2017年2月28日 (火)

ニャウンカシー・補遺。

ニャウンカシーからは先回りして貰ったクルマで更に東へ。

まず数分で国道端に出ると、ヤンゴン・バゴーとチャイトー・モーラミャイン方面とを結ぶ幹線バスの停留所があります。駅からここまではバイクタクシーで数分というところでしょうか。ここから東へも西へも行けるので、ニャウンカシー支線を単純に往復しなくてもよいということになりますね→乗り潰し派の方へ。

ともあれ当方はクルマがあるので、バス便を待たずにここから東へ向かいます。すぐに現れた大きな川はシッタン河。
先の大戦中、インパール攻略に失敗して以降、連合軍に追われ南へと撤退する日本軍の将兵が、落橋したこの河を渡河しようとして、食糧不足と疾病から体力を失った、そのかなりの数が渡りきれずに濁流にのまれて犠牲となった河でもあります。

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河を渡る橋脚がはっきりと確認できますね。

先の記事にも書いたとおり、当時このアビャ~ニャウンカシー支線のルートは、この先シッタン河を渡ってモーラミャインへと結んでいたメインルートであり、Google Earth等の航空写真でもはっきりと見えるとおり、当時の鉄道橋の橋脚が残っています。それが下の写真。
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新しい道路橋の横に鉄道橋の橋脚が並んでいます。

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2017年2月27日 (月)

ニャウンカシー支線に乗ってみる。

Wawを出発した列車は、当方にとって初乗りとなるモーラミャイン方面へのそれなりに整備された本線を快走、途中小さな停留所に停車しつつ東へ。車窓に広がる光景は、先日のマグウェイ地域・マンダレー地域の荒れ果てた土地と比べると、随分と緑の多い豊かな土地に見えます。
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アビャ駅で本線と分岐してニャウンカシーへ。

数名の乗降客があった最初の停車“駅”アビャで本線から分岐します。駅を出てから暫くは両線が併走するので一見複線区間のように見えますが、その両線の差は歴然。100mほどのロングレール化がなされ、バラストの量も多いモーラミャイン方面への本線に比べ、こちらの走るニャウンカシー方面への支線はバラストも薄く枕木もまばらで、明らかに乗り心地もスピードも落ちています。

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左がモーラミャイン方面への本線。右がこちらの進む支線。線路状態の格差。

歴史を遡ると1907年、英国植民地政府の統治下にあった時代にBurma Railway Companyによってペグー(バゴー)~マルタバン(モッタマ:モールメイン市街地の川向かい)間が開通した際のルートは、このアビャからニャウンカシー経由のルートでした。
このニャウンカシーからシッタン川を渡り、対岸のモッパリンから現在線のルートに戻り、南のモールメインを目指していたのですが、太平洋戦争中の1942年、ビルマに破竹の勢いで進駐してきた日本軍に追われる形で撤退した英国軍が、この鉄橋を破壊していったのだそうです。

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農村地帯ののんびりした車窓を望みながら、ゆっくりと走って行きます。LRBEで来たかったな。

その後、戦争中は日本軍の手によってこの橋梁は復旧されず(少し上流に簡易架橋を行った由)、戦後になって再度このルートの鉄道が復旧した際には、8kmほど上流のTanawGyunを経由する形で線路が敷かれ、結果的にアビャ~ニャウンカシー間のみが盲腸線として残ってしまったということで、その経緯はともかく、なんだか東北本線の岩切~利府間に似てますね。

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終点ニャウンカシーに到着。終戦70年以上がたっても、スタイルは途中駅なのですね。

終点のニャウンカシーの集落は、メインの通りも舗装されていない小さな集落ですが、1日2往復の列車が発着する時間帯は活気に溢れていました。単なる途中駅だったため… 終点駅となってからの時代の方が最早長いのかも知れませんが、簡素な作りの駅舎のある場所から暫く前方に進むと、本線上に転車台。そしてその前方には車止めが。
昨年5月?まではこの路線はLRBEによる運行で、それを目当てに多くの日本人“鉄”の方々が訪れていたのですが、既にこのキハ48系RBEに置き換えられてしまい、残念ながら当方(のヤンゴン赴任)は、それに間に合いませんでした。

