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2014年3月31日 (月)

中部ジャワ北岸の旅(前)。

という長い前置き(昨日の記事)を経て、29日土曜日朝、スラバヤを出発し、目指したのは森林鉄道チャーターで有名な(?)中部ジャワ州東部のチェプー。
本日の廃線跡・廃駅巡りはここから始めることにします。

先ずは少し北に走ったブローラ(Blora)から。
北海岸路線は併用軌道的に道路脇を走っていた区間が多かったようだが、こちらの区間は線路跡と道路は地図で見てもかなり離れて走っていた模様。
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小規模なバスターミナルとして機能している、ブローラ駅跡。

それでもブローラ市内に入る直前で左手に線路跡が沿い、自動車橋の脇には鉄道橋の橋脚の遺構が残る。そしてブローラ駅は市内の中心部のメインの大通り沿いにあったようで、現在はバスターミナルとして使われていた。
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ブローラ駅東側に残る橋脚。

駅本屋というか、ホームだった大屋根の下には屋台のワルン(食堂)が店開き。いつもの「国鉄PT.KAI所有地」の看板、財産標が張られた建物は当時の事務所か倉庫か。
裏手の線路跡の雰囲気を残した道を少し歩いてみると、現在はセメントブロック工場となっている建物、壁には「PJKA DEPO LOKO BLORA」の文字と、当時の国鉄PJKAのシンボルマークがはっきりと残されていた。
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機関庫跡の建物。立体的なPJKAシンボルマークが誇らしげ。

続いてそのまま北に向かい、北海岸幹線道沿いの街レンバンへ(Rembang)。小さな町の常で一方通行が多かったのだけれど、こちらでも街の中にあった駅跡はすぐ見つかった。最近はWikimapiaとか、GoogleEarthとか、地図が不十分な街でも本当に便利になったもんだ。
こちらの駅も明り取りのダブルルーフが特徴的な大屋根の下には洋服などの商店やワルン。元の駅舎だった建物には出札窓口がキレイに残っていた。また、東側に少し歩くと、蒸気機関車の給水塔が残されていた。
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レンバン駅舎。背中側には倉庫、奥(写真右手)には給水塔が残る。
切符売場の窓口が当時のまま残るレンバン駅本屋の建物。
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続いてよく整備された北海岸道を東へ向かい、目指したのはラセム(Lasem)。ここの廃駅は、トラックの車庫となっており、日本からの中古のものを含めた大型トラックが駅舎前に止められていたため、駅全景が取れなかったのは残念。
小規模な駅ホーム屋根の下では地元の子供たちが遊んでいたが、すぐ脇の駅本屋は目の前に建てられた看板によるとどうやらCagar Budaya(文化遺産)として指定されているようで、今はほったらかしだけれど、将来的には整備されて保存されるのかもしれないね。
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子供達の遊び場となっていたラセム駅跡。正面の駅本屋には出札窓口が見えます。
派手な選挙ポスターの脇には「文化財指定」の看板が立てられています。
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さて、本日のルートを逸れてこの街にわざわざ寄り道したのは、この街がバティックの産地として有名だから。
先月この中部ジャワ州西部のプカロンガンのバティック博物館を訪問した時、地元のものだけではなく全国各地の伝統的モティーフのバティックが展示されていたのだけれど、その中で個人的に一番気に入ったのが、このラセムのものだったのです。
事前にネットで調べると、市内でもキチンと手染めのバティックを作っている工房はもう3つほどしか残っておらず、その中の一つ、華人の楊俊賢(Njoo Tjoen Hian、 インドネシア名Sigit Witjaksono)氏経営の工房がラセム駅からほど近く、こちらを訪問してみました。
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バティック工房の作業場にて。
直販スペースにて。ここはこういう柄なんですね。
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ちょっとした展示がなされている旧家の裏手にあった工房ではこの日も10人ほどの地元のおばちゃん、おばあちゃんたちが染色作業に打ち込んでおられ、御年86歳、耳が遠くて会話に多少苦労しましたが、Njoo Tjoen Hian氏自ら案内していただきました。
この日は週末ということもあって、次々と観光客がクルマで訪れ(スラバヤのAirlangga大学の先生一家と暫く一緒に見学・話をしたりしました)、暫くの見学の後、皆さん一枚二枚と手染めのバティック生地を買って帰っていました。折角なんで当方もシャツに仕立てられそうなものを少し記念に。

面白かったのは、華人の方ということで、漢字を使ったデザインの生地も作っておられたのですが、多くのインドネシア人はその意味が解らないので、売り物の生地にはインドネシア語でその説明をする紙が貼られていました。

続きます。

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2014年3月30日 (日)

中部ジャワ北岸の旅(プロローグ)。

この3月31日(月)はヒンドゥーのバリでは“ニュピ”と呼ばれる、飛行機が一日離発着できなかったり、 自動車を動かしてはいけなかったりすることで有名な、ともかく休日、なのですが、ここジャワ島では普通の 三連休だったりします。
で、今回は直前まで(業務の都合上)出掛けてよいかが判らなかったため、ちょっと切符の確保が出遅れ、31日の夕方にスラバヤ戻りの列車が全く取れず、飛行機もバカ高かったので、 近場…とまでは言えませんが、前から行ってみたかった、中部ジャワ州東北部の北海岸エリアを周ってみることにしました。

このエリア、現在は内陸部をスマランとスラバヤとを結ぶ北本線以外の鉄道は走っていないのですが、 国鉄PT.KAIの資料を見ると、スマランの右上のあたりに結構な路線網が記載されているものが多くあります。 これは例によって、“廃線”ではなくて休止線という扱いなのかな。
しかしまあ、ネット上の写真を見る限り、土地所有権こそPT.KAIに残っていそうですが、路盤跡には建物が建ち、道路の拡幅に飲み込まれ、 橋は落ち、中部ジャワ州政府の休止線活用・再開計画という話はありますが、この一帯の路線の復活は、まあ 残念ながら、あり得ないでしょう。
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中部ジャワ州東北部に広がっていた、旧SJSが建設した軌道路線網。

このSJS鉄道、開業当初は鉄道の方が先だったのでしょうからともかく、その後は写真を見る限り、道路の脇を併用軌道的に走り、実態としては、日本であれば「軌道」と分類されるようなものだったようです。
スマランを起点に蘭領東インド最初の鉄道が開通してからほどなく1881年にオランダ政庁によって スマランとジョアナとを結ぶ蒸気軌道の敷設が定められ、 スマラン=ジョアナ蒸気軌道(Semarang-Joana Stoomtram Maatschappij:SJS)社により 1882年にはスマラン側4kmの路線が営業を 開始しています。その後路線は1883年にはデマク、翌1884年には徐々に延伸され、当初の目的地 だったジョアナ(ジュアナ)までが開通、1900年にはラセム迄延伸されました。
更に同じ1884年にはこのプルウォダディと蘭印国鉄NISが開業させていたスマラン=ソロとを結ぶ本線上のグンディとを結ぶ支線が開通、スマランからプルウォダディを走る路線は 1894年にこの地域の中心地ブローラに達し、その後1902年にはチェプーまで延伸され、スラバヤとスマラン とを結ぶNISの本線と接続。1902年にはブローラと北海岸周りルートのレンバンとを結ぶ路線が開設され、このころまでにこの一帯に広大な路線網を形成していました。 その総延長は支線も含めると総計434kmにも達していたというから驚きです。

