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2013年10月31日 (木)

鼻中隔彎曲症手術記(3)

そんなわけで手術当日。
8時には来てくださいね、と言われたので頑張って早起きして(ってスラバヤだったら普通の出勤時間だけれど)京橋へ。東西線の05系電車乗るのも久しぶりだな。ジャカルタ以来(って、無理に結びつけなくてもいいんだけれど)

本日は総計5人の患者が手術を受けるという事で、施術日が決まるのが遅かった当方は後廻しということで、作務衣のような服に着替えて暫しの待ち時間。病院なのだけれど、携帯電話やタブレットの使用は差し支えないというので、友人K原君から借用中のAUスマホからテザリングして、他の手術体験者のブログなどを読みつつ時間潰し。
やはりまだまだ1週間程度入院しての手術というのが一般的なようで、中には「日帰り手術を謳ってる病院もあるけど、絶対薦めない!」なんてのもあってちょっとドキドキ。今更言われても困るもんね。

そんな訳で10時半頃順番になって呼ばれ、やたらと女性スタッフの多い手術室のベッドに横たわり、縛られ、左手の肘の内側に点滴の針を刺され、合わせて麻酔薬を注入するのだそう。
最近の薬物注射による死刑執行ってのはこんな感じなのかな… と思いながら二言三言軽口を叩くうちに、

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次に気づいた時には「はい終了しましたー。隣のストレッチャーに移動して下さいー。」との看護師さんの声。
思わず、「速っ!」 

その後はストレッチャーで控室に運ばれ、暫くするともう飲食してよいというので、持ち込んできたコンビニサンドとおにぎりと飲物を。麻酔明けだから気分悪いかと思ったけど、昨晩から絶食してた事もあり、あっさりと食べてしまいました。
ただこの頃から麻酔・鎮痛薬が切れて来たのか、鼻の周り・目の間の鼻筋にかけての痛みが激しくなり、ガーゼを張り付けている鼻の穴からは血の混じった体液が出続け。
驚いた事に、涙が結構激しく出て来て、しかもこちらにも血が混じっているらしく、赤い涙が出てくる。

先に手術した他の患者さんは既に退院してしまった15時頃、なんとなく「早く帰ってくれないかなー」的な雰囲気が感じられたので、ガーゼの交換方法の指導の後、一週間分のお薬、緊急時の対処方法、そしてクレジットカードでの精算を終え、15時半頃無事に一応退院。
今日は病院側のお薦めというか、指示に従って近くのホテルをとっているので、タクシーで移動。まあこの状態で電車乗ってる場合じゃないな、という体調ではありました。

夜になっても痛みは治まる気配を見せないので、鎮痛剤飲みながら、お友達に愚痴メールして構って貰ったりしながら眠れぬ夜を過ごす。やっぱり日帰り手術って無茶だったのかなぁ…等と悶々としながら。

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2013年10月30日 (水)

鼻中隔彎曲症手術記(2)

そんな訳で日本に帰って来て早速翌日、25日(金)、京橋駅からほど近いクリニックを往訪、事前にインドネシアから送付しておいた問診票と、更に口頭での問診(わざわざ院長先生が出て来て下さいました)、CT撮影と血液検査、その他一般的な検査を幾つか。
その過程で、今回の手術はやはりそれなりに負担がかかるという事で、当方が先天的にもっている循環器系の疾患が問題になり、こちらもかかりつけの専門医から「問題ない」旨の確認をとりつけて来いというご指示。

そのため週明けの28日(月)には新宿河田町の以前からお世話になっている大学病院に朝から出向き、この手の大病院にありがちなとおり長時間待たされ、それでも昼過ぎには一通りの検査を終了。
あぁ、これでまあ一日とってしまいました…。
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2013年10月29日 (火)

鉄道話じゃありません。鼻中隔彎曲症手術記(1)

さてインドネシアを離れて暫く、ネタの収集もままならないので、このブログの本来のあるべき姿である筆者の生活雑記・・・というわけではありませんが、暫く鉄道話はお休みです。

今回の休暇は、職場の制度上、め一杯長くとらせて戴いたのですが、それは今回、一つ手術をするためでした。
ここ数年、空気が変わった時に頻繁に発生する咳と喉の痛み、夜稀に起こる鼻呼吸困難に悩まされていたのですが、先日職場近くのシロアム病院で検査して貰ったところ、「鼻中隔彎曲症」であることが判りました。
左右の鼻を分ける内部の隔壁がいずれかに歪み、片方の鼻が呼吸困難になるというこの病気自体、日本人の過半が多少なりとも患っているという事で珍しくはないそうで、まあ酷い場合にはこの歪んだ壁を削って気道を確保して、鼻の通じをよくするという手術はもう結構昔から行われているのだそうです。

ネットで調べてみると、通常は1週間ほど入院して手術をするのだそうですが、中には最近では施術技術の向上により、僅か一日、全身麻酔の上で日帰りで手術をしてしまえるところもあるのだそう。
偶々シロアム病院の診断書と写真をもって相談した、ジャカルタのかかりつけの先生に紹介して貰ったところが、東京駅八重洲口近くにあるクリニックさんで、ここでも日帰りで手術をしてくれるということで、こちらにお願いしてみる事にしました。
Hanaimage1

といっても、フラッと病院に伺ってそのまま手術が出来るわけではもちろんなく、今回の4週間の滞在では結構ギリギリ、というか、本来であればスケジュール的には無理なのですが、今回は在外勤務から一時帰国するという特殊事情を考慮していただき、通常であれば事前に試行する、薬を使っての気道拡大可能性のテスト(上手くいけば手術は不要とする)なんかはすっとばして、スラバヤの医師の診断書と内視鏡写真等と一回の術前検査をもって手術に臨む体制を整えて頂きました。