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ああ、これがLRBEだったらもっと絵になったのになぁ…

アジアの鉄道全般、そうなのかも知れませんが、その中でも特に動きの激しいミャンマー鉄道MR。全てが一期一会ですし、行ける時に行っておかないと後で後悔するのは間違いありません。

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1日2本の列車の時刻は、長く変わっていないのでしょうね。

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2017年2月26日 (日)

ちょっと手遅れながら、今更ニャウンカシーへ。

今日の日曜日、これから暫く当地で時間が取れなくなることが明らかだったので、ちょっと日帰りでお出掛けしてみることにしました。

クルマを走らせたのは、高速道路で走ること暫く、バゴーの北側にあるパヤージーというインターチェンジで降りて、バゴー~ネピドーを結ぶした道とクロスして東のモーラミャイン方面へ向かう国道で最初の、Wawという街。

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15年ぶりにやって来たWaw駅。工事の関係で列車交換が出来なくなってますね。

前にも書いたことあったかな。2002年頃、バゴーから当時まだ走っていた蒸機牽引列車の、機関車のキャブに乗せて貰ってやって来たのがこの駅で、この駅に着いた途端、当時の駅の雰囲気がオーバーラップしてきました。
今は、この駅はロングレール化作業の拠点となっているようで、関係の施設が設けられてあまり見た目は美しくないのは残念でしたが。

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現れたのは「学園都市線」のシールがついたままのJR北海道キハ48系の2連。

で、何故にそんなところにやって来たかというと、まあ汽車に乗る訳で、
程なくやってきた列車はダイヤに余裕があるのか予定より10分ほど早く表れた元JR北海道の札沼線で使われていたキハ48系、ニャウンカシー行き。

ごく最近、昨年の夏頃まではLRBEの運行だったこの列車も、当方がヤンゴンに転勤になる直前にRBE化されてしまいました。涙

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「学園都市線」もとい、「農村地帯線」を走る列車に乗り込む皆さん。

2両編成の座席がサラリと埋まった車内の一角に座ると、隣のボックスは制服を着た警察官の皆さん。スマホから音楽を鳴らしているのですが、どっかで聞いたメロディだなぁー、と思ったら、徳永英明の「最後の言い訳」。これ、ミャンマー語でカバーされてるの?
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国鉄型! 寒冷地仕様二重窓の車内、暑そうに見えますかね。

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2017年2月18日 (土)

ミャンマー国鉄MRの路線図を作ってみる。

さて前回の投稿で1回の旅行について書き終えたわけですが、読む側としては、ある程度の基礎知識がないと、「ふーん、そうなんだぁ」と流し読みして終わりですよね。特に聞いたことのない地名が殆どで、わざわざGoogle Mapなんかを照らし合わせて見てみるような奇特な人もいないでしょう。いるとすれば、近くこの地域を汽車旅してみる計画中の方くらいで、極めてコアというかニッチな読者の方を相手にすることになってしまいます。
であるからには、ミャンマー国鉄MRの全体像について一定の説明をしておかなければなりません。

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MR公式に掲載されている路線図の一例。これは第4局(カロー)管轄区域のもの。

最近でこそ、ヤンゴン近郊をメインに全国あちこちで活躍している日本製の中古気動車(RBE)については、その顔触れや配置、運行ルートなどについて本邦内で販売されている鉄道趣味雑誌に取り上げられることもしばしばですし、ネット上にもかなりの詳細情報がアップされており、当方としても大いに参考にさせていただいています。
が、それ以外の、客車列車や、MRの全体像について触れているような記事は殆ど見かけることがありません。趣味の対象として興味を持つ人が少ないと言われてしまえばそれまでなのでしょうが。
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当方も去年の10月にミャンマーに転勤してからというもの、機会を見つけて汽車旅に出掛けるようにしているのですが、前任地インドネシアと比べても、国内の鉄道網全体についての情報収集には本当に苦労しているといっても過言ではないでしょう。全線の運行時刻表はおろか、全線がどうなっているのか、どこにどのような路線が旅客営業をしているのか、についてすら、最新の公式情報を集めることが容易ではないのです。
MRのサイトには、各鉄道管理局毎と思われる路線図がPDFで掲載されているのですが、こちらも運行が休止・廃止されていたり、まだ完成・営業運転を開始していない路線が記載されていたり、その一方で、何年も前に開通した路線が未だに掲載されていないなど、全く信用しきれない…

