« 2016年6月 | トップページ | 2016年8月 »

2016年7月17日 (日)

いつもどおりではない帰路。

日曜朝は市内のクニンガン地域にあるバクリー大学でインドネシア語の試験。終わった後昼食を取ろうとしたら、市内の某シアターでよく会う方とバッタリ。メンバーとインドネシア語で話をしたいが為にインドネシア語を学ぼうという殊勝な御心がけの方。インセンティブあっての勉強ですからねえ。
Img_0565
随分沢山の飛行機が並ぶようになりましたねハリムも。

帰路はハリムから、15:50発、CitilinkのQG181便でスラバヤへ。
これまではガラガラで遅れることの殆どなかったハリム発着便なのだけれど、Batik Airが乗り入れをはじめ、発着便数も格段に増えた結果、しかも今日は雨な上に、どうやらNZの首相を乗せて来た専用機の到着などもあってか、40分ほどの遅れでようやく搭乗開始。
Img_0559nz
NZ首相を乗せて来た、同国空軍のB757。

そういえば今日は、レバラン開けの、学校の長期休暇の最終日で、地元に戻る家族連れなんかでとっても混雑している模様。ネットで見ると、今日のスラバヤ発ジャカルタ行きは、早朝の始発から最終まですべて満席で、予約サイトでも全く候補便が出てこないという有り様でしたね。
13775495_1064314866990857_905029642
当方の離陸直前、エミレーツのB777がハリムに降りてきました。王族の国賓御来訪?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年7月16日 (土)

ジャカルタへ。あと何回あるかな。

帰って来て早々、この週末はジャカルタへ。
といっても今回は鉄要素ゼロなので、もう記録するだけという感じですな。

土曜日朝の往路は、朝の08:20発、直前の購入になってしまってRp.960,000ととっても高かったBatik AirのID6391便。しかも今回はA320への置き換えが進むこの会社としては珍しくなったB737-900型機。しかしこの機体、導入後ホンの数年ほどと新しいにも拘らず、随分と草臥れた感のある室内。なんでこんなに速くヤレてくんだろうね、この国の乗り物は。
13669078_1063293473759663_813227146
乾季だというのに、最近よく雨が降るスラバヤです。
相変わらずの機内食。後で食べればいいや。
Img_0514

タクシー乗り場が従来の会社別ではなく、各社のタクシーが混ざって列を作り、乗客も来た車に乗るという方式に変更になっていたスカルノ=ハッタ空港のターミナル1から市内へ。
インドネシア人のブルーバード信仰もなかなか激しいようで、以前も他社は空車が待っているのにブルーバードだけは長蛇の列ということが良くありました。
こちらは、昼間だったり、複数で乗る時などはあまり気にせず他社のタクシーも乗ってたし、ブルーバード以外でも「Taksi Ku」「Putra」「Gamya」「CipaGanti」などの各社ではトラブルにあったこともないので、普通に使っちゃってます。この日も、Gamyaの緑色のクルマが停まって前の女性連れが躊躇していたので、「乗らないんなら僕乗るよ」と追い越してさっさと出発してしまいました。

Img_0525
スナヤンからBlok-M方面に向かうあたり、線路が地上に出て来て高架線へ。

今日の泊まりは東京からのヲタ友K原君が泊まって、いるいつものBlok-Mの安ホテルに居候させて貰うのだけれど、来るたびにこのブロックM付近のMRT工事現場の進捗状況を見るのは楽しみですね。現時点では2019年初頭と予定されているジャカルタのMRTの工事現場、特にスナヤンを過ぎて地上に出て、ブロックM駅の予定されているブロックMプラザ前付近までの工事現場は、着々と工事が進んでいるのが肌で感じられます。Mimg_0534
ブロックM駅付近の高架が太くなっているあたり。

続きを読む "ジャカルタへ。あと何回あるかな。"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年7月11日 (月)

タイ~マレーシア国際列車廃止の模様。

ところで、今回旅程を立てるに先立ち色々調べていて分かったのですが、東南アジア・バックパッカー・ゴールデンルートとしても有名だった、タイ・バンコク~マレーシア・バタワース間の国際特急「インターナショナル・エクスプレス」が、廃止になった模様です。

