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2015年9月25日 (金)

さて半年がたち、休暇です。

さて、まだいろいろ忙しいのか、書き切っていない記事はあるのですが、バタバタと休暇で一時帰国に出ています。今朝さっき東京の実家に着きました。

今回はキャセイ航空よりも安かったシンガポール=シルクエアー利用で、こちらも朝のシンガポール行きから羽田夜着の便に乗り継げなくなったし、スラバヤ夕方発の便では羽田行きの夜行便に乗り継げずに成田行きしか選択肢がなくなってしまうなどなんだか利便性がドンドン後退しつつあるスラバヤですが、まあ仕方ないです。
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今日のシルクエア-MI225便は、A320のシャ-クレットつき。写ってないけど。

昨日24日夕方の出発は、スラバヤから18:40発のSiklAir 便。定刻より15分も速く搭乗完了・早発で機内では感謝のアナウンスが。今日は60人ほどしか乗客がいないガラガラ便だったからでもありますが、スラバヤの皆さん真面目でいいですね。当方の席も隣2席は空席、3人分占拠してゆったりでした。

で、あまり期待していなかった機内食。以前シンガポールからスラバヤ行きの夕方便では、ビーフン炒め1皿のみとか、なんかLCCで300円位で売ってるような奴しか出てこなくてガッカリだったのだけれど、今日は比較的食事っぽいモノが出て来ました。同じ区間のSQ便と比較しちゃうと全然ではあるんですが。A320はSQのA330に比べて小さいからギャレーのスペースが小さいとかの事情もあるのでしょうけれど。
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機内食はこの程度。一応チキンか魚か、の選択肢はありました。

シンガポールでは2時間の待ち合わせで成田行きのSQ638便。まだ今なら羽田行きにも間に合うのだけれど、MCTをクリアしてないというので乗り継げないのは残念。
こちらはうって変わって完全に満席。シルバーウィークも終わったところだしな…と思ったら、右も左も前も、皆さん日本人じゃなくてシンガポールの方や、乗継で他所から飛んで来られたような方ばかりで、インドネシア語も聞こえてきた。全日空あたりとは客層が全然違いますね。
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SIN→NRTのSQ638便の朝食。うーん、今一つ、かな。

朝は定刻より若干早めの成田着。荷物はVISAゴールドカードのキャンペーンで、ABC宅配が1個100円で送ってくれるそうなのでこちらに任せ、今後の日本生活に備えて1階国内線チェックインカウンター脇のラウンジでEdyにカードでチャージ、都内までの足は今日は時間もあるので、最近流行の1,000円高速バスを利用。
出発時に「今日は道が混んでるので時間がかかります」と言われたとおり、京葉道路が幕張あたりから既に結構混んでたため1時間半ほどかかりましたし、京成運行便だったので、八重洲南口ターミナルではなく雨降る北口の路上に下ろされ、駅舎に入るまでに濡れ鼠になってしまったのは迂闊でした(JR運行便だと駅直結の南口ターミナルに着けてくれるのです)。
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1,000円格安高速バスで東京駅へ。急がない時なら何の問題もない。新宿便も作ってくれないかな?

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2015年9月23日 (水)

スラバヤ・トラム(スロトラム)合意署名、工事開始へ。

随分前のバックデート記事になっちゃってスミマセン。
休暇直前のこの23日、スラバヤ市庁舎で以前から何度か触れてきているスラバヤ市内のトラム「スロトラム」にかかるスラバヤ市・運輸省・国鉄三者間の署名式典が開催されるとのことで、出掛けてきました。

この計画、市の東西を結んで新たに建設される(予定の)モノレール「ボヨレール」と合わせて、渋滞の深刻化著しいスラバヤ市に導入されることになった軌道系交通機関「SMART」の一部分を構成するこのトラム路線は、市の南北、南のジョヨボヨ(ウォノクロモ駅の西側)から市内の幹線道路を北上、トゥンジュンガン・プラザなどの中心部付近は上下線が分離して走り、州政府庁舎のあるトゥグ・パフラワンを経て北部のジュンバタン・メラまで、更に北のタンジュン・ペラク港までの延長計画も第二次路線として含められているわけですが、要は1980年頃まで走っていたトラム路線の再開のようなルートを通ります。

これまでの本件関連のセミナー等を何回か聞きに行ったことはあるのですが、最近では、現在アスファルトの道路の下や、中央分離帯の下に埋められている当時のレールを掘り出して再利用するから経費節減になる、なんて話が大まじめに論じられている(レールなんて消耗品みたいなもんでしょうよ)ところです。
今回の式典でも、「Reaktivasi Jalur Kereta Api Dalam Kota Surabaya」との文句が大きく掲げられ、「復活/再開」であることをこれまで以上に強調している部分がありました。
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署名を終えてプレスが群がる中で記念撮影。左からエディPT.KAI社長、ヘルマント鉄道総局長、ジョナン運輸相、リスマ市長。

まあともあれ、費用負担などを巡って随分関係者間の協議が繰り返されてきたようですが、ようやく合意に達したという事で行われる今回の署名式典、署名者として出席したのはスラバヤ市のトリ・リスマハリニ市長、運輸省のヘルマント鉄道総局長、国鉄PT.KAIのエディ・スクモロ社長。これにイグナシウス・ジョナン運輸大臣が立ち会い人として同席し、来賓として挨拶をしていました。
曰く、ジョナン大臣はスラバヤのアイルランガ大学卒ですし、リスマ市長(ITS工科大学卒)、ヘルマント総局長も皆スラバヤ出身で、市長におかれてはその昔市電で通学したこともありましたよね(市長首肯)、これが今回再開されることになったのは感無量であると持ち上げ、更にこれが成功裏に進めば、ジャカルタMRTやバンドゥンやパレンバンにおけるLRTなどの都市交通機関の活用を後押しすることになるだろうと、今後の運輸省が考えている軌道系交通機関プロジェクトのうち優先度が高いであろう案件が垣間見られました。

