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2015年8月29日 (土)

鉄道模型計画その6.日本車輌製KL3-86系電車(ショーティ)

久し振りのこの鉄道模型編、いつも何かまた新しいものを作り始めては中途半端な状態で掲載して、ファイナルが全然出来てこないじゃないか、というご批判、はい仰るとおりです。飽きっぽくて浮気性ですぐ目移りしちゃう性格がそのまま出てますな。
とはいえ、いずれも少しずつ進めておりまして、今日はそんな中の一つを御紹介させてください。
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低いホームは、こちらもBトレの何かのセットについてたおまけ品。

こちら、御覧のとおり、1986年頃に我が国の日本車輌がジャカルタ首都圏電鉄に新製投入した、ステンレス車体を持つ抵抗制御電車、通称KL3-86系と巷で呼ばれていた電車です。この頃からなんですね、インドネシアのステンレス車体好きは。20m3扉、当時の写真を見ると、新製当初はステンレスボディに赤のライン、先頭部は金太郎というかパンツ型?に赤色のアクセント兼警戒塗装が入っていたようで、車内は当初は2-3人掛けのクロスシートだった写真を見たことがあります。
運行開始当時は当然ながら自動ドアや、低いホームに対応した自動ステップも稼働していたのですが、程なくメンテナンス不足からか故障・放置されていったと聞きました。

なお一部編成は、1990年代末期に冷房化改造され、ジャカルタ・コタ=ボゴール間を結ぶ特別料金を聴取する「Pakuan Ekspres」として運行され、これが都営三田線6000系中古電車の入線に先立ってのJABOTABEK電鉄初の冷房電車だったそうです。

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正面の半流線型のカーブも、写真から起こした割には、割といい感じ(自画自賛)。

そのモデルを・・・ 実は正確な図面が手に入らなかったため、今回はBトレイン規格といえばいいのですかね、ショーティ・サイズで作ってみました。ボディは最近ご執心の3Dプリンター製。いつものShapewaysで注文しました。
従来、ステンレス車両を改造製作する場合、GMのコルゲート・シールを使うしかなく、そのピッチによっては似ても似つかぬというか、どれも似たような感じになってしまうところですが、この3Dプリンターを使えば、車体のステンレスのビードと呼ぶんでしょうか、突起を好きなサイズで打ち出せるんだということに気が付きました。
実物は、塗装だけは何回も塗り替えられ、最末期は正面は白地に赤・オレンジのラインが入った塗装となっていましたが、こちらはその少し前、私が初めてジャカルタに来た2003年頃をイメージしています。
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下まわりは手元にあったBトレのHGシャシーの余りに、この系列の電車は西武701系とほぼ同じ走り装置だったという事なので、手元にあったKATOの小型車両用台車「通勤電車1」の動力と台車を使用。同じものをたくさん作業するとどうせ飽きて来るだろうという自分の性格を踏まえ、取り敢えず最少編成として3連を組んでみました。
なんか意外とサマになってる?? 日本製中古電車のJABODETABEK版を小改造で作る人はたくさんいるので、そういった方の作品と並べてみたいところですわー。

ところで、何か物足りないな…? と思ったら、そうですね。ドアが開けっ放しじゃないこと、屋根の上まで沢山人が乗ってないあたりが十分再現されてない、ですかね。
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2015年8月26日 (水)

スラバヤ新港モノレール計画について。

今日は上司・・・ではないのだが、ジャカルタの親事務所から次長役の出張者を案内してここスラバヤの港めぐり(笑)

近年混雑滞留著しいインドネシア第二の港でもあるスラバヤのタンジュン・ペラク港の混雑緩和を目的として新設され、ようやく先般その第一期が完工して運用を開始した、西のトゥルック・ラモン新埠頭を訪問。グレシック方面に向かう途中のオソ・ウィラングンのバスターミナル近くの沖合に伸びた新埠頭には、その途中に巨大な人工島が建設され、コンテナの積み替えターミナルとなっている。そのまま事務所に向かって概要ブリーフィングを受けた後、コントロールタワーの上から自動でコントロールされるスウェーデン製の由のクレーンを見学。
続いて訪れたのは、タンジュン・ペラク旅客船ターミナル近くにあるこの港を管理する国営港湾管理会社ぺリンド3の事務所。こちらでも少し話をしたのだが、個人的にずっと気になっていたことも少し確認することが出来た。
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付近の全体像。右上がタンジュン・ペラク港、左の青い線がトゥルック・ラモン新埠頭で、その付け根に当座の貨物駅が建設予定。
左上のグレシックと下のカンダンガンを結ぶ一直線の貨物線の途中から細い白線で新貨物線が記載されている。

このタンジュン・ペラク港には最近、パサールトゥリ駅から北へ伸びた貨物線のカリマス駅を経て、TPS社が運営するコンテナ・ターミナルの中までの貨物線が運行を開始し、ジャカルタとの間にコンテナ貨物列車が運転を開始している。
他方でトゥルック・ラモン新埠頭にも将来的には北本線カンダンガン駅からグレシックを結んでいる貨物線の途中から分離し、海を渡って沖合の埠頭までの新線が建設されることとなっているとのこと。
ただそれには時間を要することから、その貨物線がトゥルック・ラモン新埠頭の付け根の部分に最接近する地点に貨物積み替え新駅を建設し、ここと埠頭の間を専用のCNGガス・トラックで結ぶという当面の措置が検討されている由。これにより、この埠頭からもコンテナ貨物列車で直接ジャワ島各地への搬出が可能となり、ジャカルタのタンジュン・プリオク港が大混雑、その代替としての計画のある(が、検討停止状態にある)チラマヤ新港の代替策を提供できることになるわけですな。ちょっと説明回りくどいか。
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モノレール路線図。コンテナ・ターミナルを結んで既存大通り上をクネクネと走ることになるようです。

