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2018年5月26日 (土)

今日から一時帰国。

今回は福岡往訪の予定もあり、全日空の成田行きの直行NH814便での出発にしました。金曜夜ということもあって機内はほぼ満員。ながらも、幸い中央3列掛けの隣の空いた通路側を確保することが出来ました。一方、7列35席もあるビジネスクラスは完全に満席。企業の役員クラスの往来の多いことが窺い知れます。
かつて2012年、全席ビジネスクラス38席のB737-700 Business Jetで運行開始されたこのヤンゴン直行便、今や200席のB767がそんな状態。曜日によって多少のぶれはあるようですが、ダブルトラックになってもおかしくない需要ですよね。

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ピントが合ってないお粗末。

不満は食事でしょうかね。ヤンゴン発は夜の21:45なので、夕食はもう済ませてきてるでしょ?ということで、水とスナックのみ。朝食はお粥かオムレツかといういつものパターンで、パサパサの洋食よりは取り敢えず流し込める和食を選びましたが、東京発に比べると随分シャビィな内容に思えます。

 

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2018年5月19日 (土)

ミャンマー国鉄MRの路線図を改訂してみる。

そんなわけで、一時帰国を控えてミャンマー国内旅行も一休み。
だからというわけではないのですが、以前もう1年以上前になりますが、ミャンマー国鉄MRの路線図を作成してアップしたことがありました。

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その後の訪問や情報により、運転休止(中止)区間など新たに判明した情報もありますので、改訂版としてアップしておきます。
以前のものは解像度が低いという苦情も複数いただきましたので、多少重くなりますが、そちらも改善してみました。
もしご覧になった方で、更に気づきの箇所などありましたら指摘いただければ幸いです。

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2018年5月18日 (金)

バガン~マンダレー路線 時刻表。

というわけで、バガン~マンダレー路線の時刻表です。

先に写真を掲載した、ミョータ駅掲示の時刻表とは、若干ビミョーに違っている部分があり、当方の紙ベースでの確認は昨年(今回は再確認できず)、ひょっとしたら微修正がなされているのかもしれませんが、十分使えるものだとは思います。
まあ、とはいえ、この日見た2本の混合列車は、時刻表とはだいぶ異なる運転をしているようでしたが。

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2018年5月17日 (木)

バガン~マンダレー路線に乗る。(終章)そして帰る。

ミョータを出た列車は,終点マンダレーまであと一息(といっても2時間半ですが)。到着1時間ほど前のTada U近くではマンダレー国際空港へと向かう高速道路とクロスし、この空港の遠さにあらためて驚かされます。ここで降りて空港に行ったりはしませんが。少しだけ乗り残すわけには。
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このエリアでは、川には豊かな水が流れています。気候帯が変わったのがはっきりわかりますね。

Paleikでヤンゴン~マンダレー本線と合流の後、ミンゲ駅脇の大規模鉄道工場内に眠る、JR北海道のキハ183系や北斗星用の寝台車、赤青白のトリコロール・カラーに塗られたまま朽ちつつある気動車などを眺めながら、列車は終着駅マンダレーへ近づいていきます。ここは早めに一度見学に来たいところです。
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北斗星の寝台車とか、

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スラントノーズのキハ183系初期車(運転台なし)とか、

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トリコロールカラーに塗られたキハ58とか、お宝がいっぱい。

ミッチーナ・サガイン方面からの路線とラーショー方面からの路線と合流し、ミョーハウンを過ぎてからはターミナル駅の混雑なのか、動いたり停まったりを繰り返しながらになってしまいましたが、それでも15分ほどの早着で、マンダレー駅に無事に到着しました。ホームにまで入ってくるタクシーの客引きを適当にあしらいつつ、先ずは遅めのお昼ご飯です。
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終点マンダレー駅に到着です。

市内からマンダレー空港までは、以前空港から使ったことのある順南山(ShweNanSan)のリムジンバスを使ってみました。電話してくれれば市内どこでも迎えに行くよ、と説明されてはいましたが、外国人的には結構ハードル高いです。

それでも、片言のミャンマー語と英語で連絡を試み、昼食をとったレストラン近くのホテルをピックアップ場所に指定してみたところ、ちゃんと予定時間に見覚えのあるHyundaiのマイクロバスが現れてやれ一安心。45分ほどで空港まで運ばれました。マンダレー駅の客引きタクシーの言い値でKs.25,000、空港から市内への定額タクシーでKs.15,000くらいはかかる距離ですが、このバスであれば1人Ks.4,000ですから、1人2人なら大分お得感高く、フライトまで時間の余裕がある時は、有りなのではないでしょうか。
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マンダレー市内からはこのバスで空港へ。

マンダレー18:30発のGolden Myanmar航空Y5-534便でヤンゴン戻り。少し遅れましたが、夕方のGoldenはもう30分くらいの遅れはデフォと思っておけば腹も立ちません。

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2018年5月16日 (水)

バガン~マンダレー路線に乗る。(第3章)

ナトージーを出てから北へと向きを変え、次の大きな駅はウェッル。大きく左にカーブしたホームに入っていく列車の前方からは、先ほど追い抜いた117UPと同じKSK製DD1200型に牽引された対向列車が待ち受けていました。こちらはこれより少し先で交換予定だった混合118DNですが、手元の時刻表より少し速く進んできたのでしょうか。
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Wetluでは予定より早く対向の混合118DNと交換。こちらもKSK製DD1200が牽引してますね。

この駅のホームでは、竹を編んで作られた大型のデッキチェアが多数積み上げられています。最後尾の荷物車に積み込んで搬出するのかと思いきや、列車が停車しても積み込み作業を行う気配はなく、数分の後にそのまま発車してしまいました。対向列車の側も同様に、椅子を両手に持った人が前後に歩いてはいましたが、積み込まれてはいないようです。
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この椅子を、ホームで売りますか。買う人いますか。

これ、この椅子を駅売り!?ですか。買う人いますか。持って帰れる人、いるのですかね? ちょっと飛行機に積んで帰るのは難しそうなので、買いませんでした。当方は。

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こちらの代用客車は、有害貨車改造で窓もなく、ちょっと居住環境悪そうですね。こちらに対しても椅子を売ろうとしておられるようで。

ウェッルを出て、明らかに気候が変わったことを実感させられる、緑が多くなった風景の中、幾つかの小さな駅に停まりながら、列車はミョータへ。

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こちらの方が売ろうとしているのは椰子の実ジュースかな。

この路線は、小さな駅でも駅名標にきちんとアルファベットの振り仮名?が記載されており、また、ミョータ駅には、駅舎の前の黒板に「バガン=ミンジャン=ミョータ=マンダレー」間を走る各列車の番号と時刻表が書かれていました。多くの駅では規格型の白いプラスティック製の板にはめ込む形で「列車番号と到着・出発時刻」しか掲示されていないのに比べて、遙かに分かり易い情報として乗客に示されていて、キチンとした好印象でした。

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ミョータでは駅売りなし、駅前に出てみましたが、商店で持って帰れるような食べ物も売っておらず。

唯一残念だったのは、昼12時半の、この区間運転列車もある主要駅で、お昼ご飯、どころか、何らの食べ物飲み物の販売もなかったこと。まだ直ぐには出発しなそうだったので、駅前の売店2軒に走ってみましたが、いずれも×。先ほどのバガン行き118DN、この119UP、追っ掛けてくる117UPと需要はそれなりにありそうなものですが・・・

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駅員さんの生真面目さが伝わってくる、ミョータ駅掲示の時刻表。3往復の列車の時刻が2色のチョークでわかりやすく示されています。

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2018年5月15日 (火)

バガン~マンダレー路線に乗る。(第2章)