その建設目的は、ネット上ではコメの輸送のためと書かれているようだったので、 この地域の平野で収穫されるコメをスマランやバタヴィア・スラバヤ等へ送り出すため のものかと思いきや、実はさにあらず。「サマラン・ジョアナ蒸気軌道と稲米流通」 植村泰夫(2014:「広島大学東洋史学報」第9号)によれば、この地域内でも稲作収穫量には各県毎に相当の差異があり、また全地域的に不作の年などもあったことから、地域内での米の流通、場合によってはインドラマユなど他の地域から船で運ばれてきた米をこの地域で運搬したこともあったそうです。
また、スマラン、グンディ、チェプーに加え、東側の終点でジャティロゴにも 東側のボジョネゴロから伸びてきたNISと接続したこともあり、勿論その他の生活必需品も一緒に運ばれてきたのでしょう、道路事情の良くなかったこの時代、1920年代頃 まではこれら各路線は活況を呈していました。 しかしその後、世界恐慌の影響やトラック輸送等のライバルの出現により、輸送量は減少傾向を見せだします。 SJSも貨物運賃の値下げに加え、スマランの他主要駅の所在する各都市では、自宅 で集荷・列車で輸送し、宛先人の住所まで届けるという、現在の宅配サービスの走りのようなサービスまで提供していたそうです。
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アンバラワ鉄道博物館に保存されている、1914年に旧SJSが導入したHartman製「B2711」号機関車。

その後戦後国鉄に統合されて以降もこれら路線は残存し、B型・C型の小型蒸機が混合列車を引いて ノンビリと走っていましたが、1970年代に入りモータリゼーションの発達に伴い 支線区を皮切りに運行休止(事実上の廃止)が始まっていきます。 (「Rail Magazine」誌の名取編集長のブログ「編集長敬白」に、SJSで使われていた Cタンク機の、廃止直後の姿が掲載されています。)
原典やセカンドオピニオンを確認できていないネット情報ですが、ジュアナとクドゥスから分岐していた2本の支線が1975年、チェプー=レンバン間1984 年、スマラン=レンバン間の本線及びプルウォダディ経由でブローラを結んでいた 山側路線が支線と共に1986年、最後まで残ったNIS東側路線と接続していたレンバン=ジャティロゴ間が1992年、NIS開業区間のボジョネゴロ=ジャティロゴ 間が1999年に廃止(ditutup)という記載がありました。
この1990年代まで運行されていたのであれば、当然蒸機は全廃されており、DLが 入線していたと思われますが、その頃の写真を発見できていません。 ひょっとしたら、運行自体はこれらの日付より以前に終了してしまっていたのかも しれませんね。 このあたりが正確にわからないのが、インドネシア鉄道を趣味的に見る場合に 残念でならないところです。

まあ、そんなわけで、長くなってしまいましたが、今回周ってきた辺りの話を書くにあたっての前置きということで、段々趣味的に狭くマイナーになって来た というか、誰も読まないかもしれませんね。 (まあ自分の備忘録だからいいんですが)

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2014年3月29日 (土)

空港のお話を二つほど。

昨日金曜日の当地紙各紙は、メダンのクアラナム新空港が27日、ユドヨノ大統領によって公式に開港した旨報じています。今までは非公式開港・ソフトオープンだった訳ね。先般使った時は、開港初日に比べれば随分綺麗になって店舗も随分開業していたと思ってたんだけれど、まだ公式開港前だったのね。まあ、公式化(Resmikan)行事が好きな方々だからね。一応ケジメとして。

その各紙の中では唯一英字紙「Jakarta Post」だけがユドヨノ大統領の式典ではなく、クアラナム空港駅に到着するARS(Airport Railink Services)の列車の写真を載せていました(↓こちら)。
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因みに同大統領の挨拶によれば、同時にプカンバルのSultan Syarif KasimⅡ空港、リアウ州タンジュンピナンのRaja Haji Fisabilillah空港、更にはジャンビ州のMuara Bungo、ランプン州のPekon Serai、南スマトラ州のPagar Alamにそれぞれ所在する小規模飛行場(Air-Strips)が整備拡張を了したとのこと。
このエアストリップってのは定期便の就航はあるのかな。って、気にはなるけれど、そういう地方空港を一つずつ廻ってたらキリがないんで、やらないけど。

ちなみに空港管理会社アンカサ・プラⅡのトリ・スノコ社長によれば、現在年間乗客キャパシティ800万人のこのクアラナム新空港、既に開業後数ヶ月(開業以降ということであれば、約8ヶ月)で既に乗降客は830万人に達しており、来る2015年からはもう一本の滑走路の建設を含む第二期工事に着手、年間2,500万人の旅客取り扱いを可能とする予定なのだそうです。
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メダン・クアラナム空港のターミナルビルを、沖留めの機材側から。

ついでなので当地航空輸送関係情報としてですが、同じく昨日金曜日の東ジャワ地方紙「Jawa Pos」によれば、東部の各商業空港を運営するアンカサ・プラⅠ社管轄の5空港で空港使用料が値上げとなるとのこと。値上げ幅は国内線で約80%、国際線で約33%というから、結構なもんです。
具体的にはジュアンダ(スラバヤ)が国内線Rp.75,000(←Rp.40,000)、国際線Rp.200,000(←Rp.150,000)に、ングラライ(バリ)及びスピンガン(バリクパパン)も同様に国内線がRp.75,000、国際線がRp.200,000に値上がり。スルタン・ハサヌディン(マカッサル)は国内線Rp.50,000、国際線Rp.150,000に、ロンボク(マタラム/プラヤ)空港は国内線Rp.40,000、国際線Rp.150,000にそれぞれ値上げとなるとのこと。
実施は4月1日から、但しターミナル改修工事が終了していないデンパサールについては8月1日からの適用となる由。
これら各空港では、利用客の増加に伴う収容キャパシティーの拡大や拡張工事などを常に行っており、値上げが必要だと判断しての値上げだということですが、国際線で約2,000円とは、最早関空など本邦空港並みの高さとなってしまいます。ちょっと割高感は否めません。
せめて、各空港とも、料金に見合ったサービスを提供して貰いたいものです。
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国内線搭乗券の裏に貼られる空港使用料領収証。この値段のは見納めですが、別にコレクション意欲はそそられませんね。

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2014年3月28日 (金)

新聞記事いろいろ(2)ジャカルタ編。

昨日の新聞の続きです。

あとの2つの記事はなんとなく関連していて、一つはジャカルタ北部西アンチョール地区の住宅地の 住民が日々使っているチリウン川の支流にかけられた橋が、 かつて1871年、蘭印鉄道会社(Nederlandsch Indische Spoorweg Maatschappij:NIS)により、 市街地北部のバタヴィア(Hoofdstation Batavia駅)及びスンダ・クラパ港近くのKleine Boom駅と、 現在のガンビル駅の西側、Koningsplein駅との間に鉄道が開業した際に設けられた、インドネシア鉄道 草創期の鉄道橋の遺構だが、地元住民は全くそんなことを気にもせず日々渡っているのだという話。
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「1941年のジャカルタ鉄道路線図」 が掲載された記事。線路跡は現在大通りに飲み込まれており、遺構が発見できるところは恐らくないと思います。

