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2015年7月31日 (金)

スリウィジャヤ航空縛り その1。

そんなわけで、先々週の噴火の影響でキャンセルになったフライト分の金額をスリウィジャヤ航空のバウチャーで返されてしまった。バウチャー自体は1年間有効という事だが、在勤3年を過ぎていつ東京に戻されるか転勤となるかわからない当方としては、出来るだけ早く、暫くはこれを消費しておかないといけない…という状態。
ですので仕方なく…というと航空会社の方には失礼ですが、ジャカルタ往訪はハリム空港に発着するCitilink便を使いたい当方としては若干憮然とした思いはあるのですが、なにせ3万数千円分もあって、2.5~3往復分近くになるのじゃないかという金額、計画的に使っていかないといけないので致し方なし。
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B737-300なんてクラシック機、インドネシアでもだんだんレアになって来ましたね。

という事情で、久々に金曜有給を取っての今回のジャカルタ往復は、往路が10:05発のSJ269便。
ジャカルタ=スラバヤなんて幹線、同社保有の機材でも最も新しい花形のB737-800でも持ってくるのかと思いきや、搭乗口の蛇腹の脇から地上に降りた徒歩搭乗の先に待っていたのは旧塗装のB737-300型機。つい最近までB737-200も使っていた同社としても最早最古参になった機材。-200の定期便って国内にまだあるのかな。
調べてみたら、PK-CKP「Perlindungan(避難所?)」号、B737-36Nという形式で1997年の導入、Air Holland、フィリピン航空、深圳航空を経て2011年にこの航空会社に渡って来た機体。内装は流石に経年相応にくたびれてましたが、今日もほぼ定刻に飛んでよかったです。

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2015年7月20日 (月)

バリ島の亀カメ路線バス。

バリで、何しよう…
ティモールの帰りにちょっと立ち寄って元の上司や同僚と飲んで帰るだけだったつもりのバリ、何の因果かこのレバラン休暇のメインになってしまいました。
とはいえ1泊2日しかないので、ダイビングも時間的に難しい(潜った後、ほぼ一日近い時間を開けないと、飛行機には乗っちゃいけないのです)し…

というわけで、
公共交通機関があまり整っていない(少なくとも外国人向けの)バリ島で最近運転を開始したクラクラバスという乗り物。各観光エリアの中心とも言えるガレリアDFSを起点に北はウブドから南のヌサドゥアまで幾つかの路線を定時・定額で結ぶバスで、ツアー会社が自社の客向けに提供しているのはよく見るのだけれど、こちらは運賃さえ払えば誰でも乗れるというもの。
聞くと、運航開始当初は地元のバス…ではないな。アンコッというかベモというか、乗合業者から随分と反発と嫌がらせみたいなこともあったのだそう。
その運賃(DFS=ウブドゥで8万ルピアと結構な金額)から、事実上外国人旅行客専用でもともと地元客が使っていた乗合トラックの客層とバッティングしないとは思うのだけれど、既得権というのはやはりどこでもあるものですね。
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蛙みたいという声もありましたが、屋根は甲羅になってますよ。亀ですよ。クラクラバス。

朝10時、開店前のDFS裏のターミナルから出発した、クラクラの愛称のとおり亀をデザインした緑色のバスのウブド行きは、この路線だけは事前予約が必要とサイトに書かれているだけあって、ほぼ満席の盛況。
日本人だけじゃなくて、ブレ(欧米白人を差す)やインド人の乗客も交え、結構それなりに定着しつつあるのが新鮮でした。
タクシーで行けば3千円ほどかかる距離なだけに、それなりに利用価値があるってことですな。
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バリ島南部の観光地各地域と免税店DFSを結ぶ形の路線設定がされているクラクラバス。

ウブドでは以前スラバヤでお会いしたことのある在留邦人の方が経営しておられるお店にお邪魔してお昼をご一緒したのち、帰りのクラクラバスをサヌールの停留所で降り、海岸近くのホテルにチェックイン。
夜は予定どおり事務所の同僚・元上司に、今朝クタで偶然遭遇したジャカルタ事務所の後輩らも交えてサヌールの居酒屋「漁師」へ。東ティモール在勤時以来だから10数年ぶりの訪問になりましたが、あまり変わってませんでしたー

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2015年7月19日 (日)

仕切り直しでバリへ。by NAM AIR.

さて仕切り直し。12年ぶりの東ティモールは断念したんだけれど、この6連休全くお出掛けしないのもなんなので、(再度噴火が活発化しないという前提で)バリだけでも行ってくることにしました。
昨日の晩の時点ではスラバヤ/デンパサール空港とも各便一応飛んでいるということで、それでもなんとなく不安なまま再度早朝タクシーで空港へ。ともかくSriwijaya Airのこの区間、朝晩の2便しかなく、朝の便はデンパサールから東部各地への接続便となっていることもあって、やたらと早いのです。
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今日は無事に飛べたようでヤレヤレです。しかし、朝早いなあー 次の夜便だと晩御飯間に合わないし…

この区間のフライト、一応幹線だと思うのですが、同社のフライトはNAM Airの運行となっており便名はSJ9276便。案内放送では、デンパサール、エンデ、マウメレ、クパン、ディリ行きとなっており、これらのうち、この機材はマウメレ経由のクパン行きとなり(一旦降機して待合室に入るのですが)、その他の行き先へはデンパサールで乗り換えて接続する、という形を取っています。昔のメルパティのジャカルタ朝イチの便もそんな感じの運行形態だったっけな。
スリウィジャヤ航空グループ内ではフィーダー便を担当しているというこの子会社、Lion Airのリージョナル子会社のWingsのように全保有機材がATRというように明確に区別されておらず、保有機材は全機中古のB737-500。こちらは親会社のSriwijaya Airも数機保有しているためにちょっとデマケが明確でないように思われます。
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機内誌「Sriwijaya」と、安全のしおりと、LCCのように安っぽいレシートスタイルの搭乗券。

