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2017年9月11日 (月)

DMUに再会! @シュウェボー

シュウェボー、18世紀中盤にこの地域の王都が置かれた時期があり、航空写真で見ると真四角型の城壁と堀が残っています。2014年ミャンマー初の世界遺産に登録された「ピュー遺跡群(古代都市)」の一つハリンからほど近い観光の拠点でもありますが、当方がこの街に来たのは、勿論それらの観光が目的なわけではありませんのはご想像のとおり。
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簡素な造りのシュウェボー駅にクルマで到着。

前回4月にミッチーナから南へ旅行してくる過程で、このシュウェボー~キンウー~イェーウー~ティンテェインヤン迄の区間に、不思議な国産改造軽気動車?ともいいましょうか、DMUと称する列車が運行されていることを確認したのですが、当日は生憎当方が乗ろうとしたキンウー駅で故障の憂き目に遭ったところで、今回はこれにきちんと乗車するのが一つの主要目的でした。
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DMU、まだ現役でした! (南側)

シュウェボー駅で終点ティンテェインヤン迄の切符を取り敢えず求めて駅構内に入ってみると、左手側(北側)の側線に、いましたいました。トリコロール・カラーの塗られた2両編成の、誠にけったいな、いや愛らしい姿のDMUが。
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駅構内には蒸機時代の給水塔が。近づいて見ると、1907年製の銘板が貼られていました。

このDMU車両、2000年代前半に国鉄MRの工場で製造された国産車両で、後述のLRBEとは異なり、国内で入手可能だったトラック用エンジンと変速機等を用いながらも、タイヤ駆動ではなく通常の鉄道車両と同じ鉄輪駆動となっているのが大きな違いでしょうか。
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ノンビリと草を食む牛さん達に囲まれるDMU(北側)。お友達扱い?

とはいえ、実はLRBEにも鉄輪駆動のものも有り、日本でもごくコアな皆様の羨望を浴びているLRBEとDMUとの違いが実は正確にわからないのですが、軍政下・経済制裁を受けていた時代、フィーダー鉄道車両の不足に対応するためにミャンマー国鉄MRが国内で、国産していた日野トラックのシャシーとエンジン、駆動軸(タイヤ)を転用して、それに軽鉄道車両ボディを載せて動力車としたのがLRBE(Light  Rail Bus  Engine)。これが、2~3両の小型付随客車LRBTを牽引して、蒸気機関車を置き換える形での支線運用や本線でも短区間のフィーダー運用に入って行きました。そのLRBE運用は現在北西部カレイミョ地区に残るのみで最早風前の灯火という状況にありますが、他方でこのDMUと呼ばれる車両も、一時期はヤンゴン近郊区間でも運行されていましたが、現在では全国でもサガイン地域のこの区間1運用を残すのみとなっています。
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駅前の茶店でお茶を飲みながら、一休み。

DMUも、LRBEと同様に国産製造された片運転台式の動力車2両が昼間に付随車を挟んで、あるいは動力車2両のみの背中合わせといった運行をしていた(いる)のに加え、こちらは両運転台式の車両もあるので、ひょっとしたら単行運転あるいは、終点駅での付け替え作業を行う形で付随車をぶら下げて運転していたこともあったのかもしれません。

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マンダレーからのミッチーナ行き急行列車がシュウェボー駅に到着。

駅前の喫茶店でお茶+蒸し饅頭で軽食をとりながら待つこと暫し。S尾さんの乗ったマンダレーからの急行列車が程なく到着です。

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