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2013年12月31日 (火)

今年もお世話になりました。

2013年も残すところ今日一日となってきました。

幸いにも今住んでいるアパートは、ケーブルTVでNHK衛星放送を見ることが出来るので、日本の紅白歌合戦をリアルタイムで見ることが出来ます。時差が2時間あるので、夜22時前には終わってしまうのですが。
どこの外地でもあることでしょうが、在留邦人のグループで夜誰かの家、あるいは日本料理屋さんに集まって、この紅白を見ながら飲み語るという集まりがここスラバヤでもあり、レストランのオーナーさんが場所を提供してくれるという話も2,3耳にしました。
折角なので、今晩はそんな中の一つに顔を出してこようかと思っています。
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一年の終わりということなので、夕暮れの特急列車を。「アルゴ・ウィリス」マディウンにて。

さて2013年、終わってみればあっという間でした。早かったですね。
このブログでも、200本弱の記事を書かせていただきましたが、新聞や報道情報をよく読むようになるにつれ、色々と書いておきたいネタを目にする機会も増え、投稿件数もそして閲覧下さる方の数も徐々に増えていったようです。
お蔭で、本来のブログの趣旨・・・私自身の生活雑記・備忘録というより、インドネシア鉄道情報ブログと見做して訪問してくださる方もいらっしゃるようで、それはそれでありがたいのですが、そうなってくると間違ったことも書けませんし、きちんと調べて書かなければならないなあ、と気が引き締まる思いです。

それでもこの一年間、それ以前からも含めて、このブログを通じて多くの方と知り合うことが出来、貴重な情報交換をさせていただくことが出来ました。ありがたい限りです。
1人で出来る情報収集は限られていますが、色々な方からの断片情報や、報道情報等を組み合わせるうちに、また新たなネタがみつかり、週末小旅行の目的が出来、そしてそれはまた新しい風物やネタに出会う機会となりました。

来たる2014年一年間、また色々な人と出会い、時間を見つけて旅に出掛け、色々なものを目にして、そして面白いものを書き綴っていきたいと考えています。
また、インドネシアに初めて来てから丸10年が経ったこともあり、一度キチンとこれまでダラダラと書き留めてきたネタを整理しておかなければなりませんし。

いずれにしましても、また来年一年間、宜しくお願いいたします。
皆様良いお年をお迎えください。
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夕暮れ繋がりということで、今はなき「Senja Sigosari」号の食堂・電源合造車。
Senja(夕暮れ)の(東ジャワの)シンゴサリ(王国)。今はエコノミAC「Majapahit」として運転されています。

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2013年12月30日 (月)

スラバヤ=マラン間 プナタラン・エクスプレス登場(旧聞)。

さてもうすぐ今年もおしまい。何か書き漏れていたことあったかな…

そうそう。一つ地元のお話でした。
先般11月のダイヤ修正(改正、というほどのものではない小規模の)で、西ジャワ州のボゴール=スカブミ間の路線が1年間の休止から再開され、一日3往復の新列車が走り始めたという話は先般書きましたが、同じ時期、11月1日からこちら東ジャワでも新しい列車が走り始めました。
新(再開)路線の開通ということではなく、これまでも普通に毎日列車が走っている区間なので当地インドネシア人鉄の皆さんの関心も薄かったようでそれは仕方がないのですが、取り敢えず。
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スラバヤ市内の複線区間、ンガゲル停留場を高速で通過する、スラバヤ行き「プナタラン・エクスプレス」。

今回運転を開始したのは、東ジャワ州の州都スラバヤのグブン駅と東ジャワ州南部の文教都市マランを結ぶ、「Penataran Ekspres」3往復。
マラン市は人口約80万人を擁する東ジャワ州第二の都市で、両都市間の流動は多い。
スラバヤからは南へおよそ90km、順調であれば途中までは高速道路やバイパスもあり2時間ほどで行ける距離なのだけれど、途中パンダアンから南へ下る所謂マラン街道は途中抜け道もないため週末は恐ろしく混雑し、3時間半以上かかることもしばしば。早く高速道路が伸びないものかと思っていたが、その気配はなさそう。
鉄道は若干遠回りではあるものの、マラン経由ブリタール行きのエコノミ列車「プナタラン」号が1日5往復結んでいるが、3時間強を要しており、なにより問題なのはこの列車、補助金対象のエコノミ列車のため料金が安く(Rp.4,000だったかな。バスの1/4~1/7程度)、当日朝には終列車まですぐに完売となってしまい、週末にこれに乗ろうと思って駅に行っても買えたためしがないこと。
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青色の派手なラッピングを纏った専用客車で運転されている。バティック柄も少し入ってるね。

以前この両都市間には「Malang Ekspres」と称する、全車2等ビスニス車による急行列車が毎日一往復しており、一度乗ってみた時はほぼ満席の乗車率でそれなりの需要はあるように思われたが、いつの間にか、なくなってしまっていた。
それが10月だったかの報道で、この「マラン・エクスプレス復活予定」の報があり、ホントかいな、と思っていたら、どうやらこの「プナタラン・エクスプレス」になったものらしい。
ちなみにこのプナタランという名称は、終点ブリタールの近くにある寺院遺跡の名前からとっており、マランまでだとちょっと足りない、那須塩原止まりの「あおば」みたいなもんだけれど、マラン方面行きの列車名として既に定着しているということで、まあよいのでしょうか。

そのプナタラン・エクスプレス、最近主流となってきた、家庭用ACを用いて冷房化改造したエコノミ客車に、派手な青色のラッピングを施した専用車両で運行され、スラバヤ・グブン発が07:10、12:25、17:45、マラン発が04:30、09:50、15:10の3往復、所要はいずれの列車も約2時間5分ほど(駅のステ看板では「2時間以下!」と宣伝)で、途中停車駅はスラバヤ・グブンから市街地のウォノクロモ、ワルに停車した後は途中シドアルジョのみ停車、そしてマラン手前のラワン、終点マランという急行運転。
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マラン=スラバヤ2時間以下! とは若干誇大広告気味か。

まだ試乗する機会はないのだけれど、ちょうど職場の昼休みにグブン駅に切符を買いに行ったり昼食に出る時間帯に、ちょっと遅れの11:55スラバヤ到着便や、12:25発のマラン行きを見かけることがあった。
料金は2万ルピアと、バスとほぼ同額、これまでの鉄道旅客と比べれば数倍の金額になるわけで、出発直前の時間帯にグブン駅の切符売り場で並んでいたら、「プナタラン・エクスプレスのお客さんいらっしゃいますかー? すぐ切符買って下さーい」って駅員が声をかけて回っていたので、出発直前でも空席があるらしい。
時刻表を見る限りマランベースの運行なので、マランからの戻りの最終の時刻が若干早い気もするけれど、同じ時間帯内では東に位置して夕暮れの早い東ジャワのこと、17時半でももう暗くなってるし、週末の帰宅にはよい時間かもしれないね。一度機会があれば使ってみようと思います。
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以前同区間を結んでいた「マラン・エクスプレス」。

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2013年12月29日 (日)

Xmas Ekspresで帰宅の途へ♪

ジョグジャからの帰りは特急6列車アルゴ・ウィリス号。バンドゥンから遠路遥々やってきた長距離便だ。バンドゥンからプリアンガン山地を抜ける単線の山岳路線を走ってきた列車なのだが、ジョグジャカルタ駅には定刻15:07分着のところを、10分ほどの遅れで到着したのは立派立派。

今日はクリスマスということもあって、各車両の前で乗客を出迎える客室乗務員兼車内販売のお姉さん達は、頭にトナカイの角をつけた「せんとくん」状態。カメラを向けると、照れながらもポーズをとってくれました。この列車はバンドゥン区持ちだったかな。
小洒落たものに経費支出できる気の利いた部署なのね。
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クリスマス仕様のお姉さんに出迎えられて、スラバヤに帰ります。

結構な乗り降りがあり、遅れをそのまま引っ張って15:26分頃に出発した後、車内販売に回ってきたときにはすでに取り外していました。残念(?)。

ソロまでの複線区間は遅れを取り戻す勢いで快走、その後も南本線一の優等列車ということもあって最優先でかっ飛ばしたのだけれど、上りの夜行列車が増えてきたジョンバンあたりから対向列車との待ち合わせで徐々に待たされるようになってきた。定刻に走っていれば当然こちらが優先になるのだけれど、遅れが拡大するにつれ、遅れていない対向列車が優先されるようになり、三度ほどの交換待ち。最後スラバヤ・グブン駅に到着したのは25分ほどの遅れになってしまった。

今晩は職場の同期が子連れでスラバヤに遊びに来ており、上司の家で飲むことになっており、待たせてしまっては申し訳ない。
それでも、古き時代のインドネシア鉄道をよく知っている上司は、「なんだ、案外まともに走るんだな。」とあっけらかんとした反応。確かにちょっと前までの長距離列車、1時間くらいは平気で遅れていたからなあ。。。
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複線区間を快走する特急「アルゴ・ウィリス」号。これは西行きですが。

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2013年12月28日 (土)

プルウォレジョ「駅」訪問。

中部ジャワ州、南本線上にあるクトアルジョ駅。ジャカルタやバンドゥンから何本かの急行・準急列車の終着駅となっているだけで、観光地の入口になっているわけでもない、地味な中規模駅だが、かつてこの駅から短い支線列車が運転されていた。
クトアルジョ=プルウォレジョ(Purworejo)間約12km。蘭印時代に建設され(ちょっと調べてみた限りでは、正確な開業年次不明。遅くとも1887年7月にはすでに運行されていたとの記述有り。)、乗客の他、地域産の農産品の搬出や軍事関係物資の輸送に使用されてきた。末期には、ディーゼル機関車に客車一両が引かれた一日往復の列車が「フィーダー」列車としてクトアルジョ=プルウォレジョ間を往復し、クトアルジョからのジャカルタ行き急行「Sawunggalih Utama」、準急「Kutojaya Utara」、バンドゥン行「Kutojaya Selatan」の各列車に接続していた。
残念ながら2010年11月頃を最後に列車の運行は停止され、現在に至っている。同年7月にジャカルタに赴任してきた当方としては、「間に合った」筈のこのローカル線に乗車できなかったのは今もって痛恨の極みである。
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小雨降るプルウォレジョ駅。白壁と木製の窓枠のコントラスト、古めかしい自体の駅名表示が美しい。

