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2013年8月31日 (土)

メダン空港新線用車両(韓国製)ようやく到着。

さて州知事選挙も無事に終わり、今日は論評とか各陣営の反応を見るので一日ローカルのTVをつけっぱなしにしていたら、昼休みだったか、ちょっと思わず目が行ってしまうニュースが流れてました。

こちら↓、先般開業したメダンのクアラナム新空港連絡鉄道ARS(Airport Railink Services) 用に、この路線を運用する国鉄PT.KAIの子会社PT.Railinkによって調達されながら、納入が新線の開業に間に合わなかった韓国Woojin(宇進電産)製の新型車両がメダン郊外のベラワン港に到着し、昨日29日に陸揚げされたというニュースです。
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へえこんなのがニュースになるんだねえ、日本じゃあ絶対ないわ...と思ってたら、 ↓新聞にも載ってやがる。しかもカラーだし。よっぽど嬉しかったと見える。
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これまで、ジャワ島で使われていた通勤用のディーゼルカー(更に遡れば、ジャカルタ近郊で使われていた電車を改造したモノ)を取り敢えず運んで来て開業に間に合わせていたのだけれど、今回ようやく空港連絡鉄道らしい内装(リクライニング・シートや、N'EXみたいな荷物置場も設けられている)の車輛が導入されてヤレヤレな訳ですね。 現在はまだ税関の検査待ちだそうですが、試運転の後、9月には運用を開始される予定になってます。

といっても、今回到着し導入されるのはまだ第一陣の4連2編成8両。第二陣の到着は12月頃になるとされており、それまでの間はこれまでのKRDE編成2本と混用されるわけですね。というか、今は2編成がフルに運用されていて、予備車が全くない状態。今回Woojin製車両(なんて呼ばれるのでしょうね)が導入されてやっと予備編成が出来たワケな筈ですが、新聞の方の記事によれば、増備車両の導入により、これまで1日10往復だけだった空港連絡列車を30往復まで増便するとのこと。
おいおい、そりゃまだ無理だろ。車両の運用だけじゃなくて、全線が単線で、途中本線との分岐駅Araskabuを挟んで2閉塞しかない(もっとあるのかな?)状態で、複線化工事をしようとしてる訳でもなく、それはちょっと無理がある気もするのだけれど…  だし、空港連絡鉄道が、いざメダンのターミナルに着いて乗ろうとしたら車両故障で予備車もなく、運休だった、お陰でフライトに乗り遅れた、なんてなったら洒落にならないゾ。

というわけで、今後このARS空港連絡鉄道、現在はアクセス道路が未整備で時間がかかる為、8万ルピアの高運賃(8月のレバラン後はプロモで6万ルピアになってたみたいです)にもかかわらず比較的好調なようですが、さてこれからどうなることでしょうね。健闘を祈る。
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上の報道では養生がされているのですが、デザインはこんな感じ↑になる筈でした。
なのですが、実際にはこんな感じ↓になっちゃいました。大分違わないか?? (写真はThanks to Rさん)

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2013年8月30日 (金)

行商人デモ、広まる。@Purwokerto。

先日は東ジャワ州東部タングル駅における行商人のデモ・列車妨害行為について書きましたが、29日付全国紙「Kompas」によれば、中部ジャワ州Purwokerto駅でも同様の事案が発生したとのこと。

記事によれば28日、中部ジャワ州チレボンとジョグジャを結んでジャワ島を横断する本線上の主要駅プルウォクルトにて朝8時半頃、約280人の商人が線路上を含む駅構内の約200mの区間に座り込み、従来より駅構内において販売行為をしてきた彼ら商人らを閉め出し、新たにコンビニエンス・ストアを設置するとの国鉄PT.KAIの方針に抗議の声を上げたと。
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事件を伝える記事。CC201新塗装機ばかりだねー、とか考えてる案件じゃない。

この結果、4本の列車、すなわちKA.Sawunggalih Utama(クトアルジョ発ジャカルタ・パサールスネン行き1,2等急行101列車)、KA.Fajar Utama(ジョグジャカルタ発ジャカルタ・パサールスネン行き2等急行97列車)、セメント貨物列車、プルタミナの油槽列車、がそれぞれ10分程度遅延することとなった由。
ここプルウォクルトに置かれる国鉄第5鉄道管理局(DAOP V)Humas(対社会広報担当部署)マネージャーは、プレスに対し、本件の如き抗議行動は違法行為であり、公共財に対する妨害行為である上、商人側が要求する一人あたり7百万ルピア(約7万円)の損害賠償要求についても根拠がなく受け入れられないと述べている。
これに対し商人側はインタビューに答え、自分たちは長くここで商売をしてきており、これを続けたいだけであるのに、国鉄側は一方的に追い出し、ミニマーケットに許可を出そうとしており、正当ではないと訴え、その後、列車の機関車に乗り込んだり、投石を行う等の抗議を行った後、鉄道特別警察(Polsuska)の説得に応じて11時半頃抗議行動を終了したそうで。
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駅に到着するとわらわらと集まってくる売り子の皆さん。ドンドン締め出されて行っちゃうのでしょうか。

冒頭の前回の記事にも書きましたが、他の途上国の例に漏れずここインドネシアの鉄道各駅でも、鉄道当局の許可を得た公式のもののみならず、非公式のものも含め様々な物売りが乗客を待ち受け、乗客の無聊を癒やし、ニーズに応え、就業機会の少ない地方部においてはインフォーマルセクターとしての雇用創出の役割も果たしてきました。
どの国でも近代化の過程でこういったものは徐々に排除されて行ったわけで、既にGDP3,500ドルを越えて更なる成長を目指すここインドネシアでも遅かれ早かれ通らなければならない道ではあります。
しかし、だからこそ、これまで上述のとおり実態として存在・機能し、社会的弱者保護が不十分な社会における雇用面でのショックアブソーバー的な役割も果たしてきたものを、法律規則の名のもとに突然禁止すればそれなりの問題が発生し、生活の糧を失う者が出て来てしまう訳で、経過措置を経てのソフトランディングが図られることが必要とも思われます。

旅情がまた一つ失われるという趣味人としての無責任な意見はともかくとしても、感情的には「弱い者いじめをする大企業ケシカラン」という思いが報道の論調からも先ず感じられるところですが、他方で、無許可営業は不法行為が既得権化したものであるとの点からは、こういった人達の救済に公金を使って支援されると、「違法なのだから、しないで我慢していた」生真面目な遵法層からは、「盗人に追い銭だ」「やらずに馬鹿を見た」といった不満も出てくるかもしれません。

こんな事一つでも、皆が満足する解決策を見つけることは本当に難しいと思います。
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Purwokertoに停車する、これは急行「Purwojaya」Cilacap行きだな。
この日はあまり売り子は出てないみたいですね。


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2013年8月29日 (木)

今日は投票日。

たまには仕事っぽい話も書きましょうか。
今日は当地東ジャワ州の5年ぶりの州知事選挙。前回2008年の時はいずれの候補も基準得票数に達せず決選投票、更に選挙違反があったとしてマドゥーラ島で再投票まで行われ、当選確定まで半年以上を要しました。
他方今回の選挙は、事前の世論調査機関の結果報道によれば、現職のスカルウォ知事組が圧勝との雰囲気。対抗馬は、元スラバヤ市長組、前回決選投票を戦った元女性問題担当国務相組、政党の支持を受けない草の根候補の弁護士組の4つ巴。
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選挙監視団のつもり? 市内の投票所にて。外国人の我々もフツーに入れてくれました。

