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2015年10月31日 (土)

トランス・シドアルジョ、お試し。

このブログにスラバヤの南隣のシドアルジョ県にBRTが導入されるという話を書いたのは、去る4月の話。
もうバスも揃っており直ぐにでも運行開始されるのかと思いきや、同じスラバヤ市南部=シドアルジョ間即ち競合路線を運行するアンコッ(スズキ・キャリーなどの小型ミニバンや軽トラ改造の乗合ミニバス)の組合が大反対・抗議デモなどを繰り返したため、漸く運行開始にこぎ着けたのは確か8月だったか。
その後乗りに行く機会がなかったのだけれど、遠出は出来ないお留守番中のこの日、夕方友人の空港出迎えがあってそちら方面にちょっと出ることになっていたので、足を伸ばしてみようかな、と。
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ポロン・バスターミナルの専用ホームで発車を待つ新型BRTバス。

そんなわけで、向かったのはシドアルジョ県南方のポロン。スラバヤから南に延びる鉄道路線のコミューター(といっても一日の運行本数は数本という、とても近郊交通としては成り立っていない)ディーゼルカー列車の終点でもあるため、そこそこ有名な駅(?)。
その駅前からスラバヤとマラン・プロボリンゴ等を結ぶ幹線国道に出て、少し南に進んだ三叉路を右折(西方向)し、数百m先の軍の施設の向かいにあるのがポロンのバスターミナル。その一角に、真新しいガラス張りの専用ホームが設けられ、数台のバスが出発を待っていました。
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ホームドア?つきの高床ホームから、バスに乗り込みます。

このトランス・シドアルジョと称する東ジャワ州初の“BRT”バス路線、このポロンからシドアルジョ市内中心部(一方通行が多いので、上下路線で停留所が異なります。)を経て、シドアルジョのICから高速道路を走り、ワルICで下り、スラバヤ南部の長距離路線のターミナルであるプラバヤ(ブングラシー)のターミナルまでを結んで走ります。スラバヤ側のターミナルは、スラバヤ市を出て直ぐ南のシドアルジョ県側に設けられており、路線自体はシドアルジョ県内で完結しています。なんか縦割り行政の弊害の香りを感じるね。
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車内はこんな感じ。戸袋部分の出っ張りは、電車もそうだけど、なんとかならんもんかね。

バス自体は、基本的にジャカルタや他の街の同様の“BRT”と同様の、トラックのシャシーに国内のボディメーカーが架装した大型車で、中央部の左右に高床式ホーム対応の両開き扉を設けたもの。
これによって高床式のホームからステップレスで乗降ができるバリアフリー・・・を目指しているわけなのですが、ホームの出入りの側が必ずしもスロープになっておらず階段になっていて、車椅子などでの乗降が困難な停留所が多いのは若干片手落ちか。
そして国営バス会社DAMRIが運行するこのバス、一番の問題は、ジャカルタのそれとは異なり、専用レーンを走るわけではないので、渋滞知らずの定時運行が確保されているというわけではないのです。
こういうものを“BRT”と呼ぶのは本来の意味からすると抵抗がありますね。そういえば日本でも、新潟のそれも同様の批判があるようですが、それでも優先信号など施設関係で、少しでも定時運行しようとの努力がなされているようですが、こちらのはそういうことも一切無し。
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ちゃんと切符も出ます。車掌が懐に入れたりしませんの。

まあ、定員も関係なく詰めるだけ詰め込み、乗客が一杯になるまで出発しないといった従来の“途上国型”の交通機関から、(少なくとも始発では)時刻表どおりに出発し、エアコン完備、乗車券もキチンと発行される(これまでのものは、運転手がオーナーから日々クルマを借り、運賃収入から使用料金を払い、ガソリン代を払い、その残りを運転手(と車掌)が手にするというシステム)、“近代的”な運行形態をとるコミューター・バスがようやく始まったという点を良しとするのでしょう。
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各停留所はこんな感じの高床式のシェルターが設けられています。

さて15分間隔ほどでの運転となっている模様で、程なく運転手と車掌が乗り込み、出発。
幾つかの停留所に止まりながら北上し、シドアルジョ駅前を通過(停留所は数百m北側のモールの前が最寄りか)、市内中心部を抜ける頃には一通りの座席が埋まる程度の乗車率となりました。
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うーん、前輪を乗り上げないと、中ドアをホームにつけられないですよね。

