2017年2月27日 (月)

ニャウンカシー支線に乗ってみる。

Wawを出発した列車は、当方にとって初乗りとなるモーラミャイン方面へのそれなりに整備された本線を快走、途中小さな停留所に停車しつつ東へ。車窓に広がる光景は、先日のマグウェイ地域・マンダレー地域の荒れ果てた土地と比べると、随分と緑の多い豊かな土地に見えます。
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アビャ駅で本線と分岐してニャウンカシーへ。

数名の乗降客があった最初の停車“駅”アビャで本線から分岐します。駅を出てから暫くは両線が併走するので一見複線区間のように見えますが、その両線の差は歴然。100mほどのロングレール化がなされ、バラストの量も多いモーラミャイン方面への本線に比べ、こちらの走るニャウンカシー方面への支線はバラストも薄く枕木もまばらで、明らかに乗り心地もスピードも落ちています。

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左がモーラミャイン方面への本線。右がこちらの進む支線。線路状態の格差。

歴史を遡ると1907年、英国植民地政府の統治下にあった時代にBurma Railway Companyによってペグー(バゴー)~マルタバン(モッタマ:モールメイン市街地の川向かい)間が開通した際のルートは、このアビャからニャウンカシー経由のルートでした。
このニャウンカシーからシッタン川を渡り、対岸のモッパリンから現在線のルートに戻り、南のモールメインを目指していたのですが、太平洋戦争中の1942年、ビルマに破竹の勢いで進駐してきた日本軍に追われる形で撤退した英国軍が、この鉄橋を破壊していったのだそうです。

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農村地帯ののんびりした車窓を望みながら、ゆっくりと走って行きます。LRBEで来たかったな。

その後、戦争中は日本軍の手によってこの橋梁は復旧されず(少し上流に簡易架橋を行った由)、戦後になって再度このルートの鉄道が復旧した際には、8kmほど上流のTanawGyunを経由する形で線路が敷かれ、結果的にアビャ~ニャウンカシー間のみが盲腸線として残ってしまったということで、その経緯はともかく、なんだか東北本線の岩切~利府間に似てますね。

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終点ニャウンカシーに到着。終戦70年以上がたっても、スタイルは途中駅なのですね。

終点のニャウンカシーの集落は、メインの通りも舗装されていない小さな集落ですが、1日2往復の列車が発着する時間帯は活気に溢れていました。単なる途中駅だったため… 終点駅となってからの時代の方が最早長いのかも知れませんが、簡素な作りの駅舎のある場所から暫く前方に進むと、本線上に転車台。そしてその前方には車止めが。
昨年5月?まではこの路線はLRBEによる運行で、それを目当てに多くの日本人“鉄”の方々が訪れていたのですが、既にこのキハ48系RBEに置き換えられてしまい、残念ながら当方(のヤンゴン赴任)は、それに間に合いませんでした。

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ああ、これがLRBEだったらもっと絵になったのになぁ…

アジアの鉄道全般、そうなのかも知れませんが、その中でも特に動きの激しいミャンマー鉄道MR。全てが一期一会ですし、行ける時に行っておかないと後で後悔するのは間違いありません。

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1日2本の列車の時刻は、長く変わっていないのでしょうね。

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2017年2月11日 (土)

ミニバスは早くて便利です。

ちょうど12時お昼時のミンジャンからは暫く列車がない時間帯ということで、バスで移動することに。
駅南側のバスターミナルの敷地内は、各社とも中国製の新車や比較的新し目の韓国製の中古バスが大半を占めており、こういった地方のターミナルでも日本製の中古車は大分少なくなって来たようです。

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このハイエーズモドキ車でパコックへ移動。程よくエアコンも効いて快適でした。

ヤンゴン行きやマンダレー行きなどの中長距離車が目立つ中、「どこ行くの?」って声をかけて来たバス会社のが、ちょうど都合のよいことにパコック経由のモンユワ行き、しかも12時30分発だそうでタイミングもバッチリです。

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数少ない日本車の中から、三菱エアロスター。これは<八>マーク付きだから名古屋市営かな。

