« 2018年1月 | トップページ | 2018年3月 »

2018年2月26日 (月)

環状線イベント列車を楽しむ。

Tt20180223_142459_2
今回のスケジュールはこんな感じ。5分早発、途中15分ほど遅れたりしましたが、到着はほぼ定刻でした。
前々日くらいにこれをメールで受け取ったのですが、見慣れた様式の紙でこういうものを見せられると、段々実感が湧いてきます。
ヤンゴン駅を15:40に出発してヤンゴン環状線を反時計回りに一周、する過程で途中タダレー、空港滑走路近くのワイバゲ、ゴルフコース、チーミンダインの4駅に停車してホームに下車可ということになりました。築100年近くになる駅舎が見どころでもあるチーミンダイン駅はともかく、他の3駅は通常在留邦人が訪れるような駅ではないところを敢えて選んでみました。
Kimg_1962
最初の停車駅タダレーにて。東北地方同士の並びですね。

Kimg_1968
滑走路近くのワイバゲ駅。残念ながら停車中に着陸してくる飛行機はありませんでした。

Kdsc_1673
読者の方提供。ミンガラドン付近を走るイベント列車。この辺りは空軍の見回りがあって、飛行機を撮ってるとやめろと言われますが、汽車を撮ってる分には問題ないそうです。

Kimg_1973
この駅にゴルフバッグを抱えて降りる人はまずいない、ゴルフコース駅。乗務員の方も機嫌が良さそう。

走行中の車内では、参加者の自己紹介、書籍「絆の列車は未来へ向かう」の著者玉懸光枝さんのミニ講演会(出版裏話?)、旅行社さん手配のサンドイッチやスナックを食べつつ、後半の車内ではミャンマー鉄道・環状線に関する○×クイズ大会(優勝賞品はヤンゴン->マンダレー間の夜行寝台列車乗車券!(但し片道のみ))などが続き、
また、クルマでこのイベント列車を追い掛けて途中3箇所で走行写真の撮影をしていた撮り鉄「T原さんを探せ!」などの飛び込みイベントも行い、その他にも、片側交互通行区間手前の“市場駅”ダニンゴン駅で暫く停車したり、ヤンゴン駅直前のパヤーラン駅でもいつものように少し待たされてみたり、普段の列車だとそれなりに退屈したりもする1周2時間40分の旅はあっという間に過ぎ去っていきました。
Kp1320303
ダニンゴン~インセイン間は工事の為片側通行。普段は逆向きの列車が走る右側の線路を進んで行きます。

Kp1320305
車内では記念切符(笑)の裏を使った〇✕クイズ大会。優勝したT中さん、おめでとうございます。ちゃんとマンダレーまで寝台車で行って下さいね。

Kp1320331
前面貫通路は冷房車のこちらも開けっ放しなので、参加者が入れ代わり立ち代わり写真や動画の撮影に。しかし屋根上のクリアランス、ホントにギリギリですねー。

Kp1320339
最後の停車駅チーミンダイン。大分薄暗くなって来ました。

Kdsc_1733
読者の方提供。間もなく夕暮れのヤンゴン駅に帰着する列車。パヤーラン駅ですかね。

終了後は子連れの方を除いた十数名の有志が、このイベント列車の実施を決めたJR東日本「仰光」駅の看板が掲げられた市内の居酒屋で打ち上げの二次会。終わってみればあっという間でした。とっても楽しかった♪
またやるか、と言われると、うーん、ではありますが(笑) 臨港線に三鉄車とか、LRBEとか、ね。
Kimg_2112
終点ヤンゴン駅6番ホームに無事帰着。あぁ、楽しかった♪
参加者の皆さん、お疲れ様でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月25日 (日)

環状線イベント列車、出発進行! 

当地最大の日本祭り、ジャパン・ミャンマー・プエドー2018の余韻もさめやらぬ日曜日の今日は、朝から浮かれ気分と心配感が交錯して廻っていました。飲んだ場の勢いで実施を決めて以来3ヶ月間、諸々の調整に随分苦労しましたが、今日はその本番。ヤンゴン駅の西側を跨ぐ陸橋から、1番線側に2両の白い三陸鉄道36型が停車したのを見つけた時には、本当にホッとしました。あぁ、ちゃんと、来たんだ・・・と。
Kimg_1935
ヤンゴン駅1番ホーム、マンダレー行き特急の後ろに、2両編成の元三陸鉄道RBEが待機していました。

