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2014年11月 7日 (金)

訃報: レイルウェイ・ライター種村直樹氏、逝去。

私の汽車旅の師匠(と勝手に呼ばせていただくが)、Railway Writer種村直樹氏が昨晩逝去された。
鉄道ライターのはしりでもある同氏は、京都大学卒業後毎日新聞の記者を経て1973年に退社、フリーのライターとして数多くの鉄道記事や著作を世に送り出してきた。
国鉄・そしてJRの旅客営業規則に詳しく、雑誌「鉄道ジャーナル」や「旅と鉄道」に毎号のように紀行記事や、「汽車旅相談室」と称する、国内鉄道旅のハウツーや、鉄道の運賃関係規則に関する読者とのやりとりが掲載され、故宮脇俊三氏と並ぶ、鉄道旅行趣味界の二大巨頭とも称される方だった。

私自身、小学校5年生くらいの頃だったか、初めて同氏の著作を図書館で手に取り、たちまち虜になった。
氏の記事や著作品には自宅事務所の住所が書かれ、我々一読者からの質問の手紙を受け付ける、オープンな姿勢が新鮮で、中学生になった私も、確か所謂「一筆書ききっぷ」や、「鈍行乗り継ぎ」に関して何通か質問の手紙を書き、誠に達筆というか、判読するのに苦労する直筆の手紙での返事を貰ったのを覚えている。

氏には、大学時代からの友人が幹事役となって立ち上げられた「種村直樹レイルウェイ・ライター友の会(TTTT)」と称する読者の会があり、最盛期にはメンバーも1,000人以上を数えていた。年に一度国鉄・JRを使っての汽車旅ゲームや列車を乗継いでの旅が行われ、かくいう私も高校生時代に一度イベントの幹事役を仰せつかったこともあった。
当時活発に活動していた仲間・・・ 当時我々が高校二年生であったことから、「高2パワー」と称された、その頃の10人以上の仲間たちとの付き合いは、いつしか(上述のイベントが開催された東北地方にちなんで)「みちのく会」と名付けられ、その後四半世紀以上を経た現在でも、年に1~2度の汽車旅・温泉旅行などを続けている。

その後、私が一時期汽車旅から疎遠となったり、海外生活が長くなり種村氏とお会いする機会は減っていったが、それでも私の韓国在勤中にはソウルを取材で訪れていただき、SL列車や東海岸へ向かうスイッチバック、温泉などを御案内したこともあった。(こちらに収録)

2000年にくも膜下出血で倒れ、幸いにも回復されたが、その後残念ながら徐々に筆の勢いが落ちていったように感じられた。記事や作品にも雑な、あるいは誤りを含むものもしばしば見られることとなり、古くからの続けて来ていた雑誌の連載もなくなってしまった。
その後一度は旅に出られるまでに回復したものの、2010年の年末に脳出血で再度倒れ、病床でリハビリに励んでおられたため、私も帰国の度に病院に見舞いに顔を出していたのだが、残念ながら昨晩、転移性肺がんで他界されたとのことだった。
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最後にご一緒させていただいたのも、みちのく会、小谷温泉→頸城鉄道保存列車運行を見学、の際でした。古い写真はデジタルデータがないので…

種村氏の作品に初めて触れてから30年以上の間、人生の3/4もの間、多くの作品を読ませていただき、時には旅のお供をさせていただく機会にも恵まれ、私のこれまでの人生に随分と大きな影響を与えてくれた方でした。
彼と彼の作品、彼の読者の会で出会った大勢の先輩や仲間たちの影響をうけて趣味活動を深め、年上のメンバーからは社会常識を学ぶこともしばしばありましたし、次第に海外に目を向けるようになり、今の職業を選ぶきっかけの一つとなり、そして現在の自分があるのは間違いありません。このブログや、拙著の文体にも、彼の影響を受けている部分が多々あることでしょう。

去る6月の一時帰国時、出来あがったばかりのその拙著『インドネシア鉄道の旅』を進呈しに、病床を見舞ったことがありました。既に自ら頁を繰る力は残っていませんでしたが、これが私の作品であることは認識して貰えたような表情だったと記憶しています。もう一度元気になってインドネシアの汽車旅を楽しんで貰いたいと回復を祈っていたのですが、この願いはかないませんでした。

彼は作家・ライターとしての晩年は若干不遇だったかもしれません。ネットの掲示板には、彼とその“取り巻き”を揶揄するような心無い書き込みを随分目にしました。
それでも彼がこの40年間、鉄道趣味界に残したものは大きかったと思います。今のように、ネットなどなく情報が限られていた時代、彼の著作は偉大な情報源でもあり、汽車旅への夢をかき立ててくれ、私を含め、多くの読者が汽車旅に親しむきっかけを作ってくれました。

もう今後、時間と体調を気にしなくてよいのだから、思う存分あちらの世界で汽車旅を楽しんでください。タバコとビの字もね。
享年78歳。御冥福をお祈りいたします。合掌。
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2009年、頸城鉄道保存会の公開運転日にて。

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コメント

いかさまさん、
御無沙汰しております。
仰るとおり、種村さんの作品は貴重な情報源でしたし、いかさまさんや多くのこの世界での友人と繋がることが出来、今に至っているのも氏のお陰でした。
大変寂しいですが、いずれ来ることと覚悟していたことではありました。今は氏の著述活動が生み出した多くの物事に心から感謝しつつ、ご冥福をお祈りしたいと思います。

投稿: 落花生。 | 2014年11月 9日 (日) 02時27分

こんばんは。
落花生。さんはじめ、みなさんのブログで訃報を知りました。本や雑誌が貴重な情報源だった時代に、貪るように本を読んだものです。種村氏の存在がなければ、鉄道と深くかかわりあうこともなかったでしょうし、落花生。さんとのご縁もなかったはずです。
残念ではありますが、それも時の流れですね。ご冥福をお祈りしたいと思います。

投稿: いかさま | 2014年11月 9日 (日) 00時14分

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