今後順調にことが進めば、2016年に着工、2018年に営業開始が期待される由。当方のスラバヤ在勤中には間に合いませんが、このスラバヤに“再び”市内電車が走る風景が見られるようになるのが楽しみです。

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2015年9月22日 (火)

PG.Purwodadi 2015夏

動きの鈍いPG.Pagotanで取り敢えず稼働機を目にすることが出来たところで切り上げ、今度はクルマを北西に向け、向かったのはソロとマディウンとを結ぶ幹線国道沿いのPG.プルウォダディ。ここもヤードと工場との間の押し込みだけとはいえ、この国道を渡る踏切と、工場に入る直前にある大鉄橋がチャームポイント
さてここくらいはちゃんと動いていてほしい… と踏切脇の道端にクルマを停め、
セキュリティに許可を得てヤード内に入ってみると… おぉ今日も15号機・16号機と2台の蒸機と小型DLとが絶賛稼働中。先ほどのパゴタンに比べてもヤード内で送り込みを待つ、刈り取り済みのサトウキビを積んだローリーの数が既に桁違いに多いようだ。
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ローリーを牽いてヤードから出て行く15号機(左)と、戻って来た16号機。

そうこうしている間にも1両の蒸機が戻って来て、10数両編成の満載のローリーの先頭に連結、工場へ向けて走り出した。これを追っ掛けて我々も走り、踏切を越えて一枚、そして橋のたもとでプッシュ・プルで押し込まれていく姿を更に一枚。
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ヤードを出て踏切を渡り、(15号機)

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大鉄橋を渡り工場へ。(15号機)

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引っ張ってるように見えますが、後進で押し込んでるところ。(16号機) 
ところでこの15号機・16号機って、改番してますよね? 昔の同号機の写真とはスタイルが異なっているようですが>詳しい方。

やれやれ、これでN峯氏にもここまで来て無駄足を踏まずに済んでホッとした… のも束の間。程なく折り返しの空車が工場側から出て来たと思うと、更にまた満載の実車がヤードを出発… という具合に、休む間もなく行ったり来たり。こんなに動いているとは思わなかったな。
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バガス(サトウキビの搾りカス)燃料を罐に投入する運転スタッフ。熱い。

そうこうするうちに程なく休息時間になり、運行関係職員数名らとN峯さんのタバコ進呈を
きっかけに話が弾み、蒸機のキャブに乗せて貰う。暑い、いや熱いな。
今では珍しくなった(って、現役蒸機自体が既に相当レアではあるのですが)バガス燃料を投入、そして下りろとも言われぬまま、そのままローリーを牽引して動き出しました。
ヤードを出て踏切を渡ると、程なく鉄橋そして工場内に入ってしまうので、その無断立ち入りは叱られちゃうので、下りなきゃ…と思って機関士の様子を伺うと、「今は下りるな、危ないから」とのお返事。この列車、前後に機関車がついているプッシュ・プル運転で、前側の機関車の意志だけでは停まらない模様。やむなく?そのまま乗り続け、橋を渡った先の工場の門のところでようやく小休止して下ろして貰えました。
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キャブに乗ったまま出発進行―♪

そんな楽しいPG.Purwodadi、考えてみれば、ふらっと立ち寄ってこれだけ活発な蒸機を見られるのももうここくらいになって来ちゃったかもしれません。
最後は暫く前にマディウン市内に新しく開業したアストン・ホテルのバーで今日の成果に乾杯。間もなく離任のN峯さん、生きている蒸機を見て喜んで貰えて、こちらも嬉しくなってしまいました。

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2015年9月21日 (月)

PG.Pagotan 2015夏。

ちょっと間が空いてしまいまして、バックデートになります。
今日の2カ所目は、マディウン市南郊、ポノロゴへ向かう幹線道路沿いにあるPG.Pagotan。こちらの工場はアドミが厳しく、アポ無し突撃では中に入れてくれないのはわかっているので、南側の公道の踏切へ直行。
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こちらも主力はDL。積み替えヤードからの押し込みだけの仕業です。

それでも一部警備員人が厳しく目を光らせており、絶対に中に入れないぞ、という雰囲気だけれど、取り敢えず公道上で写真撮るだけなら問題ないようだし、「今日は蒸機はどう?」との質問には、「今吸気中なので、もう暫くしたら出て来るよ」とのご親切な説明。確かに遠くの機関庫の方に、ファイアレスとなった蒸機のお尻が見えてます。
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工場裏の国鉄パゴタン駅「跡」。書類上は現役の休止線とはいえ・・・

それでは、ということで、すぐ近くの地元のS木さんお薦めのミーバッソ屋に行ってみると、あれあれちょっと移転している模様で、今は(事実上の)廃線となって久しい国鉄ポノロゴ支線のパゴタン駅のすぐ近くに移動し、たいそうなボリューム(で美味♪)のミーバッソを3人で美味しくいただきました。ジャカルタみたいな都会じゃとてもこんな値段でこんな量と味は出せない云々と仰りながら、ジャカルタからのN峯さんはお代わりまでペロリ。
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ボリューム満点なミーバッソ。美味しいですが、冷たい飲み物を出してくれるといいなあ。

そして暫くの後再度件の踏切に戻ってくると、あれあれ、蒸機の位置が変わってる。ご飯の間に出て来ちゃったんだな。そしてそのまま暫く動きなし。
こちら、南の奥の積み替えヤードでは、ガントリークレーンが忙しく動き、次々と積み替えを終えたローリーがヤードに溜まりつつあり、程なく10両ほどが出来上がった段階で、オレンジ色のDLがこれを工場内に押し込んでいく姿が何回か見られたのだけれど、蒸機の方は動きなし。
途中で一度ローリーが脱線したところ、今度はトラクターが出て来て、ショベルでローリーの片隅を持ち上げて動かし、線路に戻すという妙技を見せてくれる場面もありましたが、もうこれはトラクターの全面導入も時間の問題、という雰囲気ですかねえ。
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随分待ってようやく動き出してくれた6号機。残念ながら御覧のとおり、もう限界に近い状態でした。

