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2014年6月30日 (月)

張り切って売れてます??

さて時折書いて宣伝しとかなきゃいけないインドネシア鉄道本。
ところが友人からの連絡によると、Amazon.co.jpの方で 「この本は現在お取り扱いできません。」って表示が出ていて注文できなかったー!とのこと。
そんなことはないだろまさか、と昼休みに見に行ってみると、あれあれ、先週末にはまだ20冊近く在庫有り、になっていたのが、すっかり売り切れてしまった?

そういえば発売直後にもそんなことが一度あったっけ。そんな売れ行きなんですか??
単に仕入れ在庫が少なかっただけですよね、20冊とか。
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Amazonのページには、「お取扱いできません」との悲壮なメッセージが(涙)

取り敢えずその友人には、他にも楽天ブックスとか紀伊国屋Bookwebとかで買えるから宜しく―、と宣伝しておいたが、そういえば、この本を出していただいた出版社「潮書房光人社」の編集さんからは、販売開始直後にAmazonの鉄道本で14位に入ってたとかいう情報もいただいたし、今日も楽天の鉄道本週間ランキングで12位とか、紀行で8位とかいう話もあり、瞬間値とはいえ、結構いい感じで売れてくれてるのかしら。
でも、このスタートダッシュは皆、私の友人知人の方々が買ってくれてるだけだと思うので、今後も続くわけじゃないですよ。この売れ行きに気を良くしちゃいけません>出版社の営業さん。

あ、それでも出版社さんから新聞広告も出してくださっているようだし、鉄道雑誌を出している出版社さんにも送っていただいてるわけで、今後どこかのメディアさんが取り上げて下されば、また少しは売り上げ伸びて、増刷に繋がるといいなあ。
もう結構修正漏れ・誤植とか見つかりつつあり、万一増刷することになったら、その時直してくれるって話だし。
そうなるためにも、品切れ起こして売り逃しちゃダメです! 速く取次さんからAmazonの方に納品して貰って下さい!!

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都内の大手書店でも平積みして売ってくれていました(6/22)。

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2014年6月28日 (土)

カップヌードル・ミーゴレン味をお土産に。

暫く前に、日清食品が本邦で発売したカップヌードル「トムヤムクン・ヌードル」が売れ過ぎて出荷販売が一時停止されたというニュースを目にしていました。
そのタイ風ヌードルバカ売れの陰に隠れて目立たなかったのですが、この日清カップヌードルのエスニック・シリーズ「瞬間アジア気分」にはもう一つ、全く報道には載ってこないのですが、インドネシア風「ミーゴレン」という商品もラインナップされています。
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パッケージング。厚みがありますね。ちなみに、国内向けは通常「Cup Noodle」、海外向けは「Cup Noodles」と微妙に製品名が違うそうです。

これはインドネシア在留邦人としては試してみないわけにはいきません。
なのですが、近所のスーパーには見当たらず。仕方ないのでAmazonの通販で箱買いすることに。これが帰任出発前日に実家に届いてその大きさに唖然としたのですが、まあなんとかスーツケースにパンパンに詰め込んで買ってきて、昨晩の在留邦人の集まりで友人たちにお土産として披露させていただきました。
で、人にお土産であげる分には、やっぱりちゃんと味見しておかなければならないですよね。早速ですが、食べてみましょう。
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日清食品のホームページより。

先ずはパッケージ。焼きそばといっても、フライ麺を湯通しするだけの“茹でソバ”ではあります。が、UFOやペヤングといった一般的なインスタント焼きそばの天地に薄いパッケージではなく、随分と深みのある容器に入っているようです。インドネシアの国旗(トムヤムクンの方はタイの国旗)が描かれていますが、「ミーゴレン」の表記はカタカナのみで、インドネシア語の記載はありません。
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ソースとフライドエシャロットが別包装で入っています。

お湯を入れて3分、湯切り口からお湯を捨て、別袋になっているソースを混ぜ、フライドエシャロットをかけて出来上がり。

さて、困った。自分はグルメ・レポーターや記者にならなくてよかったと痛感。なんて語彙が乏しく、表現力が貧困なんだろう。
フツーに美味しく食べました、で終わっちゃってはわざわざ記事にもできないですよね。
ケチャップ・マニスで味付けしたような、それっぽい味は上手く出しているし、エシャロットの香ばしさが更に食欲をかき立てる上手いアクセントになってる。流石は当地にも進出している日清食品さんだな、と感じられました。
一つ特徴的に感じたのは、思ったより辛かったな、という気がした点。
当地の巷の屋台で食べるミーゴレン、やっぱりインドミーなんかのインスタント麺を炒めて作っているんだけれど、その味付けにはない、ピリピリした辛さを感じました。おそらく、アチャールと一緒に付け合わせでついてくるチャベ(唐辛子)、普段は食べないのだけれど、これを既に刻んで混ぜ込んだらこんな感じの味になるのかな、という雰囲気でした。
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さあ、いただきましょう。

エスニック料理の世界では、日本ではタイ料理やベトナム料理に比べて遥かにマイナーなインドネシア料理、しかもタイ料理ほど特徴的なものではなく、どちらかというと日本人の味付けに近いインドネシア料理を、わざわざエスニック料理を好んで食べようという人たちが積極的に選ぶかと言われるとちょっと弱いところかもしれません。そんな状況下で日清食品さん、よく選んで商品化していただけました。
ハラール認証はとっていないようですが、原材料を見るにハラムな材料は使われていない模様。
これをインドネシアで売れるか… ん、それは難しいですけどね。価格とか考えても。

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2014年6月26日 (木)

帰任します。

今回の休暇は2週間、今日は早や帰国の日(どっちが帰国なんだ。帰任、か。)。
新宿からリムジンバスで羽田へ向かい、今日のフライトは10:05発の全日空、NH855便ジャカルタ行き。
ジャカルタに飛んでもスラバヤに帰るには国内線に乗り継がなきゃいけないので面倒くさい。しかも運賃の安いLCCはジャカルタ、スカルノ=ハッタ空港では第1ターミナル発着で国際線の到着する第2ターミナルからは、空港内連絡バスで移動しなければならず、しかもこのバスは日本のみたいな低床車ではなく階段を4,5段登らなければならない高床車を使用。今回は荷物が3つ、預け荷物の2つだけで55kgほどもあるなか、これらを持ってこのバスに乗り降りするのは現実的じゃない。
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羽田のラウンジには、日本酒の無料試飲コーナー。国酒売り出しは国是だけど、飲んでるのは日本人だけ…

