2018年5月17日 (木)

バガン~マンダレー路線に乗る。(終章)そして帰る。

ミョータを出た列車は,終点マンダレーまであと一息(といっても2時間半ですが)。到着1時間ほど前のTada U近くではマンダレー国際空港へと向かう高速道路とクロスし、この空港の遠さにあらためて驚かされます。ここで降りて空港に行ったりはしませんが。少しだけ乗り残すわけには。
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このエリアでは、川には豊かな水が流れています。気候帯が変わったのがはっきりわかりますね。

Paleikでヤンゴン~マンダレー本線と合流の後、ミンゲ駅脇の大規模鉄道工場内に眠る、JR北海道のキハ183系や北斗星用の寝台車、赤青白のトリコロール・カラーに塗られたまま朽ちつつある気動車などを眺めながら、列車は終着駅マンダレーへ近づいていきます。ここは早めに一度見学に来たいところです。
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北斗星の寝台車とか、

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スラントノーズのキハ183系初期車(運転台なし)とか、

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トリコロールカラーに塗られたキハ58とか、お宝がいっぱい。

ミッチーナ・サガイン方面からの路線とラーショー方面からの路線と合流し、ミョーハウンを過ぎてからはターミナル駅の混雑なのか、動いたり停まったりを繰り返しながらになってしまいましたが、それでも15分ほどの早着で、マンダレー駅に無事に到着しました。ホームにまで入ってくるタクシーの客引きを適当にあしらいつつ、先ずは遅めのお昼ご飯です。
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終点マンダレー駅に到着です。

市内からマンダレー空港までは、以前空港から使ったことのある順南山(ShweNanSan)のリムジンバスを使ってみました。電話してくれれば市内どこでも迎えに行くよ、と説明されてはいましたが、外国人的には結構ハードル高いです。

それでも、片言のミャンマー語と英語で連絡を試み、昼食をとったレストラン近くのホテルをピックアップ場所に指定してみたところ、ちゃんと予定時間に見覚えのあるHyundaiのマイクロバスが現れてやれ一安心。45分ほどで空港まで運ばれました。マンダレー駅の客引きタクシーの言い値でKs.25,000、空港から市内への定額タクシーでKs.15,000くらいはかかる距離ですが、このバスであれば1人Ks.4,000ですから、1人2人なら大分お得感高く、フライトまで時間の余裕がある時は、有りなのではないでしょうか。
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マンダレー市内からはこのバスで空港へ。

マンダレー18:30発のGolden Myanmar航空Y5-534便でヤンゴン戻り。少し遅れましたが、夕方のGoldenはもう30分くらいの遅れはデフォと思っておけば腹も立ちません。

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2018年5月16日 (水)

バガン~マンダレー路線に乗る。(第3章)

ナトージーを出てから北へと向きを変え、次の大きな駅はウェッル。大きく左にカーブしたホームに入っていく列車の前方からは、先ほど追い抜いた117UPと同じKSK製DD1200型に牽引された対向列車が待ち受けていました。こちらはこれより少し先で交換予定だった混合118DNですが、手元の時刻表より少し速く進んできたのでしょうか。
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Wetluでは予定より早く対向の混合118DNと交換。こちらもKSK製DD1200が牽引してますね。

この駅のホームでは、竹を編んで作られた大型のデッキチェアが多数積み上げられています。最後尾の荷物車に積み込んで搬出するのかと思いきや、列車が停車しても積み込み作業を行う気配はなく、数分の後にそのまま発車してしまいました。対向列車の側も同様に、椅子を両手に持った人が前後に歩いてはいましたが、積み込まれてはいないようです。
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この椅子を、ホームで売りますか。買う人いますか。

これ、この椅子を駅売り!?ですか。買う人いますか。持って帰れる人、いるのですかね? ちょっと飛行機に積んで帰るのは難しそうなので、買いませんでした。当方は。

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こちらの代用客車は、有害貨車改造で窓もなく、ちょっと居住環境悪そうですね。こちらに対しても椅子を売ろうとしておられるようで。

