2018年4月14日 (土)

ティンジャン特急の旅。

ヤンゴン駅を出発した5UP列車は、窓を殆ど閉め切った一方、西陽の直撃を受けつつ、先日一駅ずつ訪問してみた小駅を駆け抜け、バゴーへ。ここでも前後の車両に多少の乗客有り。恐る恐るホームに顔を出してみましたが、水の掛け合いはやっていないようなので、意を決して売店に小走りに向かって飲み物を購入。
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バゴー駅に到着。水掛けやってないのを確認して、ホームへ。

発車後暫くして、マダウ支線の始発駅として、そして蒸気機関車やLRBEの塒として有名なピュンタザを、殆ど停まるかどうかという徐行スピードで通過。そのピュンタザを出て程なく、車内を幾つもの箱に満載したプラスティック容器入りの弁当を抱えたスタッフが急ぎ足で後ろの方へ向かって行きました。そしてニャウンレービンを通過して程なく、当方の手元にも弁当の袋が届けられました。

これ、先ほどバゴー到着前にメニューを持った職員が巡回、夕食の注文を取りに回ってきたので、当方も一つお願いしていたのですが、どうやら「通過駅」のピュンタザで積み込んだらしいのです。編成の中間部にあるこの車両の更に後ろへ4つほど箱が運ばれていったので、全車両では7,8箱ほど積み込んだと思われますが、停車せずにそれだけの弁当箱を積み込むって、ちょっとタブレット交換並に見応えあるのかもしれません。見とけば良かったな。そして当方は今日はタミンバン(中華丼風のぶっかけご飯:Ks.2,000)を頼んだのですが、何種類かの食事を間違いなく各乗客の座席に届けるシステムが確立?しているのも立派立派。
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席まで届けられたタミンバン弁当。2,000チャット也。

ようやく夕暮れ迫ろうという頃、列車はタウングーへ。ここで半分ほどの乗客が下車。空港から離れたこの街では鉄道の需要が高いようで。ここまでの停車・通過駅で派手な水掛けが余り見られなかったので、油断して窓を開けていた後方の座席に窓外からホースで水が浴びせられ、悲鳴が上がる。こちらには飛沫がかかった程度ですが、アッパークラスで帰省しようという人にとっては、やっぱり濡れるのは迷惑ではあるのでしょうね。

そして列車はネーピードー市街地の南のピンマナに停車し、首都ネーピードー駅へ。半分以下に空いた車内で席を移動して寛いでいたら、到着前に車掌から元の席に戻れと言われたのですが、巨大なガランとしたそのネーピードー駅で、恐らくは中央官庁勤めの役人でしょうか、また大勢乗り込んできて車内はまた満席になりました。コンピューター発券が導入されておらず、台帳に手書きで販売している座席指定券ですが、それなりに機能しているみたいですね。

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今回の切符は、お馴染みのこのスタイルの常備券。

当方の今日の下車駅ターズィーには、未明の2時過ぎ、ほぼ定刻に到着。十数名ほどの下車客が立ち去った後、落ち着いた頃を見計らって駅員氏に色々と質問・・・ するのですが、
このターズィー駅と少し南のピョーブエとを結ぶRBE列車(数年前までは本線上を走るLRBEだった)の時刻が、わからないんです、これが。紙に書いた時刻表もなく、駅にも掲示も無し。そして同じ駅の3カ所で(セカンド・オピニオン的確認のつもりで)尋ねた回答がそれぞれ違うって、一体どういうことですか! 最初の人など、DWが所要4時間、UPが所要1時間なんて紙に書いて、全くおかしいと思わないらしいのです。少し位の差であれば、途中通過列車待ちとかを確認出来れば納得できるのですが。
どうやら一番信頼性が高そうな情報としては、ターズィー朝06:00発、ピョーブエ昼12:00発らしいのですが、所要時間はDNが3時間、UPが2時間、その差はDNは急行列車の通過待ちがあるからだ、との説明もありましたが、朝6時のDN列車が追い抜かれそうな急行もないし、もう一度ピョーブエにも行って確認しないといかんかねぇ。
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ターズィー駅に到着したティンジャン臨時急行から下車する乗客の方々。

そんなこんなで埒があかないまま、4時過ぎになって1本のUP列車が到着してきました。ホームに出てみると、前後に計4両のOrdinary、8両のUpperに加え、編成中央部には若干古いながらも2両の寝台車(Upper Class Sleeper)まで連結されてます。

これ何?と駅員氏に尋ねると、「ティンジャン・アトゥーヤターだ」と仰る。あれ、ティンジャン臨は昨晩12日ヤンゴン発で終わり、後はティンジャン最終17日の帰省からの戻りまでないんじゃなかったっけ。こんな、寝台で横になって来られるんなら、座席で来て2時に降りなくても良かったのに。こないだヤンゴン駅南の切符売場で買おうとした時は「ティンジャン・アトゥーヤターは12日まで」って明示的に言われたんだけどなぁ。

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2018年4月13日 (金)

