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2014年4月30日 (水)

プチ汽車旅しながら帰ります(プロボリンゴ)。

29日(火)の続き。
ブロモ山の帰りは、真っ直ぐ帰るのもつまらないし、今回同行のKさんの出発フライトまで時間があるので、直接パスルアン方面への短絡を通らず、一旦プロボリンゴ市内へ降りることに。
急な下り坂が続いたためクルマのブレーキが過熱したか、運ちゃんが「効きが悪いです」と言い出したりしたので少しヒヤヒヤしたけれど、2速ギアを多用したりしながら無事にプロボリンゴ駅に到着。
ちょうどいい具合に、12:55発のバニュワンギからのスラバヤ行き急行78列車「Mutiara Timur」が到着する時間帯だったので、気分転換にこちらに乗ってプチ・インドネシア鉄道の旅を楽しんでみることにしました。
このプロボリンゴの駅長さんは、以前同じ東ジャワ州東部のカリバルでトロッコ観光列車を楽しんだ時の駅長さんが勤務しており、その後もやりとりをしていたので、ついでに久々に挨拶出来ればと思ったのだけれど、こちら残念ながらつい最近バニュワンギ駅に転勤になってしまっており、お会いできませんでした。
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プロボリンゴ駅に到着するバニュワンギからの急行「Mutiara timur」号。

その駅長さんからは、「平日昼のスラバヤ行きのムティアラ・ティムールはだいたい空いてるよ」とBBMで教えて貰っていたので、多分大丈夫だろうと安心してここまで来たのだけれど、一人Rp.65,000の一等エクセクティフの切符を買って更新改造済の小窓車に乗り込んでみると、一両に10人も乗っていない位の大分ガラガラ感の強い車内は、ちょっと列車の存続が心配になる位。
それでもやる気満々の食堂車から食事をとり、乗車前に駅前の売店で買い込んだビンタン☆ビールで乾杯、シドアルジョまで1時間半ほどの汽車旅を楽しんだのでした。

シドアルジョで降りたのは、まだフライトまで時間があるので、いつものラッピンドの泥噴出地を見学するため。プロボリンゴから回送しておいたクルマもちょうど数分前に先着して駅まで待ち構えていてくれました。
かくして堤防に上がり、バイクで中央部まで往復してみたけれど、今日は時折白煙が高く舞い上がり、泥も間欠泉のように時折吹き出すなど、かなり活発な活動状況。ブロモに続いて有害なガスがかなり出ているこの泥池、国道や鉄道線路に面した堤防には「Wisata Lumpur(泥観光地)」などと自虐的なバナーを掲げ、来訪者からは入場料的に小銭を取り(今は一人1万ルピアが相場)、被害者でもある地元の兄ちゃん達のバイクに乗って一回りさせたり、噴出状況を記録したDVDを売ってみたりと、頑張って生活しようとしています。
観光地といっては不謹慎ですが、社会勉強として一見の価値はあるでしょうね。「地球の歩き方」には決して載りませんが。
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今日も派手に上がってますなぁ… 臭いも結構きついこの日のラッピンドでした。

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2014年4月29日 (火)

ブロモ山の夜明け・リベンジ、一勝一敗。

さて明けて・・・ 明けてないな。まだ未明の3時に起床、ホテルにアレンジして貰ったランドクルーザー(1981年式の、40系という奴)で3時半に出発。平日ということで他に殆ど宿泊客がいないと思ったこのJava Bananaなるホテルだけれど、少なくとも他に3台のランクル、3グループの宿泊客がいるということだな。
急な山道を走ること暫し、外輪山の頂上付近の安宿街を過ぎてカルデラの中に入り、舗装道路がなくなり砂砂漠の一帯を走り出した頃から急に霧が深くなり、視界がホンの数m迄低下してきた。ちょっと危ないかもしれない状態。砂漠内のあちこちを無造作に走る轍に惑わされつつ、前を行くクルマのテールランプを頼りにゆっくりと進み、それでも30分ほどでなんとかこのエリアを抜け、反対側のアクセス道路に到達、その後は再度外輪山を登り、4時半過ぎには展望台に到着することが出来た。
本日の日の出は5時20分ということでまだ時間があったので、参道(?)の屋台街の店でコーヒーを一杯、暫くの後展望台に上がってみると、やあやあ、今日は東の空が徐々に明るくなりつつあり、どうやら晴れて日の出が拝めるようだ。
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今回は拝めました。ブロモの夜明け。


日の出自体は、プロミネンスのようにいきなり明るくなったわけではなかったので、その瞬間に200人ほどの観光客が一斉にシャッターを切って感動の溜息が上がった・・・という雰囲気ではなかったけれど、右手、南のブロモ山の方角に目をやると、そちらには更に息を呑む光景が広がっていた。
外輪山に囲まれたカルデラ内は一面の雲海。そこからブロモ山など幾つかの山々が、浸食で出来たひだも鮮やかに顔を出し、後方には更に一段と高く頭を突き出した、ジャワ島最高峰のスメル山。
そしてその左手側、外輪山の切れ目からは湖の堤から水が溢れ流れ出すように雲海の雲が集落を乗り越え、下の斜面に沿って流れ出している姿は、何とも言えず、ヨーロッパの山岳地帯をも彷彿とさせるような絶景だった。語彙が乏しくて上手くこの情景をお伝え出来ないのが申し訳ないのだけれど、このインドネシアでこんな景色を眺められるとは思わなかっただけに、感動もひとしおだった。
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ブロモの外輪山の雲海、中央右手の白煙を上げるのがブロモ山、右奥にはスメル山。
その外輪山から流れ出す雲。素人写真でもこんなに絵のような魅惑的な風景が。
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さて続いて定番コースにのって向かったのはブロモ山の麓。だが、その分厚い雲海に覆われた砂千里の駐車場付近は、相変わらず殆ど視界が開けない状態だった。
馬に乗り込み歩くこと暫し、段々刺激臭がキツくなってきて、咽が痛くなってきた。この地域の環境には慣れている筈の馬曳きの若者もマスクで鼻と口を覆い、馬までもがクシャミか咳かを繰り返す。
さっき上から見た際には、ブロモ山頂・火口に登る階段部分は晴れていたので、そこまで行けば大丈夫だろうと思って(馬の)足を進めたのだけれど、階段の上り口近くまで着いてみたら、確かに雲は晴れて山頂が見える。が、硫黄臭のガスは突然更にキツくなり、鼻と口に布を当てても、息をするのも厳しい状態になってきた。
ちょっとこれはヤバいんじゃないだろうかと思ったら、馬曳きからも「これは危ないから、もう降りよう」とのコメント。彼らがそう言うのなら、本当にそうなのだろう。
下り坂、下からは次々と観光客が馬に乗り、或いは徒歩で上がってくるが、中には小さな乳児を抱きかかえた欧米人家族もいた。ちょっと子供には、呼吸器に悪影響を与えかねないんじゃないかと心配になった。

何とか下山し、再度ランクルでホテルへ戻り、朝食と小休止。
続いて降りてきて隣席になったドイツ人家族とひとしきり、今日はちょっと厳しかったねーと話をしながら。
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山頂に登る階段付近の光景。雲が晴れたらガスが急にキツくなりました。

※30日昼、火口付近からの火山性ガスと噴出物が近隣の集落に激しく降り、ブロモ山付近での危険度の引き上げが検討されているとの報道がありました。
この日は中部ジャワのメラピ山、スラメット山、北スマトラのシナブン山も一斉に噴火活動を活発化させ、列島が燃えている、状態に。ちょっと心配です。

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2014年4月28日 (月)

久々のブロモ山へ。

今日は月曜なのだけれど、明日29日は日本が休日で東京からの指示等も少ないだろうと踏み、一日有給をいただいて久し振りにブロモ山に行ってみることにしました。
ブロモ山というのは、スラバヤから南南東に100kmほど行ったところにある、この周辺では殆ど唯一とも言ってよい観光地。
現在も日々噴煙を上げる活火山で、所謂“複式火山”といわれる、元は相当に高い山だったであろうのが、過去の噴火でその上部が吹き飛んで、直径約7.5kmとされる広大なカルデラを形成し、その中央部に更に子火山とでも呼ぼうか、新たな火山が生成され、この標高2,392mの山がブロモ山と名付けられている。
その為、標高自体はそれほど高くなく、そのすぐ南東側20kmほどのところにあるスメル山の方が標高3,676mとジャワ島の最高峰を誇っている。

スラバヤから近く、日帰りも出来ないことはないのだけれど、このブロモ山観光コースとしては、夕方近隣で前泊し、ジープをアレンジして未明に出発、外輪山の展望台から日の出を眺めた後、カルデラ内の砂漠的な部分を走り、中心部近くにあるヒンドゥー寺院近くの駐車場から馬に乗るか歩くこと暫く、最後は約200段の階段を上り、噴煙を上げるブロモ山の火口を眺めるというのが定番で、前回訪問時も、そのルートを取ったのですが、残念ながら雨季真っ盛りということで日の出は拝めなかったため、今回はリベンジです。
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ちょっとバリのリゾート風の、小奇麗な内外装のホテルでした。