ウェッルを出て、明らかに気候が変わったことを実感させられる、緑が多くなった風景の中、幾つかの小さな駅に停まりながら、列車はミョータへ。

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こちらの方が売ろうとしているのは椰子の実ジュースかな。

この路線は、小さな駅でも駅名標にきちんとアルファベットの振り仮名?が記載されており、また、ミョータ駅には、駅舎の前の黒板に「バガン=ミンジャン=ミョータ=マンダレー」間を走る各列車の番号と時刻表が書かれていました。多くの駅では規格型の白いプラスティック製の板にはめ込む形で「列車番号と到着・出発時刻」しか掲示されていないのに比べて、遙かに分かり易い情報として乗客に示されていて、キチンとした好印象でした。

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ミョータでは駅売りなし、駅前に出てみましたが、商店で持って帰れるような食べ物も売っておらず。

唯一残念だったのは、昼12時半の、この区間運転列車もある主要駅で、お昼ご飯、どころか、何らの食べ物飲み物の販売もなかったこと。まだ直ぐには出発しなそうだったので、駅前の売店2軒に走ってみましたが、いずれも×。先ほどのバガン行き118DN、この119UP、追っ掛けてくる117UPと需要はそれなりにありそうなものですが・・・

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駅員さんの生真面目さが伝わってくる、ミョータ駅掲示の時刻表。3往復の列車の時刻が2色のチョークでわかりやすく示されています。

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2018年5月15日 (火)

バガン~マンダレー路線に乗る。(第2章)

ミンジャンを出発した列車の車窓は、心なしか次第に緑が増えて来たように感じられます。
ここから線路はそのまままっすぐ北東にマンダレーを目指すのかと思っていたのですが、あらためて衛星写真を見ながらルートを追ってみると、真東、よりも寧ろ少し南南東に向かって進み、Ywagyi、そしてNatogyiを過ぎたあたりで線路は北方へ向きを変えてWetluそしてMyothaを目指すという、正三角形の2辺を通るような経路になっています。
まっすぐミョータへと向かうルートもそれなりの道路と街があるようですが、鉄道を通すルートとしてはこちらの方が良い何らかの理由があったのでしょうかね。

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先行の混合列車(左)を追い抜く我が方急行列車(右)。どう見ても左の箱型機の方が優等列車牽引機の佇まいですが…

そのミンジャンからナトージーへと向かう各駅は、ここから更に東へヤンゴン~マンダレー高速道路方面とを結ぶ幹線道路に沿って走るルートでバスの運行もそれなりにありそうですが、各駅の乗降客はミンジャン以前よりも増えたようです。Natogyiでは先行する混合117UP列車を追い抜きです。
当方手持ちの時刻表上はこの先のミョータの更に先で追い抜くダイヤ設定の筈ですが、遅れなのか、時刻が修正されているのか。
そもそも追い抜きするようなダイヤで走らせる必要があるのか。午前1本午後1本じゃダメなのか。

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DD54ともEF66とも似た雰囲気の、親しみを覚える佇まいですね。汽車会社製のDD1204号機。

少し停車するようなので先頭の機関車まで走ってみると、117UPの牽引機は汽車会社製のDD1200型機でした。以前ミッチーナ路線で混合列車を牽引するのを見かけたDD1500型とよく似たデザインですが、エンジン出力が違うのですね(ミャンマー国鉄MRの公式サイトによると、KSK製DD1500とDD1200、更にはこの急行を牽引するKrupp製DD900も含めて、皆エンジン出力は1,500HPと書かれており、誤記なのか、エンジン換装なのか、よく判りません)。
同サイトによるとDD1200は9両、DD1500は6両のみ在籍(休車も多いと思われます)とされており、いずれにしても貴重な少数派であることは間違いないでしょう。

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客車側は、流石にこの代用客車よりこちらの一般客車の方が乗り心地はイイわけですが。

とはいえ、入替機のようなセミセンターキャブ・スタイルのDD900が当方の急行列車を、国鉄DD54に少し似た雰囲気も感じられる我が国KSK製箱形機が鈍足の混合列車を牽引する姿は逆じゃね?と何となく釈然としないというか、少し残念な感はありますね。使い勝手が良くないのか、性能の問題なのか。
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そして列車は東へ。桜ではありませんが、綺麗なピンク色の花が咲いている駅がありました(NgaPyaWaing)。