事実上、国際線からの乗継は同じ第2ターミナル内で乗り継げるガルーダだけ(先日まではメルパティ航空もOKだったのだけれど、御案内のとおり、先日倒産、運行停止。)。
で、仕方がないので大荷物が予想されていた帰路の国内線はGAを利用。
これが他のLCCに比べるとほぼ倍額の料金で、露骨なガルーダ誘導と思われても仕方がないんじゃないかな、これ。

ただ元はと言えば、スラバヤに乗り入れている☆組航空会社のうち、SQがSIN-SUB間のアワード航空券を出してくれなかったからなんだよな。以前のようにSilkAir運行によるコードシェアだというのならともかく、暫く前からSQ自社便をちゃんと飛ばしているんだから一定数は出して欲しいなあ。アライアンス加盟社の義務として。
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ジャカルタからのGA324便は一時間ほどの遅れでスラバヤ着。第2ターミナルのプリペイド・タクシーの乗り場には長蛇の列。どうしたんだろう。

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2014年6月22日 (日)

善宝寺鉄道記念館、再訪。

羽黒山をおりて鶴岡市内を通過、向かったのは殆ど二十年ぶりくらいになるだろうか、湯野浜温泉へ向かう途中の善宝寺、っというか、その善宝寺の門前にあった、庄内交通善宝寺駅跡にあった、善宝寺鉄道記念館跡(ちょっと複雑)。
こちら、もう随分昔に訪ねて来たことがあるのだけれど、元々は1975年まで鶴岡と湯野浜温泉との間を結んで走っていた延長12.3kmの地方鉄道である庄内交通(旧称:庄内電鉄)の善宝寺駅です。
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善宝寺をモデルにした造りの立派な造りの駅舎→(元)記念館。

湯野浜温泉への観光客と、この地域の中心都市の一つ鶴岡市への通勤客、庄内平野でとれるコメの輸送、そしてここ善宝寺への参拝客も見込んでいたのだろう。 京王帝都電鉄からの中古車両を導入して近代化を図るなど路線維持に努めてきたが、 モータリゼーションには勝てず、1975年には全線が廃止されている。 廃線後、この善宝寺駅舎は「善宝寺鉄道記念館」として関連資料を展示、ホーム跡にはこの路線で使用されていたモハ3型電車を保存展示してきていた。
しかしその後記念館も来訪者数減少から閉館となり、ネット情報によれば、駅舎も保存車両も手入れがなされないまま荒廃が進んでいる状態となっているらしい。

そんなわけでこの善宝寺鉄道記念館に着いてみると、まあ現状予想どおりというか、ネット情報どおりでした。記念館となっていた駅舎の周囲には厳重な柵とロープが張られ駅構内には立ち入れないようになっており、一応現状を維持し将来事情が許せば再整備・再開をしたいという意思は感じられます。
しかし、ホームに置かれたモハ3号電車のボディには錆が浮き、近い将来のキチンとした手入れがなされないと、このまま腐食が進み、朽ち果てていくのではないかと懸念されました。
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奥を覗きこむと、モハ3型電車は荒廃が進みつつあり、心配される。

この庄内交通関係では、以前羽越線羽前水沢駅近くの国道沿いの蕎麦屋に別のモハ8号とモハ5号電車が展示されていて、見に行ったことがあったのだけれど、こちらいずれも老朽化により解体されてしまい、この1930年日本車両製のモハ3が最後の生き残り車両。大事にして貰いたいところです。

ちなみに最近のこの趣味の世界における趣味対象の細分化・深化(ヲタ化)の影響を受けてか(?)、最近ではこんな車両までが模型化されているんですね。一昔前だったら考えられないことです。

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2014年6月21日 (土)

パワースポット巡りも悪くない。

山形最終日、まだ16日(月)です。
今回はいろいろ思うところがあって(笑 別に人生に迷っているわけではないですが)思いっきりお寺だの神社だの温泉だの、和テイストなスポットを巡ってるわけなんだけれど、今日最終日、この地域屈指のパワースポット?、要は旅行キャンペーンの駅貼りポスターのカメラマンの腕にコロッと参ってしまったからなのか、先ずはクルマを出羽三山の一角、羽黒山に向けました。
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五月雨を、集めて速し最上川、の支流を渡る陸羽西線の列車。

なんでこんな山形の幹線道路沿いに?と不思議になった韓国風の「道の駅」に立ち寄って怪訝な顔をしたのち、訪ねたのは羽黒山神社、そして深い山の森の中に佇む国宝の五重塔。
平日とはいえそれなりの観光客が次々とやって来てあまり深山幽谷感はないのだけれど、 それでもよくもまあ平安時代の昔にこんなところにこれだけのものが作られて、その頃この周りがどんな状態だったのか、この山がどんな目で見られていたのか、天狗が飛び周ってたと思われても不思議じゃないだろうな。

やっぱり日本の森はいいなあ。マイナスイオンだかだけじゃない、なんか今回一時帰国して、東京で友達と毎晩飲んでるのもいいけど、こういうスポットを周ってみたりして、普段の自分の旅にはないスタイルを試してみるのも、いいですね。ちょっと考え方を改めるきっかけになりましたー。
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羽黒山の五重塔。夜はライトアップされて更に綺麗らしいです。足元には要注意ですが。

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2014年6月20日 (金)

インドネシア鉄道本、店頭に並び出しましたー!