やあ久しぶりに仕事っぽい話を書けるなあ。
以前アフリカや東ティモールに在勤していた頃は、経済協力・開発援助を担当していたので、色々とプロジェクト達成の話とか地方出張の話とか書けたのだけれど、3年前にジャカルタに来てからというもの、総務というか内部調整を担当してるんで、表に出して書ける話がホントに少なくて、あたかもここはインドネシア鉄道情報Blogであるかの如き状況になってるもんなあ。

そんなわけで選挙当日の今日、直前になって州政府から「州の公休日とする」お触れが出たため、今朝の市内の幹線道路はガラッガラ。いつもは25分かかる通勤が今朝は15分もかかりませんでした。
まあウチの職場は日本基準というか、年間の休日は事前に決めてしまうので、こんな事突然言われても休みには出来ないのよね。
なのでローカルスタッフの皆さんには申し訳ない。朝7時から投票所は空いてるみたいなので、なんとか都合つけて国民の権利は行使してね。
ウチの運転手も朝事務所まで送って来た後は、「投票に行きたいので」と早退。バイクで4時間近くかかる西のンガンジュク迄投票しに日帰り帰省するのだそう。今日の昼と夜の帰りは足無しになっちゃった。住民登録、移しとけよ。
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立候補者ペアの一覧、投票の流れ、等が図示されてますね。案外親切かな。

そんなこんなで今日は、お昼前に市内の投票所を覗いてきました。スラバヤ市内だけで約5千カ所、州内全体では7万カ所の投票所が設けられたそうです。入口前には各投票所所管となる有権者名簿が張り出され、数えてみるとザッと500人といったところでしょうか。投票確認書と身分証明書、係員の手元の有権者名簿を照らし合わせ、投票用紙を受け取り、候補者名を記入して箱に投票、その後「投票済」を示すインク(数日は落ちない)を小指に塗るまでの時間は約5分程度、待ち時間も無くとってもスムーズでしたが、この投票所だけで係員、警備、立会人など10人ほどが待機。
って事は州全体で70万人ですか。ものすごい人海戦術ですな。一投票所あたりの取り扱い数をもう少し増やして効率化しないと、アルバイトの給料だって馬鹿にならないでしょうに。これも一種の公共事業・雇用創出なのかいな。

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途上国の選挙名物、数日は落ちないインクを指に塗られます。

で、午後13時には早くも投票終了。各投票所では開票が始まり、各メディアでは出口調査や世論調査をベースにした開票報道が始まり、16時頃には速報値として大勢が報道されました。結構早いね。
それによると、現職組が約5割弱、前回のライバル・コフィファ女史組が4割弱票を伸ばし、思ったよりも僅差となった模様。メガワティ元大統領やジャカルタで旋風を起こしているジョコウィ州知事迄応援に来た割には、バンバン元市長組が10%強の得票と低迷したのとは対照的でした。

なお、今日のところは各投票所レベルでの集計、今後郡レベル、県市レベルでの再集計確認を経て、最後に州選管が最終結果を発表するまでには1週間ほどかかるそうです。これは結構かかるのね。
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あんまりユルくないキャラもあったみたいです。名前あるのかな。

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2013年8月23日 (金)

新たな対応策@JABODETABEK(効果あるかな?)。

さて先日JABODETABEK圏電鉄区間に華々しく導入された電子チケット、が足りない(なくなっていく)という話を少し前に書きましたが、この対応策として、この度新たにデポジット・システムが導入されたそうです。
21日の当地紙報道によれば、7月の電子チケット導入以降、既に少なくとも80万枚のICカード乗車券が回収されず、電鉄運行会社PT.KCJでは約40億ルピア(約4,000万円)もの損失になっているという。その原因としては、チケットを持ったまま正規の改札口から出場せず、ホームの端などから出て行ってしまう乗客が多いことなんでしょうが、英字紙「Jakarta Post」の記事によると、カードのデザインが気にいった乗客が意図的にそのまま出口でチケットを返さずに出て行ってしまうというのも一因であるためだそう。故に、最近追加的に発行された電子チケットは、デザインをシンプルにして収集欲を掻き立てられないようにしているのだと。
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ICチケットのデザインにも登場の、全面広告車も増えたメトロ7000系。
とその前は線路を歩いて出て行ってしまい、電子チケットを返却しないであろう乗客。

で、この度新たに導入されたデポジット・システム。1回用乗車券を購入する際に、1枚当たり5,000ルピアのデポジットを合わせ徴収し、使用後にチケットを(1週間以内に)窓口に持参すると、デポジット分の金額が返金されるというもの。確かシンガポール地下鉄MRTも同じようなシステムだったな。S$1のデポジットを取られてた記憶が。
これであれば(5千ルピア払ってでも収集したいという筋の方は別にして)皆さんちゃんと返金を求めてチケットを持って帰って来るかもしれないな。
ただ、容易に思いつく懸念としては、ただでさえ行列が出来ている朝晩の通勤時間帯の窓口に、更に返金客が並ぶと、窓口の混雑が一層激しくなるんじゃないかという事。
そこは鉄道会社側も考えていて、このチケットを窓口に持ってくると、カードのデポジット返金有効期間(1週間以内)であれば、そのカードにトップアップする形で新たに現金で支払って乗車券を購入することが出来ることとしている由。
我々であれば、「それならいちいち並ばないでいいマルチ・トリップ券を使おう」と考えるのが自然なところですが、電車利用客層にとってはデポジットの金額が必ずしも安くないこと等の理由からか(調査結果があるわけではないようですが)、あまり鉄道会社側が期待したほど導入が進んでいない、マルチ・トリップ券への移行が進むかもしれませんね。

さあこの新しい施策、どうなるかな。少しは効果あるかな。
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初期導入のデザインのICチケット(上)と、その後に導入された色気のないデザインのもの(下)。ほらこうやって持って帰って来ちゃう奴がいるからいけないのだ。

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2013年8月22日 (木)

JemberとDAOP9、おまけ。

そんなわけでスラバヤ=ジュンブル=バニュワンギを結ぶ、東ジャワ東部線(仮称)の時刻表を纏めました。
最近全国的な傾向ですが、3等Ekonomiの普通列車の通過駅が増え、1日中全く1本も旅客列車が停車しない駅がドンドン増えて来てる印象です。そんな駅にも律義に数人の駅員が詰め、他の駅からの乗車券を販売してたりするのですが、なんのための駅? 列車交換用の信号所にしては、人大杉。
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この路線唯一の優等列車。スラバヤ=バニュワンギ間を1日2往復走る急行「ムティアラ・ティムール」。“アルゴ”以前の古い、窓の天地高の低い1等冷房車の素性が気になる…

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今のExcelでは上向きの「レ」(通過)が書けないんですね。上向き矢印「↑」で代用してスミマセン。

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8月17日から、全ての列車はこの駅には停まりません・・・ 最早駅じゃない。

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2013年8月21日 (水)

廃線跡探訪、久々。(正確には休止中)

えーっと、先週末の小旅行のうち、Bondowoso~Jember間の分がまだでした。
この区間、Jember市街地東方の本線上のカリサット(Kalisat)駅からボンドウォソを経由し、シトゥボンド市街地南方を通り、北海岸近くのパナルカン(Panarukan)迄の70kmの区間には、以前にも書いたとおり、1897年に蘭印国鉄StaatsSpoorWegenによって開通した鉄道路線があったのですが、現在は廃止(休止?)になってます。
なのですが、ボンドウォソ駅には職員が常駐して長距離列車の切符を販売したり鉄道貨物を扱ったり、幾つかの資料にはBondowoso~Kalisat間は復活の予定があり、補修工事も行われているなんてのを目にしたこともありました。
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イジェンの山並みを望んで走っていたローカル線の線路跡。