ともあれ、定時発着率ではいつもGarudaの次くらいをキープしている同社、今朝の便も早朝6時発ということもあり、無事に定刻に出発。
同社の機体は昔の日本でもそうだったように各機材一機ごとに愛称名がつけられており、今日の機体は「Megah」という名前。「豪華な、堂々とした」といった意味のようですが、機内は2列8席のビジネスクラスが設けられているだけで、ごく普通の古いB737-500、機材番号はPK-NAP。ちょっと調べてみたら、元は1995年製造、米Continental航空→Unitedから親会社のSriwijaya Airがリースできた機体のようです。

機内誌はSriwijaya Airと共通で、安全のしおりだけはNAM Airオリジナルのものが挟まっていました。機内サービスは、ここはLCCじゃないゾという気概なのか、離陸後、社名入りのカップ水とやはり社名入りのウェハース菓子が配られました。
ただ支店のスタッフに聞きますに、デンパサール=ディリ間の国際便でも、機内サービスはせいぜいパン程度で、ホットミールが出されていた昔のメルパティ便に比べれば(今は各社どこもそうなのでしょうが)大分落ちるかな。
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機内サービスはこれだけ。実質滞空40分じゃあ、まあこんなもんですよね。

そんなこんなでデンパサールに無事到着。いつものカラッと晴れあがった青空を期待していたのですが、今日はどんよりと曇った空です。あまりいい季節じゃないんですね、バリとしては。

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2015年7月17日 (金)

空港閉鎖で休暇出られず・・・(涙)

空港閉鎖が解除になったという情報なきまま、朝6時の空港閉鎖解除を期待して早朝からタクシーで空港へ、そして案の定・・・
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ガーン😨 Aduhhhhh... キャンセルきゃんせるCancelledの嵐...
当方のNam Air(Sriwijaya Airの子会社)便デンパサール行きはキャンセルと書かれてないけれど、当然全便欠航です…

伺うに、空港閉鎖は今日の12時まで延長になった由。あーぁ。今日はデンパサールでの乗り継ぎ時間は2時間ほど。12時に閉鎖が溶けて飛んだとしたって、まあ無理な訳ですな。
というわけで、今日目的地に到達出来ないのは確定。さてどうなるかな。
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並ぶのも嫌になる長蛇の列だが、仕方ない…

今回は目的地に2泊、帰りにデンパサールで1泊という予定なんだけれど、1泊だけでも行けるのなら行ってきたいところ。
取り敢えず空港内のSriwijaya航空のオフィス前の長ーい行列に並ぶこと1時間ほど、それでも30人はいたかと思われる乗客をそれなりに頑張って捌いてくれたスタッフの方々、「どうしたいですか?」という漠然とした質問、前提条件を色々確認した上で判断しなければならない状況下、たどたどしく喋ってる外国人の話を真剣に聞いてくれました。然るに、

明日の同じルートは満席で乗れないこと、明後日なら飛べるけれど、それだと飛んで行ったのと同じ飛行機で帰ってくることになるので、帰路も1日伸ばすことにしたら、…そちらはレバランからの戻り客で満席。
そっか、じゃあ今回は無理かぁ… 諦めるか。
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昨日市内のオフィスで“シティ・チェックイン”した搭乗券(左)を前に、職員のお姉さんが奮闘中。

じゃあ、諦めてキャンセルするとどうなるのかな? ・・・返金、但しスリウィジャヤ航空のバウチャーで、とのこと。まあ、これはそうだろうな。前回(クルッド山の噴火で出張者が帰れなくなった時)もそうだったもんな。 
折角なので、デンパサールだけでも行ってくることにすると ・・・同社のSUB-DPS間は1日2便あるんだけど、明後日19日であれば、朝晩とも空席有り、変更可。帰路は20日の戻りのフライト、当初夜便は満席…と言っていたのだけれど、電話で確認してくれた上で、当方手持ちの予約の一部区間のみを活かせるというお返事。よーし、じゃあそうするか。
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新しいE-ticket航空券の写しと、Sriwijaya Airのバウチャー。昔の航空券って、皆こんな感じでしたよね。

で、火山噴火による不可抗力ということで、デンパサールから先の(火山とは関係ない)区間も、不可抗力の一環ということで無手数料払い戻ししていただける由。おやありがたや。
途中無手数料払い戻しのためのコードが通常とは異なっているらしく、少々手こずってましたが、見てると「EVCGNR」なんてコードを打ち込んでました。これって、「Erupsi VolCano GuNung Raung」か?(笑)

というわけで、思ったより順調に、今回手持ちの総額からスラバヤ=デンパサール間往復運賃を差し引いた分が同社のバウチャーで返還され、ヤレヤレ。

ジュアンダ空港自体の方ですが、一度9時に開きます!というアナウンスが流れたものの、その後一向に離発着の動きはなく、それでも職場やジャカルタの同僚など関係者に日程変更を報告して、朝御飯食べたりしながら待っているうちに、結局ようやく10:50頃に空港が再開されるのを待って確認・報告した上で、スゴスゴと帰宅。あーぁ...
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10:50、定刻07:20発のLion Air、バリクパパン経由タラカン行きが再開初便となりました。 

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2015年7月16日 (木)

スラバヤ空港(等)、閉鎖!

今朝から、ラウン山噴火の影響で、スラバヤ・ジュアンダ空港及びマランのアブドゥル・ラフマン・サレ空港が閉鎖されています。

レバラン休暇の初日ということもあり、現地報道各紙のサイトでは、大混雑する空港の状況を伝えています。

明日以降どうなるかについては現時点ではわかりませんが、スラバヤに・スラバヤから・往来される方におかれては、最新の情報収集に努めてください。

実は私もです… 
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ジュアンダ空港T2から滑走路を挟んでT1を望む、の図。

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2015年7月14日 (火)

鉄道模型計画その5 MCW302系気動車 その2.