そしてこのトゥルック・ラモン新埠頭とタンジュン・ペラク港のコンテナ・ターミナル間に新たにモノレールが建設されることになっている。こちら、世界でも珍しい(初と仰っていたが)貨物専用のモノレールで、全長およそ10.5km。
両駅間に途中3駅を設け、そのいずれもがコンテナ・ターミナルに隣接しており、国内外から船で到着・両港の埠頭で下ろされたコンテナをこのモノレールでこのエリアの各コンテナ・ターミナルに留め置き、トラックで搬出する、あるいはトラックで各地からこれらターミナルに運び込まれたコンテナを船の到着に合わせて両港に運び、船に積み込む、といったオペレーションとなるのだとか。
現在これらの間を多数の大型トラックが行き来しており、排ガスや渋滞といった問題を引き起こしている事に対する解決策となることが期待される由。
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世界初? 無人運転コンテナ・モノレールの想像図。落ちてこないといいな。

旅客運送は行う計画はないということで、それは乗ってみる楽しみは叶えられないのは残念ですが、世界でも珍しい試み、実現したら面白いですね。
でも、予想図を見る限り、このコンテナがコロッと横に落ちて来るんじゃないかと考えると、夜も眠れません…

この記事の画像は全て、ぺリンド3及び子会社のトゥルック・ラモン・ターミナル社からいただきました。
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あ、スミマセン。こちらが本来目的の、新埠頭の最新型の半自動運転クレーン。

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2015年8月23日 (日)

やっぱり新型機じゃなかった・・・

さてブログ上の日付は進んでしまっていますが、先週日曜16日夜のお話。スラバヤに戻ります。
クドいくらい書いてますが、当分の間はスリウィジャヤ航空使わないといけないので、同社の便がシーズン中の増便が なくなってしまいジャカルタ・スカルノ=ハッタ発スラバヤ行きの最終が18:35発と早いのだけれど、やむを得ません。もう少し遅く、8時半発くらいまで運行してくれると良いのですが。

というわけで帰路SJ256便、非常口前の窓側1席がないという10Bをアサインされて 搭乗時間になってみれば、待っていたのは「おっ、ウイングレットつきだ!」「やっと最新のB737-800型に 乗れるか!」と期待して乗り込んでみれば、どうも室内は古臭い雰囲気。 なんだこれ、と思ったら、ショートボディ版のB737-500でした。なーんだ。
今日の機体番号はPK-CLK・愛称名はMelayani(奉仕)。1994年に米コンチネンタル航空が導入、その後 合併に伴いユナイテッド航空所属となり、2012年にスリウィジャヤ航空に渡ってきた、ワンオーナーものでした。
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スカートつきだ!いやウイングレットつきだ! え、新型じゃないのー?

因みにこのスリウィジャヤ航空、このB737-500とB737-800型機で機材を揃えるという方針だと思っていたのですが、つい最近になって新機材としてB737-900ERを2機導入、この22日に引き渡し式典が行われたばかり だそう。新車(?)で導入するのにわざわざ別機材にすることもないかと思うのですが、パプア便や、中国への国際線に使うには、この位のER長距離機材の方がいいのかな。ロシアのUT Air向けだったキャンセルものを安く買ったとか書いてあるネット記事もあるので、そういう事情もあるのかも。

しかし、ジャカルタ=スラバヤなんて幹線で、わざわざ小型機を使うのもよくわかりませんな。スラバヤから先、東部インドネシアの小空港へのフィーダー路線便と変わっていくとか、事情があるのでしょうね。

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2015年8月18日 (火)

中国高速鉄道展@ジャカルタ。

さて今回も日本からの友人(第一趣味、第二趣味(笑))と色々お付き合いしたのだけれど、ネタになりそうなのはこちら、かな。先般ちょっと書いたとおり、中国が強力な勢いで攻勢をかけているジャカルタ=バンドゥン間の高速鉄道、これの市井へのアピール目的でこの一週間、ジャカルタ市内スナヤンのモールで、中国高速鉄道に関する展示会が開催されているので、ここは敵情視察、覗いてみることにしました。
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右の奴は、もう運用に投入されてるのかな?

モールの1階(日本式2階)の吹抜けの大ホールに設けられた展示場に足を踏み入れると、先ず目につくのは各形式の高速鉄道電車「和諧号」の大型模型。
中には少しオレンジ色がかった“ドクターイエロー”の姿も。我が日本のJR東日本E2型ベースのものは見かけなかったのは、対向心か突っ込みを恐れての事か。
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ドクターオレンジは、車内の造りも見せられるように一部が切りかかれています。

会場の両側には大画面テレビが設けられ、片方では英中両語の字幕が入った中国各地の高速鉄道の光景を映し、反対側には運転台シミュレーターを設け、来場客に操作させてみたりしていましたが、スタッフが話しているのは中国語。中国国鉄のスタッフがやって来て、話を聞いているのは当地の華人か。
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シミュレーター。ちょっと遊んでみたい気がしなくもなくもない。

そして周辺には展示パネル色々。こちらは中・イ両語で説明が付されています。
眺めてみると、急速な路線延長を経てもはや世界の高速鉄道の半分以上は中国に建設されている・・・ 確かに物凄い勢いで建設が進みました。北は哈爾浜、西は烏魯木斉、南は広州香港、そして雲南省の奥地まで。
流石に国家予算を湯水のように投入し、土地収用に何の苦労もしないで済む国のやれることはスピードが違います。
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世界最長の橋梁…そうなんだ?