車両は大型バスではなく、白の左ハンドルのハイエース…と思いきや、前後のエンブレムを見るに中国製のパクリ車の模様。外装だけではなく、内装もウチの事務所のハイエースにそっくりで、ネットでは“チャイエース”などと呼ばれていたりしますが、まあよく作ったもんだ。細かく見ると、ガラスの隅に書かれているマークがJISなど日本の規格のではなく中国語だったりするし、聞くところによるとエンジンは三菱製だそうですね。

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この小田急か羽後交通wっぽいのは、バンパーを下げて、ドア下も追加して、ハイリフトじゃないけど、車高は上ってる…?

12:30定刻、7割ほどの乗りで出発したバスは、市内を流して乗客を拾おうとするも不発、市街地をでるとスピードを上げます。途中、ミンジャンとバガンを結ぶ鉄道との併用橋を渡り、さらに西へと快走。バガンの手前で右折して、エーヤワディ川にかかる長大橋を渡って目的地パコック市街地までの所要時間は1時間20分ほどでした。
列車だと、ミンジャンからバガンまで3時間ほどかかるのですから、クルマは圧倒的に速いですわ。
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この屋根上のラジエーターだか室外機だかがゴツいブルドッグは難題です。 ん・・・ 豊橋鉄道、でどうでしょうか。詳しい方、後はよろしく。

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2017年2月10日 (金)

ターズィー~ミンジャン線に乗る。

明けて火曜朝、昨晩確認しておいたターズィー駅6時発のミンジャン行き111列車。
この駅は鉄道交通の要衝であり、高速道路が通らない街であるため、早朝から駅には大勢の乗客が各方面行きの列車を待っていました。こちらの乗る列車は2番線からの発車とのことで、切符も駅本屋ではなく、ホーム上に設けられた窓口での販売。とはいえ当方外国人はやっぱり窓口の中に招き入れられて身分証を見せての手書き発券となる訳ですが。

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ターズィー駅の2番ホームで出発を待つ111列車、のこちらは見たまんま貨車改造の代用Ordinary客車。長時間の乗車はちょっと勘弁願いたい。

入線していた列車は代用客車3両、Upper1両、Ordinary2両、荷物車の編成。これに発車20分前になってちょうどDF1603ディーゼル機関車が入線して来て連結。ホームには乗客に加えて若干の物売りの姿も見えるものの、朝食になりそうなものはなし。
こちらは1両だけ連結されているUpper車両の切符を買っているのですが、Ordinaryの方は一般客車であればともかく、貨車改造の代用客車の方だとサスペンションもない台車な上、ドアも窓ガラスもない吹きっ晒しで少々厳しい旅路になりそうです。ここ南国ミャンマーですが、早朝夜間は結構冷え込むのです。

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切符の購入は事務室の中に入って。硬券の入った箱、魅力的♪

6時ちょうど、まだ薄暗いターズィー駅を定刻に出発した列車は、ライトアップされたパゴダを眺めながらノンビリと西へ。早起き続きなのでウツラウツラするうちに列車はようやく明るくなってきたメッティーラへ。日本での書籍ではメイクテーラという名で戦記物にしばしば出て来る地名で、先の大戦中には日本軍の拠点でもあったため、日英両軍の激戦地となり多数の犠牲者を出したところだそうです。今でも市内のパゴダには九七式軽装甲車の残骸が保管され、周辺には多くの慰霊塔が建てられているそうです。

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明るくなってきたメッティーラ駅で小休止。

111UP列車はこの沿線随一の駅で一旦乗降扱いをしたのち、出発したかと思いきや、駅構内を出たところの踏切で停車し後退し、再度駅の2番線に入線して貨車一両を切り離し、再度前進と交代を繰り返して1番線に戻り、留置したままの荷物車と再連結して出発準備完了。このあたり、なんで最後尾の車両を切り離すような編成にしておかず、大勢の乗客を乗せたまま入れ替え作業を行わなけれればならないのか、よく判りません。