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2018年5月14日 (月)

バガン~マンダレー路線に乗る。(第1章)

バガン駅を出発したマンダレー行き119UP列車は、マグウェ地域北部から続く荒涼とした乾燥地帯を進んでいきます。間もなく雨季に入ろうという時期で、既に昨日も多少の雨が降ったりしていましたが、渡っていく川はまだ涸れており、この地域での農業環境・生活環境の過酷さが感じて取れます。
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エーヤワディ川を渡ってパコック方面とを結ぶ支線との分岐駅、ティッタウン。数名の乗客が待ち受けていました。

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そして支線が左へ分岐。緑が全くないわけではないのですが、この辺りは乾いた大地です。

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奥に見えるエーヤワディ川の支流ですが、すっかり干上がった涸れ川になってます。

駅毎に多少の乗車客を拾いながら(2駅目くらいから既に下車客がいるのは驚きですが)、2011年の新線建設時に新設されたと思しき規格型駅舎のティッタウン(ThitHtaunt)でパコック方面への路線を左に分け、当方はそのまままっすぐ。
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集落で、牛車を追い抜いて行きます。これは車輪がタイヤなので、比較的近代的なタイプ?

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駅舎?待合室は崩れ、駅名標も倒れ掛かったこの停留所は我が急行は通過(ニャウンラー)。

ミンジャンの手前で比較的大きなエーヤワディーの支流を渡る橋があるのですが、ここは工費削減のために取り敢えず鉄道・道路併用橋として建設されており、今日も橋の両端では踏切に仕切られ列車の通過を待つクルマの列が出来ていました。ただこちらでは、既に現在の併用橋の左手側に沿って新しく道路橋の建設工事が進んでいるようで、需要があるところではそれなりの公共投資も行われていることがわかりますね。

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併用橋の西端では結構な数のクルマが列車の通過待ち中。

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ちゃんと別に道路橋を建設中でした。

そして程なく右手の車窓に大きな工場・・・専用線の線路も敷かれているようですが、製鉄所の偉容が見えてくると、ターズィ・メッティーラからの路線と合流してサッカに到着・・・するも、ここは通過してしまい、程なくミンジャンに到着です。

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サッカ駅の手前でターズィ、メッティーラ方面からの路線と合流。複線のように見える線路のうち片方は、奥に見える製鉄所への専用線です。

右手前方には対向の、ミョータから当駅止まりの区間列車運用に入っているのは、松浦鉄道のRBE車ですね。RBE2579号車と2578号車。先日のラカイン北線の兄弟車と異なり、ここの車両はまだ日本時代のゆったりとしたクロスシートの椅子が存置されているようです。ここの運用には一時期キハ47も入っていたこともあり、撮り鉄の方の注目は高い運用ですね。

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ミンジャンに到着、ミョータからここまでの区間列車が先着していました。

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旧松浦鉄道車の2両編成。南方向へ走り去って行きましたが、車庫なんかあったかしら。

駅のホームではお弁当や菓子、果物を売るちょっとした屋台が出ており、窓から顔を出す乗客からお金を受け取り弁当を届ける少年の姿が目に入りましたが、時刻はまだ朝の9時半。ホテルで詰めて貰った朝食弁当を食べたばかりの身には食指が伸びず、この後別の駅で買うことにして、ここでは断念。そしてこの目論見は見事に外れるのでした。

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鉄道交通の要衝らしく立派なミンジャン駅舎。ホームには売り子も出てますね。

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2018年5月13日 (日)

バガン~マンダレー路線に乗る。(序章)

早朝6時半過ぎ、ホテルからのクルマでバガン駅に到着すると、マンダレー行き急行119UP列車は1番ホームで出発準備を整えていました。

バガンとマンダレーという観光ルートを8時間ほどで結ぶこの列車、一時期はJR東海のキハ40系での運行だった事もありましたが、現在はUpper2両を繋いだ客車編成での運転となっています。この区間は他にも混合普通列車が一往復走っていますが、所要時間は11時間ほどかかるでしょうか。しかも客車は代用客車なので相当疲れるかと想像されます。
他方で、この119UPのつがいとなる120DN列車は、マンダレー夜発・バガン朝着の夜行列車で、車窓は楽しめません。必然的にこの列車を選択するしかないんですね。

