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2015年7月 9日 (木)

寄り道してみました3. ルマジャン駅跡。 

PG.Semboroからの帰路、国道から外れてもう一カ所だけ立ち寄ってみたのがこちら、ルマジャン県。
現在でこそスラバヤ=プロボリンゴ=ジュンブル=バニュワンギとを結ぶ鉄道や幹線国道からは離れているものの、100万人の県内人口を抱える地域の主要都市。モータリゼーション以前は当然鉄道が通っていました。
Lumajangsekitarp1050215
↑こちら、以前展示会で見かけた過去に存在した鉄道を示した路線図(専用線を除く)ですが、1896年に開通した鉄道は上述の路線のKlakah駅から分岐し、途中2駅を経てLumajang迄17km。ルマジャン駅からは更に南方面・県内パシリアン郡のPasirian迄19km、東はジュンブル県のBalung迄47kmの路線(こちらは当初600mmナローとして1928年に開通、その後1,067mmに改軌された由。更にその先本線のRambipujiまでの別路線や、分岐するナロー路線もあった。)が集まるターミナルで、運行上も中心的な役割を担う比較的大きな駅だったようです。
その後モータリゼーションの進展に伴う乗客・貨物輸送の減少により、ルマジャン=バルン間は1986年、クラカー=パシリアン間も1988年に運行を止め、事実上の廃線となっています(全てWikipediaを含むネット情報なので、正確性には要注意)。
その後、建前上は“休止線”扱いで土地も国鉄PT.KAIが所有し続けているからか、沿線や各駅は比較的残存しているものが多いようで、あちこちで道路と交差する踏切や、朽ちかけた鉄橋・駅舎などを目にする事が出来るのは、インドネシア国内の他の廃線跡(事実上の、です。くどいけど)と同様です。
Lumajangp1150154
地方の主要駅によくある構造の明り取りの二重屋根の駅舎の壁に、うっすらと駅名が残っていました。

今日立ち寄ってみたのは、ルマジャン市街地に残るルマジャン駅跡。 地図では地形図でもなければ廃線跡など書かれていないのが通常であっても、Google Earthなどでは結構容易に線路跡を見つけることもできるし、詳しく線路跡の航空写真の画像を辿っていくと、親切にもポリゴンで「○○駅があった場所」などと書いてくれているものもあります。
この日は手元のスマホではそのようなヒントは見つけられませんでしたが、明らかに廃線跡と思しき市内の道を辿りながら近隣住民に尋ねたりしてみると、あっけなくみつかりました。 市内の喧噪からは少し外れた一角、運送会社の倉庫・積替基地となっているこちら、従業員の方に断って中を覗かせて貰うと、明らかに“地方の中心駅”によくあるスタイルの駅舎に壁に、うっすらと、最早かすれて読めないような状態でしたが、「LUMAJANG」と書かれた駅名標記が残っていました。
Klakahp1040566
ルマジャン方面への支線が分岐していたクラカー駅。立派な主要駅の造りで当時は機関庫もあったそうですが、今は停車列車のない駅になってしまいました。

こういう廃線(略)跡巡り、駅や鉄橋など遺構を見つけた時はやっぱりとても気分がアガるし楽しいので(しかも探索し尽くされた日本国内と違って、未知未公開のものも多いこの国で)、自転車で辿ったりとかやってみたいのは山々なんですが、ともかくキリがないので迂闊に手をつけるわけにはいかないのが残念なところ・・・という事にしておきましょう。

さ、もうすぐ夕暮れ。運転手君とブカプアサの一休みしてから、スラバヤに戻ることにしましょうかね。

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