2009年11月 1日 (日)

桧山丸、炎上!

週末、ネットを眺めていたら、大変ショックな記事を見つけてしまいました。

2009年5月30日といいますので、もう5か月も前の旧聞に属する話ではありますが、
「29日午後21:30、スラバヤ・タンジュンペラク港を出港してカリマンタン島に向かっていたKM. Mandiri Nusantara号が、30日午後15:30頃、Karamean島周辺で火災を起こし、焼け落ちた。302名の乗員乗客は通りがかった船等により無事救出されたが、5名の乗組員が犠牲になった。」とのこと。船は沈没を免れ、(スラバヤ近郊の)グレシック港に曳航された由だが、この画像を見ると、ほとんど焼け落ちていて、もう復活はありえないだろうな、という雰囲気。
 この船、当blogの読者の方ならご存知、昨年夏に会いに行った、旧青函連絡船の桧山丸。 世界でただ1隻のみ現役で生き残っていた、青函連絡船の船が Orz... (T_T)

http://polwiltabessurabaya.net/berita-215-temukan-mayat-di--km-mandiri-nusantara.html

http://www.berita86.com/2009/06/di-evakuasi-km-mandiri-nusantara-masih.html

http://www.antarajatim.com/lihat/berita/11417/evakuasi-km-mandiri

中にはどこかで見た写真を使っている奴もあるが。
http://selebzone.com/2009/05/30/penumpang-km-mandiri-nusantara-dievakuasi-ke-surabaya.html

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2009年10月25日 (日)

ホントにお宝です :頸城鉄道。

 明けて日曜朝。朝7時には館内放送でたたき起こされ、朝ご飯、の後、再度一浴び。
0847発のバスで中土駅まで戻り、最早残り少なくなったキハ52(今日は青)で糸魚川へ。沿線には多数の撮り鉄の方々と、車内には一部区間で汽車旅を楽しむバスツアーとおぼしき団体さんの姿もみられ、各ボックスともそこそこの乗り。
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今日のキハ52は"スカ色"。できればオレンジ系の2トーンがよいのだが。

 糸魚川から特急、直江津からほくほく線で大池いこいの森下車、目指したのは百間町という、昔の頸城鉄道の駅跡。今日は地元のNPO法人「くびきのお宝残す会」により、保存、レストアされてきている、貴重な軽便鉄道の年に一回の一般公開なんです。
 頸城鉄道については詳しい方々のサイトを検索していただきたいが、ここで驚きなのは、廃止後に、この鉄道の車両を個人の方が神戸の山中に自分で保管していたということ。
 これに加えて、以前ユネスコ村で使われていたコッペルも加わった。今年はDC92がレストアされて旧駅跡に敷かれた200m程の線路上を自力で客車や貨車を引いて動くように迄なった。今後はコッペルや、ホジ3ディーゼルカーのレストアにも多いに期待が高まる。
 帰りの大池いこいの森駅で北越急行の社長さんと話す機会があったのだけれど、将来的には、同駅といこいの森公園を結ぶ交通機関としたいとのこと。その含みから、この百間町駅跡のレールの再敷設に、同社の保線職員が協力しているんだとか。
Kubikip1120193
なかなか盛況なイベントでした。日本にもこういう文化が広まりつつありますね。

 帰路は直江津からは「彩」使用の臨時快速「謙信酒まつり」号で長野、「ゆけむり」とマルーンの2000系B特急で、再来週で最後の村山鉄橋経由で須坂まで往復、新幹線で帰ってきましたが、いや、なかなか濃い二日間でした。

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2009年10月24日 (土)

素敵な湯治宿で。

 明け方6時定刻に着いたの富山駅前。場所柄こんな時間から鱒の寿司を売っていたりするんで、寿司の盛り合わせ的なお弁当を朝ご飯に買い込み、「北陸」でやって来た友人Y中君と合流、0628発の富山地鉄の立山行きで本日の行動開始。ホームには未だに使われている各種の行き先ヘッドマークが並び、かなり萌えx2♪
 立山からは立山黒部アルペンルートの始まりで、ケーブルとバスを乗り継いで、標高2,450mの室堂平まで一気に駆け上がる。本日の室堂の気温、摂氏1.6℃ と、足元には氷の張る寒さ。それでもせっかく来たんで、コインロッカーに荷物を預けて散策することに。
 目指すはミクリガ池を越えて15分ほどのみくりが池温泉。昨日は夜行バスだったんでちょうどいい。600円の入浴料を払って先客が二人ほどいる浴室に入ってみると、場所柄露天風呂はないものの、窓外にはナカナカの大パノラマが広がり、体も温まって大正解でした。
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既に雪を被った北アルプスの山々が美しいミクリガ池で。

 その後は、何年ぶりかのトロリーバスやロープウェイ、ケーブルカーを乗り継いで黒部ダムへ。どの中継所でも、中国語や広東語(?)らしき外国語で溢れ、台湾や香港更には中国本土からの旅行者が多いのに驚き。韓国人旅行者を完全に凌駕している。中国からの個人旅行者への査証発給が解禁になったのも影響しているのかな。
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 扇沢から信濃大町に下り、駅近くのスーパーで今夜の宴会用の仕入れの後、南小谷から松本電鉄バスが受託している小谷村営バスで、今晩の宿、小谷温泉山田旅館へ。
この宿、今回泊まらせていただいた旧館は、1555年に発見され、なんと江戸時代に建てられ、国の有形文化財にも指定されている由の素敵な建物。勿論源泉かけ流し。土曜日の夜ということでそれなりに混んではいたものの、こちらが14人のグループで騒ぐということで、二階の一帯を貸し切り状態にしてくれ、こちらで要望したDVDも準備してくれたし、元々湯治宿ということで、持ち込みもOK。打ち合わせの段階から若い御主人夫妻には、大変親切に相談にのっていただけました。幹事役的には○二重丸です。
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この歴史を感じる趣の建物がたまりません。山田旅館本館。

 

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2009年10月23日 (金)

行こう、温泉へ。

 先週出張から帰国してからというもの、職場は幹部の交替にともなう方針変更と資料作成などでてんてこ舞い、昨日も夜中になってしまい、帰宅したのは未明の3時過ぎになってしまった。
 それでも今週末は20年来の仲間と温泉での集いの予定。3時から荷造りして、今日は出張用みたいな鞄でのご出勤。やっぱり忙しく、「一旦帰宅してシャワー浴びて…」という企みは霧散。池袋から東上線の通勤特急「tjライナー」で川越まで、既に出発してしまっている高速バスを優雅に老いかけるつもりが、この夜は「ときわ台駅で人身事故」とやらでライナーは運休、まだダイヤが乱れていて、長蛇の列の池袋から大混雑の準急で川越へ。
 ここから、新路線運転開始記念キャンペーンとやらで、富山まで1000円引きの5000円(週末価格。平日は更に安い)の日本中央バスという壮大な名前の群馬のバス会社の富山経由金沢行きの夜行バス(最近流行りのツアーバス方式のではなく、正規の路線バス)、都内を22時頃に出発するんだけど、仕事の関係でその時間に出られるか判らなかったんで、これは正解。
 そのバスは、国道17号線(下道かい!)の渋滞とやらで20分くらい遅れて来たんだけど、12時過ぎ頃にバス停で待っていると、携帯に電話で「遅れます」とな連絡が入って来た。そのあと、他の並んでる乗客の携帯に次々連絡が入ってくるという、結構親切なフォローアップ。本日の便は三列シートが満席で、明日会う予定の友人の一人が乗っている寝台特急「北陸」も満席の由で、この時期の富山・金沢は旅行シーズンなのかな。ご同慶の至りです。

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2009年10月10日 (土)

パリの朝(帰路編)。

 明けて9日朝05:50、パリ、ドゴール空港着。帰路もまた6時間待ちなので、ちょっと近郊電車の乗り歩き。
 先ずは自動券売機の使い方が解らず四苦八苦。行き先の駅名か、路線図から目的地の料金のボタンを押すという、我々の常識が通じない機械だ。といって無札で乗って検札で見つかると多額の罰金を取られるし。
 ともあれ、先ずはこれまで空港~市内間の列車から眺めて気に入りなっていたトラムを目指して、市内行きRERのB線でAulnay sous bousへ。もう7時だというのにまだ夜明け前の駅は通勤客で結構な混雑。B5線方面からの上りは、ステンレス製の旧型電車が来たりして、中々萌え萌え。
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最新型のトラムで住宅街の中を行く。

 その後は最新式のトラムで世田谷線のような町並みをBondyに向かい、なんの変哲もないNoisy le Sec駅~電鉄の駅前のカフェでクロワッサンとカフェオレの朝食をとったあと、少し古めかしいトラムでLa Coumeuve 6 Routes電停、10分ほど歩いたRERのLa Ciumeuve Aubervillers駅から空港に戻り、3時間ほどのミニ乗り歩きは恙無く無事終了。
帰路のAF272便はまた満席のA340-300。映画も前回のベナン往復と今回の往路で殆ど見たものばっかり。食事もがっかりで、その上殆ど寝られず、厳しい12時間半でした…。
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こちらのトラムは若干古め、かな。

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2009年10月 8日 (木)

あっという間でした。

 早いもんで今日は最終日。
 午前中のアポイント後は一行、セネガルやパリの事務所からの出張者も交えて総括の勉強会。一段落して後はせっかくだから経協プロジェクトでも見に行きましょうか、と何人かでランドクルーザーで近郊の小学校と港の魚市場へ。まだ夏休みが明けたばかりの小学校は閑散としていたものの、一日の漁を終えた漁船が続々と戻って来る漁港は、沢山の魚が水揚げされ、大勢の仲買人が声を張り上げ、とても活気のある姿を垣間見る事が出来ました。
 因みに、当地の数少ないお土産品の一つにカラスミがあるのだそうですよ。
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夕方の海岸で。 戻ってくる漁船に群がる仲買人みたいな人々。

 最後は、市内のホテルのレストランで軽く食事してから8時過ぎに空港へ。また満席はいいとして(毎日こんなに混んでるんだから、大型機にすればいいのに・・・)、冷房装置のない待合室は、夜でも結構辛いです。せっかく出発前にシャワーしてきたのに。
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日本の援助でできた小学校の庭で。頑張って勉強しろヨ。

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2009年10月 7日 (水)

ここで暮らしていくのは大変そうです。。

 2日・3日目は炎天下、事務所候補の不動産物件廻り、それから市内のスーパーで商品な品揃えや価格調査、中古車屋さん、駐在員の住居用アパート等の調査。

 率直な印象、かつて在勤したナイジェリアの首都アブジャに比べても暑さや物資調達等相当に厳しい印象。在留邦人もJICA事務所もなく、時折援助プロジェクト関係者が滞在する程度で、ほぼ皆無だとか。
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お昼御飯はこんな感じのプラ(定食)。2種類の肉、サラダ、芋、卵など。

 ただそれでも、後で会ったEU代表部の臨時代理大使によれば、治安面の懸念が少なく、風土病が無い点、魚が幾らでも手に入ることなど、偶々この週末に出かける予定の、アブジャよりは当地の方が全然よいとのこと。仏語ネイティブの人だった事もあるだろうけど。
 いずれにしても、お疲れ様です…。
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EUの事務所では子猿が放し飼いに。安らぎを与えてくれるそうで。

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2009年10月 4日 (日)

パリの休日。

 朝4時、ほぼ定刻にパリ・ドゴール空港に到着。殆どの人が薄手のコート等着ている中、こちらはアフリカ仕様。寒い。(>_<)

 あまりにも早過ぎるので、空港隣接のIBISホテルの時間借り、シャワーの後、パリは初めてだという同行者と一日乗車券を買って近郊電車と地下鉄を乗り継いで、先ずはルーブル美術館へ。なんでも今日は月に一度の無料日だそうで、結構な混雑。
 それでも、有名なミロのビーナスやモナリザ(を眺める人の山)を眺めて、続いてはシャンゼリゼ通りで朝食。凱旋門、エッフェル塔、ノートルダム聖堂を眺め、再び電車で空港へ。
 こんな事が出来るのも、約12時間待ちという接続の悪さのなせる業。同一社便なんだし、ハブ空港らしくもう少し考えて欲しいもんだ。
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地下鉄から眺めるセーヌ川とエッフェル塔。

 乗り継いだAF764便ヌアクショット行きは、アフリカ大陸まで5時間半かけて飛んでいく便なのに、小型のA319、但しERって書いてあるから長距離仕様なのかな。機体の半分、翼の後ろまで7列28席のビジネスクラス「AFFAIRES」が占めており、57席しかないエコノミー「VOYAGEUR」はほぼ満席。運よく落花生。の隣だけが空席で、前後間隔も成田便よりも広い感じ。シートTVこそないものの、まずまず快適なフライトは、夜19:40、無事に小さなヌアクショット空港到着。同僚に迎えられ、ホテルのミニバンで市内のホテル・アルハイマ着。ああ遠かった…
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AF764便の機内食。まあこんなものでしょうか。

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2009年10月 3日 (土)

また出張です。

 さて今日は土曜日だというのに、今晩から出張なので若干の緊張。昨日は上司からは「五回目の夏休みだね」等と軽口を叩かれた。
 今回の目的地は、今年2回目の西アフリカはモーリタニア。出発は例によって夜21:55発のAF277便。早朝04:15に到着するパリ事務所側では、(出迎えが面倒な)「おはよう便」などと呼ばれてるらしい。普段ならば仕事が終わってから出発の、労働者殺しのフライトで、しかもB777のクセに343の横10人掛け。国内線じゃないんだから。しかも前後間隔も狭いし、AFが如何に日本人客を軽く見てるかがよく判る。

 ともあれ、昼過ぎから近所のスーパーで現地の同僚への手土産を買い出し、せめてもの抵抗(?)で、成田へのアクセスは、特急券分を自腹で払って、つい一昨日から運転開始したばかりの新型N'EX259系を利用。
 さあ、では行ってきますかね。
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2009年9月17日 (木)

シルバーウィークって呼ぶのかな。

 さて、世の中ではシルバーウィークとかプラチナウィークとか呼ばれてる秋の五連休、合間の木金を休めば9連休になるんだけど、ここは休みを早くかつ確実にするためにも、そこは仕事の代行者となる上司と部下に譲り、直前の木金2日を休んで7連休として、JALの特典券を抑えておいた。
 といっても、動き出したのがちょっと遅れて夏休み前だったので、とれたのは早朝06:15羽田発、関空乗換という、中野から始発のリムジンバスでは間に合わないという不便なフライトになってしまった。

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久々のB757。すぐ後ろの席でカード賭博を始めやがってウルサイ!

 まあ楽しいお出かけ日にはその辺は苦にならない訳で、中野駅朝04:40発の電車で品川乗換、羽田では全然進まない国際線乗継専用チェックインカウンターにいらつきながらも、国際線仕様のB737で関空経由、午後13:15には無事に広州着。
 中途半端に4時間ほど待って再度の乗り継ぎは17:50発の南方航空CZ3207便は、久々のB757。日本ではまず見かけない機体で、こんなのアフリカ在勤時代のエチオピア航空以来じゃないかな。

 本日の目的地、青海省の西寧まではおよそ3時間のロングフライトということもあり、最近の中国国内線では珍しくしっかりとした食事が出た。しかも牛肉と鶏肉からの選択つき。
 西寧駅前の東升賓館泊(100元)。
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2種類から選択できる、今時のドメスでは立派な食事。

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2009年8月 8日 (土)

楽しい時間は矢の如し。

今日はもう帰る日。早いなぁ。
お昼のフライトまで少し時間があるので、タクシーでトランスジャカルタのバスを乗り継いでガンビル駅に向かい、駅の本屋でマジャラKAをバックナンバーも含めてまとめ買いしたあと、DAMRIのバスで空港に向かい、日程終了。1235発のTG  でバンコクに向かい、翌朝の事を考え空港に近いスクムビット通りの東外れに宿を決めた。
晩御飯は、当てにしていた、一緒に食べる予定にしていた友人がダメになったので、ガイドブックも何も持っておらず、仕方ないので東京の元在勤の後輩にメール、屋台街を教えて貰ってシンハーで一人乾杯して無事に満足。後はチャオプラヤー川を渡るBTSの延長区間に初乗りして来ることも出来ました。
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ビア・シンで最後の乾杯。

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2009年8月 6日 (木)

今年は宜しくないみたいです。。。

明けて木曜日。昨晩は適当な街で泊まれそうなホテルがあれば泊まってしまおう、って言ってたのに、運転手アグス君頑張ってしまい、結局道路脇のサービスエリアみたいなところで仮眠、途中パンク修理で時間をロスしたりしつつも、10時過ぎには無事に本日の宿営地シトゥボンド着。市内中心部バスターミナル脇のホテル・ラマヤナ(150,000Rp)を見てみるもイマイチで、結局前回と同じホテル・ロサリ(250,000Rp)に落ち着き、暫くお昼寝タイムとする。
 13時頃に再度起きだし、市内のCFC(チキン系ファーストフード)でアヤム(チキン)バーガーを調達、クルマの中でかじりながら、東のアセンバグスを目指す。 途中の道沿いではPG.パンジー(Pandjie)の専用線のサトウキビ列車(残念ながらディーゼル)や水牛列車を眺め、40分ほどで街の東側にあるPG.Asembagus着。一人で工場のアドミのオフィスに向かい、最近異動してきたばかりという担当者と交渉、昨年と同じ50000Rpを支払い、無事に入構が許可される。
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今日のPG.Asembagusは、DLだけの運行・・・

 が、構内をグルッと廻って機関庫の方に行ってみると、10号、11号の2台の蒸機はいずれも庫内で火を落としているではないか。動いてるのは3台のオレンジ色のDLだけだ。運転責任者を捕まえて聞いてみると、最近燃料の薪が高騰し、手に入らないため仕方なくDLを使ってるのだとか。去年は蒸機が故障で今年はこれか…。トコトンついてないなぁ。
仕方ないので工場から南下してフィールドに出て、ローリーの所在と運行区間を地図と照らし合わせながら確認し、こちらはおしまい。

 そのままシトゥボンドに戻ると丁度いい具合に夕暮れ時。ロコがPGに戻る頃合いなので、去年とってもよかったPG.Oleanのフィールドにクルマを走らせると、今日は去年の訪問時には入ってなかった一番海沿いの区間までロコとローリーが入っているという。喜び勇んでクルマを止めて畦道を歩いていくと…
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PG.Oleanのフィールドも今日はDL運行。せっかくの夕陽なのに・・・

 現れたのは、こちらも水色のDL。ショックでかーい!涙。 明日に一縷の望みを託しつつ、話を聞くために工場のアドミに向かうと、こちらは午後2時には閉めたので、明日また朝7時に来いとのこと。優雅な商売だねぇ…。
 夜は市内のちょっとだけ中華っぽい食堂。ホテルが紹介してくれた、確実にビールの飲めるレストラン二軒のうちの一軒゛マラン″。 さあ明日の最終日。動いてる蒸機に出会えるのだろうか…

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2009年8月 5日 (水)

さあサトウキビ畑へ。

 今朝は早起き。5時から開けてるホテルのレストランで朝食後、ホテルの送迎車でポロニア空港に向かい、フライトは朝6時半発のライオンエアーJT381便。ジャカルタで乗り換えて、ジャワ島中部のスマランに飛ぶ。
 噂では遅れや欠航が多いということなので心配したが、朝一のこの新型B737-900ER機のフライトは、定刻10分ほどの遅れで無事に離陸。すっかり眠ってしまいジャカルタ迄の2時間余りは一瞬だったけど、所謂LCCなので機内サービスは有料、逃したけど別に悔しくはない(?)。
 ジャカルタでは全く並ばない黒山の人だかりを掻き分け無事に接続便の搭乗券を貰い、今度は古いB737-300でスマランへ。さあ、これからが本番だ。

 空港に出迎えてくれたのは、2年振りの運転手アグス君。旅行会社の人が気を遣って同じ運転手さんをあてがってくれたらしい。こちらの趣味関心を理解してくれてるから、当方としても有り難い。早速市街地を抜け、西のブマラン(Pemalang)方面へ。
 最初の目的地は、PG スンブルハルジョ(Sumber Harjo)。この辺りの砂糖工場では唯一蒸機がフィールドに出るところ…なんだけど、前回はお昼寝の時間帯に当たってしまい、工場内でしか見られなかった、リベンジPGだ。
 さぁ今回はどうだ!っと意気込むや携帯が鳴った。職場の上司からで、「悪いんだけど、月末にまた出張に行って貰うけど、大丈夫だよね?」って、私に拒否権ないのわかってて言うんだもんなぁ……。
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今回最初の1台はSumber Harjo6号機。

 が、電話を切るやいなや、目の前に突然緑色に塗られた蒸機…言葉的にはもっと軽いな。ロコ・ウアプ(Loko Uap)といいます、インドネシア語では。前回来た時には廃線だと思っていたこの工場北側の区間が今回生きていたとは嬉しい誤算。ducroo & brauns(D&B)製の銘板(1923年製の由)をつけたこの6号機、ボイラーの上に大きな重油タンクをつけた辺りがスラギのカマに似てるような気がする(あちらは800mm、こっちは700mmゲージだから移籍してきたわけではないのだけれど)。数両の空のローリーを従えるが、機関士によれば、工場に帰るのは夕方18時過ぎとのこと。近くには、畑の方に向かうヘロヘロ線が伸びており、この″支線゛をつかってフィールドからサトウキビを運んで来るんだな。
 安心して工場へと足を進め、先ずはアドミで入構許可の取り付けと支払い、そして車庫に向かい、本日の蒸機の運用を教えて貰う。
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入替作業中の11号機の前で、小ヤギさん。

 今日は先程の北方面7号機の他、西方面の畑にはDLとSLが一両ずつ出ており、更に西の出口でも一両、1924年D&B製の11号機が入換作業に従事中。良い良い、今日は豊作だ。そして今度は西へ向かい、工場南西側のフィールドの未舗装道路へとクルマを乗り入れて暫く走ると、今日の3台目、ほぼ同型の10号機が畑の真ん中でローリーの到着を待ちかねている。
 傍らには日陰で休み餌を食べる水牛が数頭と畑の中に伸びるヘロヘロ線。この線路は人力で簡単に付け替えが出来るようになっている。収穫に使うのだから、次々と線路を動かしていかなければならないんだもんね。
 というわけで餌をあげたりしつつ待つうちに、水牛さん達の活動開始。2頭ずつペアになって線路沿いに畑の中に入っていき、待つこと暫し、現れました。2頭ずつがそれぞれ4両ほどのサトウキビを満載したローリーを引き、ゆっくりゆっくりと。。。
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2馬力ならぬ2牛力でサトウキビを本線に運び込む。

 やがて陽も暮れたので、本日の作業は終了。あとは夕食を取り、行けるところまでひたすら東に向かって走るのみ。
 

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2009年8月 4日 (火)

良い任地ですね。

 トバ湖の朝。澄んだ空気が気持ちのよい、いかにも高原のリゾート風。
よくみればこのコテージにも船着き場の脇にちょっとした庭があり、日光浴したり出来るようになってる。一人で来るところじゃないな(苦笑)
 さて、朝食を食べ、約束の8時になっても、ここの従業員で小遣い稼ぎのアルバイトで2カ所のスポット巡りを昨晩チェックインの際に提案してきたハナちゃん(自称)は現れず、暫くして代役という青年がバイクで現れた。英語力は二人ともまあどっこいか。
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アンバリータの伝統家屋+石造りの会議場にて。

 このトバ湖に浮かぶサモシール島周辺には、今いるトゥトゥクから反対側、本土と繋がっている側のパングルーランという街の近くに温泉が湧いているということで、日本人的にはこれを目指したいのだけれど、今夕にはメダン在住の元の仕事仲間S本さんと晩御飯の約束があるので、7時前にはメダンにつかなきゃならないんで時間的に無理、もう一つ考えていた、シアンタール迄バスで行ってそこから列車というのも、昨晩の駅チェックで無理なことが判明してしまった。
 仕方がない。一番安易だが、船でパラパットに戻って、トラフェルでメダンに直行することにするか。というわけで、午前中はこの代理青年君のバイクで、島内トゥトゥク近くの観光地トモック(Tomok)とアンバリータ(Ambarita)を廻ってもらい、宿に戻るとまだ10時半過ぎ。聞くと10時半の船が丁度着くところだというので、慌ててチェックアウトして宿の敷地外れの船着き場に向かい、正に欧米人パッカーが乗り込もうとしている船に滑り込みセーフ。よしよし、いいぞ。
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静かなトバ湖上からサモシール島を望む。

 他の宿の船着き場にも寄りながら、結局フェリーと同じくらいの時間が掛かってパラパット着、ウザい客引きは無視してトラフェルの代理店のあるホテルに出向くと、メダン行き12時の便はもう満席で13時発になる由。一番前(助手席)に座れるというのでOKし、待ち時間はお昼ご飯タイムに充て、10分前頃にホテルまで迎えがやって来た。こうやって迎えに来てくれ、行き先でも自宅やホテルまで連れてってくれるから、横着者にはホントに便利だね。日本にも昔成田空港から相乗りタクシーってあったし、田舎の白ナンバーばすなんか近いものがあるけど、もっとこういうもの、広がらないものかなぁ。

 三列目のシート迄イギリス人バックパッカー二人娘など、運転手を入れて八人フル乗車のイノーバは、メダンにむけて快走、途中例のシアンタールで二人下車、一人新規乗車のため街中をグルグル廻って30分ほどロスしたものの、それでも5時間ほどでメダン市内に入ってきた。(助手席なんで)運ちゃんとは片言の会話を時々していたんだけど、「後ろの外国人女性に、何処まで行きたいのか聞いてくれないか」と言い出した。こんな観光地で、乗り場の職員は英語を話したけど、運ちゃんはダメか。他の客を見渡すと、オバチャンも、シアンタールから乗ってきた(会話から)学生風の兄ちゃんまで、皆ダメかい。
 仕方ないので、替わりに聞いて、「ポロニア空港まで」という答に、ターミナル前まで入るには駐車料金3000Rp(30円)かかるんで出して貰うがよいか、いや必要ないお金は払いたくないから入口のゲートで下ろしてくれ、いやそこは駐停車禁止だ、等というやり取りの意志疎通をお手伝いする羽目に。
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トバ湖からメダンへ、トラフェルで快適移動。

 おぉ待てよこれは、「イタリア人に英語から日本語への通訳をさせとくなんてどういうことですか」、って 種村直樹作品『シベリア鉄道気まぐれ列車』のイルクーツクのくだりの逆バージョンじゃないか、等とニヤニヤして悦に入ってみた。

 今日の晩御飯は、市内の海鮮系中華料理屋のJumboというお店。もうすぐ離任する友人とその後任者と、海老蟹・魚の蒸し焼き等を肴に痛飲しましたとさ。イイですねえ、この任地での2年あまりの生活はとても楽しかったようで、なによりです。

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2009年8月 3日 (月)

高原のリゾートへ。

 今日は午前中はフライトの都合で休養日。のんびり朝食をとったあと、11時頃にホテルの無料サービスで空港へ。タクシーで行くと10万Rpはする遠距離にあり、無料空港送迎つきなら大分お得感高い。
 パダンから次の目的地メダン迄は、13:10発のスリウィジャヤ航空SJ020便。ほぼ定刻に現れた機体は、(インドネシアでも最早滅多にないぞ)B737-200。機内も相当くたびれてましたが、1時間程で無事パダン着。空港の観光案内所の英語を話すおばちゃんに聞いてみると、隣のWARTEL(要は電話屋さん。似たような存在の新顔でWARNET(ネット屋)というのもあります。)から2、3の旅行会社に電話してくれた上、今日はもうトバ湖行きのトラフェルはない、と結論。
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スリウィジャヤ航空のB737-200。流石に古さが目立つ。

 ガイドブックやネット情報から想定の範囲内なので、ここは借上車を利用。贅沢になったもんだね、私も。空港リムジンは120万Rpとお話にならないのでおばちゃんに紹介して貰った55万Rpで手を打つ。いそいそとおばちゃんは店じまいをしてクルマに乗り込んで自宅近くまで送らされた辺りは、計画的犯行と思われる。
まあともあれ、スズキのAPVは如何にも箱バン的な乗り心地ながら、時折100Km/hを超えながら椰子のプランテーションの中を快走、3時間半ほどでシアンタールに到着。この街まではメダンから鉄道があるので帰りに乗って見ようかとシアンタール駅まで行ってみると、既に駅は閉まっていたが、隣の貨物扱い事務所で話を伺うことが出来、列車は朝7時発のメダン行きと、夕方17時メダン発シアンタール行きの一往復だけで、あてにしていたメダン朝発、シアンタール午後発は廃止されたそう。あーらら。それじゃあ仕方がないなぁ・・・
 ついでに市内のパダン料理屋で夕食をとり、最後ひと頑張りして、トバ湖畔の街パラパット(Prapat)に着いたのは陽もトップリと暮れた20時半過ぎ。サモシール島のホテルの船着場を廻る連絡船は終わっちゃったけど、Prapatの町外れアジバタ(Ajibata)から島のトモク(Tomok)行きのフェリーの最終は21時発、まだある(4,000Rp)。
 ちょっと遅れて出発したフェリーでは何人かに声をかけられたが、最後の一人がゲストハウスのオーナーだとかで、目の前のメダンでの買い出し荷物でいっぱいのキジャンで送ってやるよ、だそうで。これは渡りに船、の上のクルマ。いざトモク港に着いてみると、周りにはホテルはおろか、バス、オジェックもいない。途方に暮れてたかもしれないな。その、サモシール・コテージ、18万 でホットシャワー付。十分清潔。
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夕食はパダン料理。向かいのオッちゃんは運転手。

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2009年8月 2日 (日)

スマトラに煙再び!

