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2018年4月30日 (月)

インターバルのお話。

そんなわけでマルーン駅。
本日の目的は無事達成し、これから終点のミンラー駅に着いた後、バガン・ニャウンウー空港を明日朝9時半のAir KBZに乗れればいいという予定にしています。
ミンラーから1時間ほどのこの地域の中心都市・マグウェからバガンまでは借上車を手配すると100ドルはかかってしまう距離ですが、昼間であればこの間はミニバスで3時間少々、運賃はKs.8,000(約6ドル)程度。昼間のバスがなくなっても、バガン経由でマンダレーやモンユワに向かう夜行バスでもあれば、途中まで乗せて貰ってもいいし…、万一どうしようもなければ、マグウェに泊まってクルマ手配して、明日早朝に突っ走ればいい、と宿も確保せずにここまで来ていました。
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この長崎バス、マルーン~ミンラー~マグウェ~ミンブ、と書かれてますね(後ろには「片峰」行き)

そのマルーン駅で対向のタェッ行き西岸路線の列車との交換待ちで車外に出て一休み、なひと時、駅の脇を走る道に目をやると、チャイエース(中国製ハイエース・パクリ車)が1台。
近づいて運転手と、待合所の切符売りかな、のオッちゃんに声をかけてみると、このバス自体はマグウェ経由のネーピードー行きとのことでしたが、
「どこ行くの?」「マグウェ行って、乗り換えて、バガン・ニャウンウーまで行きたいんだけど」とのやりとりをするうちに、携帯電話で何処かに連絡しだしました。暫くの後「マグウェから、20時発のパコック行きあるけど、それでいい?」
いや、それは有り難いですね。これなら23時半頃には、日が変わらないうちにバガンに着けます。早速RBEに戻って荷物をピックアップ、運転士と助士にお礼を言って別れ、ピピッとクラクション鳴らして近づいてきたミニバスに乗り込んで出発です。
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こちらの旧型チャイエースでマグウェへ。ありがたいけど、冷房は故障。

程なく対向のタェッ行きキハ11編成とすれ違いましたが、この区間は乗車済なので別に悔しくはありません。
何より、さっきの193UPの終点ミンラーの駅前にはタクシーなどないので、三輪車かバイタクでマグウェへ移動・・・と考えていたわけですが、走り出してほどなくいきなりの豪雨になりました。もう当地も雨季に入って来たのですね。まだ降り出したばかりで途中の涸れ川が渡れなくなるような水量ではありませんでしたが、バイクでこの大雨の中は走れないところでした。
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ほどなく車窓には交換予定だった西岸路線のキハ11が。

そしてさらに有り難いことに、1時間ほどで到着したマグウェのバスターミナルにて、提携先と思しき別のバス会社に引き継がれたところで「17時発のパコック行きがあるけど、それでいいかな?」との、渡りに船、だったのがスピードボートまで来ちゃったよ、なご提案。文句の有ろう筈もなく、お茶一杯飲んで、今度は起亜のミニバスに乗り込んで出発です。
これが発車後10分くらい走った後に電話で呼び戻され、さっきのターミナルまで戻って大量の、屋根の上まで荷物を積み込んだりしたもんだから、重くなってスピード出せず、小型トラックにも抜かれてしまうようなノロノロ運転となり、途中休憩なしで4時間半ほどかかってしまいましたが、それでも22時前になんとかバガン・ニャウンウーのシュウェピー・バスターミナルに到着し、ミニバスの車内でネットで直前予約したバスターミナル横のホテルにチェックインすることが出来ました。
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こちらの起亜Bongoでバガンへ。荷物積み過ギーイー。。。

お陰でホテルで夕食も食べられたし、ゆっくり寝てノンビリな土曜日の朝、Air KBZ、バガンからヘーホーへのフライトに乗り込むことが出来ました。ホテルから空港行きのクルマは8ドルと言われたけど、隣のバスターミナルからはKs.3,000で行ってくれました。

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バガンとインレー湖を結ぶ観光路線だけあって、外国人が多かったです。
しかしこの時間帯、Air KBZだけで4便発着。チェックインカウンター大混雑。少し考えてダイヤ組もうよ。

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2018年4月29日 (日)

満員で重い、軽快気動車で行く荒野の旅。

タウンドゥインジー駅を出発した193UP列車は、足の踏み場もないほどの大混雑です。網棚の殆どない車両なのにもかかわらず、皆市場帰りなのか荷物が多く、床の上に所狭しと積み込まれ、その上に腰掛けたりする乗客も多数。
そんな中、駅員に無理やり席を開けさせられて当方外国人と尼さんの2人が座らされたため、元々席を確保していた乗客は不愉快そうな視線を浴びせかけてきて、肩身が狭いです。なのですが、隣の尼さんは“当然”とばかりに気に留める気配も全くないようで、この国における坊さん尼さんの立場が垣間見られました。
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通路まで満席の車内。これは2両編成にする必要がありますよね。

さて列車はミャンマー唯一の世界遺産「ピューの古代遺跡群」を形成するベイタノー遺跡を掠めて走って行きます…が、ベイタノー駅の前後、さっぱり見えません。衛星写真で見ても少々距離がある一方、駅前にバイタクが待ち受けたりしていることもなく、この路線は遺跡観光には役に立たないようです。当然ながら。
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他に交通機関が少ないこともあって、結構な乗り降りがあります。

この地域の路線に乗るのは、チャウック~ナッマウユワトー・ジャンクション~マグウェ等何回か経験していますが、もう何か月も雨が降っていないのか、乾燥した赤土の大地と、ところどころに木が茂った中に小さな集落が点在。素人目にも農業にはあまり向いていない、厳しい土地に見えます。他方で結構な涸川も見えるので、雨季になって雨が降り出すと、この涸れた川に大量の水が一気に押し寄せ、交通を遮断し、洪水を引き起こしたりしているのでしょう。
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二度目のユワトー・ジャンクション駅で。マグウェ方面への路線から別れて西へ。
この駅に着く頃には車内はガラガラに。

そんな厳しい環境にあるマグウェ地域の村々を縫って走るこの鉄道、開通したのは比較的新しく、1999年4月17日(タウンドゥインジー~マグウェ)で、その後、途中のユワトー・ジャンクションから分岐してエーヤワディ川を越え、西岸鉄道との接続点であるマルーン・ジャンクションまでの線路が繋がったのが2013年5月11日だそうです。
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緑が全くないわけではないのですが、荒涼とした沿線。時折移動障害物が列車の行く手を阻んできたりして急ブレーキ。

この鉄橋以南、エーヤワディ川を渡る鉄道橋はヤンゴンの西のニャウンドンまでなく、そちらの路線はヤンゴン川の西のラインタヤーで停まってしまっており、本線鉄道とは接続されていません。
他方で、こちらの区間の沿線人口は明らかに希薄で、旅客輸送の需要は殆どない中、西岸鉄道と東岸の本線とを連絡することのみを目的として建設がなされたことがよく判ります。
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新線区間は、駅も周辺も閑散としています(Migyaungye)。

軍政末期の地方開発バラ撒き政策の一環として(?)建設された他の鉄道路線と同様、この区間も粗製乱造というか、築堤作ってその上にPC枕木と線路並べただけ、バラストも殆ど撒かれておらず、地面のうねりがそのまま、左右のみならず上下にも蛇行する線路に直接繋がり、そしてその上をそこそこ速度を上げて走るレールバスの乗り心地に反映されています。西岸鉄道の車両の検査や修理回送にも用いる、ある意味“重要路線”なのだから、もう少し保守整備すればいいのに…と思うのですが。
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エーヤワディ川を併用橋で渡ります。こちら、立派な方の併用橋で、線路状態も極めて良いです(まっすぐで、揺れません)。

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マルーン・ジャンクションに到着。西岸路線のタェッ行きのキハ11の姿は、まだないようですね。

そのエーヤワディ川を渡った所が、以前一度乗りに来たことのある、西岸鉄道との接続点、マルーン・ジャンクション。ここは周囲に家の一件もない殆ど信号所のようなところで、次のマルーン駅でようやく街が現れて来ます。

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マルーン駅に到着。なんか素敵な長崎バスのいすゞCJMが見えますね。

時刻表上、この193UP列車のマルーン・ジャンクション到着は15:56、北のミンブから下ってくるタエッ行きミンブ2列車の同駅発は15:47で接続はとられていない事になっていますが、今日の193UP列車は予想どおり45分ほど早着してしまいました。
まだ始発駅ミンブを出たばかりのタェッ行きのミンブ2列車はまだそれほど定刻より早発しておらず(変な表現ですが)、このマルーン・ジャンクション駅で運転指示の紙を受け取り、次のマルーン駅まで先行し、そこで交換することになった模様です。

さ、終点まであと少しです。

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終点を前に、対向列車の待ち合わせで一休み。

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2018年4月28日 (土)

日本車3兄弟揃い踏み! @タウンドゥインジー駅。

さてこれから当方はミンラー行きの列車に乗る訳ですが、その前に本日のハイライト。4月号のRail Magazine誌でも紹介された、日本型RBEの3本並びが見られる時間帯です。乗り鉄?(プチですが)の当方としては珍しく、これを待ち受けるために早朝5時ネーピードー発の列車で先乗りして来たようなものです。
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先ずは機関庫から、元いすみ鉄道のRBE2591号車が入線。