ところでこのルートは、実はそもそもはこの両都市間を結ぶ目的で建設されたわけではないようです。
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バガン駅で出発を待つ、マンダレー行き急行119UP列車。

国鉄MRのサイトからこの鉄道沿線の歴史を紐解いてみますと、
1889年にマンダレーまで伸びてきた鉄道の途中駅ターズィから分岐し、メッティーラを経てエーヤワディー川近くのミンジャンまで鉄道が延びてきたのは、第二次大戦前の1930年(国鉄MRのリストでは、“13th Jan 1930 Mandalay - Myingyan Line opened.”と書かれてますが、これは恐らくThazi - Myingyan Lineの間違い)。
インパール作戦等の戦記物などを読むと、この時期に既にターズィ(当時の表記はサジ)~メッティーラ(同、メクテーラ)~ミンジャンまでの鉄道が運行されていたことが書かれています)。この路線の開通が1930年だったのでしょう。
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パコックからのネーピードー行き(タウンドゥインジー乗換)108DNのRBE車両が到着。今日は、のと鉄道車ですね。


マンダレーからミンジャンまでの方は、
15th Feb 1991 Tada U - Myotha Line opened.
21st Feb 1992 Myotha - Wetlu Line opened.
9th May 1992 Wetlu - Nahtogyi Line opened.
8th Dec 1992 Nahtogyi - Myingyan Line opened.

と1990年代に入ってからの少しずつの延伸が記載されています(本線から分離するPaleik~最初の駅であるTada Uまでの開通時期が書かれていませんが)。

一方で、ミンジャンからバガンまでの西側部分はヤンゴンからピィ、あるいはネーピードーからチャウッパダン経由のルートがバガンに到達する1997年2月11日に先立ち、1996年9月18日にバガン~サッカ(ターズィからの路線上、ミンジャンの1駅手前の分岐駅)までが開通しました。
その後2011年12月31日に、途中駅ティッタウン(ThitHtaunt)から分離してエーヤワディー川を渡りパコックに至る路線が開通し、現在に至っています。
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近年になって軍事政権下で観光地バガンの玄関口として建てられた、立派な駅舎の前で。

始発駅バガンではそのエーヤワディーに架かる橋を渡ってきたパコックからのネーピードー行き108DN(元のと鉄道のRBE2527)を待ち受けての出発です。先日タウンドゥィンジー駅で見かけた同列車は伊勢鉄道の小型LE-Carで乗客満載でしたが、今日の車両はそれよりも少し大きく,若干ゆったりしてるかもしれませんね。

当方のマンダレー行きは、入替機のようにも見えるセミセンターキャブのKrupp製DD900型DD962号機。8時間の急行を牽引するカマとしては少々以外でした。続く客車はOrdinary2両、Upper2両、Ordinary1両、そして最後尾が荷物車兼Guard車。Upperは、1両目は2-2配置でしたが、サッカーのラッピングが施された当方乗車の2両目は1-2配置のゆったり仕様で若干のお得感。

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当方のUpper Class2号車は、ミャンマー・サッカー協会のラッピング車でした。

一時は、エーヤワディー川の豪華クルーズ船の向こうを張って、「北斗星」用の寝台車を用いた観光列車の運行も計画された(試運転くらいはされたという話?)こともある、観光地間を結ぶ路線だけあって、当方の他に、欧米人バックパッカー2人組も乗せ、列車は定刻にバガン駅を出発しました。
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「さ、この列車が出発したら、保線作業しような。」「そだな。」

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2018年5月12日 (土)

バガン南方、観光。

だらだらと取り留めなく書いているうちに、前の旅行が終わった次の日からまた別の旅行に出掛けてるように見えてしまいますが、話しが簡潔でなく冗長なだけで、実は2週間空いてる点、ご理解下さい。
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最近益々多い、Air KBZでバガン・ニャウンウーへ。