そんなわけで、これまで4カ月間の間にネット上に散らばっている情報を集める形で整理してみた、ミャンマー国鉄MRの路線図を作ってみました。既に開通・営業運転が開始されたにもかかわらず、その後の災害や旅客数が少な過ぎる等諸々の事情で運行休止となっている路線はその旨付記して書き込んでいますが、戦前戦後といった古い時期に存在した現在廃線になっているもの(例:泰緬鉄道など)は記載対象外としています。
当方より古くから、そして深くミャンマー鉄道に関わっておられる方におかれては、間違いや要加除訂正箇所を見つけられるかもしれませんので、差支えなければご指摘いただければ幸いです。今後その都度改訂していければと思います。

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2017年2月13日 (月)

早発の飛行機で帰ります。

バガン・ニャウンウー空港からの帰路は17:55発のYangon Airways YH732便。なのですが、16時15分頃に空港に到着してみるも、カウンターには人気がありません。事務所も鍵がかかって誰もおらず、そればかりか待合室に座っている乗客と思しき方々は、皆他社のシールを服に貼っているようです。え、ヤンゴン航空乗る人、いないの?

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行きのFMIとは同型のATR72型ですが、こちらは20年物のロートル。

また前回みたいに時刻変更?ドタキャン?と同社の事務所に電話しても誰も出ません。
心配になって来た頃、出発1時間20分ほど前になってようやく鞄や箱を抱えたスタッフが現れ、搭乗手続きを行ってくれました。ヤレヤレ。

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E-ticketにはYH741便、名前も何も書かれていない搭乗券にはYH742便。客室乗務員の方に聞いてみたら、742便が正解でした。

と思って搭乗待合室に入ってみたら今度は、まだ出発まで50分ほどあるのに、同社のATR機が着陸して来て、直ちにボーディングのアナウンス。おいおい、ちょっと早過ぎるんでないですか…?

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機内食はこんな感じ。左のはシベリアケーキ風に見えますが、フツーの二色パンで、アンコは挟んでありません。

結局10人ほどしかいない乗客はあっという間に搭乗完了、40分ほど早く離陸してしまいました。おやまあ。
普通30分前が搭乗手続の締切ですよね。ということは、予約なしでの飛び込み客が、これをあてにして空港にギリギリについても、もう当該便は離陸してちゃったりするわけで。流石に予約済客は全員搭乗を確認したのでしょうけれど。
日頃から遅延や時刻変更の多いミャンマーの国内線航空会社ですが、今日のこの早発には驚かされました。

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この京王バスに乗りたくて、Yangon Airwaysにしたわけじゃないですけどね。後ろの方にはUBの西武バスも見えますね。

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2017年2月12日 (日)

列車を待たせてしまいました。

パコック市内で小休止となったミニバスを降り、バイクタクシーで向かった市街地北東部(Google Mapの駅の場所は間違い)のパコック駅。ここからバガン行きのRBE、バガンでヤンゴン行きの夜行急行62DN列車に接続する列車が、時刻表によると、15:20発ね。今は14:10だから、と駅事務室に顔出して、スミマセン、バガンまで一枚下さいな。

え、っと一瞬事務所内の空気が凍り付いたでしょうか。
「あれ、さっきの君か」との声は、あらお顔のお鬚に見覚えが。さっきのターズィーからミンジャン行きの列車の中で盛んに声をかけて来た職員氏ですが、ミンジャンで降りて、私の速かったミニバスよりも先にこのパコック駅に到着して、着替えてらっしゃるのね。

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パコック大学駅で、待っていてくれたバガン行きレールバス列車。

そう、私がこの駅の責任者だからね、という駅長?氏。「バガン行きは、14時に出たよ。その時刻表?少し前のよ。」って言われても困るわな。えー…と絶句する当方を前に、慌てて電話に飛びついて連絡してゴニョゴニョ。な結果、
「君、そこのバイクですぐ隣の駅に行って。まだ出てないから。」と仰る。パコック大学駅ですか?と聞くと、そうだという。ええ、列車待たせちゃうんですか?
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パコック大学駅にバイクで到着。あー、ホントに待っててくれてる。申し訳ない!