今回の宿は、前回が西のパスルアン側から上って行ったところにある、「ブロモ・コテージ」というホテルにしたんだけど、今回は逆に、というか寧ろこちらがメインルートの、東のプロボリンゴ市側から山を目指し外輪山の手前にある「Java Banana」という、ちょっと可愛らしい名前のリゾートホテル。
事前に直接メールでやり取りして予約したんだけれど、その時点でレストランは20時半で閉店、と言われてたのです。仕事が終わってから17時過ぎにスラバヤを出たんだけれど、市街地を出るまでに帰宅渋滞に引っかかり、思った以上に時間を要し、到着は15分ほどその時間を回ってしまっていました。
明らかに間に合わない!と判った時点でホテルに電話して、閉店前に夕食とビールを部屋に届けて貰おうと思ったのだけれど、教えられていた電話番号が3つとも繋がらず、このままだと周りのワルンでPopMieになっちゃうか…。 と、覚悟したんだけれど、いざ着いて「レストランまだいける?」と聞いたら、「どーぞどーぞ」と建物の2階にあるレストランに招かれ、一旦電気を落としていたにもかかわらず、帰りかけていたスタッフを呼び戻し、夕食を作ってくれました。流石に申し訳なく食べ終わるまで拘束するのも忍びなかったので、部屋に運んでいただき、ゆっくりといただきました。
敷地内には22時まで開いているギャラリーなども併設され、ちょっと部屋は狭いかな、ちょっと高めかなという感はあるけど、この立地でこれだけの設備を維持する手間を考えたら、十分納得、大満足な夜でした。
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こちらがブロモ山の名をいだいた、ジャカルタ=スラバヤ間の「Argo Bromo Anggrek」 号。

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2014年4月27日 (日)

JTC・ODA疑獄事件、続報。

先般当ブログでも書きましたが、インドネシア他ウズベキスタン、ベトナムで鉄道関係の援助案件の受注にあたって現地政府関係者に対して贈賄行為を行っていたとして、国税局から追徴課税されることとなり、その後第三者委員会を設置して事案の背景及び事実関係等を調査してきた本邦コンサル会社JTC(日本交通技術)関連の事案ですが、4月25日、同委員会による調査報告書が公表されたと各紙が報じています。

総計100頁にもなる分厚い報告書によると、同社は、上記三カ国におけるODA関連事業で総額約1億6,000万円のリベートを各国の政府関係者に支払ったとしており、ウズベキスタンの「カルシ~テルメズ間鉄道電化」「山岳鉄道運営に係る実施機関能力向上プロジェクト」で約7,300万円、ベトナムの「ハノイ市都市鉄道建設事業(1号線)フェーズ1」関連で約6,600万円、そしてインドネシアではジャワ南本線複線化関係の3案件で総額約2,677万円のリベート(※)を、インドネシア政府運輸省鉄道総局(DGR)の局長クラスの関係者に提供していたとのこと。

  • ※ 2010年1月~2012年6月までの間に「クロヤ~クトアルジョ間設計見直し等」で7億8,725万ルピア、
  • 2010年9月~今年1月まで「チルボン~クロヤ間詳細設計」で13億9,000万ルピア
  • 同年10月に「クロヤ~クトアルジョ間施工監理」で500万円

本件については、案件実施が決まり技術入札・価格入札の後、「第一交渉権」を持つこととなった業者(同社)が先方政府関係者と契約条件交渉を行う過程において、DGRのプロマネや施設局長といった契約にかかる権限をもった関係者から、会議経費や選挙対策費といったものに必要である、他国の入札業者は○○(金額)を支払っている、といった形でリベートを要求され、この要求を拒否するすれば契約調印を引き延ばされる等の嫌がらせを受けたり、契約価格を覆されて契約できなくなると行った虞があると考え、本社国際部の承認を得て、社員が出張時に現金を携行する形でインドネシアに持ち込み(これも現地法違反)、支払ったということの由。

こういった形でのリベートの要求及び支払いは、JTC社だけをとっても(ODA案件には限らないが)1990年代から延々続けられてきた悪習ですが、同社のような必ずしも大規模とは言えない企業で、受注を逃した場合、準備にあたっての相当額の“先行投資”が無駄になることは会社経営に対する圧迫要因になることから、「何としても受注に漕ぎ着けて先行投資を回収したい」と考え、その過程において、或いはその心情を見透かした先方政府関係者からリベートをたかられるという図式が成立していたのは間違いないでしょう。
その結果として、嫌々、渋々、会社のためにやむなく行ってきた行為のつもりが、(JTCは)「被害者と見られるべきではなく、相手国の腐敗を助長する『共犯』としての立場にあった」と報告書は断罪しています。

途上国、=腐敗が激しいと短絡的に結びつけることは適当ではないし、例外も多々ありますが、一般論として実態としてそのような傾向が一定程度あることは誰しも関係者の認めるところでしょう。かといって国内での業務が頭打ち・飽和状態になっている中、この業界の企業も海外にビジネスチャンスを求めて出て行かなければならない中、必然的にその出先は途上国が大多数となる。そしてこのような問題に直面するケースもしばしばあると思われます。他の競争相手国には、ダンピングのような価格で、あるいは廉価な粗悪品をもって入札し、そしてリベートの供与など屁とも思わない手段により受注を試みる企業も多数あるでしょう。
そのような環境の下ではリベートの要求など日常茶飯なのかもしれませんが、少なくとも今回のケースは、ODA案件であったため、JTCは先ずはJICAそして大使館を動かしてでも問題の解決を図るべきものだったと考えます。

ともあれ、この報告書は、JTCが設置した委員会が、JTCからの聞き取りや書類を確認した上で作成したものであり、税務当局・検察当局がオーソライズしたものでもなければ、インドネシア側関係者からの聞き取りや調査を行ったものでもありません。
今後捜査のタマはインドネシア側(運輸省やBAPPENAS、KPK汚職撲滅委員会)に投げられたわけですが、彼らがどう調査に動き、どのような結果が示され、そして今後の同様の案件の再発防止に向けた方策がとられるのか、引き続き注視していきたいと思います。
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チルボン=クロヤ間のプルウォクルト北方の複線区間を南下する、急行「Fajar Yogya」ジョグジャカルタ行き。

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2014年4月26日 (土)

ハイジャック騒ぎ(@デンパサール空港)。

この金曜25日、昼間ローカルのTVをつけたら、デンパサール行きの飛行機がハイジャックされて緊急着陸した模様とのニュースが飛び込んできた。映されている映像は同社のA330型機。
続報を聞いていると、豪州のブリスベンからバリ島のデンパサールへ向かっていた豪州の格安航空会社「Virgin Blue」のフライトだが、既にデンパサールのングラライ空港に着陸し、犯人は拘束、乗客139名と乗員に負傷者はいない由。ヤレヤレ。

と思ったら、どうやらアナウンサーの説明をよく聞くと、ハイジャックですらなかった模様。
なんでも、機内で酔っぱらった乗客がコックピットに無理やり入ろうとしたため、パイロットがハイジャック信号を発出したが、間もなくこの乗客は客室乗務員に取り押さえられたとのことらしい。
フライト自体も、その後「Virgin Australia」(2011年に社名変更してたんですね)航空VA041便のボーイング737-800型機と訂正され、同空港に着陸した機体を取り囲む警察官の画像に続き、犯人のオーストラリア人男性(28)も抵抗せずに拘束され、警察当局に連行されたとして、身分証明書の画像も晒されていた。
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事件の概要、拘束された”犯人”の様子などを伝える週末の当地紙「Jawa Pos」。

最近この地域での飛行機絡みの事件としては、未だ所在がつかめていないマレーシア航空MH370便の失踪事件の報道が毎日続いている中で発生した今回の事件(?)ということで、一瞬ヒヤッとしたものの、結果としては単に酒を飲み過ぎた酔っぱらいの暴走というだけで、人的・物的被害なく解決したので幸いです。邦人客も搭乗していなかったようですし。

ところで通常のフライトでは、機内で飲酒をした乗客が飲み過ぎて周囲に迷惑をかけそうな状態になると、客室乗務員はそれ以上の酒類の提供を拒否し、このような事案に発展することを防ぐ事になっている筈ですが、今回はそうなりませんでした。
今回のフライトを運行したヴァージン・オーストラリア社は、所謂LCCで、機内の飲食サービスは有料。この男性が免税店あたりで購入して持ち込んだお酒を飲み続けて(客室乗務員は自分達で販売したものじゃないから知らんぷりしてるうちに)酔っぱらったのか、
有料の機内販売で買ったお酒を(客室乗務員は、販売成績になるから、売り続けたものを)飲み過ぎたのか、報道には現れていませんので不明ですが、こんな騒ぎを起こす前に何とかできなかったもんですかねえ。

お陰でデンパサールの空港が一時的に閉鎖になり、何便かのフライトが当地フライトにダイバートされて来ていて、スラバヤ空港のターミナルも若干混乱していたようです。
今日は東京から大事なお客さんが来訪の予定だったのですが、その夕方のSilkAir便の到着時間帯までには既に落ち着いていたようで、影響はありませんでしたが。

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2014年4月25日 (金)