もう一つは、何処かで見たことのあるような1941年のジャカルタの鉄道路線図(一般鉄道および市内軌道 )を掲載、表題は「その昔、ジャカルタは欧州クラスの鉄道を持っていた」となっている。
鉄道路線自体は、コタ駅とタンジュン・プリオクを結ぶ路線が現在休止となっているほかは、一部短い 貨物線が廃線になった程度でそれほど大きな変化はないのだけれど、 他方で市内の軌道路線、北はコタから市内中心部、モナス周辺やメンテン、西のタナアバンや東のグヌンサハリ 等を経由、サレンバの大通りをなんかして、現在のカンプン・ムラユのバスターミナルのあたりに至る、 長大なトラムの路線網が当時は存在していた。
このトラム路線は、戦後のモータリゼーションの進展に伴うバス交通の発達等により、ジャカルタ市当局が 市電の廃止を検討、一九六〇年の市北部の路線廃止を皮切りに徐々に路線網は縮小され、一九六二年には 市街地南東部に残っていたクラマット=カンプン・ムラユ間を最後に、すべての路線が廃止されてしまって いる。

この記事では、冒頭で研究所LIPI関係者の談として、このオランダ時代の鉄道網をより育てていれば、現在の ようにジャカルタは渋滞していなかった、という文言から始まってはいるものの、その後は オランダ時代に建設・運営された市電と市内の鉄道路線についてその歴史的経緯を淡々と 書き、この市電の廃止は失敗だったとか、オランダ時代から全然発展していない鉄道網だとか、ありがちな 短絡的批判は殆ど書いていなかった。
最後に一言、ジョコウィ知事の時代になって、新たな技術に基づく大量輸送トラムともいえるMRTが 建設されることとなった、と簡単に触れて文章を終えている。

地図には「BETM廃止路線」との記載をする一方、本文にも注釈にもBETM何ぞやということに全く触れていない など、相変わらず“あと一歩”感はあるのだけれど、興味深く読ませていただきました。

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2014年3月27日 (木)

新聞記事いろいろ。

鉄道関係の記事の多い当地新聞で毎日楽しいのですが、今日の全国紙「KOMPAS」は、何かのりうつったんじゃないかと思う位大々的に取り上げていました。

先ずは一面トップのカラー写真から、明らかにこれは複線化工事の作業中の写真で、「複線化、既に終了。ジャカルタ=スラバヤ間、3時間短縮」と景気の良い見出し。
バンバン・スサントノ運輸副大臣が(何故か)チェプーで記者会見して述べたところ、10.5兆ルピアを投じて実施されたこの727km(ママ)の複線化工事と信号近代化工事がほぼ終了し、残すは東ジャワ州ボジョネゴロ=スラバヤ間のみ、これが完成すれば一日あたりの列車本数は84本から200本に増加し、貨物列車も15往復に拡大できる、所要時間も現在の11~13時間から8~10時間と"最大"3時間程度短縮出来るとのこと。

まあこの辺はこれまで何回かこのブログでも書いてきたことで、取り立てて珍しい話ではないな。
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全国紙の一面トップにデカデカと載せるような記事なのかな、これは。

15面に続く記事を読み進めていくと、今回の工事は本来は2013年には終わっている筈だったのだけれど、工事が遅延して、全区間の完成は本年4月にずれ込んだこと(まあ当地の通例にかんがみれば、許容範囲かな)、150台の重機が投入され、346,000本の枕木と249カ所のポイントが新設されたこと(へえ~、ではあります)、そして今回の全線複線化開業によって、(恐らくは、増便される貨物列車で輸送可能なコンテナの数量が自動車から転換されたと試算した場合の)ガソリン燃料の節約と、地球温暖化ガスの排出が一日当たり350tが減少される、ということが書かれています。へえ、それはなかなか、排出権取引で日本が買いたい位だ。
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北本線を爆走するコンテナ貨物列車。これが今後ドンドン増えるといいんですね。

一方、水をかけるような話も。ロジスティック業界幹部によれば、今回の複線化により貨物列車が増加したとしても、荷物の乗せ降ろしを行う貨物駅はジャカルタ、スマラン、スラバヤなど何駅かしか整備されておらず、目的地からの幹線道路から遠かったり、荷扱いにかかる手間や時間を考えると短縮効果・節約効果がさほどではなく、トラックで直通させられる現状から移行するインセンティブにはならないのではないか、との声。
これは確かに仰るとおりな面もあるかもしれません。まあ、これから徐々に改善していくことが期待されるという事でしょう。

あとの記事は、また明日続けます。

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2014年3月25日 (火)

コンビニ予約端末を使ってみる。

最近は週末の長距離列車はいつも混んでおり、当日ではまず買えないことが殆どなので、普段は事前に昼休みや終業後に職場近くのスラバヤ・グブン駅の発券窓口で並んで切符を買っていたのだけれど、今回は最近スラバヤでも増えてきた、コンビニ端末を使って切符を買ってみることにしました。

こちら、日本でも今時のコンビニではコンサートのチケットから高速バスから公共料金の払い込みなど色んなことが出来るマルチ端末が設置されていることは珍しくないのだけれど、当地の大手コンビニチェーン、IndomaretやAlfamart(ジャカルタで多く展開する、セブンイレブンやローソンも同様)に設置された端末も、なかなかの優れもの。
国鉄PT.KAIや一部航空会社のチケットに加え、電話や電気代といった公共料金・携帯電話料金、自動車やバイクの保険料の払い込み等、結構色々なサービスを提供し始めています。
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予約途中の画面。タッチパネル式で、インドネシア語がわからなくてもほぼ問題ない筈。

しかも、これまでは、このコンビニ端末で鉄道の切符を予約・支払いをしても、出発一時間前までに駅の窓口に領収証を持っていって、正規のチケットを発券し直して貰わなければならず、結局もう一回(結構な時間)並ばなければならないのにはかわりがないということで使ってみたことはなかったのだけれど、最近あちこちの駅で発券専用窓口や、発券(印刷)端末が置かれている駅が増えてきて、こちらは並んでいるのを見たことがないので、であれば、と使ってみることにした次第。