ティンジャン小旅行(出発まで)。

 今日からティンジャン(水祭り)の5連休です。ミャンマーの方々にとっては盆と正月が一度に来たような年中最大のお祭りです。近隣の上座部仏教国、タイやラオスでも同じような水掛けをして“新年”を祝いますよね。
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今年の水掛け祭りの模様(参考w)。

 従来はミャンマーでは10日ほどの大連休となっており、我々外国人にとっては年間休日(日本の休日と同じ数)の大半をここで消化してしまう一方、民族大移動の帰省シーズンでもあり、ヤンゴンのような大都市の大規模モール・スーパーやレストランなども殆ど閉店(一部高級ホテル内の店のみは例外的に開店)してしまうし、国内移動の切符やホテルは悉く埋まり、更に長距離バスや列車が運休になったり間引かれたりということもあって国内旅行もままなりません。
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ティンジャン期間中のRBE列車の運休を伝える当地英字紙GNLM。

 よしんば旅行できたとしてもそこら中で水を掛けられまくる訳で。ミャンマー人も所得向上に伴いホワイトカラーの中流層でもLCC等を活用して近隣国への海外旅行を楽しむことが出来る層も増えつつある中、国際線航空券もこの時期は高騰するし、ヤンゴンを出るも地獄・留まるも地獄と言っては大袈裟ですが、まあそのような時期ではあります。
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ヤンゴン駅南(さくらタワー向かい)の長距離列車切符売り場。連休直前にしては、それほど混雑してないですね。

 これが、昨2017年のティンジャン1か月前になって直前、長期間の経済活動の停滞を問題視した政府により、この連休が5日に短縮されるというお触れが出され、かなりの混乱が見られました。もう、帰省や旅行の航空券を購入してしまった人も多く、止む無くその後、休める人は休んでいいなどという妥協案が出されて有耶無耶になり、今年からはあらためて正式に連休は5日間になったわけです。

 さてどうしようかな。当方の職場でも休日当番待機があるので、5連休お出掛けは出来ず1泊2日まで。往復300ドル(LCC最安値の3倍)も出して1泊2日でバンコクやKLでもないしな・・・ ということで、夜行日帰りでお出掛けする事にしました。
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別の機会ですが、同じ“チャイニーズ・トレイン”の回送。機関車はDF1200(アルストーム製)ですね。

 ではどこへ行きましょうか。
 事前に、アウンミンガラーの高速バスターミナルを訪問して聞き取りしてみたりして驚いたのですが、この民族大移動の時期、都市間長距離バスも帰省用に増便されたりするのかと思いきや、12日の夜行便までが走り、13日~17日までは殆どの長距離路線が運休です!と各社とも平然と仰る。皆どうやって田舎に帰るというのでしょう(それ以前に自主的に休んで帰る人が多いとのこと)。
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一部長距離列車の運休(右下)と、ヤンゴン~ネーピードー~マンダレー間の臨時列車の運転を伝える新聞記事。左上のはネーピードーに勤務する方用の「公務員特別列車」。

以下、FBに投稿した記事ですが、再掲しておきます。

>>
ウェンダン・アトゥーヤター(公務員特別列車) 運転日・時刻
4/12 NPT 20:00 -> 04:50 YGN
4/17 YGN 20:30 -> 10:55 MDL

往復で運転区間が違うのが気になりますが、そこはまあ運行上の事情とかあるのでしょう。下記のティンジャン臨の11日のMDL->NPT便の運用と繋がってそう。

以下はその“ティンジャン臨”。キハ40系列が運用に入った一昨年とは異なり、今年は全て客車列車での運行のようです。

4/10 YGN 16:00 -> 06:00 MDL
4/10 MDL 18:15 -> 08:20 YGN
4/11 MDL 14:00 -> 19:50 NPT
4/11 YGN 16:00 -> 06:00 MDL
4/12 YGN 16:00 -> 06:00 MDL
4/12 MDL 18:15 -> 08:20 YGN

4/17 YGN 16:00 -> 06:00 MDL
4/17 MDL 18:15 -> 08:20 YGN
4/18 YGN 16:00 -> 06:00 MDL
4/18 MDL 18:15 -> 08:20 YGN
4/18 MDL 19:00 -> 09:05 YGN
4/19 MDL 18:15 -> 08:20 YGN
4/20 YGN 16:00 -> 06:00 MDL
4/20 MDL 18:15 -> 08:20 YGN

そして以下はご注意情報。以下の列車は、14~16日までの3日間、運休だそうです。これに加えてRBE列車は全部運休と思った方がいいらしいみたいですから、この時期は撮り鉄に加えて乗り鉄も随分しづらい時期になりそうですね。

ヤンゴン~マンダレー間の5UP/6DN
ヤンゴン~モーラミャイン間の35UP/36DN
ヤンゴン~ネーピードー間の7UP/8DN
ヤンゴン~バガン間の61UP/62DN
ヤンゴン~ピイ間の71UP/72DN
マンダレー~ミッチーナ間の37UP/38DN、57UP/58DN