それでも次に回送ローリーの連結が途中で外れてしまった際には、工場側から現れたファイアレス化改造済みの1923年O&K製の6号機が登場、取り残されたローリーを体当たりで(連結器がなくなっている…)押して、DL編成と再合流させていく姿が見られました。
もうこれくらいの使われ方しかしてないのですね、こちら。
取り敢えず動かせる状態であることを確認しただけ、なPG.パゴタン訪問でした。
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最後の活躍なのでしょうか。来年もこの姿、見られるでしょうか。

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2015年9月20日 (日)

PG.Kanigoro 2015夏。

週末だというのに朝からマディウン駅で出迎えてくれたこの市内近郊唯一の在留邦人S木さんのクルマで目指したのは、市内南方にあるPG.Kanigoro。
ここは小さな製糖工場施設をほぼ円形エンドレスに 敷かれた短い構内路線のみで、最近では1978年台湾製の6号機1両が稼働しているのみ、ということで正直あまり魅力を感じていなかったのだけれど、今となっては貴重な現役機。動いているだけでも儲けもの…

と工場のヤード脇に乗り付けてみると、ありゃ、DLだ。んー、まあこれまでもDL数台に交じってSL1台稼働、というような状況だったんで、まだまだ期待はあるぞ。
とアドミのオフィスを尋ねてみると、すぐに担当者に繋いでくれ、その方もニコニコと歓待モード。 今日は蒸機はどうですかと尋ねてみると、いや最近はあんまり動いていないんだよ、と冒頭からかなり残念な反応。
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北陸重機製のDLが主役のPG.Kanigoro。本職のS木さんはこちらに興奮、キャブに乗り込んで運転士と話し込んでました。

それでも機関庫の方に電話してくれ何やら相談。曰く、今は動いていないけれど、燃料くべれば動かせる筈のが2両あるから、そしたら1人5万ルピア(3人で15万ルピア)ね、 との提示。ええ、何。1,500円で動かしてくれるのですか!(笑)  そしてちょっと検討して貰って、可能かどうか後で電話をしてもらう…ことになり、取り敢えず謝意を述べて 事務所を出て、セキュリティに断って工場構内へ。
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古いトヨタの・・・バスの改造車でしょうか。ボンネット・トラック。こういうの好きな方は好きですよね。

古いトヨタのボンネット・トラックなど眺めながら裏手から機関庫の方に回り込むと、数台の廃車体に交じって、どうやら稼働可能と思しき青色に塗られた2両の蒸機。1両は、ああ6号機(元はO&K製で、老朽化したボイラーを台湾製に乗せ換えた由)。そしてもう1両は、こちらもコッペル製の11号機。
いずれも前頭部両脇に巨大な前照灯を追加されており 原型を損ねているけれど、これも私的には機能美であり悪くないと思います。
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同行N峯さん、現役ナローDLに萌え萌え中。

動かして貰えるといいなー、と思いつつ次の目的地に向かったのですが、残念ながら2時間ほどの後、動かすにはボイラーを温めなければならず、6~8時間はかかる、君は今日18時の汽車でスラバヤに戻る って言ってたよね、ちょっと時間的に難しいわー、ごめんねー、との電話がかかってきました。 アラー残念。
でしたが、まだこちら、一応ちゃんと予め話を通しておけば、動かせる状態にあるのが 判っただけでもめっけもんですかね。

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今回は残念ながら動いている姿は拝めませんでした。PG.Kanigoroの機関庫前の2両。

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2015年9月19日 (土)

日帰りでマディウンへ。

この土曜日は、スラバヤ・グブン駅から朝07:30発の急行「Sancaka」でスラバヤから2時間半ほど、東ジャワ州西端の 街マディウンへ日帰り小旅行。
こちら、これまで本ブログには何度も登場していますが、駅北側に位置する政府系鉄道車両製造工場であるPT.INKA(Industri Kereta Api) と関連企業の街であり、鉄道学校も所在しています。 それに加え、このマディウン近郊にはまだ蒸気機関車を使用し続けている製糖工場(Pabrik Gula)が幾つか あって、こちらもこれまでに何回か訪れてきたわけなのですが、その分野においては、どちらかと言うと地味なエリアでした。
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始発から遅れの「Sancaka」号が入線。お客も皆待ちくたびれた趣。

ところが、既にあちこちのブログやFacebookで情報が流れているとおり、今年になって中部ジャワ北岸地域 で人気を集めていた2つの精糖工場、最大の蒸機稼働両数を誇っていたPG.Sragiと、この地域で唯一蒸機がフィールドに出ることで人気が高かったPG.SumberHarjoが一斉に陥落(蒸機使用停止) してしまい、先日書いたとおり東ジャワでフィールド走行が楽しめたPG.Oleanも蒸機の定期運行を停止(チャーターのみ)、普通にフラッと訪ねて行って蒸機が見られる製糖工場がこのジャワ島でも殆どなくなってしまいました。
そんな中、以前からずっと是非一度この製糖工場の小型蒸機を見てみたい!と頼まれていた、ジャカルタ在留の友人N峯さんが、近く帰国することになったので是非!いつ行く?今でしょ!(古いか)との連絡があり、そうであればもう時間もないし、最後もうチャーターせずに見られるのはここしかないし、ということで、強行日程で突撃してみることに したわけでした。
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これ見たら、誰でも2015年製の新車だと思うよなぁ。妻面に旧車番が書いてあるけれど。