今日使ってみたのは市内の幹線道路沿いにあるIndomaretの店舗。
端末の初期画面からタッチパネルで「PT.KAI」を選ぶと、発駅/着駅、日付を選択すると、暫く待たされた後、候補列車の一覧が現れる。事前にネットで確認したところ満席になっている筈の列車も一緒に表示されたので、あれ?と思って一応選択してみると、暫くの通信の後、「申し訳ありません、満席です」との表示が現れた。
ユーザーの希望としては、空席がある列車のみを表示して欲しいモノだが、そうするには最初の時点で相当の通信量をやりとりしなければならないので、難しいのだろう。
で、目的の列車、同じEksekutifクラスでも、料金の違うサブクラス別に表示がされたので、当然ながら一番安いクラスを選ぶが、こちらは「満席です」。まあ三連休だから仕方ないだろう。それでもRp.2万高い次のクラスで空席があり、これを選択。これにRp.7,500の手数料が加算される。
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レジで支払いを終えると、こんな感じの列車番号・座席番号等が記されたレシートが渡される。キャンペーンで、炭酸飲料1本がおまけ。

引き続いて氏名、携帯番号、身分証明書番号の入力を求められるが、インドネシアの各種IDやSIM(運転免許証)にしか対応していないようで、アルファベットから始まる旅券番号は入力が出来なかった。これは在留邦人としては、一応当地の身分証を持っているので、これにて対応。
暫くの後、号車番号と座席番号が表示されるが、残念ながらここで座席を変更(通路側→窓側へ)したりはできない模様。
これで決定を押せば、コード番号のみが記載されたレシートが出て来て、1時間以内に支払いを済ませよと。そのままレジに持っていくと、別の少し長いレシート券が発券され、支払い完了 ・・・なのだが、この3月中はキャンペーンで、450mlボトルの炭酸飲料がおまけ(Gratis)でついてきた。これで手数料分回収できた?かな。
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駅に設置されたセルフ印刷端末。レシートのコード番号などを打ち込むと、切符が自動印刷されます。

そんなわけで大変スムーズに作業は終了。
このレシートを、出発一時間前までに駅の窓口や自動印刷端末で正規の乗車券に引き替えればいいわけです。
乗車時に一時間も前に駅に行かなきゃ行けないのはアホらしいけれど、その前に駅に立ち寄る機会があるのであれば、これもありですね。今後も使うことになるでしょう。
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Indomaretのキャラクター・シドマル君。ユルい、かな?

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2014年3月23日 (日)

ジャカルタで、映画見ねば。

さて早朝の雨に泣かされ線路端での朝練も出来ないなあ、と思いつつ、取り敢えずホテルの近くの停留所からTransJakartaのバスに乗ってスディルマン駅を目指すと、ジャカルタ在住のいつもお世話になっているお友達から映画のお誘いが。しかも「The Wind Rises」って、見たかった宮崎駿の「風立ちぬ」がジャカルタでやってるんですって!
これは驚いた。それは行かねば。

今日は日曜ということでカーフリー・デー。しかもTransJakartaのバスはブンダラン・HIの停留所は地下鉄工事のあおりで閉鎖中ということで、スディルマン駅から早足で歩くこと10分強、無事にちょうどまさに始まったばかりのGrand Indonesia上層階のシネコンに駆け込むことが出来ました。Rp.55,000。
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映画の中身はネタバレしてもしょうがないので書きませんが、関東大震災、世界恐慌(取り付け騒ぎ)、そして次第に戦争に突入し、空襲・敗戦へと続く時代背景と、
二等車と三等車からなる編成の列車(次第に上級クラスに乗れるようになった主人公)、軽井沢(三笠ホテルかな)や名古屋(三菱内燃機の飛行機工場)の土地の位置づけ、結核という病気が当時は不治の難病だったことと都会から隔離された富士見高原の療養所での当時の非科学的な治療法、
日本初の空母「鳳翔」とオンボロ複葉機(当時の日本の技術力の程度)、最後に次郎が飛行を成功させた96式とカプローニ氏との夢のシーンに出てくる零式艦上戦闘機(ゼロ戦)の違い、独ユンカース社の存在など、時代背景や日本国内の地理をある程度知っていないと話が理解できなかったり誤解してしまう部分もあり、英語・インドネシア語の字幕ではそこまでちゃんと説明してくれているわけではないので、ちょっと地元の若者には難しかった模様(byアダム君)。
個人的に一つ気になったのは、主人公堀越次郎の同期、本庄技師が作っていたのは、96式陸攻かな。中国戦線でバタバタ撃墜されてる姿が映っていたけれど。

それでも宮崎アニメの常で時代考証や登場する小道具(まあ、時代を経てだんだん近代化していく蒸気機関車・客車とか、碓氷峠の眼鏡橋を走るEC40型電機とか、都電や名古屋の市電とか、登戸行きの小田急の電車とか、ですけどね)がしっかりといい味出して描かれているし、
最後ユーミンの「ひこうき雲」が流れる頃には涙ウルウルになってしまうんでした。
ちょっと現実と夢の中がゴッチャになってて判りにくかったりというのはありましたけどね。
でも、まさかジャカルタで見られるとは思わなかったんで、思わぬ拾いものでした。
次は「永遠のゼロ」、読むかな。
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こちら、相変わらず色気のかけらもないCitilinkの搭乗券。

そんなわけで、夜まで友人K原君にお付き合いした後、タクシーで空港へ向かい、既にラウンジも閉まってガラーンとして時間の潰しようがないターミナル1Cから、21:40発のCitilink QG809便でスラバヤ戻り。
20分ほどの遅れだったけれど、夜のLCCなら、まあこんなもんでしょう。
あ、そういえば、Citilinkはレガシーキャリアの親会社Garudaと同様、空港使用料4万ルピアが既に切り込まれての発券となっており、スカルノ=ハッタでは支払いの必要がありませんでした。これもパッと見、高く感じた一因ですかね。

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2014年3月21日 (金)

三連休ですもの(日本が)。

今日は日本は春分の日ということでお休み。
なので東京からの指示命令の類のメールも来ず、予定どおり午後休。
12時半前に事務所を出て13時過ぎにジュアンダ空港T1着、14:30発のJT577便ジャカルタ行きのライオンエアーにチェックインして、まだ時間があるので有料ラウンジに入ってお昼ご飯・・・ を食べ出すや否や、まだ13時半過ぎたばかりだというのに突然ボーディングのアナウンスが流れてびっくり。おいおい、早過ぎだろ、国際線じゃないんだから。
とラウンジの受付のお姉さんに「戻ってくるかも」と断って1番搭乗ゲートに行ってみると、ホントに既に搭乗開始になってた。今日はボーデイングブリッジの途中から階段で地上に降りてバスでの搭乗ということで、少しは余計に時間はかかるけど、それでも早いね。
まあ、結局やっぱり時間ギリギリまで現れない客がいて待たされたりして、ドアを閉めてスポットオフしたのは14:33。ほぼ定刻だから、JTにしては、まあ早い方か。
しかも今日は座席の間隔が少し広い、確か2機か3機しかないB737-800、しかも非常口座席の17Dで足元広々。ジャカルタまではひと眠りする間に一瞬でした。
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GarudaやSriwijayaでは当たり前のB737-800だけど、Lionであたると、ちょっと嬉しい。希少価値って心理的に重要?