今日は昼と夜のアポの合間に神保町の鉄道書専門フロアのある、他の書店より2,3日早く入手できることで有名な「書泉グランデ」を覗いてみたら、ありましたよー!!! 並んでましたぁ。

会計カウンター前の新刊本が並んでるところではないけれど、奥の海外鉄道本のコーナーのところに平積みで、二冊。
あれ、二冊?? 昨晩、インドネシア鉄道好きな皆さんと渋谷のインドネシア料理店で飲み会の際、出席者の方の一人が早速この書泉グランデで「インドネシア鉄道の旅」本を買ってきて下さっていたのですが、こちらの方曰く「まだ10冊くらい積んであったよー」ということだったので、あれ、7冊も売れたのかな o(^-^)o wkwkwk…

そういえばFBでは、「Amazonで買おうと思ったら、注文不可になってたよー」と、まさか品薄状態なんじゃないの?? などと嬉しい期待を抱かせるようなコメントも。
いやあ、頑張って宣伝させて貰いますよー。
引き続きどうぞ宜しくお願いします。

あ、Amazonで買えない場合、紀伊国屋Bookwebでもいけますよーー。Dsc01grandekaigai
海外鉄道本のコーナーで、平積みで売って貰ってますー。
(隣のバンコク夜遊び雑誌は、なぜここに?という感じがあるのですが。)

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2014年6月19日 (木)

山形旅行、2日目続き。

山形旅行、まだ2日目日曜日の続きでした。
いもこ列車の後は、山形空港近くのサクランボ農園に立ち寄って、キロ3,900円もする佐藤錦を実家に送ってプチ親孝行、するとお店のおかみさんからそれと同じくらいの量の“傷アリ”佐藤錦をお土産に貰ってしまい、クルマの中でついついモグモグ。いや、サクランボなんてものをこんなに沢山食べたの生涯初かも。
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建物はちょっと新しいけど、なかなか満足でした。肘折温泉元河原湯。

今晩の宿は、新庄から南西方向の山奥に入って行った肘折温泉。
銀山温泉の宿が(日曜だというのに)悉く満室でやむなく緊急避難的に選んだ温泉だったけれど、建物はそりゃあ地区百何十年の100年のお宿に比べれば(中途半端に)新しい訳なのだけれど、「秘湯を守る会」加盟宿でもあった今夜の元河原湯旅館、食事も盛大で食べきれないほど、浴衣に下駄履きで外湯を訪ねる途中で見かけた、(今は移転してしまった)郵便局舎など、もう模型にしたくなっちゃうような素敵な佇まいでした。
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もう、ドラマに出てきそうな、肘折郵便局旧局舎。萌え萌えです。




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2014年6月18日 (水)

「いもこ列車」を楽しむ。

あらきそばで久々に美味しい田舎そばをいただいた後、目指したのは少し南に走った河北町の中央公園。こちら、お好きな方ならすぐにピンとくると思いますが、目的は「いもこ列車 」です。

詳しくはググっていただくのが宜しいかと思いますが、ここ河北町谷地と最上川を挟んだ奥羽本線 神町駅との間には「谷地軌道」と称する僅か5.6kmほどの短い蒸気軌道が走っていた時代がありました。
その昔鉄道草創期、街道沿いの有力な集落の中には、水運等他の交通機関が輸送の主力を担っていた時代に、例えば“蒸気機関車の火の粉で街が火災になる”といったことを理由に 新たに建設されることとなった鉄道が自らの街を通過することを望まず、 結果鉄道はその街を離れた地域を走ることとなり、山形=大石田間が1901年、1903年に新庄まで が開通しています。
その後鉄道沿いの街が栄える一方、鉄道ルートから外れた古くからの街が寂れていったという ケースが全国で多々見られましたが、谷地の街もその後慌てて鉄道建設を図り、私鉄として最寄りの奥羽本線神町駅との間にナローゲージの軽便鉄道が敷設されたのが1916年でした。 しかしながら1935年にはそのか細い線路も廃線となり、この鉄道が活躍したのは僅か20年ほどでした。 その軌道で用いられていた雨宮製作所製の蒸気機関車が装備していた、火の粉止め煙突の形状が里芋 の形に似ていたことから、この汽車は「いもこ列車」と呼ばれていたのだそうです。
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多くの町民の皆様に囲まれ、「いもこ列車」が走り出しました。

この列車を再現しようと河北町内の中央公園に新たに130mの線路を敷設し、河北青年会議所が運行 しているのが現在の「いもこ列車」。蒸気機関車は当時のものは当然残っていないので、台湾糖業公司渓湖糖廠から1948年ベルギー製の ナロー蒸気機関車を購入、1988年より公開運転を開始したものです。
当初は台湾時代の姿を比較的留めたままの運転でしたが、その後車両の不具合やアスベスト対策等 から補修を行い、運転台後方に新たに蒸気発生用のボイラーと、乗客用の乗車デッキをとりつけ、 2012年に運行を再開したのだそうです。

現在の運行は年におよそ5日ほどとたいへん少なく、今回の山形行きがこの数少ない運転日に 当たったのはラッキーでした。 勿論、この日程に合わせて山形に行こうと思ったわけじゃないですよ。 (本年の運転日は、こちら
この日の運転時間は午後13時~15時の間、乗客がいれば随時運転ということで、 お昼ご飯を終えてちょうど13時頃に河北中央公園に到着してみると、機関庫を出て出発準備中の 機関車の前には既に30人ほどの、地元の家族連れと思しき人たちが列を作って運転開始を 待っていた。 線路沿いには写真を撮ろうとする人や、本格的な録音マイクを手にした“音撮り鉄子”のような 方々も。
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後部には蒸気発生用のボイラーと、このような乗客を乗せる展望デッキが新設されていました。

出発を待つ間に列は続々と長くなり、数往復の後の給水のための小休止を挟んで30分ほどの 待って一往復試乗を楽しんで戻ってくると、この順番待ちの列はもう100人ほどにまで伸びて いたのは驚きでした。

現在は石炭ではなく、ボイラーを使って水蒸気を発生させているようで(燃料に何を使って いるかは「秘密」の由)、そのボイラーを収めた 運転台後部の無骨な黒い箱がオリジナルの雰囲気を壊してしまってはいますが、それでも 圧縮空気ではなく、ちゃんと蒸機を沸かして動かしているのだから立派なもの。 滅多に動かないだけあって地元の皆さんも楽しみにしている様子が伺われ、とても好ましい動態保存鉄道でした。

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2014年6月17日 (火)

インドネシア鉄道本、出来ました!