 明けて日曜日。金曜に仕事終わってから関空深夜便なんて強行日程をとったのは、この日曜朝にパダンパンジャンからの観光列車に乗りたかったから、なのです。

 この区間、ホンの数年前に当地を訪問した際に、休業中、しかし復活予定のラックレール区間ということだったんで、気にしてはいたんだけど、春に復活の報を耳にして、多いに期待してたところでした。が、いろいろネット情報を調べてみたり、見つけた当局のサイトからメールでやりとりしたりするうちに、若干残念なことも判明してきつつありました。
 復活した区間のうち、観光列車が走るのは、山の上、シンカラク(Singkarak)湖沿いのパダンパンジャン(Padangpanjang)~サワルント(Sawahlunto)間約80Kmのみで、一番楽しみにしていたカユタナム(KayuTanam)~パダンパンジャン間のラックレール区間は、復活イベントの日に一回走っただけということ、またジャワ島のアンバラワ鉄道博物館からわざわざ運んで来たSLに至っては、終点サワルント~ムアラカラバン(MuaraKalaban)迄の僅か4.1Kmだけらしいということ。
 そんな観光客向けの復活商業SLなんか、本来落花生。の所掌範囲外なんだけれど、まあここはインドネシアの田舎の街興しに協力するか、また、昨年来色々情報交換して貰っている欧米鉄の人からも情報教えて欲しいって言われてたし。

 というわけで、朝7時半頃パダンパンジャン駅に行ってみると、お馴染みのラックレール用歯車付きのBB204型DLに引かれた3両の派手な広告つきの客車と何故か一番後ろには石炭車が1両。客車は1958年日本車輌製との銘板のついた年代物を更新した風。機関車次位がエアコン車で、朝は涼しいから別に普通車でもいいんだけど、この車輌だけ木製の内装、ソファーが並び、展望車になってるので、往復のみ100,000Rpと結構な額を払ってこちらにする。相客は、帰省中の娘夫婦と祖父母といった感じの親戚連れ。
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派手な塗装の客車を連ねた“Singkarak”観光列車。

 発車後間もなくしてシンカラク湖畔を右に望み、途中はソロク(Solok)一駅のみ停車で、ここからも数人の乗客あり。この駅を出て北東方向に向きを変えた列車は一転して山中を走る。ムアラカラバンから東方面への廃線を分け、急勾配を登りきったサミットのトンネルを抜け、やっと少し下り出した所で終点のサワルントに11時半過ぎ着。まだ操業している鉱山街で(つい先日も爆発事故があった)、今でも最初にこの鉱山を開発したオランダ時代の古い建物が使われてたり、待ち時間に坑道の中を見学したり(7,000Rp)も出来る。

 で、今日のお目当てのSL…、Mak Itam(黒いおばあちゃん、のこの辺の訛りだそうです)ことE10 60号機の引く列車は12時発。こちらは往復で50,000Rpだから益々いい商売か?  それでも、わざわざ遠く中部ジャワ・アンバラワの地から里帰りさせて復活運行にこぎつけたPT.KERETA APIや州政府当局など、関係者の努力には敬意を表したいところ。たまたま同乗していたANTVのインタビューをうけたんで、そう応えときました。ラックレール区間の復活も宜しく、と。
 で、肝心のSL列車ですが、一両だけの客車を引いて往路は順向き、だけど登りは街を出てトンネル迄のホンの僅かな区間、帰路は登りが結構続くもののタンクフォワード(逆向き)で、森に囲まれてるためにあまり撮影向きではない感じ。あ、この区間のチャーターランは、往復で1,500 万Rpだそうです。結構いい値段とるのね。
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お目当ての復活SL、E10-60号機“Mak Itam”

 帰りは折り返し2時半発の観光列車でソロクまで下り、そこからはトラフェルでパダンまでは1時間半ほど。夕食は海岸通りの海鮮料理店「ヌラヤン」は前回も入った店だった。魚を一匹焼いて貰い、蟹スープとナシゴレン、ビールも飲んだら1,600円ほどになった。一人で贅沢な夕食 (^-^)。

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2009年8月 1日 (土)

先ずはアプローチ。

 バンコクには定刻より30分以上も早い3時45分着。あてにしていたラウンジも5時15分から、ということで、暫く退屈凌ぎに持ってきた文庫本読みながら過ごし、オープンを待ち兼ねて☆G特権のラウンジで機内に続いて二回目の朝ごはん。
 TG 433便ジャカルタ行き、今度はエアバスA330-300に変わった機内では、三回目の朝ごはんを食べて一眠りするうちに一瞬で到着。アライバルビザのカウンターも空いてたし、☆Gの優先タグのおかげで荷物もあっさり出て来た。旅行会社の人に出迎えて貰い、頼んでいた国内線のチケットを受け取り、そのままクルマで最近出来たばかりの第三ターミナルへ送って貰うと(ジャカルタ空港は、このターミナル間の移動が不便)、案ずるまでもなく、乗り継ぎ予定のパダン経由メダン行きのマンダラ航空RI088便は2時間遅れ。おかげでゆっくり新ターミナルを観察する予定が有りました。
 で、遅れたお詫びに食事が出された(焼いた鶏肉と甘辛く揚げたテンペにご飯と結構ボリュームはあったのだけれど、何故か最後足りなくて貰えない人がいたのはご愛敬。チェックインした乗客の数くらい判りそうなもんだけどね)。
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前回B737-200だったマンダラ航空も今は新しいA320。

 フライト自体はあっさり。2回目となる、もう夕方間近のパダン・ミナンカバウ空港から、今日は山の上のパダンパンジャン迄行っておきたい。定刻着だったら市内に出て路線バスで行くところだが、両替してるうちに客引きに声をかけられた。この辺随一の観光地であるブキッティンギ迄、帰るクルマだから20万ルピア(この日のレートで2000円弱)でどうか、と。市内までメータータクシーで大体10万Rpだから、悪くない。手前のパダンパンジャン迄だから15万でいいか?と聞くと、ちょっと考えてOK。
 そりゃあ空で帰るより良いだろう。最初はトヨタのAvanza、途中でキジャンに乗り換えさせられ、2時間程で無事にパダンパンジャン到着。観光地でもないのであまり綺麗なホテルはなかったけど、一応ホットシャワーつき(高地なんでエアコンは無し)の宿にチェックインして夕食に街に出ると、イスラムの強い地域らしく、幾つかしかないレストランはいずれもビール無し。せっかくの旅行初日だというのに…

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2009年7月31日 (金)

さぁー夏休み。

さぁ今晩から楽しい夏休み。
 アフリカから帰国後、自宅には四泊だけで、なんて慌ただしい。あんな時期に出張入れたくなかったんだけど、それは仕事だから仕方がない。でも心配された体調不良もおこらず(去年はブルキナファソ帰国後に高熱出して大騒ぎした)、無事に出発できて、まあ何よりでした。20時には職場を出て、駅のコインロッカーから荷物をピックアップ、東銀座から京急直通の急行で羽田の第2ターミナルへ。
 出発は関空行きのスターフライヤー 運行のNH3829便。勿論全日空の共同運行便で、株主優待で半額。関空では結構な列を差し置いて優先チェックイン+まだ開いてたTGのラウンジ利用と、☆Gの特権を大活用。

ということで、行ってきます。今回はTGのサイトで予約した、KIX-BKK-CGK-BKK-NRTという変則往復で44000円+今時、燃油税。夏休みシーズン前にしては結構安いでしょ?

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2009年7月24日 (金)

また来ることあるかな?

というわけで、1週間の日程はあっという間に最終日。
 毎日炎天下で物件を見て回ったりしてたら、事務職らしからぬ日焼けして見ちゃったりしてるみたいだ。それでも概ね方向性と次に繋げるだけの仕事は出来たようで、何より。今日は夕方の出発まで少し時間があるので、午後は経協サイトを2つほど訪問。
 コトヌー港では水産無償で作られた魚市場と、そこで働く女性のための託児所(こっちは草の根無償って奴)。夕方だというのに結構な人出で、元気なおばちゃん達から魚を売り込まれる。
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魚市場で魚売りのおばちゃんを冷やかす落花生。

 もう一つは、一般無償で作られている、即ち日本の某T田建設さんが建設中の母子病院。いずれも最近選挙前のメディアで批判されて久しい“箱モノ”ではあるんだけど、前者の魚市場と託児所は夕方でも盛況だったし、JICA専門家も活動しているこの病院には、現地人の方々だけじゃなくて、まともな医療施設がなく、いざという時には欧州へ緊急輸送しなければならないという健康面でのリスクを抱えながら仕事をしている在留外国人の方々からも寄せられる期待は極めて大きい。経協の世界でも、箱モノよりもソフト支援、財政支援やガバナンス強化が主流だと叫ばれて久しいけれど(中国みたいに立派な政府庁舎を建てるという援助のやり方がイイとは思わないけど)、箱モノ支援だってまだまだ時と場合によっては捨てたもんじゃないと思うよ。
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我が国の援助で建設中の母子病院。
横の旧病棟には、入りきれない患者が溢れている。

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2009年7月22日 (水)

3回目のコトヌーで。

コトヌー2日目、3日目。
 かつてナイジェリア在勤時代に2度ほど来たことのある街なので、勝手知ったる、とまでは言わないものの、あちこちで見かけた覚えのある風景、食事をしたことのあるレストランなど、懐かしい風景の中でお仕事。
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街の東西を結ぶ橋の上は朝夕は大混雑。

 そう、今回は旅行じゃなくて出張でした。事務所を開くための準備ですから、政府、在留外国人(外交団)や在留邦人(JICAやODA関係の建設会社、研究者など)の方々とお会いして話を聞いたり、炎天下、事務所候補物件を見て回ったり。
 実際、この人口800万人の小さな国の首都(は正式にはポルト・ノボ市)ではないけど表玄関のコトヌー、クルマで走るとあっという間に街外れまで行ってしまう。そんなに娯楽もないんだろうし、外国人が生活していくのは大変だと思います。ホテルは高い、家賃も高い、スーパーは一軒出来たけど輸入品は高い。レストランに行けばすぐに20ドル位はしてしまう(それでもアブジャに比べたら随分食生活は豊かな印象ですが)。そういった同僚達の仕事や生活が少しでも順調に出来るように、バックアップするのが落花生。達の今の仕事です。
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街の中のモニュメントもアフリカっぽいですね。

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2009年7月20日 (月)

1年ぶりのアフリカ。

パリ着朝の4時半。さっさと入国して、空港内のシャトル電車で2駅乗って、第1ターミナルの前にあるIbisホテルにチェックイン。殆ど9時間もあるので、部屋を取って一眠りすることにした。まあ、機内でも映画2本見て食事して一眠りしたら、もうスカンジナビアあたり飛んでたんで、結構眠れた方ではあったんだけれど。しかしパリのホテルって高いですね。このIbis、朝食無しで89ユーロもするんだけれど、こんなのインドネシアだったら40ドルだよ。

で、お昼前にチェックアウトし、再度の第2ターミナルから乗り込んだのはAF814便コトヌー行き、さっきの3-4-3配置のB777から今度はエアバスA340-300。今度も食事して一眠りしたらもうサハラを渡りきっていて、時間は殆ど感じませんでした。

ところが、エコノミーの前から3番目に座っていたので、結構早めに入国審査もクリアしたんだけど、荷物がなかなか出てこない。結局殆ど最後の方になってしまい、迎えのプラドでホテル、こちらもIbisにチェックインすると、もうジョインする筈だった夕食から1日先発していた同僚が戻ってくるタイミングになってしまっていた。

あぁ疲れた。明日からはお仕事。部屋は無線LANでネットに繋げることを確認し、早寝にします。
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AF814便、パリ(CDG)→コトヌー(COO)間の機内食。
ボソボソしてて美味しくない。パリ調整なのに。

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2009年7月19日 (日)

さぁ、また出張だ。

世の中は海の日三連休。小中学校は夏休みに入り、昨日から交通機関は大混雑だそうで。
で、落花生。も今日から旅立ちです。今晩21:55発のエールフランス。そんなところに出掛ける柄じゃないだろって?ハイそうです。出張ですから。

去年も今頃、西アフリカのブルキナファソに出張に行ってましたが、今年はやっぱり西アフリカのベナン共和国という国に行きます。ベナンといえば、「ここが変だよ日本人」等で有名になったゾマホン・ルフィンの母国で、かつて住んでたことのあるナイジェリアの隣国なのですが、今年は当社はこのベナンの首都コトヌーに事務所を開けるのだそうで、その事前調査ミッションというお仕事なんです。

成田からパリまで12時間、で8時間待って乗り換えてまた6時間くらいか。コトヌーに着くのは月曜の夜。この腰痛でシンドイ中、例の咳も治まってないし、結構気が重いのですが、仕事だから仕方がないか。行って参ります。まぁ、ナイジェリア在勤時代に2回ほど行ったことのある街なので、ある程度感覚がわかるのが救いでしょうか。

でわまた (^-^)/~~

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2009年6月21日 (日)

色々満足でした。

で、明けて日曜日。
全国でも少なくなった(というか、他にもあるのかな?)ブルートレイン車両利用の宿泊施設、しかも20系(以前「さんべ」に使われていた、12系と併結可能なように改造された2000番台)ということで、寝台は52cmの三段寝台。その昔、もはや最末期の臨時「あさかぜ」や急行「銀河」、そして「エキスポドリーム」なんかで数回乗ったことあったっけ。
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外装は大分くたびれてますが、20系です。優雅ですね。

 一時は北海道の新得、小岩井農場など全国にあちこちあったブルートレイン車両と生体保存のSLを組み合わせた「SLホテル」の類も、車体の老朽化などもあり、次第に減少していたのだそう。今日の寝台車も、ホテルとして使用するためにエアコンの設置や間仕切りの改装(2区画をぶち抜いて家族部屋風に仕立てている等)をしているとはいえ、外装には錆が浮くなど、結構あちこち痛んで、噂に聞く限り、もうそろそろ限界ではないかという話もあるそうで。もうこんなの泊まる機会もそうそうないんだろうな。

 というわけで、名残を惜しみつつ、帰路は関の宿場町を一回りした後、再度亀山から東名阪道、行きとは気分を変えるべく中央道経由、駒ヶ岳SAで名物のソースカツ丼など食べながらも、夕方の渋滞をギリギリ直前くらいで回避して無事に帰ってきました。例の(これがただしい施策かどうかは議論がありますが)1,000円高速の恩恵で、行きは高速代1,600円とガソリン代併せ6,000円(4人で割って1,500円)。帰路は3人だったので多少割り勘が高くついたものの、格安高速バスなんか目じゃないくらい安くあがってしまいました。だって普段だったら高速料金だけで8,000円以上かかるわけで。
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朝の関宿(せきじゅく)の街並みで。

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2009年6月20日 (土)

20系寝台52cm再び!

 今日は久々の遠出。四半世紀近いつき合いの旅行好きな仲間のサークルの年に一度の一泊会ということで、窓の(仮)修理から上がったばかりのクルマをピックアップし、10時半に溝の口駅で3人をピックアップ、川崎ICから東名に乗って目指すは三重県の関という宿場町。
 川崎から海老名あたりまでは例によって渋滞するも、あとは順調。富士川SAでは富士宮焼きそばでお昼、途中後席の二人に携帯国盗りゲームなるものを説明して貰いながら(絶対に嵌るから、やらないけど)、まだ新しい伊勢湾岸道を快走、無事に夕方17時には今宵の宿舎、関の外れの国民宿舎関ロッジに到着。夜の宴会(コンパニオン無し)と相成りました。
 普段は温泉大好きなこの面子が、今日は温泉でもなんでもないこの宿舎を一泊会の舞台に選んだのは、他でもありません。就寝スペースがこれ↓だからです♪
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この狭い3段寝台で、嬉しそうな面々。

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2009年4月22日 (水)

軍艦島が上陸可能に。

1年半ほど前の夏、長崎に行った時NPO法人の主催する日帰りツアーに参加して有名な軍艦島に行った話を書きましたが、どうやらその時に話を伺った、軍艦島への上陸が可能になったみたいです。昔は炭鉱で栄え、今は無人島になっていて、世界遺産登録を目指す動きもあるというこの島について落花生。が多くを語るまでもないので、詳しい方のサイトを覗いていただきたいのですが、廃線跡巡りなど近代化遺産の類には大いに萌え萌えな落花生。。

ところが、大手旅行会社と組んで売り出しているこの島を訪問するツアー、GW中は既に全コース満席とまずまず順調な滑り出しのようですが、結構なお値段なだけではなく、島の中で歩き回れるのは島の周囲1,200mのうち僅か220mの遊歩道通路の上のみで、“安全上”の理由から当然ビルの中には入れず、また、「軍艦島上陸に関しては、自然条件・安全基準がそろわないと上陸が出来ません。安全基準をクリアする日数が年100日と想定されています」ということで、いざ楽しみに行ってみたら天気が悪くて島には上陸できず、風が強くて船が出ない場合には、陸から軍艦島を眺めるだけなんて日もあるようで。それで10,000円以上は・・・ ほらぁ、また日本のお役所の事なかれ主義的というか、悪い癖が出てる。まあ、なんか起きたらここぞとばかりに役所叩きに走るマスコミ側もどうかと思うし、どっちもどっちなんだけど。

ちなみに、歩き回れる範囲は、徐々に遊歩道も広がっていくようなので、そのうちまた行ってみたいですね。

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2009年3月22日 (日)

そういえば去年は、

瀋陽01:33発の快速N106次は例によって緑皮車。今回はなぜか軟臥だけがガラガラであっさりと取れてしまっていた。久々の軟臥ではあるんだけれど、新空調じゃない「軟座快速臥」で僅か106元ということで新空調の硬臥と殆ど変わらない値段なので全然期待してなかったのだけれど、今は冷房が必要な時期でもなく、古いRW22ながらリニューアルされて個室が並んだ寝台は清潔で快適でした。

大連からの帰国便は08:55発と早く、7時半過ぎには空港に着いておきたい。このN106次の大連着は06:58とベストな時間。なんだけれど、大連到着時に大連側の異地求票で買えると言われたのは07:35着のK550次だけで、これだとかなりビミョー。ちょっとでも遅れるとアウトだ。このあたり、早く完全な全国オンライン化が待たれるところです。逆に言えば、一度ダメだと言われても、しつこくあちこちで、とくに乗車駅で当たってみると、意外と取れたりするんですよね。最後まで諦めないで指定券!なんて、昔の「鉄道旅行術」みたいだ(笑)
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CA951便 大連→成田の機内食。そもそも期待もせず。

大連からの帰路CA951は三連休ということもあって満席のA330。お隣は1年前に吉林省の奥地から栃木県に嫁いできて旧正月から帰省中だったという中国人女性。1年間で日本語流暢なこと!
成田からは京成線→船橋・西船橋→東西線でケチケチ帰宅。そういえば、去年は、この帰国直後に体調崩してエラい目にあったのだっけ。暫くは注意しかなきゃ。

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2009年3月21日 (土)

強行日程!

瀋陽からは01:25発のハルビンからやって来た天津行き普快1490次の硬臥中舗。直前までどっちに行こうか迷ってたのだけれど、さっき本渓の駅であっさりと寝台が取れてしまったので。中国の夜行の硬臥ってともかく取りづらいイメージがあるけど、連休とか、「これ1本でないと絶対ダメ!」とかでもない限り以外となんとかなっちゃうような気がしてきた。

さておき、下車は早朝・・・というかまだ未明の04:20着の錦州。だいたい寝台車では、前の駅を出た段階で各車両毎に乗り込んでいる車掌が起こしてくれる・・・というか、換票といって、切符と預かり証を交換しに来るのだけれど、瀋陽北~錦州間は途中03:06発の大虎山1駅のみ。ってことで、寝入った途端に起こされた感じで殆ど寝られず。で、二度寝すると叱られるし、1時間ほどそのまま過ごすわけで、気が利かない事この上ない(-_-#)。

錦州駅前にはこの早朝から沢山の客引き。どうやら面包車(乗合ワゴン車)のようで、「北票」「阜新」といった紙を掲げているが、今日の目的地「南票」は、広域錦州市の市内でもあり、誰もいない模様。取り敢えず駅前広場脇の招待所(簡易宿泊施設)が行李寄存の看板を掲げていたので預かって貰い(4元)、客引きのところで交渉するも、南票はやっぱりおらず、始発のバスを待っても居られないのでタクシーで出発。

上記の次第もあって寝不足な中、うつらうつらするウチにクルマは南票の黄甲駅前に着いていた。んーっとね、今日は先ずは機関庫のある下廟子迄行って貰って、メーター読みで80元。瀋陽からの寝台券と同じだ。
建物の向こうに蒸気が上がってるので、運転関係者っぽい人達に道を尋ねながら線路端にあがると、やあやあ居ました。今日もSY型蒸機が2台。客車列車が2編成。朝の鉱区通勤列車、南線の三家子駅行きと北線の凌河行きなのだが、片方は北京型DLの牽引で、こちらは黄甲まで行って折り返して来る模様。今日はどっちだ。去年来たときは、どっちもSYで、迷って三家子行きに乗ったのだけれど・・・ おばちゃん車掌に尋ねてみると、残念ながら、今日もSYは06:24発の三家子ゆきで、06:34発の凌河行きは北京型牽引編成が入る模様。ありゃりゃ。
仕方ないので、再度終点の三家子まで乗り鉄、周辺の炭鉱のトロッコでも見て回ろうかと思ったら、今日は週末の早朝だからか、こちらも動き無し。1人日本人らしき撮り鉄の方がいらっしゃったので、声をかけようかと思うウチにどちらかへ行ってしまわれた。
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下廟子の朝。三家子行き客レ(左)と貨物用?に待機する2台のSY。

休日の朝ということもあって本数が少なく、軽ワゴン車にギュウギュウ詰めの11人乗りの面包車で南票(黄甲)に戻り、建設銀行でキャッシング(いやホントに便利なCITIBANKのキャッシュカード)、バスターミナルから錦州に戻ろうとするが、あまりにも本数が少ないのに唖然。1時間以上ないぞ。どうしようか・・・と駅に戻ると、ちょうど正に、のタイミングで1日2本の錦州行きの国鉄線の列車が走り込んできた。時刻表には掲載のない「路用」列車という奴。形式的には臨時列車扱いなのかも知れない。
ホームはないのだが、乗り口は反対側のようなので、他の乗客と一緒にと床下を潜って無事に乗り込み車補を切って貰うと3.5元。08:42に発車したこの緩車、およそ1時間ほどかけて錦州に到着すると、丁度09:55発の快速に間に合うかもしれない。地下道を駆け抜け、切符売り場に駆け込むと、3人ほど待っているだけで切符も入手、招待所で荷物を受け取り、駅舎に駆け込むと、まさに検票口が閉まろうとしていたところに駆け込み、無事にK703次ハルビン行きの快速に駆け込めた。
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黄甲(国鉄駅名は不明?)に滑り込んでくる南票=錦州間の路用列車。

降り立ったのは瀋陽の北の鉄嶺。駅前の客引き乗合タクシーで20元、調兵山まではおよそ40分。前回よりは若干寂れた印象。今日の目的は乗り鉄ではなく、次回のための下調べ。近年SLを観光資源として売り出しつつあり、古いKD6や躍進型などにレトロ客車を引かせてチャーター運転して、いわば「鉄法SL祭り!」なんてのを冬場にアレンジしてみたり、その一環として我々一般人にSLの運転体験をさせてくれたりというこの調兵山(鉄法)の専用鉄道の話を聞き、長年のつき合いのある趣味のサークルの集まりで、「中国でSLを運転しに行きませんか」と誘いかけていた経緯もあり、正確な情報を入手しようと思ってやってきたのでした。
駅舎の2階に上がりここ調兵山炭鉱専用鉄道の直営とおもわれる「遼寧火車頭国際旅行社」の社員の皆さん、片言の英語も理解していただけ、筆談も交えて情報収集。煙が綺麗なのは冬だからお勧めなんだけど、寒いのは間違いないよね・・・ ということで、1時間あたり2,000元、4~6名くらいだったら1日でなんとかなることも判明。是非希望者を募って実現してみたいもんです。

かつては駅前から出ていたのだけれど、今は市街地外れに新しく作ったバスターミナル発に変更となっていた、瀋陽行きの高速バスで帰路に。最終は17:30発と例によって早いので要注意。瀋陽で最後の夕食は、西塔で朝鮮料理(笑)。

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2009年3月20日 (金)

フル回転!

起床後、ホテル隣のバスターミナルから、虎山長城方面行きの路線バス(5元)で今日の活動開始。これは所謂万里の長城の東の果てなのだけれど、それだけだとわざわざやって来たりはしないよね。この長城のすぐ側には、「一歩跨」という場所があります。跨ぐのは、国境。中国と北朝鮮との国境の川が凄く狭くなっていて、ホントに一歩で飛び越えられそうな所、と言う意味です。長城のすぐ近くの道端から、明らかに観光客捕まえては小銭稼いでそうなオバちゃんに10元払って林の中の小径を歩くこと5分ほど、国境の川が現れました。川の流れ自体は確かに石を伝って飛び越えて行けそうなのだけれど、向こう岸には厳重に有刺鉄線が張られ、勿論自由に行き来できるわけではないのだけれど、まあ面白いよね。なお正規の?「一歩跨」は、長城の入場券(40元)を払って入るところで、柵越しに見る限り、このオバちゃんの“裏一歩跨”の方がちょっと川幅は短いみたいで、ちょっと得した気分(?)
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一歩跨。手前の川が国境らしいが、奥の有刺鉄線までの間は緩衝地帯?

