2015年1月 8日 (木)

通勤客の乱、再び。

半年ほど前の記事で、ジャカルタ東郊、ブカシの先のタンブン駅で、朝の通勤列車に乗れなかった乗客が怒って線路をブロック、列車が走れなくなったという話を書いたところですが、昨朝、在ジャカルタのインドネシア人鉄の友人達が盛んにFBにアップしていたなあー、という思い返しました。今日8日の全国紙「KOMPAS」(15面)によれば、また同じような事件が発生したそうです。

乗客が線路上に座り込んで列車の運行が阻害されたのは、北本線のタンブン(Tambun)駅、って、あら全く同じ駅かい。
記事によると昨7日朝6時半頃から08:50頃迄とあるので、チカンペック始発のジャカルタ・コタ行き、タンブン05:56発の上り363列車を目指して集まってきた乗客だな。彼らが3本のホーム全てを占拠し、長距離列車を含めて13本の列車が一時停止を余儀なくされたのだそう。
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まーた、一度見たような記事が。何の対策も取ってこなかったのかね。
タンブン駅。沿線はブカシから絶え間なく家が並び、拡大する首都圏の続き的な区間。
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占拠した側の乗客の言い分は、自分たちはこの列車に乗るためのチケットを買うためには、朝の3時から駅に行って購入しなければならないのだと不満露わ。遅くなるとチケットは売り切れてしまい~チャロ(ダフ屋)が買い占めるからなのだが、彼らから倍額以上を支払って購入しなければならないのだという。
基本的に実名が導入されてダフ屋の割って入る余地がなくなったはずのPT.KAIのチケット販売だが、こういった都市近郊のローカル“コミューター”列車は、出発前(通常3時間前頃から発売されることが多いよう)に多数の乗車券を販売しなければならないため、氏名を記載しない印刷済チケットをそのまま販売する。但し2001年第8号運輸省令に基づき座席定員の150%迄と販売数が制限されているため、売り切れてしまえばおしまい。そこにチャロが介在する余地が出て来てしまっている模様。
この朝の通勤列車、記事によれば座席定員は742席、150%となると1,092席しか販売されず、これをチカンペックからタンブンまでの各駅でそれぞれ枚数を割り振って販売することになっている模様で、毎日1,500~2,000人の乗客がいるタンブン駅では割当の絶対数が少な過ぎる模様。
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ジャカルタ近郊の通勤列車、早急な改善が必要です(これはスルポン線のモノですが)。

現在北本線、ブカシから東、カラワン迄の電鉄区間の拡大の為の工事が進められており、これが近く完成すれば8両編成の電車が乗り入れてくることになり、そうなれば他のKRL区間と同様に電子チケット、いつでも乗れるSUICA型ムルティプル・チケットが導入されるわけで、そうなれば乗車券の販売制限も受けずに普通に誰でも制限無く乗車できるようになることが期待されます。
が、それ迄の間、現状のまま放置しててはいけないわけで、ムハマッド・マウラナ駅長も、「本件のような出来事は今日が初めてじゃない」などとのんびりコメントしてる場合じゃないです。
エディ・スクモロPT.KAI新社長は、ローカル列車の見直しを行い、乗車率30%以下の列車は廃止して、このルートのような混雑した列車に車両を廻すことにしたいと述べていましたが、これは喫緊の課題だと思われます。ダイヤに余裕があれば増便を、少なくとも増結。或いは前述の規程を改定して、販売制限を解除するといった対応が必要でしょう。列車に乗れず出勤できなかったら、会社だっていい迷惑です。
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ジャカルタ・コタ~チカンペック/プルワカルタ間エコノミ・ローカル列車時刻表。

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2014年5月11日 (日)

マランからの帰り道。

さて日本文化祭も一通り見終わり、案内してくれた学生さんに謝意を申し上げて、さてスラバヤ帰るかなんだけれど、最近の週末の午後のマラン街道の渋滞はますます激しくなってきているらしい。
つい先だっても、空いてる時間だったら2時間かからないこの区間を4時間半近く要したという話も聞いた。それは嫌だなあ。
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マラン駅で出発を待つ、CC206型機牽引のビマ号。