さてと、随分時間が空いてしまいましたね。
すったもんだ四苦八苦した挙句、結局もっとも積層痕少なくディテールが表現し易い板プラキットは、正確な四角を出したり、反りを抑えるのが困難等々の事情により諦め、4面を射出の段階から固定して組んだ形で打ち出し、それに屋根(+ディテールが一番重要な前面だけは別パーツ付け足すのが更に良い)や小パーツ類を別途作成というのがいいのかな、という一応の結論に達し、再度Shapewaysさんに依頼して、送って貰いました。
あわせて色々頼んだもののうち、一部は欠品だったりダブって造形されたものが送られてきたり、とかなり雑な作業がありました。こちらについてはクレームをつけ、それに対してはそこそこ納得できるカスタマーケアがあり(欠品のみではなく、作品全部を無償で再作成・送料無料で再送付)、まあヤレヤレです。
英語でのやりとりになってしまいますが、DMMが国外対応してくれていない現状では、当面はこちらに頼むのがリーズナブルなんでしょうね。
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2003年、最初にジャカルタに赴任した時代のエコノミ列車は、こういうPerumuka(Perusahaan Umum Kereta Api)時代からの赤青塗装でした。

そんなこんなで、ジャカルタ在住のインドネシア人にステッカー作成などの支援を頼んだりしながら、一応一通りの塗装まで終えた状態が、こちら↑。
うーん、ちょっと積層痕消しの磨きが甘かったですねー。塗装前の段階では殆ど感じなかったんですが、塗ってみるとやっぱりはっきり出て来ちゃいますね…

それでも、(セミプロ・モデラーの方々から見ると、なんだこりゃのレベルかもしれませんが、素人の緒作としては)期待値を満たしてくれるだけのものが出来たので、一応満足です。
今後は正面の曲面ガラスとか、サッシの銀色色差しなどのディテールアップなど、暇を見てちょっとずつ手を加えてみることにしましょうかね。
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こちらは地元スラバヤ=シドアルジョ(ポロン)間のKomuter Susiで用いられている青白の“ドラえもん”塗装。
(↓これね)
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2015年7月13日 (月)

(元)全日空機で帰りましょ。

日曜の今日12日は、昼前に友人と会って午後はお勉強、そしてお買い物、最後は折角なので美味しいご飯も食べて、昨晩以来再度、およそ24時間ぶりのハリム空港から最終20:30発のQG807便でスラバヤに戻ります。
ところが19時半頃にハリム空港についてチェックインしてみると、待合室は乗客で溢れていました。幾らレバラン帰省客の動きが始まったから…にしてもちょいと混みすぎてる感。
ちょうど搭乗が始まったのは20時発のBatik Airのメダン・クアラナム行きで、これで1/3ほどが捌け、続いて19:50頃になってようやくボーディングが始まったのが19:30発の遅れのCitilink、QG9119便、スラバヤ行き。フライトナンバーからみると、どうやら臨時便だな、これは。いや、レバラン連休に合わせての増発だから季節便ってことか。
であれば7000番台でないといけないなとか思ったりして(笑)
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この時点では、あー、こっち古い方だ…としか思わなかった搭乗時。

で、こちらのボーディング終了を待ち侘びるかのように、続いて当方のQG807便も搭乗開始。同じCitilinkのエアバスA320型機なんだけれど、先発の臨時便の方はシャークレットつきの新型、定期便の当方は小さなウイングチップのみの古い機体。タラップを上がって機内に入ってみるとどうにも古臭い印象は拭えず… なんだけれど、
ところで、機内で流れてるBGM、なんか聞き覚えあるな… これ、全日空じゃん(笑) 葉加瀬太郎のAnother Skyとかいう曲だよな? なんだCitilinkはいつからANAと共同運航始めた・・・わけはないな。この機体、全日空の中古機で、それに入ってたBGMをそのまま使ってるだけなのかな。

後で機体番号を確認してみると、PK-GLH、ちょっと調べてみると旧番号はJA206A、形式はA320-214、予想どおり全日空の所属機でした。ひょっとしたら、日本国内で乗ったことがあったかもしれないな。

ところで、昨晩泊まったホテルは、電鉄中央線のゴンダンディア駅ほど近くのSofyan BetawiというAgodaで4千円ほどの安ホテル。地図で見てひょっとしたら?と思って予約してみたのですが、ギリギリこーんな感じの“トレイン・ビュー(笑)”でした。
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真正面は別の建物がありますが、ちょっと左手方向はこんな感じ。ガンビルより南なので、中長距離客レも結構走ってます。

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2015年7月12日 (日)

ヒヤヒヤしましたが、ジャカルタへ。

金曜からのラウン山の噴火に伴うデンパサール空港閉鎖の影響でこちらも週末待機、このままだとスラバヤ離れられなくなるんじゃないかとヒヤヒヤしたのですが、土曜の朝になってようやく空港閉鎖も解けて商用便の運行も再開、無事に晴れて出掛けられることになりました。

今回予約していたのは土曜朝9時発、LCCのCitilink便。この手の格安会社はAirAsiaを筆頭に、乗客側の都合での便変更などダメであっても不思議じゃないのですが、幸いにも・・・なんでしょうね、手数料27万ルピアほどを払って変更が認められ、飛べたのは18時半発の同じハリム行き、QG812便でした。
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今日も順調、Citilinkのハリム便。ちょっと高くついちゃったけど、仕方ないか。

