« 2016年12月 | トップページ | 2017年2月 »

2017年1月24日 (火)

コンピューター大学への通学の足は。

少しバックデートになりますが、22日(日)、夕方に空港出迎えがあるので、市内北側で過ごすことに。昼食の後は、コンピューター大学への通学ルートの個人的視察に行ってみることにしました。

Cpimg_3648
コンピューター大学駅舎には、駅名看板がありませんね。奥の白い建物が大学の校舎。

こちら、ヤンゴンから北北西に走るピィ本線のロウガ駅から分岐して東へ一駅、コンピューター大学駅までの支線があるのですが、通学列車が頻繁に運転されているのかと思いきや(確か市内東にあるダゴン大学には10往復程の列車が走っていた筈)、ヤンゴン市内環状線から直通の列車が朝2本、帰りは、これが講義終了時間に合わせてなのでしょうか、上記の朝の列車がずっと留置されていたものが、夕方15時半~16時にかけて戻ってくるという、たったそれだけしかありません。
コンピューター大学の学生さんの動きは、これしかないのでしょうかね。勿論大学正門前の大通りまで出れば市内バスは頻繁に走ってるわけではありますが。

Cpimg_3651
2編成のキハ11が運用入り。左の編成は、反対側の先頭車にバナーが掛けられています。

そして今日は週末ということで、大学はお休み。駅には昼寝を楽しむ鉄道関係者の方々以外は人気がありません。
朝から留置されている車両は、RBE3007-3036, 3020-3017の2連2本のJR東海キハ11。「三瀬谷」なんて方向幕が出ており、紀勢線の運用に入っていた車両のようです。先頭には、JICA支援のバナーが掛けられてますね。これは後で調べたところ、交通安全キャンペーンのものだそうですが、これは撮り鉄の方々にとっては若干嫌かもしれませんね。張られているのは片側の先頭車だけですし、まあこういう一時的なものも記録として良し、と思ってください。

Cpimg_36661
復刻塗装のキハ40系編成の先頭車にも、御覧のとおり。ちなみに1月末でキャンペーンは終了、バナーも撤去されたそうです。

そのホームには、駅員さんや乗務員さん達のお昼の残り?のお米と水が置かれ、沢山の小鳥がついばみに来てました。平和な 駅。

Cpimg_3680
今日の最後は、撮影名所?にもなっている線路市場のある、ダニンゴン駅で下車。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年1月23日 (月)

タラウォー支線に乗る。

さていよいよタラウォー支線の列車が、聞き覚えのある汽笛を鳴らしながら入線。先ほどのJR北海道のキハ141系の2連。こちらを見つけた運転士さんが手を振ってくれます。
ここの切符は、一般のミャンマーの人達が購入する常備の硬券ではなく、我々外国人はIDナンバーを記入する手書きの補充券タイプ? のもので、購入には時間がかかります。でも出発30分前まではやっぱり売ってくれません。運賃250kt。

Lp1260760
タラウォー支線の列車が入線。大勢の乗客が我先にと待ち構えています。

そして入線してホームで待っていた大勢の乗客が乗り込むや程なく、3時半発の筈が、15:05には動きだしてしまいました。駅の時刻表も信用ならないな。
さてJR時代の雰囲気を色濃く残す車内は立客も出る満席。立ち席といっても、皆殆どが床に座り込んじゃったりするわけですが。

Lp1260766
JR時代の面影を色濃く残す車内ですが、色々なものが積み込まれています。

レッパダン駅を出発した列車は程なくピィ方面の本線と別れて西へ。線路規格は明らかに低いですが、速度がそれほどでもないので、所謂“ジャンピング・トレイン”にはなりません。程なく最初の停留所…と思いきや、駅員さん常駐のちゃんとした駅でした。この支線も1日1往復しか列車ないのに、駅員の居る駅は多く、更には踏切にも警手というか、遮断機開け閉め係が常駐しています。すごい人件費だと思うのですが、それだけ人を雇うのなら、保線、特に線路のバラスト撒きにもう少し人を割けばいいのにね。
Lp1260777
並行道路があまりないので、貴重な生活路線になってますね。

そして1時間ほど走ったところで、駅でも何でもないところで列車は停車し、乗客の皆さんが下車していきます。ここが噂の壊れた橋の架け替え現場、約500m位を徒歩で連絡しており、皆さんゾロゾロと歩いて行きますが、疲れた人向けにバイクタクシーもちゃっかり営業してます。