空港からはDAMRIのリムジンでGBK(ブンカルノ競技場)で降りて、東京からの友人の待つFXモールへ直行、Harris Suitesの部屋に荷物を置いて、5階のシアターへ直行でした。

数日前にも書いたその友人ですが、今回は上海経由ではなく、東京から直行のJALでの御来訪だそうで、訂正しといてと強く言われたので、訂正しておきます。
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味気ないレシート搭乗券ですが、赤インク一色入るだけで、大分感じ違いますね。グループ会社のBatik Air、Wings Airと共通の台紙です。でもさ、ほら、ボーディングは14:00ってちゃんと書いてあるのに。

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2014年3月20日 (木)

鉄道ODA疑獄事件発生か・・・

前向きな話ドンドンのインドネシア鉄道ですが、今日は残念な話を一つ、しかも日本絡み。

今日の本邦紙報道によれば、ODAによる鉄道案件の設計や施工管理などを受注した本邦業者であるコンサルタント「JTC(日本交通技術)」が、現地関係者との契約締結に当たって総額1億円に上るリベートを払っていたことが東京国税局の税務調査で判明し、約4,000万円の制裁課税を受けることとなった、という話。
問題となった国はインドネシアのほか、ベトナム(ハノイ都市鉄道)とウズベキスタン(カルシ=テルメズ間電化計画)で、インドネシアの案件は2010年度円借款の「ジャワ南線複線化事業」のクトアルジョ=クロヤ間、クロヤ=プルウォクルト間、プルプック=チレボン間の案件だそう。
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プルウォクルト北方の複線区間を走る、下り急行98列車「Fajar Utama Yogya」号。

記事をよく読んでみると、入札で落札はしたものの、発注者となる現地政府系機関から、現金を渡さないと契約しないと言われ、止む無く社員が現金を小分けにして運んで渡していたという。相手方として挙げられているのは、国鉄PT.KAIではなく、運輸省鉄道総局の担当者だということで、まあ、困ったもんだ。

インドネシア鉄道絡みの汚職事案としてまだ記憶に新しいのは、2011年末に発覚した、東京メトロ5000系・東葉高速1000系中古電車の輸出入に絡んで、日本の商社の人がやはりリベートを渡したというものもありました。
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プルプック駅北方の複線化工事区間。

今回の案件は、新聞にJTC関係者の発言として書かれている、先方から(契約しないと)脅されてやむなくしぶしぶ、ということであれば、多少なりとも同情の余地があるのかもしれないけれど、それならまずはJICA-JBICとか大使館が間に入って何とかしてくれといえば良さそうなものだし、インドネシア一か国ならともかく、あちこちの国で同じようなことやってれば、この企業側からそういう事を普通にやっていたと受けとられても仕方がないかもしれないなあ。
果たして真相や如何に。

ともあれ、円借款関連の仕事をしていたこともある落花生。、忸怩たる思いでこの記事を読みました。問題となった各鉄道関係ODAプロジェクト、こんなことで案件停止、再入札なんてなっても困ります。プロジェクト工事自体はせめてキチンと進んでくれることを祈ります。
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快晴の空の下、クロヤ駅で。長閑に見えるが、通過列車は多い。

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2014年3月19日 (水)

国内線、燃油サーチャージ導入。

先週は出張でジャカルタに行ったばかりなのですが、今週末もまた懲りずに?ジャカルタ往訪です。
まあ、こちらの方が先に決まっていたわけで、東京から古くからの友人が上海経由で御来訪の予定。上海?・・・とジャカルタの共通点。まあ賢明でない方はお分かりのとおり、SNH48を見て、JKT48を見るためのご旅行だそうで、熱が入っておられますなあ。
さて今週金曜日21日は、東京は春分の日でお休み。ということは、東京からの指示訓令の類はまあないわけで、それなら、というわけで、現在絶賛推奨中の月一有給をとらせていただきますかね。午後半日だけですが。

というわけで、ジャカルタ往復の航空券をとったのですが、どうも割高感を感じます。
つい最近まで、仕事が終わってから飛び乗れる19:40発のMerpati航空(MZ)など、時によってはRp.290,000なんて安値を出していたのだけど、最近倒産して運行停止。更には、採算がとれなかったということで、Tiger-Mandala航空(RI)がスラバヤ=ジャカルタ線を休止してしまい、安い方から1,2の会社がなくなってしまいました。
そうすると、残るは時折妙なタイミングで強気な値段設定をしてくるIndonesia Air Asia(QZ)と、夕方・夜の便はまあ定時に飛ぶことは期待できない当地の国内シェア一位のLion Air(JT)、GarudaのLCC子会社のCitilink(QG)。Garuda(GA)とSriwijaya(SJ)航空はいつも高止まりなので一応調べて即却下。
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シティリンクの明細には、確かにRp.73,700がサーチャージとして課金されてます。これに更に、クレジットカード精算手数料などが加算されます。

で、今回はフライトスケジュールと値段を勘案しつつ、往路はライオン、帰路はシティリンクにしたのだけれど、往路のライオンはRp.561,700、帰路のシティリンクに至ってはRp.646,550と、もはや最安値の倍!って印象です。まあそれでもスリウィジャヤ航空の85万とか、ガルーダの100万超えとかいうのに比べれば、まだ大分安いわけなんですが。

なんでこんなに高くなっちゃったかというと、実はこの3月から、インドネシア国内線のフライトにも燃油サーチャージの導入が認められたからなのです。
これは先月末に公布された運輸大臣令に基づくもので、ジェット機の場合は飛行距離664キロまで6万ルピア、プロペラ機は348キロまでは5万ルピア、更に距離に応じて加算されることとされており、ジャカルタ=スラバヤ間で帰路のCitilinkではRp.73,700が加算されています。あれ、往路のLion AirだとRp.67,000の加算になってるな。なんで同じ距離で違うのだ?? 
因みにこのサーチャージ、燃油価格の変動や、対ドル為替レート変動により3か月ごとに見直されるのだそうです。
発券後に変動した場合、空港で差額とられたり、返金があったりするのかは、不明。まあ返金ってのはあり得ないだろうな。追加徴収はあっても。
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今回の往路はLion Air。多少の遅れはもう覚悟して。

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2014年3月18日 (火)

205系、人気です。

先週末からちょっと体調を崩してしまい、かつ急な週末仕事もあって、大分空いてしまいました。

アクセス解析によれば、最近本Blogを訪問してくださる方の、検索数の多いキーワードは、「205系」 なんだそうです。
日本の鉄道雑誌でも時折取り上げられ、またジャカルタという街自体がそれほど危険ではないという認識が 広まってきたからか、日本からの中古車両を目当てに来訪する鉄な方々も、相変わらず引きも切らないようです。
他方、このブログを折角訪ねてきてくださった方々には申し訳ないのですが、こちら、管理人がジャカルタからは遠く離れた スラバヤ在住で、ジャカルタには月に一回も行けないような生活なので、生憎最新情報をリアルタイムで アップすることは出来ませんので、そちらはジャカルタ在住の方の詳しいブログをご覧いただければと 思います。
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タンジュン・プリオク港に陸揚げされる、205系電車の写真ももう見慣れてきました。