※ 手術後一週間は安静に過ごすように、と言われましたが、数日間は言われなくても安静にせざるをえないような体調でした。ですので、この関係、バックデートでの記載になってます。

(つづく)

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2013年10月28日 (月)

北本線 おまけ。

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北本線の花形列車、スラバヤ・パサールトゥリ駅で出発を待つ特急「アルゴ・ブロモ・アングレック」号。

そんなわけで、今回の週末お出掛け分は終了という事で、往路にArgo Bromo Anggrekで走って来たジャワ島北本線分の時刻表を載せておきます。流石に本数が多いので、上り下りとも2枚ずつになってます。
相変わらず全国レベルでの公示なきままの新列車の登場とか時刻変更は多いようです。もし気づきの点などありましたら、ご指摘いただければ幸いです。
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↑ 下り線分と、
↓ 上り線分です。
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2013年10月27日 (日)

さあ帰りましょう。(大臣と一緒)

ソロからの戻りは、バラパン駅16:04発の特急6列車、バンドゥンからのArgo Wilis号スラバヤ行き。
一時間後の急行Sancaka号の方が大分安い事が多いので、そちらをよく使うんだけれど、今日は2万ルピア位しか差がなかったため、早く帰りたかったんでこちらに。

30分ほど前にソロ・バラパン駅に着くと、ちょうどパトカーを先導にした車列が他のクルマやタクシーを掻き分けて駅に到着、VIPルームに乗り付けてきた。空港だけじゃなくて、駅にもあるのね。
Slo13102003586
ソロ・バラパン駅のVIPルームに乗りつけて来た大臣のセダン。

セダンの車番は「RI 32」とあるから、大臣だな。ホームで警備してた奴に「あれ誰?」聞いてみると、ここソロが地元の社会担当大臣の由。ちなみにこの大臣、
http://news.detik.com/read/2010/05/04/120714/1350745/10/mobil-ri-32-masuk-busway-mensos-mengaku-sudah-izin-polisi.htm
トランスジャカルタのバス専用レーンを公用車で走行し、その様子をネットに晒されて、慌てて「警察の許可はとった」なんて弁明してるなんてネタがネット上に。N村さん、タイミング良すぎる情報提供多謝です。列車の中で思わず吹き出しちゃったぢゃないか。
でも、スラバヤまで(高速ないので混雑する一般道を)クルマで行くんじゃなくて、列車を選択していただけるのは、汽車旅派なのか、実際に汽車の方が楽なのか。事務方としては、クルマでずっと行ってくれた方が準備的には楽なのだろうけれど。

スラバヤには5分程の遅れでほぼ定刻に到着。大臣一行にはまた同じナンバーの黒塗りとお付き用のイノーバが数台。勿論先回りしたんじゃなくて、別にもう一組用意されて並べられ、駅幹部に見送られて先導のパトカーに引っ張られて出て行きましたとさ。
そんな時、お付きの人間が動き回って荷物積み込んだり、大臣が乗り込んで車列出発までの時間とか、出発指示の出すタイミングとかが気になって仕方がないのは職業病 (w
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同じ「RI32」ナンバーでご出発。同じナンバー付けたクルマがいっぱいある訳ですね。
 

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2013年10月26日 (土)

Pramex, Sriwedari おまけ。

PG. Gondang ... の前からソロ行きのローカルバスを拾うと、クラテン駅の南口に停まったので、せっかくなので列車に乗り換え、ソロへ向かう。
このジョグジャーソロ間を結ぶ高頻度運転の快速列車のうち、AC付きのSriwedari号については、Holec電車改造のKRDEに加え、日本車輛製KRD改造の、(メダン空港用だったかもしれない) 冷房付き・リクライニングシート装備の“ARS”車輛がこの運用に入っているという話を聞いており、願わくばこれに当たってみたところだったんですが… 
残念ながら、朝のルンプヤンガン駅で見たのに続き、今回もまた赤いKRDE車両。しかも冷房全く効かず。今日はほぼ丸一日この辺にいたけど、ARS車両、結局一回も見かける事は出来ませんでした。ホントに今も走ってるのかしら。
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ソロ・プルウォサリ付近の複線区間を快走する日本車輛製DC使用のSriwedari Tambahan。

代わりに拾い物だったのは、本来冷房車が使用される筈のSriwedari号の筈なのだが、Sriwedari Tambahan(増便)として運転されていた列車の運用に入っていたのが、日本車輛製KRD車。先日見た紫塗装かと思いきや、ジョグジャ方先頭車は黄色に塗り替えられていたのは、Pramexを意識したのかな。
スラバヤ近郊ではすっかり珍しくなっちゃったMCW302系気動車ですが、バンドゥン近郊を含め、まだ元気な姿を見ることが出来る所もありますね。
参考までに、実見したのは、ソロ10:10発→ジョグジャカルタ11:23着のSriWedari 217列車と、ソロ発14:30発→ジョグジャ15:44着→クトアルジョ16:57着のSriwedari 223列車。
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残るソロ方3両は、こんな感じの紫色塗装。ちょっと我々のセンスとは違いますが、現役で活躍してくれているのが何よりです。マグウォ“空港駅”で。

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2013年10月25日 (金)

PG. Gondan. 訪問。

ルンプヤンガン駅に戻り、まもなくやって来る筈のMadiun Jaya の切符を買おうとすると、当分の間運休、だという。なんだまた故障か定期点検か。一編成だけで回そうとするからすぐこうなるんであって、せめて予備車を使って列車の運転は確保していただきたい。
お陰で一時間半待たされた後、Pramex(Prambanan Ekspres)で東隣のクラテンへ移動。昔は王宮でもあったんじゃないかと思わされる名前の街だが、目指したのは街の西外れにある精糖工場 PG. Gondang Baru. 元々はGondang Winangoen. と呼ばれていたらしく、旧名称を引っ張り出してきた看板もチラホラ。
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ジョグジャとソロとを結ぶ幹線道路脇の“併用軌道”を走る、DL牽引の観光列車。