本日は先ずは12:32頃、南側の機関庫からRBE2591(いすみ鉄道205)が出庫し、大勢の乗客が待ち受ける3番ホームに入線です。こちら、当方が乗る予定のミンラー行きの193UP列車になります。
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続いて北側方向からたくさんの乗客を乗せて、元伊勢鉄道のRBE2524号車が1番線に到着。

続いて北側の本線から12:52頃、パコックからのネーピードー行き108DN列車、RBE2524(伊勢鉄道イセ4)が一番線に到着。この列車はここでネーピードーからのペアとなる107UP列車と交換するに際し、車両を入れ替え、108DN列車としてパコックから到着した単行車輌がそのままパコックに折り返し、ネーピードーから107UP列車としてやって来た2両編成が、折り返し108DNの南半分を担う形でネーピードーへと帰って行きます。この駅を境に流動量が違うことを受けての措置だと思われますが、到着した108DN、そして折り返しのパコック行き107UPも待ち受ける乗客の数も多く、単行ではかなりの立客(ジベタリアンですが)が出ているようでした。
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最後に到着したのは元JR北海道のキハ141型の2連。

そして12:58頃、南側から今日はキハ141系2連の107UPが2番線に到着。前方車両は札沼線時代のままのJR北海道色の2592、後方は赤クリームの新塗色に塗り替えられた5050でした。この107-108列車、暫く前まではキハ52が運用に入ったり、最近では両開き扉のキハ47だったりすることでその筋の方の関心が高い列車ですが、今日はこのような具合で、南側がキハ141、北半分が伊勢鉄道のLE-Carでした。
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後方(南側)2号車は赤クリームの新塗装。新設された高いホームで、パコック方面からの直通客が待ち受けています。

どの車両が運用に入るかはその日になってみないとわからない、お楽しみ、ではあるのですが、出身地も様々な日本の気動車が横一列に並ぶ姿は、中々のものですよね。

そしてこの瞬間は1日1回、しかもごく数分の間に限られています。今日は13:10頃、まず定刻13:02発の107UP列車がパコックへ向けて出発し、続いて13:17頃、定刻13:00発、当方の乗るミンラー行き139UP列車がホームを離れました。ネーピードー行きの108DN列車も定刻は13:04発ですので、ほどなく出発するのでしょう。
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そして3列車が並ぶ光景が毎日数分間。一番右側のマグウェ行きも、RBE化しちゃえばいいのに(笑)。

この3列車揃い踏みの姿を見るために、件のRail Magazine記事執筆のサイトー先生をはじめ、最近では日本人の鉄な方も結構訪れているようです。当方がミンラーまでの切符を購入した際、外国人向け乗車券の束の控えのページがチラっと見えたのですが、12月に友人M田M人さんがマグウェ行きの切符を購入したことになっていました。私の次にこの駅で切符を買うのはどなたになるでしょうね。

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2018年4月27日 (金)

ミャンマーの中央を横切る。 ネーピードー~タウンドゥインジー路線の旅。

ネーピードーのボウガ・ティリ・バスターミナルへの到着は早朝の4時15分頃。交通機関不便なこの街なので多少の心配はしていたものの、案ずるまでもなくバスの周りには数人のタクシーの客引きが待ち受けていました。ネーピードー駅までタクシーで8千、バイタクで4千、ピンマナ駅までタクシーで5千などが言い値で、まあ時間帯を考えれば妥当なところでしょうか。
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朝5時のネーピードー駅から出発します。流石にこの時間帯、駅も車内もガラガラです。

その中の1人に連れられてネーピードー駅に移動し、巨大な駅舎の1階のガランとした切符売場で本日の101UP列車のチケットを買い求めると、駅員に「急げ」と招かれ、そのまま1番ホームで発車待ちをしていた列車に乗り込むや、直ぐに汽笛が鳴って出発です。時計は既に定刻5時。案外ギリギリの時間だったのね。無理せずピンマナ駅から乗れば良かったかな。
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ようやく明るくなってきたピンマナ駅は、もうこの人出。

列車は真っ暗な中のヤンゴン~マンダレー本線を南へ下り、最初の停車駅ピンマナで分岐して西へ向かいます。ご存じのとおりの政治首都ネーピードーですが、建設当初は「ピンマナに遷都」といった言われ方をしていたのを覚えています。

そのピンマナ駅で10分ほどの停車の後に出発した列車は、本線を外れてガクンと線路の規格が落ちるのを実感しながら、ネーピードーとピンマナの市街地を遠くに望みつつ(というほど見えませんが)東から南へと1/3周する形で西へ向かい、空港への大通りと交差し、ヤンゴン~マンダレー高速道路をくぐり、進んでいきます。
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最近Rail Magazineでも紹介された、ネーピードー市街地の南側にあるLewe駅。

この鉄道路線自体はネーピードー新首都とは関係なく、英領時代の1930年にピンマナからチャウックパダンまでが開通している古くからの路線です。主要駅には蒸気機関車への給水設備が残り、衛星写真で見ても市街地の中心部を線路が走り、その駅を中心に街が広がっているのが最近の新線との大きな違いの一つでしょうか。
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高速をくぐると、もうあの首都ネーピードーの面影は全くなくなりました。

線路自体も、近年の粗製濫造・雨水の浸食で崩れかかっているような築堤・道床と異なり、素人目でもしっかり作ってあるなという印象を受けます。

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Thitpokepin駅は朝市状態ですね。

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給水設備が残るMinbyin駅で見かけたのは、これは使われている気配はないものの、軌道クレーン車ですね。「O&K」Orenstein & Koppelの銘盤が読めます。あのコッペルはこんなものも作っていたのですね。

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そのMinbyin駅で対向の104DN列車と交換。代用客車が連なり、大荷物を抱えた乗客満載でこちらの到着を待ち構えていました。

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といってもこの路線、ちょっとした山を越えての横断路線となることから、マンダレー本線と比べても、沿線にはそれほど大きな街が続くわけではありません。
駅毎にそれなりの集落が形成されており、駅の周辺が市場となっていたりはしますし、ミャンマー国鉄の支線区間の中では列車の運転本数は多い方、また乗客の乗り降りの数を見ていてもこの鉄道が地域において重要な役割を果たしていることはわかるのですが、言ってみれば局地輸送の連続であって、ネーピードーと例えば各列車の目的地であるチャウック、マグウェ、バガンといった街との都市間輸送の役割は全く担っていないように見受けられます。こういった中距離輸送はバスの独壇場になってしまっているのでしょうか。

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長編成でゆっくりと低い峠を越えて行きます。

ウツラウツラするウチにUpper Classの車内はいつの間にかほぼ満席になっていました。どういう運賃の扱いになっているのかわかりませんが、お坊さんがふんぞり返って寛いでいるのがこの国らしいです。
少しお腹も空いてきたので、お弁当的なものでも売りに来たら・・・と思ったのですが、こういう時に限って来ないもので。ウズラの卵ばっかりとか、全く食指の伸びない雑貨とか。
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Ohpauk駅で、手元の時刻表にない列車と交換。

そしてOhpauk駅では、時刻表にない列車との交換。予想してなかったので驚きましたが、後で別の駅で聞いたところ、故障した編成を回送する特別列車だとのこと。
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ピィ方面からの路線と合流し、サットワーに到着です。

そして10時過ぎ、左手側から別の線路が近づいてきて合流、分岐駅Satthwarに到着です。
合流してきたのはピィ、ヤンゴン方面からの路線で、ここから北上してタウンドゥインジー、チャウックパダンを経てバガンへと繋がる路線で、ヤンゴンからバガンまで直通の夜行特急列車も走り、路線図上はこちらの方が本線、今通ってきた方が幹線間を結ぶ肋骨線のように見えますが、先に述べたとおりネーピードーから来るこちらの方が歴史的に古い上(サットワー~ピィ路線の開業は途中のアウンランまでの区間開業を経て1997年)、運転本数も1日4往復と多く(サットワー~ピィ方面は前述の特急を入れて2往復のみ)、あくまで主はこちら。
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列車は短いホームからはみ出して停車。これに乗りこむのは普通の大人でも結構シンドイ。

そのサットワー自体は鉄道の分岐点になったために一部で名が知れてしまったとはいえ、ごく小さな集落で、この地域の中心都市はここから15kmほど北上したタウンドゥィンジー(Taungdwingyi)。Google map上の標記が「タングドウィンギーイー」などと書かれていることから一部で失笑を買っていることで有名な地名ですが、ミャンマーの地名のアルファベット表記はホントに独特で、そのまま読んでも通じないケースが多々ありますね。
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タウンドゥインジー到着直前、左の車窓に小さな機関区に佇むRBE車の姿が見えます。

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これは以前マグウェの車庫で見た奴ですな。

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この線路2本分だけの、小さな機関区です。

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駅構内の片隅の、こーいうのに魅かれちゃうんだよなぁ。

そのタウンドゥィンジー駅に到着する手前の左手側には小さな機関区のような施設があり、今日はRBE2512(のと鉄道NT101。こちらは休車中の由でかなり塗装が剥げつつありました。)、マグウェ~カンビャ支線運用の2554(松浦鉄道MR123、こちらは大学が長期休暇中なことから、その期間中は路線運休になっているため)、そしてRBE2591(いすみ鉄道205)、更にオレンジ色のDF1628号ディーゼル機関車とが並んでお昼休み中。そして到着した駅の側線には4両編成の客車列車とDF1256ディーゼル機関車。これは以前乗ったタウンドゥィンジー~マグウェ間の列車となるわけですね。
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タウンドゥインジー駅に到着。不思議な機関車の付け替えが始まりました。

そして到着したこの駅では不思議な編成替えが行われていました。当方が乗ってきた101UP列車、先頭の機関車DF1239が1両目の客車を連れて編成から離れ、4番線側に停車中の上述のマグウェ行きと思しき客車編成の先頭に立ち、2番線で101UPの到着待ちをしていた別のDF1256号機関車が101UPの先頭に立って発車していきました。ネーピードー方面からマグウェ方面への直通旅客がいて、そういった乗客に対してこの1号車の切符を販売しているのかわかりませんが、そんなことやってたら、凄いですよね。

さ、駅前通りのお店でお昼ご飯にします。
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お昼時の駅のホームにはたくさんの売り子さんが出てます。これは、鶏の足?