どうやらマレーシア国鉄KTMの電車特急ETSの運行区間が、これまでのKL-イポー間から拡大されて、タイ国境パダンベサールまでが電化開業したことの影響で、この5月19日から毎日5本の特急電車がKLから直通(約5~5時間半。一部列車はさらに南ゲマスまで)で乗り入れて来るようになり、更に7月1日からはバタワース~パダンブサール間に1日14往復ものコミューター電車が設定されるようになったことから、この電化区間にスピードの遅いDL牽引の客車列車を割り込ませる余地がなくなったということなのでしょう。

上述のインターナショナル・エクスプレスに加え、ハジャイ~KL間を結んでいた夜行急行列車も同時に廃止になってしまった模様。
結果、タイ側からは代替列車として、ハジャイ~パダンブサール(タイ側)間に1日2本ほどのシャトル列車(と、旧「インターナショナル・エクスプレス」のスジであるバンコク~パダンブサール間の特急列車1往復)が走ることとなり、パダンブサールで国境を越えた後にマレーシア側の電車に乗り換えてペナンやKLを目指すことが出来るようになったということです。

我々にとって最も身近な国際列車の一つだったタイ~マレーシアの国境越え区間が廃止になってしまったのは残念です。

Hdyp1200132
国際列車の発着しなくなったハジャイ駅ホームにて。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年7月10日 (日)

ナコーンシータマラートにて。

ナコーンシータマラートなんて言っても、知ってる人は普通いないですよね。タイ在住の方でも知らない方が多いかもしれません。当方だって、ここに鉄道が伸びて来ていなければ知ることもなかった街なのでしょう。Nstp1200297
ナコンシータマラート駅からバイクタクシーで移動。

このナコーンシータマラートには、"山田長政の墓"があります。
17世紀初頭、江戸時代初期にシャム、現在のタイに渡り、アユタヤ王朝の傭兵の頭領として地位を高め、またアユタヤの日本人町の発展の一助となったとされています。
その後は彼ら日本人勢力の台頭を快く思わない華人勢力に追われ、事実上の左遷としてこのナコーンシータマラートの統監に任じられ、最後は戦いの際に追った傷に塗る傷薬に毒薬を盛られてこの地で客死したとのこと。Nksp1200284
このトゥン・ターラット公園の奥の方に“日本庭園”と称する一角があります。
こちらが“山田長政の墓”。足元には来訪者?の手形が。

 

Nksp1200295

山田長政といえば、日本人が国外に出ることなど考えられなかった古い時代に、異国に渡って活躍した日本人として日本では英雄視される傾向もあるようですが、当地では現地人に圧政収奪を行ったとして快く思わない声もある、アユタヤや当地の記念碑建立に当たっても賛否両論の議論があったということを、恥ずかしながら、今回の訪問に際して少し調べてみて初めて知りました。
なお、そもそも実在の人物だったかどうかについてさえ、見解が分かれているようですね。

Nksnok_6739430121586187907_n

ナコンシータマラート空港から、NOK AIRのDD7815便、B737NG機でドンムアンへ。LCCですが、水とパンケーキが出ましたよ。
Nokimg_0427_2

で、当方はといえば、ナコンシータマラート駅前からモトサイ(バイクタクシー)で片道40バーツ(120円)、20分ほどで訪れた市内のトゥン・タラット公園の外れの“日本庭園”の一角にあるこの山田長政この地に眠る、の碑の文字の揮毫が、森喜朗元総理というのを目にして、15年以上前の森総理アブジャ(ナイジェリア)訪問ロジの顛末を思い出して、アワアワしておりました。
Nksp1200301
インドネシアの空港では青(Garuda)と赤(Lion)の対比が目立ちますが、当地タイでは赤と黄色。タクシン派と反タクシン派なのですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年7月 9日 (土)