副大統領御召列車は新しい方。

暫く間が空いてしまいましたね。
週末以降、仕事に没頭していた、ということでご容赦を。

今朝の当地紙「Jawa Pos」には、見たことのある、見慣れぬ列車から降りてくる、見覚えのある方のカラー写真。記事表題は「副大統領、複線と石油を視察」とあり、昨24日、ブディオノ副大統領が中部ジャワ州と東ジャワ州の境界にあるチェプー(Cepu)とボジョネゴロ(Bojonegoro)を視察したのだが、それに際し、インドネシア国鉄PT.KAIのKereta Dinas(公務編成とでも訳せばいいかな)を用いた特別列車を利用した、その御召列車から降りてくる姿でした。
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今回ヘラワティ夫人を伴ってこの地域を往訪した目的は、スマラン=ボジョネゴロ間の北本線の複線化工事の完成を祝う碑文に名前を書き入れるセレモニーへの出席と同区間の視察、そして同地域に所在する石油・天然ガス上流事業監督部局であるSKK Migasのサイトを訪問視察するということだったのですが、今般Kereta Dinasを用いた公務列車が走るらしいということは、毎度お世話になってますこちらのサイトにも書かれていたので知ってはいたのですが、まさかこんな東ジャワまで遠路遙々走ってきたとは。
ボジョネゴロ駅に午後14:30に到着したと書かれていますが、どこから、何時に出発して、といった情報は特段なし。でも週末にマンガライにいたのだから、副大統領もスマランまで飛行機で飛んで、そこで乗り換えてきた訳じゃあないよなあ、きっと。

ちなみにこの緑系塗装のKereta Dinas編成、2009年から2010年にかけてマディウンのINKA工場で製造された、基本設計はArgo系列の特急客車と同じものと思われます。
これが就役したために、従来大統領専用列車に使われていたNusantara、Toraja、Baliの各車両が引退するのかと思いきや、(実際2011年にはこの編成が大統領御座乗列車に用いられているのを確認しているのですが、)最近のユドヨノ大統領のお召し列車にも上述の古い特別車両が引き続き用いられており、緑色の新しい方が長くマディウンのINKAの工場に入場していたりしたこともあり、ひょっとしたらKereta Dinas編成の方に何か構造的な不備でもあるんじゃないかと心配していましたが、普通にちゃんと使えてはいるんですね。何よりです。
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ちなみにこの列車、通常は運輸省や国鉄PT.KAI幹部の視察用、(新型CC300型DLの)試運転の際の車両等として用いられていることが多いのですが、一番目をひく展望車の車内はこんな↓感じになってます。
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2014年4月20日 (日)

ボゴール=スカブミ=チアンジュール間最新時刻表。

ジャワ島西部の鉄道のうち、ジャカルタとバンドゥンを南回りで結ぶスカブミ回りの路線、既報のとおりボゴール=スカブミ間「Pangrango」号、そしてスカブミ=チアンジュール間「Siliwangi」号、が相次いで運行を再開し、ユドヨノ大統領も試乗するなど華々しく伝えられ、更には運行休止となっているチアンジュール=パダララン間も試運転列車が走るなど運行再開に向けた動きが伝わってきています。

なのですが、必ずしも乗車率は高くないというか、とても低い列車・区間があったようです。需要を考慮せず、同じ編成の列車が行ったり来たりでは、満席で乗れない区間・列車がある一方、ガラガラで空気輸送をしている区間もあるというのは仕方ない事なのでしょう。
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ボゴール=スカブミ=チアンジュール間を結ぶパンランゴ=シリワンギ号。

で、例によって地元以外では殆ど公告されていないのでスラバヤで暮らしている分には全く気付かないのですが、先月頃、運行開始から僅か一か月程しか経っていないのに時刻改正がなされ(臨機応変というんですかね…)夜の便が減便され、ほぼすべての列車の時刻が変更となりました。
本Blog掲載の時刻表を手に現地に行ったら、時刻が変わっていた!という指摘を頂戴したので、最新時刻表をあげておきます。やはり常に最新のものを載せるようにしておかないとご迷惑をおかけしてしまいますね。・・・って、鉄道当局の仕事だぁ本来それわ。
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スカブミ駅に停車中。こうやって見るとCC206もなかなか厳つくて格好いいかも。

具体的には以下の時刻表と、前回運転開始時のものを比べていただければいいのですが、夕方のチアンジュール行きがスカブミ止まりに、その折り返しだったチアンジュール発スカブミ行も廃止、ボゴールからスカブミ行き最終深夜便が廃止となり、スカブミ発ボゴール行きの夜便も廃止となったため、休日にこちらの方面遊びに行った帰りの便が大幅に早まってしまいました。
朝のボゴール発の初便の時刻が繰り下がり、ジャカルタ都心部からの始発電車で間に合うようになったのは朗報ですが、乗り潰し派の方にとっては要注意ですね。
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ボゴール発の下り方面の時刻表。
チアンジュール・スカブミからの上り方面。
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2014年4月18日 (金)

スラバヤ・マップを手に街歩き♪

既に当地では著名な研究者である松井和久さんのブログ「インドネシアあるくみるきく」でも紹介されていますが、当地でトップの大学の一つである国立アイルランガ大学(UNAIR)人文学部日本語学科の学生さんたちが、授業の一環として「スラバヤ観光地図2014」なるスラバヤの日本語ガイドマップを作り上げたそうです。
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ここスラバヤは、ご存じの方は既によくご存じのとおり所謂観光地ではなく、旅行・友人訪問等で来訪される方、出張で来られて空き時間に何処かに行きたいという方などをお連れする場所がなくて困っていました。
実際、「地球の歩き方」等ガイドブックを見てみても、スラバヤについて触れているのはほんの数ページに過ぎず、それも郊外のブロモ山などを別にすれば、わざわざ見に出掛けたくなるような、見に行く価値があるようなスポットは市内近郊では殆どない、というのが正直なところ。

それでも、地元の人の目から見てみればそれなりに違った、実は面白いスポットがあるのではないか?とかなり期待しながら、この学生たちの取り纏め役となっている青年海外協力隊(JOCV)の清水隊員に連絡をとってみると、ちょうど学生たちがこの地図を使って日本人向けガイドツアーを試行してみようと考えており、「じゃかるた新聞」の記者さんの取材もあるというので、ちょっとお邪魔させていただくことにしました。
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スナン・アンペル・モスクへの表参道商店街を歩く一行。

UNAIRに集合し、生徒さんのキジャンに乗り込んで先ず向かったのは市内北部にあるスナン・アンペル・モスク。
丁度金曜礼拝の時間帯ということもあって大混雑、通りからモスクへ向かう“門前町”の商店街も大変な活気の時間帯だった。雰囲気、行き交う人々の服装、匂いなど、インドネシアというよりもはやちょっとばかり中東の街の雰囲気すら漂ってくるモスクの周りを一回りし、近くの1928年築の古いホテル「Kemajuan Hotel」の一階に入るアラブ料理店「Yaman」でお昼ご飯。
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これもまた味わいのある商人宿的「Hotel Kemajuan」 1928年建築らしいです。

引き続きジュンバタン・メラ付近、市内北部の旧市街地の古い建物が並ぶ(幽霊が出る家など)を眺め、定番のタバコ工場の建物を利用した「House of Sampoerna」を見学、その後はマジャパヒット・ホテルの説明を聞きながら今度は市街地東部へ移動。
目指したのはケンパークことケンジェランにある公園。休日ということもあって華人の方々が大勢お参りに来ていたサンガル・アグン寺院や四面仏像、ムツゴロウが沢山這い回る海岸べりなどを一回り、最後に近くのモールで反省会兼意見交換会と相成りました。
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こちらは、「House of Sampoerna」から発着する、市役所が運営する市内観光バス。

今日はこの学生作成の地図を手に廻ったわけですが、この地図自体は印刷も綺麗で、とてもよく出来ています。
勿論細かいことを言えば、改善の余地は多々あります。
基本的には在留邦人など一定の予備知識を持っている人向けのようですが、初めてスラバヤを訪れる観光客の方にもこれを手に市内を見て回って欲しいという希望もあるようで、焦点の当て方と、それを踏まえた掲載内容の選択はなかなか難しいでしょう。日本食レストランやインドネシア料理レストランもそれなりの数取り上げられていますが、和食店なんか在留邦人はみんな知っているけれど、電話番号だけ書かれていて住所がなければ初めての人は行きつけないし、インドネシア料理店であれば、どういった種類の料理が食べられるのか、一言メモは欲しい。
両替店や旅行会社にしても、電話番号だけじゃなくてやっぱり位置情報は欲しい。
また、それらの場所にどうやって行けばいいのか、公共交通機関情報(バス・ルートマップ)なんかあると、より嬉しい。

