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2014年2月28日 (金)

北本線全線複線化近し (鉄道新聞記事続き)。

昨27日の鉄道記事のもう一つは、東ジャワ州のローカル紙「Jawa Pos」の一面、わざとぶれさせてスピード感を強調した日本車輌製KRD気動車の写真と、何故かJABODETABEKの東京メトロ7000系電車のイラスト。見出しは「百万個のコンテナが北海岸(道路)から移ってくる。2014年4月から、複線鉄道運用開始」とのこと。
そっか、スラバヤで複線化鉄道を既に運用開始しているのは南本線のグブン=ウォノクロモ間だけだから、こちらで複線の写真を撮ったわけね。
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「Jawa Pos」紙の一面に、ちょっと凝ったデザインで複線化に期待する記事が。

記事によれば、2011年頃から、イグナシウス・ヨナン現国鉄総裁のイニシアティブにより進められてきた北本線チルボン以東の複線化事業は、
2011年7~12月:Brebes-Tegal間5.5km、Petarukan-Pekalongan間24.95km、
2012年:Cirebon-Tegal間75.95km、
2013年:Pekalongan-Semarang間89.04km、
2011~2014年:Semarang-Bojonegoro間146km、Bojonegoro-Surabaya間106km
が総計9.8兆ルピアの予算を投じて実施され、更にはスラバヤのパサールトゥリ~タンジュン・ペラク港間の複線化も計画中とのこと。

勿論つい先週も実際に乗って確認したとおり、Pekalongan-Semarang間の複線化はまだ終わっていないわけで上記の日程どおりに進んでいるわけではないのだけれど、それでもかなりの勢いで複線化工事自体はあちこちで進められて来ている。
まだブンガワン・ソロ川沿いの区間やスラバヤ市内タンデス付近、スマラン市内の一部で用地収用が終わっていないため、ジョコ・キルマント公共事業大臣が述べるとおり4月までの全線複線化開通は難しいとしても、ジャカルタ=スラバヤ間727kmの北本線はほぼ完全に複線化されることとなりそうだ。
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複線化に際して線路の付け替えが行われる区間も多い(スマラン~プカロンガン間)

バンバン・スサントノ運輸副大臣は、年間百万個のコンテナ輸送がトラックから鉄道に転換されることが期待されるとし、その目的で国鉄PT.KAIは50両の機関車、1,500両のコンテナ貨車を増備、現在5,000TEUのコンテナ輸送キャパシティを15,000TEUまで増加、更に肥料、セメント、鉄鋼といったコンテナ以外の輸送契約も増加中だと述べている。更に列車交換待ち時間等は減少、現在物価の27%を占める物流コストを17%まで低減することが可能になる等の期待される効果について説明している。
更に旅客列車についても、現在84列車が運行可能な北本線の列車本数は200列車にまで増大可能となり、所要時間も最大2時間程度の短縮が可能となる由(ママ)。
これはどうかな。現在特急「Argo Bromo Anggrek」なんて、殆ど交換待ちをせずに最優先で突っ走ってもジャカルタ=スラバヤ間を10時間はかかっていて、これを8時間に短縮したら、表定速度は90km/hを超えるぞ。そこまでは無理じゃない?

まあ、そんなわけで良いことづくめらしい北本線の完全複線化、間近になってます。先週実感したとおり既に一部複線化済の区間を活用して貨物列車の本数は急増しているようで、他方で我々汽車旅派としては、旅客列車の増加も期待したいところなんですが、さてどうなることやら。
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右側は新しく敷かれた線増部分。まだ路盤が落ち着いてないのか、歪んで見えますね。(Benowo-Kandangan間をスラバヤに向かう”KRD”という名の客車列車。)

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2014年2月27日 (木)

スマラン鉄道発祥の地、新聞特集。

さて当地のローカル新聞、全国紙とローカル紙と英字紙を大体毎日サラッと目を通すんだけど、どこも毎週一回くらいは載せてるんじゃないか?と思うくらい、(日本の新聞に比べて)鉄道関係の記事が目につきます。各社にヲタがいるのかな、と勘繰りたくなるくらい。

今日27日もちょっと読みたくなる記事が3つほど。
全国紙「KOMPAS」の表紙は、バイクとテントが並ぶ横を駆け抜けるKRL-KfW電車の写真。これは先日から続く水害で、避難民がタンゲラン線の複線化部分でテント生活を送っている、という話。
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それとは別に下の方に、最初は鉄道ネタとは思わない、古い電柱の一部分?のような写真だと思った記事、よく読んでみると「Di sini Kereta Api pertama Bermula(ここで最初の鉄道が始まった)」と、スマラン市街地北部タンバクサリ地区の、1867年にインドネシア最初の鉄道が開通してから現在に至るまでの、同エリアの変遷の話が書かれていました。

12面に写ると、ネットで見たような同エリアの年毎の地図と、当時の駅舎、ホームなどの写真。1867年開業当時のホームの写真には、優雅な曲線を描いた飾りのついた柱がホーム上屋を支えているが、この曲線の飾りの部分が、表紙の写真に写ってた古い電柱の一部分?と思ったもので、今も残る数少ない遺構ということらしい。
記事内では、IPRS(インドネシア鉄道保存協会)のスマラン地区代表の人がコメントしたり、更に16面に移ると、以前鉄道職員で、元のホームに作られた官舎に住んでいたという80歳の男性のインタビュー記事に続いており、随分力を入れて特集記事を組んでいると見受けられました。
なんだろう、鉄道記念日…ではないし、何か特別な機会があるのかな。
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因みにこのスマランの“鉄道発祥の地”、一昨年の秋に行ってみたのですが、昔の車庫が残ってるのを見つけただけで、他は気が付きませんでした。やっぱりその道の人の案内が得られれば、他にもいろいろ見ることが出来たんですねー。
何事も、先達あらまほしきことなり。
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スマラン市街地北部タンバクサリに残る、元の機関庫と思しき建物。

もう一つの気になる記事、ってのは、また次回につづく。ということで。

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2014年2月25日 (火)

今回の中部ジャワ、おまけ。

さて、スマランからは、バスで山を越えてソロに出て、最近多いArgo Wilisでスラバヤに戻ったのですが、幾つか小ネタをメモ代わりに残しておきます。

まずは下車したスマラン・タワン駅。昨日スラバヤからの特急列車の車窓から、このタワン駅手前の機関区が気になったので、ちょっと立ち寄ってみることに。お目当ては日本車輌製KRDと、まだ新しいのに色あせて休車か?と心配されるKRDE2編成、そして旧国鉄PJKA時代のレトロ塗装を纏った古いディーゼル機関車でした。

駅から線路伝いにしばらく歩いて行って機関区の入口に止められたDL、一両は去年スマトラのバライヤサ・ラハットで現役の姿を確認したBB200型機、そしてそっくりなもう一両は、これが先般プルウォクルト機関区まで追っ掛けて行ったのに結局出会えなかったBB201型機でした。
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標準フォントとは異なる字体で「BB201 10」と書かれた機関車。所属区表記はPWT(プルウォクルト)なので、先般「ジョグジャに送られた」と書いちゃったのは、実はこの個体なのかもしれないな。

 引き続いてバスで3時間弱、ソロのバラパン駅の東側に位置するデルタ線、バラパン駅と北方向を結ぶ一辺を走る区間は今回「Kalijaga」号で乗ろうと思っていたのだけれど、昨日書いたプルプック=テガル間を優先したため、今回は乗れませんでした。いずれスッキリするために乗っておこうとは思うのですが、今日のところはホンの数百mなので、ここは取り敢えず歩いてみることにしました。

そのデルタ線区間で脱線防止用のレールに、先般のクルッド山の噴火で放出された灰が降り積もっていた中、刻まれた数値が目に入りました。以前、マディウン駅のホーム上屋に使われていた古いレールの話を書きましたが、あの時のレールは1897年でした。
今回確認できたのは、それよりさらに古い1881年製のレールでした。
スマランを起点に建設の開始された線路がソロに伸びてきたのは1870年なので、最も初期のものではありませんが、相当に古い時代のものなのには間違いありません。
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KRUPP 1881.10と書かれた古いレールが活用されていました。

そしてそのデルタ線区間でちょうど通りかかったのが、ソロ・ジュブレス駅とジャカルタとを結ぶエコノミ準急列車「ブンガワン」の回送列車。
こちら、終点のジュブレス駅の旅客営業廃止説や、更にはソロ・プルウォサリ=スマラン間を結ぶ新列車「カリジャガ」号にこのブンガワン号編成が用いられるとの情報から、この「ブンガワン」号についてもプルウォサリで打ち切り、スマランまで「カリジャガ」号としてアルバイト、かと思いきや、現在までのところキチンとソロ・ジュブレス駅まで運行されている模様。終点ジュブレス駅到着後、一旦プルウォサリ迄戻してカリジャガ号になっているようでした。
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Kalijaga号の時刻は、こんな感じです。

で、その「ブンガワン」号。編成に一両、最近多い「バティック客車」を連結しているな、と思いきや、よく見てみると「KA.Bengawan」ではなく、アルバイト先の「KA.Kalijaga」と、ジャワ文字風のフォントで書かれているではないですか。主客転倒ですが、新列車にかける意気込みが見られますね。
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Bengawan号/Kalijaga号用編成に連結された、バティック客車。

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2014年2月24日 (月)

カマンダカ号、仕切り直し。

さて23日(日)朝。まだ閉まっている宿の鍵を自分で開けてプルウォクルト駅へ向かうと、7129列車Kamandaka号スマラン・タワン行きは既に入線していた。この早朝、発着列車が空く時間帯のため駅構内は閑散としている。列車の方は1割ほどの乗車率だろうか、車内は冷房がガンガンに効いていて肌寒い。
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早朝のプルウォクルト駅で出発を待つカマンダカ号。あれ、また機関車逆向きだ。

5時ちょうど、列車はCC201型機の汽笛一声、発車。まだ早朝なのだが、早速食堂車から食事や飲物をトレーに乗せて売りに廻ってきた。ご苦労さん、も兼ねてコーヒーを注文。放っておくと砂糖たっぷり極甘のが現れるので、ここは「砂糖抜き」と強調しておく。
05:40、ジャワ島の背骨となる峠を越えて最初の停車駅、プルウォクルト方では唯一の途中停車駅であるブミアユ(Bumiayu)でようやく空が白みはじめた。数十人が乗り込み、それなりの需要が既にあるのがわかる。
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プルプック北方で、チルボン、ジャカルタへと向かう本線から分岐する。

ここからはよく整備された本線上を一気に駆け下り、ジャワ島北岸の平野部に下りてきて、本線との分岐駅Prupukを06:05頃、減速しつつ通過。暫く複線化工事の進む本線と並走の後、右手に別れ、ここからが短絡線区間。ここからは線路規格がガタッと落ち、縦揺れが増えるようになった。
車窓は田畑が広がり、それでも道路が並走するためか、ポツポツと家並みが続く。程なくMargasari 休止駅通過。
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早朝の涼しい空気の中、田園地帯を走る列車。