さあ、行った行った、と若手職員氏に指示してバイクに当方を載せ込み、慌ただしく出発。60km/hほどで走ること10分ほどで、市内のパコック大学駅(こちらの方が先ほどのバス停に近い)に到着すると、まさに発車せんと待ちあぐねた1両のRBE、2524号車ということで、元の伊勢鉄道車らしいですが、案内されるがままに乗り込み、席につこうとすると駅舎から走って来た若手職員が切符を差し出し、当方窓から顔を出して200チャットをお支払い。そしてお待たせしてスミマセン。10分ほどの遅れで出発と相成りました。

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長い築堤から高架橋を走り、いよいよエーヤワディ川を渡ります。上の表記は「エーヤワディ橋(パコック)」で、ニャウンドンのとほとんど同じ感じ。

列車はこの駅でエーヤワディ川西岸路線セイフュー方面行きと別れて南下するのですが、パコック~大学駅間は両路線の共同使用区間で、そちらにもいずれ乗りに来るでしょうから、今日のところは問題なしとしときましょうか。この大鉄橋・・・2011年12月31日に供用開始した、主橋部だけでも3,484m、その上部工トラスの鋼重は約30,000トンもある橋ですが、これを渡れたのも幸運な訳ですから。って、なんか物凄く申し訳ないです。乗客や大勢の関係者を待たせてしまったわけで。
・・・でも僕が悪いのかなあ。時刻表は直しておいて欲しいし、最新時刻情報をMR公式サイトに載せるとか、して欲しいなあ。
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川面に目をやると、リバークルーズ船でしょうか。Eastern & Oriental Expressが運営するクルーズ船もあるんですよね、ここマンダレー~バガン間。

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2017年2月11日 (土)

ミニバスは早くて便利です。

ちょうど12時お昼時のミンジャンからは暫く列車がない時間帯ということで、バスで移動することに。
駅南側のバスターミナルの敷地内は、各社とも中国製の新車や比較的新し目の韓国製の中古バスが大半を占めており、こういった地方のターミナルでも日本製の中古車は大分少なくなって来たようです。

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このハイエーズモドキ車でパコックへ移動。程よくエアコンも効いて快適でした。

ヤンゴン行きやマンダレー行きなどの中長距離車が目立つ中、「どこ行くの?」って声をかけて来たバス会社のが、ちょうど都合のよいことにパコック経由のモンユワ行き、しかも12時30分発だそうでタイミングもバッチリです。

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数少ない日本車の中から、三菱エアロスター。これは<八>マーク付きだから名古屋市営かな。

車両は大型バスではなく、白の左ハンドルのハイエース…と思いきや、前後のエンブレムを見るに中国製のパクリ車の模様。外装だけではなく、内装もウチの事務所のハイエースにそっくりで、ネットでは“チャイエース”などと呼ばれていたりしますが、まあよく作ったもんだ。細かく見ると、ガラスの隅に書かれているマークがJISなど日本の規格のではなく中国語だったりするし、聞くところによるとエンジンは三菱製だそうですね。

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この小田急か羽後交通wっぽいのは、バンパーを下げて、ドア下も追加して、ハイリフトじゃないけど、車高は上ってる…?