他にも、蘭州敦煌から新彊に向けて建設された砂漠の中の線路や、冬は零下30度近くまで下がる黒竜江省まで、過酷な自然の中で走る高速鉄道の数々の写真、
更には地震の初期微動を感知して運行中の車両を停止させることが出来るなんて、日本のお株を奪うような展示も。
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P波を感知して・・・ふむふむ。中国でもそんなシステム導入されていたのか。

他方で現在話題となっている、ジャカルタ=バンドゥン間の高速鉄道については、概要や路線図、想定されている駅や車両の姿、などは一切展示物がありませんでした。
この展示類は、他所で使っているものを持ってきただけなのか、間に合わなかったのか。
なので、この展示内容自体は取り立てて攻撃的なものではありませんでしたが、
まあ、日本人的にはあまり面白くないですわな。
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ホンの10年ほど前はまだ、苦労して並んで緑皮車の切符を買っていたのが隔世の感。

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2015年8月17日 (月)

本日のトレインビュー・ホテル(スディルマン駅近く)

話が前後してしまいますが、昨金曜夜のお泊りは、ネットでとったスディルマン駅近く税込3千円ほどの安宿。といってもジャカルタも最近新しい小規模ホテルが続々増えていて、いずれもバスタブはないしアメニティも最小限、部屋も狭いと言わざるを得ないのですが、日本人的には一番重要なのは(特に水回りなどの)清潔さ、ですよね。
そしてネットがまあ普通に繋がること、が特に日本から来る方にとっては重要かもしれません。

そういう意味では、この手の、日本で行ったら東横インとかアパホテルとかそんな感じの安ビジネスホテルの急増はありがたいところです。
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こちらは共用の廊下の行きあたりからの東(スディルマン通り)方向の眺め。

今回停まったのは、環状線スディルマン駅から西方向、スディルマン大通りの陸橋をくぐって、Accor系のオールシーズン・ホテルの角の道を入って3分ほどのところにある「Studio One」というところ。
夜22時半過ぎ頃にチェックインしようとすると、フロントにはスタッフがいない。他にも先客がチェックインしようとしているのだけれど、フロントには「本日満室」の札を出しているだけで、呼んでもベル鳴らしても出てこない。結局そのまま10分ほど待たされたけど、疲れてる時にこれはイカンね。
そして、ネットで予約しておいたときにリクエストしておいた「南側の角部屋」についても、「空いてません」との弁。「予約した時のリクエスト、読んでる?」と尋ねたら、初めて気づいた模様。これはマズいと思ったのか、慌てて端末を叩き、電話したりした上で更に10分ほど待たされた後、ようやく渡されたカードキーで今度は部屋の扉が開かず。もう一度7階からフロントまで降りて文句を言うと、マスターキーと思しき「鍵」を渡され、これで入って下さい…とのこと。
なんかこれだけで疲れッちゃいました。

そしてその部屋からの眺め(翌朝)は、こんな感じでした。ヤレヤレ。
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部屋からの眺め、南西方のシャングリラ・ホテル方向。

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2015年8月16日 (日)

トリガナ航空機、パプアで消息を絶つ。

今日夕方、スラバヤへ帰るべくジャカルタのスカルノ=ハッタ空港に向かっていたタクシーの中で携帯が鳴り、パプアで飛行機が消息を絶ったという情報。
直ちにネットや車内のラジオ、メール等で情報収集してみると、パプアの州都ジャヤプラから同じパプア州内の山間部、オクシビルへ向かっていたトリガナ・エアー(Trigana Air Service)のIL-267便、ATR 42-300型機で、乗員5名、乗客49名を乗せて14:21にジャヤプラのセンタニ空港を離陸後、到着予定時刻を過ぎても交信が出来ていないとのこと。
大使館やマカッサル領事事務所が邦人乗客の有無を確認しようとしているとのことだったが、そうこうするうちに当地プレスで名簿が流れ出し、どうやら日本人の乗客はいないらしいことなどが徐々に伝わってきました。
当方もスカルノ=ハッタ空港到着後、直ちにトリガナ航空の事務所に立ち寄ってみたんだけれど、ジャカルタからのフライトはパンカランプン行きの便がもう出発した後で発着便がないためか、カスタマーサービスもターミナル内の事務所も人気がなく鍵がかけられた状態。うーん・・・これじゃどうしようもない。
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墜落したトリガナ航空の同型機。※この写真は、墜落機と同型機ではなく、ATR72型機との指摘をいただきました。お詫びして訂正いたします。

パプアと言えばつい数日前、山間部のワメナからニニアに向かっていたコマラ・エアーの小型機PAC-750 XL が墜落、乗員乗客6名全員が死亡する事故が発生したばかり。
天候も不安定、飛行機のメンテナンスも十分ではないような航空会社は多く、以前このエリアを含めたインドネシア東部に路線網を広げていたメルパティ航空なんて、大体年に1回くらいは墜落事故を起こしていたような記憶がありますが、週に2回もこのエリアでの墜落事故が続くと、やはり怖くなってきますね。
ちなみに、本日は機体はまだ見つかっておらず、捜索は明日以降に持ち越しとなったようです。

帰宅してからネット情報を見てみると、機体記号は「PK-YRN」、数年前にこの区間の同社のフライトでジャヤプラ=ワメナ間を往復した時の写真を探して見ると、往復とも「PK-YRX」で、同じ機体ではありませんでしたが、まああれも相当ボロボロな機材でしたわ。
しかしこのジャヤプラ=オクシビル間って、毎日8往復も飛んでるのね。驚きです。どの機体も毎日朝から晩まで行ったり来たりフル稼働なんだろうなぁ。

ところでこのATR42型機って、42人乗りだからこう呼ばれてるのかと思ったけど、もっと沢山乗ってますね。座席間隔詰めて沢山乗れるように改造してたのかな。

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2015年8月15日 (土)

鉄道雑誌「Majalah KA」廃刊!