当方のスラバヤは同じ州内150kmほどのところということもあり、この7時半の列車で10時過ぎにはマディウンに着ける のでまだいいのですが、ジャカルタから 来る方は大変。もう4時前に家を出て、5時半のフライトでソロに飛び、タクシーでソロ・バラパン駅に移動して、 (07:44発のSancakaは、まあ無理でしょうから)08:34発のMalioboro Ekspresでマディウン10:26着というのが朝の最速パターン。お疲れ様でございます。
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車内はこんな感じ。誰かFBでコメントつけてたけど、飛行機、最近のプレミアム・エコノミーみたいな雰囲気ね。

当方のスラバヤ発の「Sancaka」号、7時発のバンドゥン行き特急「ArgoWilis」が出発したらすぐに入線してくるのかと思いきや、いつまでたっても現れず、07:26頃にようやく到着案内放送があり、入線はもう発車時刻となった 07:30頃。結局出発は07:38と始発から遅延しての出発となってしまいました。
ところで、どちらかというと“二線級”の印象が強かったこのサンチャカ号ですが、今日は随分と真新しい、“飛行機型”小窓の並んだ新塗装車両が数両連結されており、当方の乗るEksekutif1号車もこの新しい車両 でした。車番を見ると「K1 0 15 09」って、おやまあ今年の新車か! 車内は荷物棚に蓋のついた“スーパージェット・ルック” 的なデザイン、座席は座面が若干硬く、フットレストがついていないのは少しサービスダウンか。
それでも「やった新車だー」などとFacebookに書き込んでみたら、あっという間に地元鉄の皆さんから、 「それは古い二等客車を更新改造しただけだよー」と突っ込みの嵐。 うーん、流石ですね皆さん。
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写真撮っていい?って聞いたら、緊張しまくりの検札部隊御一行。

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2015年9月18日 (金)

一時帰国します。

スラバヤ在勤も3年を過ぎて、もういつ転勤になってもおかしくない頃合いなのだけれど、現在のところ確固たる異動話はないようなので、ちょっと一時帰国してくることにしました。

最近は州内ラウン山噴火の影響でキャセイ航空の香港=スラバヤ線の時刻が大幅に変更、従来はスラバヤ夕方着、駐泊して翌朝香港へ向けて飛び立つというスケジュールだったのが、スラバヤ滞在時間を最小化するために、香港深夜発・スラバヤ未明着となっており、香港で大幅に待たされるのが難となっていました。スラバヤ=東京間、だいたい一番安いのはキャセイなので東京の本社からはこれを使えと言われるのですが、このフライト日程は嫌だなぁ…と思っていたところ、シルバーウィーク明けのこの日の日程で調べたら、幸いにも最廉価だったのはシンガポール航空。なので、これを使うことにしました。ヤレヤレ。

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こんな予約証載せても色気ないですね。昔のチケットは各社それぞれ趣向を凝らしていてよかったと思います。

他方こちらのルートも以前は、当地スラバヤを朝出てシンガポールで乗り継ぐと、夜には羽田についていたのだけれど、SIN-HND線の時刻が繰り上がった関係でのMCTをクリアしなくなり乗り継げず、往路はもう、夕方スラバヤ発(SilkAir)、シンガポール2時間待ちで(羽田行きはギリギリ乗り継げず)成田行きの夜行便に乗るしかなくなってしまってます。成田遠いなあー。

というわけで、暫く日本におります。お手すきの方、相手してやってください。

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2015年9月16日 (水)

ジャカルタLRT、ようやく工事開始。(その2)

さてこのLRTの続き、
運行に用いられる車両の方ですが、こちらは投資母体の一であるINKA社が当然これを行うわけで(これは民間コンソーシアムで公営事業ではないんで、公開競争入札が必要とされていないわけですね)、15日付の全国紙「KOMPAS」に、予定されている車両の仕様が紹介されていました。

LRT、LRTと言う言葉だけ新聞やニュースではよく聞いていたのですが、どのような規格のものなのかはさっぱりどちらの報道も伝えてくれない・・・ひょっとしたらインドネシア側もあまり考えてなかったのかもしれないですが、LRTといってもマニラの1号線のように市内電車型の車両が高架線をかっ飛ばすようなもの、「ゆりかもめ」のような新交通システム、バンコクの高架鉄道のように殆ど通常の電車と替わらないようなものまで、更に最近では瀋陽や天津のフランス製LRTみたいな一部区間では集電装置無しで走る蓄電池式の(スーパーキャパシタとかいうそうですね)専用軌道型路面電車まで様々あるわけですよね。まさか路面を走る(スラバヤのトラムみたいなものを)今更新設するとは思っていませんでしたが。
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「KOMPAS」紙に掲載されたLRT車両の紹介記事。やっとイメージが湧いた、かな。

その記事によると今回このジャカルタLRTに導入される車両は、
先頭車16.97m、中間車16.84mの両開き3扉、車体幅2.65m、全高3.6m、軌間1,067mm幅。先頭車定員着座26+立席102名、中間車定員着座23+立席118名とのこと、あれ、昨日の記事とは計算が合わないな。
直流750V(記事内には1,500Vとの記述もありますが、こちらが正しいでしょう。集電方式は不明なるも、パンタグラフが描かれていないところ、第三軌条集電方式と思われます。)で動力は120kWのモーター8機で960kW。どこから走り装置を持ってくるのでしょうね。
設計最高速度は時速70km/hだが、通常は30km/h程度で運行されるとのこと。

私は技術的専門家ではないので、この規格が世界標準に照らしてどうだとかいうことを論じられませんが、お詳しい皆さまからご覧になって如何でしょう。
今後このLRT路線で必要な車両をINKAが全て製造すれば、そしてメンテナンスまで出来れば、同社の電車製造キャパシティの向上を証明することに資するのは間違いないですし、将来はKRL(一応既にあるか)そしてMRTの車両までも作れるようになるかもしれませんね。

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2015年9月15日 (火)

ジャカルタLRT、ようやく工事開始。(その1)

