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2013年8月21日 (水)

廃線跡探訪、久々。(正確には休止中)

えーっと、先週末の小旅行のうち、Bondowoso~Jember間の分がまだでした。
この区間、Jember市街地東方の本線上のカリサット(Kalisat)駅からボンドウォソを経由し、シトゥボンド市街地南方を通り、北海岸近くのパナルカン(Panarukan)迄の70kmの区間には、以前にも書いたとおり、1897年に蘭印国鉄StaatsSpoorWegenによって開通した鉄道路線があったのですが、現在は廃止(休止?)になってます。
なのですが、ボンドウォソ駅には職員が常駐して長距離列車の切符を販売したり鉄道貨物を扱ったり、幾つかの資料にはBondowoso~Kalisat間は復活の予定があり、補修工事も行われているなんてのを目にしたこともありました。
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イジェンの山並みを望んで走っていたローカル線の線路跡。


なので、今日は折角の機会でもあり、この区間の現状を少し見てみることにしました。所謂廃線跡巡りって奴です。なおこの区間、国鉄PT.KAI発行の「Buku Jarak Singkat Bagi Angkutan Penumpang(2011年版)」には途中Grujugan、Tamanan、Sukowonoの3つの駅が存在しているとされていますが、鉄道雑誌「Majalah KA」の2010年11月号掲載のジャワ島内路線図によると、他に下図のとおり更に多くの駅(恐らくは殆どが”停留場”なのでしょう)。が存在していたとされています。実際私も今回国鉄発行地図には記載のない「スコサリ」駅を実際に確認することが出来ました。鉄道輸送華やかりし時代だったのですね。

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「下図」です。DAOP9管轄区間路線図。こんなにたくさん駅あったんですね。

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屋根上に優雅な飾りが残るTamanan駅舎。

この日の朝はまずBondowosoから南へ下り、最初に立ち寄ったのはGrujugan駅南方の踏切。駅は確認できず、ひょっとしたら少し地図を読み違えていたかもしれない。踏切部分は流石にアスファルトで埋められていたが、両側の築堤部分には線路がそのまま残っているのが見えた。
続いては最初の大きな集落の中心部にあったTamanan駅。踏切端で地元のおばあちゃんに話を聞くと、十数年前まで走ってたんだけどねぇ・・・ とのことだが、そんな最近までは流石になかっただろう(と思って帰ってから調べてみたら、なんと2004年中盤頃までは列車の運行があったとのこと。なんだ前回の東ティモール在勤時(2003~04)はまだ走ってたのか。こりゃあ当時乗りに来なかったの、大後悔だわ。)。
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駅名看板の奥にはキオスクが店開き。スコウォノ駅舎。
広い駅構内側。現役当時の雰囲気そのままですね。
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そのタマナン駅舎の旧駅事務室には住民が住みつき炊事をしていたが、一定の広さのある駅構内には特段の不法占拠建物が作られている風ではなく、再開にあたっての物理的制約は大きくないようだ。
続いて立ち寄ったのはSukowono駅。旧駅舎入口には売店が店を構え、あたかもキオスクのよう。前のタマナンに比べてゆったりとした駅構内には線路もほぼ完全に残り、パッと見には現役と言われても判らないレベル。通常ポイント操作機器類が納められている運転関係室も外から眺める分には当時のままに見受けられ、ちょいと期待しながら中を覗いてみたが、流石に室内は全ての機械が取り払われガランとしてしまっていた。
 更にもう一カ所立ち寄ったのは、”停留所”扱いだったのかもしれないSukosari駅。ホームにはなにやら植物の皮のようなものが多数広げて天日干しされていたので、踏みつけないように注意しながら駅構内を一回り。停留所といっても一時期は列車交換が可能な設備も設けられていた時代があったようで、構内は広い。街の中心部から少し外れて設けられたこの駅舎は何ともスッキリして可愛らしく、模型に出て来そうな雰囲気だった。
最後はKalisat到着寸前の本線との合流部分の大築堤。以前バニュワンギからスラバヤに向かう車内からこの大築堤とガーター橋を眺めたことが有り、少なくとも合流部分はレールも残り、一見すぐにでも再開できそうな保線状態に見えた。
だが今日実際に現場に到着し、地平の本線踏切付近を築堤+ガーター橋の立体交差で越えるBondowoso方面線の築堤に上がってみると、残念ながらレールは殆ど剥がされ、雑草に埋もれつつあった。
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スコサリ駅のホームには大量の樹皮。何に使うんだろう?

 あとでJember機関区に案内してくれた国鉄職員氏にこの休止線の件についても話を聞いてみましたが、曰く、Kalisat~Bondowoso間のみならず、終点のPanarukanまでの再開計画はある由。休止前末期は1日2往復の客貨混合列車が走っていたが、再開した場合、もうバスやオートバイといった交通機関が発達している今となっては旅客はそもそも期待せず、メインは貨物輸送で、これはそれなりにニーズがある(何を運びたいのかは明示されませんでしたが,農産品や海産物とのこと。)。但し、2010年に一度再開に向けた調査がなされたが、その後時間も経って、線路も相当区間で剥がされ、枕木は盗まれ、橋梁の老朽化も進んでいるため再度の検査と補修が必要、但し実際の作業にかかる予算措置はなされておらず補修作業は行われていない。まあ、運輸省・国鉄本社の意向次第だね、とのこと。
そんな感じで、まあ、やる気はあるものの、近い将来に再開されるという感じではなさそうですな。

シトゥボンド県のウェブサイトには、この路線の現役時代の写真が載ってたりします。

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Kalisat駅東方の分岐点付近を行く上り「Sri Tanjung」号。左の築堤がBondowoso方面の路盤。
ところでこの牽引機、旧番号「CC201-01R」って、トップナンバーじゃないか。

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