これまで訪問してこなかったPG. だが、以前マディウン在留邦人のS木さんから、ここでは観光用にSLが走っている、との情報を戴き、調べてみたら確かに蒸機牽引の観光列車があるようだ。それを確かめに来た次第。
クラテン駅からオジェックを飛ばして10分ほど、幹線国道沿いの工場の前には、確かに今も使われているらしい細い線路。このジョグジャーソロ間の大幹線国道に併用軌道があったか(笑)。
こちら、工場内にはアグロウィサタと称して、プールなどのレジャー施設や結婚式も開けるホールなどを設け、その施設の一環として、工場を一周する現役のサトウキビ積込用のローリーの線路を活用し、ローリー改造の客車を牽引して、まあ遊園地列車みたいなものを仕立てているわけです。

が、残念ながら今日列車の先頭にたっているのはChiristoph Schottler製のディーゼル機関車。SLは?と聞くと、「故障修理中」との残念なお答え。仕方ないので5,000ルピアの乗車券を買って、お子さまたちに混ざって小さな工場内をゆっくり一周。もう10月も下旬なのに、この工場はまだバリバリ操業中で、普段他の工場ではちゃんと許可とらないと見られない位置にある、ローリーからサトウキビを工場に取り込む機械の所も眺めることができました。
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修理(待ち)中のコッペル製蒸気機関車。修理する意図はあるみたいだから、次回に期待。

なお、こちらも車窓からちらりと見ることので来た、工場内の片隅にある機関庫を後で覗いてみましたが、件の蒸機、O&K製の黒く塗られた唯一稼働可能な機関車は、パイプから水漏れするとかで修理待ちの状態でした。故障したのはつい最近の由で、機関庫の職員氏らによれば近く修理する予定とのこと。
DL列車より高い8,000ルピアの料金設定をしているSL列車、お金になるという価値はわかっているようで、修理さえ済めば観光列車にも復帰するだろうし、場合によってはサトウキビローリーを引いてチャーター運転してくれるかもしれないですね。

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2013年10月24日 (木)

バライヤサ脇の扇形庫。@Yogyakarta。

さて本人は無事に日本に帰りついていますが、こちらの方は昨週末のジョグジャカルタの続きです。

ロマンチックなベットで目覚めた日曜の朝。今日はルンプヤンガンのバライヤサから活動開始。
一応正門から入って見学許可を申し出てみるが、日曜日で担当者がいないということで、すげなく断られる。まあこれは折り込み済で、別にショックは大きくない。
もう一つ、バライヤサの西隣にある、こちらは出来れば見てみたいと思っていた、扇形機関庫。インドネシア語では「Los Bunder」と言うが、英語で「Roundhouse」でも通じるようだ。ここルンプヤンガンのこれは既に現役の機関庫としての役割は終えているのだけれど、なぜか国鉄PT.KAIの付属施設として、貨物(というか、業務用の資機材)の集積場になっているらしいというのがネット情報から読み取れた。バライヤサから徒歩でこちらに移動して見ると、ここでは休日だというのに色々と荷作業などするスタッフが沢山いて活況のようだ。
Rosbunder
意識して写真撮らなかったんで、パノラマ写真にはなってなくてスミマセン。
なんとなく雰囲気は感じていただけるかと… Lempuyanganの大扇型庫。

国鉄職員らしき人は見えなかったので、若い警備員に見学許可を申し出てみるが… 
まあこの辺の連中はなんの権限もないので大抵は門前払いなのだけれど、今日の彼は「上司がいないんで、僕の一存では…」等とブツブツ言いながらも、写真撮っちゃダメですよ、としながらも、一応、扇形庫とまだ残っていたターンテーブルを内側から見られるところまで案内してくれました。
なので残念ながら、内側の写真はなしです(上のインドネシアの方々のコミュニティサイトに写真あり。)。Google Earthの航空写真で見ると、中国福建省の客家円楼を彷彿とさせる、見事な大扇形庫。既に機関庫としての役割は果たしておらず、倉庫になってしまってますが、せっかくターンテーブルも残っているんだし、なんか鉄道関係の展示施設として公開してみては如何でしょうかね。
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航空写真で見るとこんな感じ。円周の2/3をカバーする広い扇型。現役時代は、
前に行った北スマトラ・ティビンティンギのものよりも壮大だったのだろう。

ところでこれ、どっかで見た絵だよなぁ… と思ったら、↓これね。福建省の客家円楼。
Enrou4
Hakkaenroup1060421

あ、でも後日線路沿いに歩いて行ってみたら、普通に扇型庫を見ることが出来ました。
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(写真は後日追加です)

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2013年10月23日 (水)

さぁ一時帰国します。

そんな訳で、今日から無事に帰国。スラバヤ朝10:30発のシンガポール行きはSQ931便は、普通の日本人はあまり乗る機会の多くないA330で搭乗率は5割くらいだろうか。以前のSilk AirのA320だったら結構な混雑だろう。
今日は機体はよく整備されている筈の同社にしては珍しく、安全指示のビデオが上手く流れず、結局客室乗務員による生演技(?)を見られました。
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SQ931便、スラバヤ→シンガポール間の機内食。