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2018年4月26日 (木)

夜行バスでネーピードーへ。

さてティンジャン連休以来のこのところお出掛けが続いていますが、溜まっていた代休消化ということで今週末も前後にお休みをつけ、今晩から出掛けることにしました。
まず最初の目的地はネーピードー、ここから朝5時発の列車に乗るために、4時頃に着くには…と逆算して、アウンミンガラーから22時発の夜行バスに乗ります。
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今日のJJ Expressのネーピードー行きは、この中国海格(HIGER)製のハイデッカー車。

ミャンマーの長距離バス、マンダレーやバガンなどの長距離路線には、先日乗ったモーラミャイン路線もそうでしたが、ある程度の距離の主要幹線には1-2座席配置の「VIP」と称する新型車輌(中国製やSCANIAなど)が導入されています。できればこれで行きたいところなのですが、首都とを結ぶ路線でありながら、6時間程度とそれほど長距離ではないことから、ネーピードー~ヤンゴン線にはこのVIP車を導入している会社は殆どありません。

唯一、JJ Express(Joynus Journeyの頭文字らしい)だけが昼行便でこのVIP車を使用しているのですが、残念ながら夜行便はなし。やむなく2-2シートの“ビジネスクラス”車を予約しました。料金は850円ほど。鉄道もそうですけど、陸路公共交通は安いです。この国。国内線飛行機も、ミャンマー国民は安いみたいですが。
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そこそこの乗車具合でしょうか。隣が空いていたのはラッキーでした。

そんなわけで仕事を終えてから一旦アパートに帰ってシャワー浴びて夕食後、21時半過ぎに市内北東部のアウンミンガラー・バスターミナルの同社の乗り場へ。パスポートを提示して“チェックイン”し、外国人観光客で満席のバガン・ニャウンウー行きなど各方向へのバスが10分間隔ほどで次々と出発して行く中、当方の乗るネーピードー行きは10分ほどの遅れでの出発となりました。
幸いにも隣は空席。これなら2-2シートでもいいですよね。

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深夜のサービスエリアで、各社の夜行バスが並びます。幹線では日本製中古バスは殆ど見かけないようですね。中小都市へのルートに流れていってしまっているようで。
ちなみにミャンマーの夜行バス、盗難防止のためか、休憩所では深夜でも乗客全員叩き起こされて下車させられ、バスには鍵を掛けられてしまいます。

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2018年4月25日 (水)

ラカイン鉄道纏めて帰ります。

そして日曜は夕方、往路と同じKBZ、今度は直行のK7-423便でヤンゴンへ戻りました。
機内では、ミャンマーブルワリー勤務だという隣席のオッちゃんと、キリン一番搾りの話題で盛り上がる(笑)。

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さて、そんなわけで、今回確認した、ラカインの鉄道“北線”と“南線”の時刻表を掲載しておきます。
未開通区間・不通区間も多く、当面不通区間の再開の見込みはなさそうですが、希望も含めて。

なお、先の投稿にも書きましたとおり、この地域の往訪はともかく、特に沿線での撮影等については、当局からの許可要否の確認など、くれぐれも念入りに手当ていただくようお願いします。

こういった地域の趣味情報については、“書かない”という選択肢、“書くべきでない”というご意見をお持ちの方もいらっしゃるとは思います。
当方としては、既にネット上に断片的情報が幾つも流れている中、行きたいと思う人はやっぱり行くでしょうから、そうした方々が万が一にもトラブルに巻き込まれないように、リスクを低減すべく、知っておくべき情報であれば共有しておきたいとの考えであり、それに基づき、本一連の記事を投稿しています。
意見が異なる方がいらっしゃるのは承知していますが、それについて是非にかかる議論をするつもりはありませんので、悪しからず御了解ください。

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2018年4月24日 (火)

ラカイン鉄道(南線)・キハ52の現状。

明けて日曜朝。全列車がキハ52による運行ということでSNS上では友人らの関心の高いラカイン“南線”に乗るべく、シットウェ市内の始発駅ピードーターへ向かいました。
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シットウェ市内の始発駅ピードーター駅。

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広くない駅構内ですが、整備改造作業などもここで行ってしまうようです。

正直な所感として、のんびりムードだった昨日の北線に比べ、“ロヒンジャ”に関する状況が比較的落ち着いている現時点でも、こちらの不用意な訪問はお勧めしません。その時々での状況を踏まえて最善かつ最も安全な判断を自己責任でキチンとしていただく必要があるかと思います。

特に撮り鉄の方におかれては、沿線には立入禁止地域も多い他、外国人の立ち入り自体は可能な地域であっても不用意に列車に望遠レンズを向けて、武器と誤認されて警察から発砲を受けたりする可能性も、冗談ではなく否定できません。ミャンマー語が出来なければ、ガイドを通じるなどして警乗や沿線警備の警察当局者からキチンと許可を得ていただくことが望ましく、現場での国鉄MR職員や警察官の指示にはきちんと従って下さい。

と、いう少々強い書き出しになりましたが、備忘録として当方訪問時の状況を書き留めておきます。
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ピードーター駅に留置された、綺麗な状態の2両のキハ52予備車。

ホテルからピードーター駅まで送ってくれた昨日迄の借上車の会社の若社長、駅員や乗務員などの関係者に、この人はヤンゴンから汽車に乗りに来た汽車好きで云々と説明をしてくれた模様。怪しい人じゃないよと。
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プラスティック製のロングシート化された車内。

この駅に留置されていたのは、キハ52がRBE5012、5014の2両と、本日の運行に入っているのがRBE5015で、こちら詳しい方によると、元キハ52-148だそうですが、いずれも元盛岡の“赤鬼車”。「平成2年土崎工場改造」と銘板にありますが、盛岡時代に一段窓化改造されており、雨樋なども撤去され(ネーピードー近郊所属車とは異なり)正面のオデコ上部分と側面が張り上げ屋根的にクリーム色の車体色に塗られているため、見た目は随分ツンツル感の強い、当方世代的には目蒲線の3000系更新車を彷彿とさせるいでたちです。
いずれも多少の水垢が残る程度で状態は良好に見えましたので、時折車両を入れ替えて使用しているのかもしれません。

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RBE5015号車を正面から。ヤンゴン時代に天地高が切り詰められているので、多少イメージは変わっていますが、見まごう事なき国鉄車。

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新潟製エンジンも現役です。

一緒に留置されていたRBT客車は801、810の2両で、こちらは使用されている気配はなく大分車体の腐食が進んでいる模様。

列車の出発は定刻の7:30を少し過ぎて。数名の乗客と、当方は運転助手席のすぐ後ろの全面展望席に陣取って、懐かしいエンジン音を聞きながら出発です。
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市の中心駅? シットウェ駅から、大勢のムスリムの乗客と警乗の制服警官3名(+実は私服も)が乗り込んできました。

ピードーター駅を出て踏切端の臨時?非公式停留場で数名が乗車し、次の停車駅は市名にもなっているシットウェ駅。近づいてくると、運転助手から運転席横の開け放たれた貫通路のプラ椅子に座るように招き入れられました。
シットウェからは、ざっと数えて40名くらいでしょうか、その恰好から殆どがムスリム(当地ではベンガリーと呼ばれることも多い)の方々のように見受けられる乗客が続々と乗り込んできます。
なのですがこの方々、同様にこの駅から乗り込んできたライフルを持った3名の警乗の警官や乗務員に促されることもなく、盛岡時代に設置された間仕切りの内側ですね、前後扉の間の客室スペースに自然に乗り込んでいきます。一方、運転台すぐ後ろのドアとの間の座席には、明らかに彼らとは違う、曰くラカイン族だという乗客が数名。車内は綺麗に棲み分けがなされています。カメラを向けようとすると運転手から「写真はやめとけ」と止められたので、刺激しないように気を遣っているのかもしれません。
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この間仕切りの向こう側がベンガリー、手前側がビルマ人とラカイン族と事実上棲み分け。当方は運転台横に“隔離”。

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路線図にも掲載されている正規のシットウェ大学駅は通過。廃駅なのか、大学休講期間中だけの措置なのか。