そのプルウォレジョ支線の終点プルウォレジョ駅、去年だったかの報道で、州政府が音頭をとって観光路線との運転再開を目指している、更にはプルウォレジョ駅の整備がなされているなどという記事を目にしてから、気になってはいた。
まあ新聞報道ってのは当地も日本も共通だが、何か打ち上げられた時には書いてくれるが、それらがその後どうなったかについてのフォローというのは殆どないので、まあ一度訪問の機会を伺っていたところだった。
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元の線路上に放置された貨車群。

ジョグジャカルタからの「Prameks」がクトアルジョに到着する直前、右側から合流してくる支線の線路上には、多数の無蓋貨車(無蓋といっても、当地の貨車は開閉式のトタンの蓋がついているので、正確には「無蓋」ではないんだけれど。箱形の「有蓋」貨車とは異なる、日本で言うところの無蓋貨車に似た貨車です。)が止められているのが見え、ひょっとしたら再開に向けたバラスト散布・保線工事でも始まったのかと期待が高まる。

クトアルジョ駅前からオジェックと交渉して出発。まずはその貨車が止められている場所を目指してみるが、幹線道路から外れて線路端に近づいてみると、残念ながら工事が行われているような気配はない。線路は雑草に埋もれつつあり、留置された貨車にはスプレーで落書きがされて蓋は開けっ放しでゴミが投げ込まれている。オジェックの兄ちゃん曰く、もう随分このままで、工事作業が行われたことはないという。なーんだ。ガッカリ。
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橋梁などは状態も問題ないように見える。まだ「廃線跡」ではない筈。

仕方ないのでそのまま線路沿いの道を辿りプルウォレジョに向かった。途中踏切、橋梁部分など、流石にホンの3年前まで列車が運行されていただけあって、少し整備すれば再開できそうな雰囲気ではあったけれど、どうだろうか。ここも中部ジャワの再開予定線区に含まれていそうなものだが。
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綺麗に修復された駅舎内には各種のパネル展示が。

さて小雨降る中到着したプルウォレジョ駅。
こちらは確かに報道どおり、すっかり綺麗に整備されていてびっくり。恐らくは現役時代よりも白い白壁の駅舎は、窓枠や扉、出札窓口なども美しい状態に維持されている。
ホーム上ではゴミ掃除をしている人まで。駅舎内の元の乗客待合室部分には、駅舎や路線、インドネシア鉄道史、この駅舎の修復作業などに関するパネル展示がなされている。
驚いたのはこの地域、蘭印時代に植民地だったアフリカの黄金海岸(現ガーナ)からの軍人部隊が駐屯しており、「黒オランダ」などと呼ばれていたとか。ひょっとしたらその時代からの混血の末裔がこの地域にはいるのかもしれないな。
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ホーム側もピカピカ。左隅で掃除をしているオジちゃんは元職員の管理人さん。

以前国鉄の職員としてこの駅で働いていたという管理人氏に話を伺ったが、2012年までは列車の発着がなくなったこの駅にも職員が常駐し、指定券の販売などを行っていたが、それも昨年で終了。現在は自分たちが管理し、公開に応じているという。この日も地元の高校生のグループが社会科見学に訪れ、盛んにパネル展示や駅ホームなどを写真に撮ったりメモをしたりしていた。

暫くお話を聞かせていただいた後、市内南西外れのターミナルからローカルバスでジョグジャへ戻りました。ちなみに、駅舎の整備はなされたものの、路線の観光路線化・再開計画はその後全く話は進まず。今般の中部ジャワ州13路線復活計画の話は、まだ何も聞いていないとのことでした。
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ヤード側から見るホームと駅舎。暑い日差しを遮るための、駅舎とホームが一体となった屋根は、蘭印時代からの小駅舎の標準スタイルの一つ。

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2013年12月27日 (金)

ソロ=ジョグジャ「Prameks」関係・最新情報 など。

明けて25日、クリスマスの公休日。色々書くことあって、バックデートですみません。
今日も早起きして市内ルンプヤンガン駅から06:50発「Prameks(プランバナン・エクスプレス)」207列車、クトアルジョ行きで出発。
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クトアルジョに到着、折り返しを待つPrameks用KRDE車両。

この電車改造のKRDE気動車を用い、ジョグジャカルタ=ソロ間を結んでフリークエントサービスを提供する快速列車、一時は日本車輌製KRD気動車も併用して一日10往復近くが走っていた。
しかしその後一部車両が脱線事故を起こして車両不足になったりもする一方、サービス向上(と増収)を目的に新たに導入されたAC付KRDE車両による「Sriwedari」号(現在4往復に加え、臨時扱い運行による「Sriwedari Tambahan(追加)3往復」、ソロの東・マディウンまで直通する新造KRDI-ACによる「Madiun Jaya」とをあわせ、現在では一日12往復となっていた(前回乗車時)。
メインは勿論ソロ=ジョグジャ間なのだけれど、ウチPrameks2往復がジョグジャから西のクトアルジョ迄足を延ばしており、今回はそれに加えて1往復、AC付のSriwedari Tambahanがクトアルジョに入るようになり、この区間も計3往復体制になっていた。
参考までに、ジョグジャからのクトアルジョ行きは06:50(Prameks 207)、15:50(Sriwedari 223)、17:35(Prameks 221)、クトアルジョからのジョグジャ経由ソロ行きは、09:40(Prameks 214)、17:30(Sriwedari 222)、19:00(Prameks 226)の合計3往復となっている。
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近郊列車ですが、立派な車内販売が乗り込んでました。

さて今回訪問で新たな情報として目に入ったのは2つほど。

まずはこちら、新列車「Sidomukti」の登場。
駅の宣伝ステ看板によると、ソロ=ジョグジャ間を2往復、料金は3万ルピアというので、PrameksのRp.1万、AC付SriwedariのRp.2万よりも大分高い。ひょっとして、と思ってカスタマーサービスの事務所を訪ねて聞いて見ると、この列車はAC付・二人掛けシートのKRDで運転、というので、これが件の、メダン空港ARS用に改造されて、結局使われなかった日本車輌製気動車の冷房化・二扉化改造車を使うのではないだろうか。
早速確認・試乗してみたかったのだけれど、この列車は現在日曜日のみの運行、公休日の25日も運転はなしということで、現認することは出来ませんでした。参考までに時刻は、ジョグジャカルタ発10:05、13:45、ソロ発08:30、12:00の2往復。
次にこちらを訪問される方、確認をお願いします。

※ 後日現地を訪問したところ、この列車は2等Bisnis客車による運転と確認されました。残念。
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「シドムクティ」号 登場。画像は機関車牽引列車になってますが。

もう一つは、この区間の旅客需要増に対応するため、長距離列車をこの区間に限り特定運賃で乗車できるようにしていること。一等エクセクティフの特急でもRp.5万、エコノミACの準急列車だとRp.3.5万と、近郊列車より若干高めには設定しているが、まあ許容範囲か。
この制度、去る10月22日から導入されているが、当然長距離客優先・事前販売はせず、当日2時間くらい前になって初めて、空席を開放するようなシステムの模様。我が国の長距離寝台列車の末端区間の所謂「ヒルネ」みたいな感じだけれど、増収と旅客の利便の二兎を追ってる、前向きな施策と評価してよいかな。
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ジョグジャ=ソロ間 特定運賃導入。ジャワ文字風のデザインで。

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2013年12月26日 (木)

プルウォクルトおまけ。ウォノソボ支線についても。

さて名物のソトアヤム(知りませんでした・・・)も食べるでもなくプルウォクルトまで来た目的のもう一つは、思いっきりドマイナーな話なので、一般の方(はそもそも見ていないと思うけれど)は読み飛ばしていただきましょう。

先述のとおり、ここプルウォクルトからは、東におよそ100kmほどの支線鉄道が延びていました。この路線には、更に途中に短い支線も分岐していました。
元を辿れば1896年7月、南海岸近くのマオスからSerajoedi Stoomtram Maatschappij(セラジェディ蒸気軌道)の手によってプルウォクルト東駅まで29km建設された鉄道が、その後同年12月に9km東のソカラジャ、そして1898年には更に46km東のバンジャネガラまで延伸されていきました。1900年には途中のバンジャルサリからプルバリンガまで7kmの支線を開業、1917年6月には本線が最終的にウォノソボに到達。
その後同鉄道は1917年にチレボン=クロヤ間を全通させた蘭印国鉄SS(Staats Spoorwegen)と共に1942年の日本軍政の開始に伴いジャワ陸輸局に統合、戦後インドネシア国鉄路線として運行されました。
SS路線と競合するマオス=プルウォクルト間は早期に廃線となったようですが、プルウォクルト=ウォノソボ間は、モータリゼーションが進む1970年代頃までは、旅客・貨物混合列車が蒸気機関車に引かれてノンビリと走っていたそうです。

http://www.banjoemas.com/2010/05/serajoedal-stoomtram-maatschappij.html
ウォノソボ支線の貴重な動画等、参考。こんな時代に行ってみたかった。

http://bantons.wordpress.com/2008/02/14/menyusuri-jalur-mati-rel-sepur-wonosobo-purwokerto/
ウォノソボ支線廃線跡の状況。

http://www.banjoemas.com/2009/05/menyusur-jalur-kereta-purwokerto.html
プルウォクルト東駅付近、数年前の状況。