というわけで、今日は週末ですが早起き、07:30発のAir KBZ、K7-248便でバガン・ニャウンウー空港へ飛びます。この時間帯、各社ともバガン行きの便が集中しており、KBZだけでも15分前にも別の便があるのですが、この7時半のあとは各社とも午後15時頃までないという不思議なスケジュール。霧の影響があって早朝しか飛べないヒマラヤの空港、とかでは聞いたことがありますが、バガン空港はそんな状況にもなく、各社調整して1時間おきくらいに出してくれればいいのに、と思いますが。
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最近入って来たのでしょうかね。北鉄奥能登バスの494号車。今回の搭乗はこちらの車両ではありませんでしたが。

そのAir KBZ機は、日本人観光客の団体が入っており、ほぼ満席。
到着時は、預け荷物の無い当方はさっさと出てきて手配したクルマで出発。あの空港は、イミグレでのパスポートチェックこそないものの、遺跡保存地域入域料の支払いとかあって、到着客が集中すると、時間を取られるのです。
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バガンから南東方向に1時間ほど。ポパ山ことタウンカラッ。ここに登って来ました。そして数日間の筋肉痛になりました。

今日は観光地バガンに、久しぶりに観光目的で来た日でした。とはいえ、バガン地域は何回も来ており、今日は南東チャウッパダン近くのポパ山と、南西サレーという、郊外の2カ所を回るため、借上車をお願いしました。
まあ、観光情報は巷に溢れるネットやガイド本にお任せします。
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バガン南西のチャウッ近く、サレーではこちらに(笑)。

当方的に興味深かったのは、サレーとその近くの鉄道駅もあるチャウックの街の周辺に、多数の小規模油井が点在し、無人で首を振る油井のポンプがあちこちに見られること。
以前この川向かいのパコック~セイピュー路線に乗った時、沿線に多数の小規模油井が点在しており、この地域で産出される石油を目的に日英両軍が激しく戦った時代もあったことをあらためて認識したわけですが、
こちら東岸側でも今でも小規模な採掘が続けられているのですね。
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このような小規模ながら、自動化された油井が多数点在。対岸の油井は、もう少し旧型の、人力とは言いませんが、素朴な設備が多かった印象があります。

そういった油井から製油所なのか、一時貯蔵施設なのか、そこに向かって無数の細い、ちょっと太めのホースくらいのサイズしかない“パイプライン”が地面を這い回っているのが見えました。有刺鉄線で囲まれたりしているわけでもなく、ちょっと切って盗掘?出来ちゃいそうな、か細いパイプでした。
この点在する油井から、一日にどのくらいの量の石油が取れるのでしょうね。

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2018年5月10日 (木)

東部線(ロイコー路線、シュウェニャウン路線時刻表)

そんなわけで無事にロイコーに到着(早着)しましたので、この路線と、先々週ヘーホーまで乗った際に確認した、シュウェニャウン・ヤッサウッ方面への列車の時刻表です。
このターズィー~シュウェニャウン間は、先の大戦中の日本軍が運営していた時代には、「東部線」と呼ばれ、ガーラットやマレーに加えて、C56も入線していたという本を読んだことがあります。
そしてロイコー路線は先述のとおり90年代になってからの開通。ヤッサウッまでの路線も1991年3月と最近になっての開業だそうです。

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2018年5月 9日 (水)

カロー~アウンバン~ロイコー路線に乗る(後編)。

ピンラウンを出発した列車は、それまでの農耕地が多かった車窓風景から、次第に山の中へと入って行きます。
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山の中を走る車窓を眺める、途中駅から乗って来た兄妹。

それまではつかず離れずだった幹線道路とは別の谷を走る区間では、携帯電話のアンテナがMPT、Telenorとも圏外になったりして(幹線道路沿いでは流石にそんな事は殆どない時代です)、登り勾配区間では速度も一段とゆっくりとなり、すぐ前方を走る機関車のエンジンの唸る音が聞こえてきます。

とはいえ、人跡未踏の地、ではなく、田畑も農作業の手を停めて列車を見やる人も時折目に入りますし、次第に西に日が傾き影が伸びて来る車窓風景は、日本の田舎ともそう遠くはないようにも感じられます。
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パオ族の男性の衣装だそうです。