朝の涼しい空気の森の中を走っていると、南国というより日本のような雰囲気。道路と少し離れると、林の中に入っていくが、整然と並んでいるように見え、雑木林というより人造の植林のようだ。森が深くなると携帯の電波が届かなくなる。
06:24、給水設備跡の残るBalapulang 休止駅を通過。ちょっとした集落もあり、折角なのでこの列車、停車させてもよいのではないかな。
街を抜けると次第に列車は北へ向きを変えるが、全般として比較的カーブが少なく、平野を真っ直ぐ走っている印象。学校や朝市も見える集落を通過。それなりに集落を伝って走っているようで、国鉄の資料を見るとこの区間には他にも幾つも駅が存在していたことになっている。開業当初からモータリゼーション以前の時代までは旅客輸送も賑わったのだろう。
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大勢の乗客が待ち構えるスラウィ駅に到着。
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06:37、定刻より15分ほども早くスラウィに到着。そんなに飛ばしてきた印象はないのだけれど。列車の到着を待ちわびた数十人が結構乗り込み、5割ほどの着座率になった。この駅までは、以前テガル方から、スマランから直通の列車が2往復運転されていたこともあり、テガルというより、一定の距離のあるスマランまでの旅客需要はそれなりにあるようだ。随分長く停まっているので、対向の油槽列車との交換かと思って車掌さんに尋ねてみるが、単なる時間調整だったようで、06:54、定刻に発車。
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短いスラウィ駅のホームを遥かにはみ出して停車するカマンダカ号。あれ?機関車がつけ変わってるぞ。

ここから北側はまた畑が多いが、街道に沿っているため、家並みも途切れない。市街地の続きのような車窓が続く。07:01、Banjalan 休止駅通過。ホームには多くの見物客。まだ運転開始一週間、最初の週末だから、まだまだ物珍しいのだろう。
この辺りからはもう都市外縁の街の裏道の雰囲気になってきた。
そのまま列車はゆっくりと右へカーブしつつ、急カーブで左から合流してくる本線と合流し、ほどなくテガルに到着。さらに大勢乗り込み、8割ほどの乗車率になって一路スマランを目指す。ここからは「カリグン・マス」グループの一員のような存在となり、一路州都スマランを目指し、規格の上がった本線上を快走した。
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新線区間も終わったんで、車内売りのお弁当で朝御飯。ジュース付きでRp.15,000のエコノミ列車価格でした。

途中、一部まだ単線区間が残り、対向列車の待ち合わせを余儀なくされたため、スマランの、エコノミ列車のターミナル、ポンチョール駅には40分ほど遅れての到着となった。とはいえこの複線化は近く完了予定、これまで山越えのバスで7時間ほどを要していたというプルウォクルト=スマラン間が、この列車の新設により5時間強(定刻であれば)で結ばれることとなったわけで、沿線もまだまだ需要の開拓は期待されるエリアのように思われた。
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 車内に掲示された運転区間図。上りと下りで微妙に停車駅が違うんですね。

我々在住外国人や観光客にとっては、観光地を結んでいるわけでもなく、利用する価値というか、必要性は全くないと言っていいルートを走る列車で、乗り潰し派(いるのか?)だけが手間が増えたという新ルートの開業ですが、ほぼ同時に運転開始されたソロ=スマラン路線とも、中部ジャワ州は道路交通が十分ではないため、鉄道をこれまで以上に活用する方針を示しています。
それ自体は輸送機関としての鉄道の復権であり、我々鉄道派としては喜ばしい話で、今後とも大いに活用して戴き、新路線の開通・再開、新列車の運転開始に期待しています。また乗りに来ますよ。
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スマラン・ポンチョール駅を発車、終点タワン駅までラストスパート。

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2014年2月23日 (日)

カマンダカ号の旅、ですが…

さて今日の、というか今回の目的。去る17日に運転開始されたばかりのKA.Kamandaka号。先日も書きましたとおり、中部ジャワ州の州都スマランと、同州南西部の主要都市プルウォクルト近隣地域とを結んで運転開始された新列車だが、この列車のポイントは先だっても書いたとおり、北本線のテガルと、ジャカルタからジョグジャ方面へ向かう横断路線のプルプックとを結ぶ短絡貨物線の旅客営業を再開した点で、旅客営業線が再開された以上、これは乗らないわけにはいかない(例によって、いつ頃から旅客営業がされていなかったかについては、よくわかりません)。
 列車は一日一往復、プルウォクルト側から州都スマランを日帰りで往訪できるスケジュールとなっているため、プルウォクルト発は早朝5時。これが10時過ぎにスマランに到着、帰路はスマランを16時過ぎに出発し、プルウォクルトに20:50に戻ってくるというスケジュールになっており、今流行?のアルバイト運用はない模様。
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豪雨をついてプカロンガン駅に進入するカマンダカ号。

今回はやはり今般の改正で登場したスマラン=ソロ間「Kalijaga」号(こちらも、ソロ5時発、スマラン9時発と、二つ合わせて乗るのは大変骨が折れるスケジュールになってます)と合わせて一気に乗ってしまおうと思ったため、スマラン夕方発のプルウォクルト行きを選択、プルウォクルトからは夜行列車でソロに向かい、ソロ5時発のカリジャガ号を捕まえるつもりでいた。
で、一段と激しくなってきた雨をついて現れたプカロンガン17:41発のカマンダカ号7131列車。食堂・電源合造車を含めて7両ほどの立派な編成で、全車両が家庭用エアコンによる改造エコノミAC車。殆どの車両が06年製造と比較的新しく、側窓を固定・一枚窓化改造されている。車内は5割ほどのそこそこの乗りで北本線上を快走し、一路西へ。18:37発のテガルから先が新規運転開始(再開)区間なのだが、そのテガルで大挙下車して車内は2割ほどと閑散としてきた。各Boxに1、2人。新たに乗ってくる人は少ない。ここまでの本線上は、スマラン=テガル間を結んで一日4往復、KRDE気動車を用いた「Kaligung Mas」号が都市間輸送に従事しているが、このカマンダカ号もその一員としての役割も追っているようだ(料金も一緒)。
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上下列車の時刻表。あ、値上がりしてる。まだ一週間なのに。

そのテガルを出る頃には周囲はすっかり真っ暗になってしまっていた。1848 頃発。暫く本線と並行した後、そのまま南へ。住宅街の裏道のような区間が続く。線路状態は思ったほど悪くはないが、やはりそれまでの本線と比べるとガクンとスピードは落ちる。
市街地が広がり家並みが続く中を暫く走り、19:04スラウィ(Slawi)着。30名ほど下車するが、それとほぼ同じくらいの乗客があったのは少し驚いた。こんな時間に、そんな流動もあるんだ。国営石油会社Pertaminaのタンク列車とすれ違い、19:08発。
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夜19時のスラウィ駅はもう真っ暗。とても車窓は望めません…

うーん、我がスラバヤより随分西にあるので18時半ならまだ少しは外が眺められるかと思ったが、ちょっと辛いようだ。窓に貼られた遮光用のカラーフィルムが更に輪をかけて車窓を遮り、沿線の家屋の灯りが過ぎ去るばかり。うーんこれじゃあ地下鉄の乗り潰しと変わらんなあ。
これじゃあ乗ったとは言いづらい。この中部ジャワ州西部は空港もなく、もう一度来るのはちょっと容易ではない。よし、今晩の夜行でソロに移動するのはやめてまた明日朝の列車で乗り直そう。
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終点プルウォクルト駅に到着。86年式の食堂電源合造車も冷房化・固定窓化改造済です。

というわけで、定刻を10分ほど遅れて到着した終点プルウォクルト駅で早速今晩の夜行列車の切符の払い戻しと、明日の朝の切符の確保。これはちょっと苦労した。
払い戻しは1ヶ月ほどかかる、手数料は25%、ここまでは聞いていたとおりなのだが、銀行口座に入金となるといって、払い戻すためには出発時刻までに銀行口座番号を伝えなければならないという。国内銀行のキャッシュカードは持っているけど、このカード番号と口座番号は違う。 うーん・・・ (-_-#) 
仕方ないので、「乗車変更」であれば出来る、不足額は徴収だが、安い列車への変更でも、差額の返金はないという。差額丸損になってしまう・・・ うぅ
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珍しい構造の食堂車。手前にラウンジ風の配置のロングシート、ボックスシートが4組、奥の青いところがカウンターになってます。

やむなく、勉強代としてこちらは断念。明日朝が早いので、市内のまともなホテルに行っていては、翌朝のタクシーなりオジェックなりを探すのに手間がかかりそうなので、もう近くの“駅前旅館”ですな。南口を出て直ぐのところに「Station Hotel」なるものがあったので覗いてみたが、こちらは満室。直ぐ裏の更にうら寂れた感のあるホテル、これはもうロスメンだな、にRp.75,000で泊まることに。エアコンもお湯シャワーもないけど、まあ臭くないし、そこそこ清潔なのが救いか。

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2014年2月22日 (土)

小雨降るジャワ北海岸の旅。

久し振りの、土日お出掛け可能な週末。ホントは昨日金曜夜の夜行で出発したいところだったんだけれど、昨晩は仕事メシがあったんで断念、これからまた一か月ほど土日両方フリーな週末がなさそうなので、お出掛けすることにしました。
今日の出発は、市内北部のパサールトゥリ駅8時15分発の特急1列車「Argo Bromo Anggrek」号ジャカルタ・ガンビル行き。雨季真っ只中ということで生憎の小雨交じりだが、これはもうこの時期仕方がない。
この列車でお出掛けするのは去年の10月以来で、あまり久し振り感はなかったのだけれど、いやいや、南本線側に比べてどうしても乗車機会の少ない北本線側、ちょっと暫く乗らないだけで随分変わっていました。
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小雨をついてプカロンガン駅を発車するジャカルタ行き「アルゴ・ブロモ・アングレック」号。

まずこの列車の牽引機、前回の流線型CC203から最新のCC206に世代交代。この1年ほどの間に大量100機が投入されたこの両運転台式の新型機、まさにジャワ島を席巻!という勢いで増えまくってます。
そして北本線の複線化工事の進捗。用地買収が難しいのではないかと思われたスラバヤ市内区間でも殆どのところで工事が進められており、今年末までの全線複線化は難しいにしても、既に相当の区間で工事が進み、一部区間では供用開始されていました。
そしてその複線化されて線路容量が増大したのを活用する形で貨物列車、特にコンテナ貨物列車の本数が急増していました。1月9日の全国紙「KOMPAS」EKONOMI面に、「運送業界は複線化を待ち望んでいる」なんて記事が載ってましたが、ジャカルタ(タンジュン・プリオク)、スラバヤ(タンジュン・ペラク)の国内主要2港がいずれも国内輸送船が着岸・荷役に3日待ち、なんて状況が続く一方、ジャワ縦断高速道路の工事がいつまでも遅々として進まない中、東西ジャワ島を結ぶ貨物輸送にちょっとした変化がもたらされるのではないかと期待します。今日はスラバヤ=スマラン間を走る間に、7本ものコンテナ貨物列車とすれ違いました。
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車窓からは、複線化工事が着々と進んでいる様子が見受けられる。