中には、うーん、言葉じゃ説明しづらいな。写真(↑)を見て戴こうか、道路の舗装部分が切れ欠かれる隅の部分に停留所のホームを設けたため、バスの中央部ドアをホームに寄せられないような設計ミスの停留所があったり(移動式のタラップを隣に置いて対応)、そういえば運行開始初日の様子を伝える新聞(↓)によると、停留所の脇に生えた(そっちが先からあるんだけれど)木がバスの車体に触れてしまう為に使用出来ない停留所ってのが報じられていましたが、しかし誰も気付かないもんなのかね。前日までに試運転とか、してみないのかね。
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木が邪魔なんです…(上)

そんなわけで、高速道路に乗ったバスは前のクルマを煽りながら快走、市内側に向けた通勤ラッシュとは逆方向ということで渋滞もなく、無事にプラバヤ・ターミナルに到着。
しかしこちらも停留所のホームには寄せられず、運転席脇の前扉から階段を降りて下車。
まあ、あり得る話ですが、降車専用ホームを設けたりするべきものだと思うのですがね。
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高速道路を快走。あれ、立客がいても高速走っていいのかな?

ところでこの路線、シドアルジョ側からスラバヤ市方向へのほぼ一方的な通勤ルートでもあり、プラバヤ付近にバスターミナル以外の集客力(?)のある施設、ビジネス街や工業団地等があるわけではないため、ここで下りた乗客はその多くが市内路線バスに乗り継いで市内中心部に向かうわけです。これはジャカルタでいうところのAPTB(Angkutan Perbatasan Terintegrasi Busway Transjakarta)・Trans Jabodetabek等と呼ばれる路線バス。郊外から市内のバスレーン区間に直接乗り入れる)のように、市内中心部まで乗り入れて戴きたいところ。
現時点では、このTrans Sidoarjoの降車場所から市内路線バスの乗り場までは300mほど歩く必要があり、その間、長距離路線バスの客引きが声をかけてきたりされるわけですが、市内路線バスのうち一部路線は同じDAMRIが運行するものもあるわけで、このコネクティビティはもう少し考えられても良さそうなものです。
きっと色々なしがらみとか既得権とか、そうするのに必要な工事費負担で揉めたとか、あるんでしょうね。
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うん。終点。もう少しなんとかしようね。スラバヤの表玄関でもあるんだし。

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2015年10月25日 (日)

鉄道模型計画 小型レイアウト編その3。 谷

そんなわけで取りかかったショーティ専用A3サイズのレイアウト。
先ずは深く切り込んだ谷の地形を、発泡スチロール、スタイロフォーム、プラスタークロスなどで形作っていきます。物凄く急で現実的ではない角度ですが、これは小型レイアウトの常、遠景と割り切ります。小さなスペースに象徴的な構造物を入れるためには、ある程度無理繰りであっても雰囲気だけ味わうことが出来ればと思います。
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谷を作る?

ところでこういう作業をする時、幾つか方法があるとは思います。スタイロフォームで骨を作って、プラスターで肉付けする方法、粘土を捏ねて形作って貼り付けていく方法など。今回も幾つかの方法を併用しましたが、当地では紙粘土一つ簡単には手に入らないのですね。
日本人学校の幼稚園の先生に何処で入手出来るか相談したりしてみたのですが、更に問題だったのは、当地で手に入る(何処製か知りませんが紙粘土の品質が余り宜しくなく、 直ぐに切れて伸びない、一度切れたらこね直しても再度纏まりづらい、そしてスチロールとの接着性も宜しくなく、成形して固まりかけた粘土の固まりを接着剤で固定して、上からプラスタークロスで 覆って固定するという手間をかけて漸く造形出来るという状況でした。
日本のものって、全てが一々改良が重ねられて使い易くなってるんですねー。
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粘土細工が上手く行かないの…

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2015年10月24日 (土)