というわけで、向かったのはマラン駅。先般2月の改正でこのマランを経由してブリタール一帯をグルっと半周する環状ルートの路線のうち、これまで優等列車の運転がなくなっていた東のマラン=スラバヤ間にもジャカルタ=スラバヤ間特急「ビマ(Bima)」の間合いで1往復する列車が登場、従来スラバヤ=マラン間を結んで登場したエコノミACの準急「プナタラン・エクスプレス」(Penataran Ekspres)がブリタールまで延長になった(そのため、マランまでは3往復→2往復に減便)等、結構な変更がなされている。
州都3百万都市のスラバヤと、人口80万を抱える学園都市のマランの間の流動が多くないわけはなく、都市間バスは終日10分間隔で走り、高速道路の建設も徐々に進められているのだが、現在まで一本しかない幹線道路の渋滞は上述のように激しい。その区間の鉄道輸送を活用しない手はないわけです。
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スラバヤ市内の複線区間をグブン駅に向かう「Bima」号。この日も桃色食堂車(なんか響きが少し卑猥だな)連結編成ですね。

そんなわけで、渋滞を避けてスラバヤに戻るべく、今日は汽車を使うことにしました。
コンビニの端末で買ったのはマラン14:25発のスラバヤ行き特急「ビマ」号33L列車。ジャカルタとスラバヤとを南本線周りで結ぶ夜行特急ビマと同じ列車名ながら、こちらは列車番号違いの別列車・・・かと思いきや、端末では両列車の区間を通しで発券できるので、同一列車とも言えるのだろう。
スラバヤまでの料金は、特定区間らしくとてもお安いRp.30,000。上述のプナタラン・エクスプレスが3等エコノミACでRp.25,000というのに比べると、なかなかお得感高い。
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今日のビマ号のバティック食堂車は、ピンク色のペイズリーっぽいデザイン。

今日のマラン駅3番ホームに入線した列車は、4割ほどの乗車率。運転開始から3か月を経て、次第に定着してきたというところだろうか。因みに後日マランから1時間後のプナタラン・エクスプレスでスラバヤに戻ってきた同僚N宮氏に聞くに(この人も実は隠れテツだよなあ)、こちらはほぼ満席の盛況で、家庭用ACを用いた改造冷房は効きが悪くてとても暑かったとのこと。
列車は夜行のビマ号そのままのフル編成。編成途中に連結された食堂車は、先般年末に乗車したときの雪のデザインの青色車両ではなく、ピンク色系統のバティック客車でした。
ところでその食堂車、スラバヤまでの食事の営業はありませんでしたが、職員の休憩室と思しき8人個室を2室備えていました。味気ない内装なのでそのまま旅客営業に供するのは難しそうですが、こういうコンパートメント・タイプの車両もありなんじゃないですかね。特に女性グループや家族連れには。
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昔の一等車の椅子4組を並べた個室がついています。良くない?これ。

列車はほぼ定刻の16時半にスラバヤ・グブン駅に到着。一旦引き揚げて18:15発のジャカルタ行きとして出直してくるわけなんですが、そう考えると、一本の列車として扱うのにはやっぱり無理があるかなあ。
ちなみに、予想どおり殆ど全ての乗客がここで下車、やはりマランから中部・西ジャワ、ジャカルタ方面に向かう旅客は、マランからブリタール経由で数本走る他の列車を利用するのでしょう。
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こちら、ブリタール・南本線経由でジャカルタとマランを結ぶガジャヤナ号のバティック食堂車。緑系等色のもありましたね。

おまけ。
2月改正を踏まえたスラバヤ=マラン=ブリタール=クルトソノ間環状線の時刻表です。ちょっと既に列車番号変わってる部分有りますが、ご参考まで。

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2014年5月 6日 (火)

ナンボ支線訪問(1)

さて日曜日続き。 ドゥリからの電車をマンガライで205系に乗り継ぎ、向かったのはデポックの先のボジョングデ。
折り返しの電車もあるそれなりの駅ではある筈なんだけど、駅前広場もなく、ゴミゴミした、路駐 するアンコッで渋滞中の道端に真新しい自動改札用の味気ない駅舎が立てられ、古い駅舎は使用されなくなっていた。 ちょっと荒れつつあって、勿体ない。
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ボジョングデまでは205系で快適移動。7人掛けの椅子に9人座ってたけど。