ミンジャンを出発した列車の車窓は、心なしか次第に緑が増えて来たように感じられます。
ここから線路はそのまままっすぐ北東にマンダレーを目指すのかと思っていたのですが、あらためて衛星写真を見ながらルートを追ってみると、真東、よりも寧ろ少し南南東に向かって進み、Ywagyi、そしてNatogyiを過ぎたあたりで線路は北方へ向きを変えてWetluそしてMyothaを目指すという、正三角形の2辺を通るような経路になっています。
まっすぐミョータへと向かうルートもそれなりの道路と街があるようですが、鉄道を通すルートとしてはこちらの方が良い何らかの理由があったのでしょうかね。

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先行の混合列車(左)を追い抜く我が方急行列車(右)。どう見ても左の箱型機の方が優等列車牽引機の佇まいですが…

そのミンジャンからナトージーへと向かう各駅は、ここから更に東へヤンゴン~マンダレー高速道路方面とを結ぶ幹線道路に沿って走るルートでバスの運行もそれなりにありそうですが、各駅の乗降客はミンジャン以前よりも増えたようです。Natogyiでは先行する混合117UP列車を追い抜きです。
当方手持ちの時刻表上はこの先のミョータの更に先で追い抜くダイヤ設定の筈ですが、遅れなのか、時刻が修正されているのか。
そもそも追い抜きするようなダイヤで走らせる必要があるのか。午前1本午後1本じゃダメなのか。

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DD54ともEF66とも似た雰囲気の、親しみを覚える佇まいですね。汽車会社製のDD1204号機。

少し停車するようなので先頭の機関車まで走ってみると、117UPの牽引機は汽車会社製のDD1200型機でした。以前ミッチーナ路線で混合列車を牽引するのを見かけたDD1500型とよく似たデザインですが、エンジン出力が違うのですね(ミャンマー国鉄MRの公式サイトによると、KSK製DD1500とDD1200、更にはこの急行を牽引するKrupp製DD900も含めて、皆エンジン出力は1,500HPと書かれており、誤記なのか、エンジン換装なのか、よく判りません)。
同サイトによるとDD1200は9両、DD1500は6両のみ在籍(休車も多いと思われます)とされており、いずれにしても貴重な少数派であることは間違いないでしょう。

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客車側は、流石にこの代用客車よりこちらの一般客車の方が乗り心地はイイわけですが。

とはいえ、入替機のようなセミセンターキャブ・スタイルのDD900が当方の急行列車を、国鉄DD54に少し似た雰囲気も感じられる我が国KSK製箱形機が鈍足の混合列車を牽引する姿は逆じゃね?と何となく釈然としないというか、少し残念な感はありますね。使い勝手が良くないのか、性能の問題なのか。
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そして列車は東へ。桜ではありませんが、綺麗なピンク色の花が咲いている駅がありました(NgaPyaWaing)。

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2018年5月14日 (月)

バガン~マンダレー路線に乗る。(第1章)

バガン駅を出発したマンダレー行き119UP列車は、マグウェ地域北部から続く荒涼とした乾燥地帯を進んでいきます。間もなく雨季に入ろうという時期で、既に昨日も多少の雨が降ったりしていましたが、渡っていく川はまだ涸れており、この地域での農業環境・生活環境の過酷さが感じて取れます。
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エーヤワディ川を渡ってパコック方面とを結ぶ支線との分岐駅、ティッタウン。数名の乗客が待ち受けていました。

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そして支線が左へ分岐。緑が全くないわけではないのですが、この辺りは乾いた大地です。

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奥に見えるエーヤワディ川の支流ですが、すっかり干上がった涸れ川になってます。

駅毎に多少の乗車客を拾いながら(2駅目くらいから既に下車客がいるのは驚きですが)、2011年の新線建設時に新設されたと思しき規格型駅舎のティッタウン(ThitHtaunt)でパコック方面への路線を左に分け、当方はそのまままっすぐ。
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集落で、牛車を追い抜いて行きます。これは車輪がタイヤなので、比較的近代的なタイプ?

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駅舎?待合室は崩れ、駅名標も倒れ掛かったこの停留所は我が急行は通過(ニャウンラー)。

ミンジャンの手前で比較的大きなエーヤワディーの支流を渡る橋があるのですが、ここは工費削減のために取り敢えず鉄道・道路併用橋として建設されており、今日も橋の両端では踏切に仕切られ列車の通過を待つクルマの列が出来ていました。ただこちらでは、既に現在の併用橋の左手側に沿って新しく道路橋の建設工事が進んでいるようで、需要があるところではそれなりの公共投資も行われていることがわかりますね。

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併用橋の西端では結構な数のクルマが列車の通過待ち中。

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ちゃんと別に道路橋を建設中でした。

そして程なく右手の車窓に大きな工場・・・専用線の線路も敷かれているようですが、製鉄所の偉容が見えてくると、ターズィ・メッティーラからの路線と合流してサッカに到着・・・するも、ここは通過してしまい、程なくミンジャンに到着です。

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サッカ駅の手前でターズィ、メッティーラ方面からの路線と合流。複線のように見える線路のうち片方は、奥に見える製鉄所への専用線です。

右手前方には対向の、ミョータから当駅止まりの区間列車運用に入っているのは、松浦鉄道のRBE車ですね。RBE2579号車と2578号車。先日のラカイン北線の兄弟車と異なり、ここの車両はまだ日本時代のゆったりとしたクロスシートの椅子が存置されているようです。ここの運用には一時期キハ47も入っていたこともあり、撮り鉄の方の注目は高い運用ですね。

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ミンジャンに到着、ミョータからここまでの区間列車が先着していました。

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旧松浦鉄道車の2両編成。南方向へ走り去って行きましたが、車庫なんかあったかしら。

駅のホームではお弁当や菓子、果物を売るちょっとした屋台が出ており、窓から顔を出す乗客からお金を受け取り弁当を届ける少年の姿が目に入りましたが、時刻はまだ朝の9時半。ホテルで詰めて貰った朝食弁当を食べたばかりの身には食指が伸びず、この後別の駅で買うことにして、ここでは断念。そしてこの目論見は見事に外れるのでした。

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鉄道交通の要衝らしく立派なミンジャン駅舎。ホームには売り子も出てますね。

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2018年5月13日 (日)

バガン~マンダレー路線に乗る。(序章)

早朝6時半過ぎ、ホテルからのクルマでバガン駅に到着すると、マンダレー行き急行119UP列車は1番ホームで出発準備を整えていました。

バガンとマンダレーという観光ルートを8時間ほどで結ぶこの列車、一時期はJR東海のキハ40系での運行だった事もありましたが、現在はUpper2両を繋いだ客車編成での運転となっています。この区間は他にも混合普通列車が一往復走っていますが、所要時間は11時間ほどかかるでしょうか。しかも客車は代用客車なので相当疲れるかと想像されます。
他方で、この119UPのつがいとなる120DN列車は、マンダレー夜発・バガン朝着の夜行列車で、車窓は楽しめません。必然的にこの列車を選択するしかないんですね。

ところでこのルートは、実はそもそもはこの両都市間を結ぶ目的で建設されたわけではないようです。
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バガン駅で出発を待つ、マンダレー行き急行119UP列車。

国鉄MRのサイトからこの鉄道沿線の歴史を紐解いてみますと、
1889年にマンダレーまで伸びてきた鉄道の途中駅ターズィから分岐し、メッティーラを経てエーヤワディー川近くのミンジャンまで鉄道が延びてきたのは、第二次大戦前の1930年(国鉄MRのリストでは、“13th Jan 1930 Mandalay - Myingyan Line opened.”と書かれてますが、これは恐らくThazi - Myingyan Lineの間違い)。
インパール作戦等の戦記物などを読むと、この時期に既にターズィ(当時の表記はサジ)~メッティーラ(同、メクテーラ)~ミンジャンまでの鉄道が運行されていたことが書かれています)。この路線の開通が1930年だったのでしょう。
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パコックからのネーピードー行き(タウンドゥインジー乗換)108DNのRBE車両が到着。今日は、のと鉄道車ですね。


マンダレーからミンジャンまでの方は、
15th Feb 1991 Tada U - Myotha Line opened.
21st Feb 1992 Myotha - Wetlu Line opened.
9th May 1992 Wetlu - Nahtogyi Line opened.
8th Dec 1992 Nahtogyi - Myingyan Line opened.