またバックデートになってしまいますが、書かなければならない話なので記録の意味も込めて。

去る9日ジャカルタのLRTプロジェクトの起工式がジャカルタでジョコ・ウィドド大統領出席の下で行われ、工事が始まったそうです。
このジャカルタLRT、鉄道と呼べば良いのでしょうか、MRT地下鉄や通常型の鉄道に比べ、簡易な規格で安く(そして早く)建設出来るものということで、以前から数度に亘り取り沙汰されて(そして一度は着工までして)いて、結局潰れてしまったモノレール計画に替わる市内外郭域の中量交通手段として建設されることが決まったもので、去る2日に本件建設にかかる大統領令(2015年第98号、99号)が公布され、正式な工事がこの度開始されたものです。  
この大統領令によると、建設を予定している路線の全体像としては、スカルノ=ハッタ国際空港から空港高速沿いに市内に向かい、ジャカルタ市内南部のスナヤン、クニンガン付近を周回の上、チャワン、ハリム空港を経て西ジャワ州のブカシ東までの東西路線と、途中チャワンで分岐して南のボゴールまでの2路線。  
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今回建設が開始された第一期期区間(出典:政府運輸通信省)

その第一期工事区間として、市内の最早新たな中心部となりつつあるドゥク・アタスからクニンガンとチャワンを経てブカシ東までと、チャワンから南のチブブールまでの区間が優先的に工事されることになっている由。
これらのルートはいずれも極力、既存の高速道路やその他の主要道路上に(中央分離帯に橋脚を立てた高架路線として)建設することにより、用地買収(にかかる経費と手間)を極力避けるようになっていることが一つ特徴として挙げられるでしょう。  

今回本件プロジェクトの建設を担うのは、国営建設会社アディ・カルヤ社。
今後ジャカルタ・アジア大会開催の2018年迄の完工・運行開始を目指すという。その他、高速道路会社JasaMargaや電話会社Telkom、お馴染みの鉄道車両会社INKAなどの名前が並ぶプレゼン資料によると、6両編成916人定員又は4両編成598人定員の車両を用い、ピーク時6分間隔、閑散時15分間隔で運転、朝05:30~夜23:30迄運行を行い、第一期開業時には一日あたり約19万人、想定区間全線の開業時には約82万人の旅客需要が期待されるとのこと。  

なお、その後のLRT路線の延伸計画については以下のとおりとジャカルタLRTコンソーシアムのサイトには書かれています。

LRT Jabodetabek(LRTジャボデタベック路線)
第一期
Cibubur及び Bekasi Timur - Cawang - Dukuh Atas (42.1 Km)
工事開始: 2015年9月9日
完工・運行開始予定: 2017年12月

第二期
Cibubur - Bogor Dukuh Atas - Palmerah - Senayan
工事開始: 2016年第2四半期
完工・運行開始予定: 2018年

第三期
Palmerah - Grogol
完工・運行開始予定 : 2019年

LRTジャカルタ市内路線(LRT Dalam Kota Jakarta)
Koridor 1. Kebayoran Lama - Kelapa Gading (21.6 Km)
Koridor 7. Cempaka Putih - Ancol (10 Km)
工事開始: Akhir 2015年末
完工・運行開始予定 : 2018年

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2015年9月12日 (土)

鉄道模型計画 その8.電車改造電気式気動車「KRDE」(ショーティ)。

さて暫く前にFBの方には載せていましたが、時間がなくてこちらには書けていませんでした、3Dプリンター製インドネシア鉄道模型の続き、KRDEの巻、です。

インドネシア鉄道に関心がある方ならお馴染みのこちら、 元々はジャカルタ首都圏JABOTABEKで活躍していた電車で、1990年代中盤から、最終導入は2001年だったそうです、 旧宗主国オランダの「La Brugeoise et Nivelles SA(BN、その後ボンバルディアに吸収合併)と HOLEC…というのは「Holland Electric」の略称ですね、の両社と、当地車両製造会社であるPT.INKAの協力により導入された… 初期編成はオランダ製をそのまま、途中からはオランダ製の電装部品を用いて当地INKAで組立製造され、総勢128両が導入された、VVVFインバータ制御の電車、こちらがメンテナンスが上手く行かずにあっという間に多数故障離脱してしまった後、この電車編成の先頭車の半室を潰してディーゼル発電機を設置、これを軽油燃料で回して発電した、その電気を使ってモーターを動かして走らせるという、電気式気動車として蘇ったものです(長いね、説明。)。
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今回も3連で製作。あ、中間車が少し腰高になってるな。

導入は2006年、中部ジャワ州ソロ=ジョグジャカルタ間の都市間快速列車「Prameks(プランバナン・エクスプレス) 」で、こちらはその後事故廃車などがありながらも、一部列車の運転区間を西のクトアルジョまで拡大、赤色に塗られた車体・固定クロスシート・冷房つきの「Sriwedari」号も仲間に加わり、現在も毎日10往復程が この区間で活躍中。
他方、バンドゥン近郊区間に2009年に導入された「Rencang Geulis」号は、どうやら2015年前半に客車列車に 置き換えられた模様。
更にスラバヤ~ブリタール間や、臨時列車としてジャカルタから中部ジャワ方面への レバラン帰省臨、メダン空港新線の韓国製新型車両導入の遅れに伴う繋ぎ、等に導入されたこともあったようだが、現在はいずれも撤退してしまっているようです。
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ソロ・バラパン駅で折り返しを待つ「Prameks」。先頭車の前半分に発電機が設置されています。