チェックイン時に3人掛けの真ん中の14B席を割り当てられて、通路側にしてくれとごねたんだけれど、こちらは機械が自動的に割り当てるので、変えて欲しければ3万ルピア払えと言われて暫し揉めるが、この辺はLCCらしいところか。
いざ乗ってみたら、機内は半分強ほどの乗り具合、非常口座席に座った乗客相手に客室乗務員が非常時の支援を説明しだしたところ、そちらの席に座っていた老夫婦がどうやら、そんな非常ドアを開けたり、脱出する乗客の支援なんか自分達には無理、とでも言ったのだろう、他の席に移動していき、「はて、ここ開いたまんまじゃまずいよねーどうしよっかー」という雰囲気だったので、すぐ後ろから「あ、僕そこ移ってもいいですかー?」と立候補して、満面の笑みで快諾され、無事に移動させていただくことが出来ました。ヤレヤレ。
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機内誌には、メダン便に乗るとクララナム空港連絡列車の切符が割引になるという広告が。

一度夜に着いてタクシーがなくて困ったことがあったハリム空港、今日はBlueBird、Express、Cipagantiの3社とSilverbirdがブースを構え、十分な台数が待ち構えていてくれて順調でした。19:50着の予定が今日もフライト自体が5分早発し当然のように早着、この時間には既にタクシー車内の人でした。何度も書き過ぎてCitilinkの手先みたいになりつつあるけど、やっぱハリム便いいわー。

夜はゴンダンディア駅近くの古い建物をリノバシした喫茶店で友人3人とお喋り♪
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そういえば、市内の公式代理店で切符を買ったら、ラマダン時期のサービスということで、お茶とお菓子を貰いました。イフタールじゃないけどね。

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2015年7月11日 (土)

鉄道模型計画その4. JNMA出展しました!(笑)

さて先日からちょこっと書いては続報の続かない3Dプリンターによるインドネシア鉄道模型ですが、この度、なんと「JNMAフェスティバル」に出展させていただきましたー!(笑)

これ、スミマセン。嘘ではないのですが、とっても、勿論長ーい説明が必要です。JNMA即ち「日本Nゲージ・モデラーズ協会」様では、毎年1回、Nゲージ鉄道模型・部品を製造している事業者様、それもTOMIXやKATOといった大手ではなく、ガレージキット・メーカーに近いようなマイナーな車両やニッチなグレードアップ部品を作っているような製造業者・ショップの展示即売会的なイベントとして、この「JNMAフェスティバル」を都内浜松町の東京都立産業貿易センターで開催しており、先週日曜日5日開催された今年は、既に第21回になるのだそうです(その昔、1,2回見に行った事がありました。)。
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会場内の「CAD鉄」様のブース全景。

こちらに、先般このインドネシア鉄道模型の3Dプリンター造形にあたりお世話になった、一度3D-CADの講習会にも参加させていただいたことのある、当方地元の中野、ブロードウェイにお店を抱える「あっ!3Dプリンター屋だ!!」さんというか、 組織としてどういう関係なのかはよく判らないのですが、グループで活動しているらしい「CAD鉄」のリーダー?のS藤様がこのJNMAに出展する事となり、その際にご縁のあった個人モデラーの方の作品も合わせて展示していただけるとことでお声がかかり、当方で作成したデータを幾つかお送りさせていただいた次第なのでした。説明長いね。
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上を走っているのはプラレール? 展示されていた3Dプリンター。これは個人で買えるレベルなのかな。

勿論在外在住の身としては残念ながら見に行くことは出来ませんでしたが、事後当日の展示風景の模様をお送りいただいたので、御紹介させていただければと思います。

「CAD鉄」様の展示スペース全体はこんな(一番上の写真)感じ。中央の「旧米沢工業高校校舎」(米沢駅舎のモデルだそう。この出来は驚愕です。勿論一体造形ではなく、部品の組み合わせですからなおさらスゴい)や、重巡洋艦「愛宕」のモデルが目につきます。他にも、潜水輸送艦「まるゆ」や二式大艇なんて展示もあり、ちょっと鉄道模型の範疇を外れてる気がしなくもないですが、3Dプリンターの可能性をアピールするという意味では、まあアリなのでしょう。
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鉄道車両模型だけでなく、軍艦、飛行艇、ストラクチュア…何でもいけますね。

他には、3Dプリンターで造形した射出品の積層痕を消して磨くためのサンドペーパーの一種なのでしょうか、Mipox社さんの研磨フィルムの新製品の展示などがあったようです。
Nゲージ鉄道模型関係の作品としては、「CAD鉄」様渾身の大作・JR九州の「ななつ星」フル編成や、ロンドン地下鉄「チューブ」車両、いすみ鉄道の「300型」、天浜線の「TH2100型」気動車、そしてオランダ出身の方が描かれたユトレヒト市電!などなど。そんな中に混じって拙作インドネシア国鉄のCC203型機関車と客車2種、KRD気動車の4両をプリントアウトして、実際の車両写真や、恥ずかしい事に拙著「インドネシア鉄道の旅」まで一緒に並べて展示していただいたとのこと。
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この校舎は見事! 手前はピントが合ってませんが、JR九州の「ななつ星」ですね。

日本の鉄道ファンは概して国内物に関心が高く、特に模型では製品が販売されていなければお話にならず、どうしてもヨーロッパやアメリカ型を愛でる方々が少数いる程度。

とはいえ最近では台湾鉄道車両についてはかなり質の高い製品が輸入販売されているようで、時折タイ国鉄の日本製気動車(THN系列)を作るためのキットや、インドネシアに輸出された中古電車の現地仕様用のステッカーなども手に入るようになってきました。
今回も、「CAD鉄」様のブースに足を止め、当方の作品にも関心を持たれた方が幾名かいらっしゃったとの事。当方のものはまだまだ試行錯誤中で、居並ぶベテランさん達作成のフルスクラッチ模型や、ガレキメーカーさんの素晴らしい細かいところまで作り込めるような製品・部品には全く比べものになりませんが、「人と同じ物ではつまらない」「誰も持っていない物を」という志向の個人モデラーの方々には、3Dプリンターによる造形というのは、可能性が大きく広がるということを共有出来たのであれば幸いでした。
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恥ずかしながら拙著と、拙作の試作品まで展示いただいて・・・ お恥ずかしい。