数日前に書いた、中部ジャワ州内路線の復活・再活用にこの路線が含まれているかは判りませんが、その現状・・・ はネットで見る限り、また土に埋もれ、道路化され、或いは敷地上に家屋が建ち、1,2年でどうこうできるものではないようです。
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プルウォクルト東駅に到達していた線路跡。駅跡はトタンの塀で覆われて。
中を覗いてみると… 駅舎や荷扱い設備等はすべて取り壊されてしまっていました。
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他方でこの路線の旅客運行が停止された後、プルウォクルト寄りの1駅間、プルウォクルト・ティムール(東)迄の間は、1980年代後半まで貨物線として現役で、肥料を積んだ有蓋車を連ねた貨物列車が日々乗り入れてきて、この駅でトラックに積み替えられて近隣の農村地帯に運ばれていっていたのだそう。
そのプルウォクルト・ティムール駅、暫く前にネットで見た写真情報では、駅舎も構内のヤードも、停められた貨車もそのままで、一部は浮浪者の住まいになっている、なんて話が書いてあったので、ちょっとこれを見てみることにして、駅からオジェックを走らせてみました。

ところが、列車が走っていた時代を覚えているという老運転手のバイクでその駅跡に着いてみると、どうしたことか、敷地は全体が高いトタンの塀で覆われて中を覗くことは難しい状況。下りて歩きながら一回りしてみましたが、恐ろしくキッチリと塀が作られてしまっており、カメラのレンズを入れて中の写真を撮るどころか、全体像を確認する事も困難。
それでも脇を走る道の欄干に登って中を覗いてみると・・・ ありゃりゃ。貨車はおろか、駅の建物なども殆ど全部取り壊されてしまっていました。

まさかこの駅を再建して再度列車を走らせるための準備・・・ ではないだろうな。
例によって国鉄PT.KAI「Tanah Milik」の看板が建てられているので、土地の所有は国鉄のまま。ショッピングセンターでも建てるのですかね。
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プルウォクルトを出発して山越え区間に挑む、新型CC206牽引、ジャカルタ行き特急「タクサカ」号

というわけで、残念ながら今日は二件ともハズレでした。
アンコッで駅近くまで戻り、線路端で少し時間つぶしをしてから、午後の「アルゴ・ドゥイパンガ」でジョグジャカルタに戻り、昨日と同じ「グランド・チョクロ」ホテル泊。

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2013年12月25日 (水)

プルウォクルト機関区訪問。

さて火曜日の続きのプルウォクルト。先般プルウォクルト=スマラン間に新列車という話を書きましたが、本ブログでも恐らく登場したのは初めてではないでしょうか。
よくジャカルタ=バンドゥン区間にある「プルワカルタ」と混同されますが、恐らく語源は一緒。日本人観光客はおろか、在留邦人の方でもこの街を訪れたことがある人は非常に少ないと思われます。
かつてはディエン高原の入口となるウォノソボまで104kmほどのローカル線が延びており、蒸気機関車が牽引する混合列車が運転されていたのですが、1970年代に運転が休止されてもう随分たちます。
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機関区(右)を掠めて出発する、パサールスネン行エコノミAC編成「ボゴウォント」号。

ジャカルタ側から来ると、北本線のチレボンから分岐してジャワ島の背骨を貫く山脈の峠を越えて南海岸側に抜けてきたところで、恐らく当時はこの山越え区間で使われていた補機の切り離し・連結や給水・給炭等を行う、運転上の主要拠点だったのでしょう。
そのような事情もあり、ここにはDAOP5こと第五鉄道管理局が置かれ、駅の北側には今でも機関区が設置されています。

今回この街を訪れた目的の一つがこのプルウォクルト機関区を訪問することでした。
当国唯一の鉄道雑誌「Majalah KA」を発行する出版社の別の書籍によると、この機関区には最早全国でもここ一カ所だけとなってしまったBB201型という古いディーゼル機関車が入替作業に現役で従事しているというのを見てみたかったから。
が、機関庫の事務所を訪問して話を伺うに、残念ながら件のBB201型機は既に当地での運用を終了し、ジョグジャカルタのバライヤサに回送されてしまったとのこと。
恐らくはあの大量の休車・廃車の中に埋もれて、いつか朽ちていってしまうのだろうな・・・
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機関区遠景。現在は使われていない信号所の向こうには、「スラユ」号編成。

そんなわけで目的は達成できませんでしたが、
折角なので隣接していながらキチンと二つに分けられた機関区・客車区を見学させて貰い、一回り。
とはいえ、新塗装のCC201やCC206など、ごく一般的な車両が並んで整備を受けているだけで特段目新しいものはなく、趣味的にはまあ今ひとつでした。

ちなみにここプルウォクルトと、南本線上のクロヤ駅との間では、クロヤから南本線バンドゥン経由でジャカルタとを結ぶ、三等エコノミの準急「スラユ」号に接続する形で、接続列車「フィーダー・スラユ」号が運転されています。客車区に止められていた編成は「スラユ」号そのままで、“フィーダー”とはいっても、スラユ号の編成が列車番号と列車名を変えただけで、そのまま走っているようです。以前ウォノギリ支線で本線の三等準急の到着を受け、DLが貨車1両と客車1両だけを繋いで走っていたホントの接続列車、「フィーダー・ロガワ(だったかな・・・?)」とは違うのですね。
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機関区(左)と客車区(右)。一応きちんと分けられていますが、取り立てて興味をひくものは、なし…

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2013年12月24日 (火)

夜明けのビスニス急行「ファジャール・ウタマ・ジョグジャ」号の旅。

さて未明からの雨も上がり、今日は早起き。
ジョグジャカルタ07:15発のジャカルタ・パサールスネン行き急行97列車「Fajar Utama Yogyakarata」で出発。

この列車、ジャカルタとスマラン、ソロ、ジョグジャといったジャワ島中部の都市とを結ぶ一連の急行列車グループの一つで、「Fajar(夜明け)」とのネーミング、始発駅を早朝に出発する列車に名付けられており、他に夕方に出発する急行列車では「Senja  ・・・(夕暮れ)」というネーミングのものもある。
いずれも全車二等ビスニス車両によるモノクラス運行。それでも見る限り、こういった幹線の二等列車もほぼ全て家庭用エアコンを用いた冷房化が完了しつつあるようで、今日の編成も全車両が冷改車だった。
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プルウォクルトを発車し、山越え区間に挑む、上り「ファジャール・ウタマ・ジョグジャ」号。

車両はいずれも車齢が古く、1970~80年代製の客車を連ねている。既に何度か書いているとおり、国鉄PT.KAIはこの二等ビスニス車を近い将来は全廃、リクライニングシートの一等エクセクティフ車とボックスシートの三等エコノミ(AC)車両に統合する方針の模様。そのため二等ビスニス車両の新製はもう随分長い間行われていないようで、逆に一等車や荷物車(中には特殊車両への改造も含む)への改造が各地のバライヤサで進められている。
そうなってくると、二等車の旅が味わえるのも残り数年というところか。今後も乗車機会を見つけていきたいですね。
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家庭用エアコンにより冷房化された、Bisnis-AC車内。

さて7割方の座席が埋まった状態でジョグジャカルタを出発した列車は、日本政府の円借款で複線化工事が完成している区間を快走、一路西へ。
64km先のクトアルジョまでは既に工事が完了しており、ここまでの区間は路盤のバラストも厚く、明らかに線路の規格が高い。ロングレール化もなされており、高速化に対応してカーブ部分のカントの角度も大きい。
一方、クトアルジョから西の、工事を控えた単線部分に入ると、乗り心地もスピードもガクンと落ちる。まだこの朝早い時間帯にジョグジャ方面へ向かう列車は多くないため、この列車は交換待ちで足止めされるようなことは殆どないが、時間帯によっては殆ど各駅毎に対向列車と交換しなければならないような状況もある。この先チレボンまでの区間も随時複線化に向けた作業が進められているところ、早期の完成・供用を期待したい。
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円借款で複線化された区間を走る、ジャカルタ経由メラク行き「クラカタウ」号。

列車はバンドゥン方面への南本線を分岐するクロヤをゆっくりと通過。このような運行上の主要駅は以前は殆ど全ての列車が停車していたが、最近はここクロヤや、東ジャワ州・ブリタール方面への分岐駅のクルトソノといった駅は主要列車は悉く通過するようになってきた。日本でいったら・・・ そうね、肥前山口とか、塩尻とか、岩沼とか、多度津とか、そういった駅をイメージしていただければいいだろうか。

北へ方向を変え、雨季ということもあって豊かな水をたたえた稲田や沼地の間を抜けてゆっくりと高度を上げる。
列車名にもなっている、撮影ポイントのスラユ川橋梁を渡り、トンネルを二つ越えると程なく今日の目的地プルウォクルト。ジョグジャカルタからおよそ2時間半ほど、定刻に到着しました。

長くなるので、続きます。

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2013年12月23日 (月)

仕事帰りに夜行列車に飛び乗る幸せ・・・

当地は基本的にイスラム国なのだけれど、少数派のクリスチャンや仏教徒に配慮してか、それぞれの宗教に関する祭日も公休日とされており、今週25日もクリスマス休日になっています。で、先日も書いたとおり今後暫く1ヶ月ほど国内でお出掛けすることが難しい事情もあり、有給を一日くっつけて、ちょっとお出掛けしてくることにしました。
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スラバヤ・グブン駅で出発を待つジャカルタ行き特急「ビマ」号。バティック食堂車。


