« 中部ジャワ北岸の旅(前)。 | トップページ | インドララヤ支線、運転再開の報! »

2014年4月 1日 (火)

中部ジャワ北岸の旅(後)。

ラセムから再度、北海岸の街を結んで走っていた線路跡沿いの国道を一路西へ。
先ほど通ったレンバンの市内で一度道を間違え(標識が悪い)時間を浪費してしまい、次の主要駅、このSJSの会社名にもなっているジュアナ(ジョアナ)に着く頃には次第に日も陰りつつあった。しかもこの街の中で、線路が道端に残っているのを辿りながら駅を目指していたのだが、一方通行・直進禁止に無理矢理誘導され、ジュアナ駅に辿り着く前に郊外に向かう国道に乗ってしまった。
Juanarailp1070851
ジュアナ市内の道端に残る、併用軌道のレール。

やむなくそのまま西へ向かい、パティはバイパスで街の外周を走り抜け、次の目的地、クドゥスへ。この街でも一方通行には苦労したが、なんとかクドゥス駅跡に無事到着。
こちらも駅ホーム上の大屋根の下は小規模商店が建ち並ぶちょっとした市場となっていたが、夕方ということでもう既に入口の策には鍵がかけられ、中に立ち入ることが出来なくなってしまっていた。それでも中を覗くと、ホームの上屋からは「KUDUS」と書かれた駅名表と、プラットホーム「2」の番号表が吊り下げられているのが確認できたのは収穫だったか。
Kudusp1070854
クドゥス駅舎を活用した市場はもう門を閉ざしてしまっていました。
それでも屋根から吊られた駅名標と発着番線表示が確認できました。
Kudushmp1070857
さていよいよ夕暮れなのだが、次の街デマクへ到着する頃には、まさか西へ進んだからではないが、雲間がきれたからか、少し明るくなった。
そんな夕暮れ時に到着したこのデマク駅、北海岸ルートと内陸ルートの分岐駅だったこともあり、立派な駅舎を持っていた。
その駅舎は現在ちょっとしたレストランとして営業、駅舎正面は薄緑色に塗られ、壁には「Stasiun Angkasa」との案内。元の駅前広場には植物が植えられちょっとした公園風の雰囲気の中で食事をとることができ、駅の西側には立派な給水塔も立っている。
駅の裏側、というかホーム側には、壁にデカデカと「DEMAK」と書かれた表記が残り、目の前に広がる茫洋とした空き地がホームと線路が並んでいた跡なのだろう。
残念ながらその残骸や遺構を確認することは難しかった。
Demakp1070880
軌道線とは思えない立派な造りのデマク駅舎は今はレストランに。
ホーム側は現役当時の雰囲気を色濃く残す。
Demakhmp1070869
さて、ここからはローカルバスで今日の宿泊地スマランへ。

一日かけてこの廃線区間の主要駅と線路跡の状況を瞥見してきたが、街の中の併用軌道区間は既に街並みに飲み込まれ、郊外区間では拡幅された幹線道路の下敷きに。駅付近の住宅地では線路跡に様々な個人住居等の建物が建ち、橋は落ち、とても「休止中」とは思えないというのが正直なところ。
実態として「廃止」なわけだけれど、3/24-30日号の当地雑誌「TEMPO」(英語版)の「Siliwangi on Old Lines」いう記事にはガンジャール中部ジャワ州知事の談として、スマラン=アンバラワ間の観光鉄道に加え、本日通ってきたブローラ=パティ=クドゥス区間についても、復活の可能性についてフォローしていきたい、との発言が掲載されていた。

いやぁー、ちょっとそれは難しいと思いますがねえ。費用対効果を考えるまでもなく。
Tempo2014040104133
「TIME」か「Newsweek」に相当するような真面目な雑誌でこういう記事が載ってると、嬉しくなっちゃいますね。

|

« 中部ジャワ北岸の旅(前)。 | トップページ | インドララヤ支線、運転再開の報! »

コメント

とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!

投稿: 履歴書の書き方 | 2014年6月12日 (木) 10時07分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/200655/59394746

この記事へのトラックバック一覧です: 中部ジャワ北岸の旅(後)。:

« 中部ジャワ北岸の旅(前)。 | トップページ | インドララヤ支線、運転再開の報! »