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2015年7月10日 (金)

ラウン山噴火の影響、拡大。

今朝出勤のクルマの中で地元のラジオ「スアラ・スラバヤ」を聞いていたら、どうやら先週から活発な火山活動を繰り返していた東ジャワ州東部のラウン山の噴煙・降灰の影響で、近隣の幾つかの空港が閉鎖になっているという。

聞き耳を立てると、州内ではバニュワンギのブリンビンサリ空港、ジュンブルのノト・ハディネゴロ空港、それに加えてバリのングラ・ライ国際空港とロンボク国際空港、同じくロンボクのセラパラン空港(これは現在は閉鎖になってる旧空港だな)が昨晩遅くから閉鎖になっているとのこと。

先週の時点では噴火はしているものの、ごく近くまで行かないと噴煙は見えず。ただバニュワンギ空港はプロペラ機運行なので影響を受けやすく、こちらを発着する便が運休、なんて話を聞いていはいたのですが、バリですか。

日系の直行便こそ日本人観光客の減少に伴い撤退してしまったものの、未だに東京と大阪から毎日ガルーダのエアバスの大型機が飛んでいる国内屈指の観光地で、1日の発着便数は150便を数える。この夏休み、レバランを直前に控えたこの時期に空港閉鎖ですか。そりゃ大変だ。

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こちらは閉鎖になっているジュンブル・ノト・ハディネゴロ空港 

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同じくバニュワンギ・ブリンビンサリ空港

出勤してから更に情報収集を進めると、やはり昨晩深夜の東京行き・関空行きの夜行便を含め昨晩21時半から空港が閉鎖になり、全てのフライトが運休している模様。空港にて夜を明かすことを余儀なくされた日本人乗客は500名に上るという。ただ一部では、ファーストクラス・ビジネスクラスの乗客にはホテルの部屋とミールクーポンが提供されたが、エコノミーの客には毛布が提供された!などという話も伝わってきて、うーん、資本主義階層社会って、シビアね。
天災なのでガルーダ航空側には非はないとはいえ、対応した航空会社職員の方々はお気の毒様でした。

そんなこんなで今日は一日バリの事務所と連絡とりながら、この関係の情報収集でドタバタしましたが、どうやら夕方になってラウン山から比較的遠いロンボク国際空港の方については運行を再開したとの連絡も入って来ました(なのですが、フライト・トラッキング・サイトの類では、まだ確認できないみたいです。)。とはいえ、バリ空港で足止めになった乗客をロンボクに運んで、そこから出発させるという措置がとられているわけではないようで、2日目ということで帰国できずに足止めを食らっている日本人は1,000人になるわけです。
明日以降も離着陸が出来ないと、ちょっと大変なことになりますね。スラバヤ空港は今のところ影響ないようなので、スラバヤまでバスで移動して、スラバヤから飛ぶとか…??

 

そういえば去年の2月だったか、クルッド山の噴火でスラバヤ空港が閉鎖になった時は、スラバヤに来ていた出張者が帰れなくなって、結局バリまでクルマをチャーターして走って行ったっけなあ…

 

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2015年7月 9日 (木)

寄り道してみました3. ルマジャン駅跡。 

PG.Semboroからの帰路、国道から外れてもう一カ所だけ立ち寄ってみたのがこちら、ルマジャン県。
現在でこそスラバヤ=プロボリンゴ=ジュンブル=バニュワンギとを結ぶ鉄道や幹線国道からは離れているものの、100万人の県内人口を抱える地域の主要都市。モータリゼーション以前は当然鉄道が通っていました。
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↑こちら、以前展示会で見かけた過去に存在した鉄道を示した路線図(専用線を除く)ですが、1896年に開通した鉄道は上述の路線のKlakah駅から分岐し、途中2駅を経てLumajang迄17km。ルマジャン駅からは更に南方面・県内パシリアン郡のPasirian迄19km、東はジュンブル県のBalung迄47kmの路線(こちらは当初600mmナローとして1928年に開通、その後1,067mmに改軌された由。更にその先本線のRambipujiまでの別路線や、分岐するナロー路線もあった。)が集まるターミナルで、運行上も中心的な役割を担う比較的大きな駅だったようです。
その後モータリゼーションの進展に伴う乗客・貨物輸送の減少により、ルマジャン=バルン間は1986年、クラカー=パシリアン間も1988年に運行を止め、事実上の廃線となっています(全てWikipediaを含むネット情報なので、正確性には要注意)。
その後、建前上は“休止線”扱いで土地も国鉄PT.KAIが所有し続けているからか、沿線や各駅は比較的残存しているものが多いようで、あちこちで道路と交差する踏切や、朽ちかけた鉄橋・駅舎などを目にする事が出来るのは、インドネシア国内の他の廃線跡(事実上の、です。くどいけど)と同様です。
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地方の主要駅によくある構造の明り取りの二重屋根の駅舎の壁に、うっすらと駅名が残っていました。

今日立ち寄ってみたのは、ルマジャン市街地に残るルマジャン駅跡。 地図では地形図でもなければ廃線跡など書かれていないのが通常であっても、Google Earthなどでは結構容易に線路跡を見つけることもできるし、詳しく線路跡の航空写真の画像を辿っていくと、親切にもポリゴンで「○○駅があった場所」などと書いてくれているものもあります。
この日は手元のスマホではそのようなヒントは見つけられませんでしたが、明らかに廃線跡と思しき市内の道を辿りながら近隣住民に尋ねたりしてみると、あっけなくみつかりました。 市内の喧噪からは少し外れた一角、運送会社の倉庫・積替基地となっているこちら、従業員の方に断って中を覗かせて貰うと、明らかに“地方の中心駅”によくあるスタイルの駅舎に壁に、うっすらと、最早かすれて読めないような状態でしたが、「LUMAJANG」と書かれた駅名標記が残っていました。
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ルマジャン方面への支線が分岐していたクラカー駅。立派な主要駅の造りで当時は機関庫もあったそうですが、今は停車列車のない駅になってしまいました。