スマランから西はまた久々の区間になってしまったのですが、こちらも、海岸縁を走ることで景色が良く、また撮影名所(所謂“お立ち台”)となっていた、ウェレリ~プカロンガン間にあるプラブアン(Plabuan)駅付近、複線化に伴い線路が内陸側に付け替えとなっており、山を切り開いた立派な複線の切り取りが完成、一部供用を開始していました。これでは海を臨んで走る区間が随分と少なくなってしまう、ひょっとしたらお立ち台撮影地も成立しなくなっちゃうんじゃないかと心配です。
最もこのあたり、小駅に停車する各駅停車列車はなくなってしまい、各駅とも旅客扱いのない信号所的な駅となってしまっており、また国道からも結構離れているため、公共交通機関で訪問するのは事実上不可能。まあ我々外国人が、写真撮りに訪れるようなことはまあないんでしょうけれど…
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線路付け替えで海岸沿いの旧線からの雄大な風景が楽しめる区間は激減…

さて本日の目的地は、バティックで有名な、プカロンガン(Pekalongan)。
小雨降り続く中、駅からベチャで市内中心部・Jetayu広場の脇にあるバティック博物館(Museum Batik)へ。古いオランダ時代の建物を生かした小さな博物館の中には、この地域のみならず、国内各地の色々な図柄・モチーフのバティックを展示しており、蝋けつ染め(蝋で絵柄を描く)を体験させてくれるコーナーもあり、楽しめました。
個人的に気に入ったのは中部ジャワ州北東地域のLasemという地域の図柄。以前蒸気軌道が走っており、古い駅舎が残っていたりする地域なので、一度行ってみますかね(どっちがメインかわかりませんが)。
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素敵な図柄の、そして恐らくはとっても高いであろう、全国各地のバティックが展示された博物館の館内。
観光客向けに蝋で絵を描く作業を体験させてくれるコーナーも。Batikmuseump1070319

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2014年2月19日 (水)

今週末は大丈夫かな。

昨晩アップする予定だったのですが、夜中に停電、アパートの自家発も30分以上、2回に亘って動かず、ネットも落ちてしまったんで上げられなかった記事です。こういう事もあるんですね。なのでバックデートです。

さてクルッド山の噴火のために空港が閉鎖になり、出張者が大勢足止めになってその対応で潰れてしまった昨週末、若者2名の送別を兼ねてラフティングに行こうかと思っていたのだけれど、こちらも敢え無くキャンセル。まあ仕方ないよね、この状況じゃあ。

というわけで、そのリベンジ、というわけではないのですが、来週末。もしこのまま状況が落ちついていれば、というわけで、ちょっとお出掛けを計画中。

目標は、先日のブログ記事にも書きましたが、この17日に旅客列車の運転が再開されたばかりの中部ジャワ州テガル(Tegal)~プルプック(Prupuk)を結ぶルート。
こちらに書かせていただいたとおり、路線自体は19世紀末に開業された古い由緒あるルートなのですが、いつ頃から貨物専業路線となってしまったのかは、例によってよくわかりません。
一時期テガル=スラウィ間だけ旅客列車の運行があった時期もあったのですが、こちらは運悪く乗りそびれ。ずっと気になって頼み込んで貨物列車に添乗させて貰おうと思ったりもしたりしていましたが、今般ようやく晴れて旅客営業再開、堂々と乗車できるようになったわけです。
一日一本だけ、このルートを通ってプルウォクルトとスマランを結ぶ全車3等AC編成の準急「Kamandaka」号。(時刻は載せたチラシのとおりです)運転時間が早朝と夕暮れ後とあまり乗り鉄的には良くはないのですが、まあ取り敢えず一回乗っておかないと、気になって仕方がないわけです。
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そんなわけで、先週末にグブン駅を訪れた際、今週末の列車の切符を買っておきました。
2枚ある?はい。そのとおりです。
もう一枚の切符は、こちら15日から運転が開始(再開)された、ソロ・プルウォサリ駅とスマラン・ポンチョール駅とを結ぶ新列車「Kalijaga」号の切符です。
こちらのルートは日暮れ後に一回、一応乗ったことがあるのですが、この時の列車は、東ジャワ州方面からきてソロ・ジュブレスから分岐して北上し、スマランを目指すというもの。
今回運転開始の「カリジャガ」号ですが、こちらはソロ市内西部のプルウォサリ駅を起点にソロ・バラパン駅を経由したのち本線から分岐して北上、スマランを目指すということで、ソロバラパン駅東方のデルタ線の、まだ未乗の三角線区間を走るので、営業キロ(踏破帰路)には影響しないものの、折角なので乗り潰し派としては、この区間も乗ってスッキリしておきたい。
というわけで、あわせて乗ってくることにしたものです。折角なのでこの南北を結ぶ路線は夜中に通っただけで車窓は全然眺められていないので、その点では楽しみではあります。
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17日、カマンダカ号運転開始の式典の模様(PT.KAI公式Twitterより)

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2014年2月16日 (日)

三日目の正直:スラバヤ空港新ターミナル。

さて緊張の朝。起きてネットとローカルのTVをつけると、どうやら今日はようやくスラバヤ空港の発着便は運航を再開したようだ。まだジョグジャあたりの空港は閉鎖、西ジャワ州バンドゥンの空港も暫く閉鎖するなど、風向きの影響でクルッド火山から西の方向に火山灰が飛んで行っているよう。

ともあれ、スラバヤとマランの空港が再開したのは朗報(一応昨晩遅くに空港当局側としては“再開”したらしいのだけれど、航空会社側が飛ばさなかったとか)。帰任できないでいた出張者も無事にチェックインできた!なんてSMSも入ってくる。被災地では多くの地元住民が避難生活を余儀なくされているという現状はあるが、ともかく当方の直接の仕事の関係だけ取ってみれば、というか、丸2日を費やした足止め組にとっては、少なくとも、ヤレヤレですねぇ。
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立派にリノベーションされた第2ターミナルに到着!

というわけで、今日は自宅近隣待機にしていたこともあり、ちょっとようやくオープン初日、二日目続けて閉鎖の憂き目にあっていた、スラバヤ・ジュアンダ空港の新(第二)ターミナルの様子を見に行ってみることにしました。
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第1ターミナルと第2ターミナル、高速道路等との位置関係はこんな感じです。

ちょっと次週末以降のお出掛けの切符を買おうと思っていたこともあり、昼食後にグブン駅に立ち寄ってから、12:57発、ポロン行きのコミューター列車に乗車。こちら、例のHyundai製電車改造のKRDE気動車が2編成とも故障しているため、現在運用に入っているのは日本車輌製MCW302系気動車の4連。どうやらパサールトゥリから西方面の運用に入っていた編成を回してきたらしいが、以前そちらの運用に入っていた時に連結されていたセミクロスシート車はなく、4両全てロングシート車だった。
これで20分ほど走り、ワルの次のSawotratapというタイ語っぽい響きの停留場で下車、目の前の道路を空港行きのDAMRIのリムジンが通るのだけれど、まあそこまで待つことはせず、タクシーを拾って空港T2へ向かった。(頑張れば、空港行きの最安ルートになるかな。満席で乗れないと困るので、一駅手前のワルで降りて、歩道橋渡った向かいのプラバヤ・ターミナルから乗るのが無難。)
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全体構造はこんな感じ。手前の幅がある方が国内線。奥に伸びているのが国際線。

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ちょっと見にくいですが、建物内部マップです。右手に長細く伸びている国際線ゲートは、まだ手前(左側)の一カ所しか使われていません。

そんなわけで実質的な運用開始は、というか、商用便の発着は今日が初日となるこの第2ターミナル、これまでのターミナルは滑走路の北側にある、円借款で作られた建物なのだが、そちらが既に客扱い容量オーバーとなって来たため、それ以前に使われていた滑走路の南側にあった旧ターミナルビルをリノベーションして作られたもの。その為、第一ターミナルに比べれば比較的こじんまりとした構造。折角なので一回りさせて貰いましょう。
現在このT2に引っ越してきたのは、国際線の全便と、国内線のうちガルーダ、Air AsiaとTiger-Mandalaの各社のみ。国際線側はまだ内外装の工事が終わっておらず、供用されている搭乗ゲートは1カ所のみ(全3か所予定)で、しかもボーディングブリッジは使用されておらず、現時点では全てバスでの搭乗とのことでした。
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まだ乗入航空会社が少ないため、ゆったりした印象のチェックインカウンター。正面に写っているのがAirAsiaとTiger-Mandala、左手方がGA。国際線も国内線も一緒。

今日は昨日までの閉鎖の影響で、遅延などかなり乱れてはいるようでしたが、まだ運行会社が少ないためか、混雑もそれほど酷くはなかったような印象でした。

まあ、近いうちに使ってみる機会もあるでしょう。
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ボーディングブリッジを使わない小型機は1階のゲート1から、その他通常は2階から搭乗。 こちらは国内線の搭乗ゲート前。まだ店舗(右手と後ろ)は殆ど開いてません。背中側には、Burger Kingとか準備中なんですがね。
空港に入ってるお店については、鰐鮫通信にて絶賛説明中です。ワニ子さん、相互リンクてりまかし。
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滑走路を挟んで反対側に従来の第1ターミナルが見えます。

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国際線部分の奥の方(写真右手)はまだ工事継続中でした。

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到着・荷物受取コーナー。中央の壁の左手前が国内線、奥が国際線で、更に奥の方に入国審査カウンターが見える。右手は税関のX線の機械が。

なお、こちらのターミナルにも一応南部プラバヤ・ターミナルからのDAMRIのリムジンバスは入っていましたが、時刻表も掲示されておらず、運転士氏に尋ねても、「6台が運用に入っているんだけど、あっち(第1T)に行っちゃったりしてね…」と初日だけあってかなり雑な運用の模様。T1=T2間の連絡無料リムジンバスも一応運行されているのだけれど、こちらも「1時間おきくらいかな・・・」と、かなり頼りがいのない感じでしたが、まあ一応はある、ということで。
市内へのチケット制定額タクシーは、わがアパートのあるMayjend.Sungkono通りまでは高速代別で10万ルピアというので、T1からと同じ料金でした。
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市街地南方のプラバヤ・バスターミナル行き(Rp.20,000)の他、第1ターミナル行きの無料バスも(時々)あります。

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おまけ:サウォトラタップ停留場まで利用したコミューター列車。運転士の姿が見えないのは、後追いだからです。

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2014年2月15日 (土)

スラバヤ空港、今日も開かず。

今日も噴火の影響で朝から空港閉鎖が続いた。朝起きて取り敢えずローカルのTVのネットニュースにかじりつくが、いずれもスラバヤに加え、マラン、ソロ、ジョグジャ、スマラン等、東ジャワ~中部ジャワ各地の空港は全く再開していないようだ。

