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2014年1月24日 (金)

最後の残留日本兵を訪ねて。

このところ暫く、特段興味をひくような鉄道ニュースがなく(ジャカルタの洪水の話は、JABODETABEK電鉄メインの他のサイトさんが十分詳しく書いていますし)、開店休業状態だったんで、今日はちょっとお仕事でのお出掛けのお話。

ここインドネシアには、1942年からの日本の軍政統治が1945年の敗戦で終了し、日本軍が引き揚げた後も、様々な事情により当地に残留、その後インドネシア独立義勇軍に参加し(PETAと呼ばれます。)、対蘭独立戦争を戦った、旧日本兵の方々がいらっしゃいます。
こういった方々は数百人に上り、独立戦争中に命を落とされたり、不遇な扱いを受けた方もいる一方、独立戦争の英雄として叙勲されたり、その後進出してきた日系企業の活動を支援し経済的に成功した方もいらっしゃる等、その後の運命は様々だったようです。

そんな残留日本兵の方で今もご存命な最後の一人、小野盛さんという方が御年数えで95歳になってこの東ジャワ州マラン近くのバトゥという街に家族と共に暮らしておられ、先般も在スラバヤ野村総領事が訪問したというのが「じゃかるた新聞」に載っていたりしました。
そんな今日は、上司からのお使いということでこの方にお会いすることとなり、事務所のクルマでスラバヤから南下すること2時間半ほど、涼しい高原都市バトゥを訪れることとなった次第です。まさにその総領事が訪問した時、TV朝日の取材も同行しており、まさに今日24日の「こんなところに日本人」という番組で放映されるという、ちょうどのタイミングでもありました。
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つい先日も近くまで来ましたね。バトゥの高原地帯の眺め。

普段は日本人との付き合いもあまりないようですが、お会いした小野さん、戦争中に片腕をなくされ、最近では視力も殆ど見えない程度まで落ちてしまい、また足も悪く歩くことも殆どなくなってしまい…と仰りながらも、折角なのでお話を伺わせていただくと、まさに立て板に水のごとく、終戦、独立戦争以降、様々な職業をされてきたお話を色々お伺いさせていただくことが出来ました。
ご本人曰く、ここの人達は日本人より短命なので自分がこの村では最長寿になってしまいましたよーはっはっはー、と。

彼を含めた「残留日本兵」についての本を読んだことはあったのですが、ご本人自ら著された「インドネシア残留日本兵の社会史」という書籍も出版されているそうで。ちょっと探して読んでみたいと思いましたね。
ともあれ、沢山のお子さん、お孫さん、そしておそらくは曾孫さん達にも囲まれ、恩給も貰いながら幸せな余生をおくっておられるようにお見受けしました。
どうかお元気で、長生きしてください。
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壁には軍人時代の写真も飾られていました。元日本兵、小野さんと。

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