Limg_3587
お年寄りの方も多いのだから、枕木重ねて簡単な踏み台位作ってあげればいいのに、な途中降車現場。

橋の架け替え工事自体は、半分くらい出来たところですかね。西側半分はまだ橋脚の足場を掘っているところで、この乗換運行はまだしばらく続きそうです。で、完成して運行が再開されたら、この数百m区間は、未乗区間になっちゃいますね。乗り直しに来ないと。
しかし、元の橋の方、スゴい線路状態だこと…

16105484_1235678049854537_881982128
右が半分出来つつある新橋、左が元の鉄橋。

続きを読む "タラウォー支線に乗る。"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年1月22日 (日)

レッパダン機関区訪問。

そんなわけで4時間ほどの待ち時間が出来たので、先ずはつい最近まで使われていたLRBE車が保管されているであろう機関区を訪問してみることにしました。

Lp1260705
グリル穴が抜けていない連結面側を表に出したLRBE9号車。

こちら、駅のホームから裏方向への乗降客の裏道から線路沿いに南に少し下ったところにあり、ゲートも何もなかったので、庫内で作業していた数名の中の責任者らしき方に断って中に入れていただくと、目の前には、赤とクリーム色に塗り分けられたLRBEが鎮座してらっしゃいました。二段窓が近代的な、車体載せ替え?と思しきLRBE9号車、バスからの流用部品を多用していると思しき24豪奢、そして9号車と似た雰囲気の57号車の3両と、それらに挟まれた車端出口と中央部に出口を設けた2両のLRBT客車。
Lp1260707
これまで当方はあまり見たことのないスタイルの24号車。左が運転台側です。

これらのうち2両のLRBEがLRBT2両を挟んだプッシュプル4両編成でレッパダンからのタラウォー支線、橋の架け替え現場の手前までの運用を行っていたのでした。ホンのごく最近まで。
まだ運用を離れてから数週間の筈なのですが、車内は埃が溜まり、資材が乱雑に放置されるなど、廃車となって数年が経っているような荒れようですが、窓もドアも開けっ放しでは仕方がないのでしょうか。

16174884_1235545869867755_664180401
こちらは上記の9号車によく似た57号車。9号車は、この57号車の製造時期に車体更新でもしてるのでしょうかね。

そしてその数十メートル先には、この愛らしきLRBEを事実上の引退に追いやった憎っくき(笑)RBE、元JR北海道のキハ142-9と 141-7の2両。こちらが現在タラウォー支線の付け根側の運用に入っているわけです。車体中央部には札幌当時の「学園都市線」のサボ型シールが貼られていますが、「College Town」の文字とは裏腹な、農業地帯を走る列車なわけですが。ヤンゴンのコンピューター大学やダゴン大学の運用であれば面白かったのですがね。

16114691_1235546416534367_634187852
レッパダン機関区で出発準備中のJR北海道キハ141系RBE。

こちらでも、出発を前に車両の整備確認に勤しむ乗務員と思しき方から、どこから来た、タラウォーにいくのか、LRBTはもう走ってないぞ、Japan Good!などと歓迎されました。先日訪問したピュンタザの機関区では随分厳しく、写真なんかとんでもない、なんて反応でしたけれど、随分場所によって反応が違いますねえ。
Lp1260724_3
新旧交代の図…

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年1月21日 (土)

タラウォー支線へ行こうと思います。

今日はヤンゴンから北北西、ピィ方面への幹線鉄道で70マイルあまり、クルマでよく整備された一般国道を3時間ほどのレッパダン(Letpadan)という街へ。

観光地でも何でもないところなのでガイドブックにも当然出ていませんが、ミャンマー鉄な皆さんには有名な地名ですね。特にここ半年ほどでしょうか、このレッパダンから西へ伸びる23マイルほどのタラウォー(Tharawaw)という小さな集落までの支線の途中の橋梁の架け替え作業の関係で、レッパダンから橋の手前までの運用にカーヤターことLRBE(といっても判らないかもしれませんが、先日のマダウ支線で活躍していたトラック改造の簡易気動車とでも呼べばいいでしょうか)が運用に入ってからというもの、急に知名度が上がったかもしれません。

Lp1260666_2
NgaPuGale(なんと発音するのでしょう)を通過する、元のタラウォー直通、現在はレッパダン行きの69UP列車。当時の名残か、Upper Classを2両も連結する立派な編成。