暫く前から予告していました日本初の?インドネシア鉄道本、「インドネシア鉄道の旅」の見本刷が出来たというので、九段下の出版社「潮書房光人社」さまを訪問し、著者謹呈分を受け取ってきました。

企画当初からずっとお世話になって来た担当編集者さんに案内され、手渡されたその本、うわっ、厚ッ!というのが第一印象。それも其の筈、書きたいことをドンドン追加していったら、当初予定を2割以上オーバーして300ページ近くなってしまっており、殆ど2cm近くあるんじゃないかという印象。よくこれで2,000円以内で収まったなあ、と思います。関係者の皆様は随分苦労されたのだなあ、と申し訳なく思いつつも、でも減らせと言われても抵抗しただろうなあ。
緊張しながら中身を確認させていただくと、思った以上に白黒写真が鮮明に映っているし、巻末の時刻表などの細かい資料も、校正の段階では潰れて見えないんじゃないかと心配になっていたけれど、実際に印刷されたものを見てみると、ちゃんと読める状態になっていて、ヤレヤレです。

今回頂戴したのは試し刷り版ということで、これからまさに初版部数を印刷し、週末から週明けにかけて取次さんに納本、来週から書店での販売が開始されるそうです。
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九段下のスタバで、早速中身を読んでみちゃったりします…


勿論一般的に部数が出る分野の本ではありませんので、駅前の一般書店にまで配本されるかどうかはわかりませんが、その場合には、Amazonや紀伊国屋Bookwebといったネット書店でも勿論注文できますので、どうかよろしくお願いします。
また、既に校正漏れなど発見して青くなりつつある著者ですが、増刷される際には修正したいと思いますので、そのためにも是非売れてくれるといいなあ。他にも間違った記載などありましたら、ご指摘いただければ幸いです。出来ればここで晒す前に、直接メールで貰えるとうれしいですが…

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2014年6月16日 (月)

山形旅行の続き。あらきそば編

高畠駅(跡)からは、レンタカー屋さんが書類を渡し間違えたという電話があったんで、一旦赤湯駅前の営業所まで戻って渡してあげたんだけれど、なんかお礼にちょっとした小物とか、割引券とかくれたりしないかなー、戻しの時の営業所で受け渡せばいいものを、わざわざ戻ってあげたんだからさ~。っとセコイ事を考えてみたりしつつ、
向かったのは山形市街地を抜け、北の高速の終点、東根I.C.を下りて暫く走った村山市のはずれの集落の中にある、最近は「そば街道」なんて名前を付けて売り出し中の「あらきそば」さん。
こちら、汽車旅派の人達には昔から有名で、落花生。自身も過去に2,3度行ったことのあるお店で、訪れたのはちょうど昼ご飯時ということで、十数組待ちの大混雑。
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底が見える、というか、底が見えてる面積の方が広い?「うす盛り」そば。

暫く待ってようやくお座敷に上がり、「むかしそば」を注文しようとすると、大勢のお客さんをテキパキと捌きながらも時折そばを出す順番を間違えたりしている店員のおばちゃん曰く、「うす盛りでお願いしてます。足りなかったら追加で注文してください」といわれ、ちょっとムッとする。だって、ちゃんと「むかしそば」と「うす盛り」の舌代を掲示してあって、「うす盛り」2枚の方が「むかし」1枚よりも高いんだから。

まあ、取り敢えずうす盛りを注文して暫し、ざるの底が透けて見えるほど薄くしか盛られていないうす盛りそばが現れ、繋ぎを殆ど使っていないなんとなくモソモソする田舎ソバを美味しくいただくが、驚いたことにうす盛り一杯で殆どお腹いっぱいになってしまった。
別に量は以前から増えてないんだろうから、こっちの胃が小さくなったか?? ・・・年齢のせいだとすると、困ったもんだ。
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ちょっと見落としてしまいそうな「あらきそば」の建物。お昼時は駐車場大混雑。

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2014年6月15日 (日)

山形交通高畠駅(跡)訪問。

 明けて日曜。赤湯駅前のトヨタレンタカーから、アップグレードされたカローラで出発。
 
 目指したのは高畠駅跡…というのは、現在の山形新幹線の高畠駅ではなく、その駅が“糠ノ目”と呼ばれていた頃、ここから東の高畠市街地を経て、七ケ宿まで延びていた高畠鉄道、後の山形交通高畠線の高畠駅舎である。
1974年に廃線になってから既に40年が経ったが、この高畠駅舎は1934年に建設された、高畠周辺で産出される凝灰岩の一種である高畠石で造られた立派なもので、現在も往時のほぼそのままの姿をとどめており、前から訪ねてみたいと思っていたのだ。
ナビには勿論旧高畠駅などは現れてこないので、事前にGoogle earthで調べておいたのですぐに辿り着いた。
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高畠駅舎を正面から。実に好ましい佇まい、模型にしたくなるスタイルですね。

 ネットで見たとおり、石造りの、如何にも地方私鉄の拠点駅といった、小さいながらも堂々とした作り。
駅前の古いバス停や丸型一号の郵便ポスト、残念ながら駅舎内には立ち入ることはできないが、ガラス越しに覗き込むと室内は出札口や恐らくはチッキ等扱っていたのだろう、そのための荷物取扱い用とおぼしき窓口も往時そのままの姿をとどめている。
ホーム側は駅舎正面こそ線路も全て剥がされ草地となっているが、西側の一角にはホームが残り、凸型電機、有蓋貨車それにモハ1号電車の3両が静態保存されている。
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最近屋根をかけられた保存車両。痛みが進んでいるようで、レストアが必要です。

  屋根もかけられ、それなりにしっかりと保存しようという意志は感じられるのだが、残念ながら風雪に耐える過程で徐々に錆や塗装の剥げなどの劣化が進んできているのは残念なところだ。
 この高畠旧市街地、昭和レトロな街並みを生かして観光客誘致を進めたいという意向もあるようだし、是非この駅舎と保存車両もその一環として活用して貰えれば幸いである。
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高畠駅舎を旧ホーム側から。線路は殆ど撤去されてしまっていますが。

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2014年6月14日 (土)

初夏の山形へ。

久しぶりの日本。今回はどこか日本らしい田舎…といっては失礼か。地方部に出ようと心に決めていた。寝台特急で北海道!旭山動物園も行きたかったし、というのが真っ先に浮かんだんだけど、寝台特急廃止のニュースが駆け巡ったばかりの時期にカシオペアなんかが取れるわけもなく、

やむなく次善の策として(とても失礼な言いぶりながら)選んだのは、もう随分暫く行ってなかった山形。
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千段の階段を登りきった! 足が痛い…