今日はここを起点に、一駅手前のチタヤム(Citayam)から東のナンボ(Nambo)迄の13kmほどの支線を探訪してみることにする。
この路線、JABODETABEKの電鉄路線図には出てこないけれど、ボゴール線の電車に乗っていると、立派な架線が張られた支線が分岐していくのを目にして、気になっていた人も多いだろう。(仄聞したところでは、沿線を全線歩いて踏破された某政府系援助機関Jの専門家の方もいらっしゃるとか。)
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ボゴール方面への本線から分岐していくナンボ方面への支線。

この路線、建設されたのは意外に新しく、1997年。JABODETABEK電鉄ボゴール線のチタヤム駅を起点に東へ向かい、チビノンの街を経て、ジャカルタからボゴール・チアウィへ向かうJagorawi高速をオーバークロスして跨ぎ、東のナンボまでを結ぶ短い路線で、途中に3つの駅が設けられている。建設当初は、北本線のチカランからこの区間を経てスルポン線のパルンパンジャン迄の(半)環状線を壮大な構成する計画だったらしい。
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使用されなくなったボジョングデ旧駅舎。独特な優雅な窓の造りなど、残して貰いたいものですが。

旅客営業が開始されたのは2002年。このナンボ駅を起点にしたKRDディーゼル列車が、チタヤムから 電鉄区間に乗り入れ、マンガライ経てジャカルタ市内のタナアバン迄、朝晩の列車の運行が あったが、2007年にこの気動車編成の故障により運行を停止、以後休止状態となっていた。
この路線が営業再開に向けて動き出したのは2012年。草ぼうぼうで荒れ果てていた線路は整備され、なんと架線が張られ、電化されたのである。
これは発展著しいジャカルタ近郊区間に新たな電化新路線誕生か!と色めき立ったのだが、その後また動きはなく・・・ と思ったら、2013年7月のエコノミ電車の全廃以降、これらの電車のうち 一部が、終点のナンボに運び込まれたりしていたという。え、旅客営業は、なしですか。
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以前ナンボ支線を走っていたKRD列車。乗っとけばよかった…乗れた、かな?(2004)

そして昨2013年12月、この路線の営業が再開された。…が、電車が走ることはなかった。
この終点ナンボ駅は、近くにあるセメント工場、「Semen Tiga Roda(三輪印)」のブランドでセメントを製造している「PT.Indocement Tunggal Prakarsa」社の、殆ど工場内といってもいいような立地 にあるのだけれど、この工場で製造したセメントを、スラバヤ市内のカリマス港へ運ぶ、セメント専用貨物列車が発着するようになったのである。
カリマス港からは、船に積み替えて恐らくはカリマンタンやスラウェシなど、東部インドネシア地域へ 向けて船積みされていくのだろう。スラバヤには近郊のグレシック県に「Semen Gresik」という別の 大手セメント会社があるのだけれど、思いっきり競合だよな。このジャワ島を大横断しての送料をかけて運んでも競争力があるという事なのか。
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ナンボ支線の沿線概念図(沿線関連道路を含む)はこんな感じ。

というわけで今日はいつものパクアン急行氏と、東京から中古電車の写真を撮りに来ておられたメーカー勤務のM氏と共に降り立ったボジョングデ駅だったが、間の悪いことに空車のタクシーが全く通りかかる気配がない。
仕方がないので思案の後(時間もあまりないので)今日は客待ちをしていた、最初の目的地ポンドク・ラジェグ方面へ向かう路線アンコッと交渉、これをチャーターして周ることにしました。
今日はちょっと暑いので、エアコンつきのタクシーを奢りたいところだったけど…
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こちらは更に別のセメント会社「Holcim」の専用貨物列車。「Tiga Roda」列車の画像がなくて。

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2014年4月20日 (日)

ボゴール=スカブミ=チアンジュール間最新時刻表。

ジャワ島西部の鉄道のうち、ジャカルタとバンドゥンを南回りで結ぶスカブミ回りの路線、既報のとおりボゴール=スカブミ間「Pangrango」号、そしてスカブミ=チアンジュール間「Siliwangi」号、が相次いで運行を再開し、ユドヨノ大統領も試乗するなど華々しく伝えられ、更には運行休止となっているチアンジュール=パダララン間も試運転列車が走るなど運行再開に向けた動きが伝わってきています。

なのですが、必ずしも乗車率は高くないというか、とても低い列車・区間があったようです。需要を考慮せず、同じ編成の列車が行ったり来たりでは、満席で乗れない区間・列車がある一方、ガラガラで空気輸送をしている区間もあるというのは仕方ない事なのでしょう。
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ボゴール=スカブミ=チアンジュール間を結ぶパンランゴ=シリワンギ号。