と1990年代に入ってからの少しずつの延伸が記載されています(本線から分離するPaleik~最初の駅であるTada Uまでの開通時期が書かれていませんが)。

一方で、ミンジャンからバガンまでの西側部分はヤンゴンからピィ、あるいはネーピードーからチャウッパダン経由のルートがバガンに到達する1997年2月11日に先立ち、1996年9月18日にバガン~サッカ(ターズィからの路線上、ミンジャンの1駅手前の分岐駅)までが開通しました。
その後2011年12月31日に、途中駅ティッタウン(ThitHtaunt)から分離してエーヤワディー川を渡りパコックに至る路線が開通し、現在に至っています。
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近年になって軍事政権下で観光地バガンの玄関口として建てられた、立派な駅舎の前で。

始発駅バガンではそのエーヤワディーに架かる橋を渡ってきたパコックからのネーピードー行き108DN(元のと鉄道のRBE2527)を待ち受けての出発です。先日タウンドゥィンジー駅で見かけた同列車は伊勢鉄道の小型LE-Carで乗客満載でしたが、今日の車両はそれよりも少し大きく,若干ゆったりしてるかもしれませんね。

当方のマンダレー行きは、入替機のようにも見えるセミセンターキャブのKrupp製DD900型DD962号機。8時間の急行を牽引するカマとしては少々以外でした。続く客車はOrdinary2両、Upper2両、Ordinary1両、そして最後尾が荷物車兼Guard車。Upperは、1両目は2-2配置でしたが、サッカーのラッピングが施された当方乗車の2両目は1-2配置のゆったり仕様で若干のお得感。

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当方のUpper Class2号車は、ミャンマー・サッカー協会のラッピング車でした。

一時は、エーヤワディー川の豪華クルーズ船の向こうを張って、「北斗星」用の寝台車を用いた観光列車の運行も計画された(試運転くらいはされたという話?)こともある、観光地間を結ぶ路線だけあって、当方の他に、欧米人バックパッカー2人組も乗せ、列車は定刻にバガン駅を出発しました。
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「さ、この列車が出発したら、保線作業しような。」「そだな。」

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2018年5月12日 (土)

バガン南方、観光。

だらだらと取り留めなく書いているうちに、前の旅行が終わった次の日からまた別の旅行に出掛けてるように見えてしまいますが、話しが簡潔でなく冗長なだけで、実は2週間空いてる点、ご理解下さい。
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最近益々多い、Air KBZでバガン・ニャウンウーへ。

というわけで、今日は週末ですが早起き、07:30発のAir KBZ、K7-248便でバガン・ニャウンウー空港へ飛びます。この時間帯、各社ともバガン行きの便が集中しており、KBZだけでも15分前にも別の便があるのですが、この7時半のあとは各社とも午後15時頃までないという不思議なスケジュール。霧の影響があって早朝しか飛べないヒマラヤの空港、とかでは聞いたことがありますが、バガン空港はそんな状況にもなく、各社調整して1時間おきくらいに出してくれればいいのに、と思いますが。
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最近入って来たのでしょうかね。北鉄奥能登バスの494号車。今回の搭乗はこちらの車両ではありませんでしたが。

そのAir KBZ機は、日本人観光客の団体が入っており、ほぼ満席。
到着時は、預け荷物の無い当方はさっさと出てきて手配したクルマで出発。あの空港は、イミグレでのパスポートチェックこそないものの、遺跡保存地域入域料の支払いとかあって、到着客が集中すると、時間を取られるのです。
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バガンから南東方向に1時間ほど。ポパ山ことタウンカラッ。ここに登って来ました。そして数日間の筋肉痛になりました。

今日は観光地バガンに、久しぶりに観光目的で来た日でした。とはいえ、バガン地域は何回も来ており、今日は南東チャウッパダン近くのポパ山と、南西サレーという、郊外の2カ所を回るため、借上車をお願いしました。
まあ、観光情報は巷に溢れるネットやガイド本にお任せします。
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バガン南西のチャウッ近く、サレーではこちらに(笑)。

当方的に興味深かったのは、サレーとその近くの鉄道駅もあるチャウックの街の周辺に、多数の小規模油井が点在し、無人で首を振る油井のポンプがあちこちに見られること。
以前この川向かいのパコック~セイピュー路線に乗った時、沿線に多数の小規模油井が点在しており、この地域で産出される石油を目的に日英両軍が激しく戦った時代もあったことをあらためて認識したわけですが、
こちら東岸側でも今でも小規模な採掘が続けられているのですね。
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このような小規模ながら、自動化された油井が多数点在。対岸の油井は、もう少し旧型の、人力とは言いませんが、素朴な設備が多かった印象があります。

そういった油井から製油所なのか、一時貯蔵施設なのか、そこに向かって無数の細い、ちょっと太めのホースくらいのサイズしかない“パイプライン”が地面を這い回っているのが見えました。有刺鉄線で囲まれたりしているわけでもなく、ちょっと切って盗掘?出来ちゃいそうな、か細いパイプでした。
この点在する油井から、一日にどのくらいの量の石油が取れるのでしょうね。

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2018年5月11日 (金)

飛行機からの~、飛行機!

月曜朝、田舎の町役場みたいな冴えない?建物のロイコー空港から、1日1本の国内線、UB110便のATR機でヤンゴンに戻ります。
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空港ターミナルビル、ふた昔前位の印象ですね。田舎の役場か学校みたいな。

これが夕方のフライトだったら、1日この街と周辺を観光してから帰れるのに、勿体ない気はします。午前中観光して、クルマで5時間走ってへーホー空港からの最終便で・・・などと考えたりしなくもなかったですが。朝ヤンゴンから飛んできても、ロイコー5時発の列車には間に合わないし、鉄的には使い勝手の悪いスケジュールです。
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一日一本の貴重なヤンゴン行きフライトは、ドイツ人観光客グループなど乗せて、ほぼ満席でした。
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離陸してほどなく、昨日乗って来た線路が一本の筋のように見えました。

ヤンゴンに戻ったあとは、日本から御来訪中の鉄友O野さんとランチにしたのですが、その前に先方の御希望もあり、これは結構有名で皆さんご存じなのですが、ヤンゴン空港から市内へ向かって空港を出たところにある航空アカデミーの庭の保存機というか、訓練用の機体。
KLM塗装みたいな色合いに塗られたフォッカー28型機と、こちらはまだあまり知られていないでしょうね。もう一機、空港から反対の南東側に下っていくラジオステーション・ランという通り沿いを走っている時に先日見かけた飛行機を見学。
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ヤンゴン空港を出るところの右手にある、このF28機は皆さんご存知ですよね。

こちらもフォッカー28ですね。塗装もUBの旧塗装のようです。工事現場の入口で撮影許可を求めると、機内に入ったり近づいたりしてはダメだけれど、ここ(門のところ)から撮る分には構わないというので、2人で一枚だけ撮らせて戴きました。なんでもこの機体、マン・ヤダナルポン航空のオーナーの私有物だそうで、そのうちバゴーへの国道沿いのGolden Myanmarのエアバス機のように、レストランか喫茶店にでもなるのではないか?と期待してみたりします。
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こっちのF28機の方は、御存じないでしょうねえ。近い将来に期待、です。

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2018年5月10日 (木)

東部線(ロイコー路線、シュウェニャウン路線時刻表)

そんなわけで無事にロイコーに到着(早着)しましたので、この路線と、先々週ヘーホーまで乗った際に確認した、シュウェニャウン・ヤッサウッ方面への列車の時刻表です。
このターズィー~シュウェニャウン間は、先の大戦中の日本軍が運営していた時代には、「東部線」と呼ばれ、ガーラットやマレーに加えて、C56も入線していたという本を読んだことがあります。
そしてロイコー路線は先述のとおり90年代になってからの開通。ヤッサウッまでの路線も1991年3月と最近になっての開業だそうです。