インドネシア唯一の、いや東南アジアで唯一といってもよい鉄道趣味専門雑誌「Majalah KA」。
本年6月で107号を数え、既に9年を迎えるこの雑誌の本年7月の最新号がいつまでたっても店頭に並ばないなぁ~と思っていたところでした。
この雑誌、日本の雑誌のように毎月決まった発売日がある訳ではなく、1週間・10日間位平気で前後することはよくあったので、今回も遅れてるのかな?と思ったら、どうやらそうではないらしい。

今日ジャカルタに到着後、コタ駅内のファーストフード店で待ち合わせたのは、所謂“中の人”。
と言っても最近までそうだったけれど、今回一連のトラブルでやむなく退社したという、以前からの友人Sさん。話を聞いてみると、どうやら印刷物としての同誌はこの6月号限りで実質的に廃刊となったのは残念ながら事実の模様。
その社内事情としては、ともかく全然売れていない、以前よりも売れなくなっているのだという。以前は主要駅の売店などごく限られた場所でしか入手できなかった同誌、最近では全国チェーンの大型書店「Gramedia」などでも容易に買えるようになってきており、販路も拡大され、地方のファン層にも広がっているのかと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。
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最終号になってしまった2015年6月号の「Majalah KA」誌。

一時期は毎月5千部を刷っていたこともあった印刷部数も最近では2千部まで落ち込んでおり、それでも3割程度は翌月になって戻って来てしまっていたというから、実売1,400部程度、一冊(値上がりしたとはいえ)3万ルピア、ってことは収入としては4,200万ルピア(約40万円)位で、ここから印刷費とスタッフ(最盛期には事務職も含めて15人ほどだった由)の給与、家賃に取材経費などを賄っていたのだから、決してその懐事情は豊かではなく、給与面でも相当に厳しく、出張などを楽しみつつ、好きでなければやっていけないような額だったらしいです。
そんな中、近年の急速なインフレもあって、給与闘争的な動きも社内であったものの、合意には達せず、多くのスタッフが同社を去り、事業が成立しなくなった模様。
今後は同社としては、携帯アプリでの電子書籍販売(一冊分あたり17,000ルピアの由)を行うこととして次月号は発刊し、その後も一冊分に取材量が溜まった段階で不定期な発刊を続けていくつもりであるとのこと。日本の携帯で読めるのかな。支払いはどうやってやるのだろう。

ともあれ、この途上国では稀有な試みであった鉄道雑誌、残念ながらその終焉を見届けることになってしまったようです。
しかしこの鉄道趣味が近隣国の中ではずば抜けて広まっている当国、必ずや二匹目のドジョウ、とは言わないか。別の鉄道趣味誌が発刊されてくるであろうことを期待して待ちたいと思います。
長い間、楽しませてくれて、ありがとうございました。

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2015年8月14日 (金)

スリウィジャヤ航空縛り、2回目。

今週末は3連休… ではあるのだけれど、17日は独立記念日なので諸々の行事が開催され、大統領の演説も注目されるところであり、この日は流石にスラバヤにいないといけない。
だから、というわけじゃないのだけれど、今日は夕方時間休を取ってジャカルタへ。
今回はまだ例のスリウィジャヤ航空縛りが続いている2回目、今週の月曜日に市内の事務所で買ったのだけれど、往復ともかなり安いサブクラスだったため、往復(空港使用料込)で120万ルピアほど。これはこれで喜ばしいのだけれど、あと1往復分、+αが残ってしまう感じで、そうするともう1回この会社のフライトを使わなきゃいけないのかな。痛し痒しというかなんだか複雑な気分です。
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PK-CKL。B737-3Q8型。1993年にAir Europeが導入、米Pro Air、Forntier Airlines、Garudaへのリースを経て2011年にSriwijaya Airに来た機体だそうです。

今日の17時ちょうど発のSJ259便は、相も変わらず古いB737-300型機で愛称名は「Keikhlasan(誠実)」号。スラバヤ=ジャカルタなんて国内線一の大幹線なんだから、虎の子のB737-800型でも投入してもよさそうなもんだけれど、こっちはもっと遠距離便に使ってるのかな。ホッといても(他のLCC各社より高い料金設定でも)幾らでも乗ってくれるスラバヤ線なんか古いのでもいいってことかな。

今日は6番搭乗ゲートのTV画面に表示された同社便は当方の便の前後合わせて4本ほどがあらかた2時間程度の遅れとなっており、こちらも心配するが、それでも20分ほど遅れて搭乗開始となってやれやれ。しかも搭乗がスムーズで、プッシュバックは定刻5分遅れにまで短縮。

ジャカルタが国際線T2側の滑走路に降りてしまったのでT1側まで延々12分ほど走らされたため、外に出られたのは定刻18:25のところが18:45過ぎになってしまい、更に間の悪いことにタクシー乗り場は長蛇の列。
空港を出ようとしたところから既に渋滞も酷く、待ち合わせに遅れるんじゃないかとヒヤヒヤでした。早く空港鉄道、欲しいなあ…

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2015年8月12日 (水)

紙面も過熱気味:ジャカルタ=バンドゥン間高速鉄道計画。

最近当地新聞紙面を大きく賑わせているのが、ジャカルタ=バンドゥン間の高速鉄道建設計画。こちら、ユドヨノ前政権時代の2011年にインドネシア政府側から円借款案件として要請があり、当初必ずしも積極的ではなかった日本政府・JICAは2014年からF/Sを実施するなど前向きな対応を行ってきていました。

ところがその途中、昨年のジョコウィ現政権はジャワ以外の外島への投資を重視するという政府方針の下、ジャワ島における大型インフラ案件の象徴とも言えるこのプロジェクトを当面実施しないと表明、日本政府はある意味梯子を外された形となってしまいました。

ところが更に、本年3月、日本に続いて中国を訪問したジョコウィ大統領に同席していたリニ国営企業大臣が中国の国家発展改革委員会担当相との間で鉄道分野の協力にかかるMOUを締結し、この中に高速鉄道が入っていたものだから事態は急転。その後両国政府による激しいロビー活動合戦が繰り返されて来ているのは各種報道のとおり。先般日本からは総理特使が、中国からは閣僚級をヘッドとするミッションが当地を来訪。この8月17日の独立記念日行事の一環として、その大統領演説の中ででも本件をどちらの国に依頼するかが発表されるという噂もあり、緊張した日々が続いてきています。
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12日の全国紙「KOMPAS」にはルートマップ図(ハリム空港を発着地としていることから、中国案を基にしたものと思われる)や両国案の対比(最高速度のみならず、施設や車両のサイズ、供与される借款の条件差、開業時期、運賃など)が半面を割いて大きく掲載され、その下部には今週ジャカルタ市内スナヤン・シティで「最早世界の高速鉄道総延長の過半を占める」中国高速鉄道の展示会が開催されるとの大きな広告。