お仕事は定時にはちょっと終わらなかったけれど、それでも17時半過ぎに切り上げ・・・って事務所から10分、スラバヤ・グブン駅に向かうと18:15発の南回りのジャカルタ行き特急33列車「ビマ」号は既に入線していました。指定席券に記された4号車へ向かうと、隣の食堂車は所謂“バティック客車”で、この列車は夜行列車に相応しく青色ベースのデザインなのだけれど何故か一番目立つ大きな模様はどう見ても雪の結晶・・・ に見えませんか。
この赤道直下の南国ジャワ島で雪もあったもんじゃないけれど、夜行列車には北の雪国へ向かうイメージがついて回る・・・ わけはないな。どこの地方のデザインをモティーフにしているのでしょうか。
因みにこのジャカルタ=スラバヤ間を結んで1967年に運転開始された、50年近い歴史を持つ、伝統の特急「ビマ」号ですが、その愛称名の由来は、ヌサトゥンガラ列島スンバワ島のビマ市ではなく(そうであれば、鹿児島行きの特急「なは(那覇)」みたいで面白いのですが)「Biru Malam(夜の青)」、或いは「Bima Sakti(天の川)」からとったといわれています。どちらにしてもこのバティック客車のイメージには合ってますね。
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現在は残念ながら、全車座席車。快適な座席だけど、寝台が欲しいなあ。


因みに以前は冷房付きの寝台車(一等寝台・二等寝台があったようです。寝台車の写真。)も連結して運転されており、1980年代に鉄道紀行作家の宮脇俊三氏は日食観測ツアーに参加してジョグジャカルタを訪れ、夜中に駅を訪問して寝台車を連結していた時代の「ビマ」号を眺めていました。(著書「椰子が笑う 汽車は行く」参照。)その後程なく寝台車の連結はなくなり、寝台車は一般の座席車に改造されてしまった。「アルゴ」以前の旧型一等エクセクティフ客車(地元鉄道ファンからは「Satwa」と呼ばれる。)の中には元寝台車だった車両も現存しているそうです。当時の写真と見比べてみると、窓割りや冷房装置の形態など明らかにそれらしき車両を見かけたこともあるのですが、残念ながらその素性を辿る手段を持ち合わせていません。いつかそういった資料に出会えるとよいのだけれど。
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この車内販売弁当は、あんまりムードないなあ。

ともあれ、ほぼ満席で定刻に発車した「ビマ」号。取り敢えず程なく廻ってきた車内販売に夕食を頼むと、陶製の皿ではなく、プラスティックの弁当箱に入ったものを手渡された。これも次第に合理化が進みつつあるのだろう。
夜行列車ということで、殆どが朝まで乗車する長距離客かと思いきや、途中のマディウン、ソロ、そしてジョグジャと数名ずつの降車客があり、昼行特急の遅い便(更に最終として、スラバヤ19:00発のバンドゥン行き37列車「トゥランガ」がある。)として利用されているようだ。末期の高崎線の急行「能登」や北陸・信越線「きたぐに」みたいな感じだろうか。
こういった乗客に配慮してか、暫く前までインドネシアの長距離列車は、終点まで乗っても近距離でも殆ど料金に差がなく、近距離の場合割高感が強かったが、この日の「ビマ」号の場合、終点ジャカルタまでは45万ルピア、ジョグジャまでだと21万ルピアとなっており、そのあたりは次第に考慮されつつあるようだ。

代わりに新規に乗車してくる客、こちらは飛行場のないジョンバン、マディウン或いは既に最終便フライトの出てしまったソロ、ジョグジャあたりからジャカルタ方面に向かう客も拾いながら、列車は南本線を快走ジョグジャカルタには23時前、3分ほどの遅れで到着した。
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夜11時のジョグジャカルタ・トゥグ駅に到着。


今日は途中駅での下車だったのでまあ座席で十分だが、一晩通しで載るのであれば、やっぱり寝台車が欲しいところ。
最近、二等ビスニス車両を改造して、寝台車を製造しているという噂も伝わってきている。
寝台車が連結されるとすれば、この「ビマ」号なんて、候補列車の筆頭。こういう話は是非実現を期待したいところです。
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おまけ。食堂車の従業員用寝室は、4人用寝台個室。一般客用にも欲しいな。

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2013年12月21日 (土)

鉄道復活計画について(関連情報)。

一昨日の記事に中部ジャワ州鉄道復活計画の話を書いたら、いつもお世話になっているジャカルタのパクアン急行さんが、こんな関連記事がありますよ、と国鉄PT.KAIの広報紙「Kontak」を送ってくれたので、紹介してみます。
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「Reaktivasi Jalur Kereta Api(鉄道路線の再活性化)」と題する記事です。

オランダ時代に敷設が開始されたインドネシアの鉄道は、1939年には総延長6,811kmに達していたが、2012年現在運行可能なのは営業中路線3,861.5km、休止中路線268.9kmの総計4,130.4kmに過ぎない。うん、これは内訳が欲しいな。
しかし幹線道路の混雑は酷く、専門家や政府は、人や物の新たな「骨」としての鉄道の再活性化を考えるようになってきている。

他方で、観光鉄道としての休止路線の再稼働も検討されており、運輸省鉄道総局長によれば、その第一弾として第四鉄道管理局(スマラン)傘下のクドゥンジャティ=トゥンタン路線の2015年の再開を目指し、明年は用地確保(不法占拠建物の撤去等)のために5,000億ルピア(約50億円)を確保し、作業は詳細技術設計まで至っているという。
そのほかの観光路線としては、西ジャワ州南東部のバンジャール=パンガンダラン間路線、バンドゥン=チウィデゥイ間路線が挙げられている。前者は、高い鉄橋や長大トンネルが続く風光明媚な路線で、ここに列車が走ったらさぞかし雄大な風景を望むことが出来るだろうな、と期待されます。(廃線跡を巡った地元のグループの方のサイト鉄橋が見事、個人の方も。位置関係は、昨日の記事の地図を御参照のこと。)

渋滞による物流阻害問題に対する代替手段としての鉄道再活性化については、先般11月9日に運行再開されたボゴール=スカブミ間と、間もなく来年1月にも再開されるスカブミ=チアンジュール路線がその最初のものとして挙げられるが、これは実はユドヨノ大統領の直々の指示によるものだそう。

更に次の再開計画路線としては、東ジャワ州プロボリンゴ市のTanjung Tembaga港とジャティロト(Jatiroto)とを結ぶ路線で、これは石炭輸送を目的としており、来る2014年にも再開の予定とのこと。これは全く知らなかったのだけれど、ジャティロトというのは、東ジャワ州南東部、ジュンブルの西、ルマジャン県にある街で、スラバヤ=プロボリンゴ=ジュンブル=バニュワンギとを結ぶ線路上にある(趣味的には、以前は蒸機を使っていた製糖工場もある。)のだけれど、こんなところに炭鉱なんかあったっけ? 逆にプロボリンゴ港から陸揚げした石炭をジャティロトに運び込む? 何に使うんだろう。発電所とかか。 Google Earthで見る限り、特段そんな施設は見当たらないのだけれど… 
まあここはプロボリンゴ=ジャティロトは既存線があるので、新設される鉄道というのは、プロボリンゴ市内の本線とタンジュン・トゥンバガ港を結ぶ貨物線だけかな。
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クドゥンジャティ付近の休止線現状。これを再開させるのは難儀でしょうねえ。

さてこれに関し国鉄PT.KAIのイグナシウス・ヨナン社長は以前、トゥンタン=アンバラワ、バンドゥン=スカブミ、チアンジュール=スカブミ、ジョグジャ=スマラン間といった路線は十分ポテンシャルがある路線であり、既に再開について三回も申し入れたにもかかわらず、運輸省からは前向きな回答を得ていないと述べたという。そして、国鉄は政府の施策には従うが、休止中路線の再開の可能性を含め、人や物の輸送力については常に検討している、但しかかる作業は国鉄だけで出来るものではなく政府運輸省の支援は必須であると。

へえ、この方、銀行経営から国鉄に転身してきて、合理化や途上国的曖昧さの排除を強行してかなりのヒッチを巻き起こしてきている人だけれど、鉄道の拡張には積極的なのね。
あ、まあ、儲かるから、という分析の上でのことか。

記事は、政府が鉄道路線を新設・再開する等により、鉄道が国内の輸送の背骨としての座を占めるようになることを希望します、と広報誌らしく纏められていました。

まあ取り立てて目新しい話はありませんが、これまで耳にしたことのある話が、それを目指す方向性はあるというのが国鉄側の資料で確認できたという事でしょうか。
個人的には、バンジャール=パンガンダラン間路線が再開され、是非乗ってみたいと思います。

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2013年12月20日 (金)

スマラン=テガル=プルウォクルト間、新ルート開業間近!