ここから現在の運行区間の終点となっているゾーブージャまでは30分少々。粗製急造がたたってか、あちこちで路盤が崩れかかっている線路を最高時速25km/hほどでゆっくりと走る列車から前面展望を眺めていると、運転手が、「ほらあれ、」と前方左右の集落を指さします。「あれがベンガリーのキャンプ」とのことで、ラカイン州北部の騒擾を避けてやってきた人々が居住する、所謂IDPキャンプというものです。
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ほらあれが、と運転手が指を差した先にIDPキャンプ。青色が目立つのはトイレ。

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途中の非公式“停留場”では、ムスリムと思しき乗客が多数乗り降りしていました。

勿論事前に衛星写真で見て、この沿線にそれらしい集落が幾つも沿線にあるのは確認していました。ホテル観光省のサイトでも、ラカイン州は外国人立入禁止の地方行政区はないものの、北部マウンド―などの騒擾地域の他、シットウェでもこれらIDPキャンプへの立ち入りは要許可となっていました。
実際目にして見ると、避難民キャンプという言葉から連想するような、粗末なテント張りではなく、この地域にはよくあるニッパ椰子で壁を作ったトタン屋根の高床住居で、集落を取り巻くように青いトイレ施設が多数建設されています。一定の狭い地区に密集して押し込められている感は強いですが、建物自体は地域の他の集落と比べてもそれほど粗末な印象は受けません。

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踏切には、国鉄職員である警手に加えて武装警官の姿も見えます。そして踏切のすぐ先は非公式停留場になっていて、列車を待つ乗客の姿が。

この路線、国鉄MRの路線図では途中に幾つかの駅名が書かれていますが、それ以外にも道路と交差する踏切や、こういったキャンプのすぐ近くで列車は何度か停車し、その都度ムスリムと思しき乗客の乗降が数名ずつ。
別のキャンプに住んでいる親族や知人との間を行き来したり、中には商売をしている人もいるようで、車掌(ラカイン族とのこと)もこういった無人停留所から乗車してくる乗客にマメに切符を売って回っており、少なくともこの地域内に限って言えば、キャンプ住民の移動は特段支障がないように見えます。
もっと言ってしまえばこの南線鉄道自体、この地域のキャンプに住む人々のために運行しているように感じられます。

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終点ゾーブージャに到着。

この方々は終点のゾーブージャ到着までに殆ど下車してしまっていました。聞くに、こちらはラカイン族の集落だそう。

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こちらは昨夕訪れた、列車の来なくなってしまった元の終着駅イェチャンビン駅。

折り返しの出発まで2時間ほど、パゴダとかあるんだよ、という添乗のオッちゃんに促されるまま集落内をお散歩。暫くの後、この人が声をかけた一軒の住宅に招かれ、どうやら村の名士のようなその家の主人と一緒に集落内の僧院などを一回りすることになり、その後は茶屋でお茶しながら折り返し時間を待ちます。以前はシットウェ技術大学のあるイェチャンビンまで往復して来る時間分をそのままこの駅での折り返し時間にしたため、余裕があるのですね。
茶屋ではさっきの列車で一緒だった運転士や車掌も寛いでいたので合流。コソッと聞いてみたら、案内してくれたオッちゃんは、予想どおり警察官、私服警官だそうで、村の中を案内というのは要は当方に対する監視だったわけですな。IDPキャンプとかに行かないように。
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こちらはホームがある一応正規駅。シットウェ市内方面へ向かう住民が列車を待っています。

そうこうするうちに2時間が経って折り返してシットウェに戻る時間に。

帰路のピードーター2列車も往路と同様に途中駅相互間でのベンガリーの方々の乗降は多く、この1日2往復の列車は沿線のIDPキャンプ相互間を行き来する住民の貴重な足となっていることがよくわかりました。
最後は当方も、その殆どが下車した、バスターミナル近くのシットウェ駅で一緒に下車し、出発するキハ52を撮って(勿論関係者に、そこで撮っていいかと確認した上で)見送り、ラカイン鉄道南線の旅を終えました。

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シットウェ駅(右奥)を発車して終点ピードーターへラストスパート。

ミャンマー国内のみならず、他の譲渡国を見渡しても、最早貴重な存在となったキハ52の稼働車、末永い活躍を望みたいところですが、それ以上にラカイン情勢、この沿線で自由に撮影が出来るような社会状況に早くなってくれることを心から祈ります。

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ラカイン車(手前)とピンマナ車(奥)の違い(笑)。

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2018年4月23日 (月)

ラカイン鉄道(北線)に乗る。

そんなわけで前振りばかり長くなってしまいましたが、カナンタウンからようやくラカインの鉄道に乗ります。
乗車するのは14:00発のクァンタウン3列車、1日1本の列車ですが、2往復あった頃の名残の列車番号のようですね。編成は、南側先頭がRBE2559、北側後方がRBE2566号車ということで、いずれも元松浦鉄道の気動車です。

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カナンタウン駅で出発を待つクァンタウン3列車。

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駅前には何もないカナンタウン暫定始発駅。それでもどこから現れたか、十数名の乗客が。

発車20分ほど前の係員による乗車指示(エンジン起動)を待ちわびて乗り込んだのは、地元のおばあさんが多いかな、10名強ほど。何故かインドネシアのバティック柄?のロンジーを皆さんお召しですが、流行ってるのかな。
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プラスティック製ロングシートに改造された車内の乗客は、地元のお婆ちゃんたちが中心。バティック柄?のロンジーをお召しの方が多いようで。

そして列車は定刻に出発。このまま川沿いにポンナジュンまで下っていくのかと思いきや、川沿いの区間は意外に少ないようで、ちょっとした峠や手堀りの切り取り区間を幾つか抜けながら、それでもノンビリと列車は進んでいきます。途中駅での乗車もちらほら。駅員がいて運行指示の紙を運転手に渡していくような(これがタブレットの替わり)比較的キチンとした「駅」が幾つかある一方、駅名標はおろかホームもなく、お年寄りが乗降にちょっと手間取るような停留場(路線図に載っていないような“非公式”?の停留所扱いの場所もあるように見受けられます。
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ミャンマーではどの集落でもパゴダや仏像が見られますね。皆寄進で作られているそうです。

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最初の停車駅Yotayoukまでが北線の第一期開通区間だったようです。

運転台の横のベンチの半分を空けて当方に「ここ座れよ」と招いてくれたのは、まだ若い、恐らく運転助手。どうやら以前当地に来た日本人鉄な方が入れ知恵したらしい、総務省の「VoiceTra」という(私も入れています)翻訳アプリを入れたスマホを手に、何とかコミュニケーションを図ろうとしてくるのだけれど、中国製のスマホとの相性が悪いのか、音声吹き込みが機能せず、残念ながら上手くいかない模様。それでも好意的な雰囲気はしっかり伝わってきます。
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保線作業車もありますね。ちゃんとやってるのかな。

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川沿いの平安な地形かと思いきや、こんな崖が崩れて線路が埋もれたりする区間もあるようです。そしてそこを平気でガタガタと走って行ってしまう。鉄道って、意外と強い。

とある駅では「ここは岬駅」との画面を表示。「岬」を手元の辞書で翻訳してもここの駅名にはならないのですが、川沿いの少し陸地が出っ張った地形のところなのかもしれません。
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列車はキスパナディ川に沿ってゆっくりと南へ。 

そして1時間半ほどで沿線最大の町ポンナジュンに到着。ここでこれまで多少の乗り降りがあった乗客の大方が下車し、車内に残るのは5名ほどに。ここで運転士も交替し、先ほどの若い運転助手がマスコンを握りました。本務運転士は終点まで行かないでいいのかな、荷物を纏めて官舎の方に歩いて行ってしまわれました。

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沿線最大の街、ポンナジュン駅に到着。

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ポンナジュンで運転士交替。貫通路から、当方らが座っていた、一般席ロングシートと同じ形状のプラ椅子が見えます。

そして列車はラストスパートへ。市街地を抜け、道路との併用軌道の橋を渡り、一駅区間かと思いきや途中に小さな停留所が一カ所あって、そこを過ぎると住宅も森もなくなり、車窓一面の平原と湿原、青い空が広がってきました。
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列車が通る間は自動車交通が通行止めとなる、“簡易な方”の併用橋。

終点クァンタウンには16時頃、20分ほどの早着にて到着。始発から一緒だったバティック・ロンジーのお婆ちゃんを含め数人の下車客は、そのまま前方に少しだけ伸びている線路沿いに集落に向けて歩いて去って行きましたが、そんな需要と供給がぴったり一致するパターンがあるのねえ。
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終点クァンタウンに到着。始発からここまで乗り通した方々も数名。

何もない未舗装の“駅前通り”を50mほどで国道に出て、こちらはシットウェからミャウー、更にはそちらを経由してマンダレーやヤンゴンに向かう長距離バスも通る道ですが、始発駅カナンタウン・終着駅クァンタウンとも実に小さな集落の更に街外れで、手を挙げたところで都合良くバスが停まってくれるかどうかは自信がありません(短距離のトラックバスみたいなのは停まってくれるでしょうが)。
今回当方は、ミャウーからシットウェに向かう帰路の一部区間を鉄道に乗って、借上車を先行させるという、この区間に“乗車”するためのお大尽遊びをしたわけですが、バス~鉄道~バスと乗り継いで移動するような行程では勿論ありません。
 さ、シットウェまでは直行すれば飛ばして30分ほど。ですが、その前にちょっと寄り道を。
 夜はシーフード食べたいな。
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周りに何もない雰囲気が判っていただけますかね。クァンタウン始発駅。