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ケンジェラン・パークの四面仏像の前で、一行。
 

でも、先ずは観光学科ではなく、日本語学科の学生が語学練習の一環としてこれだけのものを作り上げ、そして既に領事館やジャパンクラブ、Balai Pemudaの観光案内センターや空港などに既に数百部ずつを配布して、実際に使って貰おうとしている点を大いに高く評価したいと思います。
今日案内してくれた生徒さん達も、恥ずかしがり屋なのか案内ガイドはまだまだしどろもどろだったけれど、この地図作成という大仕事を成し遂げた達成感で誇らしげでした。
これだけのものであれば、お金を取って販売したっていいと思います。日本語ボランティア・ガイドだって、学生さん達は授業があるのだから、いつ何時対応できるというものではありませんが、場合によってはガイドを受けた日本人の方々からは少し御心づけを頂戴し、そのお金をもって来年の学生たちが行う改訂版の経費に回したっていいし、奨学金なんかに使ったっていいと思う。
欲を言えば、電子化して、タブレット端末に入れて持ち歩きが出来るようにすれば、掲載物が集中して細かくなっちゃってる部分を拡大して見られるようになれば言うことないな。
今後の発展・活動の拡大に大いに期待したいと思います。
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地図はこんな感じ。中心部は拡大別図があるといいかな。

このスラバヤ・マップ、上述のとおり市内の幾つかの場所で入手が可能ですが、確実に手に入れるためには、以下の連絡先にコンタクトしていただければと思います。

 アイルランガ大学人文学部日本研究学科
 Tel: +62-31-5035676, Fax: +62-31-503-5808
 Email: japanologyunair@yahoo.com
 担当: 清水千恵さん(JOCV青年海外協力隊員)

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2014年4月15日 (火)

訪日ビザ免除?【報道】

昨日の夜くらいから、FB上で当地の友人達が話題にし始めていたのだが、 今朝の東京新聞の報道によれば、日本政府・与党がインドネシアを含む東南アジア三か国からの 訪日観光客へのビザを免除する方向で調整を行っている由。

記事によれば、 「日本政府・与党が、インドネシアとフィリピン、ベトナムから日本への観光客の査証(ビザ)を免除する 方向で調整していることが14日、分かった。安倍政権は観光を成長戦略の柱の一つにしており、6月 に改定する「観光立国実現に向けた行動計画」に目玉として盛り込む方針だ。政府は、2020年の東京五輪開催を弾みとして訪日外国人旅行者の年間2千万人達成を目指してお り、イスラム圏含む東南アジアからの旅行者を増やす狙いだ。開始時期などは、法務、外務両省と観光 庁を中心に詰める。」とのこと。

この査証免除による、心理的ハードルの除去と手続きの簡素化を通じたインバウンド客の増加を 目指す方針は、既に昨年7月にタイ・マレーシア両国籍者に対する短期滞在(15日以内)の免除 が開始されているが、その結果としての不法滞在者の増加が予想ほどではなかったという ことだろうか。で、他のアジア近隣国で訪日旅客が現時点で多く、更に潜在的需要が見込まれる国を ターゲットとしたということなのだろう。
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日本のポップカルチャー大好きなレイヤーの皆さん。こういう若者が日本に行ってみたいと言ってます。(13日、市内「Sutos」モールにて。この日はラーメン早食い大会など(笑)盛り上がってたようです。)

因みに昨年のインドネシアからの訪日観光客は約14万人、流石に母体数が多いだけあって シンガポールやマレーシアに匹敵する数を誇るが、近年の急速な所得の増大やLCCの就航も相まって 中間層の海外旅行が急速に増加している。
かくいう落花生。の職場でも、家族で日本旅行するなんていう スタッフもチラホラ見受けられ、一時帰国の折に「るるぶ」とかをお土産に買ってきてあげたり しているほど。

さて本件、 こういうものは役所は最終決定まではその方向性を公言しないのが普通なので、外務省や大使館の ホームページを見て何も書かれていないのだけれど、 「調整」を行っているということ。言葉遣いだけみると、「検討」よりは一段階、実施に近いのでは ないかと察せられます。

最近ではJAL、ANA、GAとも東京=ジャカルタ線を毎日2便化。 これで訪日客が増えれば、日本とのフライトも益々増えることを期待したいし、 なにより日本大好きなここの若者が、実際に自分で稼いだお給料で日本を旅行し、 更に日本を好きになってくれるといいですね。

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2014年4月14日 (月)

今日の新聞はパガンダラン廃線跡の記事。

さて今週から半月間、上司が一時帰国で、即ちこちらはお留守番で週末も遠出が出来ない立場。
他方でこのところ2週末お出掛け出来ておらず、締めて一か月ほどスラバヤに引き籠りという ちょっと珍しい状況。 それはそれですることがあればいいのですが、問題はこのブログ、ちょっとネタがないという 事になってしまうわけですね。
まあ情報発信ではなく、筆者の備忘録なんだから、まあそれはそれでよいということで。

そんなわけで今日は今朝の全国紙、最近鉄ネタの多い「KOMPAS」から。 記事の表題は「バンジャールのエキゾチックなトンネル」ということで、 西ジャワ州東部、バンジャールからチジュラン迄伸びていた支線の廃線跡について の特集記事でした。
140414kompas04177
本日付の「KOMPAS」紙。シンボルマークまで用意し、鉄ネタ続ける気満々やなぁ。

以下、記事の内容を基に書いてます。
この路線、本Blogでも触れたことがあるが、バンドゥンとクロヤ、ジョグジャとを結ぶ南本線のバンジャール(Banjar)駅から南へ分岐し、途中から西方へ向きを変え、地球の歩き方にも出ているパガンダランを経由、更に西のチジュラン(Cijulang)までを結んでいた82kmほどの路線。
現在ではチジュランの街にはヌサウィル(Nusawiru)と称する空港もあり、ジャカルタ(ハリム) まで、Susi Airのセスナ機が定期便を飛ばしている。

この路線の開業は蘭印時代の1916年に途中43km地点のカリプチャン(Kalipucang)迄が開業、その後 1921年に残るチジュランまで39kmの区間が開業し、全通している。
しかしながら他のローカル線の例に漏れず、もともと沿線人口のそれほど多くなかったこの路線、 更には線形が流動に合致していなかったのかもしれないが、 モータリゼーションの進展により旅客・貨物輸送量が減少し、1980年には先端部のチジュラン =パガンダラン間23km、1982年には残るパガンダラン=バンジャール間の運転が終了し、 事実上廃止された。 以来30年余りがたっているが、暫く前にこのブログでも触れたとおり、この路線には今復活・運転再開計画が持ち上がっている。
というのも、この記事で触れられているとおり、この路線の特に中間部区間には多数のトンネル・ 橋梁が設けられており、それは即ちこの路線は山と谷とが続く急峻な地形の中を抜けていたということで、更にその路線は海岸部すぐ近くに出る箇所もある、大変風光明媚な区間を走っていたのである。ここに観光列車を走らせようというのだ。
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終点チジュラン駅跡の建物。

インドネシアの鉄道は歴史が古く、19世紀後半から20世紀初頭にかけての蘭印時代に既にその現在 まで続く鉄道の骨格を為す路線が建設されているとの事情もあり、当時の建設技術を反映して トンネルを極力避ける傾向にあった。
そのため現在でも使用されている鉄道トンネルは全国で10カ所 もない筈。 なのだが、この路線には最長1kmを超えるインドネシア鉄道史上最長のウィルヘルミナ・トンネルを 含め4本ものトンネルが掘られている。 うち3カ所はカリプチャン=パガンダラン間16kmの区間に集中し、更にこの区間には100mを 超える長大橋梁が5か所、トンネルを抜けると橋で谷を跨ぎ、そしてまたトンネルへという、目まぐるしく 移り変わる車窓が楽しめたのであろう。
その白眉が最後のチプトラピンガン橋(Jembatan Ciputrapinggan)付近。廃線跡を周った グループのサイトなどを見ると、車窓には広がるインド洋の青い海と白い砂浜を眺めつつ、 高い鉄橋で海へ注ぐ川を渡って行く区間、確かに中部ジャワ州知事ならずとも、この区間に 観光列車を走らせたくなる気持ち、わからんでもないというか、いやわかる、わかるから是非、 復活をお願いしたい区間である。

記事 添付の地図(を見易く書き直したものがこちら)
Banjarcijulang_map3_2

前回パガンダランに行った時は(同行者がいたこともあり)あまり気に留めず未訪問となって しまっているが、近い将来是非この廃線跡の橋梁やトンネルを訪問してみたいものである。

Jembatanciputrapinggan
写真出典:IPRSさま

 

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2014年4月11日 (金)

大統領専用機(エアフォース・サトゥ?)、現る!