バス停に戻る途中、後ろからクラクション鳴らされた乗合タクシー(10元)で丹東の市内に戻り、市内の観光地、北朝鮮側新義州市との間の「鴨緑江断橋」を多くの観光客に混じって人並みに眺め、ホテルに戻ってチェックアウト。

次はホテルのすぐ側の道端から市内バス(2元)で市内西北にある五龍背温泉へ。戦前からの歴史ある温泉で、満州3大温泉にも数えられ、詩人与謝野晶子も訪れたこともあるのだとか。駅前で下車、歩いて数分ほどの温泉旅館に沐浴施設があったので20元払って入ってみると、個室に お湯を溜めて入浴する方式。隣の大部屋にはサウナと垢擦りもあり、別棟には温泉水泳場もあるみたいだ。お湯は無色透明で色気はないけど、まあイイでしょう。こういう温泉宿でお泊まり宴会というのもありでしょうか。

五龍背駅からは12:34発の普快4224次で次の目的地、本渓市の外れ歪頭山へ。無座だったけど、ちょうど座席の半分くらいが埋まる感じで難なく座れ、車内売りの弁当でお昼御飯。
歪頭山ではその筋では結構有名な、炭鉱鉄道の専用線の通勤列車。ネット情報ではディーゼル牽引と電機の日とがあるようだけれど、国鉄駅の脇の、思わず模型化したくなっちゃうような専用線のホームで小1時間ほど待つ後に現れた今日の列車は東ドイツ製の無骨なEL牽引で現れた。いい音出してます。客車もYZ96と称する、床下にトラス棒が見える、随分と古いものを更新重ねて使っているような車両を引いている、ひょっとしたら遡れば満鉄の客車だったりするんだろうかね。
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歪頭山炭鉱専用線の通勤列車。客車もまたいい味出してます。

で、歪頭山の鉱山側の街の駅「鉱山車站」に着いたはいいのだけれど、駅前の道を歩いてバス停らしき所まで行ってみても、80kmほどの瀋陽へと帰るバスは今日はもうないよ、等と皆さん仰る。まだ18時、中国の市外バスはホントに終わりが早い。本渓市内までの乗合タクシーの運ちゃん達は、瀋陽市内だったら貸し切りで150元だの130元だの言うが、若干抵抗感があり、一旦丹東方向(南東)に本渓まで戻れば歪頭山には止まらない快速の瀋陽方面行きがまだあるので、4人集まったところで乗合タクシーでこの辺ではそこそこ大きな炭鉱街の本渓へ向かい(15元)、19:08発の普快2124次で瀋陽北へ(7元)。当然無座で、混んでるので食堂車で晩ご飯。チチハル段持ちの食堂車では、オバちゃんウェイトレスが、あまり乗ってこないと思われる日本人に色々かまってくるので、チチハルの地元の料理を食べさせてくれ、といったらキノコと肉の炒め物などが出てきた。お湯も出してくれたので、カバンから自前のティーバッグを取り出してお茶にしたら、こちらにも興味津々だったので、煎茶のティーバッグを進呈。良かったら飲んでみてください。

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2009年3月19日 (木)

3連休+1

三連休を控え、1日有給を取得。1週間前にネットでなんとなく眺めていたら、3連休の大連往復のCAが28,000円(+サーチャージ)と手頃なお値段。このところ落花生。の周りに北海道だ韓国だと出掛けては自慢話を送ってくれる友人が大勢いるので、つい感化され、旅行会社に問い合わせのメールを送ってみると、1時間ほどで携帯に中国人と思しき担当者から即レス。日程確認など話をしながら、商売文句としては抜群の、「あと残り1席だったんで、取り敢えず押さえました。今日中に払い込んでいただけますか?」だそうなので、一旦電話を切って冷静になってから、結局お願いすることに。

で、今日はノンビリ起きて、午後1時過ぎのCA952で大連へ飛んできました。この1年で3回目、最近多いな。で、タクシーで大連駅に出て16時過ぎ、駅前のバスターミナルで今日の目的地丹東へのバスを探すが、どうやら定期路線バスは14時半頃が最終のようだ。まあネット情報から想定の範囲内なのだが、さてどうするかな。南票に向かうことにして、取り敢えず瀋陽か錦州でもいくかな・・・などと考えるウチに、客引きに声をかけられる。丹東だったら面包車(乗合ワゴン)で150元だとのこと。これも予定どおり。お願いしてしばらく待った後、現れたのは10年落ちくらいのホンダ・アコード。これなら速いぞ。運転手も入れて5人乗車、町中の渋滞に結構時間をとられたものの、開発区から高速に乗ってしまえば後は時速120kmで快走、職場からの電話に対応したりしながら、丹東まではおよそ3時間半ほどで無事に到着。

バスターミナル横のホテルに荷を置いてから、市内の北朝鮮料理店で晩ご飯。ここで働いている、例のTVで見るような喋り方をするお姉さん達は、出稼ぎに来ている公務員なのかな?

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有名な丹東の鴨緑江断橋。勿論翌日の撮影です。
奥には有名な新義州の観覧車が見えます。

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2009年3月 6日 (金)

ついに開通!

朝、職場のLANで流れてくるニュースクリップを眺めていたら、タイ・ラオス間の国際列車が開通!という記事が目に付いた。早速ネットで確認すると、タイのシリントン王女も開通記念列車に乗車して祝賀セレモニーが開催されたということで、そうですか。。。とうとう開通しましたか。

随分前から、ラオスに初の鉄道が開通するかもしれないという話はあり、事実タイ東北部のノーンカイとラオス側とを結ぶ友好橋(豪州の援助で作られたらしい)の真ん中には、線路が敷かれていたりしたのですが、東南アジアの常か、アジア経済危機の影響などもあって遅れに遅れ。いつまで経っても「もうすぐ開通」という噂話ばかりが先行していたところ、ようやくこの3月5日に初列車運転の運びになった由。今後、バンコクからの夜行列車が延長運転される形のものを含め1日2便、他に貨物列車も当然運転されるのでしょう。ラオスへの物流の円滑化も期待されますね。タイ南部のレムチャバン港あたりを通じて、保税扱いでここまで運んできたり出来るようになるのかも(←的はずれだったら指摘してね)。

で、タイ国鉄のHPを見てたら、記念切符が発売されてるみたいです。こんなの日本だけの文化じゃないんだね。面白かったのは、恐らく9,999枚発売されるであろうこの記念切符、通し番号が振られているのだけれど、良い並びの番号は高い値段がついているってこと。へぇ~、華僑文化的ですね。

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2009年2月 3日 (火)

ディリでリゾートする日。

 何でも聞いた話だと、東ティモール、ディリに5ツ星級のリゾートホテルを建設する計画があるのだとか。
 ジル・アルベス観光相発言によると、マレーシア等で広くその手のホテルを運営しているエドワード・オン氏なる人物・・・華人だろう、が、ディリ市西部の(昔自衛隊の駐屯地があった)タシトルに500haの土地を確保し、2億5千万ドル規模の投資により350室のホテル、ゴルフ場等を計画しているのだとか。その他にもこの機会に2010年までに空港拡張を行い、大型機の離発着を可能にするというのもあり、こっちは是非やった方がいいね。
 あの辺には、中国の援助で政府新庁舎が建設されている筈だけれど、位置関係はどうなるのかな。
 まあ、話半分に聞いておこう。この世界的不況の世の中、資材費や人件費は安い時期かもしれないけど、東ティモールでそんなリゾートホテルがまともに運営できるほど観光客が来るとも思えないし。
 それで就職口が確保されて少しでも地元経済に資することになれば、それに越したことはないんだけれど。

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2009年1月25日 (日)

雪に振り回されました。

明けて日曜。慌ただしく朝食を戴いた後、朝08:50発の、再度の羽後交通バスで横堀駅へ。
雪は今日も結構降っており、レールはすっかり埋もれ、前面に雪の固まりを付けた普通列車は少々遅れて現れた。今日は最終で羽田に飛べばいいだけなので、角館の城下町でも散歩して行こうかな・・・などと思っていたのだけれど、大曲には10分ほどの遅れで到着、乗換予定だった角館行きのバスには乗れず、1時間半以上の待ち合わせで次の普通列車に乗ることに。

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線路の見えない駅に、真っ白に雪化粧した普通列車が到着。

が、11時半を廻っていよいよ改札、という頃合いになって、今度はこちらの普通列車は雪のため運休というアナウンスが流れた。おい、新幹線こまちは動いてるのに、同じ線路を走る普通列車は運休なのかよ。
雪は酷くなる一方で、このまま最終の飛行機が飛ばなくなると困るな。こまちも止まったら、今日中に帰れなくなる虞もあるな。取り敢えず空港に行って、一本早い便に乗れたら、それで帰った方がよさそうだ。
というわけで、電話予約していた角館から秋田空港行きの乗合タクシーをキャンセル、次のこまちで秋田に向かうことにする。

ガラガラのこまちは順調に走り出したのだが、羽後境の手前のトンネルの中で突然車内の電気が消え、ブレーキがかかった。あれ、こんなところにデッドセクションあったっけ?と思う間もなくそのまま惰性でトンネルを抜けたあたりで停車。動かなくなってしまった。原因不明ながらも列車への給電が停止した由。15分ほどで予備のバッテリーがなくなったということで補助灯も消え、道路から離れているためバスでの救援は難しい模様・・・等と言っていた車内放送も出来なくなり、暖房も停止した。外は吹雪いており、零下だろう。隣の在来線も同時に停電しているらしく、走行不能の由。
長期戦を覚悟し、取り合えず車内販売からお弁当とお茶、チョコレートを確保。車掌と車販の人が何かを配りだしたかと思ったら、なんと簡易寝袋。寒さを凌いでくださいということか。いくらなんでもここで夜を明かすこともないだろう。

そうこうするうちに、原因が倒木と言うことが判明、伐採作業の後1時間45分ほどの遅れで運転再開。結果的には大した遅れじゃない・・・2時間以上遅れたら特急料金払い戻しだったのに。

そんなわけで、1本早い羽田行きには乗れなかったのだけれど、最終878便は定刻に出るようで何より。この辺の空港は、このくらいの雪は慣れているのかな。朝の便は除雪作業の影響で相当乱れたようだけれど。こんどはプレミアムクラスへのアップグレードも無事にOKとなり、羽田の混雑で30分以上グルグルと待たされたけれど、広いシートで飲み物など戴きつつ、ゆったりとくつろがせて戴いた。

さあ、次はどこに行こうかな。雪の時期は余裕を持った日程にしなきゃいけないね。
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秋田新幹線「こまち」も電気がなければ走れません・・・

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2009年1月24日 (土)

日本人は、温泉ですなぁ~

朝7時、羽越線の普通列車で出発。対向の寝台特急「日本海」が遅れて到着するのを待って出発。今日明日は荒れ模様のようだ。
羽後本荘から最近廃線も取りざたされている由利高原鉄道に乗換えて終点矢島へ。この山奥から奥羽線側に抜けられれば便利なのだが、そんな流動はないらしく、駅前からバスでスゴスゴと本荘へ戻る。本荘からは大陸横断・・・ではないが、峠越えの長距離便のバスながら、2扉の西工中型9m車(だそうです)、小田急バス・・・じゃなくて羽後交通バスで横手へ。結構雪が積もり自分では絶対運転したくないような山道の峠越えを、ノーチェーンで時々滑りながらも駆け抜けること1時間40分、1,780円なんて久々に乗り堪えのあるバス旅でした。
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横手といえば、横手焼きそば 500円。

さて横手といえば、最近ではB級グルメで有名になった横手焼きそばを美味しく戴く。が、「るるぶ」に目をやると、横手焼きそば、稲庭うどんと並んで十文字ラーメン等というものもあるらしい。
聞いたことないが、お腹の余裕も若干あるし、まだ今晩の宿に向かうには少々時間があるということで、横手から南へ向かう普通列車で十文字下車。
駅前には町興しのような幟が立つわけでもないので、そのまま人気のない駅前通りを進んでいくと、国道の旧道に出た。人に尋ねようにも通り過ぎるのはクルマばかりで歩行者というものが殆ど見あたらない寂しい街角。それでも旧道沿いに丸竹食堂なるガイドブック掲載のお店を見つけ、それなりにクルマでやってくる客の出入りする店内に入って注文してみた。
待つこと数分、出てきたラーメンは、透明な鰹出汁のスープに、細く縮れた麺に、なぜか麩が乗せられた、未だかつて味わったことのない系統のラーメンでした。うーん、まあ、こういうのもありかな。
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こちらは十文字ラーメン。縮れ麺、判るかな・・・

店の前のバス停から、また羽後交通バスで湯沢、湯沢駅から普通列車で院内に。院内といえばその昔、江戸時代から明治時代にかけて銀山で栄えた所として有名なのだけれど、西の石見銀山が世界遺産に認定されるなど大いに脚光を浴びているなか、こちらは全く地味なまま・・・ ということで、鉱山好き?な訳ではないのだけれど、前々から気になってはいました。
で、民間委託された院内駅に併設された博物館、院内銀山異人館へお邪魔しました。
肝心の銀山は、閉山後保存されることもなく自然に帰しつつあるようで、雪深いこの時期には歩いて廻ることも困難ということだったが、そんな説明を延々としてくれた管理人のおばちゃんは退屈しているようでとっても話し好き。一人だけの訪問客のためにビデオを見せてくれ、コーヒー迄サービスしてくれ、30分後の折り返し列車で戻るつもりがついつい長居してしまった。
最後は「ウチの旦那のクルマで送らせようか?」いやいや、そんなご迷惑をお掛けするわけには行きません。
院内の街から1日5本のバスで横堀に向かい、市内の白銀町停留所で下車、程なく現れた対向の秋の宮温泉行きに乗換え。横堀駅まで行ってしまうとギリギリ間に合わないのだけれど、ちょっと手前のここ白銀町=横堀駅間は両路線が平行していて乗り換えられるというのがポイント。
本日5回目の羽後交通バス・・・赤いバスの夢見まっせ、の秋の宮温泉行きには、大勢の友人達が乗っており、すでに宴会気分。「なんでこんな所から現れたんだ」と話題になる。

今日のお泊まりは、鷹ノ湯温泉さん。
川縁にある野天風呂と、深さ130cmの立湯が名物なのだが、少々吹雪いている中、雪深い屋外を歩いてゆく野天風呂へは長靴などがないと少々辛い。それでも入ってしまって足を延ばせばとってもいい気分、日常からの脱却。毎年のように夜遅くまで飲んで、語り合ったのだけれど、やっぱり本物の温泉、イイですねぇ・・・
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奥の川縁の池のように見えるのが野天風呂。

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2009年1月23日 (金)

有給無しでも・・・、旅先の夜。

朝家を出る時から出発可能な荷造りをして出勤、夕方17時半頃まで普通に仕事をしつつ
様子見。どうやら問題なさそうな雰囲気だったので、18時半の定時を待ちかね、職場を
飛び出し、東銀座から羽田へ直行。仕事が終わらず出られなかった場合に備えて翌朝の庄内行きも押さえていたのだが、こちらはキャンセル(株主優待だとこういう時便利だね)、チェックインした20時発の秋田行き879便は金曜の最終ということもあってプレミアムクラスは満席でアップグレードポイントは使えず。キャンセル待ちA1でダメだったのだから仕方ない。

おかげで夕食にありつけなかったので、吹雪の秋田空港からリムジンバスで東口の
東横インにチェックインの後、最終の市内バスで市内中心部の川反に出て、居酒屋で
晩ご飯。鰰(なれ鮨)、比内地鶏、きりたんぽ、稲庭うどんといった地元の味覚づくしで
おおいに満足。つい何時間か前までオフィスで机に向かっていたのに、今はもう遠い街で
こうして旅気分にひたることの出来る、幸せ。

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2009年1月 4日 (日)

さあ今年も頑張りましょう。

 4日。今朝は市内の日系スーパーJuscoで職場や家へのお土産を買い込んだ後、空港バスで青島空港に向かい、NH928で帰国。機材は今や珍しくなったA320。Yが満席だと言うことで、行きに引き続き帰りもPLTパワーでCにUGされ(Cはガラガラ)、14,000マイルのディスカウント特典航空券で申し訳ない限り。
 しかしこのA320のC席、シートテレビがついていない・・・というか、テレビを乗せる台が肘掛けから出てきて、その上にPSPのような携帯TV端末を乗せ、イヤホンも付け替えるという実に使いにくい造りをしている。椅子なんか足だけ付け替えればボーイングだろうがエアバスだろうがあんまり替わらないんだろうに、同じ造りにするわけにはいかなかったのだろうか。
 ともかく、往路の「ハッピーフライト」に引き続き、この便では「鉄道員(ぽっぽや)」を眺めながら3時間ほどのフライトを楽しませていただいたのだけれど、機内食の“温野菜”等が凍ったままサーブされてきた。「そもそもこういう料理なんですか?」と尋ねると、暫くの後、暖め直してもう一皿持ってきてくれた。そんなつもりはなかったし、既にお腹いっぱいなんで申し訳ない限りです。で、結局半分ほど残してしまいました。

そんな経緯もあり、CAの方と少しお話をさせていただく機会があったのですが、成田→青島→関空及び関空→青島→成田という乗務で1日2フライト、青島ステイはないのだとか。中国まで行っておきながら、昨日みたいな美味しい海鮮は味わえないのね。
しかも片方のフライトが遅れたりすると、もう一方に影響及ぼしてしまうのですね。また、正月早々からの乗務、お疲れさまです。落花生。も明日からお仕事です。さあ今年も一年、頑張っていきましょうかね。

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すき焼きメインの機内食。味は美味しかったのですが。

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2009年1月 3日 (土)

美味しい青島。

 3日朝9時前、再度の哈爾浜に到着。駅前のファーストフードで朝食を仕入れ、タクシーで市内南方の民航大厦へ移動し、来週からの氷祭りの準備が始まっている市内を眺めながら、空港バスでハルビン空港に直行。万が一吹雪いたりしたら欠航になる懸念があったのだけれど、今日は晴れ渡っており、その心配はなさそう。

 12:30発の東方航空MU2702便A320で青島に飛び、空港で職場の先輩と落ち合い、タクシーで市内へ、今日の宿は市内の改装中のビルの4階で日本人が経営している不思議な民宿のようなところ。ちゃんと許可得てるのかな?

 実は落花生。が担当している仕事の一つで、この1月からここ青島に新しい事務所を開けたのだけれど、その事務所を見学させていただき、今後の作業の進め方などをうち合わせ。・・・した上で、そのまま市内中心部香港中路近くの海鮮料理レストランに移動。青島ビールで乾杯の後、大きな蒸し魚、海老入りの水餃子、ハマグリのスープ、ウニ、帆立、牡蠣入りのお好み焼き・・・と海鮮三昧でお腹一杯になりました。
やっぱり食事の美味しい所ってイイですね。住んでみたい・・・なぁ。

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市内のスーパーにはお馴染みのこんなお店も。食には苦労しなさそう。

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2009年1月 2日 (金)

ジャライノールの落日

2日朝。寒い。表に露出している顔がチクチクと刺されるように痛い。
まずは市内の中国銀行で現金をキャッシング(CITIBANKのカード、便利です。レートも悪くない)した後、ガイドブックでは6路のバスで行ける、とされている中露国境の国門へ向かいたいのだが、市内中心部を歩き回っても見つからないので、タクシーで(20元)。

この中露国境、その歴史は古くは20世紀初頭に南進を続けるロシアが当時の清国から鉄道敷設権を得てウラジオストクとを結ぶ線路・・・東清鉄道を開業したときに遡る。解放型SLの飾られた入口で入場券を買い(30元)中に入り、中国側とロシア側の門が並んで見える所へ歩いていく。門の下には国際列車の線路が敷かれている。ロシア側は広軌1,524mm、中国側は標準軌1,435mmで、国際列車はロシア側の駅で台車を交換、貨物は積み替えを要する。
門の足の中は土産物屋、中国側の門をくぐったところには記念碑の建てられた小公園があり中国人観光客が記念写真を撮っていたりするのだが、後で聞く所によるとこの「国門」こと国境の公園区、(実は中露両国人以外の)第三国人の立入は禁じられているのだとか、あら、普通に切符買って入って来ちゃったよ。そんなに発音良くなったのかなぁ(笑)

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手前が中国側の門、奥にロシア側の門が見える。

帰りはバス停があったので6路のバスを待ってみるが、暫く待っても現れず、吹きっ晒しのまま寒くて仕方がないので諦め、やはりタクシーでホテルへ戻り、荷造り、チェックアウトして荷物を預けて再出発。
今度は1路(2路でも可)の路線バスで、(広域)市内東方のジャライノールへ転進。一度反対側へ行ってしまい結構苦労しつつも、それでも13時前にはジャライノール(バスの表示は「扎区」)に到着。タクシーで「露天煤鉱」に移動。

今回の訪中の目的の一つ、というかある意味クライマックスといって良いか。ここジャライノールには大きな露天掘りの炭鉱があり、積出用に今なお沢山の蒸気機関車が使用されているということで、世界中の煙鉄の方々から注目されているところである。露天鉱山の規模自体は撫順のものよりは若干小降りなのだが、展望台から下を見渡す限り右から左まで、あらゆるところで蒸機の煙が上がって動き回っている。先日の鶏西でも一度に5台の蒸機がフレームに入って驚いたが、ここは180度見渡す限りあちこちにSYの姿。いったい何台居るのだろう(ネット情報では25台程度が稼働中の由)。

機関庫の方に階段を下りていくと、日本人と思しきグループ。「こんにちわ、寒いですね」と声をかけると、なんと、この数日前から露天掘りの構内への立入が厳しく制限されるようになり、許可を得て、職員の同行のもとで一部のみに立入・撮影可、決められたところ以外に立ち入って撮影したグループが追い出されたりしたというではないか。事前のネット情報では、ここは(炭鉱という特殊なエリアながら)発破をかけて居るようなエリア以外は自由に立ち入れるとの事だったのに、聞いてないよぉ。なんでも、年末の全国の炭鉱の安全総点検により突然そのような措置がとられだしたとのこと。そのグループは、中国人ガイドを雇ってきてたので、交渉し、ようやく許可が取れ、今まさに撮影に向かおうとしているとのこと。それでも、そのグループに紛れ込ませていただく許可をいただき、色々お話を伺いながら午後の撮影をさせていただいたのだけれど、しかし寒い。動いていたり、写真撮ってるときはいいんだけれど、なにせこの日は最高気温が-19℃、最低気温は-27℃に達した。今も確実に-20度超えな筈だ。
他の皆さんは冬山登山モードのような防寒体制。それに比べて落花生。、ユニクロのヒートテックなど用意してきたのだが、まるで役に立たず。ふるえが止まらず、周りからは憐れまれ、1時間ほどで運転小屋に逃げ込ませて貰う羽目に。で、炭鉱鉄道の職員の皆さんからも「そんな服じゃダメだよ」と内側に毛が生えた服とか見せつけられ、見込みの甘さを反省。危うく凍傷になるところだったのかもしれない。

それでも15時を過ぎ、これから16時過ぎの日没までの間がここの魅せ所だ。刻一刻と光線の具合が替わり、極寒の空気の中煙は白く立ち上り、汽笛とドラフト音が露天掘りのあちこちにこだまするスペクタクル。。。 

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ジャライノール露天掘り炭鉱の夕陽。もっと腕のいい人(&カメラ)だと、素晴らしい画が撮れるはず。

この炭鉱も今年の8月には閉山になってしまうとのことで、既に右半分では露天掘りの埋め戻し作業が始まりつつある。これがジャライノールの最後の冬になるそうだ。日本人グループも明日の午後の飛行機で北京経由で帰国するとのことで、「これが最後の夕陽だ」と感慨深げ。
最後は親切にも、満州里の市内まで一行のチャーターしたマイクロバスで送っていただいてしまいました。お世話になりました。次からはもっと事前に調べて準備してきます。

今晩は20:11発の大連行普快2624次の硬臥21番下段。車端部の区画で、他の客や乗務員が出入りする度にドアを開け閉めする音が五月蠅くてなかなか寝付けない。

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2009年1月 1日 (木)

国境に向かう汽車。

 朝3時、車掌に起こされて降り立った哈爾浜駅前はやっぱりとっても寒かった。
 ホントはちゃんと朝着いて、市内観光の後、ネットで調べた午後の海南航空系列の大新華航空のフライトで海拉爾に飛ぶ筈だったのだけれど、昨日牡丹江の市内で切符を買おうとしたら、「その日はフライト無し」と言われてしまったのだ。うーん、C-trip役立たず。
 お蔭で、急遽日程変更、ここ哈爾浜朝06:10発の4191次普快で満州里迄向かうことになったのだ。到着は手元の時刻表に寄れば夜の21:14、15時間の長旅だ。席は硬臥の中舗。一応昼行列車なんだけど、軟座はついてなくて代わりに軟臥と硬臥(代用軟座扱いにはせず、普通に寝台料金)が連結されている、昼夜兼用編成そのまんま活用。で、硬座をシンドイと感じる高所得層が結構利用しているらしく、この列車の硬臥も始発のハルビンからほぼ満席。

 取り敢えず一眠りして、目が覚めたのは朝9時半頃、時刻表を見ると、ちょうど斉斉哈爾を過ぎた頃合いだ。
 小腹が空いたんで餐車で朝食…は「遅すぎるよ」と言われて仕方なくアラカルトメニューから選択。乗務員達の恰好の退屈凌ぎになりながら(仕事しろヨ)も美味しくいただく。
 部屋に戻って寛ぐうちに、碾子山駅では対向に見慣れない赤紫色の列車。どうやらシベリア鉄道からの直通らしい。車体には漢字とロシア語で行き先表記が書かれ、莫斯科(モスクワ)、赤塔(チタ)、伊爾庫茨克(イルクーツク)等は判るのだが、新西伯利亜って何処だ? 地名に新と西と二つも付けるなんて、新西金沢(北陸鉄道)みたいだなぁ…と思ううちに、西伯利亜でシベリアだと気付く。で、新シベリアって? ・・・あぁ、ノボ・シビリ・スクか。中国語の外国地名表記って、面白いねぇ。

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ロシアからはるばる走ってきた国際列車とすれ違い。

 ちょうど正午に到着した扎蘭屯では下段の朝鮮族の夫妻が下車、以後は空いた下段で寛ぎ、時刻表より15分ほど早着した夕方5時過ぎのハイラーアルでは殆どの乗客が下車してガラガラになった。終点満州里着は20:58。手元の時刻表よりは16分ほどスピードアップされていたようだ。

 ともかく寒いので、駅前で待ち構えていたタクシーに相乗り、手元のガイドブックに出ていた国際賓館に直行。零下20℃の中で宿を探し回る気にもならないので、冬季割引で280元と定価の半額以下だったのもあって即決。
 夜は地下のバーで国境を越えて運び込まれて来たバルティカ・ブランドのロシアのビールと洒落込むつもりが、一口飲んでびっくり、ノンアルコール・ビールじゃないか。
 抗議するもカウンターのおばちゃん、取り合って貰えず(ノンアルコール・ビールがなんだか判ってないのか?)、飲み残して、ふて寝。

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2008年12月31日 (水)

まだまだ元気です 鶏西。

鶏西駅前の一泊100元の賓館で目覚めた朝。やっぱり寝床は動いてない方が疲れはとれるな。宿で朝食を出してくれなかったので、そのまま宿の前に停まってたタクシーで、市街地北方の城子河地区へ。

ここ鶏西の炭鉱鉄道は、街のあちこちに点在する炭鉱毎に国鉄との連絡線や発電所への引き込み線等、独自の路線網を広げており、その殆どでまだ蒸機が健在だ。
最初に訪れたのは城子河地区の砿洗煤鉱。いきなり踏み切りを横切る蒸機を目の当たりにしてテンションが上がる中、事務所正門前でクルマを下り、犬走りを下っていくと、北站と称する積み込み用のヤードが現れた。地元の人が生活道路に使ってるらしく、そのまま立ち入っても誰も不審がるでもなく、一台煙を上げるSY1545を先ずはゲットぉ。
暫くの後に炭車を引いて出発して行ったのを契機にデルタ線を南西に歩き、街を東西に横断する南站に向かう。途中築堤に上がると、遠方の車庫の中に、4両ほどの撫順の奴によく似た電機が見える。あぁ、ここももうすぐ陥落か!イヤ待てよ。この辺の線路には全然架線がないぞ。DLならともかく、ELはないだろ。何処か一カ所集中して電化されてるエリアがあるのかな。

暫く待ってみるが、残念ながら列車が現れる気配がないので、目標修正。デポがあるらしい東站まで歩くと、現れましたぁ! 出発を待つ蒸機が1,2,・・・全部で5台、一堂に会してます。こんな光景、今世界のどこにあるだろう。

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5台の蒸機が1枚の画面の中に!