なので、今日は折角の機会でもあり、この区間の現状を少し見てみることにしました。所謂廃線跡巡りって奴です。なおこの区間、国鉄PT.KAI発行の「Buku Jarak Singkat Bagi Angkutan Penumpang(2011年版)」には途中Grujugan、Tamanan、Sukowonoの3つの駅が存在しているとされていますが、鉄道雑誌「Majalah KA」の2010年11月号掲載のジャワ島内路線図によると、他に下図のとおり更に多くの駅(恐らくは殆どが”停留場”なのでしょう)。が存在していたとされています。実際私も今回国鉄発行地図には記載のない「スコサリ」駅を実際に確認することが出来ました。鉄道輸送華やかりし時代だったのですね。

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「下図」です。DAOP9管轄区間路線図。こんなにたくさん駅あったんですね。

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屋根上に優雅な飾りが残るTamanan駅舎。

この日の朝はまずBondowosoから南へ下り、最初に立ち寄ったのはGrujugan駅南方の踏切。駅は確認できず、ひょっとしたら少し地図を読み違えていたかもしれない。踏切部分は流石にアスファルトで埋められていたが、両側の築堤部分には線路がそのまま残っているのが見えた。
続いては最初の大きな集落の中心部にあったTamanan駅。踏切端で地元のおばあちゃんに話を聞くと、十数年前まで走ってたんだけどねぇ・・・ とのことだが、そんな最近までは流石になかっただろう(と思って帰ってから調べてみたら、なんと2004年中盤頃までは列車の運行があったとのこと。なんだ前回の東ティモール在勤時(2003~04)はまだ走ってたのか。こりゃあ当時乗りに来なかったの、大後悔だわ。)。
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駅名看板の奥にはキオスクが店開き。スコウォノ駅舎。
広い駅構内側。現役当時の雰囲気そのままですね。
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そのタマナン駅舎の旧駅事務室には住民が住みつき炊事をしていたが、一定の広さのある駅構内には特段の不法占拠建物が作られている風ではなく、再開にあたっての物理的制約は大きくないようだ。
続いて立ち寄ったのはSukowono駅。旧駅舎入口には売店が店を構え、あたかもキオスクのよう。前のタマナンに比べてゆったりとした駅構内には線路もほぼ完全に残り、パッと見には現役と言われても判らないレベル。通常ポイント操作機器類が納められている運転関係室も外から眺める分には当時のままに見受けられ、ちょいと期待しながら中を覗いてみたが、流石に室内は全ての機械が取り払われガランとしてしまっていた。
 更にもう一カ所立ち寄ったのは、”停留所”扱いだったのかもしれないSukosari駅。ホームにはなにやら植物の皮のようなものが多数広げて天日干しされていたので、踏みつけないように注意しながら駅構内を一回り。停留所といっても一時期は列車交換が可能な設備も設けられていた時代があったようで、構内は広い。街の中心部から少し外れて設けられたこの駅舎は何ともスッキリして可愛らしく、模型に出て来そうな雰囲気だった。
最後はKalisat到着寸前の本線との合流部分の大築堤。以前バニュワンギからスラバヤに向かう車内からこの大築堤とガーター橋を眺めたことが有り、少なくとも合流部分はレールも残り、一見すぐにでも再開できそうな保線状態に見えた。
だが今日実際に現場に到着し、地平の本線踏切付近を築堤+ガーター橋の立体交差で越えるBondowoso方面線の築堤に上がってみると、残念ながらレールは殆ど剥がされ、雑草に埋もれつつあった。
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スコサリ駅のホームには大量の樹皮。何に使うんだろう?

 あとでJember機関区に案内してくれた国鉄職員氏にこの休止線の件についても話を聞いてみましたが、曰く、Kalisat~Bondowoso間のみならず、終点のPanarukanまでの再開計画はある由。休止前末期は1日2往復の客貨混合列車が走っていたが、再開した場合、もうバスやオートバイといった交通機関が発達している今となっては旅客はそもそも期待せず、メインは貨物輸送で、これはそれなりにニーズがある(何を運びたいのかは明示されませんでしたが,農産品や海産物とのこと。)。但し、2010年に一度再開に向けた調査がなされたが、その後時間も経って、線路も相当区間で剥がされ、枕木は盗まれ、橋梁の老朽化も進んでいるため再度の検査と補修が必要、但し実際の作業にかかる予算措置はなされておらず補修作業は行われていない。まあ、運輸省・国鉄本社の意向次第だね、とのこと。
そんな感じで、まあ、やる気はあるものの、近い将来に再開されるという感じではなさそうですな。

シトゥボンド県のウェブサイトには、この路線の現役時代の写真が載ってたりします。

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Kalisat駅東方の分岐点付近を行く上り「Sri Tanjung」号。左の築堤がBondowoso方面の路盤。
ところでこの牽引機、旧番号「CC201-01R」って、トップナンバーじゃないか。

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2013年8月20日 (火)

行商人の乱。

ジャカルタ近郊JABODETABEK電鉄の各駅では、最近、商店主らの強い抵抗を受けつつも個人商店が駅構内から追い出され一掃されているところですが、この東ジャワでも国鉄PT.KAIの同様の方針の一端が垣間見られるような報道がありました。

今朝の当地紙「Jawa Pos」によれば、昨19日、東ジャワ東部ジュンブル西方のTanggul駅で、列車への乗車を拒否された行商人ら数十人が線路上に座り込んだり寝転んだりして列車の運転を妨害したとのこと。
足止めされたのはバニュワンギからジョグジャカルタのルンプヤンガンに向かっていた3等準急138列車“Sri Tanjung”号。この抗議活動の影響で列車には30分ほどの遅れが出たとのこと。
Sritanjung20130820jawapos03272
列車の前で座り込む行商人たちを伝える記事。
短時間の事件だったみたいだけど、記者スタンバイしてたの?

車内で物品を販売する行商人側からは日々の生活の糧を奪われるのだから当然反発は強いわけですが、国鉄側は無許可営業を排除するのは当然と返す。
当地を含む途上国で当然のように見受けられる列車やバスの車内での物売りは、殆どの場合運輸業者側から許可を受けていない“モグリ”営業であり、乗車に当たって切符も買ってない場合が殆どで、車掌らの黙認というか、ちょっとした付け届け的な物を受け取りながら商売をさせている状況なので、法的には追い出されても仕方がない立場なんだろうけれど、難しいのは、それが既得権化して、多くの人たちがこれに生活を依拠する社会が出来上がってしまっている現状があること。
見栄やプライドもあってか、(少なくとも表面的には)先進国並みの近代鉄道を目指したい国鉄PT.KAIでは、こういったものはさっさとなくしたいと考えており、JABODETABEKではエコノミ電車でのみ許されていた物売りも、先日のエコノミ電車の全廃により事実上消滅したわけです。
ここ東ジャワのような地方線区でも、エコノミ列車の定員販売制の導入や、冷房化も進み、そして個人車内販売の締め出し、と状況は日々徐々に変化しています。
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施設の私設車内販売員と、プガメン(歌や音楽を演奏してチップを稼ぐ人)達。
ローカル列車の車内は楽しいです。