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2018年5月 9日 (水)

カロー~アウンバン~ロイコー路線に乗る(後編)。

ピンラウンを出発した列車は、それまでの農耕地が多かった車窓風景から、次第に山の中へと入って行きます。
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山の中を走る車窓を眺める、途中駅から乗って来た兄妹。

それまではつかず離れずだった幹線道路とは別の谷を走る区間では、携帯電話のアンテナがMPT、Telenorとも圏外になったりして(幹線道路沿いでは流石にそんな事は殆どない時代です)、登り勾配区間では速度も一段とゆっくりとなり、すぐ前方を走る機関車のエンジンの唸る音が聞こえてきます。

とはいえ、人跡未踏の地、ではなく、田畑も農作業の手を停めて列車を見やる人も時折目に入りますし、次第に西に日が傾き影が伸びて来る車窓風景は、日本の田舎ともそう遠くはないようにも感じられます。
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パオ族の男性の衣装だそうです。

とある沿線の集落、駅がなく列車が停車しないのが不思議なくらいでしたが、線路の両側に着飾ったパオ族の男性女性が大勢集まっていました。他の乗客に聞くと「プエ」と言っていたので、お祭りみたいですね。

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サウンピャウン駅。最近の規格化された駅舎と異なり、この路線は各駅とも三角屋根の瀟洒な駅舎が多く、好ましい雰囲気です。

途中駅サウンピャウンには小さな屋台が出ていました。冷たい飲み物でもあれば買おうかと思って覗いてみたのですが、メインはキンマ(紙タバコの一種)で、後は賞味期限がいつだかわからないような菓子などで食指は伸びず、お婆ちゃんが頭の上の籠に乗せて売っていたゆで卵を一つだけ。
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夕陽を浴びながら、また一つ小さな駅に停まります。

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車窓が開け、左手奥に湖が見えてきました。

そして谷が狭くなり、森の中の安全側線も設けられた信号場のような駅を過ぎると、左前方に突然視界が開けてきました。
遠くには湖が見えます。こちら、やっと繋がったGoogle Mapでは、モウピェーと書かれていますが、南インレー湖とか、奥インレー湖と呼ばれる大きなダム湖で、観光地として有名なインレー湖からは繋がっていて、船で行き来が出来るようになっています。最近では、インレー湖畔の観光拠点ニャウンシュエからこちらまでの観光船も出ているそうです。
列車はここからオメガループを繰り返して、ゆっくりとこの湖の湖畔に降りて行きます。

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右に左にカーブを繰り返しながら、次第に高度を下げて行きます。

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ペコン駅。感度を上げて撮って、画像レタッチしてみましたが、厳しい時間帯ですね。

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ペコンからロイコー迄乗る人もいるんですね。お見送り風景。

その湖畔の街がペコン。すっかり暗くなって来ました。夕食の調達を目論んでいた駅ですが、物売りの影もなく、ピンラウンで買っておいて正解でした。
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さ、豪華お弁当で夕ご飯にしようかな。

このペコンを発車してほどなく、湖に最も近づく地点が↓ こちら、なのですが、ギリギリ明るいうち・・・には間に合いませんでしたね。これでもダイヤより大分早く走って来たのですが。暗すぎてオートモードでは止まりませんでした。
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最後の街らしい街、すっかり暗くなったモンピャで後ろの家族連れが下車。すごい区間の乗車で驚かされました。

そして終点ロイコーには、20:15の到着。なんと定時より1時間半も早着です。週に3本しかないこの列車、途中の駅で乗り遅れた乗客はいないのだろうかと、他人事ながら気になります。
時刻表上では12時間の旅のつもりでしたが、1時間半の早着、アウンバンでの1時間近い停車などに鑑みれば、実質10時間弱ってとこでしょうか。まあ、御疲れ様でした。

終点駅にこの列車から降り立ったのは十数名でしょうか。迎えの車が待ち受けている人もいましたが、途上国のターミナルではありがちな、バイクタクシーなどの客引きの類が全くいません。他の乗客も三々五々歩いて目的地へ向かって行くようです。
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終点ロイコー駅に到着しました。お疲れ様でした。

当方の今日の宿は駅から歩いて10分弱ほどの、最も近い1泊40ドルほどの「Golden Hill」というヤンゴンの高級アパートみたいな名前の宿をネットで取っています。定刻21:45に着いても途方に暮れないように、だったのですが、お陰で助かりました。
この時間帯は、まだ駅からホテルへの道すがらにも何軒か開いている飲食店も見受けられ、結果論ですが、無理に車内で食べなくても良かったかもしれません。

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翌朝再訪してみた立派なロイコー駅舎。朝5時に折り返しの列車は出発し、明日の夜まで発着する列車はありません。

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駅構内。乗車客は、2階に上ってからホームに降りる構造になっていますが、まあ使われている筈もなく。

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2018年5月 8日 (火)

カロー~アウンバン~ロイコー路線に乗る(中編)。

ナウンタヤーを出て暫く、ティッピンジー休止駅(本列車は通過)の手前で、右手側から大規模な築堤が近づいてきました。小川を渡る橋梁部分こそ出来上がっていませんが、立派な規格の路線に見えます。
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首都とを結ぶ新路線になる筈だった、大築堤が近づいてきました。

こちら、カヤー州の州都でありこの路線の終点であるロイコーから北上し、この駅で分岐して西へ向かい、山を越えた先のタッコン(シンテ(Sinthe)駅)でマンダレー本線と合流、そのまま首都ネーピードーへと向かう新路線になる予定だったところですね。
MR国鉄公式サイトの「建設予定路線図」には出てこないのですが、検索してみると、「Naypyitaw~Tatkon~Pinlaung Railroad Project:120マイル」なんて記載が現れます。シンテ側からは、同駅の駅名標にも分岐した次の駅が書かれているくらいで(旅客営業列車が走ったのかどうかは確認できていませんが)、衛星写真を見てみても、両側からの建設工事もそれなりの距離は行われていたようです。
現在は工事も中断され、分岐駅として新たに設けられた駅と察せられるこのティッピンジー駅は、周囲に人家も少なく、この列車も通過してしまいました。

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合流駅になる筈だったティッピンジー(ThitPinGyi)は、平屋根の規格型駅舎。開通時からではなく、分岐点として新しく設置された駅と察せられます。

そして程なく沿線最大の街、ピンラウンに到着。この路線も、アウンバンからこの駅までの開通が1993年1月、ロイコー迄の全通が同年3月と比較的新しいのですが、街の中心部を線路は縫って入り、通り過ぎた街外れに駅が設けられています。手前にピンラウン・ゼイ(市場)という停留場があるようなのですが、こちらは確認できないまま列車は通過。街の中に停めればもっと便利なのに・・・というほどの乗客数ではないのですが、そもそも論としてね。
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ピンラウンの街の中を走る列車。この辺に停まってあげればいいのにね。

そのピンラウンでは、まさかあるとは思わなかったので到着まで気づかなかったのですが、対向の列車との交換がありました。DF2000型に牽かれた平台車2両と無蓋車、水色のカブースという編成ですが、いずれも空荷だったため、何の貨物を運ぶ列車だったのかはわかりません。砂利撒き列車とかの類でしょうか。

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ピンラウン駅で対向の貨物列車(右)と交換。何を運んでいた列車でしょうね。

こちらの駅では、ホームに1軒の弁当屋台が出ていました。時刻は15時半、さっきアウンバンで買った弁当を食べ終えたばかりでお腹はあまり空いていないのだけれど、この先21:45着予定の終点まで大きな街もなく、食べ物が手に入る保証はありません。
ここは金満日本人、札束で頬を叩くことにして、通常は鶏肉か豚肉のおかずを1つ選んで、付け合わせの野菜とご飯で1,000チャットのところ、両方乗せ!で1,500チャット、そして少し先の駅で売っていたゆで卵も合わせて、1,700チャット(150円w)の豪華な食事を堪能することにしました。