とある沿線の集落、駅がなく列車が停車しないのが不思議なくらいでしたが、線路の両側に着飾ったパオ族の男性女性が大勢集まっていました。他の乗客に聞くと「プエ」と言っていたので、お祭りみたいですね。

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サウンピャウン駅。最近の規格化された駅舎と異なり、この路線は各駅とも三角屋根の瀟洒な駅舎が多く、好ましい雰囲気です。

途中駅サウンピャウンには小さな屋台が出ていました。冷たい飲み物でもあれば買おうかと思って覗いてみたのですが、メインはキンマ(紙タバコの一種)で、後は賞味期限がいつだかわからないような菓子などで食指は伸びず、お婆ちゃんが頭の上の籠に乗せて売っていたゆで卵を一つだけ。
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夕陽を浴びながら、また一つ小さな駅に停まります。

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車窓が開け、左手奥に湖が見えてきました。

そして谷が狭くなり、森の中の安全側線も設けられた信号場のような駅を過ぎると、左前方に突然視界が開けてきました。
遠くには湖が見えます。こちら、やっと繋がったGoogle Mapでは、モウピェーと書かれていますが、南インレー湖とか、奥インレー湖と呼ばれる大きなダム湖で、観光地として有名なインレー湖からは繋がっていて、船で行き来が出来るようになっています。最近では、インレー湖畔の観光拠点ニャウンシュエからこちらまでの観光船も出ているそうです。
列車はここからオメガループを繰り返して、ゆっくりとこの湖の湖畔に降りて行きます。

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右に左にカーブを繰り返しながら、次第に高度を下げて行きます。

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ペコン駅。感度を上げて撮って、画像レタッチしてみましたが、厳しい時間帯ですね。

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ペコンからロイコー迄乗る人もいるんですね。お見送り風景。

その湖畔の街がペコン。すっかり暗くなって来ました。夕食の調達を目論んでいた駅ですが、物売りの影もなく、ピンラウンで買っておいて正解でした。
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さ、豪華お弁当で夕ご飯にしようかな。

このペコンを発車してほどなく、湖に最も近づく地点が↓ こちら、なのですが、ギリギリ明るいうち・・・には間に合いませんでしたね。これでもダイヤより大分早く走って来たのですが。暗すぎてオートモードでは止まりませんでした。
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最後の街らしい街、すっかり暗くなったモンピャで後ろの家族連れが下車。すごい区間の乗車で驚かされました。

そして終点ロイコーには、20:15の到着。なんと定時より1時間半も早着です。週に3本しかないこの列車、途中の駅で乗り遅れた乗客はいないのだろうかと、他人事ながら気になります。
時刻表上では12時間の旅のつもりでしたが、1時間半の早着、アウンバンでの1時間近い停車などに鑑みれば、実質10時間弱ってとこでしょうか。まあ、御疲れ様でした。

終点駅にこの列車から降り立ったのは十数名でしょうか。迎えの車が待ち受けている人もいましたが、途上国のターミナルではありがちな、バイクタクシーなどの客引きの類が全くいません。他の乗客も三々五々歩いて目的地へ向かって行くようです。
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終点ロイコー駅に到着しました。お疲れ様でした。

当方の今日の宿は駅から歩いて10分弱ほどの、最も近い1泊40ドルほどの「Golden Hill」というヤンゴンの高級アパートみたいな名前の宿をネットで取っています。定刻21:45に着いても途方に暮れないように、だったのですが、お陰で助かりました。
この時間帯は、まだ駅からホテルへの道すがらにも何軒か開いている飲食店も見受けられ、結果論ですが、無理に車内で食べなくても良かったかもしれません。

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翌朝再訪してみた立派なロイコー駅舎。朝5時に折り返しの列車は出発し、明日の夜まで発着する列車はありません。

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駅構内。乗車客は、2階に上ってからホームに降りる構造になっていますが、まあ使われている筈もなく。

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2018年5月 8日 (火)

カロー~アウンバン~ロイコー路線に乗る(中編)。

ナウンタヤーを出て暫く、ティッピンジー休止駅(本列車は通過)の手前で、右手側から大規模な築堤が近づいてきました。小川を渡る橋梁部分こそ出来上がっていませんが、立派な規格の路線に見えます。
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首都とを結ぶ新路線になる筈だった、大築堤が近づいてきました。