タイ南部ローカル列車の旅(2) ナコンシータマラート支線へ。

パッタルンを30分ほど遅れて出発した列車は、左手に奇岩を眺めながら降り出した小雨をついて北西へ。
この駅で半分ほどに減った乗客は、途中の小さな駅や停留場でポツポツと下車し、大分空いて来た。それと共にさっきまで頻繁に回って来ていた物売りも姿を消す。
となると何か食べたくなってくるのが人の常。うーん。この先で比較的大きな駅と言えば、この列車が本線から分岐するカオチュムトン分岐点駅なのだが、1時間半ほど我慢しつつ13時半近くになって到着したこの駅にも残念ながら駅内食堂や物売りの姿はなし。
ここは駅としてはそれなりの規模だけれど、街がある訳ではないから乗降客がそれほど多いわけではなく、商売として成り立たないのかな。
Kctp1200222
カオチュムトン・ジャンクション駅に到着。あれ、ご飯屋さんがない…
分岐点の駅名票。
Kctp1200232
この駅で当方の到着を待っていた下りナコンシータマラート発・ヤラー行き、即ちこの列車のペアとなる普通455列車が待ち侘びたかのように出発。さてここで機関車を付け替えて、進行方向を変えて出発、かと思いきや、駅員も運転士ものんびりムードでさっぱり出発する気配がない。
どうするのかなー、お腹空いたなー。
Kctp1200237
進行方向が変わるので、機関車を付け替え。

ホーム上には大きな荷物を抱えたお客さんが数名おり、どうやらこちらの皆さんが乗る列車が到着するらしい。
そして待つこと暫し。ナコンシータマラートからのバンコク行き快速174列車がほぼ定刻に到着。目の前には「Restaurant」と大書された食堂車が停止するも、お弁当を積んでいるわけではなさそう。
Kctp1200258
バンコク行きの長距離快速列車(右)が先発していきました。
まだ出発しないのかなー。

Kctp1200245

続きを読む "タイ南部ローカル列車の旅(2) ナコンシータマラート支線へ。"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年7月 8日 (金)

タイ南部ローカル列車の旅(1)

ジョホール・バルからタイ・エアアジアのFD511便で向かったのはタイ南部のハジャイ空港。
雨のこちらで一泊して迎えた翌8日朝、正式名称チュムターン・ハジャイ(ハジャイ分岐点)ことハジャイ駅から乗るのは朝09:18発の普通456列車。所謂深南部ヤラーを朝6時半に出て走って来た列車で、ネット記事を見ても結構遅れて走っているような事が書かれていたのですが、さにあらん。今日は出発時刻の09:18丁度に到着。まあまあじゃん。
とはいってもそれから15分ほど停車したので、まあ多少遅れての出発となったわけですが。
Hdyp1200125
「トレイン・ホテル」なる宿泊施設が入ったハジャイ駅。今回は満室で泊まれず。
駅前には協三工業製のBタンク機が。1950年~65年と活躍期間は短かったようです。

Hdyp1200127

編成は4000型と称する古い電気式DL先頭に、ロングシート改造の行商人仕様?の3等車、ボックスシートの3等車3両に最後尾に荷物車という、地方部のローカル普通列車としては標準的な編成。出発時間ギリギリまで様々な飲み物や食べ物を抱えたおじちゃんおばちゃん物売りが歩き回っているのだがこちらは朝食を食べたばかりで食指は伸びず。
Hdyp1200145
駅員氏の青旗合図で出発進行!
タイ南部はイスラム教徒が多いのです。普段は仏教徒ともお互い尊重し合って暮らしていますが、他方で反政府テロも頻発し、危険情報も出されているというのもまた事実です。

Shanaip1200161

続きを読む "タイ南部ローカル列車の旅(1)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年7月 7日 (木)