昨19日付の当地全国紙「KOMPAS」によれば、
18日、中部ジャワ州北岸のスマランと同州南西部のプルウォクルトを結ぶ列車の試運転が行われたとのこと。

この列車は、現在旅客列車が運行されておらず、貨物専用線となっている、北本線のテガル(Tegal)から南下、スラウィ(Slawi)を経てチレボンからジョグジャ方面へとジャワ島の南北を横断する路線のプルプック(Prupuk)へと至る39km程の路線を経由するルートで運行されるということで、暫く前にそのような列車の運行が検討されているという話を耳にしてから、気になっていたもの。
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旅客営業再開予定区間、スラウィ駅を通過する石油貨物列車。

この貨物線、現在は一日数往復、政府系石油会社プルタミナの油槽列車が走っているだけなのだが、元々は1885年にスマラン=チレボン蒸気軌道会社が一部を開通させた歴史あるルート。当時は当然旅客営業もしていたのだろうけれど、いつからか近年まで貨物線となってしまっていた模様。その後一時期テガル=スラウィ間の旅客営業が行われ、スマラン=テガル間の「カリグン」号KRD列車が一日二往復スラウィ迄延長運転されていた時期もあったが、2011年夏頃に運転休止となってしまい、乗り損ねて悔しい思いをしていた路線でもある。
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試運転の実施を伝える新聞記事。(下のMRTスラバヤってのも気になりますが)

プルウォクルトはDaop V(第5鉄道管理局)が置かれる鉄道の街で、以前はここから東のディエン高原の入口の街ウォノソボ迄の支線も分岐していた(70年代に廃線となった模様・・・ いや、これも廃止ではなく、単に列車の運行がなくなった、休止線なんだな、きっと。)。この街は殆どの特急列車も停車する、約25万の人口を擁する地域の中心都市なのだが、州都スマランに出るには鉄道だとチレボンで乗り換えなければならず、南回りだとジョグジャカルタ・ソロ経由となって全く現実的ではないためクルマで6~8時間をかけて行くしかない状況だった。

そんなわけで、それなりの流動も確保できるのではないかとの期待の下、今回この貨物線を活用して旅客列車を運行するための試運転列車が走ったのだけれど、新聞記事によると、国鉄PT.KAI本社、第5鉄道管理局、第4鉄道管理局(スマラン)に加え、レールファンのグループら約60人が乗車した。って、試運転列車に地元の鉄っちゃんを乗せちゃうか。
このあたりの感覚は全く理解できないが、知ってたら有給とって乗りに行きたいと思ったのは間違いないだろうな。

なお営業列車は"遅くとも"明年1月10日までに運転開始される予定とのこと。
運行時刻(予定)として、プルウォクルトを朝5時発、スマラン着は10時頃。折り返しがプルウォクルトに戻ってくるのは夕方16時頃と書かれている。一日一往復だけか。プルウォクルト朝5時発に乗るには、夜行で着くしかないか。スマラン発に乗ってプルウォクルトに夕方16時だったら、まだジョグジャあたりまでは辿り着けるかな。
いずれにしても、運転開始されたら早速乗りに来なければいけないな…。困った困った♪
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位置関係はこんな感じです。わかりやすいでしょ?

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2013年12月19日 (木)

中部ジャワ州 鉄道復活計画!

今日付の当地邦字紙「じゃかるた新聞」によれば、
中部ジャワ州政府は去る16日、州内の休止中の13鉄道路線を2014年から5年間かけて順次再開する計画で、年内にも国鉄PT.KAIと運輸省との間で覚書を締結するとのこと。
本記事の出典元記事が書かれていないので詳細を確認できていないのですが(じゃか新のスクープってことはないでしょうから)、州内の鉄道総延長1,130kmのうち、現在運行されているのは484kmのみ、25年以上放置されている区間もあり、線路上には違法住居が建設されている…と書かれています。
つまり、国鉄PT.KAIの路線図に記載されているけれど列車の運行はなされておらず、もう廃線かと思っていた鉄道路線は、その殆どはやはり「廃線」ではなく、「休止中」だったわけですね。
いやあ、あの埋もれかかった線路を掘り出し、橋を架けなおし、線路上に勝手に建てられた建物を実質的な既得権を主張する占拠者を追い出して復活させるのは、とても大変、スムーズにいくとは思えず、更に苦労して復活させたとしても、この自動車・バイク社会の今、どれだけの鉄道利用者がいて、採算がとれるのかどうか。
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第一次復活予定区間のトゥンタン駅。現在はアンバラワ鉄道博物館の動態保存蒸機列車がやってくるため、比較的綺麗に整備されています。

記事には13路線がどこを指すのか、全部で何kmになるのか書かれていないので、復活対象路線がどこだかは、その「覚書」の締結・公表を待ちたいと思いますが、最初の復活区間として書かれているのは、スマラン県トゥンタン~グロボガン県クドゥンジャティの31km間だそうですから、アンバラワの鉄道博物館の動態保存列車を走らせるために復活させようとしている区間ですね。
この区間の復活計画は以前から聞いていました。クドゥンジャティ付近の廃線(じゃなかった訳ですが)跡も少し歩いたことがありますが、上には沢山の建物が建てられていました。
計画打ち上げるだけ打ち上げて、実現するとはとても思えませんが、一区間でも二区間でも再運転されれば面白いですね。期待だけしておきましょうか。

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第一期復活予定区間と中部ジャワ州の鉄道路線図(廃線・休止線を含む)。
さて、どこがホントに復活されるんでしょうね…

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2013年12月18日 (水)

切符のデザイン、変わるみたいです。

間もなく当地スラバヤの事務所も年末年始の休暇に入るのですが、来週末~年末までと、正月休み明けに2週間ほどは上司が休暇をとるということで、当方はスラバヤでお留守番になってしまう予定。
なので、ちょっと今のうちに一カ所くらい、と思い立ち、どうせ有給も消化しきれず余ってしまっているので(我が社には休暇の買い取り制度はない)、クリスマス25日の公休日を絡めてちょっとお出掛けしてくることにしました。

で、今日。仕事が終わってから近くのスラバヤ・グブン駅に行って切符を買ってみたところ、
驚きました。つい数日前に別の切符を買った時は全然そんな気配はなかったのに、いきなり長距離列車の乗車券の体裁が一変していました。
デザインを言葉で説明するのはなかなか難しいのですが、一言で言ってしまうと、なんだか安っぽい文字情報の羅列になってしまったというところでしょうか。
これまでは、券面上に枠で囲われた表のような体裁の中に、列車番号や時刻、座席番号、運賃額等が記載されていたのですが、今回導入された新しいデザインでは、書かれている情報内容自体はそれほど変わらないものの、単に順番に箇条書きされているだけ。
近代的なデザインだといいたいのかもしれないけれど、なんだか益々蒐集欲が掻き立てられない感じになっちゃってます。
今後全部このデザインに移行していくのでしょうか。もうちょっとデザインしてみてもよかったんじゃないかなぁ…
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新デザインの長距離列車乗車券。えー!っていう感じの味気ない第一印象。
ちなみにこれまでのデザインは、こんな感じ。地紋のデザインも変わりましたね。
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赤いバージョンもありました。使い分けの基準は不明。

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2013年12月16日 (月)

ジャカルタ環状線高架化計画のお話。

些か旧聞に属する話なのだけれど、数日前の新聞(確か、全国紙「KOMPAS」だったかな)にJABODETABEK電鉄環状線の高架化計画の進展の話の記事が載っていたので、これについてちょっと書いておきます。
これは初めて気付いたのはタンゲラン線の空港連絡鉄道化の案件が、環状線高架化との関係でストップしているという話を耳にした時なのだけれど、勿論それ以前から、深刻化するジャカルタ市内の交通渋滞緩和策の一つとして何度か持ち上がっていた話なのだと思います。
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東線の高架化予定区間を行く、架線下DL牽引の中距離ローカル列車。

その数日前の報道によれば、総工費9兆ルピアを投じ、環状線東部区間のポンドク・ジャティ~カンプンバンダン間11.2kmの高架化工事が来たる2014年にも起工、2015年中にも完工を目指すとのこと。
更には残る西部区間、マンガライ~カンプンバンダン間についても2018年迄の完成を目指して今後工事を行う予定なのだそう。
はて、マンガライからタナアバンへの川沿いの区間は、スディルマンやラスナサイドへ向かう高架道路の下をくぐる部分があるけど、あそこはどうするのだろう。更に上に行くのかな、下北沢(井の頭線の下をくぐる小田急線は、更に上に高架線を作るのではなく、地下化を選んだ)みたいに地下化するとは思えないけれど、上ったり下りたりを繰り返すのかな。
先に高架化工事を行うとされる東側区間も、考えてみればマトラマンのJl.プラムカと、パサールスネン駅南側のJl.スプラプトと、、クマヨランに向かうJl.アンカサの大通りは既に立体交差化が完了しており、ここに再投資するのは勿体ない。
せいぜい必要なのは、グヌンサハリからマンガドゥア付近にかけてくらいだろうか。
あの辺はいつも渋滞してるから、確かに立体交差化できればいいですね。でも後者については、カンプンバンダンでタンジュンプリオク方面への高架線をくぐった環状線を、一気にJl.マンガドゥア大通りまでの短い距離の間に高架まで持ち上げられるかな。相当な急勾配になりそう。

下町の裏道を走るような現在の環状線沿線の光景は趣があってなかなか良いのですが、ジャカルタ市内の渋滞対策は喫緊の課題です。
趣味的には味気なく見える高架路線であっても、例えば中央線が70年代に円借款で適時に高架化されていなければ市内中心部の渋滞は手のつけられないような状況になっていた虞があるわけで、他方で近代的な都市交通機関を目指したい国鉄幹部としても、是非進めたいプロジェクトなのでしょう。
先般のスルポン線の踏切におけるタンクローリーとの衝突事故直後でもあり、国鉄・ジャカルタ特別州政府とも、踏切の解消・高架化に向けた機運が高まっている、今でしょ(今更。一度くらいは使ってみたかった 笑)。Kemayoranfumikiri2
東線クマヨラン駅脇の踏切。本数の増加に伴い、踏切閉鎖の時間が増え、無理な横断も増えているようです。

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2013年12月13日 (金)

ハリム空港、商用開港近し?