この日は朝東京駅から新幹線つばさに乗り込み、帰国直後の変な半寝不足状態から宇都宮を待たずに熟睡、気がついたらもう福島だった。観光キャンペーン各駅のホームに躍りや太鼓、観光協会の方々が待ち受けるのを眺めながら終点山形、から乗り換えて向かったのは、これもまたいつ以来だろうか、仙山線の山寺。1,000段の石段に普段使われていない足が音を上げながらもなんとか往復、電車を乗り継いで今宵の宿赤湯温泉へ。
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山寺の山頂から望む、JR山寺駅。

夜はフラワー長井線の宮内駅近くの熊野大社にて、満月の夜のお祓い?イベントなるものに参加してみたところ、9割女子(年齢層は様々なるも)で滅茶苦茶アウェイ感を味わう。
が、これまで全く知らなかったこちら熊野大社、建物の作りも立派、参道に蝋燭を立てたりライトアップをしてムードを醸し、お祓い行事の後には地元のワインを試飲させてくれたりと、田舎の観光面ではあまり有名ではない小さな寺社が、様々なイベントを打ち出して生き残りを図っているのを実感しました。どの業界も大変ですね。
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夕暮れ時の赤湯市内、熊野大社にて。

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2014年6月13日 (金)

B787で東京に帰ってきました(休暇です)。

先般書きましたとおり、2週間ほどですが東京に一時帰国で戻ってきました。
昨晩の全日空NH856便、客室乗務員のお姉さん曰く、営業運航に入ってまだ2日目という新車の香り漂うB787-8型機。流石に汚れ一つないピカピカな機体。
今日あてがわれた23C席、最前列ということでシートTVやテーブルは肘掛内蔵型なのですが、こちらのスイッチがどうも硬く、周りの人々も引き出すのに苦労している。
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B787の機内。2-3-2のB767の後継だというのに、3-3-3の配置って、随分窮屈に詰め込んだもんね。

それもともかくこのフライト、ほぼ定刻に搭乗が始まり、出発時刻前にドアクローズして動き出したのは、流石日系!と思ったのですが、ト―イングカーを切り離して動き出すのかと思いきや、暫くの後、「計器類にトラブル、修理のため一旦ターミナルビルに戻る」とのアナウンスがあり、再度ゆっくりとターミナルへ。
一旦降機させられるかと思いきやそのまま機内待機すること20分ほどだっただろうか。どんな整備したのかわからないまま、「整備終了、正常どおり機能します」ということで再出発。
なーんかちょっと嫌ですよね。飛行機でなくとも初期故障なんてのはよくある話で、まあ今こうやって無事に東京に到着したので深刻なトラブルにはならなかったわけですが。

そんなわけで、スラバヤへの戻りは26日、今回は短い滞在ですが、早速お声がけいただけた皆様、ありがとうございます。せいぜい楽しんで帰ります。
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夜行便なので夜は軽食、まともな食事は朝食のみ。まあこんなもんですかね。ヤクルトさん頑張ってますねー。

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2014年6月12日 (木)

今日から休暇。

さて今日から休暇。
今週は火曜夜~今朝までちょっとした会議来客グループがあり、落花生の元上司も出張に来ていたりして、ちょいとバタバタしましたが、優秀な同僚・スタッフのお蔭で全く滞りなく終了、ジャカルタ出張から戻って来た上司からの訓示をうわの空で(?)聞いてから、お休みに入りました。

先般も書いたとおり今回はジャカルタから羽田行きの全日空なので、一旦国内線でジャカルタへ飛ぶ必要があるのですが、Merpatiが倒産して以降、スカルノ=ハッタ空港のターミナル2に入る国内線はGarudaだけとなってしまい、こちらは他社に比べてほぼ2倍以上と高く、他方でLCCでジャカルタに着くと、連絡バスに乗ってターミナル間を移動しなくてはならず、不便。
ここの空港内ターミナル間連絡シャトルバス、例によって低床車ではなく、階段を4段くらい登る“ハイデッカー”仕様となっていて、大荷物を抱えた客にとっては全くフレンドリーではないのだけれど、逆に考えれば、これを我慢するだけで5千円以上違ってくるわけで、荷物の少ない(軽い)往路はケチって、LCC、今回はLion Airで飛ぶことにしました。
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ライオン・エアーのB737でジャカルタへ。やっぱり乗継がある時はLCCは使うべきじゃないね。ハラハラして、気分的に良くないや。

そんなわけで今日のJT693便・クパンからのジャカルタ行き、例によって定時性に難があるので、乗換に3時間ほど余裕をもった便をとりましたが、案の定40分ほど遅れてのフライトとなり、ヤレヤレでした。
雨の空港ターミナルでの乗り換えはやっぱり面倒で、出来ることならせずに済ませたいもんですね。

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2014年6月 8日 (日)

深夜の警察手続き。

元上司と同僚と(吐くまで)飲んで帰ってきたこの土曜の晩、ホテルに戻ってきたら、東京から来訪中の友人K原君が「スマホがない」と騒ぎ出した。
取り敢えず、最後に確認したところから通った道…といってもこのホテルが入っているモール「FX」の地下のバーレストランからエレベーター乗って4階上って、その後部屋に戻るまでの道沿いを歩いてチェック、食事をしたレストランも勿論確認してみたけど、見つからない。まあ日本と違って、落とし物を拾った人が届け物をしてくれるような土地ではないのは旅行ガイドも大使館のサイトも書いているところなので、これはもうダメだろう。寧ろ、8階のクラブに行く若者で混雑していたエレベーターの中でスラれた、と考えた方が自然な気がする。
本人曰く、もう数年たったスマホ本体よりも中に入っているSIMカード、特にカード内の情報の方が遥かに重要だと凹んでいる。せめてそっちだけでも… ってそりゃあ無理だろ。携帯取られて、SIMだけ戻ってきたら、それは奇跡だ。

Spkpoldametro2014060804352
POLDA METROの担当部署SPKの窓口。24時間対応可能だそうです。

さてではこれからどうする。
取り敢えず日本のAUのコールセンターにかけて電話を止める。ここでローミングの状態で、好き勝手に使われたらとんでもない金額になるかもしれないしね。
次は、もう戻ってこないという前提の下、カードに付属の海外旅行保険で少しでも戻って来ることを期待・・・ するためには、警察の盗難紛失証明書が必要。