そうですね。中国のように国家権力が強権的に有無を言わさず用地収用も出来るし、騒音問題も気にしなくていい、人件費だって服役中の囚人を無給で建設作業場で強制労役させてしまったりするような噂さえある、衝突事故だって埋めてしまえるような国であれば、そりゃあ幾らでも建設しまくることは容易。乗客だって幾らでもいる国ですからねえ。その巨大な国が会計監査もオンブズマンも世論も何も気にせず国家予算を幾らでもぶち込んでOECD-DACの基準もなにも無視して援助をしようとすれば、正直にやってる日本の援助システムには勝ち目はない(少なくとも目先の利益につられる人であれば、なびいていくであろう)ことが正直傍目で見ていてもわかります。

さて、賢明かつ理性的な判断をして戴けるのでしょうか・・・

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2015年8月 8日 (土)

スラバヤ・コタ旧駅、レストア終了・・・か?

5日付の当地主要紙「Jawa Pos」はカラーでスラバヤ・コタの旧駅舎のレストアが終わった旨を伝えています。
1930年代の古い写真、2011年のレストア作業前の荒れ果てた駅舎の姿と並び、最上段にはこの度綺麗に修復された姿を、おそらくは正面に建っているモールから写した俯瞰写真。記事を読み進めていくと、「蟻の駅(Stasiun Semut)として知られている、2004年以来放置されてきていたこの文化的価値を有する建物の修復作業がこの度終了した。」うんうん。
1870年頃に建設された当時と変わらぬ姿を取り戻した駅舎は、スラバヤとマランを結ぶ鉄道が運転を開始した当時のアジア地域における鉄道の歴史を伝える傑作であると。
スラバヤ歴史ソサエティ(NGOかな?)の代表者フレディ・イスタント氏は、この駅は、タンジュン・ペラク港からも近いだけでなく、クンバン・ジュパン、アトム市場といった当時のスラバヤの中心から近い、スラバヤの心臓であったとジャワポス紙の取材に対して述べた。
この建物は2004年にPT.KAIから民間企業に所有権が移された際に、文化財的価値の見地から議論が起こった。市政府はこの建物を文化財指定した為、取り壊しは出来なくなったが、木製のストラクチュア・屋根や窓枠などは無くなってしまい、壁だけが残る状態となってしまった。この状況を憂慮したフレディ氏は、オランダのエラスムス大学のセミナーでこのような状況と保存の重要性を訴える等の活動を行ったという。
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上段と中段はあまり変化ないように見えますが、ちゃんとリノバシされてます。

このような活動の成果もあってか、2012年に市文化観光局、国鉄PT.KAI、所有者の民間企業等が合意の上レストア事業がスタートすることとなった(ご参照)。 木製構造物や窓枠、大理石の飾り板などは可能な限り当時の姿のとおり作り直されたが、残念ながら一部のものについては困難だったという。
それでも、このまま放置され荒れるに任されるよりは、駅として或いは博物館として機能するのであれば、その方が望ましいとフレディ氏は述べた。 という、美談的な記事で、近く何らかの形で公開されるのではないかと期待されたのですが、そうは問屋が卸さないのがインドネシア。

翌6日付の同じ「Jawa Pos」紙(25面)には、「KAI、蟻駅のレストアがいつ終わるのか未定」との残念な見出しの記事が続報されています。
見出し写真の下には “未了事項”としては、床の花崗岩や大理石、木と鉄の組み合わせで作られた馬の飾り、壁のオーナメント類などが列挙されている。記事本文によれば、国鉄PT.KAIの本件担当副社長エラ・ウバイディ氏は、7日、同社として本件レストア事業が終了したとの報告は受けていないとしつつ、イグナシウス・ヨナン前社長(現運輸相)は本件レストアと駅としての再活用を強く求めており、スラバヤ市側の対応はまだ不十分であると述べたと。同駅を単なる文化財としてではなく、“駅”として再使用開始する為の手続が全くとられていないというのです。  
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こちら、翌日の記事。PT.KAIの反応が素早いというべきか。

他方、専門家の視点で見ると、本件レストアは終了しており、どの程度以前の姿を取り戻したかという点については、75%と評価されるとのコメントがあった。サイズ、材質など可能な限り当時のままのものを用いて修復し、不可能である場合には最も近いものを用いられているという。その専門家は実際に修復後の姿を見たが、2010年当時、草茫々だった廃駅舎は2012年に開始されたこの修復作業を経て、十分な綺麗な姿を取り戻したのであり、駅であれ美術館であれレストランであれ、是非この文化財が又降灰することのないよう活用して欲しい、と結んでいました。

記事としてはなんとなく尻切れトンボなのは当地紙の記事によくある話ですが、市と国鉄のどちらの方も持ちづらい新聞社としては、これだけしか書けないのでしょうね。この旧駅舎前は、片側1.5車線の道路を挟んで正面にはモールが建っており、駅前に連結してのバスやその他の市内交通との乗り継ぎスペースを設ける余地はありません。ホームも修復されたのは1面のみで、現在のコタ終端駅のように2列車を扱うことも出来ない状況で、直ちにこの駅をスラバヤの終点駅として運用することは難しいと思います。将来的に駅として活用することは、都市計画を含めてよく考えて戴いた上で、取り敢えずは博物館なり文化施設なりとして、その新装なった姿を見せてくれると嬉しいのですが。

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2015年8月 7日 (金)

スマトラ・ブンクル州の森林軌道「MOLEX」近況:その4.

帰路のMOLEXは1台、客は私ひとり。
レボンタンダイの人は、「明朝の便しかない」(お前はここに泊まるんだ)と言っていたのでこの午後便は、NapalPutihに戻りたいという私の特別な願いを聞いてくれたのか、たまたま今日は午後の便があったのか良く解らないが、軽い車体で飛ばす飛ばす(怖)、脱線危険ポイント以外は全速力!40km/h位出たかも??