周辺住民の避難は相次いでいるものの、在留邦人が怪我をしたといった情報はないようで、こちらは不幸中の幸い。取り敢えず当面の課題としては、出張者の送り出し。もし今夕のフライトに乗れなければ、もう一泊するか、陸路でジャカルタかバリに脱出するか…といった判断を迫られることになる。

もう一つの問題は、手持ちの航空券。彼らは、日本=DPS=SUB=DPS=日本という航空券を持っており、規則上は順番に使わなければならず、SUB=DPSといった一部区間をすっ飛ばしてデンパサールから日本行きのフライトに乗るということはできないのが原則。
とはいえ天災で飛行機が飛べないというのだからこれは特別扱いをしてくれないと困る。更に複雑なのは、この切符が本邦内の旅行代理店経由で発券しており、当地の窓口でそのような扱いは出来ない、発券個所経由で手続きを、と言われる可能性があり、それが本邦内の旅行会社が週末でお休みに入っちゃってるんじゃないか、という懸念も。

そんなわけで朝10時の開店を待ち侘び、市内西方チプトラ・ワールド内のGAの支店で交渉開始。この時点ではまだ午後には運行再開という可能性はあったが、閉鎖継続に備えて、取り敢えず翌日の同じ便を予約。原則認められないダブりの予約になるが、あっさりと、「今日の便が欠航決定した時点で、明日の予約が生きます」との柔軟な対応。
その後出張者をホテルに迎えに行き、相談しつつ市内ブミホテルのガルーダのオフィスに行くと事務所は変更・払い戻しを求める客で溢れ、整理券をとると既に120人待ちという状態。Blackberryのグループを使って連絡を取り合っている、別の出張者対応をしている同僚からは、Lion Airは210人待ちだとかいう悲鳴が入ってきた。

お昼の時点で、どうやら少なくとも18時迄は再開しない予定という当局者談が伝わってきたので、今夕の便でデンパサール経由帰国予定だった方々は今晩の夜行便に乗れないことが確定。陸路でジャカルタかバリに脱出するか…といった検討を始め、日本側の経理担当者と電話で調整をしだした。クルマを借り上げてバリまで行くには3万円はかかるからね。

そんなこんなで色々な情報が飛び交い、100km南のマラン空港が開いて2本離陸しただけでまた閉まったとか、バリ行きのクルマの手配や(ジャカルタまでは断られた。700kmあるからね…)、もう一人(昨日苦労して夕方のフライトを購入した)ジャカルタからの出張者用のSriwijaya Airの航空券の払い戻し・・・ これが、購入した旅行会社は閉店しているし、Sriwijayaの支店は全く電話に出ないので、もうこちらに直接出向く。数十人待ちの後、払い戻しは現金ではなく、バウチャーでしか戻さないなどと言い出して揉めるが、もう最後は仕方がない。自分でバウチャー引き取って、次回の旅行で使う覚悟をする。

それでも、本邦出張者分は首尾よくSUB=DPSを不使用としてデンパサールから日本行きの便に乗る、不乗区間は帰国後代理店経由で払い戻しという措置にGA側の了解を取り付けて裏書きして貰い、並行してバリまでのクルマを確保。ジャカルタ行きの出張者はバリまでクルマで行ってジャカルタへ飛ぶ… と思ったら、今度は明日のデンパサール→ジャカルタのGAが悉くすべて満席で一瞬焦ったが、こちらは、Sriwijaya Airの夕方16:50発の便が最後4席となっていたのに滑り込み、上述のバウチャーに少し追加を足してこれを購入することで、結果オーライ。なんだか今回はスリウィジャヤ・エアー様様でしたかね。しかし、あぁ、精算面倒くさそうだ。

そんなわけでバリに向かうイノーバを見送った後、今度は別の出張者の方々のお相手。こちらは一部メンバーがLion Airでマカッサルに飛ぶ予定だったということで、流石に陸路で代替、というわけにはいかない。「船で行きますか?」というのは冗談にしても、こちらは一行全員、市内のホテルに泊まって明日の空港再開にかける、との方針。
空港調査関係の出張者だったこともあり、空港が再開できていなかった昨日今日、管制など空港関係職員が暇だったと見え、予想以上に調査自体が順調というか、いろいろ話を聞けたという嬉しい?誤算だったとか。それは何より。不幸中の幸いっというか。(^-^;;
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今日は仕事でバタバタしてる間、大混雑の航空会社のオフィスの写真一枚撮るのも忘れてました… 替わりに、2回助けられたので、スリウィジャヤ航空の新塗装機@マラン空港にて。

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2014年2月14日 (金)

噴火の影響で、

今朝の未明、SMSで東ジャワ州中南部、クディリ東方のクルッド山(Genung Kelud)が噴火したとの一報。
まず飛び起きてネットを確認したが、火砕流で被害発生という話ではなくそれほど大規模な噴火ではない様相だったので、取り敢えず関係者にメールを打って一旦眠りについた。

朝になって起きてみてこれがびっくり。このクルッド山から100km近く離れたこのスラバヤのアパートでも、窓の下の緑地帯にはびっしりと灰が積もり、空は濁って視界も極端に落ちている。
どうやら火砕流など大きな被害は出ていないものの、噴煙・灰の噴出が酷く、近くのクディリ、モジョクルト一帯から北はこのスラバヤ、マドゥーラ島、西は250km離れた中部ジャワのソロ・ジョグジャカルタ地域まで結構な降灰があったようで、スラバヤ、マランは勿論、ジョグジャ、ソロ、スマランの空港まで閉鎖となっているという。
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通勤途中のクルマから。スラバヤ市内でも結構な降灰がありました。

この雰囲気では今日の夕方帰る予定の出張者、どうやら飛べない可能性が高そうなので、昼間は市内で用務がある出張者の泊まるホテルに立ち寄り、取り敢えずE-ticketの写しを貰って、変更対応に備えることに。
そのまま午前中は関連業務に追われ(これはこれで滅茶苦茶バタバタしたのだけれど、ここで書くような話ではないので省略)、午後になりどうやら今日いっぱいは空港の再開はないという情報が入ってきたので、それならば、ということで、出張者用の今晩のホテルの再予約と、さあフライトはどうする。
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ネットニュースには、灰を被った飛行機の姿が。これはジョグジャカルタ空港かな。

日本からの出張者はデンパサール経由で帰国の予定だが、今晩DPS発の日本行きにはどうやっても間に合わない。
一瞬、今晩の夜行列車でバニュワンギ経由でバリに渡って明日の夜DPS発の便に・・・とも考えたけど(笑)、まあ明日の再開を信じて翌日便へ変更。SUB→DPSは明日の便もそんなに混んでないようで、すんなり変更できた。
ジャカルタからの出張者は・・・ やっぱり今晩の夜行列車?とも考えたけれど、午後の時点でローカルTVからは「今晩の東ジャワからジャカルタ行きの夜行列車は軒並み満席」との報道も。
そうだろうな。今日飛べなかった人達が大勢流れてきてる訳だもの。こちらも明日便へ変更・・・ と思ったら、明日15日のスラバヤ発ジャカルタ行きのガルーダ便は軒並み満席。おっと困った。
取り敢えず天災影響ということで無手数料払い戻ししてくれるというので、それはいいのだけれど、他社をサイトで見てみると、Lion Air、Citilinkは全便満席。Air Asiaが空いているようだったので(本人がいないのでクレジットカード決済は使えず)スタッフを事務所に走らせたが、長蛇の列で並んでいる間に夕方の便は満席になり、深夜22時過ぎの便になってしまう。Tiger-Mandalaも23時の便しかない。うわぁ…

と焦る中、ようやくSriwijaya Airの夕方の便に空席を発見、滑り込みでこれを抑えることが出来た。いやぁ…ヒヤヒヤものでした。
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本日オープン!の筈のスラバヤ空港第二ターミナル… 関係者の皆さんお気の毒でした。

とこちらは何とかなりましたが、気の毒なのは本日開業のスラバヤ・ジュアンダ空港の新しい第2ターミナル。初日にいきなり終日運行停止になってしまいました。ケチついちゃいましたねぇ…

また、夕方になると、FBのインドネシア人の鉄友の皆さんが、中部ジャワ、東ジャワ方面の列車が灰だらけになってジャカルタに帰ってきた写真を続々とアップしていた。うーん、このスラバヤでも、クディリ方面からの列車がこんな状態だったんだろうな、撮りに行きたかったのとは思いつつも、仕事がある以上そんなことはしてられません。のが少し残念だったりします。
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こういう写真は不謹慎でしょうか。2012年のレバラン輸送に合わせ登場、一瞬でなくなったスラバヤ=ブリタール間「クルッド・エクスプレス(Kelud Ekspres)」。

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2014年2月13日 (木)

スラバヤ空港新ターミナル開業間近!

スラバヤの空の玄関口、ジュアンダ国際空港。
ジャカルタのスカルノ=ハッタ空港に次ぐ、年間600万人もの乗降客数を数える東部インドネシア最大の空港の一つである。
ただし滑走路は1本、国内線はほぼ全てのフライトがB737やA320、ATR72といったナローボディ機で、一本しかない滑走路の離発着回数はほぼ限界に達している。

ターミナルビルは2006年に開業したばかりの、円借款で建設された滑走路の北側につくられたターミナルビルに国際線・国内線の全ての便が取り扱われているが、こちらもキャパシティが限界に近付きつつあったため、滑走路の南側の旧ターミナルをリノベーションして再利用すべく、改装工事が進められてきていた。
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地元の空港の写真って、案外ないもんですね。ジュアンダ空港ビルからの眺め。これは落下傘部隊の訓練(左の方)を撮ったつもりのようです。

空港当局のサイトによれば、その新ターミナルビルが、この2月14日というから、もう明日ですね、からオープンするということが突然発表されました。
どうしてこの手の発表はいつも直前になっちゃうのかねえ。それによれば、この「第二」ターミナルビルは、ガルーダ・インドネシア航空と、Air Asiaの、国内線および、国際線の全フライトがこちら第二ターミナルに移転されるのだそうです。
日本からの出張者、在留邦人の利用するフライトはこちらが圧倒的に多いでしょうね。

来週は、うちの事務所関係でも“お偉いさん”な来客がある予定なので、ちょっと事前に空港に見学に行かなきゃいけないところですね。
取り敢えずはご来訪予定の皆様、ご注意ください。特に出発時、ね。

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2014年2月12日 (水)

Tiger-Mandala航空、大幅減便。

そういえば数日前、先週金曜だったかの当地ローカル紙「Surabaya Post」の一面に、デカデカとカラーでTiger-Mandala航空のエアバス機の写真が。何だろうと思ってみてみると、どうやらこの現在シンガポールのTiger Air傘下のLCC、スラバヤ関係の4路線を含め、大幅減便するらしい。

まずは10日から順次・・・というから、もう昨日だな。
スラバヤ=香港便とクアラルンプール便、ジャカルタからのKL便、メダン=シンガポール便など国際線を中心に運休を開始、来月にはジャカルタからのジョグジャ、プカンバル便、シンガポール=プカンバル便、先日利用したばかりのスラバヤ=バンコク便、ジャカルタ=香港便を順次運休していくというので、確かに大幅な路線縮小だ。