で、例によって地元以外では殆ど公告されていないのでスラバヤで暮らしている分には全く気付かないのですが、先月頃、運行開始から僅か一か月程しか経っていないのに時刻改正がなされ(臨機応変というんですかね…)夜の便が減便され、ほぼすべての列車の時刻が変更となりました。
本Blog掲載の時刻表を手に現地に行ったら、時刻が変わっていた!という指摘を頂戴したので、最新時刻表をあげておきます。やはり常に最新のものを載せるようにしておかないとご迷惑をおかけしてしまいますね。・・・って、鉄道当局の仕事だぁ本来それわ。
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スカブミ駅に停車中。こうやって見るとCC206もなかなか厳つくて格好いいかも。

具体的には以下の時刻表と、前回運転開始時のものを比べていただければいいのですが、夕方のチアンジュール行きがスカブミ止まりに、その折り返しだったチアンジュール発スカブミ行も廃止、ボゴールからスカブミ行き最終深夜便が廃止となり、スカブミ発ボゴール行きの夜便も廃止となったため、休日にこちらの方面遊びに行った帰りの便が大幅に早まってしまいました。
朝のボゴール発の初便の時刻が繰り下がり、ジャカルタ都心部からの始発電車で間に合うようになったのは朗報ですが、乗り潰し派の方にとっては要注意ですね。
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ボゴール発の下り方面の時刻表。
チアンジュール・スカブミからの上り方面。
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2014年4月18日 (金)

スラバヤ・マップを手に街歩き♪

既に当地では著名な研究者である松井和久さんのブログ「インドネシアあるくみるきく」でも紹介されていますが、当地でトップの大学の一つである国立アイルランガ大学(UNAIR)人文学部日本語学科の学生さんたちが、授業の一環として「スラバヤ観光地図2014」なるスラバヤの日本語ガイドマップを作り上げたそうです。
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ここスラバヤは、ご存じの方は既によくご存じのとおり所謂観光地ではなく、旅行・友人訪問等で来訪される方、出張で来られて空き時間に何処かに行きたいという方などをお連れする場所がなくて困っていました。
実際、「地球の歩き方」等ガイドブックを見てみても、スラバヤについて触れているのはほんの数ページに過ぎず、それも郊外のブロモ山などを別にすれば、わざわざ見に出掛けたくなるような、見に行く価値があるようなスポットは市内近郊では殆どない、というのが正直なところ。

それでも、地元の人の目から見てみればそれなりに違った、実は面白いスポットがあるのではないか?とかなり期待しながら、この学生たちの取り纏め役となっている青年海外協力隊(JOCV)の清水隊員に連絡をとってみると、ちょうど学生たちがこの地図を使って日本人向けガイドツアーを試行してみようと考えており、「じゃかるた新聞」の記者さんの取材もあるというので、ちょっとお邪魔させていただくことにしました。
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スナン・アンペル・モスクへの表参道商店街を歩く一行。

UNAIRに集合し、生徒さんのキジャンに乗り込んで先ず向かったのは市内北部にあるスナン・アンペル・モスク。
丁度金曜礼拝の時間帯ということもあって大混雑、通りからモスクへ向かう“門前町”の商店街も大変な活気の時間帯だった。雰囲気、行き交う人々の服装、匂いなど、インドネシアというよりもはやちょっとばかり中東の街の雰囲気すら漂ってくるモスクの周りを一回りし、近くの1928年築の古いホテル「Kemajuan Hotel」の一階に入るアラブ料理店「Yaman」でお昼ご飯。
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これもまた味わいのある商人宿的「Hotel Kemajuan」 1928年建築らしいです。

引き続きジュンバタン・メラ付近、市内北部の旧市街地の古い建物が並ぶ(幽霊が出る家など)を眺め、定番のタバコ工場の建物を利用した「House of Sampoerna」を見学、その後はマジャパヒット・ホテルの説明を聞きながら今度は市街地東部へ移動。
目指したのはケンパークことケンジェランにある公園。休日ということもあって華人の方々が大勢お参りに来ていたサンガル・アグン寺院や四面仏像、ムツゴロウが沢山這い回る海岸べりなどを一回り、最後に近くのモールで反省会兼意見交換会と相成りました。
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こちらは、「House of Sampoerna」から発着する、市役所が運営する市内観光バス。