無責任な外国人の感情論としては、列車内や駅構内での私設販売を覗くのは日本では殆どなくなったある種の旅情を感じられて楽しいし、自分自身時々お世話になることもあるし、そこまで厳しくしなくてもいいんじゃないの?と思ってしまうし。なので、これを生活手段としている行商人への補償はどうするのかとか、乗客の利便性が下がる等々、鉄道当局けしからんと批判したくなる気持ちについての正当性をなんとか見つけたくなるところなんですが、そこは色んな大人の事情があるのでしょう。
先進国であれば食べ物の衛生面での問題も発生し得るし、車内で正規の許可を得て営業している業者の販売にも影響するだろうし。
ここは片方の肩をもって他方を批判するのは控えますが、個人的な心情としては、やっぱり、ねぇ…。
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煙をあげて問題のタングル駅を出発する急行「Mutiara Timur」。独立記念日の国旗をまだ掲げてますね。

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2013年8月19日 (月)

モトトレインで帰省。

レバランの連休・大帰省シーズンも無事終了し、今日の当地紙報道によると、警察当局の発表によれば、今年のレバラン帰省(Mudikといいます。)期間中の交通事故は昨年に比べて約2割減少したとのこと。
交通量が増えれば事故もそれに比例して増えるだろうし、特に当地ではジャカルタから中部ジャワといった数百キロの遠距離をバイクで、しかも家族で3人4人乗りして帰省するような人達も多く、そんな距離をお父さんがバイクで走っていれば次第に疲れて事故の危険性が高くなっていくのもむべなるかな。

国鉄PT.KAIはこの時期多くの帰省用の臨時列車を増発するし、各バス会社も増便、更には政府運輸省は貧困層向けの無料帰省バスを運行したりして大量の帰省客を捌こうとしていますが、特に田舎から出稼ぎ・移民というと大げさですが、仕事を求めてジャカルタなどの大都市に来てそのまま住みついているような人達は、実家近辺での足も考え、未だに自家用バイクで長距離帰省をする人も多いわけです。

そんな層に対応すべく、PT.KAIが昨年くらい(実はもっと昔からあるのかもしれませんが~)から始めているのが、貨物車両(Kereta Barang)によるバイクの無料運搬サービス。
今年はレバラン前にジャカルタからスマラン、ソロ、マディウンといった各地へ4日間、レバラン後半からは各地からジャカルタへ戻る列車に連結され、乗客は座席でゆったりと移動し、現地に着いた後バイクで更に地方へと走っていくというもの。写真を見ると積載されたバイクには段ボールで養生もされているし、なかなかなサービスと思われます。今年の帰省期間中には総計6,000台のバイクを運んだそうですが、普段から有料サービスでやってもいいかもしれないですね。

日本でも昔、夏休みに北海道へツーリングに出掛けたりする若者向け(その昔は"ミツバチ族"とか呼んだらしいですね。)に「モトトレイン」「モトトレール」なんてのを走らせてましたが、最近ではそのような需要もなくなってしまったのでしょうか。最近の若者は、クルマとかバイクとかに関心を持たないのか、レンタカーも安くなってこれで十分、となったのか。
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帰省客向けのバイクを積み込んだ貨物車の車内。ソースは 
http://jabar.tribunnews.com/2013/07/17/arus-mudik-2013-pt-kai-siapkan-ka-khusus-sepeda-motor 

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バス会社も対抗してバイク運搬サービス!? 
ソースは、 
http://beritagar.com/p/ketika-sepeda-motor-pemudik-menumpang-bus からです。

こちら↓は今年のレバランに先立ち運行を開始された、マディウンから中部ジャワ各地を経由し、ジャカルタを通過してジャワ島西端、スマトラへの連絡口メラクとを結ぶ、全車3等AC車による準急"Krakatau"号。
ジャワとスマトラの間にある、昔大噴火を起こしたことで有名なクラカタウ火山からの命名。
列車番号(7095~7098)からみると今はまだ臨時列車扱い(レバラン臨?)のようですが、乗車率が良ければ定着するかな?
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2013年8月18日 (日)

ジュンブル機関区訪問。

東ジャワ州東部随一の都市であるジュンブル(Jember)は、パスルアン以東の区間を管轄する第9鉄道管理局(DAOP9)が置かれ、駅の北側に隣接する形で機関区(DEPO)も設置されている、鉄道の街でもあります。
現在管轄する路線はスラバヤ=ジュンブル=バニュワンギ間の1路線約250kmのみですが、以前は南のルマジャンや北海岸のシトゥボンドへ向かうものなど、何本かの支線もありました。例によって、いつ廃止になったのか(休止扱い?)かは正確にはよくわかりません。

昨晩の宿・ボンドウォソから寄り道しながら南へ約2時間弱(別途書きます)、今日は日曜日ですが、折角ここジュンブルまでやって来たのでそのジュンブルの機関区、「Depo Lokomotif Jember」をアポなし訪問してみました。ジャカルタの電車区やバライヤサ等は最近滅法警備が厳しく、事前許可なしではまず無理なんだけれど、こういった地方部では若干融通が効くところもまだまだあるようでもあり。

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国鉄PJKA時代の色に塗り直された機関車のカットボディは警備員小屋。Jember機関区の正門。

先ずは機関区の入口で警備に話をして中に入れて貰い、本日の当番担当者を捕まえて見学の許可を乞うと、「いやぁ、自分には許可する権限なくって…」と、ジュンブル駅にいるという責任者、“Posko”と呼んでいたので、駅長ではないな。駅のホームにレバラン輸送監視用のテーブルを設けて座っていた恰幅の良い職員Katot氏のもとを訪れ、再度お願いしてみると、幾つかのやり取りの後、「暫く列車来ないから」と許可・自ら同行してくれることになりました。
クルマで駅裏の機関区に向かいながら雑談すると、やはり最近は「テロ対策とかで厳しくなっててね、10年前だったら皆平気で出入りしてたんだけどね。」とのこと。まあこれも世の趨勢でしょうが、世知辛い世の中です。
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数台の機関車がボディ補修や点検中のノンビリとした昼下がり。バンドゥン辺りとは忙しさが違いますね。

BB301型初号機のボディ・カットモデルが警備小屋として活用されているこのジュンブル機関区に入ってみたかったのは、ここには既に廃車になったBB305型と称するディーゼル機関車が保管(休車留置)されているのを見てみたかったから。
このBB305という形式のディーゼル機、1~3号機は、1978年に3両が当地の製紙会社により発注・導入されたセミ・エンドキャブ型の52t中型機、他方、4~6号機は1978年に同じく当地製紙会社により発注・導入された箱型機で、いずれも墺イェンバッハ製の液体式、MTU製1,550馬力エンジン搭載の52t中型機関車です。
これに加えて1976年日本車輌製の液体式機関車で、コマツ=カミンズ製335馬力エンジンと新潟鉄工製変速機を搭載した35tセミ・センターキャブ機で、重複番号のBB305-01号機というのがかつて存在していました(末期はチラチャップにいた模様。既に廃車。)。
いずれもその後国鉄が引き取って運用していましたが、両数が少なくメンテナンスに手間がかかることもあり早期に引退、ここジュンブルの機関区の片隅に送られて来たというネット情報があったんです。
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機関区内には多数の廃車(休車中?)のディーゼル機関車が。
しかしこのエンジンルーム内に三菱コルト・トラックが入ってるのは、なんじゃ?