閑話休題。

今日はヤンゴン環状線でイベント列車を走らせる日です。
開発援助業界誌「国際開発ジャーナル」誌編集長の玉懸光枝さんが誌面に連載していた、JICAを通じた我が国のミャンマー鉄道支援の記事を纏めた書籍「絆の列車は未来へ向かう」の出版記念にかこつけて、このヤンゴン環状線1周の貸切列車を仕立て、車内で宴会しちゃいましょう!と飲み会の場に居合わせた面子で合意。
Ktamabon2
こちらがその書籍(ミャンマー語版・日本語版)です。
御関心の方はJICA事務所へコンタクト下さい。

Kimg_1942
参加者一同集合し、受付を済ませ、ホームへ移動。上がります♪

その後の交渉過程で酒類を持ち込むことは国鉄MR側からダメ出しされてしまい、車両は当初案のロングシートのJR東日本キハ48(の車内をお座敷風に使用する)から、母子連れが多くなりそうだったのでトイレ使用可のVIP用車両に変更し、
直前になったら今度は環状線改修工事(片側通行区間の発生)の影響など諸々ありましたが、間に入ってくれた当地の旅行会社さんのネーピードーまで出向いての交渉下さった甲斐もあって、ようやくこの日の運行にこぎ着けられたわけです。
Kimg_1946_3
みんなで記念写真。こういうバナーは当地、手軽に安く作れます。

最終的に国鉄MRの担当局長名での運行許可レターが発出されたのが、2月16日だったか、実施まではもう10日ほどしかありません。慌てて友人知人にあらためて声掛けをしましたが、流石に日本からこのためにやって来るのは難しいタイミングになってしまいました。
Kp1320215
この三陸鉄道36型、元は長距離快速「リアス・シーライナー」で使うためにリクライニングシートに換装されており、当地ではVIP車両として仕様、エアコンも存置されています。車体中央部の天井が低くなっているのがわかりますね。

それでも、当方を含めて幹事役の3人が声掛けをしたところ、1両(定員38名)は満席になるだけの参加者は無事に集めることが出来・・・、たら今度は、実は2両編成で動かすことになったという衝撃の通知があったり(社内イベントをやる予定なので、声が通る1両で収めないといけないので、1両で構わなかったのですが)、2日前になって運行時間がまだ変更されたりとか、まあ色々ありました。
Kp1320217
日本語の少しわかる運転士さん。今日のために抜擢?

出発40分前にヤンゴン駅の一角に一同勢揃いし、記念バナーを手に記念撮影、予定より5分ほど早く(笑)無事に出発進行と相成りました!
Kdsc_1494
読者の方提供。
インセインの車庫からヤンゴン駅へ向かう回送列車を撮って下さった方がいらっしゃいました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月23日 (金)

鉄道模型計画 ミャンマー編 その15.

JR北海道 キハ141系 難易度★★★

札幌近郊の輸送力強化のため、余剰となっていた51系客車を改造・気動車化して製造された車両で、その14.のキハ40系北海道仕様車と同様の極寒地使用の小窓・二重窓となっていますが、窓・前面扉全開でこの南国の地で活躍しています。
パコックからのエーヤワディ川西岸(北)路線や、モンユワのボディタタウンへの支線、ピョーブエ~ナッマウ(新)路線などで使用中。レッパダン~タラウォー支線の橋梁掛替工事中の区間運転でもLRBEを置き換えて運用されてましたよね。
このJR北海道時代の原色の他、赤地に太いクリーム帯の“711系色”や、赤クリーム・ツートンのMR標準色に塗り替えられたものもあります。
B141img_2131b1 
マンダレー~モンユワ間のキハ40単行都市間列車と並ぶ、ボディタタウン支線のキハ141という妄想で。

模型では、Bトレの製品は当然出ていませんので改造して製作することになる訳ですが、ベースとなるGMの完成品の中古品流通価格が高額。なため、ショーティ化すべく切り詰めの刃をあてるのを躊躇していたところ、偶々ヤフオクでボディ・窓のみが出品されていたのを競り落として利用。なので前照灯がなく、これは3Dプリンタで作成。故に当然点灯させる余地はありません。同様にやはり入手出来なかった屋根は、50系客車のジャンク品から切り出しました(当然ですが、Rが同じですから。)。
B141cutz142a1
トイレなしのキハ142は、このように一カ所のみ切り継ぎ。