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2018年4月22日 (日)

ミャウーへの鉄道はあと一歩でした。

明けて土曜日、午前中は15~18世紀頃にアラカン王国として栄えた王都ミャウー(Google mapではムラウク・ユー)の遺跡やその時代から続く寺院等を観光して周りました。
が、そちらは省略。世に数多ある観光サイトや旅行に行った方のブログを御覧下さい。
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唯一触れておくのがこちらのミンガラー・マン・アウン(Mingala Man Aung)パゴダ。市街地北西部にあるのですが、衛星写真で見ると、市街地の北西側からこのパゴダの直ぐ側まで鉄道の線路敷きが建設されてきて、この脇で途切れて(街中の細い道となって)いるのが確認出来ます。先にも述べたとおり、このミャウーを通る鉄道は、最終的には中部マグウェ地域のミンブまで繋がる予定だったのですが、ここから東側での建設工事は手つかずだった、ここがミャウー駅の予定地だったのではないかと考え、パゴダ見物のついでにその築堤に上がってみました。
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駅を作れる広さではないですね。ミンガラー・マン・アウン・パゴダ横の築堤。

それがこちらで、どうやら線路が敷かれる予定地ではありそうなのですが、駅、特に機回し線などを設ける終着駅にしては、若干狭い気がします。

なので、シットウェに向けて戻り始めて町を出たところにある線路(予定地)との交差部分の左手にある、もう一つの“ミャウー駅候補地”に立ち寄ってみたところ、昨夕の到着時はもう暗くなっていて気がつきませんでしたが、こちらには見事に駅が出来上がっていました。上屋のかかった立派なホーム、では何故かトラックが出入りし、野菜などの貨物が積み込まれたりする、貨物ホームとして既に活用されていたのは御愁傷様。こちらがミャウー駅になる筈だったそうです。昨今の新線の定番どおり市街地からはかなり離れており、ここまで歩いてくる人はいないでしょう。開通したところでの集客が懸念される位置です。
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ミャウー未成駅。貨物ホームとして供用されているのがお慰み。

(そして後で調べたところでは、2010年11月の報道で、この鉄道の建設工事がミャウー市街地のSakya Manaung Pagodaの壁などを損壊したため、住民が文化省に通報し、同省が鉄道省に申し入れを行って工事は停止、損壊した壁は修復されたという記事がありました。上記の2地点より南西(アン側)にあるパゴダでの出来事で、ミャウー駅よりも先まで工事は進められてはいたのですね。)
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ミャウー・バスターミナルにて、不思議な、正面は一見日本車風の雰囲気でありながら、明らかに日本製ではなさそうなバス。素性お分かりの方、いらっしゃいましたらご教示を賜りたく。

ここからシットウェに向けて、一旦北上する道路は、線路予定地と時折交差しながら進みます。こちらもアラカン王国以前にこの地に存在した仏教国家だったヴェサリの駅は衛星写真では駅舎が残っていましたが、現地では既に取り壊されていました。
更に北に進んだティンニュウ未成駅では、駅舎とホームに加え、半分崩れかけながらもホームの端には駅名標が残っていました。こんなもの、開通直前に建てるものじゃないのかなあ。まだチャウトーの橋が着工すらされておらず、いつになるのかわからない状況でもう作っちゃうかなぁ。
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ティンニュウ未成駅。線路は敷かれなかったものの、ここまで出来ていたのに。

更に北に進んで線路が西へ向きを変えるところには、「地球の歩き方」にも掲載されているマハムニ・パヤーがあり、その直ぐ近くを掠める線路上にもマハムニ駅が設けられる予定でした。他の規格型駅舎とはひと味異なる飾り付けがされているのが伺え、開通していたらこのパゴダへの“参拝駅”となって賑わっていただろうに、惜しいことになりました。
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右手奥にマハムニ・パヤーを望む、マハムニ未成駅。他とは違う特別な飾りつけまで用意されていたのに。

更にもう一駅を確認し、キスパナディ川を渡って西岸のチャウトーを経由、北線区間の現在の終着駅、カナンタウン駅に到着しました。今日は昨日クァンタウン駅で見かけた2両編成のRBE列車が停車しており、期待が高まります。

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2018年4月21日 (土)

ミャウーへの道すがら。

先ずは南線のピードーター始発駅に立ち寄って時刻確認の後、目指したのは北線の南の始発駅クァンタウン。その手前で、南線の終端イェチャンビン(シットウェ技術大学脇)から更に1駅分線路が延びているのが衛星写真で確認出来たため、そちらにお立ち寄り。こちら、先の記事で書いたPardaleik(パダレイ)駅で、駅舎も完成していましたが、列車の運行はなされないまま現在に至っているようです。
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雲一つない青空の下、クァンタウン駅に佇む松浦鉄道RBE2両の北線列車。

ここからクァンタウンまでは写真で見る限り一面の湿地帯で、ここにきちんとした築堤を作って線路を引くには相当の手間がかかりそうな印象。そういうことで着工が後回しになっているうちに時代の趨勢が変わって工事中止となったのでしょう。
クヮンタウン駅も小さな集落の街外れにポツンと佇む駅で、周辺にはなにもありません。ここから/ここまで乗車する乗客がいるとは思えないような駅です。今日この時間帯は到着したばかりの元松浦鉄道のRBEが2両停車していました。駅員も運行関係者も全く見当たらないので、随分早着したのかもしれません。
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木に覆われたポンナジュン駅。左手側の築堤下に鉄道員官舎があります。

そしてようやく街と呼べるようになったのがポンナジュン。
市街地が形成された後から最近になって建設したにしては上手く市街地の中まで用地を確保できたなという印象の立地の駅ですが、直ぐ近くの職員住宅から駅員が出てきてくれ、この北線の時刻を確認することが出来ました。

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日暮れ前に到着した、チャウトー駅。

更に北に進み、現在の運行区間の終点カナンタウンから北側でも一つ二つの駅に立ち寄りながら、終点のチャウトーへ。
この駅には、北線区間で使用されてきた車両が留置されていました。
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駅構内の全体像。1番・2番線に5両のRBE、3番線に5両のRBTが留置されています。

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ここも立派な開通記念碑。左手には駅名標が転がってますね。

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駅舎内には2往復の列車が来ていた時代の時刻表や運賃表がそのまま。

駅舎側1番線には松浦鉄道のRBE2558と2552、2番線にはRBE2533(甘木鉄道AR201)、RBE2549(平成筑豊108)、松浦鉄道のRBE2553。いずれも塗装はピカピカで今にも走り出せそうな状態。そして3番線にはRBT800型客車が5両、こちらは開業時に持ち込まれて以降殆ど使用されなかったのかもしれません。外観も兎も角、内装は荒れるに任せてボロボロ。一度デッキで床を踏み抜きそうになりました。元々簡易な構造で“粗製濫造”に近い車両だったようですが、劣化の進みも速いようです。

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RBE2553。元松浦鉄道MR103だそう。

驚いたのは、駅舎からホームに出ると、これらの車両を撮影している若者がいたこと。一人が日本人風に見えたので、一瞬まさかこんなところに日本人鉄!の人かと思いましたが、地元の少年達でバイクで写真撮影(FB?インスタ?)に来ただけで、特段の鉄道好きというわけではない模様。
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元甘木鉄道AR201のRBE2533号車。
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元平成筑豊鉄道108のRBE2549と元松浦鉄道MR105の2558(右)。

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ホーム側1番線の北側には元松浦MR102のRBE2552。

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こちらはRBE2549(元平成筑豊鉄道108)。

現時点で問題の橋梁の修復作業が行われているのか、休止区間再開の目処がたっているのかわかりませんが、このままこの5両のRBE車両が朽ち果てていくのを見るのは忍びないですね。チャイントンの平成筑豊車のようにならないように、もう路線修復を放棄するならば、せめて本線部に陸送して別の地域で再活用して貰いたいものです。
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RBT800の車内はこんな状態。

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RBT839号車と読み取れますね。いずれこのまま土に帰って行くのでしょう。

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2018年4月20日 (金)

ラカインへ。

今日は代休をとってラカイン州のシットウェに飛びます。
ラカイン州における所謂“ロヒンジャ”問題について、当ブログでは政治的な事項については基本的に触れないことにしていますが、このラカイン州を往訪する以上、否応なくこれに関わらないわけにはいきません。
事実関係や歴史的経緯、ミャンマー政府・ミャンマー人の本件に対する考え方や各国政府の対応・取組等については、それぞれのサイトや報道、ネット上に数多ある情報を御覧戴き、御自身で理解を深めていただければと思います。
本項では、自分自身の記録の意味から、また当方と似た目的で現地往訪を検討されている方に参考となるかもしれない情報に絞って記載することにします。
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今日のフライトはガパリ経由のKBZ便で15時の到着。午前中にフライトがないのでこんな時間になってしまいました。