>>

 更に上述のとおり新聞報道によると、長距離列車も一部運休便が出る他、ヤンゴン近郊や地方部のフィーダー輸送を担うRBE気動車列車もその殆どが運休になるのだそう。水掛けられてディーゼルエンジンが調子悪くなるのを避けるためだよ、と茶化す邦人の方もいましたが、当たらずとも遠からずといったところかもしれません。

 ですので、当方が汽車乗りに出掛けるにしても、そこの車両運用まで考えて行先を選定しないと、行ったはいいが1日1本の列車が運休になっていた、なんて目も当てられない自体も想定されるわけです。

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ヤンゴン駅1番ホームで出発を待つ5UP列車。機関車も青緑塗装機があるようですが、今日は赤青の大連製DF2000型機でした。

 というわけで少々思い悩んでみました。
 当地での長距離列車の指定券の前売りは原則3日前からなのですが、その前日・4日前にヤンゴン駅の切符売場の事務所を訪ねて申し込んで、翌日購入出来たのが、今日のるマンダレー行きの特急5UP列車のUpper Class席。
 御覧のとおり、他のミャンマーの客車とは一線を画するデザイン・青と緑のカラーを纏った中国中車(青島四方)製の"チャイニーズ・トレイン"って奴です。2016年投入の新車ですが、エアコン無し、寝台車も食堂車もありません。
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 いざ乗車してみると、あてがわれた席は車端部の壁の前のA9席。民族大移動のこの時期、外国人枠なのかな、取れただけでも良しとしましょ。
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アッパークラス車内。流石に全車満席のようです。

水祭りの水の掛け合いは、連休初日の今日は15時からというルールがあるらしく(?)、時折子供達がフライングで水掛け始めてるくらいで、この列車の出発前は街は平穏、ながら、皆さんこれから始まる大イベント前にワクワクしているようです。
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目の前の壁にはこの列車の路線停車駅図、CCTVカメラ等が備えられています。

 他方、こちらの列車は車掌の指示で投石ならぬ放水避けに窓を閉めることとなり、車内の暑いこと! 
 普段であれば走り出せば涼しくなるのですが、今日は思いやられそうです。

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2018年3月29日 (木)

途中駅を楽しむ。

この日は、レーローイン支線休止線探訪と、お昼ご飯の飛行機レストランがメインだったわけですが、まあ行き掛けの駄賃というわけではありませんが、この付近の幾つかの小駅に立ち寄ってみました。
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ユワタジ駅到着時、ちょうどヤンゴン方面行きの近郊列車が出発していきました。

最初に訪れたのは、ヤンゴン近郊区間の東の終点のユワタジ(YwarTharGyi)。一駅手前のトーヂャンカレーからダゴン大学方面、東大学・ティラワ方面の支線直通列車(合計12往復程度)が分岐した後、1日8往復の列車がこのユワタジまでやって来ます。

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丁度列車が出たばかりで閑散としていますが、待合スペースもあるユワタジ駅舎。

駅前通りを抜けた正面にあるヤンゴン経済大学の通学用の駅でもあります。なお、この駅の東側の線路沿いに近い将来新しいRBE整備工場が設けられるそうで、航空写真で見ると広い敷地が整地されつつあるのが確認出来ます。
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何かお役に立つ方もいるかもしれないので、ユワタジ駅の近郊列車時刻表を載せておきます。

続いて1駅東隣のレイダウンガン(LayDaunggan)。ここからが停車本数が激減しますが、ちょうどやって来たのは19UP混合鈍行タウングー行き。殆ど貨物列車に見えますが、2両目が代用客車になってます。窓なくて暑苦しそう。そして後方の長物平貨車CXHVにも乗客が乗り込んでいました。ここは炎天下、相当の暑さでしょう。ちょっと我々は乗っちゃいかん所だと思うな。
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看板もない、小さな径の行き当たりにあるレイダウンガン駅。近隣へのバスとの接続などもとより考えられてもいないわけで。

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貨物列車のように見えますが、立派な旅客列車です。19UPタウングー行き。

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オープンエアーの風に乗れるわけですが、ここはやめときましょう。

この19UP、今は火木土、折り返しの20DNは月水金の運行になってしまっています。こんな"旅客列車"がヤンゴン市内(ティンガンジュン駅)迄乗り入れて来ているのは、それはそれで驚きです。
そして更に一駅進んだレーローイン支線分岐のダベイン(Darbein)については先述のとおり。
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幹線の途中小駅の典型といった感じのチャウッタン駅舎。

支線探訪と昼食の後は、国道から分かれた道を暫く走って行ったところのチャウッタン(KyaukTan)駅。ここはシャン方面への長距離9UP/10DN列車も停まるそれなりの駅ですが、今日のヤンゴン方面行きは終了(16:30発のティンガンジュン行き混合20DNは週3回運行に減便の由)。

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インドネシアの駅と似ているようでちょっと違う、のがまた興味を惹きます。