というわけで夜中の一時、最寄りのスマンギ交差点近く、POLDA-Metro、ジャカルタ大都市警察、即ち日本でいうところの警視庁の本庁にタクシーで向かう。
私自身、この手の話は前に一度… 確か中国の西安か何処かで携帯をスラれて、中国語なんか一言も出来ない中、最寄りの交番で証明書を作って貰ったことがあったっけ。
なんだけど、インドネシアではやったことないな。ガイドブックやネットを見ても、保険の請求には「警察の証明書が必要」とは書いてあるのだけれど、じゃあどこの警察で、(言葉のできない旅行者が)何と言ってどのような書類を作って貰えばいいのか、が書いてあるやつは殆どない。現地ガイド付きのツアーであれば全部お任せで良いのだけれど、個人旅行者の人はちょっと困るんじゃないかな。
まあ、きっと実際に試してみたりすることなく、他の過去のガイドブックに書いてあるのをそのまま引用して済ませてるんでしょう。

それでもこのジャカルタ警視庁、入口こそ分かりにくかったものの、担当部局、SPK(Sentra Pelayanan Kepolisian)の事務所での手続きは大変スムーズでした。
部屋の隅では加害者と被害者かが大喧嘩している場末の盛り場近くの警察署の深夜、という雰囲気でしたが、受け付けてくれたバティックを着た若い警察官は片言の英語も駆使し、パスポートを受け取り、なくしたという携帯の型式と購入価格、紛失した場所や経緯などを書かせ、ホンの20分ほどで無事に手続き終了、証明書を出して貰えました。
インドネシアの警察ということで、あっても不思議じゃあない非公式手数料の要求などは一切なし。警視庁内は敷地が広く、流しのタクシーが走ってるわけはないので、延々出口まで歩いて戻りましたが、予想以上にキチンとしたところで(失礼ながら)驚きました。
まあこれで幾らかでも戻ってきて新しい携帯に買い換えられればいいですね。
Suratpolisi2014060804353
これが「紛失・盗難証明書(Surat Tanda Penerimaan Laporan Kehilangan Surat / Barang)」。「宗教」なんて書く欄がありますね。でも、発行手数料も取らないとは、意外意外。

ところで一つ疑問だったのは、その携帯の「価格」。日本では御存じのとおり、携帯電話は2年間程度の縛りをかけて、割賦払いの費用相当額をキャッシュバックする形で実質的に「0円」なんて販売方法をとってるわけなんですが、じゃあ価格は「0円」って書いちゃうと、全く保険が下りないわけですね。
ということは、割賦販売前の本来の「価格」をちゃんと覚えとかないといけないですね。こういう時のために。考えたこともなかったわぁ。

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2014年6月 6日 (金)

Lion Air使って、遅れて文句言うのは筋違い?

今週末は東京から古い友人たちがジャカルタに来るというので、アテンドするため、午後休取ってジャカルタへ。
まあ、金曜夜に近く転勤する元の上司と夕食を取る予定だったのですが、これが土曜に変更になったりと色々あったのですが、ともかくもう休みはとってしまったし、切符も買っちゃったんで、取り敢えず飛ぶことにします。
Jt7372014060604350
あれ、機体の文字が全く見えないや。Lion AirのB737-900。
Web Check-Inしていったのに、わざわざ新しい搭乗券に発行替えするのは何故だろう。


今日のフライトは14:35発のLion Air、JT749便。前にも書きましたが、Merpatiが倒産・運行停止、Tiger-Mandalaがジャカルタ=スラバヤ便を止めてしまってからというもの、なんとなく料金が高止まりしている感があります。今回も、Citilinkはちょうどいい時間帯の便がなく、Sriwijaya航空は2割がた高く、Garudaは更に高い。というわけで今回は、往路はLion、帰路はAir Asiaと、定時運行の面ではあまり評判の良くない二社。

今日もお昼にすぐ飛び出せたし、道も空いていたので13時前には空港についていたのだけれど、すぐに出る便は満席で変更できず、前後の時間帯の便は皆順調に出発していく中、こちらのフライトは結局50分ほどの遅れ。こういう急ぐ時に限って、なあ・・・。ジャカルタ着も16:05の筈が結局16:55頃の到着。
幸いにも一台だけ客待ちしていたBlueBirdのタクシーに飛び乗り、空港高速は環状線に入ってからグロゴル、スリーピーあたりが大混雑だというので、外環高速に入り、開業したばかりのCiledugで下道に降り、クバヨラン・バル経由で、それでも1時間半ほどかかってスナヤンへ。前日の夕方、上述の友人の一人は、空港から一般ルート経由でスナヤンまで4時間近くかかったというから大分マシだったか。
もうだんだん深刻に酷くなってくると、ホントにタンゲランまで行って電車で都心に向かわなければならなくなるんじゃないかなあ・・・

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2014年6月 5日 (木)

二校終了、いろいろ決まる。

週末から継続作業中だった本の原稿二校、取り敢えず作業を終えて提出、恐らく予想外の量となってしまった巻末の時刻表の6月改正分の列車番号の直し等にかなりイラッとされてる雰囲気が編集さんから伝わって来つつも、スミマセン丁度ダイヤ改正というタイミングが悪くて・・・と心の中でお詫びしながら、なんとか作業終了。
あとは白焼きとかいうなんだか鰻が食べたくなるような作業を経て、これから見本の印刷に入るのだそうです。
当方の今回の一時帰国が12日夜発、13日東京着なのですが、週明けには刷り上がった見本を目にすることが出来るようで、楽しみである一方、これでホントに大丈夫なのか…と緊張してきます。

と思う間もなく、次々と修正原稿の確認依頼が。
細かい誤字や地名の表記ゆれ、読みにくかった赤入れなどの確認が続々と・・・ 何しろプリントした原稿をスキャンしてPDF化して送ってきた原稿に、赤入れして、再度スキャンして・・・といったやり方を取らざるを得ないので、二回スキャンしたら、そりゃあ読めなくもなるでしょう。ホントは原稿を電子的にPDF化して、Adobe Readerで赤入れ、とかできればよかったのですが、印刷所さんが作成した原稿のサイズが大きすぎて、そのまま転送しても当方のメールサーバーでの受信が出来なかったのです。こちらの通信環境が悪すぎるのかもしれません。