これが一通り全部実施されてしまうと、当地スラバヤからのフライトは、僅かにジャカルタ便とシンガポール便が残るだけになってしまう。
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ローカル紙の一面を飾るタイガー=マンダラ航空機のカラー写真。

その理由としては、ルピアの急落によりドル決済が過半となっている燃料コストが増大したための不採算路線の整理だと発表されている。

一応公式には「運行一時停止」とされているようだが、為替レートが今後しばらく大幅にルピア高に触れる要素も多くなく、当分の間運行再開は望めないだろう。

現在スラバヤには、このTiger-Mandalaの他、Air Asia、Jetstar(Valuair)、そして国内LCCの雄Lion Airなどの格安航空会社が相次いで国際線を乗り入れてきており、廉価な運賃で近隣諸国との間を往来することが出来て、当方も何回か利用させて貰っている。
それも、競争があればこそまた当然により安い運賃を享受できていたのだけれど、こうやって撤退が出てくると、運賃も次第に高止まりしていくかもしれませんね。

 

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2014年2月11日 (火)

シリワンギ=パンランゴ号 おまけ。

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張り上げ屋根、固定窓化改造済みのエコノミAC車を連ね、スカブミ駅に進入するパンランゴ号。この駅からはシリワンギ号となってチアンジュールを目指す。

さて、スラバヤ戻ってきましたので、この週末の(再)開通シリワンギ号と、一体になって運用されているボゴール(パレダン)=スカブミ間のパンランゴ号の時刻表をアップしておきます。次にお出掛けされる方の参考になれば。Pangrangosiliwangi_2
こちらが東行き、ボゴール→スカブミ→チアンジュール方向。
こちらは西行き、チアンジュール→スカブミ→ボゴール方向の時刻表です。
Siliwangipangrango_4
なお既報のとおり、JABODETABEK電鉄のボゴール駅と、このボゴール・パレダン駅は200mほど離れており、乗継には最低10分程度の余裕が必要なことと、

今回のダイヤ改正でボゴール発の始発時刻が繰り上がり、ジャカルタ市内(マンガライ以北)の駅からでは、始発電車で出発しても、間に合わなくなってしまいました。
ジャカルタ市内に宿泊し、このボゴール・パレダン朝7:00発の列車に乗る場合、タクシー等でマンガライ以南の駅まで向かい、始発電車を捕まえる必要がありますので、ご注意を。

なお、PT.KAI公式Twitterで、残る運休区間、チアンジュール=パダララン間は本年3月にこの区間の運転再開の可能性がある旨のツイートが流れていました。乗り潰し派の方におかれては、運転再開以降を待ちますか?

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南回りでジャカルタ=バンドゥンを結ぶルートはこんな感じです。プルワカルタ周りとは競争にはならないですね。

※ 2013年3月頃から、乗車率低迷により、残念ながら減便となった模様。新時刻表はこちらのとおりです。他方、ボゴール発の初便の時刻が繰上げとなり、ジャカルタ都心部から始発電車でボゴールに向かえば間に合うようになったのは、乗り潰し派日本人には朗報ですね。

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2014年2月10日 (月)

復活南回り線・シリワ​ンギ号の旅。

さあて、結構渋滞もあり2時間以上かけて着いたチアンジュール、街外れでバスを降り、アンコッで辿り着いた駅には、既にお目当ての列車は到着していました。

以前来た時には、ここから東のバンドゥン方面パダラランまでの運転だったのだけれど、こちらの区間は現在運休中。
他方で、随分と長い間運休になっていた、ここから西のボゴール方面、スカブミまでの区間が昨8日に運転再開されることとなったため、今日は初乗りにやって来た訳です。
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チアンジュール駅で出発を待つ、スカブミ行「シリワンギ」号。

既に何度も書いているとおり、この手の開業・改廃の話が全くといっていいほど見えてこないインドネシア国鉄PT.KAI、こちらも今回の(再)開業情報が確実そうになってきたのもホンの2週間ほど前。以降も、8日開業なのか9日開業なのか正式なアナウンスはないまま、数日前に地元の鉄っちゃんの「9日開業だそうだ」とのFB情報を頼りに駅に買いに行ってみたら、買えてしまった!
その後、一昨日になって「開業は8日、切符は前売りせず当日その場で」という国鉄PT.KAIの公式Twitter発言を確認。

まあ8日はどちらにしても出掛けられなかったので悔しくはないのだけれど、なんで直前まで発表しないのだろう、こんな重要なダイヤ改正を。
きっと直前になるまで、予定どおりに走らせられるか自信がないんだろうね、と口の悪い友人と話をしたりしました。
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シリワンギ号運転開始の垂れ幕や、お祝いの花看板などで賑やかなチアンジュール駅舎。

さておき、そんなわけで、チアンジュール駅には11:15定刻にスカブミからの列車が到着していました。バンドゥンからのバスが結構な渋滞で、この到着に間に合わないとは思わなかった。
この駅で同じく初乗り目的で、この列車に乗ってやって来ていたパクアン急行氏と地元鉄アダム君と落ち合い、お昼ご飯の後、出発時間が近づき、再度駅へ。
先日乗ったボゴール=スカブミ間パンランゴ号がそのまま延長されるんだろう・・・と思っていたら、このチアンジュール=スカブミ間はシリワンギ(Siliwangi)号という別列車に仕立て上げられているようです。
車両はそのまま直通するので、切符もそのまま売ってくれれば良さそうなものだけれど、別購入となってしまい、今日の当方手元の切符も、列車番号は同じ7117ながら、チアンジュール=スカブミ間「シリワンギ」7117B列車と、スカブミ=ボゴール間「パンランゴ」7117A列車では、別の座席となっていました。
バティック柄の食堂車は前回乗車時のものと同じ車両だったけれど、2両連結されている一等Eksekutif車は、前回のパンランゴとは異なる、ひょっとしたら昔は寝台車かなんかだったかもしれない、アルゴ登場以前の小窓車。これまでは1編成が3往復するだけだったのだけれど、チアンジュール延伸に合わせてもう1編成投入したみたい。
ちなみにこの「シリワンギ」ってのは、10~11世紀頃にこの西ジャワ一帯に栄えたとされるパジャジャラン王国の王様の名前だそうです。
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沿線では、列車の通過を待ち受け、手を振る子供たちや見学の大人など多数。

というわけでこれからバンドゥンへ抜けるという両名と別れ、定刻12:20分に無事発車。エクセクティフ車の車内は9割ほどの乗車率だろうか。
初乗り区間というのは、やっぱり気が弾みますねえ。
市街地の裏道を築堤で抜けて行くが、まだ運転再開2日目とあってか、物珍しさで手を振る大人子供多し。先ずはPasirHayamなる廃駅を通過通過した辺りで市街地を抜け、車窓には棚田が広がってきた。広くはない土地を精一杯活用しているのがよく判る。
最初の停車駅 Cilaku、次のCibeber(標高456m)と次第に高度を上げてくる。停車する各駅のホームには見学に来ている人々も多いが、切符を手に初乗り目的で乗り込んで来る家族の姿もチラホラ。
標高456mのこの駅を発車、Sidangresh?と壁に書かれた手元の資料にはない廃駅を過ぎるといよいよ山深くなり、線路は右に左に蛇行し、携帯の電波も徐々に弱く。それと共に次第にスピードも落ち、歩くような速度になってきた。
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ランペガン駅に到着したスカブミ行き「シリワンギ」号。

このルート、ジャカルタとバンドゥンを結ぶ最初の幹線ルートとして1884年に開通したのだけれど、その当時は当然SLの牽引で、この山越えは相当な急勾配の難所だったのだろう。その後プルワカルタ回りのルートが1906年に開業して両都市間輸送の主力の座を追われたのだけれど、こちらの開業が急がれたのがよく判るような線路状況です。

そのサミットにあるのが標高652mのランペガン(Lampegan)駅。一時期チアンジュール側からここまで列車の運転があったので、それなりの街かと想像していたのですが、周囲には僅かな集落しかない、全くの小さな駅でした。この駅の西側にはこの峠越えのサミットとなる全長686mのランペガン・トンネル(Terowongan Lampegan)があり、このトンネルの内部が崩壊したため(それ以前も一部崩壊・修繕までの運休を繰り返していましたが)2001年以降この区間の列車の運行は停止。それでも2006年以降トンネルの補修工事が行われ、今般晴れてようやく運転再開となったわけでした。
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警察系の方々が大勢ウヨウヨしてますが、 撮影禁止!などと言われることはありませんでした。

やたらと鉄道警察などの警備関係者の多いランペガンで暫くの停車の後お目当てのトンネルに入ると、乗客からは歓声が上がる。トンネルの少ない当地の鉄道、一つのアトラクションになってしまっているようで。

途中から下り勾配となりトンネルを抜け、1333に西側最初の駅チレウンガス(Cireungas)着。 標高587mといきなり随分下りてきた。次の停車駅ガンダソリ(Gandasoli)の手前から終着スカブミまでは、地図で見るとよく判るが、盆地の平野部分を一直線に駆け下りる・・・ のですが、最後まで“快走”というスピード感はなかったので、随分と余裕をもった時刻設定なのでしょう。なにせスカブミ=チアンジュール間38kmを2時間近くかけて走るのだから。
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ランペガン駅を発車、トンネルに入っていく列車。安全確認する車掌さんと目が合ってしまいました。

終点スカブミでは、ボゴール方面からやって来た7118列車パンランゴ号=シリワンギ号と交換のため、約30分の待ち合わせ。
この列車の食堂車は、ボゴールからチアンジュールへと抜けるプンチャック峠にあるタマンサファリなる屋外型動物園にちなんだのか、大きな虎柄のラッピングがなされていました。これは最早、バティック客車、ではないね。

さて、これで本日の目的は無事終了。パンランゴ号となった7117A列車の家庭用エアコンつきエコノミAC車に移動、このままボゴールまで乗り通し、更にジャボデタベックの電鉄に乗り継いでジャカルタへ、ジャカルタ発22:35のAir Asia QZ7688便でスラバヤ戻り。この深夜に30分以上遅れ帰宅したのはもう1時、自業自得とはいえ、少々疲れました。
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もう一編成の、すれ違った方の編成の食堂車は、派手な虎柄ラッピング車両でした。

ところで、PT.KAIによれば、10日(月)1330頃、Lampegan - Cirengas 間というからトンネル区間ですね。ここでこのシリワンギ号が脱線、死傷者なしとのこと。路盤が安定していないのか、まだまだ習熟が必要みたいですね。

更に追加。13日付「じゃかるた新聞」によれば、この脱線事故を取材に向かう途中だった地元TV局のスタッフを乗せたバイクが悪路で転倒、重傷を負った由です。お気の毒様なんですが、そんな悪路な地域であれば、並行道路未整備!ですから、鉄道の活躍の余地があるわけですね。

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2014年2月 9日 (日)

バンドゥン空港「駅」には・・・

さて日曜日の今日、昨日土曜日は忙しかったんで日曜くらいはゆっくりしとけばいいのだけれど、今日は訳あって早起きしてお出掛け。朝5時前に家を出て、6時半発のAir Asia QZ7631便、バンドゥン行きのエアバス機に乗り込む。

えーっと、日帰りの予定なんですが、飛行機です。ホントは昨日土曜なり、金曜の夜なりに出発したいところだったんですが、昨日は夜まで色々と行事予定が入ってたんで、仕方ないですが。
とっても早起きしてしまったんで、離陸も曖昧なまま熟睡。気がついたらもう既にバンドゥンへの着陸態勢に入っていました。
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エアバスA320といえば、ウイングチップという認識でしたが、ウイングレット付きの機体もあるのね。

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古風なデザインのバンドゥン「フセイン・サストラネガラ空港」。この写真撮ってるのが、既に空港敷地外からという、敷地の狭さ!