とはいえ、今日もまた、2013年度分180両の最後の30両がタンジュン・プリオク港に到着したという記事 が当地紙「Jawa Pos」に載っていました。これで一応 13年度調達分は終了。 次は2014年度調達分176両が、またそのうち送られてくるのでしょうね。これで全部合わせれば350両以上、 うーん。
全編成が稼働を開始すれば、JABODETABEKの電車の半分は、205系ということになりますねえ。スゴい(^-^ゞ
というわけで、ささやかではありますが、先週から走り出した、JABODETABEK初の10両編成電車となった、元埼京線の205系の お姿を。
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イスティクラル・モスク前(ジュアンダ駅)を走る夕方の上り電車。
折り返しの下りをジャヤカルタで。2,3両目が6扉車。大分日が陰ってきてる時間なんで、画像加工かなりしてます。
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それから、こちら。当地の大手銀行「BCA」が発行している、Flazzなるデビットカードの一種。 コンビニなどの店舗で支払いが可能なものですが、JABODETABEK圏の電鉄駅で、自動改札にそのまま通せる ということで、SUICAとかPASMOみたいな、今後活用の余地が大いに見込まれる、今後に期待される 電子マネー的な存在です。
導入自体は昨年12月ともう暫く前で、一般のFlazzは持っていたのですが、東京メトロの電車を描いた記念版をようやく入手できたので、おまけに載せておきます。
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上のマルチトリップ・カードは東急8500「Jalita」がモデル。下のFlazzはメトロ7000か6000か。特徴上手く捉えてますね。

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2014年3月14日 (金)

ウォノギリ支線近況。

PT.KAIの公式ツイッターによれば、ソロ市内プルウォサリからソロ市内の併用軌道区間を経て南のウォノギリへ延びる、現在休止中のウォノギリ支線にて、運転再開に向け試運転が行われた由。
この路線、少なくとも2012年頃までは小型DLが一両の客車と貨車を牽引してのミキストが一日一往復、更にはソロ・ジョグジャから直通のレールバス「バタラ・クレスナ」号が途中のスコハルジョ迄運転していたが、その後橋梁の安全性に問題が指摘され、全線で運転を休止(ソロ市内の併用軌道区間、プルウォサリ=ソロ・コタ間のSLチャーター運転のみは実施)されていたものです。
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ウォノギリ支線をのんびり進む列車。こういった橋梁が問題になっている・・・?(2012撮影)

今回は保線用モーターカーを用い、橋梁などで停車しつつ安全確認を行うような形での試運転だったらしく、これで問題ないと判断されれば、今後営業用の車両による試運転→営業運転再開へと進んでいけばいいですね。
ちなみに従来の客レやレールバスではなく、KRDを用いる計画のよう。どれ使うんだろう。
休止中鉄道路線の再活性化を掲げている中部ジャワ州、本当に実際にあちこちで動きが進んでますねえ。
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終点ウォノギリ到着後、機回しをするDLは子供たちの遊び場に。同乗する国鉄職員も、咎めだてもせず… (2012撮影)

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2014年3月12日 (水)

豪雨のジャカルタから。

そんなわけで2泊3日の出張、あっという間におしまい。
朝の出勤前に少しマンガライでも覗いて来ようと思ったのだけれど、今朝はホテルの窓から眺めると生憎の豪雨。 雷もなっている。目の前の道を歩く人は膝まで道に浸かり・・・って、Banjirじゃないか。水、溢れてるじゃん。 今日はサンダル履きではなく、一応ちゃんとした革靴。この天候の日に、電車見に駅まで出かけるというのもちょっと 笑いモノですね。

そんなわけで本日の朝練は中止して二度寝。それから出勤して、メディカルチェックと、打ち合わせを少々。元の上司とも話をしたのち、事務所のクルマで空港へ。
今日のフライトは12:30発のGA314便、スラバヤ行き。 スタッフへのお土産にクリスピークリームのドーナツを箱買いして乗り込んだB737-800機はおよそ7割ほどの搭乗率で、 20分ほどの遅れで離陸。見たくなるような映画もなかったので、しょーもない いたずらGag番組をボーっと眺めているうちにスラバヤ到着。今日は珍しく海側からの着陸でした。
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1時間少々のジャカルタ=スラバヤ間では機内サービスはこの程度。実飛行時間1時間半以上だと、まともなホットミールが出されるようです>GA国内線。

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2014年3月11日 (火)

夕刻のジャカルタにて。

3月11日。言わずもがなの大震災3周年となる日ですが、翻って3年前のこの日、自分は何をしていたかと思い返してみると、日本とは2時間の時差があるので昼休みの時間、語学学習が終わって執務室に戻る際、当時の上司のS尻さんが血相を変えて近づいてきて、「○○君、大きな地震が起きたらしいぞ!」と。慌ててTVをつけて仰天。あとはもう何度も繰り返された光景が流れていました。
こちらは在外におり、親類縁者が東北東海岸にいるわけでもないので、取り敢えず幸い親族に犠牲者もなかった。都内の実家は多少の落下物があった程度で両親とも無事。
その後、数日が経つと記帳や義援金といった話は動き出したしそれなりの関連業務は発生した。多くのインドネシア人が、いつも日本に助けて貰っている、今回は我々が助ける番だって、支援・募金イベントをやってくれたりしたのは涙が出るほど嬉しかった。
とはいえ、こちらも多少の義援金を託したりしたものの、正直あの日を日本で実感していない以上、大きなことは言えないし書けないし、おこがましい。結局取り敢えず今日はその時間にジャカルタの事務所内で黙祷を捧げただけでした。(復興の遅れとか、原発事故とか、政治的に論争の種となりかねないような話は、本ブログでは差し控えます)

そんなわけでこの日は終了。午前午後とも打ち合わせを何件か済ませた後、夕食まで時間があったので、夕方2時間ほど一旦フリーな時間に恵まれました。

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2014年3月10日 (月)

祝! Skyteam加盟のGAでジャカルタへ。

今日からジャカルタへ出張。
朝事務所で会議の後、バタバタと当座の仕事を片付け(周りに振り)、今日はガルーダなので遠い方の第二ターミナル(T2)へ。これまでは市内の道路を南に下り、ワルから空港高速に乗るのが普通の行き方だったのだけれど、地図上どうみても2倍くらい余計に大回りするルートなので、ここはもう線路に沿って真っ直ぐ南へ下り、アロハから左折して行ったルートの方が速いのは間違いない。
他方昼間の時間帯、T2から西へ向かうと、アロハのロータリーの流入が大混雑しており、この市内方面行きは、大回りでも高速経由の方が早いかもしれない。ちょっとあまり考えられていない第二ターミナルへのアクセスです。

ともあれ、今日のフライトは、30分ほど遅れた12:30発のGA315便。
搭乗ラウンジの案内放送では、各フライトの搭乗案内放送の最後に「Garuda Indonesia, a member of Skyteam」と付け加え、この3月5日から晴れて国際三大アライアンスのメンバーキャリアとなったことを誇らしげにアナウンスしていました。
一時はメンテナンス不足等の事情により、Northwestのワールドパークス提携会社から除名になったり、欧州(EU)地域への乗り入れが禁止されていた時期もあるガルーダ、ここまで立派になりましたか(なんて上から目線だ(笑))。
なのだけれど、このスカイチームというアライアンス、日系キャリアの加盟はなく、アジア地域ということで広げてみても、Korean Air, China Airlines, ベトナム航空、中国東方航空、中国南方航空、厦門航空・・・ あれえ、使う機会のある会社が殆どないじゃないか。過去10年位遡ってみても、China EasternとChina Southern、出張で乗ったVNくらいしか… というわけで、なんだかあまり実益ないかも。