こういう廃線(略)跡巡り、駅や鉄橋など遺構を見つけた時はやっぱりとても気分がアガるし楽しいので(しかも探索し尽くされた日本国内と違って、未知未公開のものも多いこの国で)、自転車で辿ったりとかやってみたいのは山々なんですが、ともかくキリがないので迂闊に手をつけるわけにはいかないのが残念なところ・・・という事にしておきましょう。

さ、もうすぐ夕暮れ。運転手君とブカプアサの一休みしてから、スラバヤに戻ることにしましょうかね。

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2015年7月 8日 (水)

寄り道してみました2. ムラワン鉄橋

さて続いて同じムラワン集落、更にクルマを谷の下の方走らせると、高い鉄橋をくぐります。その先の集落は何となく活気のない鉱山街を思わせる雰囲気ですが、こちらは国営農園会社のコーヒー工場の企業城下町といったら笑われますね。村です。今は工場も休業中らしく、活気がないのもむべなるかな。
その集落を抜ける途中、もう一つ更に少し長い鉄橋が現れました。こちら、ムラワン橋と呼んで良いのかな。トンネル以上に情報の少ない鉄橋、西ジャワのバンドゥン線、プルワカルタ=パダダラン間の鉄橋群については先月の鉄道雑誌「Majalah KA」が特集を組んでいたので良かったのですが、その他の地域にも多々あるなかなか見目麗しい鉄橋群、残念ながら詳細な情報を調べるのは容易ではありません。
今日は次の列車まで時間があったので、多少遠目でも鉄橋全体が俯瞰出来る位置はないかな?と周辺を歩き回って、道・犬走りですらないような斜面を登って次の列車を待ちました。
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バンドゥン線の各橋梁のように鉄骨製の橋脚ではないので色気はありませんが、古い高い鉄橋というのはやはり惹かれますね。

狙ったのはバニュワンギ=ジュンブル間を結んで1日2往復走る普通列車「Pandang Wangi」号482列車。こちら、昨年11月に見た時には、全国でも定期旅客列車としては唯一かと思われる、箱形液体式DLの生き残り、BB304型機が牽引していたので、これを楽しみに待っていたのですが・・・ 
現れたのは、なーんとCC201じゃないかあ! ショーックー(涙) 
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現れた瞬間(涙)… ムラワン橋を俯瞰で望む。

あとで立ち寄ったガラハン駅員によると、牽引機の変更この4月1日からだそうです。もう液体式機による定期旅客列車は消滅、あとは洪水が起こった時くらいしか見られないんですね・・・

ちなみにこの4月1日から、ガラハン駅を含むこの路線の幾つかの小駅には定期列車の停車はなくなってしまったのだそう。それに伴い、客がいなくなったガラハン駅の“名物駅弁”、「ペチェル・ピンチュク」もなくなってしまいましたとさ・・・。なんだか当地の汽車旅も、ドンドン味気なくなっていきますね。
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在りし日のBB304型が牽く、パンダンワンギ号。客車も4両と短かったのですが。

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2015年7月 7日 (火)

寄り道してみました1. ムラワン・トンネル

PG.Semboroへ向かう途次、ちょっと寄り道してみる事にしました。
昨晩宿を取ったのは、シトゥボンドからジュンブル方面に向かった途中の街ボンドウォソ。こちらは以前硫黄の青い火を眺めに登った事のあるイジェン山の西の登山拠点となる街。

ところがこの数日、このイジェン連峰の山の一つ、ボンドウォソ・ジュンブル・バニュワンギの3件に跨がって聳えるラウン山(3,332m)が火山活動を活発化させ、政府当局は火山活動にかかる危険度をシアガ(2)からワスパダ(3)に引き上げたところでした。
ホテルの人に聞くに、この西麓のボンドウォソの街からは別に噴火・噴煙が見えるわけでも灰が降ってきたわけでもないため特段影響はない、山の方にクルマで上っていかなきゃ見えないよ~、ということだったのだけれど、どうやら噴煙は東側に飛んで行っているようで、東のバニュワンギ空港は閉鎖、一部バリ島発着の豪州からの国際線(Virgin Australiaなど)にも欠航便がでているとの話はスラバヤに戻ってきてから聞きました。
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派手に噴煙を上げるラウン山。また去年2月のクルッド山噴火の時みたいにならなければいいのですが…

そんなイジェン連峰を左手に見ながらクルマはジュンブル(カリサット)~ボンドウォソ~シトゥボンド(プナルカン)鉄道路線跡(最早廃線でしょう、再開計画はあるようですが)に沿って南へ。カリサット付近でジュンブル~バニュワンギ間の国道に合流し、そこから一旦東へ。両県の間の峠道を遅いトラックにイライラしながら登り切った峠付近、の休閑施設を過ぎて程なく右手に、国営農園会社の入口の、古く殆ど崩れかかったようなゲートがあり、ここが目的地への入口でした。

来意を説明して敷地内に入れて貰い、ここから未舗装のデコボコ道を1kmほど下ったところで下車、ここから更に徒歩で数分小径を下りたところに目的地はありました。
こちら、ムラワン・トンネル(Terowongan Mrawan)。拙著ではムラワン・ティムール(東)トンネルと書いてしまいましたが、正式名称には「東」はつかない模様。
1年半ほど前に友人等と東のカリバルから保線車両改造の“Lori Wisata”車両を借り切って訪問したときと変わらず、派手な色使いのトンネルポータルが印象的なこのトンネル、1901年から1902年にかけて掘削され、スラバヤからジュンブルを経てシトゥボンドとを結ぶ鉄道(1897年頃に建設された)の途中駅カリサットから分岐して1902年にガラハンまで伸びてきていた鉄道がこのトンネルを通ってバニュワンギまで伸びたのが・・・1910年なんでしょうか。トンネルポータルに書かれている文字によりますと。何せ3つの年が書かれているんです。1901、1902そして1910と。
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3つの年号が書かれていますが、どういう意味なのか説明が欲しいなあ… ムラワン・トンネル西口。