残念ながらこのLRBE運用は最近になってJR北海道のキハ141系気動車(RBE)に置き換えられ運用を終了したというネット情報を目にしており、この移り変わりの激しいミャンマーでは、一期一会というか、今あるものがずっとあると思うなというか、気になったら兎も角すぐに飛んでいけという状況であることを見せつけられた出来事でした。

そんなわけで、LRBEの期待はありませんが、この週末土曜日にこの支線に出かけてみることにしました。

Op1260656
交換するのはピィ発チミダイン行きの64DN列車でしょうか。こちらは中国大連製のDF2000が牽引。

この支線自体は、結構な歴史を持った路線のようです。英領ビルマに初めて鉄道が開通したのは1877年、ラングーンからプローム(Prome)、現在のピィまで(現在の路線で161マイル)の路線が「Irrawaddy Valley State Railway」によって建設・開業したとされていますが、同社は1896年に他の2つの鉄道会社と統合されて国営というか、植民地政府直営の「Burma Railway Company」となり、この鉄道会社がイラワジ(エーヤワディ)川西岸のパテイン(バセイン)周辺の農業地帯の農産物をラングーンへと運ぶためのルートとしてこのレッパダン~タラウォー間の支線と、タラウォー~ヒンタダ(ヘンザダ)間を蒸気フェリーで連絡して、ヘンザダ~バセイン間の82マイルの路線を1903年に全通させたとのこと。

ネット情報では、当時はこのフェリー、ラングーンからの列車に連結された一等車をそのままフェリーに積み込んで対岸に渡すという車両航送までしていたというから驚きです。

16105806_1235545909867751_461644639
レッパダン駅。入口が閉まってるように見えますが、はい。現在の旅客用出入口が少し左手側にあります。

その(元)幹線路線も現在は、当時の名残でしょうか、ヤンゴン市内のチミダインを朝06:15に出発するタラウォー行き(レッパダン発11:00、終点タラウォーで折り返してチミダインに21:45に戻る)の他、レッパダン発04:30、15:30(タラウォーで折り返して、それぞれ09:05、21:50にレッパダンに戻ってくる)の2往復の支線列車の、合わせて3往復、それが橋梁架け替え工事の影響で実際には1往復しか走っていないような状況になってしまっていました。

16115006_1235608793194796_2444585_2
タラウォー方面には3往復の列車が記載されたレッパダン駅の時刻表。なのですが・・・

今日も、11時のタラウォー行きを目当てにレッパダンまで来たのですが、時刻表には(解読には時間がかかる訳ですが)3往復のタラウォー方面行きが書かれていながら、駅員氏の説明では次の列車は15時だと言われてしまったわけで、4時間時間を潰さなければならないことに。現地の駅掲示情報が違っているのですから、もうお手上げですよね。

Lp1260751
開通当時からそのままではないの?と思わせるようなデザインの信号所。@レッパダン駅。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年1月17日 (火)

お仕事終わり、帰ります。

ハノイに来て早1週間以上、今日のお昼でお仕事おしまい。近隣国から20人以上の所謂“応援出張者”が集まっているし、そもそものハノイの事務所の皆さんと、打ち上げ位したいところなのですが、そのためにはもう一泊しなければならないわけで、最近の我が社の予算事情はそんなことは許してくれないようですので、あっさりとヤンゴンに帰ります。
市内をゆっくり歩いて回る余裕もありませんでしたので、街並みや観光地の風景も無しで...

Vimg_3536
ハノイ空港、ホーチミン空港に比べれば規模は小さいですが、新しくて綺麗ですね。

今日の出発は16:40発のVN957便、先日ヤンゴンからここへ飛んで来た便はこれの折り返しですね。機体も同じA321型、レガシーキャリアとはいえ、シートTVもないですし、食事も往路に比べても満足度今一つ(美味しくない)し、流石に疲れて溜まってるんで寝るだけですね。

Vimg_3540
帰りの機内食は、シーフード・ヌードル(春雨みたいな)か、フィッシュ(チリソースかけ)とライス、という、海の幸2種からの選択でしたが、あまり美味しくなかったのが残念。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年1月 9日 (月)

またベトナム。今度はハノイ出張へ。

ちょっと飛ばしてしまいますが、今日は夜19:10発のベトナム航空VN956便にてハノイに飛んできました。

今日から10日ほどの出張、ホントはジャカルタの方のイベントに行きたかったんだけど、仕事で言われる以上、我が儘言う余地はないので仕方ないですね。
前回のラオスよりは、本番が短いので、あの時ほどは疲弊せずに済む筈… と信じての出発です。