晴れて許可を得て機関区内を一巡させて貰ったのですが、区内の側線には多数の休車…実質的には殆ど廃車状態の多数のBB303、BB304といったディーゼル機が多数留置されていたのですが、残念ながらお目当てのBB305の廃車体は既になくなっていました。職員氏に聞いてみても、暫く前にスクラップにしたんじゃないかな…との些か頼りないお言葉。

まあこれは残念でしたが、まだまだ地方部の現場では、外国人訪問客が珍しいのか、それなりに対応して戴けることがわかって良かったです。お忙しい中お邪魔しました。多謝です。
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この古いクレーン車?は地元鉄道ファンの人気が高いそう。いずれ保存されるのかな。

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2013年8月17日 (土)

ある独立記念日の午後。

今日8月17日はインドネシアの独立記念日です。
1945年のこの日、日本にとっての終戦から2日後、この地に軍政を敷いていた日本の、ジャカルタ・メンテンの前田将軍邸にて、スカルノ(後の初代大統領)らによって「独立宣言」が起草された日で、その後日本の敗戦を機に再度植民当地を試みたオランダとの間で3年半の長きに亘る独立戦争を戦うことになったため、直ちにこの日から実質的な独立国として成り立ったわけではないのですが、
本Blogでは既に何度も述べているとおり、議論を呼びかねない、政治的な見解は書かないことにしています。
いずれにしてもこの日はインドネシアにとって最も重要な国祭日で、朝から当地のTV局では記念式典を放映したり、特番が幾つも組まれたりしていました。

午後になってこれも落ち着いてきたので、(折角上司も戻ってきたことでもあるし)予定どおり近場?にお出掛け。レバラン直後で空いた道を東へ飛ばすこと4時間。夕方のいい時間帯にシトゥボンドに着くことが出来ました。Olean精糖工場北口の最早顔馴染みとなった守衛さんに教えて貰い、工場から北北西、Trebungan村の線路に向かうと、丁度いい具合に30両ほどのサトウキビを満載したローリーが出発準備中。作業をしていたオジちゃん曰く、あと2、3両水牛が引っ張って来たら出発だよ、と。
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重連の水牛に引かれてサトウキビ・ローリーが到着。これでも21世紀の風景です。

待つほどもなく16時半頃、2頭の水牛がローリーを引いて畑の中のヘロヘロ線を歩いてきた。線路の直前・築堤に上がる部分で更に2頭を増結して重連となって一気に駆け上がり、増結して出発準備完了。
30両は牽引定数限界か、空転を何度も繰り返し、先頭に乗った職員が砂を撒きながらゆっくりと出発。北線が南のKarang Malang方面へ向きを変える三叉路の側線で更に4両ほどを増結し、夕陽を浴びながらゆっくりゆっくりと工場へ向かって走ってゆきました。
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長いサトウキビを満載したローリーを引いて、1号機が工場へ向かいます。

今日の宿はいつもの市内ロサリ・ホテルではなく、南へ1時間、前回訪問時に目をつけていたボンドウォソの「Ijen View」なるちょっとリゾートっぽい雰囲気のホテル3月にイジェン登山した時に泊まったのとは山を挟んで丁度反対側になります。
偶々この日は結婚式でレストランが貸し切られ、夕食が食べられず、ルームサービスも出来ないというので、街の中の公園の廻りに出ていた屋台でブンクス+コンビニのビールで夕食となりましたが、それを除けばホテルの部屋も広く清潔で、内装もシトゥボンドのロサリよりは遙かにお洒落で雰囲気も良く、これでRp.36万(税サ・朝食込み)ならお値打ちでした♪
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夕陽を浴びて、工場への帰り道。

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2013年8月13日 (火)

上司の居る間に選択。

今日は、このレバランを利用して日本に休暇で帰っていた上司が戻って来た。休暇は労働者の権利なんだからお互い仕事を調整してお休みとるのは勿論いいし、でも、このレバランみたいな航空券の高い時期に「お前休め」と言われても当方困るし、当方としてはどうせ有給とるんならお出掛けする切符が安い時期に取りたい。そういう意味では上司がこのレバランの時期に休んでくれるのは大歓迎なのですが、いずれにしてもこの方がいないと、当方はスラバヤでお留守番、遠出が出来ないというのは、仕方がないとはいえ、ちょっと、まあ、やっぱり閉塞感を感じてしまうのは許していただきたいところです。
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そんな訳でこれから暫くは(勿論同僚と調整した上で、だけれど)有給とって週末+αでお出掛けする事が出来る。さあて、どこに行こうか… と、数日前の当地紙「KOMPAS」の「人(Sosok)」欄にカラーでデカデカと蒸気機関車が写っていて驚いたのを思い出した。あれはパダン近郊、サワルント(Sawahlunto)で走っている、ラック付きの“Mak Itam”ことE10 60号機だったな。これはパダンに行けという思し召しかな?

と思って新聞を取り出して読み直してみると、「蒸気機関車はディーゼル機関車より遥かに手がかかる」「でも俺は長年一緒だったこいつが好きだから、観光列車の機関士をやれて誇らしい」なんていう、いかにも「人」欄的な話が続くのだけれど、最後、「走ってる途中で動かなくなってディーゼルに引っ張って貰って車庫に戻って来た」「錆ついて12箇所もパイプが漏水していて」修理の目途も立っていないという。
なんだぁ、そっかぁ… やっぱりまだ走れないんだ... 残念。じゃあ、行き先は引き続き検討、っと。

ところで、このE10 60型蒸気機関車、先日マディウンに行って某鉄道車両メーカー関係の方と話をした際、この西スマトラ・パダン周辺の国鉄運炭路線に、ラック付きの蒸気機関車を日本の鉄道車両メーカー「日本車輛」が納入した事があるとのこと、ひょっとしたらこれはその一台なのか?と話題になりました。
なのでちょっと調べてみましたところ、手元にある「PNKA Power Parade (A.E.Durrant, 1972)」によれば、確かに日本車輛から1967年に7両のE10型蒸機がPNKA(当時のインドネシア国鉄)に納入されていました。なのですが、残念ながらそれらの車番はE10 61~67迄。この動態保存車として現存する60号機は、独Esslingen社製だそうでした。

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2013年8月 8日 (木)

(小)汽車旅 おまけ(2)

昨晩はラマダン明けのお祝いということで、夜中の2時過ぎまで街中のあちこちで花火が上がり、音楽が鳴り響き、なかなか寝付けなかったのだけれど、まあ年に一度のお祭り、おめでたい日なのですから、異教徒も今晩くらいは我慢する事にします。

で、今日は Selamat Idul Fitri, Mohon maaf lahir dan batin. な日な訳ですが、日本人的にはなんだか太宰治の「生まれてすみません」を思い出すような響きなのです。日々の過ちをお許し下さい、という意味らしいのですが、なんでそう訳すのか今一つよく判らないのですよ、少なくとも直訳しているうちはね。

さておき、そんな訳で今日はマクドナルドの宅配もお休みになってしまうくらい街中お休みな日で、恐らくタクシーも拾いづらく、出掛ける予定も入れてなかったので、家で持ち帰った仕事を少しやったり、日本から持ってきたDVDを見たりしてのんびり過ごしました。すなわち時間は沢山あったので、ちょっと評判が良かった時刻表シリーズ、先週末のマディウン行きで追加的に得られた情報も含めて改訂して見た南本線の時刻表を載せておきます。100人に1人でもお役にたてば幸いです。あ、使ってみた方はフィードバックも宜しくお願いします。
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南本線は保線状態も良く、飛ばして走ってます。これはスラバヤ=ジャカルタ間を走破する「Gayabaru Malam」号。新旧塗装のEkonomi車の混色で今一つ美しくないかな。

