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2015年10月 1日 (木)

ジャカルタ=バンドゥン高速鉄道、中国の手へ。

東京に戻ってきた早々から、あまり宜しくないニュースが飛び込んできました。バックデートになってしまい恐縮ですが、これは記録としてでも書いておかないわけにはいきません。

このところ日イ間でのホットイシューだったジャカルタ=バンドゥン間の高速鉄道計画、つい先般計画が白紙化されたばかり、今後は中速(準高速)鉄道として再度計画を募るという話だと理解していたのですが、今般本件については中国との間での協力によりこれを実施することとしたとして、日本案については採用しないということを公式に伝達するためにインドネシアから大統領特使が訪日したのだそうです。

以後は報道されているとおり。29日、ジョコ・ウィドド大統領の特使として訪日したソフィアン・ジャリル国家開発計画庁(BAPPENAS)長官(先般の内閣改造で新任された閣僚)と、菅官房長官とのやりとりや記者会見の際の発言が詳細報じられていますが、官邸の怒りは相当なものだったよう。その言葉遣いを見ても、「インドネシア政府の財政負担や債務保証を伴わずに事業を実施できるという中国の新たな提案は、わが国としては全く考えられない提案だ。常識では考えられず、現実的にうまくいくかどうかは極めて厳しいと思う。今までもそうした例が何カ所もあるのではないか」「全く理解することはできないし、極めて遺憾である」と、まるで北朝鮮がミサイルでも打ち上げたかのような強い調子で、とても外務省の事務方が作ったとは思えない、官邸の意向が相当に入ったと思われる雰囲気です。

それを受けて本邦各紙・ネットやTV等もこのやりとりと、本件合意に至らなかった背景等について諸々報じて来ていますが、本件については、当方立場上なかなか書きづらい部分もあるのはご容赦下さい。

日本側の(インドネシアは最後は日本を選ぶだろうと高をくくっていたと)見込みが甘かったとか、親日(過ぎた)のゴーベル商業相がリニ国営企業相との確執から閣外に追い出されたからだとか、中国の賄賂接待利権攻勢にインドネシア側がなびいたといった論調が多いが、それはそういう部分はあるのかもしれないのだけれど、ちょっとだけ加筆させていただくと、

本件については元々ユドヨノ前政権時代に経済協力(円借款)案件として日本政府に支援要請がなされていたものが、ジョコウィ現政権の成立後の基本方針として「ジャワ島のインフラには政府資金は投入しない」「本案件は実施されるならば民資」という基本方針が示された時に大きな転換点がありました。
我が国の常識で考えて、このような巨大な交通インフラプロジェクトが完全純粋民資で実現されることは困難であり、土地収用やそれに伴う補償、数百億円という巨大な投資に対しては一定の政府の関与は不可欠な訳です。ましてや日本政府の援助は「自助」を基本としており、緊急難民支援等の例外を除き、一定の被援助国政府側の負担をその条件化することが原則になっています。

ところが実業家出身で、地方首長時代にその経験を基に成果を上げて来たジョコウィ大統領は、このようなインフラプロジェクトについても民資(民活って言葉がありましたね)で実現できると考えており、政府資金を投じたり、政府保証や予算をつけるつもりはなかった。もうその時点で、ファイナンス面で当時の日本案には勝ち目がなかったわけです(中国案もその時点では完全民資ではなかったようです)。

他方でその中国案… これも僅か半年ほどで急遽作り上げられた中国提案は、実はこれはその全体が公式に表に出ていないので、その真偽は報道を基に察するしかないのですが、その建設ルート選定の適切性や需要予測などにかかるF/Sがキチンとなされた気配もなく、日本政府・JICAが数年をかけて援助資金を投入して行ってきた調査報告資料が政府か、あるいは現地コンサルタントから中国側に流れたのではないかという噂もまことしやかに語られています。

そして9月4日、駐ジャカルタの日中両国大使がナスチオン経済担当調整相に召致されて伝えられたところは、「両国提案とも採用しない」そして、「今後は中速(準高速)鉄道で再度プロジェクト・プロポーザルを出してほしい」「その前提条件は今後伝える」という話でした(と報じられている)。ところが、それからその舌の根も乾かぬうちに、リニ国営企業相が9月中旬に訪中し、その成果として(新)中国案を採用するとの報道が流れたわけで、日本政府側としては寝耳に水というか、寝首をかかれたような状態になったわけです。この間、一部本邦の報道には、「実質的には中国の援助外交の敗北」といったものも見られ、日本側にも「最悪の事態は避けられた」との安堵感も漂っていただけに、なおさらでしょう。

即ち今般の日本政府の怒りのポイントは、
・円借款を要請しておきながら、リソースを投入しての調査までやらせておきながら、それで本体部分は他所に頼むという信義則違反(ここは、二国間約束違反にはならないですよね。あくまで、F/S借款と本体借款は別物で、F/Sをやってその結果本体借款を日本に要請しなければならない国際法上の義務は生じていません(これは単年度予算主義を取る日本の援助システム上の縛りもある訳ですが))。
・前政権との間で実施合意に至っていたものを、次の政権が簡単にひっくり返すという、行政の継続性の無さ(まあこれもアメリカで大統領が変わったらそうでしょうし、我が国だって民主党政権の時は相当色々ありましたよね)。
・「両国提案とも採用しない」「再提案を求める」というナスチオン調整相から大使への説明というハイレベルでの公式説明を違え、日本には「ちょっと待ってね」といいながら、裏で中国と秘密裏に交渉して合意していたという、手続き上の瑕疵というか、これも裏切られた感(リニ公営企業相の、「その話を私は知らない」という発言も油を注いだことでしょう。)。
といった部分にあるのだと思われます。

実際、建設規格も含めて正確な詳細は明らかにされておらず、報道ベースに理解するしかないのですが、中国の“第二次”提案はファイナンス面で完全民資(といっても中国の場合国営企業であり実質的に政府であり、両者の連携は日本の官民の連携など比べ物にならないわけで、政府は政策的に幾らでもそれら企業に政府資金を投入できるわけですが)、インドネシア債務保証無し・政府負担なし(少なくとも表面上は)という、インドネシア側の要請に応えたものであり、これに見合った・あるいは上回る条件を日本政府・日本企業は出せなかったことでしょう。

その点からは、インドネシアがその条件に拘る以上、最終的には日本陣営に勝ち目はなかった。現在の日本の援助システム上はそのような条件での援助は出来ません。今後の援助政策上それでいいのかということについてはこれから議論がなされていくかもしれません。
ともかく、現時点では、本件は日イ間で大きな禍根を残す結果となりました。
そして大きく傷ついた両国関係をどのように今後ソフトランディングさせ、回復していくかは大きな課題となってしまいました。

※ 本件については、拙ブログでは例外的ですが、コメントなしという取扱いとさせていただきます。ご容赦ください。

 

 

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