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2013年12月28日 (土)

プルウォレジョ「駅」訪問。

中部ジャワ州、南本線上にあるクトアルジョ駅。ジャカルタやバンドゥンから何本かの急行・準急列車の終着駅となっているだけで、観光地の入口になっているわけでもない、地味な中規模駅だが、かつてこの駅から短い支線列車が運転されていた。
クトアルジョ=プルウォレジョ(Purworejo)間約12km。蘭印時代に建設され(ちょっと調べてみた限りでは、正確な開業年次不明。遅くとも1887年7月にはすでに運行されていたとの記述有り。)、乗客の他、地域産の農産品の搬出や軍事関係物資の輸送に使用されてきた。末期には、ディーゼル機関車に客車一両が引かれた一日往復の列車が「フィーダー」列車としてクトアルジョ=プルウォレジョ間を往復し、クトアルジョからのジャカルタ行き急行「Sawunggalih Utama」、準急「Kutojaya Utara」、バンドゥン行「Kutojaya Selatan」の各列車に接続していた。
残念ながら2010年11月頃を最後に列車の運行は停止され、現在に至っている。同年7月にジャカルタに赴任してきた当方としては、「間に合った」筈のこのローカル線に乗車できなかったのは今もって痛恨の極みである。
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小雨降るプルウォレジョ駅。白壁と木製の窓枠のコントラスト、古めかしい自体の駅名表示が美しい。

そのプルウォレジョ支線の終点プルウォレジョ駅、去年だったかの報道で、州政府が音頭をとって観光路線との運転再開を目指している、更にはプルウォレジョ駅の整備がなされているなどという記事を目にしてから、気になってはいた。
まあ新聞報道ってのは当地も日本も共通だが、何か打ち上げられた時には書いてくれるが、それらがその後どうなったかについてのフォローというのは殆どないので、まあ一度訪問の機会を伺っていたところだった。
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元の線路上に放置された貨車群。

ジョグジャカルタからの「Prameks」がクトアルジョに到着する直前、右側から合流してくる支線の線路上には、多数の無蓋貨車(無蓋といっても、当地の貨車は開閉式のトタンの蓋がついているので、正確には「無蓋」ではないんだけれど。箱形の「有蓋」貨車とは異なる、日本で言うところの無蓋貨車に似た貨車です。)が止められているのが見え、ひょっとしたら再開に向けたバラスト散布・保線工事でも始まったのかと期待が高まる。

クトアルジョ駅前からオジェックと交渉して出発。まずはその貨車が止められている場所を目指してみるが、幹線道路から外れて線路端に近づいてみると、残念ながら工事が行われているような気配はない。線路は雑草に埋もれつつあり、留置された貨車にはスプレーで落書きがされて蓋は開けっ放しでゴミが投げ込まれている。オジェックの兄ちゃん曰く、もう随分このままで、工事作業が行われたことはないという。なーんだ。ガッカリ。
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橋梁などは状態も問題ないように見える。まだ「廃線跡」ではない筈。

仕方ないのでそのまま線路沿いの道を辿りプルウォレジョに向かった。途中踏切、橋梁部分など、流石にホンの3年前まで列車が運行されていただけあって、少し整備すれば再開できそうな雰囲気ではあったけれど、どうだろうか。ここも中部ジャワの再開予定線区に含まれていそうなものだが。
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綺麗に修復された駅舎内には各種のパネル展示が。

さて小雨降る中到着したプルウォレジョ駅。
こちらは確かに報道どおり、すっかり綺麗に整備されていてびっくり。恐らくは現役時代よりも白い白壁の駅舎は、窓枠や扉、出札窓口なども美しい状態に維持されている。
ホーム上ではゴミ掃除をしている人まで。駅舎内の元の乗客待合室部分には、駅舎や路線、インドネシア鉄道史、この駅舎の修復作業などに関するパネル展示がなされている。
驚いたのはこの地域、蘭印時代に植民地だったアフリカの黄金海岸(現ガーナ)からの軍人部隊が駐屯しており、「黒オランダ」などと呼ばれていたとか。ひょっとしたらその時代からの混血の末裔がこの地域にはいるのかもしれないな。
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ホーム側もピカピカ。左隅で掃除をしているオジちゃんは元職員の管理人さん。

以前国鉄の職員としてこの駅で働いていたという管理人氏に話を伺ったが、2012年までは列車の発着がなくなったこの駅にも職員が常駐し、指定券の販売などを行っていたが、それも昨年で終了。現在は自分たちが管理し、公開に応じているという。この日も地元の高校生のグループが社会科見学に訪れ、盛んにパネル展示や駅ホームなどを写真に撮ったりメモをしたりしていた。

暫くお話を聞かせていただいた後、市内南西外れのターミナルからローカルバスでジョグジャへ戻りました。ちなみに、駅舎の整備はなされたものの、路線の観光路線化・再開計画はその後全く話は進まず。今般の中部ジャワ州13路線復活計画の話は、まだ何も聞いていないとのことでした。
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ヤード側から見るホームと駅舎。暑い日差しを遮るための、駅舎とホームが一体となった屋根は、蘭印時代からの小駅舎の標準スタイルの一つ。

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