中間崩落地点に着くと、NapalPutihから来た1台のMOLEXに乗り換える。
この便にも5人くらいレボンタンダイに向かう人がいたので、平日は午後のNapalPutih発の便があるのかもしれない。
スパルタンな一日を終え、NapalPutihに戻ったのは、午後4時過ぎ。結局、その時間から、この村を脱出する術がなく、昨晩お世話になった家に、もう一泊頼み込むことになった。

翌朝6時、予約してもらったトラフェルが迎えに来る。
近隣の集落で、予約客を拾いながら、3時間強でブンクルの市街に着き、指定場所で下車。最後はブンクル空港まで行ってくれる。ブンクル発は昼過ぎとのことで、毎日予約ある限り定期運行しているとのこと。

で、交通機関のまとめ
・MOLEX
 NapalPutih発は午前8時(定期)と、午後2時頃(不定期)
 レボンタンダイ発は午前8時(定期) 午後はたまに回送兼臨時便あり
 NapalPutih-レボンタンダイ 所要4時間位(崩落箇所で休憩含)
 定期便は崩落箇所まで1区間20,000ルピア 往復すると80,000ルピア
 チャーター便はレボンタンダイまで片道600,000ルピア

・BengkuluからNapalPutihの足
 直行トラフェル(予約制)所要3.5時間
 NapalPutih発 朝6時
 Bengkulu発 午後1時前後
 一人120,000ルピア (空港まで150,000ルピア)
 路線バスもある可能性あり(朝にNapalPutih発 夕方NapalPutih着)

・Bengkulu-Ketahun
 路線バス 時々あり
 トラフェル 所要2時間 不定期だがそこそこ便数あり 40,000ルピア

・Ketahun-NapalPutih
 不定期トラフェル 所要1.5時間 50,000ルピア

・Bengkuluからのチャータータクシー(言い値)
 往復1,500,000ルピア NapalPutih待機含む

・Ketahunからのチャータータクシー・・見かけなかった

宿泊
 NapalPutih 無し(民家に頼む)
 レボンタンダイ 有(村役場内?、料金不明)

言葉
 インドネシア語が話せないと厳しいが、片言の単語+身振り手振りでなんとかはなる。若者の中には英語を話せる人もいる(NapalPutihで1人確認)

ということで、公共交通機関はあるものの、MOLEXとの接続悪いので、やはり、ブンクルから1.5日間タクシーチャーターして朝にNapalPutihに到着して、定期便に乗車し、午後の便か午後にチャーター運行してもらって、夕方NapalPutihに戻り夜遅くにブンクルに戻る、というのが常套手段のようです。

トラフェルで行って、NapalPutihに民泊したい方は、連絡先を教えますのでご一報下さい。
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さぁ、ようこそスパルタンな世界へ・・・

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ということで、S田様、ありがとうございました。
今回レポートを下さったS田様へのご連絡をご希望の方は、当方までご一報ください…

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2015年8月 6日 (木)

スマトラ・ブンクル州の森林軌道「MOLEX」近況:その3.

レボンタンダイ側からも、3両のMOLEXが到着した。
各々の車両は、数人の力を借りて、180度方向変換をする。手動の方向変換、車体前部を持ち上げ、車輪を1軸浮かせると、ぐるっと回す。3~4回繰り返すと180度回って、車輪を線路に乗せて完了。
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【写真18】崩落地点の駐留所レールは木製。

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【写真19】こうやって・・・

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【写真20】持ち上げて回しちゃうんです。

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【写真21】軸距と軌間が同等だから回せる。

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【写真22】終了ー。

3人で1分間程度の仕業、頑張れば運転手一人でも転回可能とのこと。 乗り換えた客と荷物を積んでバラバラと出発し、出発地点に向け出発。 再び水没しているレールのなか、脱線しかけては軌道修正しながら、速いときで、時速30km/hくらい出して、切り通しや3ヶ所ほどのトンネルを抜けて、川が近づいてくると終点の鉱山の町レボンタンダイである。 レボンタンダイは小さな鉱山街。
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【写真23】トンネル。レボンタンダイは近い。

道路がないので、線路を中心に店や鉱石の加工場を抜けて乗客は三々五々自宅近くで下車し、空になるとバックで鉱山街入口にある側線に入る。
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【写真24】レボンタンダイの町並みは線路が中心。

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【写真25】 レボンタンダイ駐留所

金鉱山は今も現役のようで、奥に続く線路から泥交じりの鉱石と工夫を積載したトロッコが着いて、沿線にある加工場に移し、水車駆動で鉱石を砕きながら、金を沈殿させている(と思われる)
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【写真26】レボンタンダイ精錬所

 戦時中は日本軍の拠点の一つであったという話もあり、日本語を話すおばあさんがいたのには驚いた。(意味は知らず「ケーレイ」とか「ガンバリマス」という単語や、軍歌らしきものであったが)

人懐っこい子供達と遊び、簡易宿泊できる村長の家(?)にも連れられ、もう少し滞在したい町であったが、「そろそろ行くぞ」という運転手の身振りに促され、午後2時頃、帰路に着く。

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2015年8月 5日 (水)

スマトラ・ブンクル州の森林軌道「MOLEX」近況:その2.