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メッティーラ市内の湖を渡って走る列車。左手のナガヨン・パゴダの敷地内に、旧陸軍の装甲車(ほぼ破壊された状態ですが)があるそうです。

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2017年2月 8日 (水)

ナッマウ~ピョーブエ路線に乗ってみる。

バイクタクシーで到着したナッマウ(新)駅にはナッマウ駅から連絡が行っていたようで、いつものように駅事務室に顔を出して(外国人用の切符は、通常の窓口では売ってくれず、駅事務室でパスポートや身分証明証を見せて購入するケースが多いようです)次の目的地ピョーブエまでの切符を求めると、「あー、例の人来たよー」的に無線で連絡しつつ、こちらは「なんでナッマウから乗らなかったの?」と、まあ至極当然な質問。まあそうですな。諸般の事情もありまして。

ともあれ切符を無事購入、駅前のご飯屋さんでチキンカレーとタケノコのお浸しでお昼ご飯をいただき、呼ばれるがままに列車・・・元JR北海道のキハ141系の運転席に招き入れられました。ひょっとして監視なのかな?

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ナッマウ(新)駅で出発を待つ元JR北海道のキハ141系。酷暑のこの地で寒冷地仕様のこの車両、運転士から“ヒーター”の必要性を問われました。

さて、そんなわけで運転室に添乗、運転士と助手に挟まれる形でピョーブエ2列車は定刻に出発進行。自由な行動はしにくいのですが、運転士からは運転室内の各ボタンの意味を聞かれたり、おやつにヒマワリの種を勧められたりと友好的な雰囲気でして。
市街地の西側にあるナッマウ(新)からは、市街地の北側をグルッと半周する形でゆっくりと進みながら、途中の踏切で一旦停止し、番屋から出て来た保線作業員を乗せる。あまり通常のルーティーン的な保線とかしている風にも見えない線路状態だけれど、どこか補修を要するところでもできたのかな。

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中央のナッマウ駅から東(右手)に延びるのが今日乗る路線。西(左)方面へは1駅のみ開業、目指すマグウェイ側からも3駅ほど開業しているのがわかりますね。

ナッマウではピィ~バガン本線とX字にクロスして東へ分岐。このピョーブエ~ナッマウ間の路線はMR公式の路線図に掲載されていないことからわかるとおりの新路線で、西側半分、Ywataw~Natmauk間の開業は2013.3.13とされており、ごく最近です(東半分は、Pyawbwe~Yanaung間(約7マイル)が1999.4.9、Yanaung~Ywartaw間(約20マイル)が2010.1.16だそうですから、こちらを含めてもやはりそれほど古い路線ではありません(MR公式の路線図には、ピョーブエからユワトーまでのみが掲載されています。
なので、ユワトーから西、~ナッマウ及びナッマウ(新)までの正確な距離が今は分かりません。追って調べがついたら加筆修正します)。

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何もない荒野を一直線に建設された新路線です。

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2017年2月 6日 (月)

チャウック支線に乗る。

月曜朝。チャウック(Chauk)駅を(ネット情報によると)朝05:40発の一日一本の列車に乗るつもりで、前の晩にホテルの人にバイクタクシーを頼んでおいたら、朝5時過ぎにホテルの英語を話すデューティマネージャー格のスタッフ氏が自ら自分のバイクで駅まで送ってくれ…たのはいいのですが、駅で確認するとネーピードー行き102DW列車の発車時刻は変更になっており06:40発とのこと。

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夜明け前のチャウック駅。寝っ転がっている乗客の方々が数名。

じゃ暫く待つか、と思いきや、ホテルの兄ちゃんが、一旦戻って朝食を食べましょう、と誘ってくれ、再度バイクで5分ほど走ってロイヤル・チャウックへ。普段は朝食は6時半からなんだけどね…と言いながらトーストと目玉焼き、飲み物などを用意してくれ、6時過ぎになったら再度駅までバイクで送ってくれました。早起きしてくれたスタッフにお菓子でも買ってあげて、と少額のチップを渡すと受け取ってくれましたが、是非SNSで推薦しておいて下さいと言われたので、取り敢えず書いておきます。街唯一の宿、大変助かりました。
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出発を待つ102DN列車。後ろにライトアップされたパゴダが見えるのですが、上手く画角に入れられませんでした。