シルクエアー時代に比べて大きく変わったのは、機内食の質・量と、エンターテイメントだろうか。この短距離なのに食事はフルトレイとは言わないまでも結構大きなトレーに乗って出て来て前回とは雲泥の差だし、ビデオ番組なんか、それから乗り継いだ羽田行きのSQ634便のB777よりも豊富。いや寧ろ羽田便ダメダメ。こちらは日本人客でほぼ満席、座席間隔も窮屈な気さえして来るくらいで、しかも台風の影響でもないんだろうけれど、揺れた揺れた。
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SQの機内安全デモって、今はあまり見る機会ないですよね。

羽田には予想どおり20分程の早着。23:20発の新宿行きリムジンを捕まえ、タクシー乗り継いで、無事に中野の実家に帰り着きました。

さあ、これからまた忙しい日々が続く、かな

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2013年10月22日 (火)

高級リゾートに立ち寄ってみました。(ワケあり)

そのベドノからマゲラン方面に走ること暫し、看板に従って左手の脇道を暫く走ったところに、メサ・スティラ(Mesa Stila Rssort)というリゾートホテルがあります。旧名称を「Losari Spa Retreat and Coffee Plantation」といい、このあたりはコーヒー豆が産出される農園地帯、その中に忽然と現れたこのリゾートホテル、パブリッシュレートでは一泊最低350ドル(++)はする、ジャワ島内でも屈指の高級ホテルです。
ネット上のパンフレットを見るに、スパなんかの施設が充実してるらしいです。
Mesastilap1050482
インドネシアの田舎の古い小駅によくあるスタイルの駅舎がホテルのレセプションに。

ここのウェブサイトには、アンバラワの汽車が出てきたりするので、最初はそれを見たジャカルタの友人が「汽車が走ってるホテルじゃない?」と教えてくれたのですが、そのアンバラワから近いだけではなく、このホテルのレセプションは、廃線となった鉄道の駅舎を利用しているというのをどこかで読んだことがありました。
確かにサイト上には、いかにも田舎の小駅、といった感じの建物が写っているのですが、Google Mapかで確認して見ると、このホテルの位置は、アンバラワとマゲランを結ぶ(廃)線路上からは少しずれているのが不思議でした。

そのあたりも含めて、出迎えてくれた(お客さんじゃなくてスミマセン)ホテルのスタッフに聞いてみますと、やはりこの建物は元々ここにあったわけではなく、余所(帰ってから調べてみたら、スマラン北東部ジェパラ県のマヨンというところ)の廃駅から移設されてきたものなんだそうです。元々は1873年築と駅舎脇の説明板には書かれていましたが、調べてみると、Kudus~Mayong間の軌道が、スマラン=ジョアナ蒸機軌道会社(Semarang-Joana Stoomtram Maatschappij)によって建設されたのは1887年だそうなので、まあ、その頃に建てられたのでしょう。
軌道の線路は1980年頃に営業廃止となり、その後2001年頃に駅舎の建物が解体されそうになった時、このホテルのオーナーがこれを買い取ってここに移築した由。
Mesastilanakap1050480
“駅舎”の室内。小駅だったんで、幅の狭い小さな作りですね。

スタッフはもとの駅の場所を説明できなかった(まあこれは仕方ないか)、この位置にあった駅舎をそのまま利用しているのだったら、ホームや線路跡などを辿る楽しみもあったのですが、そうでないのなら、まあここだけ見せてもらえば、無理に何百ドルも出して泊まってみなくてもいいかな。
まぁ、そもそも男一人でこんなリゾートホテルなんか泊まらないけど(女の子と泊ればいいじゃん、とかいう突っ込みは軽く無視します)。

そんなわけで、大通りに戻って路線バスを掴まえ、マゲランで乗り継いでジョグジャに向かいました。
冷やかしの客を丁寧に迎えてくれ、色々説明してくれた上、次回は是非泊って行って下さいと送り出してくれたレセプションのスタッフの皆さんには恐縮至極でした。
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発券窓口も綺麗に復元されています。建物の外にあったのは珍しいかも。

今晩のお泊まりは市内南外れのドゥスン・ジョグジャ・ビレッジ・インなる、これまた男一人では恥ずかしくなっちゃうような、天蓋つきのベッドのお部屋。調度品やチチャ(ヤモリ、かな)で統一された小物も気が利いていて、まぁロマンチックですこと。

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2013年10月21日 (月)

Ambarawa 近況

続いて訪れたのは、お馴染みアンバラワの鉄道博物館。
こちら、去年くらいから、あちこちの地方の機関区の片隅に放置されていたような古い客車や貨車の廃車体などをかき集めつつあり、それはレストアしてこの博物館で展示するため、と聞いていた。
その関係で、昨年来博物館自体も改装のため休館、とされていたのだけれど…
他方、ここのメインの売り物、ラックレール区間を走る蒸気機関車のチャーターランについては、再開された、ということで、料金表も入手していた。さてこれはどういうことか…? アンバラワの博物館すなわち旧駅を起点に運転されてるんじゃなかったっけ、この動態保存SLは。その起点駅が休館なのに、列車は走ってるの?どこから乗るのだろうか。
ということで、もう再開したのかどうか確認すべく、やって来た次第。
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動態保存区間の終点、ベドノ駅を発車し、山を下ってアンバラワへ向かって走りだすチャーターSL列車。

スマランとソロとを結ぶ高速道路が一区間だけ延伸されて少しだけ早くなったアンバラワに着いてみると、入口には大型観光バスが二台、これはSLチャーターラン組だな。
しかし博物館の入口は門を閉ざしたまま。看板の表記には、「SLチャーターを除き、休館中」の文字が。
へぇ、ホントにそんな状態なんてあり得るんだ。

