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2014年2月25日 (火)

今回の中部ジャワ、おまけ。

さて、スマランからは、バスで山を越えてソロに出て、最近多いArgo Wilisでスラバヤに戻ったのですが、幾つか小ネタをメモ代わりに残しておきます。

まずは下車したスマラン・タワン駅。昨日スラバヤからの特急列車の車窓から、このタワン駅手前の機関区が気になったので、ちょっと立ち寄ってみることに。お目当ては日本車輌製KRDと、まだ新しいのに色あせて休車か?と心配されるKRDE2編成、そして旧国鉄PJKA時代のレトロ塗装を纏った古いディーゼル機関車でした。

駅から線路伝いにしばらく歩いて行って機関区の入口に止められたDL、一両は去年スマトラのバライヤサ・ラハットで現役の姿を確認したBB200型機、そしてそっくりなもう一両は、これが先般プルウォクルト機関区まで追っ掛けて行ったのに結局出会えなかったBB201型機でした。
Bb201smc_p1070454
標準フォントとは異なる字体で「BB201 10」と書かれた機関車。所属区表記はPWT(プルウォクルト)なので、先般「ジョグジャに送られた」と書いちゃったのは、実はこの個体なのかもしれないな。

 引き続いてバスで3時間弱、ソロのバラパン駅の東側に位置するデルタ線、バラパン駅と北方向を結ぶ一辺を走る区間は今回「Kalijaga」号で乗ろうと思っていたのだけれど、昨日書いたプルプック=テガル間を優先したため、今回は乗れませんでした。いずれスッキリするために乗っておこうとは思うのですが、今日のところはホンの数百mなので、ここは取り敢えず歩いてみることにしました。

そのデルタ線区間で脱線防止用のレールに、先般のクルッド山の噴火で放出された灰が降り積もっていた中、刻まれた数値が目に入りました。以前、マディウン駅のホーム上屋に使われていた古いレールの話を書きましたが、あの時のレールは1897年でした。
今回確認できたのは、それよりさらに古い1881年製のレールでした。
スマランを起点に建設の開始された線路がソロに伸びてきたのは1870年なので、最も初期のものではありませんが、相当に古い時代のものなのには間違いありません。
Krupp1881p1070472
KRUPP 1881.10と書かれた古いレールが活用されていました。

そしてそのデルタ線区間でちょうど通りかかったのが、ソロ・ジュブレス駅とジャカルタとを結ぶエコノミ準急列車「ブンガワン」の回送列車。
こちら、終点のジュブレス駅の旅客営業廃止説や、更にはソロ・プルウォサリ=スマラン間を結ぶ新列車「カリジャガ」号にこのブンガワン号編成が用いられるとの情報から、この「ブンガワン」号についてもプルウォサリで打ち切り、スマランまで「カリジャガ」号としてアルバイト、かと思いきや、現在までのところキチンとソロ・ジュブレス駅まで運行されている模様。終点ジュブレス駅到着後、一旦プルウォサリ迄戻してカリジャガ号になっているようでした。
Kalijagatimep1070461
Kalijaga号の時刻は、こんな感じです。

で、その「ブンガワン」号。編成に一両、最近多い「バティック客車」を連結しているな、と思いきや、よく見てみると「KA.Bengawan」ではなく、アルバイト先の「KA.Kalijaga」と、ジャワ文字風のフォントで書かれているではないですか。主客転倒ですが、新列車にかける意気込みが見られますね。
Kalijagabatikp1070488_2
Bengawan号/Kalijaga号用編成に連結された、バティック客車。

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