近年の急速な運行回数の増加により、既にキャパシティ超過になりつつあるジャカルタの空の玄関口・スカルノ=ハッタ国際空港、混雑する時間帯には離陸待ちで30分なんてのはしょっちゅうだし、最近では国営ガルーダですら結構な遅れ続き。それでも各便殆ど満席という状況にあり、そろそろ幹線は機材の大型化が必要な時期かと思われる。
そんな状況でもあり、先般決定された、市内南東にある旧国際空港であるハリム空港の民間開放、今日の当地全国紙KOMPASには、来年1月10日運行開始、なる写真記事が載っていた。
すでに乗り入れ会社も決まったとの報道もあり、程なくなんだろうとは思ってたけど、1月10日って、もう一ヶ月切ってるじゃん。そんなに早くいけるもんかいな。

このハリム空港、今回新たに民間に開放、とはいえ、実は先般利用したSusi Air等、既に少数の民間商用便やプリタエアーのようなチャーター便は発着している。
が、B737クラスのジェット機が乗り入れるとなると、十分な数のチェックイン施設や荷物取り扱い機器、待合室やランプバス、給油施設や運行関係施設などを整備しなくちゃならないわけで、そんな一朝一夕に出来るものとも思えない。
実際、乗り入れ予定各社のサイトを見て、1月10日以降のフライトを検索してみても、画面に示されるのはスカルノ=ハッタ発着便のみだ。
まあ当地の事だから、スカルノ=ハッタで販売しておいて、直前になってSMSで「ハリムに変更、御注意を」なんてサラッと流して来るなんてことも有り得そうだけれど。

まあ、空港ー市内間の渋滞も時折深刻なスカルノ=ハッタに比べ、より近いハリムであれば、アクセスも多少の改善を期待していいだろうか。
取り敢えず本当に飛び出したら、一回試してみることは間違いないが。
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本文では、1月10日国内線空港化を控えるハリム空港と書かれていますが、写真に写ってるのはストア機かビジネスジェットのような機体ばかりに見えます。

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2013年12月12日 (木)

来年度予算だそうです。

今朝の全国紙「KOMPAS」には、明2014年度の政府予算案が掲載されていました。仕事として、目を通さなきゃいけませんね 笑

やっぱり目がいってしまうのはこの「地下鉄」みたいなマークですね 笑。但し項目としては「経済発展のためのインフラ開発」となっており、別に地下鉄だけについての予算が書かれているわけではありません。
また予算というのも、冒頭「公共事業省84.1兆ルピア、運輸省40.4庁ルピア」とは書かれていますが、所謂政策経費だけではなくて、行政経費も含まれているのでしょうから、この金額がすべてインフラ投資に向けられるわけではないという前提ではありますが、まあ見てみましょう。
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地下鉄マーク、いいですねえ。思わず記事を読みたくなっちゃいますねえ 笑

道路:3,854km は、まあいい。本Blog購読者層の関心対象外だろう。
鉄道では、98.1kmの建設。お!っと思ったけど「複線化分を含む」とあるから、純粋新線分はあるのかどうか。空港新線とか。
それから、66両の機関車、気動車(KRD)、電車及びレールバス。最後の一言は気になるな。失敗続き、一両もまともに走り続けていないレールバス、まだやるか。
66両ってのも、機関車だけにかかるのか、KRD、電車なども含めて66両なのか。電車や気動車は中古のものも含むのか。詰めて欲しいですね、趣味的には。

それから、新空港20か所、ってホントかよ。どこにそんだけ新しく作るつもりか。
120か所の既存の空港のリハビリ、ってのもあるけど、国内にそんなにたくさんの空港があるのね。商用定期便が飛んでる空港は恐らくその半分くらいなのかもしれないけれど。

そんなわけで、流石に予算書の本物を入手して詳細を詰めるべく読み込んでみる気も余裕もないんだけれど、民営企業である国鉄PT.KAIに、政府予算で車両が購入されるというのも外国人にはなんとも解りにくいものがあります。まあ、また来年もどんな新車両が導入されるのか、楽しみにしときましょう。

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2013年12月11日 (水)

バライヤサ・スラバヤ・グブン訪問。

シドトポのデポから、次はグブン駅の北東側に広がる、バライヤサ・スラバヤ・グブンに移動。
到着してみると、バライヤサの責任者氏自らが出迎え、会議室に案内された。室内にはこのバライヤサの課長・副課長級が十数名ズラリと勢揃い。いや、こちらはちょっと見学させて貰えればよかったのですが、こんな大仰に準備して出迎えられるとちょっと恐縮してしまいました。
で、パワーポイントでの説明が始まり、曰く、10万㎡の土地に設けられたこのバライヤサ、スラバヤ・グブン、従業員は267名、ジョグジャの同じバライヤサと分担し、ジャワ島の約1/3の車両の整備補修を行っているが、基本的に客車と貨車が専門、機関車と気動車はジョグジャや他の担当なのだそう。
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大型トラバーサーが動き回る、バライヤサの構内。改造工事を受ける二等ビスニス車が多数見える。 ん?なんか一台気になる小さいのが見えるぞ。

一通りの説明ののち、構内の見学に移ると、大型トラバーサーを備えた補修庫内では重点検整備に加え、車両の改造が随分多く行われている趣きだった。
中でも、近い将来全廃の方向性が打ち出されている二等Bisnis車を側板から取り替えて一等Eksekutif小窓車に、あるいは荷物・電源車に改造したりという光景が何カ所か。
後は一行の関心事項、補修部品がきちんと整理・管理されて保管されているところや、今後のプロジェクトに必要な、メンテナンス能力等を視察。
最後は補修点検をほぼ終えて出てきた電源車が、雨漏り点検の施設に小型のロコに押されて出ていくのを眺めておしまい。
出張者の皆様も、見学・情報収集結果には十分満足されたようで何よりでした。

こちらといえば、今日一日はちょっとお仕事とは言い難いですな。上司には有給扱いの申し出をしているので、まあいいのですが。
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気になる小型機の正体はこちら。「Joko Tole」号と名付けられた、ロッド式の小型機。

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2013年12月10日 (火)

シドトポ・デポ訪問。

在外で勤務していると、日系企業支援の一環として東京から来る他社のお客様を案内することが時折あるのだけれど、もう、昨日のことですね。月曜日は久々に力が入りました。
今回お越しになったのは既に面識のある某メーカーさんと某商社さん。行先はスラバヤからジョグジャ、バンドゥン、ジャカルタと各地の鉄道関係施設を視察していくというまことに羨ましい御行程。
当地スラバヤではシドトポ(Sidotopo)のデポと、グブンのバライヤサを視察するというので、事前に第8鉄道管理局(DAOP8)を通じてアポ取りし、張り切って昼前にシドトポのデポへ向かった。
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綺麗に整理されたデポのメンテナンス区域。最新のCC206とスマトラから帰ってきたCC201赤罐機が並んで整備中。

こちら、このスラバヤ近辺の気動車とディーゼル機関車の日々の管理を担当している部署ということで、出張者の方と一緒になって状況をお伺いするに、DL牽引の客車列車の運用、DLのメンテについては、それなりのスペアパーツ購入にかかる予算措置は行われており、特段問題はないようなのだけれど、

問題はDMU(気動車)の方。
現在、スラバヤ=モジョクルト間のKRDEアレック・スロクルト編成は、ポロン方面へのコミューター・スシに車両を取られて無期限運休。
が、そのKRDE二編成は一編成がジョグジャのデポでオーバーホール中、もう一編成は故障して部品調達の目途が立たず、車庫内に放置されている状態とのこと。
他方、日本車輌製MCW302系列の方は、所属10両のうち3両一編成がパサールトゥリ=ラモンガン間のコミューター・スラム運用、もう3両一編成がポロン行コミューター・スシ運用に入っているが、更に2両はジョグジャのバライヤサで修理中、残る2両はデポ内で故障留置、ジョグジャでの修理の順番待ちなのだそうで、然るに、予備車両は全くなしという状況だそう。なので、クルトソノ行きとババット・ボジョネゴロ行きのコミューターは、車両が足りず、やむなく(KRDという列車名のまま、)DL+客車編成で代用の由。

デポの責任者氏曰く、「8運用あったら、メンテナンスや故障に備えて10編成位は用意しておくのが当然。予備車なしの現状なんてありえない、本社はキチンと必要な編成数とメンテ経費を割り当てるべきだ!」と至極当然の不満を力説していた。
なお、コミューター・スシは本来ダイヤ上7往復ある筈なのだけれど、3往復しか走らせておらず、これは「こんな安い運賃じゃ儲からない、赤字垂れ流すだけだから」との説明。
他方で、上述のとおり客車列車で代走してまでキチンと運転を確保している列車もある。こちらは?と問えば、これには政府との契約により補助金が出されているため、絶対に走らせなければならないから、なのだそう。
あれ、でもコミューター・スシだって補助金対象運賃の列車でしょうに。こちらだってちゃんと走らせなければならないのでは? 補助金貰って走らせない、ではないと思いますが、語学力不足もあってか、キチンとした回答を得ることが出来ませんでした。
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デポ内で故障中の惨めな姿をさらす日本車輌製DC。これはその塗装から「ドラえもん」と呼ばれていた編成ですね。

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2013年12月 9日 (月)

JABODETABEK電鉄で衝突炎上事故!