鉄道模型計画 小型レイアウト編その2。 線路配置

当然のことではありますが、大体の構成は考えてから取りかかっているこの小型レイアウト、サイズはBトレの3両編成が交換出来る駅とエンドレスということで、レールはTomixのR103スーパーミニカーブ・レールを使用、橋梁となる一部ストレート部分のみはフレキシブル・レールを使用、必然的にサイズはA3サイズギリギリということで、Bトレ用としては結構大きな感じになりました。以前唯一作ったことのある超小型レイアウトは、A4サイズにフレキで作ったエンドレスだけという単純な設定ながら、切り取りや駅など、それなりに見て楽しいものに仕上げることが出来たと自画自賛というか、そこそこ気に入ってました。
今回は面積も倍になっているだけに、見所も前回の倍以上は入れなければなりません(?)。
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といっても、日本のように「情景コレクション」などのストラクチャーが自由に安価にいくらでも手に入るわけではないこのスラバヤ在住の身。
何せ塗料一つとっても、市内に幾つかしかない販売店・・・ それもラジコンやミニ四駆、フィギュアがメインのお店の片隅に数本置かれているだけのようなスプレー塗料をや瓶塗料の中から、せめてもの近似色を探して・・・なのですが、黒・白・グレーといった基本的な色すらないことも多く、頭を抱えます。
これがジャカルタであればミリタリー系のモデラーもそれなりの数がいたりして、そういった人たち向けに塗料類の品揃えも多少はあるのですが、たまのジャカルタ往訪時にそういった店に行っても、缶スプレーは飛行機で運んでくることが出来ないという問題もあったり、まあ容易ではないわけです。

というわけですので、半年に一回の休暇や、来訪する友人に買って来て貰う等により最低限のものを入手した上で、後はもう以前鉄道模型製造某社の自作プラキットのキャッチフレーズだった「作る楽しみいっぱい!」ではないですが、自分で作ってしまうことにします。
その手段は、このブログでも何回かインドネシア型車両の作成に用いた、3Dプリンター。
いや、順序としては逆ですね。この3Dプリンターを使えば、車両だけではなくて、ストラクチャーも作れるんじゃないかな?と思って、幾つか試してみたのがそこそこ上手くいったので、じゃあレイアウトに、というのが発想の順番だったかと。これもDMMなど廉価迅速なサービスが沢山競い合っている日本と異なり、ヨーロッパからUPSで送られて来るShapeways利用なので、注文から入手まで3週間近くかかるので、計画的にデータ描いて、注文しなければなりません。
そんな環境下で進めていますこの小型レイアウト作成、果たしてどの程度まともに見られるものになるでしょうか・・・
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試運転中・・・?

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2015年10月18日 (日)

お留守番なので・・・ 鉄道模型計画 小型レイアウト編その1。 台座

さてさて長かった休暇から戻ってきて、入れ違いに上司が休暇で日本に。今回はメディカルチェック等の事情もあってかなり長い休みとなった模様、例によってその間当方はスラバヤでお留守番となるわけですが、スラバヤ・近郊から先への遠出は出来ない状態になるわけです。
まあゴルフでもしてれば良いのですが、ここは暫く前から悪い人たちに感化されて(?)、一時帰国の際の買い出しなど少々の準備をしてきていた「創る」プロジェクトを進めてみることにしました。あれ、自重とか言ってたのはどうしたのかな?
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取り敢えず木組みに化粧板を貼って用意した台座はこんな感じ。一般的なベースよりも背を高くし、その一区画を深く切り込んであります。その反対側は高い地表面の下を欠き取ってスペースを造り、こちらにはコントローラーを入れられるように。
組立て終わって固定してしまったところで、配線について余り考えてなかった大間抜けが発覚、慌てて表面とコントローラーの側に穴を開けるも、その小さな穴からコードを通すのに大変難儀してしまいましたが、取り敢えず線路を仮置きして走行試験までやってみて、何とかなることを確認して、第一段階修了、かな。
前途多難な滑り出しですが、さてどうなることやら。
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2015年10月15日 (木)

さあ、帰りましょう。

そんなわけで(ここに書くネタはあまりありませんが)全力で休み続けてクタクタとなった今日で休暇もおしまい、スラバヤに戻ります。

今日の出発は、羽田発09:20のシンガポール航空SQ631便。地元中野駅北口サンプラザから、1日2本だけしかない(なのにほぼ満席。もっと増やせばいいのに)リムジンバスで、お初の中央環状線経由で羽田の国際線ターミナルへ直行。
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中野駅からリムジンバスで羽田空港へ。前に乗った時はフィリピン製の日産ディーゼル車だった記憶があるけど、もう流石に無くなったみたいですね。