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↑南本線チレボン=ジョグジャ=ソロ=スラバヤ間(東行き)時刻表
↓こちらは西行きの時刻表です。
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2013年8月 7日 (水)

Lion Air また事故る(ちょっと 笑)

今日で一カ月続いたラマダンが終了する、当地のイスラム教徒のみなさんにとってはとってもめでたい日なのですが、そんな今日の当地ネット紙報道によれば、先般バリ島で海に突っ込む事故を起こしたLion Airが、また事故を起こした由。
同報道によると昨6日21時頃、ジャカルタからマカッサル経由でスラウェシ島北部のゴロンタロ空港に着陸したLion AirのJT892便のB737-800型機が、滑走路上にいた牛と衝突、滑走路を逸脱して停止、乗員乗客110名が緊急脱出する騒ぎとなった由。
犠牲者は牛一頭、幸いにも死者は出ていないため(ちょっと 笑)なんて書きましたが、この一頭だけではなく他にも牛が滑走路に入り込んでいたとのことで、当局は何故牛が制限区域内に入り込んでいたかも含めて調査中の由。そりゃあきちんと調査して再発防止に努めて貰わないと、危なくていけませんなぁ。
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今回は、ご災難でした。Lion AirのB737型機。

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2013年8月 6日 (火)

(小)汽車旅 おまけ。

本項はごく一部狭隘なニーズ層にのみ向けた記事ですので、普通の方は読み飛ばしていただいて差し支えありません。いや寧ろ有害なので読まない方が良いでしょう。

ということで先週末マラン=ブリタール経由の東ジャワ大環状線の汽車旅を久し振りに楽しんできた訳なのですが、今回の訪問により、この区間の列車の時刻表が確認できましたので、載せておきます。目的は色々あると思いますが、こちら方面へお出かけの方、よかったら参考にしてください。
なお数分単位の時刻変更は多々あるようですし、連結車両も簡易冷房化が進んでおり、掲載情報からの変更もあると思います。もし現地を訪問された方からフィードバックをいただければ幸いです。
しかしまあ、スラバヤ近郊のコミューター列車が、車両故障で半減してるんで、スカスカですね。

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カラフルなトンネルから飛び出してくる「Penataran」号。
SumberPucung - Pogajih間のEka Bakti Karyaトンネル西口にて。

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↑Kertosono-Blitar-Malang-Surabaya(東行き)方面の時刻表。
↓Surabaya-Malang-Blitar-Kertosono(西行き)方面の時刻表。
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2013年8月 5日 (月)

マディウン近況。(その2)

長くなっちゃうんで、2本に分けます、8月4日(日)の続き。
パゴタン製糖工場のファイアレスのあとは、引き続き待たせておいたタクシーを走らせ、西部ゴランガレン地区にあるPG.Rejosariに移動。…したのだけれど、今日は日曜で正門→アドミの正統ルートがお休みなので、裏の専用線のヤード方面へ乗りつけてみたのだけれど、警備員に止められて×。遠くの車庫には去年も見た1台の蒸機が休んでいるのが見えたけど、動いている雰囲気でもなさそう。目の前では小型のDL2台ほどがヤードで動き回ってるのだけれど、それも「許可がなければ写真撮っちゃダメ」と若い警備員はのたまうし、蒸機が動いていればともかく、これだけだったらわざわざ交渉して幾らか払って入れて貰うまでもなく、あっさり転戦。ここはもう、チャーターだけなのかな、残念ですが。

続いてクルマを北に向け、軍用飛行場の脇をかすめ、マディウン西方Maospatiの交差点で右折して北進する事しばし、次の目的地PG.Purwodadiの大鉄橋前で下車。あれ、トラクターがいるぞ?(蒸機を使うのやめた?)と一瞬青ざめたけれど、こちらは脱線したサトウキビ運搬用のローリーの脱線復旧作業をやっているだけで、暫くの後かなり強引に脱線から復旧すると、間もなく緑色に塗り替えられた蒸機がローリーを押しながら現れて来た。あれれ、去年は水色に塗られていたけれど、ここも今年は模様替えですか。どこのPG.も車体色には何か拘りがあるなあ。
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いつもの大鉄橋を行く、緑色になった10号機。PTPNのシンボルマークも描かれました。

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他のアングルはないかな?と探して鉄橋の下に行ってみましたが、こんな感じでした。

さて、ここからは交通機関に不便はないのでタクシーはリリースしている。まあ待つほどもなくソロ経由ジョグジャ行きの快速バスが通りかかったので拾って貰い、少し北のGenengの三差路で下車。ベチャに乗り換えてPG.スドノへ移動するが、こちらの工場は殆どお休みモードでヤードにはローリーも、普段なら列を作って収穫したサトウキビを運びこんでくるトラックも全く見られない状態。それでも工場自体は一応稼働していたけれど、1台だけの蒸機も車庫前でお休み。警備員にまたどこから来た何してる云々と厳しく問い詰められたため、「あ、汽車動いてないんだったら用はないっす。」と退散。
ついでに近くのGeneng駅に顔を出してみると、昼間の列車が大幅削減(エコノミ列車の停車駅が少なくなっている)されてしまっているのが確認できた。上手く列車があればマディウンまで乗って行こうかと思ったけど、もう夜まで下りの停車列車はない由、残念でした。ほどなく南東方向から遅れのジャカルタ方面行きのエコノミ準急列車が轟音を立てて通過していったので折角なので一枚。

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轟音を立ててGeneng駅を通過していく長距離列車。このBrantas号もエコノミは冷房化済。

今日の帰りは18時24分発のジョグジャからのスラバヤ行き急行76列車「Sancaka」号。この時間帯、単線で2面3線しかないマディウン駅は発着が集中する時間帯でした。
先ず18時10分頃、東からバンドゥン行き急行85列車「Malabar」が20分程の遅れで1番線に到着。
その後3番線に16時11分着、西方面からバンドゥンからの準急122列車「Pasundan」が大幅に遅れて到着。
続いて2番線には東方向から18時21分着、スラバヤからの急行75列車「Sancaka」がほぼ定刻に到着。
これで東側の閉塞が空いたため、先ずは「Pasundan」が東へ向けて出発、それを受けて西側で待機していた急行76列車、ジョグジャからのスラバヤ行き「Sancaka」が3番線へ入線、
これで西側の閉塞が開き、先ずは1番線から「Malabar」が西へ向けて出発。「Pasundan」が次の駅まで進んで閉塞が開くのを待ち、当方のスラバヤ行き「Sancaka」が出発、と、結構神業的なきわどさで列車を捌いていました。ちょっと、なかなかやるもんだねえ、と感心してしまいました。
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「サンチャカ」の入線を見守る女性駅員。2人組なのは研修中かな?