12:30定刻、7割ほどの乗りで出発したバスは、市内を流して乗客を拾おうとするも不発、市街地をでるとスピードを上げます。途中、ミンジャンとバガンを結ぶ鉄道との併用橋を渡り、さらに西へと快走。バガンの手前で右折して、エーヤワディ川にかかる長大橋を渡って目的地パコック市街地までの所要時間は1時間20分ほどでした。
列車だと、ミンジャンからバガンまで3時間ほどかかるのですから、クルマは圧倒的に速いですわ。
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この屋根上のラジエーターだか室外機だかがゴツいブルドッグは難題です。 ん・・・ 豊橋鉄道、でどうでしょうか。詳しい方、後はよろしく。

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2017年2月10日 (金)

ターズィー~ミンジャン線に乗る。

明けて火曜朝、昨晩確認しておいたターズィー駅6時発のミンジャン行き111列車。
この駅は鉄道交通の要衝であり、高速道路が通らない街であるため、早朝から駅には大勢の乗客が各方面行きの列車を待っていました。こちらの乗る列車は2番線からの発車とのことで、切符も駅本屋ではなく、ホーム上に設けられた窓口での販売。とはいえ当方外国人はやっぱり窓口の中に招き入れられて身分証を見せての手書き発券となる訳ですが。

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ターズィー駅の2番ホームで出発を待つ111列車、のこちらは見たまんま貨車改造の代用Ordinary客車。長時間の乗車はちょっと勘弁願いたい。

入線していた列車は代用客車3両、Upper1両、Ordinary2両、荷物車の編成。これに発車20分前になってちょうどDF1603ディーゼル機関車が入線して来て連結。ホームには乗客に加えて若干の物売りの姿も見えるものの、朝食になりそうなものはなし。
こちらは1両だけ連結されているUpper車両の切符を買っているのですが、Ordinaryの方は一般客車であればともかく、貨車改造の代用客車の方だとサスペンションもない台車な上、ドアも窓ガラスもない吹きっ晒しで少々厳しい旅路になりそうです。ここ南国ミャンマーですが、早朝夜間は結構冷え込むのです。

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切符の購入は事務室の中に入って。硬券の入った箱、魅力的♪

6時ちょうど、まだ薄暗いターズィー駅を定刻に出発した列車は、ライトアップされたパゴダを眺めながらノンビリと西へ。早起き続きなのでウツラウツラするうちに列車はようやく明るくなってきたメッティーラへ。日本での書籍ではメイクテーラという名で戦記物にしばしば出て来る地名で、先の大戦中には日本軍の拠点でもあったため、日英両軍の激戦地となり多数の犠牲者を出したところだそうです。今でも市内のパゴダには九七式軽装甲車の残骸が保管され、周辺には多くの慰霊塔が建てられているそうです。

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明るくなってきたメッティーラ駅で小休止。

111UP列車はこの沿線随一の駅で一旦乗降扱いをしたのち、出発したかと思いきや、駅構内を出たところの踏切で停車し後退し、再度駅の2番線に入線して貨車一両を切り離し、再度前進と交代を繰り返して1番線に戻り、留置したままの荷物車と再連結して出発準備完了。このあたり、なんで最後尾の車両を切り離すような編成にしておかず、大勢の乗客を乗せたまま入れ替え作業を行わなけれればならないのか、よく判りません。

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メッティーラ市内の湖を渡って走る列車。左手のナガヨン・パゴダの敷地内に、旧陸軍の装甲車(ほぼ破壊された状態ですが)があるそうです。

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2017年2月 9日 (木)

ターズィーで乗り継ぎ泊。

ピョーブエから1UP列車、当国鉄道のトップナンバーでこの地域の交通の要衝ターズィーへ移動して一泊。

トップナンバー列車といえば、インドネシアではジャカルタ~スラバヤ間を最速で結ぶ「Argo Bromo Anggrek」号。専用客車を利用した、その名(番号?)に相応しい列車であり、それは日本国内でも1列車、1M列車、1D列車といった類の列車はその地域を代表する優等列車であったわけですが、こちらのそれはさにあらず。

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ターズィーに到着したトップナンバー1UP列車。古いUpper客車と郵便合造車が連なっています。