仕方ないので線路沿いの道を動態保存運転区間の終点、ベドノまで上がってみると、そのベドノ駅には大勢の人の気配。おっと、汽車が停まってるぞ、そして今まさに走りだそうとしてるぢゃないか! 
どうやら学生の団体が今日はチャーターしてきているらしく、丁度、下へ向けて走り出す瞬間だったので、暫く追っかけてみることに。
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築堤の上をノンビリ下るSL列車。一番綺麗な築堤は、並行道路が混んでて、ちょっと間に合わず…

ラックレール(Rail Gigi)区間なので汽車もそれほどスピードを出せず、道さえ空いていればクルマでもバイクでも十分追跡が可能。逆に言えば、そんな鉄道がモータリゼーションを勝ち残れるわけはなかったんだけれど、お陰で久々にちょっと楽しんでみました。
次はまた人数集めてチャーターかな。
Bedonop1050468
ラックレール区間をゆっくり下るSL列車。乗っている生徒さんたちもみんな楽しそうでした。

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2013年10月20日 (日)

スマラン・“海中線路”の現状。

土曜日の続き。
今日最初の目的地、その前にスマラン・タワン駅東方の“海中線路”区間に寄り道。
このあたりは、インドネシア鉄道発祥の地で、1867年に最初の鉄道が南東のタングンとの間に開通した際のスマラン駅もこの辺りにあったといいます。恐らく港に近かったのでしょう。
そんな経緯もあり、この周辺、元々は鉄道関係の敷地や、また田畑が広がっていたのですが、いつの頃からか地盤沈下が激しくなり、普段ですら海から流れ込む水が溢れており、線路の両側一体が一面水浸しとなっています。更に雨季などの増水時には状況は一層悪化し、少し高くなっている路盤の上まで水面下に没し、そんな中を水を掻き分けて列車が走る姿は一つの名物にもなっていました。
しかし万が一そんな中で路盤が水に流されてしまえば、ちょっと間違えば大事故になっても不思議じゃあない状態であったとも言えるわけで…。
Smtlautp1050401
こうやって見ると、もう大分、フツーの線路に見えますね。
列車乗ってると、海の中を走ってる感のある区間を行く新型機CC206牽引の貨物列車。

それがこの度、ジャワ北線の全線複線化に向けた工事が進められ、当然ながらこの区間も複線化されることとなり、併せ路盤の強化、路盤自体の拡幅工事が実施されつつあります。この結果、ようやくこの区間も素人目にも安全だろうという状態になったかな。
面白味とかワイルドさとかいうものはなくなったけど、安全には替えられませんからねぇ。
Imgsmt03719_2
因みに、酷い雨が降ると以前はこの辺はすぐこうなっていたそうです…
(出展:「The Beauty of Indonesian Railways」より。)

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2013年10月19日 (土)

栄光の1列車で行く小旅行。

第1列車といえば、日本ではかつては特急「つばめ」、寝台特急「さくら」、「はつかり」、現在では「北斗星」など、その時代を代表する豪華列車が名乗っていた列車番号である。
このインドネシアで「1」の列車番号が与えられている列車はと見てみると、ジャワ島の北本線を通り、インドネシアの二大都市、ジャカルタとスラバヤとを最短距離で結んでいる最速特急「アルゴ・ブロモ・アングレック(Argo Bromo Anggrek) 」号二往復が、1~4列車を名乗り、そのうちスラバヤ・パサールトゥリ駅を朝08:15に出発するジャカルタ・ガンビル行きが「KA.1 」と名付けられている。観光ルートを走っている訳ではないので目立たない存在だが、チルボン、スマランといった産業都市を結び、特急列車の中でも特別な存在として位置づけられている、目下のところインドネシア国鉄PT.KAIにおける看板列車といってよいだろう。

スラバヤの西のターミナルパサールトゥリ駅の1番ホームに入線していた列車は、流線形のCC203型DLを先頭に、電源車、1等エクセクティフ(Eksekutif)車と食堂車が連なり総計8両と比較的短編成。
以前は白地に濃淡の青帯と窓周りにピンク色のアクセントが入っていたが、現在では白地をベースに緑色のラインが入り、「Go-Green」と木の葉を描いたワンポイントが入り、鉄道輸送の環境優位性をアピールした塗装に変更されている。
使用されている客車は、東ジャワ州マディウンのINKA工場製、西武鉄道の旧レッドアローに似た雰囲気のボディ下部が膨らんだ、連続窓風デザイン、自動プラグドアを用いた、現在のところこの列車のみに使用されている車両。K9型と称されるボルスタレス台車を履くが、この台車については一時期不具合が指摘され、これが原因で長期間INKA工場入りし、使用されない時期があった。
車内に入ると、航空機風の上部荷物置場のデザインが特徴的で、若干の圧迫感を感じるが、若干草臥れてはいるが、ゆったりしたリクライニングシートは快適。座席の脇、窓枠の下には最近の更新改造車と同様に携帯電話充電用の電源が設置されている。
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黒煙を巻き上げスマラン・タワン駅を出発、ジャカルタに向かう特急1列車「アルゴ・ブロモ・アングレック」号。

定刻08:15に発車した列車は、次のスマラン・タワン駅までおよそ3時間半の間、ノンストップ。この間に「市」クラスの大きな街はなく、車窓には田畑と平原とも呼べそうな、凡庸な風景が続く。
それでもジャカルタ=スマラン=スラバヤと結ぶ、ジャワ島一の大幹線の一つ。貨物列車を含めると流動はそれなりにあり、現在複線化工事が来年末の完工を目指して進められている。あちこちで新しい橋梁が作られ、早い部分では既に路盤には砂利、そして線路迄置かれている区間もあれば、まだ既存の住宅などの建物の移転も済んでおらず、ひょっとしたら立ち退きに応じていないのではないかと思わせる部分もある。
以前、報道を基に「2013年末スラバヤまで全線複線化」と書いたこともあったけれど、最近書かれている「2014年末」という方が現実的でしょうね。