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2013年8月 4日 (日)

マディウン近況。(その1)

明けて日曜。今日はマディウン近郊の製糖工場を一通り回ってみる事にする。
今回は、ラマダン中という事で運転手が長距離運転を拒否したので自分のクルマで来ていないため、足の確保が必要。なのだが、前回はフツーにホテルの前で客待ちをしていた運転手がメーターで走ってくれたのに、今回はガソリン代が上がったのに政府計量局がメーターを更新してくれないとの理由でホテル前や駅前のタクシーがメーター走行を拒否、1時間Rp.10万等とぬかすのでお話にならない。ようやくメーター走行を了承してくれる白いタクシーを見つけるまで1時間ほどロスしてしまいました。

最初の目的地は市内から最も近いPG.Kanigoro。こちらは工場外に出る事もなく、前回も1台が狭い敷地内をウロウロしてるだけだったのであまり期待していなかったのだけれど、それでも工場についてセキュリティの人と話していると、つい昨日もジョグジャカルタからの借上車で日本人のグループが撮影にやって来た由。現役蒸機が少なくなってきた中、皆さん一通りは回ってみたくなるんですね。(当Blogにリンクいただいているこちらの方のグループだったみたいです。)
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今日も以前と変わらず、6号機1台が元気な模様。何よりです。

で、その今日のカニゴロ製糖工場、動いているのはディーゼル気が殆どで、蒸機はやはり1台だけだという。警備員氏に連れられて中に入っていくと、機関庫の前で煙を上げながら暖機・燃料の木材積み込み作業中の6号機。こちら以前、運転関係職員氏の説明を受けて「台湾製」と書いたら、詳しい方に「これはコッペル製、ボイラーを台湾製に載せ替えただけ」との指摘を受けた事がありました。それでも現役で元気で動き回っているだけで有難いもんです。後ろには休車となってしまった元僚機11号機のテンダーを従えているが、作業開始までにはまだ2、3時間はかかるとの事。まあ取り敢えず活きている事だけでも確認できたから、良しとしよう。

後は、工場のすぐ西側を走っていた、マディウン=ポノロゴ間の国鉄線のカニゴロ駅跡を見学というおまけつき。
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国鉄カニゴロ駅舎。PPPで運行再開させる計画もあるだけあって、現役当時そのままの姿で残ります。

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工場と駅の位置関係はこーんな感じ。
前に載せた図面を微修正しました。といっても、地図なんかいらない小さな製糖工場です。

さて、次に向かったのは南、ポノロゴ方面の鉄道跡に沿って暫く進んだPG.Pagotan製糖工場。
今日はアドミは休みなので保存機の置かれた正門は素通り、少し先の市場の角で左折し、工場と積替ヤードとの間の踏切へ。盛んにオレンジ色の小型DLが行き交っているので期待を高めつつ、警備員に状況を尋ねると、「蒸機は(工場の)中だけ、外には出て来ない」とつれないお言葉。それでもめげずに積替ヤード付近の運転関係職員氏に状況を聞いてみると、「もうすぐ出て来るよ」と。ほーらね。セカンドオピニオン、大事です。
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先に東隣の↑国鉄パゴタン駅跡を覗いてみてから、

踏切前に戻ってみると、工場前側のヤードの奥の方で、煙を上げる1台の蒸機の後ろ姿が。
出てこないかなーと待つ事しばし、今度はヤードの東のはずれの側線から別の1台が出て来ました。追っかけてみると、コッペル製の8号機登場。あれ、今日はテンダー無しかい? 
以前訪問した時のオレンジ色に、今日はボディにストライプが入ってるな。あれ、ネット情報ではエメラルドグリーンに塗られたと聞いていたんだけれど、また塗り替えたらしい。こんなところに拘りがあるんだなあ。
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PG.Pagotanの8号機。が踏切を横切って積替ヤードへ向かう。

ちょっと気になったんで帰ってから調べてみたら、この8号機に加えて同僚の6、7号機とも、2011年のシーズンに先立ち、無火機(Fireless)に改造されたのだそうです。以前東ジャワ西部のJemberにあるSemboro製糖工場で見た事のある無火機、ここではあちらのような専用設計ではなく、既存の機関車を改造して、圧縮空気による稼働に改造してしまったというのが驚き。なんだけれど、うーん、やっぱり元々テンダーと一緒になって一つのスタイルとして完成していただけに、なんか画竜点睛を欠く感があるなぁ… 現役で動いていて、まだこれからも当分使い続けるという意思が感じられるだけ、有難い筈なんだけれどさ。
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テンダーを伴い稼働中だったころの僚機7号機。やっぱりこっちの方がいいなあ。

Pagotanmap
以前も載せましたが、パゴタン製糖工場の周辺図。国鉄線跡との位置関係のみ加筆。

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2013年8月 3日 (土)

レバラン前の(小)汽車旅。

レバラン前最後の週末。連休に入ってしまうと道や宿の状況も読めなくなるのでかなり準備しておかないと出掛けるのも億劫になるし、精糖工場も休みに入ってしまうので、この最後の週末、ちょっと州内でお出掛けすることにしました。

取り敢えず目的地を東ジャワ州西部のマディウンに定め、金曜夜仕事帰りにグブン駅に立ち寄り、久しぶりに車窓を楽しむべく、マランから南回りのブリタール経由、バンドゥン行きの急行85列車「Malabar」の切符を抑えた。既に連休に入った時期とはいえ、マラン=ジョグジャ=バンドゥンというルートは帰省客のメインの流れではないため、そんなに混んでいない模様。
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マラン駅で出発を待つ85列車「Malabar」バンドゥン行き。Eko2+Bis2+KMP+Eks3:+B1の編成。

実際、都市間バスでマランに着いて駅に向かうと、12:45の出発時点では乗客はまばら。このMalabar号という列車、西ジャワのバンドゥンとの間を約15時間かけて走る長距離列車なのだが、現在1,2,3等全てを連結している唯一の列車である。その2等Bisnisと3等Ekonomi車を覗いてみると、いずれの車両にも天井には家庭用エアコンが数台取り付けられ、簡易冷房化改造され、すっかり涼しくなっている。
続いて12時半頃に西から到着したスラバヤ行きのEkonomi列車「Penataran」号を覗いてみると、こちらも冷房化改造済・・・なのだけれど、まだ稼働していなかった。駅員氏に聞いてみると、プナタラン号の冷房の方は取り敢えずUji Coba(試行)中とのこと。近い将来には稼働するのだろうけれど、それによって運賃は上がるのかな。地元の方々には申し訳ないのだけれど、冷房化されて運賃が上がれば、いつも混んでて当日では先ず切符の買えないこのPenataran号及び西回りのRapih Dhoho号、少しは取り易くなるだろうか、とは無責任な外国人の談。
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スマトラから転属して来た赤釜機が引く普通列車とすれ違う。

マランをほぼ定刻に出発した列車は、先日沿線を彷徨いた際に通ったカランカテスのダム湖畔を掠め、大鉄橋を渡り、ノンビリと走って行く。
停車駅毎に数名の乗客が乗りこんでくるが、幾つかの駅には地元の高校生が乗客のお手伝いをしているのが目に入った。話しかけてみると、CS(Community Service)等と呼ばれ、40時間程度の社会活動が授業単位取得の一環として義務づけられているのだという。楽しみながら社会実習やってるみたいで、なによりですね。彼ら彼女らのうち、何人かは国鉄PT.KAIに就職する子もいるのかな。
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ブリタール駅のホームには、課外研修中の高校生たちの姿が。

途中交換列車の待ち合わせ等もあり20分ほど遅れながら、Kertosonoから本線に入り速度を上げ、結局終点マディウンには15分ほどの遅れで到着。
マディウン唯一の在留邦人S木さんに出迎えて戴き、市内の小洒落たレストランで飲みながら、ここには書けないようなことも含め、昔からの色々と興味深い話を聞かせていただくことが出来ました。