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ピンラウン駅のホームで、贅沢お弁当(笑)を調達。

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機関士や車掌も休憩中なので、駅前に出てみました。

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2018年5月 7日 (月)

カロー~アウンバン~ロイコー路線に乗る(前編)。

カロー駅に到着した列車を牽引するのは、DF1600型ディーゼル機。スイッチバックを上がってくる山岳路線なので、強力タイプのDF2000型かと思いきや、意外。
このDF1600型にはエンジンを2,000馬力型に換装したものがあるのだそうで、この1612号機もそういう個体のようです。
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アウンバン駅に到着する、シュウェニャウンからのヤンゴン行き142DN列車の雄姿。

客車はいずれも12mタイプで、Ordinary、First、Ordinary、そしてUpper、最後尾に2両の荷物車。この短いBトレイン・ショーティ車にUpperがあったとは知らなかったです。いっちょ前に1-2配置のゆったりしたリクライニング・シートが並んでおり、長時間の乗車だし、こっちの方がよかったな・・・。当方が先ほどカロー駅で「ロイコーまで」といって購入したのは、First Classのチケットでした。
なのですが、「こっちに乗りたいんだけど、追加料金幾ら?」云々と車掌に聞いてみると、なんでもこのUpper車は、次のアウンバンで切り離されてしまうのだそう。それじゃ売ってくれなかったのも仕方ないか。
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アウンバン駅で切り離されてしまった、Upper Classショーティ客車。

10:15分頃、ほぼ定刻に到着したアウンバン駅では、暫くの後、何とも複雑な入れ替え作業が始まりました。
1両目のOrdinaryと4両目のUpperを切り離し、中央部の2,3号車2両と後部の荷物車だけの短編成にするために2度ほど行ったり来たり。最初から、ターズィー出発の時点で、切り離しやすいような順序に編成組んでおけばいいのにね。

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アウンバン駅のホームには、次々に運び込まれる高原野菜が山になっていました。

その間、前方、東方からは20mフルサイズ客車を5両に荷物車を繋いだヤンゴン行きの142DN列車が到着。全長140mあまり、こちら倍の長さのある、威風堂々とした編成に見えます。本線に入ると、他の優等列車に追い抜かれるような下級列車なのに、ここでは掃き溜めに鶴(とまでは言わないか)。

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“First Class”の車内。座面にビニールのマットレス?が置かれてるのが“ファースト”たる所以。

こちらの方は定刻でも30分ほどの停車時間があるので、駅舎側に散歩に出掛け、列車の時刻表を見せて貰ったり、ホームに山のように積み上げられた野菜を眺め、この後途中で昼食を手に入れることが難しそうなのでホームでいつものお弁当を購入。
そんなこんなで列車は30分ほどの遅れでようやく出発です。
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車窓に広がる高原野菜畑。給水体制も完備されています。

駅を出てすぐシュウェニャウン方面への本線から分岐し、列車は一路南へ。Ordinary Classとは、シート座面にビニール・モケットが張られているのが大きな違いであるFirst Classの車内は、各ボックスに1~2名程度の程よい乗り。
ではあるのですが、その半数ほどはお坊さんと尼さんで、運賃がどうなっているのかはよく判りません。

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この駅は乗車客はいないようですね(インウン)。

ここからは下りていく一方かと思いきや、各駅で一人二人とこの週に3本しかない列車を待ち受けており、2時間ほど走った、毎日1往復の列車があった頃は上下列車の交換駅でもあったティージーでは、二人の子供を連れた比較的身なりの良い大荷物の家族連れがFirst Class車に乗り込んできました。駅員と車掌が「4人、いける?」「大丈夫」みたいな話をしていたので、恐らくは無札。途中の小駅にはFirst席の発券割当がないのでしょう。車掌が寛いでいたボックスを明け渡して一件落着です。
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崩れかかったホームに駅名標だけの小さな停留場ですが、アルファベット記載されてますね。かすれて読めないけど(ナンタイン)。

この沿線、車窓には信州は小海線あたりを彷彿とさせるようなキャベツなどの高原野菜の畑が広がっており、驚いたのは、プラスティック製のパイプが敷かれ、自動で給水がなされているのがあちこちに見えたこと。
この地域も、この国の例に漏れず雨季と乾季の降雨量の差は激しいため、それをカバーするためにあちこちに溜め池が掘られていたり、地面を掘ってビニールシートをかけて水が沁み込まないようにした“簡易溜め池”も沢山作られていて、その中で水浴に興じている子供たちがこちらの列車に手を振って来たりします。
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こちらでは、大荷物を抱えた家族連れなど数人が待ち受けていました(ティージー)。

ここシャン州は高原野菜で有名な地域で、日系NGOが支援している地域もあったりするのですが、これだけの設備投資をして商業作物を生産しているということはそれなりに豊かなのか、あるいは一部の大地主や農業企業が投資して大規模農業を行いながら、地元の住民は小作農にすらなれず農業労働者として労働力を提供するだけなのか、どちらなのでしょう。
というのも、この地域は、インレー湖を挟んだ反対側の、昨日訪れたタウンジー南方地域と同じ、パオ族自治区(ピンラウン町域(Township))に属しているのですが、
パオ族の中で富裕層とそれ以外との所得格差が拡大しているということなのか、ビルマ人資本がパオ族を搾取している構図なのか、気になってしまいます。少数民族=多数派から搾取されているという思い込みから来る偏見といえば偏見かもしれませんが。

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機関士さんもホームに降りて来て一休みのナウンタヤー駅。

 

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2018年5月 6日 (日)

カローのヘリテージ・ホテル。

28日(土)夜はカローのヘリテージ・ホテル泊。その名のとおり、英領時代の1903年に開業したホテルの建物を改装して営業しており、ミャンマー中北部では、ピンウールィンなど、英領当時、統治階層のイギリス人が避暑のためにやって来るような高原の街で、このようなスタイルのホテルが建てられ、そんな中の幾つかが、最近になってここと同様に改装されたりしつつ、ヘリテージ・ホテルと言われるような形で現在営業しているようです。
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Kalaw Haritage Hotel Since 1903。今回は右のAcornなる建物に宿泊。

ここは所謂ヘリテージ・ホテルの中でも、例えばストランド(ヤンゴン)、マジェスティック(サイゴン)、ラッフルズ(シンガポール)のような豪華設備の高級ホテルとは異なり、部屋の中の造りは極めて質素で、液晶TVや冷蔵庫・電気ポットといったものこそ置かれ、Wifiも飛んではいるものの、当時はこの程度の内装設備だったのではなかろうか、と思われるようなしつらえです。
それでも、清潔に保たれた室内は快適で、朝食もメニューから選んで個別に調理して貰える中から英国風“ブレックファースト”を選択。ネット予約で40ドルとは思えないお薦めな宿でした。
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メニューから選んで、個別調理してくれる朝ご飯。フルーツジュースはもう少し量欲しいけど、ビュフェより気分は上りますね。

明けて29日(日)朝、そのホテルから朝日を浴びて「あ・る・こー、あ・る・こー♪」などと鼻歌歌いたくなるような心地よい裏道を歩くこと10分ほどのところにあるカロー駅。つい先々週も通ったばかりですが、今日はここから南のロイコーを目指します。

現在この駅を通る列車は“2往復”。先日乗車した、ヤンゴンから夜行便で北上しターズィーで列車番号を変えてスイッチバックして山を登り、このカロー、アウンバンから東のシュウェニャウン、そしてそこから列車番号は変わらないまま一部車両が北のヤッサウッ迄向かう毎日1往復の列車と、ターズィーを未明の3時に出発し、カロー、アウンバンから南に分かれ、カヤー州の州都ロイコーに向かう列車で、こちらは、以前は毎日1往復の列車があったのですが、現在ではターズィー発のUP列車が日火木、ロイコー発のDN列車が月水金の週3往復の運転になってしまっていました。