ネット情報によっては、1901年に既に列車が走った等とするものもあり、あるいはトンネル内部壁面の整備とトンネルポータルの整備が終わったのが1910年なんでしょうか。Wikiあたりにもその辺りの記述は一切なく、こちらの鉄の皆様、そのあたりの情報には全く関心がないのか、調べてアップしているような方々も見当たらない模様。この辺りはひょっとしたら、オランダ語の原語資料にあたってみなければならないのかもしれないですねえ。
ともあれこのムラワン・トンネル、全長690mで、現役の鉄道トンネルとしてはインドネシアで4番目の長さを誇るものだそうです。
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ちょうど折良く、バニュワンギからのスラバヤ行き1・2等急行88列車「Mutiara Timur」がトンネルを抜けてきました。今時CC201が急行牽引!?と思ったら、こちら後で写真をよく見ると、CC2040307号機。貴重な非流線型のCC204初期型でした。

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2015年7月 6日 (月)

今年もサトウキビ3. 稼ぐ気満々です、センボロ精糖工場。

日曜午後に訪問した今回の精糖工場3つめは、スラバヤとバニュワンギとを結ぶ鉄道の中心にあるジュンブルの市街地から西、駅で言うとタングルから南へ15km程のところにあるPG.Semboro。こちらも既に蒸機の定期運用はなくなって久しいものの、チャーター用に綺麗に整備して動態保存?してある機関車があり、落花生。も以前、ヨーロッパ人グループのチャーターに飛び入り参加させて貰った事がありました。
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PG.Semboroで給油中の2両の北陸重機製DL。

こちら、運営している第11国営農園会社PTPN-XIの方が理解があるというか副業にご熱心だというか、所謂フォトラン・パスにも応じてくれるなどこういった貸切運転にも相当に慣れているようで、近くにあるPG.Jatiroto(こちらはディーゼルだけですが)と共に、チラシを作って誘致を積極的に行っている模様。  Semborop1150108
キャブに同乗させて貰って、機関庫へ向かいます。

工場外のフィールドの路線網は広大で、工場近くの運転本数の多い区間は複線になっているため、アッセンバグスとはことなりこの収穫時期でもチャーターランは可能な由、朝から晩まで交渉次第で何時間でもいいよ、と。更には工場内でこちらは今でも現役で普段から稼働中のファイアレス(無火機。圧縮蒸機を注入して走らせるもの)についても、工場が稼働してないオフシーズンでも、チャーターしたければ応相談、とのこと。
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対向の機関車群の分岐待ち。こちらのカメラを見つけて手を振る運転士たちも。

一通り離した後工場内の機関庫の方に歩いて行くと、呼び止められて少し話をした警備員が、通りかかった給油所帰りの北陸重機製DLを呼び止めてキャブに便乗させてくれ、運転士は運転士で話し好き、逆方向から現れたSchoma製小型DLの運転士も身を乗り出して手を振りながら俺の写真を撮れ撮れと盛んにアピールするなど、しかもタバコくれとかいうタカりも全くなく、とてもフレンドリーな皆さんでした。流石に正面玄関の警備は厳しくて、アポなし訪問のこちらには随分色々と訪問理由など聞かれましたけど、これはまあ当然ですよね。
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稼働機1962年ユンク製の29号機は、あれ、派手な金帯塗装じゃなくなったのね

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こちらは裏手で現役大活躍中の2台の無火機。通称「牛乳缶」。

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2015年7月 5日 (日)

今年もサトウキビ2. チャーターやらないと。アッセンバグス。

このシトゥボンドから更に東へ20km弱ほど、工場外からのサトウキビ鉄道輸送を止めてしまったPG.Panjiを過ぎて走る事30分弱の国道沿いにあるPG.Asembagus。こちらは未だにフィールドからのサトウキビ輸送は活発に行われているものの、機関車は数年前から既にディーゼル機のみとなってしまっているのは承知。
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PG.Asembagusで稼働可能なのはこの10号機1両のみ。

今日はアドミの事務所で担当者(といっても週末なので、権限のある管理職の方ではないですが)を捕まえ、チャーター・ランについての情報収集。昨年シーズン末頃に訪れた際には、近く観光客向け列車の運行を始めると言っていたので、さてどうなっているか。
対応してくれた担当のアグス氏の説明では、残念ながらまだ観光列車の運転は始めていないとのこと。2両所有している蒸機のうち稼働可能なのは10号機(銘板が外されていたのですが、これ、1920年コッペル製、でいいんですよね?)1両で、最近PG.Kedaunから客車を購入したので、オフシーズンに入ったらこれを改造して観光列車を運転する方向で準備している由。更に観光列車ではなく、サトウキビ運搬用のローリーを連結しての撮影客向けのチャーター運転も可能ではあるが、他方で今は収穫時期なのでとても忙しく、定期列車も頻繁に走っているため、そのような列車を割り込ませる余地はない、シーズン終了後の11月以降であれば・・・ との由。
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精糖工場の専用線では珍しい、長編成の有蓋貨物列車が出発していきました。

謝辞を述べて事務所を辞して、裏手のヤードに廻ってみると、精糖工場には珍しく、十両ほどの有蓋車を連結した貨物列車が走り去っていくのが見えました。こちら、この工場で製造した販売用の砂糖を北西の港近くの倉庫に運んでいくための列車だそうで、こんな立派な貨物列車の運行をやってるPGは初めて見ました。ちょっと前なら蒸気機関車牽引だったのかしら、それは見てみたかったなあ。
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夕方、刈り取ったサトウキビを積んで工場へ向かう列車が頻繁に走ります。