今日の当地紙各紙は、東ジャワのローカル紙も含めて水色のジェット機の写真一色でした。といっても勿論大韓航空機ではなく、インドネシア政府購入した大統領専用機がジャカルタのハリム空港に到着した、という話。

これまでインドネシアの大統領が外遊する時は、ガルーダ航空の一般商用機をチャーターして使用していたが、外遊の旅に借り上げるよりも購入したほうが安い… ってことはないでしょうね、通常のメンテナンスやスタッフのコストを考えれば、その都度チャーターしたほうが安いに決まってるんだけれど、やっぱり大国としての体面とか見栄とか(一緒か)、強いて言えばセキュリティ面でも政府が所有し軍が運用する方が安心、という事なんでしょうかね。
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各紙が一面トップ、カラー写真で専用機の到着を誇らしげに取り上げています。

この、インドネシアとして初めて導入した「大統領専用機」、機体はご覧のとおりBoeingのビジネスジェット、BBJ-2というタイプで、ベースとなっているのはガルーダ航空など国内線の幾つかの会社が主力としているB737-800型。
これを改造し、機内には寝室や会議室を備え、随員用の一般座席は61席。航続距離は約8,500kmだそう。
因みにお値段の方、各紙で何故か異なっているのですが、機体本体が5,860万米ドル、室内の改造費等に2,700万ドル、セキュリティ装備に450万ドル、その他〆て9,120万ドルというからまあ100億円弱、ってところですか。

これから空軍による運用訓練が始まるわけで、ユドヨノ現大統領はこの専用機で外遊する機会はなさそう、恐らく7月の選挙で当選した次期大統領から使用に供される見込み、とのこと。なんかちょっとお気の毒です。
今後G20サミットやらAPECなどで各地を飛び回り、日本に飛来することもあるでしょうね。
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空軍所有のB737-200。こちらは大統領の乗用に供されるものではないみたいです。

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2014年4月 9日 (水)

今日は5年ぶりの総選挙です。

今日4月9日はここインドネシアでは5年に一度の総選挙の日です。
数週間前に突然投票日が確定、同日は公休日とするという政府のお触れが出されたのですが、ウチの事務所では休業日は前年末に定めてしまうので突然変更してこの日を休日とする(=替わりに、既に定めた休日を平日とする必要がある。)ことも難しく、今日は通常営業、いつもどおり出勤しましたが、朝の大通りはガッラガラ、いつもは20~25分ほどかかる職場への道が、今日は僅か11分。
朝の7時から投票が始まっていることもあり、普段の休日にも増して交通量は少ないように見受けられました。
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投票所にて。まずはリスト照合。手前の小指は、投票を終えた人が二重投票防止のために紫色の消えにくいインクを塗られたぞ、の図。

今回の総選挙、国民代表議会(DPR)、地方代表議会(DPD)の国会2院(MPR:国民協議会と称する)の議員選挙に加え、地方議会議員(DPRD)選挙も合わせて行われるもので、7月にやはり5年に一度の大統領選挙が予定されている、その前哨戦として注目されているものです。
次回2019年からは大統領選挙と国会議員選挙は同時に行われるべしとの憲法裁判断が出ているので、国政レベルでは国会議員選挙が単独で行われる選挙としては最後の機会になります。
これまで10年間政権を担ってきた現在の政権与党、ユドヨノ大統領率いる民主党(PD)は汚職問題等により支持率は一桁台に低迷、一方でその前のメガワティ元大統領が率いる闘争民主党(PDI-P)は市民レベルでの人気が高いジョコ・ウィドド(ジョコウィ)ジャカルタ特別州知事を7月の大統領選挙で候補に担ぐことを表明し、今回の総選挙でも国政第一党を占めるのは確実とされています。

とはいえ、世論調査では同党の支持率は20~30%、一つのポイントとしては単独で大統領候補を擁立できる得票率25%の確保ですが、いずれにしても絶対過半数を得て大統領選挙での勝利を確実にするためには、今回の総選挙の結果を受け、一定の得票を得て存在感を示し、且つ閣僚ポストなどの利益配分で合意がなされた他政党との連立を組むことになると思われます。今後各党間で今日の選挙結果を受け、様々な権謀術数が渦巻くことととなるのでしょう。

さてそんなわけで、今日はお昼頃、市内の投票所(TPS: Tempat Pemungutan Suara)を覗きに行ってきました(勝手に選挙監視団です(笑))。
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各種選挙が一遍に行われるため、候補者リストはスゴイ数。ただ、一種の比例代表併用なんですね。

今回の選挙から、身分証明証(KTP)の登録住所地の投票所だけではなく、就学先など別の地域にある投票所でも投票が出来ることとなったと聞いていたのですが、事務所のスタッフや投票所の職員等に話を聞いてみると、選管(KPU)からKTP登録先住所宛に送られて来る投票案内用紙(Surat Undangan)をもって、投票を希望する地域の区庁・郡庁(Kantor Lurah)に事前に登録する必要があるとのこと。
まあ、確かに全国の投票所が全てオンラインで結ばれているわけではないのだから(投票所までクルマやバイクが通れる道もなく、投票箱を馬で運んだなんて写真報道も)、いきなり余所者が投票用紙持って投票所に現れても、本人確認しようがないからなあ。

なのですが、事務所の運転手さんに聞いてみると、手元に投票案内用紙が届いたのは3日前だとか。 そのタイミングで実家に送りつけられても、それから現住所に転送して貰ったり、外島まで取りに帰ったりするのも物理的に難しいし、実態としてはあまり機能していない模様。
まあ日本でも、住民票登録地に投票用紙引替のハガキが送られて来るのだから、ある程度仕方がないですかね。ただ、こちらの人も実際に居住して就労している地域の役所に、もっとマメにKTPの住所を移してくれないといけませんね(それはそれで時間と付け届けを要したりして面倒くさいらしいですが)。
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そしていよいよ投票用紙に記載し、投票箱に投入。

話はずれましたが投票所、先ず受け付けで投票案内用紙を示して名簿と照合・確認を受けて投票用紙を受け取り、隣が見えないように囲われた記載台で投票したい候補者・政党の欄に「穴を開け」、DPR、MPD、DPRDとそれぞれ書かれた投票箱に投入していっていました。
投票所は日本のそれに比べて小規模、多数が設置(全国で55万カ所だそうです)されており、一投票所あたりが担当する有権者数はそれほど多くないためか、2カ所訪問してみた投票所はいずれもそれほどの混雑もなく、ユルーい雰囲気で、アポ無しで訪れた外国人の訪問を快く受け入れてくれ、一連の流れを案内してくれる区庁職員までいました。

最後はいつもの二重投票防止のための、投票済を示すインク(2日くらいは落ちない)を小指に塗り(朱肉のようなものに指をつく)、投票フローは終了。
全国的にも大きな混乱なく投票は進んでいるようで、選挙というと直ぐに暴動だ衝突だとなる他の幾つかの途上国と比べても、非常に民主主義プロセスが成熟しつつあるように見受けられました。
とはいえ、金権選挙は相変わらずで、どこの選挙区でも実弾が飛び交っているというような話には事欠かないわけですが。

そうこうするうちに今日の昼過ぎには投票が締め切られ、午後から次第に、速報値が出始めています。 まあ大方の予想どおりですかね。PDI-P:20%、Golkar:15%、グリンドラ党:1割強、PKB:1割弱、PD:1割弱・・・と、ユドヨノ大統領の民主党は国会第4党あるいは第5党まで凋落してしまうようです。
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と、真面目な話を長々と書いてしまいましたが、らしくなかったですかね。
えーっと、残念ながらスラバヤではないので、いつもお世話になっているパクアン急行様からの頂き物ですが、ジャカルタの近郊電車には、こんな感じで選挙投票啓発のラッピング車両が走っていたそうです。 上述の小指のインク、ここにも描かれてますね。(私はこれで会社を辞めました、ではありません)。

文句はこんな感じですかね。
幕板部:2014年総選挙を支え、成功させよう。
窓下:民主主義の祭典。
その下の青文字:賢い選択の時、成熟した民族の未来のために。
ドア左:一票を投じよう。
ドア右:あなたの権利が将来を決める。
そして戸袋部には情報通信省のロゴと、投票箱デザインのシンボルマーク。

「総選挙」のところを「大統領選挙」と少し変えれば、7月の大統領選挙までずっと使えるかもしれませんね。

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2014年4月 8日 (火)

マラバール号脱線事故(続報)

先週末の南本線脱線転覆事故、今日の当地全国紙「KOMPAS」には、一瞬そうとは思えない関連記事が載っていました。
というのも、写真に写っているトンネルは、バンドゥン=スカブミ回りの路線の途中にあるランペガン・トンネルだったためでして。
Kompas2014040804157
本日の「KONPAS」紙記事。関係のないトンネルの写真。ここも長く崩落していたということで、一応繋がりはあるけれど。

記事の方を読んでみると、先ずはITB(バンドゥン工科大学)の地質学者の談として、このエリアは過去にも同様の路盤や法面の流出が発生しているエリアであり、くれぐれも警戒を怠ってはならないという、まあ当たり前の論評と、続いてはDAOPⅡの広報部長ジュネルフィン氏の談として、(この路盤流出区間の)復旧作業は昼夜を徹して行われている、現在100mの区間に6~9mの杭を打ち込む作業を行っており、築堤と切り取りの壁面を強化しつつある、また排水システムも強化し、周辺の降水や流水を路盤に影響することなく排水できるように改良しているとのこと。

因みに先般の事故においては、3名(4名ではないらしい)の死者、27人の負傷者が出ているわけですが、西ジャワ州警察当局者によれば、同警察は国家運輸安全委員会及び国鉄PT.KAIと協力して原因究明を進めているが、現在までこの脱線の原因は自然現象に伴う路盤の土地の流出であり、サボタージュやテロといった外的要因である可能性はないとみている模様。

また前述のジュネルフィン氏によれば、復旧工事はバラストの再散布を残して概ね終了しつつあり、月曜日(もう昨日ですな)夜22時のバンドゥン=スラバヤ間を結ぶ特急「Turangga」から列車の通過試験を開始する予定とのこと… って、いきなり営業列車を通しちゃうんですか。勿論その前に試験車両は走らせるんですよねえ、まさかとは思いますが…