トイレなしのキハ142の方はセオリーどおり単純に1箇所切り継いで6cmに詰めてみました。が、客用ドア外側の元の乗務員室扉を埋めたスペースが目立ち、同系の特徴である、小窓がズラッと並んだ雰囲気があまりでていないかな?と感じ、
もう一両のキハ141の方は、ドア間に客用窓2・戸袋窓2を入れようと作業した結果、3箇所で切り継ぐ大工事になってしまいました。
結果こんな感じですが、さて、どちらの方がよりお好みでしょうかね。
B141cutz141a1
キハ141の方は、こんな大工事になってしまいました…

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月12日 (月)

ブルネイ出張終わり、帰りますー。

(約)1週間のブルネイ出張を終えて、BI513便で来た時と同じくバンコク経由でヤンゴン戻ります。当然のことながら、往路と同じエアバスA320の新しい奴。ハノイへ戻る同僚とバンコクまで一緒の便でした。ブルネイのバンダルスリブガワン空港には、Royceのチョコレートが店舗を出してました(機内食でもデザートに)。当国はお金持ちだから客層として十分成り立つのですな。
Bbimg_1532_2
ブルネイといえばこのモスクが有名ですね。

 他方で同じ空港内には一村一品ショップなんてのも出店。バンダルスリブガワンの街がほぼ国、みたいなところだと思ってましたが、地方部・村、なんてのが存在するのですねえ。市内のスーパーで売られているものはマレーシアやシンガポール、豪州等からの輸入品ばかりで、国産品でお土産になりそうなものが殆ど売っておらず困ってしまいましたが、この店で売られているのは国産品ばかりということで、これ幸い。
Bb27972529_1604876176268054_1598749
空港の“一村一品”ショップ。一番ブルネイらしいお土産が買える?

Bb27751951_1604876256268046_1545329
来る時と同じ小型のエアバス機で。でも流石にピカピカの機材です。

さて滞在期間中、今のこの時期は雨季ということで一日中ドンヨリと曇りから毎日雨が降って鬱陶しい時期であり心配もしましたが、行事当日は晴れ上がって暑い午後になりました。やれやれ。まあ、今回もお仕事にて大きなトラブルなく無事終了したので一安心。マレー圏なのでバハサも通じるし(また、お前インドネシアから来たのか?とバレバレでしたが)、仕事はやり易かったのですが、仕事の後のビールが飲めないのは少々厳しいですね、住むには。在留邦人の皆さんもクルマ飛ばして国境越えたマレーシア側まで買いに行かなければならないのだそうです。
Bbimg_1536
市内の様子。マレーシア辺りのチャイナタウンの風景に似てるけど、あまり散歩欲をそそられない感じですね。そして市内の路線バスも、撮影する気にもならず。
Bbimg_1542
 なお外国人は、ビール350mlサイズで12缶+ワイン2本まで免税(要申告)だそうなので、出張や友人訪問でこの国に行く時は、お土産に持っていってあげるのが良いでしょう。
Bb27655419_1604715362950802_8693938
空港にも立派なモスクが。さ、お仕事終わりです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月 7日 (水)

ブルネイへ出張。

 今日の午後からまた出張です。昼までいつもどおり仕事してから、15:30発のBangkok Airways PG708便で出発。チェックインの時には20分遅れと言われたのだけれど、確かに20分ほどの遅れで折り返し便が到着、少し古めのA319型機にいざ乗り込んでみると、折り返しの作業がスムーズにいったのか、5分ほどの遅れに短縮されての出発。
Pgimg_1439
少し遅れのPG機がヤンゴンに到着。

この区間でも一応ホットミールが出されるPGですが、今日のはダメダメでした。ヤンゴン~バンコク線という短距離区間で機内食に期待するのが間違いかもしれません。それでも一応出そうというのがレガシィ・キャリアの矜持か。出発前にヤンゴン空港で山小屋ラーメン食べといてよかったと思ってしまいました。
Pgimg_1446
今日の食事はハズレ。で、PGって、50周年なんですね。

 そしてバンコク到着は予想どおり沖止め。バスで延々走ってターミナルに運ばれたスワンナプーム空港で延々歩いての乗り換えを含めて3時間半程の乗り継ぎ。次のフライトは幹線でもありB787かと思いきや、またナローボディのエアバス機だそう。ロイヤルブルネイなんて、東ティモール在勤時に旅行で乗った時以来、だから、もう14年ぶり位になります。確かあの時は、デンパサールから飛んで、ブルネイと、コタキナ、フィリピンまで職場の友人を訪ねがてらの旅行でした。敬虔なムスリム国の飛行機のため機内でお酒が出されないのですが、「持ち込みは可」ということで、マニラからの帰途のB767で、隣に座ったオーストラリア人らしき乗客が免税店で買った赤ワインをがぶ飲みして酔っ払って席でこぼして、エラい迷惑だったのを思い出しました。
Bbimg_1458
タイ語で、バンダルスリブガワンって書いてある。きっと。そして、MAIとのコードシェア便ですか!