この日は続いて鶏西市内西方の滴道地区、午後は南の恒山地区を訪問。滴道はこちらも活発で数台のSYが走り回り、給水中の機関車の機関士がキャブに招き入れてくれたりととってもフレンドリー。残念ながら午後の恒山は、大晦日の午後という事もあってか動き無し。

それでも十分満足し、今宵の寝床は17:51発のチチハル行き快速N56次の硬臥中舗。車内売りのお弁当(10元)を夕食とし(東北だけあって、好物のトマト+卵の炒め物入り)、気づいたら0時を廻って2009年の新年を迎えていましたとさ。

今年も1年間お世話になりました。来年も宜しくお願いします。

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鶏西のSY1213のキャブに乗せて貰いました。

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2008年12月30日 (火)

ある森林鉄道の終焉。

朝5時半、吉林省延辺朝鮮族自治州汪清駅の朝は当然ながらやっぱり寒かった。
この街に来るのは二度目で、この駅が街から離れてるのは知ってるので、今この駅前に一日一往復の快速から降りた客を待ってたむろしているタクシー連中を逃すと、街への足がなくなる。慣れた地元の人達は次々と交渉してタクシーや軽ワゴン車に乗り込んで去っていく中、落花生。に声をかけてきた一人のタクシーの運転手。既に女性が二人乗車しており、市内中心部のバスターミナルまでは5元で良いというのですぐ了承。二人を市内のホテルと住宅街で先におろし、「バスターミナルは6時に開くからね」とちょうど6時直前くらいにバスターミナル着。お気遣い多謝です。

こんな所まで二度もやってきた目的は、前回確認できなかったここ汪清のナローの森林鉄道が、厳寒期だけ伐採木の運送のために運転している筈だという、ネットの情報を確認するため。7時になってノンビリ出勤してきた行季寄存のおばちゃんに荷物を預け、タクシーで森林鉄道・小火車の駅へ向かう。最初は話が全く通じなかった運ちゃんだが、どうやら朝鮮族の人らしいので朝鮮(韓国)語に切り替え(・・・落花生。はかつてソウルに2年ほど住んでいたことがあり、韓国語をまだ少し覚えているのです)、話を聞くことに。
が、駅に向かう途中の踏切で、愕然。そこにあったはずの線路が、綺麗さっぱり剥ぎ取られ、完全に無くなって居るではないか。去年来たときは、まだレールは走行可能な状況だった。駅構内には貨車も並んでいたし、車庫はキチンと閉鎖され、中には機関車が大切に保管されている事が伺えた。
だったのに、運転手氏によれば、レールは今年の5月頃に撤去されてしまったのだという。ネットで調べてみると、2008年4月15日付の競売広告が出されていた。1990~93年石家庄製の380馬力の機関車6台、平板車152両、守車(車掌車)4両、客車2両、そして支線や側線も合わせ138km分のレールが鋼鉄として売却対象となっていた。そして売られていったのだろう。何処か別の働き場を見つけることが出来ただろうか。そして、もうここに二度とナローの森林鉄道が走ることはないのだ・・・。

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レールの剥がされた踏切跡。また一つ細い線路が消えた。

寂しい気分のまま、昼過ぎのバスで所々凍った山越えを二回、寧安、乗り換えて牡丹江へ。そして夕刻17:55発の快速N71次の硬座で鶏西へ。駅前の賓館泊。夜、近くの羊肉しゃぶしゃぶ鍋屋で苦労して注文し美味しく戴くが、店長の女性とバイトの女の子、「日中友好のため」といって25元ほどの料理代(ビール1本含む)をどうしても受け取ろうとしなかった。

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2008年12月29日 (月)

梅河口のSYは生きていた!

小雪舞う朝6時前の梅河口駅はまだ暗かった。
とりあえず出発待合室で夜明けを待ち、朝7時頃、明るくなった頃合いを見計らって駅前左手のバスターミナルへ移動、午後の長春行きの時刻を確認し、行季寄存窓口で荷物を預け身軽になって、さあ出発。

今日の目的地は、ここ吉林省梅河口(Meihekou)市の南西、紅梅鎮にある、遼源煤砿の専用線。紅梅鎭の中心、一砿でバスを降りて暫く歩くと、線路を跨ぐ橋が現れ、右手には炭車が並ぶ駅が現れた。が、一台だけ見えた機関車は、オレンジ色のGK型DL! あぁ、ここも落ちたか…
とりあえず市場の中の小径を下り、通勤列車用のホームに下りると、待ち人もいるので(手元の情報どおり)程なく列車が来る筈だ…、客レを待ってダメだったら退散しよう、と待つ事およそ40分あまり、炭鉱の通勤客を満載した列車は、なんとSYに引かれて現れた! マイナス10℃の冷え込んだ空気の中に、真っ白な煙を吐き出し、惜しむらくはテンダーファーストながら、何故か一日4往復の客レは蒸機の牽引で運行されていたのだあ。

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梅河口の四砿站にて、SY牽引の通勤用の客レ。

バスで3時間、長春に出て、夜7時時の普快2167次が今晩の宿。晩ご飯は餐車(食堂車)で20元の定食。
昨日は大連と瀋陽でこの列車の異地票の購入を試し、結果「没有(硬座のみ有)」だったんだけど、こここの列車の始発の長春駅では当日の夕方だというのに上舗ながら硬臥の切符をあっさりと入手。未だに中国の切符の割当制度はよくわかんない。昨日だって、大連では没有だったN175次の臥補が、瀋陽北では同駅からの乗車分の臥補がアッサリとれたりしたし。
さあ、二日続けての寝台車。少々シンドいな。

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2008年12月28日 (日)

さぁ、冬休み。

さあ、そんなわけで、今日から冬休み。
船橋から京成スカイライナーで成田に向かうことにして、東西線で西船橋に着いてみれば、信号機故障とやらで総武緩行線が停まっている。オッとヤバイぞ。すぐに東葉高速線に転進、勝田台から京成線の一般特急で成田入り。余裕を見て出発しておいて良かったよ。

で、大連行きNH903便にチェックインしてみると、今回はマイレージの特典航空券(しかもキャンペーンで14,000マイル)なのにも関わらず(それでも燃油サーチャージで\24,000以上払ってるけどね)、本日はエコノミークラスが満員だそうで、ビジネスにアップグレードして貰っちゃいました。やぁ、幸先良いね。さすがはPLT強い。
ところがこのフライト、出発の時点で25分ほどの遅れ。定刻12:10着の予定が12時半を廻ってしまい、直前に到着した関空からのJL便からの降機客の後塵を拝することになってしまい、入国審査は結構な列。まずは両替と、出発ロビーにあがって国内線の航空券を1区間分購入。

こっちも結構待たされたタクシーで大連駅に駆け込み、切符売り場にたどり着いたのは14時少し前。まずは今晩の宿第一候補、19:36発の吉林行き快速N175次の臥舗(寝台)の購入を試みるが、答えは「没有」。まあこれは想定の範囲内。替わりに14:35発の長春行き特快T531次の軟座を瀋陽迄確保。おっと、もう出発の10分前だ。中国の列車改札は、大体5分前には「停止検票」になってしまうので、急がなくちゃ。荷物を抱えて改札口に息を切らせて駆け込みセーフ。あぁ、普段の運動不足。

今回の最初の列車は、以前友人Y中と乗ったことがある奴だな。あの時は軟臥の“ヒルネ”使用したっけ。が、今回は寝台車は連結されてない模様。で4時間半ほどは実は初乗車となる「軟座」にしてみました。あ、CRH(和諧号:新幹線)は全車軟座(一等軟座、二等軟座と呼ばれる)だったな。あれは除きます。4人掛けと6人掛けのボックス席が並ぶ硬座に比べ、4人がけのボックス席が通路の左右に並ぶため、座席幅はゆったり。間隔も結構ゆったりして、落花生。の短い足では持て余すほどなのだけれど、クッションはゆったりしているとはいえ、所詮固定直角のボックス席。2人掛けのロマンスシート(昔はこう呼ばれていたのだよ)にすればよいのに。プライバシー重視の日本人といつ何時お喋り好きな中国人との性格の違いかな。

大連出発当初は各ボックス1人掛けくらいのゆったりペースだったが、途中の大石橋で半分ほどの座席が埋まり、次の鞍山ではほぼ満席に。ドンドン降りてゆくのかと思ったら、一仕事終えて省都瀋陽へ帰る人々が乗り込んでくるんだね。で、軟座が満席になるってことは、皆さん多少高い料金を払っても、結構ゆったりとした旅行空間を望んでいるっていうニーズがあるって事だね。

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お初の軟座の車内。ゆったりしては居るんだけど・・・

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2008年12月19日 (金)

時代の流れとはいえ・・・

寝台特急「富士・はやぶさ」、来年3月のダイヤ改正で廃止・・・
先日の0系新幹線引退の時もそうでしたが、最近では鉄系のニュースが結構一般紙の紙面を飾ることが多くなってるような気がします。そういえば、EF55引退なんてのも一般紙に載ってたな。

物心ついた頃から、毎晩東京駅から西へ向かって多くの寝台特急「ブルートレイン」が出発していました。長崎・佐世保行「さくら」、熊本・長崎行「みずほ」、博多行「あさかぜ」、山陰線の「出雲」、四国連絡の「瀬戸」、大阪行の急行「銀河」、そして鹿児島線経由の「はやぶさ」と日豊線経由の「富士」西鹿児島行き。「走るホテル」と称され、高度成長期には昼夜を問わず全国を飛び回るビジネスマンを運び、鉄道少年達の憧れだったブルートレインも、飛行機の相対価格の低下による大衆化、新幹線の延長、等様々な時代の変化を受け、とうとう終焉の時を迎えようとしている訳です。

両親の実家が福岡県内ということもあり、落花生。も小中学生時代に何回かこのブルートレインというものに胸躍らせつつ乗り込んだことがありました。盆正月の切符は相当にとりづらく、やっととれたスハネフの中段寝台、それでも嬉しかったっけなぁ。そのブルートレインの中でも「はやぶさ」と「富士」は、食堂車の皿洗い&車内販売のアルバイトで仕事で乗り込んだこともあるだけに、想い出はひとしおです。

確かに、今はサラリーマンとなり、時間の有効活用ということを考えると、東京発は終業時間前と早く、目的地には始発の飛行機の方が早く着いてしまい、更には早割や株主優待などの手段を活用すれば、実際金額的にも飛行機の方が有利なケースも多くなってしまうと、もう寝台特急なんて、敢えて趣味で乗るしか機会はなくなってしまっていたというのが正直なところです。

来年春迄の間は、さよならブームでそれなりの乗客が集まるのでしょう。最後にもう一回乗ってみたい気持ちはあるのですが、そんな機会もあるでしょうか。ブルートレイン自体は、今後上野発金沢行の「北陸」、羽越線周りの「あけぼの」、そして北海道行の「北斗星」のような観光列車が残るだけになるそうです。勿論お隣中国など外国に行けば寝台列車はまだまだ乗ることは出来るのですが、時代が変わったとはいえ、寂しいもんです・・・。

Fuji

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2008年12月15日 (月)

とれましたぁ!

さあ、あと2週間ほどで冬休み。今年はカレンダーの並びが良くて9連休です。で、最近の落花生。の仕事は、1月1日から開ける事務所の準備なんてのがあって、これはどこの職場でも同じだと思いますが、12月年末ギリギリまでドタバタして、1月2最初の営業日からはまた色々不具合が発生したりしてやっぱりドタバタするのは目に見えてるんで、年末年始のお休みには「前に1日」「後ろに1日」ずらしたりするのがとっても難しかったりします。
んなわけで、有給とらずして9連休で旅行できるというのはとても嬉しいのだけれど、そうするとこの一年で1番航空券の高い時期の一つである年末年始に、多くの競争相手と少ないチケットを奪い合わなければならないわけです。

そんな時期にマイレージの特典無料航空券なんて、甘いですかね。。。ただ、今回の行き先は冬の中国。観光客も激減する時期、中国線の主要顧客のビジネスマンの流動も少ない冬休み。で、全日空も所要マイルの減額キャンペーンをやってるとうことで、ダメ元で申し込んでみました、キャンセル待ちを。

で、とれましたよ。無事に。第一希望は冬休み初日の12/27発でしたが、これはさすがに難しく、第二希望の翌12/28(日)発の成田→大連、帰りは1/4の青島→成田。プラチナの威力かな。行きはホントは瀋陽の方が便利なんだけど、毎日飛んでないし。帰りは上海浦東発や杭州発なら取りやすかったのだけれど、青島で同僚と会う事にしてるので。

というわけで、行って参ります。今回は冬の中国、いよいよ残り少なくなってきた煙を求めて、吉林、黒竜江、内蒙古方面に行って来ます。零下20ン℃の世界らしいです。とりあえずユニクロのヒートテック買ってきますた。要はモモヒキの類なんで、格好いいもんじゃないですが、必需品でしょうね。

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2008年11月13日 (木)

小休止。

 トビリシを早朝5時に出発したLH3215便、エアバスA319型機は、ほぼ定刻にミュンヘン空港到着。5Cをアサインされていたのだけれど、チェックインの際、この日は5列目はビジネスクラスだから、といってエコノミーの落花生。は6Cに変更された。欧州域内線のナローボディのエアバス機のフライトは、ビジネスといっても一時期のClub ANA Asiaみたいに、3列シートの真ん中の席をブロックして簡易テーブルを置いただけ、席の幅も前後間隔もエコノミーと一緒、予約数によってCとYとの境の仕切を前後に移動させるだけ、食事はちょっとだけ良いけど、なんて自分でお金出して乗ったらガッカリものが多いようで、このフライトもその類だ。
 なのだけれど、知らなかったです。そうやって使うことを前提に設計されているA320系列の機材の前方の席(=C扱いになり得る、前方10列目くらいまで)は、両側のシート(AとC、DとF)の内側の肘掛けの裏のスイッチを押すと、肘掛けが5cmほど、内側に横移動して、座席幅がその分広くなるんですね。勿論B・Dの席が空いていることが前提なんですが、お得感高いです。☆Gで前方席をアサインして貰えると、こういう特典もあるのね。

 で、ミュンヘンでの乗り継ぎ待ち時間は9時間半ほど。実はフランクフルトに飛んで乗り継げば、2時間ほど早く成田に戻れるのだけれど、単純往復の方が安いので、ということで経費節減の折、このMUC=NRT便のLH714便を待つことになり、せっかくなので市内に出てみることにしました。最初出発前は、レンタカー借りてザルツブルグあたりまで行って来ようかな?なんて考えなくもなかったんだけれど、ちょっと体力的に疲れ果てていたので、これはパス。
 結局Sバーン(近郊電車)で市内に出て朝食、小雨降る中、ドイツ博物館の交通分館の開館を待ちかねて見学し、Hbf(中央駅)で次々発着するICE等の列車を眺めながらビールとソーセージでお昼御飯。最後は空港に戻って☆ラウンジで一休み。
 さあ、成田に戻ったら職場に直行か・・・

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ドイツ博物館交通分館の館内。古いSLやICE試作編成などが並ぶ。

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エアポート・エクスプレス in トビリシ!

 トビリシ2日目の、日付替わって昨日も、1日中あちこち走り回って結構疲れました。周囲の同僚も「顔色悪いよ」と心配してくれるほど。それでも気力で何とか乗り切った感じ。途中、一足先に出発する同僚を空港に送りに行ったクルマが渋滞で戻ってこれず、仕方なくタクシーを捕まえて交渉、オペル・ベクトラセダンに5人で乗り込むというバックパッカーみたいな瞬間もあり、出張者一行は結構和気藹々としながら一応一通りのミッションをこなすことが出来ました。
 夜は市内の中華料理。まぁ、世界中どこに行ってもあるね、中華料理店。で、20名近い中国人グループが居たりして、この国の在留邦人数を既に上回ってるんだから、母体数が違うとはいえ、中国人の海外進出は、ホントに凄いです。でもまあ、日本人としては、中華料理があれば、一応生きていける、といったら言い過ぎでしょうか。

 で、ホテルに戻り、夜中の2時半にチェックアウト、クルマで空港に着いてみると、運転手のダト氏曰く、あそこの新しい建物は、鉄道の駅で、グルジア人がデザインしたんだよ、とのこと。なぁにー(@_@)// 空港に鉄道が乗り入れているのかい。
とりあえずルフトハンザのカウンターでチェックインし手荷物を預けた後、駐車場を挟んで反対側にある「駅」に向かってみると、無人ながら真新しい発券・改札窓口には時刻表と料金表。宇宙人の落書きみたいなグルジア文字は全く解読不能なので、ダト氏に聞いてみると、ここ空港駅と市内トビリシ中央駅との間の空港連絡特急?便の他、トビリシ駅から国内西方のクタイシ、ゴリ、バトーゥミ等への長距離列車や、国境を越えてバクー(アゼルバイジャン)や、エレバン(アルメニア)への夜行列車などの時刻や料金が書いてあるとのこと。
 因みにトビリシ駅=空港間の時刻は、以下のとおりです。

トビリシ発 00:30、02:00、03:30、06:30、18:00、21:15、22:55
空港発 01:15、02:45、04:15、07:15、18:50、22:10、23:45 (所要25分)

 早朝深夜に離発着の集中するこの空港を相手にしてるだけあって、凄いスケジュールですね。
 で、せっかくなので、03:55着の到着を待ってみました。なんと定刻に到着した列車からは残念ながら乗客は誰も降りてきませんでしたが(知られていないんだろうね)、旧ソ連製の客車を電車化改造したと思しき、白地にグレーと赤の帯の入った、スマートさを出そうと頑張ってる感じの2両編成の電車、車内もゆったりとしたリクライニングシートが並び、結構いい感じでした。次回(あるのか?)使ってみたいですね。

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トビリシ空港連絡鉄道の車両。本邦初公開!?

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2008年10月19日 (日)

もうちょっとでした。

秋晴れの日曜日、紅葉を見に行こうと誘われ、新宿から小淵沢行のホリデー快速で日帰り小旅行。やってきた電車は、215系というのかな、普段は湘南ライナーとして通勤快速的に使われている車両なので、座席は全然豪華じゃないけど、2階建ての普通車なんて、あんまり乗る機会ないからね。
 大月で乗り換えたのは、こちらも初乗りの「フジサン特急」。元はJRの165系急行車両ということで、これも久々。車内販売では「富士急行煎」と称する富士山を象った(雪の部分にはザラメや青海苔など)お煎餅やキャンデーなど、職場へのお土産にもってこいのものが。
 今日は10月14日の鉄道記念日が過ぎたばかりだという事もあり、河口湖の駅では「富士急電車まつり」という催しで、駅構内には鉄な方々、駅前広場には出店や踊りを見せる子供達など、結構なにぎわい。車内販売から貰ったスタンプ用紙にスタンプを押したら、ボールペンと手拭いのプレゼントに。

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河口湖駅前「モ1型」の前では地元の子供達の踊りが。

 駅前からレトロ調のマイクロバスに乗って目指したのは、西湖の畔のコウモリ穴。ここ富士五湖一帯はご存じのとおり青木ヶ原樹海が広がっているのだけれど、この樹海の中を、自然観察をしながら歩いて廻る“ネイチャーウォーク”というのがあって、これに参加してみることに。N口さんという駄洒落オヤジ(?)に連れて行って貰った1時間ほどの樹海歩きはなかなか興味深いものでした。エコだね。

 次に目指したのは、車内で貰ったパンフレットに載っていた、西湖いやしの村根場というミニ・テーマパーク的な施設。ここは、以前土石流災害で集落ごと壊滅状態となったところを、藁葺屋根の集落を復元し、地元の風俗や食べ物、手工芸品売り場、博物館などを設けている施設で、こんなの全然知りませんでした。地元の蒟蒻料理のセットや、デザートは手作り感満載のワラビ餅、子供達に混じって竹馬に乗ってみたり、外国人観光客もチラホラ居る中、鎧甲を着せて貰える(自分のカメラ写真を撮れる。勿論タダ。)施設など、入場料200円では十分満足な施設でした。

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富士山を望む、西湖近くの「西湖 いやしの村 根場(ねんば)」

 最後は閉店間際の富岳風穴をちょっと覗いた後、日帰り温泉に浸かって、普通電車と大月からは「スーパーあずさ」で帰京。中央道経由の高速バスは満員お断りというのはびっくりでした。続行便出したり、しないんだね。
 あ、肝心の紅葉は、当然の事ながら、まだまだでした。

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2008年8月22日 (金)

楽しかったのですが。。。

今日はもう実質最終日。昨晩の話では朝の汽車は8時にフィールドに出るというので、今日は早起き。7時ぴったりにPG.Oleanのアドミに着くと、既に先客有り。落花生。が来意を告げて手続きをお願いしている横で、6人ほどの手続きをしているガイドさん、英独蘭など欧州5ヶ国からのグループだそうで、昨晩ホテルで「ハロー!」って声をかけて無視された(苦笑)白人一行を案内してるらしい。

で、手続を済ませて車庫に向かうと、いたいた。が、笑顔で挨拶してもあまり反応がない。鉄っちゃんって、洋の東西を問わずこういう感じなのかしら。仕方ないので、そのインドネシア人のガイドさんや、「圧力があがらない」なんて言いながら、今日は4号機の出発準備をしている職員さん達と片言のインドネシア語で戯れながら過ごす。

で、どうやら出発のめどが立って空のローリーの入れ替えを始めた頃を見計らい、流石は「撮り所」を心得ている先方のガイドさんと、まるっきり素人の当方の運転手、「ついてくるといいよ」と言われて、彼らのマイクロバスを追っかけて裏道を右へ左へ。

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ちょっとばかり眺めの開けた田圃の中で白人一行と一緒にカメラを構え、続いて先回りしてこんどはちょっとしたカーブ、そしてサトウキビ畑の中で、と追っかけ撮影。で、刈り取り真っ最中のサトウキビ畑の中で止まり、あとは午後刈り取り・積み込みが終わってから工場へ戻るんだというので、午前中の撮影はこれでおしまい。

で運転手と一服していると、欧米鉄グループの一人が近づいてきた。挨拶して話をしてみると、名刺を差し出されてびっくり。いつも情報収集源の一つとしている、欧州の鉄道撮影旅行アレンジ専門の旅行会社「Far Rail Tours」のマネージャーだというではないの。いやぁ、お会いできて光栄です。そのままミャンマーや中国ツアーへのお誘いを受け、最後記念写真を撮って「あとで送るね」とお別れしました。また何処かで会えるかな。

で、次の目的地は、ここから東へ40kmほど、ジャワ島最東端のサトウキビ工場、PG.Asembagus。ここもOleanと同様に、(最早残り少なくなった)蒸機がフィールドまで出ていく所だ。が、この日は不運だった。なんでも先ほどのFar Rail Toursのガイドから聞いたところによると、昨日の夜、蒸機が壊れてしまい、修理には丸1日ほどかかるのだとかで、今日は運行がないらしい。思いっきり落ち込みつつ、それでも一途の望みを抱きつつ、アッセンバグースの街の東外れにあるPG.Asembagusのアドミに直行。手続きを済ませて工場内に入らせて貰うが・・・ 情報は正しかった。機関庫の前では今まさに修理中の11号機。聞くと、「うーん、部品はあるんで、今日中には何とか・・・」とのこと(涙)。やっぱり余裕を持ったスケジュールじゃないと、ダメだなぁ。。。。

Asembagus11p1080393

で、最後の目的地は、少し南西に下り、Jember近郊のPG.Semboro。途中Bondowosoという街で廃線になった駅を見かけたので立ち寄ってみると、なんとPT.KeretaApiの社員が常駐し、最寄りの駅からの指定券を販売していた。曰く、数年内に路線そのものも復活させるとの計画があるんだとか。ホント??

で、今日は金曜ということで午後はムスリムの礼拝時間なんかもある筈。なので時間調整もかねてJemberの町中のショッピングセンター脇のフードコートで昼食後、再度西へ走り、今回の訪問先の中では最大規模のPG.Semboroへ。と、今度はアドミの担当者が会議で不在だとかで待たされる。で、ようやく「あとで戻ってきてちゃんと料金払うから」と工場内に入れていただき、機関庫内の蒸機と客車・・・は実質チャーター用のみで、工場内の輸送はDLが担っている・・・を見せて貰ったあと、最後にここのお目当て。

彼らがその姿からか「牛乳缶」と呼ぶ、この変わった形の機関車は、無火機関車(FireLess)と言うんだそうです。無火ですから、火は使わず、圧縮蒸気を注入して、それで駆動するというもので、日本でも旧軍の鉄道連隊あたりで使われていたことがあったんだとか。アジアではここと、中国遼寧省本渓の炭鉱に残っていた筈、。無事に2号機、3号機の2台が現役なのは確認したものの、この時間帯はこちらも当分動く予定はないとのこと。スラバヤまでの帰路(5~6時間)を考えると、残念ながら夕方までは待っておられず、泣く泣く工場をあとにする事に。うーん、このあたりはまとめて次回、出直しだなぁ。。。

Firelessp10804372

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2008年8月21日 (木)

曇りのち、快晴!!

昨日はマランからスラバヤまで、1日1本の「Marang Ekspres」で戻ってきたのだけれど、マランの「Tugu Hotel」はなかなか雰囲気が良かったです。スラバヤにも「マジャパヒット・ホテル」という歴史由緒あるホテルがあるのだけれど、いずれも戦前、オランダ統治時代からの古いホテルを綺麗に改装し、準一流位のホテルとして今も営業中。いずれも安い部屋なら1泊100ドル位から、と落花生。でも手が出ない値段じゃない。女の子と2人連れで是非とも泊まってみたい?もんです。

さておき、昨夕の旅行会社からのメールにはガッカリさせられた。今日木曜と明日の金曜の2日間、東ジャワ州東部の3つのサトウキビ工場を回るつもりで、クルマの手配と入構許可の取付けをお願いしていたのだけれど、朝8時発の予定が許可の取付が遅れており、10時出発だという。なに、まだとれていないのか? わざわざ安くはない手数料払って、どれだけ前もって依頼してたと思ってるんだ。

で、10時になってやっと現れた旅行会社の人(兼運転手)によれば、まだ取得できていないという。とりあえず依頼先の旅行会社の日本人顧客担当に電話かけて苦情を伝え、仕方がないのでそのまま2人でスラバヤ市内北部港近くのサトウキビ会社・・・PTPN-XIの本社に直接に向かう。こちらもオランダ時代からのものとおぼしき仰々しい権威主義的な建物。で、局長のサインを待つばかりだというその部下の人を掴まえ、直訴した結果、およそ30分ほどでようやく署名の入った許可証をいただけた、のはもう11時過ぎだった。が、訪問日付が違っている。今日は21日だけど、訪問許可日は18,19の両日だと書かれている。確かに当初申し込んだときは18,19日で申請した。が、17日独立記念日の関係で18,19日のアレンジは困難だと旅行会社の方から説明があったため、やむを得ず木・金に変更したってのに。・・・また不信感募る。

ともかく出発だ。が、例のシドアルジョの泥噴出事故の影響で大渋滞したりした影響もあり、200kmほど南東のSitubondoに着いたのはもう撮影有効時間帯も殆ど終わろうとしている(ジャワ東部は日暮れが早い)16時半頃。市内北方の外れにあるPG.Oleanに向かい、ここは夕方にフィールドからサトウキビを積んだ機関車が戻ってくる筈なので、セキュリティに話を聞き、とりあえず工場の北西にクルマを走らせ、沿線の地元の人に話を聞いたり、途中で現れたDLの運転士に話を聞き、途中からはオジェック(バイクタクシー)に乗換え、線路端の犬走りを走り、夕暮れ寸前に、夕日を浴びて、サトウキビを満載して工場に戻ってくる蒸気機関車を見つけたときには思わずヤッター!って叫びたくなった。

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夕陽を浴びて工場へ向かうPG.Oleanの1号機。右は追っかけをする欧米鉄のマイクロバス。

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2008年8月19日 (火)

飛び込みでGo!