15965584_1225399710882371_4957739_2
この便でハノイに飛ぶと、日本や韓国への夜行便に接続するちょうどいいフライトのため、日本人・韓国人の乗り継ぎ客が何組かずついました。

15871944_1225515724204103_456878859
RGN→HAN、VN956便の機内食。夕食時なのですが、少し少な目?
まあまあ美味しかったです。

続きを読む "またベトナム。今度はハノイ出張へ。"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年1月 7日 (土)

ティラワSEZ公式訪問w

週末の今日は、えーっと、週明けから出張が入っているので、今日は事前の気分転換?に、近郊でまだ行っていないところ、ヤンゴン南東郊で鋭意開発進捗中のティラワ経済特区(SEZ)に行ってみることにしました。

Tp1260598
小型DLに引かれた客車2両のティラワ行き列車。

ヤンゴン中央駅から北東方向、マンダレー本線と環状線との分岐駅となるマルァゴン駅から乗車したのは、当駅12:40発、DD900型DLが牽引する客車2両の短編成列車で、流石に結構混んでおり立ち客多数、こちらもやむなく立っての出発でしたが、1駅、2駅と過ぎる毎に結構な数の乗客がパラパラと下車していき、スイッチバックとなるトウチャンカレーに到着する頃には1ボックスに1~2名という乗り具合に。
この駅で機関車を付け替え、今度は列車は南西方向に向かい、本線から分かれていきます。

Tp1260583
長大橋を渡って工業地帯へ。

本線とは格段に線路状態が落ち、ゆっくりとそしてユラユラと揺れながら走る列車は、放置された数台の日本製中古バスを車窓から眺めながら、「南ダゴン工業団地」のインダストリアル・ゾーン駅を過ぎ、暫くするとバゴー川を渡るタンリンの大鉄橋に列車はさしかかります。この鉄橋、中央に単線の鉄道橋、両側に上下線の道路今日が併設された大型橋で、1993年に中国の援助で建設された橋です。長大橋ではありますが、トラス橋なので、撮影ポイントとするにはなかなか難しい感じですね。
Tp1260607
東大学への支線を分岐。こちらの方が本数は多いようです。


続きを読む "ティラワSEZ公式訪問w"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年1月 5日 (木)

格安便で帰ります。SGN-RGN

ホーチミンシティからの帰路は、以前ダラットに行った際に乗ったことのあるベトナムのLCC、VietJetAir。ここからヤンゴンまで毎日1往復しており、ネットで調べてみると料金は破格の15米ドル! 勿論これに税金だの荷物料金だのとられるんですが、それでも80ドルくらいか、安いですね。

Vimg_3407
レジを記録していないのでどこから来たのかわからなくてスミマセン、真っ白な機体。

思わず金満日本人は札びらで頬を叩くようなお大尽な真似をしてしまいましたよ。いや、足下の広い非常口座席を3ドル出して買った、って事ですけど。こういうLCCの客層は(というと若干差別的ニュアンスが入っちゃいますけど)、少しでも安く乗りたい人が多いので、(Air Asiaでいうところのホットシートのようなエキストラチャージを取られる席のところは)満席にでもならない限り、非常口座席の真ん中(B席・E席)には人は乗ってこないので、横幅も楽々なのが更にいいところ。

今日のフライトは、どこからかのリース機と思しき、真っ白な期待に垂直尾翼部分に同社のロゴだけ書いたような機体でした。

Vimg_34041
レシート搭乗券の多いLCCですが、今日はこんな立派な紙でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年1月 4日 (水)

汽車旅で始まる誕生日。

さて誕生日です。また歳をとってしまいました。もうあんまり嬉しくないわけですが、そんな気持ちを吹っ切るべく、早朝ホテルで朝食代わりの箱詰めを受取り、サイゴン駅(街の名前が変わっても、駅の名前は変わってないんですね)から朝06:40発の観光列車に乗車。

Vimg_3351
サイゴン駅で出発を待つSPT2列車(右)。

この列車、ホーチミン市から北東に200kmほど行ったところにあるファンティエット(PhanThiet)という街へ向かう列車ですが、ある種観光列車的な売り出され方をしています。というのもこのファンティエット市街地の東側にあるムイネーというエリアが、一種ビーチリゾート的に開発されており、そこへの行楽客輸送という意味合いがあるのですね。
昨夕サイゴン駅では、現金をもたないまま到着したのですが、駅のカウンターが市中よりも若干悪いレートながらドル換算で切符を売ってくれたので、今朝は切符が有るか心配することなく、駅にやってくることが出来ました。
Vimg_3352
切符はレシート様で、蒐集欲が湧かない・・・