さて、8時前後、各々の車両がクラッチを繋いで適当に続行し、ジャングルに分け入る。
この車両に勝るとも劣らないのが、線路の状態。 610mmのゲージの割には、立派なレール(20kg/m位か?)で枕木も、朽ち果てた木製も多いが、多くはプレスされた鉄製である。
路盤を作ってレールを敷くという観念はなく、10mの2本の線路を1m間隔の枕木で予め繋いだハシゴ状のものを地上に置いて並べた、という感じ。
そのレールとレールの間も「繋ぐ」、という考えはないようで、カーブでは10~20度位の角度がついており、そこを通過するときには、突然真横に振られる。
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【写真8】直線レールを並べて曲線をつくる。

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【写真9】 レールの下は崩落。

中にはジョイントの間隔が30センチ(3センチではない)くらい開いていて、木の切れ端で代用している箇所や、代用品も無く、泥の中を次の線路目指して走る箇所もある。
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【写真10】つなぎ目に苦労の後が・・・

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【写真11】左は水没、右上は途切れて下は泥ここを通過すると12になる。

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【写真12】レールが途切れて泥水に落ちる。そのまま進んでレールに戻る。

レールとレールが左右に5センチくらいずれている箇所もある。それらの場所は、運転士がしっかり最徐行して、足元から車輪がレールの外側に外れてしまわないように、慎重に微調整して、外れて脱線しかけたら、一旦戻って、車体を左右に振ったり、壁を手で押したり、時には降りて押しながら文字通り線路を割り出しながら通過を重ねる。
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【写真13】時には運転手が降りて押す。

上下も然り。ジョイント部は地盤が悪く陥没して、泥の中のV字状態が多い。 そこで慎重に徐行しすぎると、はまってしまい脱出できなくなる。
前後進を繰り返したり、時には、続行便に、直接(車体同士を衝突させて)押してもらって、難所をクリアする。
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【写真14】前方で立往生中の車両を応援。直接衝突して押し上げる。

路盤も崩れかけているところも多く、応急修理したような鉄橋で小川を渡る。中には、橋桁というものが存在せず、橋台に、ハシゴ状の線路と枕木がただ乗っかっている状態で、2メートル間隔の枕木の間には渡り板もない。
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【写真15】橋桁がない。枕木間も長く、ここを歩って戻るのは無理かな。

この先で脱線やエンコしたら、歩いて戻ることはできないな?と不安がよぎる。
車輪に巻き込んだ落ち葉を取り除いたり、ラジエーターに給水しながら、約2時間、ほぼ中央の崩落地点に到着。

ここにも橋があったが、2年程前の大雨で左右の崖が大きく浸食され、橋が落ちてしまい、約100mの区間が不通になっている。
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【写真16】中間崩落地点。対岸に小屋と荷物用ケーブル。

乗客は、滑る崖を川底まで約30m位下りて、ハシゴを上って、 対岸までたどり着かねばならない。
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【写真17】崩落地点では全員一旦川に下りて崖を上る。

対岸へはロープが渡されており、大きな荷物は、フックにかけて渡す。(人は無理)両岸には、休憩用の屋根も作られ、乗客と運転手は、遠くにボノボ?の声がこだまするなか昼食タイムとなる。 陥落距離も大きく、当面、修復の計画はないため、この乗り継ぎはしばらく続きそうである。

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2015年8月 4日 (火)

スマトラ・ブンクル州の森林軌道「MOLEX」近況:その1.

当ブログでは未だに探して来られる方の多い、しかもリピーターの方が結構いらっしゃるということで、一部コアな方に結構評判の高い(自画自賛?)、また拙著執筆のきっかけの一つともなった、スマトラ島ブンクル州の森林軌道に関しまして、
最近現地を往訪された方から最新の状況と写真の提供をいただきましたので、是非ご紹介させていただければと思います。

なんとこの方、ブンクルからチャーター車ではなく、公共交通機関のみを使って現地を往訪されたという強者!軟弱者の私には(時間的都合もあり)とても真似が出来ません。
とはいえ、当方も是非離任までにもう一度訪問してみたいと考えているこの森林軌道の現状、是非ご覧ください。

以下、写真・本文とも、新潟のS田様から頂戴いたしましたものを、原文を活かしつつ掲載させていただきます。
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【写真1】藪を掻き分けてMOLEXが現れた。

以前、落花生さんから訪問報告あった、スマトラ島の山奥に存在する軌道「MOLEX」を訪問乗車して来ましたので、2015年5月時点での状況と、現地までの交通機関について報告します。(内容は、言葉が通じないなか身振り手振りと推測ですので間違っていたらご容赦下さい。)

結果から言うと、現存しているものの、中間地点で崩落があり、便数が少なくなっています。公共交通機関で行けないこともないのですが、民家泊が必要でした。

現地ブンクルへ向かったものの、早速、予約していた午前の飛行機がフライトキャンセルに会い、Bengkuluに到着したのは夜。
翌朝、乗り合いタクシー(トラフェルと呼ばれる7人乗の予約制乗用車)を、Ketahun乗り継ぎで、NapalPutihには午後に到着。かすかに期待していたNapalPutih午後発の便は無く、この町にはホテルもロスメンも無く、結局、親切な方の家に泊めていただいた。(外人が訪れることなど無い小さな村のこと、子供達や近所の人達に「日本人見学」され、パンダ気分が味わえます)

翌朝7時過ぎから、乗り場には人や生活物資(プロパンガスやカップラーメンやパン類)が集まってくる。
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【写真2】ナパルプティ出発待ち。

出発地点は100m位離れた3ヶ所(運転士の自宅兼車庫?)から計4両。
クランクを回しバタバタとエンジンが掛かると、線路上に移動し90度回転してレールに乗せる。
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【写真3】ナパルプティ駐留所から出てきてオンレイル。

車両を観察。全長は4mくらい。車体も床も木製、車内には4列の腰掛代わりの板があり、運転席は2列目(つまり運転席の前に座席あり)。運転席には、ハンドル型のブレーキと、アクセルペダル、クラッチペダル、2本のシフトレバー(前後進と変速用)トラクター用と思われるエンジンからチェーンで2つの軸に繋がっている(全輪駆動)。
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【写真4】運転台

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【写真5】車両後方

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【写真6】チェーン駆動

運転席の足元は、貫通しており、車輪と線路が直視できて、手動式砂蒔き箱が装備。
ブレーキのシューには木製のものもある。
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【写真7】木製ブレーキシュー