機材は往路より随分くたびれた感のあるB777-200型機。機内は3人掛けの真ん中席も含めてほぼ満席の盛況で、今日は華人が随分多かった往路に比べると、日本人客がほぼ大半を占めるようで、華人と西欧人がチラホラという感じ。
食事は洋食を選択。量もSQの大型フルトレイがスカスカ、そして見た目どおり全く美味しいと感じる部分がない… あ、最後に出されたハーゲンダッツくらいか。
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SQ631便は古めのB777-200型機。便利な時間帯なので、ホッといても乗ってくれるから、でしょうか。
機内食も全くやる気ない感。到着前にスナック…と思いきや、いつものピーナッツだけでこちらもガッカリ。
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そしてシンガポールでは同じターミナル内ながら、隅っこから隅っこまで歩かされてF37番に移動し、スラバヤ行きのシルクエア―(SilkAir)MI226便に乗り換え。今日は小型のA320型機がほぼ満席の盛況で、機内はインドネシア人乗客が過半を占め、ああ帰って来たなぁ、感が既に漂う。

さあ戻ったら溜まった仕事と、上司がいない間のお留守番です。
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相変わらずLCCレベルの機内食。今日は味もイマ2という感じで、かえってお腹が空いた感。

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2015年10月 1日 (木)

ジャカルタ=バンドゥン高速鉄道、中国の手へ。

東京に戻ってきた早々から、あまり宜しくないニュースが飛び込んできました。バックデートになってしまい恐縮ですが、これは記録としてでも書いておかないわけにはいきません。

このところ日イ間でのホットイシューだったジャカルタ=バンドゥン間の高速鉄道計画、つい先般計画が白紙化されたばかり、今後は中速(準高速)鉄道として再度計画を募るという話だと理解していたのですが、今般本件については中国との間での協力によりこれを実施することとしたとして、日本案については採用しないということを公式に伝達するためにインドネシアから大統領特使が訪日したのだそうです。

以後は報道されているとおり。29日、ジョコ・ウィドド大統領の特使として訪日したソフィアン・ジャリル国家開発計画庁(BAPPENAS)長官(先般の内閣改造で新任された閣僚)と、菅官房長官とのやりとりや記者会見の際の発言が詳細報じられていますが、官邸の怒りは相当なものだったよう。その言葉遣いを見ても、「インドネシア政府の財政負担や債務保証を伴わずに事業を実施できるという中国の新たな提案は、わが国としては全く考えられない提案だ。常識では考えられず、現実的にうまくいくかどうかは極めて厳しいと思う。今までもそうした例が何カ所もあるのではないか」「全く理解することはできないし、極めて遺憾である」と、まるで北朝鮮がミサイルでも打ち上げたかのような強い調子で、とても外務省の事務方が作ったとは思えない、官邸の意向が相当に入ったと思われる雰囲気です。

それを受けて本邦各紙・ネットやTV等もこのやりとりと、本件合意に至らなかった背景等について諸々報じて来ていますが、本件については、当方立場上なかなか書きづらい部分もあるのはご容赦下さい。

日本側の(インドネシアは最後は日本を選ぶだろうと高をくくっていたと)見込みが甘かったとか、親日(過ぎた)のゴーベル商業相がリニ国営企業相との確執から閣外に追い出されたからだとか、中国の賄賂接待利権攻勢にインドネシア側がなびいたといった論調が多いが、それはそういう部分はあるのかもしれないのだけれど、ちょっとだけ加筆させていただくと、

本件については元々ユドヨノ前政権時代に経済協力(円借款)案件として日本政府に支援要請がなされていたものが、ジョコウィ現政権の成立後の基本方針として「ジャワ島のインフラには政府資金は投入しない」「本案件は実施されるならば民資」という基本方針が示された時に大きな転換点がありました。
我が国の常識で考えて、このような巨大な交通インフラプロジェクトが完全純粋民資で実現されることは困難であり、土地収用やそれに伴う補償、数百億円という巨大な投資に対しては一定の政府の関与は不可欠な訳です。ましてや日本政府の援助は「自助」を基本としており、緊急難民支援等の例外を除き、一定の被援助国政府側の負担をその条件化することが原則になっています。

