は流石に草臥れた感。

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2013年6月 3日 (月)

バリ・クタビーチのステーションホテル 笑

その先週末訪問した、鉄道のないバリ島なんですが、何故か“ステーションホテル”があります。
勿論駅なんかないんですが、空港からクタへ向かうカルティカ・プラザ通り(JL. Kartika Plaza)という道沿いに、そういう名前のホテルがあるんです。
KUTA STATION HOTEL & SPA,BALIだそうです。
で、駅があるわけではないので、辻褄を合わせるためにホテルの前に駅を作…りはしませんでしたが、ホテルの前にはこんなものが置かれていました。
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この蒸気機関車、恐らくはジャワ島のどこかの製糖工場で使われていたものでしょう。
車体には銘板も何も残されておらず、警備員やホテルのスタッフに聞いてみても、「オーナーがジャワ島のどっかから買って来た」というばかりで、念のため事務所に確認に行って貰いましたが、結局どこのPG.で働いていたロコかというのは判りませんでした。どなたか見当つく方、いらっしゃいますか?

折角なのでホテルも見せて貰いましたが、別に部屋の作りが鉄道の駅風だったり、鉄道模型が走り回ってたり、ウェイトレスが鉄道むすめのコスプレだったりはしない(苦笑)ので、パブリッシュ・レートでは100ドル/泊~を払ってまでわざわざ泊ってみようとは思いませんでしたが。

ちなみにこういうものを見ると、関東圏でクルマをよく運転する人であれば、ステーキハウス「ペコペコ」を思い出したりしませんか。
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こちらは従業員の制服。ジャカルタでよく見る電車の姿が。

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2013年6月 2日 (日)

バリ島での休日(?)

 爽やかなバリ、クタの朝。朝食の時間帯はまだ海岸縁に出ても静かで、所謂クタビーチの喧騒とは異なる穏やかな空気が流れるが、所々獲物を狙う髪結いおばちゃんやジゴロのらしき姿も見られる、って偏見入ってる?
昼のチェックアウトまでは特段お出掛けせず、部屋とプールサイドで宿題の続きを継続した後、昼過ぎに迎えに来てくれたデンパサール事務所の同僚K岡さん一家のクルマでスミニャックでお昼ご飯、の後、実はまだ行ったことのなかったタナロット寺院へ。jホントは世界遺産登録されたスバックのどこかに行ってみたかったんだけれど、棚田なんかはちょっと遠くて時間的に微妙だという事で今回は断念。また次回の宿題だね。
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久々に観光らしき事もしてみました。タナロット寺院にて。

続いてはまだ少し時間があるんで、東京の元同僚の依頼でこの辺りのホテルを下見したり、あとは事務所の皆にお土産買ったり。

そこまでは良かったんだけれど、今日の帰路は19:30発のWINGS、IW1819便でスラバヤへ。値段はどれも大差なかったんで、久々にプロペラ機に乗ってみたかったんで、ATR運行のこれにしてみました。
これが結果的には大失敗。夕食食べるつもりで有料ラウンジに入ってたんだけれど、いつの間にか機材故障とやらで出発時間は21時に変更。
この日はWings,ロンボク行き、スマラン行きなどこの時間帯の殆どのフライトがベタ遅れで、搭乗カウンターの脇には既に軽食と水の入った箱が無造作に置かれ、文句を言ったり状況を聞きに来る客に次々と手渡して対応している。
確か1時間以上遅れだと軽食、3時間以上遅れるとRp.30万をキャッシュバックしなきゃいけないんだったかな、今の規則だと。
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搭乗ゲートの脇に積まれた軽食と水の箱。もう最初から準備してるんじゃないだろうな。

結局ようやく搭乗と相成ったのは140分、2時間20分遅れの夜も21時25分頃。バスに乗って機側に着いてみれば、あら、昨年末にデリバリーされたばかりの新型機、ATR72-600型ではないの。流石に機内はピカピカ、従来の-500よりも座席間隔もひょっとして広い? ちょっとだけ溜飲が下がりました。
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ロゴも誇らしげな新型機に乗り込む。やっぱり気持ちいいね。

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2013年6月 1日 (土)

三都市対抗親善スポーツ大会 in バリ!

土曜日。
今日は朝から三都市親善スポーツ大会の各会場、サヌール近くのバドミントン→ジンバランのサッカー→更にジンバラン南部ウダヤナ大学でのソフトと会場を巡り、懐かしい面々と顔を会わせたり、新しい方とご挨拶したり。
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こちらはジンバランのサッカー会場。スラバヤチーム(左)はジャカルタチームを撃破!

午後は一旦ホテルにも戻ってしばらく宿題したりした後、夜は懇親会へ。各都市の日本人会の代表者、旅行会社や航空会社の来賓の方に各競技の参加者ざっと見渡したところ200人以上が一同に会しての大宴会と成績発表会。残念ながら各競技とも母体数が多くて選りすぐりの選抜チームを送り込んでくるジャカルタチームが圧倒的に強くてスラバヤチームは2位、3位に甘んじることが多かったけれど、大盛況に終わりました。こういった催し、続いていくといいですね。来年は出場しなさいという圧力は、取り敢えず軽く流しときますが。
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こちらは日本語補習校の生徒さん達の応援チア。お母さんたちカメラ持って大騒ぎ 笑



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