こちら、カヤー州の州都でありこの路線の終点であるロイコーから北上し、この駅で分岐して西へ向かい、山を越えた先のタッコン(シンテ(Sinthe)駅)でマンダレー本線と合流、そのまま首都ネーピードーへと向かう新路線になる予定だったところですね。
MR国鉄公式サイトの「建設予定路線図」には出てこないのですが、検索してみると、「Naypyitaw~Tatkon~Pinlaung Railroad Project:120マイル」なんて記載が現れます。シンテ側からは、同駅の駅名標にも分岐した次の駅が書かれているくらいで(旅客営業列車が走ったのかどうかは確認できていませんが)、衛星写真を見てみても、両側からの建設工事もそれなりの距離は行われていたようです。
現在は工事も中断され、分岐駅として新たに設けられた駅と察せられるこのティッピンジー駅は、周囲に人家も少なく、この列車も通過してしまいました。

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合流駅になる筈だったティッピンジー(ThitPinGyi)は、平屋根の規格型駅舎。開通時からではなく、分岐点として新しく設置された駅と察せられます。

そして程なく沿線最大の街、ピンラウンに到着。この路線も、アウンバンからこの駅までの開通が1993年1月、ロイコー迄の全通が同年3月と比較的新しいのですが、街の中心部を線路は縫って入り、通り過ぎた街外れに駅が設けられています。手前にピンラウン・ゼイ(市場)という停留場があるようなのですが、こちらは確認できないまま列車は通過。街の中に停めればもっと便利なのに・・・というほどの乗客数ではないのですが、そもそも論としてね。
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ピンラウンの街の中を走る列車。この辺に停まってあげればいいのにね。

そのピンラウンでは、まさかあるとは思わなかったので到着まで気づかなかったのですが、対向の列車との交換がありました。DF2000型に牽かれた平台車2両と無蓋車、水色のカブースという編成ですが、いずれも空荷だったため、何の貨物を運ぶ列車だったのかはわかりません。砂利撒き列車とかの類でしょうか。

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ピンラウン駅で対向の貨物列車(右)と交換。何を運んでいた列車でしょうね。

こちらの駅では、ホームに1軒の弁当屋台が出ていました。時刻は15時半、さっきアウンバンで買った弁当を食べ終えたばかりでお腹はあまり空いていないのだけれど、この先21:45着予定の終点まで大きな街もなく、食べ物が手に入る保証はありません。
ここは金満日本人、札束で頬を叩くことにして、通常は鶏肉か豚肉のおかずを1つ選んで、付け合わせの野菜とご飯で1,000チャットのところ、両方乗せ!で1,500チャット、そして少し先の駅で売っていたゆで卵も合わせて、1,700チャット(150円w)の豪華な食事を堪能することにしました。

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ピンラウン駅のホームで、贅沢お弁当(笑)を調達。

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機関士や車掌も休憩中なので、駅前に出てみました。

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2018年5月 7日 (月)

カロー~アウンバン~ロイコー路線に乗る(前編)。

カロー駅に到着した列車を牽引するのは、DF1600型ディーゼル機。スイッチバックを上がってくる山岳路線なので、強力タイプのDF2000型かと思いきや、意外。
このDF1600型にはエンジンを2,000馬力型に換装したものがあるのだそうで、この1612号機もそういう個体のようです。
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アウンバン駅に到着する、シュウェニャウンからのヤンゴン行き142DN列車の雄姿。

客車はいずれも12mタイプで、Ordinary、First、Ordinary、そしてUpper、最後尾に2両の荷物車。この短いBトレイン・ショーティ車にUpperがあったとは知らなかったです。いっちょ前に1-2配置のゆったりしたリクライニング・シートが並んでおり、長時間の乗車だし、こっちの方がよかったな・・・。当方が先ほどカロー駅で「ロイコーまで」といって購入したのは、First Classのチケットでした。
なのですが、「こっちに乗りたいんだけど、追加料金幾ら?」云々と車掌に聞いてみると、なんでもこのUpper車は、次のアウンバンで切り離されてしまうのだそう。それじゃ売ってくれなかったのも仕方ないか。
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アウンバン駅で切り離されてしまった、Upper Classショーティ客車。