そして今日乗る列車は102DN列車のネーピードー行き。DF1212号機関車の後ろにはOrdinary2両、Upper1両、Ordinary1両、そして荷物車とGuardと書かれた緩急車扱い?の荷物車。

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車窓には、荒野?原野?な風景が広がります。

Upperの料金は、タウンドゥインジー(Taungdwingyi)まで2,150チャットなので、まあ我々の感覚では激安。各車両に数名の乗客が乗り込んで定刻に出発です。

チャウック駅自体が既に町外れの相当な場所に設けられているのですが、走り出した列車はいきなり“荒野”のような風景の中に飛び込んで行きました。

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2016年12月14日 (水)

カレイミョのLRBE、他。

そしてこちらがカレイミョのLRBE。61号車は先日のマダウ支線の56号車の同型車のようですが、いい感じに錆びてますね。
ヤンゴン近郊(とはいえ数時間かかる訳ですが)とは異なり、そう簡単に重整備が出来る整備工場があるわけではないこの地域の車両、最低限の走行機能はこの機関庫で保守作業が出来るようなのですが、それ以上になると、ちょっと容易ではなさそうなのです。
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カレイミョ駅で出発を待つナッチャウン行きLRBE編成。

というのも、機関庫のスタッフに話を聞いてみましたところ、このエリアの運転形態は以下のとおりだそうで、恐らくパコックやマンダレーにあるであろう整備工場までは線路が走行可能な状態で繋がっておらず、自走していけないようなのです。
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日本のヨ太郎緩急車に似たLRBT客車は、マダウ支線と異なるロングシート仕様。

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以下、機関庫のスタッフが説明してくれた内容、このカレイミョ地区関連の列車運行状況です。

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2016年11月14日 (月)

アウンバン駅訪問。

ヘーホー空港からクルマを向けたのは、西のカロー方面、の少し手前にあるアウンパンの街。ここには鉄道のアウンバン(Aungban)駅があって、飛行機があまりに遅れた場合には、最悪ここから乗り込めばいいかな、と思ってたところでした。
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立派な、しかし中はがらんどうの共産主義的な趣のアウンバン駅舎。

というのもこのエリアの鉄道路線、ヤンゴン=マンダレー本線のタージー駅から分岐した列車が急坂を登り、ようやく山の上まで辿りついたところが高原都市カローで、その更に東に向かったところで二方向に分岐し、南に向かってカヤー州に入った所の終点が州都ロイコー、東へ向かった路線はインレー湖近くのヘーホー、そしてシュウェニャウンへと向かうことになります。

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入れ替え中の列車の前を気にせず横断する地元の方々。

つまり、タージー~カロー~アウンバン~ロイコー間はいずれもう一回乗りに来るのは確実なので、今回は飛行機が遅れて間に合わなくなった場合にも、分岐駅アウンパンより東側だけ乗っておけば最低限良し、と考えたわけでした。

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蒸機時代の給水塔が残るアウンバン駅。珍しく英語のみで「AungBan」と書かれた駅名票には「4219フィート」の高度標記が。

なのですが、アウンバン駅に到着して話を聞いてみると、乗車予定だった(ネット情報によると)カロー11:40発、アウンバン12:30発のタージー始発・シュウェニャウン方面行きの列車はなくなってしまっており、シュウェニャウン方面の列車はヤンゴンから直通の14時発の1本だけになってしまっているとのこと。(ロイコー方面へはタージー始発・アウンバン10:45発の1本)

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アウンパン駅の時刻表。ヤンゴン~ヤッサウック間、タージー~ロイコー間の2往復の列車が書き込まれているように読めます。

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纏めてみると、こんな感じになります。

 

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2015年1月 8日 (木)