ラカイン州北部地域への窓口となるのは、シットウェ空港。かつてはアキャブと呼ばれており、空港の3レターコード「AKY」にその名残を留めています。
1日代休を取ってこの金曜日は、UB運航のセスナ機による経由便がある筈なのですが、ネット上の標記は満席。旅行会社を通じて確認して貰うと、この日はその便はない、という回答だった由。なので、若干時間的に勿体ないのですが、13:15発のAir  KBZ、K7-422便、タンドウェ(ガパリ)経由のフライトでシットウェ空港に降り立ちました。
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シットウェ空港に到着。

ミッチーナやチャイントンといった僻地というか、民族紛争等を抱えた地域・外国人の出入りが制限されている地域の入口となる各空港と同様、空港にはイミグレのカウンターがあり、外国人はパスポートを見せて登録されます。国連機関職員(水色のレセパセ所持)が数名同じ便から降り立ち、地域柄を感じさせましたが、とはいえ、どこへ行くどこに泊まるといった特段の質問もなく、パスポート番号とビザ番号を書き留めただけであっさり放免。出迎えの小型セダンに乗り込み、本日の目的地ミャウーへ向かいます。
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“南線”の始発駅、シットウェ市内のピードーター駅。

といっても、ただ直接クルマで向かうわけじゃないのはご想像のとおり。ラカイン州で2区間(要説明。下記ご参照)の鉄道の駅に立ち寄りながら、運転状況等を確認しつつ、線路に沿って走って行くわけです。

このラカインの鉄道、北部の中心都市シットウェと、中北部のマグウェからエーヤワディ川を挟んだ対岸にあるミンブとを結ぶ、総延長257マイルの「Minbu - An - Sittwe Railroad Project」として両端から建設が進められました。
鉄道省と国鉄MRの資料によれば、その第一期区間として、2009.2.15に着工、2009.5.19にSittwe(PyiTawThar駅を指すものと思われます)~Yechanbyin間11.46マイルが開業とありますが、僅か3ヶ月で鉄道が開通!という驚くべき速さで建設工事がなされています。用地買収は事前に終えていたのでしょうが(強制執行?)、それでも建設した道床や路盤が安定するには時間を要するでしょうし(路盤なんか無いじゃないかという突っ込みは無しで)、あまりに速く作られたので、地元の人は安全性を不安視して乗車しようとしなかったという噂話もさもありなんというところです(この区間を本項では便宜的に「南線」と呼びます)。
その後同区間とは繋がらないKwanTaung~Ponnagyun~Yotayouk間22.72マイルが2010.5.15、その更に北側のYotayouk~KyaukTaw間19.28マイルが翌2011.4.10に開通しています(この区間を同様に「北線」と呼称します)。
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国鉄MR公式サイト内のラカイン州内鉄道路線図に、現状を加筆してみました。ミャウーからアン、ミンブ方面は一切記載されていません。

これがこのミンブ~アン~シットウェ鉄道の現在までに営業運転がなされた区間の全てで、Yechanbyin~Pardaleik間5.81マイルは2009.2.15に工事が開始されたものの完成・営業運転は開始されず仕舞い、Pardaleik~KwanTaung間4.18マイルは未着工、KyaukTaw~An~Minbu間193.01マイルも同様に着工日がこの資料には記載されていません(実際は、チャウトー~ミャウー間は相当に工事が進捗していたことを確認していますし、ミンブ側からも数kmの区間で工事が進んでいることが衛星写真で確認出来ます)。

その後、未開業区間の工事は凍結、現地などで確認したところ、北線は2015年に水害で一時運休、の後2017.4.18より運転再開するも、2017.7よりカナンタウン(Kanantaung)北方の橋梁に安全上の問題が発覚したため、カナンタウン~チャウトー間を運休、残るカナンタウン~クァンタウン(紛らわしい名前ばかりですが)区間を2往復から1往復に減便して運行。南線は2016年の洪水でイェチャンビン~ゾウブージャ(Zawbugya)間の橋梁が損壊し、同区間の運転が休止となり、現在ではピードーター~ゾウブージャ間で1日2往復の列車が運転されている状況です。

その他、冒頭の“ロヒンジャ問題”、難民・国内避難民(IDP)の大量発生を引き起こした2016年10月及び2017年8月の武装勢力による連続襲撃事件とその後に続いた衝突の期間中は鉄道の運行状況も不安定になったと伝わってきていますが、正確な運行中止・再開日等は確認出来ていません。
そのような背景知識を持って、シットウェからミャウーを目指しました。
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南線の終点イェチャンビンと北線の南端クァンタウン駅の間のPardaleik(パダレイ)未成駅。

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2018年4月17日 (火)

水掛け(られ)列車の旅。

ターズィーを定時に出発したほぼ満席のシュエニャウン行き141UP列車は当初は平野部を、そしてピョーブエからの現在は定期列車の走らなくなった短絡線と合流するパヤンガズ(PaYaNgaZu)を過ぎたあたりから列車は次第に上り勾配に差し掛かります。
次のYinMaPinのホームでは、お祭りの御振舞いなのか、乗客らに魚のスープが振舞われており、車内の当方にもお裾分けが回って来ました。
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インマピン駅のホームに一時下車して振舞われたスープをいただく乗客ら。まだ水掛けもなく平和な朝です。

そして日が昇って次第に暑くなってきた10時頃から、当初は「それほどでもないじゃないか」と思っていた、各停車駅のホームや駅到着直前の水掛けが次第に過激化してきました。駅でホームに降りた客、買い物客に小さなお椀で水を掛けるのに始まり、途中からは水鉄砲が登場、そしてこの列車に到着するのに合わせてドラム缶に水を溜めておいたのを補給基地にして、バケツで盛大に、わざわざ閉められていないドアや窓を狙って、勢いよく水をぶっかけてきます。
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さあ、始まりましたよ。各駅で。駅に着く前から。

最初の被害者は、通路を挟んで反対側の進行方向向きに座っていたお姉さん。ウツラウツラしていたところにいきなり顔面に直撃です。そしてこちら側のボックスの向かい側の恰幅のいい老夫婦にバケツ一杯分。以降、到着駅が近づくと窓を閉め、出発して暫く時間が経ってから開ける(閉め切っていると暑いので)の繰り返しですが、どうしても遅れる方々が標的に。
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最初のスイッチバック駅はその名も「ジグザグリバース」(ミャンマー語表記は、パタマルントー)。

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左手下方に先ほど通って来た線路を望みつつ、もう一回方向転換して機関車が前方に。

厄落としの意味もある窓なので、水を掛けられても喜ばなきゃいけない、怒ってはいけないということで、皆さん平静を装ってはいるものの、どうやら内心少々たまらんな、な雰囲気。
その水掛がピークに達したのは2回あるスイッチバックの折り返し駅のあたりでしょうか。
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2回目のスイッチバック駅HkyweYok。ホームには大量の水が。カメラを守りながら写真撮るのに命懸け?

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2回目のスイッチバックは規模が大分大きく、バック運転で相当な距離を登って行きます。

狭いホームは水浸しで、バケツを抱えた大人子どもが走り回り、立て付けが悪く閉まりきっていない窓や乗降口から車内に容赦なく水を掛けられ、ホームで出発確認や運転書類の受け渡しをする国鉄MR職員はびしょびしょになりながらもそれに動じず、安全運行に努めておられました。
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 (・д・)チッ 窓閉まってやがるぜ、ここ。 なーんて表情に思えてしまう。

当方先述のとおり、超広座席間隔ボックスシートの古いアッパー車の車端部の進行逆向きの席だったので直撃二回で済みましたが、向かいの老夫婦は殆ど各駅でびしょ濡れになりつつも、腹をたてるでもなくニコニコと過ごしておられます。今この時期だけですからね。
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MyinDaikで対向の142DNと交換。お弁当も買えます。

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ミャンマーは山岳路線でもトンネルは少ないです。こちらは英領時代の建設で、立派なトンネルポータルが。

最後は30分以上早着したヘーホーから空港へ… 向かおうとしたら、タクシーもバイクタクシーも三輪乗合も無し。集落の水掛け合いのお祭りの舞台を眺めながら国道まで歩いて出て、右100m先と左50m先で行き交うクルマ(特にオープンの荷台に人を乗せている小型トラック)やバイクに水を掛けるステーションがあるのに恐れおののきつつ、道を走る実車の赤ナンバー(営業車)に手を挙げ続けて十数分、偶々空港行きの乗客を乗せたライトバンのタクシーが相乗りさせてくれてヤレヤレでした。
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無事に?目的地ヘーホー駅に到着。駅前のお祭りに注意。

へーホー17:40発のGolden Myanmar Y5-201便、バガン経由便でヤンゴン戻りです。
ヤンゴン空港到着ロビーでは、流石に水は掛けられずに済みました。

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飛行場では流石に水は掛けられませんでした。

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2018年4月16日 (月)

水掛け(られ)列車の旅(序章)。 

さて、ともあれ、ターズィーからは先ほどの特急5UP列車が途中で追い抜いた9UP列車、この駅から転じて7時発の141UPシュエニャウン行きでシャン州を目指します。2002年のミャンマー初訪問の時、ヤンゴンからの夜行が遅れて予定していたこの列車に乗り継げず、止む無くマンダレーに行き先変更したのですが、以来16年、にしてようやく乗車が叶いました。

