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2018年4月22日 (日)

ミャウーへの鉄道はあと一歩でした。

明けて土曜日、午前中は15~18世紀頃にアラカン王国として栄えた王都ミャウー(Google mapではムラウク・ユー)の遺跡やその時代から続く寺院等を観光して周りました。
が、そちらは省略。世に数多ある観光サイトや旅行に行った方のブログを御覧下さい。
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唯一触れておくのがこちらのミンガラー・マン・アウン(Mingala Man Aung)パゴダ。市街地北西部にあるのですが、衛星写真で見ると、市街地の北西側からこのパゴダの直ぐ側まで鉄道の線路敷きが建設されてきて、この脇で途切れて(街中の細い道となって)いるのが確認出来ます。先にも述べたとおり、このミャウーを通る鉄道は、最終的には中部マグウェ地域のミンブまで繋がる予定だったのですが、ここから東側での建設工事は手つかずだった、ここがミャウー駅の予定地だったのではないかと考え、パゴダ見物のついでにその築堤に上がってみました。
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駅を作れる広さではないですね。ミンガラー・マン・アウン・パゴダ横の築堤。

それがこちらで、どうやら線路が敷かれる予定地ではありそうなのですが、駅、特に機回し線などを設ける終着駅にしては、若干狭い気がします。

なので、シットウェに向けて戻り始めて町を出たところにある線路(予定地)との交差部分の左手にある、もう一つの“ミャウー駅候補地”に立ち寄ってみたところ、昨夕の到着時はもう暗くなっていて気がつきませんでしたが、こちらには見事に駅が出来上がっていました。上屋のかかった立派なホーム、では何故かトラックが出入りし、野菜などの貨物が積み込まれたりする、貨物ホームとして既に活用されていたのは御愁傷様。こちらがミャウー駅になる筈だったそうです。昨今の新線の定番どおり市街地からはかなり離れており、ここまで歩いてくる人はいないでしょう。開通したところでの集客が懸念される位置です。
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ミャウー未成駅。貨物ホームとして供用されているのがお慰み。

(そして後で調べたところでは、2010年11月の報道で、この鉄道の建設工事がミャウー市街地のSakya Manaung Pagodaの壁などを損壊したため、住民が文化省に通報し、同省が鉄道省に申し入れを行って工事は停止、損壊した壁は修復されたという記事がありました。上記の2地点より南西(アン側)にあるパゴダでの出来事で、ミャウー駅よりも先まで工事は進められてはいたのですね。)
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ミャウー・バスターミナルにて、不思議な、正面は一見日本車風の雰囲気でありながら、明らかに日本製ではなさそうなバス。素性お分かりの方、いらっしゃいましたらご教示を賜りたく。

ここからシットウェに向けて、一旦北上する道路は、線路予定地と時折交差しながら進みます。こちらもアラカン王国以前にこの地に存在した仏教国家だったヴェサリの駅は衛星写真では駅舎が残っていましたが、現地では既に取り壊されていました。
更に北に進んだティンニュウ未成駅では、駅舎とホームに加え、半分崩れかけながらもホームの端には駅名標が残っていました。こんなもの、開通直前に建てるものじゃないのかなあ。まだチャウトーの橋が着工すらされておらず、いつになるのかわからない状況でもう作っちゃうかなぁ。
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ティンニュウ未成駅。線路は敷かれなかったものの、ここまで出来ていたのに。

更に北に進んで線路が西へ向きを変えるところには、「地球の歩き方」にも掲載されているマハムニ・パヤーがあり、その直ぐ近くを掠める線路上にもマハムニ駅が設けられる予定でした。他の規格型駅舎とはひと味異なる飾り付けがされているのが伺え、開通していたらこのパゴダへの“参拝駅”となって賑わっていただろうに、惜しいことになりました。
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右手奥にマハムニ・パヤーを望む、マハムニ未成駅。他とは違う特別な飾りつけまで用意されていたのに。

更にもう一駅を確認し、キスパナディ川を渡って西岸のチャウトーを経由、北線区間の現在の終着駅、カナンタウン駅に到着しました。今日は昨日クァンタウン駅で見かけた2両編成のRBE列車が停車しており、期待が高まります。

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