通勤客の乱、再び。

半年ほど前の記事で、ジャカルタ東郊、ブカシの先のタンブン駅で、朝の通勤列車に乗れなかった乗客が怒って線路をブロック、列車が走れなくなったという話を書いたところですが、昨朝、在ジャカルタのインドネシア人鉄の友人達が盛んにFBにアップしていたなあー、という思い返しました。今日8日の全国紙「KOMPAS」(15面)によれば、また同じような事件が発生したそうです。

乗客が線路上に座り込んで列車の運行が阻害されたのは、北本線のタンブン(Tambun)駅、って、あら全く同じ駅かい。
記事によると昨7日朝6時半頃から08:50頃迄とあるので、チカンペック始発のジャカルタ・コタ行き、タンブン05:56発の上り363列車を目指して集まってきた乗客だな。彼らが3本のホーム全てを占拠し、長距離列車を含めて13本の列車が一時停止を余儀なくされたのだそう。
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まーた、一度見たような記事が。何の対策も取ってこなかったのかね。
タンブン駅。沿線はブカシから絶え間なく家が並び、拡大する首都圏の続き的な区間。
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占拠した側の乗客の言い分は、自分たちはこの列車に乗るためのチケットを買うためには、朝の3時から駅に行って購入しなければならないのだと不満露わ。遅くなるとチケットは売り切れてしまい~チャロ(ダフ屋)が買い占めるからなのだが、彼らから倍額以上を支払って購入しなければならないのだという。
基本的に実名が導入されてダフ屋の割って入る余地がなくなったはずのPT.KAIのチケット販売だが、こういった都市近郊のローカル“コミューター”列車は、出発前(通常3時間前頃から発売されることが多いよう)に多数の乗車券を販売しなければならないため、氏名を記載しない印刷済チケットをそのまま販売する。但し2001年第8号運輸省令に基づき座席定員の150%迄と販売数が制限されているため、売り切れてしまえばおしまい。そこにチャロが介在する余地が出て来てしまっている模様。
この朝の通勤列車、記事によれば座席定員は742席、150%となると1,092席しか販売されず、これをチカンペックからタンブンまでの各駅でそれぞれ枚数を割り振って販売することになっている模様で、毎日1,500~2,000人の乗客がいるタンブン駅では割当の絶対数が少な過ぎる模様。
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ジャカルタ近郊の通勤列車、早急な改善が必要です(これはスルポン線のモノですが)。

現在北本線、ブカシから東、カラワン迄の電鉄区間の拡大の為の工事が進められており、これが近く完成すれば8両編成の電車が乗り入れてくることになり、そうなれば他のKRL区間と同様に電子チケット、いつでも乗れるSUICA型ムルティプル・チケットが導入されるわけで、そうなれば乗車券の販売制限も受けずに普通に誰でも制限無く乗車できるようになることが期待されます。
が、それ迄の間、現状のまま放置しててはいけないわけで、ムハマッド・マウラナ駅長も、「本件のような出来事は今日が初めてじゃない」などとのんびりコメントしてる場合じゃないです。
エディ・スクモロPT.KAI新社長は、ローカル列車の見直しを行い、乗車率30%以下の列車は廃止して、このルートのような混雑した列車に車両を廻すことにしたいと述べていましたが、これは喫緊の課題だと思われます。ダイヤに余裕があれば増便を、少なくとも増結。或いは前述の規程を改定して、販売制限を解除するといった対応が必要でしょう。列車に乗れず出勤できなかったら、会社だっていい迷惑です。
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ジャカルタ・コタ~チカンペック/プルワカルタ間エコノミ・ローカル列車時刻表。

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2014年5月11日 (日)

マランからの帰り道。

さて日本文化祭も一通り見終わり、案内してくれた学生さんに謝意を申し上げて、さてスラバヤ帰るかなんだけれど、最近の週末の午後のマラン街道の渋滞はますます激しくなってきているらしい。
つい先だっても、空いてる時間だったら2時間かからないこの区間を4時間半近く要したという話も聞いた。それは嫌だなあ。
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マラン駅で出発を待つ、CC206型機牽引のビマ号。