以前ネットで見た情報では、二階建て車両を連結した編成だった時期もあるようですが、今日は全部平屋の7両編成。トリコロール・カラーに塗られたソフトシート(上級クラス)車の車内にはゆったりとした座席が並び、車掌から水とウェットティッシュのサービス。この辺は定番ですね。毎日ホテルの部屋と乗り物で水を随分貰うので、この旅行中は水を買う必要が全くありませんでした。

Vimg_3338
ファンティエット乗り継ぎでムイネー、ホンロム方面への観光をアピールする看板。

さてこの列車ですが、サイゴン駅を定刻に出発、程なくサイゴンにまもなく到着せんとする夜行列車とすれ違いながら一路北東へ。ホテルのパンとリンゴ、ヨーグルトだけの朝食パックにガッカリする当方を乗せた我がSPT2列車は、ホーチミン市~ハノイ間を結ぶ“統一鉄道”の本線を快走していきます。その本線上の列車であれば別にわざわざこんな早起きする必要もないのですが、実はその約200km、4時間弱ほどの行程の最後、本線上の駅ムオンマン(MuongMan)から分岐して1駅だけの支線を走る唯一の列車なのです。なので、ここは乗っておかなければならないんですね(笑)。

Vimg_3356
ゆったりとしたクロスシートが並ぶ車内。幸い今日は進行方向側でした。

続きを読む "汽車旅で始まる誕生日。"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年1月 3日 (火)

プノンペン→ホーチミンシティ、超有名国境越えを行く。

今日は移動日。
朝ホテルまで出迎えのクルマでピックアップして貰い、市内南西方、オリンピック・スタジアム(プノンペンで五輪が開催されたとは承知していませんが)近くの路上から、Hyundai製の大型バスに乗車。こちら、45人乗りくらいの大型車なのですが、乗っているのは当方の他には5人ほど・・・
と思いきや、うち2人もどうやら関係者らしく、実際の乗客は当方の他には3人ほどしかいないらしい状態で出発。

Pimg_3311
このHYUNDAIユニバースの大型バスに、乗客は5人だけ…

市内を南方向から出て途中で本来の幹線ルートに合流し、一路東へ。今日はこの国際バスでベトナム南部の中心とし、ホーチミン・シティを目指します。
この区間、この地域を流れる大河メコン川を渡るネアックルーンという集落で渡河フェリーへの乗り換え(と順番待ち)を余儀なくされるため、ほぼ丸一日がかりの(距離の割には)結構な時間を要していたのが、およそ6時間程度にまで短縮されたのだそうです。
プノンペンからこの橋までは(途中15分ほどの休憩を挟んで)およそ2時間ほど。

Pimg_3321
見えてきました。立派だなあ!

以前円借款関係の仕事をしていた頃、自分も少しだけ関わった国際橋を見に行ったことがありますが、こういう案件に関わった人であれば、その完成した橋を渡るのは感涙ものだというのがよくわかります。

この橋の建設にあたっては、住民移転があったり、工事作業中に不発弾が見つかったりと、目出度い話ばかりではなく関係者の苦労も多かったと伺いました。それでも、混雑時には7時間!待ちなどという状況もあったこのボトルネックが解消されたことによる、物流の円滑化がもたらした経済効果は如何ばかりだったかと考えてしまいます。

Pp1260497

続きを読む "プノンペン→ホーチミンシティ、超有名国境越えを行く。"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年1月 2日 (月)

復活カンボジア鉄道の旅。

ちょっと時間が開いて結構なバックデートになってしまいました。

プノンペン駅を出発した列車は左手にボロボロの焼け落ちた客車が残る機関区を見ながらゆっくりと、次第にスピードを上げて走り出しました。
最初の駅…この列車は停車しませんが、それは即ち現在週末のみ運行されているこの観光列車の停車駅、タケオとカンポット以外の駅は全て営業しておらず、廃駅あるいは休止中なわけですが、ポチェントン駅をゆっくりと通過。プノンペンの国際空港は「ポチェントン空港」とも呼ばれているとおり、空港最寄り駅なわけですが、まあ勿論一般列車が運行されていた当時から空港アクセス鉄道として機能していた訳ではありませんが。