そんな感じの実物ですが、今回選んだのは、勿論一番お世話になる機会も多かった「Prameks」仕様の黄色い車両。
5両固定編成の片側の先頭車に発電機を搭載した部分は、3ドアの前半分の窓が潰されているのですぐわかりますが、ショーティ仕様なので、2か所しかないドア間の窓の、前側一枚のみをルーバーで覆って表現してみました。実際に動力を入れているのは中間のキサハ車ですが。その動力、VVVFの新型電車ベースということで、下まわりは手元にあったKATOの小型車両用動力ユニットと台車のうち、「通勤電車2」を流用。スタイルは大分違いますが。
これまで3Dプリンターで作って来たJABODEBATEKの電車や、客車とは屋根のRが全く違うのでこちらも 写真を見ながら表現を試みましたが、少し深すぎたかもしれません。気動車化改造に当たって修理され再度稼働するようになった(とはいえ既に故障しているものが多いですが) ドア下のステップは、台車と干渉するので省略しています。
ブラックアウトされて一枚大窓に見えるフロントですが、まあそこそこみられる顔つきになったかなと、こちらは 自画自賛。
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本当は平原の直線区間をかっ飛ばす場面の方が似合うでしょうね。

なお今後、台湾鉄道模型で有名な「南洋物産」様が、このKRDEのフロントを商品化して販売するのだそうで、 試作品がFBに載っていました。車体はペーパー製だそう。 こちらはプロの方の製造される商品ですから、きっとクオリティは高く、私の素人の手慰みのものでは及びもつかない でしょうし、横に並べるのは少し躊躇しますけれど、ちょっとだけ先んじました!ということで(笑)

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2015年9月 7日 (月)

Vietjet Airって初めて。

ダラットからの戻りは、日曜朝09:55発のVietjet AirのVJ331便。ちょっと早過ぎる気がするんだけれど、次の便はもう夕方になってしまうので、やむなく8時過ぎにホテルをチェックアウトしてタクシーで空港へ。

現在国営ベトナム航空、Jetstar系列となったJetstar Pasific航空に加えてこのVietJet Airの3社でほぼ寡占 となっているベトナムの国内線…といっても、一昔前まではベトナム航空しかなかったのだから、選択肢が 増えて料金も競争により下がっているのはいいこと。
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派手な塗装のエアバス機で運行するベトジェット・エアーに徒歩搭乗。

このVietJet Airは2011年末に運行開始というから、前回来訪時はまだ飛んでなかったのかな。Wikipediaに よると、会社設立当初はAir Asiaとの合弁でVietjet Airasiaとして運行するという計画もあったそうで、 その影響なのか、期待の塗装は白地に赤ベース。機体はA320に統一されている。
今回勿論初乗りなのだけれど、なんでこの会社の名前記憶に入ってたんだっけ…と思ったら、 どうやらこの会社、以前機内で水着ファッションショーなんかやったりして当局にお叱りを食らったとかいう のをネットニュースで読んだことがあったからだな。勿論普段はそんな事してないようだけれど。残念??
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機内の安全のしおりと、ホットミールの販売もあるようですが、この便は単距離のためか、お土産と飲物の販売のみでした。

そんなわけでダラットからのホーチミン行き、往路のVNのATR機とは異なりA320型ジェット機。横に並ぶと 随分と大きく見えますな。日曜のホーチミン戻り便ということで満席かと思いきや、ポツポツと空席もある8割ほどの乗り具合。こちらの隣も空席でこれは良かったのだけれど、しっかし座席間隔狭いわーこれ。往路ベトナム航空のATR72が非常口前の 1A席で足元広々だっただけにちょっと落差大。
この会社、シンガポールあたりまで国際線も飛ばしているようだけれど、この機体で長時間はちょっと厳しいね。
今日の機体はVN-A688、2006年にUAEのエア・アラビアが導入した機体のようで、最初っからLCC仕様な わけですな。

ほぼ定刻に到着したホーチミン・タンソンニャット空港からは、メータータクシーで市内へ。ダラットもホーチミンも、会社を選んで乗ってるからか、何も言わずに走り出すと何も言わずにメーターが 動き出すという安心仕様。ベトナムと言えばタクシーのトラブルを随分耳にしたものだけれど、 最近では急速に良くなってきているみたいですね。
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ん、なんだこの怪しいMD11?

ところで、タンソンニャット着陸時に見かけたこの怪しい白塗りのMD-11、なんて今時珍しいなあ、と思って一枚撮っておいたのですが、調べてみると、機体番号Z-GAB、所属はジンバブエのGlobal Africa Aviationなんて 聞いたこともない会社。元を辿ると1996年製造、World Airways、フィリピン航空、エルアル・イスラエル航空 等を経て2014年にこの会社に流れ着いたカーゴ機。こんなところまで飛んできてるのですね… っていうか、社名ロゴ位書けばいいのに。

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2015年9月 6日 (日)

インドネシア新幹線、走らず。

ベトナム旅行中なのですが、この4日、インドネシア鉄道においては大きなニュースがありました。
報道によれば、日中両国が受注を争っていたジャカルタ=バンドゥン間の高速鉄道について、ジョコ・ウィドド大統領はそのいずれをも採用せず、この高速鉄道計画そのものを撤回すると判断、両国の駐在大使を召致してその旨を伝達したとのこと。

本ブログでも過去何回か取り上げてきましたが、当初日本政府・JICAに対して建設計画にかかるF/Sの策定を依頼し、日本政府はSTEP円借款を前提に準備を続けてきたところ、途中から中国が参入、政府要人に相当の根回しを行い、中国シンパの閣僚の多い現政権下では“中国有利”との見立てが 新聞の見出しを飾るまでに至っていました。
その後日本政府も相当に例外的な好条件を提示する等受注に向けた動きは過熱。
インドネシア政府としても 当初は有利な条件を引き出すために両国を天秤にかけている趣きも感じられたのですが、両国ともインドネシアにとっては関係を悪化させたくない大国。最後の瞬間では取り敢えず決断を延期して ほとぼりが冷めるのを待つのではないかという憶測も飛び交いましたが、結局下された判断は その予想の斜め上をいったともいえますか、 両方の政府の顔を潰さずに事態を鎮静化させるという、如何にもジャワ人らしい決断になりました。