さて7:50のほぼ定刻に着陸したバンドゥン・フセイン・サストラネガラ空港。
シンガポールやKLとを結ぶフライトもある一応国際空港だが、ジャカルタから近いため首都とのフライトはなく、発着本数自体は多くない。今日の到着時も、他に駐泊中の商用機はなし。

この空港の特徴はなんといっても市内に極めて近く、というか、もう市街地の西の一角に空港があるといっても良く、福岡の板付空港やメダンのポロニア空港に匹敵する・・・ って例えが判る人がどれだけ判るか。流石に近い将来にはバンドゥンとチルボンとの間のマジャレンカ県に「Bandung Majalengka International Airport」新空港の建設計画もある模様。

今日はこの空港に降り立った後、西のチアンジュールを目指すため、なので、広大な250万都市バンドゥンの南東方にあるバスターミナルまで移動していては二度手間。
なんとかこの空港から西の、出来ればチアンジュールまで直行・・・は無理でも、パダラランか、せめてチマヒ辺りまで出られないかと考えていた。
が、残念ながら都合のよいリムジンバス的なものはなさそう。それでも事前にネットで調べていたら、空港から200mほどのところに駅がある・・・ といった記載が。Google Earthで眺めてみると確かに空港の南側、一部は空港の敷地を掠めるような辺りをバンドゥンからジャカルタ方面とを結ぶ幹線鉄道が走っているのが見える。
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残念ながら停車列車のない、バンドゥン空港最寄りのアンディール(Andir)“駅”。 昔は旅客営業していたのですかね。
(
1941年の時刻表を見ると、旅客駅として掲載していますね。)

というわけで、小雨降る中ではありましたが、空港ターミナルビルを出て直ぐの、空港駐車場に入るクルマの脇の道を南へ歩くこと数分。
200mってことはなかったけど、500mはなかったな。踏切が見え、丁度西方向へ短編成の近郊列車が通過していくのが見えた。あーっ行っちゃったか。

あれ、通過?とその駅・・・「Andir」駅に近づいてみたが、どうやら旅客扱いをしている駅ではなさそう。
駅員氏に尋ねてみると、こちらは駅とは言っても旅客扱いをしていない、信号所的な存在の由で、運転所内のモニターやダイヤを見せながら、近隣の踏切警所への連絡など、この信号所の役割について説明して戴けました。
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“駅”の事務所内で、列車管制システムなどを説明していただく。

うーん。空港駅と呼ぶには若干無理がある距離かな。荷物を抱えて歩いて行かなければならないので、やっぱり連絡バスは必要だろう。
東側へ2駅進めばバンドゥンの中央駅でメダン新空港ほど遠くなく、市内から近いのでクルマでも渋滞したとしてもそれほど問題のある距離でもない。ちょっと空港駅として活用するには無理があるかな。
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丁度通りかかったのは、チルボンからのバンドゥン行き一、三等急行7101列車「Ciremai」号。

あ、このあとアンコッ(乗り合いミニバス)を2台乗り継ぎ、高速道路入口のパシール・コジャ交差点から、無事にチアンジュール経由スカブミ行きの都市間バスを捕まえることが出来ました。
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おまけ:スラバヤ空港のエアアジアのランプバス。顔が変わってるので元何処のか素性を察するのは難しいでしょうが、日本の中古バスですよね。

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2014年2月 8日 (土)

メルパティ航空、運行停止。

職場にいるときは、大体NHKかローカルのニュース番組をつけっぱなしにしているんですが、今日の当地の主なニュースは3点。
引き続いてのジャカルタの洪水、選挙を控えての動き、そして国営航空会社メルパティ航空の運行停止の話題でした。
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現在(運行停止前まで)主力のB737-400。これは「Merpati Nusantara」とフルネームが記載されている機体。

メルパティ・ヌサンタラ航空(MZ)。
1962年設立と国内でも最も歴史が古い部類に入る、国内大手航空会社の一つ・・・といっても同業他社とは異なり、純粋なビジネスベースの他社とはその営業方針が全く異なる会社といってよいでしょう。
特に東部インドネシア地方の島嶼部に多くのローカル線を運行しており、不採算路線を多く抱えるものの、1978年からは国営ガルーダ航空の傘下となり、商用航空会社のフライトが成立しないような路線も運行する、政府の支援により政策的にその運営がなされている航空会社です。
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流石に今はB737-200は見なくなりました。ティモール在勤時代には随分お世話になりましたが。

インドネシアから独立した東ティモールの首都ディリにもバリ島のデンパサールから毎日1便の国際線を飛ばしており、2003~04年にかけてディリに在勤していた私も随分お世話になりました。当時の機材はB737-200かフォッカー100という、いずれも前時代的な機種、EUから乗り入れ禁止を食らうような安全面でも問題なしとしない会社でしたが、これしか飛んでないんだから仕方ない。年間50回くらい搭乗する、フリークエントフライヤー(苦笑)だった時代もありました。
事故も多く、パプアなど島嶼・山間地域のプロペラ機を中心に毎年1回は墜落事故を起こしているような印象もありましたが、一昨年に当地スラバヤに引っ越して来てからは、スラバヤ発19:40のジャカルタ行きという、金曜夜に仕事を終えてから飛び乗れるような都合の良い時間帯のフライトが、約3,000円と安かったので、何回か利用させて貰っていました。
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最近のローカル線の主力は中国西安製MA-60。墜落事故も起こしています。

なのですが、半年前の本ブログにも書いていましたが、多額の負債を抱え、経営的にはいよいよ宜しくない状況になっていたようです。
この2月に入り、同社はとうとう運行を停止。燃料代を支払う資金ショートを起こしたようで、今日のTV報道によると、従業員の給与も遅配となっている模様。
一応予約購入していたチケットの払い戻しには応じているようですが…

国内の関連規程によれば、運行停止が3週間続き再開の見込みがない場合には、路線免許が剥奪されることになっているそうです。
今後同社は、子会社の売却、債務の再編、民間資金の導入などの経営再建の手続きを完了させ、4月から運航を再開させる方針であるとのこと。

件のディリには現在、MZの他にもスリウィジャヤ航空、シンガポールからはシルクエア―が乗り入れており、MZが運行を停止しても直ちに孤島となるわけではないのは幸いだが、国内の地方部・島嶼部にはMZ以外のフライトがないローカル空港も多い筈。数週間の運行停止は大変なことになっている街や島もあるかもしれません。

というわけで、今日はメルパティ航空機の雄姿を特集してみます。
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フォッカー100も最近すっかり見なくなくなりました。

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以前のローカル線の主役はフォッカーF27。F50じゃないです。

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ヌサトゥンガラ諸島の超ローカル線では、国産機CASA212アビオカーなんて珍しい機材も。

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結局現役で飛ぶ姿を見ることはありませんでした。これも国産機CN-235。

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2014年2月 7日 (金)

スマトラ鉄道のいい話2つ。

さて今月のダイヤ改正の話が幾つかありました。こちらの方はいずれもまだ少し先の話のようですが、スマトラ鉄道関係の前向きな話を二つほど。

昨日6日の英字紙「Jakarta Post」には、紅白に塗られた(白黒面ですが)レールバスの写真。
お、バタラ・クレスナ(ソロ市内の併用軌道区間を、ジョコウィ市長立会いのもと、鳴り物入りで走り出し、ホンの数か月で運行停止になったレールバス)だ!と思ったらさにあらず。
こちら、同型のINKA製三連接レールバスなのですが、西スマトラのパダン近郊路線に投入された個体です。基本的な設計、デザインは地元の風俗を車体に描いています。
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こちらも、投入後、ひょっとしたら全く運用に入らないままお蔵入りというか、車庫内に留置されていたものですが、この写真キャプションによれば、近くこのレールバスがパダン近郊列車の運用に投入される予定であること、更に途中駅から分岐させる形で、パダン・ミナンカバウ空港への連絡列車としての開業も期待されている、なんて書かれてます。
それはそれは。メダン空港列車の成功で気をよくしたかな。
しかし工事はまだ始まっていない筈だが・・・ まあ、相当の郊外に作られた(これも円借款ね)新空港から鉄道線路までの間は、殆ど建物も建っていない未開発エリアをホンの数kmだから、用地買収も難しくないのかもしれない。期待しときましょうね。
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特徴的な屋根デザインのパダン・ミナンカバウ空港。ここに空港鉄道が入る⁉

もう一つは、以前幼稚園児の貸切列車に便乗させて貰って乗り潰した、南スマトラ州パレンバン近郊の、スリウィジャヤ大学への通学路線(本線上のポス・インドララヤ=インドララヤ間約4km)が再開されるというニュース。
こちらは報道ではなく、国鉄PT.KAIの公式Twitterで、列車の時刻もあわせて書かれていたもので、信憑性は高いかも。線路と駅は完成し一度供用されていた以上、運行再開へのハードルは高くないはず。
因みにその列車、休止前と同じく「Seruni」号と称し、クルタパティ(Kertapati)07:30発、インドララヤ(Indralaya)14:18発の1往復、料金は2.500ルピアとのこと。
壊れて放置されたままのレールバス「クルタラヤ」号編成が再使用されるかどうかはわかりませんが、再度通学生の皆さんのお役に立てるようになるんだったら何よりですね。
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インドララヤ駅の留置線に留め置かれた“レールバス”編成。もう一回これを使うのかな?