ところが実業家出身で、地方首長時代にその経験を基に成果を上げて来たジョコウィ大統領は、このようなインフラプロジェクトについても民資(民活って言葉がありましたね)で実現できると考えており、政府資金を投じたり、政府保証や予算をつけるつもりはなかった。もうその時点で、ファイナンス面で当時の日本案には勝ち目がなかったわけです(中国案もその時点では完全民資ではなかったようです)。

他方でその中国案… これも僅か半年ほどで急遽作り上げられた中国提案は、実はこれはその全体が公式に表に出ていないので、その真偽は報道を基に察するしかないのですが、その建設ルート選定の適切性や需要予測などにかかるF/Sがキチンとなされた気配もなく、日本政府・JICAが数年をかけて援助資金を投入して行ってきた調査報告資料が政府か、あるいは現地コンサルタントから中国側に流れたのではないかという噂もまことしやかに語られています。

そして9月4日、駐ジャカルタの日中両国大使がナスチオン経済担当調整相に召致されて伝えられたところは、「両国提案とも採用しない」そして、「今後は中速(準高速)鉄道で再度プロジェクト・プロポーザルを出してほしい」「その前提条件は今後伝える」という話でした(と報じられている)。ところが、それからその舌の根も乾かぬうちに、リニ国営企業相が9月中旬に訪中し、その成果として(新)中国案を採用するとの報道が流れたわけで、日本政府側としては寝耳に水というか、寝首をかかれたような状態になったわけです。この間、一部本邦の報道には、「実質的には中国の援助外交の敗北」といったものも見られ、日本側にも「最悪の事態は避けられた」との安堵感も漂っていただけに、なおさらでしょう。

即ち今般の日本政府の怒りのポイントは、
・円借款を要請しておきながら、リソースを投入しての調査までやらせておきながら、それで本体部分は他所に頼むという信義則違反(ここは、二国間約束違反にはならないですよね。あくまで、F/S借款と本体借款は別物で、F/Sをやってその結果本体借款を日本に要請しなければならない国際法上の義務は生じていません(これは単年度予算主義を取る日本の援助システム上の縛りもある訳ですが))。
・前政権との間で実施合意に至っていたものを、次の政権が簡単にひっくり返すという、行政の継続性の無さ(まあこれもアメリカで大統領が変わったらそうでしょうし、我が国だって民主党政権の時は相当色々ありましたよね)。
・「両国提案とも採用しない」「再提案を求める」というナスチオン調整相から大使への説明というハイレベルでの公式説明を違え、日本には「ちょっと待ってね」といいながら、裏で中国と秘密裏に交渉して合意していたという、手続き上の瑕疵というか、これも裏切られた感(リニ公営企業相の、「その話を私は知らない」という発言も油を注いだことでしょう。)。
といった部分にあるのだと思われます。

実際、建設規格も含めて正確な詳細は明らかにされておらず、報道ベースに理解するしかないのですが、中国の“第二次”提案はファイナンス面で完全民資(といっても中国の場合国営企業であり実質的に政府であり、両者の連携は日本の官民の連携など比べ物にならないわけで、政府は政策的に幾らでもそれら企業に政府資金を投入できるわけですが)、インドネシア債務保証無し・政府負担なし(少なくとも表面上は)という、インドネシア側の要請に応えたものであり、これに見合った・あるいは上回る条件を日本政府・日本企業は出せなかったことでしょう。

その点からは、インドネシアがその条件に拘る以上、最終的には日本陣営に勝ち目はなかった。現在の日本の援助システム上はそのような条件での援助は出来ません。今後の援助政策上それでいいのかということについてはこれから議論がなされていくかもしれません。
ともかく、現時点では、本件は日イ間で大きな禍根を残す結果となりました。
そして大きく傷ついた両国関係をどのように今後ソフトランディングさせ、回復していくかは大きな課題となってしまいました。

※ 本件については、拙ブログでは例外的ですが、コメントなしという取扱いとさせていただきます。ご容赦ください。

 

 

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