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2018年2月 6日 (火)

チャイントン2日目、そしてヤンゴン帰ります。

明けて日曜日。今日は朝から市内の活気溢れる市場を一回りの後、今度はクルマを東へ向け、山の上へと登っていきます。
目的地は小さな湖がある標高1,800mほどの高原の小都市ロイムェ。英国時代の避暑地だったというこの街には、当時の古い建物が幾つか残り、中には郵便局や病院など今でも使われている建物もありました。
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クルマは山を登って高原都市ロイムェへ。

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イギリス時代の建物がいくつか残っています。

 その往復の道すがら、途中の集落から街を目指すと思しき如何にも少数民族!という素敵な服を着た方々とすれ違ったり、さらに舗装道路から外れて幾つかの部族の集落にお邪魔したり。地理的にはホンの隣村なのに、全く違う部族が、全く違う言葉を喋る人達が住んでいるというのは驚きです。
 各集落では、ガイドは当然のように村人の家に上がり込んでいき、当方もお茶を出されたりして歓迎されるので、お金でも払ってるのかと思いきや、現金で渡すのではなく、ガイドの組合から各村のコミュニティに対して、村落給水施設の建設や、医薬品・学用品などの支援を行っているのだとか。なるほどね。

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道ですれ違ったアカ族の方。素敵な衣装ですね。

 最後、またその辺の街のバスターミナルか小学校よりも小さな入口から入る空港、というか飛行場ですな。ここからヤンゴンへの帰路は、15:45発のYangon Airways YH738便。こちら、Flymyaとかの航空便検索サイトではなぜかヒットしないフライトです(チャイントン便は朝のUB1往復しか出て来ない)。
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小さな飛行場の、小さなチェックインカウンター。
で貰った、手書きの搭乗券。

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 折角片道160ドルも払って飛んできて、翌朝のUB便でもう戻るのではあまりに勿体ないので、どこかで乗り継いで帰れないかな?と色々調べていたところ、チャイントン発ヘーホー行きとヘーホー発(マンダレー経由)ヤンゴン行きが同じフライトナンバーである事を発見、であれば、と旅行社さんに照会して貰ってみた結果、このへーホー、マンダレー経由のヤンゴン行きとなる便が通しで発券できることがわかり、2日目も午後迄色々活動できました。
 折り返しのYH737便は45分ほど遅れての到着でしたが、こちらもヤンゴンからへーホー、タチレク経由でやって来た、各駅停車のシャン州内周遊便でした。
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Yangon AirwaysのATR72。同じシリーズですが、昨日のUBのと比べて、相当に古い機体ですね。調べてみたら、1996年新車?調達のATR72-212、21年モノだそうで。

そのフライトでマンダレーの大学の卒業式へ向かうという少数民族の若者、と一緒に飛行機に乗る、銀の飾りをいっぱいにつけた衣装の少数民族のおばあちゃん。外国人ツーリスト皆の注目の的となっていましたが、客室乗務員のお姉さん方も驚きの表情でのお出迎え。流石に珍しいのでしょうねえ。インドネシア国内線で、ジャヤプラからの便にコテカで搭乗しようとするようなものか。違うか。
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民族衣装のお婆ちゃん、そのまま搭乗。客室乗務員ビックリ。

 結局遅れを引きずって45分ほどの遅れで出発した当該便、チャイントンから次の停車駅?へーホーまではそのドイツ人かな、外国人グループ客でほぼ満員、その後へーホーでもマンダレーでも乗客の半分以上が入れ替わりましたが、終点ヤンゴンまでの3フライト全てがほぼ満席でした。
 ヤンゴンまで往路の倍の3時間ほどかかり、同じようなパンの機内食が2回、飲み物が3回出されましたが、運賃は往路に比べてこちらの方が安い140ドル。お得感・・・ あるかどうか微妙ですが。 
っていうか、往路も複数回食事出してるだろうし、何食分積み込んでるんだろう。この小さなATRに。
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これはマンダレー->ヤンゴン間で出された機内食。

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