当Blogでは政治的に意見が分かれるような書きぶりには極力しないつもりですので、日本政府・JICAのこれまでの話の持って行き方について云々するつもりもありませんし、F/Sの中身・計画の妥当性についてもインドネシアにとって良いものとするか、日本側参画企業の都合が優先されている部分がないか等、更には、ここには書けないような話も随分耳に入って来ました。

取り敢えずは、今後先方インドネシア側が新たに検討するとしている“中速鉄道”(といっても時速 200km/h程度が想定されているのですが)について日本政府が乗ってくるのかどうか。 事態の推移を見守るしかなくなってしまいました。 本件に関しては本当に忸怩たる思いを抱くばかりです。

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2015年9月 5日 (土)

高原列車は行くよ。@ダラット。

このダラットまで来た目的、それはこのダラット駅は、ベトナムを南北に結んでいた本線のタップチャム駅から分岐していた全長約84kmの支線の終点だったわけですが、その既に廃線となったこの鉄道の末端区間を活用した観光列車が運転されているのに乗りに来たのでした。なーんだやっぱりね、とか言わないこと。
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高原鉄道らしい瀟洒な造りのダラット駅舎と、古い客車を改造した観光列車の客車。

ここダラットは標高約1,500mの高地にあり、フランスから来た為政者たちは、この暑いベトナムを統治する間に、涼しいこの地を避暑地として開発することにしたのでしょう。
今世紀初めに海側の本線から分岐する形で始まった工事は1932年にダラットまで開通しましたが、その後第二次世界大戦とその後に続くベトナム戦争の間に破壊され尽され、運行を停止・事実上の廃線となり、南北ベトナム統一後も復活することなく現在に至っているそう。
途中に三カ所のラックレール区間を設けて急坂を登ったこの鉄道路線は、現存していればさぞかし絶景が拝めたのではないかと察せられます。
その詳細については、このページに詳しく書かれており、とっても読みごたえがあったので、良かったらご一読を。
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如何にも旧共産圏風のあか抜けないキップ、料金は往復650円ほど。

ともあれ、この観光鉄道、ダラット市街地の東の外れにある瀟洒な造りのダラット駅から、隣のチャイマット駅との間約8kmを結び、時刻表上は1日5往復、但し乗客数が少なければ運転されない、という事前情報をネットで調べていたので、少し早起きして駅へ向かうと次は本日2本目、09:50分発の由。それでも今日は週末ということもあり観光客も多く、全便が運転される模様。
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ホームの反対側に静態保存された131(C12型)蒸機。河村市長、如何ですかな?

ホームに保存された131型蒸機…元を辿れば戦中に日本から輸出されたC12型タンク式蒸気機関車ですが、この保存車両、貨車を改造したカフェ、駅舎内の土産物屋などを眺めたりしながら待つうち程なく、本日1本目のDL1-2列車の2両の客車が小型のディーゼル機関車に引かれて戻ってきた。結構な下車客。
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折り返し09:50発となる、1本目の列車が戻ってきました。特等席の君は?

そして機関車を側線を使って機回しして前方に付け替え・・・かと思いきや、連結された2両の小型客車を押して推進運転で入線し、更にホームに停まっていた2両と連結し、今日のDL3-4列車はなんと4両の長編成での運行となりました。おおスゲエ。
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車内はこんな感じ。ベトナム人観光客の皆様、結構派手ですね。

その4両の客車も出発前にはほぼ満席。外国人(白人)がチラホラ、中国人、そして過半はベトナム人観光客と見受けられる。
汽笛一斉、ノンビリと走り出した列車内では検察と共に水のボトルが配られた。下町を縫って走り出した観光列車は、高原列車というには若干程遠いが、それでも街を抜けると左右の車窓にはすこし視界が開けた。
目につくのは温室。ここダラットは高原野菜や花の栽培で有名らしく、色々な種類の野菜や花が栽培されているのが見える。
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最後尾車両からの眺めは展望車。特等席ですね。

そんな中を30分ほどノンビリと走った列車は、終点チャイマットに到着。
こちらで折り返しまで30分ほどの休憩…の間に、乗客は近くのリンフオック寺(Chua Linh Phuoc)という派手ーなお寺にお参りしてくるのが定番。折角なのでこちらもお参りしますが、続々とバスで観光客がやってくるような有名観光地なのですね。意外でした。
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終点チャイマット駅に到着。さあお寺に出掛けます。

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2015年9月 4日 (金)

夏休みは南ベトナムへ。

さて今日から3日間の夏休み。
週末と有給1日つけて6連休にして、いろいろ迷った挙句、久し振りのベトナム 南部に行ってくることにしました。

ハノイや北部は、4年くらい前に応援出張で行ったことがあるけど、南部の方はいつ以来だろう。フライトはこの辺ではやっぱり便利なAirAsia。SUB-KUL、KUL-SGNの往復4区間で3万円ほどなので、安いですよね。Garudaの国内線でジャカルタ往復するのとほとんど変わらない(ディスカウントで片道70万ルピアほどで乗れる 場合もありますが)んじゃないかな。

今朝のスラバヤからの出発は、乗り継ぎの都合上、朝05:40発と馬鹿ッ早く、3時過ぎにはアパートを出て空港へ向かい、チェックイン したのはいいのだけれど、まだこの時間帯、出入国審査の職員が出勤していません。荷物検査の後の狭いスペースで大勢の乗客が延々待たされ、結局ようやく出国のスタンプを貰えたのは出発の1時間前を割った頃合い。この時間帯には他にも ロイヤルブルネイなどの便の出発待ちも重なっており、狭いスペースは立錐の余地もない位になっていました。
こんなことなら、荷物検査の前で止めてくれれば、1階の売店やカフェで時間潰せたのに、そちらはドンドン通しちゃう のだから、全く考えてないなあ。
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ボーディングブリッジに繋がっているように見えるのに…いったん地表に降りて、タラップ搭乗です。スラバヤ空港。