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ターズィー駅の側線で長時間停車中の列車。乗客も皆外に出て休憩中。

この列車、朝の11時にヤンゴンを出発してからノンビリと走り、午前3時半にターズィーに到着した後、3時間半ほどこの駅で停車(時間調整?)するのですが、こちらが2時に到着して以降、この駅に列車が到着した気配がありません。あ、先述のティンジャン臨は見ましたが。
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朝6時、入替機DD510に牽かれて押されて転線してホーム側の側線に移動し、本務機DF2000に付け替えられて、出発準備完了です。

切符の販売は6時からというので、遅れてるのかな?とも思ったりもしましたが、夜が明けてきてようやく事態判明。この列車、旅客列車ホームから遠く離れた、留め置かれた貨車の更に裏側にひっそりと到着して折り返しの出発時間を待っていました。気づかない筈だ。

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当方にあてがわれた古いアッパー車の台車には「KINKI」の文字が。

ここからカロー、そしてへーホーを経てシュエニャウンに向かう路線は、かつてガーラット式大型蒸機が登った山岳路線で、途中2回の三段式スイッチバックと当国では珍しい3つのトンネル、オメガループなどで高度を稼いで行くルートです。
なぜかホーム上に2軒出ている屋台食堂のいずれもがムスリム経営でしたが、その一つから朝ご飯のチャーハン弁当を調達して、朝7時列車は定時に出発です。
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ホームの食堂屋台で(3in1)コーヒー飲んで、朝食弁当を調達。

Upper2・Ordinary2両の4両の客車と貨車2両編成の列車を牽引するのは強力2000馬力の機関車。当方にあてがわれた座席はUpper車の古い方。リクライニングシートではなくて座席間隔超広のボックスシートの近畿車輛製旧型車両の、後ろ向きの席。だったのが、今回は幸いだったかもしれません。
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座席間隔広っ!の旧型Upper Class車内。一番左の格好いい系のお姉さんが後で最初の犠牲者に。

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2018年4月14日 (土)

ティンジャン特急の旅。

ヤンゴン駅を出発した5UP列車は、窓を殆ど閉め切った一方、西陽の直撃を受けつつ、先日一駅ずつ訪問してみた小駅を駆け抜け、バゴーへ。ここでも前後の車両に多少の乗客有り。恐る恐るホームに顔を出してみましたが、水の掛け合いはやっていないようなので、意を決して売店に小走りに向かって飲み物を購入。
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バゴー駅に到着。水掛けやってないのを確認して、ホームへ。

発車後暫くして、マダウ支線の始発駅として、そして蒸気機関車やLRBEの塒として有名なピュンタザを、殆ど停まるかどうかという徐行スピードで通過。そのピュンタザを出て程なく、車内を幾つもの箱に満載したプラスティック容器入りの弁当を抱えたスタッフが急ぎ足で後ろの方へ向かって行きました。そしてニャウンレービンを通過して程なく、当方の手元にも弁当の袋が届けられました。

これ、先ほどバゴー到着前にメニューを持った職員が巡回、夕食の注文を取りに回ってきたので、当方も一つお願いしていたのですが、どうやら「通過駅」のピュンタザで積み込んだらしいのです。編成の中間部にあるこの車両の更に後ろへ4つほど箱が運ばれていったので、全車両では7,8箱ほど積み込んだと思われますが、停車せずにそれだけの弁当箱を積み込むって、ちょっとタブレット交換並に見応えあるのかもしれません。見とけば良かったな。そして当方は今日はタミンバン(中華丼風のぶっかけご飯:Ks.2,000)を頼んだのですが、何種類かの食事を間違いなく各乗客の座席に届けるシステムが確立?しているのも立派立派。
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席まで届けられたタミンバン弁当。2,000チャット也。

ようやく夕暮れ迫ろうという頃、列車はタウングーへ。ここで半分ほどの乗客が下車。空港から離れたこの街では鉄道の需要が高いようで。ここまでの停車・通過駅で派手な水掛けが余り見られなかったので、油断して窓を開けていた後方の座席に窓外からホースで水が浴びせられ、悲鳴が上がる。こちらには飛沫がかかった程度ですが、アッパークラスで帰省しようという人にとっては、やっぱり濡れるのは迷惑ではあるのでしょうね。

そして列車はネーピードー市街地の南のピンマナに停車し、首都ネーピードー駅へ。半分以下に空いた車内で席を移動して寛いでいたら、到着前に車掌から元の席に戻れと言われたのですが、巨大なガランとしたそのネーピードー駅で、恐らくは中央官庁勤めの役人でしょうか、また大勢乗り込んできて車内はまた満席になりました。コンピューター発券が導入されておらず、台帳に手書きで販売している座席指定券ですが、それなりに機能しているみたいですね。

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今回の切符は、お馴染みのこのスタイルの常備券。

当方の今日の下車駅ターズィーには、未明の2時過ぎ、ほぼ定刻に到着。十数名ほどの下車客が立ち去った後、落ち着いた頃を見計らって駅員氏に色々と質問・・・ するのですが、
このターズィー駅と少し南のピョーブエとを結ぶRBE列車(数年前までは本線上を走るLRBEだった)の時刻が、わからないんです、これが。紙に書いた時刻表もなく、駅にも掲示も無し。そして同じ駅の3カ所で(セカンド・オピニオン的確認のつもりで)尋ねた回答がそれぞれ違うって、一体どういうことですか! 最初の人など、DWが所要4時間、UPが所要1時間なんて紙に書いて、全くおかしいと思わないらしいのです。少し位の差であれば、途中通過列車待ちとかを確認出来れば納得できるのですが。
どうやら一番信頼性が高そうな情報としては、ターズィー朝06:00発、ピョーブエ昼12:00発らしいのですが、所要時間はDNが3時間、UPが2時間、その差はDNは急行列車の通過待ちがあるからだ、との説明もありましたが、朝6時のDN列車が追い抜かれそうな急行もないし、もう一度ピョーブエにも行って確認しないといかんかねぇ。
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ターズィー駅に到着したティンジャン臨時急行から下車する乗客の方々。

そんなこんなで埒があかないまま、4時過ぎになって1本のUP列車が到着してきました。ホームに出てみると、前後に計4両のOrdinary、8両のUpperに加え、編成中央部には若干古いながらも2両の寝台車(Upper Class Sleeper)まで連結されてます。

これ何?と駅員氏に尋ねると、「ティンジャン・アトゥーヤターだ」と仰る。あれ、ティンジャン臨は昨晩12日ヤンゴン発で終わり、後はティンジャン最終17日の帰省からの戻りまでないんじゃなかったっけ。こんな、寝台で横になって来られるんなら、座席で来て2時に降りなくても良かったのに。こないだヤンゴン駅南の切符売場で買おうとした時は「ティンジャン・アトゥーヤターは12日まで」って明示的に言われたんだけどなぁ。

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2018年4月13日 (金)

ティンジャン小旅行(出発まで)。

 今日からティンジャン(水祭り)の5連休です。ミャンマーの方々にとっては盆と正月が一度に来たような年中最大のお祭りです。近隣の上座部仏教国、タイやラオスでも同じような水掛けをして“新年”を祝いますよね。
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今年の水掛け祭りの模様(参考w)。

 従来はミャンマーでは10日ほどの大連休となっており、我々外国人にとっては年間休日(日本の休日と同じ数)の大半をここで消化してしまう一方、民族大移動の帰省シーズンでもあり、ヤンゴンのような大都市の大規模モール・スーパーやレストランなども殆ど閉店(一部高級ホテル内の店のみは例外的に開店)してしまうし、国内移動の切符やホテルは悉く埋まり、更に長距離バスや列車が運休になったり間引かれたりということもあって国内旅行もままなりません。
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ティンジャン期間中のRBE列車の運休を伝える当地英字紙GNLM。

 よしんば旅行できたとしてもそこら中で水を掛けられまくる訳で。ミャンマー人も所得向上に伴いホワイトカラーの中流層でもLCC等を活用して近隣国への海外旅行を楽しむことが出来る層も増えつつある中、国際線航空券もこの時期は高騰するし、ヤンゴンを出るも地獄・留まるも地獄と言っては大袈裟ですが、まあそのような時期ではあります。
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ヤンゴン駅南(さくらタワー向かい)の長距離列車切符売り場。連休直前にしては、それほど混雑してないですね。

 これが、昨2017年のティンジャン1か月前になって直前、長期間の経済活動の停滞を問題視した政府により、この連休が5日に短縮されるというお触れが出され、かなりの混乱が見られました。もう、帰省や旅行の航空券を購入してしまった人も多く、止む無くその後、休める人は休んでいいなどという妥協案が出されて有耶無耶になり、今年からはあらためて正式に連休は5日間になったわけです。

 さてどうしようかな。当方の職場でも休日当番待機があるので、5連休お出掛けは出来ず1泊2日まで。往復300ドル(LCC最安値の3倍)も出して1泊2日でバンコクやKLでもないしな・・・ ということで、夜行日帰りでお出掛けする事にしました。
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別の機会ですが、同じ“チャイニーズ・トレイン”の回送。機関車はDF1200(アルストーム製)ですね。