 ともあれ、バンコクからの乗り継ぎのBI520便の搭乗券はヤンゴンでは発券できず、ここで再度受け取ってくれということだったので、トランジット・カウンターのお姉さんにテレビの画面見せてもらいながら、非常口席の足元の広い所を確保。今晩のバンダルスリブガワン到着は日付変わって夜中の0時半の由。出張初日から疲れますわぁ。
Bbimg_1459
久し振りのRoyal Bruniで、行って来ますかね。

Bb27750479_1604715162950822_1998901
当然、降機してからの追加写真ですが、BIの機内食。機内放送では「Light Mealの提供」とのアナウンスでしたが、かなりちゃんとした食事。流石レガシーキャリア。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月 6日 (火)

チャイントン2日目、そしてヤンゴン帰ります。

明けて日曜日。今日は朝から市内の活気溢れる市場を一回りの後、今度はクルマを東へ向け、山の上へと登っていきます。
目的地は小さな湖がある標高1,800mほどの高原の小都市ロイムェ。英国時代の避暑地だったというこの街には、当時の古い建物が幾つか残り、中には郵便局や病院など今でも使われている建物もありました。
Ktp1320156
クルマは山を登って高原都市ロイムェへ。

Ktp1320095
イギリス時代の建物がいくつか残っています。

 その往復の道すがら、途中の集落から街を目指すと思しき如何にも少数民族!という素敵な服を着た方々とすれ違ったり、さらに舗装道路から外れて幾つかの部族の集落にお邪魔したり。地理的にはホンの隣村なのに、全く違う部族が、全く違う言葉を喋る人達が住んでいるというのは驚きです。
 各集落では、ガイドは当然のように村人の家に上がり込んでいき、当方もお茶を出されたりして歓迎されるので、お金でも払ってるのかと思いきや、現金で渡すのではなく、ガイドの組合から各村のコミュニティに対して、村落給水施設の建設や、医薬品・学用品などの支援を行っているのだとか。なるほどね。

Ktimg_1359_2
道ですれ違ったアカ族の方。素敵な衣装ですね。

 最後、またその辺の街のバスターミナルか小学校よりも小さな入口から入る空港、というか飛行場ですな。ここからヤンゴンへの帰路は、15:45発のYangon Airways YH738便。こちら、Flymyaとかの航空便検索サイトではなぜかヒットしないフライトです(チャイントン便は朝のUB1往復しか出て来ない)。
Ktimg_1393
小さな飛行場の、小さなチェックインカウンター。
で貰った、手書きの搭乗券。

Ktimg_1386
 折角片道160ドルも払って飛んできて、翌朝のUB便でもう戻るのではあまりに勿体ないので、どこかで乗り継いで帰れないかな?と色々調べていたところ、チャイントン発ヘーホー行きとヘーホー発(マンダレー経由)ヤンゴン行きが同じフライトナンバーである事を発見、であれば、と旅行社さんに照会して貰ってみた結果、このへーホー、マンダレー経由のヤンゴン行きとなる便が通しで発券できることがわかり、2日目も午後迄色々活動できました。
 折り返しのYH737便は45分ほど遅れての到着でしたが、こちらもヤンゴンからへーホー、タチレク経由でやって来た、各駅停車のシャン州内周遊便でした。
Ktimg_1398
Yangon AirwaysのATR72。同じシリーズですが、昨日のUBのと比べて、相当に古い機体ですね。調べてみたら、1996年新車?調達のATR72-212、21年モノだそうで。

