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2015年3月28日 (土)

シドトポの山にお墓参り…

今日は土曜日、ちょっと用事もあったので外出し、その前に暫く前からちょっと気に入っていたところに行ってみることにしました。
SNS大好きな当国インドネシア、随分沢山の(会ったかどうかもわからないような)インドネシア人の趣味友達が日々沢山のメッセージや情報、独り言なんかがFBで流れてきます。
そんな中で気になっていたのが、ここ地元スラバヤのデポと貨物操車場を兼ねたような市街地北部のシドトポ駅の傍らに沢山の古い貨車が打ち捨てられて積み上げられていたのだけれど、最近そこに新たな仲間入り… 廃車となった古い機関車がここに送られて来て、山のように積み上げられている写真が載せられていたモノ。
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シドトポ駅の傍らに出来た、廃車となった機関車の山。

廃車の山と言えば、バンドゥン線のプルワカルタやら、チレボンの手前のチカウム果てはまだ確認してないのですが、チカンペックにも出来つつある由。続々こういうものが出来るからといって、別に見どころが増えたなんて喜ばしい話じゃないですよね。ちょっと羽振りが良くなって新しい車両が手に入ったからといって、まだまだ使える電車や機関車が次々打ち捨てられていく姿なんて、直視するのも心苦しいというのが正直なところ。決して観光名所なんかじゃありません。
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かつては重連で特急列車の先頭に立ったBB301も、各種の装いで終の棲家に。

今日は先ずはシドトポ駅で担当助役さん?に挨拶し、シドトポからグブン方面行きの早朝の列車(出庫回送を兼ねているもの)が、03:45発のポロン行コミューターKA305列車(ポロン着04:57)に加え、ジェンガラ号の送り出し回送を兼ねた03:30発のモジョクルト行KA123F列車(モジョクルト着04:42)の2本に増えていることを確認。
これら、夜の戻りはスラバヤ・コタ終着で、コタ→シドトポ、あるいはグブン→シドトポの帰りについての旅客営業はないとのこと。
他方、以前は1本だけ、昼間のシドトポ発コタ、そして営業運転に入る列車があったのだけれど、こちらはいつの間にかなくなってしまっている由。
そんな雑談ののち、機関車の山エリア見学の許可をいただき(気を付けてね、登っちゃダメだよ、とのご注意あり)、操車場を横切って西のデポ側へ移動。
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一両だけ、日本製気動車もありました。ドラえもんと愛称が付けられていた車両ですね。

すっかり有名観光地になっているのか、2組の素人客が一眼レフカメラで撮影したり、トンシス(自撮り棒)を使って記念撮影をしてる姿が早速目に入りました。
積みあがっていたのは古い4軸ロッド式や、箱形ボディをもった液体式ディーゼル機関車が多く、BB301-08、11、13、18、19、23、25、34、D301-19、33、64、6118、6126(新番号)、BB300-07、それに加えて“ドラえもん”塗装の日本製気動車K3-3-8210号車。
BB301は赤青、白に青帯、黄緑のPJKA復刻塗装など各種取り混ぜ、またD301型はいずれも黄色と緑のPJKA復刻塗装で、新番号に改番されて真新しい車番プレートに付け替えられ、まだまだ使えそうなというか、実際最近まで使われていたようなものも多い。
こんな入れ替え用の小型機なんか新型の代替機が入って来たわけでもないのに…
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大型一眼レフカメラを抱えた“鉄子”さん達の姿も。

新しいものが入ってくれば老兵は消え去るのみな栄枯盛衰はやむを得ないこととはいえ、なんだか物悲しくなってしまいました。
FBに写真をアップしたら、「悲しげな顔つきですね」というコメントがついてましたが、まったくそのとおりですね。現役時代にお世話になった個体は恐らくないのだと思いますが。
D301型は初導入は1962年(あれ、でも車番からは1961年みたいですね)、BB301型は1965年の導入開始で、インドネシア国鉄の無煙化推進の立役者でした。いずれもそれからもう四半世紀がたとうとしています。
長い間の活躍お疲れ様でした。

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コメント

野津田車庫様、
はじめまして。コメントありがとうございます。また、拙著もお買い求めいただきお礼申し上げます。
廃車体の件、彼ら曰く、いずれ解体して屑鉄屋に売るのだと言っていましたが、貨車など昔から放置されているので、一体いつになるやら、ホントにやるのやら・・・
ジャカルタ近郊に打ち捨てられた電車、まだまだ使えるのに、と思いますよね。一時は自動ドアを直すなど改修してまだまだ使うつもりかと期待しましたが、結局は安い中古をたくさん入れて、壊れたら部品共食いして、残りは捨ててしまえばいいとは。
援助とともに、メンテナンス・マインドがキチンと伝えられるべきでしたね、本当に。

投稿: 落花生。 | 2015年4月 5日 (日) 00時48分

初めまして、いつも楽しく拝見しておりますが初コメントになります。また著書のインドネシア鉄道の旅ですが、読み応えのある充実した内容で大変興味深く読ませて頂きました。

前置きが長くなりましたが、パクアン急行様の記事でも廃車体の山が出来ていることは度々触れられていましたが、プルワカルタやチカウム以外にもこんなに続々と増えているとは思いませんでした。このまま放置しておけば、いずれ倒壊して大惨事が起きるような気がしてならないのですが、何か起こるまではずっとこのままにしておくのでしょうかね・・・?
この有様を見ていると、物悲しさと共に今までの援助は果たして本当に良かったのだろうか?と何とも複雑な気分になってしまいます。

投稿: 野津田車庫 | 2015年4月 4日 (土) 02時23分

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