8割ほどの乗客を乗せたABA号列車は、今日は途中対向列車の待ち合わせで少々臨時停車した影響もあり、20分程の遅れてスマラン・タワン駅に到着しました。
Abmshanaip1050360
荷棚の作りがゴツい印象の、ABA号の車内。

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2013年10月18日 (金)

一時帰国します♪

さてさて、前回の帰国からはちょっと短いのですが、これを逃すと次にとれるのがいつになるか解らないし、今回は一寸時間をかけて病院に行きたいという事情もあり、長めの一時帰国をとることにしました。

出発は来週水曜日23日の朝当地発、先日からスラバヤ乗り入れを果たした(復活した)ばかりのSQで、シンガポール経由で夜中23時に羽田着、帰りも今回はA380乗りたいがために未明のシンガポールに着いて困ったりしないよう、普通の夜行便で戻ってくるようにします。

そんなわけで今回は病院日程優先ですが、またお時間が合います場合には、飲み会でも合コンでも何でも喜んで顔出しますわ。
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まだ出発前なんで、飛行機とか、青い空の写真とかなくてスミマセン。(w

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そういえば、バリから帰って来たら、営業の人が持って来たらしい、こんなメモ用紙が事務所にいくつも、

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2013年10月17日 (木)

ジャワ島に新幹線が走る! ・・・かも。

今日の当地日経紙「じゃかるた新聞」の一面には、「ジャワ島に新幹線 日本が初の事業調査へ」の文字が躍っていました。
通信社の記事を引用する形の記事で、従来より何度も構想が持ち上がって来ていた、ジャカルタ=スラバヤ間を結ぶ総延長約700kmの高速鉄道の建設計画に関し、JICAが事業化調査、というから、Feasibility Studyを実施するということでしょう。
ジャワ島は日本のおよそ1/3の面積に、インドネシアの人口の約半分の1億2千万人が居住する人口過密な島で、人口2,500万人を越える首都圏と900万人規模のスラバヤ都市圏を結び、間にはチレボン、スマラン、ソロといった主要都市が名を連ねています。ジャカルタ=スラバヤ間だけでも毎日50往復近いフライトが往復し、移動需要は十分にあると言えるでしょう。

同報道によれば総工費は4,500億円。恐らく土地収用にかかる経費は含まれていないと思われます。
民主化が進んで強制収用が困難なインドネシアで、必要な土地を適時に確保するには相当の困難が予想されるし、その間には工費も相当に拡大するのは間違いないところ。
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日本の新幹線の海外輸出の第一号となった台湾高鉄700T型。
ジャワ島に新幹線が走る頃、どんな車両が走ることになるんでしょうね。

ルートについても、ジャカルタ=スラバヤを一直線に結ぶ本線とジャカルタ=バンドゥンを結ぶ支線の二路線とするか、ジャカルタ=バンドゥンから北東にチレボンに向かう、一路線だけとするか、
スマランから北幹線に沿ってスラバヤに向かうか、ジャワ横断高速道路計画に沿って人口の多いソロ・マディウン経由とするか、そういったルート選定も含めての事業化調査なのでしょう。

台湾やブラジルの例に見られるように、世界各国で高速鉄道計画が持ち上がる度、独仏や、他国技術を導入して自国の高速鉄道を建設してきた中国や韓国までもが市場に参入し、今回日本が事業化調査をしたからといって必ずしも日本の新幹線のシステム導入される保証はありません。
それでも、開業以来死亡事故ゼロを誇る日本の「シンカンセン」がこのジャワ島を快走する姿、見てみたいですよねえ。ですよねぇ。
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これは、ちょっと違うかな(笑)

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2013年10月15日 (火)

エコノミ電車の終の棲家へ。プルワカルタ訪問。

そんなわけで日曜日。今日は夕方まで時間があるので、プルワカルタまで行ってみることにしました。
といっても、ごく限られた方以外にはご縁のない地名でしょうなあ。
ジャカルタとバンドゥンとを結ぶ幹線上にある駅だが、ここからバンドゥンの手前までの区間は多数の鉄橋やトンネルが設けられた急峻な山越え区間で、その山越えのための重量級機関車・・・ひょっとしたら補機として用いられていたのかもしれない、それらの機関車が一休みするための機関区が設けられていました。
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Purwakarta駅に到着した、バンドゥン廻りのクロヤ行き準急142列車「スラユ」号。

前夜のビールがぶ飲みにも関わらずちょっと早起きできてしまったので、ジャカルタ・コタ駅から8時25分発、バンドゥン周りのクロヤ行き3等準急「Serayu」号に乗車。この列車も最近はやりの家庭用ACを用いて冷房化された簡易「Ekonomi AC」仕様車。パサールスネン、チカンペック等流石にこれくらいは停まるだろうと思った各駅を悉く通過し快走すること約2時間、プルワカルタに到着。
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プルワカルタに到着した、廃車回送されてきたエコノミ電車。右は一足お先に台車を外された、最早“廃車体”。地元の子供たちの遊び場になっていました。

駅構内東側の機関庫跡地前の一体には、話に聞いていた、JABODETABEKのエコノミー電車が並んでいました。この機関庫の跡地は、今は多数の廃車体が並ぶ、鉄道車両の墓場、終の棲家となっており、最近JABODETABEK圏から淘汰された旧型抵抗制御エコノミ非冷房電車が多数送られてきているのです。