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2014年2月 6日 (木)

スラバヤでも洪水なってます。

去年のジャカルタ大洪水はまだ記憶に新しいところですが、今年もジャカルタは、タムリン=スディルマンまですっかり水没して(Banjirといいます)都市機能が麻痺した昨年ほどではないとはいえ、南の山から流れてくる川の水と、毎日降る長時間の雨の影響で北部コタ地区や西部地区、東部のチリウン川流域地区など周辺を中心に、いつまでも水が引かない状況が続いているようです。長く続いているという意味では、去年以上という話もあるよう。
JABOTABEK電鉄も、環状線が一部区間で線路が冠水して運行停止に追い込まれたり、冠水し易いブキット・ドゥリの車庫から電車を退避させたりと、てんやわんやのようです。

その今年の雨季はここスラバヤにも影響を与えてきています。
あちこちで浸水の報はありますが、但し、トゥリ・リスマハリニ現市長のイニシアティブで、昨年来市内の道路のあちこちを掘り返して排水溝の設置を進めてきている効果か、市内での冠水は明らかに減ってきている印象を受けています。バンジールなるとすぐに大渋滞だから… ここは改善ですね。
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ポロン駅北側の泥流池の脇の区間で、冠水した線路を水をかき分けて走る、BB301型DL牽引のスラバヤ行き「Penataran Ekspres」。これは英字紙「Jakarta Post」かな。

そんな中、スラバヤ近郊で水が出易いのはいつもの北部の海岸線近くの低地帯と、南隣のシドアルジョ県のポロン付近で、当地の報道を見聞きしていると、今回は特にブランタス川に近いエリアが今回特にやられているようです。

今朝の当地紙各紙もこのエリアが水没し、冠水した線路上を走る列車の写真がセンセーショナルに飾っていました。
読んでみると、鉄道線路上の冠水が線路上20~35cmと最もひどいのは、シドアルジョ~ポロン間の、ラッピンドの泥池の堤防の脇のあたりのようで、今日たまたまお昼休みにグブン駅にいたら案内放送が流れており、この区間を経由して東部のジュンブル・バニュワンギ方面やマラン方面とを結ぶ列車は軒並み大幅な遅れあるいは運休する列車も多数出ていました。って、走ってる列車もあるようで、こんな水被った状態で、大丈夫なのかね。道床が流れ出して事故になったりしないか、心配になります。
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最近の冷房改造車のエアコン室外機は、こんな位置に設置されてるんですよねー。

こちら一枚目の写真の新聞報道、最近はあまり見なくなった箱形ディーゼル機関車・・・BB301のようですが、複数の紙面でこの普段は旅客列車の運用に入ることが殆どなくなった古いDLを持ち出して走らせている写真を目にしました。
機関車足りなくなったのかな?となんとなく思っていたら、さにあらず。
どうやらこちら、CC201や206といった通常幹線列車をけん引する各種形式のアメロコは所謂電気式DL、他方でこのBB301は日本の多くのDLと同じ液体式DLという大きな違いがありました。恐らくは、電気を起こしてモーターを回す電気式DLを冠水した区間で走らせて、漏電したり乗務員が感電したりするリスクがあるのではないかと。
その点、軽油でエンジンを回して走る液体式DLだとその危険がなく安心というわけか。国鉄PT.KAIがマディウンのINKAに指示してCC300なんて液体式DLを試作させているのも、雨季のバンジール対策だと聞いたことがあったな、そういえば。

で、そこは気を遣ったとして、それだけでよいのかな?と思ったのが冷房関係。
最近はエコノミ列車も家庭用エアコンを用いて冷房化されているわけなのですが、これらの改造AC客車、床下にエアコンの室外機がぶら下がってるんですよねー。
こちらが水に浸かってしまうとちょっとイカンのではないかと思うのですが・・・。
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普段の「Penataran Ekspres」は、最新型の電気式DL、CC206が牽引することが多いです。

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2014年2月 5日 (水)

ダイヤ改正、続報。

昨日のKA.アジサカ号運転開始の報を読み、いよいよダイヤ改正が本格化したらしいことが判ってきたので、ネットで少し調べてみたり、頂き物の時刻表(但しダイヤ上設定されているだけで実際に運転されていない列車が多数掲載されているもの)などと照らし合わせたりしてみると、当地スラバヤ関連でも幾つかの新列車が運転開始されるらしいことが見えてきた。
なので、昨4日、お昼休みに事務所近くのスラバヤ・グブン駅を訪ねて、少し聞き取りしてみたところ、以下のような状況が判ってきました。

・スラバヤ・グブン=マラン間「Bima Ekspres」(夜行列車ビマ号の間合い運用で全車一等Eksektif車):2月8日運転開始 SUB06:18-08:35ML、ML15:10-17:18SGU

・スラバヤ=ジュンブル間、「Turranga Ekspres」(夜行列車トゥランガ号の間合い運用列車、全車一等):運転開始時期未定
・スラバヤ=マディウン間「KA.Sarangan」(「Mutiara Selatan」の間合い運用列車、全車二等ビスニス):運転開始時期未定
・スラバヤ=チェプー間「KA.Maharani」(「Kertajaya」の間合い運用列車、全車エコノミAC:運転開始時期未定
・スラバヤ=マラン間の「KA.Penataran Ekspres」のブリタール延長:運転開始時期未定

とのこと。

更に可能な範囲で他の鉄道管理局(DAOP)分も、ということで聞いてみると、
プルウォクルト=スマラン・タワン間「KA.Kamandaka」(全車エコノミAC):2月17日運転開始、PWT05:00-10:11SMT、SMT16:15-20:50PWT 
これはまた、随分と乗りづらい時間帯に設定されたもんだ。
肝心の旅客列車運行再開区間のPrupuk-Slawi-Tegal間、Slawiの発着時刻で見ると、朝のスマラン行きは06:54発はともかく、夕方のプルウォクルト行きは19:04発と、もう日が暮れてしまってるから、車窓眺めるんなら朝便の方か。しかし朝5時発って・・・
Kamandaka2x
どこから持ってきたのか、地元鉄の皆さんのFB上にはこんな立派な案内が。

もう一つ棚ぼた情報だったのは、既に昼間の都市間列車が運転休止となって久しい、ソロ=スマラン間の列車運転の再開。
以前は確か「KA.Pandan Wangi」という愛称名だったと記憶していますが、今回運転再開となる列車は「KA.Kalijaga」号となり、先述のとおりソロのエコノミ列車発着駅となるプルウォサリを起点に、ジャカルタとを結ぶエコノミAC準急「KA.Bengawan」の間合いを利用し、PWS05:25-07:58SMT、帰路はSMT09:00-11:45PWSとなっているよう。これだと以前のパンダンワンギ時代と殆ど同じ時刻で、これまた2月17日に運転開始とのこと。これは、ソロ側、ソロ・バラパン駅から北東へ向けて走り出し、ジュブレス方面からの路線と合流してスマランを目指す三角線の一辺が未乗だから、ここも乗りに行かなければならないですな(苦笑)。
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終着ソロ・ジュブレス駅の側線で昼寝する「ブンガワン」号。これがスマランまでアルバイトしてくるわけですね。

他にも、バンドゥン(キアラチョンドン)=クディリ間「KA.Kahuripan」の間合い運用として、バンドゥン=チアンジュール間「KA.Kiansantang」、 これは重要なチアンジュール=パダララン間の復活区間になるんだけれど、残念ながら運転開始時期は未定とのこと。ネットでは5月頃?なんて書かれてるのもありますが。
そして既に日本語でもネット上に幾つか情報の上がっている、今回の改正の目玉、ボゴール=スカブミ間「KA.Pangrango」の延長によるSukabumi-Cianjur間「KA.Siliwangi」号。

更にはジャカルタ方でも、スラバヤ=バンドゥン間「KA.Turranga」の間合いによるバンドゥン=ジャカルタ間「KA.Argo Parahyangan」、
スラバヤ=ジャカルタ間「KA.Bangunkarta」の間合いによるジャカルタ=バンドゥン間「KA.Argo Parahyangan」、
スラバヤ=ジャカルタ間「KA.Sembrani」の間合いによるジャカルタ=チルボン間「KA.Argo Jati」の、それぞれの増便が行われるみたいですが、こちらはジャカルタ在住の詳しい方に委ねましょう。
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旧塗装運輸省標準色のCC203が引く姿も懐かしい「カフリパン」。この編成がチアンジュールへ入るんですか。

こうやって見ると、最初一瞬「間合い運用の列車を増やす」と聞いた時には、整備点検はいつするの?使い倒して突然故障して運休とかいうのが増えるんじゃないの?というのが心配になったのだけれど、間合い運用の行き先はちゃんと整備点検が出来る客車区的な施設がある駅になってますね(スラバヤ→マラン、ジュンブル、マディウンへの変更、ソロ→スマランへの変更、など)。

まあ、取り敢えず乗りに行かなきゃならないのは、「Kamandaka」「Kalijaga」「Siliwangi」の3本のようね。次のお出掛けできる週末は・・・ よし、これを目指して切符の手配を、と。

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2014年2月 4日 (火)

ダイヤ改正、始まる(?)

2月に入り、当国国鉄PT.KAIではダイヤ改正(修正)が行われるようで、現地鉄道ファン等のFacebookでのやりとりでも、色々な新列車情報が飛び交うようになってきています。

当地では不思議なことに、我が国の国鉄=JRのように「○月○日ダイヤ改正!」などと派手に打ち上げて、月刊時刻表や駅、今であればネットのホームページ上などで大々的に広告を打って、地元と共に盛り上げていくということが殆どなく、ある日突然に新列車の運行が始まり、内部関係者と地元のごく限られた人達だけが集まり、運転開始を知ったのはもう前日だったとか、甚だしきには・・・いや寧ろその方が多い気がするのだけれど~ 後日報道やネット情報、口コミで運転開始を知る、当日は誰も知らないのでガラガラ、という状況をよく見聞きしています。

しかもとある特定の日に全国一斉に運転開始!というのでもなく、何となく五月雨式に各地で新列車の運転が始まったり、というのだから、もう趣味人としては対応のしようがないです、もう。

今回のダイヤ改正の目玉としては、休止線区の旅客列車運転再開2カ所で、その一つは西ジャワ州のスカブミ=チアンジュール間。昨年11月にボゴール=スカブミ間が運転再開され、東側のチアンジュール=パダララン間とあわせ、ジャカルタ=バンドゥン間の南回りルートが繋がる!っと思いきや、いつの間にかなんの正式公表もないまま、チアンジュール=パダララン間は運行停止になっているんだから、もう、たちが悪いとしか言いようがない。
もう一つは、先日も書いたし、1月号の鉄道雑誌[Majalah KA」にも試運転の様子が取り上げられていた、テガル=プルプック間の貨物線を経由してスマランとプルウォクルトを結ぶ列車の運転開始でしょう。

それらとは別に、細かい新列車の追加設定もされているようです。
特に目立つのは、夜行列車が終着駅に到着した後、夕方折り返すまでの時間帯を活用しての、所謂“間合い運用“的な新列車が幾つか。例えば、ジャカルタからスラバヤに到着した夜行特急「ビマ」号の編成を利用し、スラバヤ=マラン間を一往復する「Bima Ekspres」なんて列車が新たに設定されるようです。
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「Ajisaka」号の運転開始を伝える新聞。「味坂」とか当て字したくなりますが、ジャワの民話の、伝説の王様の名前だそうです。

長くなってしまいましたが、昨日3日の全国紙「KOMPAS」の経済面には、ジャカルタ・パサールスネン=ルンプヤンガン(ジョグジャカルタ)間を結ぶエコノミ準急列車「Progo」の間合いを利用し、ルンプヤンガン=クトアルジョ間に新設定されたエコノミAC列車、「Ajisaka」号の運転開始セレモニーの様子が掲載されていました。
この区間、Prameksなど、ジョグジャ=ソロ間を中心に運用されているKRDE気動車列車が足を伸ばしてくる、殆ど近郊区間とも言える区間で、需要は相当あるし、円借款で複線化もなされていて線路容量にも余裕がある中、エコノミ列車はそれほど多くなかった区間に1往復の増便がなされたことになります。