昨日はお目当ての船との出会いが予想外に順調に早く、しかしアッサリと終わってしまったので、余裕の時間が出来てしまった。というわけで、予定していなかったんだけど、少し近隣のサトウキビ工場を回ってみることにした。

目指したのは、スラバヤ市内南部のバスターミナルからおよそ西北西に3時間、スラバヤとソロ・ジョグジャを結ぶ幹線鉄道・国道から少し南にあるKediriという街。市内に入ったところでバスを降り、ローカル線の鉄道駅近くのホテル・ムルデカにチェックインし、タクシーで街に入る少し手前(北側)を西側に約1kmほどのところにあるPG.Merican(地元の標記ではPG.Meritjan)に向かった。

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PG.Merican(Meritjan)の8号機。2,6号と併せ3両が有火。

今回はアポなしだったんで、入口の警備員に来意を告げると、さすがに普段から多数の煙鉄な方々が訪れるだけはある。「今日は休日(独立記念日)でアドミは休みだけれど、手続料を支払えば、入構を許可する」とのことで、PGとして高めの部類に入るRp100,000(約1,200円)を支払い、無事に構内に入れて貰えた。おそらくはあいつらの小遣いに化けたんだろうな。

で、今日。スラバヤ行きのトラフェル(前にも書いたと思うけど、市外間直行乗合ワゴンタクシーとでも説明すればいいだろうか)にホテルの前まで迎えに来て貰い、次の目的地Mojokertoへ。バスターミナルで荷物を預け、昨日の成功に勢いづき、オジェック(バイクタクシー)で向かったのは、街の西外れにあるPG.Genpolkerep。

が、こちらは予想外に手強かった。セキュリティからアドミのスタッフに引き継がれて拙いインドネシア語でさんざん来意を説明しお願いするが、それでも受け付けてくれた中年男性は「上司に掛け合って」みてくれたりしたんだけど、小一時間ほどの交渉の結果、結局は「スラバヤのPTPN-X本社からの許可文書がない」といって入構は不許可。「せっかく来てくれたのに、ごめんね。また来てね」と。頭を下げられてしまい、イヤイヤ、こちらこそ本来の手続きも踏まずにアポなし突撃して申し訳なかったです。ご迷惑をおかけしました。目的は果たせなかったけれど、気持ちよく工場を後にしました。とはいえ、BBマレー、見たかったなあ。

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2008年8月18日 (月)

檜山丸と・・・?

早起きしてバンドン発朝06:05、1日1本のスラバヤ行き、東ティモール時代にさんざんお世話になったメルパティ・ヌサンタラ航空MZ616便でスラバヤに向かう。1日1本・・・そう、今回依頼した旅行会社はそう回答してきた。が、空港に着いてみたら、09:45発のスリウィジャヤ航空便もあるではないか。これならこんなに無理して早起きすることなかったのに・・・。しかもこの旅行会社、最初はこの区間の移動に対してバンドン(借上車)→ジャカルタ(飛行機)→スラバヤなんてルートを提示してきて、こっちから「メルパティがあるんじゃないの?」って聞いて初めてMZ便の料金を提示してきた。ちゃんと調べてよ。

さておき、スラバヤに飛んできた目的、それは一隻の船を探す事でした。が、出発前から随分いろんな人に聞いてみたのですが、正確な情報を把握できず、おかげで全体日程が固められず、困っていたんです。友人、元の職場の同僚、そしてこの旅行会社・・・、船の運航スケジュールなんて、船会社に電話一本確認すればいいだけのように思えるんだけど、帰ってくる回答がみんな異なってるんだもの。

で、その船ですが、勿体つけてもしょうがないですね。元の青函連絡船、檜山丸です。我々の世代は青函連絡船の最後にギリギリ間に合った世代で、中学の時の初渡道(羊諦丸)から青函トンネル開通&連絡船最終便まで、若い頃に何度か北海道ワイド周遊券を手に北の大地を目指した、思い出の船は今、函館港(摩周丸)と青森港(八甲田丸)でのメモリアルシップ、お台場の船の科学館(羊諦丸)、そして最近まで長崎でホテルシップとして余生を送っていた大雪丸。国内クルーズ船に改造された後、フィリピンに売却されてカジノ船となっていた十和田丸。そして松前丸と津軽丸は北朝鮮に売却されてその後中東に渡ったりしてスクラップになったという(いずれもネット上で拾った情報)。貨客船石狩丸、貨物船から売却後に客船に改造された空知丸も、地中海航路で活躍した後に廃船・解体処理されたんだそう。

というわけで、思いでの青函連絡船のうち、唯一の生き残りが、ここインドネシアで活躍している!ということで、これは会いに行かない訳にはいきませんよね。後日改めて書きますが、実際、随分苦労しました。ネットを弄ってるうちに、PT. Prima Vistaという船会社が運行している、KM. Mandiri Nusantaraという船だということは判ったんだけれど、この会社がホームページを持ってない。検索しているうちに行き当たったのが、2003年にスラバヤ港で台湾船と衝突した際の、インドネシア政府運輸通信省の船舶事故調査報告書だったり。

なので、一番確度の高いと思われる情報を頼りに、スラバヤ港近くの船会社のオフィスに直撃。来意を述べるとすぐにスケジュールは判明。もう1隻の船とペアを組んで、毎週月・水・金の週3便、スラバヤ港とカリマンタン島のバリクパパン港を夜の20時(前後)発、36時間後に目的地に着き、その夜20時発で折り返す、という運行形態とのこと。で、今日。さっき入港して、旅客をおろした後、今は港内に停泊しており、今晩17時に再度接岸し乗船、20時に出発するという。なーんとGood Timing!。というわけで、今晩の便に乗ってみるか。一番安い桟敷席で35万ルピア、一等2人個室で405,000Rp(但し2人分必要)とのことだ。が、頼んでみるうちに、なんとこれから荷物のローディングのために一時接岸するので、乗せてあげるよ、とのこと。勿論御礼目当てなのだろうけれど、まさに渡りに船? 早速、元は日本の船に乗ってペルーやらラスパルマスだかを回っていたために片言の日本語の出来る支店の責任者らしき人とタンジュン・ペラク港の桟橋の方へ向かうことにした。

で、この船↓です。「KM. Mandiri Nusantara」号。                        

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どうでしょう。艦橋後部に客室の増築改造がなされており、面影を残す部分といえば、緩くカーブを描いた操舵室デッキと、JNRマークが見えてきそうな煙突くらいでしょうか。

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遠くからタグボートに引かれて現れた船がゆっくりと接岸するのを待ちかね、乗船してみたんだけど、中もやっぱり大改造されており、「国鉄」とか「檜山丸」といった当時の名残を示すものは全く見あたらず。元の貨車航送に使われていた下部デッキから階段を上って船内に入り、増築部分から船の後部・元の桟敷客室部分を活かして現在も客室となっている部分に入ってみても、今ひとつピンと来ない・・・ 一部漢字の書かれた機器や、なんとなく国鉄=JRの寝台車ドアにそっくりな字体の「ひく」と書かれたドアといったものが発見できた程度。今回は最初の阿波丸の時と異なり操舵室デッキには入れて貰えなかったんで、そちらは確認できず。

Hiku

というわけで、あまりに名残のなさに少々ガッカリしてしまい、36時間の乗船はあっさり諦め、この乗船時間は別の目的につかうことにしました。。。

ところで、このPT. Prima Vista社の事務所におかれていた、所有している船の写真一覧の印刷されたチラシを持って帰ってきたのですが、この船「Mabuhay Nusantara」号、どうでしょう。瀬戸内のクルーズ船だった「サウンズオブセト」、即ち、元の宇高連絡船「土佐丸」ではないかと思えてならないんですけど。。。 ほーら、また次回の宿題が出来ちゃった。キリがないなぁ・・・(笑)

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あ、阿波丸と讃岐丸を訪問したときのお話は、こちらで。「スンダ海峡」と「島なみ街道」のところです。宣伝でスミマセン。

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2008年8月17日 (日)

今回はおとなしめに。

ジャカルタ・ガンビル駅朝9時。今日はバンドンで友人と会う(=飲む)予定にしているので、無理に早起きせずに09:10発の特急ArgoGedeで出発。勿論少し早めに余裕を持って駅に向かい、ホームの端でトレインスポッター。・・・が、そういえば今日は日曜日。いつもと比べて行き交う近郊電車の数が圧倒的に少なく、古い日本製電車の他、所謂中古譲渡組の中で現れたのは、都営6000のBogor行き急行1本のみで残念。今回はジャカルタは事実上スルーなので、もう少し見たいところだったけど。

で、殆ど寝っぱなしでお昼過ぎおよそ10分弱ほどの遅れで終点バンドン着。午後は近場の火山の火口まで出かけてみたり、夜は久々の再会を祝して乾杯。次に会うのはいつになるかしら。

が、独立記念日の3連休の中日ということもあり、事前に旅行会社にお願いしてとって貰った宿は、町外れ+シャビィ、に加えて(旅行社の手数料が)高い、と良いことなしでした。バンコクあたりだと、旅行会社を通じると、ホテルの公示価格よりだいぶ安く泊まれたりするんだけど、ここは違うのかしらね。

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黄色がチョっとだけ入ってマイナー・イメチェンした、おなじみの都営6000系。

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2008年8月16日 (土)

さあー夏休み♪

待ちに待った夏休み。一年ぶりの夏休み♪。例によって早くから特典航空券だけは抑えておき、暫く前からは仕事の関係で「休めるかな~。大丈夫かな~。」と不安になったりしながらも、なんとか11:00発、NH111便シンガポール行きのB767-300で出発。UAの☆券だったのだけれど、NH*PLTを見せたら、あっさりと最前列窓側を割り当てて貰えた。強いんですね。出発の際にはすぐ近くにSQのA380が見え、最初っからわかってたら、あっちにしたんだけどなーーー。 

シンガポールで乗換え、ジャカルタにはもうすっかり暗くなった19:20着。ブルーバードの乗り場はいつものように長蛇の列だったんで、昔住んでたアパートにいつも停まっていたGAMYAのタクシーで市内中心部のIbis・Tamarinにチェックインし、迎えの旅行会社の人から明日以降のチケットを受け取り、支払いを済ませる。が、まだ一部の手続きが終了していないとの連絡が併せて入っており、若干の苛々が募る。まあせっかくの夏休みだ。自分が楽しまないと。

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2008年7月20日 (日)

世界遺産、頑張ってますね。

 今日は朝からお楽しみの石見銀山。毎日2回、朝10時と午後13時半発のボランティア・ガイドさんつきのツアーに申し込む。マイカー乗り入れが規制されているこのエリアは石見交通のバスが観光客を運んでいるのだが、このツアー、せっかくなので歩きながらいろいろ話を聞いてください!ということで、2時間ほど(殆ど上り坂を)歩きっぱなし。でも担当となった気さくなオバちゃん、話も巧く、20人ほどの参加者からの質問も飛び交い、結構楽しませてくれるものでした。ガイドブックも勿論いいけど、時折こういうのに参加するのもいいもんですねぇ。3連休ということでそれなりの人出えでしたが、GW中は、それこそまともに歩けないほどの大混雑だったとか。これからまた暑い夏休みの時期が待っていますが、正直観光客受け入れキャパはいっぱいいっぱいという印象。地元大田市も結構危機感を持って対応策を考えている由なるも、さてどうなるでしょうか。銀山の間歩(まぶ)と呼ばれる坑道もともかく、結構良い趣の大森の街並みと併せて、のんびり一日過ごしてもいい感じのところでした。
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ボランティアガイドさんの案内で、銀山の間歩(坑道)内を見学。
 お昼ご飯は日本海側に出た仁摩町のお魚料理屋さん。数種の刺身に焼き魚のこれだけで十分お腹一杯になりそうな定食(\1,575)に加えて、2人でソイという白身魚を一匹刺身に裁いて貰い、これで2人で5千円ほど。東京あたりじゃとても考えられないお値段。
 そのあと温泉津温泉の古い外湯、薬師湯で汗を流した後、中国地方を大横断、ちょっと時間があったので瀬野のスカイレールなる変わった乗り物に寄り道してみた後、広島から最終ANA698便、国際線仕様の機材のB777-200、最前列のC席で帰京。定刻22:00着が若干早着し、しかも58番と出口近くのスポットについたため、22:10発の最終中野行のリムジンバスをゆうゆうキャッチ。若干首都高が混んだものの、23時過ぎには無事に帰宅。

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2008年7月19日 (土)

渋い温泉宿で。

 海の日三連休。世間は小中学校の夏休みに入り、お出かけ気分満々になり始める時期だ。
 落花生。はと言えば、昨年末の日奈久温泉金波楼のメンツに誘われ、温泉で宴会、今回の舞台は島根県三瓶山麓の小屋原温泉と言うところ。島根といえば、昨年(?)世界遺産に登録されて大いに盛り上がっている石見銀山があるわけで、暫定リストに登録された頃からずっと関心を持っており、一度行ってみたいなーと思いつつも、なかなか時期が合わずにいた。
 というわけで、今日は中野を朝5時半、始発のリムジンで羽田に向かい、羽田06:50発、広島行のANA671便、さすがに3連休初日朝の下りということで混んでおり、一般席は窓側も通路側も満席だったので、SSP(と言わないのだっけ、今は。プレミアムクラスね。)の最前列1KにPLTのUGポイントで乗せて戴くが、離陸直後に即熟睡、着陸だから椅子を元の位置に戻しましょうアナウンスまで気がつきませんでした。悔しいので、朝食弁当だけ慌ててかき込む。
広島空港からはレンタカー。広島なのに(マツダじゃなくて)スズキのワゴンRソリオ。着座位置が高いクルマはパジェロなど経験済なのだが、ペナペナのベンチシート、横風の影響の受け易さ、高速道路でもちょっと登りになるとガクンと速度が落ちる力のないエンジン、など、正直あまりお気に召さない、自分では欲しくない。
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その筋では超有名な、亀嵩駅の駅?蕎麦。
 市内北部のアストラムライン古市駅で愛媛からフェリーでやってきた友人Y中君を拾い、中国道経由、庄原インターからは一般道で、木次線の三井野原駅で降ろして貰った。JR西日本で一番海抜が高いこの駅前にはスキー場があり、その昔はこの駅行きのスキー臨もあったというが、今の時代&この時期は駅前に一軒の店もない閑散とした無人駅。1時間弱ほどで現れた「奥出雲おろち号」なるトロッコ列車で大阪からの友人S本君と合流。有名な出雲坂根の3段スイッチバックや「延命の水」、観光臨時列車にあわせて店を出していた駅売りの焼鳥屋ゆで卵などを楽しみ、クルマを止めて来たY中君と合流して亀嵩で下車。こちらも超有名な駅の割子そばで遅めのお昼ご飯。
 ここからは3人でクルマに乗換え、三刀屋経由で竹下登元総理の実家のある掛合へ。有名な造り酒屋というこちらの竹下酒造では、酒蔵博物館、竹下登記念館などが併設され、最近売り出し中のお孫さん、DAIGO印の出雲誉等も販売中で、もちろん今晩用に1本購入。
 夜は、所謂秘湯の宿、携帯電話も入らない山奥の一軒家、小屋原温泉熊谷旅館で5人でお泊まり。4つの小さなお風呂からなるこちらの湯治宿、お湯は若干温めで夏向き、食事もまあまあでしたが、建物が田舎の集会所みたいで少々趣に欠けるのは残念。次回は、また重要文化財的な建物を使った温泉旅館、ということで意見の一致を見つつ、みんな仕事が忙しいのか睡眠不足が続いているらしく、さっさと酔いが回ってしまい、23時前には就寝と相成りました。
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小屋原温泉熊谷旅館。建物がもう少し趣があるとなお良いのだけれど。

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2008年7月13日 (日)

たまには電車で。

久しぶりに、クルマじゃなくて公共交通機関でお出かけ。何が違うかというと、高騰するガソリン代もともかく、現地でお酒を飲めるってのが大きいですね。で少々早起きし、これまた久しぶりの小田急ロマンスカー、初乗りのVSEで出発。さすがに週末ということもあって、展望席は全然取れなかったけど。
湯本から登山電車で宮ノ下(有名なロープウェイの宿は、前回日帰り入浴済なので)、最近お気に入りのクラシックホテル・富士屋ホテルに立ち寄り、強羅で地場の無農薬材料を売りにしているレストランでお昼ご飯の後、温泉で一浴び、外国人観光客だらけの大湧谷(黒玉子、また売切!!)から湖尻に出て、最後は御殿場から、ロマンスカー「あさぎり」で帰京しました。
二人以上だとクルマの方が経済的だったりするかもしれませんが、たまには電車もやっぱり良いもんですね。なおこの場合、株主優待乗車券を用意していたりすると、ちょっとお得かも。

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大湧谷のとても魅力的な輸送機関(笑)。温泉玉子輸送用らしい。

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2008年5月10日 (土)

話の種に。

さあ最終日。ザンジャーンからの帰路は汽車にしてみることにした。昨晩窓口で聞いてみると、テヘラン方面行きは早朝の3本、午後3時過ぎ~夕方にも数本あるらしい。あんまり早起きするつもりもないので、朝の一番遅い便は07:40発の353列車。発券窓口のお兄ちゃんはニヤニヤしながら「3等だよ。イイの?」といいつつ15,000rlsの切符を売ってくれた。うーん、まぁ昼間の4時間くらいだからイイだろう。

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ザンジャーン駅に入線してくるテヘラン行き普通列車。

で、涼しい朝の駅にほぼ定刻に滑り込んできたMiyaneからの普通列車は、確かに薄汚れていて数日前の1等寝台夜行列車とは随分と格差があるようだ。手元の切符には4号車18番と書かれているが、何号車がどこに止まるのかわからないので列車が入線してから右往左往。それでも無事に車内に入ってみると、集団背反型の固定式クロスシートが並ぶ車内は冷房こそついていないものの、そこそこ綺麗。程なく国鉄のロゴ入りのミネラルウォーターと朝食(といってもナンとジャム、紅茶のみ)が配られる。こりゃあ3等じゃないね。切符と列車の車体標記をよく見てみると、ちゃんとペルシャ文字で「1」って書いてある。一応1等車なんだ。駅員氏は、「外国人の乗るような列車じゃない」ってことで、自虐的に言ったのかな? テヘラン着は12時。4時間強だから高速バスと殆ど一緒で、値段は半分以下。うん、時間帯さえ合えば、悪くないね。

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テヘランの地下鉄。この中国長春製の他、最新のVVVF車も有り。

で、なんと4度目のテヘランになります。殆ど通過だけだったけど。もうだんだん慣れてきて、駅前の市内バスターミナルから4枚で1,000rlsのチケットを買って路線バスで市内中心部へ。途中で市内を東西に貫く基幹バスというかジャカルタのTransJakarta的な専用レーンを走るバス、地下鉄、再度バスに乗り継いで市内北部のとある日本料理店へ向かう。

これだけでピンと来る人も居るんでしょうね。実はアラビア湾だけじゃなくて北側はカスピ海にも面しているイラン、その昔からこのテヘラン市内の日本料理店「瀬里奈」では、バックパッカー旅行者に超有名な一つのメニューがあります。これ↓

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軍艦巻きになっているのは、キャビアです。キャビア寿司です! インフレの影響なのか、どんどん高くなり、最早2カンで15ドル近く、と日本の寿司屋でも食べたことのない様な値段になってしまってますが、これは話の種に食べてみないわけに行きませんよね。

で、これ一品だけというわけにはいかないので、他にも注文し、滞在中最も高価な食事を済ませ、渋滞する市内を抜けるべく地下鉄で市内南方のバスターミナルまで南下し、タクシーでイマム・ホメイニ国際空港へ。お土産にキャビア買いたかったのだけれど、昔モスクワの空港で見かけたときには50ドルくらいだったという記憶だったのが、ここでは120ドル。ちょっとそこまでは・・・

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2008年5月 9日 (金)

おまけといっちゃあ何ですが。

シラズからは、またバスでヤズドに出て、ゾロアスター教の鳥葬が行われていたという寺院を見てからテヘランに戻る予定にしていたんだけど、ヤズドからテヘラン行きの夜行列車が深夜発の2等座席しか取れず、座席で寝るのはシンドイな・・・と、旅行会社を見かけるたびに航空券のキャンセルが出てないか照会を続けていたら、ふと昨夕取れてしまった。このシラズ朝10:15発のテヘラン行きイラン航空IR3324便は、便名から察するにどうやら臨時便らしい。ホントは聞いたこともないローカルのキャリアの方が良かったけど、この際贅沢は言ってられない。

ホテルの近くの大通りまで出てタクシーで2万Rls程で着いたシラーズの空港には、日本人旅行社も居てさすがは観光地。チェックインしてから2階の展望の効く待合室に上がってみると、アセマン航空のフォッカー100と並んでイラン航空のB727が見える。数日前のB707程のインパクトはないけど、これも相当のロートルで、探さなきゃ乗れない機体で、これかな?と期待が高まる。・・・がその機体には程なく搭乗が始まり、飛び立っていってしまった。で、我がテヘラン行きはというと、出発時刻15分ほど前になって2基のフォッカー100が相次いで到着。片方が10:35発の定期IR234便、もう1機が我がIR3324便。確かにこちらも日本では乗れない機体だけど、F100はベトナムやインドネシアなど他のアジアでも時々乗ったことのある奴でテンション下がりまくり。あ~ぁ。

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何の変哲もないIRのF100。B727の方が良かったな・・・

10:35発の定期便が先に出発してしまい、30分ほど遅れて出発した我が3324便の機内サービスはサハ航空とは異なり、バナナとお菓子の詰め合わせとドリンクのみ。初日以来2度目のテヘラン・メフラバード空港は、イラン航空だけはメインの第1ターミナルで、先日のローカル線専用ターミナルに比べると随分と立派。手持ちの現金が若干乏くなりつつある中、金曜(公休日)なので銀行が開いているか若干心配したが、ターミナルの外に出るとちゃんと両替商が店を開け、空港タクシーは近距離なのにメーターで走る。途上国の空港のタクシーなんてボッタクリだらけのロクでもない輩のたまり場という認識だったけど、ここイランはどうも違うらしい。

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右が国内便、左はイスタンブール行きの国際便のバス。

で、20,000Rls程で着いた、西部方面行きのバスターミナル。帰国便は明日の夕方なので、飛行機で飛んで帰ってきたお陰で丸1日余裕が出来てしまったので、もう一カ所出掛けてみることにした。ターミナル内のファーストフード店でお昼用のサンドイッチを買い込み、また例によって英語標記の全くない切符売り場で右往左往しつつも、ようやく目的地ザンジャーンまでの切符をなんとか無事に入手(35,000rls)。トルコのイスタンブールまで直通するような長距離バスも並ぶ(客引きの多いこと!)ターミナルから、アルメニア国境近くのタブリーズまで向かう長距離便は、先ずお菓子の詰め合わせボックスとドリンクが配られて出発。テヘラン市外を抜け高速に乗ると、郊外に向かう2階建ての近郊列車と併走しつつ、西へ走ること4時間少々でザンジャーン着。先ずは市内中心部のホテルにチェックイン(40ドル近く、高い!)し、乗合タクシーで再度市内当方のロータリーへ。まだ6時過ぎ。今日はもう一つの世界遺産、ここから30kmほど東にあるソルターニェまで行きたい。今なら日暮れまでに間に合う筈だ(イランは時差の関係で、夜7時半頃まで明るい)。

英語で乗合タクシーを案内してくれた学校の先生他4名で相乗りのタクシーで40分ほど、ソルターニェの町外れの乗合タクシー乗り場から、そのアリ先生は、帰り道とは逆方向なのにも関わらず、ソルターニェの世界遺産、ウルジャイトゥ廟まで道案内してくれた。みんなホントに驚くほど親切。

ザンジャーンに戻っての晩御飯は、ロンプラにも載っている市内鉄道駅前の超有名レストランで。その昔の隊商宿を利用した店内はとってもいい雰囲気で、地元の人や旅行社が列を作るほどの人気でした。

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これも世界遺産、夕暮れ時のソルターニェのウルジャイトゥ廟(改修中)。

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2008年5月 8日 (木)

純粋観光客になるinペルセポリス。

 朝8時に市内の旅行会社前に集合したのは全部で13名ほどで、50人乗りほどの大型の古いベンツのバスに乗り込んだのは、途中乗車の1家族を併せ、ポーランド、カナダ、オランダ、日本そしてイラン人と国籍は多様。昨晩通ってきた道を北西に暫く戻り、50分ほどで到着したのは、世界遺産にも指定されているペルセポリスの大遺跡前。

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ペルセポリスにて。ガイドさんの案内で観光中。

 素人の筆者が移籍の詳細を述べるのは差し控えるので御関心のある方はガイドブックやネットで検索していただきたいが、結論から言えば10ユーロ相当の米貨かイラン貨で支払い可能なペルセポリス&ナグシェ・ロスタムの両遺跡を6時間ほどで回ってくるこのツアー、とっても便利でした(ホントは、更に80kmほど北にあるもう一つの世界遺産パサルガダエ(パサルガード)も行きたかったのだけれど、そちらはバスツアーはなく個人で運転手付のクルマをチャーターする必要があるため、80ドルほどかかるということだったんで、諦めてシラーズ市内観光に回した)。都市内とは違って郊外の観光地、公共交通がないとその都度タクシーと交渉したりして、タマにはボッたくれたりして、なんてことを考えると、すぐ目の前の駐車場まで(古いけど)冷房つきのバスで送り・出迎え付きで時間のロスもなく、英語とペルシャ語だけだけど、」森泉似のガイドさんによる説明があって、熱い中歩いて駐車場まで戻ってきたら、アイスバーの差し入れまでついたこのツアー、とっても便利でした。全部自分でやるのだー!なんて意地張らないで、使い分け、重要ですねぇ。
 今晩は、日帰りツアー戻ってきてから見つけたパルシアン・ホテル(45ドル)。昨日のと比べると倍以上だけど、遙かに快適。もうこのくらいのところ泊まりたいところです。もうそんなお年頃だし。日本だったら東横インの価格なんだし。

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結構古めの観光バス。後付のエアコンの室外機?がゴツい。

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2008年5月 7日 (水)

世界の半分で。

“エスファハンは世界の半分”というのは有名な言葉だけれど、朝からマーケットを抜けて再度訪れたエマーム広場とモスクはやっぱり凄かった。沢山の小さなドームによって形作られた青い天井を、思わずひっくり返ってしまうくらいのけぞって眺め続けた。うーん、旅するって、やっぱりいいなあ・・・ (^-^)