現地を最近訪問されたおっとっと様によりますと、既にこの地に廃車回送された電車の殆どは、(2両を除き)線路上から隣の空地へと移され、台車や電装品を外され、所謂“ダルマ状態”となって放置、そのまま朽ち果てるのを待っている状態とのこと。
なのですが、今日は様子が違う。まだ線路上には、台車を履いたままの状態の電車、4両編成x2の8両が2本、計16両の電車がまだオンレールで留置されていました。
どうやら昨晩、マンガライから廃車回送があるという情報を耳にしたのですが、これは本当だったようで、まさに昨晩から今朝にかけて送り込まれてきたもののようです。
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綺麗に整備し直されたターンテーブルと、その奥には既に長期間放置された気動車や客車の廃車体。なかなかシュールな光景ですね。


電車の内外で携帯で写真を撮ったり遊び回っている近所の子供達、モハ車の周りでは、まだスペアパーツとして使える電装品を取り外そうとしている関係者。
その脇には一足先に電車としての役目を終え、長い眠りについたばかりのエコノミ電車と、この地での先客、火災や故障等の事情で廃車となり、解体もされぬまま放置されている客車や気動車等々。

そして機関庫の前には、何故かクハ車が2両だけ、レール上にキチンと台車を履いた形で残されていました。
既に地元の若者の仕業か、スプレーで落書きがされてしまっていますが、ひょっとしたら、この機関庫も綺麗にリハビリして、観光客向けに展示したりするのかもしれませんね。
その機関庫の直ぐ前にはやはり綺麗に塗装し直されたターンテーブルもあり、更にここから南に向かう線路は、高い鉄橋やトンネルの続く風光明媚な区間。
一般列車も多数走りダイヤ上の容量はあまり余裕がないのかもしれませんが、観光列車の運転など、期待してみたいところです。
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古いレンガ造りの機関庫の前で、2両のクハがオンレール状態で留置。どうするつもりなのでしょうか。

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2013年10月14日 (月)

オランダ大使館の鉄道歴史展、行ってみました。

土曜日の続き。続いて目指したのは市内ラスナ・サイド地区にあるErasmus Huisこと、オランダ大使館、の文化センター。下の方で書いた、大使館主催の「インドネシア鉄道の歴史」展を見に行って来ました。
ご存じのとおりオランダはこのインドネシアの旧宗主国で、鉄道もオランダ時代に同国政府及び民間会社によって敷設されたものです。
なので、オランダ政府には相当色々な資料が揃っているに違いないし、既に数日前に訪問されたジャカルタ在住のパクアン急行さんから、広くはなかったけれど色々面白かった、との報告を受けており、大いに期待していました。
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中庭に展示された、インドネシア初の電気機関車「ESS3201」の模型。


その展示ですが、
中庭には1925年、ジャカルタ近郊鉄道が電化開業した時に導入された電気機関車、BonBonことESS3201号機の、模型、というかオブジェ? 展示室の入口前にはコタ駅を模した門柱が立てられ、その横には、今も地方の駅で使われている発車合図の鐘が置かれ、なかなか雰囲気の作り出し方が上手い。
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コタ駅を模した入口。簡易な造りだけど、雰囲気でてるじゃん。

室内の展示は、写真が中心ですが、当時の切符や路線図、職員の制服、古い蒸気機関車の(HOスケールだろうか)模型が十数台、オランダ時代に作られた鉄橋のNゲージスケールの模型など、なかなかのもの。
特に当時の路線図(各区間の開業年度情報つき)や、硝子ケースの中に納められており中身の閲覧が出来なかった当時のパンフレット資料など、持って帰って眺めたら一日潰せるような、ワクワクするような資料が沢山ありました。

そんなわけで、上記パクアン急行さんのブログと重ならないように、幾つか紹介させていただきますと、
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一部屋だけだけれど、ゆったりと、しかし色々と展示された室内。

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今も現役な古い鉄橋の数々。女性の見学者も多かったです。

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日本軍の銀輪部隊かと思いきや(下)、オランダ時代から業務用に用いられていたそうで。

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この中央部だけ低床になった通勤用っぽい客車は、
このバンドゥンの機関区の救援車になったんですな、今は。
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このソロの王室専用客車は、2月にソロに行った時に見た保存車両の現役時代の姿ですね。

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しかし、「北海道見たいだ」というコメントを貰いましたが、昔はこんなに枝線が沢山あったんですねぇ。。。

大使館の付属施設ということで、お役所だから土日はお休みかと思いきや、土曜日は開けてくれているのはありがたかったですね。これが平日の9時17時とかだったら、有給とって見に来なきゃならないところでした。

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2013年10月13日 (日)

地下鉄工事現場へ行ってみた。

そんなわけで土曜日、ジャカルタ到着。市内のFXモール内のホテルで東京からの友人K原君らと合流、先ず目指したのはスディルマン通りのドゥク・アタス。電車で言うと、スディルマン駅の北側。

↓の方で書いたとおり、このジャカルタ発の地下鉄にもなるMRT1号線の建設が開始され、起工日にはジョコ・ウィドド州知事も出席して盛大に式典が催されたとのこと。
ここスディルマン通りの脇の敷地には、同駅とも連絡駅となる、MRTドゥク・アタス駅が設けられ、そこから工事が始まったらしいのだけれど、待て待て,ここは地下鉄区間だ。地上に設けられるのは、地下駅からの出口とか、通風設備とか、僅かばかりの物の筈だが。
ここを資材置場として、ここから掘削機械とかを地下に入れるってことなのかな。
或いは、この一駅北側、ホテル・インドネシア前ロータリー(ブンダランH.I.)が1期区間の終点になるので、そこから北の市内中心部方面へ向かう連絡バスのターミナルでも作られるのだろうか。
ブンダランH.I.には折返場を作る土地なんかないからね。
いずれにしても、苦節四半世紀、ようやく着工ですかぁ。長かったですねえ。楽しみですねぇ。

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こんな感じで土木工事が始まりましたが、さてここには何が造成されるのでしょう。

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2013年10月12日 (土)

