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2014年1月29日 (水)

津波被災地、バンダアチェ市内を歩く。

バンダアチェ、勿論知らない方はいないでしょう。

スマトラ北部、アチェ州の州都。かつてはクタ・ラジャと呼ばれていた。
この街を一躍有名にしたのは、2004年12月26日に発生したスマトラ沖大地震と大津波・・・この震災・津波では近隣諸国を含めて23万人ともいわれるが、ここアチェはその中でも死者数約17万人と最大級の甚大な被害を受け、バンダアチェの街は壊滅状態となった。

その後世界各国からの緊急援助、そして復興支援が入り、またこの震災・津波で、このアチェ州の独立を求め、インドネシア政府軍と1970年代以降長年に亘りゲリラ抗争を続けて来ていたGAM(Gerakan Aceh Merdeka、アチェ独立運動)の幹部も大勢死亡して組織抗争が困難となったこともあり、またこれら支援の受け入れ態勢を確立することが先決との現実的判断から政府との間で紛争終結に至ったという副産物があった。
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立派な「津波博物館」。 まさか今度津波が起こった際の待避所を念頭に置いている?
ODAマークつきの機材も。日本政府の支援もお役にたってるようですね。
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ホテルにチェックインして荷を解いて一休みの後、そのバンダアチェ市内散策に出てみた。
オジェック… ここのバイクタクシーは、後ろに乗るのではなく、サイドカー・スタイルが主流のようで、メーター・タクシーは殆ど見かけない。
先ず目指したのは市内中心部南方の「Museum Tsunami」こと津波博物館。立派な建物は入館無料。
荷物を預けて館内に入り、一通り見て回ったが、やはり印象的だったのは当時の津波が流れ込み、そして壊滅状態となった街の映像を見せるシアタールームと写真。そして生存者の方が描いたであろう、震災当時の絵。
大勢の観光客はグループではしゃぎながら写真を撮り合ったりしているが、当方はとてもそんな気分にはなれず。自分がこの場に居合わせたら、あるいは震災直後に援助関係者としてこの街に入ったとして、何が出来るだろう、何から手を付けたらいいだろうかと考えると気が遠くなった。
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日本への感謝が記されたモニュメント。「平和よ」そして「ありがとう」。

続いては隣の公園に設けられた、支援各国への謝辞を各国語で書いた記念モニュメントを一回りしたのち、再びバイクタクシーで移動したのはカパル・アプン。震災後の映像でご覧になった方もおられるかもしれない。市街地北西部、ウリリュー港に係留されていた大型ディーゼル発電船「PLTD.Apung」号。長さ63m、能力10MWのこの発電船は津波の際に港から2.4kmほど、市街地のJl.Harapan地区まで流されて来てしまった。
この大型船は今は市内きっての観光地となっており、今日も大勢の観光客が訪れていた。この被災地や紛争跡などを眺める、所謂「ダークツーリズム」というものに対する是非は緒論あると思います。三陸では、骨組みだけになった防災センターや船など、解体するケースが殆どのようだが、当地では観光地化し、売店や土産物店、ガイド、タクシーなど周辺では多くの非正規雇用や経済効果を創出している。筆者としてはどちらが正しいとは断じ得ないし、それぞれの地元の方々の判断だと思います。
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街の中心部近くまで流されてきて、そのまま鎮座した、発電機船。

本日最後は、市内北部ランプロ地区にあるもう一つの船。「Kapal di atas rumah Lampulo」とそのままの名前で名づけられたこの長さ25mほどの漁船、津波により海岸から1kmほどのこの集落まで流されて来たという。船の脇には階段が設けられて船を上から眺められるようになっており、更には腐食を防ぐために屋根も設けようとしているのか、鉄骨が組まれていた。
また、船の前の案内板には、その津波の際、56名の住民がこの船上に避難して難を逃れたという逸話が記されていた。
これらはいずれも市政府の資金で整備さえているようで、入場料金は徴収しないものの、良かったら心づけを置いて行って下さいという事なので、箱の中に少額を寄進し、改めて犠牲者の方々のご冥福をお祈りした次第でした。
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「家の上の船」と名付けられた、流されてきた船。震災のモニュメントとして、観光地化活用しようとしてますね。

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