今日はこの学生作成の地図を手に廻ったわけですが、この地図自体は印刷も綺麗で、とてもよく出来ています。
勿論細かいことを言えば、改善の余地は多々あります。
基本的には在留邦人など一定の予備知識を持っている人向けのようですが、初めてスラバヤを訪れる観光客の方にもこれを手に市内を見て回って欲しいという希望もあるようで、焦点の当て方と、それを踏まえた掲載内容の選択はなかなか難しいでしょう。日本食レストランやインドネシア料理レストランもそれなりの数取り上げられていますが、和食店なんか在留邦人はみんな知っているけれど、電話番号だけ書かれていて住所がなければ初めての人は行きつけないし、インドネシア料理店であれば、どういった種類の料理が食べられるのか、一言メモは欲しい。
両替店や旅行会社にしても、電話番号だけじゃなくてやっぱり位置情報は欲しい。
また、それらの場所にどうやって行けばいいのか、公共交通機関情報(バス・ルートマップ)なんかあると、より嬉しい。

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ケンジェラン・パークの四面仏像の前で、一行。
 

でも、先ずは観光学科ではなく、日本語学科の学生が語学練習の一環としてこれだけのものを作り上げ、そして既に領事館やジャパンクラブ、Balai Pemudaの観光案内センターや空港などに既に数百部ずつを配布して、実際に使って貰おうとしている点を大いに高く評価したいと思います。
今日案内してくれた生徒さん達も、恥ずかしがり屋なのか案内ガイドはまだまだしどろもどろだったけれど、この地図作成という大仕事を成し遂げた達成感で誇らしげでした。
これだけのものであれば、お金を取って販売したっていいと思います。日本語ボランティア・ガイドだって、学生さん達は授業があるのだから、いつ何時対応できるというものではありませんが、場合によってはガイドを受けた日本人の方々からは少し御心づけを頂戴し、そのお金をもって来年の学生たちが行う改訂版の経費に回したっていいし、奨学金なんかに使ったっていいと思う。
欲を言えば、電子化して、タブレット端末に入れて持ち歩きが出来るようにすれば、掲載物が集中して細かくなっちゃってる部分を拡大して見られるようになれば言うことないな。
今後の発展・活動の拡大に大いに期待したいと思います。
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地図はこんな感じ。中心部は拡大別図があるといいかな。

このスラバヤ・マップ、上述のとおり市内の幾つかの場所で入手が可能ですが、確実に手に入れるためには、以下の連絡先にコンタクトしていただければと思います。

 アイルランガ大学人文学部日本研究学科
 Tel: +62-31-5035676, Fax: +62-31-503-5808
 Email: japanologyunair@yahoo.com
 担当: 清水千恵さん(JOCV青年海外協力隊員)

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2014年2月11日 (火)

シリワンギ=パンランゴ号 おまけ。

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張り上げ屋根、固定窓化改造済みのエコノミAC車を連ね、スカブミ駅に進入するパンランゴ号。この駅からはシリワンギ号となってチアンジュールを目指す。

さて、スラバヤ戻ってきましたので、この週末の(再)開通シリワンギ号と、一体になって運用されているボゴール(パレダン)=スカブミ間のパンランゴ号の時刻表をアップしておきます。次にお出掛けされる方の参考になれば。Pangrangosiliwangi_2
こちらが東行き、ボゴール→スカブミ→チアンジュール方向。
こちらは西行き、チアンジュール→スカブミ→ボゴール方向の時刻表です。
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なお既報のとおり、JABODETABEK電鉄のボゴール駅と、このボゴール・パレダン駅は200mほど離れており、乗継には最低10分程度の余裕が必要なことと、

今回のダイヤ改正でボゴール発の始発時刻が繰り上がり、ジャカルタ市内(マンガライ以北)の駅からでは、始発電車で出発しても、間に合わなくなってしまいました。
ジャカルタ市内に宿泊し、このボゴール・パレダン朝7:00発の列車に乗る場合、タクシー等でマンガライ以南の駅まで向かい、始発電車を捕まえる必要がありますので、ご注意を。

なお、PT.KAI公式Twitterで、残る運休区間、チアンジュール=パダララン間は本年3月にこの区間の運転再開の可能性がある旨のツイートが流れていました。乗り潰し派の方におかれては、運転再開以降を待ちますか?