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標高4,297フィート、高原のカロー駅の事務所の中には暖炉も設けられていました。

以前確認したところでは、この列車のカロー発は09:45とのことでしたが、ホテルのレセプションの掲示板に書かれているのは09:00発。当地の列車は途中駅の早発はよくあることでもあり、朝食を8時半過ぎには終え、荷物を担いで08:45頃にカロー駅に到着しました。さあ、先ずは切符を買わないと。

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9時40分、の発車時刻になって、ロイコー行きの147UP列車がやって来ました。

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2018年5月 5日 (土)

タウンジー~サイカウン路線に乗る(本編)。

前置きが長くなってしまいましたが、タウンジーからのサイカウン行き153UP列車、14:30の定刻に出発です。機関車次位に青色の代用客車2両とカブースを繋いだ合計4両編成ですが、最後尾の車掌車のデッキや車内にも荷物が積まれ乗客も乗り込んでおり、スタッフは止める風でもありません。
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駅員さんの趣味なのか、綺麗に整備されて花も咲くホーム(パモン)。

他方で、車掌と思しき係員に「ここに座りなさい」と導かれたのは、代用客車の最前部の隅の窓側、床が少し高く設えてある部分に靴を脱いで上がり込む、お座敷列車状態。
周囲にはたくさんの荷物が置かれているのですが、反対の窓側には制服の警乗警官、がこの列車には2名同乗。ラカインのそれとは異なりライフルを持っていたりはしないので、多少マイルドな雰囲気ではありますが、乗客の大半を占める民族衣装を纏った方々・・・ 以前カックーに行った時と同じパオ族の方のようですが、何となくこちらとは距離を置いて、危うきに近寄らず、な気配が感じられます。
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代用客車の車内。中央に背中合わせのロングシートが設けられた、モノレールのような?座席配置です。

タウンジーからの線路は、一路南へ、そして暫くの間は随分と下り勾配が続いていきます。へーホー空港からの道はいろは坂を登ってタウンジーへ来ましたが、どうやらミャンマー第4の人口規模を誇る都市であるタウンジー(“大山”の意)市街地は、随分と高いところに形成されているようです。
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駅舎もホームもない、駅名標が立つだけの停留場(ナウンカー)。

列車は、竹林が目立つ沿線風景を見ながら、それなりの揺れもあって結構なスピード感(といっても40km/hも出ていないでしょうが)で走り、綺麗に整備されて花が植えられたような駅、ホームもないような停留場などに停まりながら、徐々に南下していきます。
各駅では市場での買い物か商売帰りのような荷物を抱えたパオ族のおばちゃんが数人ずつ降りて行きますが、一方で、この1日1本の下り列車、を待ち受けて乗ってくる人がいるのには驚かされます。用務で来るような街がある駅ではないのですが、朝のタウンジー行きでもっと田舎からやって来て、この列車で帰っていくのでしょうかね。
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一番大勢の下車客があったのは、遺跡最寄りのカックー駅。

そして40人くらいでしょうか。一番多くの乗客が下車したのは、16時過ぎに到着したカックー遺跡最寄りのカックー駅でした。沿線最大規模の集落が見えるHangsiや一時期終点駅だったBanyinではなく、集落としては小さなこちらだったのが意外ですが、幹線道路に面してバスなどがある(であろう)両村とちがって、パオ族の聖地?でもあるこちらは、観光客の往来は多くとも、路線バスが通っていないのかもしれません。
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民族衣装とバイク、こういうのは邪道と思う方もいるし、現代の素の姿だと思う人もいるでしょうね(カックー)。

カックー遺跡を左手に望むこの駅、上手くやれば観光ルートとして活用できる・・・と考えるのは、浅はかな素人考えなのでしょうかね。ホテルが有り拠点となるタウンジーからの列車は午後のこの1本、カックーからの戻りは早朝の1本だけですから現在のダイヤではどうしようもありませんし、貨車に木製のベンチをつけただけのような車両も当然外国人の利用に耐えるものではありません。
それでも、途中に交換可能駅(ポイントを直せば?)もあることでもあり、トロッコ観光列車みたいなものを走らせたりするには・・・ 車窓風景が地味すぎるかもしれませんね。
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カックー遺跡入口の立派なゲートと、奥には遺跡の仏塔がチラッと見えます。カックー駅から歩いてすぐです。

カックーを出発した列車は遺跡の近くを掘り割りで抜け、進路を東へ変えます。
小さな集落の駅や踏切に設けられた停留所で1人2人と帰宅客を降ろしながらゆっくり走るうちに、急に雲が濃くなり雨が降り出しました。あっという間に雨脚は強まり、残った乗客は窓、にガラスはないので鉄製の鎧戸を下ろしていきますが、ドアのついていない車両ですから、どうしてもそこから車内に雨が降り込んできます。もう間もなく当地も雨季を迎えますが、この時期の代用客車の旅は少々厳しいものがありますね。
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タウンジーから下って行くに連れ、農業に不向きと思える荒地が多くなって来ました。

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ホームのない小さな停留場。駅名標もなかったかも。

そして雲の切れ間から日の光が差し込み少し小降りになった17時10分頃、終点サイカウンに15分ほどの早着で到着しました。

残った10数名の乗客は徒歩、或いは駅前で待ち受けていた1台の三輪乗合車で街へと向かうようですが、乗客を下ろした列車は、機関車の付け替えかと思いきや、編成全部が前方へと走り去っていきました。
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1日1往復の列車のために、駅員が常駐し、連絡を受けて運行指示の紙を渡します(Banyin)。

え、まだ先があるの?、なわけでは勿論なく、300mほど進んだ先で入れ替えを始めました。機関車だけではなく、最後尾のえんじ色のカブースを反対側に持ってくるために、行ったり来たりと若干複雑な往復運転を繰り返すようです。もう編成の前後両端にカブース繋げとけばいいのにね。
なお、先ほど当方が座っていた、少し高くなっている、お座敷のようになっていた部分は、この警乗警官の今晩の寝床になるというのは面白かったです。
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終点サイカウンに到着。幸いにも小降りになって来ました。

そんなわけで、所要約3時間、ナンサンまで全線が走っていた頃は15~18時間がかりだったようですので、現在運行されている区間は僅か1/5になってしまっていました。ここから先は、衛星写真からは見るからに人口希薄な山の中を抜けるルートで、旅客需要は少なかったのでしょう。
タウンジー~ナンサン間は、東西に繋がる完全舗装の道路で結ばれており、直通旅客や貨物トラックはそちらを経由し、他方でこちら、一応線路が繋がっているとはいえ、シュウェニャウン~タウンジー間の運行は事実上なかったようで、“本土”地域からシャン州東部への貨物輸送ルートとしてもこの鉄道はまったく活用されなかったわけで、運行休止・事実上の廃線となってしまったのもやむなしといったところでしょうか。
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雨上がり(上がりきってないけど)のサイカウン駅。10数名の下車客は、待ち受けた三輪車で街の方へ去って行きました。

それでも、残存区間は、僅か1日1往復とはいえ、それなりの乗客数でした。現在この列車が運行されているルート沿線はパオ自治区と呼ばれ、十数年前までは外国人の立入りは制限されていたそうです。
その列車の乗客の殆どが、目覚ましい経済発展を始めたミャンマーの“本土”地域とは全く隔絶された生活を送っていると言っても過言ではない、少数民族の方々です。一部英語が出来る若者やレストラン・土産物屋関係者など、カックー遺跡観光である程度潤っている人達も出つつあるものの、その他大半の人達は、借上車の運転手曰く、彼女らは字も読めないし、ビルマ語はおろか、(シャン州内で広く使われている)シャン語すら喋れない者も多い(部族語のみ)、と。
車内で偶々1人の乗客の財布の中身が見えたのですが、50チャット、100チャット、200チャットといった小額紙幣ばかりで、1万チャット(約900円)札はおろか、1,000チャット札すら見えませんでした。そのような貨幣単位での生活をしている方々です。
この列車は、先週のラカイン南線と似た部分があるかもしれませんが、このパオ族を中心とした、沿線の貧困層に対する社会福祉ツールの一つとして、あるいは懐柔するための手段として運行を続けているという部分があるようにも思えました。
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終点サイカウンに到着。早速入れ替え作業が始まりました。

