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2016年7月10日 (日)

ナコーンシータマラートにて。

ナコーンシータマラートなんて言っても、知ってる人は普通いないですよね。タイ在住の方でも知らない方が多いかもしれません。当方だって、ここに鉄道が伸びて来ていなければ知ることもなかった街なのでしょう。Nstp1200297
ナコンシータマラート駅からバイクタクシーで移動。

このナコーンシータマラートには、"山田長政の墓"があります。
17世紀初頭、江戸時代初期にシャム、現在のタイに渡り、アユタヤ王朝の傭兵の頭領として地位を高め、またアユタヤの日本人町の発展の一助となったとされています。
その後は彼ら日本人勢力の台頭を快く思わない華人勢力に追われ、事実上の左遷としてこのナコーンシータマラートの統監に任じられ、最後は戦いの際に追った傷に塗る傷薬に毒薬を盛られてこの地で客死したとのこと。Nksp1200284
このトゥン・ターラット公園の奥の方に“日本庭園”と称する一角があります。
こちらが“山田長政の墓”。足元には来訪者?の手形が。

 

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山田長政といえば、日本人が国外に出ることなど考えられなかった古い時代に、異国に渡って活躍した日本人として日本では英雄視される傾向もあるようですが、当地では現地人に圧政収奪を行ったとして快く思わない声もある、アユタヤや当地の記念碑建立に当たっても賛否両論の議論があったということを、恥ずかしながら、今回の訪問に際して少し調べてみて初めて知りました。
なお、そもそも実在の人物だったかどうかについてさえ、見解が分かれているようですね。

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ナコンシータマラート空港から、NOK AIRのDD7815便、B737NG機でドンムアンへ。LCCですが、水とパンケーキが出ましたよ。
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で、当方はといえば、ナコンシータマラート駅前からモトサイ(バイクタクシー)で片道40バーツ(120円)、20分ほどで訪れた市内のトゥン・タラット公園の外れの“日本庭園”の一角にあるこの山田長政この地に眠る、の碑の文字の揮毫が、森喜朗元総理というのを目にして、15年以上前の森総理アブジャ(ナイジェリア)訪問ロジの顛末を思い出して、アワアワしておりました。
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インドネシアの空港では青(Garuda)と赤(Lion)の対比が目立ちますが、当地タイでは赤と黄色。タクシン派と反タクシン派なのですね。

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