ともあれ、今日のQZ320便、A320型機はこんな早朝から(赤席を除き)8割ほどの盛況。搭乗時にチラッと見かけたトイレのカギの部分に「あく」との日本語 が書かれており、後で調べてみたらこの機体、PK-AZGは2013年にエアアジア・ジャパンが導入した機体でした。 エアアジア・ジャパンの運行停止に伴い、グループ間内での転勤になったのですね。

KLの新LCCターミナルは反対側の島についたため、巨大な橋を渡って一旦入国、荷物をピックアップして、再度出発ロビー階に上り、荷物を預け直さなきゃならないという面倒さ。今日は3時間程度とごく普通の乗継なのだけれど、ルートによってスルーでいけるところといけないところがある。スラバヤ空港で乗継便も含めて搭乗券は2枚とも発行してくれたので、預け荷物無しであれば そのままトランジット・カウンター経由でいけるんだろうけれど、どういう基準で判断してるんだろうね。
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KL→ホーチミン便の機内では有料のご飯を頼んでみました。結構多くの人が頼んでいて、待たされました。

KLからの乗り継ぎのAK526便は、やっぱり8割ほどの乗り。事前にホットシートすぐ後ろの前方席を指定しておいた のだけれど、真ん中のE席に押し込まれた大柄な白人が「あっちの(ガラガラのホットシートの)席に座らせろ」と客室乗務員に突撃して撃沈、厳しいのね。それでも後部の一般席なら移って良いと言われ、荷物を抱えて移動していったため、こちらは隣が空いてゆったり。

で、事実関係の列挙になってしまいますが、40分ほどの遅れで13時半過ぎにホーチミン空港に到着して建物から外に出て、ああ、思い出した。この空港、新空港が出来る前に、東京で円借款の問題調査でハノイに出張した帰り、ハノイから東京への直行便がなくて国内線でここホーチミンまで飛んで、東京行きの夜行便に乗り換えた時以来だ。ってことは 2006年か7年か。もう随分前なんだな。
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随分立派なダラット空港に到着。市内へは8万ドンの乗合リムジンワゴン車がホテルまで送ってくれます。

更に乗り継いだのは雨の降り出した国内線、ダラット行きのベトナム航空VN1382便はATR72型機。プロペラの小型機なので当然沖留めなのでバス搭乗なのだけれど、一度ランプバスに乗り換えてから暫く動かずそのまま待たされ、その後機材故障でシップチェンジということになり(この期に及んで、かよ)、再度ターミナルに戻される。ちょっと連絡不行き届きも甚だしいが、機材の調子が悪いという事であれば、それは変えていただくに 越したことはないですね。仕方ない、仕方ない。今日はもう夕食食べて寝るだけですから、多少の遅れは我慢しましょう。
あーしかし眠い。

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2015年9月 3日 (木)

鉄道模型計画その7. 日本車輌製KL3-78系電車(ショーティ)

その6.で書いた86~87年製電車に続いては、その1世代前。1978年~82年頃にかけてジャカルタ首都圏電鉄に投入された 日本製電車です。

一番最初に1976年に投入された電車を作りたいところなのですが、こちらは2扉…な分にはショーティだしそれは構わないのですが、低いホームに合わせて深いステップが設けられているのがミソ。というか、難しいところ。
あんなステップをつけると、台車と干渉してカーブ曲がれなくなっちゃうのです。 という技術的事情もあって、高床式ホームに対応した ステップの少ない第二次車・三扉となった1978年以降に導入されたものをプロトタイプとしてみました。 色は前回のKL3-86型と同じく、今から10年ほど前、2005年頃のオレンジ色に黄帯にしてみました。
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窓ガラスを入れていないので、車体内部が少し見苦しいですね。側窓上のルーバーは、3Dプリンターで上手く出ました。

そういえば、昨日9月2日は、1976年にこのジャカルタ首都圏 に日本製電車が投入され、公式に運行を開始した日なのだそうです。昨日の全国紙「KOMPAS」には関連記事(残念ながら写真なしでしたが)が掲載されており、それによると、当時の国鉄 PJKA(Perusahaan Jawatan Kereta Api) によりボゴール=ジャカルタ間にてこの日(実は9月1日から運転されていたという記録もあり)運行を開始されたKRL電車、午前10:45にボゴール駅を出発した記念列車は、 ジャカルタまでの間を47分(ママ)で結んだそう。
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記事に記載されている当時の時刻表によると、ボゴール発が05:43、06:30、10:45、 コタ着はそれぞれ07:04、07:45、12:04。あれ、47分じゃないじゃん。
下りはコタ発09:06、13:00、15:00.16:06で、ボゴール着が 10:25、14;24、16:21、17:25。うん、この下り列車の時刻の方がなんか信頼できるか…だけど、上りと下りの本数が違うという点で ちょっと?な感じだな。
折角の記事なんだから、この辺は キチンと書いて欲しいなあ。
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こちらも3両編成で作ってみました。排障器の関係で、連結器はダミーになってます。

列車は4両編成。この電車列車に加え、6本の貨客混合列車 …ボンボンのような電気機関車牽引だったのでしょうか、が運行されていた由。魚とかクルプック缶を運んでいたって、そんな情報まで。

全体としてちょっと今一つ信頼度に欠ける記事ですが、運転本数、こんなに少なかったんですかね、当初は。KL3-76型は4連5本計20両が導入されているので、もう少し運用組めそうな気がしなくもないですが…
もしどなたか詳細御存知でしたらご教示いただければ嬉しいです。

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ホントはこんな細線2本だったんですけど、ちょっと私には無理、かな。誰かデカール作っていただければ(笑)
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あ、乗務員ドアもステンレスだったか!

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