そして当方はタウンジーから回しておいたクルマに乗り込み、ロイサウンという最寄りの集落(何故か駅名と集落名が違うため、事前にサイカウン駅がどこにあるのか、悩みました。)に向かい、一つだけ宿題。ここからの交通機関の確認です。
この街は、タウンジーと南のカヤー州の州都ロイコーとを4時間ほどで結ぶ幹線道路沿いの街で、先ほどタウンジー駅近くのバスターミナルで、「タウンジー~シーサイン~ロイコー」と書かれたバスを何台か見ていました。そしてちょうど間のいいことに、先ほどタウンジーで見かけた「香取観光バス」がやって来て、停留所と思しき目の前の商店の前で停車したので、運転手と店員から聞き取り調査。
曰く、「このバスは(ロイコーとは書いてあるけれど)途中のシーサイン止まり。タウンジーからのロイコー行き最終は昼の12時タウンジー発でおしまい。ロイコーからのタウンジー行きも、もう今日はない。シーサインには外国人の泊まれる許可を受けた宿はない。」とのこと。
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現在の終着駅、サイカウン駅前。チャーターしたクルマが出迎えてくれました。これがないと…

暫く前にこの駅まで列車に乗ってきた下川裕治氏も、既にその日は公共交通機関がなかったため、やむなく地元の人達の手助けを得てこの街で乗り合いバンをチャーターしてタウンジーに戻った、との記述をしておられましたが、やはりそうみたいです。

こちらも、それを見越して今回はクルマをこの駅まで回していたわけですが、この路線に乗るためには、どうやら片道クルマを借り上げるしかなさそうですね。
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タウンジーからのバスが停まったので、聞き取り調査。運転手に話しかけているのは、借上車の運転手君(20歳)。

この日はタウンジー市内で夕食の後、カローまで移動します。タウンジーの山下からマンダレー行きの夜行バスでも乗れば、途中カローで降りたり出来て少しは安く上がったのかも知れませんが、また雨が降ったりやんだりしてるので、そのまま行って貰うことに。
カローの街に着いた時は大雨だったので、結果、正解でした。やれやれ。

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2018年5月 4日 (金)

タウンジー~サイカウン路線に乗る(プロローグ)。

もう一昨年になるんですね。風船祭りに行って以来のタウンジー訪問は、このタウンジーからシャン州中南部をグルッと3/4周する形で東のナンサン、そして東部チャイントンまで延伸が予定されていた鉄道路線のうち、現在営業されている区間に乗ってみるのが目的でした。
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立派な駅名票のタウンジー駅に再びやって来ました。

この区間ですが、目にすることの出来た情報から確認する限り、営業列車の運転が“開始”されたのは、タウンジー~ナンサン間149マイルと、ナンサン~モンナイ(モエネ)間28マイル、そして先日訪問したチャイントン~ウォンカウン間5.6マイルで、モンナイ(モエネ)~ウォンカウン間(距離を確認出来ていませんが、「チャイントン~モンナイ間361km」という記事記述がありましたので、そこからウォンカウンまでの5.6マイル(約9km)を引くと、352kmくらい?)は結局未開業のまま工事中断となった模様。
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最後尾にカブースを繋いだ4両編成(機関車込み)の列車。

その建設は軍事政権時代に地方開発政策の一環として進められたわけですが(ワ軍などこの地域の反政府勢力への圧力のためだと批判の声がある、とのネット記事もあったようで、軍部隊の当該地域への大量輸送を可能にするための目的などあったのかもしれませんが、それはともかく)、国鉄MRのサイトから情報を拾っていくと、以下のような順で、工事が完成した部分から順次開業させていったことがよく判ります。その区間だけを開通させて需要があるか、採算が取れるかどうかといったところはまったく考慮されていないのでしょうね。

1st May 1995 Nansan-Moene Line opened.
4th June 1996 Banyin - Pharmon Line opened.
27th July 1996 Taunggyi - Pharmon Line opened.
30th Apr 2001 Banyin - Hsighkhaung Line opened.
21st July 2002 Namsan - Mangsit Line opened.
27th Mar 2003 Hsighkhaung - Pyinthaya Line opened.
21st Mar 2004 Pyinthaya-Htiyee Line opened.
20th Mar 2004 Mongseik-Kaungsaing Line opened.
27th Nov 2004 Htiyee-Ponchaung Line opened.
1st Jan 2006 Ponchaung-Kaungsaing Line opened.

まず最初は、飛び地区間のナンサン~モエネ(モンナイ)間、続いてタウンジー南郊のパモン(公式サイトのスペルは上述のとおり、Wikiのミャンマー鉄道の駅一覧ではHpaMunと綴られています)が開通し、翌月現在のタウンジー駅までの1駅区間が延伸されてきました。
その後、タウンジー側がサイカウン、ピンタヤ、ティイーと、ナンサン(同じ公式サイト上でNansanだったりNamsanだったりしますが)からモンシッ(こちらもMongseikだったりMangsitだったり、とても同じ地名と認識しづらい…)、カウンサイン(Wiki駅一覧ではKaungMaing)と延長され、2006年に最後カウンサイン~ポンチャウン間が開業し、この両区間が取り敢えず繋がったようです。

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このタウンジー~ナンサン~チャイントン間の国鉄MR路線図です。

それまでの部分開業時代の列車の運行状況については確認出来ていませんが、タウンジー~ナンサン間が全通した後の一時期の時刻表と思われるものが、タウンジー駅の広い待合室に掲示されています。
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全線当時の時刻表。全線、乗ってみたかったような、うーん…

それによりますと、運行されていたのは全線直通が1往復、途中のティイーまでの区間列車が1往復。
この全線直通便の下り(155UP)列車は印刷ミスなのか、朝07:00にタウンジーを出発したものが、途中駅Ponchaungで「16:45着・06:00発」というおかしな標記が見られ、これを「17:00発」の誤記として読んでいくと、終点のナンサンには22:35(所要15:35)に到着し、折り返しの156DN列車はナンサンを朝05:00発・終点タウンジーには23:10到着(所要18:10)という、往復で随分と所要時間の違うスケジュールだったように読めます。
更によく見ると、件のポンチャウンから次のティーピンまで(実は間に2つ停留所があるようですが)の距離は国鉄MRの資料によると14.5マイル(約23km)を、ナンサン方面行きの155UP列車は06:00発・07:27着(標記ママ)となっているのに対し、タウンジー方面行きの156DN列車はティーピン10:40発・ポンチャウン13:17着と2時間半を要しているなど、不自然な部分が多いです。
いずれにせよ、タウンジー~ナンサン間148.5マイル(約238km)を十数時間掛けて走っていたということで、仮に18時間10分かかっていたとしたら表定速度は13.1km/h。
道路ルートをGoogle Mapで見てみると、タウンジー~ナンサン間は東西にまっすぐ結ぶルートで、多少のくねくね道とはいえ、距離は121km、所要時間3時間9分と出てきました。鉄道が開通しつつあった1990年代の道路状況は今よりも良くなかっただろうとはいえ、まあ両都市間の往来に限って言えば、勝負になりませんよね。

区間列車の方は、ティイー04:50発・タウンジー10:00着(154DN)、折り返しの153UP はタウンジー14:20発・ティイー19:15着の、よくあるキリラッタニコム運用。
ナンサン~モンナイ(ムエネ)間の列車がどのように運転されていたか、その時刻についてはまだ確認出来ていません。