というわけで、向かったのはマラン駅。先般2月の改正でこのマランを経由してブリタール一帯をグルっと半周する環状ルートの路線のうち、これまで優等列車の運転がなくなっていた東のマラン=スラバヤ間にもジャカルタ=スラバヤ間特急「ビマ(Bima)」の間合いで1往復する列車が登場、従来スラバヤ=マラン間を結んで登場したエコノミACの準急「プナタラン・エクスプレス」(Penataran Ekspres)がブリタールまで延長になった(そのため、マランまでは3往復→2往復に減便)等、結構な変更がなされている。
州都3百万都市のスラバヤと、人口80万を抱える学園都市のマランの間の流動が多くないわけはなく、都市間バスは終日10分間隔で走り、高速道路の建設も徐々に進められているのだが、現在まで一本しかない幹線道路の渋滞は上述のように激しい。その区間の鉄道輸送を活用しない手はないわけです。
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スラバヤ市内の複線区間をグブン駅に向かう「Bima」号。この日も桃色食堂車(なんか響きが少し卑猥だな)連結編成ですね。

そんなわけで、渋滞を避けてスラバヤに戻るべく、今日は汽車を使うことにしました。
コンビニの端末で買ったのはマラン14:25発のスラバヤ行き特急「ビマ」号33L列車。ジャカルタとスラバヤとを南本線周りで結ぶ夜行特急ビマと同じ列車名ながら、こちらは列車番号違いの別列車・・・かと思いきや、端末では両列車の区間を通しで発券できるので、同一列車とも言えるのだろう。
スラバヤまでの料金は、特定区間らしくとてもお安いRp.30,000。上述のプナタラン・エクスプレスが3等エコノミACでRp.25,000というのに比べると、なかなかお得感高い。
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今日のビマ号のバティック食堂車は、ピンク色のペイズリーっぽいデザイン。

今日のマラン駅3番ホームに入線した列車は、4割ほどの乗車率。運転開始から3か月を経て、次第に定着してきたというところだろうか。因みに後日マランから1時間後のプナタラン・エクスプレスでスラバヤに戻ってきた同僚N宮氏に聞くに(この人も実は隠れテツだよなあ)、こちらはほぼ満席の盛況で、家庭用ACを用いた改造冷房は効きが悪くてとても暑かったとのこと。
列車は夜行のビマ号そのままのフル編成。編成途中に連結された食堂車は、先般年末に乗車したときの雪のデザインの青色車両ではなく、ピンク色系統のバティック客車でした。
ところでその食堂車、スラバヤまでの食事の営業はありませんでしたが、職員の休憩室と思しき8人個室を2室備えていました。味気ない内装なのでそのまま旅客営業に供するのは難しそうですが、こういうコンパートメント・タイプの車両もありなんじゃないですかね。特に女性グループや家族連れには。
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昔の一等車の椅子4組を並べた個室がついています。良くない?これ。

列車はほぼ定刻の16時半にスラバヤ・グブン駅に到着。一旦引き揚げて18:15発のジャカルタ行きとして出直してくるわけなんですが、そう考えると、一本の列車として扱うのにはやっぱり無理があるかなあ。
ちなみに、予想どおり殆ど全ての乗客がここで下車、やはりマランから中部・西ジャワ、ジャカルタ方面に向かう旅客は、マランからブリタール経由で数本走る他の列車を利用するのでしょう。
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こちら、ブリタール・南本線経由でジャカルタとマランを結ぶガジャヤナ号のバティック食堂車。緑系等色のもありましたね。

おまけ。
2月改正を踏まえたスラバヤ=マラン=ブリタール=クルトソノ間環状線の時刻表です。ちょっと既に列車番号変わってる部分有りますが、ご参考まで。

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2014年5月 6日 (火)

ナンボ支線訪問(1)