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エスファハンの中心、エマーム広場とモスク。

さて、イランのホテルはここに限らずチェックアウト・タイムは午後2時というのが多いそうで、午前中一回りしてから一旦部屋に戻り、シャワーを浴びたり荷物を詰め直したりする余裕があるのが嬉しい。今日もその恩恵にあずかり、一旦ホテルで一休みしてから動き出し、市内南部のバスターミナル“テルミナーレ・ソッフェ”へ路線バスと乗り合いタクシーを乗り継いで移動。今回は乗合タクシーに声をかけられなかったので、路線バスのカウンターへ向かうが、これが悉くペルシャ文字ばかりで英語の案内が全くない!のには参った。エスファハン~シラーズなんて、結構な観光路線だろうに、これじゃあちょっと困っちゃうね。それでも窓口内からの呼び込みの声を頼りに、すぐに出発するエアコンバスの切符を無事に入手(50,000リエル)。

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フツーに快適な長距離バス。でも汽車よりは狭いし、乗合タクシーよりは遅い・・・

ほぼ満席ですぐ出発した車内では、ドリンクとポテトチップが配られ、バスは市街地を出るとすぐに高規格の道路を走り出した。途中で1回休憩をとり(サンドイッチを入手)、シラーズまではほぼ7時間で到着。取り敢えず市内中心部までタクシーで飛ばし、閉店間際の旅行会社に飛び込んで翌朝の1日ツアーの申し込みにギリギリで間に合った。ついでに宿の紹介もお願いするも、市内の中級ホテルは悉く満室、7軒目だったか、漸くエコノミークラスのホテルを留保することが出来た。しかしこの旅行会社も斡旋手数料を取っているのか判らないけど、「君は(ツアーに申し込んだから)当社のお客さんだから」といって、電話代として差し出した小額紙幣を受け取ろうとせず、恐縮してしまう。この国、基本的にとっても正直で親切な人が多い。
 今日の宿はササーン・ホテル(184,000リエル)。集中式の空調はついているけ
ど(あまり効かない)、シャワー・トイレは共同。これで20ドル近くするのはとても高くてコストパフォーマンス悪い。明日はまともなところに移るぞ。

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2008年5月 6日 (火)

飛ばし過ぎ。

明けて6日。朝ご飯は再度食堂車にいくが、(インドのとはちょっと違う)ナンとバター、チーズに紅茶のみでちょっと今ひとつ。数日前に降り立ったイマム・ホメイニ国際空港を左に眺め、テヘラン着はお昼の12時ちょっと過ぎ。さて、次は、だ。

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朝の食堂車の車内。料理はもう少し選べると良いのですが・・・

次の目的地はエスファハンなのだけれど、昼の列車はない模様。なので乗合タクシー(2,000リアル)で南バスターミナル(テルミナーレ・ジョヌーブ)へ移動すると、ターミナルビルに入る前に客引きに呼び止められる。「エスファハン?」 ん!乗合タクシーか。と見ると、そこそこちゃんとしたプジョー405が2台。この国ではちょっと前のプジョーを生産しているらしく、街中では小型車206と、405、それに405の前後のデザインを406風にアレンジしたParsなんてモデルが、国産イラン・ホドロー社のペイカン、サマンドといったモデルに混じって、随分多く走っている。値段を聞くと12万リアルとのこと。400km弱ほどの距離で、ガイドブックではバスだと7時間所要、とある。今からバスだと夜8時位になるか。明るいウチに着きたいな。バスだと5ドル位だから2倍ちょっとなんだけど、このセダンならバスより座席は広くて快適だろうし、早く着けるんなら、これで行こう。

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このプジョーで高速をかっ飛ばす乗合タクシーと運転手。

昔千葉の蘇我に住んでいたという人に日本語で話しかけられたりしているウチに、程なく4人乗客が揃ったらしく、無事に出発。すぐに立派な高速道路に乗ると、これが飛ばす飛ばす。キチンと動いているメーターを時折横目で見ていると、150km、ついに160km/hを越えて、前のクルマを後ろからパッシングしてどかせながら(それでも煽られた方のクルマはキチンと右に寄るのだから、一応秩序はあるらしい)、ちょっとキツめのカーブでは、内側の車輪を路肩に落として遠心力を殺しながら(・・・って秋名山のとうふ屋のレビンじゃないんだから)ひたすら飛ばし、途中道端のレストランで30分ほどご飯休憩を含め、エスファハンには4時間半ほどで無事到着。前席でシートベルトしっかり締めてたけど、・・・あぁ生きた心地がしなかったよ。

ここでも宿がなく、3軒目のホテルで紹介して貰った(電話して抑えてくれた)街外れのそこそこ高級なホテルに荷を解き、“世界の半分”エスファハンの中心、エマーム広場に向かった。陽は殆ど暮れてしまったけれど、広場には多くの人が集まり、祈りの声が聞こえてくる。思わず久保田早紀の「異邦人」♪が口をついて出て、なんというわけでもないのだが、感動でなのか、目頭が熱くなってきた。

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今日の晩御飯はこんな感じでした。

もうマスジッドには入れなかったので、暫くの後広場をあとに市内中心部へ戻る。ネットカフェがあったのでメールチェック(日本語フォントも読める)、夜は市内の結構高級なレストラン(外国人観光客も)。串焼き肉かシチュー、これにサラダとヨーグルト、炭酸飲料というのが定番のお食事で、8ドルほど。ビールはやっぱりない・・・

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2008年5月 5日 (月)

ブルートレインで!

明けて5日。今日はここアフワーズから100km程北にある、世界遺産のチョーガ・ザンビルを訪問する予定なのだが、実はまだ帰りの切符が取れてない。どうもこのイランという国、交通機関の料金が安いからか、飛行機も鉄道も混みまくっているようで、昨日夜旅行会社に行ってみると、今日の夕方のテヘラン行き、次の目的地のシラズやエスファハン方面の飛行機便は全て満席、テヘラン行きの夜行列車も満席の由。最後は夜行バスかな~(-_-#)なんて覚悟してました。そしたら、全く当てにしていなかったのに、あとで旅行会社からホテルに電話が入ってきて、「キャンセル待ちで取れた!」とのこと。一見さん相手に、なんて親切な旅行会社さん。

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チョーガー・ザンビル遺跡。国道から25kmほど離れているので、タクシーで往復(10ドルほど)。

で、朝から安心して乗合タクシーなどでチョーガー・ザンビル遺跡やその起点となるシューシュというこちらも古い街で半日を過ごし、午後再びアフワーズへ戻る。ホテルで荷物を引き取り、旅行会社に向かうと、「一緒に駅へ」向かい、駅の事務所でキャンセルになった切符を引き取る。ちゃんと落花生。の本名の記載された切符はテヘランまでの一等親台でおよそ15ドルほどと激安。

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テヘラン行きの寝台列車は、ヨーロッパのように新しくて綺麗な車体。

乗るのは18:45発のテヘラン行き急行133列車。 身分証明書や荷物の厳しいチェックを受けてホームに入ると、待っていた全車1等寝台(+食堂車)9両編成の列車は、イヤ、これが綺麗なんです! まるでヨーロッパの国際特急だと言っても通じるような綺麗なブルーの車体。サボには「Vania Rail」「Delijan Train」等と書かれているけど、愛称名なのかな? 全てペルシャ文字で記載された切符は判読が困難だけど、イラストで号車と席番はなんとか判明。指定された7号車の28番、心地よく冷房の効いた車内には2段寝台4人用のコンパートメントが並び、座席のテーブルにはちょっとしたスナックと、ペットボトルの水は、なんと凍ってる! すっごいサービスだ。テヘランまで教科書を買いに行くという学校の先生2人組とおしゃべりするウチに定刻に出発進行! 

途中、さっき通ったチョーガー・ザンビル近くのシューシュなど幾つかの駅に停まり、20時頃には3両ほど歩いて食堂車で晩御飯(座席に配達もしてくれるそう)。チェロウというバターライスに串焼き肉、炭酸飲料が付いて35,000リアルだから400円弱とけっして安くはないのだけれど、やっぱり食堂車ってイイよね。ホントはここで冷たいビールを一杯、といきたいところなんだけど・・・ (^-^;;

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快適な一等コンパートメントの車内。

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2008年5月 4日 (日)

ボーイング707で飛ぶ!

深夜1時過ぎのQR484便でドーハからまだ夜も明け切らぬテヘラン・イマムホメイニ国際空港に飛び、両替所で一緒になった日本人旅行者の方とタクシーに相乗りしてテヘラン市内へ。先ずは旅行会社へ向かい、開店を待ちかねてサハ航空のフライトスケジュールを確認。サハ航空、IATAにも加盟していないような会社で日本国内でも知っている人は少ないだろうな。今回のイラン旅行の最大の目的は、このサハ航空に乗ってみること。機種は・・・この会社、この21世紀の現代において、全フライトをB707、そう、ボーイング707で運行しているのです。我が国では日本航空のDC-8が主力で国内線には就航していなかった筈のこの機種、初就航が1958年だから、実に50年前! 

英語の通じた旅行会社の真っ黒なチャドルを被った親切なお姉さんに調べて貰うと、この日のフライトは、午後14:30発の南部アフワーズ行きIRZ125便ということで早速発券して貰い、その後カタール航空のオフィスで帰りのチケットのリコンファームなどしてから、今度は市内のメフラバード空港へ。カフェテリアで初イラン料理の昼食の後、定刻を10分ほど過ぎた頃、バスでいよいよ機側へ向かい、搭乗と相成った。

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厚化粧を重ねたような機体にタラップを上って乗り込む。機内頭上の荷物棚は蓋のついていない、所謂ハットラックという奴なのだが、その下には後付けらしいエアコンの吹き出し口が目立つ。椅子はどうやらSIGMA製の最近のモノに取り替えられているようで、若干窮屈ながら居住性はごく普通。しかしまあ、ナローボディの4発機なんて(小さな頃に国内線でDC-8に乗ったことはあるらしいんだけど、)、昔はこんな飛行機で太平洋横断していたなんて・・・と考え出すと、思わず感動で震えちゃいます。機内で写真を撮ったら叱られたけど、その後はちゃんと出てきた鶏のカバブなどの機内食をモソモソと戴き(だってさっきお昼食べたばっかりなんだもの)、機窓の細い2本のエンジンを眺めながら、アフワーズまでの1時間ほどのフライトはつつがなく終了。イヤー感動ですよ。こんな機体が現役で定期商用便に使われているのって、世界広といえども、他にありますか??

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2008年5月 3日 (土)

初カタールを走る!

関空からのカタール航空QR821便は、GW後半の始まりということで大勢の観光客でほぼ満員・・・ながら、34Dを割り当てられた筆者の横だけは何故か空席。まさかプラチナのお陰で隣席ブロックしてくれた訳じゃないな。チェックイン時点で通路側!とか希望を述べるまでもなく、既に用意されていた搭乗券を渡されたんだから。

お陰でゆったりと7時間ほどグッスリと睡眠、夜が明けたばかりのカタール・ドーハ空港着。入国審査官にクレジットカードを渡して、アライバルビザを“買う”といった感覚で入国。到着ロビーに銀行や両替所が見あたらなかったので、取りあえず地元銀行のATMにCITIBANKのキャッシュカードを突っ込んでキャッシング。これ、便利だよー。今までも何回も救われてきたもの。

さておき、次の乗り継ぎは夜中の1時。今日は丸一日ここカタールでフリーだ。で、レンタカーを借りて砂漠の方へ行ってみることにした。他のレンタカー会社はみんな三菱ランサーやホンダ・シティといった日本車だった中、Sixtレンタカーで借りたのは日本ではお目にかかれない、Skoda・Fabiaという小型車。そうです。落花生。の愛車、Octaviaの弟分にあたる奴です。

走るクルマの5台に1台くらいは新旧のランドクルーザーという金満国家のドーハ市内は、特にロータリーの優先など、非常にマナーが良く、初めての街・初めてのクルマながらなんの問題もなく、取りあえず日本大使館に寄ってみた後(休日でお休みだったけど)、今度は市内から南へ向かう。街を一歩出ると道の両側は広大な土漠が広がり、南の国境の方は砂漠地帯となっている。海縁のリゾートホテルの近くの砂漠地帯には、道沿いに観光客向けのサンドバギーレンタル屋が店を出していたので、(ホントはランクルで砂漠を走り回りたかったんだけれど)落花生。も125ccの四輪バギーを借りて砂漠に駆け上がってみた。すっごい砂嵐と、砂漠の山の上でスタックして思わず焦りまくり。

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カタール南部の砂漠地帯で、ファビア。後ろの山にバギーで駆け上る。

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2008年5月 1日 (木)

行きます!

今日は木曜日、空転国会のあおりで随分ヒヤヒヤしましたが、来週はお陰で?何もないというか、お仕事の忙しそうな日は再来週以降に先延ばしになってしまいましたため、上司(課長代理)共々来週はお休みを戴くことにしました。お陰で可哀想なキャンセル料達になることもなく、無事に旅立てることとなったわけです。

というわけで、今日は荷造りの真っ最中。明日は出勤前に某駅のコインロッカー(最近はSUICA仕様)に預けて、夜8時には職場出て、羽田へ直行だーー! きっとGWでとっても混んだ窮屈なフライトで10時間以上だなんて、ちょっと考えただけでもぞっとするかぞっとしないかのどちらかなのだけれど、ホントはバンコク乗継とかで中休みしつつ行きたいんだけど、仕方ないですね。楽しい旅行のためです。そんな遠足前日の小学生気分の落花生。です、今晩は。

それでは、行ってきます。(^-^)/~~~

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2008年4月25日 (金)

かわいそうな・・・

さあいよいよGWということで、世間は浮き足立っている金曜日。このGWは上司等と調整の上、後半4連休+3日休暇をつけて1週間、という思惑で居たのだけれど、ここ2,3週間どうも雲行きがおかしい。

というのも、実はこの通常国会に、今の職場の担当で関係する法律改正が国会にかかるのだけれど、捻れ国会、しかもガソリン税やらご長寿医療保険だかなんやらの影響で、関係のない各種法改正まで“人質”に捕られてしまった格好で、これの審議がいつになるか判らないという状態。落花生。達のような政府関係機関の職員は、いざその審議の前日には答弁の準備作業やらで徹夜作業になるのでそれはもう覚悟の上なんだけど、困るのは、これがいつになるのかわからないまま、ここ数週間ドンドン先送りになって来て、もう確実にGWに重なりつつある。7~9日の有休予定日にそんなものが当たった日にゃあ、そりゃあ確実に休暇取消だよ。でさ、GWということで、いつもお世話になってる格安航空券屋さんはキャンセル料も殿様商売で、3週間を切ると4万円、3日前からは50%もの額を頂戴しますって。でも、直前にハッキリしてから予約しようったって、GWや年末年始、お盆なんか取れるわけないし、旅割とか早割とか、使えない訳じゃないか (゜o゜)。。。
私が資金を有効に使おうと予約した格安チケットのキャンセル料はどうなるのでしょうか? かわいそうな私のキャンセル料(スミマセン、W辺さん、気に入ったのでパクりました)。

そりゃあ国会の議論は大事だし、わかるけどさ。国会議員の皆さん、我々下々の労働者としては、先の予定が立たないのは困るんです・・・。どっちでもいいから早く決めて下さい。その時はちゃんと仕事しますから。「休みたいのなら辞めろ」なんて言って物議を醸している経営者の方は居るようですが。

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2008年3月25日 (火)

案の定。

昨日の月曜日、微熱のまま出勤したものの、お腹の調子は極めて悪かった。帰宅後、更に調子が悪くなり、夜中2時半頃目覚めるて熱を計ってみると、なんと38.8℃とアフリカでアメーバ赤痢にかかった時かティモールでマラリアにかかった時を彷彿とさせるような発熱。こりゃダメだ。

朝起きると少し熱も下がった・・・といってもまだ38℃超だ。取りあえず持病の心臓病の関係で普段からお世話になっている大学病院の外来に電話して予約して出掛けることに。

で、レントゲン撮って、ジェットコースターと並んで世界で一番嫌いな採血やらなんやら色々とされた結果、結論としては、細菌性の胃腸炎。時間的に逆算してみると、どう考えても土曜の夜の北京ダック@瀋陽だったものと思われる由。

このチャイナフリーが叫ばれるご時世に、チャイナオンリーの世界に行ったりしてるからバチが当たったのか・・・  当分行かない (-_-#)

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2008年3月23日 (日)

踏んだり蹴ったり。

今晩の宿は瀋陽北駅から夜中00:27発、斉斉哈尓発からの大連行快速N106次。切符に書かれているのは「硬座快速臥」下舗で71元、今日も緑皮車らしい。快速といっても大連までの所要時間は6時間20分、普快でも5時間半ほどで走る列車があるのに比べると相当な鈍足で、大連到着は06:45。CA951便の大連発は08:55発なので、遅れるとヤバイところなので少々ヒヤヒヤしたけど、遅れてきた後続の特快を終着直前の金州で待ったために6分ほどの遅れでなんとか到着。北口からタクシーで周水子机場に着いでもまだ7時15分。まだチェックインが始まってなかった。

今度は定刻発なるも、機体はB737-800(但しウイングレット無し)と更に小さくなった機内で異変が始まった。中餐・西餐の2種類から選べる朝食のウチ、洋式のスクランブルエッグを選ぶと、どうもこうも不味い。暫くしてから猛烈な嘔吐感に襲われ、帰りは時間に余裕があったにもかかわらず成田エクスプレスに乗り込んでしまった。夕方からはお腹も暴れだした。ヤバイ。今回は大外れだ。

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というわけで、今日の写真は無し。昨日の趙家屯の電化ナロー運炭列車です。

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2008年3月22日 (土)

今日こそ蒸機!

錦州の夜は地元風味・名物料理らしい鍋だった。ビールつけても40元と格安。

今日は昨日の分も取り返さなきゃ。と早起き。朝5時にチェックアウトしたホテルに荷物を預け、目の前からタクシーを捕まえ、目指すは隣町の南票。その筋の人達にはとっても有名な、東北部最後の国営炭鉱が残っていた街だ。中国で炭鉱といえば?、そう、蒸機だね。というわけで時々視界が極めてゼロに近くなるほどの朝靄の中を50分ほど疾走したタクシーは葫蘆島市の南票の街へ。メーター読みの料金は90元を越えており、途中の有料道路代5元かかったので、100元を手渡す。結構な額だな。

南票の中心街、黄甲駅は国鉄の南票貨物線に沿った立地。朝06:15発の始発列車は、運転の中心である隣の下廟子からSYのプッシュプルで現れた。今日は土曜日ということもあって、座席は各ボックスに1,2名ほどの乗り。Y字型に走るここ南票鉱務局の旅客列車の運行は、朝の両線1往復半、午後2往復半が基本。先ずは西線と称される三家子行。一駅目の下廟子で三家子からの始発の上りとすれ違い、こちらもSY牽引であることを確認。列車はゆっくりと製炭工場などを掠めながら上って行き、終点の三家子まではおよそ1時間ほどの小旅行。下車客はそのまま駅前の石炭積み出し設備と思しき工場に向かっていく。暫くの後蒸機は客車から離れ、構内の貨車の入換を行った後、その貨車を引いたまま、客車を残して南票方面へ向かって発車してしまった。駅の周辺を歩くと、更に狭いナローのヘロヘロ軌道が道の脇を走っているが、今日は週末のせいか途中の工場への門は閉められ、走る気配はない模様。

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三家子に到着した朝の通勤列車。まだ寒いので結構な煙。

上りの出発まではまだ1時間近くあるので、突然現れた軽ワゴン車の乗合タクシーで山を下り、下廟子駅近くで下車、別のワゴン車で今度は東線で1駅目の趙家屯へ。入換中のSY、近くの炭鉱からの電化ナロー、山の方から現れた(これも本線上では全く見ることの無くなった)北京型DL牽引の貨物等を撮影したり。ここは運転士が手を振ってくれたりと結構フレンドリーな雰囲気で、昨日の北票とは随分と違う。外人が多く来てるのかな。で、9時過ぎのテンダーファーストのSY牽引の上りで下廟子へ戻る。すぐに三家子からの上りが続行して黄甲へ向かうのだが、現れたのは北京型。列車によってはSLだったりDLだったりするのだね。

その後は車庫の飾りガマ(装飾機)を見学させて貰ったりし、南票の街でお昼御飯、今度はバスで錦州に戻る。

錦州のホテルで荷物をピックアップさせて貰った後、街外れ、市内バスで45分ほど離れた錦州南駅からはもう一つのお楽しみ、高速新線のCRH。新しいのに既に随分と薄汚くなっている感の拭えない錦州南駅から、これまで上海近郊で乗った“はやて”型E2系のCRH2ではなく、今回はアルストーム製(を長春の工場でコピーした)CRH5型という奴です。イタリア国鉄のペンドリーノあたりと親戚関係にあるらしい。瀋陽までの223kmを僅か1時間12分で突っ走る(表定速度は実に186km/h!)この列車、集団見合い型固定のシートが並ぶ車内は、無料の水サービスがあったり、車掌や車販の職員はそれなりに愛想良く、まあ快適。デザイン的には今ひとつ好みではないんだけれど。

今晩の夕食は、ガイドブックに載っていた市内の北京ダックのお店。これがおそらく後で大きな問題を引き起こしたと思われる。

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錦州南駅に到着するCRH5型。個人的にはボンバルディア製CRH1の方が好き。

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2008年3月21日 (金)

貴重な一日を。

夜行列車の朝。車掌に起こされ、下車したのは何もない田舎の北票南駅。駅前から市内バス(2.7元)で北票の市内に入ったところで、目の前の踏切をいきなり上游(SY)型蒸機の貨物列車が通過し、気分が高まる。バスターミナルで荷物を預け、さあ今日も蒸機だ!

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北票南駅に到着した夜行列車。緑皮車の寝台車も少なくなったもんです。

と思ったが、近くの北票駅には蒸機・貨車とも姿形無し。では、ナローでも見るかと近くの工場に向かうも、こちらも門前払い。それでは、タクシーでナローと蒸機目指して別の工場に向かうが、こちらでも写真を撮ったらトラブルに。

なんだかんだあって、全く良いことなく午後になって乗合タクシーで北票の街を早々に離れると、今度はまた同名の地名のせいで行き先違いの所に連れて行かれるというトラブル。結局交通警察まで出てきて仲裁に入る騒ぎとなり、夕方のバスで錦州へ私服の婦人警官に見送られ、這々の体で逃げ出す。全く良いことのない一日だった。中2日しかない貴重な1日なのに・・・(-_-#)。

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2008年3月20日 (木)

飛び石連休!

今日は春分の日。明日金曜日を休めば4連休だ。去年は2月下旬にOZの4フライト稼ぎがてら中国河南省のナローやSLを訪ねていったっけ。で、今年。アシアナは去年よりも随分高くなっていたのと、替わりに今年からスタアラに加盟した週4便だけある中国国際航空(CA)の大連便が30,000円という破格な格安券を出していたのに飛びついた。成田午後発・現地早朝08:55発ということで活動できる時間は実質中2日と限られてしまうけど、帰りは夜行で大連に朝着いてそのまま空港に向かえばいい。関西在住の友人にちょっと声をかけてみたけど、年度末で多忙だと軽くあしらわれてしまい、結局一人での旅立ちとなった。

時間に余裕があるので、船橋から京成線の一般特急で久々の成田2タミへ向かうと、午後13:20発、かなり草臥れた感のあるCA952便、B767-300は「ひょっとしたら。。。」との懸念が大当たり。っていうか案の定、1時間半近い遅れで成田を離陸。15:20到着予定が大連周水子机場に着陸したのは16:54。ANAプラチナのお陰かそれなりに前の方の席を貰っていたため、機内に持ち込んだバックを抱えて入国審査を速攻通過、両替も後回しに国内線チェックインカウンターに駆け込み、前もって西新橋のCZのオフィスで購入しておいた(Ctripでも割引券がなく350元の定価販売だったので、まあイイかなと思って)17:40発の南方航空CZ6621便にギリギリでチェックイン。あと10分遅れたらホントにアウトだったな。

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今日の晩御飯は老舗老辺餃子館。美味しいけど、一人だと食べきれない・・・。

瀋陽桃園机場からリムジンバスで市内へ向かい、北駅でまずは切符の手配。一番必要だった瀋陽→大連間の夜行列車も、第3希望くらいの列車を無事に確保でき、ヤレヤレ。

今日のお宿は、深夜03:17発の凌源行・普通快車4217次の硬臥車。当日に下段がとれたのはラッキーだったが、「硬座普快臥」とあり、空調無しの所謂「緑皮車」だ・・・。61元って、安い筈だ。

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2008年3月12日 (水)

首都当てクイズ現代版。

落花生。の職場の課長代理、一応国際関係の業務ということもあり、決裁書を持ってやってくる余所の課の若手に対して、“首都当てクイズ”を出して5問連続で答えられたら決裁書を見てやる、などということを忙しくないときにやってたりします。さすがにもう若手に入れて貰えない落花生。としては、微笑ましく眺めてたりするんだけど、やったなぁ、首都当てクイズとか、駅名しりとりとか。

その首都当てクイズの現代版とも言えるサイトを見つけました。Traveler IQ Challengeと称するこのサイト、TravelPodという旅行ブログのサイト(日本で言ったら4Travelみたいな物かしら)におまけで付いているんだけど、問題として出される都市名・地名を、世界地図(国境だけ描かれた白地図)の上でクリックして、実際の場所から近ければ近いほどポイントが高く、クリアする毎にレベルが上がって行き、一番難易度の高いレベル12まであるみたい。小さな世界地図で一都市を正確にクリックするのはなかなか難しく、どうしても誤差が出てしまうのだけれど、そこは距離によって「Nice Job!」とか、「何処指してんの?」なんてコメントが付いたりします。

で、取り敢えず腕試しにやってみた落花生。、レベル11のクリア条件である55,000ポイントまであと僅かに届かない54,516ポイントで「Expert」の称号はいただいたものの、完全クリアには至りませんでした。さすがに仕事柄(趣味柄?)アジアやアフリカは結構イイ線行ったんだけど、北米・南米や豪州といったご縁のないあたりが極めて弱かったのが致命的な模様。良かったらやってみてください。なかなか面白かったよ。

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2008年3月 9日 (日)

汽車の走るお店。

先週関西方面に出掛けたときに、尼崎で立ち寄ったのは、その筋の方には結構有名になっている趣味のお店が数点入ったホビスタというところ。鉄道関係の模型屋さん、鉄道グッズや書籍のお店、持ち込みで走らせることの出来る西日本最大級という触れ込みの大型レイアウトなど、親子連れも鉄っちゃんも楽しめるところです。その一角に、「Train Cafe & Dining Bar 銀座パノラマ」というお店が入っていて、レイアウトを走り回る鉄道模型を眺めながら食事が出来るという、一人で食事をしているところを知人には絶対に見られたくないようなお店があります。今回は時間もなく食事をしては来ませんでしたが、このお店、その名のとおり、有名な「銀座パノラマ」の支店のようです。

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今回は時間がなくて眺めただけ。「銀座パノラマ」のダイニングバー。

さて、それはさておき、最近ジャカルタにも同じようなお店が出来たそうです。Trainz Cafeと名付けられたそのお店、場所はプルマタ・ヒジャウのグランドITCの中だというから、ジャカルタ市街地南西の新興の高級住宅地、在留邦人も多く住むファトマワティとかクバヨラン・バルとか、あちらの方面だな。プルマタ・ヒジャウにはスルポン線の電鉄駅もあった筈。どうやら隣接して営業する模型店が経営しているらしく、リンクしたページの写真に写ってるのは、どう見てもスロットカーのサーキットだけど、本文を良く読むと、HOとNゲージのディオラマもあるみたい。次回、夏休みだと思いますが、行ってみることにしましょう。