隅の方に積んである砂利は、JICA支援での線路改良に使われるとの嬉しい説明も。ちゃんと下まで情報が伝わってるのね。

夕暮れが近づいてきた最後は一駅ヤンゴン寄りのトンジー(Htongyi)駅。酔っ払った?駅員氏が、設備機械を色々熱心に説明してくれ・・・熱心なあまり、ヤンゴン行き急行の通過を忘れて、「進行」の緑旗を振るのを忘れちゃってました。轟音をたてて通過しようとする列車の音を聞いて慌てて飛び出して旗降ってましたが時既に遅し。。
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こちらはトンジー駅。停車する列車は週に10往復しかないわけですが、通過監視の仕事があるんですよね。

そんな感じで各駅それぞれの雰囲気を楽しんできましたが、どの駅でも怪訝そうな顔をしながらも、外国人の突然の訪問を快く受け入れてくれ、言葉が通じないなりにも色々と説明してくれたりしました。頼みもしないのに内部資料を持ってきてくれて、見ろ、写真撮っていっていいぞ、という方まで。いいのかな(笑)みたいな。

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轟音をたててネーピードーからの急行列車が通過していきました。

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2018年3月28日 (水)

レーローイン線探訪。

今日の目的は、以前、当地に転勤してきてまだ程ない頃に一度終点のレーローイン駅だけ訪問したことのある、レーローイン支線(勝手に呼称)の探訪ということで、朝、マンダレー本線のダベイン駅にまずは立ち寄ってみます。
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最近架け替えられたと思しき駅名標にも、キチンとレーローイン線の隣駅「Kayeinlay」が書かれています。廃線ではない、ということですよね。

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駅掲示の時刻表には、随分前に運行を休止しているレーローイン線列車の時刻が。

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本線から左手に分岐していくレーローイン線の線路。

ここから目指したのは、支線に入って最初の停車駅「Kayeinlay」(Wikiのミャンマー鉄道の駅一覧では「Yee Lay」)。なのですが、クルマを停めて聞いてみたところ、集落の住民(複数)はここには駅はないと言い張るし、Google Earthで見ても駅の痕跡・駅があったと思しきスペースも見当たりません。ですので、少し探してみてあっさりと諦めて、更に北上することに。
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Kayeinay駅?付近の線路状態。右手側は道床が削られており、列車が通ったら重みで崩れてしまいそう。

次は、ダベイン駅の時刻表に唯一書かれていた途中駅「InTaing(Wikiの標記。地元の方の発音は、“エンダイン”に近い感じ)。街が近づき、右手後方からのカイェインレイから北上してきた線路と踏切でクロスして左手側に回った線路に沿った道を走っていたところ左手に、駅名標と思しきものが。慌ててクルマを止めて駆け寄ると、こちら、きちんとした駅舎が残っていました。切符売場には運賃表も綺麗な状態で残っていましたが、この線路の左手側の壁の向こう、どうやら先ほどの踏切からずっと軍の敷地で、そちらにカメラを向けることは憚られます。
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現役そのままのエンダイン駅舎。奥の壁の向こうはもう軍の敷地です。

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駅舎内の壁には運賃表の掲示が残っています。

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曲がりなりにも駅名標を確認できたのは、このエンダイン駅だけでした。
左の壁の向こうは軍用地。

ここからの線路は暫く道路と交差しつつ併走、急カーブで住宅地の裏の併用軌道的な小道(暫く散歩してみましたが、中々気分の良い裏道)を抜けたところで、ヤンゴン~バゴーを結ぶ幹線国道とクロスします。この国道、高速道路ができる前は国内随一の筆頭道路だったのでしょうね。この道路の車両交通を止めて、LRBEが牽引するお伽列車が横断していた風景、見てみたかったなあ。
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ヤンゴン~バゴー国道の踏切。気づいた方も多いのでは。

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この辺りの裏道。併用軌道というか、なんちゅうか。

ここから暫くの間、住宅地の裏通りをやはり併用軌道的に抜けた後、北西方向に5kmほど先で、Google Earthで見るとほぼ四角形に区切られた、その中に計画的に区分されたと思しき建物群が集合的に配置されたエリアに当たります。
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車窓から見る限りこれらは全て部隊の駐屯地や教育機関など軍関係の施設でした。実際のところ、線路が直接軍の敷地内に入っていってはいないようですし(だからといって、外国人を乗せられるような位置ではないですね)、線路の直ぐ北側にはゴルフ場がある場所もあり、途中の検問所で聞いてみてもそのまま通してくれたので、この一帯の道路自体は一般人立入禁止ではないのですが、軍関係の施設にカメラを向けるわけにはいきません。
線路は踏切部分や併走区間で見る限り、殆どそのまま残っているようですが、途中幾つかあった筈の駅(停留所?)は、Google Mapでもポリゴンが記載されていないですし、ホームや駅名標も全く確認出来ませんでした。
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右の森の向こうはゴルフ場。左の森の先は軍用地。こんなルートを走っていたのですね。