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南回りでジャカルタ=バンドゥンを結ぶルートはこんな感じです。プルワカルタ周りとは競争にはならないですね。

※ 2013年3月頃から、乗車率低迷により、残念ながら減便となった模様。新時刻表はこちらのとおりです。他方、ボゴール発の初便の時刻が繰上げとなり、ジャカルタ都心部から始発電車でボゴールに向かえば間に合うようになったのは、乗り潰し派日本人には朗報ですね。

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2014年2月 2日 (日)

帰路もまた楽し。(バンダアチェ=クアラナム・メダン)

さていろいろ勉強になった3日間のアチェ旅行も無事に終了、バンダアチェ空港からメダン経由でスラバヤに戻ります。
市内から空港へは、ホテルのタクシーでRp.10万、乗用車のタクシーでRp.85,000、そしてバイクタクシーでは交渉の結果Rp.55,000でした。結構距離ある感じなので、まあ妥当な値段でしょうか。
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小規模ながら、立派な造りのバンダアチェ空港。
このランプバスは、江ノ電バスの中古かな? 遠かったんでトリミング。画質悪くてスミマセン。  
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バンダアチェのスルタン・イスカンダル・ムダ空港(Sultan Iskandar Muda:BTJ)、2,500mのジャンボ機も離発着できる長い滑走路を持ち(ハッジ・チャーター対応らしい)、ターミナルビルはボーディングブリッジ2本とそれほど大きくはないものの、モスク風の大きなドーム型の屋根を持ち、中東の富裕国の空港を思わせる立派な建物です。
発着しているのは国内線がGaruda、Lion Air、Air Asia、Sriwijaya Airなど、主力はメダン経由のジャカルタ行きに加え、Susi Airの単距離小型機と、マレーシアのKLとペナン島から、Air AsiaとFireflyが国際便を飛ばしてきている。
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空港出口でレールリンク列車の案内をしてくれるお姉さんたち。
ちょっと見にくいので、11月14日改正、最新の時刻表を。
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当方の今日のフライトは16:35発のLion Air、JT305便メダン経由のジャカルタ行きで、これをメダンのクアラナム新空港でスラバヤ行きのJT978便に乗り換える予定。夕方のライオンエアーってよく遅れるんで心配なのだけれど、スラバヤまで乗継便ということで一括発券してくれてるわけだし、流石に2時間あれば大丈夫だろう。

1時間前のGA便が20分ほどの遅れで出発していくのを喫茶店でアチェ・コーヒー(結構名物です。)のインスタント2in1(そんなのもあるのね)を飲みながら眺めているうち、搭乗時刻の16:05を10分ほど過ぎたところで折り返し便のB737-900が到着、これでまあ、無事に帰れることがわかって一安心。
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工事中だったレールリンク乗り場もすっかり綺麗になりました。 列車をデザインしたカウンターがカワイイです。

本日のフライト、7割ほどの乗りで10分ほどの遅れで出発。短時間のフライトなので窓際取ったのだけれど飛行中ほぼずっと厚い雲の上で下界は何も見えず、そのままメダンに着陸。
メダンではトランジットではあるのだけれど、2時間近く時間があるので、折角なので、夕食の買い出しを兼ね、一旦外に出て、韓国製新車両の導入なったメダン空港連絡鉄道「Railink」を眺めてきました。

このインドネシア初の空港連絡鉄道、開業初日に乗ってみる機会がありましたが、このクアラナム新空港がメダン市内から遠く、アクセス道路が未整備ということでそこそこの利用があるようです。車両繰りに余裕が出来たのか、1日18往復に増えていましたが(上記時刻表参照)、KNO発の最終が早まってますね。
が、今日は満席とは言い難い感じで、空港の到着客出口ではキャンギャル?的なお姉さんが時刻表を片手に、2枚、3枚買うと割引になりまーす、と宣伝に努めていました。
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夕暮れのクアラナム駅を出発し、メダンへ向かう「Railink」韓国製ディーゼルカー列車。

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2014年1月26日 (日)

再開アチェ鉄道に乗る(プロローグ)。

 さて、このロクスマウェまでやって来た目的、空港から(警官の私用)バイクタクシーで北へ向かい国道を越えて更に北の海側まで走ること約15分。
椰子の並木に囲まれた南国の田舎の集落・・・の先に突然現れた「Bungkah」駅。あれ、スペル、これでよかったっけ?