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2014年4月 7日 (月)

PG.Gondan Baru再訪。残念。

さて続いての移動はプルウォサリ13:07発のPrameks(プランバナン・エクスプレス)215列車、ジョグジャカルタ行き。
いつも混んでいて増結(は難しいだろうな。固定編成のKRDEだと)か、増発が望まれるのだけれど、今日も予想どおり満席。5両編成のうちジョグジャ方の1両は女性専用車、ソロ方の1両は半車が潰されて発電機スペースになっているので、実質的な乗車スペースはロングシート3両半しかなく、しかも今日の編成は折り悪く可動式ステップは故障、2号車は左側の3扉のうち2扉が故障して開閉不能というお粗末さ。ちょっと評判の良いこのジョグジャ=ソロ間の快速列車Prameks=Sriwedariだけれど、臨機応変な増発対応・・・は難しいにしても、少なくとも車両のメンテナンスは必要ですよ。
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クラテンを出発し、ジョグジャに向かう「Prameks」(右)とすれ違う、ソロ行き「Sriwedari」(左)。←こっちは冷房つき。

ともあれ、非冷房のPrameks編成は大勢の立客・ジベタリアン客を乗せて快走、およそ30分で次の停車駅クラテンへ。ここにやって来たのは去年の10月以来だから、ほぼ半年ぶりかな。
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こちらは下りソロ行きの急行66列車、バンドゥンからの「ロダヤ」号。

目的は前回と同じ製糖工場ゴンダン・バル(Gondang Baru)で、前回来訪時はDL運転だった観光列車、蒸機が故障修理中だったので、そろそろ直ってないかな?というのを確かめに来たわけでした。
が、駅からオジェック(Rp.10,000)で工場西隅の観光列車乗り場に乗り付けてみると、残念ながら今日もディーゼル機関車による運転だけだという。他にも「蒸気機関車(Loko Uap)じゃないの?」と聞いているお客さんもいたので、僕ら趣味人の他にも楽しみにしている人もいる模様なのだが…。
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PG.Gondan BaruのDL牽引観光列車。これだけのために2回も来てしまった…。

仕方ないが、折角なのでRp.7,000の乗車券を買い、親子連れに交じって取り敢えず工場内のヤードやサトウキビの積み下ろしスペースを一周してみる。
工場が稼働していない時期なので閑散としたヤードを過ぎ、数台の蒸機の廃車体を見ながら機関庫の前を通りかかると、あれあれ、こないだは機関庫内で修理中だったコッペル製の蒸気機関車、機関庫の前に引き出されているぞ。
これは修理が終わって試運転待ちなのか、修理を諦めたのか、どっちなんだー。
切符売り場のおばちゃんは「まだ修理中」って言ってたから、前者だと信じて期待したいが…
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唯一の稼働機(直せば)が機関庫外に。ちょっと心配です。

さて今日の帰りは工場前からソロ行きのローカル路線バスに乗り、ソロの市内へ入る手前のカルタスラ(Kartasura)の三叉路で下車、ちょっと小腹が空いたので道端のローカルなモールで軽くチキンなど食べ、暫く待ってソロ発スマラン行きの都市間路線バスを捕まえた。満席で立客も相当いたが、「(次の大きな街の)ボヨラリで空くから」という車掌の言を信じて乗り込んでみた・・・のだけれど、結局更に先のサラティガ迄1時間半ほど立ちっ放しでした。
因みにこのカルタスラ=ボヨラリ間は、前述のとおり廃線跡ではあるのですが、カルタスラの三叉路付近では痕跡見当たらず。後で確認したネット情報では、カルタスラ駅舎は残存し、駅名標まで残っているらしいですが。ああ、そういえば、ボヨラリ付近でアスファルトに埋まったレールを見たこともあったな。

スマラン深夜2時発の特急36列車「Sembrani」で月曜の朝にスラバヤに戻り。今日は当地は公休日なので、取り敢えず帰って寝る。
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スマラン・タワン駅に到着した「スンブラニ」号。流石に乗車客は少ない時間帯。

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2014年4月 6日 (日)

ジャラダラ蒸気機関車と遭遇@Purwosari駅にて。

その市街地の西部にあるプルウォサリ駅、この駅からはソロ市内のメインストリートを併用軌道で横断し、南方のスコハルジョという街を経て、南のウォノギリ迄の支線が伸びており、更にその昔は北西のボヨラリ(Boyolali)迄の支線が存在し(日本統治時代に末端のBoyolali-Kartasura間は廃止されたらしく、国鉄PT.KAIの資料ではPurwosari-Kartasura間のみが記載されているものが多い)一大ターミナルとなっていた駅である。
残念ながら北西方面への支線は廃止(公式には休止か)、ウォノギリ方面への路線も橋梁の老朽劣化問題から定期旅客列車の運行を休止されており、現在では優等列車は殆ど停車しない本線上の中規模駅の一つとなってしまっている。
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プルウォサリ駅ホームに体を休めるC1218号蒸機と“ジャラダラ”列車。

なのだけれど、ソロ市内の併用軌道区間、プルウォサリ=ソロ・コタ間5kmのみは現在でも列車が走ることがある。このプルウォサリの機関庫には、以前アンバラワの鉄道博物館に保存されていたC1218号タンク蒸気機関車が動態で保管されており、リクエストに応じてチャーター運転することが可能となっており、落花生。も一度、このチャーターに参加させて貰ったことがあった。
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ソロ市内の併用軌道区間を走る“ジャラダラ”列車。車番プレートが今とは違いますね。

ここまで書いてしまえば昨日の引っ張りについてはお分かりのとおり、今日のプルウォサリ駅には、このチャーター列車「Jaladara」号列車が停車中だったに遭遇したのでした。
生憎今日は既にチャーター運転を終えてこのプルウォサリ駅に戻って来たばかりで、機関車の周りでは男女半々くらいの地元インドネシア人のグループが記念写真を撮りあっているところ。
国鉄PT.KAIの通常のものとは異なるオリジナルの制服に身を包んだ機関士氏に話を伺うと、今日はたった今このグループの貸切で一往復してきたところで、以前週末・休日に行われていた定期運転は現在は行われておらず、チャーター運転のみで、費用は一往復3.8juta(約3万5千円)、このジャラダラ号編成の運行はスラカルタ(ソロ)市役所が取り仕切っているので、チャーターについては市役所の許可が必要、自分たちPT.KAIは、運行を受託されているだけなのだとのこと。
C1218pwsp1080052 
一般列車の通過を待って、一旦バック運転で上り本線上に入る機関車。しかし、水タンクと一体化したボイラーが特徴的なスタイルですよね...
二両の二軸古典客車も魅力的です。カラーコーン、邪魔!
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通常のチャーター運転はソロ・コタ駅までだけなのだけれど、許可次第ではその先18km地点のスコハルジョまで運転したこともあるのだそうで、そこまで走れれば、それなりの写真も撮れるんじゃないかな。

暫くの後、西方面ジョグジャ行きの「Sidomukti」号と、バンドゥン(キアラチョンドン)行きの長距離準急「Pasundan」号が通過した後、車庫にしまうのだというので、ちょっと待ってみることにした。
Pasundanp1080079
轟音と共にプルウォサリ駅を通過していく、スラバヤからのバンドゥン行き長距離準急121列車「Pasundan」号。

先ずは殆ど「Prameks」グループの一員ともなっている形の当駅停車のシドムクティが発車したのち、今度は轟音を立ててパスンダンが通過、ほどなく「ピーッ」と甲高い汽笛の音とともに、小型タンク機が2両の古い客車を後押しする形で西の本線上に現れた。幹線道路の踏切を塞いでポイント切り替えの後、一旦西行き線を逆行して駅に戻り、再度スイッチバック、北西方の引き上げ線 ・・・ボヨラリ方面への支線の名残を暫く走り、信号所の先で再度折り返してと、「W」字型に行ったり来たりしながら、駅の北側にある機関庫に入って行きました。
この入れ替え運転の間も、客車には地元の子供達が便乗していましたが、このユルさが残っているのがまだまだこの国の愛らしいところですよね。
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ボヨラリ支線の名残、の引き上げ線を使って機関庫へ入って行くSL列車。

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2014年4月 5日 (土)

南本線で脱線事故発生(マラバール号)。

西ジャワ州のプリアンガン高原の山岳地帯を走り、風光明媚な車窓で知られる南本線で脱線事故が発生、死者が出ている模様。

昨日金曜の夜から地元の鉄っちゃん達がFacebookでやり取りをしだしており、今朝のネット各紙やTV報道を見てみると、発生したのは昨4日夕方18時頃。事故を起こしたのは同日15時半過ぎにバンドゥンを出発して東ジャワ州のマランに向かっていた1,2,3等急行86列車「Malabar」号で、西ジャワ州のタシクマラヤ県Ciawi付近で脱線、機関車(写真や映像を見る限りCC206型らしい)は築堤下に転落しているように見受けられ、次位の1等客車も大きくねじれる形で脱線転覆、横転している車両も映し出されていた。
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一夜明けて今日の報道では派手に脱線転覆した客車の映像が。