その後、見る限り道は繋がっていそうなので、再度のレーローイン駅まで行ってみようかと北に走ってみましたが、途中で軍の何かの学校施設の正門に行きあたり、そちらの守衛さん曰く、ここから先は事前許可車両以外は通り抜けられないとのことで、探索はこちらでおしまい。
そういう通行不可かどうかなんてのは、衛星写真じゃ見えないからなあ、仕方ないです。不審尋問されても困るので、おとなしく引き下がります。

ちなみにこの区間、国道までの前半だけですが、乗車された方の貴重なレポートがこちらにあります。

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2018年2月26日 (月)

環状線イベント列車を楽しむ。

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今回のスケジュールはこんな感じ。5分早発、途中15分ほど遅れたりしましたが、到着はほぼ定刻でした。
前々日くらいにこれをメールで受け取ったのですが、見慣れた様式の紙でこういうものを見せられると、段々実感が湧いてきます。
ヤンゴン駅を15:40に出発してヤンゴン環状線を反時計回りに一周、する過程で途中タダレー、空港滑走路近くのワイバゲ、ゴルフコース、チーミンダインの4駅に停車してホームに下車可ということになりました。築100年近くになる駅舎が見どころでもあるチーミンダイン駅はともかく、他の3駅は通常在留邦人が訪れるような駅ではないところを敢えて選んでみました。
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最初の停車駅タダレーにて。東北地方同士の並びですね。

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滑走路近くのワイバゲ駅。残念ながら停車中に着陸してくる飛行機はありませんでした。

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読者の方提供。ミンガラドン付近を走るイベント列車。この辺りは空軍の見回りがあって、飛行機を撮ってるとやめろと言われますが、汽車を撮ってる分には問題ないそうです。

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この駅にゴルフバッグを抱えて降りる人はまずいない、ゴルフコース駅。乗務員の方も機嫌が良さそう。

走行中の車内では、参加者の自己紹介、書籍「絆の列車は未来へ向かう」の著者玉懸光枝さんのミニ講演会(出版裏話?)、旅行社さん手配のサンドイッチやスナックを食べつつ、後半の車内ではミャンマー鉄道・環状線に関する○×クイズ大会(優勝賞品はヤンゴン->マンダレー間の夜行寝台列車乗車券!(但し片道のみ))などが続き、
また、クルマでこのイベント列車を追い掛けて途中3箇所で走行写真の撮影をしていた撮り鉄「T原さんを探せ!」などの飛び込みイベントも行い、その他にも、片側交互通行区間手前の“市場駅”ダニンゴン駅で暫く停車したり、ヤンゴン駅直前のパヤーラン駅でもいつものように少し待たされてみたり、普段の列車だとそれなりに退屈したりもする1周2時間40分の旅はあっという間に過ぎ去っていきました。
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ダニンゴン~インセイン間は工事の為片側通行。普段は逆向きの列車が走る右側の線路を進んで行きます。

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車内では記念切符(笑)の裏を使った〇✕クイズ大会。優勝したT中さん、おめでとうございます。ちゃんとマンダレーまで寝台車で行って下さいね。

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前面貫通路は冷房車のこちらも開けっ放しなので、参加者が入れ代わり立ち代わり写真や動画の撮影に。しかし屋根上のクリアランス、ホントにギリギリですねー。

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最後の停車駅チーミンダイン。大分薄暗くなって来ました。

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読者の方提供。間もなく夕暮れのヤンゴン駅に帰着する列車。パヤーラン駅ですかね。

終了後は子連れの方を除いた十数名の有志が、このイベント列車の実施を決めたJR東日本「仰光」駅の看板が掲げられた市内の居酒屋で打ち上げの二次会。終わってみればあっという間でした。とっても楽しかった♪
またやるか、と言われると、うーん、ではありますが(笑) 臨港線に三鉄車とか、LRBEとか、ね。
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終点ヤンゴン駅6番ホームに無事帰着。あぁ、楽しかった♪
参加者の皆さん、お疲れ様でした。

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2018年2月25日 (日)

環状線イベント列車、出発進行! 

当地最大の日本祭り、ジャパン・ミャンマー・プエドー2018の余韻もさめやらぬ日曜日の今日は、朝から浮かれ気分と心配感が交錯して廻っていました。飲んだ場の勢いで実施を決めて以来3ヶ月間、諸々の調整に随分苦労しましたが、今日はその本番。ヤンゴン駅の西側を跨ぐ陸橋から、1番線側に2両の白い三陸鉄道36型が停車したのを見つけた時には、本当にホッとしました。あぁ、ちゃんと、来たんだ・・・と。
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ヤンゴン駅1番ホーム、マンダレー行き特急の後ろに、2両編成の元三陸鉄道RBEが待機していました。

閑話休題。

今日はヤンゴン環状線でイベント列車を走らせる日です。
開発援助業界誌「国際開発ジャーナル」誌編集長の玉懸光枝さんが誌面に連載していた、JICAを通じた我が国のミャンマー鉄道支援の記事を纏めた書籍「絆の列車は未来へ向かう」の出版記念にかこつけて、このヤンゴン環状線1周の貸切列車を仕立て、車内で宴会しちゃいましょう!と飲み会の場に居合わせた面子で合意。
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こちらがその書籍(ミャンマー語版・日本語版)です。
御関心の方はJICA事務所へコンタクト下さい。

