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2017年12月 4日 (月)

タンピュザヤへ。

3日日曜朝、借上車を頼んでモーラミャインから65kmほど南のタンビュザヤへ。

この地名は比較的メジャーかもしれませんね。第二次世界大戦中に日本軍がタイとミャンマーを結ぶために建設した、所謂“泰緬鉄道”のミャンマー側の起点駅がこのタンピュザヤです。この全長約415km(ミャンマー側111km・タイ側304km)の泰緬鉄道、日本軍による正式名称は「泰緬連接鉄道」、「Thai-Burma Railway」については、俘虜や“ロームシャ”の酷使から大量の死者を出したことで「Death Railway」として有名ですが、ここでは勉強不足の当方から詳細を書くことはまだ控えます。巷には数多のサイトや書籍等がありますので,ご確認いただければ幸いです。例えばWikiなど御参考。
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タンビュザヤ駅に寄り道。

そのタンビュザヤに昨2016年1月に開館したのが「The Death Railway Museum」。この鉄道に関する展示としては、タイ側のカンチャナブリーの博物館に展示があるほか、クワイ川鉄橋、チョンカイの切り取り、アルヒル桟道などタイ側に残された・設けられたものが圧倒的に多くなっています。
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博物館の建物。目の前のオブジェ、はこちら

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ミャンマー側では、このタンビュザヤ(モン州)よりタイ国境側(山側)のカイン州(旧称カレン州)においてカレン民族同盟(KNU)が独立を要求して武力闘争を長期間散発的に継続、外国人の立ち入りが制限されており、この区間の線路跡や残存施設についての鉄道趣味面での確認が出来ていない状況です。その為、この博物館が開館する前からこの泰緬鉄道分岐点近くの森の中に保存(管理が行き届かず密林の中に放置という雰囲気だった模様)されていたC56型蒸気機関車が唯一確認出来た遺物だったようです。
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博物館の中は、こういっただまし絵写真撮影場所や、
当時の状況を描いた展示が多いですね。

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モーラミャインから1時間半ほどで着いたそのタンビュザヤ、綺麗に整備された鉄道駅にお邪魔してから市街地の南側の国道とダウェー方面への線路に挟まれた三角地帯にある博物館を訪問。入館料(外国人)Ks.5,000を払って敷地内に入ると、真新しい建物の前には工事を再現したと思しき人形など。建物内に入ると“だまし絵”的な写真撮影スペースが中央に鎮座しており、その他にも日本軍の兵隊が俘虜や現地人労務者を酷使している場面を再現した人形、当時の路線図や開通時の写真などが2フロアに亘って展示されていました。

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この手の資料は、持って帰りたいところです。

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その中の一つ、これはミャンマー側廃線区間に残された、橋脚等の遺構のようですね。情勢が落ち着いて現地に行ける日は来るのでしょうか。

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こちらは博物館建設当時、日本人学校だった置田氏が寄贈した、「世界平和の塔」と書かれた碑。博物館の展示が(欧米元俘虜生存者の意向を受けて)対日糾弾施設とならないように手弁当で交渉していたそうです。

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屋外展示で見るものは3点。

こちらはこの鉄道で使用されていた蒸気機関車ですね。C0522号車との車番が付けられています。戦後タイ側から日本に返還され靖国神社の遊就館に展示され、あるいは大井川鐵道で動態保存運行されているものと同じ、C56型です。こちらの方は、戦後も長く、1980年代後半まで現役だったそうなので、それもまた驚きです。

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屋外に展示されたC.0522号機、C56型蒸気機関車。

この機関車、博物館敷地の脇を走るダウェー方面への現在線の北西側に、南東方向を頭にして短い線路の上に置かれていますが、これはおそらく旧線の線路敷きではないですね。泰緬鉄道は南北に走るモーラミャイン~イェー(当時の線路はここまで)~ダウェー間の本線から南東方向に分岐していたわけですから。

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泰緬鉄道起点の碑。

2つ目の見るべきは、そのC56型蒸機の乗る線路の延長線が本線と合流する地点に立てられている、泰緬鉄道起点の碑です。「Myanmar Thailand Japanese Death Railway Line Starts Here 1942 1943」と書かれています。日本人的にはどうしても、タイ・マレー半島側からミャンマーを目指して敷かれた鉄道、カンチャナブリー側ノーンプラドックが起点でこちら側が終点と捉えてしまいますが、鉄道自体は泰緬双方から建設が開始されたので、ミャンマー側にとってはここが起点の地なのですね。

この地点から南側、線路は交換信号場のように部分複線になっています。片側が通常使用の本線、若干錆付き気味のもう一方が待避線だとは思いますが、この東側の待避線が戦前の泰緬鉄道に繋がっていた線路そのものかどうかは、??ですね。

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KNUから返還された、当時使用されていた、レール。

その泰緬鉄道で使われていたレール、がもう一つ、3つ目の見所です。先述のKNU軍から寄贈されたものだそうです。鉄屑として売り払われたりせず、その歴史的な価値を理解してくれる人が“反政府ゲリラ”の中にもいるのですね。あ、話をつけて現地踏査に行こう、なんて考えてませんから。

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