 ではどこへ行きましょうか。
 事前に、アウンミンガラーの高速バスターミナルを訪問して聞き取りしてみたりして驚いたのですが、この民族大移動の時期、都市間長距離バスも帰省用に増便されたりするのかと思いきや、12日の夜行便までが走り、13日~17日までは殆どの長距離路線が運休です!と各社とも平然と仰る。皆どうやって田舎に帰るというのでしょう(それ以前に自主的に休んで帰る人が多いとのこと)。
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一部長距離列車の運休(右下)と、ヤンゴン~ネーピードー~マンダレー間の臨時列車の運転を伝える新聞記事。左上のはネーピードーに勤務する方用の「公務員特別列車」。

以下、FBに投稿した記事ですが、再掲しておきます。

>>
ウェンダン・アトゥーヤター(公務員特別列車) 運転日・時刻
4/12 NPT 20:00 -> 04:50 YGN
4/17 YGN 20:30 -> 10:55 MDL

往復で運転区間が違うのが気になりますが、そこはまあ運行上の事情とかあるのでしょう。下記のティンジャン臨の11日のMDL->NPT便の運用と繋がってそう。

以下はその“ティンジャン臨”。キハ40系列が運用に入った一昨年とは異なり、今年は全て客車列車での運行のようです。

4/10 YGN 16:00 -> 06:00 MDL
4/10 MDL 18:15 -> 08:20 YGN
4/11 MDL 14:00 -> 19:50 NPT
4/11 YGN 16:00 -> 06:00 MDL
4/12 YGN 16:00 -> 06:00 MDL
4/12 MDL 18:15 -> 08:20 YGN

4/17 YGN 16:00 -> 06:00 MDL
4/17 MDL 18:15 -> 08:20 YGN
4/18 YGN 16:00 -> 06:00 MDL
4/18 MDL 18:15 -> 08:20 YGN
4/18 MDL 19:00 -> 09:05 YGN
4/19 MDL 18:15 -> 08:20 YGN
4/20 YGN 16:00 -> 06:00 MDL
4/20 MDL 18:15 -> 08:20 YGN

そして以下はご注意情報。以下の列車は、14~16日までの3日間、運休だそうです。これに加えてRBE列車は全部運休と思った方がいいらしいみたいですから、この時期は撮り鉄に加えて乗り鉄も随分しづらい時期になりそうですね。

ヤンゴン~マンダレー間の5UP/6DN
ヤンゴン~モーラミャイン間の35UP/36DN
ヤンゴン~ネーピードー間の7UP/8DN
ヤンゴン~バガン間の61UP/62DN
ヤンゴン~ピイ間の71UP/72DN
マンダレー~ミッチーナ間の37UP/38DN、57UP/58DN

>>

 更に上述のとおり新聞報道によると、長距離列車も一部運休便が出る他、ヤンゴン近郊や地方部のフィーダー輸送を担うRBE気動車列車もその殆どが運休になるのだそう。水掛けられてディーゼルエンジンが調子悪くなるのを避けるためだよ、と茶化す邦人の方もいましたが、当たらずとも遠からずといったところかもしれません。

 ですので、当方が汽車乗りに出掛けるにしても、そこの車両運用まで考えて行先を選定しないと、行ったはいいが1日1本の列車が運休になっていた、なんて目も当てられない自体も想定されるわけです。

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ヤンゴン駅1番ホームで出発を待つ5UP列車。機関車も青緑塗装機があるようですが、今日は赤青の大連製DF2000型機でした。

 というわけで少々思い悩んでみました。
 当地での長距離列車の指定券の前売りは原則3日前からなのですが、その前日・4日前にヤンゴン駅の切符売場の事務所を訪ねて申し込んで、翌日購入出来たのが、今日のるマンダレー行きの特急5UP列車のUpper Class席。
 御覧のとおり、他のミャンマーの客車とは一線を画するデザイン・青と緑のカラーを纏った中国中車(青島四方)製の"チャイニーズ・トレイン"って奴です。2016年投入の新車ですが、エアコン無し、寝台車も食堂車もありません。
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 いざ乗車してみると、あてがわれた席は車端部の壁の前のA9席。民族大移動のこの時期、外国人枠なのかな、取れただけでも良しとしましょ。
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アッパークラス車内。流石に全車満席のようです。

水祭りの水の掛け合いは、連休初日の今日は15時からというルールがあるらしく(?)、時折子供達がフライングで水掛け始めてるくらいで、この列車の出発前は街は平穏、ながら、皆さんこれから始まる大イベント前にワクワクしているようです。
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目の前の壁にはこの列車の路線停車駅図、CCTVカメラ等が備えられています。

 他方、こちらの列車は車掌の指示で投石ならぬ放水避けに窓を閉めることとなり、車内の暑いこと! 
 普段であれば走り出せば涼しくなるのですが、今日は思いやられそうです。

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2018年4月 8日 (日)

出張終わり。晴れ晴れ。

1週間の出張、2年前の出張の時と同じホテルの同じ部屋だった仮事務所の前の同じソファで仮眠したりしながらも、事故無く、御目玉食らうこともなく無事に終了。打ち上げの乾杯も出来ないまま慌ただしくヤンゴンに戻ります。30261666_1663537240401947_917591246
“ラオスの凱旋門”、パトゥーサイ。

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夕暮れ時のメコン川。ホッとする一息。

観光したりする時間はまあなかったわけですが、メコン川の夕陽をチラリと見たり、市内では凱旋門パトゥーサイを眺めながら仕事が出来たり、2年前のASEAN首脳会合の際にエラい目に遭った国際会議場も外から眺めて感慨に浸ったり、ベトナム戦争の時の不発弾被害者支援センターを見学したり、トンルン首相の親族が道楽で?経営しているという高級ラオス料理レストランで慌ただしい食事をしたりすることが出来たのは幸い。
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これは空港路線ではない京都市バス。いすゞLVも入ってました。

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このタイとの国際路線用のいすゞガーラも京都市マーク入りですね。

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こちらは昔ODAで新車で入れたタイ・いすゞ車ですね。

中心部の街並みは2年前と変わらず小綺麗な、爽やかな雰囲気で変わらずでしたが、他方で大型ショッピングモールが出来たり、中国の進出も益々激しいように見受けられました。

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中国資本と思しき巨大なショッピングモールも出現。

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メコン川近くの旧市街地のメインストリートの雰囲気は今も変わらず散歩したくなるような道でした。

帰路は13:20発のTG2571便、系列LCCのThai Smile運航でそちらの便名はWE571便とのこと。

LCCとはいいつつも、預け荷物は20kgまで無料、機内食に至っては、往路のTG便よりもまともなものが出されて驚きでした。こっちの方がいいんじゃん?
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2018年4月 2日 (月)

今度はビエンチャン出張。

今日からまた1週間の国外出張。今回の行き先はラオスのビエンチャン。昼まで仕事して、前回と同じ15:20発のPG708のA319機でバンコク経由での出発です。

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ナローボディ機だったらBKK沖留めはまあわかる。

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タダのエコノミーでも、PGは短距離線にしてはまあまあの食事を出すもんね。

今回は、当初予定を組んでいた昼のTG便(系列LCC会社のThai Smileによる運行)がキャンセルになったとの連絡が暫く前にあり、急遽このPG便に変更になったのでした。

席はプレミアムエコノミー席のすぐ後ろの4C。男性客室乗務員が「ウェルカムドリンク如何ですか?」と仰るので、アップルジュースを頼む。数分後、「お客様はプレミアム席でないので、サーブできません。すみません。」知ってるよ。ちょっと期待しちゃったよ。このPGのプレエコ、他社のビジネスクラスとかと違って席はB,E席がブロックされて空けてあるだけで座席自体はエコと同じなので間違えちゃったんだよね。

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しかしA330で沖留めってどういうことよ。軽く見られてるなぁ、ビエンチャン線。

PGはエコでもBKKはラウンジあるし、わざわざ高いお金払って乗るほどのモノとは思えないので乗ったことないのだけれど、後ろから見てると、食事は陶器製トレイでサーブされたり、降機時のランプバスがエコノミーとは別の専用車だったりと、色々差別化をしようとしてるんですね。
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これでレガシーキャリアの機内食だからなあ。ホットミールっちゃあそうだけどさ。

17:20着のバンコクでは2時間ほどの待ち時間の後19:35発のTG574に乗り換え。このビエンチャン線、単距離だしB737かなんかかと思いきや、バスで連れていかれた先には大型のA330。しかも、満席ではないけど、それなりに乗ってます。BKK-VTEって、1日20往復近くあるヤンゴン線(DMK含む)と比べると、圧倒的に本数少ないんですよね。
シートTVもついていて日本の映画も入ってたので早速見てみようと思ったら、「この1時間の短距離路線ではイヤホンは貸し出しません、御自身のものをお使いください」だとのこと。そんな、飛行機のイヤホンのジャックって2ピンの特殊な形してるじゃないですか。そんなの持ち歩いてる人いないでしょ。

 

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ヴィエンチャン空港のリムジンバスといえば、この京都市バスですよね(別の日の昼間に撮影)。

仕方ないので、BGMなきまま英語字幕を追いながら見てみましたが、疲れるよ、これ。

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