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参加者一同集合し、受付を済ませ、ホームへ移動。上がります♪

その後の交渉過程で酒類を持ち込むことは国鉄MR側からダメ出しされてしまい、車両は当初案のロングシートのJR東日本キハ48(の車内をお座敷風に使用する)から、母子連れが多くなりそうだったのでトイレ使用可のVIP用車両に変更し、
直前になったら今度は環状線改修工事(片側通行区間の発生)の影響など諸々ありましたが、間に入ってくれた当地の旅行会社さんのネーピードーまで出向いての交渉下さった甲斐もあって、ようやくこの日の運行にこぎ着けられたわけです。
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みんなで記念写真。こういうバナーは当地、手軽に安く作れます。

最終的に国鉄MRの担当局長名での運行許可レターが発出されたのが、2月16日だったか、実施まではもう10日ほどしかありません。慌てて友人知人にあらためて声掛けをしましたが、流石に日本からこのためにやって来るのは難しいタイミングになってしまいました。
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この三陸鉄道36型、元は長距離快速「リアス・シーライナー」で使うためにリクライニングシートに換装されており、当地ではVIP車両として仕様、エアコンも存置されています。車体中央部の天井が低くなっているのがわかりますね。

それでも、当方を含めて幹事役の3人が声掛けをしたところ、1両(定員38名)は満席になるだけの参加者は無事に集めることが出来・・・、たら今度は、実は2両編成で動かすことになったという衝撃の通知があったり(社内イベントをやる予定なので、声が通る1両で収めないといけないので、1両で構わなかったのですが)、2日前になって運行時間がまだ変更されたりとか、まあ色々ありました。
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日本語の少しわかる運転士さん。今日のために抜擢?

出発40分前にヤンゴン駅の一角に一同勢揃いし、記念バナーを手に記念撮影、予定より5分ほど早く(笑)無事に出発進行と相成りました!
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読者の方提供。
インセインの車庫からヤンゴン駅へ向かう回送列車を撮って下さった方がいらっしゃいました。

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2018年2月 6日 (火)

チャイントン2日目、そしてヤンゴン帰ります。

明けて日曜日。今日は朝から市内の活気溢れる市場を一回りの後、今度はクルマを東へ向け、山の上へと登っていきます。
目的地は小さな湖がある標高1,800mほどの高原の小都市ロイムェ。英国時代の避暑地だったというこの街には、当時の古い建物が幾つか残り、中には郵便局や病院など今でも使われている建物もありました。
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クルマは山を登って高原都市ロイムェへ。

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イギリス時代の建物がいくつか残っています。

 その往復の道すがら、途中の集落から街を目指すと思しき如何にも少数民族!という素敵な服を着た方々とすれ違ったり、さらに舗装道路から外れて幾つかの部族の集落にお邪魔したり。地理的にはホンの隣村なのに、全く違う部族が、全く違う言葉を喋る人達が住んでいるというのは驚きです。
 各集落では、ガイドは当然のように村人の家に上がり込んでいき、当方もお茶を出されたりして歓迎されるので、お金でも払ってるのかと思いきや、現金で渡すのではなく、ガイドの組合から各村のコミュニティに対して、村落給水施設の建設や、医薬品・学用品などの支援を行っているのだとか。なるほどね。

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道ですれ違ったアカ族の方。素敵な衣装ですね。

 最後、またその辺の街のバスターミナルか小学校よりも小さな入口から入る空港、というか飛行場ですな。ここからヤンゴンへの帰路は、15:45発のYangon Airways YH738便。こちら、Flymyaとかの航空便検索サイトではなぜかヒットしないフライトです(チャイントン便は朝のUB1往復しか出て来ない)。
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小さな飛行場の、小さなチェックインカウンター。
で貰った、手書きの搭乗券。

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 折角片道160ドルも払って飛んできて、翌朝のUB便でもう戻るのではあまりに勿体ないので、どこかで乗り継いで帰れないかな?と色々調べていたところ、チャイントン発ヘーホー行きとヘーホー発(マンダレー経由)ヤンゴン行きが同じフライトナンバーである事を発見、であれば、と旅行社さんに照会して貰ってみた結果、このへーホー、マンダレー経由のヤンゴン行きとなる便が通しで発券できることがわかり、2日目も午後迄色々活動できました。
 折り返しのYH737便は45分ほど遅れての到着でしたが、こちらもヤンゴンからへーホー、タチレク経由でやって来た、各駅停車のシャン州内周遊便でした。
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Yangon AirwaysのATR72。同じシリーズですが、昨日のUBのと比べて、相当に古い機体ですね。調べてみたら、1996年新車?調達のATR72-212、21年モノだそうで。