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2008年3月 2日 (日)

三岐から三木へ。

名古屋駅太閤口へは定刻5時半の少し前に到着。05:30発の近鉄急行、伊勢の鳥羽行きに駆け込むと、4両編成ながら転換クロスシートの豪華仕様。これはいいね。関東圏はちょっとした中距離列車も新型は全部ロングシート化されつつあるというのに。

富田で三岐鉄道の西武線の中古車に乗り継ぐと、次の信号所で最近珍しくなった貨物列車とすれ違い。終点近くの藤原町・・・今は平成の大合併でいなべ市というところに大きなセメント工場があり、ここのセメントや石灰石などを運ぶ貨物輸送がここのメインで、旅客輸送は殆どおまけみたいな会社なのだが、最近この会社と地元のいなべ市が色々面白いことを始めつつあるので、気になっていたところ。

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三岐鉄道本線の元西武電車と保存SL。西藤原駅で。

終点の西藤原駅には、昔の蒸気機関車や電気機関車を綺麗に整備して保存、駅前には週末にはライブスチームが運転され、近辺からの家族連れが訪れてくる。駅も汽車を模した形に改造。また、途中の丹生川駅の近くには、国内でも例のない「貨物鉄道博物館」なるものが設けられたという。調べてみると、開館は毎月第1日曜日、って今日じゃない(^-^)//

終点の西藤原で一本落として駅前の保存機を眺めて折り返してきても、まだ朝8時。少々早くまだ博物館自体は開いてないのだけれど、目玉となる旧東武鉄道の1898年製のSLや蒲原鉄道や名鉄などの貨車、千葉から持ってきたシキ(長大車)などの屋外保存機、レストア中の貨車は眺めることが出来た。丹生川駅の駅員さん~正確には鉄道のOBに委託している方~は結構話好きかつ汽車好きで、自分の撮影した貨物列車の写真を駅舎内に飾り、貨物輸送の今昔話などを色々と聞かせて貰えました。

伊勢治田に一駅戻り、ほぼ並行して走る北勢線の阿下喜行きのいなべ市コミュニティバスを待つが、直前になって「日曜休日運休」に気づき、タクシーで移動。一旦街中の喫茶店でモーニングを食べて駅に戻ると、ちょうど駅の脇の辺りで動きがある頃合いだ。

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三岐鉄道のナローゲージの小さな列車(右)と、そのミニ列車(左)

ここ三岐鉄道・・・皆さんご存じの北勢線は最近近鉄が廃止しようとしたところを、三岐鉄道が引き取ったローカル線。全国でも数少ないナローゲージで、幅の狭い小さな電車が走っている。この終点阿下喜駅の横では、最近四日市市内の公園に静態保存されていた昔の電車が里帰りし、有志のボランティアの方々のグループ「ASITA」の手によりレストア作業が進められる一方、同じグループが手作りのミニ列車を走らせたりと、なかなか楽しいことになっているようだ。こちらも今日が運良く月2回の活動日の由。

続々とクルマで現れてくるグループの皆さん、筆者ともう一組の来訪者は快く見学を許され、シートをかけられていた古い電車の補修作業が開始された。そんな中の一人、初老の男性は、なんとこの三岐鉄道の社長さんだそう(笑)。そんな人が社長さんでしたら、博物館作ってみたり、廃線になりそうなナローゲージ引き取ったりするわな。。。

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古い電車をレストア中。梯子の上で覗き込んでいるのが三岐鉄道の社長さん。

北勢線自体は、特に末端区間の山越え区間、吊掛モーターを響かせながら登り詰めていく辺り、とってもいい雰囲気です。近くにあったらもっと頻繁に行くのに(^-^)

さて桑名からは近鉄特急で大阪の難波へ向かい、友人を呼びだしてお昼御飯。その後尼崎で途中下車の後、新快速で加古川、そして廃線まで後1カ月となった三木鉄道へ。もう夕暮れ間近と言うことでそれほどの混雑ではなく、各ボックス1グループくらいの乗りで、ほぼ全員がお名残乗車の家族連れやカップル、鉄っちゃんの方々など。地元の用務客は皆無で、これじゃあ、まあ経営成り立たないでしょうね。同じ市内からは一日中15分間隔で神戸電鉄の電車が神戸市内中心部に直通しているわけだし。

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あと1カ月となった三木鉄道。またローカル線が一つ消えてゆきます・・・

帰りは神戸空港からの全日空の最終便。この空港、せっかくプラチナになったのに、ラウンジ無しとのこと、あら残念。少々お腹が空いたので、空港二階の讃岐うどんで晩御飯。

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2008年3月 1日 (土)

格安高速バスとは。

土曜日の午後、珍しく昼間っから電話かけてきた友人と話をしてるうちに、何処かに行きたくなってきた。そういえば最近、正式な路線バスではなく、ツアー会社がやっているやたらと安い高速バスが気になっていた。ネットでいくつか検索してみると、ハーベストツアーというところの今晩の名古屋行きが2,800円でまだ空席があるという。帰りの足をどうしようか・・・と1枚だけ手元にあった株主優待券を眺めながらグズグズ航空会社のサイトを見てるうちに、高速バスの方の残席が2席になったので、思わず申し込んでしまった午後3時。

出発集合は新宿に23:10だというので、22時過ぎに家を出て、近くのコンビニで支払いを済ませ、新宿西口へ向かうと、すごい人だかり。各社の格安高速バスがみんなこの辺りの路上で受付・出発するのだ。路上でこういうことやるのって、厳密に言ったら道交法との関係で問題あるんじゃないだろうかね。ともあれ、関西圏に向かう一番のボリュームゾーンの時間帯は既に過ぎているため、これでも多少落ち着いているのか。出発するのは名古屋・東海方面や仙台行きなど、比較的短距離便が多いようだ。

現れたのは、土浦ナンバーの青木観光という聞いたこともない観光バス会社の少々古めの三菱エアロクイーン。満席なのだが、一番最後に申し込んだからか、席は運転席直後の最前列。多少足元は窮屈で前方カーテンもないので多少まぶしくはあるも、後ろに押し込められるよりはいいな。ほぼ定刻に発車し、首都高速料金ケチって用賀まで下道で行くのかと思いきや、キチンと新宿インターから環状線をまわって東名へ。普通の夜行高速バスは3列シートが標準で、4人がけはさすがに窮屈だったのだけれど、出発直前にドタキャンが出て2人並びの空席があり、最初の休憩の海老名で運転手が落花生。の隣のおばさんに席の移動を勧めたため、そこからは2人分使ってゆったりになった。これなら楽楽だね。

しかし、2,800円が45席満席になったとして126,000円。高速料金にガソリン代、運転手さんの日当と受付のバイトさんの給料、旅行会社のマージンを引いたら、バス会社さん一体幾らの儲けになるのだろうね。

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2008年2月26日 (火)

宇高連絡船ツアー!

早いモノで今年は瀬戸大橋開通20周年なのだそうで、ということは宇高連絡船の廃止からも20年が経つわけで、四国ではこれに関連したイベントが計画されているようです。そんな中の一つ、JR四国は、廃止後に中古船としてインドネシアに売却された宇高連絡船の船を見に行くことを前面に打ち出したツアーを計画しているようです。何でも航海士など元の宇高連絡船の乗組員の方々、今はJR四国の地上職(っていうのかな?)として駅や旅行センターなどで働いておられ、その方々が今回のツアーを計画したのだそう。ちょっとプチProject-X的で面白いかも。

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で、上のリンクされたページの中央部のチラシの裏の写真数枚は、同社の方からの申し出を受け、当方にてちょっとだけご協力させていただきました。休暇シーズンでもない6月に、果たしてそんなツアーに集客力があるのかどうか若干不安がないわけではないのですし、インドネシア側の都合でフェリーの運航スケジュールなんか頻繁に変わってしまうであろうし、大丈夫かいな?と心配になりますが、無事に催行される事を心からお祈りします。休みが取れる時期だったら、自分で参加してしまいたい位です、ホントのところ。皆さん如何ですか?

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2008年2月21日 (木)

パスポート。

今朝は早起きして出勤前に有楽町の交通会館内、都庁の旅券課に立ち寄り、先週更新を申請したパスポートを受領してきました。今回はICチップ内蔵となって手数料も16,000円と随分高くなったけど、それはもう必要経費みたいなもんだから仕方がないとしても、10年ですか・・・ 

早いもんですねえ。前の旅券と今回の写真を比べてみると、随分と太ったのを実感して思わず苦笑。その前回の旅券は、まだ結構な国で査証(ビザ)を取得する必要があったことからページをとり、ミャンマーの日本大使館で一回増補している。レートの関係で、通常2千数百円する増補が、確か2ドル弱とやたらと安かったのなあ。

次に更新するときは、落花生。も40ウン歳になるわけですが、その頃どうなってるでしょうね。まだ今と同じように年がら年中あちこち飛び回ってたら、それはそれで問題かもしれませんけど。

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2008年1月 6日 (日)

羽田は近い!

 赣州を昨夕17:31発、ここ始発のK470次快客の硬臥車に乗り込もうとすると、ホームと車内で日本語と中国語で別れの挨拶をする母子連れがいてびっくり。というか、乗り込む時に「よっこらしょ」と荷物を引き上げる落花生。を見て「あの人日本人じゃない?!」と向こうが寧ろびっくりしてたみたい。後で話をしてみると、この街出身の中国人のお母さんが、関西在住の日本人のお父さんは一人残して子供3人連れて実家に帰省していた、という家族連れだったのだけれど、向こうは「なんでこんな何もない所に来ているのですか?」と詰問。まあそうだろうなあ。取り敢えず、まぁそのぉ・・・客家の円楼の辺りをウロウロしてこれから上海から帰国するんです~むにゃむにゃモゴモゴと誤魔化しとく。

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赣州発蘇州行K490次は田舎急行らしい随分クタビれた25G客車を連ねる。

 昨日の晩御飯は駅売りのお弁当で誤魔化してしまったので、朝食くらいは、と食堂車でお粥定食(しかない)10元。CRH2と何本かすれ違いながら、上海着は朝の09:48。この方面からの列車は普通上海南駅着が殆どなのだけれど、この列車はこの後スイッチバックして蘇州まで向かうために上海の直前で大きく北側に回り込んで上海駅に到着。こういう短絡線乗っておくと後が楽だからーって、完乗組の皆さん方にありがちなことを考えててみたり。あ、念のために申し上げておくと、そんな事しませんよ。中国全線なんか、関口智宏だって無理だからね。

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 「コレしかないよ」と出された食堂車の朝定食10元。まあこんなもんか。 

 上海駅から地下道直結の1号線で市内中心部の百盛(Parkson)というマレーシア系のスーパーの地下で職場などへのお土産のお買い物。最近中国では「関東煮」と名付けられたおでんが流行っているみたいなんだけれど、ここの屋台は「久留米風味」なんて書いてある。久留米は関東じゃないぞ。東久留米じゃないよな、まさか。

 で、お昼前には上海の虹橋空港へ。あれ、浦東じゃないんだよ。羽田と金浦間の路線に加えて虹橋と羽田を結ぶシャトル便の運行が始められているのはみんな知ってると思うけど、↓の方では予約入ってるのは浦東・成田便と書いてますけど・・・。虹橋・羽田便はまだ満席キャンセル待ち。しかも特典タダ券。だけど、実際カウンターに直接出向いて「キャンセル待ちだけど、どうですか?」って聞いてみると、カウンターの係員のお姉さん、暫く端末を弄った結果、「真ん中の席でも良いですか?」とあっさりOK。それでも一応ドア前の足元の広い24Bを申し訳なさそうに割り当ててくれ、さすがは(恐らく)プラチナ。

 羽田着陸は17:10。入国して荷物をピックアップし、連絡バスで国内線ターミナルに移ってみると、ちょうどまさに17:45発の中野駅行のリムジンバスが到着するところ。正月休み最終日なのに首都高もガラガラ、18時半にはアッサリと自宅に帰り着いてしまいました。羽田って近い~。最高!m(^-^)m 

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おまけ:赣州市内で絶賛販売中のドラえもん。1つ買ってみたけど、やっぱり日本の方が美味しかったです。

 

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2008年1月 5日 (土)

こちらも今イチ:赣州(ガンジョウ)林鉄

今日は5日。旅に出た時点では、今日5日の上海虹橋発の便で帰京しなければならなかったのだけれど、昨4日になって明日6日夕刻の浦東・成田便が取れたというのが確認されたので、お陰で1日延長できることになった次第。さすがは50回飛んでプラチナになっただけのことはあるね。そちらはネット上ではまだブロンズ表示のままだけど。

さておき、赣州なる江西省南部の聞き慣れない街にやってきたのは、趣味のサイト上でここ赣州には蒸機ではないながらも森林鉄道の運転があり、最近では観光客向けの運転もやっている、との情報を頂いたため。(中国語の情報でいえば、客家赣州網鉄道網新聞、、上犹図片網など)が結構それを確認するのは難しかった。そんな観光地になっているのだったら、ホテルのレセプションの人も知っていても良さそうなもんだけど、「そんなもん没有」との回答。タクシーの運ちゃんに色々苦労して説明し、連れて行って貰ったのは元の森林鉄道の起点だったと思しき、市街地から西側に川を跨いだ所にあった「赣州森林鉄路管理処」なる3階建ての建物・・・の廃墟。続いて、この森林鉄道を活用した観光ツアーを引き受けたとネット情報に書かれていた市内水上賓館内の「金橋旅行社」。がこちらもホテル自体がチェーンのビジネスホテル傘下に変わってしまっており、旅行社も何処に移転したのか判らない由。

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上犹バスターミナルに掲示されていた県内地図。右下に線路が見える。

というわけで、では林鉄の終端側に向かってみることにし、ホテル脇のメインバスターミナルではなく、市街地北西の外れの西河汽車站から上犹行のバスに乗り込み、走ること1時間、途中ナローの線路を踏切で跨ぎ、なんとなく走れそうな雰囲気に期待感が高まる。上犹バスターミナル内に掲示された県内の地図によれば、林鉄は上犹市街地ではなく、北側に山を一つ越えた辺りを走っている模様。バイクタクシーの兄ちゃんに聞いてみると、「梅水の駅が一番近いよ、自分の育った街だからよく知ってるよ」とのことで、この人にお願いすることに(梅水まで20元)。でも、「その列車は、一度走ったけど、その後走ってない」とのことで、また寒風吹き荒ぶ中20分ほど走って梅水駅着。

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梅水駅ホーム↑と↓駅舎。

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 交換駅であったと思しきホーム・線路は比較的綺麗で、十分走行は可能な雰囲気だが、駅舎は閉じられ人気はない。終点の窖下(Yaosha:「穴」冠の下は「缶」の字)まではあと2駅(10kmほどの由)、バスも毎時1本程度はある様なので、このまま行ってみよう。線路を右に左に眺めながら、山をもう一つ越えたら今度は閉山したと思しき炭鉱設備を掠め、後少しで窖下というところで「森林小火車度暇村」の看板が現れた。これかぁ!

県道?から別れ、線路沿いの小径に乗り入れていくと(バイクタクシーで正解)、橋を渡り、程なく度暇村なるところに辿り着けた。結構錆付いたL型DLに引かれた貨車と改造車と思しき客車が一両。暇そうに編み物などしている管理人も2人。建物設備は結構荒廃しており、他に観光客らしき姿は無し。

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「森林鉄道度暇村」の小火車。ビジネスとしては成立してそうもない・・・

Ganzhoudoka2p1060568

筆談と身振り手振り、それに掲示されている案内などから得られたりする情報としては、この林鉄の末端部2~3駅分は確かに走行可能らしい。料金は50~90元/人(梅水までは70元)で、10人以上集まれば(10人分以上払えばということかな)チャーター運航可能で、片道は船による往復も可能、「鉄路自行車」と称する線路上を走る自転車で何処かまで行ってくることも可能な模様。なるほどね。自転車は100mほど遊ばせて貰ったけど、この錆付いたDL、ホントに動くのかな? いつまで営業していけるのだろう??

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2008年1月 4日 (金)

残念ながら:梅隆鉄路

福建省の下洋から今日の目的地広東省の梅州には、それほどの距離はないにも関わらず、省境を越えるためか流動が多くない模様で、直通便はなく、途中大埔で乗り換え。早起きして8時の始発便で出発し、昼前に梅州着。取り敢えず街今夜の切符を買いに南外れの国鉄梅州駅に向かう。

Shayanbusp1060486

下洋から大埔へ向かうバス。省境を跨ぐ流動が少ないのは日本の県境現象と同じか。

次の目的地は、ここ梅州と西の龍川とを結び、90年代まではC4型蒸機も活躍していたというナローの梅隆鉄路。地方鉄道としては2001年に廃線となったが、その後一部区間は電力会社に売却されて専用線として運行されている情報があった。まずは旧市街の五洲バスターミナル近くの、起点となっていた梅県駅を目指す。

元の駅前通りには「鉄路診所」「梅鉄技術学校」等と当時を偲ばせる看板を掲げた店が何軒か見られたが、残念ながら旧駅構内のレールは全て剥がされ、広大な草ボウボウの空き地が広がるばかりで、廃車体なども見あたらず。駅舎内には当時の時刻表がそのまま張られており、1日2本の旅客列車が走っていたことが確認できたのみだった。

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梅県駅舎。

駅舎内に張られていた時刻表。

Baikenjikokup1060503

五洲バスターミナルに戻って炒麺で昼食後、郊外の黄陂行のバスで次の目的地西埔へ。ここには当時の梅鉄の車庫が有ったとのこと。手元の地図には出ておらず、恐らくは運転関係の主要駅だった西埔に向かうバスを探すのに苦労したが、着いてみたら小さな炭坑街を掠める道端で「なんでこんな所で外国人が?」という視線の中、バスを下ろされた。

バイクタクシーを捕まえ、元の西埔駅まで連れて行って貰ったが、こちらも草ボウボウな空間が広まるのみ、車庫の跡形もない。デポは他の位置にあったのだろうか。もっと色々調べてみたかったけれど、そろそろ時間切れか。中国の都市間バスは結構最終が早く、夕暮れ時はタイムリミット。先ほど西埔に着く直前に停まった街黄槐まで戻ってみるが、この地方の中心地梅州までのバスはもうおしまいの由。困っていると、目の前からまさに出発しようとしている興寧行に乗るよう指示され、興寧から無事に梅州行を捕まえることができた。が、こちらももう殆ど最終のような雰囲気だった。

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西埔の街を跨ぐ旧梅隆鉄路の鉄橋。

夕食は、今回はまともな食事を殆ど頂いていないな・・・市内中心部のそれなりに高級そうなお店へ。所謂定番メニューのお肉と豆腐料理を頂き、バドワイザーによく似たデザインのビールも合わせて、それでも500円ほど。

今晩の宿は20:05発の武昌行普快1015次の硬臥上段。当日なので下段は取れなかったけれど、硬臥やバスで長時間移動することを考えれば遙かに楽。夜中1時過ぎに車掌に起こされ、赣州(ガンジョウ)で下車(ガンは「章」偏に「冬」の下の点2つを「頁」に変えた文字」)。他に足もないので、客引きの乗合タクシーで、恐らく幾つか宿の有るであろうバスターミナル前に移動(10元)し、2軒隣の白雲賓館着。1軒目が満室だったので160元の部屋で即決してみたら、なんと控えの間付きのセミ・スイートルーム。ありゃ一人で過ごすの勿体ない。そういえばもう日が変わっちゃったけど、今日4日は落花生。の誕生日だったっけ。

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2008年1月 3日 (木)

客家円楼。

廈門は2回目。以前は港に面したホテルに泊まって、沖合のコロンス島を訪問したっけ。今日わざわざここまで飛んできたのは、今回の旅のもう一つの目的の一つ、福建省南部に広がる円楼と呼ばれる丸形の客家土楼建築を見るため。

タクシー運ちゃんの生半可な知識のせいでバスターミナルをたらい回され若干苛つくが、ともあれ廈門から南靖でバスを乗り継ぎ、車窓には次第に円形・方形の土楼が広がるエリアに入った。ネット情報では「工事中」と書かれていた道路も、半分くらいはできあがりつつあり一応走れる状態、未開通のトンネルは山を越えて時間がかかったが、それでも昼過ぎには一番有名な田累抗と呼ばれる梅の花の形に5件の土楼が作られたエリアを見下ろす観光展望台に到着。確かに素晴らしい眺めなのだが、さぁ、ここからの足はどうなるの? 南靖のバスターミナルで、このエリアの中心となる書洋迄のチケットを買おうとすると、「田累抗は見に行かないの?」と訪ねられ、1日に2本しかない田累抗前経由下坂行に乗ったのは良いが、田累抗前は本当に展望台の管理事務所しかなく、外国人観光客のチャーターしたワゴン車が立ち寄っていった他はトラックが時々通過するだけで殆どクルマ通りはなく、当てにしていたバイクタクシーなど影もない。さあどうしよう (-_-#)・・・

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有名な田累抗を展望台から。うーん、これは綺麗な図ですね。

次のバスは6時間後、次の集落までは坂道を4km、だそうで、途方に暮れつつ待つこと30分、下坂集落で折り返してきたさっきのバスが坂を上ってきたので、救われた。さっき通ってきた書洋まで戻りバス停前の食堂でお昼ご飯。あとは時間が勿体ないので、南国とはいえ山間部の結構寒い中をバイクタクシーに一つ南隣の街・高頭まで幾つかの土楼を見ながら送って貰い、龍岩行最終バスの通る16時半頃(永定行き最終は15時過ぎでおしまいの由)まで有名な承啓楼などを見学。すっかり観光地化されたとはいえ、この時間帯は大型バスで観光客が乗り付けてくるような状況までにはなっておらず、家族経営の土楼の家主さん一家と色々お話しさせていただきながら、ノンビリとした夕暮れ時を過ごすことに。またゆっくり来てみても良いですね、この辺り。

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こちらは大型の承啓楼。4階建てです。

その後はバスを1回乗り継いで、温泉のある下洋の街へ向かい、今日はおしまい。日本じゃないので大浴場は期待できず(公共の湯は有るらしいけれど、衛生的に問題有りだそう)、小さな市街地の南側の、個室に温泉を引いている宿に投宿、川沿いのメインストリートにまともなレストランが見つからず、仕方なく寒い中屋台(地元のグループもみんなこういったところで鍋を囲んで一杯やっている)で晩ご飯。湯量は豊富で部屋の風呂桶は結構広かったので(横に広くてカップルで入れるような配置(笑))、まあイイでしょう。

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下洋温泉街。残念ながら夜は早く、飲み歩くような通りではない。

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2008年1月 2日 (水)

ベトナム最後の蒸機。

ThaiNguyenは中国語だと太原と書くらしい、その山間の街の朝は結構冷える。ハノイじゃなくてこんな所まで来た目的は案の定一つ。

多くのネット情報では、先の大戦時に日本が持ち込んだC12型が数年前にスクラップになった結果、ベトナムの蒸機は既になくなったという記事が多かった。ところが、とある欧米系のサイトでは、ここタイングェンの製鉄工場にはまだCタンク蒸機が残っており、これをチャーターしてフォトランする計画があるらしいとのこと。ということは普段それらの蒸機はまだ現役!なわけだ。

ホテルの地図で大体の位置を確認し、タクシーで製鉄所に向かう。「Steel Works」等といっても英語のできない運転手に伝わる訳がないので、ベトナム語では「Nha May Gang Thep Thai Nguyen」ということを聞いておいて正解。

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↑タイングェン製鉄所の中国製工建型蒸機。

↓こちらは珍しい蒸機駆動のクレーン車らしい。

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市内南東方向にある製鉄所、警備厳しいだろうなーと思っていたが、正門から堂々とノーチェックで入構。引き込み線が何本か見えてワクワクしてきたところで、職員らしき人にネット上の蒸機の写真を見せ、「これは何処にあるの?」と聞き、指さす方向に向かうと信号所らしき施設が現れ、L型のDLが1台見える。ここかな?

タクシーの運ちゃんは全然待ってくれるというので、そのままヤードに入っていくと、やぁ、いたいた。1台のCタンクが単機で行ったり来たりしており、その脇にはもう1台蒸機を上げているのと、近くでは給炭作業中のクレーン車輌?らしきものがいる。蒸機はどうやら中国製の工建型というタイプらしい。側線には残念ながら休車状態と思しきSLとクレーン車輌が数両。身振り手振りで了解を得て撮影していると、1両は国鉄の駅へと続く側線へ走り去り、残ったもう1両はしばらく走り出す気配はなさそう。それでもキャブから手招きしてくれるなど、結構フレンドリーな雰囲気。

今後のスケジュールを考えると、残念ながらそれほど長居はできず、暫く滞在の後、謝意を表して工場を後にすることに。今度はゆっくり来てみたいですね。

タイングェンから国境の街ランソン・ドンダンへと向かうバスは昨夕の山越えルートとは全く違う南回りのルートを経由し、平地を大回りして時間も若干かかった模様。

昨日とはうって変わって大混雑の友誼関国境から、今度は偶々発車待ちをしていた2時半発の由の南寧直通の大型バスに乗り換え。ところが2時45分頃にようやく出発した、この大宇製の結構新しいバス、どうも調子が悪く、80km/hを越えた頃から猛烈な振動が襲ってくるのでスピードを出せず。今日この後、南寧からの19:10発のフライトに間に合うか心配する。と、このバスの車掌の女の子、空港近くの高速道路上で降りて20分ほど歩けという。道路上ですか?

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高速道路上で乗客を降ろし、そしてUターンして帰っていく高速バス。

本来なら南寧のバスターミナルから空港に向かっていなければならない5時半頃、空港近くのジャンクションで南友高速から机場高速へ転線、「お、空港へ寄るのかな?」と思ったらそこで停車。確かに遠くには空港の管制塔が見える。歩いていける距離か・・・ 他にも3人ほど一緒に下車し、バスはその場で高速道路上をUターンして去っていった。さぁ、歩こう。

クルマのビュンビュン飛び交う道路上を20分ほど歩いて辿り着いた南寧空港の従業員相手と思しき快餐店で「地元の料理!」といって軽く食事をし(メニューの値段は随分高かった)、19:10発の山東航空と中国国際航空(国航)の共同運行便CASC4994便で桂林経由廈門へ。スタアラに加盟したわざわざCA便を選んだのに、ボーディングパスはSC表記。これじゃダメじゃん。

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2008年1月 1日 (火)

明けましておめでとうございます。

新年明けましておめでとうございます。

このブログ、元々スタアラ50回を目指す過程を書き綴っていくつもりで書いたのですが、せっかくなので続けていくことにします。これからも宜しくお願いします。

というわけで、上海市内のビジネスホテルチェーン「錦江之星」で迎えた新年、元旦とはいえ中国は基本的に旧正月を祝うので元旦といっても多少の新年テレビ番組がやっている程度で、それほど大騒ぎをしている風でもなく、切符が取れづらいという状況にもないようだ。

今朝のフライトは朝07:30発のスターアライアンスにようやく正式加盟した去年だったら1フライトに数えられた筈の、上海航空FM9339便南寧行。上海到着時に浦東空港で購入したのだけれど、定価1,660元のところを税・燃油税込みで僅か650元だった。

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憑祥から友誼関へ向かう乗合ワゴン車。6元。

市郊外の果てしなく遠い南寧のバスターミナル(タクシーで30元もかかった)から、高速バスで中越国境の友誼関へ向かうべく、国境の街。随分と飛ばし、国境の街憑祥まで2時間半ほど。30分前の1本前のバスに追いついてしまった。

今度は乗合ワゴン車に乗り換え国境の友誼関へ。国境越えはスムーズだったが、ベトナム側検疫でいきなり2,000ドンの手数料を取られる。南寧のバスターミナルで発車街の間に寄ってきた客引きから両替しておいて良かった。

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友誼関国境。とてもスムーズな越境でなにより。

ベトナム側国境から、偶々客を国境まで乗せてきたタクシーでランソンへ向かう際、運転手に「これからタイングェンに行くんだ」と話をしていたら、ちょうど前方から向かってきたバスを手を振って止めてくれた。この辺りの融通の効き方は日本じゃ考えられないねぇ。

予想外に時間がかかり、接続が良すぎて食事をする暇が無く、お腹がすいたなぁ、と思っていたら運転手がミカンを分けてくれたりしながら、3時間少々で真っ暗になった頃にようやくタイングェン着。  

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2007年12月31日 (月)

今年もお世話になりました。

さあ今年も最後、年末31日になりました。今日は名古屋からの友人M澤さんと待ち合わせ、日帰りで近郊に出掛けたあと、年越しで飲みましょう!という事にしていたのだが、そのM澤さんのフライトが、なんと強風で欠航に。他社は離陸していっているのに、どうやらJALだけは基準が厳しいらしい。というわけで、仕方がないので今日は一人で年越しすることに。

というわけで、目指すのは近郊の水郷の街。上海駅を昼過ぎに出発する動車組・・・日本で言うところの、“電車”特急(中国では、大半の列車が、機関車が客車を牽引する形態で、(地下鉄以外の)電車やディーゼルカーは多くないのです)で小旅行に出発。今年春の6提速(ダイヤ大改正)で導入された動車組(CRH)のうち、日本製(東北新幹線E2系“はやて”型がベース)のCRH2は前回春に乗車済なので今回は他社製(独、仏、加の各社が競作した)でも良かったのだけれど、今回も現れたのはCRH2こと日本型車輌。M澤さんのお目当てはこちらなので、携帯メールで教えてあげる。

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CRH2和諧号。前回は仮営業中の160km/h運転だったけど、今回は250km/h運転!