そのフライトでマンダレーの大学の卒業式へ向かうという少数民族の若者、と一緒に飛行機に乗る、銀の飾りをいっぱいにつけた衣装の少数民族のおばあちゃん。外国人ツーリスト皆の注目の的となっていましたが、客室乗務員のお姉さん方も驚きの表情でのお出迎え。流石に珍しいのでしょうねえ。インドネシア国内線で、ジャヤプラからの便にコテカで搭乗しようとするようなものか。違うか。
Ktimg_1403
民族衣装のお婆ちゃん、そのまま搭乗。客室乗務員ビックリ。

 結局遅れを引きずって45分ほどの遅れで出発した当該便、チャイントンから次の停車駅?へーホーまではそのドイツ人かな、外国人グループ客でほぼ満員、その後へーホーでもマンダレーでも乗客の半分以上が入れ替わりましたが、終点ヤンゴンまでの3フライト全てがほぼ満席でした。
 ヤンゴンまで往路の倍の3時間ほどかかり、同じようなパンの機内食が2回、飲み物が3回出されましたが、運賃は往路に比べてこちらの方が安い140ドル。お得感・・・ あるかどうか微妙ですが。 
っていうか、往路も複数回食事出してるだろうし、何食分積み込んでるんだろう。この小さなATRに。
Ktimg_1408
これはマンダレー->ヤンゴン間で出された機内食。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月 5日 (月)

夕暮れのウォンカウン駅で思う。

 続いてクルマを市内南方にタチレク方向に走らせ、途中道を間違えて線路跡の路盤が大きくえぐられてそれ以上先に進めなくなり、再度戻ったりしながら、何とか日没前ギリギリくらいのタイミングで到着したのがこちら、ウォンカウン駅。
 駅の北側(チャイントン側)では早速こちらも路盤が崩壊というか、洪水で流出したような浸食具合で、線路が途切れてしまっています。
Ktp1310953
日没直前にウォンカウン駅に到着。

Ktimg_1336
駅舎は当時のままなのでしょうね。事務室内には何もありませんが。

小さな規格型の駅舎と、ホーム・線路を挟んだ反対側には、職員住宅だったという1軒の家。出てきた方が説明してくれたところによると、自分は国鉄MRから1日3千チャットで業務委託を受けてこの駅の管理を任されているのだと。
 そして当時の運行ダイヤが、チャイントン発06:00、12:00、ウォンカウン発07:00、13:00発の1日2往復だったということ、運賃は片道25チャット・往復50チャットで、乗ってきた乗客の殆どがそのまま折り返しの列車でチャイントンに引き返していったこと、などを説明してくれました。
Ktp1310982
元の駅名標でしょうね。今は犬走りの小さな溝を跨ぐ橋代わりに。

Ktp1310970
駅のすぐ北側の路盤崩落部分。こういった箇所が、Googlemapで見ただけで少なくとも三カ所。

 さもありなん。このウォンカウン駅、国道から折れて道路沿いに広まっている集落を抜け、2kmくらいでしょうか。次第に山に取り付いていく未舗装の凸凹道で、駅周辺には家の一軒もありません。さっきの駅前の職員住宅?位。近くに僧院があるようでしたが。
 そんなわけで、この駅の駅勢圏人口はほぼゼロ。利用客も、お試し乗車のチャイントン住民以外はほぼいなかったのではないかと察せられます。
Ktp1310986
駅の南側方(ナンサン・タウンジー方)で線路は途切れ、工事が続いていた気配は見えません。周囲に集落などがないのもわかるでしょうか。

 山を切り開き、立派な築堤(水害で流されてしまった程度の強度ですが)を作り線路を敷き、駅舎を建て、車両を輸送し、そして人件費まで、どれだけのお金がかかったのでしょう。そして短い営業期間中に一体どれだけの収入があったのでしょうか。
Ktp1310943
ここも激しい路盤流出区間。手前(線路切断部分)から奥の信号があるところまで、すっかりなくなっていました。

 軍事政権下の地方開発政策への国家予算の割当ては、そんな採算がどうこういう話ではないのだと思いますが、ただでさえ少ない国家予算がこうやって“浪費”されても、国会や会計検査院に追求されるわけでもなく、ただ風化して次第に自然に飲み込まれていく状況を見て、複雑な思いでした。外国人がどう思おうと何の関係もないのかもしれませんが。

Ktimg_1271
カロー局管内の路線図にもきちんと掲載されていた1駅区間。ムエネまで繋がる予定の区間でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月 4日 (日)