そのフライトでマンダレーの大学の卒業式へ向かうという少数民族の若者、と一緒に飛行機に乗る、銀の飾りをいっぱいにつけた衣装の少数民族のおばあちゃん。外国人ツーリスト皆の注目の的となっていましたが、客室乗務員のお姉さん方も驚きの表情でのお出迎え。流石に珍しいのでしょうねえ。インドネシア国内線で、ジャヤプラからの便にコテカで搭乗しようとするようなものか。違うか。
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民族衣装のお婆ちゃん、そのまま搭乗。客室乗務員ビックリ。

 結局遅れを引きずって45分ほどの遅れで出発した当該便、チャイントンから次の停車駅?へーホーまではそのドイツ人かな、外国人グループ客でほぼ満員、その後へーホーでもマンダレーでも乗客の半分以上が入れ替わりましたが、終点ヤンゴンまでの3フライト全てがほぼ満席でした。
 ヤンゴンまで往路の倍の3時間ほどかかり、同じようなパンの機内食が2回、飲み物が3回出されましたが、運賃は往路に比べてこちらの方が安い140ドル。お得感・・・ あるかどうか微妙ですが。 
っていうか、往路も複数回食事出してるだろうし、何食分積み込んでるんだろう。この小さなATRに。
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これはマンダレー->ヤンゴン間で出された機内食。

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2018年2月 5日 (月)

夕暮れのウォンカウン駅で思う。

 続いてクルマを市内南方にタチレク方向に走らせ、途中道を間違えて線路跡の路盤が大きくえぐられてそれ以上先に進めなくなり、再度戻ったりしながら、何とか日没前ギリギリくらいのタイミングで到着したのがこちら、ウォンカウン駅。
 駅の北側(チャイントン側)では早速こちらも路盤が崩壊というか、洪水で流出したような浸食具合で、線路が途切れてしまっています。
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日没直前にウォンカウン駅に到着。

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駅舎は当時のままなのでしょうね。事務室内には何もありませんが。

小さな規格型の駅舎と、ホーム・線路を挟んだ反対側には、職員住宅だったという1軒の家。出てきた方が説明してくれたところによると、自分は国鉄MRから1日3千チャットで業務委託を受けてこの駅の管理を任されているのだと。
 そして当時の運行ダイヤが、チャイントン発06:00、12:00、ウォンカウン発07:00、13:00発の1日2往復だったということ、運賃は片道25チャット・往復50チャットで、乗ってきた乗客の殆どがそのまま折り返しの列車でチャイントンに引き返していったこと、などを説明してくれました。
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元の駅名標でしょうね。今は犬走りの小さな溝を跨ぐ橋代わりに。

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駅のすぐ北側の路盤崩落部分。こういった箇所が、Googlemapで見ただけで少なくとも三カ所。

 さもありなん。このウォンカウン駅、国道から折れて道路沿いに広まっている集落を抜け、2kmくらいでしょうか。次第に山に取り付いていく未舗装の凸凹道で、駅周辺には家の一軒もありません。さっきの駅前の職員住宅?位。近くに僧院があるようでしたが。
 そんなわけで、この駅の駅勢圏人口はほぼゼロ。利用客も、お試し乗車のチャイントン住民以外はほぼいなかったのではないかと察せられます。
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駅の南側方(ナンサン・タウンジー方)で線路は途切れ、工事が続いていた気配は見えません。周囲に集落などがないのもわかるでしょうか。

 山を切り開き、立派な築堤(水害で流されてしまった程度の強度ですが)を作り線路を敷き、駅舎を建て、車両を輸送し、そして人件費まで、どれだけのお金がかかったのでしょう。そして短い営業期間中に一体どれだけの収入があったのでしょうか。
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ここも激しい路盤流出区間。手前(線路切断部分)から奥の信号があるところまで、すっかりなくなっていました。

 軍事政権下の地方開発政策への国家予算の割当ては、そんな採算がどうこういう話ではないのだと思いますが、ただでさえ少ない国家予算がこうやって“浪費”されても、国会や会計検査院に追求されるわけでもなく、ただ風化して次第に自然に飲み込まれていく状況を見て、複雑な思いでした。外国人がどう思おうと何の関係もないのかもしれませんが。

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カロー局管内の路線図にもきちんと掲載されていた1駅区間。ムエネまで繋がる予定の区間でした。

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2018年2月 4日 (日)

トレッキングからのー チャイントン駅訪問。

 チャイントンでの初日土曜日は、クルマを借りて、チャイントン近隣(といってもクルマで1時間弱程度)の少数民族の村を廻ってきました。公共交通機関は全く当てに出来ないところなので、値段もそれほど高くないこともあり、時間優先です。そして同行してくれた30歳くらいのガイドさん。英語、ミャンマー語、シャン語に加え、タイ語、各少数民族語も日常会話くらいは問題ないそうで、いったいどういう頭の構造をしているのか。日本語すら怪しい当方としては全く驚愕するばかり。
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村への行きがけに立ち寄った、蒸留酒製造工房。

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こんな村々を幾つか歩いて回りました。

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村の子供達がやって来て軽い売込みはありますが、よく指導?されているのか、不快感はそれほどありません。