現在ヤンゴン~マンダレー間約628kmを最速で結ぶ特別急行5UP列車は時刻表上14時間(表定速度45km/h)で結ぶのに対し、この1UP列車は所要23時間半、表定速度は27km/hという鈍足列車。勿論“各駅停車”ではないのですが、列車種別は「サーポォヤター」即ち郵便列車・・・と訳するのは正解じゃないですね。インドなど旧英国圏でよく見られる「Mail」という、植民地時代の初期、鉄道開業当初はその列車で郵便運送を行っていた名残なのでしょう。

この1UP列車も、Ordinaryを中心に、旧型のUpper客車を1両と、「Mail Service」と書かれた半室郵便車が編成中ほどに連結されていました。今でも郵便輸送、やってるのですかね。

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二階には運転関係の事務所でしょうか。要衝らしく立派な造りのターズィー駅舎。

タージーの宿は、(もともと予約していなかったのですが)予定変更したので慌ててネットで探して出て来た「Wonderful」なるゲストハウス。この街に所謂ホテルはないのはわかっており、3軒ほどのゲストハウスからの選択になるのですが、この宿はトイレ・温水シャワー共同で1泊10ドル(13,500チャット)。清潔なのと、部屋に遅いながらもWifiが飛んでいたのはめっけもの。カローやインレー湖などを目指す欧米人バックパッカーの中継宿泊も多いらしく、宿のお婆ちゃんも英語ペラペラでした。

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電話で予約したら、駅まで馬車で迎えに来てくれていました。

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2017年2月 8日 (水)

ナッマウ~ピョーブエ路線に乗ってみる。

バイクタクシーで到着したナッマウ(新)駅にはナッマウ駅から連絡が行っていたようで、いつものように駅事務室に顔を出して(外国人用の切符は、通常の窓口では売ってくれず、駅事務室でパスポートや身分証明証を見せて購入するケースが多いようです)次の目的地ピョーブエまでの切符を求めると、「あー、例の人来たよー」的に無線で連絡しつつ、こちらは「なんでナッマウから乗らなかったの?」と、まあ至極当然な質問。まあそうですな。諸般の事情もありまして。

ともあれ切符を無事購入、駅前のご飯屋さんでチキンカレーとタケノコのお浸しでお昼ご飯をいただき、呼ばれるがままに列車・・・元JR北海道のキハ141系の運転席に招き入れられました。ひょっとして監視なのかな?

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ナッマウ(新)駅で出発を待つ元JR北海道のキハ141系。酷暑のこの地で寒冷地仕様のこの車両、運転士から“ヒーター”の必要性を問われました。

さて、そんなわけで運転室に添乗、運転士と助手に挟まれる形でピョーブエ2列車は定刻に出発進行。自由な行動はしにくいのですが、運転士からは運転室内の各ボタンの意味を聞かれたり、おやつにヒマワリの種を勧められたりと友好的な雰囲気でして。
市街地の西側にあるナッマウ(新)からは、市街地の北側をグルッと半周する形でゆっくりと進みながら、途中の踏切で一旦停止し、番屋から出て来た保線作業員を乗せる。あまり通常のルーティーン的な保線とかしている風にも見えない線路状態だけれど、どこか補修を要するところでもできたのかな。

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中央のナッマウ駅から東(右手)に延びるのが今日乗る路線。西(左)方面へは1駅のみ開業、目指すマグウェイ側からも3駅ほど開業しているのがわかりますね。

ナッマウではピィ~バガン本線とX字にクロスして東へ分岐。このピョーブエ~ナッマウ間の路線はMR公式の路線図に掲載されていないことからわかるとおりの新路線で、西側半分、Ywataw~Natmauk間の開業は2013.3.13とされており、ごく最近です(東半分は、Pyawbwe~Yanaung間(約7マイル)が1999.4.9、Yanaung~Ywartaw間(約20マイル)が2010.1.16だそうですから、こちらを含めてもやはりそれほど古い路線ではありません(MR公式の路線図には、ピョーブエからユワトーまでのみが掲載されています。
なので、ユワトーから西、~ナッマウ及びナッマウ(新)までの正確な距離が今は分かりません。追って調べがついたら加筆修正します)。

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何もない荒野を一直線に建設された新路線です。

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