トレッキングからのー チャイントン駅訪問。

 チャイントンでの初日土曜日は、クルマを借りて、チャイントン近隣(といってもクルマで1時間弱程度)の少数民族の村を廻ってきました。公共交通機関は全く当てに出来ないところなので、値段もそれほど高くないこともあり、時間優先です。そして同行してくれた30歳くらいのガイドさん。英語、ミャンマー語、シャン語に加え、タイ語、各少数民族語も日常会話くらいは問題ないそうで、いったいどういう頭の構造をしているのか。日本語すら怪しい当方としては全く驚愕するばかり。
Ktp1310767
村への行きがけに立ち寄った、蒸留酒製造工房。

Ktp1310806
こんな村々を幾つか歩いて回りました。

Ktp1310784
村の子供達がやって来て軽い売込みはありますが、よく指導?されているのか、不快感はそれほどありません。

 そんな彼の案内で幾つかの村を歩いて回った後、今日のハイライトはチャイントン駅(笑)。市街地西方のバスターミナルの先、チャイントン大学の近くの道沿いにあります。
Ktstamap
Google map見るとこんな感じ。

 このチャイントン駅、2010年12月末に隣駅ウォンカウンとの1駅間5.8マイルだけ開業し、6ヶ月ほどの短期間だけ運行された後に運休となってしまったという悲劇の鉄道路線です。
Ktp1310878
何より立派なのは、開通記念碑ですね。

将来的には、州都タウンジーから南->東->北とU字型に走ってナンサンそしてムエネまで伸びてきていた鉄道(以前タウンジーで訪れたこの路線です)、更にミャンマー全土の鉄道網に繋がる予定で、末端の1駅区間だけが軍政下にその地方開発政策の成果を見せつけるかのように開業し、爽やかな白字塗装の平成筑豊鉄道のディーゼルカーが走り出しました。
Ktp1310882

Ktp1310890
チャイントン駅舎には、住み着いておられる方が。

なのですが、水害による路盤崩壊で敢えなく半年ほどで運休、その後復旧工事がなされることはなく、タウンジー側区間との連結工事もストップしてしまいました。恐らくはこの区間の営業列車に乗った日本人はいないのではないかしら。
Ktp1310899
放置された3両の平成筑豊鉄道車。いずれ土に帰って行くのでしょう。

 そんなチャイントン駅。駅舎には人が住んでいるようですね。そして駅の東側の線路の終端部に、この区間の営業に用いられた3両のRBEの廃車体が放置されています。RBE2562、2563、2548号車、即ち元平成筑豊鉄道の109、102、そして104号車ですね。線路が繋がっていないこの地まではトレーラーに積んで運んできたのですが、運行休止直後は復旧工事・運行再開するつもりでそのまま留置しておいたのでしょう。
Ktp1310909

Ktp1310905
車内や運転室の様子。使える部品は全部取り去られているのがよく判ります。

その後、そのような可能性もなくなり、MR当局が部品取り車として窓ガラスやエンジン等の走行部品、台車などを軒並み剥ぎ取って持っていってしまったと思われます。足場?を噛ませてダルマ状態になってしまった3両の気動車、SNSに写真を上げたら“鳥葬みたい”とのコメントをいただきましたが、まさにそのような状況で夕日を浴びて佇んでいました。
Ktp1310902
元の車番もしっかり残っているものも。

Ktp1310911

ミャンマーに持ち込まれた気動車は、機関区の隅で廃車に近いような姿で放置されていたものが、突然再整備されてまた走り出したなんてニュースを時々見ることがありますが、
流石にこの3両の復活は、もうないんでしょうなぁ...
Ktp1310918

Ktp1310926
タウンジー方面とを結ぶ国道(外国人は通り抜け不可)から3両の廃車体が良く見えました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月 3日 (土)

チャイントンへ。

さて、この週末は1泊2日でシャン州東部にお出掛けすることにしました。
出発は朝8時発のUB401便、チャイントン(シャン語での現地発音はチェントゥン)行き。直行便はこの朝の1便だけです。このチャイントンという街の名前、バックパッカー経験者の皆さんには結構なじみ深い地名かもしれません。
Ktimg_1291
チャイントン空港に到着。出迎えの軍人さんの多いこと。