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晴れた気持ちの良い日、切符売り場は駅舎の前で。あ、睨まないで。

上述の前回訪問時、昼頃にタウンジー駅を訪れて列車の運行がなされているのを確認していました。なのですが、その時に見かけた編成を10時着・14:20発のティイーまでの区間列車だと信じて疑わなかったものの、どうやらその後いろんな方からいただいた情報、特に貧乏旅行作家?の下川裕治氏の書籍によると、タウンジー発の列車は途中のサイカウン(駅名標の綴りはHsighkhaung)止まりとなっているらしいことがわかってきました。
直通列車のスジは使われておらず、ティイー区間列車のスジのうち、サイカウン~タウンジー間のみに1日1往復の列車が走っているらしいと。
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切符を買って、貨車改造の代用客車に乗り込みます。

衛星写真を見ますと、同駅以南は人口希薄な山越えの途中に大規模なオメガループなどで勾配を稼ぎながら走る急峻な路線のよう。地域の中心都市であるらしいナンサン付近は盆地のようになっていることから、ナンサン付近のみの列車の運行はないのか、と旅行会社などを通じて聞いて貰ったのですが、どうやら運行はなされていない模様。
更には、外国人立ち入りが制限されている地区の多いこのシャン州、ナンサン・モンナイ(ムエネ)は政府ホテル観光省のサイトでは“市街地に限り立入可能な地域”とされているものの、現在外国人の立入りは要許可となっているとの連絡が現地タウンジーの旅行会社からあり、やむなく今回の訪問は諦めました。
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こちらの方々は、頭にタオル?を巻いているのは同じですが、服の雰囲気が少し違いますね。

そして、Google Mapにポリゴンとして載っていないサイカウンという駅が、衛星写真画像のどこ(どの街)にあるのかなど友人M島さんらと侃々諤々の議論をした上で、今回の訪問に至ったところです。
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タウンジー駅舎前の通りには、市場があって野菜や肉、魚、雑貨などを売っています。

14時前頃に到着したタウンジー駅で出発を待つ列車は、既にパオ族を中心とした民族衣装をお召しの乗客でかなりの乗り具合。駅舎前のホーム側階段下に屋台形式の切符売場を出していた駅員氏に話を聞くと、やはり現在の運行はタウンジー~サイカウンに1往復のみで、そこから先は「乗客がいない」という理由で4年ほど前に運行を中止してしまった由。ナンサン~モンナイ(モエネ)間も今は走っていないとのこと。
紙ベースでの事務方用の時刻表も確認しましたので、アルファベットに直したものを載せておきます。沿線随一の観光地(?)カックー駅は無人の停留場扱いなのか、発着時刻が書かれていませんね。

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この路線の現在の時刻表。途中駅、しかも1/5くらいまで運行区間は短縮されてしまっています。

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2018年5月 3日 (木)

タウンジー市内散策。

バガン・ニャウンウー空港から、09:25発のAir KBZ、バガンとインレー湖を結ぶルートでもあり外国人観光客の多いK7-244便でヘーホー空港に飛んできました。

今日は諸般の事情でクルマを1日チャーター。先ずはタウンジーへ向かうのですが、その途中で寄り道したのは、シュウェニャウンの市街地当方でタウンジーへ向かう道が山を登り始める直前、国産ワインで有名なエータヤーというあたり、ここにタウンジーの長距離バスターミナルがあるのですが、その裏手を更に少し進んだところで、シュウェニャウンからタウンジーへ向かう休止線が街の中を走る区間があります。このシュウェニャウン~タウンジー間は、旅客営業の列車が走った事があるのか定かではないのですが、国鉄MR公式ページの路線図には途中4つの駅が記載されています。
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エータヤー地区の裏道を走る線路。駅はどこだろう。

その最初の駅がエータヤー駅ということで、当たりをつけて来てみたのですが、残念ながらハズレ。周辺の住民と思しき方に尋ねてみましたが、「この辺に駅なんか、ねぇ(意訳)」とのことで、判らず仕舞い。残念です。
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駅跡でも休止駅でもないし未成駅と呼べばいいのかしら。ティーティン(HtiThin)駅。

続いて九十九折の道を登ってタウンジーの市街地に入って早々、市内中心部方面への道から外れ、北東方向への道へ入って来ます。Google Mapの経路検索では14.8kmと書かれているエータヤー~タウンジー(駅)間を線路は九十九折区間を北側に大回りして高度を稼ぐため、16マイル(約25km)ほどを走っており、この間にPawMu、HtiThinそしてYeTwe-Uといった各駅が設けられています。
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ティーティン駅構内。右奥が駅舎。低いホームや側線が確認できます。

事前の調べで場所が判明しており、今回訪問できたのは、その中のティーティン駅。煉瓦積み風デザインのしっかりとした建物で、ホームや側線も確認できましたが、駅舎内に掲示物があったり事務室内に書類が残っていたりといった使用の痕跡はなく、やはりこの区間に営業列車が走った事はないというのが事実なのかもしれません。

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タウンジー市街地を併用軌道で縫って走る線路。実際何回くらい列車が走ったのでしょうね。

その後はあらためてタウンジー市内に入り、市内を南北に走る線路・・・が道路上を併用軌道状態で走る区間を散歩してみたり、した後、お昼ご飯に訪れたのは、こちら。
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うーん。ちょっと前までヤンゴンでもこのバスが走り回ってましたよね。

ミャンマーではほんの10年くらい前までは結構あちこちで見られましたが、現在ではもう観光用の動態保存的に整備された車以外は殆ど見なくなってしまいましたね。戦前の英領時代のシボレー(何故か米国製)のバスですね、これを集めて綺麗にしてカフェに使用しているお店があるのを、ヤンゴン鉄組のT原さんから教えて貰っていたので、こちらを訪問してランチに。
シボレーバスに加えて、こちらはマツダのB360とか言う奴ですよね。ここミャンマーでは、1973年から1990年代までこのB360を現地生産していたそうですので、実はそれほど古い個体ではないのかもしれません。
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実に綺麗なボディのマツダB360。エンジンはどんな状態なんだか、気になります。

とはいえ、最末期のモデルだったとしても、御年既に四半世紀以上でしょう。ひょっとしたらミャンマー国内では、パーツもまだ手に入るのでしょうか。欠品も見受けられず、とても綺麗な状態でした。

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タウンジー鉄道駅の少し北、シーサイン、ロイコー方面への小さなバスターミナルには数台の日本バスが。これは京福バス「特急 小丹生<->福井」だそうです。

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2018年5月 2日 (水)

マグウェ地域周辺時刻表。

そしてこちらは本日27日の午後に乗車した、タウンドゥインジー~マルーン~ミンラー路線とその周辺、マグウェ、エーヤワディ川西岸路線等までを纏めた時刻表を上げておきます。
この地域は、タウンドゥインジー~マグウェ間の191UP/192DN以外は全てRBE運用ですが、マグウェからカンビャの大学路線は、土日と大学休講期間中は運休とのことなので、中々乗りにくい乗りつぶし派泣かせの区間ですね。
そしてあらためて書きますと、途中駅からは、早発注意! です。逆に、193UPからMinbu2へは、マルーン・ジャンクションに193UPが早着して、乗り継げてしまうような事もあるようですが。旅程組みづらいですね。
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2018年5月 1日 (火)

ネーピードー~タウンドゥインジー関連時刻表。

と、いうわけで、旅の途中ですが、今日午前中に乗ってきた際に確認した、ネーピードー~タウンドゥインジー区間と、そこに直通するバガン、チャウック、ピィ方面の時刻表を載せておきます。ピィ方面と合わせると、3方向の列車になるので、右項の列車が突然左項に飛んだりしてあまり見やすくありませんが、ご容赦ください。もっといいデザインがあればアドバイスいただければ幸いです。

マグウェ・ミンラー方面は、複雑になり過ぎるので、別項にしました。

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