Cp1260371_5
生々しいですね。15年ほど前に乗った時も、こんな感じだった記憶が。

程なく西へ直進するバッタンバン方面への北線を右手に分け、こちらは左へ分岐し一路南へ。左手に貨車と機関車が見えたかと思ったら、Google Earthの写真でも屋根の上に書いてある文字がしっかり読める「Khmer Foods」の貨物駅をゆっくりと通過。
ここまでは良かった?のですが、市街地を出た途端、手元のスマホ…空港で3ドルで買ったCellCardのSIMは全く電波を拾わなくなってしまいました。なので、ちょっと面白そうなものが目についたとしても、現在位置を確認することも出来ません。これは驚いたことに沿線随一の主要都市であるタケオ駅でも同様でした。

Cp1260462
単調な風景が続く中にも、時折水辺の風景も。

郊外に出てしまうと、車窓風景はどちらかといえば単調。田圃か畑が広がる長閑な田園風景。スピードはそれほど出ておらず、心地よい揺れに身体を任せていると、元旦から早起きということもあって次第に眠くなって来ました。
途中2時間少々で最初の停車駅はタケオ。

Cp1260388
最初の停車駅、綺麗に整備されたタケオ駅に到着。

かつて1992年から93年にかけて陸上自衛隊の施設大隊が初めてPKOとして海外派遣された時、道路補修などに従事していた拠点の街でした。私も2000年頃にそのキャンプ跡地を訪問したことがありました。
車内ではハンドマイクを持った乗務員氏がカンボジア語と英語で「15分停車」を告げるので、殆ど全ての乗客はわらわらとホームへ。週末に1往復するだけのこの列車を目当てに地元のおばちゃん達がホームの駅舎側で簡易露店を出して待ち構えてました。

Cimg_3226
屋台のおばちゃん達と群がる乗客・・・じゃなくて職員だね、この人は。お客さん優先とかいう考えはないかな?

焼き鳥や魚、野菜などの食べ物、缶やペットボトル入りの飲料、そしてなんだかよく判らない雑貨品まで。皆朝食抜きで小腹がすいて来たのか、乗客だけじゃなく乗務員も結構買っている模様。
程なく汽笛が鳴って出発準備完了か。さあ行きましょうか。

続きを読む "復活カンボジア鉄道の旅。"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年1月 1日 (日)

今年の旅はプノンペン駅から♪始まります。

新年明けましておめでとうございます。

今年のお正月はヤンゴンで迎え・・・なかったですね。転勤して来て最初のお正月だというのに。

31日朝のThai Air Asia便でプノンペンに飛んできて一泊、元旦早々朝の6時台からプノンペン市内中心部の鉄道駅に立つことになりました。一年の計は元旦にありです。

今日の鉄始め?乗り初め?は昨2016年4月に復活運行を始めたばかりのカンボジア王国鉄道(Royal Railways of Cambodia)からになりました。
Cimg_3209_2
規模は小さいながら、中々整ったデザインですね。プノンペン駅。

フランス植民地時代の1930年代に建設・運行を開始し、かつてはこのプノンペンと西部タイ国境のポイペト、そして南のシアヌークビルまで2本の路線合わせて650kmほどを運営していたカンボジア鉄道ですが、1970年代のポルポト政権とその後の内戦状況下で鉄道路線も大きく損壊し、それでも2000年代初頭までは細々と運行が続けられており、当方も一度、プノンペン駅発の列車・・・無蓋貨車でしたが、それに少しだけ乗車してみたこともありました。
Cimg_3216_2
如何にもおフランス~なデザインのディーゼルカー。内戦を生き抜いて、復活したのですね。
そして後ろの高層ビルが、急速な発展を遂げるプノンペンを象徴しています。

そこに外資が入ったのか、海外から運営支援を受けたのか、詳細は存じないのですが、内戦を生き延びた気動車や客車をきれいに整備し、プノンペン~シアヌークビル間の南線に週末だけ運転の観光列車として復活、運行が開始されたのでした。この正月休みでは、今日元旦だけが運行日ということで、少々無茶な批判を甘んじて受けざるを得ない日程ですが、この日をおいて他にないので、乗ってくることにした次第です。
Cp1260332_2
なかなか好ましいスタイルの古典客車ですが、おでこを見るとわかるように、家庭用エアコンで冷房化済です。

 

続きを読む "今年の旅はプノンペン駅から♪始まります。"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2016年12月 | トップページ | 2017年2月 »