今日は企業の出張者の方の対応で、昼前から外出していたのだけれど、そのミーティングの途中、ジャカルタの友人や元同僚らから突然多数のBBM(Blackberry Messenger)が入り出した。
なんでも、ジャカルタ南西部、スルポン線沿線のビンタロ(Bintaro)地区で、電車とタンクローリーが衝突して脱線転覆、先頭車両は大きく破損・炎上し、死傷者が出ているというではないか。程なくして送られてきた画像によると、どうやら犠牲となったのは運転士ら数名、ぶつかっちゃった車両は、東京メトロの6000か7000系列の模様(後に元有楽町線の7121Fと判明)。
衝突した先頭車両は女性専用車で、殆ど横転近くまで大きく傾いて停止したため、脱出を難しくしたようだ。
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これは民放「TV-One」のニュース。今日夕方はこの話題一色でした。

夕方事務所に戻ってからローカルのTVをつけてみると、当然のことながら原因は国営石油会社Pertaminaの油槽車両の無理な横断で(まあ踏切衝突事故で電車の側に非があることって殆どない筈)、報道の論調を聞いていたら、一部には、問題としては、集まった野次馬的な近隣住民が線路に入り込み、救助隊の出入りに支障を来したとか、途中で雨が降り出したら、停車したままの電車に乗り込んで雨宿りを始め、事故原因調査チームの活動や証拠保全に支障を来したとか、甚だしきには燃えているトラックにゴミなど可燃物を更に投げ込んでみたりと、普通の目で見ればかなりの問題行動も見られた模様。

こんなトラック、対物保険に入っている訳もないだろうし、事故で壊れて使用不能になった電車は恐らく再起できないだろう。予備車扱いになっている車両を持ってきて、また怪しいオリジナルデザインの運転席つけて、先頭車化改造して復帰するだろうか。
そもそもこのインドネシア、踏切が鳴り出してからも次々閉まりかけの遮断機をくぐって自分だけは先に行こうとするような輩、多過ぎる。こういうのを捕まえてちゃんと教育しなければならない、っていうか、小さい頃から警察が小学校に出掛けて安全教育をするとか、やってもいいと思います。
他方で、ここの踏切は警手が手動で上げ下げするもんだから、閉まってから列車が通過するまでの時間がやたらと長く、一度引っ掛かっちゃうと延々待たされるため、なんとかギリギリすり抜けてしまいたいという運転手側の気持ちも判らんでもないです。

いずれにしても、亡くなられた方のご冥福をお祈りしつつ、今後もより安全な鉄道を目指して、改善措置がとられることを期待したいと思います。
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在りし日の東京メトロ7121F編成。この時点では全面広告塗装になっていなかった。

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2013年12月 7日 (土)

KRLの憂鬱…(報道)

昨日の「KOMPAS」、もう一つの鉄記事は、「METROPORITAN」面。
ジャカルタの大渋滞と洪水の中を走る、憂鬱な顔つきのメトロ7000系電車のイラスト。記事の見出しは「注文した電車、ジャカルタに到着」「乗客はサービス向上を要請」ということで、そんなに憂鬱な顔をするような話なのかな。ちょっと読んでみましょう。
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誰がどう見ても、憂鬱そうな顔つきの東京メトロ7000系電車。正面のモナスのマークは、今後あり得るか!? 笑

「12月5日までに、JR東日本からPT.KCJが注文した180両の中古車両のうち70両が到着。但しこれらは直ちに走り出すわけではない。乗客は車両増を待ち望んでいるにもかかわらず。」ってこれは、現地化改造工事だってあるし、習熟運転もあるし、運輸省のチェックだって必要なんだから、これは仕方がない。
で、「11月4日に30両、11月16日に20両、そして12月5日に新潟からの「DaZhong」号で今般更に20両が到着、月末までにあと110両が到着予定」って、細かいね。こないだ到着遅延で荷卸しを見損なった奴も含めてちゃんと書いてある。
「今回PT.KAIが注文した205系電車は、まだ日本でも使われている車両で、車両価格は1両当たり約10億ルピア…」ってことは、1,000万円弱ですね。「新車を購入する1/6~1/8くらいの値段だ」と。そういえば、メダン空港新線用の韓国宇進製の新型気動車が一両8,000万円位だって聞いたことがあったな。KfWもそんなもんなんだろうか。あちらは借款援助のお金が入ってるから、横並びで比較しづらいのだろうけれど。

「到着した車両はマンガライのバライヤサに運ばれ組み立てられ(あれ、分解されてないよな?)た後、運輸省鉄道総局のサーティフィケーションを受け、試運転を行い、営業運転に供されることになる。」まあこれは事実関係。
「11月22日、5編成の電車はそれぞれ10両編成で、日本からの技術者を載せてデポックの車両基地から試運転を行った。」「今月中には営業運転を開始したい。」
それはいいとして、ひとつ気になるくだりが。
「これらの車両は、電車運転本数の増加ではなく、既存の車両の代替に用いられる、と(広報担当エヴァ女史は)述べた。」って。あれ、そうなの?

ここからは新聞の得意な、何か批判しなければ気が済まない部分が始まる「乗客の溜息」。
「先般7月の改定で、自動改札や電子乗車券が導入され、補助金の支給により運賃が下がった、駅前駐車場の設置などの改善点がみられるのはよいが、乗客は一日当たり45万人から60万人に増加している一方で鉄道サービスには諸々の問題がある。駅の出札口での長い行列、冷房機の故障、頻繁な遅れ、(特に雨季に入って増えた)電車の故障などなど…」として、乗客の声としての不満を書き連ね、鉄道事業者だけではなく、政府にも対応を求めたい、としている。

まあ、最近のKCJの施策、見る人により見解は様々で、いいと思われるものも、ちょっと首を捻らざるを得ないようなものもあるのは事実。
それでも、いろいろ試行錯誤を繰り返しながら、自ら改善に向けた努力をしているのですから、我々外国人の趣味人としては、温かく見守っていくのでしょう。

気になるのは、↑の方に書いた、205系の大量導入により、既に当地に来てから10年以上が経過した、初期導入車の都営6000系やJR103系あたりの玉突き廃車が行われるんじゃないか、って懸念ですが。

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2013年12月 6日 (金)

北本線複線化が進む(報道)。

週末が近づきましたが、先週の疲れが残ってるのと、来週は仕事が少し忙しくなりそうなので、今週末は少しお休み。諸々の雑務予定にしときます。
さてその金曜日の朝刊の汽車記事から一つ二つ。
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複々線のように見えるけど、これは駅構内だから。
ブローラ・ジャヤ号KRDI車車両が スマラン・タワン駅に到着です。

 全国紙「KOMPAS」の経済欄「NUSANTARA」のページには、北本線の複線化が進捗中という記事。頁トップの大きなカラー写真は、路盤整備用の重機の横を駆け抜けるスマラン=ボジョネゴロ間「Blora Jaya」号KRDI車両。今般複線化が完了するのは、例の“海中線路”区間を含む、スマラン・タワン~アラストゥウォ(Alastuwo)間約8km。この近辺ではすでにAlastuwo~Ngrombo間30km、Tobo~Bojonegoro間28kmの複線化は完了しており、更にいくつかの区間で工事は進捗中とのこと。
 他方で先般10月上旬にこの区間に乗った時に見たとおり、まだ用地買収が思うように進んでいない区間もあり、全線の複線化には今暫く時間がかかりそう。

 それでも日本だって、例えば羽越線のような幹線でも複線区間と単線区間が細切れに続く中、巧くやりくりしてダイヤを設定して多数の列車を高速で走らせて来ている例もある。
客貨とも需要が増えている北本線、線路容量の増大必須ですので、引き続き当局の皆様には頑張って貰いましょう。

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2013年12月 4日 (水)

バティック客車で代用 ←目的果たせず。

ジャカルタに戻ってきて、今晩はもう一か所お出掛けする予定でした。
先般書きましたとおり、日本のJR東日本埼京線で使われていた205系電車180両がここJABODETABEKに中古車両として輸出されることになり、先般その第一陣が到着したわけなのですが、この週末、その第三陣20両がタンジュンプリオク港に到着するという情報があり、その船からの荷卸しの様子を見ようと思ったのが今回のジャカルタ行きの一番の目的でした。最初の話では、金曜の夜中に着くという話だったので、仕事終わってから慌てて飛んできたわけなのでした。
なのですが、情報提供者Tことパクアン急行氏によると、残念ながら新潟港を出港後、いくつかの港を経由、最後は国内カリマンタン島のバンジャルマシン経由でここまでやってくる間に港での順番待ちなどで遅れが積み重なり、どうやらもう、この週末のうちには接岸できないのではないかと悲しい知らせ。
ジャカルタ・タンジュンプリオク港でも、スラバヤのタンジュンペラク港でも、国内航路の貨物船は3日待ちが当たり前という現状、このインドネシアで操業する日系企業にとっても結構深刻な問題となりつつあります。
そんなわけでジャカルタでは東のカラワンの海岸部にチラマヤ新港なんて計画があったりするわけですが、それは本題から外れるので省略。

なので今日はもうおしまい。朝5時から起きて動いてたんで、眠いしね。

というわけで、今日は先ほど夕方待ち合わせの間に見かけたものなど、最近増殖中のバティック客車の写真でも載せてみることにします。
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ジャカルタ=スラバヤ・グブン間を南回りで結ぶ伝統の特急「ビマ」の食堂車。雪の結晶のように見えますが。この南国で。

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こちらはジャカルタ=スラバヤ・パサールトゥリ間を北回りで結ぶ「スンブラニ」の食堂車。窓配置から察するに、元座席車の改造車のようですね。

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先ほどの「パンランゴ」号の3等食堂発電合造車。地元スカブミの「Cikole Batik」とのこと。エコノミのバティック客車ってのは珍しいかも。

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特別車両Kereta Wisata「バリ(左)」「トラジャ(右)」の帯も、よく見るとバティック柄のデザイン。

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これはバティック客車ではないんだけど、南本線の急行「スンジャ・ウタマ・ソロ」に連結されていた冷房化改造済の2等ビスニスAC車両。珍しいのは、(非常開閉用を除いた)多くの窓が固定窓化されていること。単に既存の窓を固定して開かないようにしただけじゃなくて、新製3等AC車のように一枚窓化されている。 ・・・理解できる一部の方以外は、読み飛ばして下さい。


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2013年12月 3日 (火)