ともあれ、なんとかこれで当面の作業はおしまい。
「間もなく発車します!」というタイトルのメールで、あとはお任せ下さい!とのことで、やっぱり作業がひと段落する編集さんも上機嫌になるらしい。そりゃそうですよね。
そして引き続き、印刷関係の作業と並行して、営業担当の方が取次さんや、海外や鉄道に強い書店さんに営業回りをされていたり、献本先の調整など、いろんな実務が進んでいることなどが随時連絡されてきます。
Hyoushi2kou
書籍のタイトルですが「インドネシア鉄道の旅」そのまんまやないか―!(笑)に決まったそうです。
送って貰った表紙写真を見るに、帯の煽り文句は、「乗り潰した」とか「ウンチク」「乗り鉄」とか、なんかヲタっぽい単語が並んでいて若干の(苦笑)的な抵抗感を感じないこともないし、「フォト・エッセイ」というジャンルでよいのか、ちょっと?ではあるのですが、これは出版社さんのご判断ですので、当たらずとも遠からずということで、まあいいですかね。

価格は1,900円+税(日本国内価格)だそうで、詰め込んだ割には、ページ数が想定を上回った割には、ギリギリの範囲で納めていただいたようです。ありがとうございました。

因みに本の奥付に書かれる初版の日付は7月になるのですが、順調に作業が進めば、実際に取次さんに納本されるのは16日、書店配本は20日だそうなので、23日頃から書店の店頭に並び、Amazonあたりでの購入も可能になるそうです。いやいや、皆様どうぞ宜しくお願いします…

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2014年6月 4日 (水)

JTC、ODA疑獄事件、当地報道。

今朝の全国紙「KOMPAS」の一面は、写真なしの比較的小さな扱いながら、「インドネシアの政府担当者が収賄の疑い ~KERETA API」として、件のJTC絡みのODA贈収賄疑惑が扱われていました。
記事によると、ウズベキスタン、ベトナム、インドネシア三カ国のODA案件において、日本の企業が贈賄を行い、日本外務省担当者の談として、日本政府は既にベトナムに対するODAを一時停止、対インドネシアODAについても凍結を検討中とのこと。
共同通信を引用したJapan Timesの記事を引用、独立調査委員会の調査により、JTC社は三カ国の政府関係者に対して2009~2014年の間に総額1.6億円にも上る賄賂を供与していた事が明らかになったとしています。
140604kompas04339
写真がないので目立たないですが。左隣の28面、「PT.KCJ、KRL新路線を検討」の記事も気になりますね。ブカシ線電化区間のチカラン延長の話です。

インドネシア関連では3案件、総額3,000万円の賄賂が政府運輸省鉄道総局の関係者に対して供与されたということ、更にはベトナム案件では去る5月に6名の政府関係者が逮捕されているということ等、既に発表になった第三者委員会の報告書を伝えた外電の引用をそのまま書いているだけで、記事の内容としては、特段目新しいものではありませんでした。

本ブログでも既に過去に本件については触れており、新しい内容もないので追加コメントもないですが、兎も角現在進行中の複線化3案件が止まったり、JTCが落札された案件が再入札になって、某C国やK国の企業に持ってかれることだけは一国民としては避けて欲しいわけで。今後の処置にあたっては、そのあたりに配慮をしていただけるといいと思うのですが。

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2014年6月 3日 (火)

怒りの通勤客、列車を止める。

この3日付の全国紙「KOMPAS」には、経済面に北本線の複線化の話が大きなカラー写真入りで載っていましたが、こちらは写真もなくどちらかというと小さな扱いの記事。

表題は「タンブン駅の線路、ブロックされる」ということで、ジャカルタ近郊ベカシ市の、JABODETABEK電鉄区間外にあるタンブン(Tambun)駅での出来事。
この駅は、既にジャカルタ首都圏のブカシ市の郊外、現在東のカラワンまでの電化計画が進められている路線上にあり、通勤客の利用は相当に多い。そのタンブン駅で2日朝、チカンペック発コタ行きの上りの「ローカル・チカンペック」号列車が到着した際、通常は9両編成で運転される列車がこの日は6両編成となっており、既に満杯となっていた車両にこの駅からの乗客が乗り込めず、これに腹を立てた数百人の乗客らが線路上に座り込んでブロックし、列車が出発できなくなったというもの。
駅での線路上座り込みというのは、ジャワ地方部ではアソンガン(物売り)の締め出しに対する抵抗というのと、ジャカルタ首都圏では一昨年から去年にかけてエコノミ電車の廃止反対ということで時折起きていたのだけれど、列車に乗れなくて、というのは珍しい。
140603tambunkiji
当該記事ですが、写真がないので、なんか絵にならないですね。

以前は客車列車で乗り切らなければ、機関車のデッキとか屋根上とかに平気で乗ってしまっていたのだけれど、最近はそういうのは見かけなくなり、今回もそのような解決策(?)を自主的に模索するということにはならなかった模様。不謹慎ですな、失礼。

結局2時間ほどの抗議行動の間、優等列車も含めて乗り切れなかった乗客達は後続の上り「スラユ」号(これって、コタ着3時台の筈。随分遅れてきたのね)に分乗してジャカルタに向かったというが、まあこれは車両故障が発生したのに代車を用意できなかった国鉄PT.KAI側に責任があるのは否定できない。突然この日だけ客が増えた訳じゃあなく、日々の乗客数なんか把握してなきゃいけないんだから。
そもそも、このブカシの東方・カラワンまでの区間、現在電化工事が進められ、完成の折にはブカシからカラワンまで8両編成のKRL電車が乗り入れてくる予定の区間なのに、現在運行されているローカル列車はチカンペック行きとプルワカルタ行きの合わせて1日5往復でしかない。
Karawanglokal
タンブン駅の写真はなかったんで、近所のカラワン駅。夕方の下り列車なので、朝の上りに比べれば深刻な混雑ではない。

同様な条件下にあるスルポン線のパルンパンジャン・マジャから先のランカスビトゥン方面だって1日10本以上のローカル列車が走ってるのに比べ、お粗末というほかない。東京で言ったら中央線高尾以西か常磐線取手以東という感じだが、毎時数本の電車が走るブカシ以西の電鉄区間と比べて格差ありすぎ。本来であれば、客車列車でもKRD気動車でも構わないから、一定本数を走らせる需要はあるし、そうあるべき区間。
長距離輸送に特化して、補助金付けのローカル・近郊輸送は放棄したがっている(スラバヤやスマランといった大都市も含め)気配のある国鉄PT.KAIですが、都市近郊輸送は明らかに軌道系交通機関に優位がある分野。
運賃制度・補助金のあり方も含めて政府運輸省とのキチンとした長期的見地に立った議論が必要だと思いますが、少なくとも需要に対応出来るだけの供給は迅速に措置して戴かなければならないでしょう。公企業の責任として。