 そんな彼の案内で幾つかの村を歩いて回った後、今日のハイライトはチャイントン駅(笑)。市街地西方のバスターミナルの先、チャイントン大学の近くの道沿いにあります。
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Google map見るとこんな感じ。

 このチャイントン駅、2010年12月末に隣駅ウォンカウンとの1駅間5.8マイルだけ開業し、6ヶ月ほどの短期間だけ運行された後に運休となってしまったという悲劇の鉄道路線です。
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何より立派なのは、開通記念碑ですね。

将来的には、州都タウンジーから南->東->北とU字型に走ってナンサンそしてムエネまで伸びてきていた鉄道(以前タウンジーで訪れたこの路線です)、更にミャンマー全土の鉄道網に繋がる予定で、末端の1駅区間だけが軍政下にその地方開発政策の成果を見せつけるかのように開業し、爽やかな白字塗装の平成筑豊鉄道のディーゼルカーが走り出しました。
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チャイントン駅舎には、住み着いておられる方が。

なのですが、水害による路盤崩壊で敢えなく半年ほどで運休、その後復旧工事がなされることはなく、タウンジー側区間との連結工事もストップしてしまいました。恐らくはこの区間の営業列車に乗った日本人はいないのではないかしら。
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放置された3両の平成筑豊鉄道車。いずれ土に帰って行くのでしょう。

 そんなチャイントン駅。駅舎には人が住んでいるようですね。そして駅の東側の線路の終端部に、この区間の営業に用いられた3両のRBEの廃車体が放置されています。RBE2562、2563、2548号車、即ち元平成筑豊鉄道の109、102、そして104号車ですね。線路が繋がっていないこの地まではトレーラーに積んで運んできたのですが、運行休止直後は復旧工事・運行再開するつもりでそのまま留置しておいたのでしょう。
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車内や運転室の様子。使える部品は全部取り去られているのがよく判ります。

その後、そのような可能性もなくなり、MR当局が部品取り車として窓ガラスやエンジン等の走行部品、台車などを軒並み剥ぎ取って持っていってしまったと思われます。足場?を噛ませてダルマ状態になってしまった3両の気動車、SNSに写真を上げたら“鳥葬みたい”とのコメントをいただきましたが、まさにそのような状況で夕日を浴びて佇んでいました。
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元の車番もしっかり残っているものも。

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ミャンマーに持ち込まれた気動車は、機関区の隅で廃車に近いような姿で放置されていたものが、突然再整備されてまた走り出したなんてニュースを時々見ることがありますが、
流石にこの3両の復活は、もうないんでしょうなぁ...
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タウンジー方面とを結ぶ国道(外国人は通り抜け不可)から3両の廃車体が良く見えました。

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2018年2月 3日 (土)

チャイントンへ。

さて、この週末は1泊2日でシャン州東部にお出掛けすることにしました。
出発は朝8時発のUB401便、チャイントン(シャン語での現地発音はチェントゥン)行き。直行便はこの朝の1便だけです。このチャイントンという街の名前、バックパッカー経験者の皆さんには結構なじみ深い地名かもしれません。
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チャイントン空港に到着。出迎えの軍人さんの多いこと。

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UB401便、ヤンゴン->チャイントンの機内食。

タイ北部のメーサイ・タチレクの陸路国境を越える場合、パスポートを預けてタチレクだけ日帰り入国、或いは手続をした上でクルマでチャイントンまでのみ入って行くことが出来るものの、そこから先のタウンジーやその他の街へは行けないという時代が長く続いていました。安全が確保できないということだったようですが、ミャンマー軍事政権は、外国人がこの地域をウロウロされて、独立或いは自治権獲得に向けた武力闘争をしているグループと接触したりするのを嫌がったのでしょう。他方で、この少数民族エリアへの観光客からの外貨収入は欲しい、ということで、そのような特殊な状況になっていたのだと想像します。
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チャイントン空港ターミナルビル。田舎の飛行場ですねえ。

現在でも、このチャイントン・タチレクエリアは、我々が住んでいるヤンゴンや州都タウンジーから外国人が陸路で往訪することは出来ません。ネットでは、バス移動を試みたが検問で止められた、あるいはそもそもバスの切符を売ってくれなかったという報告が幾つも上がっています。
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その空港の入口はこんな感じ。バスターミナルよりもささやかな。

 そんな状況下にある地域ですので、軍のお偉いさんが同じフライトに同乗していたため空港には軍・警察関係者大勢とピカピカのレクサスLX(四駆車)の車列が並んでいた、チャイントン空港到着時のイミグレ担当官のチェックは厳しかったです。パスポート提示、査証、出入国印など詳しく確認され、担当官の携帯カメラで各ページを撮影されました。

 それでも、事前の文書による許可申請や、警察官の同行(有料)がなくなっただけ、随分と緩和されてきた、と思うべきなのでしょうね。
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チャイントンのバスターミナル。タチレク行きのみ大型バス運行がありますが、あとはハイエース・クラスの車両ばかり。中国国境のモンラーやタウンジーに行く便には外国人は乗れません。

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