その貨物列車が去って行った方向、工場西側から北側(海側)と南側(山側に)に伸びる現役線のうち、北側の線路に沿ってクルマを乗り入れてみると、複線になっている交換可能な信号所(?)を過ぎ、フィールドへ出ました。左手には夕陽が沈みつつあり、線路脇には高い椰子が茂り、右手遠くには山も見える。こんな直ぐのところで既にちょっとした撮影スポットになるかもしれないな。
まだフィールドからのサトウキビの運び込みのうち、3割ほどは鉄道使用とのこの工場、まだ暫くはこういった風景が楽しめそうですが、そんな工場も最早数少なくなって来ちゃいましたね…
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次の機会には、蒸機のチャーターでこんな風景を眺めてみたいです。

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2015年7月 4日 (土)

今年もサトウキビ1. オルレアン、ヤバそうです。

今年も6月に入りサトウキビの収穫シーズンを迎えたわけですが、なんのかんのと言っているウチにあっという間に一ヶ月が経ち、7月に入ってしまいました。これはマズい!恐らく今年は当方にとってインドネシア在勤最後の年になる可能性が高いわけで、この限られた時間を有意義に使わなければならない!との焦りが頭を掠めます。
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積車のローリーもなく、ひっそりとした雰囲気のPG.Oleanのヤード。

というわけでラマダンの時期なので昼間は働かずに寝てたそうで何となく乗り気でない運転手を無理矢理(?)狩り出し、向かったのはスラバヤから東へ走る事4時間余り、毎年恒例のシトゥボンド県。最初の目的地は勿論こちら、フィールドに蒸機が出ることで東の雄とも言われて(?)久しかったPG.Olean。なのだが、このところ「燃料の木材代の高騰」を理由にディーゼル機での運行ばかりとなり、心配が募っていたところ。
今年はどうか・・・とアドミに許可を得て工場内の機関庫を訪ねてみると、どうしたことでしょう。機関庫の前には廃材が積み上がり、ローリーのヤードは殆ど動きがない。他方でサトウキビを満載したトラックは次々入場してくるが、まさかひょっとして陥落した!?
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機関庫の中には、よく整備されたように見える蒸機とDLが…

一角にあった計量関係の事務所で尋ねてみると、いやいや、ローリーもフィールドへは出てるんだけれど、機関車はディーゼルだけよ、最近は燃料の木材(もうバガスは使わないのね)の値段も高くなってるし、故障して修理部品待ちの状態で、多分今年は走らないね、来年だろうね・・・って、そんな新しい部品がどこかから購入する当てなんかあるんでしょうか、この100年物の蒸気機関車に。
機関庫を覗いてみると、これまで活躍していた1、4、5号機の3両の黄緑色の蒸気機関車が比較的綺麗な状態で保管されていましたが、整備関係者など人の気配は無し。誰かが無理矢理チャーターするために札びらで頬叩いて修理させるでもしないと、このまま蒸機運転終了・・・になってしまいかねないような状況でした。危機遺産状態です、オルレアン精糖工場。

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2015年7月 2日 (木)

南武線205系も着いたそうです。

昨1日ジャカルタ・タンジュンプリオク港に、南武線で使用されていた205系電車120両の第一弾30両が到着・陸揚げされたことは既に日イの多くの友人達がブログやFB上に投稿しているので、遠隔地在住の当方としてはメモ書きしておくに留めておきます。

これで次第に戦列を離れつつある都営6000系、メトロ5000系、東急といった各社の電車がほぼ淘汰される事になりそうですね。特に都営三田線6000系については、初の日本製中古電車として導入されてからおよそ15年間、当初は10年持てばよいといわれつつも、長くに渡り活躍し、JABODETABEK電鉄の近代化の基礎を確立した車両でした。あと何回乗る機会があるか判りませんが、ジャカルタ訪問の機会に巡り会えれば嬉しいですね。
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最近はSNSの発達で、到着情報なども瞬時で共有され、多くの地元鉄(含:日本人)の皆さんが陸揚げを見に集まっているようです。写真は今日のJawa Pos紙。

さて今日の当地主要紙「Jawa Pos」には、このタンジュンプリオク港での陸揚げの様子がカラー写真で掲載されていました。見出しは、「乗客120万人を追求」。今回の30両の南武線車両の到着に会わせてプレスのインタビューに答えた首都圏電鉄運営会社PT.KCJのファディラ社長は、2019年には1日の乗車客数は120万人、それに備える輸送力増強のため、2014年迄に到着した664両に今年の増加分を加えて総計784両の車両を備える事となる旨述べたとの事。あれ、そんな数だったっけ? もう既に900両近くになっている筈じゃなかったっけ・・・ あ、ひょっとして、既に200両以上廃車にしてるってこと??
同社長はまた、現在この664両の車両をもって毎日880本の列車を運行しているが、去る6月15日には過去最高の915,840人の旅客数を記録し、120万人達成についても楽観的である一方、車両の増加と質の向上が必要であるとした。

 まあそれ以上の中身がある話ではなく、今回の南武線205系120両以降の日本製中古車両の調達が続くのかといった趣味的に関心のある言及はなかったようですが、その辺はよりアンテナを高く張っている趣味人の友人各位の地獄耳・千里眼に期待しつつ、楽しみにしておきましょう。

 別の報道では、ブカシ線の電化区間のチカラン延伸に関連して、全体工事の遅れから、既に作業が概ね完了しているブカシの隣駅タンブン(Tambun)までをこの夏(8月という記載も)に先行開業するなんて噂も流れてます。まあこれは趣味人の間の口コミレベルですので、ふーん、という感じで聞き置くに留めますが、相変わらず日々動きの激しいJABODETABEK電鉄、引き続き楽しんでウォッチしていきたいですね。

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