しかしお伺いするに、なんでも、当地来訪の若い出張者の方で、ネットで見つけたBlogの記事に感化され、朝9時半の急行でスラバヤに向かわなければならないのに、朝早起きしてタクシー飛ばしてPurwodadiの精糖工場まで蒸機を見に行ってきた方がいらっしゃるとかいう話には驚きました。

また最後にはホテルへの帰り道、昔マディウン駅から併用軌道で市内を南に横断し、カニゴロ、パゴッタンの精糖工場の脇を通って南のポノロゴまで走っていた鉄道の線路跡の道”JL.Halmahera”を走って戴けるというおまけまでつけていただき、感謝至極でした。因みにこのマディウン市内の線路跡周辺には何カ所か埋もれかかった線路が残っており、「Jl.Bali Gg.Kereta Api」なる小径があったり、Sleko駅跡付近には「Gg.Stasiun Sleko」等という道もあり、更にはSleko駅舎は現在カラオケ屋さんになって現役で使われているとか。行かねば。

<以下、後日追加です。写真を頂戴したマディウン在住S木様、ありがとうございました。>

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マディウン市内の通りには、汽車が走っていた時代の名残を残す地名が。
Gang. Kereta Api(↑)、Gang. Stasiun Sleko(↓)

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国鉄本線のマディウン駅から市内を併用軌道で南へ下っていました。
当時の写真は
ネットで幾つか見つける事が出来ます。

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2013年8月 2日 (金)

機内で断食明け。

休暇明けで帰ってきたばかりの同僚と話をしていたら、Air Asia機内の話になりました。
まだ夕方明るいウチにスラバヤを出発した機内、機内サービス(販売)が始まったが、まだラマダン時間中ということもあって殆ど注文する人もいなかったのですが、機内でブカプアサの案内放送が流れた瞬間、突然あちこちの席から食事や飲物を注文する声が上がり、機内販売大繁盛だったそうです。

イスラムの規則では、"旅行中は断食しないでいい"のかと思っていたら、"断食をしなくても良い"のであって、やっぱり原則は、"する"のが本筋だそう。ただ、身を清めて(大勢の乗客が数少ないトイレに集中)、お祈りをして(機内TVでメッカの方向を示す? どこに絨毯敷く?)、っていうのは物理的に難しいとは思いますが、敬虔な方々は、断食だけでも続けているようです。壁に手を当てて行う簡易なお祈りの方法もあるらしいですし。

それでは、そのマグレブ(日の入り)の時間をどうやって判断するのか、例えばスラバヤ発クアラルンプール行きのように、時差がある場合、出発地の時刻か到着地の時刻か、公海上は旗国主義なのか、等々一瞬悩んでみましたが、これは、その飛行機が飛んでる場所でパイロットが見て日の入りが確認できたら、それでいいのか。
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エアアジアの機内販売。同社はいつでもちゃんと機内食を用意してるからいいね。
(インドネシアのCitilinkなんか、前日までに予約しないと食べられない...)

で、また余計なこと考え出してしまうのだけれど、イスラム諸国の進学校(神学校じゃなくて)の入試問題あたりでは、こんな問題が出されてたりして。

問。 スラバヤ16時45分発(離陸は17時)、クアラルンプール20時15分着(着陸は20時)のQZ8297便におけるマグレブの時間は何時でしょう。またその時飛行機の所在地は、東経何度の地点でしょう。

(前提条件)
スラバヤ(東経112度)、クアラルンプール(東経101度)
この日のマグレブ時間は、スラバヤ17時30分、クアラルンプール19時30分。
時差は、スラバヤはUTC+7、クアラルンプールがUTC+8。
スラバヤ=クアラルンプール間の距離は1,600km、飛行機は出発地から目的地まで真っ直ぐに飛ぶものとし、また飛行機は離陸から着陸まで一定の速度で飛ぶものと仮定する。

これで難しければ、クアラルンプールと時差の同じデンパサール=クアラルンプール便で考えてみるとか。

いや、文系の私は全く考えたりしませんが 笑

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2013年8月 1日 (木)

スラバヤ モノレール・トラム、進む?

以前何度か書いていますここスラバヤの軌道系マス・トランジット・システムとしてのトラム「SuroTram」と、モノレール「Boyorail」について、市政府から、「Pre-Market Sounding」と称する、このPPPプロジェクトに対する海外からの投資説明会的なミーティングがあるので、と招待をいただいたので、午後行ってみることにした。
Suroboyoimg2013073103235
スピーチを行うリスマ市長。元市政府環境局長なだけあって、環境面での造詣は深いのですが、都市交通分野の関心はあまり高くないというのがもっぱらの噂。

まさか来る訳ないと高をくくっていたら、市当局の人がプロジェクトの概要と有用性をアピールするプレゼンをするうちに、予想外なことにリスマ市長本人が現れ、「突然大臣に呼ばれてジャカルタ行ってたんで遅くなってゴメンなさい…」と汗をかきかき、壇上に上がって、このプロジェクトへの外国企業の投資・入札を呼び掛けるスピーチをしていきました。といっても、見渡したところ、外国人はアメリカ総領事館の人が1人と当方のみ、ジャカルタのモノレールを受注して当国内では明らかに優位に立ってるはずの中国企業関係者は全く見かけませんでした。
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モノレール「BoyoRail」(左)と、トラム「SuroTram」(右)の素敵な姿がプレゼン資料に現れる。

あれ・・・? なんか変だぞ、違和感。

右上のトラムの扉が…
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走行中なのに、開いてんじゃん :-D 笑

ここスラバヤでも、非冷房EKONOMIよ再び、ってか??

さておき、というのもこのプロジェクト、以前も書いたとおり、建設から運営まで一体として行う海外投資家を求めており、実際のところ各国の企業からの関心表明がなされているのだと言い(日系企業の実名も挙げていた)、スピーチ終了後に各テーブルを廻って挨拶していた市長も、「是非日本企業からの投資を宜しく」と言って行きました。
とはいえ、この用地買収もままならない、運賃料金も厳しく政府に管理されるようなこのインドネシアで、そんな簡単に何百億も投資して数十年かけて回収するような民間企業があるとも思えないですよね。
我が国だって、昔の東急多摩田園都市開発の時代ならともかく、近年の既に開発が進んだ都市における都市内交通の場合、中央政府が補助金出して、あるいは地方政府が資金を援助してあるいは第三セクターを作ってという形でないと、一民間企業が建設からオペレーションまで全部やるなんて、そりゃあ難しいんじゃないでしょうかね。
スラバヤ市は北九州市と環境姉妹都市提携を結んでいるんだから、一度関係者の皆さんは北九州市やその他の日本の都市における近年の都市交通機関建設の方法について、視察して、今の計画は楽観的になり過ぎてるということを少し認識いただいた方がいいんじゃないか、と書いたら言い過ぎでしょうか。

あ、そうそう、一番大事なこと忘れてた。このSuroTramとBoyoRailの公式ウェブサイト、スラバヤ市開発調整庁(Bappeko)のサイト内に特別サイトが設けられました。アドレスはこちら

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「GERBANGKERTOSUSILA」(スラバヤ近郊都市圏を表す、JABODETABEKみたいな言葉らしい)の既存鉄道網改修(+空港鉄道)プロジェクトも一応まだ生きているらしい。おっと、シドアルジョとモジョクルト北方Tarik駅とを東西に結ぶ謎の路線も描かれてるぞ。w

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