初ジョホール・バル空港経由でお出掛け。

レバラン連休に入って民族大移動、高速出口大渋滞(ジャカルタから東に延びる高速の仮の終点である中部ジャワ州Brebesの出口を出るのに半日かかるという話まで発生し、「Brexit」問題などと揶揄する見出しが新聞を飾っていました)などのニュースを横目で見ながら、こちらもちょっとお出かけをさせていただくことに。
今日の出発は朝06:25発のAir Asia X運行XT392便、ジョホール・バル行き。
珍しいでしょ。一応国際空港なのです。シンガポール経由、KL経由、ペナン経由などいろいろ検討した結果、一番値段と待ち合わせ時間などからリーズナブルという判断から選びました。
Ak320jhb_n
エア・アジアのA320機でジョホール・バル空港経由でタイ南部へ。

連休中とはいえ、座席は3人掛けの2人分が埋まるくらいのほどほど丁度いい位の搭乗率で、事前の荷物20kg+座席指定+プレブック・ミールと称する軽食のついたパッケージを購入し、のんびりとパニーニをいただく。流石にホットミールは出してくれないのね。

続きを読む "初ジョホール・バル空港経由でお出掛け。"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年7月 3日 (日)

鉄道模型計画 その12. JR103系電車(二次塗装)。

こちらはいつもの3Dプリンタ製ではなく、ごくごく一般的な市販品のBトレインショーティ・モデルの塗替えです。
とはいえ、当初導入元の武蔵野線時代のオレンジ一色そのままでジャカルタで走り出した103系電車が、この塗装に塗り替えられた時には目を見張りました。当時、新潟色っぽい!と(親しみをもって)評されたこの最初のJABOTABEKオリジナル塗装は、ジャカルタにおける103系の各塗装の中でもお気に入りで、未だに当Blogのトップを飾り続けているくらいですから。
Bcimg3092_2
その後この103系電車は、8連2本と小所帯ながらも、全般検査毎に塗り替えられ、仙石線に少し似た感じの青色系塗装、JR東海にそっくりな白地に緑橙ラインを経て、最終的にはJEBODETABEKコミューターの標準塗装になり、運用を離脱して現在に至っています。日本の車両のデザインを持ち込んで見せた、日本人鉄道ファンの提案が次の新塗装に採用されたという話もあったようですね。

最後の頃は、都心部の短区間フィーダー運行などに入っていたため、そのMT55型と称される国鉄型のモーター音の雄叫びを目一杯楽しむという状況にはなかったようですが、私たちの世代にとって東京の電車・国電と言えばこの103系であり、その象徴であるこの形式がインドネシアの地で走り続けていることは誇らしくもあり、たまーに乗車機会に恵まれると、くじに当たったような、なんだか得したような気分になったものです。

この小さな3両編成の電車も、小型レイアウト上で、スカ色の電車や国鉄標準ツートーン塗装の気動車なんかに紛れ込ませても違和感なく走らせてられるかもしれません。
自分で線一本のデータから作りあげたオリジナルの3Dプリンタ製車両は勿論愛着もあって愛でていたいものではありますが、既製品であってもこの車両にはなにか特別な感情を抱いてしまうのです。
Bcimg3095_2
反対側は非ATCの低運転台車として組み立ててみました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年7月 2日 (土)

マカッサル出張で体調崩す…

マカッサルの事務所はエアコンがビル全体の完全中央制御で、各テナントが独自に温度調節が出来ない!しかも寒い!!中で体調を崩し、半べそかきながらのスラバヤ戻り。は、1日に2本しかないガルーダの夕方便には間に合わないため、21:20発の最終のスラバヤ行き、Lion Air JT701便となりました。機内では水も出ないのは分かってるので、早めに空港について10万ルピア自腹で払ってラウンジで夕食食べながら出発待ち。
Jtimg_0383
満席のLion Airでスラバヤに戻り。あー早く帰って横になりたい。

夜のライオンということで、どーせ遅れるだろう、遅れてもラウンジで寝てればいいや、というのも1,000円払う自分の背中を押したのだけれど、こういう時には奇跡的に(!)定刻にボーディング開始。

しかし既にレバラン連休に入ったインドネシア、普段は安いライオンエアーなのに、今回は購入が直前だったということもあり、往路のGarudaよりも遥かに高いという理不尽というか、まあ仕方がないわけですが。
しっかし狭いなあー。相変わらず。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2016年6月 | トップページ | 2016年8月 »