バンドゥンの第二鉄道管理局(DAOPⅡ)の広報部長ジュネルフィン氏によれば、警察及び軍が出動して救助活動を行ったが、この事故で4名(全てEksekutif車の乗客の由)が死亡、多数が負傷し近隣の病院に搬送されたとのこと。これは、東行きの列車では機関車の後ろは1等車が連結されているため、被害がこちらに集中したという事なのでしょう。
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マラン駅で出発を待つバンドゥン行き「マラバール」号。CC204型機関車の後ろはEko-AC、Bis-AC、食堂車、そしてEksと3等級全てを連結。

原因等は現時点では不明だが、大雨で路盤が緩くなり、一部で流出していた可能性がある模様。また、現在南本線のこの区間は列車の運行が出来なくなっている由で、バンドゥンと中部・東ジャワとを結ぶ列車は、チカンペック=チルボン=クロヤ経由のルートで迂回運転しているとのことです。

原因解明と早期の復旧、再発防止策の検討と、何よりも犠牲者がこれ以上増えないよう、速やかな救助活動が望まれます。
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エコノミAC改造車は、その清涼飲料パックに似た色合いから「Nutrisari」の愛称。

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2014年4月 4日 (金)

スマラン=ソロ、カリジャガ号の旅。(後)

今日は、クドゥンジャティ駅を出発します(「世界の車窓から」風に。しつこいか)。

09:59、クドゥンジャティ駅を出発、ここからは昼間の車窓風景を知らない区間に入る。
車窓は次第に山深くなるが、それでも目に入る丘は、かなり畑地化されている印象。
しかしよくこんな山越えの線路を19世紀の一番最初に敷いたもんだ。ソロやジョグジャであれば、南海岸に港を設け、そこから線路を敷いた方が良かったのではないかと思うが、敢えてスマランを拠点とし、このジャワ島の背骨を横切る路線を設けた理由があったのだろうか。
とはいえ、その鉄道が敷設されて既に150年、あまりに発展しなかった地域だとも言える。このあたりでは既に携帯電話の電波が入らない。人跡稀な地域というわけだ。
Terawap1070970
停車列車のないテラワ駅に運転停車。駅員さんがちゃんと出て来て出発合図を。

それでも車窓には時折小さな集落が現れる。
10:05、Padas通過。停車列車のない駅。続いて10:10、Gedangan廃駅通過。
10:18にはTerawa駅に停車。駅員が出てきて発車合図をするが、乗降なし。時刻表上も停車駅とされていないし、運転停車扱いなのだろう。ちょっとした街を形成してはいるが…。
10:31、Karangsono通過。一旦山を降り、盆地へ。田んぼも見えてきた。

しかし、ちょっと昔までは結構こまめに駅があったのだね。いや、今も駅はあるわけなんだけれど。以前この区間を運行していた、スマラン=ソロ・ジュブレス間「Pandanwangi」はこのあたりの小駅にもキチンと律儀に停車して行っていたのだけれど、今回運転再開されたこの「Kalijaga」は途中クドゥンジャティとグンディ以外は全て通過。スマランの駅の案内放送でも「Ekspres Kalijaga」って言っていたしなあ。
最近のインドネシア鉄道は、中長距離の高速輸送に特化し、列車が止まらない小駅がどんどん増えてるが、近距離輸送を無視する体系で、果たしてこれでいいのだろうかね。
Gundihhaship1070977
こちら本線より立派なトラス橋をもつ連絡線と合流、
機関庫(Sub Depo)の建物跡を横目に、グンディに到着。
Gundihdepop1070979

さて、間もなく北本線ガンブリンガン(Gambringan)からの連絡線と合流するグンディが近づく。ここまでは平野を直進するそちら経由の方が平野部を走れて線形もいいのだろう。
需要がある方向ではないため通常は営業運転する列車はないが、災害時等に迂回列車が走ることもしばしばあるためか、普段使われていない線路とは思えない立派なトラス橋の線路が近づき、左手からのその連絡線と合流。かつてはこの山越え用の補機の基地となっていたのだろうか、機関庫跡の建物を横目に、10:46グンディ(Gundih)着、結構な降車客と出迎えの人々。オジェックも待ち受ける。
オランダ時代からの駅の特徴的なスタイルで、上下線(ここの場合は、スマラン方面線とガンブリンガン方面線)の間にホームと、線路と直角に駅舎が建つ構造で、先ほどのクドゥンジャティや、アンバラワ鉄道博物館駅と似た構造。

出発信号は赤だし、駅員の顔色を見ながらちょっとホームに降りて、見学させて貰うことにした。
Gundiharrp1070983
この駅舎の左手に更にホームと3本の線路が並ぶ構造のグンディ駅に到着。
グンディ駅舎から、ホームに停まる列車を望む。結構余裕ある停車時間のおかげ。
Gundihhmp1070993_2
5分ほどの停車の後、駅員氏に促されて乗車、10:51発。随分とゆったりした走りだったが、ほぼ定刻だ。ここからはスマランのDAOPⅣからジョグジャカルタのDAOPⅥの管轄区域に入る。再度の山越えに入り、車窓は段々山深くなり、携帯の電波もまた圏外になってきた。
10:58、停車列車のない駅だが、綺麗に整備されているGoprakを通過すると、 更に山、というか丘が続くようになった。多少は畑が見えるが、次第に人間の手の入らない自然林が多くなり、暫く人家が全く見えないエリアが続く。
Kalijagamiep1080007
この期に及んでお腹が空いたので、食堂車から出前のミー・ルブス(まあご覧のとおり、インスタントラーメンですな)をいただきました。

ようやく人家が見えてきたのが、11:05に通過したSumberLawangでは駅員が通過監視。11:18、Salem通過、続いて11:25、Kalioso通過。既に山を下り、左手には道路が寄り添い、ソロの郊外の雰囲気になって来た。そして沿道を走るクルマの数が増え、いよいよ問題の?デルタ線へ。
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ソロの裏町でジュブレス駅方面へ向かう本線を分岐。こちらも結構な急カーブですね。

左前方にソロ・ジュブレス駅方面の路線を分けこちらは右手、ソロ・バラパン駅を目指し、低速でレールを軋ませながら右(西)へと向きを変え、車庫からの出庫線を平面クロスで横切り、11:38、ソロバラパンに到着、殆どの乗客が下車し、ここからは回送列車のような状態で終点プルウォサリへ。途中で近くのエアコン(例の、家庭用)が故障して随分暑かったけど、ほぼ定刻の運転は、まあ立派立派。

さて、一旦外に出て、次の目的地への切符を買いたいところですが… あれ?(引っ張りつつ、つづく)
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終点プルウォサリ駅へ到着。が、気になるものが・・・

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2014年4月 3日 (木)

スマラン=ソロ、カリジャガ号の旅。(前)

さて中部ジャワ三連休の続き。
明けて日曜朝、BRT…とは言い難いな。専用レーンがあるわけではなく、単に専用の高床式ホームから乗り降りする、路線図があって切符が発券されるだけの、フツーのバスですが、ここインドネシアではまだ幾つかの都市にしか導入されていない近代的な路線バス~ に揺られて市内に二つある駅のうち、エコノミ列車が発着するスマラン・ポンチョール駅へ。
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最近では中型車も導入された、トランス・スマラン2号線。

今日の乗車は、前回の中部ジャワ西部往訪時に乗車を取りやめた、スマラン=ソロ間を結ぶ、2月改正で登場したばかりの新列車「Kalijaga」号。
この列車が走る路線は、19世紀末にインドネシア最初の鉄道としてスマランから南のタングン駅までが開通し、その後ソロ、そしてジョグジャへと延伸されていった当国内で最も古い路線で、以前夜行列車で乗ったことはあるし、沿線の古い駅舎を幾つか訪ねたことはあるのだけれど、そんなわけで車窓は全然見られていなかったので明るい時間に乗ってみたいと思っていたし、なにより、ソロ市内のバラパン駅から北のスマラン方面へ向かうデルタ線の西=北間の一角(これは営業距離のない連絡線だから、乗り潰し距離には関係ないとはいえ)が未乗だったのが若干気になっていたこともあり(わかる人だけわかって下さい。)。
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 スマラン・ポンチョール駅構内では、国鉄PJKA時代の復刻塗装を纏うロッド機D301が入替作業に勤しむ。

そんなわけで始発のスマラン・ポンチョール駅。
この「Kalijaga」号というのは、以前この区間に運転されていた、日本車輌製KRD気動車による「Pandanwangi」号とは異なり、ジャカルタから夜行列車「ブンガワン」号としてソロに到着した編成の間合いで運転されているエコノミAC客車編成の列車で、ソロを朝の5時半に出発した列車が7:58に到着する筈… が、8時を過ぎたポンチョール駅に停まっているのは、08:55発のテガル行き「Kaligung Mas」編成のみ。あれ、これKRDE気動車編成による運転だと思ってたら、客車編成もあるのね。
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スマラン・ポンチョール駅で出発を待つCC201牽引「カリジャガ」号。