前回の改正時も、何本かの新列車が投入され、そもそも需要がなかったか、あるいは宣伝不足だったか、料金設定が間違っていたか、全く客足が伸びず、あっという間にヒッソリと姿を消した列車も多かったようです。今回はどうなりますことやら。
最新の時刻表、確認できましたら機会を見つけてアップしていこうと思いますので、しばしお待ちを。
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小雨をついて、Ajisaka号の終点クトアルジョ駅に進入する二等ビスニス急行列車。

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2014年2月 3日 (月)

東京=ジャカルタ線全日空、一日2便化へ。

2月1日付当地紙の広告によれば、来る3月30日、全日空は東京羽田=ジャカルタ線を運行開始、B787 Dreamlinerを投入するとのこと。
同広告によれば、既に従来からの東京成田=ジャカルタ線の時刻とほぼ同一時刻(東京朝10時頃発、ジャカルタ夜21時半頃発)で羽田=ジャカルタ路線を運行し、これに加えて東京夕刻17:40発=ジャカルタ23:30着、ジャカルタ06:25発=東京15:55着のスケジュールに変更し、東京成田=ジャカルタ線を運行するとのことである。
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B787が日本製部品を多用していることがメインになってますが、重要なのは左の時刻表。

ジャカルタ深夜着というのは、出迎えのクルマのある駐在員にとってはそれほど苦ではないだろうけれど(遅延の場合はともかく)、朝6時半発の国際線というのは少々キツい。朝4時前には自宅を出なければならないのだから、運転手さんも大変だ。どうせならガルーダのデンパサール線のように、片方は東京発夜行便にすればもっと棲み分けが図れたと思うのだけれど。
ともかく、そんな時間設定であるので、明らかに需要が高いのは羽田線の時間帯。まあこちらの方が便利だから、そのうち使う機会もあるでしょう。

で、気がつかなかったのですが、既に成田=ジャカルタ線にはB787が投入されているのですね。この辺ではシンガポール線だけかと思ってましたが、前回この路線搭乗時には、B767のうち最新のウイングレットつき、B787と同じ(簡易リクライニング)座席の機体が投入され、ビジネス需要が高く高搭乗率のジャカルタ線への意気込みが感じられましたが(この座席自体は全然好きじゃないけど)、既に新型機が導入されていたとは知りませんでした。スラバヤに来てから、シンガポール航空とか使ってばっかりだったからなあ。

ともあれ、一日2往復になって、時間帯の悪いフライトであれば、実売料金も下がることも期待できますね。
次回帰国はジャカルタ経由にしてみようかしら。

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2014年2月 2日 (日)

帰路もまた楽し。(バンダアチェ=クアラナム・メダン)

さていろいろ勉強になった3日間のアチェ旅行も無事に終了、バンダアチェ空港からメダン経由でスラバヤに戻ります。
市内から空港へは、ホテルのタクシーでRp.10万、乗用車のタクシーでRp.85,000、そしてバイクタクシーでは交渉の結果Rp.55,000でした。結構距離ある感じなので、まあ妥当な値段でしょうか。
Acehap2014012703904 
小規模ながら、立派な造りのバンダアチェ空港。
このランプバスは、江ノ電バスの中古かな? 遠かったんでトリミング。画質悪くてスミマセン。  
Bisbaitussalam2014012703901
バンダアチェのスルタン・イスカンダル・ムダ空港(Sultan Iskandar Muda:BTJ)、2,500mのジャンボ機も離発着できる長い滑走路を持ち(ハッジ・チャーター対応らしい)、ターミナルビルはボーディングブリッジ2本とそれほど大きくはないものの、モスク風の大きなドーム型の屋根を持ち、中東の富裕国の空港を思わせる立派な建物です。
発着しているのは国内線がGaruda、Lion Air、Air Asia、Sriwijaya Airなど、主力はメダン経由のジャカルタ行きに加え、Susi Airの単距離小型機と、マレーシアのKLとペナン島から、Air AsiaとFireflyが国際便を飛ばしてきている。
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空港出口でレールリンク列車の案内をしてくれるお姉さんたち。
ちょっと見にくいので、11月14日改正、最新の時刻表を。
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当方の今日のフライトは16:35発のLion Air、JT305便メダン経由のジャカルタ行きで、これをメダンのクアラナム新空港でスラバヤ行きのJT978便に乗り換える予定。夕方のライオンエアーってよく遅れるんで心配なのだけれど、スラバヤまで乗継便ということで一括発券してくれてるわけだし、流石に2時間あれば大丈夫だろう。

1時間前のGA便が20分ほどの遅れで出発していくのを喫茶店でアチェ・コーヒー(結構名物です。)のインスタント2in1(そんなのもあるのね)を飲みながら眺めているうち、搭乗時刻の16:05を10分ほど過ぎたところで折り返し便のB737-900が到着、これでまあ、無事に帰れることがわかって一安心。
Arsstap1060972
工事中だったレールリンク乗り場もすっかり綺麗になりました。 列車をデザインしたカウンターがカワイイです。

本日のフライト、7割ほどの乗りで10分ほどの遅れで出発。短時間のフライトなので窓際取ったのだけれど飛行中ほぼずっと厚い雲の上で下界は何も見えず、そのままメダンに着陸。
メダンではトランジットではあるのだけれど、2時間近く時間があるので、折角なので、夕食の買い出しを兼ね、一旦外に出て、韓国製新車両の導入なったメダン空港連絡鉄道「Railink」を眺めてきました。

このインドネシア初の空港連絡鉄道、開業初日に乗ってみる機会がありましたが、このクアラナム新空港がメダン市内から遠く、アクセス道路が未整備ということでそこそこの利用があるようです。車両繰りに余裕が出来たのか、1日18往復に増えていましたが(上記時刻表参照)、KNO発の最終が早まってますね。
が、今日は満席とは言い難い感じで、空港の到着客出口ではキャンギャル?的なお姉さんが時刻表を片手に、2枚、3枚買うと割引になりまーす、と宣伝に努めていました。
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夕暮れのクアラナム駅を出発し、メダンへ向かう「Railink」韓国製ディーゼルカー列車。

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2014年2月 1日 (土)

アチェ鉄道の遺構を辿る。

また一日空きました。
さてそのアチェ鉄道発祥の地でありながら、現在は鉄道とは縁のないこのバンダアチェですが、街歩きの(歩いてない、オジェック乗ってばっかりという指摘はさておき)合間に、幾つか鉄道関連のポイントにも立ち寄ってみる事にしました。
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アチェ鉄道で使用されていた、日本車輌製BB84号マレー式蒸機が台座の上に。
案内看板も錆びつきながら残っています。
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先ずは市内中心部にある大モスク(Masjid Raya Baiturrahmanと呼ばれています)の北側、橋の袂のショッピングセンターの敷地内には、台の上に乗せられて蒸気機関車が保存されています。
BB81号機と書かれているとおり、こちら珍しいBBマレー型の軸配置。
手元のインドネシア蒸機のバイブル的存在「PNKA POWER PARADE」によるとこのタンク式機関車、世界で最後に新造されたマレー蒸機で、1961~62年にかけてBB81~84迄の4両が製造され、バンダアチェ=シグリ間(の山越え区間)で使用された… はいいのですが、なんとこのBB84号機、製造は「日本車輌」だそう。日本製でしたか!
これはマディウンのS木さんに早速お伝えしなくては。

残念ながらお世辞にも保存状態がいいとは言えず、煙突も途中でちぎれてしまっているのですが、この数mの高さの台座の上に置かれていたために津波の際にも流されず、現在もその姿を留めているだけでも幸いか。
因みに現在のこの保存されているバラタなるショッピングセンターの位置が、元のアチェ鉄道のバンダアチェ(コタラジャ)駅の跡地だそうです。
Ptkaiacehp1060936
あるんですねえ。国鉄PT.KAIのアチェ事務所。線路跡の敷地にあります。

当初、線路はここと港のあるウリリュー(Ulee Lheue)とを結んで開業したわけですが、当然線路跡の遺構は全て津波に押し流されて全く見つけることが出来ないのですが、その線路敷地は今でも国鉄PT.KAIの所有となっているところ、このバンダアチェ市内のPT.KAIの事務所をアポなし訪問してみました。
元の線路跡の敷地上に設けられた普通の民家の造りの事務所、看板には「UPT Pengusahaan Aset」とあるように、会社の財産管理を行う事がメインらしい。この事務所で応対してくれたのは、カリマンタン出身だけれどアチェ勤務は二回目だという事務所長のシフルディアン氏。
Atjehtramp1060932
事務所長室の壁には、現役時代の列車の写真が飾られていました。

アチェ鉄道の歴史と、1970~82年の全線営業終了までの経緯や、その後のアチェ独立紛争の間に線路や駅施設等の財産はあらかた盗難にあったという事、
この事務所はアチェ鉄道関連のPT.KAIの土地は売却せずに引き続き保有するという運輸省鉄道総局の決定に従い、土地を賃貸して借料を回収するマネージメントがメインの業務であること、(それは将来のトランススマトラ鉄道の敷地として使用されることが前提かとの問いに対して)トランススマトラ鉄道は、郊外の土地が使用しやすいところでは再利用はあり得るが、アチェ鉄道より高規格な線路を建設するものでもあり、都市部など既にそれは明らかに困難な地域においては別の土地を購入して使用するであろうこと、
特に、現在所有している土地には多くの不法占拠の住居・建物等が存在してしまっているが、これの立ち退き強制執行することは、既得権となってしまった住民の反発を招き、それを契機にGAMが住民の味方として反国鉄活動を起こしかねない懸念があり、PT.KAI社のみならず警察・国軍共に及び腰なため、強制退去も、借料の徴収も出来ていない土地が多数あること、
更には、自分(シ氏)としては、今回一部区間を標準軌1,435mmで再建したことは全くおかしいと思う、現在のDivre1、Divre3路線を活用すべきであり、これらを全部改軌して車両を新造する手間を考えれば、多少輸送量は落ちても現在の1,067mmゲージで建設すべだった、なんてご意見まで伺うことが出来ました。
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事務所で戴いた、アチェ鉄道の路線図というか、アチェ事務所の管轄区簡図。勿論最近作り直したものですが。

その後、日本軍の上陸記念碑もあったという市内北西方のウリリューに向かってみました。
橋を渡ってウリリュー島側に渡った少し先、軍の駐屯地と警察分署の間の小道を海岸側に入ったところ、残念ながら記念碑は津波で流され台座しか残っていなかったのですが、直ぐ近くの海岸縁には、いつもの「PT.KAI所有地」の看板が。どうやらここがウリリュー港の駅跡地だったようです。津波をまともに受けたこのウリリュー、全く遺構が残っている訳ではありませんが。
Kaiganp1060938
すぐ先は海。ウリリュー海岸に建てられた、「PT.KAI所有地」看板。ここにウリリュー埠頭の駅があったのでしょう。

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