定刻に出発した南京行D426次列車は、上海・蘇州と汽車に乗り~♪という名曲を口ずさむ落花生。を乗せ(といっても“汽車”というのは中国語では自動車のことで、落花生。が好きな奴は“火車”と書きます)、車内の電光掲示では249km/hを記録しながら快走し、30分ほどであっという間に蘇州着。

駅から川を挟んだところからバスに乗って、水郷の街の一つ、同里へ。大好きな雲南省の麗江の様な雰囲気を期待していったのだけれど、バスは開発された工業団地のような所を抜けて走り、1時間弱ほどでついたそこは、見事な観光地。まあ上海から2時間の所にそんな雰囲気など期待しちゃあいけないよね。上海近郊には有名な周荘などいくつかの水郷古鎮があるようですが、まあ、何処も同じような感じなのでしょう(別に批判してるわけじゃないです)。一カ所行けば十分かな。カメラマンの方の腕前に脱帽します。

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水郷古鎮「同里」。雰囲気は悪くないけど、中国の観光地はどこも人大杉。

帰りは蘇州からの動車組の切符が4時間近く後まで取れないというので、発売できる一番最初の列車だという1時間半後の普通快車の硬座の無座の切符を購入、駅の並びの食堂で一応地元の料理という「蘇州麺」と「周荘阿婆菜煎蛋」なるものを頂戴し、今年最後の晩餐に。

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2007年12月29日 (土)

さぁ冬休み。

年末、仕事納め・最終日の昨日は、最後の一人になるまで仕事続けて、これで心おきなく冬休み突入!というわけで、朝は早起き。少し早すぎるかな?と思いつつも、最近多い6:30発のリムジンバスで羽田へ。ところが帰省ラッシュの初日かつピークのこの日は朝の7時だというのに羽田空港は大混雑。今日は株主優待なので発券して貰わなければならず、延々40分以上も並んでようやく支払いを終え、搭乗券を入手。こういう時は、前もって旅行会社あたりで発券しておくべきだったね。

というわけで、49フライト目はスカイネットアジア航空との共同運航便、NH3771便で鹿児島へひとっ飛び。レンタカーを借りると、当初予約の1000ccクラスから1500ccの新型インプレッサ(福岡ナンバー)にアップグレード。例のキャンペーンの時にたくさん導入しすぎたのかな?

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嘉例川駅↑と「かれい川」駅弁↓。

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先ず目指すは、築100年以上を数える、有形文化財にも指定されているという肥薩線の嘉例川駅。昨今のブームにのって綺麗に整備された駅には、週末には地元隼人町の駅弁屋さんが店を出し、地元の食材を豊富に使った駅弁が結構人気なのだとか。せっかくなので、ガネというサツマイモの天麩羅とあわせて頂戴することに。

今晩のお泊まりは、旅行仲間4人で、熊本県八代近郊の日奈久温泉。温泉自体はそれほど大した泉質・温泉街ではないのだけれど、今日のお目当てはこちらも明治43年創業と100年近い歴史を誇る建物の金波楼さん。最近この手の古いものとか産業遺産的なものにやたらと惹かれている落花生。、食事も質・量共に大満足。一つだけ苦言を呈しておくと、若い従業員さん、「こちらは○○になります」「こちらでよろしかったでしょうか」と見事に教科書どおりの今時の言葉遣いで、それはそれで酒宴のネタを提供していただき良かったのだけれど、老舗旅館としては、まぁ教育しておいた方が宜しかろうかと。

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歴史を感じる金波楼さん。温泉街の名物は竹輪でした。

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2007年12月24日 (月)

ジャワ島のSLが能登へ?

若干旧聞になってしまうが、12日付ネット報道(北国新聞)に拠れば、石川県立大学の教授を中心としたグループが、衰退傾向にあるジャワ島のサトウキビ工場で使用されていたSL(のうちトラック化やDL化等で不要になったもの)を輸入し、既に廃線となったものの一部分がそのまま残されている同県内ののと鉄道の旧線路を活用してこれを走らせ、体験乗車や体験運転!等を通じ、地域活性化に繋げたいとの構想を持っているとのこと。

実現すれば、オランダなどの海外から輸入されたジャワ島のSLが海外に再輸出される発のケースとなり、注目すべき事例で、北陸信越運輸局もそれなりに前向きな姿勢を示しているとのことで期待されるところなのだけれど、幾つか気になる点があります。

例えば、以前台湾の製糖工場から輸入された蒸機が野辺山高原のSLランドで使われているのだけれど、元々のボイラーが危険だということで新たに不格好なボイラーを背負うことになってしまった事例や、

ジャワ島のナローSLは600mmや762mmといった狭軌なのだけれど、これを旧国鉄から引き継いだのと鉄道で走らせようとすれば、SL側か線路かどちらかを改軌しなければならないこと、

そしてそもそも、真っ青な空、常夏の太陽の下のジャワ島のサトウキビ畑と、(地元の方には失礼ながら)寒々とした灰色のイメージの奥能登がどうもマッチしないこと、

などです。。。

どうせなら、中国の炭鉱や林鉄のC2だったら、どうでしょう>>って、更に地味か。今後に注目してみたいですね

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2007年12月23日 (日)

PG.Kanigoroガイド

今回訪問した7つのサトウキビ工場のウチ、最後はやはりマディウン近郊のPG.Kanigoroです。今回は中部ジャワ州が中心だったので、ここカニゴロも含めて工場の入換用が殆どだったのですが、次回はスラバヤから先、バリ島方面の東部ジャワ、フィールドに出る線路が生きている工場を訪問したいと思っています。時期は8月下旬かな。また情報もないし、公共交通機関も不便なところ、さぁどうやって行きましょうかね。

Kanigoro_2 

【参考】PG.Kanigoro
 Madiun市内よりKanigoro行きのアンコッ有り。本数はあまり多くはない模様(といっても毎時何本もあるけど)。

Kanigoro6p1030855

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2007年12月22日 (土)

PG.Pagotanガイド

今日の分は、東ジャワ州に入ったマディウン市の南郊にあるPG.Pagotanです。行き易い所で、事務当局もフレンドリーですが、ここも入れ換えのみでフィールドに出ないのが若干残念。

Pagotan_2

【参考】PG.Pagotan

マディウン市内から、南方面Ponorogo行きの路線バスがそのまま工場前を通る(頻発)。マディウンの市外バスターミナルは市内北方のPG.RejoAgungの東向かいにある。この工場の蒸機は残念ながら引退済だそうです。

Pagottan72

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2007年12月21日 (金)

PG.Tasikmaduガイド

再びサトウキビ工場。PG.Tasikmaduは観光地ソロから近く、工場外の併用軌道や、名物キューロクもいるので、そんなにディープな旅じゃなくても行き易いと思います。

Tasikmadu

【参考】PG.Tasikmadu
ソロ市内とKaranganyarを結ぶ路線バスに乗る(頻発)。Tasikmaduに行きたいと言っておけば、T字路の入口で下ろしてくれるはずで、そこから北に1kmほど。バスを降りたところにはバイクタクシーが待っている。

Tm696002

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2007年12月20日 (木)

おまけのCepu森林鉄道。

PG.ではないけど、インドネシアに唯一残った森林鉄道、中部ジャワ州東端のCepu森林鉄道も訪問してみました。距離感は滅茶苦茶ですが、ご参考まで・・・

Cepu

Cepushako

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2007年12月19日 (水)

PG. Sumber Harjoガイド

今回は中部ジャワ州北西部で4カ所のPGを訪問しましたが、最後はPG.Sumber Harjo。ここはフィールドに出る線路が一杯あるのだけれど、勿論全部を見たわけではないし、まともな地図もないので、そちらは無理でした。

Sumberharjo

【参考】 PG.Sumber Harjo  Pemalang市内Pasar Pagi Kotaから直通のアンコッ有り(頻発)。

Semberharjop1030622

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2007年12月18日 (火)

PG.Sragiガイド

3番目に訪問したPG.Sragiです。ここは鉄道でアクセスできます(本数少ないけど)。

Sragi

【参考】PG.Sragi  国鉄Sragi駅から徒歩で行くことは可能。駅西側の踏切を左へ南下、500mほど行ったところで商店街ごと右へ急カーブすると正面に工場の大煙突が見える。Pekalongan市内からアンコッ有り。またはPekalonganから西のPemalang方面行きのローカルバスに乗り、町外れの大きな橋を渡ったところで下車し、南へ分岐するT字路からSragi行のアンコッが発着(頻発)。スラギの街中で、上述の右急カーブのあとすぐに左折して南へ向かってしまうので、その地点で下車し、歩いてすぐ。

Dcsragi

PG.スラギの蒸機はもっと上手な方の写真がネット上には幾らでもあるので、国鉄スラギ駅のローカル列車の写真にしてみます。

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2007年12月17日 (月)

PG.Pangkahガイド

2番目に訪問した、PG.Pangkahです。

Pangkah

【参考】PG.Pangkah 公共交通機関で行くには、前述のSlawiからアンコッ利用、本数は少ない模様。TegalからPangkah北方のBalamoa(Karang Jati)までのアンコッもあったが、BalamoaからPangkah迄の間が確認できず。ないはずはないと思うが・・・

Pangkah01sora

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2007年12月16日 (日)

PG. Jatibarangガイド

今更ではありますが、昨年夏に訪問した、インドネシアのサトウキビ工場(Pabrik Gula)への行き方、工場の概念地図を作成してみたので、アップしてみることにしました。

ネット上にはインドネシアPGに蒸気機関車の写真を撮りに訪問した人の話や、素敵な画像は結構溢れているのだけれど、皆さん殆どガイド付、運転手付の借上車で廻っておられるようで、実際の所、どこにあって、どこから(最寄り駅は?)どうやって(バス便は?)行けばいいのかという情報が全くなく、公共交通機関利用が基本、タクシー利用・ガイドに大枚支払っての大名旅行は“キライ”という筆者的には困ってしまっていたところでした。

写真の腕のない落花生。、少しでも来年以降こういったサトウキビ工場を訪問する人の参考になればと思って、アップしてみます。仕事でやっているわけではないのであくまでも参考程度に扱ってください。また、間違い、追加情報等ご指摘いただければ嬉しいです。

では、先ずはPG.Jatibarangから。

Jatibarang

【参考】PG.Jatibarangへ公共交通機関で行くには、Tegalの市内から南のSlawi行き(頻発)のAngkot(アンコッと読む。スズキ・キャリー等の軽ワゴン車を使った所謂乗り合いミニバスで、Angkutan Kotaの略。地方によってはベモなどと呼ばれることも)でSlawi市内まで行き、でJatibarang行きのアンコッに乗り換え。

Jatibarangkikanko
 

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2007年11月25日 (日)

ちょっと短かったですね。

日曜日。朝5時に早起きしてまだシャッターを下ろしていた金華大旅社を出て、駅前のコンビニで朝ご飯を仕入れ、蘇澳駅05:40発の電車特急、自強号1007列車で出発。韓国製のEMU1000型と呼ばれる一昔前の花形列車なのだが、大魯閣号なら1時間半ほどで駆け抜ける蘇澳~台北間を2時間以上かかってしまうあたり、残念ながら色あせた感は否めない。うつらうつらするウチに07:13、瑞芳着、ホームから地下通路に下りていくところに中小私鉄の乗換駅的に設けられた切符売り場で「平渓線一日乗車券」を購入、隣のホームの2両編成のディーゼルカーに乗り換え。

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平渓線のディーゼル列車。綺麗すぎてローカル線ムードは今ひとつ。

残念ながら雨交じりの車窓を眺めながら、日本語で声をかけてきたハイカー風のお爺さんと話をしたりするうちに終点菁桐着。すぐの折り返し列車で少し戻ったところが今日の目的地十分。老街と呼ばれる古い街並みの間を併用軌道的に抜けていくディーゼルカーが画になるということで映画の舞台になったりもして、ちょっとした台北からの日帰り観光地になっている。

今回の目的は、この十分の街から少し歩いたところにある、台湾煤鉱博物館。この平渓線の沿線には、日本時代からの炭鉱が暫く前まで採炭を続けていたのだけれど、ご多分に漏れず現在では全て廃鉱になってしまっている。それが数年前から当時の作業員運搬用&運炭用のトロッコを改造して炭鉱博物館への足というか、アトラクションとして整備しているというのが、今日のお目当て。生憎の雨交じりの中、まだ早いので駅前の老街のお店は殆ど開いておらず、荷物を預けられなかったので、雨の中傘さしながら、キャリーバックをゴロゴロと引っ張って、途中からは結構な未舗装の山道を15分ほど登ったところに、停留所(元は炭鉱からトロッコで運ばれてきた石炭を、山の上から十分駅近くの国鉄線の貨車に積み込むための貨物駅に石炭を落とすための積換場)はありました。

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十分煤鉱博物館の“一ツ目”トロッコ列車。

 朝8時半から博物館は空くのでもう動いているかと思ったトロッコ列車がやってきたのは9時半を廻ったところでした。これでもこの日は10時からの運行予定だったのが、小学生の団体が入ったため、早めの運行となったとのこと。一つ目のバッテリーカー(元々は電気機関車だったようで架線柱が残るが、簡易な建設で低い位置にあるので、危ないということなんだろうね)に引かれた元運炭用の貨車改造のトロッコに乗り込み、緑のトンネルの中を数分。到着した炭鉱博物館では、英語のできるお姉さんがマンツーマンで案内してくれ、帰りも「10:45の列車に乗らなければならない」といったら、10:20頃に貸切!の臨時トロッコ列車を運転してくれ、少々早足になったモノの、無事に予定の列車に乗り込むことができました。

瑞芳に戻り、自強号で台北に出て、リムジンバスで桃園空港に向かい、帰国。2泊3日、実質中2日だけというのはさすがにちょっと慌ただしかったな。やっぱり、あと1日欲しいところだ。

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2007年11月24日 (土)

五分仔車と言うそうです。

 關仔嶺温泉の朝、新営客運のスーパーハイデッカー車で今日最初の目的地烏樹林へ。バス停からは左(南)へ延びる一本道を歩いて15分ほどの製糖工場(といっても工場自体は既に閉鎖)の、元のサトウキビ運送鉄道がお目当て。週末には台湾南部各地に幾つかある観光用サトウキビ列車の中では唯一、蒸気機関車による運行が行われているのだ。

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 この手のナロー列車、台湾では五分仔車と呼ぶんだそうです。烏樹林にて。

 中庭に展示された昔の旅客営業時代の気動車「勝利号」や巡道車(保線用のレールバス)を見学したり、製糖工場名物のアイスキャンディーなどしゃぶりながら、その後は片言の日本語のできる名誉駅長さん・・・実は元々ホントにこの精糖鉄道の駅長さんとおしゃべりしたりするウチに10:30の発車時間。観光バスからの観光客多数と一緒に片道2kmほど、お土産やや特産品の屋台の出た終点での折り返し時間を含めて往復1時間弱のなかなか楽しい一時でした。

 新営駅に出て、高雄、台東と汽車を乗り継ぎ、日のすっかり暮れた池上駅では有名な駅弁をホームの売り子からダッシュで購入。台東発車時には車内放送が入り、車掌から「池上駅で弁当買うの?」と聞かれたほど有名で、当然発車を待ってくれるので、焦ることはないのだけれど。ひょっとしたら“販売予定個数”を数えて池上駅に連絡してるのかな?

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池上駅の名物弁当。今回の駅弁の中ではピカ一でした。 

花蓮からの乗継は、これまた日本製、JR九州の特急電車をベースに製造された新型特急電車「太魯閣号」。これがまた、早い早い。長い間台湾東部を陸の孤島にしていた花連~蘇澳間を僅か45分で快走。蘇澳での泊まりは昨日の温泉に引き続いて今日は冷泉。冷泉大浴場はもう夜遅く閉まってしまっていたので、冷泉をひいてあるという駅前旅館の部屋風呂。熱いお湯を水で埋めるのではなく、ぬるい冷泉の水を、入れる温度まで普通のお湯で温めるという逆パターンでお湯を張り、入ってみると・・・うーん、よくわかんないや(笑)。

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夜の花連駅で出発を待つ太魯閣号。これに乗っちゃうと、自強号が遅くて苛つく位。

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2007年9月30日 (日)

初めての乗り物

長湯温泉「大丸旅館」は食事も美味しく、また同じ経営のラムネ温泉と称する炭酸泉のお洒落な外湯も無料、と大満足だったのだけれど、何故か疲れが溜まっていて夜22時半頃には飲み会からリタイヤ、その分早起きして川沿いの露天風呂にもう一回。

チェックアウト後は、南阿蘇鉄道のトロッコ列車目的とする人達の車に乗せて貰い豊肥線の立野駅へ向かい、そこからキハ58系気動車の観光列車「あそ1962号」に試乗。キハ58なんて田舎に行けばどこでも幾らでも食傷気味になるほど走っていた筈だけれど、もうわざわざ選んで乗らないといけないくらい少なくなってるんだね。1962年製ということはおよそ45年前か。クルマだったら立派なヒストリックカーな訳だし、今まで(今でも)よく頑張ってると言うべきなのでしょうかね。

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およそ1時間ほどの乗車の後、終点宮地の駅前からは3列シートの快適な都市間特急バスで大分へ。東京への帰路は大分空港からのANA最終便なんだけれど、大分空港へのアクセスは宇高航路急行便の廃止以降全国でもここだけとなったホーバークラフト。駅前から連絡バスで向かったホーバー乗り場から空港までは2,950円と高い(バスなら1,500円)と高いけど、2枚セットを買って2人で使うと1枚あたり2,500円と大幅値引き。駅前の金券屋の2,650円よりも安い。

このホーバークラフトという奴、出発時に膨らんでフワッと浮き上がるのもオヤオヤっと言う感じで面白いのだけれど、航海中は結構な揺れでモノを読むのは少々辛い。で、極めつけは空港到着時、陸地に上がってからターミナルまでの間、「S」の時の走行路をドリフト状態で真横になりながら駆け抜けるところ。敷地の関係でこんな変な、成田の第2滑走路の誘導路みたいになってるんだろうけど、ここを淡々と右向いたり左向いたりしながら駆け抜けるホーバークラフトの姿を是非眺めてみたくなって、次の便の到着を見に行ってしまいました(苦笑)。で、大分からANA198便で帰京。

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おー!っと横向きになりながら快走するホーバー。

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2007年9月29日 (土)

お昼寝。

土曜朝の小倉駅の発着案内にはお目当ての列車が表示されていない。駅員に尋ねると、30分ほどの遅れだという。なので1駅、お隣の門司まで戻ってお出迎え。

今日のお目当てはもう熊本行きの「はやぶさ」とともに最後の九州ブルトレとなってしまった、東京発大分行きの寝台特急「富士」号。落花生。世代は小さい頃から憧れだったブルートレインも新幹線の延伸や航空料金の値下げ等の影響もあってか衰退の一途を辿るばかり、落花生。自身も夜行寝台などまず乗る機会がなく、就職1年目の「出雲」から昨年の割引切符を使っての「北陸」ソロまで十年以上もの間ご無沙汰だった。あ、海外では乗ったこと有ったけど。

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というわけで、今日の夜、サークル恒例の温泉一泊会が大分であるのに併せて、もう風前の灯火、いつなくなってもおかしくないこの寝台特急に乗ってみようというサークル有志が東京からこの列車に乗ってくるので、一部なりともジョインしてみようとした次第。寝台特急といっても、夜が明けてから終点までの一部区間は「立席特急券」という普通の特急券とは料金は同じだけど別の種類の切符を買うと、乗せて貰える、寝台特急に昼間乗ることから付いた名前が通称「ヒルネ」。切符の名称のとおり、寝台が開いていなければ立っているか窓際の補助椅子にでも腰掛けてなければならないのだけれど、まぁ最近のブルトレでそんな状況も滅多にないでしょう。この日も何組かの旅行者や鉄っちゃんグループが乗っていたけれど、上段は殆どガラガラな状態。差し入れのスナック菓子を食べながら談笑するうちにあっという間に大分着。

今日のお泊まりは大分県南西部、竹田市の長湯温泉。日本一のラムネ温泉こと炭酸泉なのだそう。ちょっとお洒落に改装された今日のお泊まりは「大丸旅館」。宿の前には素敵なホーローびきの看板がかかっていました。

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「国鉄推奨」(^-^) の大丸旅館。

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2007年9月28日 (金)

黒い飛行機。

今日は金曜、20時少し前に職場を出て東銀座から直通の急行電車で羽田空港へ。この所全日空系ばかり乗っていたので羽田の第1ターミナルに行くのは久々。といってもJALではなく今日のお目当ては初スターフライヤー、しかもANAとの共同運行になった北九州行き。最終は深夜25時北九州着迄あって、金曜夜ということもあってこの時間の便は満席。この時間なら普通に仕事を終えてから旅立てる。しかも北九州空港からは乗合タクシーで3,500円ほどで博多まで行ける。この日も大盛況の乗合タクシー、10人は乗れそうな大型のハイエースが3台組で出発していった。

ところで初搭乗の黒い飛行機、スターフライヤー、評判がいいので楽しみにしていたところ、確かに革張りのシートは前後間隔も心持ち広く、オーディオも高級感溢れ、シートテレビ番組もNational Geographic等、なかなか豊富。隣が空席だったらエコノミーの座席としては言うことないかも。

夜ということで肝心の飛行機の写真はありませんが、替わりに東急インに泊まった翌朝の小倉駅、モノレールがホントに駅ビルの中まで乗り入れており、一旦駅前広場に出て階段上り下りしたり雨に濡れたりすることもなくスムーズな乗換ができるような設計。最近LRT等市電の復興などと騒がれているけど、都市間交通と市内交通の乗換は、こんな風になってなきゃいけないんだと思うよ。

Kokurasta

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2007年9月24日 (月)

近いですからねえ。

4人部屋を結局貸切だった軟臥車の朝、窓の外は雨。大連到着1時間ほど前、女性車掌が起こしに来て切符を返してくれた。到着前には既にシーツや枕カバーなどを回収にかかるので、自分の使っていた分は外して手渡してあげると「謝謝」との挨拶。軟臥の客には愛想も違うねぇ。

大連では午前中、市電に乗ってブラブラしようと思っていたのだけれど、雨では仕方がない。毎晩遅く&朝早い日が続いて何となく疲れ気味だし、ということで取り敢えず大連駅北口から北方の経済開発区とを結ぶ郊外型快速電車「快軌」にお試し乗車。結構混んでいたし、終点まで往復するとそれなりに時間がかかりそうだったので、数駅乗って折り返してまた大連駅へ。

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大連の快軌。これからは中国でもこういうスタイルの電車が増えるのかな。

軽く食事をしてからタクシーで空港へ向かい、日航機で帰国。さすがに3連休最終日ということで満席。気がつくと目の前に「お休みでしたのでお食事は~」というシールが貼られてしまうほど熟睡しており、食後もまたすぐに寝てしまった結果、成田まではホンの一瞬。今回は大連からの帰国だったけれど、全日空の瀋陽便にすれば、早朝に調兵山(2日前のブログ参照)の蒸機を眺めてから瀋陽に向かって昼の便を捕まえ、夕方には東京の戻って来られるのだから、中国東北部はホントに近い。今年1年間で溜めた全日空のマイルを活かせば、あと2回はただ旅行ができる計算になる。良い良い。

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2007年9月23日 (日)

多分もう・・・?

汪清の街一番の高級ホテル「天府大酒店」で目覚め、早速出掛けた先は「小火車」こと森林鉄道の汪清駅。以前どこかの中国鉄サイトでとあるかたから、ここ汪清の森林鉄道は「ひょっとしたらまだ残っているかもしれない」、との情報を頂戴して以来、ネット上では全く情報が得られなかったので、もう自分で確認しないと気が済まない状態になっていたのだ。

で結論から言うと・・・結論が出ませんでした。今この時点で運転がないのは明らかなのだけれど、駅構内には数十両の運材車が並び、その一部は木材を満載しており、その木材の腐食具合から見てそれほど古いものではない。鍵のかけられた駅舎内のポイント操作台周辺は綺麗に整頓され、別の窓から覗くと「售票口」と紙が貼られた出札窓口らしきものも見える。客レもあり?

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レールバスの廃車体が入口前に放置された車庫には、駅舎と同様にしっかりと鍵がかけられ、風雨や雪が入らないように厳重に目張りがされているところを見ると、中には稼働状態にある機関車などが保管されているのか。

レールは光ってはいないし踏切部は土に埋まってはいるものの、路盤が流出したりしているわけでもなく、それほどの大修理なく普通に走れそうな雰囲気。

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日曜ということで、車庫の隣にあった森鉄事務所の人からは話を伺うことはできなかったけれど(どうせ中国語できないし)、近所の人曰く「もう永遠に走らないよ」、タクシーの運ちゃん曰く「冬場に木材を運ぶのに走るよ」と意見も分かれ、結論は?? 無期限の(法的には)休止ということなのかしら。なんとなく今なら多少のお金を積めば運材列車をチャーター&フォトランも可能なように思えるのですが・・・

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というわけで、その後は北朝鮮国境の街・図們を経てロシアも含めた3国国境開発区域の琿春に移動、建設型SLを目当てに発電所に向かったが、こちらもとうの昔にDL化されていて無駄足。図們に戻って北朝鮮国境の橋に行ってみたり、ブラブラ過ごした後に夕暮れの快速列車(非冷房緑皮車)で延吉へ。図們の駅では北朝鮮側のディーゼル機関車「内燃401」号が入換に勤しんでいるのが遠くに見えて萌え萌え。

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北朝鮮側所属のディーゼル機関車「内燃401」号。

最後は夜23時半延吉発のCZで瀋陽へ戻ることに。到着は0時半予定、こんな時間に空港バス有るのかいな。

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2007年9月22日 (土)

こちらもそろそろなのでしょうか。

早朝4時に瀋陽のホテルをチェックアウト、始発のバスまでは時間があるのでタ