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2014年6月 2日 (月)

アルゴ・パラヒャンガン、橋の上で脱線。

昨日1日付の全国紙「KOMPAS」の一面トップは、脱線して停止しているディーゼル機関車の写真。昨日からFB上で地元の鉄っちゃん達が話題にしていたのだけれど、一昨日30日の深夜、「アルゴ・パラヒャンガン」が脱線したというニュースでした。
15面の記事も合わせて読んでみると同日22:45頃(というから、少し遅れてたのかな)、ジャカルタからバンドゥンへ向かっていた最終の特急「アルゴ・パラヒャンガン」号第30列車が途中プルワカルタ県ダランダン郡デポック村の128.4km地点にてCC203-03号機関車と前方3両の客車が脱線、チソマン橋の入口のところで停止、幸いにも265名の乗員乗客に死傷者はなかった由。
この影響で、続行の下り準急144列車「スラユ」はプルワカルタで運転を取り止め、160名の乗客はバスでバンドゥンのキアラチョンドン駅に運ばれ、同駅(翌朝5時)発の122列車「パスンダン」で目的地へ運ばれた他、「パラヒャンガン」の乗客は、脱線しなかった車両に乗ってプルワカルタに2時頃戻り、同じくバスでバンドゥンへ向かったとのこと。
140601cisomang
橋の上で脱線しながらも、辛くも下に落ちずに済んだ機関車。

今日2日付の同じKOMPAS紙の記事によると、事故の原因は運転士の信号見落としらしいですが、この事故、大事に至らなくて本当に良かったです。
このチソマン橋という鉄橋、この沿線に続く古いオランダ時代の橋の一つで1894年建設、長さは243m、高さは98m(インドネシア鉄道で最も高いらしい)ほどもある高い鉄道橋なのですが、幸いにも2004年8月に新しい複線コンクリート橋に掛け替えられていました。
写真を見てわかるとおり、線路の脇には砂利が敷かれた一定の余裕がある造り(有道床PC橋とでも呼べばいいのでしょうか)になっており、転落防止用の手摺りも設置されています。他方で、直ぐ隣には従前の古い橋が線路や枕木を外された状態で残されているはずなのですが、こちらは鋼製の上路式トラス橋で、こちらの方で脱線していたら、そのまま垂直落下していた可能性は否定できず、その場合大変な被害が出ていたであろうことは想像に難くありません。
実際のところ、橋の上での脱線ということで、避難する乗客がパニックになったと書かれている記事もありました。

バンドゥンの第2鉄道管理局DAOP2広報担当ズネルフィン氏は取材に答え、脱線車両は翌31日朝5時には取り除かれ、バンドゥン07:40発の上り特急からは平常運行に戻った由。また、プルワカルタ警察署長ハリヤディ氏によれば、線路にはサボタージュ・列車妨害の形跡は見られず、人為的ミスの可能性が高いとのこと。

いずれにしても100mの上空から川底に列車が転落するなんて事故にならなくて良かったです。つい2ヶ月ほど前にもタシクマラヤ付近で脱線転覆事故が起きたばかりのDAOP2エリア。前回は自然災害でしたが、今回は信号見落としということであれば、ちょっと問題がありそうです。人為的ミスをなくすことは勿論、そうならないようにバックアップとしての信号システムの改良も必要ですし、古い鉄橋が新しい味気ないコンクリート橋に架け替えられていくのは残念ですが、安全マージンを高めるためには、それもやむを得ないことかもしれません。
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こちら同じ路線のチクバン橋。ここで脱線したら、落ちるよなあ…

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2014年6月 1日 (日)

二校(再校)作業中。

さて先週木曜夜、インドネシア鉄道本の二校のゲラがメールで届きだしました。
これを確認、手入れをしてもう一回くらい、所謂“念校”ってのがあるんだと思ったら、どうやら著者校はこれが事実上最後、この後出てくる原稿は、白焼き出しといって、もう数値の修正や漢字の変換ミス直しなどの修正に限られ、行数を動かすような加除訂正は出来なくなるのだそう。
であれば、(でなくても、ですが)最後の踏ん張りということで、念を入れて見なければならないですねえ。

で、初校の手入れ分がちゃんと直ってるかな… これはかなり丁寧に直していただいたようですが、それでもまだ幾つかミスもあるし、それ以上に、初校時に自分で(行数を調整したりするつもりで)直した手入れや“トルツメ”のお蔭で主語が落ちたり文章が繋がらなくなってたりといったところが随分見つかる。
巻末資料も、6月のダイヤ改正の関係で修正が間に合わなかったため、二校で慌てて差し替えなきゃいけない部分が数ページ(このあたり、間違い易いのが怖い)。
2kouaka
二校ではあんまり赤入れちゃいけません的なお叱りもありましたが、ゴメンなさい。

そんなわけで、この週末。土曜日は仕事でマランの大学に行かなきゃならなくて夕方まで丸々潰れてしまったし、今日日曜はスタッフの結婚式に参加してたりして(いや、これはめでたい事なんですが)作業時間が殆ど取れない。しわ寄せはもう夜中に作業するしかない… 眠い。そんな売れっ子作家じゃあるまいし。

発売日遅らせても、もう少し時間かけて慎重にやろうよ…と喉元まで出かかるも、出版社の編集さんからは、「土日も作業するから、出来たところから送ってください」と言われたら、頑張らないわけにはいかないですね、こちらも。実際に週末に先方の職場のアドレスからメールで指示や照会入ってきましたし。小心者の著者にちゃんと締め切りを守って仕事をさせる術を御存じでらっしゃる。
というタイミングで、今度は、校正にあたって事実関係の確認をお願いしていた関係者の方からのコメントが届きだし、これも反映しつつ、取り敢えず土曜の夜までに半分ほど終えて一旦送信、残りは月曜夜までになんとか戻さないといけません。

ああ、産みの苦しみ(笑)
それでも、総ページ数A5版296ページ、巻頭カラー16ページ、巻末に時刻表と路線図など、タイトルもこれで行くのかな。全体像は大体固まったようです。ヤレヤレ。

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