とはいえ、地元の航空会社が世界スタンダードなサービスを提供してくれるのはいいことには違いないわけで、サービスダウンで除名されたりしませんよう、頑張って貰いたいもんです。

そんなわけで、ジャカルタに到着したら、隣のスポットには、Skyteam加盟記念塗装機が止まっていました。
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2014年3月 9日 (日)

2月改正、新列車続報 (スラバヤ編)

もう一か月も前の話になりますんで、些か旧聞に過ぎるところがありますが、先般も書きました2月頭のダイヤ改正により、このスラバヤ近郊でも幾つかの新列車が運転を開始されたり、運転区間が変更されたりしています。
その多くが夜行列車の間合い運転で、スラバヤに朝着いた列車が、折り返しの夜行列車として運転される迄の時間、本来は車両の整備点検に充てなければならないわけですが、それでもまだ余裕がある場合にはその時間を使い、あるいは整備施設を持つ別の駅まで昼間アルバイト運行させているわけです。

2月頭に戴いたダイヤ改正時刻表では、北本線スラバヤ・パサールトゥリ駅からは西のチェプー、スラバヤ・グブン駅からは南のマラン、南西のマディウン、東のジュンブル迄の各列車が運行開始となるとされていました。が、一か月が経って様子を見てみると、西、南、南西への各列車は順調に運転されているようですが、東のジュンブル行(スラバヤ=バンドゥン間「Turangga」の間合い)はまだ運転されておらず、途中のプロボリンゴとの間で、バニュワンギ=プロボリンゴ間のエコノミ列車が延長されてくるに留まっています。
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スラバヤ・グブン=マラン間をアルバイト運行する「ビマ」号。青いバティック食堂車もそのまま連結。

運行ダイヤは、
・パサールトゥリ=チェプー間「Maharani」号(Kertajaya号の間合い:全車3等)
SBI 0615-0848 CU, CU 0920-1140 SBI

・グブン=マディウン間「Sarangan」号(Mutiara Selatan号の間合い:全車2等)
SGU 0700-0924 MN, MN 1345-1610 SGU

・グブン=マラン間「Bima」号(全車1等。ジャカルタ=スラバヤ間の「Bima」とは同名ですが、別列車扱いで、切符も通しでは買えません。)
SGU 0618-0831 ML, ML 1425-1627 SGU

・グブン=プロボリンゴ間「Probowangi」号(バニュワンギ=プロボリンゴ間「Probowangi」号の延長、全車3等)
SGU 2240-0045 PB, PB 1930-2124 SGU

これらの中で我々在留邦人が利用する可能性があるのは、マディウン行きと、マラン行き位でしょうか。
そんなわけで、全く一日フリーだったこの日曜夕方、買い物と夕食に出掛けるのを少し早めに出て、南本線とマランからの路線が合流する市内のNgagel駅近くの複線区間で線路端に立ってみました。チェプー行きはこないだ見た「Kertajaya」編成そのままで近郊列車と見た目変わらないし、プロボリンゴ行きは往復とも夜だしね。
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スラバヤ=マディウン間「Sarangan」号。2等車は全て冷房化改造済。
後ろの建物は、ウォノクロモ駅前のモール。

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おまけ。年末にデポを訪問した時には故障運用離脱中だった、日本車輌製KRD「ドラえもん」が、コミューター運用再開になってました。

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2014年3月 7日 (金)

205系、注目されてます。

さて先述のとおり、JABODETABEKでの営業運行を開始した元JR205系電車、最近等ブログへはこの205系を検索してお越しになる方が結構いらっしゃるようで、関心は高い模様。
他方で当地でもこれまでの中古電車の導入に比べても、国鉄PT.KAIが公式サイトに載せたりプレスリリースを出したりしてきたからか、結構当地メディアにも書かれています。
例えば、もう旧聞になりますが、6日付の全国紙「KOMPAS」では、「205系電車1編成、ボゴール=ジャカルタ間で運航開始(メトロポリタン面)」と大きな写真入りで報じていたりします。(英字紙「Jakarta Post」にも関連記事有。)
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折角だから、6ドア車両の写真にすればいいのにね。

記事では、10両編成での運転となること(これまではJABODETABEK圏の電車は、日本からの中古電車を含め、最長8両編成)、従来のダイヤの一部列車の置き換えとなり増便ではないこと、10両のうち2両は座席が折り畳める仕様となっておりその車両では全ての乗客が立席となるが、編成中の収容人数は大幅に増えること等が説明されています。
特に最後の折り畳み座席については、現時点では折り畳んでの使用は当面行わないとのこと(首都圏電鉄運行会社PT.KCJのハンドヨ氏談)。
現在まで、2013年度に導入予定だった18編成180両の同形式のうち、既に15編成が到着、2編成が運輸省の認証を得て運行開始が可能となった由で、引き続き6編成が近く営業運転に入る予定とのこと。
同時に準備の整ったもう1編成はブカシ線で試運転を開始しているが、こちらはホーム長が10両運転に対応していないため、営業開始はまだ暫く先になるとのことであるが、これまでだって4両分しかホームのない駅で8両運転してたんだから、これは何を今更感はありますが。

205系自体についての説明も、日本のJRでは1991年に導入されて云々と1パラを割いて付け加えられていますが、KCJ側としては、これは日本で捨てられたものを買い叩いてきたのではなく、日本でもまだ十分使用可能だけれど、新車への置き換えで不要となったまだ十分に使用可能なものを輸入したのであり、十分な品質を持っているものであると強調しています。プライドが見え隠れしてますね。
なお本2014年は、残る3編成に加え、更に176両(8両x22編成)の導入が予定されている由。中央線=ボゴール線以外の8両対応の線区にも導入されるという事なんでしょうね。

そんなわけで、日本の鉄な皆様と、当地の盛り上がりに若干ついていけていない、車両に弱い落花生。ではありますが、今週と再来週はジャカルタ行きの予定もありますし、ちょっと覗いてみることにしますかね。

あ、この記事には、取り敢えずの運行ダイヤも書かれていました。
デポック発6:00-ボゴール発6:36-ジャカルタ・コタ発8:12-ボゴール発10:00-ジャカルタ・コタ発11:32-ボゴール着
ボゴール発15:16-ジャカルタ・コタ発16:51-ボゴール発18:41-ジャカルタ・コタ発20:26-ボゴール発21:50-デポック着

だそうです。ご参考まで。

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2014年3月 6日 (木)