有難くない連休 ジャカルタへ。

長期出張からスラバヤに戻って最初の週末。それなりに疲れ果ててはいるのだけれど、わざわざ日本から友人が(私に会うためではなく)来ているので、折角なので挨拶しに行くことに。
なのだけれど、この週末から15日迄は当地は実質4連休。15日はIdul Adha(巡礼の日)と呼ばれる、感謝祭に相当する日とでも呼べば良いだろうか、街のあちこちで山羊や牛等が生け贄となってお供えされる日で、ラマダン明けのレバラン大祭に続くような祭日で、田舎へ帰省する人も多い模様。
そんなわけなので、航空券が高ーい。普段だったら30万ルピアそこそこで買えるようなMerpati航空のスラバヤ=ジャカルタがネットで見ると92万!なんて値段をつけており、驚いた。色々ネットで探して一番安かったのが、土曜の朝スラバヤ07:15発のLion Airで65万、帰りの日曜夜のジャカルタ→スラバヤはCitilinkで51万ルピアと、普段の3~5割増しの印象。
実は飛び石連休の月曜日は、「Cuti Bersama」・・・一緒にお休みしましょう、という政府指定の休暇取得奨励日になっており、世間は実質的に4連休としている企業や官公庁も多いようで、であれば、連休の中日の夜のスラバヤ戻りなんて、そんなに混まないかと思ったが・・・

別にJKT48を見に来る友人K原君の相手するだけならば、出張疲れを理由にして断ってしまってもよかったのだけれど、この体に鞭打ってわざわざ出掛けることにしたのは、ちょっと見たいものがあったから。
それは長くなるので、明日以降に続きます。

因みに今日のライオン・エアー、珍しく,定刻運行。寧ろ数分早かった。いつも遅延ばっかりの印象がある同社だけれど、流石に朝はちゃんと飛ぶのね。
そういえばこの会社、バリのデンパサール空港が、各国政府専用機出発の影響で時間閉鎖されていた9日だったか、夕方飛ばす予定のフライトを突然朝に先倒して出発し、乗客にはSMSで連絡したというが、当然の如く大勢の客が乗り遅れ、また問題になったなんて報道があったようです。そりゃあ怒るわな。
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ジャカルタ行きの飛行機に乗ろうとすると… おっと、隣は珍しいB737-800だ。
Lion Airは-900ばっかりだもんね。

牛と衝突したり着陸し損ねて海に落ちたり、と散々なのが-800。

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2013年10月11日 (金)

地下鉄工事、始まる! @ジャカルタ、

昨日10月10日は、ジャカルタの都市交通にとってエポックメイキングな日となったようです。
今日11日付けの当地全国紙の一面は、昨日ジャカルタMRT1号線の工事が、ジョコ・ウィドド特別州知事の臨席のもと着工されたことを華々しく伝えています。

この日本政府の円借款「ジャカルタ都市高速鉄道建設計画」による支援を受けてのMRT1号線、市内を南北に貫くコタ=レバック・ブルス間を結ぶ路線のうち、第一期工事区間である南半分、ホテル・インドネシア前ロータリー以南の間の工事が着工されました。邦字紙あたりでは、“地鎮祭”をやった、なんて書いてますが、インドネシアの、イスラム教に則った儀式でもやったんですかね。
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ジャカルタ市内の目抜き通りで、ついに地下鉄工事が始まりました。

現在既に末期的症状を呈しているジャカルタの道路渋滞が、これほど酷くなる前の1989年にMRTにかかる調査が開始されてからほぼ四半世紀かかっての漸くの着工。同じASEAN 域内ではクアラルンプール、マニラ、バンコクといった各都市には既に立派な都市交通システムが構築され、ベトナムのホーチミンでも円借款による地下鉄の建設が一足先に進められており、3千万近い首都圏人口を抱えるこの大国インドネシアの首都における都市鉄道がここまで遅れて来たのはある種、国辱だったかもしれません。

英字紙「Jakarta Post」に至っては、「遅かったけど、出来ないよりはまし」という若干辛口の見出しでこの工事開始のニュースを伝えています。
色んな関係者、政財界の大物らの利害関係に翻弄され、世界経済の変動にも巻き込まれ、ここまで遅れに遅れてきた背景を鑑みれば、そう書きたくなる気持ち、わからなくもないですが。
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ジョコ・ウィドド・ジャカルタ特別州知事の起工式出席を伝える新聞記事。

※ 写真は後日の撮影・追加です。

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2013年10月10日 (木)

任務終了。帰ります。

あっという間の出張期間終了、漸くスラバヤに戻ります。
日程的には昨日の夕方には戻れたのだけれど、各国首脳の専用機の発着を優先するため、空港が長時間にわたって閉鎖になる影響から、昨日は多くの国内便が間引き運行、スラバヤ行きのガルーダも全便欠航となってしまい、幸か不幸かもう一晩のんびり滞在することが出来ました。流石に夜行バスで帰って来い、とは言われずに済みました…
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仮設事務所の後片付けも終了し、午後には世界遺産スバックを構成する棚田を見に行くことも出来ました。

そういえば、2年前の2011年月の応援出張の時は、やはり各国政府首脳の専用機フライトを優先して、その発着の間長時間に亘って空港を閉鎖したため、一般商用便が大混乱。ジャカルタに帰る同僚のうち、酷かった人達は最大9時間、当方のフライトも4時間半ほど遅れたのを思い返さない訳は行かないのだけれど、今回の帰路便GA339が1時間半ほどの遅れで済んだのはまあ幸いだったと言うべきか。

それでも、他社の(いつもはよく遅れる会社の)スラバヤ行きの便… CitilinkやLion-Wingsが今日に限ってドンドン定刻に出発していくのには若干イラっときましたが。

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