10:15分頃、ほぼ定刻に到着したアウンバン駅では、暫くの後、何とも複雑な入れ替え作業が始まりました。
1両目のOrdinaryと4両目のUpperを切り離し、中央部の2,3号車2両と後部の荷物車だけの短編成にするために2度ほど行ったり来たり。最初から、ターズィー出発の時点で、切り離しやすいような順序に編成組んでおけばいいのにね。

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アウンバン駅のホームには、次々に運び込まれる高原野菜が山になっていました。

その間、前方、東方からは20mフルサイズ客車を5両に荷物車を繋いだヤンゴン行きの142DN列車が到着。全長140mあまり、こちら倍の長さのある、威風堂々とした編成に見えます。本線に入ると、他の優等列車に追い抜かれるような下級列車なのに、ここでは掃き溜めに鶴(とまでは言わないか)。

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“First Class”の車内。座面にビニールのマットレス?が置かれてるのが“ファースト”たる所以。

こちらの方は定刻でも30分ほどの停車時間があるので、駅舎側に散歩に出掛け、列車の時刻表を見せて貰ったり、ホームに山のように積み上げられた野菜を眺め、この後途中で昼食を手に入れることが難しそうなのでホームでいつものお弁当を購入。
そんなこんなで列車は30分ほどの遅れでようやく出発です。
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車窓に広がる高原野菜畑。給水体制も完備されています。

駅を出てすぐシュウェニャウン方面への本線から分岐し、列車は一路南へ。Ordinary Classとは、シート座面にビニール・モケットが張られているのが大きな違いであるFirst Classの車内は、各ボックスに1~2名程度の程よい乗り。
ではあるのですが、その半数ほどはお坊さんと尼さんで、運賃がどうなっているのかはよく判りません。

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この駅は乗車客はいないようですね(インウン)。

ここからは下りていく一方かと思いきや、各駅で一人二人とこの週に3本しかない列車を待ち受けており、2時間ほど走った、毎日1往復の列車があった頃は上下列車の交換駅でもあったティージーでは、二人の子供を連れた比較的身なりの良い大荷物の家族連れがFirst Class車に乗り込んできました。駅員と車掌が「4人、いける?」「大丈夫」みたいな話をしていたので、恐らくは無札。途中の小駅にはFirst席の発券割当がないのでしょう。車掌が寛いでいたボックスを明け渡して一件落着です。
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崩れかかったホームに駅名標だけの小さな停留場ですが、アルファベット記載されてますね。かすれて読めないけど(ナンタイン)。

この沿線、車窓には信州は小海線あたりを彷彿とさせるようなキャベツなどの高原野菜の畑が広がっており、驚いたのは、プラスティック製のパイプが敷かれ、自動で給水がなされているのがあちこちに見えたこと。
この地域も、この国の例に漏れず雨季と乾季の降雨量の差は激しいため、それをカバーするためにあちこちに溜め池が掘られていたり、地面を掘ってビニールシートをかけて水が沁み込まないようにした“簡易溜め池”も沢山作られていて、その中で水浴に興じている子供たちがこちらの列車に手を振って来たりします。
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こちらでは、大荷物を抱えた家族連れなど数人が待ち受けていました(ティージー)。

ここシャン州は高原野菜で有名な地域で、日系NGOが支援している地域もあったりするのですが、これだけの設備投資をして商業作物を生産しているということはそれなりに豊かなのか、あるいは一部の大地主や農業企業が投資して大規模農業を行いながら、地元の住民は小作農にすらなれず農業労働者として労働力を提供するだけなのか、どちらなのでしょう。
というのも、この地域は、インレー湖を挟んだ反対側の、昨日訪れたタウンジー南方地域と同じ、パオ族自治区(ピンラウン町域(Township))に属しているのですが、
パオ族の中で富裕層とそれ以外との所得格差が拡大しているということなのか、ビルマ人資本がパオ族を搾取している構図なのか、気になってしまいます。少数民族=多数派から搾取されているという思い込みから来る偏見といえば偏見かもしれませんが。

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機関士さんもホームに降りて来て一休みのナウンタヤー駅。

 

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