こちら、今回30数年ぶりに復活したアチェ鉄道の運転拠点となる、ブンカー駅。
建て直されて真新しい駅事務所の発券窓口には時刻表が貼られており、予め調べていた情報のとおり、朝と夕方に数本の列車がこの駅から東西側の両駅・・・ クルン・グク駅とクルン・マネ駅とを結んで走っている。料金は片道Rp.1,000と、当地の物価と比べても格安。
駅構内には交換設備の準備工事が行われており、更に対向側ホームの海側には車庫があり、水色に塗られたKRDIディーゼルカー編成が格納されている。
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ノンビリとした昼間のブンカー駅構内。左奥の車庫の中にはディーゼルカーが見える。

程なく駅から線路を挟んだ反対側にある職員宿舎らしき建物から、非番なのか休憩中の職員と思しき男性が現れ、話しかけてきたのを機に、しばしお話を伺うことに。
今回営業運転を再開したのは、ここアチェ南東部のロクスマウェ市西方のブンカー(正しいスペルはBungkaihだが、発音からは「i」が落ちて「ブンカー」となるため、駅舎の看板の標記も間違ったらしい)駅を挟む、東のKrueng Geukue(クルン・グク)と西のKrueng Mane(クルン・マネ)とを結ぶ約11.3kmの区間。

1876年に、当初は現在の州都バンダ・アチェ市内の5kmで750mm軌間の蒸気鉄道として開業したアチェ軌道(Atjeh Tram)は、その後アチェ国営鉄道(Atjeh Staats Spoorwegen)と経営形態を変更・改称し、1919年までに南東隣の北スマトラ州ベシタン(Besitang)まで約450kmが開通、メダン側から伸びてきていたデリ鉄道(Deli Spoorwegen)と接続した。当時、バンダアチェ=メダン間は、途中ロクスマウェでの1泊を経て、2日間がかりのノンビリとした運行だったという。
その後ディーゼル機関車も導入・無煙化される等の近代化も進められたが、モータリゼーションの進展に伴い乗客数は減少、1970年代前半から部分廃止が始まり、1982年にランサ(Langsa)市内区間を最後に全線の運行が停止、残念ながら、事実上の廃止となってしまっている。
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アチェ鉄道の時刻表を載せておきます。鉄道雑誌「Majalah KA」の1月号の時刻表には、少し誤植があるので。

そのアチェ鉄道が、スマトラ島を南北に縦断するスマトラ縦貫鉄道(Trans Sumatra Railway)計画の一環として復活を目指す計画が立ち上げられ、1998年頃から政府予算が割り当てられ、元々の750mm軌間で建設されていた線路は標準軌1,435mmに改軌されて再建工事が開始された。この期間変更は、この計画がフランス政府とSNCFの支援によるものだったことが影響しているものと思われる。
工事自体は先ずこの3駅間のみが完成し、列車の運転が再開された訳だが、それに加え東のロクスマウェ市内付近までは用地の確保(不法占拠住宅等の除去)はほぼ終了、線路、少なくとも枕木の敷設は概ね終了しているという。確かにこの市外の3駅間だけ運行したところで、市内中心部まで入っていく訳ではないので需要は限られている筈で、市街地まで入って行けるようになって初めて、ある程度輸送機関としての機能が期待できるのだろう。
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新たに建て直されたブンカー駅舎。各駅とも同じ雰囲気で、味気ないといえば、そうか。

本日応対してくれた、ここの列車運転の責任者アブリザール氏によれば、全くもってその当方指摘のとおりで、現在この鉄道は営業収支は全く考慮されておらず、今から徐々に鉄道の利便性や単位燃料あたりの輸送効率性について地元住民に認識して貰い、今後開業区間が拡大して以降を見据えて、旅客需要の掘り起こしを目指しているとのこと。
なおこの路線は、アチェ鉄道区間全体を見ているPT.KAIアチェ事務所の管轄ではなく、メダンのDivre1(第一支社)の直轄なのだそう。運転関係の職員はメダンから1ヶ月交替での単身赴任勤務で、2軒の職員住宅で共同生活を営んでいるという。お疲れ様です。