Ktimg_1286
UB401便、ヤンゴン->チャイントンの機内食。

タイ北部のメーサイ・タチレクの陸路国境を越える場合、パスポートを預けてタチレクだけ日帰り入国、或いは手続をした上でクルマでチャイントンまでのみ入って行くことが出来るものの、そこから先のタウンジーやその他の街へは行けないという時代が長く続いていました。安全が確保できないということだったようですが、ミャンマー軍事政権は、外国人がこの地域をウロウロされて、独立或いは自治権獲得に向けた武力闘争をしているグループと接触したりするのを嫌がったのでしょう。他方で、この少数民族エリアへの観光客からの外貨収入は欲しい、ということで、そのような特殊な状況になっていたのだと想像します。
Ktimg_1295
チャイントン空港ターミナルビル。田舎の飛行場ですねえ。

現在でも、このチャイントン・タチレクエリアは、我々が住んでいるヤンゴンや州都タウンジーから外国人が陸路で往訪することは出来ません。ネットでは、バス移動を試みたが検問で止められた、あるいはそもそもバスの切符を売ってくれなかったという報告が幾つも上がっています。
Ktimg_1297
その空港の入口はこんな感じ。バスターミナルよりもささやかな。

 そんな状況下にある地域ですので、軍のお偉いさんが同じフライトに同乗していたため空港には軍・警察関係者大勢とピカピカのレクサスLX(四駆車)の車列が並んでいた、チャイントン空港到着時のイミグレ担当官のチェックは厳しかったです。パスポート提示、査証、出入国印など詳しく確認され、担当官の携帯カメラで各ページを撮影されました。

 それでも、事前の文書による許可申請や、警察官の同行(有料)がなくなっただけ、随分と緩和されてきた、と思うべきなのでしょうね。
Ktp1320194
チャイントンのバスターミナル。タチレク行きのみ大型バス運行がありますが、あとはハイエース・クラスの車両ばかり。中国国境のモンラーやタウンジーに行く便には外国人は乗れません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月 2日 (金)

鉄道模型計画 ミャンマー編 その14.

JR北海道 キハ40/48 極寒地仕様 難易度★★★

またバックデート投稿です。
ミャンマーで活躍している国鉄~JRのキハ40系列は、JR北海道、東日本、東海、四国の各社から転属してきており、それは即ちこの熱帯の地で、極寒地向け二重窓・小窓仕様の車両も走っているという事です。まあいずれにしても窓は前面開けっ放し、正面貫通扉も開けたままで走るわけで、車内は灼熱地獄、というわけではないのですが。走り出せば涼しいです。
K40hcimg3138
本線から別れてニャウンカシー方面への支線に分岐していくイメージ? 同支線はキハ48の2連で、両運のキハ40は入っていませんが。

現在、ヤンゴン近郊で活躍しているこの北海道仕様のキハ40/48ですが、その大半がミャンマービール(ビールとは書いてませんが)のラッピング広告貼りになってしまい、元々の爽やかな北海道塗装を拝むには、近郊、北東方向へ2時間ほど行ったバゴーまで行かなければなりません。このバゴーと、LRBEが末期まで残っていたことで有名なニャウンカシーとの間の1日2往復の運用に、北海道塗装のままのキハ48の2連が入っています。
K48hcimg3116
分岐駅アビャでモーラミャイン方面の本線列車と離合する雰囲気でしょうか。

こちら、Bトレで製品化されているのは、暖地向けの二段大窓仕様車のみですから、それをベースにNゲージフルサイズの極寒地仕様車のジャンクボディの窓部分とを切り継いでみました。上下の高さ・窓の高さを合わせるには、窓上の樋からボディー下部までバッサリ切って切り継ぐのが良いでしょうし、他方でボディ全体が歪まないように、また床下との連結パーツを活かすには、窓部分だけを抜いて差し替えるのもまた一案。
K48himg_7335

K48himg_7370

試行錯誤しながら2両作ってみましたが、まあ、多数を量産するのはとっても面倒な作業ですね。屋根のベンチレーターと水タンクを切り落として埋める作業も、それなりの手間を要しますし。そしてこのJR北海道の薄いグレーの調色も。二度と同じ色作る自信ないです。製品化すればいいのに。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年2月 1日 (木)

パコック~セイピュー路線時刻表。

というわけで、無事に帰ってくることが出来ましたので、パコック~セイピュー間の時刻表です。DowTharのスペルは、一応駅の表示に合わせました。

本文にも書きましたとおり、始発駅と交換駅以外では、相当に早発する可能性がありますので、途中駅から乗車する場合は、要注意です(いないかー)。

180121ttpkkspy

| | コメント (6) | トラックバック (0)

« 2018年1月 | トップページ | 2018年3月 »