チゴンボン橋梁にて。

さあて、スカブミからの帰りは折り返し、10:10発のパンランゴ号7117列車。列車番号から察するに、まだ建前上は臨時列車扱いみたいね。
今度は気分を変えてEksekutifクラスにしてみる。FBに地元鉄の人が上げていた写真を見て、バンドゥン所属かなぁ?と思っていた雲形塗装の所謂「アルゴ」系列の優等車両。ジャカルタ=バンドゥン間の「アルゴ・パラヒャンガン」の減車で浮いた車両を回してきたのかな…、と思ったら、2両の一等車の所属は「SMC」だからスマランか。逆にエコノミAC車は「JAKK」だからジャカルタ・コタ所属。色々あちこちからかき集めてきたのね。

定刻に出発した列車は、ちょっと中途半端な時間帯ということもあり、エクセクティフ車は7割といった乗りか。早速盛んに売り込みをかけてくる車販のお兄ちゃんたちの攻勢をかわしつつ、快適な座席でウトウトしながら到着したのは11:38の途中駅チゴンボン。
まだ止まり切っていない列車から飛び降り、改札口を駆け抜けて駅前に出て、オジェックを捕まえて、目指したのは駅を出てすぐのところにあるチゴンボン橋。以前のDC運転「ブミ・グリス」号の時代からのこの線随一の撮影名所。直進する鉄道線路に比べて意外と大回りな道をバイクは駆け抜け、途中で出発合図の汽笛が聞こえてきて冷や冷やしながらも、踏切から150mほど線路脇の犬走りを走り、チゴンボン駅を発車してきた7117列車を一枚。あー間に合った。
次々列車がやってくるジャカルタと違って、一日3本しか列車のないローカル線ですからね、シャッターチャンスは大事にしないと。
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チゴンボン橋の北側から撮るとこんな感じ。後ろに山が入らないのが少々残念なところ。

そのまま近くのお店で昼食後、2時間ほど待って13時半チゴンボン発、今度は下りのスカブミ行き7118列車を一枚(一昨日12/1付の写真)とってから、国道まで歩いて出てジャカルタ行きのバスを捕まえました。
ジャカルタ近くになってから高速道路はそれなりに渋滞したものの、2時間半ほどでジャカルタ東部のチェンパカ・プティに到着。夕方はカメラマンをやっているインドネシア人の友人と、夜はいつものジャカルタ在住パクアン急行氏と晩御飯。朝早くから濃~い一日、ようやく終了でした。
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出入口上の半円状の飾り窓、信号取扱室の作り、屋根、壁掛け時計、駅名標など、一つ一つ優雅な造りの終点スカブミ駅。

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2013年12月 2日 (月)

驚愕!アチェ鉄道運転開始。

今日の当地ネットニュースこちらも)によれば、本Blogでも半年ほど前に触れたのですが、復活に向けた作業が一部行われたアチェ鉄道ロクスマウェ市内区間、この3駅間の営業運転が昨12月1日に開始されたとのこと。

写真で見た覚えのあるKRDI気動車に、地元住民が押し合いへし合いしながら乗り込んでいる画像が載っているんで、ホントらしい。これには驚きました。

記事を読んでみると、Krueng Gehkueh=Bungkaih=KruengManeの3駅間、11.3kmを結んで運転開始、所要約30分。初日は無料としたが、翌日以降は運賃は(補助金が支出されるため廉価に抑えられ)1,000ルピア、1日8回(4往復)運転されるとのこと。この列車に用いられる車両は、本Blogでも取り上げた、1,435mm標準軌仕様の2両編成のKRDI車両。
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再掲になりますが、これしかないんで・・・ アチェ鉄道用標準軌仕様のKRDI。

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報道記事によれば、アチェを走る鉄道としては45年ぶり(報道によっては39年ぶり…)の再開となるこの鉄道、取り敢えず運転開始・・・ 元のナローゲージのアチェ鉄道の“再開”と呼んでいいのかは微妙だけれど、あるいはトランス・スマトラ鉄道建設の第一歩とも解釈出来なくはない。

ともあれ、列車の運転が始まったのはいいとして、これは果たして正式な運転開始なのか。記事によっては「Uji coba(試運転)」と書いているものもある。前のBlog記事にも書いたけど、こんな3駅間だけ運転して採算が取れるとも思えないし、暫くの間試運転的に走らせてみただけでまた早晩やめてしまうような気もする。

どうしよう、早めに乗っておいた方がいいから、取り敢えず一度乗りに行かなきゃならんな。なのだけれど、この、ロクスマウェって、滅茶苦茶行きにくいんです。一応空港あるんだけれど、メダンからプロペラ機が週に3便飛んでるだけ。着いた便はすぐ折り返しちゃうんで、往復するには翌々日の便まで最低2泊しないといけないから現実的ではなく、片道はバスで、メダンかバンダアチェまで。
うーん、どうしよう・・・

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地元TVでも運転開始の様子が。こちらは“運転再開”とのラインで。

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2013年12月 1日 (日)

スカブミ線“復活列車”「パンランゴ」号に乗る。やっと。

さてボゴール・パレダン駅07:35発のパンランゴ号7116列車、スカブミ行き。
上り勾配の、カーブした本線上に設けられた仮設的なホーム上は人が溢れ、乗車位置に辿り着くにも人を掻き分けなければならない状況。ちょっと見通し甘いぞ、国鉄当局。

西部劇に登場する汽車のような鐘の音を模した「カン・カン・カン」という警報音を鳴らしながら定刻を少し過ぎて現れた列車は、牽引するのは当初のCC204から変更されたらしい,エンドキャブ両運転台式の新型CC206。Eksekutif2両に改造Ekonomi-AC3両、それに加えて地元スカブミのデザインをモチーフにしたバティック・ラッピングの3等食堂電源車の合造KMP車。
待ちかねたホーム上溢れんばかりの乗客は一斉に乗り込み、若干の空席を残して程なく10分ほどの遅れで列車は出発、市内の裏道を縫うようにゆっくりと走り出したが、そこを抜けると右手には早速サラック(Salak)山が大きな姿を見せた。
今日は当方、Ekonomi2号車に乗車。出発時点ではボックス席の向かい側2席は空いていたが、市街地の続きのような最初の駅バトゥ・トゥリス(BatuTulis)で10人ほどの学生グループが乗車してほぼ満席に、一気に姦しくなった。

市街地を抜ければスピードを上げるのかと思いきや、40km/hほどでノンビリと走っていく。
この路線、一番最初にジャカルタとバンドゥンを結ぶ幹線ルートとして1884年に開通し、その後プルワカルタ回りのルートが1906年に開業して両都市間輸送の主力の座を追われたのだけれど、本日はそんな幹線時代を彷彿とさせるような“快走”とは言い難いようだ。
後で確認したら、この1年間の休止期間中に枕木の交換など路盤の改良工事も行われているようで、線路状態が悪いわけではないのだろうし、最新のCC206がたかだか6両ほど牽引して苦労するほどの上り坂でもないんだが・・・。
流石にカーブはキツいようだけれど。 まあ、乗客の大半が行楽客だから、ゆっくり景色を眺めさせてくれるサービスだと思えばいいのかな。

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チゴンボン駅手前の鉄橋を渡るパンランゴ号。

大きく左にカーブしながら立派な橋を渡るとチゴンボン(Cigombong)。
左手に見える高い山は、国立公園になっているグデ(Gede)山。以前、ジャカルタ=バンドゥン間を結んでいた特急に「Argo Gede」というのがあったが、この山からとった愛称だ。この位置にあるということは、本来はプルワカルタ回りじゃなくて、ボゴール=スカブミ回りでジャカルタとバンドゥンを結ぶ列車につけられるべき愛称だったのではないかな。なお、この山の別称が「Gunung Gede Pangrango」とも呼ばれ、これが今乗っているこの列車の愛称名の由来になってます。

車窓の両手、右手にサラック、左手にはグデ山。緑の田圃と時折川と絡み、ラフティング用のゴムボートも車窓を掠め、大きな山と、豊かな畑を眺めながらノンビリと走り、ちょっとした街に入るとチチュルグ(Cicurug)着、08:42。
この付近、バンドゥンの先あたりまで「Ci ・・・」という地名が多いが、これはスンダ語で「チ(水)」を意味び言葉だそうで、その昔から人が生きていく、農業をしていく場所には必ず水が必要だった時代を思い起こさせてくれます。
多少の下車客があった沿線随一の街チバダック(Cibadak)を過ぎると、この沿線はもう前回夕方の下り列車に乗った時には日が暮れて闇の中走るだけだった区間で、初乗り的に新鮮。
9時35分、幹線道路と絡み、盛んに警笛を鳴らす中、チサアット(Cisaat)着。駅には側線もあり、ベモも待つちょっとしたこの街を出ると、あとは盆地の平野をスカブミまで東へ一直線だ。

そして終点スカブミには09:45、ほぼ定刻に到着。先頭へ向かうと、慌ただしく機関車は機回しを始めてしまいました。
その機回し線の先に続く線路は、残念ながら今はまだ乗れない区間。
ここから先、チアンジュールまで38kmは、途中ランペガン駅手前のトンネル内部が崩落しているとやらで、長らく運休中の区間なのだが、国鉄PT.KAIの発表によれば、これが来年1月には運転再開されるというから楽しみだ。
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駅前広場スペースの全くない、スカブミ駅。昼間来るのは初めて。

(以下後日追記)
12月2日には、機関車単機の試運転列車が、この区間に入線したという話。
おやおや、ホントに運転再開になるかもしれないぞ。
そしたらもう一度来なくちゃならないじゃないかー! いやぁ、困ったなぁ (^-^)ゞ
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地元のバティック「Cikole」デザインのKMP(食堂座席電源合造車)を連ね、折り返しの出発を待ちます。

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