さて日曜日続き。 ドゥリからの電車をマンガライで205系に乗り継ぎ、向かったのはデポックの先のボジョングデ。
折り返しの電車もあるそれなりの駅ではある筈なんだけど、駅前広場もなく、ゴミゴミした、路駐 するアンコッで渋滞中の道端に真新しい自動改札用の味気ない駅舎が立てられ、古い駅舎は使用されなくなっていた。 ちょっと荒れつつあって、勿体ない。
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ボジョングデまでは205系で快適移動。7人掛けの椅子に9人座ってたけど。

今日はここを起点に、一駅手前のチタヤム(Citayam)から東のナンボ(Nambo)迄の13kmほどの支線を探訪してみることにする。
この路線、JABODETABEKの電鉄路線図には出てこないけれど、ボゴール線の電車に乗っていると、立派な架線が張られた支線が分岐していくのを目にして、気になっていた人も多いだろう。(仄聞したところでは、沿線を全線歩いて踏破された某政府系援助機関Jの専門家の方もいらっしゃるとか。)
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ボゴール方面への本線から分岐していくナンボ方面への支線。

この路線、建設されたのは意外に新しく、1997年。JABODETABEK電鉄ボゴール線のチタヤム駅を起点に東へ向かい、チビノンの街を経て、ジャカルタからボゴール・チアウィへ向かうJagorawi高速をオーバークロスして跨ぎ、東のナンボまでを結ぶ短い路線で、途中に3つの駅が設けられている。建設当初は、北本線のチカランからこの区間を経てスルポン線のパルンパンジャン迄の(半)環状線を壮大な構成する計画だったらしい。
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使用されなくなったボジョングデ旧駅舎。独特な優雅な窓の造りなど、残して貰いたいものですが。

旅客営業が開始されたのは2002年。このナンボ駅を起点にしたKRDディーゼル列車が、チタヤムから 電鉄区間に乗り入れ、マンガライ経てジャカルタ市内のタナアバン迄、朝晩の列車の運行が あったが、2007年にこの気動車編成の故障により運行を停止、以後休止状態となっていた。
この路線が営業再開に向けて動き出したのは2012年。草ぼうぼうで荒れ果てていた線路は整備され、なんと架線が張られ、電化されたのである。
これは発展著しいジャカルタ近郊区間に新たな電化新路線誕生か!と色めき立ったのだが、その後また動きはなく・・・ と思ったら、2013年7月のエコノミ電車の全廃以降、これらの電車のうち 一部が、終点のナンボに運び込まれたりしていたという。え、旅客営業は、なしですか。
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以前ナンボ支線を走っていたKRD列車。乗っとけばよかった…乗れた、かな?(2004)

そして昨2013年12月、この路線の営業が再開された。…が、電車が走ることはなかった。
この終点ナンボ駅は、近くにあるセメント工場、「Semen Tiga Roda(三輪印)」のブランドでセメントを製造している「PT.Indocement Tunggal Prakarsa」社の、殆ど工場内といってもいいような立地 にあるのだけれど、この工場で製造したセメントを、スラバヤ市内のカリマス港へ運ぶ、セメント専用貨物列車が発着するようになったのである。
カリマス港からは、船に積み替えて恐らくはカリマンタンやスラウェシなど、東部インドネシア地域へ 向けて船積みされていくのだろう。スラバヤには近郊のグレシック県に「Semen Gresik」という別の 大手セメント会社があるのだけれど、思いっきり競合だよな。このジャワ島を大横断しての送料をかけて運んでも競争力があるという事なのか。
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ナンボ支線の沿線概念図(沿線関連道路を含む)はこんな感じ。

というわけで今日はいつものパクアン急行氏と、東京から中古電車の写真を撮りに来ておられたメーカー勤務のM氏と共に降り立ったボジョングデ駅だったが、間の悪いことに空車のタクシーが全く通りかかる気配がない。
仕方がないので思案の後(時間もあまりないので)今日は客待ちをしていた、最初の目的地ポンドク・ラジェグ方面へ向かう路線アンコッと交渉、これをチャーターして周ることにしました。
今日はちょっと暑いので、エアコンつきのタクシーを奢りたいところだったけど…
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こちらは更に別のセメント会社「Holcim」の専用貨物列車。「Tiga Roda」列車の画像がなくて。

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