変則3往復となっている列車のうち、午後の列車の運転は15時過ぎから再開ということで、まだ相当時間がある。一旦国道まで出て見つけた食堂で、お昼ご飯に当地名物の麺料理ミー・アチェをいただき一休みの後、再度ブンカー駅へ。
今度は件の職員住宅に招かれて暫く雑談するが、横でお喋りしている地元の男性、こちら「あ、俺?元GAMだよ。」とサラッと仰った。GAMとは、Gerakan Aceh Merdeka、アチェ独立運動といって、早い話独立派ゲリラで、彼も長い間銃をとって国軍とのゲリラ戦闘に従事していたんだという。うっひゃぁ。

そんなわけで、長くなってしまったので、乗車記は明日分に続きます。(引っ張ってスミマセン)
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さあ、発車時間が近づき、2両編成のディーゼルカーが出庫してきました。

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2013年10月28日 (月)

北本線 おまけ。

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北本線の花形列車、スラバヤ・パサールトゥリ駅で出発を待つ特急「アルゴ・ブロモ・アングレック」号。

そんなわけで、今回の週末お出掛け分は終了という事で、往路にArgo Bromo Anggrekで走って来たジャワ島北本線分の時刻表を載せておきます。流石に本数が多いので、上り下りとも2枚ずつになってます。
相変わらず全国レベルでの公示なきままの新列車の登場とか時刻変更は多いようです。もし気づきの点などありましたら、ご指摘いただければ幸いです。
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↑ 下り線分と、
↓ 上り線分です。
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2013年9月15日 (日)

直行するのは勿体ないので、

さて今日は日曜日。出掛けるのなら土曜日から…なんだけれど、昨日土曜日は御留守番で出掛けられなかったし、今回は明日月曜の訪問先の都合で日=月でのお出掛けになりました。
今日は夕方までにマディウンに着けばいいのだけれど、折角わざわざ出掛けるので、Argo Wilisで出発し、昼間に寄り道してからマディウン入りすることにしました。

手元の時刻表によると、この列車がソロ・バラパン駅に着くとすぐにジョグジャ方面行きのSriwedari号が出発するようだ。メダン空港新線ARS用に改造されたDMUが、結局メダンには送られず、ここソロ=ジョグジャ間でこの列車の運用に入っているという話を聞いていたのでちょっと見てみたいと期待してみたのだけれど、この時間の便は生憎以前からのKRDE赤べこ編成だった。ARS編成、当初目的のメダン空港新線には入りませんでしたが、Maguwo駅に停車するジョグジャ空港エアポートリンクとして本来目的で使われてるのであれば、幸いなのかもしれません。次回出会えるのをを楽しみにしときましょう。
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ジオラマ・モードで遊んでみました。PG.タシクマドゥの“キューロク”ことO&K製6号機。

で、ソロ・バラパンの駅前からメータータクシーで東のカランガンヤールにある製糖工場PG.タシクマドゥ(Tasikmadu)迄は500円少々。
運行関係者もセキュリティも極めてフレンドリーな専用線のヤードで一言断って中に入らせて貰うと、今日の稼働機は“キューロク”こと6号機と、少し小型の5号機。
それに加えて観光列車用の白塗りのボイラーが残念なボルジッヒ製の3号機。サトウキビを満載したローリーの並ぶヤードを沢山の平面交差で大横断するのはちょっとした見物ではあるけれど、やっぱり現役で活躍しているほうがいいなあ。

今日日曜の夕方はソロからマディウン、スラバヤ方面行きの急行はまったく空席がなくバスで行かなければならなかったので、頃合いを見計らってタシクマドゥの集落からローカルバスでソロ=マディウン間の幹線国道に出て、モールの前の道端でスラバヤ行きの快速バスを捕まえてマディウンに向かいました。
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広いヤードの引き込み線を連続平面交差で大横断する観光列車。
この白く塗られた煙室扉は何とかならんもんか。

夜はいつもお付き合いいただいている在留邦人S木さんと、以前ネットで見つけたBlogの記事に感化され、朝9時半の急行でスラバヤに向かわなければならないのに、朝早起きしてタクシー飛ばしてPurwodadiの精糖工場まで蒸機を見に行ってきた 若い出張者の方ことK林さんが、たまたま図ったようにまた当地マディウンに出張に来られていたということで、3人で飲みながら、濃い~話を聞かせて戴く。
なんて書くと若干内輪受けになっちまいますが、やっぱり、普段お付き合いのない新しい方とお知り合いになれて、業界の深い話を聞かせて貰うと、勉強になりますねえ。
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PG.Tasikmadu製糖工場周辺図、ちょっとアップデート版です。

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