アソンガン締め出し、続く。

以前も何度か書いたことがありますが、駅における私営の物売り、アソンガンと呼ばれるのですが、国鉄PT.KAIは彼らを駅浄化と称して閉め出そうとして、各地で彼ら既得権者でもある物売りの強硬な抗議行動を受けうつつも、締め出し自体は着々と進められています。
今日の当地紙「Jawa Pos」によれば、昨5日も、東ジャワ州西部南本線のマディウン駅でも、駅構内での販売禁止に反発する商人らの座り込み抗議活動が行われ、バニュワンギ=ジョグジャ間を結ぶ「Sri Tanjung」号が入線を阻まれ、鉄道警察(Polsuska)が排除に乗り出したとのこと。
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マディウンのDAOP7(第7鉄道管理局)当局は話し合いに応じていないとして商人側はヒートアップし、「(商売を禁じられて)苦しむくらいなら、死ぬことも厭わない」と気勢を上げたそう。
本件に関する論点は以前も書いたとおりで、PT.KAI所有地内での無許可の占有販売活動ですから、法的には結果は明らかでしょう。一応既得権的なものがあり、生活保障をどのくらいし得るかということでしょうが、当地の判例・・・はよく知るわけではありませんが、日本など先進国よりも保護の程度は低いと思います。
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マディウン駅のホームにて。物売りが写りこんでいないのが残念。
スラバヤ発ジョグジャ行きの急行「サンチャカ」号。

旅行者的視点からは、旅情や利便性からも、また日本人的判官贔屓の心情からも、そこまで無理に追い出さなくても・・・とは思いますが。色々大人の事情もあるんでしょうし…
本件、まだまだあちこちで尾を引いていきそうです。
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蒸機時代の煙の跡の残る駅上屋を撮った写真が全然ありませんでした。
これは夕刻の上りジャカルタ行き「バングンカルタ」号。

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2014年3月 5日 (水)

205系営業運転開始!だそうです。

先日来、既に百数十両がジャカルタに到着している元JR東日本埼京線の205系電車、地元鉄の皆さんの情報では次々と改造・塗装変更が行われ、JABODETABEK電鉄における運転開始間近・・・ と期待されていたところ、本日の国鉄PT.KAIの公式Twitter上で、123F編成(でいいのかな?)が旅客営業運行を開始しました!との書き込みがありました。

恐らくはジャカルタのパクアン急行さんが詳細を上げてくれることと思いますが、取り敢えずご報告ということで。来週はジャカルタ行きの予定もあるので、見られるといいな。
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国鉄PT.KAIの公式ツイッター上には、乗客を乗せて出発を待つ205系の写真が。

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2014年3月 1日 (土)

釣り堀に突然飛行機が。

さて、先週末の中部ジャワへの途次、パサールトゥリ駅から乗った列車がスラバヤを出発してほどなく、変わったものが目についた。
・・・っと引っ張っても仕方がないですね。市街地が次第に農村へと変わりつつあるあたりで、左手の車窓に突然飛行機が現れました。
急な事だったんで写真は撮り損ねたのですが、あれは明らかにB737-200だ。直ちに現在地を確認すると、ほどなく列車はベノウォ(Benowo)駅を通過したので、どうやらカンダンガン(Kandangan)との間の南側、釣り堀のあるところということで、帰ってからWikimapiaで確認してみたけど、らしきものは写っていない。どうやらごく最近持ち込まれたものらしい。

というわけでこの土曜日、日本人会の行事に出席した後の午後、ちょっと確認してみることにして、クルマをこの方向へ走らせた。
市内の外れ、カンダンガン駅の入口を掠めて西へ向かう細い一般道路を走ること暫く、案ずるまでもなくその飛行機は突然現れた。おぉっ!
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釣り堀だったと思しき池の中に作られた台座に鎮座するB737-200。あれ、エンジンがない。

見たところまだ工事中の趣だが、こちらの常で別段咎められもせず、警備兼駐車案内のオヤジさんに一言断って近づいてみる。
機体は綺麗に再塗装され、ボディには白地に赤帯、そして「Montor gak Moeloek」と書かれ、垂直尾翼には白鳥の絵柄が。勿論こんな航空会社はないんだけれど、これはどういう意味かな。「王様ではないエンジン」?ちょっとわからんな。専門家かローカルに聞いてみよう。
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ゆったりとした座席が並ぶ機内。リノベーションされたのか、綺麗な内装です。

階段が据え付けられていたので中へ入ってみると、エコノミークラスにしてはゆったりとした座席が並び、作業をしている方もチラホラ。操縦室は残念ながら殆どの計器類が持ち去られてしまっているようで、代わりにステッカーで計器類を表現していた。
なにか現役当時の名残、所属会社が判るようなものはないかな?と思ったら、おっと「SABENA」だって。その昔はベルギーで使われていた機体か?
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操縦室、なんか機器類はステッカーばっかり。既に部品取りドナーだったか…

機体は徹底して分厚い塗料で再塗装されてしまっているのでレジスター(登録記号)は読み取れない… と思ったら、一か所、なんとか読み取れたのが前輪のカバー部分。「KJO」と書いてありました。

帰ってからこの「PK-KJO」を調べてみたら、こちら1980年製造のBoeing737-2L9A型という機体で、最初にデリバーされたのはデンマークのMaersk Air。現在は合併消滅してしまっているけれど、海運大手で、よく「MAERSK」って書かれたコンテナ、見かける、あれですね。ネット情報によれば、その後Inter European、Europe Air Charter、AOM、Air Toulouseといった欧州主にフランスのチャーター会社を転々とし、最後は2003年から当地のBali Airで活躍、リタイアした機材のようでした。
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SABENA航空で使われてたわけじゃないんですね。サベナの工場で作られた、ケータリング用機材、なのかな。

バリエアーといっても名前ほどメジャーな会社ではなく、やはり以前存在した当地国内大手の一つだったブーラック(Bouraq)航空の子会社で、BAe748とこのB737-200を飛ばしていたものの、親会社ブーラックの倒産に伴い、2006年に運行停止の憂き目にあっている。

そういえば以前、スラバヤ空港の外れに、仲良くストアされてましたね、この2機のB737-200。スラバヤに転勤して来た頃は、まだあった記憶が。
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よく見ると、既にエンジンついてない(右のバリエアー機)。ってことは、ここの機体にいずれエンジンが取り付けられる期待は薄そうです。

因みにこの飛行機が置かれているエリア、釣り堀、レストラン、洋服店等とあわせ、この飛行機の機内で映画を見せるという、総合?エンターテイメント施設を目指しており、(計画では)あと2か月ほどでオープンの予定とのこと。レストランはもう開いていましたけど。
予定どおり行くことの方が少ないこのインドネシアですから、“2か月”は眉唾だとは思いますが、いずれ正式にオープンしたら、飛行機の中での映画、楽しめるといいですね。
毎月のように当地に出張に来てる九州の某K市のM島課長あたりが好きそうだなぁ。こんど誘ってみようかな。
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この複線化工事がほぼ終わった線路のすぐ傍にありますが、建物があるため飛行機と列車を同じ画面に入れるのは難しい・・・。「Kertajaya」号、パサールスネン行。

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今もう一度Google Earthを見てみたら、ああ、切り刻まれて運び込まれた機体と、建設中の台座が写ってました。右上を掠めてるのが、国鉄の線路。

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