そうこうするうちに8時半を過ぎた頃、ようやく東側から当駅止まりの「Kalijaga」号が到着。
予想どおり降車客は数名… だったのだけれど、代わりにホームのベンチに座っていた殆どの客が一斉に乗り込んだのには驚いた。こんな運転開始したばかりのマイナーな列車、他の新列車と同様にガラガラかと思いきやさにあらず。

当方が乗り込んだ5号車は、ノンステップ・肘掛つき座席の高級仕様(一般のエコノミ車両はボックスシートに肘掛がないものが多い。また、ホームの低い小駅での乗り降りが想定されているローカル列車用車両は出入口がステップ付きなのだが、ホームの嵩上げが進んだ優等列車停車駅での客扱いが基本の1等・2等車両はステップなしが殆ど。この車両は、エコノミ用ながら、ステップのない仕様で、長距離準急での運用が念頭に置かれた車両と思われた。)。車内は家族連れやグループで溢れ、出発前には8割ほどの乗車率になった。昨日切符買っといてよかったわ。やっぱり三連休だから、かな。
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こういうのが気になりだすと、どうしようもなくなってしまう ^-^ゞ
ステップ付き(左)とステップなし(右)、エコノミ客車のドア二態。

バスなんかでよく見かけますね、こういうの。なんか色々ついてるように見えますね…。室内灯やゴミ箱まで誇らしげに書くか。
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列車は定刻09:05、汽笛一斉出発。牽引するのはプルウォクルト(PWT)所属のCC201型。CC206の大量投入により、CC201の引く旅客列車というのも随分少なくなったもんだ。
次の優等列車用の駅スマラン・タワンで数名が乗り込み、改めて出発。
スマランの貨物ターミナルとして整備が進むアラストゥア(Alastua)を過ぎ、市内当方のブルンブン(Brumbung)でスラバヤ方面への北本線を左に分け、ジャワ島を横断するソロ方面への路線に入った。
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ほぼ満席の高乗車率のカリジャガ号車内。

そっか、やっぱりそうだよな。いや、実は暫く前にネット上で、この「Kalijaga」号に乗ったら、北本線をガンブリンガン(Gambringan)まで走り、ここでスイッチバックして、普段は使われていない筈の南北を結ぶ短絡線、元は19世紀にSJS(スマラン=ジョアナ蒸気軌道)が開通させた路線を経て、グンディ(Gundih)でスマラン=ソロ間の本線に戻るという運転を経験されたという方がおられ、落花生。的にはそちらの短絡線は全く未乗だったので今日もそちらを通ってくれるんじゃないかとちょっと楽しみにしていたのだけれど、やっぱりそれは事故か線路状態に問題があったか何らかの事情による迂回運転で、やっぱり普段はこのクドゥンジャティ(KedungJati)経由のルートの方が正常らしい。
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オランダ時代の古い駅舎が残る、クドゥンジャティ駅に到着。

スマラン都市部を外れた列車は一気に長閑な風景のエリアに入っていった。右手に標高2,050mのウンガラン山を望みつつ、田園地帯を走り、最初の鉄道の終点だったタングン(Tanggung)を通過すると、車窓は次第になだらかな丘陵地帯に車窓は変化してきた。
9時56分、クドゥンジャティ着。一時は「降車は出来るが乗車できない駅」だったこの駅も、今ではちゃんと発券・乗車が出来るようになっていた。今日も結構な数の(30人ほどの)乗降客あり。やっぱりニーズあるんだな。
・・・長くなって来たんで、2回に分けます。

明日は、カリジャガ号の旅を続けます。(「世界の車窓から」のナレーション風に)
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白壁に煉瓦、時計、出札窓口、鉄骨造りの柱、そして線路に挟まれたホームに駅舎が設けられている構造そのものまで、全てが本物レトロなクドゥンジャティ駅舎。

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2014年4月 2日 (水)

インドララヤ支線、運転再開の報!

週末中部ジャワお出掛けの話はちょっと中断、今日はこの4月1日運転開始の新列車のお話を一つ。
つい2か月ほど前、2月上旬のこのブログで、スマトラの新列車の話の一つとして、2011年末頃から運転を休止していた南スマトラ州パレンバン市内クルタパティ駅から、近郊にあるスリイウィジャヤ大学への通学路線として開設された新線のインドララヤ駅とを結ぶ「Kertalaya」号と称する連接機構を持った“レールバス”編成を使ったSuruni号という列車が、運転再開へ向けて試運転を行った、という話を書きました。
今日2日付の南スマトラ州のローカル紙「Sriwijaya Post(ネット版)」によれば、昨4月1日、このインドララヤ支線“Kertalaya”号が運転再開したとのこと。
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再掲になりますが、インドララヤ駅側線に留置されたクルタラヤ号編成。
なんだこの台車配置は。こんな凝った構造にする必要はない、筈。
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同記事によれば、およそ26kmの両駅間をノンストップ36分で結んで走る、復活クルタラヤ号編成(定員292名)は、パレンバン市内クルタパティ駅を07:30、09:15発、インドララヤ発が08:19、14:18分発の1日2往復。料金は補助金対象となっているためRp.2,500だそう。
またこの運転再開に合わせ、スリウィジャヤ大学はインドララヤ駅と大学キャンパス内を結ぶ無料バスの運転を開始したとのこと情報も。

華々しく導入されたものの、あっという間に故障で使用停止となって放置されていたレールバス編成、今回キチンと修理されて使用再開されたのなら何よりですが、今後はちゃんと継続使用して欲しいもんです。
あ、ちなみに以前この路線に乗りに行った時は、この列車、土曜週末公休日など、大学がお休みの日は運休となっていましたが、今回ネット記事上には何も書かれていません。実際に(乗りに)訪問してみるときは要注意、ですね。
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近代的?不思議な造形のインドララヤ駅舎の前を、放牧中の牛がノンビリ歩く。

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2014年4月 1日 (火)

中部ジャワ北岸の旅(後)。

ラセムから再度、北海岸の街を結んで走っていた線路跡沿いの国道を一路西へ。
先ほど通ったレンバンの市内で一度道を間違え(標識が悪い)時間を浪費してしまい、次の主要駅、このSJSの会社名にもなっているジュアナ(ジョアナ)に着く頃には次第に日も陰りつつあった。しかもこの街の中で、線路が道端に残っているのを辿りながら駅を目指していたのだが、一方通行・直進禁止に無理矢理誘導され、ジュアナ駅に辿り着く前に郊外に向かう国道に乗ってしまった。
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ジュアナ市内の道端に残る、併用軌道のレール。

やむなくそのまま西へ向かい、パティはバイパスで街の外周を走り抜け、次の目的地、クドゥスへ。この街でも一方通行には苦労したが、なんとかクドゥス駅跡に無事到着。
こちらも駅ホーム上の大屋根の下は小規模商店が建ち並ぶちょっとした市場となっていたが、夕方ということでもう既に入口の策には鍵がかけられ、中に立ち入ることが出来なくなってしまっていた。それでも中を覗くと、ホームの上屋からは「KUDUS」と書かれた駅名表と、プラットホーム「2」の番号表が吊り下げられているのが確認できたのは収穫だったか。
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クドゥス駅舎を活用した市場はもう門を閉ざしてしまっていました。
それでも屋根から吊られた駅名標と発着番線表示が確認できました。
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さていよいよ夕暮れなのだが、次の街デマクへ到着する頃には、まさか西へ進んだからではないが、雲間がきれたからか、少し明るくなった。
そんな夕暮れ時に到着したこのデマク駅、北海岸ルートと内陸ルートの分岐駅だったこともあり、立派な駅舎を持っていた。
その駅舎は現在ちょっとしたレストランとして営業、駅舎正面は薄緑色に塗られ、壁には「Stasiun Angkasa」との案内。元の駅前広場には植物が植えられちょっとした公園風の雰囲気の中で食事をとることができ、駅の西側には立派な給水塔も立っている。
駅の裏側、というかホーム側には、壁にデカデカと「DEMAK」と書かれた表記が残り、目の前に広がる茫洋とした空き地がホームと線路が並んでいた跡なのだろう。
残念ながらその残骸や遺構を確認することは難しかった。
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軌道線とは思えない立派な造りのデマク駅舎は今はレストランに。
ホーム側は現役当時の雰囲気を色濃く残す。
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さて、ここからはローカルバスで今日の宿泊地スマランへ。

一日かけてこの廃線区間の主要駅と線路跡の状況を瞥見してきたが、街の中の併用軌道区間は既に街並みに飲み込まれ、郊外区間では拡幅された幹線道路の下敷きに。駅付近の住宅地では線路跡に様々な個人住居等の建物が建ち、橋は落ち、とても「休止中」とは思えないというのが正直なところ。
実態として「廃止」なわけだけれど、3/24-30日号の当地雑誌「TEMPO」(英語版)の「Siliwangi on Old Lines」いう記事にはガンジャール中部ジャワ州知事の談として、スマラン=アンバラワ間の観光鉄道に加え、本日通ってきたブローラ=パティ=クドゥス区間についても、復活の可能性についてフォローしていきたい、との発言が掲載されていた。

いやぁー、ちょっとそれは難しいと思いますがねえ。費用対効果を考えるまでもなく。
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「TIME」か「Newsweek」に相当するような真面目な雑誌でこういう記事が載ってると、嬉しくなっちゃいますね。

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