なお、留置線のレールも木製や竹製がほとんど。

車輪は2軸、軸距は80センチ程度と、非常に短く、前後のオーバーハングが異様に長い。
この理由は、転回するときに判明。線路上で、中央を基点に、手動で方向変換するので、線路幅と軸距が同じ程度だと、回しやすいのである。

適当に造ったように見えて、ここの路線にあった工夫があちこちになされた構造であり、長年の経験を感じる。

側線で部品取りになりかけているものや、レボンタンダイで見かけた車両も合わせると、15両位の車両と、5両位の無蓋貨車がある様子。手造り感満載で、どれも少しずつ仕様や塗色が違う、中には「Executive CLAS」(一等車?)との標記も(笑)

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2015年8月 2日 (日)

パルメラ新駅舎を見に行く。

試運転列車を見に行ったあと、次の待ち合わせまで少々時間があったので、環状線直通の東急8500 電車からタナアバンでパルンパンジャン行きのメトロ05に乗り換えて降り立ったのは、スルポン線の パルメラ駅。

南西側に広がりつつあるジャカルタ市内の商業エリアはこのスルポン線沿線も飲み込んでおり、朝のこの路線では終点タナアバンまで乗り通して環状線に乗り換えるよりも、手前の各駅で降りて 近隣の職場に向かう通勤客も多いとのこと。
そのパルメラ駅、最近数駅で進められつつあるJABODETABEK電鉄駅の近代化計画の先陣を切って 新駅舎がこの度完成し、つい先日7月6日にイグナシウス・ヨナン運輸大臣も出席してオープン 記念式典が開催されたところ。
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近代的なイメージの新駅舎が完成したパルメラ駅。

その新装開店なったパルメラ駅、上下線のホームをまたぐ形で円弧を描いた屋根を持った橋上駅 が設置されています。 ゴミ一つ落ちていないホームからはキチンと稼働しているエスカレーターで2階に上がると… あれあれ。ドーム状の屋根の下には広々とした、いや、ガラーンとした空間。
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うん。他のアジア諸国の都市鉄道にひけを取らないですね。

んー、きっとここには 今後色々お店が設けられるのだろうな。そしてそれは、個人営業の雑貨店じゃなくて、 コンビニとか、大手のドーナツ屋やコーヒー・チェーン店だったりするのだろうな。
その辺は先進国並みに綺麗になるんだけど、駅から外に出て階段を下りて大通り脇の凸凹だらけの 歩道に降りると、相変わらず旧態依然としたジャカルタの風景に繋がっているだけで、本来そうあるべき姿、近隣を周るバスとかと連絡してたりとか、そういった利便性の改善はなされていないんだろうな…
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2階コンコースはまだガラガラで、これからという印象。自動券売機が入るのはいつになることやら。

ハードだけ作り直しても…(以下略)というのが部外者たる外国人の率直な感想なのではありますが、 その国ごとの流儀・順序というものもあるのでしょう。
ともあれ、スルポン線を中心に、今後現在改築中の数駅がこんな感じの新駅舎になっていくらしいです。昔ながらの味のある古い駅舎がなくなっていくのは残念ではありますが、まあそれはそれでまた新駅舎を眺めに行くのを楽しみにしておきましょう。
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パルメラ駅を視察する、イグナシウス・ヨナン運輸大臣を伝える当地紙。

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2015年8月 1日 (土)

南武線205系の試運転を見に行く。

今回のジャカルタ訪問に合わせたかのように、先般ジャカルタに到着したばかりの元JR南武線の205系中古車の試運転がなされるという情報をいただいたので、折角なので早起きして見に行ってみることにしました。

御存じのように南武線は6両編成、JABODETABEKの電車は8両そして中央=ボゴール線では10両編成となっているため、どのように扱われるのか気になるところです。
既に12両編成での試運転もなされているという情報も目にしており、ホームの延長工事も行って中央=ボゴール線系統ではこの6連を2組繋いでの12両編成での運行がなされるのではという話もチラホラ。
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南武線の帯色を残して走る205系試運転列車。

他方で、先般旅客営業運転を再開したばかりのナンボ線は、運行本数も1日数本、需要としては6連でも過大なくらいで、もしこちらで運行されることになればNambu線からNambo線への転属だなんて駄洒落の一つも言えたのに… などとしょうもない事を考えつつ、泊まっていたBlok-Mのホテルからタクシーで真東に移動し、デポック=マンガライ=ボゴール=デポックと走る予定の最初の試運転列車を待ったのは、ボゴール線のタンジュン・バラット駅北方の緩いカーブの区間。
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こちら、通常の10連の205系列車ですが、長いですね、やっぱり。そしてスカート中央部が欠損してます。

先ずは前座で現れた他の列車を撮りつつ・・・なんですが、あれ。最近の205系各列車、排障器の中間部分がなくなっていたり、スカートそもそもがなくなっていたりするのもあるのですね。接触事故、相変わらず多いみたいですね…
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こちらの下り列車の205系、第何編成というのでしょうか。スカートがそもそもなくなってます。

10分ほどの遅れで現れた試運転列車、前面の黄色に上下に白い細帯が入った帯の部分が未だに元の南武線色のままで、「Commuter Line」のステッカーも貼られていない塗装変更未了の状態、なんだけれど、同系色ということもあり、これはこれでありなのか。12両編成であることを示す特別塗装としてこの地色をそのまま活かすんじゃないかとも思える状態。
そもそもこのJABODETABEKの赤に黄色線の塗装だって、メトロ7000系が導入された時、有楽町線のラインカラーだった黄色の帯色をそのまま活かしたのが始まりだったんだよね。
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UI駅北方で。完全に逆光になってしまうのですが、まあ仕方がない。

そんなわけで次の下りはUP(パンチャシラ大学)~UI(インドネシア大学)間の線路脇に並木が並ぶ区間で。
生憎下り便は逆光となってしまいまともに見れた写真ではありませんが、後追いはゆったりとした左カーブでこちらの方がいい感じ。
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後追いで。おっと、地元鉄のアダム君が映り込んでますな。

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